勇者に全てを奪われた俺は勇者の代わりに高校生になりました…こっちの方が幸せかも知れません。

【異世界篇】努力は俺を裏切らない
俺の名前はセレス、スタンピート

剣の名家、スタンピート伯爵家の三男に生まれる。

上の兄たちはジョブやスキルに恵まれていたが、悲しい事に俺は恵まれなかった。

長男は聖騎士のジョブを持ち、次兄はクルセイダーのジョブを持つ中、俺はまさかのジョブ無し。

つまり、何の恩恵にも預かれない存在だった。

本来なら、子供の時に捨てられても可笑しくない存在だったが、家族はとても優しかった。

おじい様は俺にいった。

「お前は確かに恵まれていない、だが剣はジョブやスキルだけではない、努力を重ね技を工夫し実戦を重ねれば、その差を埋める事は出来る」

僕には何もない、だから、剣の名家スタンピート家に恥じない様に生きる為には、死ぬほど努力をするしかなかった。

暇さえあれば剣を振り、それ以外の時間は学問にあてた。

勿論貴族としての立ち振る舞い、マナー全てを完璧にこなす為の努力も惜しまない。

そう言う点では俺は凄く運が良かった。

ジョブやスキルは貰えなかったが、家族は優しく、本当の天才である、兄二人は惜しみなく剣を教えてくれた。

父もおじい様も剣の稽古をつけてくれる。

おじい様は今でこそ引退したが元は王家指南役だ、王家指南役に聖騎士、クルセイダーが手ほどきしてくれる。

そんな恵まれた環境で剣が学べる人間は居ない筈だ。

勉強やマナーは貴族だから本は幾らでもある。

そして母であるマリアーナは今の王妃のご学友だったので完璧なマナーを知っている。

厳しくもそれらの知識を鞭を振るいながら教えてくれた。

努力は俺を裏切らなかった。

出だしこそジョブ持ちに何も敵わなかった物の、知らないうちに剣技が身に付いていった。

兄二人の様に斬鉄までは出来ないものの斬岩位まではどうにか出来るようになった。

これはスキル【上級剣士】を持っていても努力しなければたどり着けない境地だ。

学園に通い勉学も死ぬ程努力した、【ジョブ無し野郎】そう言われ無いようひたすら頑張った。

ジョブは無くても血がある、そう言われ【ブラッドオブスタンピート】と言う字がついた。

努力は俺を裏切らない。

その言葉を頭に刻み、努力に努力を重ね。

オークは勿論の事、オーガですら倒せる実力が身についた。

スキルもジョブも無い、だが死ぬ程の努力は身を結んだ。

学園の卒業の時はトップの証である、赤いマントを羽織る事が出来た。

このマントは成績が1番の証で卒業式で1名のみが羽織れる物だ。

学園を卒業した俺は一人前として扱われる。

学園での成績が優秀だった事もあり、直ぐに俺は騎士の試験を受け合格した。

つい最近までは平和だったのだが、学園を俺が卒業する時期と重なり、魔王が人類に宣戦布告。

今や戦乱の時代、魔王軍との戦いが熾烈を極め各地は戦場となっていた。

平和なのは王都周辺のみ、騎士の資格があり、剣の名門、スタンピート家の俺は戦う義務がある。

一旦軍に所属したらもう暫くは帰ってこれない、それ故、卒業後の休みの間に、婚約者を決めて、戦に旅立つ必要があった。

「喜べ、セレス…お前の努力が認められて王族から婚約の話が来たぞ、相手はなんとジョセフィーナ姫だ」

父から聞いた時一瞬耳を疑った。

ジョセフィーナ姫は末姫だから王家に生まれたが家督の序列は低い。

だが、その美しさは王国一と言われ近隣諸国にまでその名は知られている。

【王国のルビー姫】と呼ばれる程だ。

「それは本当ですか?…信じられません」

「本当だ、お前は全てに置いて努力をした、その結果だ誇っていいぞ、ジョセフィーナ姫もそんなお前の姿に惹きつけられ、姫自ら王に頼んだそうだ」

「報われた、全てに」

「おいおい、まだ此処からだ、王族を妻に娶るんだ、まだ終わりで無いぞ、このまま精進しろ」

「はい」

俺が戦場に向うまでの猶予は半年…慢心せずに剣の腕を磨き続けた。

魔法が一切使えない俺には【剣技】【体術】それを極める以外に道は無かった。

それを極め続ける為に訓練に明け暮れる。

そんな俺をジョセフィーナ姫は見に来ていた。

婚約者と言う事でお互いに行き来が許された。

「セレス、本当に貴方は凄いわね」

「姫、どうかされたのですか?」

「いえ、所作振舞い、全て凛々しく見えますよ、しかもこれで学問に剣術全てが一流なんですから」

「それを言うなら姫はこの世の物とも思えない美しさ…それに貴方といると凄く癒されます」

「それは本当ですか? ならば私達きっと良い夫婦になれますわね」

「はい、俺は貴方に相応しい男性に成れるようこれからも努力し続けます」

「ならば、私はこれからも貴方を癒せるような女性で居られる様に自分を磨きます」

それから時間が過ぎた。

幸せな日々も今日で一旦終わりだ。

これから俺は戦場に行かなくてはならない…この国を世界を守るために。

【聖教国】

「魔王軍が活発に活動して魔王が宣戦布告した今、勇者を召喚しなくてはならない」

「それでは教皇様、勇者召喚をするのですね」

「そうです、今がその時です、さぁやりましょう」

こうして、聖教国が古に伝わる勇者召喚を行う事になった。

そして伝説に伝わる光の勇者の召喚にて、天城 翼が召喚された。

「おおう、勇者よ来て下さるとは..」

「…」

「勇者よもし….我々の代わりに魔王を討伐して下さるなら、討伐時には望みの物を差し上げましょう」

「そうか、女神の言う通りだ…ならばこの、天城翼が魔王を倒してやろう…」

「はっ宜しくお願い致します、勇者様」

世界は大きく変わろうとしていた。

【異世界篇】勇者

俺は剣の名門スタンピート家の三男で騎士の資格を持つ俺は最前線に送られた。

ここは戦場、いかに伯爵家の息子とはいえ特別扱いはされない。

騎士の資格があるとはいえ、此処では一介の新人騎士にしか過ぎない。

毎日の様に寝る間を惜しんで戦うだけだ。

魔族に人数で負けている俺たちは、魔族が引いていくまで戦い続けなければならない。

ただただ剣を振るい、敵を倒し、相手が引いていくのを待つ。

その繰り返し…だがこれはまだ前哨戦にすぎない。

その証拠に、ゴブリンやオークしか出てこない。

恐らく、その後ろにいるオーガが出たあたりからが本当の意味での戦いになる。

そしてそれが出てきた時…俺たちは戦えるのだろうか?

「隊長、あれが出てきた時の対処はあるのですか?」

「セレス…あると思うか?」

「自分にはどうすることもできません」

「同じだ、正直言えば、俺の実力はお前に毛が生えた位だ、他の仲間はお前より劣る…最悪領民に逃げて貰う為に犠牲になるしかない」

「解りました」

もう死ぬしかない無いのかも知れない。

剣に生きる人生、案外あっけないな…

こうなったら意地だ…オーガの5体位は道連れにしてやろう。

俺たちが悲壮感漂う中…呑気な声が聞こえてきた。

「何だか悲壮感だらけだな、辛気臭い…だが俺が来た安心しろ」

そう言いながら、その男はただ一人魔族に向かっていった。

黒髪、黒目、体には白銀の鎧を身につけていたその姿はまるで伝説の勇者その者。

死ぬんじゃないか、そう思ったが…その男が剣を振るたびに魔物は宙に舞った。

凄いなんてものじゃない…その剣技は神業にしか見えなかった。

これは多分生涯俺がどんな努力しても届かない境地…

「美しい」

思わず口から言葉が漏れた。

こんな事が出来る存在…一人しか知らない。

絶望を希望に変える男、天城翼様、勇者様だ。

その強さはただただ見ほれるしかなかった。

剣を振るたびに、あれ程の魔物が倒れていく。

俺達騎士団全員でようやく進行を抑えていた魔物を簡単に倒していく。

そして俺がてこずるオーガもまるでおもちゃの様に破壊していく。

此処までくると最早嫉妬も起きない。

この人は別の存在なんだ…そう思うしかない。

この人こそが世界を救う勇者なんだ…それしか思わなくなった。

「助かった、俺たちは助かったんだ…セレス」

「はい…未だに信じられません」

勇者、天城は全ての魔物を倒した後、軽く手を振ると、こちらには来ないでそのまま走り去って行った。

沢山の騎士からも歓声が上がった。

勇者、天城ありがとう…そう思う反面…

何時か、この人の様になりたい…

俺は心からそう思った。

【異世界篇】全てを失った日
勇者、天城 翼は凄い男だった。

こんな魔族優勢の状態から2か月で情勢をひっくり返し、そして1年もたたずに、魔王を打ち取り、この世界を平和に導いた。

世界は平和に歓喜した。

そして、今日は勇者天城と教皇を含む各国国王が会い【約束の報奨】を渡す日。

王たちは勇者天城に【魔王を倒したなら望みの物を与える】約束をした。

教皇が音頭をとり、約束の報奨を与える日だ。

「さぁ、勇者よ約束だ、望む物を何でも与えよう」

「ならば、私が望む物は…」

【セレスSIDE】

「すまぬ、セレス、今日王家から正式に婚約の破棄を申し付かった」

俺は3日前に家に帰って来ていた。

あの戦争で僅かな手柄を立てて、その報奨として宮廷騎士に取り立てられた。

そして、爵位も男爵の位を貰った。

はははっ、そう言う事か?

確かにそれなりに戦ったが、此処までの報奨が貰える訳が無い。

事実、俺以上の戦働きをした、兄達も僅かな報奨金だけだった。

宮廷騎士、これは俺が頑張り戦った結晶だ。

だが、男爵の爵位は【ジョセフィーナ姫を諦めろ】多分手切れ金代わりだ。

だが、ジョセフィーナ姫に何があったのか? その理由位は聞いても良いだろう。

「ジョセフィーナ姫の婚約破棄の理由は教えて頂けますか?」

「それは…勇者天城が報奨として望まれたからだ」

よりによってその理由か…

この世界を救ってくれと教皇が頼んだ…

その時に【望みの物を差し出す】そう約束を教皇がした。

その約束の品の中にジョセフィーナ姫が含まれていた、そう言う事だ。

他にも4人程の美しい女性がいたそうだ…

仕方ない…勇者は世界を救った、その世界の報奨だ、しかも俺は勇者に助けられた。

あそこでもし、勇者が来なければ多分此処には居なかっただろう。

頭では納得しても心が納得しない…涙が、止まらなくなる。

「俺は…勇者が嫌いです..ハァハァですが、功績を考えたら…諦めるしかありません..受け入れたとお伝えください」

「すまない、私に力があれば」

「例え父上が王でも今回は無理でしょう…すみません今日は…気分がすぐれません下がらせて頂きます」

一晩じゅう泣いた。

諦めるしかない…解っている。

仕方ないじゃ無いか、相手は勇者だ、この世界を救った男だ。

俺が見た…素晴らしい剣技の持ち主だ。

彼奴なら、きっと俺以上に幸せにしてくれるだろう…

さようならジョセフィーナ…

俺は父に頼み、宮廷騎士への入隊を早めて貰った。

仕事に明け暮れ、剣を振るえば…きっと忘れられるさ。

だが、それこそが間違いだった。

ジョセフィーナ姫と婚約した勇者は聖教国でなく王国で暮らしていた。

だが王宮は広い、そうそう会う事も無いだろう…

そう思った俺は考えが甘かった。

裏庭で俺が休んでいた時だった。

男女の争う声が聞こえてきた。

その声はどう聴いてもジョセフィーナ姫だった。

会いたくない俺は咄嗟に茂みに隠れてしまった。

そこで俺が聞いた物は…

「ブス、俺に触るんじゃねぇよ」

「そんな、私は貴方の妻なのですよ..それなのに..」

「うるせーな、お前とは体だけの関係だ..それ以上でもそれ以下でもない」

此奴は何を言っているんだ? 俺の聞き間違いだよな? 好きだから俺から奪ったんだよな。

「私を望んだのは貴方じゃないですか? 私には婚約者も居たのに..酷い…」

「そうだな、子供を産んだら、婚約者に返してやろうか? そうだ、子供が出来るまでやりまくって妊娠したら婚約者の元に返してやるよ」

「そんな、傷物にして..そんな事を..そんな..」

ジョセフィーナ姫は王族なんだぞ…傷物になった後に他の者と婚姻なんて出来る訳ない…

「うるせーな、どっちにしろ妊娠したら解放してやるから、それまで頑張れよ」

「そんな、貴方は私を愛していないのですか?」

「愛してないな、ただ面が良かったから選んだだけだ..」

これがあの勇者天城なのか? 俺は夢を見ているんじゃないか? 

これは悪夢だ…幸せにしてくれる、きっと俺以上に愛してくれる…そう思ったから諦めたんだぞ..なんだお前

「そんな、貴方が好きなのはやはり聖女様..女魔導士様なのですね..最低です」

「あいつ等か? あいつ等も。同じだぞ、妊娠したらお払い箱だ..お前と同じで愛してない」

「貴方は最低の人ですね…」

見てられなかった。

気がついたら体が勝手に動いていた。

「天城…貴様幾が勇者でも許せない..俺は、俺は心から愛していたんだぁぁぁぁーーーーーっ」

「何だ、お前、そうかお前がジョセフィーナの婚約者か..終わったらこんな女返してやるから、そう怖い顔するなよ..なぁ」

「天城..」

「だから、やるだけやって妊娠したら返してやるって言ってんだろうが..」

「許せない」

「セレス..」

ジョセフィーナの声が聞こえた気がした、だが俺は止まらなかった剣を抜いて天城に斬りかかった。

王城の中で賊が入った訳で無いのに剣を抜いた、俺は死刑確定だろう…せめて一太刀。

だが、天城の手刀の方が俺の剣より速かった。

剣を持ってして素手の人間に負けた…

意識が朦朧として気を失うなか、俺は天城を見た…何故お前は悲しそうな顔をするんだ…

そんな顔する位なら..そして俺は気を失った。

水が落ちる音がする。

ここは何処だろうか..暗いしジメジメしている。

「目を覚まされましたな」

うん、目の前に宮廷騎士団長騎がいる。

「馬鹿な事をしたもんだな」

「解っています、宮廷騎士が任務より感情を優先して、あまつさえ王城内で理由もなく抜剣した覚悟は出来ています」

「そうか」

「本来なら死刑は免れぬ解ってやったんだな」

「はい」

「なら良い、お前がジョセフィーナ姫の婚約者なのは皆が知っている…気持ちは痛いほど解る…勇者が蔑ろにしているのは皆が知っていた事だ」

「なら」

「王でもどうにもできんのだ…天城が望んだのはジョセフィーナ姫であって、婚姻では無い」

意味が解らなかった…

「俺は彼奴を軽蔑しているから、勇者とは此処では呼ばない、王がジョセフィーナ姫には婚約者がいると説明はしたんだ、だが天城は【妊娠した後で良ければ、お前に返す】そういうふざけた事を言ったそうだ」

