「俺の死にざま」 希望無きこの世界で…

悲劇!絶望!届かない希望!勇者が生まれる前の世界で死んでいく主人公達!

この世界は、本当の救世主『勇者』が現れる前の世界です。
この世界には『3つの希望』という存在がいます。
『英雄 リヒト』『聖女 ミルカ』『賢者 ジャミル』が魔族と戦う最強の人間として存在しています。
そして…
※タイトルでネタバレしていますが…この世界には勇者はまだいません。
その為、残念ながら彼等では勝てない存在が魔族の中に多く居ます。
この物語は皆さんが知っている『勇者』のカッコ良い話ではなく、その前の物語なのです。

第1話 3つの希望

俺の名前はリヒト…この世界で英雄をしている。

言ってはなんだが、背も高く金髪にブルーアイのなかなかの美形だ。

カルバン帝国から正式に認定されたこの世界で唯一の英雄で、俺の頼れる相棒 魔剣レイブンの前にはいかなる魔族も滅びる。

今、この世界は魔族と人類とで戦争状態で人類側が劣勢状態。

だが、そんな中でも『3つの希望』と呼ばれている存在が居る。

まずはこの俺『黒き英雄リヒト』

帝国の英雄、人類の救世主と言われている。

聖教国最高の回復魔法の使い手『白き聖女ミルカ』
白銀の綺麗なロングの髪に白い肌、切れ長の目をした女神の様と呼ばれる。

聖女の再来と言われる最高のヒーラーだ。

王国最高の魔法使い『青き賢者 ジャミル』

黒髪に赤い目、背は高く顔色は何時も青い…だが

賢者のように千の魔法を使う最強の魔法使い。

俺達3人こそが人類最強の戦士だ。

この世界には勇者も聖女も賢者もまだ生まれていない。

ミルカもジャミルもその強さから、聖女、賢者と呼ばれるが本当のジョブはヒーラーと魔術師だ。

『勇者』が生まれて来ないこの世界で…最強のメンバーだ。

◆◆◆

「英雄リヒト、この度の魔族幹部ブルドの討伐見事である、よって第一勲王花勲章を与える」

「はっ謹んで頂きます」

「流石はリヒト殿だ、これで13個目の勲章だ」

「一生に一度貰えるかどうかの勲章をこうも連続でとるとは…」

「流石は人類の救世主…英雄リヒト様だ」

いつもの光景だ。

前線に出て戦っている俺には当たり前の事だ。

「相も変わらず凄いわね」

「なんだミルカか」

「なんかじゃ無いわよ、余り無理しないで」

「そうは言うが、俺が此処で踏ん張らないと世界は大変な事になるんだ…やるしかないだろう?」

「まったく、貴方は、まぁ言ってもきかないんだから仕方ないわ」

「しかし、本当に凄いな君は…君がとんでもない活躍をするから、僕がどんな功績をたてても薄れてしまうよ」

俺達は偶に共闘したり、単独で戦ったり、つかず離れずの距離を保っている。

本当はパーティを組みたいが、国の事情で、そう言う訳にいかない。

魔族と戦うのを優先的にしなければならない筈なのに国同士が利権争いで一つに纏まらない…馬鹿な話だ。

◆◆◆

俺には、正確には俺達には隠している事が1つある。

それは俺とミルカが付き合っているという事だ。

英雄と聖女、普通に考えたらお似合いだろう?

だが、俺が帝国、ミルカが聖教国と国が違う。

恐らく俺達が結婚という話になれば、どちらの国も所有権を主張して揉める事になる。

だから、俺達が付き合っている事は秘密だ。

二人以外でこの事を知っているのはジャミルだけだ。

いつもの様に変装をしてミルカを待っていたが、待ち合わせ場所にミルカが来なかった。

時間に正確なミルカが遅れるなんて珍しいな…そう思い待っていると子供冒険者が手紙を持ってきた。

「俺にか?」

「うん、聖女様から預かってきたんだ」

「ありがとうな」

俺はお駄賃として銅貨1枚を渡して手紙を受け取った。

手紙には…

『魔族に襲われた村があり、ジャミルと共に討伐にいってくる』

そう書かれていた。

可笑しい。

魔族が村を襲っているのなら…何故俺を呼ばない。

今日はミルカと会う日なのだから俺の手が空いている事は解る筈だ。

その状況で俺を呼ばないのは可笑しい。

だが…そう言う事か。

魔族は少人数で、自分達二人で倒せる…そう考えたのか?

