【第一話】 異世界にて
「勇者、リヒトご武運をお祈りします」
「はい、必ずや勇者の名の元、魔王を討伐して見せます」
俺の名は天城リヒト、元々は日本で平凡な学生をしていたが、ある日この世界に転移してきた。
転移先で待っていたのは女神のワイズ様…
この女神様、意外にポンコツだ。
「勇者リヒト、いま何やらよからぬ事を考えていましたね」
勇者と女神は微妙に繋がっているから色々とバレて困る。
「別に考えていません」
「そうですか? それなら良いのですが…私の全てを掛けた『最強勇者 リヒト』…」
ここで解かっただろうか?
俺はただの勇者じゃない…『最強勇者』なのだ。
何が最強なのかと言えば俺一人に『勇者』「聖女(人)』『剣聖』『賢者』..つまり四職全部の能力をつぎ込んだ。
ワイズ様曰く…「もはや、ロードと言っても過言じゃないわ、『神に最も近い男を名乗っても許されます』」だそうだ。
確かに強いよ。
うん、とんでもなく強い。
だけど、お陰で俺はボッチだ。
美人な聖女も可愛らしい賢者も居ない。
いや、女であれば最高だけど、男ですら仲間は居ない。
王様に相談したら…
「女神様が呼ばれた史上初の『単独勇者』様について行ける者など存在しません」
過酷な戦いに『ついていける者』は居ないと言う理由で単独行動。
ワイズ様に聞いたら、前の時にジョブを分断して渡したら、4人が個別攻撃を受けて負けたらしい。
故に、負けないように『1人にしたらしい』…これ結構寂しんだけど。
まぁ王様曰く、魔王を倒したら『奴隷なんて幾らでもくれる』というし『王女を含み縁談は思いのまま』と言うから孤独に我慢して戦った。
そして。苦労して辿り着いた魔王城。
四天王を倒し、魔王の玉座にまでたどり着いた。
「よくぞ参った勇者よ…と言いたいがこれを見よ」
水晶には人間の死体が山積みになり、降伏した王たちが魔族にひれ伏す姿があった。
「もう戦いは終わった…もうお前に帰る所はない、それに更に申し訳ないが…」
あちこちの教会のワイズ様の像が壊され邪神の像になっていった。
「もうこの世にワイズの像は無い…故にもうお前しかワイズの使徒は居ない」
教会が無くなれば信仰がなくなる。
これでは邪神とワイズ様の戦いも邪神が勝ったと言う事になる。
【終わりだ…完全に終わり】
「負けたんだな…あははははっさぁ、殺すが良い」
「いや、殺さんよ、周りの人間は手伝いもしない中、単独で此処まで乗り込んできたお前を我は評価している…もう戦いは終わった好きに暮らせ…なんなら魔族の貴族にでもなるか」
「ありがとう…爵位は辞退する」
「そうか」
俺は泣きながら魔王城を走り去った。
「魔王様…あれ可哀想ですね」
「ああ不憫だな」
後ろから魔王たちの声が聞こえてきた。
それを聞くと俺はより惨めに自分が思えた。
【第二話】 落ちぶれて
世界は瞬く間に邪神と魔王達の物になった。
今では人間が治めていた街も魔族が治めるようになった。
俺が街を歩くと…奴隷や貧民の様に成り下がった人間が石を投げてくる。
「お前が、お前が上手くやらなかったから、こんな事になったんだ」
「何が勇者だ」
だが、それを遮ったのはオークだった。
「このゴミ野郎、喋るんじゃねーよ」
そう言うとオークは俺に石を投げた人間を蹴飛ばした。
「うえっ…なにをするんですか..」
「俺は裏切者を..」
最早魔族、魔物に支配された世界、人間は魔物に敬語を使うし逆らえない。
「あのよー…魔族や魔物って『力が全て』って所があるんだぜ…だから騎士なんかはお前達と違って少しは待遇が良いだろう? 此奴は勇者だぜ『強いんだよ』だから俺たち魔物も敬意は払っている…お前達が馬鹿にして良い相手じゃねーんだ」
ああっ…何で人間が俺に冷たく、魔族が優しいんだ。
これでお礼を言わなけりゃ俺はただのゴミだ。
「有難うございます」
「良いって事よ…余り酷かったらよー、こいつ等家畜みたいなもんだから、斬っちゃえよ、その聖剣で」
「流石にそうだよな、勇者だもんな」
「お前等、勇者が人が良いからって酷い事すんなよ…今度こんな事していたらぶん殴るぞ」
「「ひぃ」」
ああああっ…何で人間でなく魔族が優しいんだよ。
「ありがとう、貴方にも女神ワイズの祝福を…」
「悪いな勇者、おれは邪神様の僕…感謝の言葉だけ受け取るわ」
何だよ…オークの方がよっぽど人間より良心的じゃ無いか?