馬鹿としか言いようがない…俺はそれでも良い。

だが、処女で無いそれだけで嫁いだら肩身が狭いのが貴族社会だ…それが妊娠して他の男の子供まで作ってから嫁いだら、どんな高貴な人間でも…一生日陰者だ。

ジョセフィーナ姫の性格なら多分そうなったら自殺すらしかねない。

もう、どうあってもジョセフィーナ姫が俺の隣にいる未来はない。

「天城は子供が好きなんでしょうか…」

「違う、その子供も自分では育てないそうだぞ」

「狂っている、そうとしか思えない…それで俺の処刑は何時になりますか」

「本来であれば死罪確定だ、何しろセレスお前は理由は兎も角、王城で剣を抜き勇者に向けたんだからな」

「解っています」

「だが、そうはならない」

「何故?」

「今回の事は王も同情的でな、そして何故か天城からも穏便に済ませて欲しいといういう口添えがある」

「あの天城が…」

「ああっ、だからお前は貴族籍を失い、国から追放それだけだ」

「国を追放されたら..結局は野垂れ死にじゃないか..」

「違うな、お前はこの国からのみの追放なので他の国で普通に生活出来るぞ、ご実家から持たせて欲しいとお金も預かっている」

俺はお金と手紙を受け取った。

貰った袋には、贅沢しなければ一生暮らせる金が入っていた。

そして手紙には…

父や兄からのお詫びが書かれていた。

「気持ちは同じ男として痛いほど解る..だが相手は勇者だ、馬鹿な事は考えるなよ、今度こそ死刑だ」

「そして実家に迷惑が掛かる、そういう事だな、俺が去れば問題無いそう言う事ですね」

「気の毒だが、そう言う事だ..馬車で国境まで送るそうだ..ここだけの話だが、今回の裁決採決はお前がこの国に居ては辛いだろうという考えもある」

「そうですか..この裁決に関わった方にお礼を伝えて下さい」

「必ず伝えておく」

こうして俺は全てを失い国から追い出された。

女神ラク―ナ
【運が悪かった】それしか言えない…

国境まで馬車で送ってくれたがそれが仇になった。

馬車に騎士がついていたからお宝でも積んでいると思ったのだろう…盗賊団に襲われた。

しかも、その盗賊団は有名な盗賊団で【魔族の息吹】だった。

魔族なんて名乗っているが、本物の魔族では無い。

自分自ら【魔族】を名乗る程の残酷な人間の集まりで、女以外は皆殺しにする。

女は..そのまま散々嬲った後に奴隷として売り払う…情け容赦ない最低、最有の盗賊だ。

騎士も強かったがこの盗賊団の人数は3000を超えると言われている。

目の前にいる人数も100を超えていた。

多勢に無勢、1人1人死んでいき、とうとう俺1人になった..しかも、今は形上は罪人なので手鎖をされていて剣は無い。

ただ金を奪われ殺される以外…何も出来なかった。

体が冷たくなり意識が朦朧としているなか声が聞こえてきた。

「セレス…セレス」

可笑しい…俺は盗賊に殺された筈だ…

「ええっ貴方は死にましたよ..」

目の前には今迄に見た事が無い美しい女性がたっていた。

俺は世の中にジョセフィーナ姫以上の女性は居ないと思っていた。

もしそんな存在が居るとしたら女神様しか考えられない。

服装に優しそうな尊顔…見間違える訳がない。

「貴方は女神ラク―ナ様ですか..」

満面の笑みを浮かべながら彼女は語り掛けてきた。

「流石はセレス、敬虔なラク―ナ信徒だけありますね」

「私はラク―ナ信徒です..生まれてから今迄毎日の祈りをかかした事はありません」

「そうですね、私は何時も貴方を見守っていました」

俺は夢を見ているのか?

確か伝承では精一杯人生を生きた者には死の際に女神様自ら会ってくれる、そう司祭様から聞いた。

今がその時なのか?

「人生の最後に貴方が迎えにきてくれた、そんな光栄な事はありません、私の人生はそれだけで報われた…有難うございますラク―ナ様」

《そうよ、これが女神たる私に会えた人間の反応だわ、会えただけで光栄なのよ! 私はこの世界の一神教の女神ラク―ナなのよ、それなのに異世界人ってきたら、やれチート寄こせの、モテる様にしろだの、女神を何て思っているのかしら? こういう人間に会えると本当に癒されるのよ…話していても感謝の気持ちがどんどん流れ込んでくるのよ」

「ですが私は信者たる、そんな貴方を傷つけました、心が痛い」

「勇者の事ですか..でも世界を救う為には仕方なかった..そうですよね」

《こんなにも純真なんだから本当に良心が痛むのよ、どこぞの異世界人みたいに文句一つ言わない..クズとは大違いだわ》

「はい、ですが結果私は貴方から全てを奪ってしまった…その償いをしようと思います」

「女神様が償う事なんてありません…最後に貴方にこうして会えた、それは俺にとって最高の栄誉です」

「ですが、それでは私の気が済みません..だから貴方にはもう一度別の人生を与えます」

「そんな事が可能なのですか…それで女神様が罰を受けたり、困った事になりませんか?」

「本当はこの世界で私が加護を与えたいのですが、それは神の禁忌になります、私に出来る事は、勇者の世界に行かせる事しか出来ません」

「勇者、天城の世界ですか..」

「はい、貴方には 天城翼の世界に行って、天城翼になるというのは如何でしょうか? 幸い天城翼がこちらに来たことで魂をあちらの世界に送る事が出来ます」

「翼になるそう言う事でしょうか?」

「はい、翼の居た世界は、此処よりも高度に進んだ世界で、安全な世界です..そこで勇者に成らなかった翼が歩む筈だった人生を生きてみては如何でしょうか?」

「死んだ俺に新しい人生を下さるんですか? 」

「はい、こんな事しか私には出来ませんが..」

「有難うございます」

「向こうの世界は異なった神が治める世界…もう私は貴方に干渉は出来ません、ですが貴方が私を信仰してくれた事は忘れませんよ…魔法やジョブ等は持たせてあげれませんが、貴方が努力で得た物で向こうにも存在する物はそのままにします…頑張って下さいね」

「有難うございます、ラク―ナ様」

女神 ラク―ナ

良かったわ..何事も無く引き受けてくれて、日本から魂一つ召喚してしまった事がバレそうになっていたから不味かったのよね…これで誤魔化せるわ!

しかし、私の信徒は良いわね…チートくれとか言わないしね、外見を良くしてとか言わない、そして何より私を本当に愛してくれている。

女神として素直に祝福しましょう..貴方に幸がある事を..

別に誰でも良かった、だけど…少し位は依怙贔屓しますわ..より私を信心してくれて、あそこまで酷い事になっても私を信じたセレス..

次こそは幸せにね…もう私は貴方に何もしてあげれない、だけど貴方が幸せな人生を送れる様に祈ってあげる…

恋人じゃなかったなんて…
頭の中から声が聞こえる。

目が覚めたら新しい人生が始まる。

その世界で困らない程度の翼の記憶をいれました。

そして貴方と翼は外見が全く違うから、認識阻害の術式を組みました。

今は翼を知っている人からは貴方は翼に見えます…ですがその世界に溶け込み始めたら、徐々に貴方を認識する事になり最終的には翼=貴方と認識するようになります。

これが、私を信仰してくれた、貴方への最後の贈り物です。

《何から何までありがとう、俺は感謝の祈りを捧げた》

目を覚ました。

ローソクでも魔法石が光っている訳では無い、凄く白い光の部屋に居た。

これが翼の記憶にある、蛍光灯の光か、凄いな光が茶色くない、凄く明るい。

まるでライトの魔法が掛かっているみたいだ。

下半身に重さを感じた。更にまるでお漏らしでもしたように濡れていた。

下半身の重みがある部分に目を落とした。

だれだ、この物凄い美人は…俺は頭が可笑しくなったのか?

ジョセフィーナ姫は、恐らく俺が知っている女性で一番美しかった。

そのジョセフィーナ姫より遙かに美しい。

これは幻想としか思えない。

年齢は俺より年上なのは解る。

無防備に寝ているが…綺麗なウェーブの掛かった黒髪に整った顔立ち、目を瞑っているがそれでも女神の様な美しさは隠せない。

そして粗末な服装だが、それでもその美しいボディラインは、まるでラク―ナ様に見える。

これ程、美しい存在がこの世に居たのか?

この方がラク―ナ様の眷属や天使だと言っても信じられる。

それ程までに美しい。

何となく解かってしまった。

翼があそこ迄女性を雑に扱う訳が…この美の化身の様な美女がもしかしたら翼の恋人だったのかも知れない。

此処までの美女と恋仲だったのに引き離されたのか…だから恨んでジョセフィーナ姫に絡んでいたのか?

この方が翼の恋人だとしたら…人を外見で判断してはいけないがジョセフィーナ姫を罵ったのも理解できる。

魔性というのはこの女性の様な女性を言うんだ。

さっきから目が離せない。

女性の寝顔を見るなんて破廉恥な行動なのに目が離せない。

ま.て.よ…この美しい人は俺を心配して布団を濡らす位泣いていた。

そんな人間はだれだ…記憶をたどると、顔は見えない…母親は【くそ婆】って罵っていたから違うな。

母親以外で泣いてくれるような女性…妹がいるけどこの【美しき人】はどう見ても自分より年上だ。

だったら、やっぱり消去法で考えて【恋人】なのか?

翼になると言う事は、この方が恋人になると言う事か?

信じられない…こんな人相手にどう話して良いか解らない。

「うう~ん…えっ翼、目を覚ましたの! 良かった、本当に良かった、凄く、凄く心配したんだから~」

泣きながら俺に抱き着いてきた。

こんなにも心配してくれていたんだな、きっと俺は病気か怪我をしていたんだ。

「心配かけてごめんね」

泣いている女性の髪を撫でてあげた。

「翼?」

俺は顔を近づけてそのまま優しく口づけをした。

「ううん…翼?ちょっとごめんなさい」

美しい人は顔を真っ赤にして走っていってしまった。

息せき切らして白い服を着た男…多分医者を連れて来た。

どうしたんだろうか?

「息子の翼が変なんです…私をまるで恋人の様に抱きしめて..そのキスしてきたんです」

ヤバイ、この綺麗な人が母さんだったのか…何処が【くそ婆】なんだよ、ラク―ナ様以上に綺麗だぞ。

不味いな、本当に気まずい。

「息子さんに彼女は居ましたか」

「引き籠りだったので居ない筈です」

その上目遣いやめて欲しい、やはり俺はセレスなんだ…生物上は母親なのに好きになりそうだ。

「そうですか? あの聞きにくい事ですが子供の頃に母親が好きだったんじゃないですか?」

「幼稚園に上がる前なら【お母さんと結婚する】っていってました」

それ駄目だよ、それは多分本気の告白だぞ…こんなにも美しいんだから子供だって本気になる。

「成程、それでお母さんは何と?」

「【大きくなったらね】そう言ったと思います、いやだ恥ずかしい」

親子で結婚はこの世界でも出来ないんだ…凄く悲しくなるな。

「それで解りました、恐らく事故による意識の混乱です…一時的に子供になってしまったんでしょう?」

「そう言う事ですか? それでそれは治るのでしょうか?」

「目も覚めた事ですし、直ぐに治ると思います」

「そうですか」

「君はどうだ? 少しは落ち着いたかな、記憶に混乱はないか?」

多分母親が解らなかったんだ問題だらけだ。

「何だか少し混乱しています」

「あんな事があったんだ仕方ない…休んでいれば大丈夫だ、深く考えないで」

「はい」

「しかし、翼…本当に大丈夫? まさか母さんにキスするなんて思わなかったわ」

「ごめん…意識が混乱している、だけど母さんが凄く愛おしく思えて、あの時は好きな気持ちが込み上げてきてた…ごめん」

「そうね…もうお父さんもいないけど、残念ね親子は結婚出来ないのよ…うふふっキスなんて何年ぶりかしら、嬉しいわ」

「そういう冗談は止めて…恥ずかしい」

どんなに綺麗でもこれは母さん..恋愛対象じゃない、翼は多分不幸だ。

こんな綺麗な人が親なら他の女性は【ブス】に思えても仕方ない。

「うふふ母さん忘れないわ、こんな素敵なキスなんて…嬉しくて、嬉しくて涙が出ちゃう」

「どうしたの母さん」

「ううん、何でもないわ…でもね翼ちゃんが母さんって呼んでくれて凄く嬉しいのよ? そうだ母さんもお礼をしてあげる、ほらっチュッ…あははっ流石に口にはしてあげれないけど、親子だから頬っぺたで良いならまたしてあげる」