それも可笑しい。

少人数の魔族で簡単に倒せるなら、ジャミルの性格なら1人で行くはずだ。

手柄が欲しいジャミルなら、ミルカを誘う筈がない。

『2人』

これが俺には凄く引っかかった。

だが、この世界最高と言われる人間が2人も居るんだ。

魔族の幹部だろうと簡単に倒すだろう。

そう思った。

「仕方が無い、今日のデートは中止だな…宿に帰って寝るか」

そう言えば今日一日空ける為にかなり無理していたな。

此処暫く休みなく戦い続けていた。

よし…今日は死ぬ程眠るぞ。

そう思い、俺は宿に帰って行った。

第2話 笑わないミルカ

夜遅くに目が覚めた。

冒険者ギルドに顔を出すが何も伝言は無いという。

まさか、数日掛かる仕事なのに、俺に声を掛けなかったのか。

まぁ、ジャミルは俺やミルカにとっては弟みたいな存在、浮気は気にしないし、実力的には二人居るなら魔族の幹部クラスですら歯が立たない。

何も問題は無いだろう。

ただ一つ気になるのは…ミルカから連絡が無い事だ。

『戻ってきたら詳しく聞けば良い』

そう思い、俺は宿に戻り再び眠りについた。

◆◆◆

幾らなんでも可笑しすぎる。

あれから1週間がたった。

俺の知らない所でなにかが起きている。

俺は仕方なく、近隣に現れたオーガの討伐をしているが、心配で仕方が無い。

自分の身分が恨めしい。

俺が英雄でなければ、すぐにでもミルカの消息を探せるのに…俺には出来ない。

討伐を終えて街に帰ると…ジャミルが居た。

ジャミルが居るという事はミルカも帰ってきているという事だ。

「おい、ジャミル…」

「…」

ジャミルは急に逃げるように走り出した。

可笑しな奴だ…まぁ良い。

今はこの街を拠点にして活動しているんだ、会いたければ何時でも会える。

それよりミルカだ。

俺は、冒険者ギルドに顔を出した。

「これは英雄リヒト様でないですか? 今日はどういったご用件でしょうか?」

「聖女ミルカに手紙を頼む」

「畏まりました」

◆◆◆

可笑しい…あれから2日間がたった。

この状況で連絡が来ないのは可笑しすぎる。

これはジャミルに聞いて見るしか無いな。

俺はジャミルを探し続けて6時間、既に夕方になっていた。

『居た』

だが、ジャミルは門から外に出て行く途中だった。

『こんな時間に何処に行くと言うんだ』

普通は夕方から外に出るなどしない…魔物が出るからな…まぁジャミル程の腕があれば問題は無いが…

余程の事じゃ無ければこんな事はしない。

様子が可笑しいから後をつけていく事にした。

何が起きたのか解らない。

ジャミルが話しているのは擬態をしているが魔族だ。

英雄の俺なら解る…よく見ると影が無い。

魔族と話す必要は無い…即攻撃が俺達の信条だ。

だが、一向にジャミルは攻撃に移らない。

それ処かなにか懇願している様に見える。

探査スキルが無いのが恨めしい。

「※※返して※※※ば英雄※※※※※※来い」

駄目だ良く聞き取れない。

「約束※※※※※女ミル※※※※※※※、そちらも約束を※※」

良く聞き取れないが『聖女ミ』と聞こえた。

恐らくミルカの事だ。

今はジャミルは良い…それより魔族だ。

俺はジャミルではなくジャミルが話していた魔族の男を追いかける事にした。

◆◆◆

魔族の男に気がつかれない様に後をつけていった。

すると、森の奥へ奥へと歩いていっていた。

『この先に何があると言うんだ』

暫く進むと小さな廃れた屋敷があった。

こんな廃墟に魔族…怪しい気がする。

中からは余り大きな音は聞こえない。

それなら、魔族が居たとしても数は少ないだろう。

魔剣レイブンを抜いて廃墟のドアを開けた。

廃墟の屋敷は月明かりがさしていて充分な視界があった。

上から見て行こうと最上階の三階に昇り片っ端から部屋を見て言ったが…

『可笑しい、気配すら感じない』

そのまま2階を見て回ったが…同じく気配はない。

魔族の男は何処に消えたのか…

一階を見て回ると壁があるのに風が吹き込んでくる場所があった。

『ここに何かある』

そう思い探ると…やはりあった…地下への階段だ。

暫く進むと魔族の男がいた…目が合った。

「貴様、リヒッ」

話を聞く必要は無い…直ぐに剣で斬り捨てた。

「貴様はリヒトだな、死ね」

「死ねー―――っ」

だから二流なんだよ…声を出す位なら直ぐに斬れ。

俺は2人の魔族も斬り捨てた。

他には居ないようだ…この奥に何があるんだ…俺はゆっくり周りを警戒しながら奥に進んでいった。

牢屋が幾つもあるが人は入って居ないようだ。

拷問器具らしき物もあるから、此処は魔族が人間を拷問や尋問、処刑する為の施設に違いない。

奥に進むと…

嘘だ…嘘だ!…嘘だー―――――っ!

俺がそこで見た物は…

鎖で手を縛り、それは吊るされていた。

その胸にはナイフが刺さり…長年の恨みを晴らすかの様に右手が無くお腹を滅多刺しにされた…死体

ミルカが吊るされていた。

「ミルカ…ミルカ…ミルカー―――っ」

俺はレイブンで鎖を斬りミルカを降ろした。

「うっ…ミルカ」

ミルカは返事をしない。

「うっうつ、ミルカー――っ」

ミルカは笑ってくれない。

当たり前の事だ…何故ならミルカは死んでいるのだから…

第3話 もう一つの死体

ミルカ…

何でだよ…

俺はこれからどうすれば良いんだ…

何時か…一緒に…それが俺の夢だった…

ミルカ…お前が居ないなら…俺はなんの為に剣を振るえば良い…

人々を救う?

魔王を倒し世界を平和にする?

