冒険者にもなれない
「また彼奴落ちたのか?」
「いい加減諦めれば良いのに」
「筆記はだけど完璧なんだろう?だったらミドルドッグ1匹狩るだけじゃん、子供でも落ちないでしょう?」
「彼奴、それが出来ないらしい」
「嘘でしょう、そんなの7~8歳の農夫の子供でも出来るのに…」
「ギルドも諦めろって勧告しているらしいぜ」
「無理だよな」
畜生、何とでも言えよ。
どうせ僕は、ミドルドッグも狩れない駄目な奴なんだから仕方ない。
何故か解らないけど「犬」が怖いんだ。
犬形じゃ無ければもう少しはマシに戦える、だけど犬形は本当に駄目なんだ。
体がすくんで体が動かなくなる、そして気がつくと
「犬怖い~って叫びながら逃げ出してしまう」
どうしてか解らない。
村から一緒に出て来た皆は冒険者として普通にやっていっているが…僕は今だに試験すら受からず。
ただ一人パン屋でバイトしている。
「アル君、また駄目だったんだ、いい加減諦めたら? パン屋の才能はあるから此処に就職すればいいのに」
「ごめんねネイル、これは僕の夢なんだ」
「だけど、犬が怖いんでしょう? 犬が近寄ってきたら私の後ろに隠れるようじゃ駄目だと思うよ!」
「面目ない」
「もう諦めたらどう? 手先は凄く器用なんだから、パン屋が嫌なら、薬屋でも何でもなれるんだから」
「そろそろ、潮時かな、他の仕事を探すかな」
「だったら、パン屋が良いかもよ…私、アルとならずっと一緒で構わない」
「有難う、ネイル、配達にいってくるね」
「行ってらっしゃい」
はぁ~ 村から来た皆はパーティー組んでもうオークを狩っているのに僕はまだ冒険者にもなれない。
本当に諦めなくちゃいけない時期だよな…どうしようか? はぁーっ
あれっ馬車が来ているぞ、あの子気がついているのかな…危ない。
気がつくと走り出していた。
そのまま子供を突き飛ばして僕は…
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫です、それよりあの子は」
「あのなぁ…お前が突き飛ばさなくてもあの子は無事だ、ちゃんと馬車は制止する所だったんだ」
「そうですか?」
「あの子、お前が突き飛ばしたせいで擦り傷を負ったみたいだぞ」
「それじゃお詫びを」
「いや、良い、「気持ちだけありがとう、傷は気にしないで!慌てんぼさん」そう伝えてくれってさぁ…後馬車にお前はぶつかって無い、石畳に頭を打ち付けただけだ」
「重ね重ね申し訳ございませんでした」
「いや、良い…それじゃぁな」
馬車の中から、人の良い紳士がこちらを見ていた。
多分貴族なんだな、なのに何もお咎めなし…良い人だな。
《我こそは大悪魔 デモーニ余りにも情けない》
デモーニって何だ…デモーニと言えば、大悪魔だ。
大悪魔と言えば、化け物だ、魔物とかと違う、本当に討伐が出来ない人類の敵。
魔王や大魔王でも勇者なら討伐が出来る。
だが、悪魔は違う、魔王や大魔王の対になるのが勇者なら、悪魔と対になるのは天使。
大悪魔と対になるのは神だ。
そんな存在なのか僕は…
《忘れてしまったのか、俺はお前だ…思い出せ記憶を…幾多の勇者を引き千切り、魔王すら傅かせる、それが俺でありお前、大悪魔デモーニだ》
デモーニだった時の記憶が流れ込んでくる。
そうか、僕は大悪魔デモーニだった。
「あはははははっもう恐れる物等何も無い」
「あのお兄ちゃん、変に笑っているよ」
「ああいう可笑しいのは相手しちゃ駄目よ…行きましょう」
「彼奴、とうとう可笑しくなったのか…可愛そうに」
可哀想な者を見る目で街の人は眺めていた。
冒険者には成れた。
「ネイル、行ってきます」
「行ってらっしゃい、アル君…だけど本当に良いの?」
「うん、今回で冒険者の試験を受けるのは最後にする」
僕が受からない訳が無い、何しろ僕は大悪魔デモーニだからね。
本気を出したら、勇者だって敵わない、余裕だよ。
冒険者ギルドに来た。
試験を受ける為に銅貨3枚払う。
普通は1回で受かるが、僕はもう26回目だ。
「ああっ、アル、お前は筆記試験は免除だから、実技試験だけで良いぞ」
これは特別処置、冒険者を目指す者は粗暴な者が多く学が無い者もいる。
そういう人間にチャンスを与える為、この様にする事がある。
ただ、僕は今迄で初めて免除された。
なぜだ?