「ワイズ様、今帰りました」
邪神に女神の神殿を奪われた女神ワイズは…引き籠っていた。
俺に全部押し付けた挙句、自分達のミスで負けた癖に、責任は全部勇者の俺に被せやがった。
そしてワイズ様も『邪神と魔王に負けた女神』として最早誰も崇拝しない。
まぁ教会を全部押さえられて…女神の神殿の結界を破られ邪神に追い出された今、どうする事も出来ないんだけどね。
だけど、教皇に司祭や教会関係者は許せない。
散々、聖魔法やジョブ、スキルの恩恵を受けた癖に、いざ負けたらワイズ様を奴隷にして差し出す算段をしやがった。
だが、驚く事に『邪神』や『魔王』が真面だった。
「散々、お前達の為に尽力した者へのその仕打ち許せん」と魔王がや邪神が言い。
これに絡んだ聖職者は全員処刑された。
そして『魔族街』に住む事を許され…実質保護を受けている。
この小さな家を無償でくれた。
「お帰りなさい、リヒト」
笑顔で迎えてくれたがその笑顔は曇っている。
「今日は結構稼げました…だから帰りにワイズ様が好きな紅茶とお菓子を買ってきました、少し待って下さいね」
「ありがとう、リヒト、こんな駄女神に仕えてくれて…ごめん」
今にも泣きそうな顔でこっちを見つめてくる。
どうして良いのか解らない。
「それは言わない約束でしょう」
「そうでしたね」
「さぁ、お茶を入れますから、暫く待っててください」
「解ったわ」
実は今の生活は人間の中では最高の生活になる。
殆どの人間が奴隷同然の生活を送るなか『人間で唯一市民権』を貰え『魔族街』で暮らす事が許されている。
※魔族街とは人間の貴族街を魔族が分捕り居住しているエリアである。当然普通の人間は入れない。
そんな場所に小さいとはいえ家を貰ったのは高待遇だ。
だが…それでも惨めな気分は同じだ…俺もワイズ様も。
【第三話】誰も必要としてくれないなら…他に行けば良いんだ。
「これじゃ駄目だわ…」
完全にワイズ様は引き籠りになっているが仕方ないのかも知れない。
俺たちに何故か優しくしてくれるのは魔族ばかり。
今迄、散々助けてあげていた『人間にも石をぶつけられる』
「駄目って言ってももうどうしようもないでしょう? 最早世界は魔王の物であり、邪神の物、酷い事されないだけでも幸せでしょう」
「酷い事ってなに?」
「いやぁ、それこそ手足切断されて慰み者にされたり、奴隷として売られたり…」
「聞きたくないわ」
「だけど、『あの人々の憎しみの篭った目』魔族ではなく人間の方がやりそうな気がします」
殆どの人間が奴隷階級になっている今、全部押し付けた癖に俺やワイズ様を憎しみの目で見る者ばかりだ。
石をぶつらけた回数なんて最早数えきれない。
「そんな事ないわ! 人間は全部私にとって大切な我が子の様な者だもん、私は女神『全員私を愛しているわ』」
「ワイズ様、、頼むから現実を見て下さい…もはや我々は人類ほぼ全員に嫌われていますよ? 魔族が何故か保護してくれますが、そうで無ければきっと今頃大変な目に遭っています」
「貴方は勇者です…人類の希望」
「『元』ですね」
「そう、そうよね…私もう要らない女神なのね…誰も必要としていないのね」
「はい」
確かにワイズ様は『頭は花畑』だ。
馬鹿なのかも知れない。
『こんな馬鹿に世界を託したお前達が悪い』そう言いたくなる時がある。
だが、ワイズ様が居なければ『癒しの魔法』は無かった筈だ。
ワイズ様への信仰がジョブやスキル、魔法になり生活が向上した世界。
