第1話 夢の中の美少女
僕の名前は理人(りひと)今の僕は…多分もうすぐ…死ぬ。
いつも通りに川の近くの崖で遊んでいると僕は足を滑らせた。
友達と虫を捕ったり、母さんと山菜採りにくる場所…まさかこんな場所で事故に会うなんて僕は思ってもいなかった。
体が動かない。
眼が霞んでくる。
頭が温かい水で濡れている気がする…それが目に入った。
これは水でなく『血』だ…
子供ながら『もうじき自分は死ぬのだ』それが解った。
何で僕は1人でこんな所にきたのかな…後悔したがもう遅い。
『さようなら』
そう僕が思った時に何かが僕の前に現れた気がした。
人では無いのが解る。
一番近い存在は『化け物』『得たいの知れない者』そんな者なのかも知れない。
もうすぐ死ぬ僕を見つけてきたのかな?
『怖い』
そんな僕の気持を無視するように『何か』は話し始めた。
『今の貴方は死に掛けている。このまま放っておけば直ぐに死ぬ。私をその体に宿らせてくれるなら、今は助けてあげる。だけど時が来たら、私は貴方を殺してしまう…それは私にはどうする事もできない、どうしますか?』
どう答えれば良いのか?
このままで『今すぐ死んでしまう』
もうお父さん、お母さんにも友達にも会えない。
この『何か』を受け入れれば今すぐ死ぬことはない。
これは『今すぐ死ぬ』『遠い未来で死ぬ』その二つの選択だ。
死にたくない僕は「助けて」そう答えた。
『解ったわ』
そう答えると『何か』が僕の体の中に入り込んできた。
体に半分入った『何か』と僕は目があった。
僕が見た『何か』は物凄い美少女だった。
髪は黒髪でおかっぱ、黒カラス髪というのだろうか綺麗で艶々している。
眼が大きくてパッチリ、肌は透き通るより白く、こんな綺麗な存在は見たことが無かった。
そして恐らくはこれから先、絶対に彼女以上に綺麗な存在に会えるとは思えない…余りに幻想的な美しさだった。
『綺麗だ』
ついそう声を出してしまった僕に『何か』は一瞬驚いたようだった。
何となく『何か』から嬉しい…そういう感情を感じられた。
◆◆◆
気が付くと僕は河原で寝ていた。
可笑しい…僕は確か崖から落ちて怪我したはず…
だが、今の僕は怪我一つしていない。
そうか…疲れて寝ちゃったのか。
それで夢を見たんだな。
しかし…夢の中で見た子…凄く可愛かったな。
第2話 さようならお爺ちゃん
何が起きたのか解らない。
此処暫く、お父さんもお母さんも凄く優しい。
欲しかったゲームもプラモデルも態々街まで行って買ってくれた。
今まで僕は誕生日かクリスマス以外でこんな高い物は買って貰った事はない。
それに夕食にはオムライスにハンバーグ、此処暫くは僕の大好物ばかりしか出てこない。
凄く嬉しいけど…
「ごめんね、理人、本当にごめんね…」
何故かお母さんは僕を抱きしめて泣くことがあった。
ゲームやおもちゃも買って貰ったし…うん許すよ。
「お母さんは僕に何か悪い事をしたの? 解らないけど許してあげるよ…」
そう答えてもお母さんは泣き止んでくれなかった。
お父さんは、そんなお母さんと僕を複雑そうな顔で見ていた。
◆◆◆
「ごめんな理人…竜崎家には逆らえんのじゃ…すまん」
何故かお爺ちゃんが泣いていた。
お父さんがは悔しそうにしていて、お母さんも泣いていた。
「どうしたの?お爺ちゃん、お父さん、お母さん?」
「うん、なんでも無いんじゃ…そうだ理人にこれをあげよう、前から欲しがっていじゃろう?」
「お爺ちゃん、本当に良いの?」
「ああっ、それはもう今から理人の物じゃ」
お爺ちゃんの宝物の龍の彫刻が入ったプラチナのペンダント。
前に欲しいと言ったら…
『これは次は春人(はると 理人のお父さん)に譲る物だ。まぁ理人はその次だ』
そう言って貰えなかった。
まさかくれるなんて思わなかったな。
「ありがとうお爺ちゃん」
僕は前から欲しかったペンダントを貰えて凄く嬉しかった。
「その代り、理人お爺ちゃんの頼みを聞いてくれんか?」
「うん、解った」
僕はお爺ちゃんからの頼み事を聞く事にした。
◆◆◆
「お爺ちゃん、怖いよ」
「大丈夫だ、理人、此処で今晩1人で過ごして欲しい…明日の朝迎えにくるから…なぁ頼む…約束だろう」
確かに約束をしたんだから仕方が無いよ。
「うん、解ったよ! お爺ちゃん…」
何で僕は白い服を着ているのか、周りには干物や果物、野菜が置かれている。
『ガチャッ』そう音がした。
「お爺ちゃん?」
「ごめんよ理人、竜崎家には逆らえないんだ…すまない…本当にすまない…」
鍵はどうしても開かなかった。
明日になれば出してくれるよね…僕は泣きながら、果物を食べた。
少しうとうとしていたら、外かうなり声が聞こえてきた。
「ガルルルルッ」
狼の声だ…怖いけど社の中に居るから大丈夫だよね。
社から見た狼は物凄く大きくて小さな家位あった。
急に僕は眠たくなった。
起きた時にはもう朝で…雀が鳴いていた。
やっぱり夢だ…あんな大きな狼が居るわけが無いよね。
暫く待っているとお爺ちゃんとお母さんが鍵を開けてくれた。
「理人無事だったのか?」
「理人?」
なんで二人して驚いているのか解らないな。
◆◆◆
竜崎良治くんが今日の朝死んでいたと学校で聞いた。
学校の先生や生徒の何人かが僕の事を幽霊を見るように見ていた。
「どうかしたの先生!」
「いや、なんでも無いんだ!」
その後 良治君の葬式に出たんだけど…
「なんであんたが、あんたが生きているの? あんたのせいで良治と夫が死んだのよ…あんたが死ねば…あんたが死ねば」
そう良治君のお母さんが言って僕を睨んできた。
「山神様が…山神様が、なんで生贄じゃなくて、息子と孫を奪ったんじゃ…なんで間(はざま)のガキじゃないんだ」
そう良治君のお婆ちゃんが叫んでいた。
このお婆ちゃんは竜崎天皇と呼ばれる位偉い人らしい。
山神様という狼の神様を祭っているって聞いた。
僕が泣きそうになりながらお爺ちゃんを見ると…
「子供を無くして悲しんでいるんだろう…理人は帰りなさい」
そう言われた。
3日後…急に僕やお父さん、お母さんは都会に引っ越す事になった。
「お爺ちゃん、さようなら」
「理人…さようなら」
その日が僕がお爺ちゃんに会った最後の日だった。
僕たちがこの村を離れた翌日…狼に食い殺されたそうだ。
だけど…狼って日本だと全滅したんじゃなかったのかな?
解らないよ。
第3話 安いアパート
東京に引っ越してきて数日…まだ僕はクラスに馴染めていなかった。
夏休み前に引っ越してくるなんて本当についてないな…
自己紹介して3日間で夏休み。
これじゃ誰かと仲良くなる時間なんてないよね。
「暇だなぁ~」
僕はアパートの手摺に寄りかかり外を眺めていた。
お父さんは資格を持っていたからか直ぐに仕事は決まり仕事に行っている。
お母さんは近くのスーパーでバイトしている。
何で急に引っ越す事になったのかは解らないけど、多分大人の事情だから聞いちゃいけない気がする。
しかし、この部屋凄く広くていいなぁ…
東京都内にあってスーパーが近くて買い物も便利なのにかなり安く借りられたってお母さんが喜んでいた。
学校までも歩いて15分。
そして何よりも広い。
田舎とは比べられないけど…部屋が4部屋もあり、リビングも広い。
東京に来てからまさか自分の部屋が貰えるなんて思わなかった。
だけど、この部屋…古いのが偶に傷だな。
畳には茶色い人間みたいなシミもあるし…天井にもなんだが人間の手形みたいなシミが沢山あった。
ついお母さんに言ってしまった。
「お母さん、結構古いね、シミも多いよ」
「何言っているの!理人 シミや古い位何よ? ここ凄く安いのよ、4LDKで家賃が3万円、しかも敷金礼金が0なのよ!」
まぁ田舎に比べればまだ新しいし…学校まで歩いてすぐだし、うん文句つけちゃいけないよね。
「うん、凄く良いアパートだよね」
「そうよ、お父さん新しい会社に入ったばかりで稼ぎよく無いんだからね、こんな良い部屋に住んで不満なんか言ったら罰があたるわ」
「そうだね、僕も部屋が貰えたし満足だよ」
◆◆◆
しかし、友達もまだ居ないし、漫画は読んでない本は無い。
ゲームはあるけど、ソフトは1本しかないし、もう飽きた。
「暇だなぁ~ 目の前の大きなお屋敷を見ていても仕方ない、その向こうは墓地だしな、見ていてもつまらないよ」
ミーン、ミーンミーン セミが煩い。
暫く、外を見ていたが急に眠くなってきた。
眠いな。
暇だし昼寝でもするかな。
ついうとうとし始めた。
眠い…
なんだこれ、夢なのかな?
天井に沢山の変な者が張り付いている気がする。
それに畳のシミからは変な者が這い上がってくるように思えた。
何よりも沢山の霊の様な者が部屋を通過していくように歩いていた。
まぁこれは気のせいだな…うん夢だ。
夢の中で寝るのも可笑しいが、僕は怖くなり目をつむり更に眠った。
声が聞こえる。
『ここから出て行きなさい…さもないと』
これは大昔にあったあの綺麗な『ナニカ』の声に聞こえる。
その後は何が起きたのか解らないが、沢山の悲鳴の様な声と沢山の足音が遠ざかっていった。
何だ夢か…
エアコンもつけないで寝ていたから汗だらけだ。
あれっ…可笑しいな、天井のシミも畳のシミも無くなっている。
まぁ、良いや。
綺麗になって悪いことはない。
夕方になり、セミの声がしなくなっていた。
◆◆◆
「ただいまぁ~」
「おかえりなさい」
「しかし、酷いことする人もいるものよね~」
「お母さん、どうかしたの?」
「いえ、帰り道にパトカーが止まっていたんだけど、沢山のお墓が壊されたんだって」
そんな物壊してどうするんだろう?
「誰がやったのか」
「そんなの知らないわよ…だけど僅かな時間で30近いお墓が壊されたんだって、きっと不良の仕業よ! 理人も気をつけなさいね」
「はぁ~い」
だけど墓地でお墓を壊したらかなり大きな音がするはずだけど…なんで気が付かなかったのかな?
僕も聞いた気がしないけど…まぁ良いか。
第4話 館の美少女
しかし、本当に暇だぁ~
前に住んでいた場所の友達はなぜかよそよそしく「もう電話しないで」と友達のお母さんに言われた。
嫌われていたのかな…凄く悲しい。
家に居ても仕方ないので散歩を兼ねて街を散策する事した。
しかし都会は凄いなぁ~
沢山のお店があってコンビニがあちこちにある。
あんなに沢山のお菓子にジュース…売れ残らないのかな?
ふぅ、暑い…
結局、お店を散策したけどお小遣いもあまりないから何も買えないので、家に帰る事にした。
家の前に来ると、あのお屋敷の前に女の子が居た。
一瞬、その可愛さに目を奪われそうになった。
『チクリッ』少し胸が痛んだ気がしたけど気のせいだと思う。
友達になりたいな…そうしたら楽しいのに…
そう思って見ていたら…目が合った。
可愛らしい少女は僕の方に駆け寄ってきた。
マスク越しに見ても凄く可愛い。
このご時世…マスクのせいで顔が見られないのが凄く悔しい。
これ程の美少女…あれっ、そんな記憶は無いのに、もっとすごい美女にあった気がする。
いきなり声を掛けてきた。
かなりフレンドリーなのかな?
「私、美人?」
僕と同い年位だ、だから…美人というより可愛い。
だけど、美人って聞く位だから可愛いより『美人』と答えて欲しいんだよね。 きっと。
「美人だよ」
「そう…これでも美人―――っ」
マスクを態々外してくれた。
サービスが良いな…子役のモデルで顔に凄く自信があるのかな。
解る気がする。
凄く売れている子役の本田マリリンちゃんより遥かに可愛い。
「うん、凄く美人だよ! 驚いたぁ~ この屋敷の子なの?」
「えっ…はい…あの」
不味い、つい馴れ馴れしく話してしまった。
なんだか驚いているみたいだ。
「僕、間理人…そこのアパートの2階 203号室に引っ越してきたんだ、宜しくね」
「そこに引っ越してきたの? 大丈夫だった?」
「何が?」
「ううん、なんでもない、私は 口裂愛子(くちさけあいこ)お姉ちゃんと一緒にこの家に住んでいるの宜しくね」
「うん、そうだ飴あげる」
「くれるの?」
「うん」
「ありがとう…」
「しかし、凄く大きなお屋敷だね、凄いなぁ~お城みたい」
「もしかして、理人くん、中見たいの? 良かったら招待してあげようか?」
「良いの?」
「良いよ、私友達が居ないから、招待してあげるの初めてなんだ」
「うわぁ、嬉しいな」
あれ…良いのかな僕女の子の家に行くの初めてだ…緊張しちゃうよ。
「それじゃ、いこう!」
愛子ちゃんは僕の手を引っ張り屋敷に案内してくれた。
「愛子…その子、獲物なの?」
「お姉ちゃん駄目だよ、理人くんは愛子の友達なんだから」
「えっ…そう友達なの…あれっ怖くないの?」
「怖い? なんで?え~と綺麗なお姉さん?」
「綺麗? 本当に私綺麗? あれっマスクしていないのに…そうだ理人くん、美味しいお菓子があるのお姉ちゃんと…」
「塁お姉ちゃん、駄目、理人くんは私の友達なんだから」
「ケチ…良いじゃない少し位」
「駄目っ、理人くん愛子の部屋に行こう」
「待ちなさい、煩いわ」
「瞳お姉ちゃん」
「瞳お姉さま」
「なぁに、その子は…あれっ二人ともマスク…」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん理人くん、この状態でも綺麗だって言ってくれたの」
「そうだよ、私も綺麗なお姉さんだって」
「そう、それじゃ理人くん、私はどう?」
「凄く美人なお姉さん」
「そう、凄く良い子ね…うっ」
いきなり抱きしめられてしまった。
女の子って凄く良い匂いがする。
「ちょっと瞳おねえちゃん、なんで理人くんに抱き着いているの?」
「あの体調が悪いんですか?」
なんだか瞳さん…顔色が悪い気がする。
「ごめんなさい、ちょっとね…少し休むわ」
そう言って部屋に帰ってしまった。
「それじゃ、私と遊ぼうか?」
「だからーっ理人くんは私と遊ぶのー-っ」
結局、塁お姉さんと愛子ちゃんと夜まで遊んだ。
しかし、よくこんな古いボードゲーム持っているな。
珍しい…
「あの、そろそろ僕帰らないと」
「ええっー-帰っちゃうの、そうだ泊まっていきなよ、愛子と一緒に寝よう」
「そうだ、私も添い寝してあげるからさぁ」
「ごめん、だけど、明日また来るから」
「ええっそんな」
「そうだ…家に連絡して」
「塁、愛子、無理言っちゃ駄目…ごめんね」
「いえ…すみません」
明日もまた来よう…これで夏休みもきっと楽しくなる。
◆◆◆
あくる日、僕が愛子ちゃんの家に行くとトラックが止まっていた。
「愛子ちゃん?」
「ごめんね、愛子たち引っ越ししなくちゃならなくなったの」
「急にごめんね」
「そんな」
「愛子…理人くんの事が好き…愛している愛しているあいしている愛している愛しているあいしている愛している愛しているあいしている愛している愛しているあいしている愛している愛しているあいしている愛している愛しているあいしている…本当に大好きだよ、ううん愛している」
どうしたのかな…凄く嬉しいけど。
「僕も愛子ちゃんの事好きだよ」
「嬉しい…だけどお別れしなくちゃ…悔しいよ」
愛子ちゃんは泣いていた。
「愛子…ほら行くよ」
「うん」
「私も、愛子と同じ…だけどさようなら…」
僕は遠ざかるトラックが見えなくなるまで手を振り続けていた。
愛子ちゃんや塁お姉ちゃんも見えなくなるまでこっちを見ていた。
◆◆◆
「神様って酷いよ~ 80年待った恋だったのにやっと愛子の事好きって言ってくれる人が現れたのに…」
「仕方無いじゃない…あんなのが中に居るんだから」
「瞳姉…なんとかならないの?」
「ならない! 私だって理人くん欲しいわ…可愛いし美少年だし、将来絶対にカッコよく育つわよ」
「勝てる可能性があるならやってみない!」
「無理…敵意を向けなかったから無事で済んだけど…もし私たちが理人くんに何かしていたら、殺された…それも一瞬で」
「そこまでなの理人くんの中に居る存在…」
「ええっ…私達なんか比べ物にならない位禍々しくて危険、あのアパートの幽霊も手が出なった訳も分かるわ…多分傍にいるだけで危ないわ」
「理人くん、理人くん、理人くー――ん」
「ごめん、あれは怖いし、どうにもならない…愛子諦めて」
「瞳姉…悪かった」
「良いわ」
私は理人くんの中に居る『ナニカ』が怖かった。
それこそ姉妹を捨てても逃げたいと思えるほどに…
第5話 公園の美少女
本当につまらない。
折角、愛子ちゃんと仲良くなったのに、すぐに引っ越しなんて。
何で夏休み前に引っ越しなんてしたんだろう?
せめて少し待って9月からにしてくれたら良かったのに。
お父さんもお母さんも仕事でいないし。
仲の良い友達も近くにいない。
昔の友達もなぜか電話に出ない…
なんか、寂しい…
仕方なく今日も僕は1人いつもの様に、散策をしている。
図書館に東京なのにここには風物博物館があった。
適当に見たけど、大した物は無かった。
本当につまらないよ。
結局、今日も僕は夕方まで歩き回っていた。
小さな公園でブランコを漕いでいる女の子が居る。
おさげの髪に大きな目…凄く可愛いい。
『少し胸がチクり』とした。
だけど、凄く短いスカートを履いている。
幼児なら兎も角、パンツが丸見えのスカートなんて今時履かないよな。
あんなスカート今じゃ昔から続いているアニメしか履いてないし、今はミニスカート履くならスパッツとか履いているはずなんだけど…
凄く可愛いけど、今の美少女じゃなく『昭和の少女』という感じに見えた。
「お兄ちゃん、もしかして私が見えるの?」
「えっ?」
「あはっ、やっぱり見えるんだ! うれしいなぁ~ お兄ちゃんも一人? 」
「うん、転校してきたばかりで1人なんだ」
「そう…望も一人なんだ…いつも遊んでくれる?」
多分、望ちゃんは小学校3年生位なのか、よく甘えてくる。
ブランコを押してあげたり、くるくる回る遊具で遊んだり、鬼ごっこしたりした。
気が付くと辺りは暗くなり時間は6時半になっていた。
「もう、遅いから帰らないと」
「ええっお兄ちゃん帰っちゃうの?」
「うん、遅いからね…もしよかったら明日も遊ぼう」
望ちゃんがの表情が変わった気がした。
「お兄ちゃん…明日じゃなく死ぬまでこの公園で遊ぼう…」
「えっなに?」
眠い…望ちゃんと話の途中なのに眠くなってきた。
『私の理人に…手を出すな』
『ひっ…ごめんなさい…嫌ぁ嫌ぁ…殺さないで』
いつかの声と望ちゃんの声…妄想…喧嘩している?
◆◆◆
「ううん、うっ僕は寝てしまったのか…凄く周りが暗い」
「お兄ちゃん」
望ちゃん、嘘膝枕してくれていたの…
「望ちゃん、まさか今まで膝枕してくれていたの?」
「うん…今日でお別れだから…」
望ちゃんは凄く暗い顔をしていた。
眼からは涙が出ている。
「そんな、明日もまた遊ぼうよ」
「ううん、望、遠くに行く事になったから、さようなら…」
そう言うと望ちゃんは…あれ、消えた見間違いだよね。
◆◆◆
「ああっ、あれはナニよ…悪魔、邪神…解らないけど、あんな怖い者が居たんじゃ…手なんか出せないよ…あのお兄ちゃん、凄く綺麗で可愛かったのに…望が結婚するつもりだったのに…畜生――っ。60年ぶりの恋だったのに」
そう言いながら望は公園から去っていった。
第6話 トイレの美少女
「う~ん暑いなぁ~、暇だぁ~」
家の中でゴロゴロしているけど、何も変わらない。
せっかく友達になったのに、愛子ちゃんも望ちゃんも引っ越していっちゃった。
まぁ僕も突然引っ越ししたから同じかな。
ゲームもやり飽きたし、新しい漫画も無い。
仕方なく僕は今日も散策に出掛けた。
駄菓子屋さんを見つけて梅ジャムを食べた。
10円のオレンジガムを5個買ってポケットに突っ込んだ。
今日は何処に行こうか?
まぁ行く当てもないし適当に歩くしか無いんだけどね。
周りは歩き尽くした感じがする。
少し足を延ばして遠くまで行った。
とはいえ歩いて片道1時間くらいだけど。
しかし、本当につまらないな。
神社やお寺はあったけど…見ても面白くないし…
商店街はあるけど、近所と何も変わらない。
古本屋があったから、100円の漫画を買った。
昔からある古本屋で難しい本ばかりで漫画が少し…ゲームやDVDも無いから、暇つぶしも出来ない。
暫くそこから奥へ歩くとまた公園があった。
望ちゃんが居た公園より大きな公園があった。
ブランコとうんてい…滑り台もあるが…なぜかこの公園には人が居ない。
暫く遊んでいると…トイレに行きたくなった。
ううっ漏れそうだ…
勢いよくドアを開けると…
「嫌ぁぁぁぁぁー―――っ」
「ごめんなさいー-っ」
慌てて僕はトイレを飛び出した。
トイレの中から女の子が手招きしていた。
綺麗な黒い髪のおかっぱ頭。
眼は大きく肌は白くて凄く綺麗。
赤いミニスカートにTシャツ…凄く可愛い女の子だ。
鍵をかけていなかったのは向こうが悪いと思うけど…女の子のトイレを覗いてしまったんだから、行って謝るしかないよね。
しかし何であの子、トイレから出てこないんだ?
「ごめんね、いきなり開けちゃって」
「良いよ、私も鍵を掛けなかったのが悪かったし、もう済んでスカート履いた後だし…うん良いよ、だけどお兄ちゃんカッコ良いね」
「そうかな? あまりそんな事言われた事ないよ」
「ううん、凄くカッコよいよ、お兄ちゃん暇?」
「まぁ凄く暇だよ…引っ越して来たばかりなんだ」
「ふ~ん、それでこの公園に来たんだね、私は花子、お兄ちゃんは?」
「僕は理人、宜しくね」
だけど、愛子ちゃんと言い、望ちゃんといい、花子ちゃんも皆、凄く可愛い。
東京に引っ越してきて本当に良かった。
「それじゃお兄ちゃん、遊んでくれる?」
「うん、それじゃブランコにでも乗る」
何だろう、花子ちゃんが悲しい顔をした気がした。
「あのね、花子トイレから出られないの」
そういう遊びが流行っているのかな。
「そう、トイレの中でも良いけど…何して遊ぼうか?」
「うんとね、花子解らない」
色々考えて、持っていた紙とペンでまるバツやあみだくじをして遊んだ。
「こんな事しか出来ないけど良いの?」
「うん、お兄ちゃん凄く楽しいよ」
それは良いんだけど、トイレの中で女の子と二人で遊ぶ。
幾ら僕が子供でも、なんとなく気まずい。
狭い個室だから顔も近いし、隣から息が聞こえる。
さらに見るとシャツの隙間から胸が見える。
「理人お兄ちゃんのエッチ」
「ごめん、そんな気は無かったんだよ…本当だよ」
「まぁ別に良いよ、お兄ちゃんなら気にしないから」
「そう?」
「うん、花子、理人お兄ちゃん大好きだもん」
少し小さい子でも『大好き』と言われると嬉しくなる。
「僕も花子ちゃん、好きだよ」
「そう…凄く嬉しいな、それなら花子と死ぬまでトイレで暮らさない?」
「えっ…」
可笑しいな何だか眠くなってきた。
いつも可愛い女の子からの告白を聞くと…なんで…眠くなるんだ。
◆◆◆
『この子は渡さないわよ…クソガキ』
「嫌だって言ったら…ごめん、いや、殺さないで、諦めるから…やっと見つけた、お兄ちゃんなの…どうにか…解った、あきらめるよ」
◆◆◆
気が付くと僕はトイレで寝ていた。
花子ちゃん…夢だったのかな?
あれ…これは花子ちゃんのリボン。
花子ちゃん、また会えるといいけど、僕が寝ていたから帰っちゃったのかな…明日ここに来れば会えるかな。
◆◆◆
その後、何回も足を運んだけど、僕は二度と花子ちゃんに会えなかった。
第7話 俺は女運が凄く悪い。
東京で暮らし始めて随分な月日が流れた。
もう高校生か早いもんだ。
最近になり、俺は『女運』が異常に悪いことに気が付いた。
言葉使いは中学の時に僕と言っていたら、思いっきり笑われたので『俺』に変えた。
女運がそんなに悪いのかって?
ああっ恐ろしく悪い。
「あの理人くん! 友達からで良いんです…つ、つきあって下さい」
結構可愛い子だ。
「ごめんなさい…いい加減にして」
「そんな酷いよ…」
女の子は涙ぐむと走って行った。
酷いのはどっちだ。
どうせまたいたずらだ…泣いていたけど知るもんか。
「おおう、また理人女の子ふったのか? 泣いていたぞ!可哀そうに」
「和也…お前は中学からの付き合いだから知っているだろう?」
「今まで30人以上の女の子から告白された事か?」
確かに30人じゃきかないな、実際は48人だ。
「はぁ~とぼけんなよ…全部知っているくせに」
「ああっ、知っているさ…30人全員から3日間以内に振られているんだろう? お前、ホテルに連れ込もうとしたりキスを無理やりしようとしたんじゃないのか?」
そんな事はしていない。
今の俺はキスすらしてない。
まぁ童貞だ。
「あのなぁ、俺がそんな事してないのは知っているだろう? 親友」
「しないな」
俺は小学校の頃からやたら揶揄われている。
付き合ってというから付き合おうとすると、大体3日間以内にふられている。
原因は解らないが『怖い思いはしたくないから、ごめん』皆がそう言った。
これでも最初の頃は頑張っていたんだ。
女の子に嫌われないように、デートスポットを調べたり。
映画を奢ったりしていた。
それなのに…3日間もたないなんてなぁ…
最初の頃は1週間近くは付き合えたのに、今じゃ3日間。
酷いときは1日だった。
余りに酷いので、縁結びの神社に行ってみたら…その神社は翌日には火事で燃えてしまった。
神様ですらお手上げ…そういう事なのかな?
流石に酷いので僕はこの性格の悪い女の子の遊びに付き合うのを止めた。
だってそうだろう?
たちが悪すぎる…きっと俺が好きになった時に別れを切り出して、悲しむ姿を笑い者にしているに違いない。
だから…俺は『付き合うのを止めた』
最初に告白された時に断れば…傷つかないで済む。
どうせ、たちの悪い、女子の遊びなんだから…
何しろ『別れる理由を聞いても答えない』おまけに皆して真っ青な顔して俺を怖がる…酷すぎるよ。
それなのに、男は男で…
「お前、何様な訳? 女の子の気持ちを踏みにじるなよ」
「お前、最低だな」
「女の敵め!」
俺を責め立てる。
何だよこれ…
だから俺には友達は数人しかいない。
一人はさっき俺と話していた 木梨和也。
まぁ、俺が中学時代に振られ続けていたのを見ていたから、当たり前だよね。
それともう一人の友人は…
「あのね、貴方が振られるのは仕方ないの…それは貴方の中に、ごめんなさい…」
何故か俺に話し掛けてきては直ぐに逃げる『自称霊能力者』の宜保美瑠子(ぎぼ みるこ)ちゃん。
この二人が数少ない友人の二人だ。
あと1人いる事はいるが学校に来たり来なかったりだ。
体の調子が悪いらしく、お見舞いに行くと母親と一緒に喜んでくれる。
だけど、女の子を傷つけている、そういう評判のせいで俺は友達が少ない。
裏では『冷血王子』と陰口を言う人間も多くいる。
第8話 異世界転移
いつもの様に和也と話し、美瑠子がまた俺に不吉な事を宣言して…鼻血をだしてよろめいている。
少しだけ違うのはその横に月子ちゃん事、弱井月子(よわいつきこ)が居る事だ。
月子は体の調子が悪く、学校を良く休んでいたが『俺のおかげ』で命が助かったそうだ。
多分冗談だと思うが…月子の母親曰く、月子の家は犬神憑きの一族だったらしく何代かに1人短命で命を落とすのだそうだ。
まぁ子供を脅す怪談だろうね。
だけど俺が家に遊びに行ったら、その憑いた物が居なくなったそうだ。
『うふふふっ、理人くん、貴方凄いわね』
とおばさんに言われた。
本当に美瑠子と言い、月子のお母さんと言い、俺を怖がらせようと酷いな…俺は怪談とかは好きじゃないのに…
「理人くんのあれ…」
「うん、凄いよね、私に憑いていた犬神も恐れて居なくなった位だもん」
「そういう冗談はやめて欲しい」
「「…そうだね」」
良くある光景の中…今日は違った。
いきなり、教室が光輝やきはじめた。
俺は久々に…めまいがして眠くなった。
『これは不味いわ…ああっ不味い』
いつかの少女の声が聞こえてきた気がする。
眠気がさらに増した気がする。
心臓がチクりと痛み…心臓から体全体が熱くなる。
『転移? 何これ防げない…大丈夫理人、必ず、必ず守るから』
そんな声が聞こえた様な気がしたが…
そのまま何も考えられなくなり…意識を手放した。
◆◆◆
「ここは何処だ? 何も見えない、白い空間?」
多分、これは夢だな…真っ白な空間で全く周りには何もない。
見渡す限り白く見えて何も見当たらない。
こんな物が現実にあるとは思えない。
少し眠ってしまったみたいだ。
夢かと思っていたけど、どうやら違うようだ。
「理人、俺たちも並ぼうぜ」
「和也?」
「驚くなよ! どうやら俺たちは異世界に転移するらしいぞ」
何だか、和也随分と嬉しそうだな。
「異世界転移? あの小説やアニメで良くあるあれ?」
「そう、まさにそれだ! それであそこに居る女神様が、異世界でも通用するようにとジョブとスキルをくれるんだってよ…もう皆、貰って転移してるから…行こうぜ!」
正に今、美瑠子と月子が女神と話している。
可笑しい!
美瑠子はすんなり、光る何かを体に入れて横のゲートを潜っていたが、月子は何か言われている…暫く女神が手をかざしてから、何か言われてからようやく、光る何かを体に入れてゲートを潜った。
「さぁ、残りは貴方達二人だけですよ! まず君は問題ありません! この女神イシュタルの祝福である、ジョブとスキルを与えます…私の世界エターナルで、英雄の様に超人の様に、伝説に語られる様な人生が待っています。さぁお行きなさい…貴方の方には少し話があります、残って下さい」
和也もジョブやスキルを貰い、ゲートを潜っていった。
◆◆◆
女神イシュタルの顔が変わった。
「さっきの娘はもう解き放たれた後だから許しましたが、貴方の様な穢れた存在を宿すものを…」
女神イシュタルが顔を歪めて何か言ってくるが…眠い。
駄目だ…眠くて、眠くて…話が解らない。
ただ、遠くで…
『理人の為にお前を殺す』
『邪悪な存在、このイシュタルが…』
そんな声が聞こえてきた。
『異世界で理人を守る為に…貴方を頂くわ』
『うわぁぁー-っそんな、女神たる私が…嫌ぁぁぁー-』
◆◆◆
再び俺が目を覚ますと…なんだこれ…
辺り一面が血の海になっていた。
肉片が飛び散り…よく見ると綺麗な銀髪交じっている。
その髪は女神の物によく似ている。
そうすると…此処に転がっている肉片は、まさか女神イシュタルなのか…うぷっ。
俺は吐き気に襲われた。
そうだ、ジョブやスキル…女神が死んでいるなら、俺はどうすれば良いんだ…
気持ち悪く、怖いのを我慢しながら辺りを探した。
何もない…
我慢して何時間も探したが何もない。
また、眠気に襲われた。
こんな不気味な状態で良く俺は眠れるな。
再び俺が起きた時…なぜか女神の遺体や血は無くなっていた。
不思議な空間だから、何が起きてもおかしくない。
元の世界に戻る方法は解らない。
今の俺に出来ることは、このゲートを潜る事だけだ。
仕方ないので俺は何も貰えない状態でゲートを潜った。
9話 転移した先で
俺が目を覚ますとそこは…レンガで作られた部屋の中だった。
どの位広いんだ…体育館並みの大きさがある。
他の皆はもう既に目を覚ました後だ。
多分、俺が一番最後に起きたようだ。
「和也? 美瑠子に月子?」
「良かった、なかなか目を覚まさないから焦ったぜ」
「うん、理人くん本当に良かった」
「理人君も許して貰えたんだね…良かったよ…本当に良かった」
月子が『許して貰えた』と言っているけど、何の事か解らない。
それより…これは夢じゃない…だったら何のジョブやスキルを持たない俺は不味いんじゃないか?
それに幻覚かも知れないが『女神が死んでいる所』を俺は見た。
もうこの世界は魔族の勝利が確定しているんじゃないのか…
解らない。
「最後の一人が目覚めたようですね! これから重要な話をします、事情が解らないかも知れませんが、まずは私の話を聞いて下さい!」
驚く位に綺麗な女性がこちらに歩いてきた。
地球では見ない水色に銀色を混ぜた様な綺麗な髪、セミロングでウェーブが掛かっている、見るからに豪華な装飾品から考えると…彼女は王女に違いないな。
「ようこそ! 異世界の戦士の皆さん、私はこの国の第一王女ライアと申します。あちらに座っているのがこの国の王ドラド6世になります」
王と言う割には随分体を鍛えている気がする。
まるでボディービルダーみたいだな。
そんな風に思っているとただ一人の大人風間先生が手を挙げていた。
「こちらの国の事情は全部女神イシュタル様から聞きました。そして私たちが戦わなくてはならない事も…だが私以外は生徒で子供なんです..できるだけ安全なマージンで戦わせて欲しい。そして生活の保障と全てが終わった時には元の世界に帰れるようにして欲しいのです」
流石、風間先生、担任だから話が巧いな。
此処は任せた方が絶対に良いよな。
だけど…俺は『この国の事情』なんて何も聴いてないぞ。
「和也、この国の事情ってなんだ?」
「後で話してやるから、今は聞いておこうぜ」
「そうだな」
「勿論です、我々の代わりに戦って貰うのです。戦えるように訓練もします。そして、生活の保障も勿論しますご安心下さい。 元の世界に帰れる保証は今は出来ません。ですが宮廷魔術師に頼んで送還呪文も研究させる事も約束します」
嘘だろう、帰る方法はこの世界の人間も知らないのか…
「解りました、それなら私からは何もいう事はありません、他の皆はどうだ? 聞きたい事があったら遠慮なく聞くんだぞ」
同級生が色々な事を聞いていた。
どうやらここは魔法と剣の世界、俺の世界で言うゲームの様な世界だった。
葛見が質問していた。
「ですが、僕たちはただの学生です、戦い何て知りません、確かにジョブとスキルを貰いましたが本当に戦えるのでしょうか?」
「大丈夫ですよ、ジョブとスキルもそうですが召喚された方々はこの世界に召喚された時点で体力や魔力も考えられない位強くなっています、しかも鍛えれば鍛えるほど強くなります。この中で才能のある方は恐らく1週間位で騎士よりも強くなると思いますよ」
マジか…だが俺は大丈夫なのか?
俺はジョブもスキルも何も貰っていない。
体力や魔力は果たして強くなっているのか?
いや…普通に考えたらそんな訳ないだろう。
俺は何も貰ってない…どうすれば良いんだ。
「それなら安心です…有難うございました」
いや…安心じゃ無いよ。
俺は何も貰ってないんだからな。
「どうしたんだ理人! 顔が青いぞ!」
美瑠子と月子もこちらを除きこんでいる。
「俺、ジョブもスキルも貰っていないんだ」
「「「なんだって」」」
三人が驚く中、無情にも…
「もう、聞きたい事はありませんか? それならこれから 能力測定をさせて頂きます。 測定といってもただ宝玉に触れて貰うだけだから安心してください…測定が終わったあとは歓迎の宴も用意させて頂いております、その後は部屋に案内しますのでゆっくりとくつろいで下さい」
不味いな、聴かないと…
「あの、ジョブもスキルも貰ってない場合はどうすれば良いんでしょうか?」
全員の顔がこちらに向いた。
「とりあえずは測定を受けて下さい。きっと何かの間違いですよ…ジョブもスキルも無い人間なんてこの世界には居ませんから安心してください」
安心なんて出来ない…本当に不味いな。
とりあえず、説明は終わってしまった
10話 測定
その後すぐに測定が始まった。
水晶の玉を持つ鑑定士という職業の人の前に順番に並んだ。
俺の事を気にしてくれている和也、美瑠子、月子は一緒の列に並んでくれた。
「理人お前マジか? 女神なんだぜ、そんな事はしないだろう」
俺は確かにジョブやスキルを貰っていない。
『女神は死んだのかも知れない』それは話す必要は無いだろう。
「いや、本当に貰って無いんだ」
『美瑠子ちゃん、やっぱり『あれ』のせいなんじゃないのかな?』
何だか月子が美瑠子に小声で話している。
上手く聞き取れない。
『月子、流石にそれは無いよ…幾ら『あれ』でも相手は神だよ。流石に勝てないって』
『そうだよね、だけど私に憑いていたのだって『神』と呼ばれていたし、女神様からかなり嫌味を言われたの…邪悪な存在を宿していましたねって、過去だからって許しては貰えたけど…』
『ちょっと待って…それじゃ、もしかして理人は『女神があれをどうにかしたけど』 邪悪な者を宿していたから…ジョブやスキルを貰えなかったの?』
『そうかも知れないよ…』
『当たっているかも知れない…私が見たあれは凄く邪悪な感じがした、何故か理人はケロッとしているけど』
『犬神がただ居るだけで怖がる存在…間違い無いんじゃない』
『まぁ、流石に『あれ』でも女神には敵わないと思うけど…そうか、それなら貰えないかもね』
何をこそこそ話しているんだろう…
「二人ともどうかした?」
「何でもないよ?」
「女の子同士の秘密」
「そう?」
『『気の毒過ぎて流石に言えないよ(ね)』』
和也の番がきた。
「一番手は俺だな、さて俺はどんなジョブなんだろうな?」
しかし、貰った時点でどんなジョブかは解らないのか。
「さぁ、この水晶に手をかざして下さい」
「ああっ」
「これは…凄い、貴方は『聖騎士』です」
水晶には
木梨和也
LV1
HP 1200
MP 50
ジョブ:聖騎士
スキル:翻訳、アイテム収納、剣技の才能、聖魔法
そう浮かんでいた。
鑑定士が更に手をかざすと紙にそれが転写された。
これは多分、当たりじゃないか?