「アルっお前はこっちだ」
本当ならこれから外に出て制限時間ないにミドルドッグを狩ってくるだけだ。
何故か、ギルドの中の修練場に通された。
「何故、僕だけ此処に」
「それはだな…お前はもう何回も試験を受けていて、初心者とは言いにくい、だから此処である魔物と戦って貰い勝てば合格、負ければ不合格、そうせて貰う」
これはギルドなりの優しさだった。
未練を断ち切るために、強い魔物をぶっつけて諦めさせる、そのつもりだった。
選んだ魔物はワイルドボア…Fランクの冒険者でも到底狩れないレベルだ。
「ワイルドボア」
「ああっワイルドボアだ」
「お願いします」
「ぶもおおおっーーーっ」
犬じゃないならデモーニの力も要らない。
簡単だ…ただ、拳で殴るだけでいける筈
ボガアアアアアアっ
僕の拳が当たった瞬間ワイルドボアはすっ飛んだ。
そして、ワイルドボアはそのまま白目をむいて倒れた後…死んだ。
「アルっ文句なく合格だ」
「有難うございます」
こうして僕は、念願の冒険者に合格した。
何も変わらない
冒険者になり僕の何かが変わったのか。
なぁ~にも変わりません。
冒険者になり仕事を受けようとしたら、F級冒険で受けられる討伐は、ゴブリン、ミドルドッグ、スライミーだけど、
出現地域が同じだから、どれか一つを討伐するなんて出来ない。
薬草の採取をしようにも、ミドルドッグとの遭遇率は高い。
だから、出来ない。
残る仕事はドブ攫い等だけど、それならパン屋の仕事の方が給金が良い。
だから、結局は冒険者の資格を持ったパン屋の定員、それが僕だ。
つまり、冒険者としての僕は底辺中の底辺だ。
「あの子、冒険者の試験受かったんでしょう? なのに何でパン屋やっているの?」
「それが真面に狩が出来ないらしいぞ」
「それなら、薬草採取とかもあるだろう? 少しは自分の仕事にプライドを持って欲しいな」
「冒険者って奴は食えなくてもそこで踏ん張ってよ這いがるもんよ…彼奴は冒険者じゃねぇ」
冒険者達からは嫌われている。
まぁ、何かされる訳ではないが、見下されている。
確かに「冒険者」で頑張っている者から見たら中途半端に二足の草鞋を履いている僕は面白くは無いのだろう。
だが、どうして僕は犬が怖いのだろうか?
大悪魔デモーニだった、それが本当ならたかが「犬」等恐れるだろうか?