医学が発展しなかったこの世界で『聖魔法』が無ければ、薬草を煎じて飲む位しか治療方法はない。
それが『ヒール』みたいな魔法1回で病気や怪我治る。
皆が病気や怪我に困らないのはワイズ様のお陰じゃ無いか。
真面な銃器が無い世界で『攻撃魔法』やスキルやジョブで能力を向上させ、魔族や獣に対抗できるようにしてくれたのはワイズ様だ。
まぁ、頭は花畑だけど…一生懸命頑張って人に尽くしていたよな…
「そうね、私要らない女神だよね…本当に要らない神だよね」
「俺、ワイズ様の事好きですよ」
「本当?」
「はい」
ワイズ様が俺を見つけてくる。
ワイズ様は銀髪の凄い美人だ…流石に照れてしまう。
「そうだ、勇者リヒト…この世界が私達を必要としないなら、私達を必要とする世界に行けば良いのよ」
「えっ、そんな世界に行く事が出来るのですか?」
「出来るわ、まぁ行先は一つしかない…リヒト、貴方が居た世界、そこにならどうにかいけるわ」
「えっワイズ様、あの世界は」
「決まり、さぁ行くわよ」
「ちょっと話位聞いて..」
リヒトの止める間もない位素早くワイズは呪文を唱えた。
二人の体は光はじめ…かき消すように消えていった。
【第四話】日本に戻ってきた
道路を走る車に煩い位に色々な音が混じり合っている。
この瞬間に俺は『日本に帰ってきた』そう感じた。
「ワイズ様、少しは話を聞いて下さいよ」
「善は急げって言うじゃない!」
「確かにそうかも知れないですけど…」
多分、時間はまだ早朝、だから人はまばらだ、だがいる事はいる。
今の俺の姿やワイズ様の姿はどう映るのか?
うん、目を止めて見ている。
恐らくはコスプレイヤーにでも見えている気がする。
「私の美貌に目が離せなくなっているのね」
そういうワイズ様の手を引っ張り、俺は元いたアパートに戻ってみた。
お風呂とトイレがあるのが取り柄の築30年のアパート。
予備の鍵はポストの上に張り付けていたから入るのは簡単だった。
テレビをつけ時間を確認してカレンダーと時計を見た。
どうやら、異世界に行って2か月が過ぎていたようだ。
幸い、家賃や光熱費は引き落としで口座にはお金がある。
しかし、バイト先から『無断欠席』によるクビの手紙が入っていた。
口座の残高は頭で計算して18万円弱…次回の家賃支払いまでに働かないと…終わりだ。
まぁ、異世界に行って体が丈夫だからどうにかなるだろう。
俺がこれからの事を考えて心配しているなか、ワイズ様はテレビを食い入る様に見ていた。
【第五話】 神は居なかった。
俺がネットを見ながらバイトを懸命に探しているなか、ワイズ様が突然言い出した。
「そう言えば、この世界の神とかどうしているのかしら? 街中を歩いた感じ教会やお寺はあるけど、何処にもいないのよ」
「ワイズ様、俺はこの世界で暮らしていましたが神や仏に会った事は無いです、私が会った神はワイズ様だけです」
「本当に」
ワイズは唇に指をたてて答えた。
「はい」
「可笑しいわね、リヒトはかなり神和性(神と相性がいいという造語です)が高いから、そんな事は無い筈なんだけど」
「ですが、本当にそうですよ」
《これは本当に可笑しいわ、リヒトは私が勇者に選ぶ位の人間『それが神に会えていない』どういう事なのかしら? 普通に考えてあり得ないわ》
「そうなの? この世界はなんか可笑しいわ、調べてみないとね…少し家を空けるわ」
そう言うとワイズ様は家を出て行ってしまった。
俺は、生活に困るといけないから家で職探しだ。
【ワイズSIDE】
この世界はどうなっているの?