それに何の意味があるんだ…

ミルカが居ない未来の為に俺は剣なんて振れない…

ミルカ…

俺が英雄で無かったら、お前が最強のヒーラーで無かったら…多分とっくに結婚していたよな…

畑を耕すのも良い。

冒険者になって一緒に狩をするんのも良い…

柄にもないがお店で何か売る生活でも良い…

どんな生活でも『ミルカが居る』その生活の方が遥かに良い。

それが何でだよ…

「ミルカー――っ、なんで、なんで死んでしまったんだよ…愛していたんだ、本当に…なぁ、なんで俺に声を掛けてくれなかったううっ…」

服が汚れるのも構わず俺はミルカを抱きしめた。

涙はどんどん溢れてきて止まらない。

泣いても泣いても涙は止まらない。

「ひぐっ…なぁ頼むよ…傍に居てくれよ…1人にしないでくれ…ミルカ…ひぐっ」

どの位泣いていたのか解らない。

自分の中では…泣き尽くした…そう思える位の時間はたっている筈だ。

俺が合った時にミルカは笑っていた。

それなのに今は何も言わない。

そうだ、手…ミルカの右手を探さなくちゃ…

無い、無い、無い、無い…ミルカの手が何処にもない…

ミルカごめん…手が見つからない…

右手は探してみたが何処にも無かった。

武器である杖も何処にも無い…

誰がミルカの右手を斬り落とした…

ミルカは杖を持っていた筈だ。

街中ならいざ知らず、こんな場所で杖を手放すわけが無い。

ミルカはそんな油断をするわけが無い。

杖を持ったミルカに勝てる存在など、そうは居ない。

もしミルカから杖を取り上げ、右手を切断するような事が出来る人物が居るとすれば…ただ1人…油断させることが出来…同じ位の実力者…ジャミルだけだ。

そう考えれば辻褄があう。

ミルカの手の切断面は風魔法…ウインドカッターで斬られたように見える。

ジャミルの得意な魔法は風…

ジャミル…理由は解らない…だがミルカの右手を斬り落としたのはジャミルだ。

『3つの希望』のうちの1人ミルカは死んだ…

もし、ミルカを殺した事にジャミルが関わっていても…恐らく罰せられない…

これ以上『希望』を世界は失いたくないからな…

だが…俺は知らない…こんな世界。

ミルカが居ない世界なんて俺はいらない…だから俺はジャミル貴様を殺す!

俺はミルカの死体を収納袋に大切に入れた…気がつかなかったがミルカの近くにも死体があった…此処に置いて置くのは可哀そうだ連れて行ってやるか…

俺は街の近くの花が沢山ある丘にミルカを埋めた。

その横に見知らぬ死体も埋めた…

ここなら街が見えるから寂しくないよな…

『またくるよ』

そう伝えて俺はその場を立ち去った。

◆◆◆

ジャミルを殺す…流石に街中じゃ不味い…

街から出る瞬間を狙わなくては…

だが、案ずることは無かった。