「さぁ、次は美瑠子の番だ…」
「そうね、楽しみだわ」
「貴方は…黒魔法使い」
「もしかしてハズレなのかな?」
「滅相もありません、この世界で魔法が使える人間は10人に一人充分凄いですよ」
宜保美瑠子
LV1
HP 100
MP 600
ジョブ:黒魔法使い
スキル:翻訳、アイテム収納、黒魔法の才能、死霊使い。
何となく邪悪に感じるが、そうでは無いようだ。
その証拠に様子が可笑しくなっていない。
「そう、良かった、次は月子ね」
「うん…」
月子が手をかざすと明らかに鑑定士が落胆した。
「貴方のジョブはお針子です」
水晶には
弱井月子
LV1
HP 30
MP 0
ジョブ:お針子
スキル:翻訳、アイテム収納、裁縫の才能
「あの…これ」
「ああ? 異世界人でこんなの見たことが無い、お前は戦えないし、城で使える様なレベルじゃないな…つまりハズレだ」
あの女神やりやがった。
何が癪に障ったのか…こんな事するなんて、ふざけるな。
「そんな、私…どうしたら良いの?」
二人は黙っている。
「月子、多分俺はそれ以下だ、もしお前が出て行くなら、俺も一緒だよ」
「理人くん…」
月子はかよわい…今にも泣きそうだ。
「この列ではお前が最後だ…さぁ」
「解った」
俺が手をかざすと同じように文字が水晶に浮かんできた。
「お前のジョブは冒険者だ、なんだあるじゃないか勘違いだったな」
間 理人
LV1
HP 50
MP 5
ジョブ:冒険者
スキル:翻訳、アイテム収納、※※※※※が居る
「これもハズレだろう? しかし※※※※ってなんだ」
「ああっハズレだな、お前もきっと城には居られない、しかし召喚でこんなクズジョブ…ああっ済まない、まずありえないな、お前何言っているんだ、そんなの見えないぞ」
※※※※は見えていないのか…
まぁどうせ碌な物じゃないんだろうな。
「おい、どうにかならないのかよ!」
「そうよ、勝手に呼んだくせに」
「俺はただの鑑定士だ、その辺りの事は後で王か王女に相談してくれ」
確かにただの役人じゃ、何の権利も無いだろうな。
多分、俺と月子は追い出されるのだろう。
月子が泣きそうな顔で俺を見てくる。
「役立たずかもしれないが俺も一緒だ」
「うん、そうだよね…ありがとう」
真っ青な顔で月子は俺を見つめていた。
後ろで大樹が勇者に選ばれ、大河が剣聖、塔子が聖女、聖人が賢者に選ばれたと聞こえてきたが…もう俺たちには関係ないだろう。
11話 追い出される。
その後、俺と月子だけが別室に呼ばれライア王女と話をする事になった。
「さてお二人ですが、適性が無い事がはっきりしました…残念ながら貴方達は魔王軍と戦う力がありません、数日のちこの城を出て行って貰う事になります」
まぁ、お針子と冒険者じゃ戦力にはならない…
「それは解りますが、先程生活の保障をして下さると聞きましたが」
何だかこの王女様目つきが悪いな。
「ハァ? 貴方達は戦力外です、召喚された方を優遇するのは魔王軍と戦って下さるからです。戦う事も出来ない貴方達を優遇する意味はありません…とはいえこのまま追い出すのは無情ですね、一か月の生活費と国からの身分証明書を特別に与えます。今日は特別に晩餐への参加を認め、城へも泊めてあげますわ」
「姫様のご配慮に感謝するんだな役立たず」
余りにも馬鹿にしている。
月子なんて今にも泣きだしそうだ。
美瑠子と和也位しか俺たちの友達は居ない。
「なぁ、月子、今更晩餐に出ても仕方ないよな」
「そうだね、なんで私お針子なんだろう」
「まぁ、僕も冒険者だ、聞こえは良いが役立たずらしい…ライア姫様、晩餐は辞退します、友人に挨拶だけしたら出て行きますので、生活費と身分証明書、あとすいませんが外で食べるのでお弁当でも下さい」
和也と美瑠子に会えれば充分だ、特に勇者である大樹達からは嫌われているから、この方が良いだろう。
「貴方達がそれで良いなら構いません…もう会う事も無いでしょう、それでは」
「ふん、役立たずがお金や身分保証が貰えるのだ、ありがたく思うのだな」
本当に腹が立つな。
まぁ何を言っても負け惜しみだし、向こうは権力者だ。
「ありがとうございます」
それだけ伝えた。
◆◆◆
「そんな事があったのか? 酷いな」
「幾らなんでもあんまりだよ…二人とも大丈夫なの」
「それでね、美瑠子ちゃん、ちょっと二人で話しがあるの」
「良いわよ」
女同士、これで最後だ、きっと話したい事があるのだろう。
「それじゃ俺は和也と二人話すさ」
◆◆美瑠子と月子◆◆
「美瑠子ちゃん…これでお別れだね、私どうなっちゃうのかな? 折角、犬神の呪いから解き放たれたのに…」
「そうね、あの女神きっと貴方が元犬神憑きだったからこんな事、したのね…本当に慈悲もないわね」
「確かに神様からしたら汚らわしいのかも…」
「そんなのは呼び出した相手の勝手だよ」
「うん、だけど私は理人くんに出会わなければきっともう死んでいたから…此処で死んでも元は取れたのかな」
「月子、そんな事言わないの、貴方が死んだら私は悲しいわ」
「ありがとう…だけど私より理人くんが心配だよ…美瑠子ちゃん、理人くんの中に『ナニカ』は居ないんでしょう」
「ジョブやスキルのせいか、今、霊視が出来なくなっちゃったみたいなんだ…多分一時的な物だと思う、だけど幾ら『ナニカ』でも女神には勝てないと思うよ」
「だけど理人くんのナニカは『犬神』すら勝てなかったし、美瑠子ちゃんのおばさん宜保数子ですら払えなかった『牛首村』の呪いすら払った、じゃなくて逃げ出したんでしょう」
「ええっ数子おばさん曰く、平将門の霊なんて雑魚に思える存在とは聞いたわ…だけど世界を管理する程の女神には流石に勝てると思えないわ」
「そうだよね…私は良いの、だけど理人くんが…」
「犬神憑きだったせいか『ナニカ』を怖がらずに傍にいる位だもんね…好きなんでしょう」
「うん…だって命の恩人だもん」
「まぁ心配なのは解るけど…好きな子と二人きりの生活、それを楽しむのね」
「…うん、そうね、そうする」
理人くんと二人…今はそれを楽しむしかないよね。
◆◆和也と理人◆◆
「まぁ理人頑張れよ」
「ああ頑張るさ」
「月子ちゃん体が弱いから、まぁ養ってやれよ、夫婦みたいな者だろう」
「何言っているんだ? 養う気はあるが『夫婦』そんなの月子が嫌がるよ」
相変わらずの朴念仁だな。
お前が誰かから告白されるだけで…泣きそうな顔をするのに…
本当に鈍感だな…良い奴だけど。
「まぁ気が付いて無いなら良いよ! ただ異世界に二人きりなんだ、助けてやるんだぞ」
「解っている、当たり前だ」
◆◆◆
最後は4人で再会の約束をし、俺と月子は城を出て行った。
頑張るしかない…うつむく月子を見た瞬間俺は、そう決意した。
12話 飛び出した先で
「理人くん、これからどうしようか?」
「そうだな、まずは腹ごしらいしようか?」
「そうだね」
俺たちは貰ってきた弁当を広げた。
意地悪されて貧相な物を渡されるのではないかと思っていたが、そんな事はなく割と豪華だ。
恐らくは夜の晩餐会のメニューから幾つかの料理を抜いて作ってくれたのだろう、まぁ美味い事は美味い。
「私達これからどうなっちゃうのかな?」
料理を食べながら月子がポツリと言い出した。
不安でしょうがないのが良くわかる。
「あのさぁ、こう考えたら良いんじゃないかな?『能力が無いから魔族と戦わないで済んだ』そう思えば気が楽にならない?」
「理人くん…」
「物語では勇者が必ず勝つけど、現実じゃ解らない…可哀そうだけど、同級生のうちかなりの人数が死ぬと思うよ。映画のモンスターみたいな奴と戦うんだからな」
「そうだね…」
「俺たちは追い出されたから『魔族と戦う義務』は無い。そう考えたら逆についている…そうも考えられないかな?」
恐らくかなり過酷な戦いの筈だ、確かに勝てば名誉も手に入るが、負けたり使い物にならなくなれば『容赦なく切り捨てられる』に違いない。
こんな異世界で『年金も保険も期待できない』
実際に俺たちは『追い出された』
怪我をして追い出されるより五体満足で追い出された方がまだ良い。
「だけど、それじゃ皆が心配だよ」
「そうだね、だけど皆の心配より今は自分達の心配をしよう、これを食べたら、城下町迄急ごう」
「うん、そうだね」
急いでお弁当を食べると再び歩き出した。
『何だか遠巻きに視線を感じるけど気のせいだよな…怖がらせるといけないから月子には内緒にして置こう…気のせいじゃ無ければ襲ってくる筈だが、襲ってこないのだから…うん本当に勘違いだ』
◆◆◆
「ゴレムの街へようこそ! おい、お前達武器も持たずに大丈夫か?」
「そんなに危ないのですか?」
「お前達城の方から来たんだよな? まぁ大した奴じゃないがゴブリン位は出るぜ、流石にナイフも無しで街から外に出るのは無謀だぞ」
「理人くん」
「ああっ」
彼奴らやってくれる。
追い出した時点で俺たちなんてどうでも良い、そういう事かよ。
「どうした、それじゃ通行証か冒険者証を見せてくれ」
「あの、これで大丈夫ですか?」
「ああっ王家からの身分証明書か、大丈夫だ、そうかお前達、異世界人で城を追い出された口か…強く生きろよ」
何でだろうか?
凄く同情された気がする。
◆◆◆
しかし、王も姫様も酷い事をするな…城からこの街の道にはゴブリンやオークが出るんだぞ。
それなのに武器も渡さず追い出すんだからな。
同じことされたら大体は襲われて死ぬぞ。
出くわさなかったとはあの二人余程の強運だ。
◆◆◆
「オイ」
「アレハナンダ…」
「ワタシハ、アンナソンザイシラナイ…マゾクサマカ?」
「キングサマヨリ、コワイ…ナ」
「ワケガ、ワカラナイカラ…テヲダスノハヤメヨウ」
「ミナイフリ、ソレガブナンダ」
私は部下と一緒に二人を見ていた。
男は殺して、女は苗床…男は兎も角、女を連れ帰ればキングも喜ぶだろう…だが暫く見ていると…男が不気味な存在に見えてきた。
人に擬態した魔族様…いや邪神様か…解らない、だが怖い存在なのだけは解った…ナイトの私では敵わないし、部下たちもその怖さだけは解ったようだ…触らぬ魔族様に祟りなし…
放っておこう…
13話 冒険者ギルドにて
あの王女やってくれるよ。
本当に運が良かった。
もし、途中でゴブリンやオークに出くわして居たら、俺は殺され、月子は地獄の生活になった可能性がある。
もしかしたら俺が感じた視線は遠くからこちらを見ていた魔物かも知れない。
俺たちが貰ったお金はそれぞれ金貨3枚。
お城で聞いた話では金貨1枚約10万円。
二人して金貨6枚、約60万だ。
騙された…此処から必要な装備を揃えたり生活に必要な道具を揃えたら、あまりお金が残らない気がする。
「どうしようか? 理人くん」
「そうだな、武器屋でも見てみるか? 多分街の外を出歩くにはナイフ位は必要らしいからな」
「うん、そうだよね」
二人して武器屋に入った。
やはり危惧した通りだった。
昔は日本でも刃物は高額だった。
戦うような刃物は、日本で言うなら刀だ高額じゃない訳ないじゃないか。
「理人くん…これ買えないよ」
見た感じ、戦いに使える様な感じの武器は金貨5枚はする。
これを買ったらもう生活は出来ない。
「駆け出しの冒険者かい? 武器は命を預ける物だ高いのは当たり前だ、田舎から出て来たなら働きながら金を貯めるといいぞ…二人なら金貨10枚を目標に貯めな」
全然足りないな。
駄目だ。
「そうですね、金を貯めたらまた来ます」
「そうだな、だが冒険者目指すなら、これだけは買って置いた方が良い」
小さなナイフ2本に袋?
「それは一体なんですか?」
「街の外に出るなら、身を守る最低線のナイフは必要だぞ! これでも刺せばゴブリン位なら逃げる…まぁ複数、もしくはオークに出会ったらおしまいだが、それでも持つべきだ。あと素材を入れる為には袋は必要だ」
俺たちは異世界人…運が良い。
俺たちには『アイテム収納』のスキルがある。
だから袋は要らない。
「おじさん、袋は要らないから、そのナイフ2本で幾ら?」
「ああっ、これは冒険者組合から援助が出ているから2本で銀貨4枚で良いぞ」
1本銀貨2枚=2万円位か。
刃渡り30センチのナイフが2万円…これは仕方ないな
「それじゃナイフ2本下さい」
「あいよ」
武器屋を出た後、街を少し見てみたが『物価が高い』
一か月なんて到底このお金じゃ生活なんて出来ないな…
はやく働かないと生活が出来なくなる。
『騙された』そんな気が凄く強くなった。
「理人くん、なんだか騙されたみたいだね」
「ああっ、これじゃ10日が精々だな、すぐに冒険者ギルドに行こう」
「すぐに働ける目途を立てないと大変だものね」
良く考えたら『家賃』が必要だし、生活に必要な物を揃えるなら全然足らないじゃないか。
◆◆冒険者ギルドにて◆◆◆
見た感じは酒場が併設されていて、いかにも荒くれ者が集う場所…そんな感じに見えるな。
「理人くん、大丈夫なのかな? 嫌われてお酒を頭から掛けられたりしないかな」
流石に小説や漫画みたいにそんな事はない…無いとよいな。
「大丈夫だよ」
そう言いながら不安そうな顔の月子の手を強く握った。
考えても仕方ない。
私達は意を決してカウンターへと向かった。
「初めて見る方ですね!今日はご依頼ですか?」
綺麗なお姉さん、耳が頭にあるお姉さんがそう聞いてきた。
流石は異世界…獣人だ。
確かに武器は持っていないから『冒険者になりたい』人間には見えないかも知れないな。
「登録を頼みたいのですが、お願い出来ますか? 王城からの身元保証書類もあります」
「はい、登録ですね、その身分証明書は冒険者の登録では使う必要はありませんよ。こちらの用紙にご記入お願いします。文字は書けますか?」
翻訳の影響なのか、何故かこの世界の文字が書ける様な気がする。
「はい大丈夫です」
どういう意味か何故か理解でき、ひらめいた文字をそのまま書いた。
同じように月子も書いている。
「これで宜しいでしょうか?」
俺たちは 名前とジョブしか書いていない。
実際になにが出来るのか、自分達も解らない。
仕方ないだろう。
「構いませんよ、冒険者ギルドは来るものは拒まず。 訳ありの方でも犯罪者で無い限りどなたでもOKです、ですが『冒険者』に『お針子』ですか…充分気をつけて下さいね」
「「はい」」
ちなみに、どういう仕組みか解らないが犯罪歴があると紙が赤くなり、ギルマスと面接になるらしいわ。
軽い犯罪なら、なれるらしいから、かなり敷居は低いのかも知れないわね。
「それじゃ、これで登録しますね」
「「ありがとうございます!」」
「但し、冒険者は、自己責任の厳しい世界だという事は頭に置いて下さいね」
「「解りました」」
「それではご説明させて頂きます」
説明内容は、
冒険者の階級は 上からS級、A級、B級、C級、D級、E級、F級にわかれている。
上に行くのは難しく、B級まで上がれば一流と言われている。
殆どの冒険者が、D級まででそれ以上は少数。
級を上げる方法は依頼をこなすか、大きな功績を上げるしか方法はない。
B級以上になるとテストがあるそうだ。
ギルドは冒険者同士の揉め事には関わらない。
もし、揉めてしまったら自分で解決する事。
素材の買取はお金だけでなくポイントも付くので率先してやる方が良いらしいわ。
死んでしまった冒険者のプレートを見つけて持ってくれば、そのプレートに応じたお金が貰える。
そんな感じだった。
「「解りました」」
「はい、これがF級冒険者のプレートです、再発行にはお金が掛かりますので大切にお持ちください、またプレートが身分証明書を兼ねます」
なんだ、これなら貰った身分証明は必要ないじゃないか…
まぁ、今考えても仕方がないな。
ギルドとは関係ないしな。
「「ありがとうございます」」
「仲が良さそうですが、パーティの申告もされますか?」
「お願いします」
「ぜひお願いします!」
「仲が良いのですね、それでは名前はどうしますか?」
どうした物かな…
「月子、なにか希望はある?」
「特にないけど、二人の名前にちなんだ物が良いな」
難しいな、これで良いか?
「『月の理解者』でどうかな?」
意味は特にないけど…月子と理人から考えたらただ浮かんだだけだ。
「うん、良いね、それにしよう」
「それじゃ『月の理解者』でお願いします」
「解りました『月の理解者』ですね…はい登録しました。これで全部の手続きは終わりました」
お礼を言い立ち去ろうとすると受付嬢が話し掛けてきた。
「冒険者は実績が全てです、実績があれば上に昇り詰められます、頑張って下さい」
「「はい」」
月子が居るから野宿は不味いな、安い宿の相談も必要だ。
とりあえず、お金もあるし、今日は遅いから、明日から色々頑張るか。
その為にはとりあえず宿について教えて貰わないと。
「この辺りで安く泊まれる宿はありますか?」
「それなら、当ギルドの仮部屋は如何ですか? 1日2食付いて銅貨3枚、これは地方から出て来た初心者冒険者の支援だからかなりお得ですよ…但し最長で20日間まで、依頼を2日間で1回は受けて貰えなわないと出て行ってもらう条件です!」
何だか凄く親切な気がします。
「「お願いします」」
「場所はすぐ裏です。食事はここの酒場で冒険者カードを出せば貰えます。便利でしょう」
「「本当に便利ですね」」
「あくまで支援ですので」
「「ありがとうございました」」
俺たちは、酒場で早速、食事を貰いに行った。
見た感じは給食みたいだ。
パンにミルクの様な物、何かの焼肉、スープがついている。
味は調味料の少ない給食みたいだ。
月子も黙って食べているから、多分同じ感想じゃないかな。
それを平らげると2人して部屋に早速行ってみた。
あらかじめ部屋番を教わり、鍵を貰っていたので部屋に入った
部屋の広さは狭く、ベットとテーブルだけで一杯一杯だ、ベットには毛布が2枚ある。
狭いけど、屋根があって暖かい毛布もある。
銅貨3枚、二人で銅貨6枚じゃ文句は言えないな。
「待てよ…二人で1部屋なのか、不味いよな、ちょっとギルド迄行ってくる」
「理人くん、私達パーティだから1部屋なんじゃないかな? これから先野営とかでも一緒に過ごすんだから…慣れる意味でこれで良いんじゃない?」
仲が良いとはいえ男女一緒で良いのか?
「月子はそれで良いのか?」
「うん、理人くんならね…信頼しているから」
「そうか、月子が良いなら…良いや」
お互いが別々の毛布を被り一緒のベッドで寝た。
月子は声を殺して泣いていた。
「うっうっううっ」
こんな異世界で放り出されたらそうなるだろう…
だが、何故だ…本当なら月子みたいに不安になる筈だ。
俺はどうしてか解らないが不安にならない。
月子の手が俺の方に差し出された。
口に出すのは無粋だな。
そっと俺は差し出された月子の手を握った。
此処は20日間で出ないといけない、それまでに真面な宿屋に泊まり生活が出来るようにしないとな…
まぁ明日から頑張る、それしか無いな。
14話 初めての仕事
次の日から俺は仕事に出る事にした。
「理人くん、本当に良いの?」
「ああっ、パーティならどちらかが2日間に1回依頼を受ければ良いから、俺が頑張ってみるよ、月子は暫くゆっくりすれば良いよ」
「だけど、私も頑張るよ」
「大丈夫だから、また体を壊すと大変だからね昔は凄く病弱だったんでしょう? とりあえず今日はゆっくり休んでて、今後については今夜にでも話そう」
「理人くんがそこ迄言うなら…うん、甘えさせて貰おうかな」
「それが良いよ…それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
俺と会った時、月子は凄く体の調子が悪かった。
昔はもっと酷く、寝たきりだった時期もあったそうだ。
俺や美瑠子と仲良くなってから、随分と体は良くなっていった。
最初は良く気を失っていたが、途中からは健康になり普通になっていった。
医学の進歩は凄いな…本当にそう思う。
だがこの世界は中世に近い『もし体調を崩したら』そう考えたら、怖い物がある…恐らくは前ほどの医療技術は期待できない。
まぁ、その代りポーションとか謎の物はあるけど、月子の病気に効くかは不明だから、無理はさせない…
そう思っている。
◆◆◆
「理人さん、早速お仕事ですね、どちらにしますか?」
「どちらにするかって…どういう事でしょうか?」
まるで仕事が決まっているみたいだ。
「理人さんはまだ冒険者として新人です、ですので受付の方で実力を見させて頂きます。これは無駄に冒険者に犠牲を出さない為の処置ですご理解下さい」
そういう事か…これはありがたいな。
「解りました」
「今日は初めてのお仕事なので定番の薬草採取かゴブリンの討伐をお受け下さい、どちらも失敗したときのペナルティはありませんからご安心下さい! 薬草採取の場合は初めてなので特別に無料で薬草図鑑を御貸し致します」
碌な武器が無いから…此処は薬草採取の一択だな。
「それじゃ薬草採取で」
「はい、それじゃ頑張って下さい! あと、この世界は理人さんが居た世界より危ない世界です…魔物を見たら逃げる事、それを忘れてはいけませんよ、絶対に周りに気を使いながら、採取する事を心がけて下さいね」
確かに日本での山菜採りと危なさは比較にならないだろうな。
「解りました」
受付のお姉さんに見送られ、俺はギルドを後にした。
《今日は仕事にならない筈です…ですが頑張って下さいね》
◆◆◆
しかし、近場には余り生えていない物なんだな。
見つけた薬草は安い物…それもたった3本。
図鑑によるとこれは小銅貨3枚(300円)だから900円か。
こんなんじゃ、生活費も稼げないな。
何処か、奥に行かないと駄目か…
そうだ、王城から街に向かう途中にあった森。
あそこは随分と草木があった気がする。
魔物は怖いが、これじゃ月子を養う所か自分の生活費も稼げない。
行くしか無いな。
◆◆◆
「やっぱり此処は凄いな…沢山の薬草が密集している」
思わず口に出てしまう位に生えている。
この薬草は銅貨8枚(約8千円)これなんか銀貨5枚(約5万円)じゃないか?
こんな簡単に採取出来て良いのか?
アイテム収納は凄く便利だ。
どの位の収納力があるのか知らないが幾らでも入っていく。
そして…入っている物の名前が解る。
これなら間違った草を採取することはない。
最高級薬草 30 8000円×30=240000円
高級薬草 72 3000円×72=216000円
薬草102 300円×102=30600円
毒消し草 200 300円×200=60000円
生命の雫草15 50000円×15=750000
2時間も採取したらこれだ。
この世界では解らないけど、日本だと採りすぎると無くなるからある程度で止めるのが確かマナーだった気がする。
この位で良いか…頭の中の計算では日本円にして130万円稼いだ事になる。
刈り尽くしたら問題だが、これで暫くの生活費も稼げた。
こんなに楽に稼げるからこそ、金貨3枚しかくれなかったのかも知れない
◆◆◆
「アレの正体が何となく解った、あの者は邪心様か上級魔族の宿り木の可能性がある、オークキング様、ゴブリンキング様からの命令だ。絶対に手を出してはならない」
「ナイトサマ…ソノヨウナソンザイ…テナドダシマセン」
「ああっ、この辺り住むオークやゴブリン全員に伝え、必ずや守れ良いな」
「「ハハッ」」
◆◆◆
「え~とこれ全部1人で採取してきたのですか?」
「はい、良い場所を見つけたので」
「凄いわ、薬草採取の新記録ですよ、凄いですね~」
薬草の採取場所は、階級の低い冒険者の命綱。
良い場所は内緒にして口外しません。
少なくとも私の知り得た情報ではこの辺りに安全な場所でこんな薬草を刈れる場所はない筈です。
採れる場所と言えば、黒の森ですが、あそこはオークやゴブリンが沢山居て…かなり上の冒険者でも死にかねない場所です。
行くと必ず死ぬことから『死の森』と言われています。
一説によると人間を誘い出し捕獲食料にする魔物の罠という話もあります。
「そんな事無いですよ、たまたま、ついていただけです」
冒険者にとって貴重な採取場所は財産。
ジョブやスキルを教えないのは当たり前です。
聞くのはマナー違反ですね。
多分、異世界人なので、何か特殊なスキルがあるのかも知れませんね。
「そうですか、ラッキーですね、この調子で頑張って下さい」
「はい頑張ります」
顔に出さずに笑顔で私は彼を見送りました。
15話 日常
少し収入があったから月子にお土産を買って帰ろう、そう思ったが…
やはり日本に比べると売っている物は少し良くない気がする。
クリーム菓子は無さそうな気がする。
結局俺はドーナッツみたいなお菓子と串焼きを買って帰った。
部屋に戻ると月子が笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい、どうだった? 大丈夫だった?」
だが付き合いが長いから解る。
笑顔に曇りがあり少し、心配している感じがする。
「今日は採集の仕事をしたんだけど、良い穴場を見つけて結構稼げたよ」
「凄い、どの位稼げたの?」
「レートが良くわからないけど、日本円で100万円以上は稼げたと思う」
「理人くん、凄いね…私は仕事や街で出来る依頼を見てみたけど駄目だったよ…無い事はないんだけど、到底生活できる様な金額の仕事は見つからなかったよ」
月子の話では冒険者ギルドだと、どぶ掃除をして銅貨3枚とかで、街で見た仕事も同じような物だったらしい。
暫くはゆっくりしていて良いって言ったのに、相変わらず努力家だよな。
そうだ…
「生活が安定するまで、月子が家事をしてくれると助かるな」
「え~とそれって」
「俺が依頼を受けて帰ってくると、遅くなったら色々な物が買えないから、夫婦でいう嫁さんの役をしてくれると助かる」
「お嫁さん…私が理人くんのお嫁さん…」
不味いな、つい言葉にでちゃったが、付き合っていない女の子にいう事じゃないな。
「ごめん、あくまで役割の話だから、悪かった」
「あっ、そそそそうよね! 役割、そう役割の話しだよね、うんうん、だけど、それが良いかも、うんそれじゃ買い物や料理、掃除、洗濯は任せて」
「それじゃ悪いけどお願いするよ…俺は家事が苦手だから」
「うん、任せて!」
実は俺はそこそこ家事は出来る。
だが、責任感の強い月子はこうでも言わないと俺と一緒にクエストに参加しかねない。
この方法が無難だろう。
「そう言えば、女の子の手作りなんて初めてだな、楽しみだ」
「私、頑張るよ」
両手を前に出しガッツポーズをする月子が凄く可愛く思えた。
和風美少女の月子がどんな料理を作るのか…凄く楽しみだ。
その日の夜は二人して串焼きとドーナッツモドキを二人して食べた。
「串焼きは美味しいけど…お菓子は微妙だね」
「確かにそうだな」
お菓子はパサパサで、何というかしっとりとした感じが足りない。
「そうだね、私は時間があるから美味しい物も探してみるよ」
此処は中世位の感じだから治安も悪いかも知れない。
「必ず大通りを歩いて裏には入らないようにな…此処は日本と違うんだから」
「確かにそうだね…うん気を付けるよ」
16話 武器屋にて
依頼を受けるのは2日間に一回で良いので俺は武器屋を見に来た。
月子から
『身を守る事を優先して』
『2人で金貨10枚なら理人くんの分だけなら金貨5枚でもいけるんじゃない?』
そう言われて追い出された。
月子はというと部屋が汚いから今日は一日頑張って掃除するそうだ。
まぁ、武器や防具は男ならワクワクするが女の子は興味が無いのかも知れない。
「いらっしゃい、何だこの間の奴か? 少しはお金は溜まったのか?」
「はい、金貨5枚どうにかですが」
「そうかい、なら金貨3枚位を武器、金貨1枚を防具、残り金貨1枚でその他の物を揃えると良い…まぁ値札がついているから、それを参考にな」
可笑しいな…なんで防具が安いんだ。
「防具は金貨1枚しかかけなくて良いんですか?」
「ああっ、金属製の物は高いが、安い物は革製だから安いんだ、最初はこんなもんだ、だが金属製の物になったら剣や槍より高いぞ」
成程、確かにRPGとかの初期装備は 服か皮の鎧だ…そういう事か。
「ありがとうございます、何か選ぶコツはありますか?」
「ああっ、最初は自分で選ぶと良い…可笑しかったら、その都度説明してやるさ」
そう言われたので店じゅう隈なく見た。
見た感じ中古も多くあるが掘り出し物は無さそうだ。
価格は同じ品質位の物なら似たり寄ったりだ。
「流石に掘り出し物はなさそうですね」
「そりゃぁ、俺の目利きがしっかりしているからな」
当たり前だな。
しっかり鑑定して商品として置いている。
目利きがしっかりしているなら掘り出し物なんて無い筈だ。
うん…なんだこれ?
無造作に樽に1本だけ突っ込まれている剣があった。
樽から取り出して、鞘から抜いてみると…美しい女性の姿が刀身に映し出された。
『綺麗だ』
チクりと心臓に痛みが走った。
思わず思ったら、刀身に映った長身の美女が驚いた顔でこちらを見ていた。
金髪のポニーテールの可愛らしくも美しい20代の美人。
女勇者に見える…しかも刀身に映し出されているだけじゃなく、柄にもまるで女神のごとく美しい女性をイメージした彫刻がされている。
「その剣…お前気持ち悪くないのか?」
なんでそんな事言うのか解らない。
見事な美しい女性が彫刻された柄に綺麗な女性を映し出す青黒い刀身…絶対にこれ高価な品だよな。
「凄く綺麗な剣ですね、美しい女性が柄に彫られていて、流石にこれは高いですよね、値札がついてませんが」
《そんな気味が悪い、呪われた剣が高い訳ないだろう》
「ああっ普通に大剣を買うなら金貨5枚以下はまずないが…そいつは特別だ」
「やはり…」
「なんだ、お前、その剣が欲しいのか?」
そりゃこんな素晴らしい剣欲しいに決まっている。
「欲しいですが予算オーバーですね」
あそこの大剣が金貨50枚(500万円)、この剣があれ以下の訳が無いから…絶対無理だ。
「その剣が欲しいのならやるよ…無料で良い…本当に欲しいんだな?」
「本当に良いんですか?」
これが無料…信じられないな。
「後で文句言うなよ、その剣の主人になると、捨てる事は出来ない…どんなに捨てても必ず持ち主の元に帰ってくる」
そんな加護か能力があるのか流石は異世界だな。
「凄いですね」
「そう、思うのか? あとその剣の持ち主は、皆不幸な死を遂げているんだ」
呪われている、そう言いたいのか?
美瑠子や月子は俺を驚かせようとしょっちゅう、その手の話をするが、その手の経験はない。
月子なんて『犬神憑きだから未来はない』なんて言っていたけど、原因は多分病気で、今はかなり元気になった。
「本当に無料なら貰っていきますよ…返せって言われてももう返しませんよ」
「ああっ構わない、今からその剣はお前の物だ…もう絶対に返品は効かないからな…」
「返品なんて絶対しないよ」
しかし、こんな剣もあるんだな。
刀身を除くとそこに、美人が見えるなんて。
昔、ダイヤモンドに豹の魂が宿ってるっていう映画見たけど…似た感じなのか…
宿っている…そうとしか思えない。
凄いな。
「サービスで手入れ用具もやるよ」
無料な上、こんな物までサービスなんて可笑しい。
まさか同情されたのか…
そうとしか考えられないな。
だが、この親切は素直に受けるべきだ。
「ありがとう」
俺はお礼を言い、武器屋を後にした。
◆武器屋SIDE◆
俺はとんでもない物を手にしてしまった。
まさか、かの有名な『呪いの魔剣 エルザ』だったとは思わなかった。
剣の買い付けをした時に、サービスでこれもくれると言うから貰ったが…やっかいな物を押し付けられた。
柄は銀細工が施された素晴らしい物だが…なぜか醜女が彫られている。
抜いてみたら…不気味に青黒く光る刀身には、不気味な女が見えてこちらをのぞき込んでくる…気持ち悪い。
しかも、この呪いの魔剣の質が悪いのは捨てても捨てても帰ってくる事だ。
不気味だから捨てたら翌日には店に並んでいた。
怖くなり湖に捨てても戻ってきた。
刀鍛冶に頼んで、焼いて潰して貰おうとしたら、刀鍛冶が腕に火傷して二度と剣を打てなくなった。
詳しく調べたら
この剣は『呪いの魔剣 エルザ』だった。『持つと不幸になり、死ぬまで離れない』そういう噂で有名だから誰も欲しがらない。
その剣を貰ってくれる少年が現れた。
流石に良心が咎め、お金を貰う事は出来なかった。
『すまないな…擦り付けて』
心で謝りながらも押し付けることが出来て俺はホッとした。
◆◆剣に宿るエルザ◆◆
私の名は…エルザ…元は剣聖だったわ。
鍛え抜かれた体に俊敏な動き、歴代の剣聖でも最強と呼ばれていたのよ。
だけど、浮いた話は…恥ずかしながら無かったわ。
剣一筋に生きる為に山に籠りひたすら修行をしていたからね。
来る日も来る日も剣を振るい己を鍛え上げていたの。
そんなある日…勇者が私の前に現れた…名前は記憶にない。
『人でなくなってから記憶が虫食いになったの』
勇者の他に聖女と賢者が加わって魔王討伐の旅にでました。
私は女扱いされず、勇者は聖女と賢者(女)といつもいちゃついていたわ。
まぁ男にすら見えかねない私じゃそうなるのも…仕方が無い。
だが…それだけじゃ無かった。
命からがら魔王を倒した時の事です…
「ハァハァゼイゼイ…どうにかなったね」
「死ね…」
「何をするんですか!」
「お前は邪魔だ死んでもらう」
そういうと勇者と聖女と賢者が襲い掛かってきた。
今思えば…何となくだけど、魔王との戦いで、全力で戦ってない気がした。
しかも、戦いが終わった後に、何故か自分達だけポーションを使っていました。
はかられた…だけどなんでこんな事に。
「なぜ、私が殺されなくてはいけないのですか? 恨みを買った覚えはないのですが」
「煩い! 勇者である俺は、この後、三人を妻に娶らなくてはならない…だが、俺はお前みたいな不細工を娶りたくないんだ、悪いな!」
「本当に冗談よね、全員との間に子を作れなんて」
「私も、貴方みたいな不細工とは暮らしたくないわ」
賢者が極大呪文を放ち…聖女が後ろに下がり、勇者が斬りこんでくる。
本当に殺す気なのは明らかだ。
「抵抗させて頂く」
私は懸命に戦ったが…三対一、しかも私は疲労している、勝ち目はなかった。
最後には聖剣を突き刺され…私は死んでいった。
「この無念は忘れないー――っ呪ってやる、呪ってやるー――っ」
そんな私を三人は高笑いしながら見ていたわ。
気が付くと私は何処か知らない場所にいました。
それが聖剣の中だと気が付くのに数日掛かったわ。
何でこんな事になったのかは解らない。
だが、剣の中から外の世界が覗けた。
私が見た物は…仲良く暮らしている三人の姿だった。
『殺してやる』
何時も思っていた。
『殺してやる』
気が付くと私は、私を持った者を操ったり、呪える様に変わっていましたわ。
その力で、勇者の体を乗っ取り…聖女と賢者を王族の前で斬り殺した。
「勇者…が乱心した」
大騒ぎが起きる中…そのまま勇者を操り自殺させて終わり。
これですべてが終わった。
そう思っていたが違っていました。
私の怨念はそのまま聖剣だった物に宿り続けて消えなかったわ。
勇者を呪う気持ちはやがては『人』を恨む怨念に代わり…聖剣は禍々しい姿へ変わっていきました。
そして私が宿った聖剣は持つ者を不幸にする『呪いの魔剣 エルザ』と呼ばれる様になりました。
今なお、私の怨念は…消えない、世の中の人が憎くて仕方が無い。
次々と持ち主を呪い、敵味方構わず不幸に陥れる。
そんな事が続けていたある日、私は前の持ち主を憑りつき殺した後、武器屋に売られていました。
この武器屋…私を捨てたり、壊そうとしていたのですが、『持ち主』じゃないので祟り殺せないのが残念でした。
破棄したり捨てる事ができないのが解ると、私は樽の中に入れられて放置されていました。
幾ら呪いの剣でも自分では動けません。
所有者が居なければ何も出来ません。
次に憑ける日を静かに待っていたのですが…
久々に私を手に取る人間が現れました
何故だか持たれた瞬間に私の方が恐怖を感じました。
魔王等比べ物にならない…魔神、邪神でら生易しい位の気が伝わってきます。
そんな中で私を手に取った少年と目が合いました。
凄く綺麗な少年で、黒毛、黒目の色白な美少年。
その美しさは勇者より美しく、聖女よりも色白な美しい肌すら持っています。
『祟ってやる』『憑いてやる』そう私が思った時に…
『綺麗だ』
そういう思いが聞こえてきましたわ…
嘘でしょう…只でさえ醜いと言われ、更に怨みや怨念で心まで捕らわれた私が『綺麗?』
私の分身の様に柄に浮かび上がっている醜い顔すら『美しい』?
他の人間なら見た瞬間放り出す…そんな刀身から見える私の姿、それを愛おしそうに見ています。
どうして良いか解りません。
そんな私に恐ろしい声が聞こえてきます。
『理人に手を出したら殺す』
恐怖と嬉しさのなか、私は素直になる事にしました。
怖いから祟らない、嬉しいから助ける…それで良い筈です。
それで良い筈ですよね。
17話 私の勇者様 理人 女神様『ナニカ』
しかし、此処本当に汚いな。
理人くんと折角一緒に生活出来るんだもん頑張って掃除しなくちゃ。
この後は料理の材料を買ってきて…そう食器とかも買わなくちゃ。
夫婦かぁ~ 相手が理人くんなら今直ぐでもよいんだけど…
しかし理人くんは本当に過保護だよね。
まぁ私の過去を知っていれば仕方ないんだけど…
◆◆◆
私の家は犬神憑きの家だった。
家は代々事業を大きく展開しているし、実家は旧家で莫大な土地持ち。
普通ならお嬢様で羨ましいのかも知れないけどうちの場合は違うよ。
それは女の子が生まれたら三代に1人犬神に差し出す。
その契約があるからこその繫栄なんだから。
お婆ちゃん、お母さん、そして私で3代目。
私は呪いのせいで犬神憑きとして生まれた。
それは確実に現れ、私は小さい頃から可笑しかった。
子供の頃は犬の様に四つ足で歩きまわり、女の子なのに片足あげておしっこしたり、大きな声で奇声をあげていた。
だから、周りからは気がふれた人間扱いされ…友達も居なかったんだ。
親族からは『犬神憑き』だから人間扱いはされていなかった。
座敷牢に入れるなんて話があった位、私は狂っていたんだと思う。
何時もお母さんは泣いていたよ。
『私が代わってあげたかった』
そう言いながら私の手を良く握って泣いていたよ。
しかも、私はただ奇行をするだけでなく長くは生きられない、そういう運命だった。
本当に酷い。
私を生贄にして金持ちになっているのに、私を恥だと罵る、祖父や祖母…そしてお父さん。
私だって好きでこんな事している訳じゃない。
呪いが薄れた時には後悔してばかりだよ。
『死にたい』そうお母さんに言ったら怒られた。
どうせもうすぐ死ぬんだから、どうでも良いよ…
犬神憑きで20歳まで生きた人間はいないんだから。
中学に入って体が弱くなってきた。
多分、死期が近い証拠だ…
頭が可笑しい子扱いで友達は居ない。
最も犬神憑きを知っている人が多くいるし教師も知っているせいか、可笑しな行動は誰も咎められないのが唯一の救いかも知れない。
そんな中で最近友達になった美瑠子ちゃんという子がいる。
何でもテレビ迄出た、霊能一家という噂の子だ。
藁を掴むつもりで『助けて』と頼んでみた。
私を見た美瑠子ちゃんは「ごめん」と一言だけ言って目を伏せた。
『ゴホッゴホッ』最近は咳が止まらない、体も怠く、体育も出来ない。
もう終わりが近いのかも知れない。
美瑠子ちゃん曰く「多分1年も生きられない」そう言われた。
私は自分に憑いた犬神について知らない。
だから美瑠子ちゃんに聴いてみた。
酷い話だったよ…あれでも『神様』なんだって。
身分は低いけど神、名前に犬がついているけど獣というだけで犬は関係ない。
神だから霊能力者として修行を積んだ美瑠子ちゃんの一族でもどうしようもないんだって。
『もう終わりだった』
だけど美瑠子ちゃん曰く、移ったり、他に害を与えないからって友達になってくれた。
たった一人の友達、それが美瑠子ちゃんだった。
「どうする事も出来ないけど、傍にはいてあげるよ」
そう言ってくれた。
そんなある日、転校生が引っ越してきた。
それが理人くんだった。
最初見た理人くんは影のある美少年だった。
だけど理人くんを見た瞬間に美瑠子ちゃんが泡を吹いて倒れた。
「あれはナニ物なの? あんな恐ろしい物に憑りつかれているなんて…」
「それって私の犬神みたいな物」
「解らない、見えるけど見ちゃいけない…犬神なんてもんじゃない…何か解らないけど…恐怖しかないわ」
その日、美瑠子ちゃんは体を震わせ倒れて早退した。
理人くんはなぜか皆と距離を置いているようだった。
女の子が一生懸命話しても「そう」とか言って気のない振りしている。
そして女の子に人気があるのに、冷たくあしらう理人くんは浮いた存在になっていった。
私はもう長くないし犬神憑きだから友達もいない。
理人くんは私の事を知らないから、運が良ければ友達位になれるかも知れない。
そう思い頑張って告白をした…
「友達に…なってくれませんか?」
絞り出すようにして伝えた。
「友達? 良いよなろう!」
そう笑顔で理人くんに言われた時は嬉しくて溜まらなかった。
それから理人くんとは良くしゃべったり、一緒に帰ったりした。
「ゲヘっごほっ、今日のテスト難しかったね」
「そうだな、余り点数取れなかった気がするな」
「本当に難しかったもん、仕方ないよね」
たわいもない会話をする毎日…それが凄く楽しかった。
そんな毎日が続く中…家は不幸に襲われていた。
「月子、父さんの家火事で燃えたらしいわ…父さん大やけどしたみたいなのよ」
「そうなの? だけど犬神様に守られている筈でしょう?」
「うん、そうなんだけど…お母さんも怪我したらしいわ」
「お母さん、お爺ちゃんの家にいかなくて良いの?」
「別に構わないわ…近くなんだから困ったら泣きついてくるでしょう、私嫌いだもん『犬神様』もお母さんもお父さんもね」
確かに私も嫌いだよ、こんな呪い背負わせられているんだから…
「そうだよね」
「そうよ」
可笑しな事にそれだけでなく私の親類が皆、多かれ少なかれ不幸な目にあっていた。
そんなある日、美瑠子ちゃんが私に言った。
「月子、頑張ってそのまま理人と付き合っちゃいなよ、無理ならそのまま友達関係を続けると良いよ」
「なんで」
「毒を持って毒を制す、月子もしかしたら助かるかも知れないわ」
美瑠子の話では…理人くんの中に居る『ナニカ』は犬神ですら手が出ない程恐ろしいらしく、犬神が恐怖から私から逃げようとしているそうだ。
「それ本当の事なの?」
「ええっ…私は『ナニカ』を見ると怖くて仕方が無い…そんな存在のせいか犬神も怖いのかな、気のせいか此処暫く月子の傍にいないわよ」
本当に…凄い、絶対に離れない筈の犬神が私の傍を離れたと言うのだ。
信じられなかった。
この呪われた運命から救われる可能性があったなんて。
だけど、その日の夜…私は恐ろしい夢を見た。
◆◆夢の中◆◆
『貴方、消えてくれない』
声なのかどうか解らない、しいて言うなら頭に直接聞こえる声が響いてくる。
その声は恐ろしいとしか言いようがない…この声を聴き続けていると発狂して死ぬような声だった。
「なぜ、私が消えないといけないの? それに貴方は誰?」
『私に名前はない、理人の中に住んでいるだけ…貴方は理人を不幸にする…消えないなら殺すわ』
これが理人くんの中に居る『ナニカ』なんだ。
姿を見せないけど…怖い。
どういって良いのか解らないけど『すべての恐怖が此処にある』そう思えるほどおぞましかった。
「そう…なら殺して良いよ…どうせ犬神の呪いでもうじき死ぬから」
『殺されたいのね』
そういうと『ナニカ』が私の前に姿を現した。
その姿をみた瞬間、頭から足まで凍りついた。
姿が認識できない程の恐怖でした。
余りに恐ろしくおぞましい姿、その姿は言葉で表せません。
ただ、これ以上恐怖を感じる存在は恐らくいない…そう思える姿でした。
『私の姿を見て死なないなら…良いわ…貴方は理人の傍に居ると良い…理人が死ぬまで傍に居て良い…犬はすぐ居なくなる…から』
◆◆◆
そこで、私は目を覚ましました。
その日から家は大変な事になりました。
お爺ちゃんとお婆ちゃんが首を吊って自殺。
お父さんの勤める会社は倒産…親類のおじさんのスーパーも倒産しました。
一族全員28名に不幸な事が襲い掛かり…死傷者が多数出て財産も無くなっていったのです。
それなのにお母さんと私は普通に過ごしています。
「もしかして、犬神に何か起きたのかしら?」
私は自分が見た夢についてお母さんに話しました。
「そうね…犬神が、凄いわね!その子今度お母さんにも紹介して」
「うん、今度連れてくるね」
お父さんも3日目に自殺してしまったけど、生命保険が入ったので問題なく生活出来ます。
親類が死んで沢山の葬儀があったけど…私は何とも思いません。
だって、私を生贄にして生活していた人達ですからどうでも良いんです。
多分、私が理人くんに会わなければ、今頃は病院に入院して、死を待つだけの運命だった…死ぬのは私。
病弱だった私。
奇行をし頭の可笑しい女と思われていた私。
そんな私の友達になってくれた理人くん。
その結果、私は『死の運命』から逃れて生きている。
私の勇者は…気が付いてないけど理人くんだ。
勝手な想いかも知れませんが、凄く愛おしく思えます。
怖いから、もう会いたいとは余り思わないけど…私の女神様は『あの怖いナニカ』なのかも知れません。
美瑠子ちゃんの言うには「流石に一つの世界を管理する女神には勝てないわよ」と言うけど…どうでしょう?