お寺や教会、信仰宗教まで見てみたけど…何処にも神は居ないわ。
しかも、本当に病気の治療や怪我の治療が出来る、お寺も教会も無い。
祠や神社を通して神界に行ってきたけど、廃墟になっていた。
大きな神殿はあり、恐らく昔は神や仏が居たけど…何かの事情で居なくなってしまった。
そういう事だと思う。
居ないのなら都合が良い。
本来は新しく入り込んだ神は、元から居た神と話しあいをしなくてはいけない。
そこでお互いの能力差によって上下関係が決まる。
だが『捨てた地』ならばそこに来た神が自由にして良いという決まりがある。
少なくとも、この世界には『神』は居なさそうだ、それにどう見ても『救世主』も居ない。
そのせいか、医療なんて物が発展している。
私の治めていた世界なら医者なんて必要ない。
教会に来て、祈り、教主に治療を受ければ、全部治る。
これで管理していると言うのなら…この世界の神は怠慢だわ。
どの教会にもお寺、神社にも天使も居なかった。
【やったね!ワイズちゃん、これは当たりをひいたかも】
こんな沢山の人間が居る世界に『神は居ない』
ただ、神像や仏像があり、居ない神や仏にお金を払っている。
こんな世界にリアル神の私が降臨。
絶対に美味しいわ。
散々リヒトに苦労させたけど…ようやく幸せになれるかも知れない。
【第六話】貴方の命、幾らで買いますか
「リヒト、貴方はこれから救世主&教主&勇者になりなさい」
俺が求職しているなかワイズ様が突然言い出した。
「いきなり、どうされたんですか?」
「リヒト凄いわよ、この地球にはね驚く事に『神が居なかった』のよ」
「どういう事ですか?」
「可笑しいと思ったのよ、教会の神父も寺院の僧侶も神社の神主も、皆、私達でいうヒールも出来ないのよね…つまり全員が詐欺師、まぁ仏教で言う所の増上慢だった訳よ」
「そうなのですか?」
「うん、神界にいって来たけど、誰も居ない廃墟だったわ」
確かに、俺はこの世界で『奇跡を起こした』人間に1人も会った事は無い。
ワイズ様の居た世界は、教会に行けば『見習い神官』ですらヒールを使える。
そう考えたらあり得るかも知れない。
「それで、先程の話しですか」
「そうよ、あくせく働く必要は無いわ」
「俺にどうしろって言うんですか?」
「簡単よ、貴方の能力なら、死に掛けの人間は勿論の事、死んだ人間だって直ぐになら生き返らせる事が出来るわ…死にかけの人間にワイズ教を広めるのよ、勿論、お布施もしっかり貰ってね…どうかしら?」
「それ女神的にはやって良いんですか?」
「良いも何も向こうでは普通にやっていた事じゃない? やらない」
「良いですね」
これは凄い事になる、アルバイトなんて探している場合じゃない。
命と引き換え…こんな条件ならセレブなら幾らでも出すんじゃないかな。
簡単に言えば『貴方の命、幾らで買いますか』そういう取引が出来る。
そういう事だ。
【第七話】奇跡は簡単に起こった
『救世主として頑張れ』
そう言われても何処から手を付けて良いか解らない。
よくよく考えた末に、一番最初に布教する場所は『つくしの癌研究所センター病院』此処にする事に決めた。
此処に行けば、嫌な話だが『癌』に掛かっている患者が沢山いる。
特に末期癌の患者ならきっとワイズ様に縋りついてくる可能性が高い。
病室まで入れれば簡単だが、流石にそれは無理だ。
近くで布教するしかないだろう。
資金源が無いから、仕方なく、
俺は家にあった、ダンボールに紙をはり付けてマジックペンで書いた。
あなたは、女神ワイズ様を信じますか!