神と対等の大悪魔…どう考えても可笑しすぎる。
やはり、あれは、余りに情けなくて僕が見た幻覚、もしくは妄想なのかも知れない。
「アルっ悪いけど配達をしに行ってくれる?」
「解った、行ってくるよ」
今日も僕はパン屋として働いている。
多分、僕は…もう冒険者には成れない。
諦めるしかないだろう。
犬には勝てないけど、勇者は瞬殺できます。
いつもの様に夕方になり、辺りは暗くなりお酒を飲む客が増えてきた。
この日が何時もと違ったのは、女性に絡んでいる男が居たことだ。
直ぐに正体がわかった、知らない人は居ない勇者ケビンだ。
勇者の女癖の悪さは知っている。
このままではこの女の子が酷い目にあってしまう。
周りを見ても助けようとする者はいない。
どうしようか凄く悩んだ。
相手は勇者だ…後々問題になるといけない。
僕はパン屋の店員だし、僕だけなら兎も角、ネイルやその親に迷惑は掛けられない。
だが、僕が躊躇している隙に間に入る人が居た。
ネイルだ
「勇者様、どうかしましたか?」
ネイルは後ろ手で女の子に行くように合図をだした。
女の子はほっとした顔になり逃げていった。
「あっ、お前、女を逃がしたな..てめぇ..何だ、お前の方が良い女じゃないか? お前付き合え!」
「嫌です、つきあいたくありません」
まがいなりにも勇者だ余り無体な事はしないだろう..僕はそう考えていた。
だが、このまま行くとネイルが何されるか解らない。
だから、穏便に解決するために間に入る事にした。
「勇者様、その辺りでお許しください」
勿論、最初から土下座だ、相手は勇者だ幾らなんでもこの状態で許さない訳無いだろう。
僕の考えが甘かった。
「お前が相手をしないなら、良い、此奴を殺すぞ」
「アル、アルは許して下さい」
「だったら、どうすれば良いか解るだろう?」
「勇者様、お許し下さい..」
「駄目だな..」
このままではアルが、アルが殺されてしまう。
「解りました、お付き合いします」
「もうそんなもんじゃ許せない、そうだ、此処で..服を脱いで踊って見せろ」
「嫌、嫌、こんな所はいや」
「なら、恋人の命は諦めるんだな..」
私にはもう服を脱ぐしか無い。
「めんどくさいのは嫌いだ、早く脱げ、そしてそのまま宿屋で相手しろ…それで許してやる」
ネイルが泣きながらブラウスに手を掛けた。
もう良いや、勇者支援法どおりにしてやる。
これは勇者に文句があるなら「決闘を申し込んで良い」そういう法律だ。
一見、良い法律に思えるが実際は違う…「勇者に勝てる者」は居ない。
勇者が勝てば、恋人だろうが命だろうが全部勇者の物になる。
その代り、「勇者に勝てる事が出来たら、勇者の持ち物を全部貰える…但し身に着けている物限定で」
形だけは整っているが、その実、勇者が欲しい物を簡単に手に入れられる悪法だ。
「勇者ケビン、もう許せない決闘だ…」
「お前は解っていっているのか? 今なら遊び、この女も一晩遊んだ後お前の元に帰っていく、だが決闘なら、俺が勝てば俺の物、お前を殺して犯し放題の奴隷にこの女を出来るのだぞ」
残念だったな、ケビン…お前は犬では無い
「ごめんね、ネイル、僕は此奴が許せない」
「アル…仕方ないわ..うんやりなよ..負けたら死ねば良いんだから」
こういう時のネイルは腹を括るのが早いな。
「さぁ、僕は決闘を申し込んだぞ」
「受けてやろう、申し込んだのはお前だ、場所を決めろ」
「此処でよい」
「じゃぁ時間は俺が決める、今だ」
そうは言っても決闘なので騎士の到着を待たなければならない。
「気持ちは解るが、Fランクのお荷物のアルじゃ死ぬだけじゃんかな」
「だけど気持ちは解るな、彼奴ネイルちゃんにベタ惚れだもん」
「死ぬな」
「ケビンはSランク冒険者でも敵わないんだから無理だ」
「可哀想に、アルが死んでネイルちゃんは…」
騎士が4人来た。
「今からでも遅くない、勇者様に謝れ、そうしたら命だけは助かるように頼んでやる」
「無理ですよ、それじゃネイルが助からない…しかし女神もクズだな、こんなゴミを勇者に選ぶなんて」
「貴様、女神様まで、もう知らん」
「アル…」
「大丈夫だよ…どうにかする」