ジャミルは夕方になると、あの時と同じように門から出て行き、森の手前で立ち止まった。

「ジャミル…魔族の男なら来ないぜ」

「リヒト、何を言っているんだ…僕は…」

しらじらしい…

「証拠はある…弁解は聞かない…ミルカの仇だ死ね」

俺はレイブンを抜き斬りかかる、遠距離戦は相手に歩がある、接近戦でけりをつける。

「待って、待ってくれ」

流石ジャミルだ、これを躱すとは…

「ならば、奥義…」

「待ってくれ…あと少しで良い…あと少ししたら僕は殺されても良い…だから待ってくれ」

この状況で嘘を言っているとは思えない…

「話を聞こう」

「あと少し、あと少ししたら妹が帰ってくる…それを確認出来たら…この命は必要ない…それまで待ってくれ…」

「どういう事だ!」

「魔族の男と約束したんだよ…ミルカを差し出せば…妹を返してくれるって…だから僕は…最低な事をしたのは解っているよ…だけど仕方なかったんだ…妹、リリナは僕にとって命より大切な存在だったんだ…だから妹さえ帰ってきたら僕は…殺されても良い…だから少しだけ待って…」

滑稽だ。

馬鹿な奴だ…

人間は魔族との約束を守らない。

だから、魔族だって人間との約束は守らない…

『魔族は人間との約束なんて守らない』

「おい…」

「なにするんだ…」

俺はジャミルの髪を掴んだ。

「良いから来い!」

「痛いっ…離せ…僕は此処で待つんだ!」

解った…解ってしまった…

「妹に会わせてやるから来いって言っているんだー――っ」

「本当か?」

「ああっ」

賢者のジャミルが…馬鹿か此奴。

俺は髪を掴みジャミルを引きずる様に引っ張っていく…

ジャミルは最早、痛がりもしなかった。

◆◆◆

「此処は何処ですか」

「お前のせいで死んだミルカの墓だ…」

「僕のせいで…」

ドガッ 思いっきり俺はジャミルを殴りつけた。

「魔族に引き渡せば殺されるのを知ってお前は…このクズが…」

「なんとでも言え…命が欲しければ、殺してくれて構わない…だから妹に、妹に会わせて…くれ」

俺は黙ってミルカの墓の横の墓を指さした。

「えっ…この土盛りは何…」

「良いから掘って見ろよ…」

馬鹿な奴だ…魔族が約束を守るかよ…

「何を言っているんだ! リヒト!」

「良いから掘れよー――っ」

ジャミルはようやく話が解ったのか手で土を掘り始めた。

そして…その死体の服を見た瞬間…

「リリナー――っ! そんな、約束は守ったのに…それなのに…」

「賢者のジャミルともあろう者が、魔族が約束を守る訳ねーの位解らないのか? ボンクラ野郎!」

「リリナ…リリナ、リリナー-っ…ううっうううっ」

「泣いてるんじゃねーよ! 人殺し野郎がよ…馬鹿じゃねーの? 魔族に攫われた時点で殺されている事位解らねーの! 賢者の癖によーっ…何が賢者だ! お前なんか愚者で充分だ」