もし、信じて入信するなら10分で病気を治します!
治ったらお気持ちだけのお布施をお願い致します。
BY 女神教教主 リヒト
うん、我ながら凄くチープだ。
まぁ良いや…
「それじゃ、ワイズ様行ってきます」
「行ってらっしゃい! お土産にてりやきバーガーセットお願いね」
「解りました」
横になりながら言うので女神感はゼロですね。
昔はすごく神々しかったのに、仲良くなったら…まぁ良いや。
俺はジーンズにMA-1を羽織って出かけた。
アパートから電車で30分ちょっと、白い巨塔があった。
此処がお目当ての場所『つくしの癌研究所センター病院』だ。
流石にこの前での勧誘は不味い。
その横にある緑地公園の前で俺は『女神教』の布教を始めた。
「貴方は女神を信じますかぁ~、偉大なる女神ワイズ様を信じればたちどころにどんな病も治します」
『なに、あれ恥ずかし~頭可笑しいんじゃないの?』
『なにあれ、新興宗教にしては可笑しいわ』
『馬鹿じゃ無いの』
やはりこうなるのな…
まぁこういう事はもう慣れっこだ…
だが、これは想定内だ…1名で良い誰かが俺を招き入れてくれれば良いんだ。
俺は異世界で勇者だった、だからこそ感情を読み取るのは得意だ。
笑いながらナイフを刺してくる暗殺者。
感情が読み取れなければ…暗殺されたかも知れない。
それに救世主でもあったから、何となく困っている人、不幸な人が解るのだ。
意識を集中して周りの人間の感情を読み取る。
居た。
あの母子…悲しい表情をしている。
確実に、身内に不幸な人間を抱えている筈だ。
「そこの方」
「何でしょうか?」
俺の服装を見たせいか、明かに訝し気な目をしている。
「貴方は、女神を信じますか? ワイズ様を信じますか?」
「止めて下さい、宗教なんて信じません」
「そうですか? どなたか家族で病気で苦しんでいる方が居るんじゃないですか?」
「それが、貴方に関係あるんですか? 弱っている人に付け込む商売なんてしないで下さい」
「俺は女神ワイズの使者ですよ? だったら俺に病人を見せて下さい、手も触れません、その代わりもし俺が貴方の家族を治したら『女神教』に入って、ワイズ様を崇めて下さい」
「いい加減にして下さい! 新興宗教なんかに入りません」
「待って! お兄ちゃんならパパを助けられるの?」
小学生の低学年の女の子が俺に対して言ってきた。
「君や家族が『女神様』を信じるなら、パーフェクトに治してあげるよ!」
「本当に?」
「俺は勇者で聖者だから、信じてくれるなら絶対に治してあげるよ」
「だったら、お兄ちゃんパパを治して」
「どうします? 治らなかったら一銭も要らない、但しもし俺が貴方の旦那さんの癌を治せたら、そうですね『お布施』として10万円、他の宗教を全部すてて、光の女神ワイズ様を信仰して貰う、この条件でどうですか?」
凄く怪訝そうな目でこちらを見ていた。
「解りました、そこ迄言うのなら、夫を見て下さい…但し、こんなバカげた話をしたんです、治せなかったら警察に訴えます」
「良いですよ? その代わりもし治せたら、我が教団への入信とお布施の支払い頼みますよ」
「そんな一か月の医療費以下のお金払ってあげるわ、そして入信も解りました」
身内がいるから簡単にお見舞いが出来た。
名前を記入して、2人についていき病室に入った。
そこには色々な器具がついた男性が眠っていた。
「これが私の旦那の萬二郎です、肝臓がんの末期で、既に肝臓が肥大して破裂しています、いつ死ぬか解らない状態です」
「成程ね」
「お兄ちゃんなら治せるよね」
「その前に萬二郎さんに聞かないとね」
俺は患者の呼吸器具を外した。
「何するの、そんな事したら死んでしまう」