「…」
これは全然安心してないな、まぁ仕方ないな。
「おいくーず、女神の目が曇っていた事を、僕が証明してやるよ」
ちなみに決闘が始まってしまえば「侮辱罪」の適用も無い。
どうせだから言いたい放題いってやる。
「貴様、俺の事ばかりか女神迄、楽には死なせんぞ」
「いや、お前みたいなクズを勇者に選んだんだから、女神もクズなんじゃないか?」
本来ならこれは問題だが、もう決闘を行う前ださらに死ぬであろう人間の言葉だから誰も咎めなかった。
「此奴の言葉を聞くのも虫唾が走る、さっさと始めろ」
「はい、では勇者支援法に則り、決闘を始める、始め!」
此奴は「犬」で無いからまずはそのまま剣で戦ってみた。
体を低くし走っていき、剣を振るう。
ガキッ、流石は勇者、これ位は簡単に防いだ。
「言うだけあって、凄い剣戟だ..少しは遊べそうだ」
「勇者なら当たり前でしょう、僕はFランクなんだから、瞬殺出来ないなら辞めたら」
「嘘言うな、これがFランクな訳ない、この間斬ったAランクより早いぞ」
「本当ですか? 僕はFランクの中でも最弱なんですがね..まぁ良いや」
ガキッ、ガキッキーン、キーン。
剣の攻防が続く。
「嘘だろう、あのアルが、勇者の剣をしのいでいる」
「勇者が手を抜いているんだろう」
「馬鹿言うなよ、あの剣戟辛うじて見えているだけだろう…本当に速いぞ」
「ハァハァ、お前何者だ、まさか剣聖か、お前は剣聖だろう?」
「そんな物じゃない…パン屋の店員兼、冒険者だ」
「嘘つくな…」
「まぁ良いや、そろそろ本気だしてくれないか?」
「良いだろう、本気を出してやろう」
「勇者殿、それを街中でやっては不味い」
「煩い黙れ、これは勇者の奥義、光の翼だ」
凄いな、光が鳥の形で飛んでくる…うんヤバイ、僕は兎も角後ろのネイルがヤバイ。
「きゃぁぁぁぁぁ」
「それじゃ、ファイヤーボール」
僕が放ったファイヤーボールは、そのまま勇者の放った光の翼を打ち消した。
こんなのまた使われたら迷惑だ。
「拘束魔法バインド」
拘束をして、頭を掴んで「何も出来ないなら僕の勝ちだ」そう言えば良い。
「こんな物俺には…えっ」
ミシミシ…
僕は勇者の方に歩みだす、そして頭を掴んで持ち上げた
その瞬間、拘束魔法で締め付けられた勇者の体が可笑しな方向に手足が向いているのが解った。
「止めろ、止めてくれーっ俺が悪かった」
「えっ」
つい手に力を入れてしまった瞬間、グチャっ…勇者の頭はまるでトマトの様に潰れてしまった。
僕の右手には頭が潰れて手足が可笑しな方向に向いている死体がぶら下がっていた。
不味いなこれ…
「あの、これは僕の勝ちですよね」
「あああっ勝ちだ」
まだ騎士も放心している。
やってしまったことは仕方ない。
僕は勇者から「聖剣」「ミスリルの胸あて」「ポーション」「金貨20枚入った袋」「謎の紙、数枚」を報酬として貰う事にした。
これは正当な権利だから良いだろう。
「それじゃ、僕は行きますね、さぁネイル帰ろうか」
「…….」
そのままネイルの手をとり走って逃げた。
暫くして周りは大騒ぎになった。
「嘘だろう…勇者様が死んでしまった」
「魔王どうするんだ…」
「それより王に何て報告すれば良いんだよ..」
辺りは騒然としていた。
決闘の後
勝利宣言した後、茫然としていた騎士はようやく状況整理を始めた。
「おい、勇者ケビンが死んでしまったぞ!」
目の前には両手両足が可笑しな方に曲がり、頭を潰された勇者ケビンの無惨な死体が転がっている。
「勇者支援法どおりに決闘を行い、勇者が死んだ、それだけの事だ」
「それは解っているが、勇者が負けた事など無い…過去に前例はない、そもそも、これは勇者を優遇する為の法律だ」
「それでも法は法だ、法を曲げるなら、過去にケビンに被害にあった人間はどうなる?」
「三人とも根本から考えてくれ「勇者が死んだ」ら誰が魔王と戦ってくれるんだ?」
「「「あっ」」」
「しかも、勇者支援法に元づいて、他の物は兎も角、「聖剣」も持っていってしまった、不味くないか?」
「これは、我々ではどうする事も出来ない、城に戻り、王に報告するしかない」
