5時から俺は ~異世界帰りのおじさんにたった一つ残った物~

最悪
俺は理人(りひと)とある会社で係長をしている
32歳で係長の俺はまぁ、出世するでもなく、かといって落ちこぼれでもなく…まぁ到って平凡っていう所だ。

そんな、俺の自慢は、妻である陽子だ。

中学の時から憧れていた女性で凄く綺麗で優しい人だ。

中学の時に告白をして撃沈した。

その後は、結婚したと聞いて諦めていたが、30歳の時に同窓会で再びあった。

その時彼女はシングルマザーだったので再び告白し、1年の交際をえて結婚した。

当時6歳の連れ子も居たが…陽子の子なら愛せる自信があった。

俺にとって【他はどうでも良い】そう思える位大切な存在だった。

僅かな、おこずかいだけとり、後は給料もボーナスも全部渡していた。

バッグを買おうが、化粧品を買おうが文句は言わない。

家の家事だって喜んでやった。

何故なら、【綺麗な陽子】に【可愛い恵美】を見るのが好きなのだから、他はどうでも良かった。

だが、ある時から俺に可笑しな事が起き始めた。

妻の陽子が俺との【夜の営み】を拒み…何故か会社の残業が増えていた。

そして、何だか、恵美の様子も可笑しい。

そんな日々が長く続いた。

可笑しいと思いながらも鈴木部長の「期待している」

その期待に応える為に頑張っていた。

家族との時間が減ったが…これは仕方ない。

だが、過労が溜まったのか、ある日体に力が入らなくなった。

「今井係長、顔色が悪いっすよ」

「あの…流石にこれ以上は倒れますよ」

仕事の途中だが、部下にそう言われ早退する事になった。

久々に早い時間に家に帰ってみると…

可笑しい、何で男物の靴があるんだ。

まさか…頭で否定しながら家に静かにあがると、リビングには誰もいなかった。

2階に上がると、夫婦の寝室から、声が聞こえてきた。

暫く聞いていると

「アン、ああああーーーん、あん」

「ハァハァハァ」

明かに行為をしている声だった。

勢いよくドアを開けると其処には一糸まとわない妻陽子と鈴木部長がいた。

「なに…しているんだ?」

俺が声を出すと…

妻と部長がこちらに気がついたようだ。

「今井くん、これは違うんだ」

「貴方、これは違うの…」

二人して必死に弁明していたが、ベッドの近くには、使ったゴムが無造作にあり、恐らく足りなくなったのかその後は生でしたのだろう

立ち上がった妻の太腿からは精液が流れ落ちた。

「何が違うと言うんだ…この状況で、何が違うんだ」

俺がそう言うと、2人の形相が変わった。

「そうね、この現場を見られちゃ流石に無理ね…不倫よ不倫、だけど貴方甲斐性なしだから仕方ないじゃない?」

「お前なんか簡単にクビに出来るんだぞ」

頭の中が空っぽになった。

一瞬にして俺は愛する妻も上司も失ってしまった。

そのまま、ふらふらと廊下に出ようとしたら、恵美にぶつかった。

「恵美…」

こんな場面みたら娘もショックだろう…そう思ったら。

「あちゃぁ~お母さん、みつかっちゃたの?」

「恵美、それはどういう事だ?」

「だってお父さんよりも鈴木さんの方がお金持ちで、お父さんにするならこっちが良いもん」

「それじゃ、俺は?」

恵美ではなく陽子が答えた。

「そうね、何時でもお金をくれる理想のATMかしら?」

「だけど…なんで鈴木部長なんだ? 部長は妻帯者だぞ…あははははっ、一生懸命頑張っても遊びの相手に負け…たのか…いいや」

「待って、鈴木さんが結婚…嘘、今は独身じゃないの?」

「嘘、バツ1だって、言っていたのに…」

「お前ふざけんな!」

そんな声が後ろから聞こえて来たが…涙で前が見えなくなり、靴も履かずに外に飛び出した。

「あはははっ….あははははっ、もうどうでも良いや」

ドンッ…何か衝撃を受けた。

そのまま宙に舞い、地面に叩き付けられた。

痛いな…だけど、もうどうでも良いや。

「大丈夫ですか」

声が聞こえてきたが、体が動かなくなり目の前が暗くなった。

異世界転移

異世界召喚

「目を覚ますのです…」

何処からか声が聞こえて来た。

「もう良い…このまま眠らせて欲しい、もう疲れたんだ」

「目を覚ますのです…今井理人」

いい加減煩い…俺は…あれ?

「貴方は見事なまでに、トラックに轢かれましたね…うふふ、物語ではよくある事です」

そうか、あの時に家を飛び出して俺は、トラックに轢かれたのか?

確かに痛みと衝撃を味わった気がする、待てよ? それならば俺は死んでいるんじゃないのか?

なんで生きているんだ…それより、目の前の女性は【喋ってないのに会話が成り立つんだ】

「それは女神だからですよ」

「女神?」

確かに、目を凝らしてみたら、この世の者とは思えない、とんでもない美女がいた。

「はい、私は転生を司る神、イシュタスと申します」

「女神様ですか? だったら、あの憎き鈴木に罰を与えて下さい」

「私は転移の女神です、裁きの神や復讐の神では無いので出来かねます」

「だったら、俺はどうすれば良いのですか…」

「女神としては、復讐など忘れて、新しい人生を歩んだ方が良いと思いますよ? 」

「確かにそうかも知れませんね…それでどうして俺は呼ばれたのでしょうか?」

「異世界に行って、勇者と共に戦って欲しいのです」

「あの…小説では10代の若い子が転移者になるんじゃないですか?」

「その…実はクラスの担任も含み召喚されたのですが、担任の緑川さんが『絶対に嫌だ』と拒否されまして困っていたのです」

担任が生徒を見捨てるなんて酷い話だな。

「異世界転移の拒否なんて可能なのでしょうか?」

「普通は出来ませんが…そのよりによって担任の緑川さんの実家がお寺でお守りを持っていたせいで弾かれてしまったようなんです」

「ですが、その生徒達と俺は面識が無いですよ?」

「事情は話してありますから大丈夫ですよ…皆さんが貴方をお待ちしています」

なんだか胡散臭い話に聞こえるが…大丈夫なのか?

「それで俺は拒否するとうなりますか?」

「死にますね…だって今井さん、今死に掛けですから」

確かにそうだ。

あのまま死ぬ位なら、異世界に行くのも良いかも知れない。

それに異世界に行けば、陽子にも恵美にも…あの嫌な鈴木にも会わないで済む。

「異世界に行った場合、この世界に帰って来られるのですか?」

「勇者の仲間が魔王を倒した際に『帰るか、残るか』選べますからご安心下さい」

「死ぬ位なら、折角頂いたチャンスだと思っていかせて頂きます」

「それが賢明ですね…それじゃ緑川さんが貰う筈だった、ジョブとスキルを与えますね…異世界につくのは先に行った学生さんと同時にしますからご安心下さい」

こうして俺は異世界にいく事になった。

※ 異世界での勇者の話はサラッと終わる予定です。

召喚された先
俺が目を覚ますと学生達は既に一か所に集まっていた。

その前に、明かに中世の騎士の様な恰好をした人物がいて、その先には綺麗な美少女と多分王様なのだろう、偉そうな人物が椅子に座っていた。

「最後の一人が目覚めたようです」

騎士の報告を受け、王の前にいた美少女がこちらの方に歩いてきた。

「ようこそ、勇者の皆さん、私はこの国アレフロードの第王女マリンと申します、後ろに座っているのが国王エルド六世です」

この中で大人は俺一人だ俺が話すべきなのか?

だが、先に一人の生徒が行動を起こした。

「こちらの国の事情は女神様に聞きました。そして我々が戦わなくてはならない事も…だが私以外の者は生徒で子供なんです..できるだけ安全なマージンで戦わせて欲しいと。そして生活の保障と全てが終わった時には元の世界に帰れるようにして欲しいのです」

俺より交渉が得意そうだ。

これなら俺は出る幕が無いな。

「勿論です、我々の代わりに戦って貰うのです。戦えるように訓練もします。そして、生活の保障も勿論しますご安心下さい。 元の世界に帰れる保証は今は出来ません。ですが宮廷魔術師に頼んで送還呪文も研究させる事も約束します」

可笑しいぞ…女神は魔王さえ倒せば『帰る、帰らない』の選択が出来ると言っていたが違うのか?

まぁ、今はどちらでもよいが。

「解りました、それなら僕からは何もいう事はありません、ほかのみんなはどうだ? 聞きたい事があったら遠慮なく聞くんだぞ」

この子が勇者か?

随分クラスの皆から信用があるんだな。

同級生が色々な事を聞いていた。

どうやらここは魔法と剣の世界、俺の世界で言うゲームの様な世界だった。

学生の一人が質問していた。

「ですが、僕たちはただの学生です、戦い何て知りません、確かにジョブとスキルを貰いましたが本当に戦えるのでしょうか?」

「大丈夫ですよ、ジョブとスキルもそうですが召喚された方々は召喚された時点で体力や魔力も考えられない位強くなっています、しかも鍛えれば鍛えるほど強くなります。この中で才能のある方は恐らく1週間位で騎士よりも強くなると思いますよ」

そうなのか? 俺も男だな、少しだけ楽しみだ。

「それなら安心です…有難うございました」

この世界は魅力的だ。

出来たら俺も若い頃来たかったよ。

「もう、聞きたい事はありませんか? それならこれから 能力測定をさせて頂きます。 測定といってもただ宝玉に触れて貰うだけだから安心してください…測定が終わったあとは歓迎の宴も用意させて頂いております、その後は部屋に案内しますのでゆっくりとくつろいで下さい」

測定か…そういえば自分がどんな能力を貰ったのか…まだ知らないな。

もう良い年なのに楽しみだ。

測定とBIG4
その後すぐに水晶による能力測定の儀式が始まった。

これは異世界から召喚した者たちのスキルとジョブ、能力が見て取れるものだそうだ。

俺は学生達の後ろに並んだ。

しかし、こんな若い子たちに交じって俺は浮いているとしか思えないな。

測定を終えた学生達はみんな、はしゃいでいた。

「僕は賢者だった、しかも聖魔法のジョブがあったんだこれアタリじゃないかな?」

「私も魔導士だった、最初から土魔法と火魔法が使えるみたい」

「いいなぁ私は魔法使いだって、どう見ても魔導士より下よね、魔法も火魔法しか無いんだもの」

『そうか、てっきりみんな自分のジョブやスキルは解っていると思っていたんだけど、何を貰ったのかここに来るまで解らなかったのか…俺と同じだ』

「気にする事はありませんよ! この世界では魔法使いになるには沢山の修行をして初めてなれるのです。魔法使いでも充分に凄い事です。」

「本当? 良かった!」

会話を聞く限り、魔法使いや騎士等が多いみたいだが、それでもハズレではなくこの世界で充分に凄いジョブらしい。

そしてアタリが恐らく、賢者や魔導士なのだろうか、そう考えると大当たりは勇者、聖女辺りの様な気がする。

実際には、聞き耳を立てて聞いている限りでは、凄いと思えるようなジョブは今の所「賢者」と「魔導士」位しかでて無さそうだった。

「やった、私、大魔道だってさ、魔法も最初から4つもあるよ..当たりかなこれは」

『どうやら魔法を使う、最高のジョブは大魔道かな、そうすると賢者や魔導士は中アタリだな、大アタリは 勇者、聖女、大魔道、大賢者当たりだろう。大魔道のジョブを引いた少女を見た時に担当の人が驚いた表情を見せていたからな』

俺は勇者と共に戦って欲しいと頼まれた…そして数合わせと考えたら、騎士や魔法使いに違いない。

「1人の少年と目が合った」

少年は俺の方に歩いてきた。

「おじさんが、緑川先生の代わりにこっちに来た人?」

「ああっ今井理人、元サラリーマンだ」

「そうか? 若い奴ばかりで苦労しそうだけど宜しくな! 俺は大樹だ、横の金髪の奴が大河で緑髪の奴が聖人…その横の意地悪そうな女が塔子だ」

「宜しくな、おっさん!」

「宜しくお願いします」

「大樹、覚えておきなさい! 白銀塔子です! 宜しくお願いしますね」

「こちらこそ、宜しく…白銀塔子、白銀財閥のお嬢様ですか? もしかしてBIG4…」

「確かに私は白銀財閥の令嬢ですわね…他の三人も含んでBIG4とか呼ばれていますが…学生でも無いのによくご存じですね」

この4人の親には、総理大臣ですら逆らえないという超大物たちの子供じゃないか…

「テレビで拝見しました、お会いできて光栄..」

「気にしないで良いよな? 大樹」

「ああっ緑川先生みたいに逃げないで来てくれた、感謝だ」

「そうそう、此処じゃ関係ないからね…年上だから理人さん?かな」

「確かにおじさんだが、理人で構わない…です」

「あはははっ緊張しなくて良いよ…それじゃ俺は大樹で」

「俺も大河で良いよ」

「それじゃ僕も聖人で良いよ」

「私は…ごめん、流石に女の子だから呼びつけは無理、塔子さんか塔子ちゃんで良いわ」

「わぁ塔子ちゃん空気読めない」

「あのさぁ聖人が『塔子ちゃん』と呼ぶんだから仕方ないでしょう?」

「そうか、そうだよね」

彼らは特別な子なのに…案外気さくに話してくれるんだな。

「流石に呼びつけは直ぐには出来ないから『くん』から始めさせて貰うよ。」

「「「まぁ仕方ない(な)(よね)」」」

まさか異世界でこんな有名人と会うなんて思わなかったな。

やはり彼らは異世界でも特別だった。

大樹くんが勇者。

大河くんが剣聖。

聖人くんが大賢者。

塔子さんが聖女だった。

そして俺は…聖騎士だった。

大切な仲間

異世界の生活は凄く快適だった。

若者についていけないのか…そんな事は無かった。

『聖騎士』のジョブの恩恵は凄く、剣術に置いては勇者の大樹くんと剣聖の大河くん以外にはまず負けなかったし、まるで羽の生えたように体が動いた。

「理人のおっちゃんやるじゃねーか、あと少しで俺に勝てそうだったぜ」

「ハァハァ…よく言うよ、簡単に躱した癖に」

「だけど、理人のおっちゃん以外でここ迄俺とやりあえるのは大樹だけだからな」

「あははは、お手柔らかに…」

「さぁ、理人さん、次は俺だ」

「俺はもう疲れたから大河くんとやってくれないか?」

「大河は剣だけだから、魔法を絡めて使える理人さんの方が勉強になるんだよ」

「それじゃ仕方が無い老体に鞭を打ちますか」

「そんな歳じゃないでしょう」

彼等とは簡単に仲良くなれた。

歳の離れた気の置けない友人…そんな所だ。

彼等には本当に感謝だ…

彼らのおかげで、腹が立つ上司も不倫した妻も裏切った娘もどうでも良くなっていた。

娘よりもよっぽど彼等の方が『私の子』と思えるほど大切な仲間に思えた。

最も彼らからしたら頼りないおじさん…そう思われているだろう。

話してみると彼等からは学ぶ事が沢山あった。

帝王学というのを学んでいたからか、世の情勢の見方から経済まで…凄い知識だった。

「こんな知識、異世界じゃ役に立ちませんよ?」

「いや、もし元の世界に帰ったら…実践」

「なんで理人さんは帰ろうと思うのですかね? 此処で貴族にでもなって綺麗な奥さんでも貰った方が建設てきですわ」

「確かにそうかも知れませんが…俺はやはり日本人の女性の方が、好みだ」

「そうか? 俺はボンッキュボンなら眼の色も髪も気にならないな」

「大河、だからお前はモテないんだよ…少しは」

「はぁ?女の手を握った事も無い聖人に言われたくねーよ」

「これだから、粗暴な奴は嫌いだ」

「おい、理人さんが引いているし、塔子も居るんだ、いい加減にしろ」

「「リア充が」」

俺から見たら全員がリア充にしか見えない…
俺は随分と悲しい青春を送ったもんだな…

◆◆◆

「大変だな、周りは若い奴ばかりだ」

「そうでもないさ…こうして騎士の方や兵士の方が酒に誘ってくれる」

接待以外で酒を飲むのは楽しい…こんな楽しい酒はどの位ぶりだろうか?

前の世界と違って…この世界は不便だが…幸せだ。

今まで俺の人生が糞だったか解った。

この世界は不便だが…すべてが俺に優しい。

妻は俺を愛して居なかった。

娘も同じだ。

会社はブラックで上司は糞だった。

それが、今わかった。

何故なら…僅かな時間過ごした彼等の方が、遥かに俺に優しく。

年下の彼等や騎士や衛兵の方が俺にも大切に思えたからだ。

辛い筈の訓練すらも今は楽しい。

死ぬには良い日だ

異世界は甘くは無かった。

小説や漫画の様に弱い敵を倒して強くなる。

そんな時間は無かった。

王国の周りを無数の魔族が埋め尽くすように取り囲んでいた。

王や王女マリンは青ざめている。

「これは…まだ早すぎます、今戦っても死ぬだけです」

勇者とはいえ、まだ訓練しはじめたばかり無理だ。

「ここは私たちが引き受けます…皆様は裏から逃げて下さい」

「俺は勇者だ逃げられない」

「大樹が残るなら俺も戦う!」

「仕方ない僕も残るか…」

「しょうがないわ幼馴染だものね」

ハァ~やはり彼らは違う。

だが、彼らが残ると他のクラスメイトの多くも残る可能性がある。

どうすれば良い。

「マリン王女…勇者の容姿は魔族に知られているのか?」

「恐らく、そこ迄は知られていない筈です」

それなら…簡単だ。

「聖剣の次に優れた剣とミスリルの鎧を俺にくれ」

「どうするのですか?」

やるしかない。

「この戦いは『大樹達5人』を逃す戦いだ。俺が勇者としてあの軍団に突っ込む…その為には勇者に見せないとならない…そして、『大樹達が逃げて』俺が潰れたら降伏する…どうだ」

「だが…それじゃおっさんは…」

「俺の事は気にするな…世界にお前たちは必要だ」

誰よりも…お前たちの方が俺には大事だ。

歳は離れた相手だが…かけがえのない親友だ。

一度は死んだ命…この為に俺は生き延びたのかも知れない。

「理人さんも一緒に逃げよう」

「駄目だ、それじゃ追手が掛かる」

「それなら一緒に戦おうぜ、力を」

「大河くん、君がいくら剣聖でもあの数は無理だ」

「ごめん、今の僕じゃ」

「時間が無かったんだ、聖人くん仕方ない」

「理人さん…」

「塔子さん…君は家の娘と違い良い子だった」

「だが死ぬと知ってて俺は」

「大樹くん…俺は死なない、この世界で死んでも、君が魔王を倒したら元の世界に戻るだけだ」

これは嘘だ…そうでも言わなければ『大樹くんは動かない』

「俺はそんなの聞いてないぞ」

「多分、勇者の君が死ななければ、恐らく大丈夫だ! どういう仕組みか解らないが、君が魔王を倒せば…すべて上手くいく」

「そうか…なら頼んだぞ!」

大樹は俺の手をしっかり握った。

多分、大樹はこれが嘘だという事は解っているのだろう。

だが、この話を飲まなければ大勢が死ぬ。

だから…大樹は飲むしかない。

今日は晴れている…死ぬには良い日だ。

「装備の準備が出来ました」

装備を身に着けた。

「後は頼んだ!」

それだけ伝えて、俺は振り返らずに戦いに向かった。

意識が遠のく…さようなら

俺は躍り出るように戦場に向かった。

味方は誰も居ない。

街が完全に滅ぼされていた。

惨い…それに尽きた。

「ようやく出てきた…お前が勇者か!」

「そうだ、俺が勇者! 理人だー-っ!」

相手の数は多い…ここで少しでも足止めすれば『仲間』が逃げる時間が稼げる。

だから…斬りこんだ。

「そう、私の名前はカーミラ、四天王の一人不死の女王カーミラとは私の事よ! カーミラと不死の軍団が貴方のお相手をするわ」

そう言うと彼女は蝙蝠になり奥へ飛んで行ってしまった。

「ぐあぁぁぁぁー――っ」

「血が…血が欲しいー――っ」

此奴らまさか吸血鬼…だから数が多いのか。

よく見れば、元が人間だった面影がある。

戦いたくないが…最早手遅れだ…

「行くぞー――っ」

吸血鬼とはいえ、元は人間。

倒すのは簡単だった。

「光剣」

剣が輝き、聖なる光を放つ。

この剣であれば、アンデット等倒すのは簡単だ。

斬って、斬って斬りまくる。

どの位戦っている…1時間か? 2時間か…まだ夜になっていないから思ったほど時間は経っていない。

しかし、俺が知っているバンパイアは夜しか活動しない。

この世界のバンパイアは昼間も動けるのか。

しかし、今の所は…普通の人間としか思えない。

大して強くは無い…だが多勢に無勢、幾ら弱いとはいえこんな数の相手は出来ない。

今はどの位倒したか解らない。

だが、数が多すぎる。

倒しても、倒してもキリがない。

幾らいるんだ…数百は倒したが、一向に数が減った気がしない。

駄目だ…彼らは逃げられただろうか?