「死んだらちゃんと償いますよ」
俺はこの患者にも聞かなくてはならない。
「貴方はもうすぐ死んでしまいます」
「解って…いる…妻と娘が心配だ..なつみ…」
「ですが、俺ならそんな運命簡単に壊せる、もし貴方が体が治ったら、女神ワイズを信仰する事を誓ってください、誓ってくれたら、治しますよ」
「貴方はまだ、そんな嘘を…いい加減にして下さい、私達は先生に話を聞いて、運命を受け入れたんです…それを」
「なら、皆で約束しなさい…女神ワイズを心から崇め信じると」
「お兄ちゃん、なつみは信じる、女神様を信じるよ…だからパパを助けてーーーっ」
「なつみの成長を…みれるなら….何でもする」
「貴方が本当に女神の使いだと言うのなら…助けて下さい」
「解りました」
ただ、治してもインパクトが無いな。
ならば…
「天使の力よ我に宿れ、エンジェリックフェザー」
なんて事は無い、向こうの世界の飛行魔法、エンジェリックフェザー…ただ、これを行うと天使の様な羽が生える。
「ライト」
これも向こうの世界の魔法で、光るだけだ。
だけど、これなら神々しく見えるだろう。
その証拠に、なつみちゃんもそのお母さんも萬二郎さんも目が点になっている。
此処からが本番。
「パーフェクトヒール」
本当ならこれだけで治る。
一瞬で腹水で腫れていたお腹がへっこんで行く。
今にも死にそうな顔していた萬二郎さんの顔色が健康的な顔に戻っていった。
「どうです? これで治った筈ですが」
「本当だ…体が何処も痛くない、普通に歩けそうだ」
「貴方、それは本当なの?」
「ああっ多分間違いない…治った気がする」
「女神様のお兄ちゃんありがとう! お兄ちゃんは天使様だったんだね」
「まぁね、天使でもあるかな」
女神の使いだから、嘘じゃないな。
「疑って悪かったです、まさか、本物の天使様だったなんて」
「有難うございます」
「それじゃ、俺の事は内緒にして先生を呼んでみて下さい…治ったかどうか確認して下さい」
「はい、解りました」
まだ時間が早い事もあって、直ぐに簡単な検査がされた。
もう余命1週間で歩けない患者がピンピンしていたからか直ぐに対応された。
「詳しい事は検査しないと解りませんが…治っている可能性が高いと思われます」
「有難うございます」
「本当にありがとう…貴方は命の恩人です」
「お兄ちゃんありがとう」
俺は約束を果たした。
今度は、そちらが約束を果たす番だ。
【第八話】全て差し出しても安い位だ
俺は早速、須崎萬二郎さん達に話をした。
「それでは、俺は約束を果たしましたよ、今度はそちらが約束を守る番です」
「はい、これは約束の謝礼金です」
「有難うございます」
俺は約束の謝礼金を受取った。
そして1枚の紙を渡した。
「これは何でしょうか?」
「萬二郎さん、貴方達家族は、女神を信仰する約束をした、その結果命が助かった、違いますか?」
「確かに約束しました」
「そうでしたね」
「うん、なつみ、約束したよ」
「それでは、その内容を実行して下さい」
「お寺から離檀しなくちゃいけないのですか?」
「当たり前じゃないですか? 貴方を助けたのは俺ですよ、それなのに邪教を信じるのですか? なるべく早く、離檀して、お墓も寺院ではなく、宗旨宗派を問わない霊園に買い替えて下さい」
「そんな私の家は代々、お寺にお世話になっているのに…」
「居もしない仏をいるという詐欺行為ですから、直ぐに縁を切って下さい」
「嘘…冠婚葬祭も出席しちゃいけないんですか?葬儀もですか?」
「当たり前ですよ…全て邪教の神が絡んだ行事ですからね…もっての他です」
「はぁ~ 初詣の禁止に、クリスマス、バレンタインの禁止…」
「なつみ、もうクリスマス会とか行けないの?」