あの『ナニカ』がそう簡単に殺されるとは思えません。
兎も角『理人くんとの生活』をくれた『ナニカ』には感謝です。
『ありがとう』
私は『ナニカ』が美瑠子ちゃんの言うようにそこ迄怖いと思わない。
今日も感謝をしながら、家事を頑張っています。
「うん綺麗になった、さぁ買い物に行って来よう」
うん、私は凄く幸せだ。
18話 横取りなんて考えなければ
「凄いね理人くん、毎日、そんなに採取できるなんて」
確かにあの場所での採取は凄く稼げる。
手加減して採取していても大体金貨10枚(約100万円)は必ず稼げるんだから凄いよな。
「しかも、安全な場所みたいで、折角、武器を購入したのに、未だに使う機会は無いんだ」
《もしかしたら『ナニカ』が居るのかな…そうじゃないと魔物に此処迄会わないなんて普通はあり得ないよね》
「そうなんだ…凄いね、理人くんは凄く運が良いみたいだね」
「偶々かも知れないけど、魔物が俺を見ると何故か避けてくれるんだ…もしかしたら、案外魔物って猪や熊みたいに向こうも避けてくれるのかもな」
「はははっ、そうだね…それにしても理人くん、その剣」
「カッコ良いだろう? 柄の所に女神みたいなレリーフが彫ってあって刀身には偶に女神みたいに奇麗な女性が浮かぶんだ」
《私にはまるでゴーゴンの様な怪物女のレリーフにしか見えないんだけどな》
そう言って俺は剣を抜いて見せた。
ついている事に、今はあの綺麗な女性が刀身からこちらを見ていた。
「ほら、凄く綺麗な人が見えるだろう?」
「え~と理人くん、見えないよ」
「見えないの?」
「うん」
そうか、これは剣に宿っている精霊みたいな者なのか…もしかしたら所有者にしか見えないのかも知れない。
こんな女神みたいな神々しい存在を見せられないなんて残念だ。
『…』
お互いに話せないのは少し残念だ。
「それは残念だ」
「そうだね…」
《こういう所は美瑠子ちゃんみたいに見える人が羨ましいな》
「それじゃ、行ってきます」
「うん、今日は肉じゃがもどき作って待っているね」
「ああっあれは美味しいから楽しみにしている」
月子は日本食に近い物を作ってくれている。
異世界では材料が揃わないからモドキだけど…それでもありがたい。
◆◆◆
今日もいつもの様に薬草の採取をしている。
しかし、あちこちから視線を感じるんだよな。
だけど、魔物は襲ってこない。
冒険者ギルドで話を聞くと街道ですら襲ってくると聞いたのに、こんな森の中なのに襲ってこない。
何回か見かけて目があった事があったけど、向こうから逃げていった。
やはり魔物は猪や熊と同じで、向こうもこちらを恐れていて手を出さなければ立ち去って行くのかも知れない。
まぁ、知識が無いからまだ解らないけど。
もし、戦う事になっても結構いける気がする。
この間手に入れた剣、多分最低でも魔剣の様だ。
刀身に美女が映る…それと柄のレリーフだけでも本来凄い価値だ。
俺は授業で剣道を習っていただけなのに、一度振ったら岩まで斬れた。
それだけでなく、何回も振るったら風が舞い上がり突風並みの風が起きた。
流石に異世界、こんな武器があるなんて思わなかった。
もし魔物が襲ってきても弱い魔物位ならこの剣でどうにかなるだろう。
この場所は本当に素晴らしい…幾らでも薬草が採取できる。
今のペースで採取しているなら、年単位で採取可能な気がする。
何時も通りに薬草を採取していると…
森の奥で悲鳴が聞こえてきた。
もしかしたら、冒険者や剣士が魔物と戦っているのかも知れない。
『冒険者の命は自己責任』
可愛そうだが俺は関わらない事にした。
俺は駆け出しの冒険者、幾ら凄い武器があると言っても実力は大した事ない。
授業で剣道を習った程度の腕で加勢しても意味が無いだろう。
この素晴らしい剣の能力を別にしたら『ただの雑魚』それにもし俺が死んだら月子が生活出来なくなる。
ゲームで言うなら『命大事に』モードで行動するべきだ。
周りを気にしながら採取を済ませた。
だが、何が起きているのか興味にかられ、森の奥に行ってみた。
悲鳴も聞こえてこないし『多分終わった後だ』
魔物らしき物は居ない。
だが、血がまるで水たまりの様に溜まっていた。
そこには冒険者証が4つ落ちていた。
確か、これを持っていけばギルドでお金が貰えるんだったな。
俺は血で濡れたプレートをボロ布で拭い手にした。
◆◆◆
時は少し遡る。
「あの新人随分と羽振りが良いじゃねーか!」
俺の名はゾルバ、万年D級冒険者だ。
1人前と言えばそうだが、平凡と言えば平凡だ。
才能のある者は此処からC級B級と上がっていく。
まぁBまで上がれば1流と呼ばれ良い生活が出来る。
俺は才能が平凡だったからDで止まった。
これでもパーティーリーダーで、仲間が三人居る。
ゼル、バルダ、ドック 三人とも同じD級でバトルアックスというパーティ仲間だ。
D級と言うのは本当に大変なんだ。
食べるのには困らない位の仕事は出来るが、逆を返せばそれだけ。
生活に余裕はない…それなのに年齢的に家族もいる。
勿論、俺たち4人も同じだ。
キツキツの生活の中、偶に酒を飲むのが楽しみ…それが俺らのランクだ。
「なぁ、ゾルバ知っているか? 最近冒険者になった異世界人」
「ああっ、異世界人なのにジョブに恵まれない奴だろう」
「そいつで間違い無いが…凄く景気が良いらしいぞ」
「ゼル、まさかチート持ちでいきなりオーガを倒したとか言うんじゃないだろうな?」
「いや違う、聞いた話では、良質な薬草を採取しているみたいだ」
「薬草? そんなに金にならないだろう…ルーキーが金貨を手に入れた位、喜んでやろうぜ、俺らはベテランなんだからよ」
「バルダ、それが金貨10枚でも言えるのか?」
「ドック…なんの冗談だ、薬草採集で金貨10枚だと!オーガ数体倒したのと同じだぞ」
「冗談じゃねーよ、しかも採集に出掛けた時は必ず手にしているんだぜ」
冒険者にとって金になる採取場所や狩場は大切だ。
その為、絶対にばれない様に気を付けている。
だが彼奴は新人で異世界人、その辺りの事を知らないだろう。
『とられる奴が間抜けなんだ』
試しに街の中で理人を尾行してみたが、気取られる感じはしなかった。
金貨に目が眩み…俺たちは肝心な事を忘れていた。
二十年近くこの辺りで冒険者している自分たちが見つけられなかった穴場を新人が見つけられる訳はない。
もし、そんな穴場があったら…それは訳アリの場所だ。
「おい、ゾルバ、新人を追っかけて来てしまったが…此処は死の森じゃ無いのか?」
此処はゴブリンとオークの巣の近く…しかもキング種までいる場所として有名だ。
「ああっ、だが新人の理人が此処で無事に採取しているんだ、案外上級冒険者に狩られて居なくなったのかもな」
「確かに…一回なら偶然かも知れないが、こうも回数が多いならその可能性もあるだろう」
「違う…不味いぞ囲まれている」
ゼルは俺たち中で1番眼鼻が利く…そのゼルが囲まれている、そう言った。
「全員逃げるぞ、ゼル、敵が居ない方向を指示しろ!」
「…無い、しかも無数のオークやゴブリンに囲まれていて数が尋常じゃない」
気が付くと俺たちはオークやゴブリンに囲まれていた。
「もう逃げ場はないな」
「やるだけやるか」
だが数の暴力には勝てない…もう死ぬしかない。
『横取り』なんて考えなければ…今頃は…
もう遅い…死ぬ以外の未来は俺たちにはないのだから。
◆◆◆
「ウツワイガイノニンゲンガイマス」
我は報告を受けた…
此処暫く死の森には何かを宿した器の人間しかきていない。
恐らくは我らにとっては仕えるべき方の器に傷はつけられない。
昔はこの辺りの草につられて沢山の人間が来ていたが、最近では余り来なくなった…久々の人間だ。
「一人残らず殺してしまえ…無事殺せたら、その肉を使い宴でもしようじゃないか」
「ソレハタノシソウデスネ…スグニトリカコミ、コロシマス」
久々の人間の肉…皆喜ぶだろう…
19話 お城にて…可哀そう
「あの二人大丈夫かな?」
和也にそう言われたけど解らないよ。
この世界は魔素が沢山あるせいか霊的な感覚が全く働かない。
以前は悪い気があるとか直観で解ったけど…魔物がいるせいか、城の外あちこちから感じる。
だから、良く見えない。
もし理人の中に居る『ナニカ』がいるなら、安心だけど…幾らなんでも一つの世界を管理するような女神には勝てるとは思えない。
あの女神様の神格は恐らくはお釈迦様とかキリスト様みたいな神レベル、流石の『ナニカ』もあの方には勝てないだろうな。
本来はそれは喜ばしいけど…犬神と離れた月子、『ナニカ』の居なくなった理人…今は普通の人の筈だ…こんな過酷な世界で普通の高校生が生活出来るわけない。
もし、城から出る事が出来たら、様子を見に行こう。
「解らないけど、普通に考えたら危ないでしょうね」
「風間先生、凄く怒っていたからな」
確かに怒っていたけど意味が無い。
「だけど風間先生が怒っても意味がないよ」
「確かに、そうだな」
風間先生のジョブは上級剣士だった。
このジョブは私達、異世界人の中では割と平凡なジョブだからか、王族や貴族も、先生の言葉に今や重きを置いていない。
王族や貴族の交渉相手は 勇者の大樹 剣聖の大河 賢者の聖人 聖女の塔子…この4人が中心になっている。
「あの4人が理人や月子を助けてくれると思えないからね」
「まぁ4人とも、自分大好き人間で特に塔子は恥をかかされたから無理だな」
理人に告白して振られた女の子の一人に塔子が居た。
塔子としては『ただの遊び』で誰もが撃沈する理人でも『自分は例外』だと思っていた。
勿論付き合う気等全くない。
自他ともに認める学園一の美少女の私なら簡単に口説ける、そう思っていたふしがある。
もしかしたら、大樹達と賭けをしていたのかも知れない。
だが結果は…
『理人くん、私…貴方が好きなの、良かったら付き合ってくれない!』
『ごめんなさい』
理人は目も合わさず、その一言を伝え立ち去った。
プライドを傷つけられた塔子は理人を無視していた。
最もキラキラ集団だから、何かしてくることは無かったんだけど。
「それに以外にも理人はミステリアスで女子に人気があったから大樹達も嫌っていたから、あの4人が何かしてくれるわけないよ」
「その通りだな」
今や大樹達を中心に話は回っている。
魔王討伐の使命をおっているのが4人だから仕方ない。
「だけど、あの4人可哀そうだよね」
「美瑠子? あんな好き勝手しているのに何でそう思うんだ」
「私は今霊能力はジョブやスキルを貰ったせいなのか、この世界のせいなのか使えないけど…多分あの4人は魔王に勝てない気がするよ」
「また、霊能力の話か? お前といい月子といい好きだよな」
「まぁ和也がどう思うか自由だけど、本当にあるのよ…それでね、私は詳しくは言えないけど『魔王みたいな存在』を見たことがあるの」
理人の中に居た、おぞましい『ナニカ』多分、あの存在はそれに近いと思う。
「まぁ茶番に付き合うとして、それがこの話しにどう繋がるんだ?」
もし魔王があれに近い存在なら…大樹なんて絶対に勝てない。
「多分、大樹が100人居ても殺されるだけ」
後から遅れて理人が来たという事は女神がきっと理人の中の『ナニカ』をどうにかしたんだと思う…そんな女神が手を焼く存在に大樹達が勝てると思わない。
「冗談はやめろよ」
「冗談じゃないわ…私は此処を出たら逃げ出すつもり、良かったら和也も来ない?」
「美瑠子とパーティをこの先組むとしたら逃げた方が良いんだろうな」
「そうね…話を戻すけど、戦いの運命から逃げられない大樹達は 可哀そうだと思わない?」
「確かにそうだな」
勿論、理人や月子も心配だけど、今は自分の事を優先して考えないといけないわ。
多分、このままだと、死しかないもの。
第20話 お城にて…期待外れ
「ライアよ!どうだ今回の異世界人たちは…」
「お父様、余り報告はしたくないですが…期待外れです」
「期待外れだと! かりにも異世界人召喚だぞ」
「ですが…宮廷魔術師曰く、以前召喚した異世界人より3割近く能力が劣化しているそうです、更に勇者達四職は本来の半分の実力が無いらしいのですが…」
「それは由々しき事態だ…原因は解らないのか?」
「今まではこんなことは無かったそうです…ですが細かく調べたら『聖属性』が一番弱体化しているそうです…そうまるで女神からの恩恵が無い様に思えるそうです」
「まさか、背信者なのか?」
「詳しく聞きましたがその様な事も無いそうです」
「神官はどういっておるのじゃ」
「枢機卿を中心に話しを聞いた所、教皇様を含み誰にも神託が降りてこないそうです」
「そんな…女神様は!イシュタル様はどうしたと言うのじゃ…いつも困ったときには必ず神託を降ろしてくれたのに…」
「理由は解りません、ですが訓練をし4人と親睦を深めながら魔王討伐計画は進めています、最悪の場合は異世界人の能力をカバーする為に聖騎士をはじめ、数でカバーするしかない可能性も出てきました」
「仕方ないとは言え、それじゃまた多数の犠牲が出そうじゃな…ライア」
「心が痛いですが、仕方ないです…多分今の勇者達の力では魔王処が四天王にすら歯が立たない可能性すらあります、その分は…」
「我々が血を流す必要がある…そういう事じゃな」
犠牲を減らしこの世界に光を照らす勇者達…それが弱体化している。
一体この世界はどうなってしまうのじゃ…先がどうなるか解らない。
第21話 訳ありの家?
ギルドとの約束の20日間まであと一日、俺たちは次の住む所を探しに来ている。
宿屋ならあるが、不動産屋みたいな商売は街を歩いた感じ無かった。
何処に相談したら良いか解らないので、冒険者ギルドでとりあえず相談してみる事にした。
「それなら冒険者ギルドの仕事ですよ! すみません異世界人なのを失念していました」
そう笑いながら話しているのはケティ嬢、俺専門の専門受付嬢だ。
本来なら専門受付嬢はB級以上の存在につくが俺の場合は高価な薬草を採取する事とかなりの率で冒険者証のプレートを拾ってくるので特別についたようだ。
ちなみにランクはFのまま。
何故か討伐依頼を受けても、魔物に会えないから討伐0の為ランクアップ出来ない。
「助かった…それで住む場所ですが、どうすれば良いのでしょうか?」
「そうですね…大きく分けて3つです。 購入、賃貸、宿屋ですね」
成程、この辺りは前の世界と同じだ。
今現在の俺の手持ちのお金は金貨152枚(1520万円相当)ある。
討伐が出来ないから、稼げなくなる時が来るかも知れない。
月子の事を考えたら購入を考えた方が良いだろう。
「購入するとしたら幾ら位からあるんでしょうか?」
家賃や不動産の金額は地域によっては金額が違う。
この世界ではどうなのか…それ次第だな。
「安い物から高い物までまちまちですね、高い物ならそれこそ金貨1万枚を超える物もありますし、安い物なら金貨20枚の物もありますが手直しが必要だったり、危ない場所にあったりする物が多いですね…とりあえず見てみますか?」
「宜しくお願い致します」
ケティ嬢は色々と書類を見せてくれるが、これという物がなかなかない。
だが、1枚どうしても可笑しい物がある。
「理人くん、これ凄くない」
凄いなんて物じゃない。
4LDKでキッチンにトイレお風呂がついている。
内容だと、明かりやキッチン、トイレ、お風呂は魔道具で賄っているみたいだ。
凄いな…これ。
だが、これなんで金貨10枚なんだ。
「確かに凄いな、信じられない位に安い」
「ケティさん、これ何で安いんですか?」
「これですか? これは訳あり物件でして、余りお勧めはできません」
訳あり…前の世界でいう事故物件みたいな物か?
だから安いのか。
「あの、これって誰か死んでいるんですか?」
「ええっ…随分前だけど、何人か此処で死んでいますね、今現在は幽霊(ゴースト)が出るという噂の家です、幽霊屋敷という奴です」
「これにします」
「月子、他にした方が良いんじゃないか? かなり不吉な気がする」
「大丈夫だよ! 理人くん、ここ凄いじゃない、こんな都心部なのに安いんだよ」
少し外れとはいえ街の中、ギルド迄10分。
充分良い物件だ。
キラキラした目で月子は書類を見ている。
悪い癖だ。
美瑠子といい月子といい、オカルトが本当に好きだな。
まぁこの金額だし、良いか…
多分、俺は霊感が無いせいか幽霊とか見たこと無いし。
「月子が良いなら此処に決めるか?」
「うん、そうしよう!」
「あの…本当に良いんですか? 幽霊が出る幽霊屋敷で誰も買わない塩漬けだからの金額ですよ…この立地で設備で誰も買わない、その意味を考えるべきです」
「大丈夫です!」
まぁ月子は此処が気に入ったみたいだから、此処で決めるか。
「それじゃ、此処でお願いします」
「あの…私はちゃんと説明しましたからね…後は自己責任ですからね」
「「はい」」
こうして次の住む場所が決まった。
◆◆◆
私は確信した。
多分、理人くんの中にまだ『ナニカ』は居るんだと思う。
そうじゃ無ければ理人くんが魔物に会わない理屈がつかない。
他の人に聞いても此処迄出会わないなんて話はないらしい。
犬神ですら恐れる『ナニカ』だもん、幽霊なんて恐れる必要は無い。
理人くんが居るなら…家が安く買えるだけだもの、買わない理由は無いよね。
第22話 訳ありの家?
貴族街から反対側ギルドを中心に歩くこと10分。
立地は凄く良い。
買い物にも仕事にも困らない。
それなのに静かで緑も多く凄く良い場所だ。
近くに墓地がある…それを除けばな。
そんな場所に俺たちの購入した家はある。
しかも、何故か凄く綺麗だ。
「理人くん、この家凄いね、見た感じ凄く新しく見えるよ」
月子の言う通り、聞いた話では結構な築年数の筈なのに、見方によっては新築と言っても可笑しくない位綺麗だ。
「確かに凄いな…新しいだけじゃない、凄く豪華な感じがする」
一言で言うなら、日本で言う成金趣味の家、そんな感じだ。
小さな噴水に大きな庭まである。
事故物件じゃなければ、さぞかし高いと言うのは想像がつく。
「ねぇ、早速入ってみようよ」
「そうだな」
俺はギルドで貰ったカードキーを使い扉をあけた。
元の世界とは違うから、こんな設備がついた家は余程の高級な家しかついていない。
「理人くん、これ」
「ああっ室内も本当に申し分ないな」
「うん、だけど…」
なんだこの霧の様なモヤは、まるでこの家の中だけ早朝の森の様に先が見えない位の霧だ。
そこ迄大きな家で無いのに先が見えない。
しかも、何だか寒気がする。
外は暖かいのに室内が物凄く寒い気がする。
「ああっ、確かに様子が可笑しい!月子はちょっと待っていて、俺が中の様子を見てくるから」
「うん、理人くん気をつけて…」
俺は恐る恐る中に入っていった。
暫く換気をしていなかっただけなのか?
俺が中に入り進んでいくと霧が晴れていく気がする。
ただの換気不足だなこれ。
何かあるといけないから一通り部屋を見て回った。
風呂はシャワーまでついていて浴槽は3人浴という感じに大きい。
石を置く場所があるから、きっと魔法石を置けば、風呂として使えるはずだ。
キッチンも同じだ、魔法石を使う以外は日本の物に近い。
部屋は全部フローリング…ベッドや家具も綺麗な物がある。
ソファもあるが、やはり此処は異世界、テレビは流石に無いな。
だが、冷蔵庫モドキに洗濯機モドキもある…凄いな。
さっきまで嫌な視線もあったが、今は無い。
俺は臆病なのか、いつも『嫌な視線』や『嫌な気配』を感じるがこれはいつも勘違いだ。
その証拠に変な者に会ったことは無い。
『貴方が此処に住むの?』
女性の声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると黒装束の綺麗な女性が立っていた。
年齢は20代後半から30代…勝手な想像だが『綺麗な未亡人』が一番近いかも知れない。
「ええっすいません、昨日此処を買ったんです、申し訳ありません」
「そう…住むのね、だったら貴方も…」
何でだ…いつもそうだ、凄い美人や美少女に出会うと、いつも眠くなる…意識が朦朧としてきた。
声が聞こえる…
『ヒィ…なんで…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い』
『私はこの子に手を出さない限り、何もしないわ…どうする?残るの?それとも?』
『怖い…傍に居るだけど怖い』
『そう…出て行くなら、すぐに消えて…』
『はい、すぐに…』
また幻聴か…だけど駄目だ。
凄く眠い。
◆◆◆
「理人くん…理人くんってば…」
理人くんが気絶したように眠っていた。
「理人くん…大丈夫?」
「ああっ大丈夫だ…少し眠くなって寝ちゃっただけだ」
やはり理人くんの中に『ナニカ』は居る。
女神をどうやってすり抜けたか解らないけど…
これでもう安心だ。
私は美瑠子ちゃんみたいに霊視は出来ないけど、理人くんがこの館に入った瞬間から霧が晴れていったのは解るよ。
もう寒くないし、さっき感じた入りたくないという雰囲気もなくなっちゃった。
うん、これで安心だね。
◆◆◆
「そういえば此処に女性が居なかった?」
「嫌だなぁ理人くん、そんな人居なかったよ」
「そうか…疲れていたのか、まぁ良いや、部屋も確認したし、家財道具でも買いに行こうか?」
「うん」
まぁ、幽霊なんて居ないと思うけど、今日くらいは月子の傍に居た方が良いだろうな。
◆◆◆
私の名前はミランダ…昔私は伯爵様の愛人をしていました。
娘が生まれそれなりに幸せだったのですが、ある時伯爵様が亡くなってしまいました。
そこからが不幸の始まりでした。
私の事を良く思って無かった伯爵様の妻により娘共々、殺されてしまったのです。
「娘だけは助けて…」
そう懇願する私の目の前で娘は暖炉で燃やされ、私は油を頭からかけられ燃やされてしまったのです。
『恨んでやるー――っ』
そう叫びながら殺しに来た男を睨みつけながら死にました。
そこからが可笑しな事に…死んだはずの私が何故か存在したのです。
良く見ると体が透けています。
恐らくは『恨み』から死にきれなかったのでしょう…怨念が形になり魂が存在したのではないでしょうか?
運が良いのか悪いのか、私を殺した男がこの家を貰ったのかこの家に住み着きました。
私と同じように家族もろとも焼き殺してやりました。
あの時の私と同じように「息子だけは助けてくれ」と叫んでいました。
だからこう伝えたのです…『息子の命が欲しければ、あの女の首を持ってこい』と…
私の呪いで館から出られなくなっている息子を救う為、その男は、しっかりと奥様の首を持ってきました。
最も、その時は男も半死半生でいつ死んでも可笑しくない状態だったのです。
ですが…私は悪霊になったのでしょう…もう恨みがない筈なのに、存在が消えず…この館に入るすべての者を呪い殺す存在になったのです。
もうどの位の人間を殺したか解りません。
此処暫く、この屋敷に住む人が居ませんでした…ですが…
久々に住む人間が現れたのです。
若い男女の二人組…新婚なんですかね…妬ましいし恨めしい。
しかも男性はかなりの美形です。
『殺してやろう』そう思って近づいた時に…恐ろしい存在が、男性から出てきたのです…
こんな恐ろしい存在は見たことがありません。
本来、私はこの屋敷に縛られ出られない筈でしたが…恐怖からかこの家から逃げれてしまいました。
この館を出た後…私は消えかかっていました。
ようやくお迎えが来たのかも知れません…行く先は恐らく地獄でしょう…
ですが、あの存在は何だったのでしょうか?
悪霊である私ですら恐怖する存在…あんな者が居るなんて世の中は怖い物だらけです。
第23話 再びギルドにて
「あのよー、確かにお前は優秀だが討伐をしないと階級が上がらないぞ」
俺は今ギルマスと話している。
今現在の俺は採取はギルドで右に出る者が無いほど優秀だ。
その反面、討伐はゼロ更新。
未だにゴブリン1体も狩っていない。
それなのにだ。
冒険者のプレートの回収は12枚。
これはここ一か月なら最高記録らしい。
「確かにそう思いますが、何故か出会えないのです…それに追いかけても逃げていくので無理に相手をしようとは思いません」
「はぁ~何の冗談だ…と言いたい所だが、お前の場合はそうは言えないな!死の森や呪いの谷にしか生息して無い筈の高級な薬草を採取してくるんだ、嘘じゃないのは解るぜ…何かコツもしくはスキルがあるのか?」
「…特に無いですね」
「ああっ、こういう情報は冒険者にとって命だ、言いたくないのも解る…忘れてくれ」
「はい」
「だがよ、真面目に討伐はどうする? お金には困らないがこのままじゃずうっとFランクのままだぞ?」
「そうですね…最悪Fランクのままで良いかとも思っています。 確かに上に行くと良い事もありそうですが…採取だけでも暮らせそうですし、上に行くと義務もあると聞きました」
Cランク以上になると魔族が攻めて来た時に防衛する義務がある為、逃げられない。
だったら、身軽な低ランク冒険者も悪くない。
戦って無いからレベルも上がらないから強くならない。
今の状態なら冒険者のランクを上げる意味がない。
「まぁ本当なら『ランクを上げるのが冒険者だ』そう言いたいが、お前の場合はB級冒険者以上に稼いでいるし、本当に魔物が避けているふしがあるから仕方ないな。まぁ上を目指したくなったら言ってくれ!その時は何か考えるからな」
「はい、宜しくお願い致します」
それだけ伝えて俺は冒険者ギルドを後にした。
第24話 ライアの憂鬱
この世界はジョブで全てが決まります。
沢山の犠牲の上に行う異世界人の召喚は大変な儀式で場合によっては死人すら出るのです。
そこ迄して行う理由は、勇者、聖女、剣聖、賢者等の貴重なジョブの人間が召喚出来るからです。
その儀式で『冒険者』『お針子』なんてジョブが出ました。
腹が立った私は『武器も持たせない』状態で城から追い出したのです。
途中にはオークやゴブリンが出る場所が多数あり、街にはたどり着けない筈だったのです。
もしたどり着いても惨めな生活が彼等には待っている筈でした。
最近、貴重な薬草が沢山出回る様になり調べたところ…
「あの二人が生きていたのですか?」
「はっ、しかも薬草の多くは、異世界人理人が集めてきたものでした」
あの異世界人には…何かあったのかも知れません。
伝説の中には『隠ぺい』というスキルを隠せるものや、鑑定で見えないスキルもあったと聞きます。
そう言ったスキルを隠しスキルと言います。
まさか、隠しスキル持ちだった。
多分そういう事でしょう。
「ハァ~ まぁ良いわ、如何に凄いスキルを持っていたとしても所詮は『冒険者』と『お針子』ジョブがそれなのだからたかが知れているわ」
「確かに、騎士にも届かない半端者でしょう、小銭を稼ぐのが精々の雑魚ですよ」
「そうね…問題は勇者達だわ」
今回の異世界人召喚は可笑しすぎます。
勇者を含む4職(勇者 聖女 賢者 剣聖)の成長が余りにも遅すぎるのです。
過去の文献では召喚から2週間でオーガを狩り、一か月で竜種を単独で狩れる…それが4職の筈です。
人類最強にして希望の光…それが勇者達なのです。
それが未だに上級騎士に一対一で遅れをとるなんて考えられません。
此処からの成長に期待したいですが、指導者の話では、それすら余り期待できない可能性があります。
もし、このままの成長であれば、この世界の人間の強者に及ぶ事すら無い…そういう意見すら指導者から出てきました。
更に彼等は、人間としても余り尊敬は出来ません。
確かに4職であればそれも仕方ないのですが、権力やハーレムそんな俗物の欲しがる物ばかり望みます。
手柄を立てた後であれば幾らでも差し上げましょう。
ですが、未だに中級騎士レベルから上がらない訓練途中の者に望まれても…手柄しだい。
そうとしか言えません。
しかも他の異世界人も未だにパッとしない存在が多く、勇者達以上にレベルが上がりません。
『異世界人』という存在に思えない程、弱い者ばかりです。
そして一番の悩みは…神託が降りてこない事です。
こんなことは今まで一度もありませんでした。
もし聞けるなら異世界人の弱体化の意味を教えて欲しい…その原因が解るなら対処したい。
ですが教皇様を含む聖人がどれ程祈ろうが神託は降りてきません。
本当にどうして良いか解りません。
何で異世界人召喚でこんなに苦労するのか本当に解りません。
勇者を率いる、私が一番輝き幸せになれる瞬間…子供の時より憧れた勇者達。
それがこんなに苦痛だと思うのは何故でしょうか?
第25話 魔王と四天王ララア
『新たなる魔神、もしくは邪神が誕生する』
そんな話が余の耳に入った。
この世界には憎き女神が居て、それに対になる様に邪神様ゾーダス様が居る。
他に神は居ないし、新たに生まれない。
それは魔王にのみ口伝で伝わるこの世界の秘密じゃ。
無論、外の世界には他の神々がいるがこの世界には関与しないはずじゃ。
だが、幾人かの魔物から『器』の報告が上がってきている。
悪魔神官と共に祈りを捧げゾーダス様より降りた神託では『知らない』という事だった。
では、その人間の器に宿る存在は何なのか?
聖なる存在なら、魔物たちは襲うだろう。
禍々しい存在、そして圧倒的な力を秘めているからこそ『器』と報告してきたのだ。
ただのゴブリンやオークなら兎も角、キング種やナイトクラスが認める存在…少なくとも彼らの目には余以上の存在として目に映ったという事じゃ。
第二の邪神様がもし誕生するのであれば、その目的を知らねばならぬ。
敵では無いであろうが、味方であるかどうかは解らぬ。
どんな存在か見極める必要がありそうだ。
「おい変化のララアを呼べ」
「はっ」
「お呼びでございますか、魔王ゾルベック様」
「お前も噂で聞いておるだろう『器』の話を」
「最近、ゴブリンやオークが騒いでいるお話しですね…私は眉唾だと思いますが…」
「それが、かなりの者の間で伝わっておるのだ…一度、お前の方で、どのような存在でるのか見て来てくれ」
「魔王様がおっしゃるのであれば、このララアが見て参ります、必ずや真偽を見極めてまいります」
「頼むぞ」
◆◆◆
「此処に、その器が薬草をとりに来るわけね?」
「はい、ララア様」
私はもう一人邪神様が居るなんて信じられない。
魔王様程偉大な存在ですら1人しか知らない。
ましてやその上の邪神様等、二人と居るわけが無い。
大方、魔人の勘違いだろう。
私だって『魔族』『魔人の一人だ』 いつも気を抑えている。
四天王では一番弱く『偵察向き』だが、それでも単騎で街の一つや二つ破壊尽くせる。
私が本気で気を放てば、ゴブリンやオークどころかオーガキングですら恐怖を感じる筈だ。
だから想像はつく。
恐らくは『魔人クラス』それが宿った器なのだろう…
いずれにしても私がこの目で見れば解かる事だ。
この目で見れば…
嘘だ…体が凍り付くように寒い…
恐ろしい存在が近づいてくる…
「ララア様?」
ああっ此奴らには此処迄の恐怖が解らないのか…
まだ姿を見てないが恐ろしい…
魔王様が怒りに震えると四天王の我らですら身震いする。
だが、この気配はそんな物とは比べられない。
化け物…いや、この世界の恐怖が全て詰め込まれた様な存在。
もし『怒らせたら』死ぬだけで済まない…
近づかれるだけで、全ての幸せが奪われる…まるで邪気で体が犯され腐っていくような錯覚すら覚える。
「ああっあああー-っうわぁぁぁぁぁー――」
「ララア様」
「ハァハァ 大丈夫です」
そしてとうとう問題の『器』を目にしました。
此処までで解ってしまったわ…あの方は魔王様なんて比べられない位の恐怖を纏っています。
あれが神という領域の存在なのだと…
しかも…恐らくは今魔王様が仕えている邪神様より上の存在だ。
本当に怖い…だけど『これはチャンスだ』
この恐ろしい程の存在にまだ魔王様も他の四天王も気が付いていない。
もし、この器を守ってあげたら、感謝されるのではないか?
寵愛を受ければ、次の魔王は私…
それにこの存在が目覚めたら勇者等きっと鼻くそだ。
恐怖を振り払え、このチャンスを逃すな。
「魔王様に連絡してくれ」
「ララア様?」
「ハァハァ…間違いなく邪神様、だが今仕えている邪神様には及ばない、だが上手く成長すれば勇者位なら簡単に倒せる存在になる…だから私が傍で器を守ると」
「解りました、間違いなく伝えます」
もう引き戻せない。
私は『変化のララア』姿は自由自在。
とびっきりの美女になって『器』に近づき虜にして見せる。
そう誓った。
第26話 美女襲来
何時もの様に採取依頼を受けて森に来ていた。
死の森と言われていると聞いていたが、そんな事は全く無い。
魔物も滅多に現れないし、会っても逃げていく。
本当に良い場所だ。
「貴方が噂の理人さんですか?」
「はい、俺が理人ですが?」
病的に迄青白い肌に赤い目、スレンダーな体系髪は銀髪。
頭の中にアルビノという言葉が過ぎった。
この世界に来てエルフを見たが、それより神秘的で美しい。
「やはりそうですか? ギルドで採取の名人と聞いたのでお会いしたかったんです」
「そうですか? あのお体大丈夫ですか?」
顔色がまるで昔の月子の様に悪い。
まるで病弱な深窓の令嬢みたいだ。
「えっ、こんなに健康的なのに…何を言っているんですか?」
《私は今、褐色姿の健康的な冒険者に変身している》
「ですが…」
俺は見たまんまを伝えた。
どう見ても体の調子の悪い人間にしか見えない。
「あの…理人様には、そんな風に見えているのですか?」
「はい…違うのでしょうか?」
「違いませんが」
「それで、そんな体で俺になんの用でしょうか? 体調が悪いなら街で声を掛けてくれればお茶でも飲みながら相談に乗りましたけど?」
《この『器』には私の本当の姿が見えているって言うの? それでなんでこの対応が出来るのか…解らない》
「ああっそうですね…ごめんなさい、ですがこの容姿は種族によるものなので気にしないで下さい…この状態で私は健康なのですよ」
「そう、それなら良かった、儚く見えた物で心配してしまいました」
「儚い? 私がですか?」
「はい、幻想的で、まるで月明りで見る妖精のようで油断すると消えてしまうような、そんな感じです」
胸がチクりと痛んだ。
また、眠くなってきた。
何でだ…いつも綺麗な女性と話していると…眠くなる。
「理人さん…理人さん、大丈夫ですか? 理人さん」
◆◆◆
不味い『器』に何かが起こった。
まさか、何か問題が起きたのか…やばいな。
どうしよう。
器からドス黒い気が漏れ始めた。
体が震えて立てない…体から力が抜けていく。
油断すると漏らしそうになる。
体がざわめく、何百人の男の犯される生娘の様な嫌悪感と恐怖が襲ってきた。
私の中で永遠とも思える時間が過ぎた時声が心に聞こえてきた。
『あんた何?』
駄目だ…この声は、やはり邪神様だ…逆らえば簡単に殺される。
嘘等は許されない。
「私の名前は魔王軍四天王『変化のララア』と申します」
『そう…それで、貴方は理人の敵、それとも味方?』
声を聴くだけで体が震え涙が出てくる。
「私は邪神様の味方です、貴方に仕えたくて此処に居ます」
『そう、嘘は無いようね…ならば、そうね、理人の友人となり色々と力になって頂戴』
「解りました…それで一つ聴いても宜しいでしょうか?」
『何?』
「器ですが、どうも私の本当の姿が見えている様ですが…その私の本当の姿は醜い筈なのに、かなり美しく見えているようなのです」
『それは私のせいね、理人の中に私が入る際に、美的感覚が変わったみたいよ!理人の中では『本当の恐怖を感じる存在』がとびっきりの美人に見えるみたいね』
「そんな事があるのですか?」
『頭が恐怖に耐える為に一瞬で変わったのでしょう…何しろ困った事に私が絶世の美女に見えるようよ…これでも雌だから、それが凄く嬉しいのだけど…』
こんな醜く恐怖の象徴の様な邪神様が…美女。
それなら、私の本当の姿を見ても美しく見える筈だ。
「そうですか」
『本来なら問答無用で追い払うか殺すのよ、だけど魔王軍と揉めると、めんどくさいから、傍に居るのを許すわ…理人の事を頼むわよ』
めんどくさい…それだけなのですね。
「魔王軍の事はお任せ下さい、ですが憎き女神と勇者が」
『女神ってイシュタルとかいう女? それなら此処に来るときに殺したわ』
イシュタルを殺した?
今、魔王様が仕えている邪神様と同等の存在の女神…それを殺した?