「勇者よ…夜が来た…もうおしまいだ、夜の吸血鬼に勝てる者等居ない」

嘘だろう…倒したはずの吸血鬼が起き上がってきた。

『不死身』

そういう事か…

それだけじゃない…

「なっ…俺の剣が…抜けない」

「今までと同じだと思うなよ! それぞれの力が昼間の10倍…終わりだ」

糞…もう駄目だ…力が出ない。

「ぐわぁぁぁぁー-っ」

「グルグルグル…」

「待て、勇者が私の部下になるのも面白い! そのまま押さえつけろ」

「なっ何をするんだー―――っ」

「光栄に思え人間…我が眷属にお前を迎え入れてやろう!」

そういうとカーミラの二本の歯が異常に伸びた。

「うわぁぁぁー-やめてくれーー-っ」

俺の首筋にその歯は刺さり、体から血が吸い上げられたのが解った。

空には月が見えた。

此処迄時間が稼げたのなら大丈夫だろう。

只の会社員が…

妻に不倫され…

娘からも上司からも馬鹿にされていた俺が…勇者たちを救った。

歳の離れた友よ!

頑張れよ…

だめだ…意識が遠のく…さようなら。

俺は意識を手放した。

孤独…そして帰還

ぴちゃん、ぴちゃん…水か?

此処は何処だ?

暗い…明かりが一切ない。

「お目覚めか? 勇者よ」

綺麗な女性の声が聞こえる…聞き覚えがある…カーミラだ。

「ここは何処だ?」

「ここは暗黒城の地下、人間は決して這い上がる事など出来ない暗闇の世界だ」

やられた…もう終わりだ…?

「それで俺はどうなる?」

??? 可笑しいな?

「女神を恨むんだな! 何も見えぬ暗闇の世界で、死ぬまで過ごすが良い!」

そう言うとカーミラは蝙蝠に変わり…飛んで行ってしまった。

その美しい姿を俺はいつまでも『見送っていた』

美しい?

俺の好きなタイプは清楚な女性だ。

確かに凄い美人ではあるが、派手な女性は好みでは無い。

それなのに『美しい』可笑しい?

それ以前に『何も見えぬ暗闇の世界』なのに…目を凝らしていたら…見えるようになった。

俺の目には…最早地上と同じに見えた。

これで俺も脱出できる。

俺は歩き出した。

◆◆◆

甘かった。

見えるからってそれがなんなんだ!

こんな巨大な迷宮脱出できるわけないだろう。

道が解らなければ…無理だ。

お腹がすいた…

喉が渇いた…

水は洞窟だから上から垂れてくる場所があるから簡単に手に入った。

だが可笑しな事に幾ら飲んでものどの渇きがおさまらない。

食べ物は…

ネズミの様な生き物にトカゲの様な生き物がいたから、それを食べた…生で。

何故だろうか?

血の味がして凄く美味しい。

これで最低線生きていける…

◆◆◆

寂しい…誰とも会話が出来ないのが此処迄寂しいとは思わなかった。

この際、クズ嫁でもクズ娘でも構わない。

誰か…誰か…気が狂いそうだ。

誰でも良い…話したい、喋りたい…発狂しそうだ。

此処から出たい…出させてくれー――っ。

「ふふふ、勇者も形無しね…髪なんて白髪でまるで老人じゃない?」

「カーミラ」

「そうよ…カーミラ様よ? 何、そのしょぼくれた顔…いやぁぁぁ、何するのー-っ」

誰でも良い行かないでくれー-っ

「お前で構わない、傍に居てくれー――っ 頼むよー-頼むからー-っ」

此奴を離したらまた『独りだ』それだけは嫌だぁぁぁー――

「しがみつくな…離せ…離せー――っ」

俺はしがみつき、それでも逃げようとするカーミラに嚙みついた。

心臓が高鳴った。

噛みついた場所から流れた血がどんな食べ物より美味だった。

そのまま口を離さず吸い続けた。

「ああっ」

思わず口に出た…高揚感が隠せない。

「この変態私の首筋を押さえつけて吸うなんて…キモイわ…いい加減離せー-っ」

何故だ…俺に変な性癖は無い。

だが、この首筋から口が離せない。

そして流れ込んでくる血が…美味しい。

そうか…俺は前にカーミラと戦った時に『吸血鬼』になっていたんじゃないのか…そうとしか思えない。

暫く吸い続けていると、カーミラの姿が変わってきて年老いたようになってきた。

「嫌ぁぁぁぁ止めて、もう止めて…このままだと私は…私は…」

駄目だった…今の俺は…もう止まらなかった。

気が付くとカーミラはまるでミイラみたいになり…死んでいた。

そして風が吹くとまるで灰が飛散するように崩れて消えていった。

しまった…

これで俺は…もうこの孤独の中で死ぬまでいなくてはならない。

◆◆◆

どの位経ったのか解らない。
死にたい…死にたい

「こんな所に居たのですね、理人さん」

嘘だろう…

「女神様…」

「はい、女神イシュタスです。随分と苦労されたみたいですね」

「はい」

駄目だ、声に出せない…

「それでですね、見事に勇者である大樹さんが魔王を倒し、この世界を救ってくれました…そこで貴方に聞きに来たのです『帰るか、残るか』をです」

「それで他の皆は?」

「全員がこの世界に残る事を選びました、まぁ大樹さん達はもう結婚して子供もいますから…」

確かに彼等だって20代後半だ、当たり前だ。

俺は…この世界の寿命は50年~60年。

この世界じゃおじさんじゃなくお爺さんだ。

仲間に会いたいが…こんなおっさん邪魔なだけだな。

「それでは俺は『帰ります』」

「そうですか、心苦しいのですが、与えたジョブやスキルは返して貰う事になります」

「仕方ありませんね」

「あと、歳も容姿も元には戻せません…本当にすみません、持ち物もです」

かなり痛いが…仕方ないな。

「それで構いません」

「そうですか、もう私は貴方に会う事はありません。勇者達は貴方に感謝していました…この世界を救うのに手を貸して頂きありがとうございした…女神として貴方の事は決して忘れません…それではおいきなさい」

俺はゆっくりと意識を失った。

居場所は無かった。

此処は何処だ。

異世界ではない…元の世界だ。

今寝ているのは公園のベンチだ。

良く知っている筈の公園。

公園はあまり変わっていない…だが…

『なんだこれ…あのタワマンなんて見た事ない』

考えられる事は一つ…此処は俺が異世界に行った世界より未来の世界。

そんな凄い未来じゃない…数年先の未来。

つまり、俺が異世界で過ごした分だけ時間が進んだ世界だ。

異世界からは何も持ってこれなかったが、逆に異世界に行く為になくなった物はあった。

『時計』

腕に時計は嵌まっている。

この時計は電波時計だから、電波を拾って時間を合わせる。

嘘だろう…あれから10年の月日が経っているというのか?

そうだ…家だ。

あんな状態で別れたとはいえ家族に会いに行かなくては…

向かった家で見た者は….
家の表札は別の表札になっていた。

表札の苗字は…鈴木だと。

まさか…陽子…恵美。

「そこに居るのは…理人、今更何しにきたの!」

「おじさん…」

そうか…もう此処には俺の居場所は無い。

二人の後ろから声が聞こえてきた。

「どうしたんだい? 二人とも…まさかお前は今井、今井なのか?」

玄関先で立ち尽くす俺の前に『異世界』に行く前に…心から憎んだ三人が居た。

何かが可笑しい気がする。

あれから10年か…それでもきついな。

鈴木部長はもう糞爺にしか見えない。

陽子も、もう齢をとっておばさんだ。

恵美はセーラー服を着ているから高校生だ。

「今更なにしに来たのよ…」

陽子の声が聞こえた…他の二人も何か話しているが聞こえない。

だが…此処には居場所が無いのだけは解った。

俺は走りながらその場を立ち去った。

吸血鬼 バンパイヤ
俺は自分の事が気になった。

明らかに鈴木部長と陽子たちは家族の様に見えたからだ。

役所に行くと…

俺は失踪を理由に裁判を起こされ、陽子と離婚した状態になっていた。

そして、その後に陽子は鈴木と結婚していた。

鈴木部長は奥さんと離婚したのだろうか?

そこ迄は解らないが…俺が戸籍上はもう陽子や恵美と他人んあおは確かだ。

そんな所だ。

今の俺にあるのは財布の中にある数千円だけ。

キャッシュカードもクレカも使えなくなっていた。

そのままネカフェに泊まりネットで調べた。

お金が欲しいが10年も居なかったんだ、俺の財産は全部使われて無いだろう。

不倫の慰謝料も3年過ぎたから請求も出来ない。

終わりだな…

◆◆◆

お金も無いが、俺は失踪中になっているから『仕事』につけない。

ネカフェに泊まる金も無くなり…浮浪者になるしかなかった。

これなら…異世界に残った方が良かったかも知れないな…

今更、遅いな…本当に馬鹿だ。

『ふふふっ、これが異世界で聖騎士と呼ばれた男か…笑ってしまうな』

『四天王カーミラが見たら泣くな』

拾った小銭で缶コーヒーを飲んでいた。

「こんな所に薄汚いおっさんがいたぜ」

嫌な予感がした。

手に鉄パイプやバットを持っている。

親父狩り、もしくは浮浪者狩りだ。

俺は素早く逃げようとした。

だが…

「おっさん何処に行くんだよ…俺らを見て逃げようとするなんて傷つくぜ」

「そうそう、心が傷ついちゃったな…お金頂戴!」

「うわぁぁぁこのおっさんヤバいくらい臭い…キモイ」

男2人に女1人…三人か。

「…」

俺は黙って立ち去ろうとしたが駄目だった。

「だからぁー-おっさん何処に行こうとしているんだよ! ムカつくなぁー――っ」

いきなり一人の男が俺を金属パイプで殴ってきた。

そうか…10年歳をとっていても…スキルが無くなっても、習ったことは結構覚えているもんだ。

姿かたちが10年老け込んだって事はその分の経験はあるのか。

簡単に躱せた。

「むかつくんだよおっさん、おらよ」

もう一人の男が金属バットで殴ってくる。

これも躱した…さてどうした物か…

「二人とも何やってんのよ! そんなおっさん倒せないなんてダサっ」

「いい加減にしないか? 止めないなら此方も反撃するぞ」

「うるせい、糞じじいー-っ」

スキルもジョブも失ったが、経験だけは残っているんだな。

多分剣道有段者位の実力はあるのかも知れない。

鉄パイプを躱して手刀を首に叩き落した。

そのまま頭からつんのめり顔面から地面に突っ込んだ。

「お前、健司に何してくれているんだぁー――っ」

金属バットを振り回してきた。

その金属バットを真剣白刃どりの要領で取り上げた。

「やっやめろー――っ」

「やめない! 教育してやる!」

俺は金属バッドで軽く体を殴った。

勿論殺す気は無いからボディだ。

「うわぁぁぁぁー-っ痛っえええええええー-っ」

2発3発…足の骨位は折れたのかも知れない。

知らねー。

そのまま、顔を地面にぶつけて苦しんでいる鉄パイプ野郎を滅多打ちした。

「残るはお前だけだな!」

「許して下さい…私、女だよ? 惨いことしないで…た助けて…」

腰が抜けて歩けないみたいだ。

怯える少女…手を出す気は無い…

だが…『おいしそうだ』

「…」俺は何を考えているんだ?

「た、助けてっ…お願い…そうだお金…少しだけどお金ならあるよ…これで」

財布を差し出してきた。

「要らない ゴクリ!」

「嫌ぁぁぁぁー-助けて、お願い、私…それだけは嫌ぁぁぁー――」

何を誤解したのか騒ぎ立てている。

此奴処女だな…匂いで解る。

俺はその少女に覆いかぶさるようにして服を一部引きちぎった。

「嫌ぁぁぁぁー――許して」

ブラ迄見えているが興味は無い。

俺は嫌がる少女の首筋に牙を立てて噛みついた。

『美味い…美味すぎる…こんな美味しい…カーミラも美味しかったが人間のそれも処女の女の血はこんなにも美味しいのか』

「ごくごくごくっ」

「嫌ぁ嫌ぁぁぁぁー-嫌っやだ、いやだー――っ」

少女を気にせず俺は血を飲み続けていた。

「嫌ぁぁぁ嫌だぁ…ハァハァああん!ああっもっと、もっと吸ってぇー-っ」

不味い…これ以上吸うと多分死んでしまう。

「ああん、もっと、もっとー-っ」

俺は理性を取り戻し首筋から牙を抜いた。

そして口を拭った。

「いやぁ、嫌やめないでお願い、お願いします…ねぇ何でもするから ハァハァお願い…」

嘘だろう…すべてを異世界に置いてきた。

ジョブもスキルも全部…武器も全部返した筈だった。

…女神から与えらえた物は全部返した。

だが、異世界で身に着けた物や鍛えた体力はそのままだった。

そして老化もそうだ…

女神が異世界転移の時に与えられた物は全部返してもそれらは残っていた。

それなら『カーミラにより血を吸われて吸血鬼』となった事。

そして吸血鬼のカーミラの血を吸いつくして手に入れた魔力はそのまま残っていたのじゃないか…

その証拠に俺は『吸血鬼(バンパイア)』だ。

異世界から帰ってきた俺に唯一残っていた物。

それはこの吸血鬼の能力だった。

「おい貴様、そこで何をしている!」

不味い警察官だ…

目の前で蹲っている怪我している男二人に…

胸がはだけて首から血を流す少女…

ヤバく無いか?

白銀京子

そのまま警察署に連れていかれた。

嘘は良く無いから…今現在の状況と、何でああなったかを『吸血鬼』や『異世界』の事を誤魔化して話した。

「そうか…戸籍が今は無いのか…一応あんたの身分証明書から調べたら言ったとおりだ…只の失踪届けなら簡単な手続きで元に戻せるが、裁判で行われているから、複雑な手続きが必要らしい…あとで相談に乗ってくれそうな人を紹介するから…今は今回の事件の話だ」

「はい」

確かにやりすぎたのかも知れない。

「先方から事件にしたくないという話がでた。だからこの調書だけとったら帰っていいよ」

驚くほど簡単に話は終わった。

何でも三人は高校から『保護観察処分』になっているそうだ。
(社会的にはではなく、あくまで『高校の中』の話です)

もう何回も停学処分を食らい…もう一度でも問題を起こしたら退学になる所迄きている。

事件にしたくない彼らの親から『事件にしたくない』という話だった。

俺の暴行傷害で訴えると『おやじ狩り』が表にでるから、被害届けも出さないという事だった。

「これで終わりだ…まぁ、今回罪に問われなかったのは運が良かっただけだ、幾ら相手が親父狩りだからと言ってやりすぎは良くないぞ。過剰防衛で訴えられても可笑しくない状況だったんだぞ」

「はい、以後気を付けます」

一通りお巡りさんから説教を食らったあと俺は解放された。

その際にNPO法人の名刺を貰った。

此処に行って相談しろ…そういう事だ。

警察から釈放されて外に出ると…

「なんでお前が此処に居るんだ?」

「冷たいな、おじさん…さっきは私を押し倒した癖に」

「その話なら事件にしないという示談で終わった筈だぞ! まぁやりすぎたのは俺も悪かった…ごめん」

何で此奴1人で居るんだ?

両親はなぜ居ないんだ?

「全く、いきなり押し倒して首筋を吸うんだから驚いちゃったよ…もしかして首フェチとか?」

なんなんだ此奴…まさか、俺を煽っているのか?

「おじさん、凄いイケオジだよね! 浮浪者姿だから一見解らないけど…正面隊のあずまとか? キムタツとかよりカッコよく見えるんですけど!」

いや、俺の容姿は並みの筈だ…そんなゼニーズに例えられる訳が無い。

「そんな訳ないだろう?揶揄うのはやめてくれ」

「そんな事絶対に無いよ? 首を吸われていて近くで見たから断言できるよ! おじさんみたいなカッコよい男なんて同級生どころか芸能人でも見た事ないよ…本当だようん!」

此奴、俺をおだてて何をしたいんだ。

「そうか、それはどうもありがとうな…それじゃ」

関わるのはよそう。

「待って、おじさん! 行く所無いんでしょう?」

糞…確かに今の俺は…浮浪者だ。

「確かにそうだが、君には関係ないだろう?」

「行く所が無いなら…おじさん、私んち来ない? 私一人暮らしだから好きなだけ居ていいよ! 私の首に吸い付くのが好きなら好きなだけ吸って良いからねぇ…どうかな?」

そう言って首筋を見せてきた。

俺が噛みついた二本の牙の跡が薄っすら残っていた。

ああっ…血が欲しい。

一度味わった血の味は忘れられなかった。

此奴と住むと住居が手に入って『血が吸い放題』になるのか?

確かに魅力的だが…相手は未成年だ。

多分、今の俺は40歳を超えている…大人として駄目だ。

「いや折角だが…」

「私、そこそこお金あるから、お小遣いもあげるよ! だからお願い」

結局俺は…この誘惑を拒めなかった。

「解った」

「やったぁー-っ、私の名前は白銀京子『お京』か『京子』って呼んでね…それでおじさんは?」

「今井理人…お願いいします」

こうして俺は言われるまま高校生と同棲する事になった。

我慢できずに
女の子の部屋か。

そういえば、陽子は両親と同居だったから初めてだな。

「理人おじさん、なにキョロキョロしているの? まぁいいけどさぁ…臭いから、お風呂に入ってくれない?」

確かに臭いな…

「ああっ、済まない、貸してくれ」

「どうぞ!入ってすぐ右だから」

洗濯機置き場に下着がある。

凄いの履いているんだな…娘のは白とかピンクとかだが、ヒョウ柄の紐パンとか…まぁ娘と同じ位の子には触手は動かないが。

「理人おじさん…何見ているのかな? エッチ…だけどどうしてもしたいのなら、後で相手してあげても良いよ…わたし結構うまいから」

「あはははっ無理しないで良いよ」

処女だって解るから…経験なんてないだろう。

「なんで笑うのよ!」

膨れている京子を無視して、そのまま風呂場に入りシャワーを浴びた。

ついでにそのまま、湯舟も張っていく。

京子に買って貰った髭剃りを使い、髭を剃った。

しかし、幾ら洗ってもなかなか垢も落ちないし、髪も綺麗にならないな。

髪を洗う事8回、体を洗う事6回ようやく綺麗に…

なんだこれ…

髪が奇麗な銀髪になっている。

顔は…なぜだ…おれは42歳のおっさんの筈なのにどう見ても20代にしか見えない。

ベースは俺なのは解るが…100倍以上カッコよい。

京子がゼニーズとかいう訳だ。

キムタツどころか、普通に活躍している若い芸能人みたいだ。

もっとも、銀髪もあいなってビジュアルバンドの方が近いかも知れない。

凄いな…この体シミ一つない。

まるで…そうか?

この姿はカーミラを男にした姿だ。

あれっ吸血鬼って不老不死じゃなかったか?

しかも、カーミラと同じで昼間歩いても死ぬことも無い。

凄いな…これ。

湯舟に浸かっていると京子の声が聞こえてきた。

「ノンキでジャージ買ってきたから、上がったら着替えてね」

「ありがとう」

此奴なんでこんなに優しいんだ。

『親父狩り』なんてしている癖に…この世界に戻ってきてから一番優しい。

訳が解らない。

風呂から上がるとバスタオルとジャージが置いてあった。

さっきはコンビニに無かった物をわざわざノンキまで行って買ってきてくれたのか?

俺はバスタオルで体を拭きジャージに着替えた。

「お風呂ありがとうな!」

俺を見た瞬間、京子は飲んでいたコーラを噴出した。

「どうした?」

「げほっげほっ…どうしたじゃないよ! 理人…おじさんじゃないじゃない? 私とあまり変わらない様に見えるよ!…本当に何歳なのか…」

「42歳の筈だが…」

自分でもそうは思えない容姿をしているが…間違いない。

「嘘だぁぁぁぁー-!あのその年齢なら私のお父さんと同じ位だよ! 見えない、絶対に嘘だよ」

俺は免許証を見せた。

「別人じゃん」

確かにそう見えるな。

だが、これは俺だ…しかも俺の容姿は白髪気味の髪で顔は元の顔が老けた顔だった筈だ。

少なくとも鈴木や俺の元家族に会った時はそうだった。

何が起きたのか?