「ごめん、恥ずかしくて母さんの顔見れない」

「そう」

何だか凄く嬉しそうにしている。

こんな素敵な人が母さん…恵まれすぎているな…

だけど、よく見ると手や足に傷がある…俺に父親は居ない…多分俺はこの世界でマザコンになるな。

母さんを怪我させた奴は絶対に赦さない。

魔性の母親 静流
母さんの名前は静流と言った。

翼の記憶をから思い出そうとしたが【名前】すら思い出せなかった。

ラク―ナ様も【困らない程度の記憶】と言っていたから仕方が無い。

少なくとも俺はこの世界で話が出来るし、文字も読める。

そう考えたらどうしようも無い範囲なのかも知れない。

母さんから聞いた話では俺はトラックに跳ねられたそうだ。

何でも小さな子供が跳ねられそうになり俺(翼)がその子を助けて代わりに跳ねられたのだとか…

此処でも翼は勇者だった。

力が使えない、そんな状況でも精一杯人を救おうとする…そんな男だった。

今の俺は、天城翼だ…世界を救ってくれた勇者、そして俺の命の恩人。

ジョセフィーナ姫の事は仕方ないだろう…こんな綺麗な母親と暮らしていたら、王国一の美女だって霞んでしまう。

多分、勇者天城はマザコンだった、これ程の美女が母親でいつも生活して居たら、ああなるかも知れない。

もう会う事も無いが…もし天城に会ったら言ってやろう。

お前の母親が女神の様に美しいだけだ、ジョセフィーナ姫は充分美しいってな。

今の俺は【個室】に入院している。

俺を跳ねたトラックは大手物流会社だった…だからしっかり保証してくれてこの個室を用意してくれた。

この個室は凄く設備が整っていてシャワーもトイレもある。

今現在は医者の先生と看護師さん、そして母さんしか会って無い。

看護師さんは男性で少し仲良くなった。

そして俺は母さんに困っている。

母さんの静流さんは恐ろしく綺麗な人だ…

その静流さんが、凄くベタベタしてくるのだ。

「翼、はい、あ~ん」

今日はウサギの形に切ってきたリンゴをこんな調子で食べさせられいる。

「あ~んもぐもぐ」

「静流さん、俺は息子なんだよな…」

「そうね、だけど、母さんの事好きなんだよね? これは母子のスキンシップ、別に良いでしょう?」

本当に困るのだ。

俺はどうしても【母さん】と呼ぶのに抵抗があった。

俺の中身は翼でなく、セレスだ。

頭の中で【これは母親だ】と言い聞かせても勝手に【なんて美しい女性何だ】に変換されてしまう。

セレスの気持ちが《母さん》と呼ぶのに抵抗があった。

そこで【静流さん】と呼ぶ事にしたのだが…最初に呼んだ瞬間、物凄く泣かれた。

「何で、何で、母さんって呼んでくれたのに…やっとまた呼んでくれたのに…そんな」

何故此処まで泣いたか解らなかった。

本当に恥ずかしい…だが泣いている女性に嘘は言えない。

あくまで記憶が混乱している。そう前置きを話してから告白した。

「母さんが、理想の女性にしか思えないんだ、母親じゃなかったプロポーズしたい位に」

顔がそっぽ向くのは仕方ないだろう。

俺はこういう事は余り得意ではない。

気まずい事に母さんも顔を耳まで赤くして黙っている。

俺は人生で2回目の失恋中…しかもその相手はよりによって自分の母親なのだから、何ていって良いか解らない。

人生2回目の失恋相手に気持ちを伝えないといけないのは凄く抵抗があったが仕方ないと諦めた。

「そ…そういう事なの、少し困るけど、そう言う事なら仕方ないわ、これから頑張ってくれるなら【静流】って呼んでも良いわよ」

《頑張るって》リハビリの事なのかも知れない。

認識阻害でまだ怪我している様に見えているが、俺は怪我なんてしていない。

個室で人が居ない事を良い事に俺は筋トレをしている。

剣を振れないのは悲しいが、腕立てや腹筋スクワットは出来る、こんな元気な状態で入院しているのは凄く申し訳ない。

しかし、本当に困る…

「あの静流さん、恥ずかしいから出てってくれないかな」

「先生に言われているのよ、倒れたら困るからちゃんと見ていて下さいって、本当なら母さんが一緒に入っても可笑しく無いのよ」

シャワーを浴びる時は、もし何か起きるといけないから付き添いが必要って事で静流さんが椅子に座って外に居る。

俺は健康な状態なのに、包帯が巻かれているからそこを濡らさない様にしながらシャワーを浴びる…そして。

「静流さん、それは良いって本当に大丈夫だから」

「だ~め、ちゃんと体を拭かないとね、ほらじっとして」

俺はシャワーの後だから真っ裸…静流さんは服を着ているけど、抱き着くように体を拭かれると、顔が赤くなってしまう。

この人は【母親なんだ】そう言い聞かせないと、つい抱きしめたくなる衝動に駆られる。

「あのね静流さん、俺は…」

「知っているわよ!もう何回も聞いたから…私だって愛しているわ、だって貴方は最愛の息子だもん」

こう言われると本当に困ってしまう。

「だから、静流さん」

「うふふっ愛の形は違うけど、世界で1番母さんが好きな男性は、翼だからね」

静流さんは魔性すぎる。

「そう言えば、妹の楓はなんで、お見舞い来てくれないんだ」

「楓はちょっと、貴方と揉めていたから、多分きずらいのよ」

「ごめん、その辺りの記憶も無い…静流さんの子供だから、多分凄く綺麗なんだろうな…」

「母さんの子供って、そうね記憶が混乱しているんだもん…仕方ないわ、写真みてみる?」

そう言って静流さんはスマホを見せてくれた。

見た瞬間、体に電流が走った。

凄く…綺麗だ、静流さんによく似ているが髪型は短くしている。

胸は流石に少女だから無いが…足はすらっとしており、スレンダーとはこういうタイプを言うのだと思う。

何より顔が整い過ぎている。

こんな少女が王国に居たら…間違いなく宝石に例えられ、例え平民に生まれても貴族からの婚約話が舞い込んでくるだろう。

ジョセフィーナ姫と比べても月とすっぽん…ちなみに月は楓だ。

はぁ~これじゃ仕方ないな…こんな家族に囲まれて暮らしたら、ああなっても仕方ない。

翼がこんな家庭環境で生活していたと知っていたら…責められない。

ジョセフィーナ姫に命を捧げた人間が…

婚約者だった俺が…翼の母親や妹の方が遙かに美しいと認めてしまった。

今の俺にはもう…責める資格は無い。

「どうしたのかな? まさか楓ちゃんが好きになったのかな? 浮気するなんて母さん悲しいわ」

本当に静流さんは魔性過ぎて困る。

母親だと思って諦めた…それなのにこんな事言われたら、また元に引き戻されてしまう。

【勇者SIDE】 転移した、その先に
俺の名前は 天城翼、まぁ気弱な何処にでもいる引き籠りだ。

俺だって最初から引き籠りだった訳では無い。

子供の頃は、リア充に近かったかも知れない。

俺の親父は小さい会社を経営していた。

それなりにお金があり、将来はその会社の跡取りの筈だった。

外見も美形とまではいかないが、中の上位だったと思う。

サッカークラブに入っていて、それなりに活躍していたと思う。

少なくとも、レモンの輪切りのハチミツ漬けやスポーツドリンクをくれる様な女の子が居たのだから、そこそこ人気はあった筈だ。

中学に入る頃に親父は事業に失敗していきなり家は貧乏になった。

その後、親父はそのせいかどうか解らないが自殺してしまった。

親父は生命保険に入っていた為に、減額された物のお金が貰えた為に借金を返してもお金は余った。

この頃から俺の人生は破綻し始めたのかも知れない。

小学校で頑張っていたサッカーも中学では練習量が多く、辛く感じ辞めてしまった。

運命を分けてしまったのは..【新造時代 エランバリアン】というアニメだった。

今迄はアニメや漫画に嵌った事は無かった。

だが、このアニメは嵌ってしまった…赤髪の人を小馬鹿にするヒロイン【アイカ】と白髪の無口な少女【マミナミ】が壺に嵌ってしまった。

当時社会現象になったのだからこれ位なら仕方ないで済んだかもしれない。

だが、俺はアニメと漫画に嵌ってしまった。

アニメに嵌った俺はそれに時間を費やした為に、学力が落ちた。

その結果、かなりレベルの低い高校に入った。

そこで、アニメや漫画が好きな仲間とつるんでいたのだが…

俺や仲間を、鶴橋という気に入らない奴が馬鹿にしてきた。

「やれキモイ」

「豚野郎だ」

「臭い」

そんな風に事ある事に罵ってきた。

ここで今思えば、キレなければ良かった。

「いい加減にしろ」掴みかかってしまった。

その瞬間、凄いパンチが飛んできた…

「おまえさぁ…俺に勝てると思っているの? 俺ボクシング経験者だよ? なぁ豚に豚って言ってなんで怒るのかな…お前100キロ越えているじゃん? そうだな、豚じゃ豚が可哀想だから今日からお前は【オークマン】な…」

鼻血を出して転がっている俺に此奴は言った。

俺の人生が落ちた瞬間だった。

「鶴橋くんの言っている事間違ってないよね? 何時もフケだらけ、体はデブ、豚と言われても仕方ないんじゃない!」

「真面に喋れない、運動も勉強も真面に出来ない、知っている?女子はみ~んなお前が嫌いなの」

「本当、生きていけないよ…あたしがあんな外見だったら自殺するよ」

そうか…俺は嫌われていたんだ。

この日はこれで終わった。

だが次の日から俺の地獄が始まった。

「あのさぁ、翼って名前辞めてくれない…私の好きなアイドルと同じなんだよね」

「言われても」

「うざっ…まぁ良いや、オークマンっていう名前があるんだよね..オークマン」

「…」

最早、俺の事を翼って呼ぶ人間は居ない…

俺は【オークマン】オークの様に醜い男…そう呼ばれた…

アニメや漫画が好きな奴は割と弱者が多い。

だから巻き込まれるのが嫌で俺と話さなくなった。

更に虐めは酷くなり、給食にゴミが必ず入って居るのは日常茶飯事、廊下を歩くているだけで蹴りを入れられる。

教師に相談しても「こども同士の冗談だろう?」「やり返さないお前が悪い」そんな事しか言わない。

俺の担任は女教師でお婆ちゃんみたいな奴だが「男の癖に女々しいわ、男ならガツンとやり返しなさい」と言いやがる。

この学校はいわゆる底辺高で頭は良くない、その反面スポーツでは部がそこそこの成績を出している。

だから、教師も脳筋が多い…

結局家のくそ婆が文句を言っても、同じような回答しか無かった。

学校での生活が辛い俺は…そのまま引き籠りになった。

親父が居ないからそこからはやりたい放題だった。

最初は文句言っていたくそ婆も、横面を引っ叩いて髪の毛を持って、引っ張りまわしたら文句を言わなくなった。

クソガキも俺をゴミを見る様な目で見たから《馬乗りになってビンタしまくったら》怖がって寄り付きもしなくなった。

本当についてね~、もしくそ婆やクソガキがアニメや漫画にでてくるキャラ位可愛ければ、童貞捨てて、性処理に使えるのに…

最近では俺が家に居るから、くそ婆は夜遅くまで帰って来ない、クソガキも友達や親類んお家に遊びに行って同じく夜まで帰ってこない。

「何だよチクショウ…俺が買いに行かなくちゃならないじゃないか?」

俺が愛読している、エロ漫画の発売日なんだよ..コンビニまで行かなくちゃならねー

まぁ…クソガキが居ても嫌がって買いにいかねーけどな。

仕方なく、俺はコンビニまで買いに出かけた。

普通なら10分も掛からないで行けるコンビニに30分以上かけて行かないといけない。

チクショウ、俺は鬱なんだよ、労われよな…

コンビニ行く途中のビルのガラスに俺の姿が映った。

本当に醜い姿だった…あははっ本当にオークマンだ。

何処で間違ってしまったのかな?

小学生の時の俺は輝いていた…サッカー少年の成れの果てがこれだ。

俺は何をしているんだ…

学校から逃げて、母親や妹に暴力振るって..これじゃ心までオークマンじゃないか。

「ハァハァ…心が苦しくなる」

疲れて石で出来たベンチに座った。

車道近くで遊んでいる少女がいた。

家のクソガキもあの位可愛ければなぁ..

そう思い見ていたら、後ろからトラックが来ていた。

《あれは、不味いんじゃないか…やばいぞ、チクショウ》

俺は走った、少女を助けるために、何とか間に合い少女を突き飛ばしたが俺はもろにトラックに轢かれた。

【ドガッ】凄い音が聞こえた。

「お兄ちゃん…」

これで良かった、ゴミみたいな俺の命で美少女の命が救えた..これで」

「怖いよーーーーっ内臓が」

馬鹿野郎…そこは《お兄ちゃん…ありがとう》だろうが。

そのまま俺は意識を失った。

人生が終わった…そう思っていたら..なんでだろうか? 意識がある。

体からは血も流れていないし、服も破れていない。あれっ何故か生きているぞ..

「お目ざめですか?」

このシュチエ―ションはもしかしてあれなのか?

「ああああ貴方はもしかして?」

どう見ても女神にしか見えない…これは正にあれだ..

「そう、女神です..多分、貴方が思った通りです」

「異世界転移ですよね..俺が勇者に成れるんですか?」

「成れますよ、ええっ成れますとも!」

こんなチャンス二度とない..絶対に逃してなるものか。

「だったら、お願い致します!」

「ただ、その前に説明を聞いて下さい..良いですか?」

「解りました」

「あの、言いにくいのですが、私は貴方の思っている通り、異世界転移の女神ですが、貴方が思っているほどの能力はありません」

「そうなのか?」

「はい、よく魔王を倒したら元の世界に帰してあげるという話がありますが..それが出来ません、片道切符です」

別に構わない、こんなクソみたいな世界二度と帰るかってーの

「そうですか、別に構いません(勇者に成れるなら要らないよな) ですが、そのチートは貰えるんですよね?」

「はい、魔王と戦う勇者の召喚が今回の趣旨ですから充分に差し上げます..」

「なら充分です..女神様、それであの..ですね」

「言わなくても解ります、勿論、強いだけでなく、容姿も端麗にしますよ..間違いなくモテモテです..心配ならモテるチートも更にあげましょう、勇者の力は子供にも一部伝わるので子作りもお願いしたいですからね…うふふ、その代り制限として、最低でもあちらの世界で10人の子供を作って下さい..どうでしょうか?あっ!出来なかったその場で死にますよ」

「お願いします..有難うございます」

やりまくれば良いだけじゃん…楽勝だ。

「それではお行きなさい..勇者 翼!」

此処までは良かったんだ、奇跡が起きた、俺が主人公だって小躍りしたよ。

だが、着いてから可笑しいんだ、男は美男子しか居ないのに..女はブスしか居ないんだ..

本当に視界に入る範囲で見て、男は不細工が一人も居ないのに..女はブスしか居ないんだよ。

この世界で1番美しく、ルビーと呼ばれている美姫、ジョセフィーナ姫を紹介されたが…それでもとんでもない不細工だった。

周りの女が化け物クラスだとすると..ジョセフィーナ姫は学校の全校生徒の中で群を抜いて1番のブス..だけど、人に見えるだけマシなレベルだ。

よく、少年漫画で凄いブスキャラが出て来るよな《ゴリ子》とか《ブス代》とかああいうレベル何だ..

きっと此処は美醜が逆転しているんだよな…多分そうに違いない。

さっさと魔王討伐に行こう…そして、「俺から見て美少女を探すんだ..」そう息まいた。

美醜逆転って本当に怖い世界だ、王家から聖女と女魔導士がパーティとして加わったんだが、これがまた恐ろしい位のブスなんだ。

「いやぁ流石に美男美女絵になりますな..」

いやぁ、これ何の冗談..気持ち悪いんですが…正直言って..これが美少女なら元の世界の女でブスなんて居ないんじゃないの?

仕方ないなここは美醜逆転…お金も貰えるようだから奴隷でも買おう。

二人と一緒に魔王討伐旅に出た

「勇者様は照屋さんなんですね..目を併せないなんて」

「本当にそうだね..シャイなんだから」

気持ち悪い…耐えられない、王に頼んで一人にして貰った。

「私にはこんなに可憐な女性を争いに巻き込むなんて出来ない、俺が一人で戦い魔王を倒します…聖女と賢者は国で待っててください」

これで良い筈だ。

だが、このブスたちは俺に抱き着いてきた。

「そんな、そんなに大事に思ってくれるなんて」

「そんなに愛してくれるなんて、僕幸せだよ」

我慢だ、今だけ我慢すれば俺は自由だ。

俺は、自由だーーーーーっ

直ぐに街に行き、奴隷商に向った。

「ハァハァ…一番醜い女奴隷を見せてくれ」

「一番醜い、女奴隷ですか? 変わった注文ですな?」

確か、これで俺が好きな美醜逆転の小説なら とびっきりの美少女が出てくる筈だ。

一緒に見て回った。

最初は化け物エルフ…物凄くキモイ..だが…可笑しい、可笑しいぞ、人には見える。

物凄く不細工だけど、一番酷くは無い、これはもしかしたら。

「此処が廃棄奴隷…この店で一番価値の無い奴隷のある場所です。

恐る恐るカーテンを潜った。

「ああああああああーーーーーっ、何だよこれは…美醜逆転じゃなったんだーーーっハァハァ」

何だよこれ..化け物にしか見えない、それも飛び切りの化け物だ。

全部見せて貰ったけど..気持ち悪い奴しか居ない..仕方なく俺は..声だけ可愛い背の低いゴブリンみたいな女を買った。

銅貨5枚なら良いや…

目を瞑って声だけ聴けば..少しは癒されるさ..声だけは美少女だからな…

旅を続けて..ようやく諦めがついた。

この世界は美醜逆転でも何でもなく…女の美しさのレベルが恐ろしく低いんだ。

多分、この世界にはグラビアアイドルクラスなんて居ない..何しろサキュバスまでが凄くキモイ綺麗な感じだ。

「私は幻術を使い、ありとあらゆる美女の夢を見せて誘惑する」

ワザと術に掛かった…只のブスの悪夢が見れただけだ…速攻起きたよ。

女冒険者が「美しさに惑わされないで」なんて言っていたが..化け物女に、誰が心奪われるんだよ。ちなみに女冒険者は更にキモイ。

そして…気がついてしまった、あの時にあった美姫と言われたブスがこの世界では本当に凄い美少女なんだと..あんまりだ、前の世界なら確実に全校で1番のブスなのに、それがこの世界で最高の美少女。

あの、聖女や女魔導士もこの世界じゃ屈指の美少女なんだ…

俺は、この世界で10人子供を作らなくちゃいけないんだな..