4人の騎士は、勇者ケビンの遺体を板に乗せ持って帰り王に報告する事にした。
「おい、さっきの決闘…勇者が死んでなかったか?」
「勇者って、もしかしてそんなに強く無かったのか」
「馬鹿言うなよ、S級冒険者ですら2人も殺されているんだ、それは無い筈だ」
「だが、Fランクのアルが勝てたんだ、そんなに強く無かった」
「違うぞ、アルは恐ろしく素早い剣戟を繰り出していた」
「それは兎も角、勇者がもし本当に死んでしまったなら…世界はどうなるんだ」
街はその話で持ち切りとなった。
勇者が死んだ…それは余りにもショックだった。
「勇者が死んでしまったとは誠か?」
本来は謁見室に死体など持ち込まない。
だが、今回は事が事だけに持ち込まれていた。
「はっ、こちらが、勇者ケビンです」
「こっこれがあの勇者ケビンなのか..」
王は目を疑った、四肢は全部あり得ない方に曲がって体が潰れかかり、頭はまるでトマトを潰したように潰れていた。
「はっ、間違いありません」
「それでどの様な状況でこうなったのだ」
騎士達は状況を説明した。
「勇者支援法どおりの決闘、ならこれは仕方ない、だがその勇者をも倒した強者は誰だ、身元位は特定できているのだろう?」
「それが…」
「どうしたのだ!」
「それがF級冒険者のアル、冒険者でありながら生活が成り立たず、パン屋で働いている少年です」
「何故、その様な人物が、勇者を倒せたのか、詳しく聞く必要がある、余の前につれて参れ」
「はっ」
こうしてアルは…王の前に連れて来られる事になった。
聖剣が…
「ハァハァハァ…此処までくれば大丈夫かな!」
「アル、ちょっと痛い」
「あっゴメン」
表通りを走り去り裏通りの人通りの少ない場所まで逃げてきた。
「「あのさぁ」」
「あっゴメン、ネイルからで良いよ!」
「それじゃあ、聞くけど何で、アルはあんなに強いのよ!」
素直には言えないな、「我こそは大悪魔デモーニ様だ、あははははッ」何て言えない。
大体、女神を信仰する人間にとっては恐らく最大の敵だ。
だから、誤魔化すしかない。
「僕は犬が怖いだけで、元から、そこそこ強いよ!」
これは本当だから嘘ではないよな。
「へぇーそこそこね! 勇者ケビンは性格は兎も角、人類最強なんて言われているんだけど? それをあんな簡単に倒したのに、そこそこね」
「うん、本当にそこそこだよ」
「それじゃ、オーガは」
「多分、瞬殺です」
「えーと黒竜は?」
「恐らく10分もあれば充分かな」
「全然、そこそこじゃない、アルが本当は人類最強なんじゃない?」
違うな、僕は「人類ですら無い」から。
「だけど、僕は犬には勝てないから…」
「それじゃ、聞くけど! 犬型の魔物以外なら、もしかして何でも倒せるという事なのかな?」
「多分」
「そう? 魔王も倒せたりしてね」
「あはははっ 流石に無理だよ」
多分、簡単に倒せそうで怖い…
「そりゃそうよね、だけど、それなら簡単じゃない? 犬型の魔物だけ倒してくれる仲間を探してパーティーを組めば良いのよ?」
「ギリFランクの僕と組んでくれる冒険者は居ないよ」
「あはは、そうだったわね、それは置いて置いて、聖剣持ってきて良かったの?」
「勇者支援法では「勇者の身に着けている物全部」だから問題無いと思うよ」
まぁ、絶対に勇者が負けないという前提で作られた法律だから、何か文句を言われるかも知れない。
「しかし、これが聖剣? 確かに凄いな」
僕が聖剣を握ると聖剣が光り輝き始めた。
「うわっ、痛いし熱い」
「大丈夫なのアルっ」
何だか知らないが、頭に来たので、負けないように聖剣を握ったら、漆黒の色に聖剣が変わった。
不味いなこれは…
「何だか解らないけど、聖剣が真っ黒になっちゃった」
「アル…凄いじゃない」
何故かネイルは凄く興奮していた。
恐らく魔剣になった。
「何でネイルはそんなに興奮しているの?」
「だって、アルが勇者に選ばれたからに決まっているじゃない!」
「どうしてそうなるの?」
「だって、聖剣はその持ち手によって形が変わるというわ、聖剣の色が変わったという事は、聖剣が主と認めた、そういう事じゃない!」
これ不味くないかな?