そうか…血を吸ったからか。

血を吸ったから『吸血鬼』の力に目覚めたのかも知れない。

「そう見えるかも知れないが、これも俺だ」

「別に良いよ…だけど理人、凄いよね、やっぱり私が言った通り、凄い美形じゃない…あははっ驚いたよ、うん凄くカッコよいよ」

顔を真っ赤にしながら、京子は俺に抱き着いてきた。

首筋が…ああっ悩ましい。

「理人、もしかして首に吸い付きたいのかな? 本当に理人って首フェチだよね? したいなら良いよ?」

その誘惑に勝てず…俺は京子の首に牙をたてた。

「ああっあああん、ハァハァ首だけであああっ、なんでこうなっちゃうのよ..ああっはぁぁぁー-ん…もっと、もっとぉぉぉー-ぉ」

俺は京子の求めるままに血を吸い続けた。

塔子の妹

やってしまった。

娘と同じくらいの女の子を2回も押し倒してしまった。

「ハァハァ理人凄すぎるよ…もうメロメロだよ…」

そう言いながら京子は俺の首に手をまわして抱き着くように横に居る。

そして胸を押し付けて興奮している。

肌はピンクに染まって汗をかいていて…体を震わせていて、多分立てないな。

別にやましい事はしていない。

俺からしたらただ『食事』しただけだが…凄い光景だ。

若い女の子が涎を垂らしながら、快感でハァハァ言っている。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないかも…体が凄くて、フワフワしていて、暫く立てそうにないよ…ハァハァ凄いし…もう最高…」

「そうか…」

「うん」

まぁ仕方ないよな…最高の食料だから…

◆◆◆

「それで、理人はなんで浮浪者なんてしていたの?」

俺は異世界に行っていた部分を記憶喪失にして、大まかに自分に起きた事を話した。

「そんな酷いよ…そいつら、上司に陽子というおばさんに、恵美って言うガキ…死んじゃえば良いんだよ!」

俺の代わりに怒ってくれる…思わず泣きそうになる。

「まぁ仕方ないさ…あの状態で10年、行方不明になっていたんだから」

「まぁ、だけど理人はついていたよね。そのおかげで、そんなおばさんと別れて、私みたいな綺麗で可愛いくて優しい恋人が出来たんだから」

「そうだな…」

「暗い顔しない! 笑った方が良いと思うよ」

確かにそうだな…

「そうだな」

「そうだよ! 私、これでも実は、そこそこ金持ちだし、養ってあげるから」

そう言いながら京子は俺に抱き着いてきた。

うん?

白銀…まさか?

「あの…もしかして、白銀財閥関係? なのか?」

「あはははっ、まぁ半分勘当状態だけど、そこのお嬢様だよ…驚いた? やったね理人、逆たまだね」

そうか…塔子さんの妹か。

「それが、何で一人暮らしなんてしているんだ」

「私はお父さんの愛人の子だからね、家に居づらくてこんな感じ? 理人そんな顔しないで良いよ…凄く沢山仕送り貰っているし、困ったらお抱えの顧問弁護士が対応してくれるから」

そう言いながら、顔は少し寂しそうだ。

「そうか…」

それしか言えないな。

「そんな顔しないで良いよ…理人の方が悲惨じゃない! それにね…実は私、白銀財閥の跡取りなんだ、10年くらい前にお姉ちゃんが行方不明になっちゃって…本来、ただのごく潰しの筈だったんだけどさぁ、急に跡取りになっちゃったの」

そうか…塔子さんは異世界から帰らない選択をしたから、そのまま行方不明のままなのか?

異世界であの四人は年齢関係なく友人だった。

塔子さんの妹だと言うなら…友達の妹みたいなものだ。

「そうか? 塔子さんの妹か…ならば困った事があったなら何でも言ってくれ、助けになる」

「あのさぁ…嬉しいけどさぁ、今困っているのは理人の方だよね?
逆に助けてあげるから安心して…まぁ恋人みたいな者だから…うん、ところでなんで理人が塔子お姉ちゃんの事知っているの?」

やばっ….

「大樹くんと友達で、その友達に塔子さんが居たからだ」

「そうなんだ、お姉ちゃんの友達の友達…そういう事ね」

「そんな感じだ」

運が良いことに塔子と京子はさほど仲が良く無かったようだ。

だから、これ以上追及されることも無かった。

BIG4も知らないようだし…余りニュースとか見ないのか。

◆◆◆

戸籍の復活は京子が顧問弁護士に相談した結果…簡単に復活した。

前の住所に住んでないので、このまま京子のマンションに住民票を移した。

そろそろ『心も落ち着いてきた』

放って置くことも出来ないからそろそろ向き合わなくちゃな。

家族との決着
俺は今、昔の家に来ている。

もう俺の物じゃない…鈴木の名前の表札が書いてある。

弁護士の話では名義は陽子になっているそうだ。

取り返そうと思えば、取り返す事も可能と聞いたが…まだどうするか決めていない。

嫁の事も娘の事、上司の事も許せていない…だが随分、恨みも薄れた。

電柱の影からつい隠れながら見てしまった。

正直言わして貰えれば、魔族の軍勢に一人で突っ込んだ時の方が、まだ気が楽だった。

暫く様子を見ると、鈴木が帰ってきたようだ。

だが、可笑しい…家の中は電気がついている。

恵美が帰ってきたのを見たし、その前から電気がついていたから陽子も居たはずだ。

それなのに…出迎えに出てこない。

恵美にしても陽子にしても、破局し始める前は帰ってくると必ず玄関まで出て来てくれた。

すうーはー、すーはー。

ただ玄関のインターフォンを押すだけで緊張する。

此処にこうしていても仕方が無い。

勇気を振り絞りボタンを押した。

『ピンポーン』

実際には数秒なのだろうが…俺には凄く長く感じた。

「貴方なの?…」

「お父さん?」

「お前…今井なのか?」

三人とも驚いた顔をしている。

「ああっ、そうだ…今日は色々話があってきた」

自分でも別人の様に思えるのに、三人は俺が解るようだ。

「そうか…此処ではなんだから、上がってくれないか?」

「そうね…上がって下さい」

「お父さん上がって」

何だか三人ともやつれた気がするな。

応接セットも昔のままだ。

似た鳥で買ったそのまま、贅沢が好きな鈴木部長なら大須磨家具辺りの高級品に買い替えていそうだが…違うんだな。

テレビも32インチの物だし…

何故か様子が可笑しいな。

「何から話そうか?」

「そうだな、今井お前が事故にあった後の話を教えて欲しい」

鈴木部長がそんな事を言っている。

まぁ、話すことは少ない。

異世界で聖騎士やっていた…なんて言える訳はない。

「それじゃ、俺から話そう…」

嘘を言うしかないだろう。

事故にあってこの10年の記憶が無いという事にした。

恰好がみすぼらしかったらから恐らくは『浮浪者』をしていたんじゃないか…

そんな風に改ざんして話した。

「俺にとっては事故にあった日以降の記憶が無く、あの日からまだ僅かな期間が過ぎた状態だ…まぁ10年も経っているが俺にはまだ数週間前にしか感じられないな」

「そうか、それなら、さぞ俺たちを恨んでいるだろうな」

嫁も娘も話さない。

下を見ながら伏せている。

何、被害者ぶっているんだ?

俺を長いこと騙していたくせに。

「恨んでいない! そう俺が言う訳ないだろう! だが、あの後何があったか話してくれないか? 俺には知る権利位はあるだろう」

幸せなら…多分恨めたかも知れない。

だが、この三人不幸にしか見えないのはなぜだ。

お金が無いのは解る。

だが、俺なら金なんて無くても『愛する人』が傍に居るだけで幸せだ。

それなのに…此奴らからは『幸せ』のしの字も感じられない。

「ああっ、そうだな…」

鈴木はポツリ、ポツリと話し始めた。

俺が敷かれたあの事故は『当時凄いニュース』になったそうだ。

確かに死んでも可笑しくない、いや確実に死んだであろう事故の死体が無くなれば…大事だ。

そこまでの事故で『死体』が無い、しかも俺を敷いたトラックは大きく壊れている…そんな中で声を掛けてくれた人の前から忽然と消えた被害者…確かにミステリアスだ。

死んでいても可笑しくない存在の失踪。

警察も俺が勤めている会社も徹底的に調べた。

目撃者からは靴も履かずに家から飛び出した事。

そして、それを後ろから見ていた家族と上司。

余りに怪しすぎる。

警察や会社が調べる中で『不倫』が発覚…

しかも、上司の権限を使い俺に対して無理な労働を強いて『妻を寝取った』そういう状況が解り、更に仕事中にサボり逢瀬を重ねていた事や二人のデート代まで経費扱いで計上していた事が解り、平社員に降格、そして使い込み分の返却を求められた。

これで終わりでは無かった。

部長から平社員に降格されたあと…テレビやネットで『俺を殺したのではないか?』

そういう話が流れていたらしい。

確かに、不倫した二人にとって俺は邪魔者だ。

もし俺が死んだなら…重要参考人に間違いない。

『行方不明』『消えた死体』の謎の為…噂は一向に消えない。

白い目を我慢して働き続けても、更に状況は悪くなる。

「お前が居るだけで会社の評判が落ちる」

そう言われて鈴木は解雇された。

それだけで話はおさまらない。

此処迄世間に『不倫』が知れてしまったから当然、鈴木の妻にもばれる。

鈴木の妻は、鈴木と俺の妻に『不倫の代償』に莫大な慰謝料を一括請求され、財産分与も無しで離婚。

貯金も無い二人は…借金するしかなかった。

言われてみれば…鈴木も陽子もかっての面影はない。

恵美にしてもかなり質素だ。

「だったら何で此処を出ていかなかったんだ」

「ごめんなさい…此処は借金の抵当に入っているから手放せなかったの」

「俺の家を抵当にいれたのか? 随分ふざけた事をしてくれる」

「ここは俺の家だぞ…それを」

この家は俺が祖父からの相続で貰った家だ。

それを抵当に入れたのか…

「ごめんなさい」

「お父さん…ごめんなさい」

此奴ら…笑える位不幸だな。

『不倫の事』がばれて二人とも実家にも縁切りされたそうだ。

まぁテレビやネットでニュースになれば当たり前だ。

しかもただの不倫じゃない。

『不倫の上犯罪者かも知れない』そんな奴とは親戚付き合いは出来ないな。

「それであんたら、今はどうやって暮らしていんの? 言っておくがちゃんと話せよ! 慰謝料の請求は出来ないが、この家はまだ俺には取り返せるんだぜ」

まぁやらない…取り戻しても抵当権は外れないから負の財産だ。

「この状態の俺たちからお前は…」

「俺は被害者、お前たちは加害者…立場を考えろ…まずは話だ」

こんな家要らねーよ!

腐った嫁とムカつく上司の愛の巣で小憎らしいガキの住む家なんて欲しくねー。

「解った…俺と…妻がバイトを掛け持ちして恵美にもバイトして貰って生活している」

今日は偶々三人のバイトが休みらしい。

◆◆◆

此奴ら本当に不幸だな。

だからと言って許してやる必要は無い。

「お前らが幾ら不幸でも俺には関係ないな…それでお前らどうすんの? この泥棒家族が」

「泥棒? どうしてそうなる」

「この家も元は俺の家…貧乏って事は俺の貯金も全部使っちまったんだろうがー-っ、陽子違うか!」

「「「…」」」

三人とも黙っている。

まぁ返せねーよな。

「まぁ良い、鈴木、お前本当に馬鹿だな! いっちゃなんだがお前の嫁さん、陽子なんかより余程綺麗だっただろう? しかも、嫁さんはあの会社の創業者一族の遠縁だから『不倫』なんかしなければ、今頃は専務か常務になって幸せな人生じゃないか! それを態々こんな腐れ婆ぁと小生意気なガキと交換馬鹿じゃないか? あーあっ、もったいない…そんなに中古品が欲しかったのかぁ…鈴木ぃ」

「うっううっ…ううっ」

何だ此奴泣き出しやがった。

「理人、確かに私たちは加害者だわ…だからってその言い方は酷いわ」

「ひどすぎるよ…」

「酷いのはお前達だ、俺の顔や容姿を見てみろ、そこの草臥れた親父と見比べてみろ…俺はそいつより、そんなに劣るのか? 馬鹿じゃねーの」

今の俺はバンパイア…自分で言うのもなんだが、凄く魅力的だ。

「随分と若返ったのね…嘘、そんな顔をしていたの…綺麗」

「お父さん…そんなに何でカッコよいの…綺麗」

当たり前だ、俺はバンパイヤ…そしてこの容姿はカーミラに近い。

そのまま見つめていると二人の顔が蕩けて来たような気がする。

バンパイヤ特有の能力『魅了』だ。

「もう一度聞く…俺はそんなに魅力が無いのか?」

「嘘…なんで、貴方なんで」

「お父さん…凄くカッコよいよ…彼氏にしたい位」

「あの時の俺は、そこの鈴木と陽子お前に騙され、体調が悪くなる位こき使われていた…稼いだ金も全部、陽子がブランド物や不倫に使うから金が無かった『ゆっくりできる時間と、ちゃんとした栄養…それがあれば、今位の美貌は保てた…いや10年前は今より若いからこれ以上の魅力はあったんだ』 それで、今の俺…そんな草臥れたおっさんに負けているのか?」

「嘘、貴方がそんな容姿だったなんて」

「お父さん…本当はそうだったの」

「まぁ良いや…お前らは本当に三人とも馬鹿だな…もっと良い未来が転がっていたのに…それを捨ててクズを掴んだんだからな…鈴木お前が欲しかったのはこんな惨めな生活か?」

「違う…俺は」

「なぁ、陽子に恵美、俺はがっかりだ、俺を捨てて選んだのがこんな草臥れたおっさんなんてな…しかも貧乏だから恵美は進学も出来ないんじゃないのか?」

「貴方、今からでもやり直さない? 私良い妻になるわ…恵美が嫌なら捨てるから」

「お母さん、酷いよ! お父さん、お母さんなんて要らないから私と暮らそう…お父さんなら貧乏でも良い、私頑張るから『女としても』お金が必要なら今度は私が働くから」

これはバンパイヤの『魅了』のせいに違いない。

俺はこの家の柱に触り、精気を吸い取った。

「結局、四人とも誰も幸せに成れなかったな! もうそんな女要らねーよ、くれてやる『二人の男の中古女』で良ければ大切にすれば良いんじゃねーか? そのガキも要らねーよ、金で愛情を裏切るゴミ女だお前らにお似合いだ…」

「…そうか…」

「そんな…中古女だって…貴方許して」

「他の男の精子を垂れ流しながら喜んでいた奴中古以下だなクズで良いんじゃねー」

「お父さん、私が間違っていた…お父さん」

「金で愛情を売るクズ女も要らねー…第一お前とは血の繋がりも無い…二度と、お父さんなんて呼ぶな」

ハァハァ

◆◆◆

「「「…」」」

「言いたい事、言ったからもうこれで良い! 俺たちはもう他人だ! 二度と会わない、二度と話さない…それで良いんじゃないか?なぁ」

「「「…」」」

「俺の人生に二度と関わるなよ!」

それだけ伝えると俺は前と同じように家を飛び出した。

◆◆◆

復讐はしないのか?

もうした…『家の精気』を吸い取ったから、あの家は見た目と違い…恐らく数週間で崩れる。

別に意図して行ったわけじゃないが…バンパイヤの魅了にあてられた人間はもう普通の人生は歩めないだろう…

元は家族だった…だからこれでおしまいで良いさ…

鈴木の最後
『俺は馬鹿だった』

今井に指摘されなくても解っている。

こんなのは俺じゃない。

会社の創業者一族に連なる妻。

約束された将来…今井は専務と言っていたが、あのまま行けば社長の椅子にまで手が届いた可能性も高い。

俺に従順な妻は、親から引き継いだ莫大な財産とコネを惜しみなく俺に使ってくれていた。

大きな屋敷に住み、趣味の高級車を3台も持つ誰もが羨む生活…

それをたかが遊びの女と引き換えに失った。

あの時で30代のコブ付きの女。

あんな女なら、キャバクラでも風俗でもそれ以上の女が買える。

商売女なら妻は『男だから仕方ない』それで許してくれる懐の大きい女だった。

外見も美しく…陽子とは比べ物にならない。

俺は…慢心していた。

黙っていても重役になるし、金は幾らでもある。

そんな俺は…『素人女との不倫』に手を出してしまった。

部下の妻を寝取り…愛人にする。

そんな禁断の果実に手を出した。

最初俺は「お前の旦那等、俺の一声でどうにでもなる」そう脅して関係を結んだ。

陽子は、泣き顔で震えながら服を脱いで相手をした。

その行為に嗜虐心が刺激された。

嫌がる女を権力で寝取る…今思えば犯罪だ。

嫌がるのに自分から体を開く女を抱く。

それが凄く楽しく感じた。

最低の人間だ。

だが、3回位その様な行為をした時…陽子が変わってしまった。

嫌がり泣いていた陽子が自分から腰を振る…俺の女になってしまった。

このままでは不味い…別れよう。

そう思った時には遅かった。

此処迄したんだから『結婚』してくれるよね。

そう言いだした。

俺はバツイチと説明していた。

不味い…

だが陽子は俺との行為を録音したり、幾つかの証拠を持っていたから、簡単に捨てるわけにいかなかった。

そんなある日…陽子との不倫を今井に見られてしまった…

取り繕ったり脅したりしていたら…あいつは涙ぐみながら家から裸足で飛び出しやがった。

そして、そのまま今井はトラックに跳ねられて死んだよう見えた。

俺は…手を下して無いとはいえ…部下を殺してしまったのか…

◆◆◆

だが、これは後悔で済む問題じゃ無かった。

今井の死体が消えた事で大きなニュースになり…俺は全てを失った。

テレビのニュースからネットに迄この事は取り上げられて…不倫から全てが世の中に出た。

その結果、俺は全てを失った。

財産、仕事…美しくセレブな嫁を失った俺に唯一残ったのは、陽子と恵美だった。

こんな女、愛して等いない…だが慰謝料で借金まみれの俺には『此奴等』と一緒に居なければ生活が出来なかった。

多分、陽子の所に戻らなければ…路上生活者だ。

戻った時には罵倒された…仕方が無い。

『俺は妻帯者』なのにもう既に妻と離婚している…そう言っていたのだから。

陽子にしても『知らなかった』で済ませて貰えず、莫大な慰謝料を俺の元妻から請求されていた。

「あんたが騙したせいで借金生活になった」

二人に責められた。

だが、それでも少しでも生活を楽にするため一緒に居る事を選ばなければならなかった。

そこに『愛』なんて無い。

ただ生きていく為だけに一緒に居る。

それだけだ。

◆◆◆

今井が現れた。

初めて見た時…どうして良いか解らなかった。

惨めな自分。

かっての俺は高級スーツに身を包み数百万の時計をしていた。

逃げ出してくれて助かった。

10年の期間は俺を少しだけ真面にしたようだ。

『償いたい』そう思ったが、どうして良いか解らなかった。

それからしばらくして今井が再度、俺の前に現れた。

話を聞くと、10年間の記憶が無いそうだ。

彼奴にとっては、今が不倫を知り、事故に会った直後みたいなものだ。

恨まれていた。

彼奴は愛妻家だったから、陽子と恵美を返せば良いのか…

せめて返すべきだ。

そう思ったが…それすらできなかった。

そうしたら俺は住処を失う。

それに借金も更に返せなくなる…

泥棒…そう呼ばれた。

流石にそれは無い、言い返したが、駄目だ。

不倫した挙句、此奴の財産を食いつぶし、家までとり、あまつさえ借金の抵当にしている。

やったのは陽子だが、今は戸籍上の家族だ。

幾ら言われても仕方が無い。

もう二人を返す事は意味が無い。

この二人も今井にとって憎む対象なのだから…

幾ら罵倒されても仕方が無い…

黙って聞く、俺にはそれしか出来ない。

今井が帰った…

「俺の人生に関わるな」

それだけ言うと去って行った。

俺にとっての長い時間がようやく終わった。

◆◆◆

終わって居なかった。

その日から俺には更なる地獄が待っていた。

「あんたが私の幸せを壊したんだ」

ただでさえ冷え切った間の陽子はより冷たくなった。

「お前が…お前が不倫なんかしなければ、お父さんと一緒に楽しく暮らせたんだ」

恵美は俺に暴力を振るうようになった。

ただでさえ少ない金なのに、俺の財布から恵美は金を抜くようになった。

祖父から貰った形見の時計まで陽子に取られ質屋で売り払われた。

あの日の言葉を思い出した。

陽子が今井に『理想のATM』そう言っていた。

彼奴はしっかり働いていた、俺の部下の中じゃ優秀だ。

それでもお金が無いとこういう扱いをする奴なのか?