正直、目を潰すしかない、そう思って聖剣を目に当てた事もあった。

だが、多分それをしてももう、目にこびり付いた後だ、今更効果は無い。

何処にも美形は居なかった…美しき旋律者なんていうのが魔族の四天王にも居たが..やめてくれ、もう、吐き気がするわ。

気が重い..だが、女神との約束だ..10人と子供を作らなくては…

顔に布でも撒けば出来るか…だが、それでも..この世界で美少女と呼ばれる女が限界だ..それ以外はもう見るだけで嫌気がする。

だって、他の女は..まるで化け物なんだからな..昔、愛嬌のあるゴブリンの漫画があったが、あの方がまだましなレベルなんだ。

あのジョセフィーナ姫と聖女と女魔導士、声だけ可愛い奴隷とどうにか頑張って10人子供作って…その後は..森にでも行って隠居してくらすしかない..あんまりだ、前の世界にいれば少なくとも金さえ払えば風俗にいけたのに…最悪だ。

結局、俺はジョセフィーナ姫と聖女と女魔導士、声だけ可愛い奴隷とメイドと一緒に暮らす事にした。

このメイドは実は娼婦だった女だ更に不細工だけど前の世界の場末の風俗嬢みたいな感じでテクニックがある..仕方ない子供を作らないといけない。

俺が童貞を捨てたのはジョセフィーナ姫だ…まだ人間に見えるからな、最低の初体験だった。

なぁ…一番不細工な女で捨てた童貞って、最悪だ。

しかも、泣きながらセレスなんて言いやがった..ブスが泣くと更にブスになってキモイんだよ。

だけど、やっちまった後が最悪だ、他の男の名前を言っていたのに…《永遠の愛を誓って》とか言い出しやがる…嫌だよキモイよ..

正直、エッチだってしたく無いんだからな…一生懸命前の世界のエロ雑誌をやエロゲー思い出して、ようやく立つんだ、一生なんて絶対無理だ。

そんな中、ジョセフィーナの元婚約者が突入してきた、確かに凄い美少年だ。

そんな必死にならなくても妊娠させて子供が出来たら..返すよ..要らないんだから..本当にさ..寧ろ、引き取ってもらいたいんだ。

だけど女神との約束だから悪いな..ドブスでもこいつ等位しか抱ける女は居ないんだよ。

処分について聞かれたが、絶対に何もしないでくれと頼んだ。

良心の呵責はあるんだ、確かに此奴の女を奪って雑に扱ったからな。 ブスだけど。

俺から見たらこの凄いブスが…この世界では絶世の美少女なんだろうからさ..此奴にとっては大切な彼女だったんだろうな。

此奴をみた瞬間にブスが「セレス」と言って真っ青になった。

此奴には生きていて貰わないと困る。

凄い美少年だ…子供を作り終えたら、此奴に返せば良い。

ついでに聖女も賢者もあげれば良いさ…少しだけ待ってくれ。

多分、此奴はこの世界の本当の美青年だ。

「真実の愛は壊せない、返すよ」そう言って返せば良い…10人作ったら返すよ…聖女も賢者もあげるから、少しだけ待ってくれ。

此奴が愛してくれたら…もう永遠の愛とか言わないでくれそうだ。

前の世界が懐かしい..街を歩くだけで、ちゃんとした普通の女の子に逢えるんだから。

あの世界に居たら…少なくともこいつ等以上に可愛い女相手に童貞を捨てられた。

風俗の外れがジョセフィーナ姫の100倍位は可愛い。

この世界の女は化け物並みのブスしか居ない..全員に愛されたって、嬉しくも何ともない..

帰りたいな…帰れないけど…帰りたい。

【静流SIDE】愛しの息子
毎日が地獄だ。

何回息子を殺して死のうと思ったか解らない。

もし、楓が娘がいなかったら、多分私は翼を殺して死んでいたかも知れない。

小さい時は本当に可愛かった。

いつもお母さん、お母さんってついてきて、本当に甘えん坊だった。

子供って本当に凄いな…目に入れても痛くないって本当なんだ。

小学生になって翼は更に可愛くなった、友達の日向くんと同じサッカークラブに入って活躍していた。

子供にしては凄く大人っぽくて、女の子がキャーキャーいっていた。

当人は気がついて無かったけど、翼、貴方は凄くモテているんだよ?

小学生位の女の子って恋愛に凄く一生懸命なんだよ、君の為だけにお小遣いでお菓子を買ってきたり、お洒落したりしているのよ。

翼、貴方はきっと大人になったら女たらしになるわね…どんな大人になるか楽しみだわ。

もう既にその片鱗はあるかもしれないわ貴方が【お母さんと結婚する】って言ったら、楓がね【お母さんは私の敵だ】とか言って暫く口を聞いてくれなかったのよ…全く妹迄かどわかしてどうするのかな?

はぁ~だけど子供って怖いわ、そのセリフだけで幸せを感じるんだから、今日は奮発してケーキを買ってくるわ。

お父さんが事業で失敗した…もうどうして良いか解らなかった…

お金がない、だから何時も私はお父さんと喧嘩していた。

「子供が2人も居るのよ、どうするの?」

「どうにかするから黙ってくれ」

あの人は何時もどうにかする、それだけしか言わない。

子供と一緒に居たいから、母さんは家で内職をしていたわ…

それでもお金が足りなくて…どうして良いか解らない。

愛する子供が唯一の…あれ、翼ってこんなだったっけ。

可笑しいな? 楓は可愛いままなのに、翼は…可愛く無い。

これは翼なのかな? 可愛くてカッコ良い翼…じゃない。

多分、借金返済で疲れているに違いない。

そうよ、そうじゃ無ければ、可愛い我が子を可愛く無いなんて思う訳が無いわ。

お父さんが亡くなった…私が事務所に行くと首を吊って死んでいた。

遺書には【幸せに出来なくて、すまない】そう書いてあった。

お父さんが死んで、楓が泣いている…その横で、翼なんでアニメみて笑っているの?

お父さんが亡くなったんだよ…ねぇ。

あんた…だれ。

お父さんは私達が困らない様に億単位の生命保険に入っていてくれた。

減額はされた物の、自殺の免責期間は過ぎていたから貰う事ができた。

これで、生活の目途はたった。

だが、翼が悪魔になり始めるのはこの頃からだった。

私の事をくそ婆と呼ぶようになり、楓をクソガキと呼ぶようになった。

何が起きたのか解らなかった…だが翼を見ればわかった。

落書きされた鞄や土で汚れた制服…虐めだ。

私は直ぐに学校に行って対処を求めたが学校側は《子供どうしの事》《やり返すように言っている》そう言うばかりで対処してくれない。

多分、翼が壊れてしまったのは《虐め》が原因だ、そう思っていた。

だから、翼が不登校になってもそのまま見ていた。

楓も同じだ。

学校から切り離す事で元の優しい翼に戻ってくれたら…そう思っていた。

だが違った、此奴はただのクズだった。

お父さんが亡くなった時も悲しみもしないし…葬儀や納骨にも不参加だった。

しかも、何もしないで部屋から出て来ない。

食事も態々部屋に持って行かないといけないし、良く癇癪を起す。

部屋から出てくれば、文句か金の催促しかない…余りに酷いので注意したら暴力を振るう様になった。

楓にまで暴力を振るう本当のクズになった。

そこまでして、親に暴力を振るい、妹を傷つけてまで買う物は大体がアニメの物が多い。

しかも、その中にはエロゲーやエロ漫画も含まれ…内容も見るに堪えない物も多い。

酷い者はどう見ても女の子が小学生にしか見えない物もあり、何時か犯罪起こすんじゃないか…本当にそう思った。

だから、距離を置くことにした。

働くようになった私は遅くまで働くようにして…楓には夜まで帰らない様に言いつけた。

幸い、親類の家が近くにあるし、良い友人も楓には居る。

最悪、この子だけでも親類の家に預ける事も視野に入れて考えていた。

少女が主人公のエロ漫画を読むような人間だ、妹に手をだしても可笑しくない。

何時から翼は…クズになってしまったんだろう?

最早、悪魔としか考えられないわ。

そんな翼が事故にあった。

最初、警察から電話を貰った時は《とうとう犯罪者になったのか》そう思った。

だが、話は違った、子供を助けて事故にあった、そういう話だった。

多分、昔の翼だったら飛んでいったと思う。

だが私はこの時に《死んでくれないかな?》本当にそう思った。

楓に一緒に病院に来るか聞いたら。

「あの人はお兄ちゃんじゃないから、行かない」そう言った。

その目は本当にどうでも良いと思っている..そう語っているのがはっきり分かったけど、私には何も言えない。

だが…家族ってズルい。

あんなに死んで欲しかった翼なのに…この姿を見たら涙が出て来た。

「意識を失っています…このまま意識が戻らない可能性もあります」

翼が…このまま。

母親って可笑しな生き物だ…さっき迄【死んで欲しい】そう思っていたのに涙が止まらない。

翼を跳ねた運転手と一緒にその会社の社長が謝っていたが…何を話したか解らない…

そんな事より翼の方が大切なんだ…心配なんだ..

私が居ても何も解らない、そんな事…知っている。

だけど、だけど…傍に居たいの…なんで、なんで…自分でも解らない。

翼の顔を見た。

久しぶりに見た翼の顔は…凄く不細工だった。

昔の面影は全く無い…ブタは可哀想ね、そうクマだわ、クマ。

体はどうしたのかな…ブクブク太って…。

そんな事しても効果はあるかどうか解らない。

暇さえあれば呼び掛けて、手足をさすってみた。

まるで死んだみたいに翼は動かない…

私の頭は可笑しくなったのかも知れない《悪魔みたいな息子でも良い、帰ってきて》

馬鹿だ…それは地獄だって解っている…なのに、なのに…それでも死んで欲しくない。

何時までたっても翼は目を覚まさない。

凄く悲しくて何時も泣いていた。

気がつくと今日も寝てしまったみたい。

だが、今日は何時もと違った。

翼が起きていて、私を覗き込んでいた…嘘。

「うう~ん…えっ翼、目を覚ましたの! 良かった、本当に良かった、凄く、凄く心配したんだから~」

涙が止まらない…本当に、本当に心配したんだからね。

「心配かけてごめんね」

翼は私の髪を優しく触っていた..何が起きたのかな? 目が優しく見える。

「翼?」

翼は私の顔に近づくと、何で..キスしてきた。

訳が解らない、翼は私をくそ婆と呼ぶ、その翼がキス?子供の時ならいざ知らず可笑しい。

だけど動揺を隠しきれない、私は母親、一体何が起きているの..

「ううん…翼?ちょっとごめんなさい」

翼がもし、キスをするとしたら、もしかして記憶を無くしたのかも知れない。

直ぐに医者を呼ばなければ。

生きてさえいてくれれば、目を覚ましてくれれば、そう思っていたのに今度は障害が気になった。

本当に馬鹿だ、ナースコールで呼べば良いのに、走っていた。

そのまま先生の手を引っ張り病室まできた。

「息子の翼が変なんです…私をまるで恋人の様に抱きしめて..そのキスしてきたんです」

翼、何で顔を真っ赤にしているのよ…こっち迄恥ずかしくなるわ。

「息子さんに彼女は居ましたか」

「引き籠りだったので居ない筈です」

翼が凄く優しい表情している様に見えるのは何故かな?

「そうですか? あの聞きにくい事ですが子供の頃に母親が好きだったんじゃないですか?」

「幼稚園に上がる前なら【お母さんと結婚する】っていってました」

何で真っ赤になるのよ、子供の時の事でしょう、そんな顔されたら母さんが恥ずかしいわよ。

「成程、それでお母さんは何と?」

「【大きくなったらね】そう言ったと思います、いやだ恥ずかしい」

言ってて恥ずかしくなるわ。

「それで解りました、恐らく事故による意識の混乱です…一時的に子供になってしまったんでしょう?」

「そう言う事ですか? それでそれは治るのでしょうか?」

「目も覚めた事ですし、直ぐに治ると思います」

「そうですか」

「君はどうだ? 少しは落ち着いたかな、記憶に混乱はないか?」

「何だか少し混乱しています」

「あんな事があったんだ仕方ない…休んでいれば大丈夫だ、深く考えないで」

「はい」

「しかし、翼…本当に大丈夫? まさか母さんにキスするなんて思わなかったわ」

「ごめん…意識が混乱している、だけど母さんが凄く愛おしく思えて、あの時は好きな気持ちが込み上げてきてた…ごめん」

「そうね…もうお父さんもいないけど、残念ね親子は結婚出来ないのよ…うふふっキスなんて何年ぶりかしら、嬉しいわ」

「そういう冗談は止めて…恥ずかしい」

子供ってズルいわよ…あれ程の事をされても、こんな事で許せてしまう。

此処に居るのは、そう【お母さんと結婚する】そう言っていた翼だ。

照れている顔も凄く可愛い…本当に不細工になったわね、だけどそれでも【愛おしい】なんて言われたら顔が赤くなるわ。

「うふふ母さん忘れないわ、こんな素敵なキスなんて…嬉しくて、嬉しくて涙が出ちゃう」

「どうしたの母さん」

「ううん、何でもないわ…でもね翼ちゃんが母さんって呼んでくれて凄く嬉しいのよ? そうだ母さんもお礼をしてあげる、ほらっチュッ…あははっ流石に口にはしてあげれないけど、親子だから頬っぺたで良いならまたしてあげる」

「ごめん、恥ずかしくて母さんの顔見れない」

此処に居るのは悪魔じゃない、私が目に入れても痛くない…そう思う最愛の息子なんだわ。

多分、事故に遭う前の翼ならキスなんてしたら、多分顔が変わる位に殴られる。

「そう」

翼が私を優しい笑顔で見ているわ…姿は不細工だけど、心はあの時の翼だ。

だけど…何でそんな目で見るのかな? 