実際は多分違うと思う。
聖剣を持った時に、剣が僕を拒むのか光り輝き、熱くなり僕に痛みを与える物だから、僕が力を流し込んだ。
その結果…聖剣はその力を失い、僕の流れ込んだ力で違う剣になった。
恐らく、この剣は「女神の加護」が無くなり、「大悪魔の僕の力」を宿した剣だ。
最早、これは聖剣ではなく、魔剣か邪剣そう呼ばれる存在だ。
まぁ、この剣は決闘で僕の物になったんだから文句言われる筋合いは無い。
ただ、人類は「魔王を倒す武器」をこれで失った事になる。
僕は知らない。
「そうなんだ、凄く光栄だね、あははははっ」
「アル、笑いごとじゃないわ、アンタこれで魔王と戦う事になるわよ!」
「まさか、そんな事になる訳ないよ」
「あるわよ! だって勇者より強くて、聖剣に認められた…絶対に次の勇者はアルになるわよ」
「そんな訳…」
「まぁ頑張るのね…アル」
本当にこの後、不味い事になるとはこの時の僕はまだ知らなかった。
勇者は何処に(笑)
ネイルと一緒に帰ってくると騎士と衛兵が待ち構えていた。
逃げる訳にいかない、ワザと惚けてみた。
「これは一体どういう事ですか?」
「お前がアルだな、決闘の事で王が話を聞きたいそうだ、一緒に来て貰おう」
「解りました」
ここで逃げても碌な事は無い、行くしかない。
「アル、大丈夫? 平気!」
「多分、大丈夫だと思う、行ってくる」
僕は、衛兵や騎士に連れられて王城へと向かった。
王城に着くとそのまま王のいる謁見の間へと通された。
正式な礼は僕は知らない、だが跪かないといけないのはだけは解っていたので直ぐに跪いた。
「貴様がアルだな、何でも勇者支援法に基づき勇者ケビンと決闘して勝ったと聞くが誠か」
「はい、確かに勝利を収めました」
「ほうっ、勇者相手に何故、お前の様な者が勝てたのだ」
これはもう誤魔化すしかないな。
「勇者は僕が弱いのを知っていたようでした、そこに油断が生じたのだと思います」
「そうかの? 凄まじい剣戟の末、勇者ケビンは奥義光の翼を使ったと聞くが」
これはどう説明すれば良いのか..もう駄目だ。
「不敬を元に言わせて貰っても宜しいですか?」
「赦す」
「僕の目から見た、勇者は、正直言いまして女神の目が曇ったとしか思えませんでした、あれは勇者じゃ無くて只のクズです」
「貴様言うに事欠いて、女神と勇者を」
「黙れ、余が赦したのだ、アルとやら、その根拠はあるのか?」
「はい、ケビンは勇者としては品が無さすぎます、勇者とは他人の恋人を無理やり奪い取り犯す存在なのでしょうか? 女神の教えには姦淫を禁ずとあるのに、可笑しすぎます」
「成程一理あるの、続けてみよ」
「そして、何より弱すぎます」
「それは可笑しいのではないか? Sランク冒険者でも瞬殺したと聞くが」
「ならば、それは別人では無いのでしょうか? 少なくとも僕みたいなFランクの冒険者に油断しているとはいえ負けるような存在とは思えません」
「ならば、聖剣を使いこなす事はどう説明する」
「これなら、聖剣を模した偽物です、僕が使おうと思ったらこの通り黒い剣に変わってしまいました」
「これが、あの聖剣だった剣か」
「はい、だからこれも偽物かと思います」
「それを見せてくれるか」
「はい」
「誰か大司教を呼んで参れ」
「はっ」
大司教が来ると王は剣を大司教に渡して調べさせた。
「これは、聖剣ではなく魔剣です」
「やはりそうか、下がって良いぞ」
「下がらせて頂きます」
「アルとやら、済まなかったな、これも返そう…勇者で無かったとは言え相手が勇者を名乗ったのだ、問題はない、立ち去って良いぞ」
「はい、有難うございます」
しかし、困った事になった、まさか勇者が偽物と入れ替わっておったとわ。
言われて見れば、素行の悪さから考えて勇者とは思えない、そして人類最強と言われる勇者があのアルに後れを取るとは思えない。
聖剣も、偽物だったのだ、恐らくあのアルの言う事は正しい様な気がする。