なんだ…今井がいった通りだ。

こんな者と交換で、俺は未来を失った。

あの時に戻りたい…もし戻れるなら、殴ってでも自分を止めるのに…

◆◆◆

「ちょっと出てくる」

「「…」」

返事は無いな。

当たり前だな、恨まれているのだからな。

久々に喫茶店に入りブルマンを飲んだ。

美味しいな…

久々にたばこを吸った。

美味い。

もう疲れた…

今井…今思えば良い部下だった。

全てを奪った俺だが、全部壊してしまって、もう何も返してあげられないんだ。

『悪いな』

本当に『悪い』

近くのホームセンターでロープを買った。

そしてそのまま俺は寂れた公園の公衆便所に来た。

最後にもう一服たばこを吸った。

俺はトイレの個室の上のパイプにロープ掛けた。

そのロープに首を通し…洋便器から飛び降りた。

『ごめん』

◆◆◆

次の日公衆便所で鈴木の死体が見つかった。

そこにはかってエリートと呼ばれた面影はなく『浮浪者』にしか見えなかった。

陽子 歪み
『私はなんて事をしてしまったのだろう』

最初はあの人を助けるつもりだった。

これは本当の事だわ。

私にとってあの人は『希望』だった。

同窓会で再度出会い、シングルマザーで生活に困っていた私を救ってくれた。

恩人で、同級生で大切な人だった。

だから『あの人を守るために』私は鈴木に抱かれるしか無かった。

家族を守るためだ仕方が無い…そう自分を言い聞かせたわ。

理人も恵美も知らない所で、何度泣いたか解らない。

そこまでは…あの人の妻だった。

家族を思う良い母であり、妻だったと思う。

そんな関係を続けていた、ある時『私に魔が差した』

鈴木は不倫の度に贅沢をさせてくれた。

高級ホテルに豪華なディナー。

高級車でのドライブ。

そしてブランド物のプレゼント。

今まで欲しくて我慢していた物を鈴木はくれた。

それが私を狂わせた。

憧れのセレブの生活。

この人と一緒ならその全てが手に入る。

そう思った時…私は理人の妻で無くなったのかも知れない。

自分から献身的に鈴木に尽くした。

恵美にばれたが、ゲーム機やおもちゃ、お金で黙らせた。

セレブな鈴木に捨てられたくなくて、自ら淫らな女になった。

鈴木が私に興味が無くなってきたのが解った。

本当に馬鹿だ、捨てられたくなくて、あの人が私や恵美の為に頑張って貯めた大切な貯金に手をつけた。

鈴木に捨てられないように、気がついたら私がお金を出すことが多くなった。

ホテルでしていた逢瀬も、気が付くと家に代わった。

あの人が寝るベッドで鈴木とする行為を何とも思わなくなった。

そして事件が起きた。

不倫をしている最中に『あの人』が帰ってきて見つかってしまった。

最初は鈴木と一緒に詫びていたけど…鈴木の方が立場は上だ。

途中から一緒に罵倒した。

馬鹿だ…本当に馬鹿だわ。

泣きながら、あの人は家から飛び出した。

だが、そんな事より『鈴木がバツイチでなく、妻帯者だった』そっちがショックだった。

鈴木に恵美と一緒に詰め寄っていたら…

外から大きな音がした…

『嘘でしょう…あの人が車に敷かれて死んでいた』

この時初めて『罪悪感』が押し寄せてきた。

それと同時に『助かった』そうも思った。

◆◆◆

だが、そうじゃ無かった。

これが本当の地獄の始まりだった。

あの人の死体が忽然と消えてしまった。

『死体があれば生命保険が貰えたかもしれない』

だけど、死体が無いから保険は貰えなかった。

それどころか、オカルト的な事件として注目を浴びてマスコミが騒ぎ出した。

そのせいで『不倫』がばれた。

鈴木と遊んでいたから、預貯金は底をつくのは時間の問題だった。

鈴木の妻から慰謝料を請求された。

向こうは凄腕の弁護士、こちらは弁護士を雇うお金も無い。

幾ら『既婚者と知らなかった』そう言っても駄目だった。

「確かに減額にはなりますが、知らなかったで済む問題じゃありません」

そう弁護士に言われ、払わなくちゃ裁判すると言われた。

しかも一括で請求された。

親戚中に頭を下げ、ようやく払ったけど…借金が出来た。

私は恵美を育てる為に働かなくちゃならなかった。

パートを掛け持ちしながら寝る間も惜しんで働いた。

私は評判が悪い。

「あの人が不倫で有名な陽子さんね」

「旦那、行方不明なんでしょう…殺したのかな」

「不倫する位だから簡単にやらしてくれるんじゃない」

「馬鹿、やらして貰っても殺されるんだぞ」

仕事は選べない。

そんな中、鈴木が現れた。

『此奴のせいで』最早恨みしかない。

だけど、借金の額は増えても二馬力の方がまだ借金を返すのが楽だ。

もう二人の間には『愛情は無い』

それでも生きる為に一緒に暮らす事を選んだ。

『愛情は無い』けど世間体があるから、あの人の失踪から簡単な裁判をしてから結婚をした。

そして10年がたった。

貧しいながらもどうにか生活が出来るようになったし、借金もあと数年…ようやく先が見えてきた。

そこに『あの人』が現れた。

行方不明になっていた、あの人…『今更何しにきたの?』

しかも、私達以上にみすぼらしい。

「今更、何しにきたの…」

思わずそう答えた。

どう見ても『浮浪者』にしか見えないあの人を見て。

正直、あれよりはましな人生だった。

そう心から思ったわ…あはははっあれより本当にまし。

泣きそうになりながらいなくなった。

あれが本当の人生の負け犬。

私たちの方がましなんだ…

そう言い聞かせた。

◆◆◆

暫くして話し合いに『あの人』が来た。

浮浪者じゃなかったの? 随分身なりが良いわ。

「貴方なの?…」

「お父さん?」

「お前…今井なのか?」

まるで別人に見えたわ。

中に入って色々話した。

10年間の記憶が無い…

だが、その10年は決して楽な人生じゃなかったはず。

そして、私たちは事故で記憶を失なわせる程酷いことをした。

それは解る。

『あの人』は凄く私たちを恨んでいた。

恨まないわけはないわ。

当たり前よね。

でも、私達も地獄だったのよ。

この家の話になった時に、正直言えば怖くて仕方なかった。

此処を取られたら、生活が出来ない。

泥棒と言われた、夫は言い返したけど…仕方ないわ。

この家は、あの人の物…そして私たちは、あの人から全てを奪った。

どこまで馬鹿にされても仕方ないもの。

言い返せず黙っていると…

「まぁ良い、鈴木、お前本当に馬鹿だな! いっちゃなんだがお前の嫁さん、陽子なんかより余程綺麗だっただろう? しかも、嫁さんはあの会社の創業者一族の遠縁だから『不倫』なんかしなければ、今頃は専務か常務になって幸せな人生じゃないか! それを態々こんな腐れ婆ぁと小生意気なガキと交換馬鹿じゃないか? あーあっ、もったいない…そんなに中古品が欲しかったのかぁ…鈴木ぃ」

そこまで言われた。

夫は何も言い返さず泣いている。

幾らなんでもこれは酷いわ。

私や恵美を完全に否定する言葉だ。

「理人、確かに私たちは加害者だわ…だからってその言い方は酷いわ」

「ひどすぎるよ…」

そしてあの人は私達にも言った。

「酷いのはお前達だ、俺の顔や容姿を見てみろ、そこの草臥れた親父と見比べてみろ…俺はそいつより、そんなに劣るのか? 馬鹿じゃねーの」

◆◆◆

どの位ぶりに私はこの人の顔を見たのだろう。

なんで…心が熱くなる。

私の元旦那は…こんなに綺麗だったの?

まじまじと見た、理人の姿は、まるで私の理想の男性像だった。

決して大げさじゃない…その証拠に、血が繋がっていないとはいえ理人さんの娘だった恵美まで驚いた眼で見ている。

『綺麗』『カッコよい』『彼氏にしたい』

その言葉に嘘はない。

私だけでなく娘の恵美までもが虜だ。

そうだ…思い出した。

理人は私の『希望』だったんだ。

あの生活に困っていた私や娘を助けてくれた『救世主』だった。

私は…私は…本当に彼が好きで…好きだった。

「あの時の俺は、そこの鈴木と陽子お前に騙され、体調が悪くなる位こき使われていた…稼いだ金も全部、陽子がブランド物や不倫に使うから金が無かった『ゆっくりできる時間と、ちゃんとした栄養…それがあれば、今位の美貌は保てた…いや10年前は今より若いからこれ以上の魅力はあったんだ』 それで、今の俺…そんな草臥れたおっさんに負けているのか?」

うん、今なら解る。

あの綺麗でカッコよい理人をゴミの様にしてしまったのは私だ。

(※魅了による美化が入っています)

私の王子さまは、私の為にボロボロになる迄働いていた。

私が浪費していたせいで、理人はお金がなかった。

貧乏になったから解る。

化粧水も買えない、そんな状態じゃどんな美女だって美貌は保てないわ。

寝る間も惜しんで働いて目に隈を作って、お金が無いからカップ麺やパンを食べて、私が家事をしないからよれよれのシャツやスーツを着ている。

私が理人を王子様じゃなくしていたんだわ。

「嘘、貴方がそんな容姿だったなんて」

本当の理人は私の『希望』だったし遅れてきたけど王子様なんだもん。

カッコ悪いわけない。

なんで、そんな事忘れちゃったのか?

見れば見るほど…吸い込まれる美しい瞳。

10年…ううん、その前から顔を見なかった事が悔やまれるわ。

今の私は…理人が居れば後は何も要らない。

今まで酷いことした分…今度は私が理人を幸せにする。

寝る間もなく働けば良い。

もう夫も恵美も要らないわ。

「貴方、今からでもやり直さない? 私良い妻になるわ…恵美が嫌なら捨てるから」

口から出てしまった。

だけど、恵美も「私頑張るから『女としても』お金が必要なら今度は私が働くから」

そういうんだから、御相子だわ。

だけど…理人は私を罵倒した『中古』だって…

あはははっ、そうよね。

前は兎も角、鈴木に抱かれたんだから仕方ないわ。

『夫、死んでくれないかな』

そうしたら…土下座でも何でもして理人に許して貰おう。

何年掛けても…謝って、謝って、謝って…許してもらうわ。

そしていつか…また笑いながら理人の横に居られる様にする。

絶対に…

◆◆◆

恵美と一緒に『夫』を虐めた。

小憎らしいガキだけど、暫く共闘よ。

此奴が居なければ、私は理人と幸せだった…

此奴が最初に私を脅してこなければ、幸せな家族でいられた。

夫が大切にしていた、どんなに貧乏になっても手放さなかった『祖父の形見の時計を売っぱらった』

馬鹿みたい、凄く悲しい顔をして泣いていたけど知らないわ。

だって悪いのはあんたでしょう。

たったの8万円にしかならなかったわよ。

これは使わずに貯金した。

恵美も隙を見ては夫から金を巻き上げている。

勿論…これも貯金。

理人に少しでもお金を返さなくちゃ…

暫くしたら…自殺した

「ようやく、死んでくれたわね」

「そうね…だけどお母さん、自殺だと保険半分になるんでしょう?」

「仕方ないわよ、殺す訳に行かないでしょう?」

「そうだけどさぁ…」

「まぁ、遺体はただ焼くだけの10万円プランにすれば借金も返済できるし…これで理人の所に行けるわよ」

「そうだよね! 私、理人お父さん大好き」

これでまた幸せになれるよね…理人。

恵美 歪み
『私はお父さんに酷いことを言ってしまった』

私もお母さんも酷いことしていたのは解る。

大切にされていた…それもちゃんと解っている。

だけど、仕方ないじゃない?

子供の私に何ができるの?

8歳の子供に…何ができるというの?

『だってお父さんより鈴木さんの方がお金持ちで、お父さんにするならこっちの方がよいもん』

言って良い言葉じゃないよ…

最低だよね…

血が繋がらない『ただの子供』を育ててくれた人、恩人に言っていい言葉じゃないよ…

私がこんな事を言ったせいで…お父さんは死んじゃった。

お母さんと鈴木のおじさんが責めて、私がこんな事言ったから…

お父さんはトラックに跳ねられて死んじゃった。

私は家族の中で一番早く飛び出したから、お父さんを見た。

お父さんは恨んだ目で私を見ていた。

『怖い』

お父さんの死体が消えてから私は眠れなかった。

お父さんが怨霊になって殺しにくるんじゃないか?

そう思っていた。

だって、どう考えても生きているとは思えなかったんだもん。

鈴木のおじさんとお母さんはお金ばっかり考えていたけど…子供の私は凄くそれが怖かった。

口から血を吐いて死んでいたお父さんを見ていたから。

お父さんが居なくなってから…うちは地獄だった。

お父さんが祟ったのかも知れない。

鈴木のおじさんは結婚していて不倫だった。

その為、お母さんは沢山の慰謝料をとられた。

しかも、貯金は殆ど使っていて無かった。

今考えれば私は大馬鹿だよね。

だって『自分の将来の為に寝る間も惜しんでお金を貯めてくれていた人』を馬鹿にして『私のお金を食いつぶすクズ』の味方してたんだから…本当に馬鹿だ。

鈴木のおじさんとお母さんは貧乏で借金が1人じゃ返せないからと結婚したけど…生活は楽じゃない。

お菓子もおもちゃも買ってくれなかったし…挙句の果てに…

二人して『頼むからアルバイトして少しで良いからお金を入れて(くれ)』だってさぁ…クズだよ。

小学校、中学校と惨めな思い出しか無かった…

遠足も、修学旅行も行けなかったし…アルバイトばかりで友達も出来なかった。

それもこれもクズ二人が…私のお金を全部つかっちゃったから。

お父さんの祟りじゃない…あの二人の下半身がバカだからこうなったんだ。

高校に行くのも反対された。

『ふざけるな』本当に言いたかった。

だって、お父さんは私の為に学費保険をかけてくれていたし、貯金だってしてくれていた…

無いのは解っている…この馬鹿二人が使っちゃったんだ。

「私のお金返してよー――っ」

私が怒鳴るとお母さんは気まずそうに、学費保険の解約書と通帳を渡してきた。

通帳には元は300万円あったのに今はたったの340円になっていた。

「何これ…」

「ごめんなさい…もう無いの、買ったブランド物も売ってしまってそのお金も無いの、ごめんなさい」

鈴木のおじさんはその横で黙っていた。

「おじさんセレブなんでしょう? どうにかしてよ!」

「すまない…」

解っているよ…貧乏でクズなんだから。

家族全員フリーターなんだから…

結局、私は行きたかった私立を諦め…奨学金を借りて公立の高校に通うしかなかった。

他の子が普通に美味しいお弁当を食べる中、私は菓子パンだけだった。

そのパンも自分で稼いだお金から買った…牛乳も買えないからパンだけ…悲惨それしかない。

稼いでも稼いでも…寄生虫の二人に取られるだけ…

本当にきつい。

あの時私が…あんな事言わなければ…不倫に気が付いた時にちゃんとお父さんに報告していれば、こんな事にならなかったのに…

◆◆◆
10年前に居なくなったお父さんが帰ってきた。

最初見た時は浮浪者みたいに汚かった。

だから、関わりたくなくて「おじさん」

そう言ってしまった。

見た感じ凄く貧乏そうだし…これ以上貧乏になりたくなかった。

『最低の人間だ』

『私もゴミだ』

だって、この家はお父さんの家だ。

お母さんの物でも私の物でも、まして鈴木のおじさんの物でもない。

お父さんのお父さんからお父さんが貰った家だ。

私の家族の中で唯一…ううん血も繋がってないから『本当の意味で家族じゃない』私の為に働いてお金を貯めてくれた人が貧乏そうだからって…見捨てた、私は…最低でクズだ。

また、私はお父さんに、悲しそうな顔をさせて、また引き止める事さえできなかった。

『貧乏は嫌だった』だから、お父さんを追う事が出来なかった…今度も私は最低だった。

◆◆◆

暫くしてお父さんが来た。

この間とは違い…身ぎれいな恰好をしていた。

「お父さん」

そう呼んでいた、なんて私は現金な人間なんだろう、自己嫌悪に陥った。

だけど、今目の前のお父さんは、凄く若返った気がする。

お母さんや鈴木のおじさんと見比べたら…同年代に思えない。

20代後半…いや大学生でも通用する位に見える。

良く女で美魔女という言葉を聞くけど…そんなもんじゃないよ。

私の兄妹…それでも通用する位…だよ。

お父さんの話では…記憶を失っていたそうだ。

「俺にとっては事故にあった日以降の記憶が無く、あの日からまだ僅かな期間が過ぎた状態だ…まぁ10年も経っているが俺にはまだ数週間前にしか感じられないな」

「そうか、それなら、さぞ俺たちを恨んでいるだろうな」

恨んでない訳ないじゃない。

だけど、良かった…死んでなかったんだ、良かったよ、本当に。

「恨んでいない! そう俺が言う訳ないだろう! だが、あの後何があったか話してくれないか? 俺には知る権利位はあるだろう」

当たり前だよ…恨まれていない訳ない。

私は、死に掛けていて、悲しそうに恨んだ目をしたお父さんを見たんだから。

そこから、鈴木のおじさんは、今までに何があったか話し始めた。

なんで不幸自慢みたいな話をしているの…

自業自得じゃない。

お父さんを裏切って、二人して『不倫』した結果、地獄に落ちた。

それだけの事だよ…

馬鹿だよね…被害者はお父さん。買収に応じた為に巻き込まれたのは私…同情でもして貰いたいのかな。

しかも…そんな状態なのに『私たちはお父さんの家に住んでいる』

「お父さん…ごめんなさい」

それしか言えなかった。

「それであんたら、今はどうやって暮らしていんの? 言っておくがちゃんと話せよ! 慰謝料の請求は出来ないが、この家はまだ俺には取り返せるんだぜ」

怒らせた…当たり前だよ…本当に恥ずかしい。

この家はお父さんのお父さんがお父さんにあげた家だよ…返さないのは可笑しいんだ! そんなの私だって解るよ。

馬鹿じゃないの…

全員でバイトして生活している事まで話してさぁ…本当に惨めだね。

セレブ処か…ど底辺暮らしなんだから…

◆◆◆

泥棒って呼ばれた。

当たり前だよよね『不倫した挙句』お父さんの貯めたお金全部を遊びと慰謝料で使っちゃったんだから…そのうえでお父さんの物だった家で暮らしている。

泥棒どころか恥知らずだよ。

あはははっ、自分でも解っているよ。

だけど…8歳の私には、それ解らなかったんだよ。

働いてお金を稼いで、それが全部取られる事が辛い、働いて初めて解ったんだ…言い訳にしかならないよね。

反論なんかしちゃ駄目なんだよ…良い大人がそんな事も解らないのかな?