「当たり前じゃないですか? 全部邪教の行事です」
「そんな、これはあんまりです、葬儀や、法事にも参加できないならなんて、これじゃ周りから孤立してしまう」
「これじゃ、実家とは縁切りになってしまいます…もう少し負けて貰えませんか?」
「あのですね…やりたく無いならどうぞ」
「良いのですか」
「助かります」
「クリスマス会に行っていいの」
「良いですよ、ただ、その場合は『萬二郎さんが死ぬだけ』ですから」
「「「そんな」」」
「良いですか? 今、貴方の命があるのは、女神様の奇跡の力です…それなのに女神様でなく他の神や仏を信じるなら、その奇跡の力を返して貰う事になります…当たり前ですよね、俺は二度と貴方の為に頑張らない、また余命一週間に戻って、他の神の慈悲に縋れば良い」
「謝ります…ですから許して下さい」
「解れば良いのです…神は貴方の行いを見ています、くれぐれも信仰を守った方が良い…解りましたね」
「「「はい」」」
喉元過ぎれば何とやら…なにより貴重な命をあげたんだ…全部差し出しても安い位だ。
【第九話】家に帰ろう
私の名前は須藤恵子。
私の旦那は、この間まで末期の癌で入院していた。
それが、今は凄くピンピンしている。
娘と一緒にどれだけの夜を泣き過ごしたか解らない。
「パパは死んじゃうの?」
泣いている娘にもう嘘は言えない所まできていた。
旦那の萬二郎は、娘の前では泣かないが、娘がお見舞いに来ない時には泣いていた。
「なんで死ななくちゃいけないんだ…」
まだ私も萬二郎も30にすらなっていない。
100歳でも生きている人もいるのに不公平だ。
「なんでこんな思いしなくちゃいけないの?」
私達には親類は居ない。
私となつみを残して旦那が死んでしまったら、私はどうしたら良いの…
だが、私は旦那の死を受け入れるしかなかった。
残った、なつみを守れるのは私しかいないから…
だが、そんな私達の前に『天使』が舞い降りた。
たった10万円と信仰を約束したら…治ってしまった。
信仰の内容は、少し厳しかったけど『よく考えたら当然よね』だって本物の神様の使いなんだから、偽の信仰を許さない。
当たり前だわ。
もう、こんな物は要らない。
まずは病室にあった御守りは全部屑籠にポイした。
これから退院する準備をしていると声をかけてきた人が居た。
「あの~確か、末期の癌って前に聞いていたのですが、退院なさるのですか?」
「はい、奇跡的に治りましたので」
「本当ですか? 一体何をされたのですか? 何か特殊な薬とか治療法があったのですか?」
「実は…」
私は自分達に起きた事を話した。
「そんな、神の使いが現れて一瞬で治してくれた…なんて冗談は止めて下さい」
「冗談では無いですよ…信じる信じないは貴方の勝手です、一応神の御使いの電話番号を渡して置きます、信じないなら捨てて下さい、貴方に女神ワイズ様のご加護があらんことを」
「揶揄っているんではないのですね…本当の事なのですね、これで隆司が助かるなら…」
この方は、息子さんが同じく末期の癌で入院している。
良く病院ではお互いに話を聞き、慰め合っていた。
息子の隆司くんも凄く良い子だ。
この家にも奇跡が起きて幸せになれたらいいな。
本当にそう思った。
スマホを片手に廊下に出る姿を見て「きっと私達と同じ様に幸せになれる」そう思った。
「さぁ、恵子行こうか?」
「ママ行こう」
「そうね、帰ろうか」
懐かしい家に帰ろう…ただ帰る場所だった家じゃ無く、家族三人で楽しく過ごしていた家に。
私達には『本物の神の御使い』に『女神様』がついている。
きっとこれからは幸せになれる。
今迄不幸だったのは、偽りの神や仏のせいだ…家に帰ったら、仏壇を粗大ごみに出さなくちゃね…