ならば、本物の勇者は何処に居るのか…もし既に死んで居たら…人類は終わるかも知れない。
犬を恐れる訳
「ふははっ、我こそは大悪魔デモーニ、我の前には女神等、只の女に過ぎない」
「ええっ、私は貴方のおっしゃる通りただの女に過ぎないのでしょう、だから助っ人を頼んだのよ! 卑怯とは言わないわよね? 剣神ソードに力の神アトラスが此処からはお相手するわ」
女神マインドを殺し、この世界を手に入れようとしたデモーニは、神世界からの助っ人という卑怯な方法で戦う事となった。
流石のデモーニも神二人相手は難しく押されていき、最後にはとうとう討伐された。
だが、神や大悪魔は不死。
ただ、倒しても直ぐに復活してしまう、少しでもデモーニの復活を長引かせる為にマインド達が考えた事はデモーニの体を108に刻み、その肉片を犬に食べさせる事だった。
その犬の中にはケルベロス等、魔族にも神にも属さない強大な力を持った者も含む。
流石のデモーニも再び復活する為には長い年月が掛かった。
肉体は滅び、精神状態になった、デモーニは「アル」という少年へ転生を果たした。
だが、デモーニには、この神たちとの戦いでトラウマが生じていた。
肉片になり、喰われたことで「犬」が怖くなってしまった。
こうして、最強の大悪魔デモーニは 犬を恐れる少年へアルへとなった。
おしまい
結局、僕は冒険者として普通に生きていく事にした。
犬の魔物を恐れながら森を歩いていたら、魔族の青年にあった。
あった瞬間に跪かれた。
「貴方様は、大悪魔様ではないでしょうか?」
不思議な事に、魔族と話しているのに怖くはない。
「いかにも大悪魔デモーニである」
その言葉を聞いた瞬間、魔族の青年の顔は明るくなった。
「私は、魔王デルマの息子でアモルと申します、もし宜しければ魔王城迄お越しください」
「今の我は人として暮らしているので遠くには行けないのだが」
「何をおっしぃますか? 大悪魔様は一瞬で何処にでもいける筈です、私に指を向け悪魔城をイメージして下さい、そして行きたいと願えば、それでつく筈です」
言った通りにしたら本当にそれでついた。
魔王や他の魔族からも散々もてなされ、収納魔法も教わり沢山の財宝やお金も貰った。
考えて見れば、僕は大悪魔、人間でいうなら神なのだから当たり前だ。
もうこれじゃ、僕は魔族と戦う事なんて出来ないだろう。
話が進むと、魔物も一部を除き、魔族の支配下にあるそうだ。
「犬の魔物を近づけないで貰えると助かる」
「あっ、デモーニ様は犬が苦手ですものね、知っております、ならば犬種の魔物は近づかないように致します」
「宜しく頼む」
その後も話し合い、王国侵略の最後に持ってくるようにお願いした。
結果、僕は採取専門の冒険者になった。
オークの集落も関係ない。
いや、寧ろ関係ある。
「ブヒッ デモーニ様、何かの採取ですかな」
「嫌、ホワイトキノコをね」
「なら、直ぐに用意させます」
欲しいものを全部魔物が集めてくれる。
これもデモーニに本格的に目覚めたせいかも知れない。
「用意が出来ました、どうぞお持ちください」
「有難う」
「あと良かったら…こちらから好きなのを」
「ごめん、それは良い」
女性が沢山捕らえられていて苗床になっていた。
冒険者としてなら助けなくちゃいけないが、出来る訳ない。
だって、自分の手助けをしてくれる者から取り上げるなんて出来ない。
僕は結局、討伐は出来ないが、どんな難しい物でも採取してくる冒険者として名をはせた。
恐らく、僕がアルとして生きている間は魔族は此処には攻めてこない…
死んだ後、僕は、もしかしたらデモーニとして人類を滅ぼす側になるかも知れないが、今はどうでも良い。
ネイルや仲の良い知り合いと「アル」である間は楽しく生きて行くだけだ。
FIN
あとがき
最後まで読んで頂き有難うございます
結局は、魔王とは戦わずに平和に暮らす。
そういう終わり方になりました。
この位の文章で終わるのが案外気楽です。
有難うございました。
石のやっさん