「まぁ良い、鈴木、お前本当に馬鹿だな! いっちゃなんだがお前の嫁さん、陽子なんかより余程綺麗だっただろう? しかも、嫁さんはあの会社の創業者一族の遠縁だから『不倫』なんかしなければ、今頃は専務か常務になって幸せな人生じゃないか! それを態々こんな腐れ婆ぁと小生意気なガキと交換馬鹿じゃないか? あーあっ、もったいない…そんなに中古品が欲しかったのかぁ…鈴木ぃ」

本当に情けないな…これ聞いて鈴木のおじさん泣き出しちゃった。

「理人、確かに私たちは加害者だわ…だからってその言い方は酷いわ」

「ひどすぎるよ…」

つい口に出ちゃったよ…今思えば…私だってお父さんを裏切ったんだから、口答えなんてしちゃ駄目なんだよ…馬鹿だ。

「酷いのはお前達だ、俺の顔や容姿を見てみろ、そこの草臥れた親父と見比べてみろ…俺はそいつより、そんなに劣るのか? 馬鹿じゃねーの」

私は10年ぶりにお父さんの顔を見た。

お父さんだ…沢山の事が思い出されてきて胸が熱くなる。

小さい頃の私は『お父さんと結婚するのが夢だった』

(魅了の影響です…)

遊園地にアニメの映画…よく連れていって貰ったよ。

凄く楽しかった…あの時の私は『笑っていた』 私の人生で私が笑っていたのはお父さんと一緒に居た時だけだよ。

8歳の自分に会ったら顔が変わるくらいにぶん殴りたい。

私は…私は…一番大事な人…私を『本当に愛してくれた唯一の男性』に酷いことをしたんだ…ハァハァ苦しいよ。

「お父さん…そんなに何でカッコよいの…綺麗」

知ってしまった…8歳の頃から私はお父さんに恋していたんだ。

そして、今も恋している。

今まで気が付かなった。

(魅了の影響です)

そういえば、私仕事ばかりで男の人とデートしたのはお父さんだけだった。

(子供の頃、遊んで貰っただけです)

「お父さん…凄くカッコよいよ…彼氏にしたい位」

本当にそう思うよ…お父さんの顔ってこんなに綺麗だったんだ。

そうだよね…私の初恋の人がかっこ悪いわけが無いよ。

吸い込まれるような綺麗な瞳…透き通るような白い肌。

お父さんなんて思えない…綺麗、まるで物語から飛び出してきたみたいに幻想的に思えた。

肌なんて女で若い私よりきめやかで白い。

本当に…若くしか見えない。

「あの時の俺は、そこの鈴木と陽子お前に騙され、体調が悪くなる位こき使われていた…稼いだ金も全部、陽子がブランド物や不倫に使うから金が無かった『ゆっくりできる時間と、ちゃんとした栄養…それがあれば、今位の美貌は保てた…いや10年前は今より若いからこれ以上の魅力はあったんだ』 それで、今の俺…そんな草臥れたおっさんに負けているのか?」

あんな状態じゃ美貌なんて維持できないよね…私やお母さんの為にボロボロになるまで働いてお金も無い…当たり前だよ。

今の私が化粧一つ出来ないのと同じだ。

「お父さん…本当はそうだったの」

思わず声に出た…だってその位凄いんだもん。

お母さんが私を捨ててお父さんとよりを戻そうとしていた。

「お母さん、酷いよ! お父さん、お母さんなんて要らないから私と暮らそう…お父さんなら貧乏でも良い、私頑張るから『女としても』お金が必要なら今度は私が働くから」

これで良い筈だわ。

私はお父さんに酷いことをした。

それは8歳だからじゃ済まされない。

なら、私が償いの意味で『お父さんに尽くせば良い』

お父さんは中学時代にもお母さんに告白していた。

今の私は昔のお母さんに似ている。

こんな草臥れたお母さんより絶対に私の方が良い女だ。

こんな年寄り二人に搾取される位なら…お父さんにあげた方が良い。

ううん『身も心もお父さんの者』になりたい。

「お父さん、私が間違っていた…お父さん」

「金で愛情を売るクズ女も要らねー…第一お前とは血の繋がりも無い…二度と、お父さんなんて呼ぶな」

心が痛いよ…ごめんなさい…だけど子供だからこんなになるなんて解らなかったんだもん。

「言いたい事、言ったからもうこれで良い! 俺たちはもう他人だ! 二度と会わない、二度と話さない…それで良いんじゃないか?なぁ」

「「「…」」」

「俺の人生に二度と関わるなよ!」

嫌だ、嫌だよー-っお父さん。

◆◆◆

お父さんが居なくなって、喪失感がこみ上げた。

だれより大切なお父さん…

それなのに…子供の私を騙して…裏切らせた。

許せない…お母さんも鈴木のおじさんも。

お母さんなんて思わない…糞婆で良いんじゃないかな?

おじさんなんて汚らわしい…糞爺で充分だ。

二人とも『死ねば良いのに』

その日から私は変わった。

糞爺の財布からお金を抜いた…しけている。

たったの三千円しか入っていない。

文句なんて言わせないよ…だって散々、高校生の私からアルバイト代を搾取してきたんだから。

お説教をしてきたけど

「うざい」っていって睨みつけた。

そうしたら殴ってきたから、殴り返した。

馬鹿じゃないの?

鍛えても居ない爺と体力を使うバイトをしている18歳の高校生。

男女差はあっても…私の方が強くなっていた。

『もう、あんた達なんかこわくない』

髪を掴んで引きずり回して、殴っていたら…

「もうやめてくれ…下さい」だって鼻血だして笑えるって言うの。

此奴の物は全部お金に代えなきゃね…身ぐるみ全部奪って、お母さんが質屋でお金にした。

時計の時、凄くクズったけど…全部奪ったんだから、抵抗なんてするなって言うの…馬鹿だよね、逆らわなければ…殴られないのに。

お金が無いけど、夕飯は一応ちゃんとしたご飯を食べていた。

だけど、糞爺には、食事は菓子パン1つと牛乳のみしか、あげなかったら泣いていた。

馬鹿じゃない…

牛乳があるだけ、幸せじゃない?

私は学校で牛乳も飲めない生活をしているんだから。

面倒くさいから、糞婆ぁと一緒に無視した。

糞爺から巻き上げたお金は…私は使ってない。

だってこれは『愛しのお父さん』ううん『理人さん』の為に使うお金なんだもん。

『お父さんの為』そう考えたらお昼はパン1個で充分だよ。

おかずももやしで構わないよ。

◆◆◆

やっと糞爺が死んだ…

何かあって困らない様に「生命保険」だけは糞婆が掛けていたのは知っていた。

「ようやく、死んでくれたわね」

「そうね…だけどお母さん、自殺だと保険半分になるんでしょう?」

「仕方ないわよ、殺す訳に行かないでしょう?」

「そうだけどさぁ…」

「まぁ、遺体はただ焼くだけの10万円プランにすれば借金も返済できるし…これで理人の所に行けるわよ」

「そうだよね! 私、理人お父さん大好き」

だけど、糞婆…忘れているよ?

貴方もお父さん…ううん理人さんを傷つけた一人なんだからね。

『私は許して無いよ』

バンパイヤ ホスト
家族から訣別して数日。

俺はハローワークに通っていた。

「理人は働かなくて良いんだよ?」

そう京子は言ってくれるが…

「42歳のおっさんが女子高生の紐になるのは少し抵抗があるんだ」

「そう? それなら…そうだ、私が白銀財閥に掛け合うよ、何処の会社の役員が良い? そうだ、私付きの秘書とかどう?」

「確かに魅力的だけど、最初は自分で頑張ってみる」

「そう、解った」

◆◆◆

そんな訳で俺はハローワークに通っていた。

幾つかピックアップして持っていくも…

「一応は条件は整ってますね、履歴書郵送からです」

世知辛いな。

今は面接すらなかなかして貰えないのか。

昔とは大違いだ。

恰好つけてしまったけど…どうするんだこれ?

しかも、バンパイヤのせいか、昼間は体の調子がいまいちだ。

それでも常人よりは強いけど…夕方5時過ぎの方が調子が良い。

◆◆◆

悩んだ末…俺は…

「はぁ~40歳のおっさん? 水商売の経験は?」

「今まではありません」

「あのさぁ、それなら止めて置いた方が良いと思うよ? ちょっと面が良い…いや、あんたは結構良いけどさぁ、40過ぎからじゃ辛いと思うよ、普通は30代半ばで余程じゃなきゃ引退だからさ」

確かにそうだな。

自分の体調からしたら『夜働くのがベスト』なんだけどな。

暫く考えていたら、オーナーが呆れた様にため息をついた。

「ハァ~、仕方ないから、試しに今日1日体験入店してみるか?」

「良いんですか?」

「本当は若い子をスカウトする為のシステムだから1万5千円払うんだが、それ無しで良いなら…どうぞ!」

こうして俺は体験入店する事になった。

「今日試しに入店する事になった理人だ…まぁ一日で消えると思うが宜しく頼む…まぁかなりのおっさんだ」

「おっさん…まぁ宜しく頼むは」

「はいはい、おっさんね、そこの端っこで立って見学してな」

全部で20人近く居るのに、話したのは二人だけ。

後は話そうともしない。

「理人、今話したのがナンバー1の聖夜とナンバー2の竜也だ…まぁ覚えなくて良い、今日で終わりだからな…端で邪魔にならない様にしてればよい…余計な事するなよ」

中年のおっさんに業界の厳しさを思い知らせたい。

そんな所だな…雇う気は無いのだろう。

俺は端っこの壁に寄りかかっていた。

暫く待つと、二人組の女の子が入ってきた。

見た感じOLっぽい。

「あの、このお試しコース2000円のテッシュを貰ってきたのですが…」

若いホストが走っていく。

聖夜が話しかけてきた。

「なぁ、皆、必死だろう? フリーの客は相手次第、指名が欲しくて頑張っているんだ、本当はお前もあそこに加わる事から始めるんだぜ…まぁ見た感じお金はなさそうだがな」

確かに獲物に群がるハイエナ、ピラニアみたいだ。

「確かに弱肉強食ですね…」

「そうだな、まぁ明日はこないお前には関係ないか…新人指導も必要ねーな」

「そうですね」

「本当なら『はい、聖夜さん』が返事だ、まぁ良いけどな、どうせもう来ないんだし」

大変だな…そう思って見ていていたら、女性客2人と目が合った。

「あの人が良い、あの壁で立っている人」

「うん、私もあの人が良いと思っていたんだ」

「あいつは新人だから接客はまだなんですが」

「下手でも構わないよ」

「うんうん」

ボーイさんがこっちを見ている。

「おーい理人ぉー指名だ」

「はははっ凄いな、まぁ恥かいて来い」

何だか若い感じのホストが殺気だった目で見てくる。

仕方ないな…自分なりにやってみるか?

前の仕事で『接待』の経験はある。

そこから考えて行動すれば…多分大丈夫だ。

「初めましてお嬢さん、理人と申します! 宜しくお願い致します!」

「宜しくね、新人さん」

「よろしく~」

「それではご案内いたします…席は」

「こちらの方へ」

ボーイさんが案内してくれた。

「おためしは60分、指名料金無料、そこで1回声を掛けるからな、ボトルはハウスボトルはセット料金に入る」

そう耳打ちしてくれた。

「それじゃ、どうぞお掛け下さい」

「へ~やっぱり新人なんだ、こういう時は女の子の間に座った方が良いんだよ」

「そうなんですか」

「そうそう」

俺は女の子の間に座った。

◆◆◆

「やっぱり駄目だなアイツ、女の子の間に挟まれたら席を外せないじゃん…おい心配だから様子をみてやれ」

「聖夜さん、そうします」

派閥の奴を使うほどの事じゃないからボーイに頼んだ。

まぁ此奴もベテランではある。

◆◆◆

困ったぞ…俺は嫁からも嫌われ、娘からも嫌われた男だ。

京子以外に好かれた経験はない。

しかもあれは押し倒して血を吸っただけだ。

俺は氷を入れて水割りを作りながら…本気で困った。

何を話せばいいんだよ…

「まずは水割りをどうぞ」

「「ありがとう」」

此処迄は良い…此処からどうすれば良いんだ。

周りのテーブルを見る。

正面の竜也さんが接客している。

真似は出来そうにない。

いきなり肩を抱き寄せるなんて無理だ。

自分なりに頑張ろう。

「二人ともOLさんなのかな? なかなか出来る感じがするね!総合職かな?」

「う~ん、私は経理だよ一般職」

「私は一応は営業だけどね」

「へぇ~経理は会社の要、営業は花形だから二人とも凄いね、此処にこんな時間に来たという事は今日はもしかして残業していた」

「そう、残業してきたの」

「そうそう」

◆◆◆

あいつは馬鹿か、やはりド素人だ。

こういう店に来る女は『嫌な事を忘れる為に来るんだ』だから会社の事なんか聞くなよ。

◆◆◆

「二人とも凄く目が綺麗だね…思わず、見つめたくなる」

「そう、理人さんも綺麗ですよ…えっ」

「私達なんかより、凄く…いやだ、凄く綺麗、ずっと見ていたい位」

何だ…いったいどうしたんだ。

「理人さんって私の好みのドストライクです、幾ら見ていても飽きません」

「本当にそう、こんな綺麗な人見た事ない」

「そんな事言われると照れますね…こんなおじさん捕まえてまったく」

「そんなおじさんなんかじゃないですよ? 私達とそんなに年齢変わらないじゃないですか?」

「全然おじさんなんかじゃないよ?」

「そう、それなら良かった! 俺、話すの苦手なんで逆に聞いてくれませんか? なんでも答えちゃいますから」

「本当? それじゃ彼女とか居ますか?」

「今は居ませんよ」

「へぇ~今はという事は過去はいたんだ」

「はい、嫁と娘が居ましたが捨てられました」

◆◆◆

あの馬鹿…何言っているんだ。

ホストクラブで話すはなしかよ…流石のボーイも狼狽えているぞ

◆◆◆

「理人さん可哀そう…そんなカッコよいのに、信じられないよ」

「本当、その女目が腐っているんじゃない」

あっ、そろそろ時間だ…

「そろそろお時間ですが、どうしますか? 延長の場合は1時間6000円と指名料3000円になりますが…」

ボーイさんが来た。

「そうね、理人さんに悪いから延長でお願い」

「私も、あとボーイさん一番安いボトルって何?」

「鏡月で4000円です」

「理人さんみたいな人に会えるならもっとお金を持ってくるんだった…金欠だから、それじゃそれお願い」

え~と1人1万1千円…良いのか? 悪いな。

「別にボトルは入れなくても良いんじゃないかな? ハウスボトルで充分」

「だーめ、これは気持ちだから、ホストなら断らないの」

「そうそう、一緒に飲もう」

「はい」

俺は他のホストみたいに喜ばせる事は出来ないけど良いのかな。

日常的な会話をただ続けていた。

それなのに更にもう一回彼女たちは延長してくれた。

「それじゃ理人さん、次は指名できますね」

「私も、まぁOLだから月一位だけどね、また来ます」

「お待ちしています」

まぁリップサービスだろう。

彼女たちを見送り、俺は再び端で壁に寄りかかっていた。

聖夜さんは指名が入ったらしくもう席についていた。

金髪のホストが「店が終わったら顔を貸しな」と耳元でつぶやいて立ち去った。

俺は何か悪いことをしたのだろうか?

これで良いんだろう!
可笑しい…あの接客でうまくいくわけが無い。

なのに…なんだ彼奴…新規の客は確実に彼奴を選ぶ。

何が他の奴と違う。

ガッツいていない事…無欲の勝利なのか?

いや、他の奴が同じことしたら、絶対にああはならない。

指名なんて貰えない筈だ。

なにをしているんだ…只見つめるだけ…そんな奴は伝説のホストにしかいない…俺は眉唾だと思っている。

あるわけが無い。

◆◆◆

「へぇ~ 理人さんマジで42歳なんですか? 肌なんか私より綺麗なのに?」

「嫌ですね、お客さんの方が遥かに綺麗じゃないですか? 私なんかが一緒に飲んで貰えるだけで幸せですよ!」

「また、理人さん美味いんだから…ボトルいれちゃおうかな? 何入れれば良いかな」

そうだな、ヘネシーかマーテル辺りで良いんじゃなかな?

どちらか安い方で良いや。

「ボーイさん」

「はい」

「ヘネシーかマーテルでVOってありますか?」

一番安い奴で充分美味いからそれで充分。

「理人さん、VSOPからしか普通は置きませんよ…」

そうか…此処は高級店だから、そりゃそうだ。

「それじゃ、ヘネシーとマーテルで安い方のVSOPだと幾ら?」

「マーテルの方で1万8千円ですね」

「だって…マーテルのVSOPでどうかな?」

「理人さんホストでしょう? もっと高いの勧めなくて良いの?」

「別にそんなの気にしなくて良いんですよ! 楽しく飲みましょう!」

「そう、まぁ理人さんが言うなら、それでお願いー-っ」

「それじゃ、マーテルのVSOPお願い致します」

「はい…」

◆◆◆

彼奴は馬鹿か?

あの客、最低でもXO、場合によっては10万位のシャンパン入れさせられた筈だ…それがたった1.8万円のVSOP?

絶対に水商売の経験なんてねーよ。

それなのに…もう3組、新規客を落としているぞ…やばいな。

「聖夜…あいつなんで落とせるわけ? 何もしてねーし、ただ壁に寄りかかって見つめるだけだぜ」

「竜也…解んねーよ、会話だってただの日常会話…それなのに女が全部嬉しそうなんだぜ、どんな技術使っているんだか本当に解んねーんだ」

「聖夜が解らねーのか! だが、あれじゃ…」

「ああっ店が終わったら終わりだ」

◆◆◆

接客が終わると、また俺は壁に張り付いた。

此処が定番、そういう約束だ。

俺にはナンパの才能があったのか?

惜しいことしたな、これなら寂しい青春なんて送る必要はなかったな。

「麗香さん、いらっしゃい」

綺麗な人だな…モデルみたいだしこういう人も来るのか。

思わず見つめてしまった。

あんな綺麗な人テレビでしか見たことが無い。

「ごめん、ボーイさん。指名かえるわ…今日はあの壁に寄りかかっている人にして」

「あの、麗香さんは静也さんのお客様で、普通は、その」

「まぁ普通はそうよね、だけど、かえられないなら、もうこの店に来ないわよ? どちらでも好きな方を選んで」

「静也さん…」

「仕方がない麗香の好きな様にさせてあげてくれ」

「理人さん、指名ですよ…」

「はい」

◆◆◆

「あれ、不味いな」

「ああっ麗香は静也の太客だ、あとで揉めるぞ」

「他のホストも良く思ってないようだし、不味いな」

「ああっ、もう終わりだ」

◆◆◆

「不思議よね、理人さんとだと何話しても楽しいわ…」

「ありがとうございます」

「良いのよ、お礼にそうね、アルマンドのブラック入れてあげる…ボーイさん、アルマンドのブラックお願い」

「はい、アルマンドのブラック入りましたー――っ」

なんだ、今までと違い…大きな声出して。

随分高いボトルなのか?

沢山のホストが凄く嫌な顔で俺をみた。

◆◆◆

お店の時間が終わった。

「おい、お前、ふざけんなよ! あん、俺の客取りやがってよぉー-」

静也さんは解るが、他のはフリーだろう。

「いや、麗香さん以外はフリー客だろう? そう聖夜さんが言っていた」

「はぁ~新人が口答えするなよ、この野郎がっ」

いきなり顔を殴ってきた。

此処には面接したオーナーも聖夜さんも竜也さんもいる。

なんなんだこれは。

「うっ、いきなり手をあげるなんて…オーナー聖夜さんこれは?」

「ホスト間のトラブルは自分で解決、それがこの世界のルールだ…お前はやりすぎたんだ」

「そんなの知りませんよオーナー」

「だったら今から勉強するんだな」

そうか…こういう世界なのか…

「ルールとかあるんですか?」

「顔は殴らないのが本来は暗黙のルールだ」

「だけど、いきなり顔を殴られましたよ」

「まぁあくまで基本ルールな…」

「そうですか…」

「君は僕の客を奪ったんだからな、麗香を! その顔を潰してやる」

夜のせいか凶暴なバンパイアの血が騒ぎ始める。

昼間でも俺は多分、剣術家を名乗れる位の力はある。

だが、今の俺は…化け物だ。

殺したくて、殺したくて溜まらない。

抑えないと…本当に殺してしまう。

「流石にやり返しますよ!」

「馬鹿じゃねーの、おっさんこの人数相手に勝てるわけねーだろうが、顔を潰して、その後は体に刻んで」

なにカッコつけて指なんて指しているんだ。

そんなだから…

「痛ぇぇぇぇぇー―――っ俺の指になにしたー-っ」

「千切っただけだが?」

俺は静也の指を口でしゃぶった。

男だからか、酒を飲んでいるからか『不味いな』

俺は静也に指を放り投げた。

「貴様ぁー――っ静也さんになにするんだー-っ」

全然当たらねーよ。

「逃げんじゃねーよ」

多分今の俺ならヘビー級のボクシングチャンプも瞬殺だ。

そういえば、オーガとか言う格闘家が世界で一番強いとか言う噂があるが、俺は本物を幾つも狩っている。

「さっきはよくも、顔を殴ってくれたな…おらよっ」

顔を掴噛んだら…ぴちゃっ…

「ああー-っ片目が見えねーっ…鼻が痛ぇぇぇぇー――っ」

そりゃ、そうだ、鼻はもうない落ちている、眼もえぐられて無いんだからな。

「さて、ホスト間のトラブルは自分で解決…あ~あ楽しいな」

俺はバンパイヤの血が入っているせいか夜は少し凶暴性が増すようだ。

「やめろ、やめろ…止めてくれー――っ」

「助けて、助けて、顔だけは顔だけはやめてくれー――っ」

ただ殴るだけで肉が契れる、掴むだけで肉が弾けた。

多分15分もたってないな…

「うっううっ助けてくれ…うっううっ」

「さて、これで問題は無いですね、オーナーに聖夜さん、竜也さん」

「嘘だろう…ホストがホストが…全員…これじゃこの店は終わりだ」

「あのさぁ~お前の雇った人間が、俺に牙をむいた…その責任はお前にあるんだろう? 違うか? なぁ~違うのかー――っ」

「それは自己責任…」

「自己責任なら俺がお前を殺しても自己責任だよなー-っ」

軽く投げたらカウンターに突っ込んだ。

「聖夜さんに竜也さん、これどう思いますか? さっき自己責任っていったけど? これでよいんですかね? ルールどうりですよね?」

「違うっ、此処迄やっていいわけない…えっ」

「竜也さん、口答えするから鼻が無くなっちゃった」

「ああああっー――っ」

ぼたぼたと血が流れ落ち、その中に鼻が転がっていた。

オーナーが気が付いたから引きずってきた。

「オーナーと聖夜さん…これルールでOKだよな? あーあ楽しいな! これで本採用で良いよな?」

「ああっ、これでこれで勘弁してくれ」

急にオーナーが走り出して金庫に縋りついた。

金庫から札束を取り出して俺に押し付けてきた。

「オーナー俺は金が欲しんじゃない…採用して欲しいだけなんだ」

「ゆゆ…許して下さい、足りないなら借金しても払うから…ああっ頼むよ、助けて」

札束は30を超えていたから三千万か。

「理人…俺たちが悪かった…俺が責任をとって絶対に警察沙汰にはさせねーから、その三千万で手打ちにしてくれ、頼む。 ホストがしたいならほらよ…俺の推薦状だ、これならどこの店も雇ってくれる、出来たら新宿じゃない場所で頼む」

「この店では?」

「出来ると思うか? 皆、お前に怯えている」

「こういう事は勝った方の意見が通るんじゃないか?」

「そうだな…居座るのか?」

「そうしたら…」

「全員…逃げ出すぞ」

「逃げたら殺す…」

「もう嫌だ…助けて、死にたくない、助けて…そうだ、この店をやる、なぁ…それで」

店を貰っても困るな。

「解った」

俺は三千万と聖夜からの推薦状を貰い…店を後にした。

◆◆◆
明け方家に帰ると…
「酒と他の女の香水の匂いさせて帰ってくんなぁー――」

京子にいきなり殴られ…ボロボロと泣かれた。

これじゃ…水商売は無理だな。

聖夜 諦めきれねー
片目を失明して鼻が無くなった静也の取り巻きが 1名。

此奴はもう、ホスト処か接客業は無理だ。

指が無くなった静也。

ヤクザに勘違いされるから…もうホストは無理だな。

そして鼻を失った竜也。

同じくホストはもう無理。

他の奴らも骨が折れたり、散々だ。

これで暫くはこの店は休業。

その状態で…可笑しいだろう。

誰一人『理人に文句』を言わない。

「聖夜さん、理人さんに帰ってきてもらえませんかね?」

「静也何を言っているんだ? お前の指を奪った奴だぞ! 警察に言わないだけで…」

可笑しい…此奴まさかドMなのか?