「リリナが死んだのなら、もう良いよ、約束だ…僕を殺すと良い」

殺してやりたい…殺してやりたいが…殺さない。

死ぬのは…俺だ。

「今のお前を殺すのは楽にするだけだ…だから殺さない…その代り、これから先…この世界はお前1人で死ぬまで守れ」

「リヒト…どういう事…」

こんな事を考えつく様な魔族は1人しか居ない。

恐らく6大公魔の一人『智逆の悪魔アドレラ』だ。

「もう『英雄リヒト』は居なくなる…これからはただの復讐者リヒトだ、お前も殺したいが、殺さない…俺は6大公魔のアドレアをこれから殺しに行く…例え相打ちでもな…ミルカの仇だ! だから、お前は3つの希望の1人を殺して、もう一人を復讐に走らせた…責任をとってお前1人で世界を守れ!」

「僕はミルカを殺して無い」

「利き腕を切断した状態で引き渡せばどうなるかも解らないのか…お前が殺したんだ…黙れクソ野郎」

俺は何か言いたげなジャミルをあとに俺はその場を立ち去った。

第4話 回想

「ジャミル…貴様! 何故ついてくる!」

「…」

「おい!」

「今の君には僕が必要な筈だ…それに…」

「それになんだ!」

「君はまだ事情を知らないだろう…」

「話したいなら勝手に話せ…」

ジャミルはポツリポツリと話し始めた。

聞きたくも無い話を…

◆◆回想◆◆

「リリナ…今帰ったよ、ほらお土産のクッキーだよ」

可笑しいな…なんで部屋の電気がついてないんだ?

「リリナぁ~隠れているのかな?」

こんな夜に何処かに出掛けるなんて考えられない。

可笑しいな…何かあったのかな?

しかし、リリナがこんな夜遅くに家に居ないなんて今までなかった。

何か事件に巻き込まれて無いと良いけど…

何か事件に巻き込まれていると大変だ…僕は家を飛び出し、妹を探しに行った。

居ない…可笑しい何処にも居ない。

今日は無理だ、明日『騎士』に動いて貰うしか無いな。

リリナ、何処に行ったんだよ…

探しつかれて宿に帰ると…

『誰かが居る』

「早い帰りで…」

美味く擬態をしているが、俺の目は誤魔化せない。

此奴は魔族…敵だ。

「お前は魔族だな…死ね」

僕は杖を構えると…何故だ、何故此奴は『笑っている』

「殺したければ殺すが良い…だが俺を殺せばもう、お前は妹に会えない」

まさか…

「まさか…妹を攫ったのか?」

「まぁな、俺が戻らなければ、拷問の上に殺す事になっている」

「お前…何が目的だ!」

「俺達にとって目障りな『3つの希望』そのうち誰か一人で良い…戦えない様にして差し出せ…妹と交換だ」

この時の僕は妹リリナで頭が一杯で何も考える事が出来なかったんだ….