幾ら何でもこんなおばさん、本当に好きになったわけ無いわよね? 母親だし。

本当に好きなのかしらね…だけど多分こんな感情は今だけよね。

混乱が治ったら、もう母親にこんなに甘えて来る事は無いでしょう…今だけ。

なら良いわ…うん。

「翼、はい、あ~ん」

私は翼に触りながらリンゴを食べさせてあげていた。

まるで恋人みたいね…顔を赤くしながら食べて本当に可愛いわよ。

「あ~んもぐもぐ」

「静流さん、俺は息子なんだよな…」

そうね、息子よ、だけど可愛いから良いわ記憶の混乱が収まるまではこんな関係も良いわね。

母さんねお父さんとお見合い結婚だし浮気もした事無いから恋愛ってした事無いのよ…

相手は息子…これは浮気じゃない、ちょっと過剰だけどそうね、親子で恋愛ゴッコしている様な物ね。

この位のスキンシップ親子でしても可笑しく無い筈よ…

「そうね、だけど、母さんの事好きなんだよね? これは母子のスキンシップ、別に良いでしょう?」

困った顔しているわね…ふふふ可愛いわ。

「静流さん」

「何でそんな呼び方するの..」

「いやこれは違うんだ..」

「何で、何で、母さんって呼んでくれたのに…やっとまた呼んでくれたのに…そんな」

私は涙が止まらなくなって気がついたら声を出して泣いてしまった。

此処が個室で良かった。

「あのさぁ、記憶が凄く混乱しているんだ」

「それとどう関係があるのよ! 翼~」

なにこれ? 顔を真っ赤にして何でうつむくのかな?

「母さんが、理想の女性にしか思えないんだ、母親じゃなかったプロポーズしたい位に」

目を合わせてこないわね…この子は恥ずかしい時に目を逸らす。

つまり、これは本気だわね

不味いわ、顔が凄く赤くなっているのが解る…耳も熱いわ。

本当に困った、息子からこんな事まで言われると思わなかった。

「そ…そういう事なの、少し困るけど、そう言う事なら仕方ないわ、これから頑張ってくれるなら【静流】って呼んでも良いわよ」

これで翼が喜ぶなら良いわ…だけど【静流】って何?

そんな呼び方母親にするのかな? 

私が翼って呼んで、翼が静流って呼んだら…どう見ても恋人か新婚夫婦じゃない。

困ったわ…まったく、翼は記憶の混乱が終わればそれで終わるけど…私は忘れないのよ?

母さんをそんな恋人みたいに扱ってどうするのよ?

しかも【頑張ってってなに?】私翼に何を頑張れって言うの? 

自分で言っていて解らないわよ、つい口をついちゃったけど頑張れば恋人みたいにして良いって事を許可したみたいじゃない。

何で私に隠れて体鍛えるのかな?

まさか、本当に頑張り始めたって事? えっ。

「あの静流さん、恥ずかしいから出てってくれないかな」

完全に異性としてとらえているのかな?

「先生に言われているのよ、倒れたら困るからちゃんと見ていて下さいって、本当なら母さんが一緒に入っても可笑しく無いのよ」

幾ら恥ずかしくても駄目..先生に言われているからね、うふふっ。

「静流さん、それは良いって本当に大丈夫だから」

「だ~め、ちゃんと体を拭かないとね、ほらじっとして」

翼はシャワーの後だから真っ裸..私はは服を着ているけど、ワザと抱き着くように体を拭いた。

本当に顔を真っ赤にしているわ…しかも少し嬉しそう。

こういう顔されるとつい抱きしめたくなる衝動に駆られちゃうわ。

「あのね静流さん、俺は…」

「知っているわよ!もう何回も聞いたから…私だって愛しているわ、だって貴方は最愛の息子だもん」

私は翼にどうしてあげれば良いんだろう?

明かに私のなかに息子としてじゃない、別の感情もある。

翼と同じ位愛している娘の楓が居なかったら何時流されるか解らないわ。

「だから、静流さん」

「うふふっ愛の形は違うけど、世界で1番母さんが好きな男性は、翼だからね」

今はこういう位しか出来ないわね。

「そう言えば、妹の楓はなんで、お見舞い来てくれないんだ」

「楓はちょっと、貴方と揉めていたから、多分きずらいのよ」

「ごめん、その辺りの記憶も無い…静流さんの子供だから、多分凄く綺麗なんだろうな…」

「母さんの子供って、そうね記憶が混乱しているんだもん…仕方ないわ、写真みてみる?」

「どうしたのかな? まさか楓ちゃんが好きになったのかな? 浮気するなんて母さん悲しいわ」

私は何を言っているのだろう。

今、私は楓に嫉妬したの?

今の翼は、私の理想の性格の息子になっているわ。

私は恋人みたいな息子が欲しかったのかもしれない、それは多分殆どの母親の夢だと思う。

だけど本当に息子が母親を好きで、これが一時的な物でなかったらどうなるのかな?

もし、こんな生活が続いたら何時か翼を受け入れてしまいそうで怖い。

過ちを犯しそうで怖い…

騎士は舞い降りた 奇跡が起きた 結果少女は
今日は退院の日だ。

ようやく、外の世界を見ることができる。

静流さんとほぼ二人っきりのこの生活も終わる。

此処からが本当の新しい生活の始まりだ。

「どうかしたの、翼?」

病室から出てみて解った。

この治療施設は王城以上に大きい。

翼の知識の中に、ビルという信じられない程大きな建物があったが、まさか自分がその中に居たとは思わなかった。

なんだ、これ、このガラス…くすみ一つなく外が見える。

これだけでも、元居た世界なら国宝級じゃないか。

しかも下を見たら、人間がまるで豆みたいに小さい、どれだけ高いんだよ。

あれが車か? 馬や竜に引っ張らせないで自動で走るなんて凄いな。

「いやぁ、景色が良いからついね」

《やはり記憶が混乱しているのね? まるで子供みたいにキョロキョロしているわ》

「やっぱりまだ記憶が混乱しているの…」

「ごめん..静流さん、かなり混乱している、だけどそのうち思い出して行くと思うから大丈夫だよ」

多分無理だ、俺は翼じゃない、だから俺は精一杯新しい人生で親孝行をしていく、それしか出来ない。

思い出の翼は【俺じゃ無いから】な。

「母さんこそごめんね、それじゃ母さん会計すましてくるから、此処で座って待っててね」

「解った」

椅子からして、なんだこれ、酒場も何処に行っても木の椅子で固かったのに、これはどんな材質なんだ、凄く柔らかい。

こんな椅子は貴族の家か豪商の家にしかない、しかもこの天井の高さも信じられない程高い…王城には確かに吹き抜けはあるが、こんなに高くない。

さっきの動く階段も、上下に動く部屋も見た事が無い…ここは恐らく、VIP専用の治療院じゃないか。

しかもこれ程の施設だ、前の世界で言うなら、聖教国にある様な施設に違いない。

だが、それにしても大きすぎる…しかも治療師がこれ程居るなんて、ラクーア様の言う通り、この国は信じられない程進んだ世界なんだと実感した。

「あの、すみません」

「はい?」

この人は誰だ、翼の知り合いなのか? 

何だこれは…この人も物凄い美人だ、ジョセフィーナ姫より美しい女性がこうも簡単に存在するなんて。

しかも静流さんに匹敵するほど美しい。

「あの、もしかして俺の知り合いなのですか? 何処かでお会いしましたか?」

知り合いの可能性も高い、こう答えて置けば問題ないだろう。

「実は、私はこの病院で看護師をしている高梨と申しますが、あの、あそこに居る綾子ちゃんがどうしてもお話ししたいと言うので、すみません」

高梨さんが指を指した先には、天使の様に可愛い女の子が居た。

多分、5~6歳位、髪の毛はくせ毛なのかな、カールが掛かっていて少し茶色、白い肌にピンクの唇。

こんな可愛い子供は見た事が無い…ブランド伯爵家に将来はジョセフィーナ姫みたいに綺麗になると言われていた、ルビナス嬢という凄い綺麗な令嬢がいたが、此処の子はそれより尚美しい。

「別に構いませんよ、母が事務手続きしていますが、混んでいるらしく、まだまだ会計やら手続きに時間が掛かりそうですから」

「ありがとうございます」

「それでどうして、綾子ちゃんは俺と話したいんですか?」

「あの子、実は体が弱くて入院していたのですが、今度手術を受けるんです」

それが俺とどうつながるんだ?

「それで、その綾子ちゃんが言うには、絵本の王子様を見つけたと言う物ですから」

そうか翼を知らない人間には認識阻害が機能してない。

という事であれば、俺本来の姿、セレスに見えている。

そう言う事か? 王子様というのはこそばゆいが、宮廷騎士だから、確かにそう見えても可笑しくは無い。

「そう言う事なら構いません」

直ぐに高梨さんは綾子ちゃんを連れてきた。

「お兄ちゃんは王子様だよね」

「違うよ」

相手は子供とはいえ嘘はつきたくない。

「そうか~絵本の中のエラン王子にそっくりだったんだけど、本当に王子様が居る訳ないよね、だけど、本当にそっくりなんだよ?」

綾子ちゃんに絵本を見せて貰った、しかし本当に綺麗な子だな。

懐かしいな、俺はジョブやスキルが無いのに騎士になったから、平民のそれも子供に人気があった。

こんな綺麗な子がその子達と同じ様にキラキラした目をしているんだ、夢を潰しちゃいけないな。

「綾子姫、俺は王子様じゃ、ありませんよ? ほら、王子様の横にいるじゃないですか? 騎士です」

「お兄ちゃん、騎士だったんだ」

「はい、綾子姫」

この世界には王族も貴族も居ない、なら普通の子を姫と呼んでも誰も咎めないだろう。

「綾子姫…えへへ本物のお姫様みたい」

この子は病気で苦しんでいた、そして今度手術するんだ、なら少し位の楽しい事があっても良いだろう。

俺は立ち上がった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「折角だから、少し騎士らしい事をしようかと、ご覧あれ」

宮廷騎士になる為に身に着けた儀礼の動きをしてみせた。

「お兄ちゃん、凄い、凄いなぁ~カッコ良くて、本当に綺麗」

「そうですか? 綾子姫の美しさには敵いません」

「本当? 綾子って本当に綺麗?」

「はい、正にルビーの輝きにも勝る程綺麗です」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「私はお兄ちゃんではありません..私の名は…(不味いこの世界にはスタンピード家は無い、どうしようか、これなら)天城翼、勇者から名前を頂いた騎士です」

「天城翼…かっこ良い」

「それじゃ美しい綾子姫、褒美を下さい、お手を」

「手を出せばよいのかな…はい」

俺は膝磨づき方膝をつき綾子ちゃんの手の甲にキスをした。

「私は騎士です、綾子姫が病魔と闘うなら我が剣は必ずや貴方を病魔から守ります、貴方が勇気を持って戦うなら必ず私の剣が貴方を守る事でしょう…辛い戦いだと思いますが、私の姫なら必ずや勝利をつかみ取ると期待しています」

「翼様…わたし、わたし、絶対に病気に負けないよ」

「うん、私の綾子姫なら大丈夫です」

俺はこの子が喜ぶように笑顔で笑ってみせた。

それから暫くして高梨さんが綾子ちゃんを連れていった。

これから検査をするそうだ。

「ばいば~い、翼様」

うんとっても可愛らしい笑顔だ。

周りの人間がこちらを見ていた。

そしてその中に静流さんがいた。

まさか知らない間にこんなに注目されているなんて思わなかった。

凄く恥ずかしい。

「翼っ、詳しい話はあとで聞くから、会計も終わったし帰ろう」

静流さんは顔が真っ赤だ。

「そうだね..うん」

静流さんに引っ張られそそくさと病院を後にした。

恥ずかしいからか、直ぐにタクシーに飛び乗って病院を後にした。

凄いな、馬車とは比べ物にならない。

【高梨SIDE】

病弱で、ずうっと小さい頃から入院している綾子ちゃんがロビーで騒いでいた。

「どうしたの綾子ちゃん」

「あっ高梨さん、凄いんだよ、あそこ、エラン王子が居るんだよ?」

綾子ちゃんが指さした先には、凄い美少年が居た。

何と言って良いか解らない、芸能人と比べても遜色のない、しいて言うならハリウッドのスターレベル。

アーサー王の物語で《ランスロット》の役が実に似合いそうな男の子だ。

多分、私以外も同じ様に思っていると思う。

あそこの女子高生、こっそりと写メ撮ったわね。

看護師の川村さんもガン見している。

綾子ちゃんはもっと小さい頃から入退院を繰り返しているから友達も居ない。

そんな綾子ちゃんが大切にしているのが、エラン王子の冒険という絵本だ。

確かに、その少年はエラン王子に見えなくもない。

綾子ちゃんはもうじき手術をする、成功率は30パーセントしかない。

その手術で失敗したら、この子はもう…

そう考えたら、私は居てもたってもいられるず、直ぐに少年の元に走っていた。

良い思い出になったら良いな本当にそう思った。

その少年は簡単に綾子ちゃんとの会話をOKしてくれた。

「お兄ちゃんは王子様だよね」

「違うよ」

話を合わせてくれても良いのに…そう思って見ていた。

「綾子姫、俺は王子様じゃ、ありませんよ? ほら、王子様の横にいるじゃないですか? 騎士です」

【騎士】そう言った。

凄く感謝した、これで綾子ちゃんに良い思い出が残る、そう思っていたら…嘘。

可笑しい、彼が騎士にしか見えなくなった。

確かに凄い美少年だけど、手足の動き一つ一つが本物の騎士にしか見えない。

幻覚の様に、ジーンズにトレーナーの彼がまるで鎧を纏い剣を持った騎士に見えてきた。

騎士が日本にいる訳が無い…だが目の前に居るのは騎士にしか思えない。

決して誇張じゃない…その証拠に周りの人間がその姿をうっとりした目で見ている。

ロビーでこんな事したら目立つから文句が出る筈だ、だけど誰もが見惚れていた。

煩い、婦長もが黙って見ている。

綾子ちゃんは【綾子姫】と呼ばれて顔を真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべている。

日本に騎士なんて居ない。

多分彼は俳優だ、それもきっと世界的な俳優。

昔、聞いたことがある、伝説に残る様なスターはただ演技するだけで、相手にその世界を見せる事ができるそうだ。

実際に薄汚れた何も無い劇場で、たった1人でボクサーの演技をした俳優が居たらしいが、見た観客には相手のボクサーとリングが見えた。

そういう逸話がある。

演技って凄い、毎日暗い顔で過ごしていた綾子ちゃんがあんなに笑顔になるなんて。

きっと名のある俳優に違いないわ。

天城翼さんか、ファンになっちゃったわ。

【静流SIDE】

見ていて痛々しい。

クマみたいな巨体で騎士のセリフを叫んでいる。

だけど、声はとても澄んでいるのね…セリフだけならカッコいいけど。

多分、これはアニメのモノマネね。

だけど、良い事だわ…あの女の子は喜んでいるんだから。

今迄、人に関わろうとしなかったあの子が積極的に人の為に何かしようとするなんて。

凄く恥ずかしいけど、最後まで見守ってあげるわ…

頑張っているわね、見ていて痛くて凄く恥ずかしくて、顔から火が噴きそうだけど、母さん我慢するわ。

だけど…翼、何でそんな恥ずかしい真似をしているの?

私が【頑張って】って言ったから。

その一言でもし変わったって言うなら、私は…どうしたらいいの?