そんな訳はない、此奴はSだ。

指はもう戻らない。

そんな状態で何を言い出すんだ。

「いや、俺おかしいのかな? あいつに惚れちまったみたいなんです…彼奴の目、まるで獣みたいなんすけど…ゾクゾクってきて『ああっこんな男に仕えたい』そう思えちまって、男が男に惚れるって奴ですね」 

「静也…お前マジか?」

「はい」

可笑しいだろう?

此奴は凄く自己中な奴だった…それが指を千切った相手にこれだ。

「まぁ、許してやっても良いんじゃないか?」

「竜也…お前、その顔じゃもうホストは」

「聖夜、引退みたいにいうなよ、こんなの整形でどうにかなる…まぁ暫くは休みだな、店はお前に頼んだ」

可笑しい…なんで皆が…許すんだ。

『説得は大変』そう思っていたのが…全員があいつを許すというし…可笑しすぎるだろう。

「オーナー、これどうしますか?」

「ああっ、呼び戻してやって良いんじゃないか?」

可笑しいな、あんなに怖がっていたオーナーが自分から『呼び戻す』だと…

「オーナー?」

「ああっ、自己責任の世界だから仕方が無い…それに彼奴は不思議な魅力がある。お前と一緒に案外ツートップになるかも知れないな、そう考えたら三千万なんて安いもんだ…聖夜、彼奴を呼び戻してくれないか?」

「オーナーが言うなら…本当に良いんですね?」

可笑しい…全員が全員、理人の復活を望んでいやがる。

しかも『理人さん』か『理人くん』 新人に対する扱いでなく『先輩ホスト』に対する扱いだ。

この中には俺の派閥の奴もいる。

俺の前で新人に『理人さん』といけシャーシャーと…

まるで理人の派閥みたいじゃないか?

まぁ良い、彼奴は天才だ。

きっと良いホストになる。

とんでもないカリスマだ。

此処迄された奴らが…恨まず憧れる…俺は伝説のジゴロの始まりの1ページを今、見ているのかも知れない。

◆◆◆

「えっ戻らない? どうしてだ…お前ならもう明日からベテラン扱いで良いから、金も返さないで良いそうだ…なぁ、それでも戻らないのか」

「すみません」

断られてしまった。

だが、俺は諦めない…

彼奴こそが俺なんかをしのぐ本当のナンバー1になれる男だ。

新宿だけじゃない、六本木、渋谷も制して真の日本一を名乗れる男にいつかなる。

絶対に諦めねー。

なんだ、俺も他の奴らと同じだ。

俺も彼奴の『魅了』に掛かってしまったのかも知れねーな。

更なる暴走
「またホスト達から電話?」

京子の機嫌が悪い。

この間、ホストを一日やっただけでこれだ。

「そうだな、どうしても俺に戻ってきて欲しいそうだ」

「本当にしつこいよね…理人さぁ、そんなにホストやりたいなら、私専属のホストやらない? そうね報酬は月300万位でどうかな?」

「京子相手なら無料で良いよ…それ以前に京子とはいつも一緒に居るだろう」

「そうよね、うんそうだよね…理人は私の事、押し倒したい位すきなんだもんね…うんうん」

不機嫌になったり喜んだり変な奴だな。

「あのね…理人がホストどうしてもやりたいって言うなら…良いよ」

「良いのか?」

「うん、だって私だけ、無料なんだから…良いよ」

京子から許可が出たので週に1回か2回だけお店に顔を出すと約束した。

「本当はフルでお願いしたいが、それでもありがたい」

そう言われ俺は不定期だがお店に顔を出すことになった。

◆◆◆

「お父さん…」

街を散歩していると恵美に会ってしまった。

凄くやつれている気がする。

着ている服は明らかにヨレヨレだ。

京子と年齢が変わらない…そう考えたら少し可哀そうに思えた。

「随分苦労しているようだな…」

「うんお父さん程大変じゃないよ」

困ったな…異世界に行く前、陽子と鈴木の不倫を知る前は、俺は恵美を愛していた。

勿論、男女じゃなく親子としてだ。

風呂に入れた事もあったし、熱を出した時はおんぶして病院に連れていった時もあった…「お父さん、お父さん」って可愛かったな。

「そう言えば、バイトしながら高校に行っているんだろう! 頑張っているな」

「そんな事ない…よ…それに私高校を辞めようかと思っているんだ」

「そうなのか?」

「うん」

ヤバいなこれ、俺を裏切ったクソガキ…そう思っていたけど、楽しい思い出も沢山ある…思い出してしまった。

だから、気の病が出てしまった。

「飯でも食うか?」

つい口に出てしまった。

「良いのお父さん…お父さんとご飯、久しぶりだね、嬉しいよ」

今更駄目とは言えないな…

「好きな物奢ってやるよ」

そう言うと嬉しそうに恵美は俺の手を引っ張った。

◆◆◆

「本当に此処でよいのか?」

「うん、恵美ハンバーグ大好きだもん」

恵美が選んだのはファミレスだった。

好きな物で良かったんだが、当人が良いと言うのなら良いだろう。

「それで…なんで高校を辞めるんだ、学費で困っているのか?」

「それもあるけど、お父さんに罪滅ぼししたいんだ…ねぇお父さん、恵美が頑張って働くから、良かったら一緒に暮らしてくれないかな…お願いチャンスをくれない」

もう元には戻れないな。

だがどうだろう…此奴はこんなに苦労しなくちゃいけないのか?

此奴が俺の恋人、妻で不倫したわけじゃない。

当時8歳の子が母親に逆らえる訳も無い。

8歳の子がした事に『お前が悪い』と突き放すのどうだろうか?

「恵美…お前がまだ俺の子供だと思っているなら、今は働くより勉強しなさい」

「お父さん、お父さんがそう言うなら恵美頑張るよ!」

「そうか、頑張れ」

良く考えたら恵美はまだ高校生だ。

今は18歳…まだ未成年。

養子縁組も解消されているが、本当なら離婚しても俺は養育費を払うのが普通だよな。

(主人公の勝手な思い込みです)

少し位援助してやっても良いだろう。

「うん頑張るよ…それでお父さん、一緒に暮らして欲しいな」

「それは今出来ない…」

「そんな」

何でそんな悲しそうな目してんだよ。

子供だった此奴に責任を問うのは大人気ないな。

だが、それでも許せない…俺は心が狭いな。

「ちょっと恵美待っていてくれるか?」

「別に良いけど…どうしたの?」

「いいから、待ってて」

「解ったよ」

◆◆◆

外に出てスマホで調べてみた。

大学の学費は1年間150万見て置けば医学部以外は問題ない。

そう書いてあった。

大学4年で600万、少し余裕を見て700万。

これくらい渡してやれば良いか?

後は、20歳になる迄お金を援助してやる。

その位は別にしてあげても良いのじゃないか?

俺は銀行に向かった。

◆◆◆

「お父さんどうしたの? 何かあった」

やはりよく見るとかなり苦しそうだ。

他の女子高生と比べて可哀そうな位みすぼらしい。

「いや、なんでもない…恵美高校はやめないとして大学には行かないのか?」

「うん行かないよ…というか行くお金もないもん」

「そうか、それならこれをあげるから学費の足しにしなさい、陽子や鈴木には取られないように気をつけろよ、大学には行きたいなら行った方が良いぞ」

俺は用意してきた700万を恵美に渡した。

「お父さん…こんな貰えないよ、私こんなお金より…お父さんと暮らしたいよ」

「それは…気持ちの整理がつかないから、今は答えられない、だがまだ俺を父親だと思っているなら、そのお金で大学で学ぶと良い、父親としての養育費だと思ってくれ」

「解った、私頑張って大学行くよ」

「頑張れよ…それじゃ俺はいくからな」

「お父さん、連絡先…」

俺はリンネの連絡先を教えた。

あの時此奴はガキで今でも未成年。

大人として『養育費』位だしてやるべきだろう。

◆◆◆

私は…絶対にお父さんに愛されている…いま確信した。

ああっ…お父さん、いや理人さん…

本当に私は馬鹿だったよ。

こんな理人さんを裏切るなんて。

凄いよね、また若くなった気がするよ。

この間見た時は20代後半くらいに見えたのに、今じゃ20代前半、下手したら10代にも見える。

本当にもう糞婆じゃ釣り合わないよ…

うん、私位が丁度良い筈だよ。

私が辛そうだからって…700万も用意してくれた。

お父さん、きっと借金してきたんだ。

今のお父さんにはそれしかお金なんて用意できないもん。

こんな事迄してくれるんだから『お父さんが私を愛していない訳ない』

一回でも親子になったのが恨めしい。

そのせいで私はお父さん…理人さんの花嫁になれない。

だけど…それでも構わない。

私はお父さんが傍にいてくれれば良い。

キスしていちゃついて一杯愛してもらって…勿論私も一杯愛して…うん沢山あっちもして…子供も欲しいな。

戸籍はどうしようもないけど、事実婚で良いんだ。

借金してまでお金をくれたお父さんだもん…今は娘かも知れないけど…まだきっと私への愛はある…

お父さん…必ず恵美が幸せにしてあげる。

勉強も死ぬほど頑張るから…待っててね。

お金を渡した事で…勘違いが加速した。

京子:今夜も眠れない
人を好きになるってこういう事なのね…

今、私は恋をしている。

流石に今まで付き合った事が無いとは言わない。

一線を越えたことはないけど、それなりには今までも楽しかった。

悪いこともそれなりにしたけど…

今の楽しさや『幸福感』には及ばないよ。

私はこれでも白銀財閥の1人娘だ。

本来は私には『塔子』と言う優秀な姉が居たが、ある時行方不明になってしまった。

その為、本来要らない子扱いだった私が今じゃ『跡継ぎ候補』になってしまった。

『愛人の子でお金だけ貰って気楽な生活』

悪いことしても、最強の顧問弁護士や親の権力がどうにかしてくれる。

この気楽な人生で良かったのに…

正直面倒くさい。

お嬢様なんてガラじゃない。

私はお母さんみたいな影の人生じゃなく、好きな男と楽しく笑える人生を歩みたい。

そこにはお金は要らないよ。

それなのに…私の周りは私の意思とは関係なく変わっていった。

◆◆◆

どこかに素敵な男は居ないかな…そんな事を考えながら何時もの憂さ晴らしをしていた。

『おやじ狩り』だ。

今思うと最低だけど…この時の私は親の事情で振り回らされるのが嫌で反発していたんだ。

そこで、私は薄汚い親父を取り巻きと一緒に狩ろうとしたんだけど…
この親父が無茶苦茶強かった。

私が連れていたのは地元では有名な不良で『狂犬』と呼ばれていた。

女にだらしなく危ない奴だったけど、私には従順にしたがっていた。

多分、何だかの権力が裏で働いているのかも知れない。

こういうのがうざい。

危ない所迄、親の力が働いているのが何となく解った。

親父狩りをしようが、盗難をしようが何も事件にならない…

多分裏で親の力でかたづいている気がする。

話はそれたけど…そこ迄の危ない二人が全く歯が立たず…負けた。

そして私は押さえつけられ押し倒された。

終わった…浮浪者に犯される…そう思った。

今まで自分で…どうなっても良い。

そう思っていたのに…いざその時が来たら怖かった。

「残るはお前だけだな!」

その声を聴いて絶望した。

「許して下さい…私、女だよ? 惨いことしないで…た助けて…」

腰が抜けて歩けない。

「た、助けてっ…お願い…そうだお金…少しだけどお金ならあるよ…これで」

財布を差し出し、許して貰おうとした。

「要らない ゴクリ!」

否定され覆いかぶさってきた。

「嫌ぁぁぁぁー-助けて、お願い、私…それだけは嫌ぁぁぁー――」

覆いかぶさってきて服が契られた。

怖い、怖いよぉぉぉぉー-っ。

「嫌ぁぁぁぁー――許して」

男の顔が近づいてきて、首に痛みが走った。

痛いっ、いやいやいやぁぁぁー――っ

叫びたいのに声が出ない…本当に怖いとこうなるの…

『美味い…美味すぎる…こんな美味しい…カーミラも美味しかったが人間のそれも処女の女の血はこんなにも美味しいのか』

気持ち悪くブツブツ言うのが聞こえてきた。

なに…首に吸い付いてこんな親父に吸われているの…嫌ぁ。

「ごくごくごくっ」

喉を鳴らしながら首を吸われている、気持ち悪い。

「嫌ぁ嫌ぁぁぁぁー-嫌っやだ、いやだー――っ」

私は暴れて抵抗していたけど、やめてなんてくれない。

嫌なのに、本当に嫌なのに…

「嫌ぁぁぁ嫌だぁ…ハァハァああん!ああっもっと、もっと吸ってぇー-っ」

だけど…何これ、頭がピンクになる…嘘、嘘、こんな気持ちいいの初めて。

股の間が濡れ始めて…湿ってきたのが解る。

首を吸われているだけなのに…関係ない筈の股から胸から切なく快感が走る…こんな、こんな犯されるように首を吸われているのに…体中に快感が走る…どうして良いか解らない。

「ああん、もっと、もっとー-っ」

自分から腰を振っていた。

親父が首から口を離して私を見下ろしていた。

駄目…こんな快感を知ってしまったらどうしようもない。

もっと、もっとして欲しい。

「いやぁ、嫌やめないでお願い、お願いします…ねぇ何でもするから ハァハァお願い…」

もっと続けて欲しくて私は、自分から体を縊らせ懇願していた。

しろって言われていたら自分から服を脱いで押し倒したかも知れない。

それ位、この親父との行為は気持ち良かった。

「おい貴様、そこで何をしている!」

警官が来たのが解っても…私はだらしなく体をくねっていた。

◆◆◆

警察に連れていかれたけど…私は白銀家の人間だ。

多分、何らかの配慮が働いたのだと思う。

直ぐに弁護士が飛んできて釈放された。

勝手に示談にされ…あの二人は、更に危ない人物に囲まれ連れていかれた。

「あの二人…」

「お嬢様が心配することはありません、まぁ二度とお嬢様に会う事は無いでしょう…命の保証だけはしますが…地下のぺ…いえなんでもありません」

「そう…会えないならそれでいいわ…もう必要ないから」

私の中には、もう浮浪者のおじさんしか頭に無かった。

あの人が欲しくて溜まらない…

なんでか解らない。

凄い勢いで頭の中が組代わっていく気がする。

体が熱い。

まさか自分がこんなにチョロいなんて思わなかったよ。

頭の中が浮浪者のおじさんで一杯になるなんて…

変態なのに…

弁護士が去った後も私はおじさんを警察の前で待っていた。

臭くてキモイ筈なのおじさんが何故か愛おしく思えるの。

1時間位待ったのかな?

やっとおじさんは出てきた。

「なんでお前が此処に居るんだ?」

冷たい目で私を睨んできたけど…ゾクゾクする。

だけど、諦めたら此処で終わり。

恐らく、私の初恋は終わってしまう。

だから粘るしかない…粘って頑張るしかない。

「冷たいな、おじさん…さっきは私を押し倒した癖に」

押し倒したんだから『そういう対象として見ている』そうに違いないよね。

何故かこのおじさんになら、初めてをあげても良い、そう思える。

何でか解らないけどね…

「その話なら事件にしないという示談で終わった筈だぞ! まぁやりすぎたのは俺も悪かった…ごめん」

謝る必要は無いんだけど…責任って言うなら違う形で取って欲しい。

「全く、いきなり押し倒して首筋を吸うんだから驚いちゃったよ…もしかして首フェチとか?」

なんでこんな話しているのか、解らないよ。

「おじさん、凄いイケオジだよね! 浮浪者姿だから一見解らないけど…正面隊のあずまとか? キムタツとかよりカッコよく見えるんですけど!」

押し倒されている時から感じていたけど、おじさんとしてはカッコ良いよ…まぁおじさんに本当は興味はない筈なんだけど…なんでかなこのおじさんは…好き。

だけど、その好きも普通じゃない。

快楽と言うか…そうまるで麻薬みたいに欲しくなる。

「そんな訳ないだろう?揶揄うのはやめてくれ」

好きになると言うのはこういう事なの?

このおじさんがどんなイケメンより愛おしい。

「そんな事絶対に無いよ? 首を吸われていて近くで見たから断言できるよ! おじさんみたいなカッコよい男なんて同級生どころか芸能人でも見た事ないよ…本当だよ、うん!」

本当にそう思う…可笑しいけど、これは本当にそうなんだもん。

「そうか、それはどうもありがとうな…それじゃ」

何で立ち去ろうとしているの?

今なら、私本当に…付き合うよ。

最後までされても文句…ううん喜んでしちゃうよ。

「待って、おじさん! 行く所無いんでしょう?」

このおじさんは浮浪者だもん、これだ…

だけど、本当に私大丈夫なのかな…

「確かにそうだが、君には関係ないだろう?」

本当は、そうだけど…私はこのおじさんが欲しい。

だから…

「行く所が無いなら…おじさん、私んち来ない? 私一人暮らしだから好きなだけ居ていいよ! 私の首に吸い付くのが好きなら好きなだけ吸って良いからねぇ…どうかな?」

同棲する話をしてうなじまで見せて誘っている。

これじゃ…私の方が変態みたいだよ。

おじさんは悩んで考え込んでいたが断ってきた。

「いや折角だが…」

もう一押しだ、此処で頑張らないと…

「私、そこそこお金あるから、お小遣いもあげるよ! だからお願い」

まるでこれじゃ、私がお金出して買っているみたいじゃない。

変態は私なのかも知れない。

「解った」

「やったぁー-っ、私の名前は白銀京子『お京』か『京子』って呼んでね…それでおじさんは?」

「今井理人…お願いいします」

おじさんと同棲が出来る…私は頭が可笑しいのかな…

少なくとも普通の女子高生はこんな事しない。

◆◆◆

理人は何も持ってないから、私がコンビニで色々買ってあげた。

普通は逆だよね…援交の逆じゃないかな。

臭くて汚いからお風呂を勧めた。

お風呂の横に洗濯機がある…不味い、下着が置きっぱなしだったよ。

しかも、結構過激なのが置いてある。

遊び半分で買った奴…ヒョウ柄の紐パン。

流石に恥ずかして、家でしか身に着けていないのに。

理人がまじまじと見ている。

あはははっ良く考えたらそういう事だよね。

お風呂に入って貰った後は…うん、そうなるのは当たり前だよ。

「理人おじさん…何見ているのかな? エッチ…だけどどうしてもしたいのなら、後で相手してあげても良いよ…わたし結構うまいから」

処女なのに見栄張っちゃったよ。

「あはははっ無理しないで良いよ」

折角、精一杯の勇気だしたのに…なんで笑うのよ。

「なんで笑うのよ!」

まるで子ども扱い…酷いよね。

だけど惚れた弱み…仕方ない。

私は理人がシャワーを浴びている間に ノンキに行ってジャージを買ってきた。

寝巻代わりには良いと思う。

本当に可笑しいよね『42歳のおじさんに貢ぐ女子高生』

相手は42歳のおじさん…此処迄なんで私はするんだろう…

私、何やってんのかな。

可笑しいよ…

だけど、仕方ないよ。

ハァ~仕方ない。

お風呂から理人の声が聞こえてきた。

「ノンキでジャージ買ってきたから、上がったら着替えてね」

「ありがとう」

こんな声一つで、体が嬉しいって思うんだから…理人はおじさんなのに…

「お風呂ありがとうな!」

嘘でしょう! 私は飲んでいたコーラを噴出した。

「どうした?」

どうしたじゃないよ…おじさんじゃないじゃん!