どちらか1人…リヒトは恐らく無理だ。

つけ入る隙があるとすればミルカだ。

彼奴ならどうにか…

◆◆◆

すーはーすーはー

「ミルカ、悪いがすぐに来てくれるか?」

「何があったのよ! もし大規模な討伐ならリヒトにも連絡しないと…」

普通はそうなるな…だが

「すぐ近くの村なんだが、討伐相手は残り僅かなんだ…だが怪我人が多く出ていて一刻を争う状態の怪我人が多数いる…悪いがそんな暇はない」

これで良い…これで大丈夫な筈だ。

「そう、それじゃ直ぐに行くしか無いわね…そこの子供冒険者、悪いけど手紙をお願いして良い」

「毎度」

ミルカは手紙を書いて子供冒険者に渡していた。

くそ…だがこれはどうしようもないな…

「それじゃミルカ…これをやるから飲んでくれ」

「これはなに?」

「魔力回復と疲れを回復する薬だ…休むことが出来ないから飲んでくれ」

「解ったわ」

ミルカはぐぃっと回復薬を飲んだ。

「それじゃ行くよ」

俺はミルカの前を走った。

後からミルカがついてくる…これで良い。

さっき渡したのは回復薬じゃない…遅効性の睡眠薬だ。

しかもオークすら眠らせる強力な奴だ…

「あれ…ジャミル、ごめん…少しだけ…」

効いたようだ、すぐ後ろでミルカは片言で話すと、気を失うように倒れた。

『ごめんよミルカ…妹にはかえられない』

無力化…

俺はこれで人類を裏切る事になる。

「ううっごめんよ…」

俺はウインドカッターの呪文を唱えミルカの右手を切断した。

しっかり握られていた杖も手と一緒に茂みに放り投げた。

この眠り薬は強力だ…此処迄しても起きない。

「どうせ居るんだろう?」

「良く解るな…」

「ほら、約束の3つの希望のうちのミルカだ、手を切断し杖も無いから無効化も終わっている…さぁ約束だ、妹を返せ…」

「此処に連れてくるわけないだろう? 妹を渡した途端に殺されるのが解っているのに…」

「ぞれじゃミルカは渡せない」

「ああっ、だが困るのはアンタじゃねーか? 手の無い此奴を連れ帰って大丈夫なのか?」

クソ…もう僕は後戻り出来ない。

「解った…連れて行けよ…妹は必ず返せよ…」

「2~3日中には必ず返す…」

だが…魔族は僕との約束を守ることは無かった。

「妹を返して欲しくば英雄リヒトも連れて来い」

「約束通り俺は聖女ミルカを引き渡した、そちらも約束を守れ」

「お前の妹は俺達が握っている事を忘れるな」

それだけ言うと、言い争う気は無いとばかりに魔族の男は去っていった。

◆◆◆

「う~ん…此処は何処?」

「ようこそ、3つの希望のミルカ…いや元と言った方が良いかな」

此処は何処?

体が重くて右手が痛い…周りは暗いわね。

嘘…あそこに転がっているのは少女の死体。

「お前は魔族…人を殺すなんて…殺…」

私の右手…右手が無い…

「あはははっ手が無いお前に何が出来る! 馬鹿な奴だ」

右手が無い、杖も無い…それになんで私は吊るされているの?

「何故、私がこんな事に…ぐふぁぁぁ」

嘘でしょう、いきなりナイフで刺すなんて…

「楽に殺して貰えると思うなよ…この小さいナイフを使って腹を裂くとな…痛いけどすぐには死ねねーんだよ」

「ぐふっ…何故私がこんな事に…」

「馬鹿な女だ…ジャミルに裏切られたんだよ」

「嘘つくなー-っぐふっああっ痛い! ジャミルは仲間をぐはっ裏切らないわ」

「それが裏切るんだな…そこに転がっている死体があるだろう? そいつは彼奴の妹だ…返して欲しければ3つの希望のうちの誰かを差し出せ…そう言ったら、簡単だったぜ…ご丁寧に右手迄切断してな」