【アフターストーリー】

とうとう手術の日が来た。

成功する確率は低いって事は…もう知っているよ。

死んじゃうかも知れない…知っているよ。

だけどね、私は戦わない訳にいかないんだもん。

私の事を【綾子姫】って呼んでくれた翼様。

綾子はお姫様だから、負けません…だから翼様、私を守って下さい。

「綾子ちゃん、時間だよ」

「高梨さん、今迄ありがとう」

《危ない手術なのに本当に落ち着いているわ、子供なのに》

「高梨さん、悲しそうな顔をしなくて良いよ? 私はこれから勝ちに行くんだから」

「綾子ちゃん」

「お姫様は負けないんだから!」

綾子の手術が始まった。

手術は12時間に及ぶ長い手術だった。

【綾子の心の中】

怖い、凄く怖いよ真っ暗だ此処何処。

「此処は暗闇の世界、これからお前は此処で暮らすんだ」

「嫌だ、嫌だよ~」

「お前はもう終わりだ、勝てる訳は無い、もう解っているだろう」

死神が鎌を持って迫ってきた。

もう終わりだ…私は死ぬんだ。

勝てる訳は無かったんだよ…30%しか助からないなら70%は死ぬって事だもん。

「手術は成功しましたが、どうやら体がもちませんでした…ご臨終です」

「そっそんなーーーっ綾子ーーーっ」

「娘が、娘がああああああっ」

【綾子の心の中】

「私は勝てなかったよ…死ぬしかないんだ」

「私の綾子姫はそんな情けない事は言いませんよ? ここから逆転しましょう! さぁ私が相手だ死神!」

「翼様」

凄い、あんなに怖かった死神が..もう怖くない。

私はお姫様なんだ、私の騎士が来てくれたんだから、もう怖がっていられない。

私の翼様は凄く強いんだからね。

凄い..

「止めだーーーっ」

あんなに怖かった死神を簡単に倒しちゃったわ。

「先生、綾子が綾子が今手を動かしました」

「そんな馬鹿な事…奇跡だこれなら助かる」

「先生」

「う~ん翼様」

「綾子、目を覚ましたのね、手術は成功よ良かった…本当に良かった」

「奇跡が起きたんだぞ、綾子お前は一回死んでいたんだ、一回死んだお前が蘇ってきたんだ、神様がきっと助けてくれたんだ」

違うよお父さん…私を助けてくれたのは【勇者の名前を持った騎士様】だよ。

病を克服した綾子は、今迄の遅れを取り戻すべき死ぬ気で勉強した。

そして名門私立に入学して、生徒会長となった。

姿こそ【平凡】だったが、その聡明さや仕草から、沢山の男性から告白を受けた。

だが、彼女はその全ての告白を断った。

「そうですわね、私の理想は剣一つでドラゴンや死神を倒せるような凛々しい方ですわ」

「そんな奴居る訳ない」

「そうでしょうか? 私は1人知っておりますわ…その方こそが私が心からお慕いする方なのです」

今日も綾子は断り続けている。

奇跡が起きたのはただの偶然かも知れない。

だが、その奇跡のせいで、真面にもう恋愛等、出来ない子に綾子はなってしまった。

謝罪
家に帰ってきた。

見た瞬間から違和感があった。

綺麗に整っている物の…冷蔵庫にへこみや家具は傷だらけだ。

中にはガムテープで止まっている物もある。

静流さんや楓がこれをやったとは考えにくい。

だったら、これをやった人物は1人しか居ない。

俺の記憶の中には【くそ婆】と母親を呼ぶ記憶がある。

妹を【クソガキ】と呼んでいた記憶もある。

なぁ…翼、お前…どうしてだよ…

俺はお前は嫌いだ、だがな心の底から【尊敬】はしていたんだよ。

苦しむ人々の為に剣を振るい、魔王すら倒したお前が…

女子供に手を挙げるクズだったのか?

知っているよ…

ジョセフィーナ姫や聖女様や賢者様以外にお前は醜い奴隷の子も側室に加えた。

そんな慈悲のある男だったんだよな。

皆から汚らわしいと言われた娼婦も敢えて側室にして守ったんだよな。

なぁ…そんなお前が何していたんだよ。

【王とは全ての人間を守るから王なんだ】

【貴族を名乗るならせめて領民位は幸せにして見ろ】

【騎士が振るう剣は人を守るためにある、誰かを傷つける物でない】

お前が言っていたんだぞ…

そんなお前がこれをやったのか?

何がお前を可笑しくした…お前は勇者だった。

入院だって女の子を守って怪我したんだろう…

なぁ…教えてくれよ..なぁ。

気がつくと涙が流れてきた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーっうわぁぁぁぁ」

「翼、貴方がやったんじゃないから、貴方がやったんじゃない、そう、貴方の中に居た悪魔がした事なのよ気にしないで良いわ」

優しく静流さんは抱きしめてくれた。

確かに俺じゃない、翼がやった事だ。

だが、今の俺は【天城翼】だ言い訳はしない。

責任は俺が返さなくちゃいけない。

ひとしきり泣いた後…瞬くして妹の楓が帰ってきた。

「お母さん、そいつが心を入れ替えたって本当」

「ええっお母さんは暫く様子を見てたけど、間違いないわ、優しかった翼に戻ったわ…記憶は混乱しているみたいだけど…」

《あのクズ人間がね…まぁ私はまだ信じられないな》

「あっそう、あんたが本当に心を入れ替えたならまず、やる事があるんじゃないのかな?」

しかし、これが楓、翼の妹なのか?凄く綺麗で可愛い…こんな子の手を挙げたんだ…

やる事は解っている、謝罪だ。

翼の知識の中にある最大の謝罪…土下座だ。

「本当に申し訳なかった」

直ぐに土下座をした。

「へぇー少しは変わったんだね、だけどさぁ…ちょっと」

「翼、もう頭をあげていいわ、ねぇ楓ももう良いでしょう?」

頭をあげる訳にはいかない。

謝罪とは相手が許すまでするのが謝罪だ。

俺は元は騎士だ、間違った事があれば誠意ある謝罪が必要だ。

相手が貴族や王族ならそこに命も含まれるのだ。

やったのは俺じゃない。

天城翼だ…

だが、天城翼は嫌な奴だが恩義はある。

俺や仲間の命を助けてくれた。

そして、世界を救ってくれた。

だったら、俺はこの世界の翼がやった事を代わりに責任位とってやらなくてはいけないだろう。

彼奴が来たから兄さんたち二人は死ななかった。

聖騎士にクルセイダー、翼が来てくれなければ、魔王討伐に加わった筈だ。

そして、場合によっては死んだかもしれない…

ならば、こっちの世界で彼奴がクズでも俺が彼奴の名前を落とす訳にはいかない。

「それって、何のポーズ、そんな事してもあんたは痛くも痒くもないよね、私や母さんみて、痣だらけじゃない」

「ちょっと楓、もう…」

「母さんは黙って、殴られたり蹴られたりしたから、こんな何だよ! 今はこれでもましな方なの、前は顔にまで痣があったんだから!」

そうだよな、只の謝罪じゃ駄目だ…少しは俺も痛い目に遭わないとな。

確か、翼の記憶なら…

「ちょっとあんた逃げる気?」

やっぱり嘘だったんだ、どうせ…えっ!

「お兄ちゃん、そのハンマーでどうするの…ごめんなさいーーーっ」

《嫌だ、死にたくない、こんなクズに…チクショウ…やっぱり此奴は悪魔》

俺はハンマーを振り下ろした。

「お兄ちゃん、何やって…」

「翼、翼いやぁぁぁぁぁぁっ」

「俺が静流さんや楓に酷い事した、それはもう変えられない、これでも反省はしたんだ…楓が俺が痛い思いをする事で気が晴れるなら、俺にはこんな事しか思いつかないんだ」

かなり鍛え込んだから、ハンマー位で殴らないと痛くないしな。

此処までしても本当の所は《手が痛い》その程度だ。

だが認識阻害の影響を受けている彼女達には、もの凄い絵面に見えている。

「赦して貰えるまで何度でも」

再びハンマーを振り上げた。

「お兄ちゃん、もういい、もういいから止めて~私が悪かったから」

「翼っ楓ちゃんも許してくれたわ、だからもうやめて」

「解った…楓は何も悪い事はしてないから謝る必要は無いよ、全部俺が悪いんだから、お兄ちゃんと呼んで貰えて嬉しかった…ありがとう」

「お兄ちゃん、医者にいきなよ…その手」

「大丈夫だから、俺は悪い事していたんだ、この手の痛み位我慢するさ」

「翼、絶対に病院に生きなさい」

「これは駄目だ、けじめみたいな物だから」

少し赤くなっているだけでそこ迄痛くないんだから医者にはいかない。

「本当に頑固ね、解ったわ母さんが手当してあげるわ、その代わり可笑しくなったら絶対に直ぐに医者に行くのよ!解ったわね」

「解った」

《兄妹って本当にズルいな、あんなに暴力振るわれてこれでチャラなんだから、だけど今のお兄ちゃんに言っても仕方ないよね…記憶が混乱して昔の優しいお兄ちゃんに戻っちゃったんだから、ハンマーで殴るならあの時の奴を殴りたい。いまのお兄ちゃんは見た目は豚みたいにデブのままだけど、優しそうな気がする、まさかあんな事までするなんて思わなかったよ…でも戻るなら外見も昔みたいに痩せてくれないかな…》

しかし、この世界は凄いな、魔法石も使わないで火も水も使える。

何よりトイレが凄い、汚物を水で流せて更に尻迄洗うなんて、どうなっているんだ。

そしてテレビだ…なんだこれは人が映って喋っている。

翼の知識としてあったけど実際に見ると感動だ。

暫くして静流さんがご飯を作ってくれた…きれいで優しくて、料理が上手いなんて凄いな、正に理想の女性じゃないかな。

楓もそうだ、料理の手伝いをしている。

「静流さんは料理まで上手いんだ、凄く美味しい」

「お母さん、静流さんってお兄ちゃんどうしたの?」

「それも後で話すわ..」

《よく考えたら…私も楓って呼ばれているよ…あれっ》

「楓が作った卵焼きも凄く美味しい…本当に我が妹ながら可愛いし料理が旨くて、凄いね」

「あははっお世辞は良いよお兄ちゃん…私が不細工なのは自分でも解っているからさぁ」

「そんな事無いよ、楓より綺麗な女性なんて殆どいないと思うよ、兄妹じゃなければプロポーズしかねない」

「お兄ちゃん、私はもう許したから、お世辞は良いよ」

「それも後で話すからね楓」

「俺はお世辞なんて言わないよ、多分俺は世界一幸せで、世界一不幸かもな、こんな綺麗な家族と暮らせる幸せと家族だからプロポーズ出来ないんだから」

静流さんが母親で楓が妹なのが凄く残念だ、こんな美人はそうは居ない。

食事の後は静流さんがお茶を入れてくれた。

俺の家では余りこういう時間を過ごして無いから凄く心地良い。

「翼、病み上がりで疲れたでしょう? 今日はもう休んだら」

「そうだよお兄ちゃん、休んだ方が良いよ」

「そうだね、そうさせて貰おうかな」

俺はそのまま部屋に入った。

勇者天城の部屋か? 少し気になるな…いや期待して裏切られる可能性もある。

何だこれは…呪われているぞ..この部屋は。

明日、起きたら掃除が必要だ。

何かが変わり始めた

朝起きた。

まだ日が出る前だから、この部屋の整理からしよう。

まずは、此処にある【呪われた顔をした人形】から整理だ。

ゴミ袋のある場所は解かっているから静流さんや楓を起こさない様に持ってきた。

これをフィギュアと呼んで翼は大切にしていたみたいだが、俺には関係ない。

確かにこの人形、体は凄くスタイルが良いが、顔が呪われたみたいに目がでかい物が多い。

首吊りの刑を執行されて死ぬ時の人間より目がでかい物のが多い。

気持ち悪いから全部廃棄だ。

壁に貼ってあるポスターも同じく剥がして処分だな、翼ってどんな趣味しているんだ。

本も何で、目がでかい気持ち悪い男が同じく目がでかい気持ち悪い女を愛しているなんて物ばかりなんだ?

しかも肉体関係までしている物もある。

翼は異種相姦物が好きなのか?

変態すぎるぞ…それとも何処かに目が大きいこんな種族が居るのか?

話は良い物語りもあるが、全部廃棄だ。

女性の水着姿の写真集があるが….これは捨てられないな。

この世界は凄い…静流さんや楓は物凄い美人だが…それ以上がまだ居るなんて、信じられない。

まぁあくまで写真集だから、案外空想の存在かも知れないが。

処分するのはこんな物で良いか…

カーテンを開き窓を開けた…入ってくる風が心地よい。

日課となるトレーニングを開始した。

病み上がりだと思われているから、外は走らない方が良いだろう。

家の中で出来る簡単な物を2時間程した。

こんなんじゃ体がなまってしまう…少ししたら静流さんに話しして体を鍛えさせて貰おう。

そうだ、勉強、翼は学生だったな。

教科書は何処だ…嘘だろう【さっぱり解らない】この世界の学問は前の世界と比べられない位レベルが高い。

学園をトップで卒業した俺がさっぱり解らない…悲しくなってきた。

これもまた静流さんに相談だ。

情けなくて嫌になる。

せめて冒険者ギルドでもあれば、少しは貢献できるがこの世界には無い。

毎日、オークやオーガを狩ってくれば静流さんや楓に少しは恩返しができるがそれすら出来ない。

これでやる事は決まった。

学力の向上に体の鍛え直し、そして労働その三つだ。

幸い、もうすぐ夏休みだ、何故か静流さんはまだ夏休み前なのに【そのまま夏休みあけまで学校を休んで良い】って言っていた。

休みが終わるまで迄に授業に追いつける位の学力は欲しい。

リビングに降りて来た。

まだ静流さんも楓も寝ている。

今迄の事は俺がしたんじゃ無い、天城翼がした事だ、だがそんな事は静流さんも楓も知らない。

許されたとはいえ、マイナスからのスタートなのは間違いない。

これから少しずつでも信頼を回復して行くしかない。

まずは掃除だ、騎士と言えば花形職業だが新人や見習い騎士の仕事は下働きも含まれる。

俺は見習いは成績優秀だから許されたが、新人には違いなかった…だから得意だ。

家の中の掃除を完璧に仕上げる…特にトイレ掃除と風呂掃除、床掃除はしっかりとする。

道具は違うが逆に全て優れている。

掃除機をかけてから、全部しっかり拭き上げる、そしてトイレとお風呂もピカピカにと。

流石に寝ている、2人の部屋はそのままだが、これでよし。

意地の悪い先輩騎士には《綺麗だっていうなら舐められるだろう》そういう奴もいたが今の状態なら舐められる。

洗濯は…流石に出来ないな、女性なのだから、下着もあるし嫌がるだろう。

だから次は料理だ…冷蔵庫にある鶏肉を塩焼きにした、卵は目玉焼きにして塩を振って、パンを焼いてこれで良い筈だ。

そろそろ、2人も起きて来る筈だ。

「翼…掃除してくれたの? 凄く綺麗になっているわ、驚いた」

「お兄ちゃん、掃除もそうだけど、あの玄関にあったのお兄ちゃんの宝物でしょう?」

「ああっ、ああいうのはもう卒業しようと思って」

「もう、本当に買わないのね、なら母さんが売ってきてげるわ、買った時は高かったんだから捨てちゃうのは勿体ないから」

「そう、なら静流さんに任せるよ」

「それじゃ、母さんまだ有給消化中だから今度行ってくるわ」

「それより、朝食も作ったから2人とも顔洗ってきなよ」

「翼が作ってくれたの? 母さん楽しみだわ」

「お兄ちゃん、料理出来たの」

「まぁ静流さんには到底敵わないけどね」

それより、2人とも何て恰好しているんだ…静流さんはネグリジェで下着が透けて見えるし、楓はタンクトップに下はズボンもはいて無いから下着が見える、それが可愛らしい黄色…これは肉親、これは肉親…うん俺は大丈夫だ。