「殺されたのですか?」
『邪魔だから…理人の為にね、うふうふふふふふ』
「そうですか」
『それじゃ、理人を頼んだわ』
女神が死んだ…これも内緒にしておこう…
今この世界で一番強い存在は『この邪神様』に間違いない
そして、その器である理人様こそが勇者や魔王様すら超えるこの世界の絶対強者たる存在なのかも知れない。
第27話 新たな仲間候補
「理人さん大丈夫ですか?」
俺はどうやら寝てしまったらしい。
「すみません、ご迷惑をおかけ致しまして」
「別に構いませんよ…ただこんな所で眠ってしまうと危ないですよ」
「確かにそうですね…あっ本当にすみません、すぐに退きます」
不味いな、初対面の女性に膝枕をされて眠るなんて…
「別に構いませんよ、好きでしていたのですから、 それより理人さんには私はどんな姿に目に映っていたのでしょうか?」
体が青白くて透けるような、一番近い存在は、よく昔の少女漫画に出てくるような、病室で死を待つような悲しげで美しい深窓の令嬢だが…どう伝えれば良いんだ…それに容姿の事を何故か、凄く真剣に聴いてくるのは何故だ。
「綺麗な美少女で凄く儚げに見えます。綺麗なプラチナブロンドの髪に綺麗な赤い目、抱きしめると消えてしまうようなスレンダーなスタイル、体の弱い深窓の令嬢みたいに見えます…違うのですか」
《私の本当の姿を美しいと言われた…人型の魔物の中では、魔王軍一醜いと言われる私の本当の姿を、青白い肌に、老婆の様な白い髪、狂気に満ちた赤い目…これを美しいと言うの…》
「そうですか、貴方には私の本当の姿が何故か見えるのですね…貴方の目に映るその姿は、私の本当の姿なのです、ですがこの世界では『忌み嫌われる姿』なのでスキルを使って姿を変えています、他の方には健康的な褐色の肌の女性に見えている筈です」
「やはり、異世界だと美的感覚が違うんですね、勿体ない」
《やはり邪神様の影響で美的感覚が狂っているのですか…ですが邪神様の言う事が解った気がします…純粋な自分をこうも好かれると心が可笑しくなります、私は今まで情け容赦なく人を殺してきましたが、もしこんな目を向ける存在が居たら…殺せたかどうか自信がありません》
「そうですか、余り褒められ慣れてないので、困ってしまいますね、そうだ理人さん、もしソロなら一緒にパーティ組みませんか?」
今の俺はなぜか採取ばかりで討伐が出来ない。
先にその事情を話すべきだろう。
「今の俺は、何故か魔物がよって来ないせいか討伐が出来ないんだ」
「それは素晴らしい事です、恐らく何かしらの素晴らしい加護があるのだと思います! 是非一緒にパーティを組みたいですね」
此処迄言ってくれるんだ、真剣に考えるべきだ。
「解りました、そういう事であれば、パートナーと相談して真剣に決めたいと思います」
「そうですか? それならこれからご一緒しても宜しいでしょうか?」
「そうですね…それならもう少し採取してから、戻りますか?」
「はい」
月子と美瑠子以外とこんなに話した事は此処最近無い。
緊張して口調が可笑しくなるのは仕方ないだろう。
しかし…今日も魔物には出会わなかった。
本当に此処は異世界なのだろうか?
第28話 お城にて…塔子の場合
私の名前は白銀塔子。
この世界に召喚されて聖女になりましたわ。
元は白銀財閥の跡取り娘なので、正直言いましてこんな召喚迷惑でしかありませんわ。
お城とは言いますが、正直言いまして私の住んでいる屋敷の方が遥かに行き届いていますわね。
ただ、こんなのは問題ではありません。
『さっさと魔王を倒して帰還したい』そう思いましたわ。
ですが、此処で問題が起きましたの。
『聖女』のジョブですが…凄くポンコツの様な気がしますわ。
指導して下さるヒーラーの方の話では2週間もすれば自分なんか上回る力がつくというお話でしたが…
「なんで、未だにヒールしか使えないのですか? 中級ヒーラー以下です…」
「私に言われても困りますわ、本来ならもう少し力が身につくはずですわね」
「ええっ、聖女とはこの世界最高のヒーラーでもあるのです、普通であれば、すぐにハイヒールまで覚え、そこからパーフェクトヒールと言う四肢欠損すら治す最強のヒールまで覚え、そこから才能のある方は死人すら死んですぐ治せる程奇跡を起こすのです」
どう考えてもそこ迄の力が身につくと思いませんわ。
今現在の私は…指導係のベテランヒーラーはおろか、新人ヒーラーにすら劣ります。
『聖女』と言うのは地位でもあるので正面切って誰も言いませんが…ヒソヒソ声での話に耳を傾けると…
「今回の召喚は失敗だった」
「今の勇者じゃ…勝てる気がしない」
そんな話ばかりが聞こえてきますわ。
良く考えて見れば『この世界の人間が勝てない』から私達を召喚したのでしょう…それがどう考えてもこの世界の人間にすら勝てない。
そんな存在に魔王となんて戦えるわけがありませんわ。
『ハァ~逃げないとこれは不味いですわね』
ですが、一体どこに逃げれば良いのでしょうか?
この世界に白銀財閥はありません。
あの時の理人への告白が上手く行けば、理人の所に逃げだせたのですが、玉砕した上にいつの間にか『私が遊びで告白』したことになってしまいましたわ。
まぁ傷つきたくないから、その様にしてしまった私も悪いのですが…
本気で告白しましたのよ…
男三人はもう駄目ですわね。
ライア王女に懐柔され、日本では許されないハーレムというニンジンをぶら下げられ…死へまっしぐらですわ。
大体、今現在騎士にも勝てない勇者に魔王の討伐なんて出来ませんわ。
大樹がこの後成長しても騎士100人を倒せる程には絶対にならな気がしますわ。
その程度でどうにかなるなら、それこそ3千位の軍で戦えばきっと魔王を倒せるはずですわね。
もしこのまま私達が育っても…
上級ヒーラークラスの聖女。
聖騎士クラスの勇者
上級騎士クラスの剣聖
上級魔法使いクラスの賢者
完全に戦えませんわね。
最悪、三人は犠牲にしても…私だけはこの泥船から逃げださせて頂きますわ。
第29話 女の話し合い
「理人くん、その女誰かな?」
月子が何故か不機嫌な気がする。
ニコニコしているが顔が笑ってない。
「申し遅れました、私は冒険者をしております、ララァと申します、この度理人さんとパーティを組むことになりまして」
いや、俺はまだ組むとは言っていない。
あくまで月子が認めたらという話だ。
「理人くん! これは本当の事なの?」
「あくまで、パートナーである月子が認めたらという事だよ…ただ俺採取中に眠ってしまって、少しお世話になったんだ」
「そうなの? そうね、少し理人くん、外してくれないかな?」
二人で話がしたい…そう言う事か。
「解った」
◆◆◆
「それで、私は理人くんにパートナーは必要ないと思うの」
「それはなんでですかね?今日だって理人さんは体調が悪く採取の途中で眠ってしまいましたよ、私が居なければ危なかった可能性だってありました」
「理人くんは大丈夫なの!」
「大丈夫なんてなんで言い切れるのですか? 眠った状態で本当に危なかったんですよ」
「それでも…」
「それでも? あははははっ月子さん、貴方もあの存在を知っているんですね?」
「ララァさん、もしかして貴方も知っているんですか?」
「ええっ理人さんの中に眠る、至高の恩方…まさに神、その方から直に頼まれたのです『守って』とね、あの偉大な方も常に起きているとは限りません…それでも月子さんは私を拒みますか?」
「あのララァさんも『ナニカ』とお話になったの?」
「ええっ、そういう月子さんも?」
「私は傍に居ても良いと言われました」
「そうですか?それなら仲間じゃないですか?一緒に頑張りましょう」
「そうね、うん一緒に頑張ろう! それで理人くんの事なんだけど…」
「理人さんですか? 勿論大好きですよ~」
「ちょっと…」
「あっ私、男女関係なく好きになるんで、月子さんも一緒に恋人になります? そういえば私も此処に住んで良いですよね?」
「ララァさん…嫌い!」
「私は…月子さん、大好きですよ~ほぉら!」
「ちょっと、ララァさん止めてよ、そんな…」
「良いじゃないですか? 私は月子さんも好みですから…」
なんだか憎めないな…こういうの。
「もういいよ…解ったから、理人くんが良いっていうなら此処に住んでよいから~ハァハァ止めて…そんな所触らないで!」
「そう? それじゃ宜しくね! 月子ちゃん!」
「ちゃん!」
「そう、これからはそう呼ぶわ、私の事はララァちゃんって呼んでね」
ハァ~もう良いよ…
「もういいよ、解った」
◆◆◆
「と言う訳で、今日から此処に住むことになりました、宜しくね!」
「月子? 良いの?」
「仕方ないじゃない…あくまで仕方なくだからね」
まぁ良いや。
「それじゃ宜しくな」
「「はい」」
まぁ良いか。
第30話 お城にて…大樹の場合
俺の名前は 柏原大樹
この世界に勇者として召喚された存在だ。
やはり選ばれた存在は違うな、異世界人はこの世界では特別扱いだが…『勇者』はその中でも扱いは別格だ。
俺がいう事は何でも叶えて貰える。
部屋も王族の使うような立派な物に代えて貰い、調度品も良い物に代えて貰った。
うん、これが俺には相応しい。
今の所、俺の力は上級騎士にも届かない。
だが、勇者のジョブがある以上そんなのは気にならない。
塔子は可笑しいと言うが『気になんてする必要は無い』
大体、幾ら勇者だって最初から強いわけじゃない。
だが、そこはこれから『目覚める』のだと思う。
ジョブの力に目覚めたら恐らくは誰もが驚く力になる筈だ。
実際に騎士の一人に聞いてみたら…
「勇者様の場合は、ジョブが違います、すぐに我々の上にいきますよ」
「そうか」
心配はないようだ。
更に話をしていくと、勇者は光の属性の最高の剣技『光の翼』という技が身につくらしく、これは勇者にしか使えないそうだ。
だから弱いのは今だけだ。
しばらくしたら超人の様に強くなる。
何も気にする必要は無いな。
女だって俺は勇者なんだ幾らでも選び放題の筈…
だが、幾ら口説いてもメイドすら口説けない。
貴族の縁談話しも来ない。
これは凄く可笑しな気がする。
無理やり言い寄ったら…辞職して辞めていった。
本当に可笑しいな…騎士の話では『勇者はモテる』そうだ。
「万人に愛され誰からも慕われる」それが勇者様なのです。
そう聞いていたのにメイド1人口説けない。
しかもライア王女に貴族の娘との話をしたらお茶を濁された。
勿論、ライアも口説けない。
これの何処が『万人に愛される』だ…可笑しいだろう。
まぁ良い…勇者の力に目覚めたら、きっとすべてが手に入る。
その時までの我慢だ。
◆◆◆
「ライアよ…それは誠か?」
「…はい」
お父様は頭を抱えている。
これは私達王族にのみ伝わる話だが『勇者は魅了』という見えないスキルを持っている。
その為『勇者にレイプ要らず』そんな言い伝えがある。
勇者は基本的に嫌われない。
これは『勇者は世界を救う存在』そんな勇者に協力をしない存在が居たら困る。
そういう事から女神が与えたスキルだと言われている。
勇者がほほ笑むだけで好印象になり、話しをすればする程、勇者に惹かれる。
まして勇者が好意を持ち『愛を囁いたら』王家に連なる人間以外は間違いなく恋に落ちる。
だが勇者が間違った行動を犯すと不味いから王家にのみ、その防ぎ方が伝わっている。
その魅了のせいで『勇者はレイプ要らず』になる。
例え相思相愛の夫がいようが恋人が居ようが、勇者に愛を囁かれるなら、やがて夫や恋人から心は離れ勇者の物となる。
また、今までの勇者の殆どは人格者なのでそんな事は起きなかったが…勇者が女を犯したら無条件で勇者を好きになる。
これは過去に数件あった事件から解った事だ。
実際に自分の妻が犯されている最中に止めに入った主人を勇者が殺した。
その状態で妻だった女は勇者との情事を続け。
終わった後には夫を罵り勇者の物に自らなった。
そんな筈なのに。
「メイドを辞めたいですって!」
「はい、私には婚約者がいます…それなのに勇者様に口説かれて困っています、なので辞めさせて下さい」
そんな…あり得ない。
メイドにすら魅了がかかっていないなんて…
すぐ傍でお世話するメイドは確実に『魅了』が掛かる筈です。
それが掛かっていない…
しかも貴族の令嬢達からの評価が低く、勇者にしては能力が低いという情報が流れたせいか…近づいてきません。
本当なら何もしなくても好かれる筈なのに。
『困ったわ』
本当にあれは勇者なのでしょうか?
私には最早価値がある人間には思えません。
「まさか、魅了すら持っていない勇者とは…最早、何がなんだか解らぬな…ライア、お前のせいではない、もう下がって良いぞ」
「はい…」
最悪『勇者の斬り捨て』それも考えないといけませんね。
第31話 草むしり
「それじゃ行ってきます」
「行ってきますね!」
「…行ってらっしゃい」
何だか月子の機嫌はまだ悪い感じがする。
それに比べてララァの顔は満面の笑みだ。
まぁ気にしても仕方が無いな。
これから三人で暮らすんだから、時間が解決するだろう。
◆◆◆
「結構、沢山採取するんですね」
「これが全部お金になるんだから仕方ないよ」
「はい、頑張ります!」
魔王軍四天王の私が…薬草採取。
いわゆる草むしりだ。
こんな事、私が命令すれば数万の部下が全部むしり取ってくれるのに。
今は、ただのララァだから、仕方が無い、仕方が無い。
理人さんは周りを偶に見ているが、誰も襲おうなんて絶対にしませんよ!
だって邪神様の器に魔王軍四天王の私までいるんだから…
あっ、あそこのオーガと目があった。
こっそり敬礼をして去っていったわね。
ゴブリンも隠れてお辞儀するし…
多分この場所は世界で1番安全な場所に違いないわ。
だから、これはただの草むしりに過ぎないわ。
「ララァさん、疲れたなら休まれた方が良いですよ…あそこに木陰もあるし、冷たいお茶も持ってきましたから休んでください」
「大丈夫ですよ…私丈夫ですから」
「でも、日焼けとかしたら大変じゃないですか? 白い肌が」
「理人さん!」
「あっ、ごめん」
「良いんです…それじゃお言葉に甘えて休ませて貰いますね」
凄くムズムズします。
私は『変化のララア』どんな美女にもなれます。
美女の状態であれば幾らでも甘い言葉をかけてくる人間がいますが…
理人さんは、私の本当の姿を見て、知っていて優しく『綺麗』だと言うのです。
魔王軍の中でも一番醜いと言われ魔王様ですら『変化』した状態でいろという私にです。
変化した姿はいわゆるお面みたいな物です。
お面を幾ら綺麗だと言われても心になんて響かない。
ですが…本当の私の姿を『綺麗』だと言われ優しくされるのが此処迄ムズムズするとは思いませんでした。
昔『誰でも良いから本当の私を好きになって欲しい』そんな風に思った時があります。
いざ現れてしまったら…どうして良いのか解りません。
此処に来るときに理人さんは麦藁帽子を買ってくれました。
何処にでも売っている安物です。
ですが…本当の私に何かをくれる人等いませんでした。
色白の私が日焼けしたら大変なんですって。
なんなんでしょうね…
この肌は人間より丈夫でマグマですら焼けません。
ですが…なぜか嬉しくて仕方ありません。
醜い私を美しいという人間。
私だけじゃない…理人さんの腰にぶら下がっている『聖剣の成れの果て』もなんだか嬉しそうにしています。
あれ…幾ら邪悪でも元は聖剣だから魔王様ですら斬れますよ。
まぁ呪われるアイテムなんですけど…黒い気が見える筈なんですが…気のせいかピンクの気に見えますし、偶に映る女の姿がクネクネと気持ち悪く見えます。
あれも私と同じで絶対に困ってますね。
さてと、もう一踏ん張り薬草採取頑張りますか…
私は木陰から出て草むしりを始めた。
◆◆◆
しかし…流石は冒険者、手慣れている。
俺の三倍も採取するなんて…
「結構頑張ったでしょう?」
そういうララァは、やっぱり驚くほどの美人に見えた。
第32話 お城にて…大河の場合
俺の名前は月影大河。
この世界に来て剣聖になった。
俺が剣聖…正直意味が解らない。
俺のクラスには剣道部の人間が二人いる。
大山なんて剣道二段で全国大会に行くレベルではないが都大会上位の強者だ。
そんな大山ではなく俺が剣聖だと? なんの冗談だ!
そう思ったが、恐らく俺は…大樹が勇者に選ばれたから『剣聖』になった可能性が高い。
大樹と仲の良い3人が聖女、剣聖、賢者になった。
そんな所だろうな。
だが問題は…自分の能力だ。
『剣聖』と言う割には、そこ迄強くない。
指導騎士の話では
「剣聖はスグに強くなりますし、ちょっと経験値が上がれば、岩をも斬れるし、極めればミスリルすら斬るのです、ドラゴン相手に剣1本で戦い勝利する…それが剣聖です」
そんな事言われても、実感が無い。
今現在の俺は、中級騎士にすら勝てない。
そして…
「紙一重だったな…」
「ハァハァよく言うぜ、お前まだ余裕があるだろう?」
「まぁな…流石に子供の頃から剣を振るっていた俺がこんな短期間に負けたらショックだぜ」
「確かにな」
だが、それじゃ駄目だろう。
この国にも聖騎士やクルセイダーは居るらしい…
そんな人間が勝てないから俺たちを呼んだ筈だ。
大樹はお気楽な事を言っているが、塔子はかなり心配していた。
大樹や聖人の前だから俺も話を合わせたが肉弾戦がメインの『剣聖』だからこそ…本当の所は違うという事がよくわかる。
騎士総長のギメルさんに話を聞いてみた。
「ギメルさんはこの国で一番強いと言われているじゃないですか?」
「魔法を使わない…その条件なら最強かもなわははははっ」
「ギメルさんが魔王と戦った場合はどうなんですか?」
「わはははっ、俺が魔王と冗談を….魔王はおろか四天王にも勝てないな、部下と30人でならどうにか下級の魔人なら倒せるかも知れん…その程度です、だからこそ貴方達を呼んだのですから」
この国最強がそのレベル…俺は、その下のその下のその下の騎士にまだ勝てない。
このままじゃ塔子の言う通りだ。
だが、大樹のいう事にも一理ある。
勇者パーティとして行動し『力に目覚める』かどうか見極め…もしそれが無いのであれば…逃げれば良い。
第33話 ガールズトーク…交渉成立
ハァハァ、もう駄目だ…理人さんの顔が、真面に見えない。
大体なんなんだ、あの器は…解っているけど、こんなに好かれるとムズムズします。
「理人さん、ちょっとこの剣貸して貰って良いですか?」
「別に構わないけどどうするんだ?」
「いえ、理人さんの言う美女を私も見てみたいんですよ」
「そう、解った、だけど大切に扱ってくれよ」
「はい、気をつけますね」
そう言い私はあの『聖剣の成れの果て』を借りた。
◆◆◆
私は自室に戻るとこの聖剣の成れの果てに話しけた。
『貴方、これなら話せる?』
私は念話を使い剣に語りかけた。
『魔人がなんのようだ!』
『そんな事言っちゃうの? 貴方だって呪われた剣じゃない? もう聖剣じゃないでしょうが…それに何であんたみたいな者が憑りついているわけ?』
『魔人になんていうわけないだろうが!これでも私は剣聖エルザ』
エルザ…あのエルザなのね。
『何代か前の魔王様を倒したパーティにそんな名前が居たと思うわ、私はララア宜しくね』
『ララア…四天王のララアか?』
『その通り…あの時はお互いに会わなくて良かったわね』
『前置きは良い、それで四天王のララアが私になんのようだ』
『そう警戒しないで良いわ…恋バナよ!恋バナ!』
あははははっ可笑しいの剣の中で真っ赤な顔になって面白いわ。
『恋バナ?!』
『あのね、理人って、私達の事凄く好きそうじゃない?』
『ああっあれは本当にもどかしい…もし剣じゃ無かったら、そう思うと、呪いの剣になったのが恨めしい』
エルザも私と同じね。
『そうね…言いたくないけど貴方も私並みに相当醜いわね、こんな風に好かれた事ないでしょう?』
『そうだな』
『昔は魔王、勇者に別れて戦ったけど今は味方同士…更に言うなら同じ男を好きな者同士、仲良くしない?』
『私とか?』
『まぁね、どう?』
『やぶさかでないが…』
『そうそう、それじゃ月子ちゃんを巻き込んで、色々話ししましょう』
『そうだな…解った』
私には彼女を味方につけたい理由がある。
◆◆◆
『それでね、理人さんが邪神様の器なのは解っているよね』
『ああっ私も聞いていた』
『器という事はいつかは理人さんから出て行く時が来る…その時が理人さんが死ぬときよ』
『そうだな…』
悲しい顔をしたわね。
これなら力を借りれそうだ。
『もし、理人さんをその時に救う方法があると言ったら手を貸してくれるかしら』
『あるのか?』
『まだ解らない…だけど私は救いたい…初めて綺麗だって言ってくれた人だもん』
『解った、今から私はお前の仲間だ、もし目途が立ったら言ってくれ剣の身だが、その目的なら無条件で手を貸してやる』
『それじゃ交渉成立ね』
『そうだな』
私は…邪神様に『理人を守る』と約束した。
その時が来ても私は理人さんを死なせないわ。
第34話 お城にて…聖人の場合
「ファイヤーボール」
「お前卑怯だぞ!」
「卑怯って言うなら僕は賢者、大樹は勇者、どう考えても大樹の方がズルいよね!」
僕の名前は白鳥聖人…この世界に来て賢者になった。
4職だからかなり良いジョブ、やはり勇者になりたかった。
本当にそう思う。
勇者は大樹…まぁ何となくそうは思ったよ。
だけど、なんだこれ…
「ぐぬぬぬぬっ…聖人め」
「そう怒るなよ! 勇者の力に目覚める前なんだろう? 目覚めたら、もう二度と僕は君に勝てないんだから」
「…そうだな」
大樹の納得できなそうな顔…うんうん、初めてみたよ。
言っておくけど僕はこれでも大樹が好きだよ。
勿論友情としてね。
ただ僕は少し歪んでいるの。
親友の困った顔が大好きなだけだ。
まぁ温厚そうに見えて僕ドSだから。
この辺りは大樹以外の仲間は皆、知っているんだけどね。
しかし…楽しいな。
あの大樹が魔法一つでぶっ飛ぶんだから。
しかも、大河に剣でも負けて悔しそうに泣く大樹…うんうんご馳走様。
冗談ではなく『これでも本当に大樹は好き』なんだ。
多分、僕が女だったら奥さんになって毎日大樹の精神を削って生活したい…
不味いごはん作って、心を傷つけて…そして偶に優しい言葉を掛けてあげる…本当に楽しそうだよね。
流石に僕に負けたのがこたえたのか、ふらふらと歩いて行っちゃったよ。
最近、大河や塔子とも話すけど…僕の気持ちは決まっている。
結論…『大樹と一緒に死ぬ』それだけだよ。
うん…それだけ。
大樹が魔王に勝てるならいいけど…あれ駄目だね。
塔子の言う通りだ。
うん、絶対に勝てない。
恐らくは辿り着けず、あっさり『途中で殺される』これで決まりだ!
だって凄く弱いんだもん。
大樹だけじゃなくて僕たち全員。
もし、大樹が目覚めて『はぁぁぁぁぁー――』とか言って1000倍強くなるなら別だけど…指導魔導士に聞いたら…そんなことは無い。
恐らく精々が今の10倍がいいところだ。
うん、死んだね。
そんな大樹で勝てるなら、この騎士団3万で戦ったほうが絶対にましだしね。
塔子や大河は恐らく最後には逃げ出すだろうから…大樹可哀そうじゃん!
だから、一緒に死んでやろうかと思って。
まぁ、泣きながら死んでいく大樹を特等席で見たい…それだけかもしれんけどね。
大体僕は本来は陰キャなんだよ。
本を読んでネットして引き篭もりたい。
それなのに…大樹の奴無理やり連れまわして…
ゲームしたい漫画したい…部屋から出たくない。
そう言ったのに『幼馴染だろう』そう言って連れ出しやがった。
おかげで…僕は『寡黙な王子様』なんて女子に言われるし…
大樹が悪い…お前が僕に優しすぎたから…僕は恋ができない。
お前より優しく一緒に居て楽しい女の子が居ないから絶望しかない。
いっそボーイズラブに走れれば良かったけど…うん僕はノーマルだった。
幾ら大樹が相手でも〇〇〇は起たない。
大樹が可愛らしい幼馴染の女の子だったらどんなに良かったか…ハァ~
もう解っている。
大樹が僕を王子様に変えてしまった。
中身は兎も角、皆が僕を王子様キャラとかいう…
これが元の人生から比べたらどれだけ楽しい人生か位、僕には解る。
これは大樹がくれた物だ。
だから僕は大樹が沈む泥船の乗っていると知っても降りない。
泣きながら死んでいく…大樹を傍で見て喜びながら一緒に死のうと思う。
うん…親友だからね。
第35話 奴隷商にて
「ハァ~なんで私はこんな所に居るのでしょうか?」
「姫様、それを今言いますか?」
「愚痴位言わせて下さい…なんで一国の姫が、態々国営とはいえ奴隷商なんかに来ないといけないのですかね?こんな姫、過去にいましたか?」
八つ当たりなのは解っているわ…
「いないと思います」
「誰が悪いのかしらね?」
「それを言うと私は処分を受けますので言えません!」
「そうね…全て許すから言ってちょうだい…他言しないわ」
「お恐れながら、女神様と勇者様かと…」
「そうよね! 絶対に女神と勇者が悪いのよ…ハァ~」
「姫様…」
「解っている…話を聞いてくれてありがとう…お互い他言無用ですよ」
「はい」
そう、私は奴隷商にきている。
こんな惨めな想いをするなんて本当に思わなかったわ。
◆◆◆
「ライアよ…その勇者の女関係なのだが…」
「お父様、オブラートに包まないで結構です! なにもありませんよ!」
「ライア?」
「あっすみません…」
「良いのだ気苦労かけてすまないな」
「こちらこそすみませんでした」
「よい…だがそろそろ何かしないと不味いのではないか?」
「確かに…ですが貴族は自分の娘を差し出さないのですから、恩恵なんて必要ないですよね? 聖教国と帝国ように1人ずつ。我が国ように2人…お父様の方で王権を使ってなんとかなりませんか?」
「反王族派の手前、それも出来ないのだ」
「女神の三禁(殺さず、犯さず、奪わず)を盾にされかねませんからね」
王女に生まれてきて、まさか勇者の種付けで困るとは思いませんでした。
勇者の子供には優れた子が生まれる。
そんな伝説があるのです。
実際は、確かに有能な子も産まれましたが、そうじゃない方も居ました。
ですが伝統は伝統…勇者の子を宿した状態の女性を 聖教国ホムラ、帝国ガンドールに一人ずつ渡し、勇者排出国の我が国で2人手にするそういう伝統があります。
ちなみにその女性たちは『英雄』の母として最低でも準男爵の爵位を与え幸せに暮らせますが、それは本来は妊娠した者にのみ極秘で伝えます。
これを目当てに群がれても困りますからね。
ハァ~今回は…
本来は魅了持ちの勇者です。
相手には事欠かない筈なのですが…魅了はトラブルの元ですが、無いとこんなに困るなんて思いませんでした。
◆◆◆
「ひっ姫様、まさか王族がこんな所にくるなんて」
「お忍びできているのです察しなさい! すぐにサロンをあけなさい」
「はい、ただいま」
ハァ~また溜息が出てしまいます。
まさか勇者に与える奴隷を買いに私が来るなんて思いませんでした。
「それでライア姫様、今回はどういったご用命ですか?まさかこのような場所に王女様が」
「言わないで下さい、ハァ~奴隷が欲しいのよ…見栄えが良くて優秀で色事に優れた若い女奴隷…最低4人」
「王族の貴方が奴隷を…」
「まぁ王国公認の奴隷商の貴方にならお話しても良いでしょう」
仕方なく、私は勇者について話しました。
私達王族に魅了が効かない理由。
それは私達の体には奴隷紋が刻まれています。
最も、見えない特殊なインクですので誰にも見えません。
主人は自分です。
この方法により王族には魅了が効きません。
この事は王国公認の奴隷商の最高責任者1人しか知りません。
口が堅いからこその信頼…王族を裏切れば死より辛い人生が待っています。
だからこそ、安心して相談できます。
「勇者様に宛がう奴隷ですか…いませんね」
「そんな馬鹿な、さっき見た感じ沢山居たではないですか?」
「姫様、奴隷という者は『何か欠けた存在』が多いのです、一見綺麗な人間でも元犯罪者だったり、精神的に病んでいたりします。此処暫く人間同士の戦争も無いですから、貴族の令嬢の奴隷の入荷は殆どありませんし、魔王は居ますが世界が安定しているので裕福な商人の没落も少ないです…姫様の言う様な奴隷はいませんよ」
そんな…
「それなら平民の中でも優秀な者は居るんでは無いですか? それに美しさならエルフ…とか?」
「エルフは綺麗ですが、普通の人間を見下す癖があります、優秀でなければ辛い毎日です…しかも亜人になりますから勇者様の相手には不味いんじゃないですか」
言われてみればそうですね。
「なら、平民の奴隷で綺麗な女性を…」
「洗練された女性なんてまずいません、ちゃんとした教育をさせるなら1年くらい必要です」
「ですが、大昔には英雄と肩を並べて戦った元奴隷のメイドが居たそうじゃないですか?」
「『戦メイド』は悲しい奴隷境遇の女性の心を救う為ストーンヤツサンが書いた架空の話しですよ…そんなメイドが居たら今頃魔王軍は全滅です」
「確かにそうですね…ではどうすれば」
「半年位頂ければ良質の奴隷を手に入れるか、ちゃんとした教育の行き届いた奴隷もご用意できますが…」
それじゃ無理ね。
「今回は急ぐのよ…もし良質な女奴隷が手に入ったら連絡下さいな…お金に糸目つけないから」
「解りました気に留めておきます」
本当に…メンドクサイですね。
第36話 綺麗な未亡人
「あの大丈夫ですか?」
「あの私がまだ見えるのですか?」
「見えるのですか? 可笑しな事いいますね…それより何で俺の家を覗いているのかな? 何か用ですか?」
「うっうっうっ羨ましくて」
この人どこかで会った気がする。
そうだ、この家を見に来た時に見た…あの薄幸そうな綺麗な未亡人さんだ。
泣いているなんて余程この家に住みたかったのか?
「この家にそんなに住みたかったのですか? 何かご事情があるのですか?」
「ここには『色々な想い出』があるのです…楽しかった事から悲しい事迄沢山あるんです」
そうか…それで彼女はこの前、此処を見に来ていたのか…
「そうだったんですか…もしかして此処を購入するつもりだったんですか」
「それは違います…あのそれより、私が怖く無いのですか?」
「怖く無いですね…むしろ優しそうな綺麗なお姉さんにしか見えないですよ」
ロングヘア―で前髪がシャギー、後ろで束ねた髪。
吸い込まれる様に綺麗な瞳に整った顔。
良くラノベや漫画、アニメに出てくる、古い寮やアパートを管理している綺麗な未亡人…そう俺の目には見えた。
まぁ髪の毛は茶髪だけど…
「ほんとうですか?」
彼女が薄幸そうな顔で笑った時…なんでまた眠くなるんだ。
声が聞こえてくる。
「お前、理人さんになにしているんだ! 殺すぞ!」
「違うよ…ララア…」
彼女は…悪くない。
何でだ…駄目だ、もう起きていられない。
◆◆◆
「お前人じゃ無いよね、理人さんに纏わりつくなら只じゃ置かないよ」
「まま魔人…」
「そう、私の名はララア、魔族の四天王の一人だ、お前は幽霊、ゴーストか? 理人さんに何かする気なら…只じゃ置かないよ」
「そんな気はありません、私はこの家に住んでいたんです! その…怖い存在に追い出されて…ですが、未練があって見ていたら、幸せそうで…そしたら話しかけられて…」
「ハァ~何いっているの? 解らない」
『出て行った癖に追い出された…ふざけないで』
「じゃじゃ邪神さま…」
「怖い…存在」
『「私は理人に手を出さなければ何もしない」そう言った筈よ! 残るか聞いた筈…貴方が私を怖がって勝手に出て行っただけだわ…人聞きの悪い…』
「なんだ、それなら悪いのはお前じゃない…」
「だけど、怖いのよ、仕方ないじゃない」
『怖がるのは貴方の勝手…私は知らないわ…もう一度聞くわ…どうしたいの』
私はきっとこの場所に地縛されているのだと思います。
此処から離れた瞬間、何回も消えかかりました。
この屋敷から逃げ出した時も同じでした…消えかかっていたのですが…なぜか消えませんでした。
正直言えば『怖い』
ですがこうして直接話すと…そこまで怖くない気もします。
それより気になるのが理人という名前の少年です。
醜い死霊の姿の筈の私を『綺麗なお姉さん』そう言っていました。
邪神様に魔族の四天王…もう吹っ切れた気がします。
「うふふっ此処に住みたいです」
『そう、それなら良いわ、ただ死霊だ悪霊だと言うと理人や元犬が憑いていたメスが怖がるわ』
「それなら邪神様、ゴーストと言う種族で押し切りましょう」
『ゴースト…あっそういう種族が居るのね、解ったわ』
「それじゃ後は私にお任せ下さい」
『ララア、任せたわ…貴方…はい名前は?』
「ミランダ…」
『住むからには家賃の代わりにこの家と理人たちを守りなさい…』
そう言うと恐ろしい存在は私の前から消えていきました。
◆◆◆
「理人さ~ん」
ううん…
「理人さん起きて下さい…」
「うっ、ララアさん、俺また眠ってしまったんですか?」
此処は俺のベッド。
「はい、そうみたいですね…疲れが溜まっているんじゃないですか?」
確かに此処の所、毎日働いてばかりだった。
疲れが溜まっているのかも知れない。
「ララアさんが運んでくれたんですか?ご迷惑をかけてすみません」
「別に気にしてませんから…」
「そう言えば、あの女性…」
「うふふっ私ですか?」
居た…彼女は幻じゃ無かったんだ。
「あの…此処に住みたいんですよね、もし俺の仲間が良いって言ったら、住んで貰って大丈夫ですよ…月子、あのこの方…」
「うふふっミランダと申しますわ! 理人様、いえ、ご主人様」
大人の女性が笑うと…綺麗だな。
「え~とご主人様?」
「はい…そう呼ばせて頂きます」
「あの理人くん、そこに誰かいるの?」
「何をいっているんだ月子、ミランダさんが居るじゃないか?」
「私には見えないよ…」
そういう月子の顔は青い。
「俺を揶揄っているのかな…」
「それは違いますよ!理人さん、ミランダはゴーストなんです!」
「「ゴースト?!」」
「ああっ幽霊とかとは違いますよ!『ゴースト』という特殊な種族で人によって見えたりする不思議な種族なんです…まぁ異世界人からしたら幽霊に近い特徴を持ってはいるんですけどね」
「騙しているんじゃないのよね?」
「ミランダちゃん、そこの花瓶を持って」
「はい、これで良いですか?」
月子には声も聞こえてないのか?
「嘘…花瓶が浮かんでいる…凄い」
「それで月子どうかな?」
「ハァ~理人くんがそうしたいなら良いよ…あはははっ私だって元犬神憑きだからゴーストの一人や二人平気だから!」
最初は月子と俺の二人だったけど、ララアさんにミランダさん…賑やかになったな。
「どうしたの、理人くん」
「どうしたんですか理人さん」
「どうかされましたか? ご主人様」
「いや…楽しいなと思ってな」
「「「楽しい」」」
「ああっ凄く楽しい」
「「理人くん(さん)」」
「ご主人様」
お城を追い出された時から比べれば、随分賑やかになった物だな。
第37話 なにかがおかしくなってきた。
「行ってらっしゃい!理人くん」
今日も月子に見送られて薬草採取に出掛ける。
今思えば、俺同級生と同棲しているんだよな…
成り行きとはいえ結構凄い事しちゃった気がする。
「いい、行ってきます」
「どうしたのかな? 理人くん、顔が赤いよ」
「いや、よく考えたら俺、月子と同棲しているんだなと思って」
「あっ…言われてみればそうだね…うん同棲だよね」
「なぁに、二人の世界作っているんですか? 理人さん、採取に行きますよ」
そう言いながらララアさんが俺の手を引いていく。
「行ってらっしゃい、ご主人様! 今日も暑いですね」
ミランダさんがエプロンをつけて箒を持って庭を掃いている。
実はこれは俺のリクエストだ。
ゴーストのミランダさんは『何もしないでいる』のが日常らしいのだが、なにかをしたいと言うので俺の希望で庭掃除をして貰っている。
未亡人と言えばエプロンで落ち葉掃きが何となく健全的で似合う気がする。
何時もどおりにララアさんと薬草を採取してギルドで換金していたら…
「理人さんレートが上がっていますよ!」
今までお金をあまり使わないからギルドの口座にそのまま入れていたから、気が付かなかったけど…買取り金額が三倍近くになっていた。
「ケティさん、何でこんなに買取値が高くなっているんですか?」
受付嬢のケティさんが小さな声で話しをしてきた。
「それはですね、何が起きたのか解りませんが、最近『聖魔法』の効果が低くなっているんです」
言われてギルドの治療院…とは言っても酒場の端っこに机があって治療師が居るだけだが、何だか揉めていた。
◆◆◆
「なぁ、あんた手を抜くんじゃねえよ! 金を払ってハイヒールを頼んでいるのに血が止まってねーじゃないか?」
「私はしっかりとハイヒールを使いましたよ?その傷が重症なだけです」
「お前…ふざけるなよ! 骨折すら簡単に治すハイヒールでこの切り傷が塞がらない訳ねーよ」
ヒーラーの人も効きが悪いのが解っていたのか手を震わせながら…
「返金します」
そう言ってお金を返していた。
冒険者はお金でなく治して貰いたかったのだろう…
「いや、そうじゃなくて治療して欲しんだ! ふざけるな」
「駄目なんだ、私だけじゃなく何故か『聖』魔法の効きが悪いんだ…」
「おい」
冒険者が止めるにも構わずヒーラーの人は何処かに行ってしまった。
◆◆◆
「あんな事ばかりなんです、情報では教会でも同じらしくて『聖魔法』の効きが一ランク下になっているらしいです」
「そうなのですか?」
「はい…しかも日に日にその効きが悪くなっています…そのせいでポーションの需要が増えて、その結果薬草の買取値段が高騰しているんです」
「大変ですね」
「ええっ」
俺がこの世界に来る時、幻覚かも知れないが女神の死体を見た気がする…まぁすぐに消えたから見間違いかも知れないが…まさかな。
多分気のせいだ。
「ええっ、だから理人様、今後も良質な薬草採取をお願い致しますね」
「はい、頑張ります!」
そう言えば、和也のジョブは聖騎士だったな。
上手くやっているのだろうか?
まぁ、今は気にしても仕方ないな。
第38話 お城にて…旅立ちの時
異世界人の訓練は結局上手く行きませんでした。
勇者パーティは本当なら騎士たちと共にオーガの群れの討伐を得て旅立ちにするつもりだったのですが、どう考えても無理でした。
それは勇者に『魅了』が無い事によるものと能力が追い付かない事に起因します。
『魅了』には異性にモテる…そんな意味だけじゃありません。
『魅了』は男性にも掛かるのです。
何万もの魔物の軍勢に囲まれた時…普通に考えて勇者パーティ4人が来たからと言って普通はどうにかなると思うでしょうか?
思いませんよね?
味方に希望を与える『魅了』、それを持つのが勇者です。
それを持たないとどうなるか…勇者の為に命を張る人間がいなくなります。
悪く言えば『命を張った人間の盾』それを持つのも勇者なのです。
今回の召喚は何が起きたのか解りません。
徹底的に調べたところ召喚者全員『聖』『光』の能力が著しく低い事が解りました。
それでも3か月の訓練期間が終わり…異世界人を送り出さなければなりません。
我が国がそれ以上異世界人を拘束すると、他の国からクレームが入ります。
勇者の種付けですが…仕方なく若くして身を持ち崩した女奴隷を購入し傍につけました。
どう考えても品が無いのですが…勇者は顔が良ければ他は構わないらしく、見事に複数妊娠させました。
まぁ、彼女たちにしたら奴隷から解放されて貴族になれるのですから真剣に誘惑していましたね。
女神様からの神託は未だにおりません。
それでも世界は…彼らに託すしかないのです。
ですが…勇者召喚が始まって以来…初めて負けるのを前提で次の策を考えるという前代未聞の出来事が始まります。
ですが…これは異世界人に話しません。
未だにオークにすら遅れをとりかねない異世界人にこんな話をするのは酷な話しです。
◆◆◆
「さぁ、異世界の皆さん、旅立ちの時です。皆様には十分な支度金と装備を渡します、勇者パーティの方は魔王討伐の旅に、その他の方は自由に行動して貰って構いませんが、出来る事なら魔物や魔族の討伐をお願い致します…勿論、その功績によってはやがて爵位をはじめ沢山の褒賞がついて行きます…すべてが終わって元の世界に帰りたいという者にはその道も必ずや研究します…さぁ頑張って下さい」
「一人も欠けることが無く再び皆に会える事を余も願っておるぞ」
盛大なパレードと共に勇者パーティを含む異世界人を送り出しました。
この中で何人が再びこの国に戻ってくるのでしょうか?