そうか…ジャミルは妹を盾にされたのね…馬鹿ね…魔族が約束を守る訳ないわ…その証拠に妹…死んで居るわよ。

「そう..ぐはぁゴホッゴホッ仕方ないわゴホッ…人はそういう…生き物だから…魔族はゴミ、ゴホゴホッ…恨んでやるー―――っ死ね、魔族は全部地獄…」

「恨まれても怖くねーな」

「…」

もう声も出ない…

ジャミル…あんたは馬鹿だわ…魔族が約束なんて守るわけが無い。

リヒト…逢いたかったな。

最後に一度だけでも…逢いたかった…ごめんねリヒト…

そしてさようなら…

私はもう終わり…

「ようやく、くたばったか…」

魔族のあざ笑う声が聞こえてきた。

第5話 俺の死

「お前はついてくるな!」

「僕だって盾位にはなれる…」

「魔族に仲間を売った糞野郎に、そんな栄誉はやらない…帰れ!」

「そうだね…ごめん」

此処迄言ってようやくジャミルは俺の元を去った。

『恨んでないか』そう言われれば『恨んでいる』

だが、仕方なかったとも思える…もし俺が逆の立場で、ミルカを返してやるからジャミルを…そう言われたら…心情的には解る。

頭は理解出来ても…心が奴を恨んでいる。

傍に居ない方がお互いに良い…

◆◆◆

俺はもう英雄でなく『復讐者』だ…だから最短でアドレラの住むという古城を目指している。

目につく魔族には問答無用で殺し、魔族が住む場所の井戸には毒を投げ込んだ。

魔族は悪…害虫と同じだ一切の情けはいらない。

『ただ殺す』それだけだ。

◆◆◆

とうとう俺は『悪魔アドレラ』の住む古城にたどり着いた。

「貴様は、英雄リヒトだな! 俺の部下はどうした」

「殺した」

「結構な数が居たはずだが…」

アドレラはおおよそ2メートルを超える大男、青い肌に黒い羽…単純に強い。

「殺した…魔族だからな…」

「お前には慈悲が無いのか…恐らく命乞いした者も居たはずだ…」

「なら、お前に聞く、お前程強ければ、ミルカや俺と充分戦えたはずだ…それがなんで卑怯な方法でミルカを殺した…」

「人間は虫けらだ…殺して何が悪い」

「なら俺も同じだ…魔族に慈悲など要らぬ…貴様は殺す!」

「こい!」

魔剣レイブンで斬りかかるも、固い斬れない。

「その硬さがお前の自信か…」

「ふははははっ斬れぬ、斬れぬ、斬れぬよー-っ、そして死ね」

アドレラの剛腕が俺に迫る…避けた先にクレーターが出来た。

こっちは当たれば確実に死ぬ。

俺はすぐさま斬る体制から体の向きを変え突きに変えた。

狙いは目だ…

「どうだ…目を貫かれた気分は…」

目を突かれてなお動揺しない…此処迄か。

「うぐっ…流石に目は鍛えられぬからな…これで俺は片目を失った…だがお前はもう終わりだ…その体では次の俺の攻撃を耐えられまい」

目を突いた瞬間にアドレラの攻撃が掠った。

掠っただけなのに俺の左手は肩にぶら下がっているだけだ。

「確かに…」

もう手はないな…

「杖よ我が命と引き換えに、敵を滅ぼせ…」

ジャミルが杖を俺が潰したアドレラの目に突っ込んでいた。

「貴様ぁぁぁぁー-っ殺す」

アドレラが引きはがそうとしたが…ジャミルの呪文の方が速かった。

「自己犠牲」

その瞬間ジャミルの杖が閃光し爆ぜた。

ガガガがッガンー――ッ

大きな音と共に辺り一面が血の海になった。

「ハァハァ…妹の仇だ思い知れ…そしてごめん…」

それだけ言うとジャミルは命を引き取った。

下半身が無くなっていたからミルカでも治療は無理だ。

アドレラは上半身が無い、如何に魔族とは言え確実に死んでいる。

「ジャミル…」

「アドレラ様の仇―――っ」

油断した…だが、体は動く…此処で死ぬ気だったから帰りは考えてなかった…

「魔族は皆殺しだぁぁぁぁー――っ」

◆◆◆

左手はもう無い…右手ももう剣は振えない。

どうにか此処迄戻ってこれたな…

俺はミルカの眠っている丘に来ている…花が綺麗だ。

「ミルカ帰って来たよ…今度こそもう離れない…此処でずっと一緒に居るからな」

眠くなってきた…多分、このまま俺は….

◆◆◆

翌日、リヒトの死体は旅人によって見つかった。

その顔は幸せそうに笑っていた…

その場に埋葬され…その場所は『英雄の丘』と呼ばれている。

                   FIN