「あと、2人とも、そのそう言う恰好は凄く目の毒だから押さえてくれると助かる…」

「あっ…あははは、そうねごめんね翼、母さん気をつけるわ、だけど翼は見たく無いの?」

「あの..本当に困るから」

「はいはい、気をつけるわ」

「あのお兄ちゃん何を言っているの? 兄妹なのよ気にする事無いよね? お兄ちゃんだってよくパンイチで居たじゃない?」

《少し前のクズ兄(私命名)の時は身の危険を感じたから気をつけていたけど、今のお兄ちゃんなら別に良いじゃん家族なんだし》

「いや」

「いやじゃ無くて、まさかお兄ちゃんは妹の下着に興奮する変態じゃないよね?」

「楓は確かに妹だけど、凄く可愛いし綺麗だと思う、静流さんもね…」

「ななな..」

《何言い出すのよ..母さんも横で顔赤くしないで》

「凄く可愛くて綺麗な美少女の楓がそんな恰好で居られると、ちょっと目のやり場に困る」

《ちょっと、待ってこれがお母さんが言っていた事…昔のお兄ちゃん所じゃないってこういう事? 可愛い? 美少女?やめてよ顔が赤くなってくる》

「ハァハァ..解ったよお兄ちゃん、今度から気をつける」

《これ逆の意味で大変なんじゃないかな? 前は身の危険を感じたけど、今度は自分が流されそうで怖い、見た目がオークマンのあだ名通り今は不細工だから良いけど、もし、昔の様に痩せたお兄ちゃんに言われたら、踏みとどまれる自信はないよ…だって目が凄く綺麗なんだから》

【楓SIDE】昔のお兄ちゃんとも違うかもしれない。
今日彼奴が帰ってくる。

悪魔の様な彼奴が…

彼奴は本当に悪魔だった。

私が小さい頃は自慢のお兄ちゃんだった。

外見はそんなにカッコ良くは無い…まぁ私も器量がそんなに良い方じゃないから同じだけど。

でも何とも言えない癒し系な存在だった。

彼奴の友達の日向さんがスターだとすれば、彼奴は、癒し系。

簡単に言うなら恋人には向かないけど【こんな人と結婚したら幸せだろうな】そう思わせる安心感がある。

だから、派手な女の子は日向さんを好きな子が多いが、地味な感じの女の子には彼奴は凄く人気があった。

私の初恋の相手は…彼奴だ、彼奴がお母さんに告白した時に解った、私はお母さんが嫌いじゃない、寧ろ仲が良かったと思う。

だけど、彼奴が【お母さんと結婚する】と言った瞬間から、暫くお母さんが嫌いになった。

人生最大の汚点としか言えない…あの悪魔の様な男が初恋なんて、今となってはあり得ない。

小学校の時はあんなに優しく素敵だったのに…中学に入ってから、オタクになっていった。

サッカーを辞めて、部屋でお菓子食べながらアニメを見る様になり、あんなに良かったスタイルは最早見るに耐えなくなっていた。

彼奴は「デブじゃないぽっちゃりだ」と言い張るが…いやもうデブだから。

まだこの頃は、理想のお兄ちゃんでは無いけど、まだお兄ちゃんだとは思っていた。

だが、此奴はどんどん悪魔になっていった。

彼奴をお兄ちゃんと思えなくなったのは、お父さんが死んだ時だ。

お父さんが死んでお母さんと私が泣いているなか、彼奴はアニメを見て笑っていた。

しかも、うちが凄くお金が無くて苦しいのに、彼奴はお母さんの財布や貯金からお金を盗んで漫画やゲームを買っていた。

家族全員が知っているよ…馬鹿だよね、お金が無くなって、物が増えていればそいつが犯人だ、誰でも解るのに。

この頃には【お兄ちゃん】が嫌いだった…だがそれでもまだ家族だと思っていた。

クズ兄ちゃん…クズだけどお兄ちゃん….それが近いと思う。

暫くして、クズ兄ちゃんは学校で虐められる様になった。

当たり前だよ、どう見てもブクブク太って豚みたいだし、幾らお母さんや私が言ってもアニメを見たりPCを見ていてお風呂に入らない…デブで不潔でフケまで出ている…普通にみんなから嫌われるって。

【いい気味だ】

本当に思った。

だが、それでもまだ、この頃はクズ兄ちゃんだった。

此奴が悪魔に変わったのはこの虐めが進んだ時だった。

毎日の様に怪我や鞄に悪戯書きをされていた。

偶に、涙ぐんでいる事もあった。

【いい気味だ】

普通は虐めにあっていたら可哀想とか同情するかも知れない。

昔は私も虐めは絶対に【虐めている奴が悪い】そう思っていた。

だが、クズ兄ちゃんを見ていると私はそうで無いと思う様になった。

だって、性格が悪くて、不潔でデブで醜い…自分からそうなった人間…一方的に【虐めている人が悪い】とクズ兄ちゃんに関しては言えないと思う。

自分では何一つ努力しない、そのくせに人を小ばかにする、そして不潔でデブ。

こんな人間嫌われて当然じゃん。

少なくとも、私やお母さんの言う事を聞いていれば【不潔】じゃない。

人を小ばかにしなければ嫌われない…人に嫌われる要素を自分から纏っているんだから嫌われて仕方ないよ。

だから【虐めは必ずしも虐めている人が悪い】そうは思わなくなった。

だって、家族が死んでもなんとも思わない人間で心も体も醜い人間なら嫌われてしょうがないんじゃないかな?

お母さんは【虐められないように】と学校に何度も足を運んだけど。

無理だって…だって妹の私から見て気持ち悪いんだもん。

学校側は「やり返さない奴が悪い」「子供同士の事」そんな風にいって取り合わなかった。

まぁ、あの高校じゃそうだよね? 

だって体育会のノリなんだから…だけどこれもクズ兄ちゃんが悪い。

勉強しないでアニメや漫画ばかり、だからそこの学校になったんだよ。

ちゃんと勉強していれば、もっと真面な高校に行けたんだからね。

虐めが元で学校に行かなくなったクズ兄ちゃんは部屋に引き籠る様になった。

「うるせーよ、くそ婆ぁーーーっ飯は部屋で食うって言っているだろうがーーっ」

「食事の時位、下に降りてきなさい」

あはは..もうクズ兄ちゃんでも無いや…タダのクズだ。

お母さんをくそ婆って呼ぶし私はクソガキ。

家から出ないクズは、何も出来ない癖に人を見下し、暴力を振るう。

やれ菓子を買って来いと言ったり、漫画を買って来いだって…しかもお金も払わない。

本当のクズだ。

それはどんどん酷くなっていた。

妹にエロゲーやエロ漫画買って来いって…最早クズを通り過ぎて悪魔だよね。

しかも買って来ないと癇癪起こす。

なんで私があんたのおかず買いに行かなくちゃいけないのかな。

中学生の女の子がエロ本買うなんて恥ずかしくて仕方ないよ。

まぁ、近所の皆が貴方の事知っているからさぁ…変な目で無く同情してくれるから良いけどね。

私は可愛く無くてついていたよ。

もし可愛かったら犯されていたかも知れない。

それは母さんも同じ。

まったく、熟女物からロリコン物まで満遍なく読むんだから変態だよね。

小学生から母親がヒロインの物…しっかり私やお母さんも対象内じゃん。

キモイ….

しかも偶に私の部屋に勝手に入ってきて、写真みたり、勝手に私のスマホ見て。

「この子可愛いから紹介して」だって。

馬鹿じゃ無いの? 昔のお兄ちゃんなら考えたかも知れないよ…悪魔に友達は紹介出来ないよ。

暴力振るって犯されでもしたら堪ったもんじゃない。

「紹介出来ない」

そう言ったら、人のスマホを叩き付けて壊した。

もう悪魔以外の何者でもないよね…

だけど、その女の子、友里恵ちゃんはね、小さい頃はお兄ちゃんが好きだったんだよ…笑える。

もしあんたが中学でも頑張ってサッカーを続けていたら紹介なんてしなくても、勝手に友里恵ちゃんは告白したんじゃないかな?

昔、友里恵ちゃんはあんたにバレンタインにチョコレートをあげた事もあるよ…まぁチビだった時だから200円位の、ただ友里恵ちゃんのお小遣いは月300円なんだから…本命チョコなのにあんた気がつかなかったんだよ。

笑えるよね、あんたがクズになってもギリギリまで友里恵ちゃんはあんたが好きだった。

まぁ好きだった男の子がキモく成ったら落ち込むよね。

暫く泣いていたよ…まぁ今は彼氏持ちだけど。

暴力から逃げる様に私やお母さんは夜まで帰らない様にした。

お母さんは万が一を考えて、親類に私を預けることも視野に入れているようだ。

そんな悪魔になった様なクズが車に敷かれた。

【死んでくれないかな】

本当に思った…

子供を守って敷かれたって…あははは、間違いだって、多分小さな女の子に悪戯でもしようとして敷かれたんじゃないの?

あの悪魔が、良い事なんてする筈ないって。

クズは意識不明の重体。

お母さんはお見舞いに行かないのか聴いたけど…行くわけ無い、当たり前だよね。

暫くしてクズは目を覚ました、お母さんは喜んでいたけど私は不安で仕方ない。

また悪夢の始まりかと思った。

だが、お母さんは…毎日喜んで通っていた。

「楓、楓奇跡が起きたのよ、お兄ちゃん…翼が帰ってきたの、あの優しいお兄ちゃんが帰ってきたの」

興奮して何をいいだしたのか解らない。

暫く話を聞いていると…記憶が混乱していてクズは昔の様になっているらしい。

一瞬、昔の優しかったお兄ちゃんを思い出したが…あのクズが改心したと思えなかった。

お母さんはこの頃から、少し変になった気がする。

髪をしっかりと整えて、お化粧もする様になった。

そして、クズが可笑しくなる前の様によく笑う様になった。

「うふふっ翼がね」

クズに会うのではなく恋人に会う様な感じに出かけていく。

もし、これがお父さんが生きている時なら不倫を疑ったと思う。

最近では質素だけど、白いブラウスに黒いタイトスカートを良く着ている。

一見清楚に見えるがスカートにはスリットが入っていてブラウスは胸元が大きく開いている。

しかも、そこから覗くブラは…紫だった。

お母さんはもしかしたらクズではなく、男でも出来てお見舞いの後にデートでもしているんじゃないかな? そう思う位母には見えなかった。

お母さんはお兄ちゃんを産んだのが21歳だから、今は37歳だ…クズの持ってる漫画のそんなヒロインも居た気がする。

帰ってくるのが遅い…朝は9時から出て行って遅い時は8時、お見舞いには長すぎる。

「翼がね」「翼が凄く優しいの」「翼が」

あのクズがそうなるなんて思わないよ。

気がついたら、明日にはあのクズが帰ってくる。

笑顔のお母さんに対して私は憂鬱で仕方ない。

「翼は天使なの…可愛いわ、楓も許してあげて…」

まさか…あのクズは童貞を捨てたがっていた…まさか母さんとしたのかな..流石にそれは否定したいよ。

だけど、我が母ながら…最近妙に色っぽい。

今迄ベージュのおばさん下着しか履いて無かったのに…最近は赤や黒、紫、まさか勘弁してよ。マジで。

お兄ちゃんが帰ってきた。

私が家に帰った時…クズはお母さんに抱き着き泣いていた。

何があったのか解らないが、少し様子が違う。

「お母さん、そいつが心を入れ替えたって本当」

「ええっお母さんは暫く様子を見てたけど、間違いないわ、優しかった翼に戻ったわ…記憶は混乱しているみたいだけど…」

あのクズ人間が変わった…私には信じられない。

「あっそう、あんたが本当に心を入れ替えたならまず、やる事があるんじゃないのかな?」

このクズは謝ったりしない、そう言う確信があった。

中学のあたりから一度も謝らない。

家族はおろか外で問題を起こしても..それで私も母さんもどれだけ困った事か。

「本当に申し訳なかった」

直ぐに土下座をしていた、本当に信じられない。

一瞬目を疑った。

だが、こんな物で私は許す気はない。

「へぇー少しは変わったんだね、だけどさぁ…ちょっと」

「翼、もう頭をあげていいわ、ねぇ楓ももう良いでしょう?」

お母さん、何で勝手に許そうとしているの?

散々殴られたり蹴られた事は忘れたの?

階段から突き落とされた事は私は忘れられない..

「それって、何のポーズ、そんな事してもあんたは痛くも痒くもないよね、私や母さんみて、痣だらけじゃない」

「ちょっと楓、もう…」

「母さんは黙って、殴られたり蹴られたりしたから、こんな何だよ! 今はこれでもましな方なの、前は顔にまで痣があったんだから!」

お母さんと違って私はそう簡単に許せないよ。

「ちょっとあんた逃げる気?」

やっぱり嘘だったんだ、どうせ…えっ!

嘘、私追い詰め過ぎちゃったの、ハンマーなんて持って..まさかそれで殴ったりしないよね、やめて。

「お兄ちゃん、そのハンマーでどうするの…ごめんなさいーーーっ」

嫌だ、死にたくない、こんなクズに…チクショウ…やっぱり此奴は悪魔ーー。

何時までたっても痛みが来ない、私はゆっくりと目を開けた。

嘘だ、お兄ちゃんの手が手が…

「お兄ちゃん、何やって…」

「翼、翼いやぁぁぁぁぁぁっ」

お母さんは泣き叫んでいた..だってお兄ちゃんの手が血だらけだから…もしかして骨も折れているかも知れない。

「俺が静流さんや楓に酷い事した、それはもう変えられない、これでも反省はしたんだ…楓が俺が痛い思いをする事で気が晴れるなら、俺にはこんな事しか思いつかないんだ」

嘘でしょう..そんな

「赦して貰えるまで何度でも」

お兄ちゃんは再びハンマーを振り上げた。

嘘でしょう、まだ自分の手を殴るつもり…そんな事したら二度と手が使えなくなっちゃうじゃない。

「お兄ちゃん、もういい、もういいから止めて~私が悪かったから」

「翼っ楓ちゃんも許してくれたわ、だからもうやめて」

「解った…楓は何も悪い事はしてないから謝る必要は無いよ、全部俺が悪いんだから、お兄ちゃんと呼んで貰えて嬉しかった…ありがとう」

怖いの半分とお兄ちゃんの覚悟を見た気がする。

今迄あんな顔したお兄ちゃんを見た事は無い。

目が笑ってない…多分あのまま許さなければ、手が潰れるまで今のお兄ちゃんは手を殴り続ける…そんな気がしてならない。

「お兄ちゃん、医者にいきなよ…その手」

「大丈夫だから、俺は悪い事していたんだ、この手の痛み位我慢するさ」

「翼、絶対に病院に行きなさい」

「これは駄目だ、けじめみたいな物だから」

けじめ…そこ迄反省していたんだね。

今だって手から血が流れている…しかも白い物が見えている、あれは骨かも知れない。

いくら言っても…お兄ちゃんは病院に行こうとしない。

本当に変わろうと思っているんだね…疑ってごめんなさい。

「本当に頑固ね、解ったわ母さんが手当してあげるわ、その代わり可笑しくなったら絶対に直ぐに医者に行くのよ!解ったわね」

「解った」

兄妹って本当にズルいな、あんなに暴力振るわれてこれでチャラなんだから。

だけど今のお兄ちゃんに言っても仕方ないよね…今のお兄ちゃんは昔の天使の様なお兄ちゃんなんだから、まぁ姿は豚、は悪いか..豚さんみたいだけど。

いまのお兄ちゃんは見た目は豚さんみたいにデブのままだけど、優しそうな気がする、まさかあんな事までするなんて思わなかったよ…でも戻るなら外見も昔みたいに痩せてくれないかな…そうしたら嬉しいな。

「静流さんは料理まで上手いんだ、凄く美味しい」

「お母さん、静流さんってお兄ちゃんどうしたの?」

「それも後で話すわ..」

よく考えたら…私も楓って呼ばれていた様な気がする。

「楓が作った卵焼きも凄く美味しい…本当に我が妹ながら可愛いし料理が旨くて、凄いね」

「あははっお世辞は良いよお兄ちゃん…私が不細工なのは自分でも解っているからさぁ」

「そんな事無いよ、楓より綺麗な女性なんて殆どいないと思うよ、兄妹じゃなければプロポーズしかねない」

「お兄ちゃん、私はもう許したから、お世辞は良いよ」

「それも後で話すからね楓」

「俺はお世辞なんて言わないよ、多分俺は世界一幸せで、世界一不幸かもな、こんな綺麗な家族と暮らせる幸せと家族だからプロポーズ出来ないんだから」

《お母さんこれ…何かな?》

《うふふっ、優しい翼が帰ってきたのよ》

いや…お母さんこれ、昔のお兄ちゃんじゃないよ?