恐らくは殆どの者は帰ってこれない…そんな気がします。
こんなに絶望に満ちたパレードで勇者を送り出した王女等、私以外いないでしょうね…
第39話 和也と美瑠子
「なぁ美瑠子? これから俺たち大丈夫なのか?」
「そんなの解るはずないじゃない…」
私は和也とパーティを組みました。
和也は『聖騎士』私は『黒魔法使い』聖騎士は4職(勇者、聖女、剣聖、賢者)の次に有望な職…最初はクラスの女の子にチヤホヤされていた和也ですが…何故か思うように能力が発揮できず、未だに中級騎士にすら勝てません。
その結果…元のモテない和也に戻り、私と組むことになりました。
しかし…信じられない事に、黒魔法使いの私は絶好調でした。
何しろ、勇者の大樹や剣聖の大河を模擬戦では圧倒した位です。
ですが王様やライア姫の話では『黒魔法』は魔族が好んで使う魔法なので魔王には通じないそうです…まぁ、そんな気がしますね。
所詮は『黒魔法』ですから。
「俺はこれでも聖騎士…かなり強い筈だが、実際にはオークにすら苦戦している、可笑しいよな…」
本当に何かおかしい。
頭の中には『ナニカ』の事が一瞬思い出されたけど…
幾らなんでも一つの世界を管理するような女神には勝てない筈だよ。
そう信じたい…もしあの女神に勝てるなら、元の世界で言うならキリストや仏陀…オーディーン、主神ですら勝てない存在という事になる。
ここからは私の予想だけど、流石に『ナニカ』を倒すのにあの女神様でも手を焼いたのかも知れない。
その結果…神の力をかなり使って休んでいる…そんな所だと思うわね。
まぁ暫く休めば回復するでしょうね…だって女神なんだから。
「これは私の予想ね…多分暫くしたら、かなり強くなると思うよ」
「慰めの言葉は要らないぞ、俺は俺の力の中で頑張るだけだ」
恐らく女神が復活したら…うん元通りになる筈よ。
その事が解らないで皆、パニックになっていたけどさぁ…
勇者の能力が戻った大樹達たちが魔王ならどうにかするだろうから気にする必要はないわ。
私たちは自分の能力で面白可笑しく、魔王討伐の知らせが入る迄国からの支援を受けて出来る事だけの事をすれば良い。
それだけよ。
「そう? それなら良いけど! もし能力が開花したからって『俺の時代が来た~』とか馬鹿はしないでね」
「美瑠子…俺そんな奴に見えるか?」
「見えないわね」
「解ればいいんだぜ…それでどうする?」
「そうね…まずは心配だから、月子達にあってみようと思うの」
「良いね、俺も理人に久々に会いたいから良いぜ…行こう」
こうして私たちは月子達に会いに行く事にしました。
◆◆◆
私たちは王城から一番近い町『ゴレム』に来ています。
此処の冒険者ギルドで登録してから旅をしながら魔物の討伐をするのが定石だと思ったのですが…
冒険者ギルドにはクラスの仲間は誰も居ません。
「あれっ、混むかと思って少し遅れて来たのに…なんで誰も居ないのかな」
「美瑠子、俺に聞いて解ると思うか?」
「そうね、解るわけないわね」
「そうそう、だから聞くだけ無駄だ」
受付にいって登録をして貰いました。
私達は王家からの推薦状があるのでD級ランクから始まります。
「それでパーティ名はどうしますか?」
和也に聞いてみたら何でも良いと言ったので…私が考えたのは
「『深淵を見る者達』でお願いします」
「はい、深淵を見る者達ですね…はい登録は終わりました、なにか聞きたい事はありますか?」
事前に王城に冒険者ギルドのギルマスが来て講習を開いてくれたので聞くことは特にないわ。
「任せたけど、美瑠子、お前中二病なんじゃないのか?」
「煩いわね…これしか思い浮かばなかったのよ…」
「まぁ良いけどな」
「あの、質問ではないんですが、理人と月子でパーティ登録している人いますか?」
「ああっ『月の理解者』ですね、凄いですよね、採取専門の冒険者で凄く稼いでいますよ」
「そうなの?」
「はい、ゴブリンすら討伐していないのに、高額な薬草を採取してくる、幸運の女神に愛された男と噂される理人さんが率いるパーティです」
「そんなに凄いんだ」
「それはもう…はい!」
「おい、美瑠子行ってみようぜ」
こんな近くに住んでいるんだ。
幸せに暮らしているんだ…良かった。
「住んでいる場所を教えて貰えるかしら?」
「はい、銅貨1枚になります」
「お金…掛かるの?」
「はい、此処は冒険者ギルドですから」
私は銅貨1枚渡して二人の家の場所を聞いた。
◆◆◆
「此処があいつ等の家か、なかなか立派な家じゃないか? なぁ美瑠子」
嘘でしょう…此処はヤバい。
霊能力が弱まっている私でも解る…この家の怖さは、私の叔母でも対処できなかった…杉沢村、馬首村のレベルを遥かに超える。
足が震える…
体中に氷水を浴びされた以上に体が寒い。
そうか…解った。
私はこの世界に来て『黒魔法使い』になった。
そしてジョブに『死霊使い』がある。
元からあった霊能力はかなり弱まったけど、このスキルなら…きっと。
犬神憑きから解放された月子。
この世界に来て『ナニカ』から解放された理人。
霊能者一族の私が、助けてあげる。
もう私は目を瞑りたくない。
「どうしたんだ、美瑠子?」
「此処に悪霊の類がいるわ」
「また、心霊ゴッコか?」
「違う…本当に要るのよ…信じて」
「解った」
私の只ならない雰囲気に和也も信じてくれたようだ。
私は『死霊使い』…そのスキルに力を注いだ。
そうか…霊能力はこれに統合されていたのか…今の私の霊能力はかなり増した…今なら、きっと。
『ご主人様…に…なんのよう』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁー――――っ」
「おい月子ぉぉー――っ」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いょー―――っ。
流石に『ナニカ』とは比べ物にならないけど…
あれはとんでもない化け物だ。
私が死霊使いレベル1だとしたら100は優に超えるわ。
八尺様すら可愛く見るほどの悍ましさ…
月子も理人も今度はあんな者に憑りつかれたの…
「ハァハァハァ」
「おい美瑠子大丈夫か?」
「ええっ、もう大丈夫…だけど、あれはどうする事も出来ないわ」
「ああっ俺には見えなかったけど、声だけは聞こえたよ…尋常じゃ無かった」
「仕方ないわ…街の宿屋に居る事をギルドで伝えて貰いましょう」
「そうだな…もう一度あの場所には行きたくないからな」
私は凍える体をさすりながら街に戻っていった。
◆◆◆
最近、ご主人様に綺麗だと言われて油断しました。
あれが本来の私を見た人間の反応…
美しさはもう何処にも無く恐怖しかない私…
それなのにご主人様は綺麗だと言う。
沢山の人を恨み殺し、悪霊になった私だけど…
ご主人様への気持ちだけは…地獄に行っても忘れないわ。
第40話 幸運の女神に愛された男
「そうなんですか? ララアさん、『月の理解者』に入るんですか?」
本来は冒険者はお客様でもあるから「様」をつけて呼ぶ。
だが、ララアはその様付けが嫌いらしく、親しい職員には「さん」に変えて貰っているそうだ。
「ええっ理人さんを凄く気に入ったもので…」
なんだか受付のケティ嬢の様子がおかしい。
「あの…ララアさんもう討伐は…」
「うん、そりゃ採取専門のパーティだから、し.な.いかな!」
「ハァ~やっぱりですか…Bランクのララアさんが討伐してくれないと、塩漬けが出来そうで怖いんですけど」
「あはははっ、もし討伐依頼があったらリーダーの理人さんを通してね」
「あの『幸運の女神に愛された男』と言われる理人さんと一緒で討伐相手なんて現れますかね…ララアさんどう思います?」
「あははははっ、どうだろうね」
「その顔、絶対に会わない…そう思ってますね?」
《私と邪神様の器の理人さん…魔族や魔物は喜んで跪くよね》
「まぁね」
「あの『幸運の女神に愛された男』ってなんだ?」
「理人さんの字(あざな)ですよ」
「字?」
「そうです、能力の高い冒険者には字という別の呼び名が付くんです、Fランクでついたのは私も初めてですね」
「それが『幸運の女神に愛された男』という字ですか?」
「だって理人様、討伐ゼロなのに危険な場所から無傷で帰ってくるんですよ! プレートだってもう90枚を超えましたよ、90人以上が死んだ場所から討伐ゼロで無傷で帰ってくる…幸運じゃなくちゃ奇跡じゃないですか」
《あながち間違ってないわね…まぁ正確には邪神と魔人に愛された男だけどね》
「そんな風に呼ばれているんですか?」
「ええっ…本当に奇跡としか思えませんから…あの、すみません、冒険者のスキルや技術を聞くのはマナー違反なのは解っていますが、どうにか教えて…」
そう言われても俺にも解らないな。
「そうよ…」
ララアが凄むとケティさんは仕事に戻った。
「はい、これで登録は終わりました…ララア様がBランクなので個別のランクはそのままですが、パーティランクはBになりましたおめでとうございます」
そうか…個別のランクは上がらなくてもパーティランクは上がるんだな。
「ララアさん、良かったの?Bランクなのに…」
「あはははっ、別に構いませんよ、私はランクに興味がなかったのに勝手にあがっただけですから」
なんだか悪い気がする。
「そう言えば『深淵を見る者達』から伝言がありますよ」
「深淵を見る者達?」
「ああっ、そう言えばパーティとしてまだ交流がないんでしたね…和也様と美瑠子様のパーティです」
そうか、彼奴らも城から出てきたのか懐かしいな。
「それで、どんな伝言ですか?」
「はい、宿屋ホーリーインに居るから尋ねてきて欲しいそうです」
「そうですか、ありがとうございます」
今度、月子と一緒に訪ねてみようか?
第41話 再会
俺は月子と一緒にホーリーインに向かっている。
「美瑠子に会うの、楽しみだね」
「ああっ、俺も和也に会うのは久々だから楽しみだな」
まぁ級友同士久々の再会だから楽しみなのは当たり前だな。
ホーリーインについて受付のお姉さんに話をした所…
すぐに和也と美瑠子がひょっこりと顔をだした。
だが、顔を出した途端に美瑠子は…
「いやぁぁぁぁー――っ」
声を張り上げた。
「「「美瑠子?」」」
「ハァハァ、なんでもないわ…ハァハァ」
「幾ら何でも目立つから、異世界に来てまで心霊ゴッコは止めないか?」
「ハァハァ…そうね」
しかし、いつ見ても美瑠子の演技は凄いな…汗まで掻くんだからな。
だが、月子はまだこの『心霊ゴッコ』を続けたいみたいだった。
「美瑠子ちゃん…やっぱり居るの?」
「なぁ月子止めよう…目立つから」
「しっ…理人くんは黙ってて」
あ~あ、完全に心霊ゴッコのパターンだ。
月子も美瑠子もこの状態になると幾ら言っても止めてくれないんだよな。
「和也…俺たちは酒場でお茶でもするか?」
「そうだな…うん、そうしよう」
何だか和也も歯切れが悪い気がするが…まぁ仕方ないな。
「月子、美瑠子、俺たちお茶してくるから」
「「解った(わ)」」
心霊ゴッコに嵌まっている二人を他所に俺たちは歩き出した。
◆◆◆
確かに目立っていたので、私と美瑠子ちゃんは美瑠子ちゃんが借りている部屋に場所を移した。
「それで美瑠子ちゃん…理人くんの中に『ナニカ』は居るの?」
美瑠子ちゃんの顔は青い気がする。
「多分居ると思う! 私、この世界に来てから『死霊使い』のスキルを貰っていて、前より心霊能力は上がった筈なんだけど…前と違って『ナニカ』については感じにくくなったみたい…もしかして『神』に近い存在になりつつあるのかも知れないわ」
「神?」
「そう神…驚くことないわ、月子だって犬神憑きだったじゃない…あれだって一応は神だったんだから」
確かに神だけど…
「だけど『ナニカ』はその犬神が恐れる程だったんだから元から神じゃないの?」
「あの時の私が感じた禍々しさが薄れた気がするわ」
「それじゃ『ナニカ』が神にでもなったって事」
「あのね…神と言っても『良い神』とは限らないの、悪神、魔神、邪神も全部神なのよ」
「それじゃ…」
「ますます、恐ろしい存在になったのかも知れないわ…だけど、神になるとね、もう心霊の範疇から外れるから『感じにくくなる』のよ」
「あの…それだと神である犬神より『ナニカ』の方が力が無いような気がするんだけど…」
「神より強い霊や魔物も居るのよ…力は関係ない…まぁ『ナニカ』は置いといて…貴方達、また違う者に憑りつかれているわ!」
「そんな冗談」
「冗談じゃないわ!」
私は美瑠子から詳しく話を聞いた。
「ああっ家の事なら解るわ、ゴーストのミランダさんが住んでいるから多分それよ!」
「ゴースト?」
「幽霊ではなくこの世界にはそういう種族が居るみたいよ!ミランダさんはゴーストって種族なの」
《そんな…》
「あの禍々しい気の持ち主が…そうなのね…あの剣、そう理人の剣は?」
「理人くんは精霊が宿っているって言っているわ」
「そう、なんだ」
《いや、違う…『ナニカ』が理人の中に居るから、月子も歪んできているのかも知れない。元は犬神憑きだ…いつそちらに行っても可笑しくない》
「そうだよ! 嫌だな美瑠子ちゃん…ここは異世界だから私たちが知らない種族も居るんだよ」
《あれは絶対に邪悪な存在だ…宜保の名に置いて間違いない、そしてあの剣は呪物(じゅぶつ)…それも怨念が強く、もしこの世界に安倍晴明クラスの陰陽師が居ても払えない…駄目だ…傍に居るだけで恐怖が伝わる》
「そうなんだ…」
「それで、今日は突然どうしたの?」
「うん、他のクラスメイトと一緒で、これから旅にでるから挨拶にきたのよ」
「そう…寂しくなるよ」
「そうね、でもまた会えるから」
「そうだよね」
《私は恐怖から…親友に別れを告げた、理人も月子も友達だけど…それ以上に…怖い》
◆◆◆
「それにしても理人、この街に同級生が居ないのは何故なんだ?」
「俺も噂でしか聞いてないけけど、この辺りにはゴブリンやオーク位しか居ない…だから優秀な冒険者は他の街に行く、だから皆も同じなんじゃないか?」
「理人…そういう事か?」
「ああっこの街じゃ物足りなくて、最初からもうひとつ上の難易度の高い街からスタート…そういう事じゃないか?」
「そうなのか?」
確かにこの街は『始まりの街』そうい呼ばれていると聞いた。
そんな所だろうな。
「あくまで憶測だけどな」
◆◆◆
俺と月子が見送る中、翌日、街から和也たちは旅立っていった。
スマホの無いこの世界…誰かが魔王を倒すまでもう二人に会う事は無いだろう。
第42話 変わる世界
幾ら調査しても『聖』『光』両方の魔法の低下の原因は解りません。
ベテランの騎士や冒険者にその被害は多く、ヒーラーの魔法による回復のタイミングが上手く行かずに命を多く落とす者が多く出ています。
聖教国ホムラでは強力な結界に守られた国なのですが、その結界にも綻びがでたと大騒ぎになっています。
教会の治療も上手く行かずに救える命がいくつも救えず死人も多く出ているそうです。
そして、人類の秘宝と呼ばれる『白の癒し手』と呼ばれる教会最強のヒーラー ホワイトが『パーフェクトヒール』を使えなくなってしまいました。
ヒーラーの能力の低下は聖教国に大きな皹を与えました。
何が起きたのか依然として解りませんが、全ての回復魔法が1ランク下がってしまいました。
これが今の教会側の考えで…まだまだ下がる…そういう見解を正式発表されました。
教皇様はずっと教会に籠り、願い続けているが神託は一向に降りてこず…各地にいる聖人(せいじん)にも声を掛けて祈って貰ったらしいのですが…やはり誰も神託を聞いてないそうです。
帝国ガンダールでは魔族との戦いでの怪我が増大。
やはりヒーラー不足に悩まされているそうです。
ヒーラー不足の原因は…能力の高いヒーラーは力が落ちただけで済んだのですが…能力の低いヒーラーはヒールも使えなくなりただの無能になってしまったそうです。
その結果…大きな戦力低下は免れません。
「一体、この世界はどうなってしまったのでしょうか?」
「ライア、これから先の事は今は考えるな…幾ら頑張っても解らない物は仕方が無い」
「はい、お父様」
そう言えば…召喚された異世界人に『冒険者』と『お針子』が居ました。
本来は戦いに向かないジョブの持ち主はあり得ません。
あの二人ももしかしたら被害者だったのかも知れません。
ですが…女神の事やこの世界の事等、幾ら王族と言えどどうする事も出来ません。
精々が他の国と情報を共有して対処するだけです。
第43話 勇者達?
俺たちは城から一番近い『ゴレムの街』をスルーして三つ先の街『メルカラ』からスタートする事に決めた。
俺は勇者だ。
他のパーティもゴレムを素通りして、ジーモからスタートする…なら勇者である俺は更に一つ先からスタートする…当たり前だな。
「大樹、自信満々だけど本当に大丈夫なの?」
「塔子、何を言っているんだ、俺は勇者だぞ! 余裕だって言うの」
「そうそう、4職そろい踏み、これなら幾らなんでも余裕だ」
「まぁ、流石に序盤だから大丈夫でしょう」
「あんた達、本当にそう思っていますの?」
「「「勿論(だ)(だよ)」」」
こうして俺たちの冒険が始まった。
この街と他の街の違いはオーガが居る所だ。
オーガは初心者キラーと言われ冒険者が最初に躓く相手だと聞いた。
だが、俺たちは勇者パーティだ、そんな者は恐れない。
パーティ登録をさっさと済ました。
パーティ名は『ブラックウイング』伝説の勇者パーティの名前をそのまま使った。
そして俺たちは特例で最初からAランク…これは勇者特権だ。
こうして俺たちの冒険は始まった。
◆◆◆
「塔子…お前本当にこないつもりか?」
「ええっ行きませんわ」
「塔子ちゃん幾らなんでも来ないって言うのはないと思うよ」
「俺たちが守るから安心して来いよ!」
「聖人に大河、これがゴブリンやオークなら仕方ないから行きますわよ…それでも負けたら女の私は貴方達より地獄を味わって死ぬのですわ…それなのにいきなりオーガなんて馬鹿ですの?」
「塔子、俺たちは勇者パーティなんだぜ、他と同じには出来ない」
俺たちは勇者なんだ…流石に一般冒険者と同じスタートじゃカッコ悪いだろう。
「そう、それなら構いませんわ…確か前に勇者召喚された勇者は軽くオーガを狩ったらしいですわ…3日間でそうですわね、30体のオーガを皆が狩ってきたら参戦しますわ…あっ帰ってきたらしっかりヒールを使って治療をしますから、そこは安心して欲しいですわね」
「そうか…勝手にしろ」
「解ったよ、その代り30体倒したらお前も来いよ」
「塔子ちゃん…まぁ仕方ないか」
こうして俺たちは塔子抜きで最初の狩りに出かける事にした。
オーガなんて簡単に狩れる…そう思っていたんだ。
森の中を進むとオーガが馬車を襲っているのに遭遇した。
「大樹」
「ああっ! 行くぞ!大河、聖人!」
「「おおっ」」
馬車を襲っているオーガは3体。
その背後に更に大型のオーガが2体いる。
馬車は高級そうな馬車だ…裕福な商人か貴族と言った所か。
助ければ何かお礼が貰えるかもな。
「大丈夫かー――っ」
「逃げて下さい…オーガの上位種です。この馬車は強固なので簡単には壊れませんから援軍を呼んできてください」
見たところ護衛と馬は殺されていたが…馬車は傷ひとつ付いてない。
これで人質の心配はない。
「安心しろ、俺たちは勇者パーティだ、今すぐ助けてやる」
俺は、聖剣ホワイトウイングを抜いて斬りかかった。
この聖剣には女神の加護が宿っていて…魔物や魔族をバターの様に斬る。
「いくぞー――っ…なっ」
「ぐわぁぁぁぁー―――――っ」
可笑しい…刃が通らない。
聖剣は…嘘だろうオーガに握られて…パキッバキバキッ。
「聖剣が砕かれた! ぐふっ、がぁぁぁぁぁぁぁっ」
聖剣を砕いたオーガはそのまま俺をこん棒で殴ってきた…
多分5~6メートル飛ばされた、上手く立てない。
「大樹…貴様よくも大樹をー-っ」
大河が剣で斬りつけていた。
何でだ…俺より戦えている気がする。
「ファイヤーボール」
聖人が唱えたファイヤーボールがオーガに着弾した。
地味に効いている気がする…
何故だ…何故、俺だけが戦えない。
俺は、俺は…何とか立ち上がったが…折れた聖剣では戦えない。
「大樹、危ないっ」
メキメキッ
「えっ ぐふっげほうぇぇぇぇー-っ」
駄目だ、もう立てない…
「よくも大樹をー-っ貴様殺す、殺すー-っ うがぁぁぁぁー-つゴフッ」
確かに大河の剣はオーガの腕に刺さった。
だが、斬り落とす事は出来ずに刺さったままだ。
唖然とする、大河を薙ぎ払うようにオーガが殴った。
その瞬間に大河は地面に叩きつけられ動けなくなった。
「よくも、よくも大樹を大河を許さないぞ、僕は許さないぞ」
「駄目だ…聖人に.げ.ろ」
「嫌だね、僕は何があっても逃げない…大樹を守るんだー-っ」
「駄目だ…逃げろ」
もう終わりだ…恐らく俺たちの戦ったオーガはあの五体の中で一番弱い。
もし勝てても、残りの4体に殺される。
大河…ごめんよ…俺が悪かった。
聖人、お前だけでも…馬鹿だよ。
「ウオータービジット」
それじゃ勝てないさ…
聖人…駄目だ…
なぁ…俺は勇者何だろう…
こんな者に負けたくねーよ…女神よなんでこんなに弱い勇者に俺をしたんだ。
『仲間を助けたい』
砕けたはずの聖剣ホワイトウイングが光輝き元に戻った。
そして俺の手に収まった。
知っている…どうすれば出せるのかを。
自分の持つ最強の技…勇者のみが使える最強剣技。
「これが最強剣技…光の翼だぁぁぁぁぁー―――――っ」
剣が光を纏い大きな鳥になった。
その鳥が羽ばたきながらオーガに襲い掛かった。
「ぎゃぁぁぁぁぁー――っ」
オーガは断末魔の声をあげて死んでいった。
「第二ランドスタートだ…えっおいっ」
ホワイトウイングは砕けるのでは無く、砂の様に崩れ去った。
「聖人、大河を担いで逃げろー-っ」
「嫌だ、僕は、僕は大樹を残して逃げないんだぁー――っ」
彼奴、足は震えて、今にも尻もちつきそうじゃないか。
「光よ俺の手に集まれ…なんで集まらないんだ『光拳』」
無数の高速のパンチを繰り出す勇者の技だ。
だが…
「うがぁぁぁぁー-痛ぇぇぇぇぇー-っ」
高速のパンチは打ち出せたが、光のガードが無い。
潰れていくのは…俺の手だけだ。
「うがぁぁぁぁー――っ」
もう本当に終わりだ…
手は潰れてしまった。
足にも力が入らない。
もう、俺は何も出来ない…
俺はそのまま意識を手放した。
聖人、大河…に.げ.ろ…
◆◆◆
此処は何処だ。
「目が覚められましたな」
白い服を着ている老人…神父に見える。
「此処は何処でしょうか?」
「此処はメルカラの教会です…良かったですな、傭兵団が通りかかってくれて、彼らが居なければ4体のオーガ等相手に出来ませんからな」
話を聞けば、200人から成る傭兵団が馬車の商人を助けるべく駆け付けたそうだ…そのついでに俺たちも?助けられたそうだ。
えっ…俺の両腕…嘘だろう…俺の両腕が無い。
「俺の両腕….」
「すみません、この教会にあそこ迄破壊された腕を治す術はありません…」
助けて貰ったんだ文句は言えないな。
そうだ、二人…二人はどうなった。
「あの…俺の連れ、俺の連れは何処に?」
「…」
何で黙っているんだ…オイ…
「メイジの方であれば貴方を守る様にして覆いかぶさっていました、どうにか命は助かりましたが、もう歩く事も出来ないでしょう」
「そうですか…あの剣士も居たはずですが…」
「その方からは伝言があります、『剣が振るえない剣士になったから探さないでくれ』だそうです…あの方も貴方程で無いですが大怪我していましたので、もう剣士としては生きられないと思いますよ」
「そうですか…」
俺は馬鹿だった。
馬鹿だったから…仲間を犠牲にしてしまった。
「暫く一人にして貰ってもいいですか」
「はい」
そう言うと神父のような男性は部屋から出て行った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー――――っ」
俺は泣きながら叫んだ。
もう取り返しはつかない
第44話 勇者達?
【大河の場合】
逃げるのが遅すぎたようだ。
糞っ…なんだかんだ言いながら『大樹はや聖人は親友だった』んだな。
危なくなれば見捨てて逃げる筈が、ついかっとなっちまった。
『よくも大樹をー-っ貴様殺す、殺すー-っ』かぁ。
あははははっ俺充分親友しているじゃんか。
その結果がこれだ。
利き腕の右腕はついているだけで、もう動かないそうだ。
腰を強く打ち付けたせいか歩行も困難で杖を生涯離せないらしい。
もう、俺の剣聖としての人生は終わりだ。
『友情』なんて馬鹿な物のおかげで俺は…
まぁ良いか…馬鹿やって楽しかったからな。
彼奴たちとこのまま一緒に居たら…きっと大樹は、俺たちの事を後悔するだろう。
真面に剣が持てず、歩けない俺を見たら…責任を感じてしまうに違いない。
だから…俺はこのまま消える事にする。
負け犬同士傷を舐めあうより今は別々になった方が良い。
ホモ疑惑のある聖人は兎も角、俺は此処を去る。
もう解ってしまった。
俺たちは絶対魔王には勝てない…だがオーガは別だ。
必ずや体を治して…この世から駆逐してやる。
再び俺が大樹達に会う時…それは『オーガが狩れる男』になった時だ。
【大樹と聖人】
「聖人お前…」
「あはははっ、僕はもう歩けないみたいなんだ…ごめん」
「聖人、お前が謝る事じゃない、全部俺のせいだ…すまないな」
「だけど、僕はもう歩けないし役立たずだよ」
「話を聞いたよ…俺を庇うようにして倒れていたってな、俺はお前に対してどうして良いか解らねぇよ…なんでお前はそこ迄してくれるんだ?」
「ハァ~当たり前だろう? 幼馴染で親友…それ以外に理由なんてないよ! 体がね勝手に動いたそれだけだよ…それだけ!」
「そうか…親友か」
こんな俺でも親友といってくれるのか?
大河もきっと、俺に罪悪感を与えない為に離れたんだろうな。
「僕は親友だと思っていたけど違うのかい?」
「違わない、お前は俺の親友だよ…」
「それなら良いや、痛み止めの薬を飲んでいるせいか、僕眠くなってきちゃった…手が使えない大樹、歩けない僕…目が覚めたら、何か考えなくちゃね」
「そうだな…」
俺たちはこれからどうすれば良いんだ…
第45話 勇者たち…塔子
「あんた達、本当に馬鹿ですわね?! 世の中そんなに甘くありませんわ」
俺たち…三人は塔子に殴られ土下座させられていた。
時は少し遡る…
◆◆◆
「あんた、大河殿ですね」
「お前ら、何だよ!」
誰だ此奴ら…手が使えない俺をどうする気だ。
糞、剣も抜けない…
「私たちの事はどうでも良い! だが勇者パーティのメンバーが勝手に逃げ出す事は許せません…同行頂こうか?」
不味い…よく考えれば解る事だ…
俺たちは勇者パーティ…監視位ついていて当たり前だ。
「待ってくれ! 俺を何処に連れて行こうっていうんだ…」
「来れば解ります」
今の俺には10人もの騎士をどうにかする術はない。
「解った」
ついて行くそれ以外に選択は無い…
無理やり馬車に載せられていった先には…塔子が居た。
しかも、その前には大樹と聖人が土下座状態で座らせられている。
「大樹…聖人、お前らいったい」
「連れてこられましたわね…お馬鹿さんがまた1人」
大樹も聖人も塔子の前で土下座している…なんだこれ?
締まらねー…なんだこれ。
◆◆◆
「大河…あんたも馬鹿ですわね! とりあえず、そこに並んで土下座すると良いですわ!」
「なぁ、俺は良い…だが聖人は足を怪我しているいんだ、なぁ許してくれよ」
「ハァ~何を言っていますの? 人の意見を聞かずに馬鹿やって死に掛けましたのよ? 痛い位なんですの? 死ぬ事に比べたら大した事ありませんわよね!」
「塔子…お前にそんな事いう資格はあるのかよ! 俺たちが入院している間に見舞いにも来ないで…ふざけんなよ!」
ハァ~付き合いが長いですが…本当に馬鹿ですわね。
負け犬が傷を舐めあって何か良い事があるのでしょうか?
本当に私の周りは馬鹿ばかりですわ。
何かが起きたら、そこからどうするか考えて事態の収拾。
これが基本なのですわよ。
「見舞いなんて馬鹿がする事ですわ、それより次はどうするか?それを考える事が必要なのですわ…それで大河は本当に一人で生きれるのです?」
「糞がっ」
「だれが糞なの?」
《こういうのが此奴ムカつくんだ…だが…》
「ああっ済まない」
「まぁ良いですわ、貴方達これからどうするか決めていますの?」
「それをこれから、聖人と考えようと思っていたんだ」
「そうだよ」
「俺は…まぁどうにかなるさ…」
本当に馬鹿ですわね。
「はぁ、体が此処迄、不自由だとどうにもなりませんわね」
「「「うっ」」」
「「うっ」じゃありませんわ!ここは日本じゃありませんのよ…そんな考えでは死にますわよ!」
「あのよ…そこ迄言うなら、塔子には何か案があるのかよ」
「大河、無ければ此処迄偉そうにしませんわ」
「勿体つけずに教えてくれないか?」
そろそろ、良いですわね。
「私は聖女ですから、こういう時には教会に頼れますの…それで貴方達が治療中にこの地域の司祭にお願いしまして、聖教国ホムラの教皇様に繋いで貰いましたわ」
「そうだったのか?」
「それで、何か進展があったのか?」
「僕たち、もしかして助けて貰えるの?」
「大丈夫ですわ、聖教国ホムラの中央教会で面倒を見て頂けますわ」
「そこで保護して貰うとして、俺たちは何をすれば良いんだ?」
「何かさせられるんだろう?」
「僕、今、何も出来ないけど大丈夫かな?」
「それなら大丈夫ですわ! 聖教国では女神の使徒として『勇者』は絶大な人気があるのですわ…そして今現在、女神からの神託が降りて来なくて困っていますの、その辺りの事情からお話ししまして、皆を引き取って貰う交渉をしましたわ…そうしたら『勇者様』が来ていただければこちらも助かるという事でしたわ」
「塔子…だが俺は戦えないんだぞ、大丈夫か? それに王国だって勝手に聖教国に行ったら不味いだろう」
「それなら大丈夫ですわ…この世界では教皇が一番偉いのですわ…だから王女も王様も文句は言えませんわね、それにこの世界では教会が病院も兼ねますので、聖教国なら最高の治療が受けられますわ」
「確かにそうかもしれないな」
「正直言えば…助かる」
「はぁ~良かった、ありがとう塔子ちゃん」
「どう致しまして…3日間後に馬車を寄越してくれますわ…その後は体を治してもう一度再起を計るもよし…別の事をするのも良しですわ」
「あの…魔王は?」
「それも教皇様に相談すれば良いと思いますわ」
「そうだな」
「それで塔子はどうするんだ?」
「私はゴレムの街でヒーラーでもして過ごしますわ」
「一緒に来ないのか?」
「来た方が良く無いか?」
「そうだよ、一緒に来てよ」
行きたくはありませんわね。
「多分ですが、聖教国では大樹達はモテますわ…私には余り良い事が無さそうですから…この辺りで失礼しますわ」
「「「そうなのか」」」
「ええっ」
鼻の下を伸ばして…幸せそうですわね。
◆◆◆
馬鹿ですわね。
確かに聖教国では彼等を欲しがっていますわ。
ですが…それは種馬の人生ですわ。
司祭様の話ではもう体は回復しないそうですわね。
王国では…どう考えても大樹達にあからさまなハニートラップを仕掛けていましたわ。
そこから考えて、恐らく勇者の遺伝に価値があると思いましたの。
交渉先を聖教国にしたのは聖教国が『一番勇者を優遇』するからですわ。
今の教皇は特に『勇者至上主義者』とか呼ばれているそうですから…どうにかしてくださいますわね。
もう『戦えない三人』には価値は無いので、もうそれしか無いですわね。
私はまっぴらごめんですが…種馬の人生…
案外『ハーレム』とか言って楽しんでいそうな未来も見えますわね。
三人の命が助かって…私が自由を手にする。
これが最善手ですわ…まぁ世界が滅ぶにしてもすぐじゃありませんし、どうせ数十年位は小競り合いがあるだけですわ、それはもう私には関係ありませんわね。
私たちの旅はもう終わってしまいましたわ。
私も含み『負け犬4人』の人生としてはまずまずだと思いますわね。
損切りをしっかりして、その中での最善手を手にするこれも『白銀的』な考えですわ。
第46話 此処は本当に異世界なのだろうか?
薬草採取生活も好調に続き、最早、前の世界でいうキノコ狩りや山菜採りに近い状態になっていた。
「この辺りじゃ魔物を見かけませんね」
「本当に見かけないな…」
ララアの言う通り、最近では全く魔族を見ない。
だけど、可笑しな事に冒険者の証であるプレートは前にも増して落ちている。
被害は増えているようだが、何故か俺には関係ない。
どちらかと言えば『熊』や『猪』の方が俺にとっては脅威だ。
だが、それは怖くない。
何故なら『冒険者』でも前の世界の人間よりは強いらしく、熊ならなんとか狩れる。
最も俺には出る幕はない。
「今日は熊鍋ですね…此処で解体してから帰りましょう」
こんな感じに俺が何かしなくてもララアが狩ってしまうし解体も終わらせてくれるから安全だ。
気のせいか、日本に居るのと何も変わらない気がする。
薬草の買取りのレートはとうとう5倍まで上がり、以前は一日日本円で400万円前後(ララアのおかげで増収した)だったのに今や2000万円。
日給で2000万、週休4日制で、3日間稼働で週休6000万円
1か月あたり2億4千万の収入になってしまう。
まぁこれはリンゴ1個の金額を120円で換算しているから微妙だがお金持ちになったのは確かだ。
だけど、この世界…娯楽品が何もないから。お金が幾らあっても使い道が無い。
精々が美味しい物を食べるだけで終わる。
月子もララアも宝飾品や服に興味ないから、あまり意味が無い。
精々の贅沢が、高いベッドと高級な羽毛布団モドキを買った位だ。
個人的には
『異世界に来たと言うより、中世の時代の外国にタイムスリップした』
そんな状態に思えて仕方が無い。
魔物にはほぼ会わないし、会ったとしても何故か相手の方が驚いて逃げてしまう。
まるでそう、UMAに出会った感じにしか思えない。
「確かに熊鍋は美味しいな…ただあれをやると暫くは、熊鍋ばかりだ」
「まぁ良いじゃないですか、美味しいんだから」
最近解った事だが…この世界にも大豆やら何やら日本にあった食材もこの世界にもあった。
月子は田舎育ちだから…そんな食材からも『日本食モドキ』を上手く作ってくれている。
材料が少し違うからあくまで『モドキ』だけど、みそ汁風スープや寄せ鍋風の食べ物まで器用に作る。
案外、月子は家事チートかも知れない。
◆◆◆
「これは一体、どういう食べ物なの?」
「すき焼きに俺には見えるんだが…」
「そうだね、これは牛肉じゃなくて熊肉だけど、うん、すき焼き風に作ってみたの…食べてみて」
いつの間にか、醤油モドキまでつくりあげていたらしい。
「理人さん、これ美味い」
「ああっ、まさかこっちで、すき焼きが食べれるとは、思わなかった…美味い」
「理人くんが喜んでくれるなら…もっと、もっと頑張るから!」
魔物に無縁で熊や猪に注意する生活。
そして和食を食べる毎日…
此処は本当に異世界なのか…
つい忘れてしまうな。
第47話 魔王と死霊女王コーネリア
「ゆ…ゆ…勇者があっさりと負けただと」
「はい、ゾルベック様」
なんで、そんな馬鹿な事が起きたのか余にも解らん。
四天王もしくは幹部クラスに負けたのならいざ知らず…只のオーガに負けたとは…何の冗談だ!
余は…勇者召喚に備えて準備したのに…全てが無駄になったわい。
ハァ~
手ごわいのも、問題だが…此処迄弱いのも不思議だ。
邪神であるゾーダス様に祈ると神託は降りてきたのだが…
『女神が片手間でジョブを与えた勇者でも、そこ迄弱いことは無い…何かの間違いではないか』
そういう話だった。
確かにこの話は可笑しすぎる。
逆に考えて見れば…余が人間のただの騎士に負けた。
そういう事だ。
考えられる事は…これが人間側が考えた奸計で『実は勇者は生きていて』魔族側に偽の情報を与えて油断させる作戦。
この辺りが一番可能性が高い気がするが確定は出来ぬ。
最近は邪神様は否定するが、二人目の邪神様の存在の影響が大きい気がする…何故だか人間側の力が目に見えて衰えている。
何しろ…只のオークが冒険者や騎士を一対一で倒せる。
そう言う話しすら耳に入っている。
どう考えてもあり得ない事ばかりが起きている。
その多くは魔族側に都合が良い事ばかりだ。
「魔王様…今こそ人間側に攻め込む時です…我れが軍を率いて王国の者を血祭りにあげようと…」
駄目だ、あそこには邪神様の器の人間がいる。
「ならん…王国についてはララアに任せておる」
「ほう…ですが魔王様、ララアは諜報に優れますが戦闘には向きませぬ、我れが死霊の軍団に掛かれば王国など」
「くどい…今はララアは重大な任務についておる…王国を攻める事は許さぬ」
まさか、もう一人邪神様が増える可能性がある。
これはまだ、今の段階では言えぬ。
ララアからは報告は聞いたものの…まだ完全に信じて良いか解らぬ。
「魔王様、今こそが攻め入る好機です…我れを…」
仕方が無い。
勇者が死んだ…
この状態であれば各地に散らばっている他の四天王を動くやもしれぬ。
此奴に事情を話し…邪神様の器の確認を頼むか。
「実はな…」
余は邪神様の器について話をした。
「なっ、邪神様宿っている器? そういう事なら何故、我れに言わぬのですか? 我れは死霊の女王ですぞ? ある意味『邪』については一番解る存在です」
確かに此奴は死霊…『邪』の気から出来た存在。
此奴なら、邪神様についてララアより詳しく解るかも知れぬ。
「ならば、死霊の女王コーネリアよ、ララアの元に行き『器』の見極めを頼もうぞ」
「それでは…我は王国に旅立たせて貰います」
「行くがよい」
コーネリアであれば、より詳しく『器』の見極めが出来るだろう。
第48話 なにかが動き出す前
「理人さん、少しエルザを貸してくれませんか?」
急にララアが、この剣を貸して欲しいと言い出した。
「エルザってこの剣の事? 大切に使って貰えるなら貸しても良いけど…一体何があったの?」
「いえ、私はこれでもB級冒険者なので指名依頼が入ってしまいまして、相手が魔獣なので…魔剣の力を借りれたら…そうおもいまして…駄目でしょうか? 駄目なら諦めますが」
この剣はエルザって言うのか?