浮浪者でおじさんにしか見えなかったのに…詐欺だよ…良い意味で。

「げほっげほっ…どうしたじゃないよ! 理人…おじさんじゃないじゃない? 私とあまり変わらない様に見えるよ!…本当に何歳なのか…」

若い…20代後半…ううんもしかしたら20代前半。

おじさんには見えない、汚かったからおじさんに見えたのかな?

見惚れちゃったよ。

「42歳の筈だが…」

絶対にそうは見えない…お父さんと同じ位の訳ないよ。

「嘘だぁぁぁぁー-!あのその年齢なら私のお父さんと同じ位だよ! 見えない、絶対に嘘だよ」

免許証を見せて来たけど…これ別人じゃん。

「別人じゃん」

別人にしか見えないよ。

「そう見えるかも知れないが、これも俺だ」

「別に良いよ…だけど理人、凄いよね、やっぱり私が言った通り、凄い美形じゃない…あははっ驚いたよ、うん凄くカッコよいよ」

見つめられただけで体が熱くなるよ。

私は淫乱じゃない、その証拠に今まで処女だ…

それなのに、それなのに理人を見ていると体が熱くなり、変になるの。

股がムズムズして抱いて欲しくなる。

気がついたら私は理人にしがみついていた。

理人が私の首を見つめていた。

答えなきゃ。

「理人、もしかして首に吸い付きたいのかな? 本当に理人って首フェチだよね? したいなら良いよ?」

理人が私の首に吸い付いた…気持ち良くて、どうしようも無くなるよ。

体から汗が流れ、股も受け入れて欲しくて濡れだしているのが自分でも解って凄く恥ずかしい。

口からも涎が垂れているし…どうしようも無い快感がこみ上げてくるの…自分でも怖い。

「ああっあああん、ハァハァ首だけであああっ、なんでこうなっちゃうのよ..ああっはぁぁぁー-ん…もっと、もっとぉぉぉー-ぉ」

気が付くと私は理人の首に手をまわして首に理人を押し付けていた。

しかも抱きしめた状態で胸から腰から押し付けて自分から挿入もされていないのに腰を振っているの…

だけど…理人は首への口づけ以外してくれない。

◆◆◆

私は理人のせいで変態になっちゃったのかも知れない。

理人に抱かれたくて、ヒョウ柄の紐パン以外にもスケスケのキャミソールにスケスケの下着まで買った。

ピンクの物から紫に赤、まるでAV並みに際どい物ばかりだ。

それなのに理人はしてくれない…

偶に首筋にキスをしてくれるだけだ。

私はその先をして欲しい。

だってこれだけでこんな気持ち良いなら、その先はきっと…

恥ずかしいけど、今の私は理人の事しか考えられない。

しかも、頭の中はピンク色だ。

お金なんて幾らでもあげる。

したいなら何だって…

違う、私がなんだってしたい…そして色々して欲しい。

ビッチを通り越して…理人限定で変態だよ…

この間、歯磨きの時にうっかりして口を切ってしまった。

少し痛かった。

「どうしたんだ?」

「うん、歯磨きで口の中切ってさぁ、口内炎に..うぐっううん、ハァハァぷはっ、理人?」

凄く嬉しい…初めて首以外にキスして貰えた。

しかも理人が貪る様に口の中に舌を入れてくる。

駄目、抵抗なんてできない。

「ううんううんぷはっ、うんぐううんハァハァ きもひよいよ」

蕩けるようなキス…永遠にこの時間が続けばよいのに…

「あっごめん」

「ううん…気持ちよいよ…だからして…」

結局この凄いキスは1時間続いた。

気持ち良くて気持ちよくて…仕方ない。

◆◆◆

私は理人になにをしてあげれば良いんだろう…

好きが止まらない。

抱かれたい…ううん抱きたくて仕方ない。

女の香水の匂いをさせて来たときは心が張り裂けそうになった。

どうしようもない位、理人が好き。

ホストを続けるならと時計を買ってあげようとしたら…理人が私に望んだのはGUショックの2万円の物だったし…スーツも2万円の吊り下げで良いって…

理人にはなんでもしてあげたいのに…望んでくれない。

理人が居なくなったらきっと私は生きていけない。

望んでくれるならどんな淫らな事だって絶対に断らない。

ううん、違う自分からしたい…

お金だって権力だって好きなだけあげるよ…

だから、一緒にずうっと居て欲しい。

横に寝ているのに、手を出してこない理人の寝顔を見て、私は今日も眠れない夜を悶々と過ごしている…

愛し方それぞれ
朝起きると京子が裸で寝ていた。

正確には裸でなく、紐パン1枚….

当然、俺は手を出して居ない。

「おはよう…理人」

「おはよう…」

朝は凄く弱い。

多分バンパイヤだからだな。

最も異世界のバンパイヤだからか…弱点は無い。

弱点と言えば、昼間は常人の範囲に弱体化するだけ。

それでも超回復は発動していて傷は一瞬でふさがる。

十字架もニンニクも問題なく弱点にならない。

最大の弱点のホワイトアッシュも効かなかった。

ほぼ無敵だ…ただ朝が弱くなったそれだけだ。

京子とは最近同じベッドで寝ている。

居候だから、どうしても彼女に逆らえない。

まぁお金はあるけどね。

「理人…理人、はいどうぞ」

そう言って京子は首筋を出した。

凄いな異世界バンパイア…牙の傷まで直ぐに消えてしまう。

俺はこの誘惑には勝てないから、そのまま首筋に誘われるまま牙を立てた。

「ああっあああん…凄い、凄いよー-っただ首を吸われるだけで…あっあんああー-っ気持ち良いー-っハァハァ、もっと、もっとぉー――っ」

悩ましい声を聴いている。

これ…俺からしたら性欲で無く、食欲なんだ。

最近は京子が誘っているのは良くわかる。

幾ら鈍感な俺でも、スケスケのキャミソールに下着…しかも赤や紫。

そんな下着をつけて体を密着されれば流石に解る。

今日なんて紐パン1枚でほぼ裸だし…な。

それに血を吸っていると胸や股を押し付けてくる。

股からは愛液が流れ出しているのも解る。

まぁ俺の太腿がぬるぬるだからな。

「ハァハァ、やめちゃ駄目だよ、もっと、もっと吸ってー――っはぁぁぁぁー―――ん」

ぷしゅー――っ

音をさせて潮を吹いて…

チョロチョロー-ぶしゅーっ。

漏らす。

最初は凄く恥ずかしがっていたが、もう気にしなくなった。

「ああっ、凄く気持ち良かったよー-理人、これ凄い…こんな恥ずかしい姿を見せたんだから、私はもうお嫁にいけないかもね…ある意味SEXより凄いよね」

「そうだな…」

「本当に理人はクールなんだから、もう」

京子は凄く可愛い。

お嬢様というのを別にしても、その変のアイドルより余程可愛いしな。

今の俺にとっては『誰よりも一番大切な存在』なのは間違いない。

行く場所が無い俺に居場所をくれた。

家族や上司に裏切られて俺には…家族以上に大切な存在だ。

俺にとって京子はなんなんだろう?

齢からしたら『娘』だが…そうとも言えない。

『大切な存在だが、よくわからない』

「そんなに俺はクールかな?」

「そうだよ、私はこんなに愛しているのに、女子高生が此処迄しているのに手を出してこないんだもん」

「ああっ、俺は京子を愛しているし、何なら一番愛している」

「あの、理人…その凄く嬉しいよ..うん」

「だが…その愛の意味が解らない…娘としてかそれとも恋人としてか妻としてか(血を吸えるからか)」

「そうなんだ…」

「ああっ葛藤もある《やってしまったら処女じゃなくなる、血が不味くなるかもしれない》」

「悩むこと無いじゃん」

「どういう事だ?」

「一番私が好きなら、今はそれで私満足だよ? どういう風に好きか解らないなら『全部』で良いんじゃないな? 私にとって理人は全てだもん。本物のお父さんより数百倍も好き…ううん、世界の全員と比べても理人を選ぶ位好きだよ、だから全部でも良いんじゃない? 『娘』『恋人』『妻』理人が望むなら全部になってあげるよ」

何て笑顔するんだ…

俺の異世界での生活で年下だが塔子さんは親友だった。

その親友の優しい笑顔に似ている。

「そうか…それでも少し時間が欲しい、だが俺は…多分京子が…まぁ少しだけ待ってくれ」

「理人…大人なのに意気地なし…まぁそんな所も好きなんだけどね」

多分、俺はもう京子に恋愛と言う意味で負けているのかも知れない。

俺の人生でもう京子が居ない人生は考えられない。

ますます嫌いになる
「貴方…」
「お父さん…」

陽子と恵美が立っていた。

「なんでお前達が此処にいるんだ…」

俺は二人に住所も勤め先も教えていない。

しいて言えばリンネの連絡先を恵美に教えただけだ。

場所なんか特定できる様な事はしてない筈だ。

「貴方、探したのよ…本当に探したのよ」

「お父さん、本当に本当に探したんだよ」

今更、俺を探す必要は無いだろう。

「何しに来た! もうお前らとは終わった筈だ!」

不倫された上に離婚されたんだ、今更だ。

「貴方、私が間違っていたわ、これからは絶対に浮気なんてしない…使い込んだお金だって何年掛かっても返します、何だったら働かないで良い、私が働くから、お願いチャンスを頂戴!」

「あのな…もうチャンスは上げただろう! 本当なら色々取り上げられるんだ、だが俺は取り上げなかった、もう関わりたくないからな、鈴木と一緒に楽しく暮らせば良いんじゃないか…俺の前に顔を出すんじゃねー――」

「そんな、私が本当に愛していたのは貴方だけ、やっと気が付いたの、今からでもやり直せないかな…」

正直どうでも良い。

「あのな、俺はお前を見ていると腹がたって仕方が無いんだ『顔を見たくない』からあれで終わらせた…もし俺が好きだっていうならもう顔をだすな」

「そんな…酷い」

酷いのはどっちだ。

「お父さん…あのね私」

「恵美も出来るだけ、顔を見せないでくれ、義務は果たした筈だ…今はまだ、会いたくない」

「お父さん、私頑張って働くよ、学校だって頑張って良い大学に行くから、一緒に暮らしてくれないかな? 良い子になるからお願い」

学費を出してしまったのが悪かったのか…

だが、未成年だし『大人の義務』は果たしたかったそれだけだ。

「『恵美、今の俺は気持ちの整理がつかない』そう伝えた筈だ」

「でも、お父さん償うなら、傍で見て欲しい、私お父さんの理想の娘になるよ! 絶対に自慢の娘になるから…」

今更なんだよ…確かに恵美は可哀そうだとは思う。

18歳なのに苦労している、それも解る。

だが『所詮は連れ子』だ。

あれ程愛情を注いでいたのに、やはり他人だった。

それをあの時思い知った。

未だに二人には未練はある。

だが、もう割れてしまったんだ。

もう元には戻れない。

俺を馬鹿にして『他の男に抱かれ続けた女』しかも『死ぬほど働いて貯めた貯金を男に貢いだ女』

幾ら考えても無駄だった。

陽子を抱く…そう考えると吐き気が起こる。

一緒に暮らす…そう考えたら悲しみと憎しみが交互に襲ってくる。

楽しい思い出もあるが、今となってはそれが全部嘘に思えて辛い。

だが、だらだら話していても仕方ない。

「しょうがないな、その辺で飯でも食いながら話すか?」

「「良いの」」

二人は何を勘違いしたのか笑顔で俺を見つめてきた。

◆◆◆

「俺はドリンクバーだけで良い、お前たちは奢るから、好きな物食べて良いよ」

どう見ても金は無さそうだ、仕方ないだろう。

陽子はハンバーグのセットとドリンクバー、恵美はマヨコーンピザとドリンクバーを頼んだ。

不覚にもつい昔を思い出してしまった。

「懐かしいな」

「ええっ、本当に、昔は良くファミレスに来たわね」

「これでお父さんがドリアを頼んだら、出会った頃と同じだね」

確かにそうだな。

だが、それは大昔の事だ。

「…」

何時迄待っても話さない。

「あのさぁ…今更何で俺と暮らしたいわけ? お金は無いのかも知れないけど、仲良く三人で暮らせば良いだろうがっ」

「鈴木は…死んでしまったの、家は少し前に崩れてもう住めないわ」

まぁ住めなくしたのは俺だ。

俺の想い出の詰まった家で過ごして欲しく無かったからな。

「だから何だ? それでも土地は残っているだろう? 立地が良いから、売ればそこそこのお金になるだろう…手切れ金代わりにくれてやるから…もう俺の人生に関わるな!」

あの家は立地が良い、土地だけでも3000万円はする。

「土地は返すし、お金も要らないわ…だからお願い再婚してよ…今になって解ったの『愛しているわ』理人」

この言葉が欲しくて随分頑張っていた。

寝る間も惜しんで働き、残業も随分頑張った。

もし異世界に行く前に…トラックに跳ねられる前にこの言葉を聞けたら、きっと俺は…

「もし、その言葉を10年前に言ってくれたら、違ったかも知れない。もし俺がトラックに敷かれる前に、謝ってくれていたら違う人生があったのかもな…だがそれは『もし』の話だ。今はもう手遅れだ」

「そんな事ないわ、今からでも取り戻せる。チャンスをくれるなら後悔させないわ、料理も洗濯も家事はしっかりする…貴方は家で何もしないでよいわ、だからお願い…お願いします」

「陽子、お前いい加減にしてくれないか? お前とは恵美の前で言うべきじゃないが、あの事故の前随分前から『レス』だっただろう?
俺が誘っても夫婦の営みを何年も拒んでいたよな! その裏で俺を馬鹿にして鈴木に抱かれていたんだろう?違うか? それだけじゃない俺が居なくなってからの10年も鈴木と住んでどれだけ体を重ねた? 百じゃきかない筈だぞ、それの何処に愛があるんだ!」

「あれは本当に間が差しただけなの…信じて貰えないのは解るわ。だけど、本当に貴方を愛しているの! もう絶対に間違えない…だから、だから傍に居てよ…お願い、夫婦じゃなくて良いわ、家政婦でも奴隷とでも思ってくれて構わない…お願いよ」

あの陽子が涙を流しながら謝っている。

だけど…もう気持ちが無い…無理だ。

「お母さん、もう諦めた方が良いよ! お父さんの言う通りだよ! 子供の私には解らなかったけど、今の私なら解るよ! 子供の私を騙して汚らわしい事を鈴木のおじさんとしてたじゃない! 最低だよ! しかもお父さんが失踪してからはそれを良い事に一緒に暮らしてさぁ…しかも私の学費も全部二人で使い込んで…そんな状態なのに私を働かせて、私、お母さんからお父さんの話なんて殆ど聞いてないし、悪口しか言って無かったよね! 違うかな!」

「恵美、貴方私を裏切るの?」

「裏切ったのはお母さんでしょう? お父さんと私を裏切ったのはお母さん! 勘違いしないでよ! 悪いのはお母さんと鈴木のおじさんじゃない!」

「ううっ恵美、貴方まで…」

「やはりそうじゃないか? それにお前は鈴木と結婚までしているんだぞ! 死んだからと言って、すぐに俺と付き合うのか? 最低な事だとなぜ解らないんだ? 」

此奴馬鹿じゃないか?

死んだとはいえ、鈴木の妻だったのだろうが…恵美にしても戸籍上は鈴木の娘の筈だ。

死んですぐに鞍替え?

「鈴木さんなら死んじゃったわ、だから不倫でもないし、問題ないわ」

「鈴木は…死んだんだよな、この前は窶れていただけで元気に見えたが…」

「自殺したのよ…首を吊ってね」

「可哀そうな最後だったよ…まぁお父さんを傷つけた罰だよね」

何だ…此奴ら…仮にも夫、父親が死んで何も思わないのか?

鈴木は嫌いだが…お前らは10年一緒に暮らしていたんだろう…

それなのに、何で笑ってられるんだ…

「それだけか?」

「「なにが(です)?」」

何だ此奴ら10年一緒に暮らした相手になにも思いがないのか?

解ってしまった。

此処に居るのは、正義感にあふれ優しかった憧れの同級生じゃない。

傍に居るだけで優しさが伝わり心が温かくなる『陽子』じゃない。

今まで以上に心が冷たくなっていく。

「そうか…今日はこれから用があるからまた今度な」

それだけ伝え…俺は会計をすまし、出て行こうとした。

「待って貴方」

「待ってお父さん」

何だ此奴ら、可笑しいよ…

「悪い、今のお前達とは話したくない…少なくとも今は顔も見たくない」

「「そんな…」」

俺は立ち尽くす二人を無視して早々と立ち去った。

恵美 笑顔で話してくれるよね

あはははっ、これでお母さん、いや糞婆は終わったよね。

もう、傍に居る必要は無いよ…足を引っ張るだけの存在だからね。

実は今回じゃ無く、二人であった時にもう行動を起こしていたんだよね。

賃貸契約の保証人…これをお父さんに頼んでおいて部屋を借りたんだ。

まぁおとうさん、私が搾取されるのを気にかけてくれていたから、簡単になってくれた。

もう、婆ぁは要らないから…これでバイバイ。

あらかじめ借りている部屋に行けば良い。

「恵美どうしよう? これじゃ私達どうやっても元の家族に戻れない…」

ハァ…馬鹿だよね、戻れないのは婆…あんただけだよ?

本当に頭お花畑なんだから…『私は気持ちの整理がつかない』なんだよ。

婆とは違うんだからね。

そりゃそうだよね!

結婚している間も散々裏切って『他の男』に抱かれ続け、そしてお父さんが失踪している間も鈴木の糞爺とやってたんだから…そりゃ相手にしたくないよね。

だって、お父さんと出会った時だって、私を産んだ後なんだから…

こんな女誰が欲しがるって言うのかな?

多少は綺麗なのかも知れないけど、おばさんだよ?

もうじき腐るよね?

「そうだよね、お母さんもう諦めるしかないんじゃないかな?」

「恵美?」

「お互いが正直言えば邪魔でしょう?」

「そうね、理人さんとの甘い生活にガキは要らないわ」

「お母さんがクズで良かったよ…それじゃ、もうお別れで良いんじゃないかな?」

「私も邪魔だもん、おばさんがさぁ」

「奇遇ね…私もそう思うわ」

「それじゃ、さようならおばさん」

「クソガキ、さようなら」

上手く婆と離れられた…良かった。

お父さんからしたら、元から中古女なのに、裏切って他の男に抱かれ続けた女なんて中古女通り越してジャンク、ガラクタじゃん。

一緒に居たらマイナスだもんね。

これで良い筈だ。

『おとうさんの心の整理がついたら』うん、思いっきり甘えよう。

最初のうちは親娘なのは仕方ないけど…

際どい下着とか、裸とか見せて誘惑しちゃえば良いんだよ。

大体、あんな婆でも情はあったんだから…

高校生の私が本気になれば、きっといけるよ。

『禁断の近親相姦』血は繋がって無い親娘…うん燃えるよね。

まずは次会った時に『合鍵』をプレゼントしよう…きっと喜んでくれる筈だよね。

◆◆◆

私は今買い物に来ている。

これから一人暮らしだからね。

婆ぁにばれないように…必要最低限の者しか持ち出さなかったし、住所も教えていない。

近くのお店で夫婦茶碗と夫婦箸を買った。

お父さんは青で私はピンク色違いのお揃い。

シャンプーにリンス。

お父さんの好きなトニックシャンプーに髭剃りも忘れない、これで良いよね?