あれは邪教の物だから…
【第十話】ゴッデスワールド
須藤家を助けてから10年…世界から教会や寺院等、宗教関係の施設は全て無くなった。
新興宗教も最早ない。
だって、俺には幾らでも否定ができた。
新興宗教の教祖や頑なに否定する宗教者たちは殺した。
そしてパーフェクトヒールで蘇らせた。
それを数回した後「神の使いなら、人なんか蘇らせて当たり前」そう言い続けていたら、自ら辞めていった。
そして不治の病気にかかった政治家や各国の権力者の治療をしたり、ハリウッドスターの治療を繰り返していたらどんどん信仰者が増えていった。
そして『他宗派を信じている者は救わない』とマスコミに宣伝を、初詣に行った者や他宗派を信心する者は死後も救われない。
それを言い続けていたら…あっさりと殆どの人間が女神教に入ってきた。
勇者の力を使い戦争に介入して止めたり、色々な事をした事は懐かしい。
ワイズ様を信仰するものにはワイズ様自らジョブやスキルを与えた…その恩恵は素晴らしく…
ジョブやスキルを持っていない者は勝つ事が出来なく、オリンピックでも格闘技でも上位者は全員スキル持ちだ。
まぁ『本物の救世主』に『本物の女神』がいるのだから当たり前だ。
そして..いま。
「ワイズ様、ようやくこの世界を一神教にする事が出来ました」
「ご苦労様でした、リヒト」
そう言いながらてりやきバーガーを食べているワイズ様は凄く可愛く思えた。
まぁ、他の信者には見せない俺だけが見れる笑顔だ。
この世界に帰ってきたからこそ思った。
『異世界では神様はあんなに一生懸命なのに、この世界では何もしてくれないのか』って。
お経ばかり読まれてもね…神が居るなんて嘘ついてもね…
お前達は誰も救わないじゃないか…そう宗教者に言いたかった。
悔しかったら「ヒール」くらい使ってみろよ…
人を救わない宗教者なんて要らないよな…
【本物の女神 ワイズ様】や俺がいるんだから。
最早用済みだ。
あとがき 読者様に感謝
最後まで読んで頂き有難うございました。
私の作品を複数読んだ方には、あれっこれはそう思った方が居たかも知れません。
そうです、これは『中年オヤジは元勇者! 42歳から始まる勝ち組人生。』で上手く書けなかった宗教部分を他の主人公で書いた作品です。
あちらの作品では、かなりえげつなく書いてしまったので反省を込めて、まろやかに残酷な描写は無くして、伝えたい事だけ伝えてみました。
この作品で書きたかったのは『異世界の神様に比べたら、この世界の神様は働いていない』それがテーマです。
だって異世界ならどんな駄女神でも勇者は呼ぶし、ヒーラーを沢山量産してますから…まぁ空想だからですね。
こんな作品を書いている私ですが…実は割と神様や仏様に普通に手を合わせています。
お墓詣りやお施餓鬼、初詣、お寺巡り位はしています。
私は、今も闘病中ですが、治療が上手くいきしっかりと生きています。
その時に、暇さえあれば病院から近くのお寺や神社の方向に手を合わせ、退院してからはお礼参りもしています。
ですが、それは私が助かったからです。
ですが、その反面『そんな状態で入院していたから、死んでいく人も数人見ました』
そんな人からしたら…そういう気持ちで少し書いてみました。
多分、この作品は書く前から『多分皆に読んで貰えない』そう思って書いていました。
余り読みたくない…そういうテーマで、読者の事を考えずに伝えたい事だけ書いた物語です
それなのに最後まで読んで頂き有難うございます。
最後まで読んでくれた貴方に、作者として感謝いたします。
有難うございました。
※ 次回作からは、あまり重くないテーマで書きますからご安心下さい。
石のやっさん