貸すしか無いな…
何より刀身に浮かぶ美女から、やる気が伝わってきている。
「そういう事なら貸すから安心して! 魔獣討伐なら俺も行こうか?」
「あの…理人さんが来たら、魔獣が居なくなって討伐が出来なくなりそうですので…」
「あっごめん…確かに、それでどの位此処を離れるんだ?」
「2週間位です…それでは今日から旅立ちます」
最近はいつも一緒に居た。
誰かが欠けると少し寂しいな。
「そう、寂しくなるな…」
「理人さん…私だって、私だって寂しいんです! ですがこればかりはどうしようもなくて…理人さぁー-ん」
俺はこういう耐性が無い。
元々付き合って3日間以内に振られていた男性として…こんな美女に抱きつかれてどうして良いか解らないな。
「はい、はい依頼が入ったから、暫く居ないのね? 解ったわ! 理人くんから離れてくれる!」
「良いじゃないですか? 月子ちゃんは私が居ない間、理人さん独り占めじゃないですか? 減らないんだし別に…ちょっと位…いっ」
「理人くん減るから! だから、離れて!」
「はいはい、解りました…月子ちゃんもはい、これで良いでしょう?」
「ちょっと離れて…」
綺麗な女性が二人で戯れているのは…うん絵になるな。
こうしてララアが暫くここから離れていく事になった。
◆◆◆
「理人くん、もう充分稼いでいるんだから、偶にはゆっくりしたら?」
「いつまでも良い状態が続くか解らないからな、仕事はキッチリしないとな、その代り今日は美味しい物でも買ってくるからさぁ」
「そう、楽しみに待っているよ」
「うん、期待してて、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
さて、困ったな…買う分にはお金は幾らでもあるから良いけど…
何が良いんだ。
「おはようございます! ご主人さま、今日も天気が良いですね!」
「おはよう…そうだ、ミランダさん、何か美味しいお菓子とか知らない?」
ミランダは首をかしげている。
やはり美人はこういう姿も絵になるな。
漫画なら見開きでアップになる位のシーンだ。
「お菓子ですか? 昔、異世界人が持ち込んだ、シュークリームとかどうですか?」
「シュークリームがあるんだ」
「はい」
「それで、ミランダさんも食べれるの?」
「そうですね…ご主人様の食べると少し違いますが、頂けます」
「そう…それじゃ、お土産に買ってくるから楽しみにしててね」
「はい! 楽しみに待っていますね!」
「それじゃ、行ってきます」
◆◆◆
ハァ…まさか、悪霊になってから、心がときめくなんて思いませんでした…霊体じゃ無ければ抱きしめられるのに…ちょっと残念ですね。
「行ってらっしゃい、ご主人様…えっ」
不味い、恐ろしい存在が近くに来ている…ご主人様
「ご主人様ぁぁぁぁぁぁー―――――っ」
ああっ…ご主人様に声が届かない、私は…屋敷から出られない…ハァハァ…よく考えたらご主人様には『邪神様』が宿っているのを忘れていました…問題なんて起こりませんね。
「私って本当にドジですね」
第49話 理人とコーネリア
人間が恐怖でおののき死んでいく。
我れは愉快じゃ…愉快じゃのう。
「コーネリア様、少しは自重なさいませ…」
「お前、我れに逆らうのか? 逆らうのなら元の死体に戻しても良いのじゃぞ!」
「解りました…」
「解れば良いのじゃ! 我れは死霊の女王コーネリア、我れを見た者は全て死ぬのじゃ!」
我れの姿は恐怖の象徴じゃ。
普通の人間であれば見た瞬間、心臓が止まり死ぬ。
考え方によっては見た瞬間に死ぬ程恐ろしいのじゃ…
恐怖を身に纏うのが魔族なら我れ程の存在は二人と居まい。
「もう、何も言いませんが…これは魔王様に逆らったととも取られかねません…」
我れは魔王様から旅立ちの許可を貰っておる。
誰も文句等言えんじゃろうが…
「魔王様から旅立ちの許可なら得ておろうが!」
「あの…死霊を大量に伴った行進…これは『旅立ち』じゃなくて侵略じゃないですか…」
確かにそうと言えるのう。
だが、これは憂さ晴らしじゃ…大体人間なんて薄汚く『本質』を見ぬ存在等…死滅してしまえば良いのじゃ。
魔王様が皆殺しにしない理由が解らぬのじゃが…
「まぁ、良い! 王国と揉めてはいけんらしいから…城の近くは迂回するから、それで良いじゃろう?」
「はぁ~もう何も言いませんが…数千単位を殺しながら歩くのは…」
「しつこい、文句言うな…これは我れにとっては、そう『散歩』じゃ」
「はいはい、散歩ですね…もう良いです、はい」
◆◆◆
「しかし、愉快じゃ、人間が我れやお前達を見た瞬間、恐怖で心臓が止まり死んでいく…のう」
「私は、まだコーネリア様程割り切れません、醜い自分の姿を晒すのは女として悲しい者があります」
「なぁに、魔族として心が変わっていけば、それが快感になる! 我れとて大昔はお前の様に醜さに悲しんだ、だが今となっては大量に人が殺せる嬉しい限りじゃ」
「コーネリア様は悲しく無いのですか?」
「死霊の女王の我れが悲しむわけなかろうが….この話はやめじゃ」
「…はい」
我れは悲しくない。
誰からも愛されなくても…
我れはもう少女等ではない…死霊の女王なのだからな。
◆◆◆
「おはようございます! 今日もいい天気ですね」
「はいおはよう!…なぬっ!」
なんなんじゃ此奴は…何故死なんのじゃ?
そうか…これが、例の『器』じゃな。
気配を消していたのか我れとした事が気が付かなかった。
「驚かれた表情、俺なにかやっちゃいましたか?」
『やっちゃいましたか?』じゃないだろう…
邪神様の器じゃから耐性があるのは解る。
だが『何故普通にしゃべれる』のじゃ。
我れ等は死霊じゃ…魔族の中でも悍ましいと言われる存在じゃ。
周りの死霊もさっきから困惑しておる。
「なぁ、お主は我れが気持ち悪くないのか? お前の目には我れはどの様に映っておるのじゃ?」
「う~ん」
考え込んでおるな…流石に…
なんじゃいきなり手を叩きおって。
「ララアさんと同じで姿を変えられるんだ、凄いね、そんなに小さいのに…周りの皆さんもそうなのですね…だけど無駄ですよ? 俺には本当の姿が見えているから」
「なっ、それじゃ我れがどう見えると言うのじゃ?」
「う~ん…綺麗な金髪の三つ編みで背が低くて、可愛らしい感じかな…あっ、そっちのお嬢さんは茶髪で髪の毛が長くて綺麗」
「私が綺麗…そんな」
「お前は黙っておるのじゃ…お主、我れがその様に見えるのか? 嘘は言っておら…おらぬよな…」
「ああっ、少しきつそうに見えるけど…うん可愛い…」
可愛い?
可愛い?
我れが可愛いじゃと…
「我れは、そんなに可愛いか?」
「自分から、可愛いと言うのは、ちょっと可笑しいけど、かなりの美少女? 12歳位に見えるけど…」
美少女?
我れが美少女…此奴目が腐っているのか…いや。
そんな目で我れを見ないでくれ。
なんじゃ、その優しそうな目は…
「そうか、お主はララアと知り合いなのじゃな…ララアは息災か?」
「ああっ指名依頼を受けて今はこの場所を離れているけど元気だよ」
「そうか…それなら良い! 引き止めて済まなかった…行ってくれ」
「それじゃ」
「我れはコーネリアじゃ」
「コーネリアちゃんね、それじゃあね!」
手を振ると器は行ってしまった。
「あっ」
「行ってしまいましたね」
「我れが『可愛い』と言われてしまった…なんなのじゃあれは…どうして良いか我れは…我れは解らん…あんな好意を向けられたら…あぁぁぁぁっ困るわい!」
「うふふっ、可愛らしく見えているみたいですから『お兄ちゃん』とでも呼んであげたら良いじゃないですか?」
「黙れ、殺すぞ!」
「うふふっ、ほうら『お兄ちゃん』って」
「ううっ、そんな恥ずかしい事は言えぬのじゃ」
「あら、そうですか? 呼んであげたら喜びそうなのに?」
「ううっ『お兄ちゃん』こうか?」
「案外コーネリア様…チョロいですね」
「うがぁぁぁー-貴様殺す」
「ちょっと止めて、下さい」
何故じゃ…何故人を殺す以上に…今が楽しく感じるのじゃ。
ララアの奴、サボっていちゃついていたに違いないわい。
合流して、殴ってやるのじゃ。
第50話 エリクサール争奪戦…序章
◆◆ララアSIDE◆◆
時は少し遡る
私の仕事は魔王軍の情報収集。
だから、色々な情報に聞き耳を立てている。
その日は情報屋から面白い情報が手に入った。
「勇者たちが聖教国で保護される…それは本当?」
「ああっ、間違いない」
「そうですか」
まぁ、今の私には関係ないですね。
「それで、もう一つ重要な情報があるんだが…怪我した勇者たちの治療にエリクサールが使われるらしいぜ」
「エリクサール…」
どんな病も怪我も治せて、たしか死んで直ぐなら蘇らせる事も出来る秘薬。
四肢欠損すら治す…究極の秘薬だ。
うん、これは…
「なかなかの話ね…はいこれ」
「金貨5枚か、なかなか太っ腹だな」
「まぁ…凄く重要な情報だからね」
「毎度あり~」
魔族側に無く、人間側にのみ存在する秘薬エリクサール。
その力は、全ての傷を癒す事が出来る…
そして『死んで直ぐなら生き返る』
私はこれを探していた。
存在することは知っていたけど、何処にあるかまでは解らなかった。
これさえあれば『理人さんは死なない』
ようやくある場所が特定できた。
『聖教国ホムラ』の恐らくは『中央教会』そこにある筈だ。
そうと決まれば貰いに行かなくちゃね。
私一人でもどうにかなるけど…約束だからエルザを持って…
最悪、教会の人間を皆殺しにすれば手に入るでしょう。
◆◆コーネリアSIDE◆◆
「ちぃと話がしたいんじゃが…」
「ああっあああー――っ 死霊の女王コーネリア…うぐっひくっうぐ…だけど…だけど…死んでもご主人様のこの家はミランダが守ります」
「いや、我れは家は壊さんぞ…それに死んでもと言うが、お前も我れも死んでおる」
「確かに…死んでましたね」
「馬鹿かお前は…我れが聞きたいのはララアが何故、此処を離れたか聞きたいのじゃ…態々、奥の女や器が居ない時と場所を選んだのじゃ、正直に答えるのじゃ」
来奴も死霊じゃ…
死霊は皆、我れには嘘はつけぬ。
「それが酷いんですよ! 私が此処から動けない事を良い事に…二人してご主人様へのプレゼントを用意するらしいです…確かエリクサールとかいう秘薬らしいです」
「成程のう…ララアが『器』の傍に居ないわけじゃ」
「そうなんですよ…私のけ者扱いされて…」
「良い、話しは解った…次からは『様』をつけるのじゃ…さらばじゃ」
「コーネリア様、私も仲間に入れて下さい」
「無理じゃな…お主地縛されておるから」
「うう、そんな酷い」
「地縛されてちゃ無理、諦めるしかない…今度こそさらばじゃ」
何か言いたそうなメイド?の幽霊を無視して我れは急ぎ歩いた。
◆◆◆
「まさか、コーネリア様…」
「ああっ目指すは聖教国じゃ」
「あの…魔王様…」
「我れは知らん『器』は本物で間違いなく邪神様クラスの存在を宿しておる…そういうフミを既に持たせ、魔国に向かわせた、これで義務は果たした…あとはララアに会って詳しく話を聞く…どこか間違っておるかのう?」
「確かに間違っていませんが、聖教国ホムラに向かうのですよね!」
「そうじゃ…」
「実はララア様より先にエリクサールを手に入れて…誰かにプレゼントとか考えていませんか?」
「べ別に、お兄ちゃんにプレゼント…我れはするつもりじゃが…あくまでララアに会うついでに聖教国がムカつくからちぃと脅して秘宝を奪うだけじゃ…反対するのかのう」
「あはははっご冗談を『私もそうしたいな』そう思っていました」
反対しないのは良い事じゃが…我れの操る死霊は全部女じゃ。
まさか…
「まさか、お前もか?」
「なんの事か解りませー-ん、ですが私達、死霊が美しく見える美少年…そんな人の為なら何かしてあげたい、そう思うのは当たり前じゃないですか? 別に正妻はコーネリア様で構いません…私達死霊の女の子でハーレムを作ってですね…」
「お前、そんな事を考えていたのか…駄目じゃ、駄目じゃ」
「え~、まさかコーネリア様、独占する気ですか!」
「そんな事より、今は先を急ぐのじゃ…ララアより先にエリクサールを手に入れないと意味が無いのじゃ」
「そうですね、急ぎましょう」
我れたちは聖教国に急ぎむかった。
第51話 危機は去っただが…
「その報告は本当ですか?」
「はい、姫様!」
まさか、オーガにすら勇者が勝てなかった。
そんな事があるのでしょうか?
聖女を除き、勇者パーティは全員が再起不能。
この世界は終わったのかも知れない。
実際には、そこ迄行かなくても、次の勇者が現れるまで、暗黒の時代が続きます。
これが恐らく『人類の黒歴史』の始まりである事は容易に解ります。
「それで、その後の勇者たちはどうなったのですか?」
生きているならこの国に戻ってくる筈です。
「それが、塔子様の指示で、聖教国ホムラに、聖教国側の馬車で向かっているとの事です」
何を勝手な事を…
まぁ良いでしょう。
オーガにすら勝てぬ勇者等抱えていても意味はありません。
聖教国が引き取るなら『責任ごと押し付ける』それでいいわ。
『戦わせない』そういう選択をするなら、一番欲しいのは聖女だわ。
「それで聖女である塔子はどうしているのですか? 今の話では勇者たちといっしょではなさそうですが…」
「こちらに戻ってきているようです」
「そう、解ったわ」
勇者輩出国の王女として活躍は出来ませんでしたが…これでもう幕引きですね。
私はお父様に経緯を報告した。
「ライアよ!今までご苦労であった、とりあえず今はゆっくり休むと良い」
言葉は優しいが、失望している。
そういう様子がありありと解った。
もう私には政治的な取引き材料の価値しかない。
だが、私の苦悩はこれで終わりじゃ無かったのです。
◆◆◆
「なんですって、あの死霊の女王コーネリアがこの城に向かって来ているのですか?」
「はっ、大量の死霊を引き連れてきています」
「終わりだ…この国はもう終わりだ」
「お父様落ち着いて下さい! まだ手はあります…もし向かってくるなら籠城戦を…」
よりによってコーネリアなんて…見た瞬間に殆どの者の心臓が止まる恐怖の象徴、もし倒す方法があるとするなら『目が見えない状態』で戦えば良いが、過去に戦った勇者が紙一重でようやく勝利を得た。
(勇者は加護がありコーネリアの即死を無効にできた)目の見える勇者と互角に戦うコーネリアに目が見えない者など、無力に過ぎない。
しかも、コーネリアは死霊の軍団の中心に要る。
事実上…倒し方が無い。
勇者の多くは…コーネリアにぶつからない様に戦ってきた。
お父様の言う通り…終わりかも知れません。
「それしかないのは解るが…こちらは人間だ、死霊は食料も要らないし、いつまでも攻め続けられる、時間稼ぎにしか過ぎぬ」
確かにその通りだ。
向こうは無限に戦える…そんな相手と戦えば、最後に負けるのは私達だ。
『勝てない』
せめて真面な勇者が居なければ勝機すらない。
「お父様…解っております、まずは報告を聞きましょう…今現在の被害は…」
「はっ!少なくとも万は下らないと思われます…数が多すぎて最早数えられません」
不味い…
最悪、その殺された者まで死霊にされたら…数の理も無理だ。
「最悪、門を閉めます…」
「そんな、民を見捨てるのですか…」
「見捨てたくはありません、城に入れるだけの者を入れて閉めるのです」
「それでも民の多くは」
私だって…見捨てたくはない…
「待て、その前に兵糧もそこ迄無いでは無いか…」
「ではお父様はどうしろと? 判断をお願い致します」
「…やはり籠城しかない」
まさか自分がこの国の最後の王族になるとは思いませんでした。
これでもう…
◆◆◆
そこ迄覚悟をしたのですが…
「コーネリアの軍団が…城を避けたのですか、それで?」
いったい何が起きたと言うのでしょうか…
あの死の軍団が…
「それが、斥候の話では、姫様が追い出した異世界人と接触…その後数を減らしていき、異世界人の家の傍に着いた時には死霊の数を数人に減らし…王国から離れていったそうです」
「一体何が起きたというのじゃ」
不味い、不味い…
この城を悪霊が避けたという事は『悪霊が避けるような結界を誰かが張った』という事ではないのですか?
あの追い出した異世界人はその後冒険者として活躍して『幸運の女神に愛された男』と呼ばれ、死の森で普通に狩りをしている。
最初の時に、魔物会わずに街にたどり着いたのも『聖』や『光』の力が弱まったのも、これなら説明がつきます。
あの追い出した異世界人こそが、この世界に真に必要な救世主だったのではないでしょうか?
強力な結界を張り、自分達の住む地域を守り…
自分の周りには更に強力な結界を張っていたから、死霊の数が家の傍に近づくにつれ減っていった。
何よりあのコーネリアと遭遇して死なかった、その力。
最低ラインで考えて『凄腕の結界師』
そして、もし最大で考えるなら…
勇者が破られた時、過去に1度だけ現れ世界を救った伝説の英雄。
女神から『聖』と『光』の加護を人智を超え与えられ魔王を倒し、邪神すら退けた伝説の存在。
その名は『女神の騎士』
これなら、勇者が弱く『聖』『光』の力が弱体化したのも解ります。
女神の騎士を使わすには女神はその力の多くを与える。
そういう伝説もあります。
あの理人こそが…女神の騎士だったのかも知れません。
「ライア、何か解らぬか」
「わ、解りません、調査致します」
この事はまだ話せません。
ですが…私は、あの異世界人にもう一度会う必要がある。
その事だけは解りました。
もし、私の想像通りなら…どんな事をしても城に戻って貰わなくてはいけません。
第52話 王女の憂鬱
本当に不味い事になったのかも知れない。
私は直ぐに、数人しか居ない天馬騎士(ペガサスナイト)に頼んで、理人や月子と仲が良かった美瑠子と和也を招集しました。
彼等二人にはしっかり異世界人として支援していますから、問題なく話せるはずです。
まだ、遠くに行ってなかったので、すぐに戻ってきたのですが…
「なんですって! 理人という少年には『異世界の女神』が宿っている可能性がある…そう言うのですか?」
「そうですよ! 最低でも天使クラスの実力はある『ナニカ』が宿っていますね? この世界の女神様には及ばないですが『下級神』すら恐れて逃げ出す位の実力はありますね…前の世界で私、いや私達が目視した中ではまさに最強の存在です」
「その様な存在がこの世界に来てくださったと言うのか?」
「お父様…」
「今は儂が話しておる! 詳しく話しをして下され」
ああっ、お父様の顔が歪まれた。
基本、余程の事が無い限り、自分では動かないお父様が、自分自ら話を聞く姿勢だ。
話を聞けば聞くほど…理人、いや理人様に宿っている存在は凄すぎた。
月子に宿っていた犬神という神すら退けたという話しを含み…まるで伝説に語られる様な事を平然と行っている。
聞く話が本当であれば…こんな凄い存在二人と居ない。
「それで美瑠子殿、もし勇者である大樹殿、もしくは指導騎士と比べたら、その宿っている女神様の力はどの位強いと思われる」
千…万、その位は…
「無礼を承知でいわせて頂いて良いかしら」
「構わぬ不問に致す」
「そんな、おもちゃみたいな存在と比べられるわけないですよ…大樹? 1万人居ても勝てないんじゃないですか? 騎士、ご冗談を…多分、この城に居る騎士全員、いえこの国にいる騎士が全員で戦っても多分無理なんじゃないですか…それ位に凄い存在ですね」
「貴方がいう事が本当なら魔王にすら勝てる…そう聞こえますが…」
「あの…ライア姫さま『私は神の力』について話しているのですよ? 魔王なんて存在は対比になりません。 私の考えでは月子についていた犬神にすら劣る存在です…もし、この世界で理人の中に眠る存在に勝てる存在が居るのだとしたら…それは女神イシュタル様とそれこそ、魔族の神である邪神だけです…最も、流石に世界を司っている二柱の神には勝てないと思いますが」
「本当にそうなのじゃな」
確かに突拍子もない話し…笑うのは簡単です。
ですが…今までの話しから考えるに、辻褄が合ってしまいます。
魔物や魔族に襲われない人間。
突如として去っていった四天王のコーネリア。
神託を降ろしてくれなくなったイシュタル様。
弱い勇者達に…突如弱くなった『聖』『光』の力。
…そこから考えだされる答えは。
『異世界の女神』を此処に送って下さったから…今は保護する必要が無い。
そうイシュタル様が判断した…だから神託すら要らない。
そう考えた可能性が高い。
女神の騎士なんて存在すら遥かに超える『女神を宿した存在』そんな存在がこの世界に来たのなら…人類側の勝利は確定。
最早『何もすることは無い』だから干渉しない…そういう事だわ。
「お父様…」
「ライア、何て事をしてくれたんだ…そんな存在を追い出してしまった、急ぎ手を打たないと取り返しがつかない事になる…こんな事が教皇様に知れたら」
「不味いです…すぐに支度金を渡して此処に招かなければ、最悪、私との婚姻も視野に入れて」
「お恐れながら幾ら支度金を用意するつもりですか?」
「この際ですから金貨1000枚(約1億円)用意します! 美瑠子殿に和也殿、ご足労かけますが…」
「全然足りませんよね、ねぇ和也」
「ああっ、その位の金額なら今の理人なら1~2週間で稼いでしまう、そもそも多分彼奴一生遊んで暮らせる位のお金を持ってそうだ、それに質素だから普段からお金は使わないから『要らない』と断りそうだ」
「ならライアはどうだ! 我が娘ながら王国一と名高い美姫だ、なんなら異世界人の憧れ、エルフの側室つきで…」
「お父様…そんな」
「失礼を承知で申し上げる…理人は凄い美形だぞ、女にモテる、まぁこの国の基準じゃ解らないがな」
ジョブが余りに酷いから顔を余り見ていませんでしたが…言われてみれば、そうかも知れません。
「令和の撃墜王理人…それが前の世界の理人のあだ名です…あの塔子すら振った位モテてますよ…まぁ怖い女神のコブ付きですけどね…それに」
「それにまだ何かあるのですか?」
「そんな理人が手元に置いている月子ですがライア姫様にはどの様に見えますか?」
月子…?
「余り、パッとしない感じに見えましたが」
「はい、その通りですね…クラスで真ん中の普通の子です」
「だったら…」
「まだ解りませんか? もしかしたら理人は『女性の外見』にそんな価値を求めないのかも知れません」
正直、もうどうして良いのか解りません。
「それでは、どうすれば良いのだ」
「理人はあれで温情深い人間ですから謝れば良いかと思います」
「まぁな…彼奴は優しいからきっと謝れば許してくれる…そう思うな」
「この度は世話になった…もう下がって良いぞ」
「「はっ」」
◆◆◆
「お父様…」
「何をしている! 今すぐ馬車を出させろ!」
「お父様、一体何を」
「謝罪は早い方が良い…今から一緒に謝りに行こう」
「王であるお父様が頭を下げるのですか?」
「良いから行くぞ…取返しが付かなくなる前に行動、それしかあるまい」
こうして私は…再び異世界人、理人に会いに行く事になりました。
第53話 聖教国の悲劇
まさか、こんな事になるなんて思わなかった。
この国の最後の教皇に私がなるのかも知れない。
「教皇様、魔族の四天王の一人…死霊の女王コーネリアが死霊を率いてこちらに向かってきています」
「数は?」
死霊の怖いのはその数です…死霊の女王コーネリアの死の軍勢は…見た者は瞬時に死に…その死んだ者はその軍勢に加わる、最悪の軍勢…女限定ではある物の死んだ者は全てコーネリアの者になる。
そればかりじゃなく、恨みを持っていた者の魂もまた遺体から抜け出し軍勢に加わる。
ある意味、最悪の軍勢です。
「数万を超えて向かってきています」
「勇者、勇者達がこちらに来るのは、いつになりますか?」
「どう急いでも1週間以上はかかりそうです」
これじゃエリクサールを使って勇者達を治療して戦って貰う。
それすら出来ない。
何でこうなった。
魔王は『死霊を攻撃で使わない』そういう矜持があった筈だ。
それを使えば『最後はこの世界は死霊だらけになる』死んだ者が全て死霊になり人類の敵になるなら…人類の勝利は無い。
ある意味、最低最悪の兵器…それが『死霊』だ。
だが、今まで魔族側が死霊を攻撃に使ったことは無い。
魔王城の防御…それ以外でコーネリアが軍を使ったことは無い。
『使わない』そう思っていたのは…人類の間違いだったのか?
「この国はもうじき終わる…『聖』と『光』の力が弱まり、結界に亀裂が入った今、もう防ぐ手段は無い…終わりだ…聖教国ホムラがこれから終わる」
教皇であるロディマス三世は死を受け入れるしか無かった。
◆◆◆
「人がゴミのようじゃのう…愉快じゃ、愉快じゃ」
「コーネリア様も健気ですね~ ララア様を先回りするために、空竜の死霊まで使うなんて」
「当たり前じゃ! 我れがエリクサールを手に入れて『お兄ちゃん』に頭を…違う! 大切な新たな邪神様の器の為なのじゃ」
「はいはい…恋愛の為に大量に人を殺しまくるコーネリア様も素敵ですね!」
「違う! 大体、メアリーこの間から、我れへの口の利き方はなんなのじゃ…」
「コーネリア様、これが私の素ですよ! この間、理人様に出会ってから何故か体の調子が良いんですよね…これも愛なんですかね? 死霊になり果てた私を…死霊ですが素直に…」
もう良い…
これが『愛』なのか?
ようわからんが、あの理人の為なら『人なんて何人死んでも良い』そう思えるのじゃ。
難儀な物じゃな。
「何となく我れも解るからもう良いのじゃ」
力を抑えずに空竜から降りてから行進してきたからもうこの軍団は10万を超える…これだけ居れば一国を落とすのも容易いわい。
「それでコーネリア様、何故ここ迄の死霊を集めたのですか?」
「それはこれから聖教国を攻める為なのじゃ」
「あの…コーネリア様、基本的に我々には剣も通じませんし、魔法も『聖』と『光』しか通じません…それなのに10万超え、皆殺しにでもするつもりですか?」
「そうなのじゃ」
「あの…私はもう何も言いません…シリアルキラーと言われた殺人鬼の私ですが…」
「それでは、早速結界を…結界が無いのじゃ…何かの罠かのう」
「さぁ…ですがこの数の死霊を入れて得になることは無いと思いますが…」
なんなのじゃ、結界が無いなんて可笑しいのじゃ。
「まぁ良い、門を破ったら2000人は我れと来るのじゃ…他はこの聖都をせん滅するのじゃ」
《真面に…そんな事を、死霊を使って国を亡ぼすのは『卑怯』とされ過去の魔王様も誰一人しませんでした…ある意味チートとも言える卑怯な方法な筈です》
「あの…一つ聞いても良いでしょうか?」
「なんじゃ?」
「コーネリア様のその力、魔王様はおろか…神にすら近い、そう思えるのですが? 死んでしまえば、それが勇者であってもコーネリア様の物ですよね」
「そうじゃな! 男は我れを化け物を見る目で死んでからも見るから嫌いじゃから死霊にせんが、死ねば魔王様でも我れの者じゃ…まぁ死んだ魔王等数少ないがのぉ」
「それ、聞こえ方によっては『冥界の支配者』に近く思えるのですが」
「なんじゃ…そんな事か? そうじゃよ…まぁ転生者が語る神話のパーデスとかに我れは近いのかのぉ」
「それハーデスですよ…それが何で魔王様に従っているのですか?」
《なんですか? きょとんとして》
「したがっておらぬ、我れは自由にしておる…魔王様と言っておるが我れに本気で文句なんて言わぬよ」
「はぁ~なら何で」
「世界を支配するなんてメンドクサイのじゃ…それだけじゃ」
「あの…それじゃ…理人の中に居る邪神様より…」
「あれには絶対に勝てんのじゃ」
《冥界の支配者…なのにですか》
「なぜです」
「我が、そう星を支配する位の力じゃとしたら、あれは宇宙規模をどうにかしかねない恐ろしい存在じゃ」
「そこ迄の存在なのですか…」
「正直言えば、魔王様が仕える邪神なら、我れは戦えるかもしれんが、あれは別物じゃ…あっ我れは魔王様も邪神様も好きだから謀反は起こさんよ」
「そうですか…では『お兄ちゃん』とどっちが好きなのですかね?」
「お前!…また我れを馬鹿にしてるのか?…『おにい…ちゃんじゃ』」
「はぁ~それじゃさっさと国滅ぼして、エリクサールを分捕りますか」
「そうじゃな」
コーネリア達が攻めつつづけて数時間…女神の国、聖教国ホムラは壊滅して事実上『死霊の国』になった。
第54話 エリクサールは我れの手に
「これがエリクサールです…こここコーネリア様」
「大儀であった…そして…もう死んでよいぞ」
男は死霊になっても我れを怖がり続けるから嫌いじゃ。
もしエリクサールの話が無ければ…死霊になんてせんな。
しかし、何故…此処迄弱体化しておるんじゃ。
教皇をまさか死霊に出来るとは思わなんだ。
この国は我れにとっては苦手な『聖』と『光』の魔法にたけた国の筈じゃ。
それが本当に脆すぎる。
これでは、この国を亡ぼす為に10万もの数の死霊を用意した我れがバカみたいじゃ。
「コーネリア様、随分の簡単に終わっちゃいましたね」
「うむ、正直言えば拍子抜けなのじゃ」
「それで、コーネリア様、この国どうするんですか? もう人間は一人も居ないですよ」
「そうじゃな…どうしようか?」
「何も考えて無かったんですね」
「うむ、エリクサールさえ手に入ればそれで良いのじゃ…まぁ6本も手に入ったから恩の字なのじゃ」
「それで、この国どうするんですか?」
「メアリー此処の女王になって国を治めてんみんか?」
「嫌です! そんな事したら、理人さんに会えなくなるじゃないですか?」
「うぬぬ、メアリー我れに逆らうのか?」
「そう言う死霊にしたのはコーネリア様じゃないですか?」
「確かにそうじゃが…」
普通の死霊では我れの言う事を聞くイエスマンじゃった。
だから、自我を残したらこうなってしまったのじゃ。
「まぁまぁ、心の奥底では忠誠を誓っているのだから良いじゃないですか?」
「まぁ、そうじゃな…」
結局、女勇者セローの死霊と女魔王ザンクの死霊に此処の統治を任せる事にした。
しかし、何じゃ一国を任してやったのに嫌な顔するなんて…
「まぁ取り返されても痛くもなんとも無いからどうでも良いのじゃ」
「何処の馬鹿が、死霊しか住んでない国取り戻すんですかね? いっその事、此処にこのまま住んでコーネリア国とか名乗って遊んでいれば良いんじゃないですか?」
それは楽ちんじゃな。
「メアリー、それもありかも知れぬな…お兄ちゃん、器も喜ぶかな」
「はぁ~確かに彼の目から見たらハーレムですね…20万人位の、ですが…1日に4人相手したとして次に会うのは5万日後、コーネリア様が1度お会いして次に会うのは約136年後になりますね」
「それは駄目じゃ…無しじゃ、もうこの国は放置じゃな」
「そうですね」
◆◆◆
「うっコーネリア…」
「遅かったのお、ララア! こんな所で何をしておるのじゃ?」
「まさか、知っていて先回りしたんですか?汚い」
「ララア、言葉に気をつかうんじゃ、我は四天王でお前より序列は上じゃよ?」
「くっ、コーネリア様…」
「まぁ良い、まさか四天王にお主があんな美形とイチャイチャしていたとはのう…職務放棄か」
「はぁ~まだこれからですよ…折角エリクサールを手に入れて」
「悔しいか? 悔しいのぉ~ これで『お兄ちゃん』の心は我れのものじゃ」
「コーネリア様…お兄ちゃんってなに?」
「うっ…我れは」
「それはですね、コーネリア様が死霊になって可愛いと言われてですね」
「メアリー黙れ」
「なんだコーネリア様も同じじゃないですか?可愛いですね『お兄ちゃん』なんて、自分が何歳だと思っているんですか?」
「黙れ、我れは永遠のティーンじゃ」
「ふん…千年以上生きているロリババアの癖に」
「ララアなんて、全身整形女じゃ」
「そんな事ないですよ…理人さんは私の本当の姿を知って綺麗だって言ってくれましたから」
「ハァハァもう良いのじゃ…兎に角、我れの勝利じゃ」
「そうですか…悔しく無いですよ! 私は理人さんが無事ならそれで良いんです…誰が使っても理人さんが死なないのならそれで良いんです」
「そうか、そうか、まぁ颯爽とその時になってお兄ちゃんを治療する我れを見て悔しがるが良いのじゃ」
「まぁ良いですよ…それでこの国、どうしたんですか?」
「それがコーネリア様が…」
「滅ぼしたんですか? コーネリア様、貴方馬鹿ですか?」
「コーネリア様が馬鹿なのは当たり前じゃないですか?」
「メアリーお前…」
「だって正面から国に戦争するなんて馬鹿じゃなくちゃ脳筋ですよ」
「もう、良い帰る」
◆◆◆
私事ララアは思いました。
また魔王様、頭抱えるんだろうなって…
なんだか勇者よりコーネリアの方が魔王様を悩ませている気がするのは私だけでですかね。
第54話 もう二度と関わりません。
『此処は、ご主人様の屋敷です…立ち去らないなら殺しますよ…』
「ドラド王に姫様、撤退です撤退…この死霊は不味いです、私じゃ手に負えません」
宮廷魔術師が音を上げていますが私が逃げるわけには行けません。
体は震え、立つのもやっとですが…それでも引く訳にはいかないのです。
『女神を宿す存在』そんな者を諦めるわけにはいきません。
「私はこの国の王女ライア、後ろに居るのはドラド王です…貴方の言うご主人様に用事があってまいりました…どうにか会わせて頂けないでしょうか?」
『たかだか人間の王や王女が…ご主人様になんのよう?』
「それは私が話そう…我が城に理人殿を迎え入れたいのじゃ」
『城へ迎え入れる…そんな事されたら、私がご主人様に会えなくなるじゃない? もう、貴方達は死ぬしかないわ…あははははっ、皆さん、この方たちは全員敵です…姿を現して下さい』
「なっ何をするのじゃ」
「そんな」
『うふふふッ私はねぇ、これでも慈悲深いの、会ってすぐに殺したりしないわ…脅したり祟って…それでも退かない相手のみ、殺すの…だけど…この屋敷から理人さんを連れて行くっていうのはいただけないな…貴方達は私の逆鱗に触れたのよ…コーネリア様がね、もしもの時に沢山、死霊を置いていってくださったのよ、うふふふふふっあははははははははははっ』
知らないうちに無数の死霊に私たちは囲まれていました。
『うふふふあはははははっ』
死霊を見た者は1人1人と死んでいきます。
宮廷魔術師が結界を張りどうにか抵抗して守ろうとしてくれていたが…
それももう何時迄持つか解らない。
「お父様――――っ」
「ライア…」
「助けてー-っ、ねぇもう此処には二度と来ない、約束する、約束するからー――っ」
『そう…その約束違えない事ね…今後二度と理人さんに関わらないでね、うふふふふふふっ助けてあげるわ、但し、裏切らない様に呪いを掛けさせて貰うわ、貴方とその父親にね…』
「きゃぁぁぁぁー-顔が熱い、熱いわー-っ」
「あああっああー――っ儂の儂の顔が」
『うふふふっ、大丈夫よ…裏切らない限り何も起きない…だけどもし裏切れば、一度目で顔が半分溶けるのよ…2回目で手足が抜け落ちて3回目で死が訪れるわ…あははははははっ…それじゃその辺りの死体をかたずけてこの場から消えなさいな』
私は生き残った兵士と共に死体を馬車に詰めました。
この場所にもう私達は二度と来ることはありません。
もう、あの異世界人には二度と関わる気はありません。
『死にたくはありませんから』
あの死霊の女のいう『裏切ったら』その意味は解りませんが…
関わらなければきっと大丈夫ですよね…
第55話 遭遇
ハァハァこんな場所には一時でも居たくありません。
私は逃げ帰るように急ぎ馬車を走らせました。
「早く、早く城へ急ぐのです」
「はっ、私だって此処には居たくありません…急いでおります」
「そう…」
ですが、運命とは皮肉な物ですね…
こんな時に限って会ってしまいました。
さっき迄は会いたくて仕方なくて…今は会いたくない相手
理人殿です。
「こんなに急いでどうかされたのですか?」
「おおっ、理人殿、息災で何よりです、実は貴方の館に今しがた行ってきたのです」
流石はお父様、こんな状態でもお話をするなんて、私は足が震えて話せません。
「はい? それでどういったご用件でしょうか? 俺は城を追い出された身です…お互いに用はない筈です」
なんと不敬な。
王であるお父様相手に跪いなんて…
ですが、先程の恐怖からか誰もそれを言いません。
あの死霊は『ご主人様』そう理人殿を呼びました。
怒らせてあの死霊が出てきたらと思うと恐怖しかありません。
「それが事情が変わりましてな…出来たら…あっ」
お父様も今気が付いた筈です『城に戻って欲しい』それを言ったら呪いが発動して死ぬかも知れません。
「どうかされましたか?」
「あっそれが…そうだお前が説明しろ!」
「はっ…理人殿には城に戻って欲しいのだ」
これなら大丈夫なはずです。
呪いに掛かっているのは私とお父様だけなのですから。
「はぁ~要件はそれだけですか? 帰りたくない…俺は兎も角、女の子である月子も追い出し、危ない場所なのに武器すら渡さなかった…俺たちを助けなかった、いや殺そうとした相手のいる場所に何故帰らなくちゃならないんだ」
「ですが…解りました、もし戻ってくれるなら爵位も屋敷も思うが儘です」
「馬鹿にしているのですか? 王女も王も口を噤みなんで貴方が話すのです」
「それは…」
「わしらは直接話せない訳があるのです」
「待って下さい、私たちは貴方達に生きて行けるようにお金を渡しました、武器を渡さなかったのは部下のミスです。私はちゃんと剣を渡すように言ったのです…ですがそれは私のミスです、ごめんなさい…」
「お金か…そらよ」
「これはなんですか?」
「あんたらがくれたのは2人合わせて金貨6枚…そこには12枚の金貨が入っている…これで良いだろう、それじゃあな」
「待て、だが貴殿も国民でもある、王や王女の命令を聞く義務があるはずだ」
「そうか、ならこの国から出て行く、それで満足か?」
「待って下さい」
「ふわぁ~あ、何ですか俺眠いから早く…」
何ですかこの男…私たちの前で眠ってしまいました。
◆◆◆
あの目…見ているだけで腹が立つわね。
私が眠っていたら、何これ…魔族も死霊も居ないじゃない。
彼奴らは…理人をそう…私を見る人間の様な目で見て…許せない。
だけど…揉めて良いのかしら…
仕方ないから、この馬鹿女の皮でも着て文句でも言ってやれば消えるかしら?
◆◆◆
『我が名はイシュタル…我の僕を追い出した癖に今更なんのようですか』
「あっあわわわわっイシュタル様―――っ」
「そんな…」
やはり大変な事になっていた。
考えられる最悪の事態…他の女神でなく、まさか理人殿の中で眠っていたのがよりによってイシュタル様だなんて…
「あの、聞いた話では、眠っているのは別世界の女神様だと聞きましたが…」
《不味いわね》
『その方は今天界で眠っているわ…私は貴方達を試したのです…もし何の力も無い人間を送りこんだらどんな対応をするのかを…』
「ですが、流石に…能力のない者を厚遇する事は出来ません」
『ならば聞きます、女神である私から見たら、人間等無能の集まり、貴方の理屈なら私は貴方達を見捨てて良い…そういう事になります』
「それは…その」
『言い訳は聞きません…弱い者を見捨てる人間等、私は助ける気になりません、暫くはこの世界への干渉を止めます…ですがこの人間の体の中に宿り様子を見させて貰います…貴方達の干渉は許しません…今後理人に関わる事は許しません』
「そんな、それでは私達の判断の間違いが、こんな事になった原因ですか?」
『判断ではありません愛の無さです』
「それでは私たちはどうすれば良いのでしょうか?」
『誰かがもし理人を幸せにするなら、その時は再び私は降臨するでしょう…もし理人が不幸になるなら、その時はこの世界が終わります』
「待って下さい、それなら私が、傍に居て理人殿を」
『あなた方には、挑戦の資格はありません、理人に私が宿っている、それを知った人間が理人を不幸にするわけがありませんから』
「そんな…それじゃ」
『二度と理人と関わる事は許しません…さぁさっさと立ち去りなさい、そして二度とこの場所に来てはいけません』
「はい」
そんな、この世界から『聖』と『光』が弱まった原因は私だったの?
私は…私は、だめだ立ってすらいられない。
第57話 責任と別れ
「済まない…ライアお前の王族の権利をはく奪させて貰う」
お父様が珍しく動揺しています。
あんな事があったのだから仕方ありませんが…それにしても王族はく奪…そんな事は可笑しすぎます。
「あの…お父様、何かの間違いでは無いですか?…私は」
「さっき、聖教国が…四天王コーネリアの軍勢によって滅ぼされ、今や死霊の国とかしている、そういう報告が上がってきた」
「お父様、それは…」
「強力な結界もいつの間にか無くなり…真面に戦うことなく滅ぼされたそうじゃ」
そんな…それが本当なら、それは私のせい…
「それじゃ…」
「責めはせん…お前なんかより遥かに悪人は幾らでも居る…儂個人じゃ、なんでこんな世界が掛かった試練をお前に課したのか女神を恨みたい位じゃ…だがな、帝国が『聖教国が滅んだわけ』を調査している、その原因がお前と解ったら…もうおしまいだ、だからこそライアという姫は亡くなった事にしなければならない、それしかお前を救う方法が思いつかないのじゃ」
「それで、お父様…私はどうなるのですか?」
「最果ての国ドナハの国王は儂の友人じゃ、あそこは不便な国じゃが魔王とは無縁の土地じゃ…子供が生まれない王は養子を探していた、お前は女じゃが、かなり気に入られていてな、養女にと打診したらOKを貰ったのじゃ…此処を出たらもうライアじゃない…クリスという一人の貴族の娘としてそこへ向かうのじゃ、心配することは無い、そこからはもうライアの人生じゃなくなるドナハの王の養女として生涯を生きていくのじゃ」
「お父様…」
「ライア、我が娘よ、例えこれが生涯の別れで二度と会えない、それでも儂はお前の幸せを死ぬまで祈っておるよ」
「お父様…」
「さぁ行くが良い…少しでも早くこの国を出た方が安全じゃ」
「お父様…親孝行も出来ず、申し訳ございません」
「良いのじゃ、達者で暮らすのじゃぞ」
「はい」
私は『ただ立ち去る』それ以外に選べる道は無かった。
第58話 塔子襲来
さてと、これで完璧ですわね。
大樹達は今頃聖教国に着くでしょうし、あの分じゃもう戦えませんから…自由ですわ。
目指すは勿論、理人様の場所です。
大体、私が遊びで告白したなんて心外ですわよ…私は本気ですわ。
だって彼こそがおじい様の言っていた『パンドラの箱』かも知れませんのに。
私の見立てではおじい様の言っていた三千世界を変える力、それを持つ可能性があるのですからね…
さてと聖女の権限を使って情報を集め、馬車や飛竜便を使ってきましたが…
まさか此処に居るなんて思いませんでしたわ。
まさか未だに城から一番近い街に居られるなんて…
◆◆◆
「此処ですのね?」
「はい、あそこです、それでは私はこれで…」
「なんで此処で帰ろうとしていますの」
「いや、この家は曰く付きで…怖いんですよ、聖女様なら大丈夫かも知れないですが…これで」
何ででしょうか?