ちょっとセクシーな下着に…お父さんは絶対に生ではしないだろうから0.001の薄いゴム…まぁお父さんの子なら産んでも良いから生でも私は良いんだけど。

こんな物かな?

後はいつ合鍵を渡すかだね。

『保護者だから』

そう言えば受け取ってくれるよね…うん。

お父さん…婆ぁが居なければきっと笑顔で話してくれるよね。

元妻が化け物に思えるようになった日

ハァハァ…あいつ等一体なんなんだよ。

俺は鈴木が嫌いだった。

パワハラ上司で妻を寝取とったんだ当たり前だ。

それでも死んだと聞けば少しは悲しくなる。

それが自殺となれば尚更だ。

陽子は俺を裏切り不倫をして体を重ねていた筈だ。

しかも俺が異世界に行っている間、実に10年一緒に暮らしている。

俺が気が付く前からと考えたらどの位の時間を一緒に過ごしたのだろうか?

その様な存在の死…悲しくは無いのだろうか?

鈴木は憎いパワハラ上司だが、それでも俺には少しだが寂しいと思う気はある。

嫁を寝取った存在だが、死なれてしまったら…憎しみ以外の感情もこみ上げてくる。

嫌いな奴でも思い出はあるのだ…

プロジェクトで成功した時の打ち上げ。

『頑張ったな』と肩を叩かれた事…

想いではある。

俺でさえ複雑なのに…陽子は何とも思わないのか。

話の中で殆ど出てこない。

まるで、昔の陽子とは比べられない。

俺は異世界に行ってバンパイアになりある意味化け物になった。

そして、ゴブリンをはじめ、本物の化け物をみた。

そんな俺から見ても、今の陽子は冷酷で冷たい、そう化け物の様にしか思えない。

『冷酷』これについて人間は魔物を超えるのかも知れない。

「複雑な顔をしてどうしたの?」

俺が考え込んでいると京子が話しかけてきた。

俺は二人との間の出来事について話した。

「何それ!さんざん不倫して理人を傷つけた癖につきまとっているわけね」

話を聞いてやっている俺が悪いのかもな。

「あのさぁ、理人…いっそうの事、スパって切った方が良いよ。その方が相手も諦めがつくから」

「そういう物か?」

「そうよ、振る時は嫌われる事を考えずに、思いっきり振るのよ、案外その方が傷は浅いわよ」

「本当にそうか? 例えば俺が京子と別れるとしたら、そうなのか?」

何だ、例え話しなのに顔色が変わった気がする。

「…殺すわ」

「京子いったい何を…」

「もし理人が私の前から居なくなったり、他の女の所に行くなら、理人を殺して私も死ぬからね…」

「京子、言っている事が違うぞ」

「私はそこまで、理人を愛しているって事よ! 私なら不倫なんて絶対しない! この体を他の男になんて触らせない…だから『愛』の重さが全然違うのよ、不倫女と一緒にしないでよ」

そうか。

確かに京子は違うのかも知れない。

だが、陽子も昔は、そういう風なタイプの女だった。

それなのに月日がたち変わってしまった。

京子が将来変わらない…そんな事は解らない。

「…」

「私は理人がお爺ちゃんになっても愛し続ける自信があるわ」

お爺ちゃん…俺は果たして齢をとるのか?

とるにしてもバンパイアの俺の寿命は絶対に京子より長い筈だ。

その証拠に今の俺は20代前半、下手したら10代後半に見える。

恐らく、この年齢で固定されるか、人間より遥かにゆっくりとした時間で齢をとる気がする。

この世界に本物のバンパイアが居るかどうか解らないが、居たとしても別の種族の気がする。

日光、十字架、ニンニク、俺には効かない。

なんなら、この間、京子にペペロンチーノを作ってやって一緒に食べた。

今の俺については、俺自身も含んで誰も解らない。

「そうだな、それが本気なら俺は京子が死ぬまで傍に居てやるよ」

「本当? それって結婚して…」

「さぁな、ただ一緒に居るだけかもな」

「ちょっと…それ」

「返事はもうしばらく待ってくれ」

「…解った」

俺は京子が好きなのかもしれない。

だが、どうして良いか解らない。

◆◆京子SIDE◆

散々、不倫した挙句にこれ?

『許せないわ』

あんなに理人に愛して貰っていた癖に裏切って…傷つけて

それで復縁?

ふざけすぎ…

どうしてやろうかな…

弁護士に頼んで接近禁止にして貰うか?

それとも…

いずれにしても『もう二度と理人に手を出せない様にしてあげる』

そう心に誓った。

おてあげ
「理人、この委任状にサイン頂戴!」

「これはなんだ?」

「理人は優しいから拒めないんでしょう? だから弁護士に頼んで接近禁止命令を出して貰おうと思うのよ」

「そうか、悪いな」

これで大丈夫….

◆◆◆

「京子お嬢様、この場合は接近禁止命令は出来ませんよ…」

「なんで?」

言われてみれば最もなのかも知れない。

もう既に『離婚』という形で決着はついている。

今現在は、復縁したいからという理由で付き纏っているが…

母娘ともに、弁護士の言うには節度をわきまえていて常識の範囲内に収まるから、法的対処は出来ない。

そういう事だった。

言われてみれば、親が離婚したからと言って娘が親に会うのは当たり前だ。

離婚した妻とはいえ復縁を迫るのも、節度の範囲内なら文句は言えない。

そう説明された。

確かに回数も少ないし、難しいか…

「それじゃ、何か手を打つことは出来ない? そういう事なの?」

「法律的にはそうですが、交渉は出来ます」

「交渉?」

「そうです、普通に考えて請求期間が過ぎているとは言え『不倫』されていたんですよ、嫌われるのは当然です。 娘にしてもそれに加担していた。 命令は無理でも念書位はとれそうです」

「そう、それじゃお願いするわ」

これでどうにかなる。

そう考えた私は…凄く甘かった事にこの時、気が付かなかった。

◆陽子の場合◆

「なんで貴方に私がそんな事言われなくちゃいけない訳」

「ですが、貴方が不倫した事で今井さんが心を痛めているんですよ! しかも、その後、その不倫相手と婚姻までしている。もういい加減に今井さんを解放してください」

「確かにそうよ…だけど、私はね反省して後悔したのよ! 彼が望むなら私は贖罪の人生を歩むつもりよ、だからその機会を失いたくないわ」

「贖罪ですか? ですが貴方は今井さんが本来所有している家を自分の物にしていますよね?今井さんにとってはそれは苦痛じゃないと思いますか?しかもその家で不倫相手と暮らしていたんでしょう? 家も返す気ないんでしょう…だったらせめて今井さんの元から離れてあげてくれませんか?」

「少し…考えさせてください、それで貴方は理人さんの居場所を知っているんですか?」

「お教えは出来ませんよ」

「解りました」

これで一筆とれる私はそう確信していたのですが…

再びこの陽子という女性から呼び出しを受けたのです。

「これは一体…」

「貴方が言った通りだと思います。 あの家は理人さんの物です返してあげて下さい。私の私物はもうアパートを借りたので移してあります」

そう言いながら、土地と家屋の権利証に印鑑証明等名義変更に必要な書類を渡してきた。

「そうですか…ですが、それでも」

そう言いかけた時に通帳が差し出された。

「言いたい事は解っています…私は理人さんの貯金も使い込んでいました…だから、今必死で働いています」

その通帳には…結構な金額があった。

「これは」

「うふふっ、頑張って貯金しています、別れた時の金額になるまで頑張るつもりよ」

「こんな金額どうやって貯めたんですか」

風俗や水商売なら…

「あの人に顔向けできない仕事はしてないわ…寝る間も惜しまず1日19時間働いているだけですわ」

駄目だ…確かに可笑しい、確かに狂っているかも知れないが…

これじゃ、そう簡単にはいかないな。

「解りました」

そう伝え変える事しか出来なかった。

◆恵美の場合◆

「あの…私がなんでお父さんと別れなくちゃいけないんですか?」

「それは貴方が今井さんを傷つけたからです」

「それは嘘だよ! だってお父さん私に大学に行くようにってお金迄くれたんだよ?」

今井さん余計な事を…

「それは貴方がまだ18歳だから、義務も無いのに今井さんがあげたものでしょう? ならもう解放してあげるべきです」

「はあ~っ、私は働きながら高校を出てお父さんに言われたように大学か短大に通うつもりだよ…そして卒業したら頑張って親孝行するつもり…何か問題があるのかな? それに私がお父さんにした事は確かに酷いのかも知れないが、8歳の私にはどうする事もできないし、解らなかったの…」

駄目だ。

「そうですか」

「これお父さんに渡してくれる」

一枚の紙と鍵を差し出してきた。

「これは?」

「私の部屋のカギと住所、お父さん住むところに困っているんじゃない…もし困っていたら、私が養ってあげるつもり、伝えてあげて」

駄目だ…こうも反省していたんじゃ…どうする事も出来ない。

お手上げだ。

「解りました」

と帰る事しかできなかった。

後悔

顧問弁護士と待ち合わせをファミレスでした。

報告を受けたけど…駄目じゃん。

「話を聞いた限り打つ手ない…そういう事?」

「はい、借金関係も全部清算が済んだようなので打つ手がありません」

確かに…無理そう。

最早、打つ手無しか…

悪い事すればどうにか出来る。

最悪、お金を握らせて殺して貰えば良いし、そこ迄しなくても沢山の人間に襲わせて『自分で歩けないようにすれば』終わりだ。

少し前の私なら確実にそうした。

だけど…今の私はそんな事はしたくない。

理人に出会って、私は変わった。

昔みたいに悪いことはしない。

そう自分に誓った。

「そう…解ったわ、だけど理人は本当に困っているの、引き続き交渉をお願い」

「解りました、引き続き頑張ります」

この時の私は油断しきっていた。

そのつけが回ってくるなんて思いもしてなかった。

◆◆◆

「貴方が白銀京子さん…」

みすぼらしい親娘が居た。

誰なのかな?

こんな知り合いは居ない…

「そうだけど? あんたたちは誰な」

ドス.ドス.ドス…何? 嘘ナイフ

「あんたが、あんたがお父さんを私から奪うからいけないのよー――っ」

嘘、何で…なにこれ血…

「あんたが居なければ理人さんは私の所に帰ってきたのよー――っ」

ドス、ドス…

「待ってガフッげほっ..」

二人して私を滅多刺ししている…

何でこんな事になったんだろう。

頭が回らない、刺された所から何かが流れた気がする。

そのまま私は立っていられなくなり、倒れた。

倒れた場所には血の池が出来ていた…寒い。

此奴らが理人の元家族か….

こんな事になるなら、先に手を打っておくべきだった。

理人…ごめんね…ごめんね…わたし

「お母さん此処迄やれば絶対に死ぬよ」

「そうね、さっさと逃げましょう!」

二人の足音が遠ざかる音が聞こえた。

その姿を私は黙って見る事しか出なかった。

さようなら

京子関係の弁護士から連絡があり、俺は急いで病院に行った。

嘘だろう…そこには顔を青くして眠っている京子が居た。

「これは一体…京子――っ」

抱きかかえようとした俺を制し弁護士が話し始めた。

「触らないでください、どうにか傷は塞がっていますが、ちょっとしたショックで大変な事になるんです」

「そんな、それで京子は、京子はどうなるんですかー――っ」

「今日が峠だという事です…運が悪ければ死ぬかも知れません、もし治ってももう二度と歩けなと言われていました。」

「そうですか…しかし何故…此処には京子の親族が誰も居ないのでしょうか…」

此処には弁護士以外誰も居ない。

娘が死に掛けているのに両親が居ない…なぜだ。

「今回の件で京子様は白銀の後継者で無くなりました」

「だからと言ってこの場に居ないのは可笑しいでしょう!」

そこ迄言うと弁護士はヤレヤレという顔で話し始めた。

両親は『塔子』をそれこそ目に入れても痛くない程可愛がっており、失踪するまでは京子の事は眼中になかったそうだ。

塔子が失踪して急に血筋が近い、京子の事が思い浮かび後継者に選んだ。

だが….
「中年男と同棲をし醜聞を晒し、真面に歩けない娘には興味が無いとの事で…後継者から京子様は外され、京子様には従弟にあたる方を後継者に指名されました。事実上、京子様は白銀グループから外された形になります」

酷いことだな…親娘の愛情なんてそこにはないのか。

「そうか…」

「一応は手切れ金として3億円程、私が預かっています。死ななかった場合には贈与されるので、その」

「亡くならなかったら連絡しろ…そういう事かよ!」

「はい…」

そう言うと、弁護士は名刺を置いて帰っていった。

俺がちゃんとしなかったから、こうなったんだ。

俺があの二人の事をだらだらと引きずったからこうなったんだ。

『ごめんよ』

俺がバカだった。

俺がしっかりしていればこうはならなかった。

『死なせたくない』

京子…これからする事はきっと君にとって良い事じゃない。

だけど、どうしても俺は君を失いたくない…

これは俺の我儘だ…

『ごめんよ』

俺はそう言いながら病室をあとにした。

◆◆◆

二人はまだ捕まっていない。

だったらまだ俺の近くに居るはずだ。

俺が決着をつけなければ…

暫く歩いていると、電柱の影に居る二人を発見した。

「二人とも居るんだろう?」

「貴方…」

「お父さん…」

もう俺は迷わない。

俺がこの二人に感じていたのは『同情』

その同情した結果が、最悪の結果をもたらした。

「二人とも馬鹿な事をしたもんだ…殺人未遂で刑務所行きだぞ」

「「…」」

「仕方ねーな! そんなに俺が欲しかったのか? しょうがねーな、なら刑務所に入る前に良い事してやるよ」

腹は括った。

「貴方?」

「お父さん?」

俺が二人の手を引っ張り裏道へ歩き出した。

此処はいわゆるラボホテル街…周りを見ながら二人は俯いて下を見ながら顔を赤くしていた。

明らかにその顔には喜びが浮かんでいた。

『いいよ、今だけは夢を見させてやるよ』

ホテルに入り陽子はいそいそと服を脱ごうとしていた。

「シャワー浴びてくるね」

それに反して恵美はおどおどしながら椅子に座っていた。

「それじゃ待っている」

陽子がシャワーを浴びている間に恵美に近づいた。

「陽子がシャワーを浴びている間、少しだけしようか?」

俺が恵美に近づくと恵美は目をそっと瞑った。

これが最後だ…

『愛していたよ…』

「お父さん嬉しい…えっ?」

俺はキスをしないで首筋に口をつけた。

「恵美の首筋凄く綺麗だ」

「嬉しい…」

そのまま首に牙を突き立て血を吸った。

「お父さん、痛いっ痛いよー――っ」

手加減なんかしない血の一滴までも飲みほしてやる。

「あっ、痛い、痛いよ、お父さん…もっと優しく、優しくして、あっ」

俺は無言で『血を吸い続けた』

「ああっ、あんあん、お父さん気持ち良いよ~ きもひよういよ~」

顔がメス顔になり惚けた様な顔に恵美はなっていった。

「あっあああんっあああー――っぁぁぁぁっ、気持ち良い ひぃよ…もっと、もっとぉぉぉぉー-」

俺は血を吸っているだけだが、恵美は快感に身を震わせ入れても居ないのに腰を振り続けている、スカートの上からでも解る位股間は濡れている。

「はぁぁー-ん気持ちよい…あっあっあっああああー――っ」

そのまま吸い続けていると恵美の顔がどんどん老けていった。

「嫌、いやぁいやぁぁぁぁぁー-」

流石に自分でも体の変化に気が付いたのだろう…だが遅い。

「恵美、愛していたよ」

「お父さん…」

気がついたはずだ。

俺が過去形で話していた事に…

目に涙を浮かべながらも恵美は抵抗を止めていた。

暫くするとミイラの様になり服だけ残して恵美だった者は砂の様に崩れていった。

◆◆◆

服をベッドのしたに放り込み、俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出し飲んだ。

『不味い』

血を吸った後だからだろうか?

ビールが美味しく感じない。

「貴方待った? あれ恵美は?」

「抱き着いてキスしたら居なくなった…」

「そう、これだからお子様は…まぁ良いじゃない二人の方が楽しめるわ」

「そうだな」

俺は陽子を抱きしめ首筋に牙を立てた。

「ああっああ凄いわ…貴方どうしちゃったの、これ凄く気持ちよいわ」

痛がりもしないで顔を赤くしてよがっている。

「そうか?」

「ああっあんあん、貴方愛しているわ」

「俺も愛していたよ」

「ああああー――っこれ凄い、なんで、こんな事出来るならなんで、なんでー-っ」

出来るようになったのは最近だ。

昔は出来なかった。

「そうか…気持ち良いなら良かったな」

陽子は恍惚の顔で口から涎を垂らしながら腰を振っている、鼻息も荒い。

吸血ってそんなに気持ち良いのか…

俺はひたすら吸い続けた。

「貴方…あ.な.た..いやっいやぁぁぁぁ」

体から水分が無くなりミイラの様になっていく。

「あなた…わたし…やりなおしたかったの…」

それを言い残し陽子は同じように砂の様になっていった。

俺は砂の様になった二人を拾えるだけ拾って風呂場で流した。

そのままホテルを出て二人の服をゴミ箱に突っ込んだ。

『さようなら…陽子、恵美』

俺は振り返らず病院に向かった。

そんな生活も悪くない

『ごめんな』

俺は意識のない京子に謝った。

多分、このまま死んだ方が京子は幸せなのかも知れない。

だが、俺は女々しい。

一人で生きてなんて多分出来ない。

なんて事はない…陽子や恵美が居なくなった穴を京子が埋めてくれたから…俺は生きてこれたのかも知れない。

それに『今の京子はあの時の俺と同じだ』

ごめんな…俺はこれからお前を化け物にする。

それでも、俺は傍に居て欲しいんだ。

俺は牙を京子に突き立てた。

今までと違い、吸うのでなく自分の血を流し込むように…

どの位の時間がたったのか解らない。

看護師が来なかった事から考えて、そんなに時間は経ってない筈だ。

だが、俺には物凄く長い時間が過ぎた様な気がした。

「う~ん…理人! もう仕方ないなぁ~」

そう言いながら京子は俺の頭をそのまま首筋に押し付けた。

意識が戻ったのなら、もう、俺が血を流し込む必要は無い。

俺は京子の首筋から牙を抜いた。

◆◆◆

俺は京子に自分がバンパイアだった事を告白した。

「そうかぁ~やっぱり理人は人間じゃなかったんだね」

「知っていたのか?」

「バンパイアとは解らなかったけど、なんとなく人間じゃない気はしていたよ…だって理人はどんどん若返っていって、今じゃ私と変わらない位じゃない」

「そうか、確かにそうだな」

「それで私、死んだはずだけど…もしかしてバンパイアになったの?」

「ごめん、それしか救う方法がなかった」

「良いよ、これからずうっと理人と居れるんでしょう?」

「ああっ」

此処迄したんだ別れる気は無い。

「もう…そこはもう少し気の利いた事言ってよ」

そう言って笑う京子の口には可愛らしい八重歯があった。

◆◆◆

どうしたら血が手に入るか考えた結果、京子の提案でVチューバ―になった。

どっきり系のVチューバで『キスマークをつけさせて下さい』という企画だ。

簡単に言えば、俺たちがキスマークを付けた状態で親の元に帰って貰い、親が怒っている状態を録画、配信する物だ。

配信でそこ迄の儲けは要らない。

キスマークが重要で…実際には血を吸っている。

やはり普通のバンパイアと同じで 若い子で処女の血が美味しい。

未成年の首にかじりつくのに丁度良い。

「理人は何か欲しい物ある」

「別にないな…京子が居れば他は何も要らない」

「私も理人が居れば他は要らない」

バンパイアだからか物欲が無い。

欲しいのは血位な物だ。

治安だけ考えてちょっと良いマンションを買った以外は実に質素に暮らしている。

毎日二人で何もしないでだらだら暮らす。

そんな生活も悪くない。

FIN

あとがき
この作品は自作『中年オヤジは元勇者! 42歳から始まる勝ち組人生。』

をスケールを小さくしたような作品として考えました。

勇者程、凄い能力はなく、スケールダウンしてバンパイアにしてみました。

家族に振り回され…少し情けない主人公、そこだけ考えてひたすら書きました。

今現在、私は体を壊した事で在宅が多い楽な仕事に仕事は変わりましたが、それでも1年で3月の末だけは結構忙しくなります。
 
次回の新作は アルファポリスさんが 第2回 次世代ファンタジーカップに合わせて4月上旬に発表予定です。

それまでに…プロットを固めしっかりした長編作品を描くつもりです。

宜しければ応援、宜しくお願い致します。

石のやっさん