こんな離れた所で置いていってしまいましたわ。
『立ち去れ~この敷地から』
「あら幽霊ですの? 珍しいですわね? それで?」
『此処は、ご主人様の大切な場所立ち去らないなら殺す』
「殺すですってふざけてますわね? 私はそのご主人様のお客かも知れないって何故考えないのです? ねぇ失礼じゃなくて? 私は客ですよ…お客様…」
『…』
「なんで黙りますの?」
まさか異世界に来てまで魔族じゃなくて幽霊に出会うなんて。
これも、家の実家、白銀家のせいですわね…ハァ~
「あれ、塔子さん、何でこんな所に居るの?」
「げっ月子ですわね、まさか貴方、理人様と暮らしてますの?」
「うん、そうだよ? 毎日ラブラブなんだから~」
嘘ですわね。
「嘘ですわね! 目が泳いでますわよ…付き合いが長いんですから、その位解りましてよ」
「うん、今は違うよ! だけど同じ家で寝起きしているんだから、そのうち愛が芽生えて」
「そこの使用人、これは本当の事ですの?」
『違いますよ~ 理人様の本命は私ですから~』
「ふん、年増ババアを理人様が好きになるわけないですわ…まぁ月子と恋人で無いのは解りましたわ」
「あの塔子ちゃん、誰と話しているの?」
「此処にいる使用人の霊ですわ、貴方見えませんの?」
「あっミランダさん、今そこに居るんだ」
「そういえば、貴方…」
「まぁ心霊能力ゼロだもん、王子様の理人くんが犬神を払っちゃったから」
「そうですわね」
「だけど、良く塔子ちゃんは私や美瑠子ちゃんの話し、信じるよね」
「騙してませんわよね」
「勿論」
「まぁ、その事は内緒ですわ」
「白銀家の秘密だっけ」
「そうですわ」
「それで、塔子ちゃんは何しに此処にきたのか?」
「それは勿論、理人様と此処に住む為ですわ」
「塔子ちゃんちょっと待ってて」
「どうしましたの?」
館に入っていきましたわね。
「これでも食らえー-っえい」
「ぺぺっしょっぱいですわ…何しますの?」
「いや、塩掛けたら帰るかなって思って」
「あんたね…」
「冗談だよ…まぁお茶でも入れるから入って」
「お邪魔しますわ」
◆◆◆
「懐かしいなぁ」
「そうですの? 貴方は随分変わりましたわね」
「そうかな?」
「貴方は随分明るくなりましたわ」
「そうかな、照れちゃうよ」
「その分馬鹿になった気もしますわよ」
「あはははっ塔子ちゃん…嫌い」
「まぁ、冗談はこの位にしまして、私が本気で此処に住みたいって言ったらどうしますか?」
「どうもしないよ? それは理人くんが決める事だもん」
「相変わらず理人様任せの生活ですのね」
「うん、だって私は理人くんが居なければ死んでいたんだもん、凄い感謝してるの、だから残りの人生すべては理人くんが楽しめるように傍にいるつもり…まぁ実際は傍にいるだけで役立たずなんだけどね」
「随分と羨ましいポジションですわね、だけど羨ましいですわ、理人様が唯一傍に置いている女の子なのですから…なんなら白銀家当主と交換しませんか?」
「嫌です! それにこの世界に白銀家なんてないじゃない?」
「確かに」
「全くもう、それで前から聞きたかったんだけど塔子ちゃんって何者? 昔から…その私や美瑠子ちゃんと普通に接してくれていたよね」
「白銀塔子…それ以上は内緒ですわ」
「あはははっ、そう言うと思った」
私は久々に会った月子と馬鹿な話をしながら理人様の帰りを待ちましたわ。
第59話 勇者達 この世界に希望は無い(とある騎士の憂鬱)
「聖教国は滅んでしまったのか」
「はい、隊長、コーネリアに滅ぼされ、最早死霊の国となっています」
不味いな、勇者を輸送中だとばれてしまったのか…
怪我した勇者の治療に聖教国に向かう、普通に考えたら魔族だって手をうつだろう…
まさか国ごと滅ぼされるとは思わなかったが…
不味いな、このまま王国に帰っても道中待ち伏せされ襲われる可能性がある。
国を亡ぼすような戦力…この人数じゃ手に負えない。
勇者様が万全でない今…逃げるしかない。
では『何処に逃げる』…
「一体どうしたって言うんだ」
「それが勇者様、聖教国ホムラが、魔族に滅ぼされました」
「冗談だろう!」
「冗談ではありません」
「それじゃ一体どうするんだよ!」
「何処に逃げたら良いんだよ」
「大樹も大河も落ち着いて、こういう時には冷静に」
「じゃあ聖人にはどうしたら良いのか解るのかよ」
「うん、というかもう行き場所は一か所しかないでしょう…ねえ騎士さん」
「そうですね…もう帝国に行くしか無いと思います」
「ほらね」
「それじゃ、そこにお願いする」
「ああっ解りました」
もう、これで世の中は終わりかも知れないな。
聖教国にあるエリクサール、それがあれば勇者様達は『復活』できる。
だが、聖教国がこうなった今、もう終わりだ。
勇者の復活が見込めず…魔族は活性化している。
そして、今の魔王は『死霊』すら使う冷酷な魔王だ。
これは人類にとって未曾有の危機の筈だ。
『死霊を見た者は死に…そして死霊になる』
何故かコーネリアは女性を好み男は死霊にせず死ぬようにしているが…聖教国にいる死霊が外に出始めれば鼠算の様に増えていく。
そしていつかは人類は居なくなり、全ての人間は死霊になる。
もう既に魔族との戦いは決着がついたのかも知れない。
この世界を救う筈の勇者。
それがオーガにすら勝てなかった。
しかも、その怪我を治す為の秘薬も恐らくは無いかも知れない。
この世界に最早希望は無い、絶望ばかりだ。
それでも俺たちは希望を求め、勇者を運んでいく。
奇跡を信じて。
第60話 月子とミランダ
「あれ、塔子さんもしかして月子の所に遊びに来たの?」
塔子は勇者パーティで聖女、こんな所に居ていいのか?
「それも少しありますが、一番の目的は理人様と一緒に此処で暮らしたい、それがメインですわ」
「此処で暮らしたいの? だけど、場合によっては此処を出て行こうかと思って、月子に相談しようと思っていたんだ」
『ご主人様駄目です、此処から出て行かないで下さい』
「ミランダさん…そうかミランダさんは此処から移動がしづらいんだよな」
「えーとミランダさん、そこに居るんだ」
「ええっ居ますわ」
「そうか月子には見えないんだっけ」
「うん、そうんだけど? まずどうして此処から出て行くなんて考えているの?」
「いや、途中から覚えていないんだけど、王様とお姫様が城に戻って来いって言うんだ…俺は正直戻りたくない」
「そうだよね、人を馬鹿にするのも程があるよ」
「だから、ララアさんが戻ったら出ていく事を考えようと思っていたんだが、月子はどう思う?」
「私は理人くんに任せるよ」
「そう、解った…ただ困った事にミランダさんが、この屋敷から離れられないらしんだ」
『そうですよ…別れたくないんです、何があっても守りますから此処に居て下さい』
「え~とミランダさんはそこに居るのよね…試したい事があるからついてきてくれる」
『なんでしょうか?』
「何か考えがあるみたいだから月子に付き合ってやって欲しい」
『解りました』
二人はそのままドアを開けて出て行った。
「それで塔子さん、俺たちもしかしたら出て行くから、もし、そうなったらこの家あげようか?」
「違います、私は大好きな理人様と一緒に暮らしたいのですわ」
「あのさぁ、前の世界からずっと言っているけど良く飽きないね…余りそういう冗談は好きじゃないんだ、揶揄われてばかり嫌な思いでばかりなんだ」
「私は本気でしてよ!」
大体、クラスで人気者の塔子さんが俺を好きになるわけがない。
嫌いではないけど、こういう冗談は俺は嫌いだ。
「本気だと言うなら、塔子さんは俺の何処が好きなんだ、3つで良いから上げて見て!」
「それは解りませんわ…そうDNA、DNAが惹かれているのですわ」
はぁ~やはりいたずらだな。
大体、月子一人が傍に居てくれるのだって有難い位だ。
まぁララアさんやコーネリアちゃんは仲間だろう。
何となく女性ばかりだが、誤解しちゃ不味いな。
「ほら、言えない…別に良いよ、数少ない月子の友達だし、仲良くして貰っている事には変わらないから、それで塔子さんは勇者パーティだろう? 大樹達と一緒じゃなくて良いの?」
「それだけど…」
勇者パーティが全滅、この世界は不味いんじゃないか。
オーガにすら歯が立たないなんて、まるで無理ゲーの世界だ。
ギルドで聞いた噂では魔王以外にも四天王のコーネリアっていう恐ろしい奴が居て、国が一つ滅んだと聞く。
万の軍勢を従える死霊の女王…魔王以外にもそんな恐ろしい奴が居る
この世界は本当に恐ろしく感じる。
「確かに女の子1人じゃ心もとないし、危ないな、行く所がないなら、一緒に居ても構わない…まぁ俺も月子も戦力外だけどな」
「その割には立派な家に住んでますわね」
「ああっ、採取専門で頑張っているんだ、不思議な事に魔物に襲われないんだよな、目が合うと何時も逃げていく」
「本当ですの?」
「ああっおかげで助かっているよ…ただ熊には偶に襲われるけどね」
《そんな事ってありますの?…やはり本当に理人様こそがおじい様のいうパンドラの箱なのかもしれませんわ、その箱が開くとき三千世界が変わるという…魔物すら避ける、何かがあるのかも知れません》
「凄いですわね…」
「ああっ、案外魔物も人間を恐れていて警戒していのかもな」
「確かにそうかも知れませんわね」
《絶対にそんな事はありませんわ》
◆◆◆
「ミランダさん、私の声が聞こえていたら聞いて欲しいの」
『聞こえていますが私の声は聞こえないのですよね』
「私はこの世界に来る前は、犬神憑き…まぁ下級な神の一種に憑りつかれていたのよ…それで提案なんだけど…私に憑りついてみない? 私、なにかあった時に理人くんを助ける力が欲しいの…私に憑りつけば貴方だって移動出来て助かるんじゃない」
そうか…この子に大して嫌な気分が無かったのは『憑かれやすい』からだったのかも知れません。
憑りつくと言うのは相性が合えば良い事もあります。
挑戦位はしても良いのかも知れませんね。
どうせ聞こえてないでしょうが…
『良いでしょう、その提案にのりますよ』
私はそのまま月子に憑りつきました。
『うそ…相性が合うみたいです…快適です』
『ミランダさんってそういう声なんですね』
『貴方と私はどうやら相性に問題は無いみたいですね、共存という形で良いと思います』
『ええっ』
『それじゃ離れますね』
『うん』
『これでもう』
「へぇ~ミランダさんって、そんなに綺麗な人だったんだ」
『えっ見えるんですか?』
「さっき憑いて貰ったせいか見えるし話せるみたい」
『良かった、これならもう家からも出られます…あっその代り月子さんの傍に居ないと不味いみたいですね…芯が繋がってしまったみたいです』
「まさか、お風呂やトイレまでとは…」
『それは大丈夫ですよ、大体100メートル以内が範囲だと思います』
「それじゃ問題ないね…それじゃこれからお願いしますねミランダさん」
『こちらこそ宜しくお願いします』
まさか自分から憑りついて欲しいなんて言われると思いませんでした。
お互いWINWINみたいな関係みたいだから良いですよね。
第61話 塔子の正体
「ただいま~理人さん」
「ただいまなのじゃ…お兄ちゃん」
「ただいま帰りました理人殿」
三人が帰ってきた。
うん…あれ
「コーネリアちゃん達はどうしたの?ついお帰りなさいって言っちゃったけど…」
「お兄ちゃん、我れはララアの仕事のパートナーなのじゃ、それで折角だから合流する事にしたのじゃ」
「それって此処に住みたいという事? 気持ち的には問題ないけど部屋数が流石に足りなくなりそうだし…実は此処を出て行こうかとも考えていたんだ」
「此処に住まわせて貰えるなら、増改築のお金はコーネリア様が出しますよ…出て行かれるならご一緒させて頂かせて貰って構いませんか?」
「ええっ別に構いませんが…コーネリアちゃんって良い所のお嬢様なんじゃないんですか? 何か訳ありですか?」
「我れがお嬢様…」
「はい、訳ありです、コーネリアお嬢様…そうです…女性二人で旅するより大人数の方が安心できますから」
「ぷぷっコーネリアが何を恐れて…あはあはっ」
「ララア、何故笑っているのだ! 殺すぞ…あっお兄ちゃんこれは冗談じゃ」
「ひぃ…お許しを…な~んだ、うんうん」
「ララア、お兄ちゃんが居なくなったら覚えておけ」
「それじゃ、私穴でも掘っておきますか?」
「そうじゃな」
「ごごめんなさい…」
本当に仲が良くて羨ましいな。
美女と美少女が戯れているのって凄く絵になるなぁ。
「どうしたのじゃ? お兄ちゃん、こっちをみて」
「いや、ララアさんとコーネリアちゃんを見てまるで姉妹みたいで可愛いなと思って…」
「そうか? まぁ我らは仲良しじゃな、ララア」
「はい…そうですよ仲良しなんです」
「誰かお客様ですの?」
塔子がこちらに来た。
まぁ今後は解らないが今は月子の部屋にいる。
「なっなっ嘘ですわ…何故此処にコーネリアが…」
「あれっお姉ちゃん凄く可愛い、遊んで遊んで…」
「なっ」
「(しゃべるな、下手にしゃべれば殺す) 理人殿、コーネリア様がこの人と遊びたいって言うのでちょっと言ってきますね」
「行ってらっしゃい」
◆◆◆
「蛇女、我れの正体はお兄ちゃんには内緒なのじゃ、あかすでないわ」
「あんた下級魔族よね、所属は」
嘘、女神にも見破られなかったのに…此奴らには解るの。
「そう、見えるのね、私の名前は白銀塔子…遠く昔には陰陽師を祖先に持っていますのよ…そしてその血には蛇を宿し…理人様に何かするなら…」
「なんだ魔族じゃないのかの…何故我れがお兄ちゃんに何かするのじゃ…好きなのに」
「魔族にしちゃ歪ですね…確かにこんなに弱くちゃ真面に戦えません」
「あの…理人様の敵じゃないんですの?」
「違うわ、どちらかと言えば愛しておるわ」
「あらあら、とうとう認めちゃいましたね…敵じゃないから安心しなさい…貴方は誰なのかしら」
何だか凄い恐怖を感じましたので仕方なく正体を話しましたわ。
白銀家は遠く昔は陰陽師をしていましたが、今ではその力を失い…簡単な占い位しか近年出来なくなった事。
そして私は、その血に蛇を宿す事でちょっと魔術が使える事。
まぁこんな異世界で魔法が使える世界じゃ価値はありませんわ。
「まぁ、そんな感じですわ…陰陽師の力は女神には解らないらしくそのまま来れましたわ…まぁお二人からしたらゴミみたいな能力ですわね」
「それじゃ、お互いに内緒という事でお願いしますね」
「そうしてくれると助かりますわ」
「まぁ我れも賛成じゃ…しかしお兄ちゃんの周りは、特殊な女ばかりあつまるのお…」
「国一つ滅ぼす人にお言われたくありませんわ」
「まぁ、あれくらいは容易い…お兄ちゃんの体の中の邪神様には及ばぬよ」
えっ、聞きましたわよ、理人様の中には邪神様が入っていましたのね。
どうりで惹かれるわけですわ。
「それじゃ戻るかのう」
「そうですね…戻りますかね」
コーネリア以上の化け物を体内に飼うなんて流石は理人様ですわ。
第62話 コーネリアとナニカ
「まだ、挨拶はまだじゃったな『邪神 ナニカ様』そう言えば良いのかのう」
『私に決まった呼び名は無いわ…好きに呼ぶと良いわ』
「すごいのう、すごいのう…我れが恐怖を感じておるぞ…それでなナニカ様、同じ男を愛している女としてちぃと相談があるのじゃ」
『私は理人を愛して等いないわ…ただ幸せに死ぬまで楽しんで生きて貰いたいだけよ』
「ナニカ様は可愛いのう…まるで子供の恋じゃ、うんうん」
『何が言いたいの? 揶揄うなら殺すわよ』
「冗談じゃよ…まず一つエリクサールという秘薬を手に入れてのう…絶対とは言わんが、これで貴方様が出て行っても理人が死なない確率が高くなったぞ」
『そう、お礼を言うわ』
案外素直じゃな…
「それでじゃな…理人からナニカ様が出た後が問題じゃ…只の無力な人間になってしまうからのう」
『そうね…態々話すという事は提案があるのでしょう?』
「ララアから聞いたが女神イシュタルを殺したそうじゃないか?その死体が欲しいのじゃ」
『別に良いけど…もう絞りカスよ、皮もはいだし』
「それでも構わぬよ」
『それならどうぞ』
これは…美しいと言われた女神もこれじゃ終わりじゃな。
只の肉片になっておる…
どうれ…やはり隠し持っていたか、イシュタルの隠し玉『最高級ジョブ:女神の騎士』
「あった、これじゃ」
『それは何かしら?』
「この世界の最高レベルのジョブ:女神の騎士じゃ…まぁ勇者の5倍位は強いがそれだけじゃが…このジョブを持っていると何かと優遇されおる…折角だからナニカ様が理人にやると良いのじゃ」
『こうかしら』
やはり子供じゃ…対面してやれば感謝されるのに、そのまま理人に入れおった。
「ああっそれで大丈夫じゃ」
『そう、これで要件は終わり?』
「まだじゃ…我れは死霊の女王じゃ…死んでしまえば例え女神でも我れの者じゃ」
『???』
かなり能力は吸われて無くなっておるが、それでも魔王以上じゃな。
「この躯を蘇らせて理人にくれてやろうぞ そう~れ、流石に抵抗しよる」
まぁこんなもんじゃな。
「ううっ女神たる私をよくもこのような姿、身分に…殺してやる」
『これは弱体化しているけど…女神? 随分と可笑しくなって見えるけど』
「まぁナニカ様が大半喰ってしまったからのう…それでもな『黙れ、そもそも今回の混乱の原因はお主にあるのじゃ』」
「ひぃ…」
「もう死霊ゆえ我れに逆らえぬ」
『成程』
「『死霊の女王たるコーネリアが命ず、理人を愛し主として仕えるべく守護する霊となり憑く事を命ず』」
「そんな…うぐっ解りました、理人を愛し誠心誠意仕えさせて頂き守護します」
「まぁ、こんなもんじゃ幾ら成れの果てでも女神じゃ、魔王クラスでもどうにかするじゃろう? 別に憑くのであって体に入るわけでは無いからナニカ様や理人の負担にはならんよ…これで理人の事は気にせずゆっくり休んで居られるのう」
『そう、ありがとうね…お礼に困ったら言いなさい、1つ願いを聞いてあげるわ』
「それなら復活したら邪神様や魔王と会って欲しいのじゃ」
『そう、服従しろとか同盟を組めとか言わないのね』
「そこ迄無理は言わんよ…それはトカゲがドラゴンに望んで良い事じゃないであろう」
『解ったわ、その願いは叶えましょう』
「ありがとうなのじゃ…それでこれはあくまで質問じゃ答えなくても良いのじゃが、何故理人には我れや死霊、ナニカ様にララアが綺麗に見えるのじゃ」
『それは解らない…私が影響しているのか解らないけど一部、恐怖と美しさが逆転している様だわ、ただ醜いだけじゃ駄目『恐怖』が無いと理人は美しいと思わない…本当に困るわ、恐らくはこの世で一番人間に恐ろしく見える私が『綺麗』に見えるなんて…世界一、いや宇宙一綺麗だなんて思われているのよ…これでもメスですからね、どうして良いか偶に解らなくなるのよ』
「それは我れでも解る、最初はナニカ様を恐れて攻撃をしなかった魔物も、今じゃあの好意の目を向けられて困っておるわ…ゴブリンだってモフモフを見るような目で見られるから最早ウサギじゃよ、もう攻撃なんて出来ないじゃろな、あの目はなんなのじゃ」
『解らないわ』
「そうじゃな…だが理人は考えられない程のイレギュラーじゃ…本来ナニカ様や我れや魔族に魔物は恐怖から作られている…だから恐れられこそすれ『美しく見えるわけ』無い、それが美しく目に映り、本当に好きになって貰える…反則じゃよあれは…『恐怖する者限定』の魅了持ちに近い…特に我れたち忌み嫌われる絶対に『愛される事が無い存在』にはどうしようもない位魅了されてしまう、メアリーもミランダも理人が好きじゃ」
『そうよね理人は魅力的だわ…うふふ、どこかのブラコン少女は『お兄ちゃん』の為に国滅ぼしちゃう位だもんね』
「なっ…」
『それじゃ私は眠るから『お兄ちゃん』を守ってねコーネリアちゃん』
「解ったのじゃ」
味方だから良いが…只の会話だけで汗が止まらない。
あの恐怖を愛せるお兄ちゃんはやはり只者じゃない気がするのじゃ。
第63話 守護霊イシュタル
「あの月子とミランダさんの間に変な線が見える、どうかしたの?」
「あっ、これ理人くん、私とミランダさんが仲良くなった証だよ、そうだよね、ミランダさん」
あれっ月子、ミランダさんが見えるようになったんだ。
会話も出来るのか…
良かった。
『はい、凄く仲良くなったんですよご主人様』
「二人とも凄く絵になるよ、まるで親子みたいだ」
『親子…私そんなに齢にみえるのでしょうか?』
「そんな事無いよ…若くてお綺麗で、ほら月子は子供っぽいから」
「理人くん、私達同い年だよね…ガキっぽいって言いたいのかな?」
「当然ですわ、月子って昔から良く幼く見えましてよ…私みたいに大人っぽくですね」
「何よ釣り目の悪役令嬢が」
「月子…随分と口が悪くなりましたわね…いい加減に」
『あの、喧嘩は止めませんか…それより理人さんにも何やら線が見えますが…』
本当に線が見える、昨日までこんなのはついて無かったのに…
「なんだろう?」
俺はこの線が気になって目で追っていった。
月子にミランダさん、塔子も後をついてきた。
家のすぐそばにいる人物からこの線は繋がっていた。
目の先には…絶世の美女が立っていた。
『何者ですか! 月子さん下がって下さい、凄く強い相手です、私を招き入れて下さい』
何が起きたんだ…ミランダさんと月子が重なって…二人を足した様な容姿になったぞ。
「理人様、なんて不気味な気を放ちますの…ああっこんな時になんでコーネリアもララアもいないんですの」
「不気味? そんな事言ったら失礼じゃないか? こんな美人に」
「美人?」
『ああっ愛しい、愛しい理人様…私は女神イシュタル、貴方様に心から仕える存在でございます』
「そんな邪悪そうな女神がいる訳ないわ、貴方私と同じ様な存在でしょう…それにね私も理人くんもイシュタルに嫌な目にあわされているの…そんなの嘘逆効果よ只じゃ置かないわ」
ミランダさんと月子が合体しているのか?
凄いなこの世界…こんな事も出来るのか…
今はそれどころじゃない…止めないと。
「争うのはやめ…」
「なんじゃ何やら揉めておる用じゃが…なっそいつは敵じゃないのじゃ月子にミランダ、安心して良いぞ」
「これはコーネリア様が悪いですね」
「せめて朝一で報告しないとお兄ちゃんに嫌われちゃいますよ?」
「メアリーにララア後で覚えておくのじゃ…それは敵では無いから安心するのじゃ」
◆◆◆
「俺に守護霊をつけたんですか?」
「うむ、理人おに…違った、まぁお兄ちゃんがジョブやスキルで困っていたようだから、運よく守護霊に出来そうなのが転がっていたのでつけたのじゃ」
《ぷぷっ苦しいいいわけですね》
《あいも変わらず頭は回ってませんね》
《お前ら、後で殺す、覚えていろよ》
「そうなんですか? コーネリアちゃんってそんな事も出来るんだ、凄いね…だけど、この人イシュタルって名乗っているんだけど?」
「それはじゃ、そうじゃその霊はかなりのイシュタル信者でのう…晩年は自分がイシュタルだと信じ込んだ頭が可笑しい霊なのじゃ、まぁちぃと頭は可笑しいが能力は高い、気にしないで欲しいのじゃ」
『違います、私はイシュタルです』
「そう言うことですか? ですが俺は彼女を何て呼べば良いのでしょうか?」
「まぁ、そのままイシュタルと呼んでやってくれ…まぁ信じ切っているから面倒じゃが」
「解りました…それじゃイシュタルさん…これから宜しくお願い致します」
『はい、愛おしい理人様…何でも致しますので、これから私を寵愛して下さいませ』
コーネリアちゃんにも困ったもんだ…俺に守護霊をつけるなんて…
だけど子供なのにこんな事が出来るなんて凄すぎるな。
第64話 ベッド争奪戦
「あの…月子とミランダさん、部屋に帰って貰えないでしょうか?」
俺は今疲れてベッドで寝ているんだが、月子とミランダさんが出ていこうとしない。
「だって理人くん、その女が居るじゃない」
『そうですよ、ご主人様、私だって同じような者です、その方(かた)が良いなら私だって良い筈ですよ…月子さんは生身だから出て行った方が良いかも知れませんが』
「ちょっとミランダさん…いきなりの裏切り!」
『私は女神にして理人様の守護霊…いつも傍に居るのは当たり前です…例え眠っている時でも、お守りするのが仕事ですから』
「怪しい」
『この館は私が守護してます…私が居る限り誰かが来れば解りますし…排除します…どうぞこの部屋から出て行って下さい』
『貴方が? 貴方コーネリア様には無力、そして塔子という女にはまんまと騙されて侵入を許しましたね…そんな貴方に『守護』なんて言葉を使う資格があるのでしょうか?』
『貴方こそ、月子とご主人様の嫌いな女神の名を名乗り、コーネリア様より弱いですよね…塔子さんはお客様だから通しただけ…私には非がありません』
『別に興味はありません…ただ私は愛しい理人様のお傍で守るそれだけです、やましい事はありません、さぁお引き取りを』
「愛しいという事は理人くんが好きだって事だよね? あーあっしらじらしい」
『そうですよ』
全く持ってこれじゃ眠れない。
大体女三人に囲まれて寝れるわけが無い。
しかもその中の二人は美女だ。
だが、それを言ったって止めてはくれないだろうな…
「ハァ~仕方ない、月子は枕と毛布を持ってきて」
「ええっ良いの? それじゃすぐに持ってくる」
嬉しそうに走って出ていったな。
きっと異世界にきて心細かったのかも知れないな。
「ミランダさんとイシュタルさんは、俺のベッドをそのまま使って下さい」
『あのご主人様、私がご一緒に寝ます、その女は守護霊なのでそのまま立たせておきましょう』
『貴方は、どうやら邪悪な存在のようですね、女神であり理人様の守護する者として排除します』
『それならこの館の平和を守る為に私も引く訳にいきません』
「理人くん、枕と毛布持ってきたぁ~」
ああっそうか、これじゃ月子が寝るからベッドに眠れるのはもう一人だけだ…
「なにかありましたの?」
「どうしたのじゃ? 騒がしいのぉ~」
「大丈夫ですか?」
「どうしたんですか?理人さん」
塔子にコーネリアちゃんにメアリーさんにララアさんまで来た。
仕方なく、俺は事情を話した。
「ほう、成程のぅ…それじゃ、ミランダ、イシュタルは出ていくのじゃ」
『そんなコーネリア…』
『コーネリア様』
「くどい出て行くのじゃ! もし逆らうなら!」
『『解りました』』
なんでコーネリアちゃんが凄んだだけで出ていくんだ…守護霊を俺に付けてくれた位だから、そういう能力があるのかも知れない。
「それで塔子はどうするのじゃ?」
何だかコーネリアちゃんがニヤリと笑った気がした。
「わわわ私は…今日は我慢しますわ」
塔子は部屋に帰っていった。
「ララア、お前も出て行くのじゃ…」
「コーネリア様、横暴です」
「何か言ったかのう…ララア」
「うっ…解りました…コーネリア様、なんて、なんて大嫌いですー-ぅ」
「ようやく、邪魔者は消えたのう…月子が居ても我れは小柄じゃから…なぬ…なんでお前らがベッドで寝ているのじゃ…」
「ひくっ、ひくっ…これ違うよ」
「私は同じ部屋で眠れるだけ…幸せですね」
「なんで理人お兄ちゃんが床で眠っておるのじゃ」
「それがコーネリア様が、戦い…いえ、追い払っている時に『女性を床には寝させられない』と言われてこの様に」
「それじゃ我れは理人の横で床で眠るのじゃ」
「そんな我儘言うと嫌われますよ」
「うぐっ…仕方ないのじゃ」
う~ん、流石に床は体が痛い…だけど…このまま寝た方が、揉めないな…仕方ない。
第65話 ただ見つめている…
先程はコーネリア様に追い出されてしまいましたが…私は部屋に戻ってきました。
『うふふ…可愛らしい笑顔、何処まで見ていても飽きません』
私はなんて馬鹿だったんでしょうか?
確かにとんでもない者を体に宿していましたが…こっち側に来たらそんな酷い者じゃなさそうな気がします。
まぁ、今の私には関係ありません。
こんな純粋で可愛らしい男の子にジョブを与えないなんて…
『本当に可愛いな…私が長い、長い年月の中で初めて好きになった男の子』
この子の全てが愛おしい。
今の私が只の死霊なのが凄く悔しい。
こんなすぐ傍にいるのに…
こんなすぐ傍で見られるの…触る事が出来ない。
ただ、お話するだけ…
愛おしくて溜まらない…
だけど、触れない。
私は女神イシュタル…この人が愛おしくて仕方ない。
本当に幾ら見つめてても飽きない。
触れないなら、彼の全てを知りたい。
彼はどうしてあげれば喜ぶの?
どうして良いか解らない。
この世に存在してから今まで、ただ孤独だった。
白い空間に一人で存在して、人間を見守ってきた。
沢山の幸せを見ながら、自分だけは孤独だった。
人類全てを愛して生きてきたけど、私だけは孤独だった。
人の人生をただ見ていた。
幸せそうに子供を産み、家族として暮らす女性をただ見守っていた。
『自分は孤独なのに?』
孤独の中で生きる私を…この少年の中に居る、存在はあっさりと殺した。
永遠に続く孤独の悲しさから、もしかしたら私は死を望んだのかも知れない。
本当の所は解らない…ただ、あの時の私が『死んでも良い』そう思ったのは間違いなかった。
『人生、いや神生とは解らない物ですね』
一神教の女神の私がまさか死ぬなんて…
でもね…この世に生まれて数千年…処女神だから男という物を知りません。
ですが…死んで死霊となった私にコーネリアは理人を愛するように刷り込みました。
『数千年『愛』と無縁な私が…初めて愛して唯一愛した人…それが貴方なのですよ』
本当は身も心も捧げたい。
貴方の子なら産んでも良い…そこ迄好きなのに体がありません。
心しか捧げられない、この身が辛いのです。
今の私はただ見つめる事しか出来ません。
だから私は『見つめ続けます』それしか今の私には出来ないのですから…
第66話 私を愛してくれますよね
『…理人様に触れたい…ああっ何でこんなに切ないのでしょう』
寝ている理人様に触れようとしても私の手は素通りして触る事はできない。
毛布がズレていても掛けなおしてあげる事さえできない。
霊とはなんて不便なのでしょうか?
『体』が欲しい…
何処かに体が無い物でしょうか…死体に入ってもきっと気持ち悪いと思われるだけですし…理人様に嫌われます。
『あれっ』
どうも死霊になってから色々と考えが纏まりません。
ですが…元は私は女神です。
この国の沢山の人々を救ってきました。
人の1人や2人…自由にしても罰が当たらない筈です。
そうしましょう…ミランダは適合しやすい人間に憑りつく事で体の共有をしたようですね。
同じことをしようにも月子は好感度が高そうですが、あの塔子に憑いても好感度が落ちるような気がします。
どうせなら…いっその事、理人様の理想の女性の姿になれば良いのかも知れませんね。
今なら、理人様の頭の中を覗けるかも知れませんね。
私は心を同期させて…理人様の頭の中を覗いてみました。
凄いなぁ~ 幽霊に、口裂け女、花子…どれもかなり危ない存在なのに、皆を好きになるなんて…かなりの愛情を持っている様ですが『1番では無さそうです』…根底の奥底に『心から美しい』そう思った存在が居るようです。
凄く邪魔ですね…塔子を含んで、沢山の女が理人様に告白しているみたいですが…これらは全員嫌っている様です。
理人様が愛する存在…それは『異形』です。
月子や塔子に愛情があるのは、異形と関わり合いがあったからなのですね。
『何見ているの?』
『ひっ…ナニカ様…』
怖い、怖い、怖い…コーネリアも怖かったけど、やはり邪神はレベルが違いすぎます。
『誰がナニカ様なのかな、私は生まれる前の存在なの…正式な名前は無いわ』
『それでは、コーネリア…様に合わせて、正式な名前が…決まるまで『ナニカ様』そう呼ばせて頂いて宜しいでしょうか』
『別に構わないわ』
『それで…理人様にとっての理想の容姿はナニカ様…ですね』
『そうなのよ…困るのよね、この世で一番人間に恐ろしく見える私が『綺麗』に見えるなんて…世界一、いや宇宙一綺麗だなんて思われているのよ…これでもメスですからね、どうして良いか偶に解らなくなるのよね、ハァ~本当に困るわ』
私は…理人様に愛されるだけで良い…だから、この姿が欲しい。
『あの…ナニカ様、私を眷属にしてもらえませんか?』
『眷属?』
『そうです、真の部下というか、腹心と言うか? そんな奴です』
『それは本能で知っているわ…女神から死霊になったのに、次は私の眷属? 私は貴方を殺したのよ? 存在に逆らえないようになって良いの?』
『私は理人様が好きです…だから守る力が更に欲しいのです…それに』
『この姿が欲しいのね…その心はコーネリアが作った『偽の心』なのに?』
『はい』
『まぁ良いわ、理人の為になるから『眷属』にしてあげるわ…女神が邪なる私の眷属…面白いわね』
やった、眷属になっても今の容姿を失う訳でない。
もう一つ容姿が増えるだけ…これで人間の体を手に入れれば…
『それじゃ』
『良いわ、眷属にしてあげるわ』
《『眷属』なら絶対に私を裏切れない…理人の傍に置くなら、良い存在ね》
『ありがとうございます』
『それじゃ…私を受け入れなさい…眷属化』
『あああああー-っ、あああああああああー―――っ』
怖い…これが恐怖…真の恐怖…精神が…
『元女神の癖に邪なる私の眷属になるのよ…苦しくて当たり前だわ』
『うあわぁぁぁ…抑え込んで見せます…あああっ…ハァハァ、ハァハァ』
『良く死ななかったわね』
『愛の力です』
『そう? そこ迄言うなら『偽りの愛』も凄いわね』
『数千年の末、たどり着いた愛ですから』
『そう…それじゃ私はまた眠るから、理人を頼んだわ』
『解りました』
さぁ…後は体と…
◆◆◆
良く考えたら私はこの世界を救う為に随分手助けをしたよね…
だから、女の一人位貰っても問題は無い筈だわ。
あの女は何処にいるのかな…
『イシュタルからは逃げられない…『操作(サーチ)』 あんな所に居るのね』
ナニカ様の眷属になったから、以前の力も一部使えるようね。
『瞬歩(テレポート)』
「貴方様…」
『私の顔を忘れたのですか…王女ライア』
私は、ナニカ様の容姿でなくイシュタルの容姿で移動した。
前ほどの神々しさは無いが、ナニカ様の眷属になったおかげで、なんとか『女神 イシュタル』に見えるだろう。
「なぜです…何故イシュタル様は、あのような、弱い勇者を…選らん」
聞く必要はないわ…
『王女ライア、その苦しみから救って差し上げましょう』
「イシュタル様、本当に、えっ」
私はライアの心臓に小さな穴をあけた。
『ライア…死んでしまえば悩む事はありませんよ…今迄、勇者召喚に力を貸した代償に…その体頂きますね…あれ死んだのですか…まぁ良いです、貰いました』
「…」
ナニカ様の顔に、ライアの体…きっと理人様も私を愛してくれますよね…
第67話 勘違いと眷属
う~ん、やっぱり体が痛いな…皆は寝ている? みたいだし、早いから少し散歩でもしてきますか。
顔を洗って、少し家のそばを歩いていた。
「理人様、おはようございます!」
「おはよう…ああっああああっ」
「どうかされました理人様?」
「あああっ…」
俺は顔を真っ赤にしてその場を離れるしかなかった。
「私以上に純情なのですね…」
《ですが、この容姿がベストでしたね、驚きの後に凄い好意を感じましたから…》
「はぁはぁ…」
心臓の動機が止まらない。
心が、心が、ハァハァ苦しい。
居ないと思っていた。
あれは俺の見た幻だと思っていた…
髪の色は違う…だけど、あの姿を忘れたことは無い。
幼かった俺を助けてくれた恩人…『女神?』
そうか、女神様だったから、俺を助けることが出来たのか。
確か…
『今の貴方は死に掛けている。このまま放っておけば直ぐに死ぬ。私をその体に宿らせてくれるなら、今は助けてあげる。だけど時が来たら、私は貴方を殺してしまう…それは私にはどうする事もできない、どうしますか?』
そう言ってくれた。
その時が来たのか…
逃げちゃ駄目だ。
楽しい事ばかりじゃ無かった。
だけど、今の俺はどうだろう?
友達が出来て、異世界に来て…信じられない位の美少女や美女と暮らして…うん幸せだった。
後は『死』と向き合わなくちゃな。
月子…1人で頑張って生きてくれ…家もお金も全部あげるからな。
ララアさん…こんな俺のパートナーになってくれてありがとう
ミランダさん、コーネリアちゃんにメアリーさん…うん幸せだったよ。
塔子は…まぁ絶対に逞しく生きていけるだろう。
『楽しかった』
俺の初恋の女神様は本当に居た…そして命を延ばしてくれた。
約束の時がきっと今日なんだ…
死ぬには良い日だ…天気も良いしな。
覚悟は決めた。
◆◆◆
「理人様?」
いったいどうしたのでしょうか? 深刻そうな顔をして…
これはこれで凛々しくて素敵ですが…
「美しい女神様…」
えっえっ…美しい女神様…あああっ凄く幸せです…なんという響きなのでしょうか?
「私にとって貴方は…命の恩人で初恋の人でした…」
ああっ嘘、嘘ですよね…この姿凄い、理人様が私に告白してくるなんて…
どうすれば良いんでしょうか?
『処女神』でしたから…どうして良いか解りません。
キスするべきでしょうか?
それとも抱擁するべきでしょうか…
「理人様…」
「約束の時が来たみたいですね…女神様に手間は掛けさせません…さようなら…」
「えっ」
嘘…ああああああっ、何て事をー―――――っ。
なんで告白してナイフを胸に突き立てるのー-っ。
「ハイヒール」
ああっ、良かった…無事だった。
女神で良かった…眷属になって力が増してて良かった。
「ハァハァ、理人様…なんで死のうとしたのですか? 命を粗末にしちゃいけません…」
「約束の時が来たのかと思いました」
私は詳しい話を聞いてみました。
「本当にゴメンなさい!」
「どういう事でしょうか?」
「私は、理人様を守護する霊…いえ女神です、イシュタルと言うのも本当なんです…ですがこの先、ずうっと一緒に居るのなら、理人様の理想の女性になりたくて…理人様のお心を少し見させて頂きました」
「そうなんですか…ですが、その姿は」
「はい、理人様が心からお好きな女神様がいらいしたので、その方の眷属になりました、その時にこの姿も頂きました」
「眷属っていうと確か」
「はい…その方の一部になったと言っても過言ではありません」
「あれは子供の頃に見た夢だと思っていた…まさか本当にいたなんて…しかもイシュタルは、その一部なんだよね」
「はい」
何を…私の髪に理人様が触り…顔が凄く近いです…ああっ…
「あの時、僕を助けてくれてありがとう…僕を生かしてくれてありがとう…君に伝えれば、伝わるのかな」
「眷属ですから、伝わりますよ」
多分、私を通してナニカ様にも伝わっている気がします。
その証拠に、眷属になったせいか…その時の映像が少しだけ伝わってきました。
私は自分の太腿を軽く叩きました。
「イシュタルさん、どうしたんですか?」
「河原で貴方が眠る前に、私の主は貴方を膝枕していたみたいです…良かったら少し横になりませんか」
「うん…そうだね」
ああっおずおずと頭を乗せてくる理人様が愛おしくて、可愛い。
今の私は…凄く幸せ…
そして理人様との恋愛に置いて最強なんじゃないでしょうか…
第68話 楽しい時間
「おはよう、理人お兄ちゃ…ああっなんで、ナニカ様…違う、なんじゃお前は…理人お兄ちゃん離れるのじゃ」
「なんて気を放っているんでしょう?しかもその姿…何者ですか? 今すぐ…」
確かに姿が違うから驚くよな。
まるで別人なんだから…
「コーネリアちゃん、メアリーさん、彼女はイシュタルさんですよ…まぁ解らないですよね」
「イシュタルじゃと…まるで別人じゃな…何があったのじゃ」
「生まれたての死霊が受肉までして、その姿…どんなカラクリなんですか…私だって数百年掛かったのに…」
「うふふっ、私女神※※※様の眷属になったんですよ! 凄いでしょう! お陰様で女神だった時の力も少しですが取り戻しました、今の私なら…」
(※※※は理人には聞こえていません)
確かに、今のイシュタルは神々しさを感じる。
今迄、痛い人だと思っていたけど全く違う。
「ほぉ~成程のぉ~確かに自信満々じゃな、今のお主ならララアより強いのぉ~下手したら魔王より強いかもしれんのぉ~だが、お前を作ったのは我れじゃ…生意気な「お手」」
「どうかしたのですか? うふふふっ、女神※※※様の眷属になったので貴方の支配を離れたようですね」
「コーネリア様、不味いですよ…」
「別に問題はないわい」
コーネリアちゃんがイシュタルさんの手を握った…なにするんだろう。
「痛いっ、痛い…離して…離しなさい…痛い」
「命令が効かなければ物理で行えば良いのじゃ…まぁお前や魔王より強くても、我れよりは弱いのじゃ、お前はララアや魔王より強いかも知れないが、我れより弱いのじゃ」
子供の遊びかも知れないけど、イシュタルさん痛そうだ。
「コーネリアちゃん…めっ!」
「理人お兄ちゃん」
「コーネリア様、やりすぎですよ! イシュタルさんが可愛そうですよ」
流石はメアリーさんは大人だ。
「なっ、メアリー貴様裏切るのか?」
「理人様、コーネリア様が…」
「余り痛い事はしちゃ駄目だよ」
「理人お兄ちゃん…違うのじゃ」
「駄目ですよ、コーネリア様」
「痛かったです…コーネリアちゃん」
ジト目で二人して見ている、うんうん大人な対応だな。
「違うのじゃ、我れをそんな目で見るでない、イシュタル、メアリー…違うのじゃ、理人お兄ちゃん、そんな目で…」
「大丈夫だよ、コーネリアちゃん、誰も怒ってないから、さぁこれから朝食の準備をするから家にはいろう」
「解った…のじゃ」
立ち止まっている…二人を置いて、俺とイシュタルは家に先に入った。
「我れの支配から外れたか…メアリー覚えておれよ」
「元女神…なかなか手ごわいですね…今、理人様にくっついて居るのはあっちです…敵を見誤っちゃだめです」
「うがぁぁぁっ、凄くメンドクサイのじゃ」
《まぁ、真面な恋愛なんかした事ないのですから仕方ないですね…多分嫉妬なんて殆どした事ないのでしょうから》
◆◆◆
「理人くん…その人誰かな」
「理人様、また増やされたのですか…はぁ凄いですわね」
『この家の住民になるなら私の許可を』
《月子さんも塔子さんも、この姿で怖がらない…何故でしょうか、まるで異形に慣れているとしか思えません》
「この人はイシュタルさんです…女神様の眷属になったので姿が変わったそうです」
「そうですよ…中身は同じなので大丈夫です」
『ちょっと、どうして受肉しているの…コーネリア様に聞いたら、私、まだ数百年は無理って言われたのに…教えて』
「ミランダには無理ですよ…私は『女神』だからです」
『そんな…私は合体すると胸が小さくなって魅力が半分なくなるのを我慢しなくちゃいけないのに…』
「ミランダさん、嫌なら合体しなくて良いのよ…一生ね」
『ごめんなさい…冗談ですよ』
「あなたね…」
「しかし…折角美人だったのに…何故、その様な」
「わわわわっ、駄目、その容姿の事は駄目だよ」
「なんで、そんなにララアさんは焦っているのです、可笑しいですわ」
「ミランダは解るよね…その目は節穴」
『あああっあああっ、その姿は髪が違うから気がつきませんでした…お許し下さい』
「私は眷属になっただけですから気にしないで良いですよ…塔子さん、この姿は、尊い方の姿に似ているのです、元の姿を褒めてくれて嬉しいですが、この姿を罵ってはいけませんよ」
「解りましたわ」
うんうん『まだ死なないで良いし』楽しい時間はまだ続けられる。
この世界は、凄く平和で楽しいな。
第69話 綺麗な冒険者たち
「「「行ってきます」」」
「「「「いってらっしゃい」」」」
今日もいつの様に採取に出掛けた。
ララアさんとイシュタルさんが一緒だ。
もう既に採取じゃなく、採るのは薬草だけど、実質俺にとっては山菜採りに近い。
最初の頃は、周りを警戒していたララアさんも最近は気にしないで一緒に普通に採取するようになった。
慣れた物で簡単に大量の薬草を採取できるようになった。
「あっゴブリンだ」
「うがぁぁぁっ」
「よし、よし…うんうん」
「うがぁぁぁ? ぐがぁぁ」
最近、ゴブリンやオークが結構可愛く思えるようになってきた。
遠巻きにつぶらな瞳で見つめてくるのが、多ブサイクだが可愛く思える。
犬で言うならパグみたいな感じだ。
ブサイクだけど可愛い…そう思えてしまう。
恐る恐る、初めて頭を撫でたら、なんとなくだが喜んでくれたみたいだ。
だが…凄く臭い。
まぁ野良犬や野良猫も臭いから同じようなものかな。
ララアから「理人さんは懐かれやすいから大丈夫ですが、それでも野生の生物だから注意してください」と言われた。
確かにそれは正しく、偶に嫌がり殴る子もいる。
だが、余り痛く無いから…犬でいう甘噛みみたいな物かもしれないな。
「しかし、理人さんは良くゴブリンの頭撫でられるよな…私は安全でも無理かな」
「慈愛に満ちた理人様、素敵です、魔物にも愛は伝わるんですね」
「(小声で)あれ凄いよな、魔族の私でも出来ない…もうこの辺りの魔物で理人さん、襲う存在はいない…ナニカ様への恐怖じゃなく…理人さん自身が魔物に好かれているんだよ、凄いな」
「ええっ、本当に理人様は慈愛に満ちていますね…女神の私から見ても…素晴らしいです」
「あっ、彼奴は追い払わないと…」
「なぜですか?」
「いや、彼奴は凄く理人さんに懐いているんだが…苗床に行こうって誘っているんだ…ゴブリンが女を他の種族に貸すなんて考えられない…理人さん、いい加減帰りましょう」
「あっ、すいません…」
「もう夕方だし、水浴びして帰らないとまた臭いって月子さんに怒られますよ」
俺は名残惜しいけどゴブリンの頭を撫でるのを止めた。
「こんにちは」
「…こんにちは…りふと…さん」
最近、良く綺麗な冒険者を良く見かける。
何時も顔を青くして血の気も無いように見える。
良く見ると体は血だらけだ…偶に人間の死体を持っているから、前にギルドで聞いた『盗賊相手の冒険者』なのかも知れない。
幾らベテランでも人を殺した後だ気も滅入るのかな…
「あの…これ良かったら、煎じて飲んで下さい」
「くれるの…ありあとう」
凄く疲れているんだな…可哀そうに。
◆◆◆
私たちは少し理人さんと離れて歩いています。
「あれは死にたての死霊だよな?」
「一旦、死霊になったから解りますが…あれは死にたての死霊…しかも死霊に殺されてゾンビに近い存在だと思います」
「だけど、肉があるだけ少し前のお前やミランダよりましなのかな」
「いいえ、私は違いますが、体が腐り果てて、骨になって、そこから魂が抜けだしてミランダさんみたいになるそうです…そこ迄が体が腐る恐怖や骨で生きる恐怖で大変だそうですよ…メアリーさんの話ではそこから受肉は更に大変だそうです」
「随分詳しいのですね」
「まぁ自分の事ですし、メアリーさんやコーネリアちゃんが教えてくれました」
「ちゃん?….まぁ良いよ、だけど、随分死霊が増えていないか?」
「もしかしてコーネリアちゃんが、聖教国を滅ぼしたって聞きましたが…そこから溢れだしているのかも知れませんね」
「それ不味くないのか?」
「さぁ、魔族の貴方達には関係ないし、理人様は安全…もうどうでも良いですよ…私は理人様だけの女神ですから」
「人類はどうでも良いのか?」
「ええっ」
変われば人(神)も変わるもんだな。
「聖教国から、此処結構距離あるよ…かなり数が増えているんじゃないのかな」
「それは、コーネリアちゃんに聞かないと解らないですね」
死霊がこんな所に居る…これはかなり不味いんじゃないかな…
コーネリア様に聞いてみないと…
そろそろ魔王様とも話に行かないと色々不味いかもしれませんね。
第70話 綺麗な受付嬢
「すまぬが、我れとララアは故郷で問題が起きたのでちょっと帰ってくる」
「すみません、理人さん2週間程出かけてきます」
コーネリアちゃんはお嬢様みたいだし、ララアさんは凄腕冒険者みたいだ…きっと大変な事が起きているんじゃないかな。
今迄随分、お世話になったしな。
「もし、俺で手助けになるなら行こうか?」
「大丈夫です、理人様、コーネリア様のご実家に報告に行くだけですから」
「そうなんだ…それじゃ行く必要ないかな」
「はい…それじゃ、コーネリア様、ララア様行ってらっしゃい!」
「待て!メアリー、お前は何故そっちに居るのじゃ!」
「だってコーネリア様、さっき『我れとララア』とおっしゃいましたじゃないですか? それにララア様がいないなら、その補助が必要じゃなういですか?」
「うぐぐっメアリー貴様! 我れだって行きたくないのじゃ、おのれ…」
《死霊が居るんですから、私が残った方が誤魔化せますよ? ほら、ほらどうするんですか? お兄ちゃんに嫌われたくないでしょう?》
「うぬぬっ…仕方ないのじゃ、メアリー貴様は残って良いのじゃ」
「はい」
メアリーさんってコーネリアちゃんのお付きの筈なのに偶に主従が逆転しているのは何でだろう。
俺とメアリーさん、ミランダさん、月子と塔子で見送った。
「「「「「行ってらっしゃい」」」」」
「「行ってきます」」
イシュタルさんが居ないのが気になるが、何処かに出掛けているのかも知れない。
◆◆◆
今日はメアリーさんと二人きりで薬草採取にきていた。
「二人きりですね…」
「そうですね」
何だか意識してしまうと気まずい。
何時も皆でいるから意識しないが、年上の綺麗なお姉さんと二人きり。
思春期の俺からしたら、凄いシュチエーションだ。
「あの一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「別に良いけど? どうかしたの?」
何時ものふざけている様子は無い、どうしたのだろうか?
「理人様は恋をしないのですか?」
「あははっ、俺はモテないからな」
「そんな事ありませんよ…月子さんだって如何に心細くても好きでもない人と一緒に暮らしませんよ? 塔子さんだって好きでも無ければ危ない思いをしながら女の子たった一人で態々理人様を訪ねてきません…」
そうだよな…解っていた。
「そうだよ…うん解ってはいるんだ」
「もしかして好きな方がいらっしゃるのですか?」
「うん…今迄、幻だと思っていたんだけど…小さい頃、死に掛けた事があってね、その時『女神様』に助けて貰ったんだ、凄く寂しそうで儚げな人だったんだ…だけど凄く綺麗。今まであれは夢で実在しないそう思っていたんだけど…いたんだよ、イシュタルさんが眷属になった姿が本当にそっくりで驚いたんだ…まぁ相手は女神様だからこれは失恋で終わるのは確定だけどね」
《その恋はもう実ってしまっているんですけどね…それにあんな恐怖の象徴、愛する男は理人様しかいませんよ》
「そうですか」
「まぁね…それにこんな沢山の人に好かれたら、誰かを傷つけるのが怖くて、毎日が楽しい、居心地の良い今の状態を崩すのが怖いんだ…だから選べない」
「そうですか…私としては…ハーレム生活をお勧めします。全員娶ってしまえば良いんです。あっ当然、私が正妻ですよ!」
「あはははっ、それ凄いな…でもありがとう」
「冗談じゃないんですけどね」
「そう…うん考えて置く」
《絶対、冗談だと思われていますね》
◆◆◆
いつものように採取した薬草をギルドに届けようとしたら途中で止められた。
「今…街の中…戦争…きけん」
「危ない…から…入っちゃ駄目」
困ったな、折角採取したのに薬草が売れない。
「薬草が売れないと困るな、どうするかな?」
暫く考え込んだ様な素振りをすると顔色の悪いお姉さんは走っていき、暫くすると戻ってきた。
「買取…してくれ…そうな人、連れてきた…よ」
ギルドの受付嬢っぽいけど…こんな綺麗な人は見たことが無い。
「買い取り…致します…どうぞ…」
此処に出せば良いのか?
俺はストレージから薬草を出した。
「査定…致します…金貨100枚です…どうぞ」
革袋入りの金貨を差し出してきた。
今日はそこ迄採取していないのに…
「良いんですか、こんなに多く」
「理人様…カッコ良いし…素敵なので…おまけしました…いい」
「ありがとうございます、お姉さんも綺麗ですよ」
「そう…うれ…しい…もうすぐ…3日間位で、終わる…そうしたらまた普通に…なる」
「それじゃ3日間したら、街に入れて普通に買い物できるんですか?」
「だい…丈夫」
「そうしたら、2日間休んで3日後に来ますね」
「それが…いい」
何が起きているか解らないが…戦争しているなら近づかない方が良いだろう。
◆◆◆
コーネリア様の思っていた以上に深刻そうですね。
まぁ、面白そうだから、放置で良いでしょう。
コーネリア様がきっと、泣きながらどうにかするでしょうから。
第71話 魔王たち
「随分と時間が掛かったようじゃな? 一体今迄、何をしておったのじゃ?」
流石に怒っている…仕方ない事じゃ。
「それはですね…邪神様を宿した存在の保護を優先しまして、私は行動を共にしていた訳で…」
「ララア…そこ迄は解る、だが、何故コーネリアが聖教国を滅ぼした報告をしないのだ」
「…」
「ほう、だんまりか?」
「そんなの、コーネリア様に聞けば良いじゃないですか? 何故私に聞くのですか?」
「口を慎め、ララア!」
「魔王様の前ですよ、控えなさい」
「バルモン様もフェザー様も魔王ゾルベック様も文句があるならコーネリア様に言うべきです…何故言わないのですか? 怖いからじゃないですか? 破壊王、空の女王が情けないですよ!」
「貴様、ただで置かないぞ」
「序列が一番下のくせに」
本当に面倒じゃな…確かに今回のは我れが悪い。
『うふふふ、いたわね…魔王、貴方とその裏側に居る邪神を倒せば、理人様の幸せに繋がりますから、死んで貰います』
「なっ貴様は、女神イシュタル…ララア、コーネリア貴様裏切ったのか!」
ああっまた、めんどうくさい事に、我れかララアに隠れて憑ついていたのか…ナニカ様の眷属になって力を増したせいか気がつかなかったわ。
めんどうくさい…放置じゃ。
「女神等、このバルモンが捻りつぶしてくれるわー――っ」
凄いパンチじゃな…竜すら殴り殺すとはよう言うたもんじゃ。
だが…馬鹿なのか?
「破壊王?その程度で、ですか…ハァ…破壊と言うのはこういうのを言うんですよ?」
イシュタルがバルモンの頭を掴んだ…終わりじゃ。
「ぎゃぁぁぁー-痛ええー-っ 止めろ、やめてー―――っ助け…うごばっー-」
頭がまるで果物の様に潰されおった…あれじゃ秘薬でもない限り生き返らないわ。
「うふふふっ…おもちゃ、おもちゃ、その程度ね…次はそこの鳥女ね…堕天使よね、貴方…もうどうでも良いけど裏切り者ね…貴方」
「いやぁぁぁ、許して」
元は天使じゃ怒った女神は怖いじゃろうな。
「駄~目!」
「嫌ぁぁぁぁぁー――っ、助けてぐふっ、あああー――っ」
えげつないな、簡単に首を引きちぎりおった。
「うふふふふっ、あはははははっ次は魔王ですね…今の私は『愛』の力で無敵です…出来損ないの勇者に代わり討伐させて頂きます」
「貴様…女神が直接戦いに手を出して良いと思っておるのか? そんな理不尽な事、許されると思っているのか? 聖教国の件や死霊の件は知らぬ…そこのコーネリアのせいだ」
《あら…好都合ね…》
『待て…魔王に手を出す事は、如何に死霊を使ったとはいえ許されない』
「そう…ならば死霊を使った責任はどうとるつもりかしら?」
「あれ…只の言い訳ですよね」
「このまま様子を見よう…上手くいけば全てちゃらじゃ…我れはイシュタルを応援しておる」
「そうですね~まさか女神を応援する日が来るとは思いませんでした」
『それは…そこの、コーネリアとお前が殺した2人の幹部…ゴフッ、あぁぁぁぁー-っ…なんだお前の姿は…イシュタル、何があった』
「うふふふっ…顕現なんかするから悪いのよ…自分の世界に居れば殺されなかったのに…うふふふあはははっ…私は優しくて綺麗な女神イシュタルじゃない…只一人『理人様』の幸せを祈る黒き女神…『私の愛』の為に死になさい…邪神ゾーダス」
『止めろ…嫌だ、止めてくれー――っ』
「駄目…頂きます」
「うぷっ…気持ち悪いです…あれでも元女神ですか…」
「止めろー―――っ、痛いっ嫌だぁぁぁぁー-せめて普通に殺してくれー――っこれじゃ二度と復活がぁぁぁぁぁー―――っ」
『うふふふっ駄目うんぐ…ごくっハァハァうんぐっもぐもぐ』
邪神を食っておる…あれがナニカ様の力の一つなのか。
眷属のイシュタルが普通に邪神を食らっておる…ナニカ様はあれの数百倍、いや数千倍だと思うと…恐怖を感じるわ。
「ああっ、邪神様が食われてしまう…助けに」
「魔王ゾルベック…仲間のよしみでいうぞ、触ってはならぬぞ…触ればお前も食われるだけじゃ」
「ひぃ~これはなんだ…女神なんて者じゃない…邪神様より遥かに禍々しい…」
「新たな邪神様の眷属じゃ…魔王ごときに手が出せる筈が無かろう」
「じゃ、じゃ邪神様…新しい邪神様は弱いと言っていたじゃないか…ララア、コーネリア」
「それ…嘘ですよ」
「嘘じゃな」
凄いわい…イシュタル、もう邪神を食い終わり、バルモンにフェザーを食っておる…
「美味しかった…」
最早、女神のかけらもないのう…口から血を流しながらドレスは血だらけじゃ…
「解った…魔王は引退…コーネリアが魔王になるが良い」
「嫌じゃ、ゾルベック貴様、我れにめんどくさい仕事をさせるつもりじゃなかろう」
「…コーネリアよ…お前の死霊が溢れだし、最早、聖教国だけでなく、王国も帝国も時間の問題、下手したらもう滅んでいるやもしれぬ…そして、邪神様も滅んでしまった…儂になにをしろと言うのだ…フェザーもバルモンも…もう居ないのだ」
本当にめんどくさいのじゃ…
「幾らなんでも魔王様が可愛そうすぎですよ…」
「ララア、貴様も我れに…はぁ面倒くさいのじゃ…イシュタル、お前が食い散らした、そこの残りの肉片は貰っても良いかのう」
「別に構わないわ」
「それじゃ…死霊化」
本当に面倒くさいのじゃ…可哀そうだから死霊じゃがフェザーもバルモンも蘇らせてやった。
「なっ…」
「さしずめ、フェザーゾンビにバルモンゾンビじゃな…この2体をそのままやるから…頑張って魔王を続けるのじゃ」
「それは構わないが…もうこの世界は人間の敗北が決まった世界じゃ…実質死霊は魔物や魔族は襲わないから…もう、魔族と魔物と死霊の世界…勇者や剣聖、賢者の死体も見つかっている…実質、コーネリアの世界で魔王が必要なものか?」
「まぁ、我れは、新しい邪神様と、その器と楽しく暮らしていたいのじゃ…新しい邪神様…ナニカ様が復活したら、魔王は必要じゃ…だから…まぁ頑張れ」
「さりげなく、面倒事を魔王様に押し付けましたね? それでコーネリア様は理人さんと…お兄ちゃん扱いして家族生活するんですよね?」
「なんじゃ、ララアも…城から帰ろうとしているじゃないかのぉ…同じ穴のムジナじゃ」
「ああっ、帰るんだ…それなら私も帰るわ」
「「「それじゃ、ゾルベック、後は頼んだ」」」
◆◆◆
はぁ~本当に酷すぎる…
邪神様は殺されてしまったし…四天王の二人は自由人で…
本当に忠誠を誓った二人は…ゾンビ。
そしてこの世は…死霊だらけ…
『魔王辞めます』それも言わして貰えぬ…地獄じゃな。
※ この話もいよいよ大詰め…あと数話で終わります。
第72話 その時が来た! 理人死す
体が物凄く痛い…体の中から何かが出てきそうな感じだ。
あの時の夢が本当なのは解っている。
傍に、イシュタルさんが居る…その姿はいつか見た、あの少女にそっくりだった。
彼女が眷属であるなら、あの約束は本当だった…そう言うことだ。
「はぁはぁはぁ」
体が裂けるように痛くなる…内臓が片っ端から潰れていく気がする。
「うがぁぁぁぁぁー――っうぐうぐっ….」
俺の口が裂けるのが解る…こんな痛み初めてだ…
死ぬのは良いけど…この苦しみは…耐えられない。
「うごわぁぁぁぁ、ぐわっ…」
俺の口から手が出て来た。
「大丈夫じゃ、理人お兄ちゃん…今は苦しいかも知れないが、治す薬は用意済みじゃ」
「理人様、痛みを抑えますから、安心下さい…パラライズ」
「これは何?理人くん、どうなっちゃうの…嫌だよ、いやだー――っ」
「理人様の体の中から…嘘ですわ、人間が出てこようとしている」
「ミランダ、絶対に我れが助けるから、我れとイシュタルとララアとメアリー以外、外に出すのじゃ…失敗したら大変なのじゃ…頼むのじゃ」
「解りました…その代り、絶対に助けて下さいね」
「ああっ約束じゃ」
「うぐわぁぁぁ、ハァハァ、月子、塔子…さようなら…ぐあわぁぁぁ」
「大丈夫じゃ、理人お兄ちゃんは死なないのじゃ…」
「嫌だよぉぉぉぉぉぉー――理人くん、いやぁぁぁぁぁー-」
「理人様、理人様、死なないで嫌ですわー――っ」
「お前らが居ると本当に死ぬのじゃ…ほら理人お兄ちゃん…目を閉じて心静かにするのじゃ….ミランダ」
「解りました」
ドアが閉まって三人が行ってしまった。
駄目だ…イシュタルさんが、色々な呪文を使ってくれているが…駄目だ。
「女神の名においてかの者を眠らせよ…スリープ」
気が遠くなる…眠い…どうせ死ぬなら…死ぬまで…皆を見ていたかった。
意識が遠くなる…体中から血やら涙やらが垂れ流し…
もう真っ暗だ。
◆◆◆
「早く、ナニカ様を引っ張りだすのじゃ」
「解りました」
「それじゃ行きますよ」
ララアとイシュタル二人掛で引っ張り出して貰った。
これで大丈夫な筈じゃ…
理人お兄ちゃんは…死んで居る。
口を裂かれた状態でそこから15歳位の少女が出てきたのじゃから、女の出産処じゃないじゃろう…破瓜の痛みの数千倍じゃな…幾ら魔法を使ってもこの痛みはただ事じゃないだろう…
邪神が宿るって事は理屈を超えている。
普通に考えて…同じ大きさの人間が中から出てくる…あり得ないはずじゃ。
「ふぅやっと生まれる事ができたわね」
理人お兄ちゃんの死体に我れはエリクサールを振りかけた。
「これで大丈夫な筈じゃ…なんでじゃ、何で生き返らない」
「この秘薬は最強の秘薬ですよね…生き返るって話じゃないの…まさか偽物?」
「そんな…何故じゃ」
「あの…それエリクサールですよね…私が女神の力を込めて作った秘薬です…ですが私が…その女神じゃ無くなったから、それ只のポーションと一緒です」
「それじゃ理人お兄ちゃんは…」
「もう生き返りません…」
「コーネリア様…もう、死霊にするしか方法が…」
「メアリー、此処迄壊れていては、死霊にしても心は戻らぬよ」
「おいコーネリア、お前は死霊の女王なんだろう? 死後の世界はお前の物なんだよな…頼むから、頼みますから…理人さんを…」
「済まない、ララア、無理じゃ」
「理人様―――っ理人様―――っ」
「流石に体を水で流したいわね…『パーフェクトヒール』、ほら、理人も血だらけだから…シャワーでも浴びようか?」
「「「あっああっあああー―――っ」」」
「何驚いているのかしら? イシュタル、貴方の能力を根こそぎ奪ったんだから、出来て当然でしょう! それに、貴方も随分食らったみたいだから、多分似たような事出来る筈よ…眷属なんだから余り馬鹿しないで…あーあっみっともない…ほら、理人、体が気持ち悪いのよ…早くお風呂に案内しなさい」
「ああっ、本当に、本当に居たんだ…もう一度会えるなんて思わなかった…」
「感動してくれて会えて私も嬉しいけど…お互い血と汚物まみれよ? 先にお風呂行こうか?」
「ああっ、そうですね」
あれは何者なんじゃ…幾らイシュタルを食らっても『邪神』であれば『聖』なる力は使えぬ筈じゃ。
多分、ナニカ様はああいうが、イシュタルは聖から邪に代わったから『パーフェクトヒール』は使えぬ筈じゃ。
眷属のイシュタルですら邪神ゾーダスすら倒せた…
女神と邪神の力を持つ大いなる存在…我れにも解らぬわ。
※恐らく、次か次あたりで本編は終わります。
その後は、数話閑話等を書く予定です。
第73話 偽りの世界
「コーネリア様…うむ、何じゃ?」
「もう、王国も帝国も全て滅んで死霊の国になっているみたいですね」
「うむ…そうじゃ」
「あの、これからどうなるんでしょうか?」
「ララア、心配するでない、死霊は魔族や魔物は仲間だと思っておるから襲わない…月子や塔子は異形と関りがあるから、大丈夫じゃろう…まぁ人間が滅ぶだけで、世界は全く変わらんよ」
「そうですよ…全ての人間が居なくなっても、それが死霊に代わるだけだから、問題は無いですよ」
「いや、聞きたいのは、コーネリア様は女しか死霊にしないのですよね…そうしたら、世界は死霊とはいえ『女』だけになりますよ」
「何が言いたいんですか?」
「何が言いたいんじゃ?」
「ハァ~、コーネリア様だけじゃなくメアリーさんも気がついていないのか? 最終的には男は理人さんだけになるんじゃないですか?」
「何故、そうなるのじゃ、魔族にも魔物にも…男はおるじゃろう?」
「そうですよ」
「私が聞きたいのは…それらの男性が『死霊』の恋愛対象になるかです…私の知っている限りでは魔族や魔物と死霊が付き合ったなんて話を聞いた事ないですよ…それに、どう見ても、王国の死霊は理人さんに好意を持っている様に見えました…メアリーさんもそうなんじゃないですか?」
「そう言われれば…私は理人さんが好きですね…結婚したいと言っても過言じゃありません、あっそうしたらコーネリア様が義理の妹ですか?」
「メアリー貴様…だが、そうじゃな、死霊は恐らく、理人お兄ちゃんを好きじゃろうな」
「あの、それはこの世の殆どの存在が理人さんを好きだという事で…問題は無いんですか?」
「「…どうですかね(じゃろう)」」
◆◆◆
さっきは、お互いが血だらけだから、気がつかなったけど…裸じゃないか…
「どうして? なんで私から目をそらすのかしら?」
「裸だから…その」
「そう、人間ってそういう存在だったわね…だったら私は体を流したら直ぐに出るから、その後理人が体を流すといいわ」
「すみません」
「いいのよ…」
小さい頃にみた夢の中の少女。
俺の中に居て…今、俺の中から…外に出てきた。
そう言えば…俺は何で死ななかったのだろう。
聞いてみないといけないかも知れない…
◆◆◆
「ふぃ~気持ち良かったわ」
俺はお風呂からあがり…今、彼女と二人でいる。
彼女にはララアが服を貸してくれてくれて、コーネリアさん達が気を利かせてくれたのか皆は他の部屋に行っている。
月子があっさりと引いた所を見ると、皆、薄々知っていたのかも知れない。
「あの」
緊張して何も言えない。
「聞きたい事があれば、聞けば良いじゃない? 貴方は気がついて無かったけど…ずうっと一緒だったんだから」
確かにそうだ…
「それなら…あの俺は何で生きているんですか?」
「ああっ、あの話…確かにあの時、私は『今の貴方は死に掛けている。このまま放っておけば直ぐに死ぬ。私をその体に宿らせてくれるなら、今は助けてあげる。だけど時が来たら、私は貴方を殺してしまう…それは「「私にはどうする事もできない」」、どうしますか?』そう言ったわね」
間違いなく、そう聞いた。
「確かにそう聞いた筈だけど…俺は生きています」
「ああっ、それね、あの世界でそのまま暮らしていれば、理人は死ぬ運命にあった…一旦、死んだのは覚えているでしょう? だけど、この世界には『死んでも生き返らせる』方法があって…とある人物からその能力を偶然奪えた…それだけよ」
本当にそれだけなのかな…
「本当にそれだけ?」
「それだけよ?」
「そう…それじゃ、あの時に言えなかった事を伝えたいんだ」
「何かしら?」
すーはーすーはー
「あの時命を助けてくれてありがとう! 今まで俺を生かしてくれてありがとう! この命は貴方から頂いた者です、貴方が居なければ俺はもう生きていませんでした…本当に本当にありがとう」
「うあわぁぁ、はぁぁうああああっ…もうああああー-っ」
顔を真っ赤にして走っていってしまった。
◆◆◆
「邪神にしては純情ですね」
「メアリー仕方無かろう? まだ生まれたばかり、まるで子供なのじゃからな?」
「私を惨殺しながら食べた存在とは思えませんね」
「あの…あれがもしかして、理人くんの中に居た、恐ろしい存在?『ナニカ』なの…」
「月子…貴方は何で普通にしていられますの? ここの住民も大概ですが…あれは別格ですわ」
「まぁ、私は犬神憑きだったし…今はミランダ憑きって感じだからね…ちょっと怖いな位…しかもあの、得体の知れない『ナニカ』は私の恩人なのよ、怖いけど、理人くんと同じように命を救ってもらった事に凄く感謝しているのよ」
「しかし、理人さんと言い月子さんといい凄いですね、腐っても四天王のこのララアですら恐れる相手を見て好意を寄せられるんだから」
「四天王…ララアさん」
「そう言えば、魔族の四天王の一人がララアという名前でしたわ」
「ララア…お前―――っ」
「あっコーネリア様…すみません」
「コーネリア…死霊の女王コーネリアって事ですの?」
「もう仕方がないのう、我れは四天王の一人、コーネリアじゃ、まぁいままで通り頼むのじゃ…まぁ皆が普通でない、それで良いではないか」
この世界は本当に可笑しいのですわ。
白銀の苗字を持…蛇の血を持つ私が…一番の雑魚に思えるのは何故なのでしょうか…信じられませんわ。
◆◆◆
彼女の名前はとりあえず他の皆に合わせて『ナニカ』と呼ぶことになった。
生まれたてのせいか、疲れているらしく、あの後直ぐに眠ってしまった。
いつもの様にララアさんと採取に行き…ゴブリンを愛でてギルドに行くと戦争はもう終わっていた。
「理人さん…もう大丈夫…中に入っても…良いよ」
どうやら、戦争はもう終わったらしい…
しかし…何が起きたんだ?
まさか、戦争で多くの男性が犠牲になって死んでしまったのだろうか?
確かに、戦闘職は男性の方が多いからこう言うこともあり得るのか?
見た所、何処にも男が居ない。
戦争のあとのせいか、皆の服が汚れている。
そして、やはり精神的に疲れているのか、顔が青白く見える。
「理人さん…定食美味しいよ…」
「理人さん…遊んでいかない?」
やはり、戦争の跡が酷い…そこかしこに血がついている。
商売も再開しているが、声が落ち込んでいるように思える。
娼婦の人に声を掛けられたが…この分じゃ仕事にならないだろうし、大変だな。
「ララアさん…この世界の戦争って本当に悲惨なんですね、こんなに皆、落ち込んで、街だって血だらけだ」
「そうですね…人間同士の方が案外残酷なのかも知れませんね」
《死霊との戦いですから、降伏はありません…ある意味これ程残酷な戦争はない、死ぬしかないんだから…》
「確かに、そうだね…魔族や魔物より余程人間の方が残酷に思えるよ」
「そうですね…それじゃ換金にいきましょう」
◆◆◆
最近になって凄い違和感を感じた。
俺に宿っていた、女神ナニカ様は凄い美少女だ。
しかも…元女神だったイシュタルさんは、二つの顔を持つ凄い美人。
ララアさんは冒険者らしい健康的な美人。
コーネリアちゃんは妹みたいな可愛い美少女。
ミランダさんは未亡人に思える綺麗な美人。
メアリーさんは綺麗なお姉さんだし、月子や塔子だって可愛い。
しかも、最近は街で男を見かけない…女ばかりだ。
可笑しな事に…同級生にすら会わない…
此処から考えられる事は、俺が来たこの世界は…
男女比が狂った世界…
所謂…男の夢..ハーレムの様な世界なんじゃないだろうか?
そうでもなければ…こんな俺に都合の良い世界なんてありえない。
「皆、愛しているよ…大好き!」
「理人..本当にもう困るのよ…私の事好きすぎでしょう…でもね、私だって体に居た時から…その好きだよ」
「我れはそんなに魅力的かのう…我れも…その理人お兄ちゃん、を好きだよ」
「私も良いんですよね…お慕い申し上げます」
「うふふっ私はご主人様をただ一人愛する女神なのです…愛してます」
「私も…好きですよ…」
「今までの不幸が嘘みたいです…長い間この屋敷に居ましたが、今が一番幸せです」
「理人くん、私1人じゃ無いのは残念だけど..好きだよ、愛している」
「私も宜しいのですわね、勿論愛していますわ」
ほらね、幾ら何でもこんなに俺がモテるわけが無い。
しかも全員が美女や美少女なんだ…
この世界は俺に優しく甘い世界だ。
やはり…此処はライトノベルの…美少女ハーレムの様な世界に違いないよな。
こんな世界に転移したなんて『幸せ』だ。
◆◆◆
街から逃げ出した…逃げた先で一軒家を見かけた…
どうやら此処は人がいるようだった。
暫くで良い匿って欲しい。
そう思い窓から覗き込んだ…
嘘だろう…
この世の物とは思えない化け物に囲まれ…笑顔の美少年がいた。
『気持ち悪い』
真面な女も2人居る…だが街に居る死霊とは比べられない程気持ち悪く恐ろしい死霊が3体いる…だが、その3体の死霊等比べられない程気持ちが悪く、怖くて醜い存在が複数いた。
『怖い…あれはなんだ』
俺は、その場所を急いで離れようとした。
『ご主人様、ちょっと席を外しますね』
醜く背の高い死霊がネコナデ声で美少年に伝えた。
「また仕事? ミランダさんは働き者だね」
『そんな、ご主人様』
死霊の中でも醜く恐ろしい女が体をクネクネしていた。
だが、見ているべきでなかった。
『見たわね』
さっきの死霊がいつの間にか俺の後ろに立っていた。
嘘だろう…俺は一瞬で首の骨を折られ、近くの茂みに投げ捨てられた。
「ハァハァ、ヒューヒューあああっー-」
あれは何だったんだ…あの男は….
死にゆく俺はその真相にたどり着くことは無い。
FIN
※本編はこれで終わりです。
この後、あとがきを書く予定です。
ありがとうございました。
第74話 【IF】 もしもの話 本編とは関係ないです
死んだはずの俺が何故か生きていた。
「理人くん…大丈夫?」
「理人様、具合は大丈夫ですの?」
月子と塔子が俺を覗き込んでいた。
あれ…可笑しいな…月子ってこんな顔だったっけ…もっとこう可愛く見えてたのに…
それに比べて塔子は凄く綺麗だ…流石に学園1綺麗と言われる事はある。
「心配掛けてゴメン…そう言えば他の人は」
「理人、ようやく会えたわね…」
「うわぁぁぁぁぁー―――――っ、何だこの化け物はー――っ」
「一体どうしたと言うのです、何処に化け物が、すぐにこのイシュタルが…」
「うわぁぁぁぁぁー――助けて、助けてくれー-」
「一体、何があったのじゃ、理人お兄ちゃん?」
「どうかされました? 理人様」
「うわぁぁぁぁぁぁー―――――――っ、塔子、月子逃げないと…早く」
だが二人とも逃げようとしない。
もしかして…洗脳でもされているのか?
仕方ない…今は逃げた方が良い。
俺は家を飛び出して、森に逃げようとし…躓いた。
嘘だろう…肉を食われて腐った死体があった。
「ああああっ、これは何だ…食われている」
「理人…どうした…」
女性の声が聞こえた。
そこに居たのは、まるでゾンビにしか見えない、体が腐った女だった。
『逃げなくちゃ』
俺はひたすら走った。
あと少しだ…街までたどり着けば…助かる。
だが、街で見た物は…
人間が滅ぼされ…ゾンビに支配された街だった。
「理人…さん…こんにちは」
「理人さん…」
「うわぁぁぁぁー――っ、イヒッ、いひひひひひ、あーはははははっ、あはあはあはあはっ!」
◆◆◆
「狂ってしまっているわね…私が抜けたから、普通に戻ったのかしら」
「あの理人くん、可哀そうだよ」
「可哀そうですわ」
「仕方ないのじゃ…メアリー楽にしてやってくれ」
「はい」
◆◆◆
化け物が、すぐ傍に来て俺の首を跳ねた。
この地獄で生きる位なら…死んだ方が良いよな。
あっさり…僕は殺された…
だけど…何でこの化け物たちは泣くんだろう…
彼女たちの服に見覚えがあった…
そうか…彼女たちは…そうだ…
「ごめんね」
それを伝えるのが俺の精一杯だった。
【閑話】この世界はエロゲーですか?
「理人、いい加減なれて欲しいんだけど?」
「そういうナニカ様だって、すぐに目をそらすじゃないか?」
「私は仕方ないでしょう? 全く、男性と話した事もないんだから」
俺だって慣れていない…仕方ないと思うな。
「俺だって、女性経験が全くないんだから、仕方ないよ」
あの時から数日、俺はナニカ様とどう接して良いか悩んでいた。
本来なら絶対に会えない、夢の中の彼女…それが傍に居る。
一体どうすれば良いんだ?
「それなら、私で練習すれば良いですよ? ほら顔も同じだし、なんなら、この体の方が抱き心地も良い筈です…胸もありますし、私女神でしたから母性が強いですよ」
「イシュタル、貴方私に喧嘩を売っているのかしら?」
「ひぃ…」
「だったら、我れと一緒に寝る事から始めたら良い、我れは妹みたいなもんだから、緊張しないじゃろう」
「はいはい、いい歳したお婆ちゃんが痛いから止めませんか? 理人様、女性とお付き合いしたいなら、お姉さんが教えてあげますよ」
「私が一番良いですよ…これでも未亡人ですから…恋愛の先まで手とり足とりお教えしますわ」
「メアリー、ミランダ、うむむむっ後で…」
「ミランダさん、その前に体が無いじゃない…理人くん、そろそろ長幼馴染を卒業しても良いと思うよ」
「私も…その恋人になっても宜しいですわ」
「それなら、私が好きな方に憑依します…体は女子高生でテクニックは未亡人…凄くお得です」
「悪霊が、ふざけんなよ…理人くん、お姉さんが一番良いと思うよ…健康的だからね」
「ララア、お前」
ハァ~、俺は会話も儘ならない話をしていたのに、何故こんな話になるんだ。
前にイシュタルさんから、月子と塔子以外は種族の違いから『妊娠』しないと聞いた。
それからという物、皆がこういう会話をしてくる。
最近は外を歩いても…男が居ない。
この世界はギャルゲーの世界でもない…恐らくは『エロゲーの世界だ』
だから、戦闘イベントも無い。
もし、この世界の作者は手抜きが凄すぎる…男を書きたくないのか、最近では男が居ない。
「あの…どうせ妊娠しないし…真似事で良ければ相手してあげるわ…理人が私を好きすぎて可哀そうだからね」
なっ…こんなのエロゲーしかないよな。
勘違いは…本当に恐ろしい(BY 作者)
あとがき
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
この作品は当初ホラーで書くつもりでしたが早々詰まってしまい異世界に逃げました。
此処暫く長編が書けずに悩んでいたのですが、この作品ともう一つの作品でスランプを抜け出しました。
数日後にはまた新作を書く予定です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。