流石に此処までマザコンやシスコンじゃないよ…信じられないけど、本気で言っている。

そんな気がしてならない。

「翼、病み上がりで疲れたでしょう? 今日はもう休んだら」

「そうだよお兄ちゃん、休んだ方が良いよ」

「そうだね、そうさせて貰おうかな」

お兄ちゃんが部屋に帰った後お母さんと話した。

「あの、お兄ちゃんどうしたの? 優しくなったのは解るけど」

「凄いでしょう? 多分神様が奇跡を起こしてくれたのね? 凄く優しくて家族思いで素敵なお兄ちゃんでしょう?」

「確かにそうかも知れないけど…」

可笑しいな、兄妹の愛情じゃ無く、まるで恋人を見る様な目で見ている気がするのは私の錯覚なのかな?

前とは別の意味で不味い気がする。

お母さんの様子は、完全に息子を見る母親の目じゃない気がする。

どちらかと言うとお父さんを見る目、それも若い時にイチャイチャしていた時のお母さんに見える。

あの派手な下着から考えるとあながち否定もできないよ。

「もう、安心して良いと思うわよ」

「あのさぁ…まさかお母さんお兄ちゃんと変な事していない?」

「別にしてないわ」

嘘でしょう…何で顔を真っ赤にしているのよ、直ぐに否定してよ。

嫌だ聞きたくない。

「まさか…違うよね、お母さん」

「大丈夫よ、親子の一線はまだ超えていないわ」

まだ…冗談やめてよ! 

「お母さん」

「違うわ、あのね本当に翼は理想の息子になっちゃったのよ…母さん、恋人に間違えられる様な仲の良い息子が欲しかったからね」

「そう言う事…良かった」

「うん、今の翼は、外見は兎も角、中身は凄くそれに近いわよ」

あの、豚みたいに太ったお兄ちゃんが…あり得ない。

「あははっまさか」

「信じないなら良いわ、多分楓も思い知る事になるから」

「流石に無い無い」

その日はそのまま部屋に帰り寝た。

次の日起きたら…お兄ちゃんは起きていた。

家中ホントにピカピカ…まぁお兄ちゃんは壊した痕跡はそのままだけど。

「翼…掃除してくれたの? 凄く綺麗になっているわ、驚いた」

それより、玄関に置いてあったフィギュアが気になった。

あれはお兄ちゃんの宝物だ…以前一体壊したら、グーで顔面殴られた。

それがまるで捨てるゴミの様に置いてあった。

横には漫画やエロ漫画、アニメDVDも置いてある。

「お兄ちゃん、掃除もそうだけど、あの玄関にあったのお兄ちゃんの宝物でしょう?」

「ああっ、ああいうのはもう卒業しようと思って」

もう疑いようはないよね、あれを手放すなら、本気なのが解る。

「もう、本当に買わないのね、なら母さんが売ってきてげるわ、買った時は高かったんだから捨てちゃうのは勿体ないから」

「そう、なら静流さんに任せるよ」

「それじゃ、母さんまだ有給消化中だから今度行ってくるわ」

確かに高い物もあるからね…捨てちゃうのは勿体ないよね。

だけど、本当に興味が無い様にしか見えないな…別人みたい。

「それより、朝食も作ったから2人とも顔洗ってきなよ」

「翼が作ってくれたの? 母さん楽しみだわ」

「お兄ちゃん、料理出来たの」

「まぁ静流さんには到底敵わないけどね」

えーとお兄ちゃん、料理は出来ないよね、お皿は洗った事はあるけど、ラーメンやインスタントのカレーしか作っているの見た事無いよ。

どんな料理作ったのかな。

「あと、2人とも、そのそう言う恰好は凄く目の毒だから押さえてくれると助かる…」

「あっ…あははは、そうねごめんね翼、母さん気をつけるわ、だけど翼は見たく無いの?」

「あの..本当に困るから」

「はいはい、気をつけるわ」

「あのお兄ちゃん何を言っているの? 兄妹なのよ気にする事無いよね? お兄ちゃんだってよくパンイチで居たじゃない?」

少し前のクズ兄ちゃんの時は身の危険を感じたから気をつけていたけど、今のお兄ちゃんなら別に良いじゃん家族なんだし。

って、何でそんなに顔を真っ赤にしているの? お母さんと私だよ? グラビアアイドルじゃないしさぁ…くそ婆とかクソガキって言っていたよね? 興味何て無いはず…まさかね。

「いや」

「いやじゃ無くて、まさかお兄ちゃんは妹の下着に興奮する変態じゃないよね?」

「楓は確かに妹だけど、凄く可愛いし綺麗だと思う、静流さんもね…」

「ななな..」

何言い出すのよ..母さんも横で顔赤くしないで、そんな事言われると凄く恥ずかしいんだけど。

やだ、この格好パンツが見えるじゃない。

「凄く可愛くて綺麗な美少女の楓がそんな恰好で居られると、ちょっと目のやり場に困る」

ちょっと、待ってこれがお母さんが言っていた事…昔のお兄ちゃん所じゃないってこういう事? 可愛い? 美少女?やめてよ顔が赤くなってくる…こんな事言われたら、こっちが恥ずかしくなるよ。

扱いが悪いのは最悪だったけど…扱いが良すぎるのも怖いよ、何でだろう顔が見れなくなる、そんな事言うから何だか胸が苦しくなるじゃない。

「ハァハァ..解ったよお兄ちゃん、今度から気をつける」

これ逆の意味で大変なんじゃないかな? 前は身の危険を感じたけど、今度は自分が流されそうで怖い、見た目がオークマンのあだ名通り今は不細工だから良いけど、もし、昔の様に痩せたお兄ちゃんに言われたら、踏みとどまれる自信はないよ…だって目が凄く綺麗なんだから…

しかも、偶に何でか凄くカッコ良く見えるから怖いよ。

お母さんと一緒に買い物に出かけた。

お母さんは大人気ないと思う。

「あれお母さんはパジャマ買わないの?」

「お母さんは良いから、楓は好きなの3枚位買ってよいわ」

ああ言われたから可愛らしいパジャマを選んだら…その後お母さんは高級寝具コーナーでシルクのパジャマを買っていた。

まぁ養って貰っている私じゃ文句言えないけどね。

「楓、これは翼ちゃんには内緒だけど…隠れて凄い筋トレしているわよ」

「本当?」

お兄ちゃんがもし痩せたら、私やお母さんはどうなるんだろう、まぁ良いやその時考えよう。

一歩踏み出す前。
気を許した途端にこれだ。

「あの静流さんと楓に聞いて貰いたい、お願いがあるんだけど?」

今迄のは伏線だったのかな?

きっと何か欲しい物があって、今迄猫被っていたんだ。

好きな声優のコンサート代金…引き籠りの癖にあれだけは良く行っていたよね。

それともゲーム機。

そう言えば、少し前にVRゲームがやりたいから高級PCが欲しいって言っていたよね。

お母さんはニコニコ笑っている。

「翼、何が欲しいのかな? 言ってくれるかな?」

少しお母さんの顔が暗い顔になった。

「言いずらいんだけど、体を鍛えたい、勉強が全く解らないから勉強がしたい…あと働きたいからバイトして良いか…あと木刀が欲しい」

「それだけ?」

「そうだけど」

お母さんが急に明るくなった。

お兄ちゃん疑って悪かったよ…そうか、確かにお兄ちゃんが立ち直る為には必要だよね。

確かにお兄ちゃんはオークマンってあだ名がつく位のデブだもんね。

隠れて一生懸命筋トレしているけど、それじゃ追いつかないもんね。

勉強だってそうだ、引き籠りのお兄ちゃんには必要かも知れない。

バイトと木刀は解らないけど…

「お兄ちゃん、ちゃんと将来の事考え始めたんだね」

「そうね、そう言う事なら良いわ、相談に乗ってあげるわ…あと翼これ、はい」

「静流さん、これなに?」

「翼の人形や本を売ったお金よ」

何でお兄ちゃん驚いているのかな。

【翼SIDE】

「これがあれを売ったお金なんだ」

「そうよ、あれは翼の物なんだからこれは翼の物よ」

「それじゃ一旦受け取って、はい静流さん」

俺はお金を封筒ごと静流さんに渡した。

「あの翼、それはどういう意味..なのかな」

「どうもこうも無いよ、この金は静流さんにあげるって事」

「翼どうして、貴方の物を売ってきたお金だから、これは翼の物よ」

何となく解かってしまった。

通りすがりに楓の部屋をつい見てしまったら俺のへやと違って凄くシンプルだった。

多分、あれが高価だとするなら、翼が癇癪して無理やり買わせた物の可能性が高い。

「ごめん、俺は記憶が混乱しているから自信がない、だけどあれは俺が無理をして買って貰ったんじゃないのか? だからこのお金は返したい…もし違うなら俺が壊した家具や家電の買い替えの足しにして欲しい」

《正直家は保険金のお金でそこそこ裕福だ、昔と違い私も友達と一緒に会社を立ち上げ副社長として収入も年収で3000万はある。家具をこのままにしていたのは、翼が買っても直ぐに壊す、そう思っていたからだ、まぁ収入があると解かったらあの時の翼は死ぬまでニートで暮らしそうだから【お金がない】事にしていた》

「そう、だったらこのお金は母さんが貰うわ、そうね、このお金に母さんがお金を足してあげるから、家具や家電は買い替えましょう…それでこの件は終わり、翼はこれで家具を弁償したからもう負い目を負わなくて良いわ」

いや、この金は元は静流さんの物だからそれは違う。

「だけど、静流さん、それは」

「この話は終わり、翼偶には母さんの言う事も聞きなさい! 良いわね」

「解ったよ」

元の世界の母様を思い出した…この顔をした女性はまず意見を変えないだろうな。

だから了承するしかない。

「それで、これで翼は働かなくて良くなったと思うんだけど、それでも働くのかな?」

静流さんも楓も女性なんだから、少しは力になりたい。

「静流さんも楓も女性だからね、男は俺だけだだから、養ってあげると言えないのがカッコ悪いけど、少しは力に成りたい」

「そう、気持ちは解った、だけど翼はまだ学生なのよ? 学生の本文は勉強だから…もしその気があるなら、そうね勇気を出して夏休みが終わったら学校に行きなさい…もし無理なら転校に備えて勉強をしなさい、今の翼に仕事があるとしたら学校に通う事だわ」

「お母さん、それはお兄ちゃんには」

「楓、翼は男の子なのよ、何時かは家族を持って守らなくちゃいけない時があるわ、だから必要なのよ」

「解ったよ、とりあえず勉強も頑張るし、夏休みが終わったら学校に絶対に行く、約束するよ」

「そう、なら後は勉強だけね、そうねどの辺りから解らないの」

本当は言いたくないけど…

「すみません…全部です」

「そうね、相当の期間怠けてきた物ね、今まさにそのつけが来たのね」

それは俺では無い…

だが、この世界の勉強は前の世界と比べ物にならない。

「その通りだと思います…すいません」

「反省しているならそれで良し…そうね楓は、凄く頭が良いのよ、楓に中学の部分は教わると良いわ、翼は高校1年生、楓は中学2年生だけど楓は進学校だから充分教えて貰えると思うわ」

「お母さん、それはちょっと」

《中学生に高校生が教わるなんてお兄ちゃんが可哀想すぎるよ》

「大丈夫、楓が教えられる範囲を越えたら私が教えるわ、こう見えても母さん大卒なんだからね」

「楓、静流さん、迷惑かけてごめん、宜しくお願い致します」

「まぁ仕方ないよお兄ちゃん、これから頑張るなら手を貸すよ」

「ありがとう」

静流さんも楓も凄く優しいな、こんな俺に手を貸してくれるなんて。

「後は体を鍛えたいのよね、それなら近くにスポーツクラブのジムがあるわ、確かパンフレットがあるから、そこが良いかな? 凄く安いから今度体験で行ってみたら? もし気に入ったな毎月の会費は母さんが払ってあげる」

「何だか悪い気がする」

「何言っているのかな? 母さん昔の翼に戻ってくれるなら何でもするわよ…これで後は木刀だけよね? そんなに欲しいの? まぁ良いわ、今の翼なら悪用しなさそうだから買ってあげる」

「何だか本当に静流さんにも、楓にも申し訳ない」

「良いのよ、気にしないで」

【静流SIDE】

私も楓も、自己嫌悪に陥った。

「お兄ちゃん、本当に変わろうとしているんだね」

「そうね、最初にお願いがあるって聞いて、母さん疑っちゃったわ、凄く腹がたっちゃった、この数日間凄く良い息子に戻ってくれたのに本当は嘘だったんじゃないかな…欲しい物があるから媚を売っていたんじゃないかなって」

「仕方ないよ、前のお兄ちゃんなら確実にそうだもん」

「だけど、違ったわ、お金を返してきて、未来に歩こうとしている、本当に翼は変わろうとしているんだわ」

「うん、私もそう思うな」

「母さんもう決めたわ、もう二度と翼を疑わないって…」

「そうだよね…頑張ろうとしているんだから疑っちゃだめだよね」

「うん、翼に頑張ってカッコ良くなって貰ってお母さんは絶対にデートして貰おう」

「お母さん…まさか道踏み外したりしないでよね」

「何言っているのかな? 息子とのデートを楽しみにしているだけよ…ほら翼が痩せたら若い頃のお父さんに似ているからね」

「そう、それなら安心だよ」

《ようやく悪夢が終わったのに…今度は私もお母さんも何だか別の事が心配だよ…お兄ちゃん良くなりすぎ!》

妹を助ける
取り敢えず、静流さんや楓には黙ってリハビリをしなくちゃいけない。

リハビリは体じゃなくて頭だ。

どうも、翼の知識というのがあてにならない。

だから、外出をしながら、この世界の常識を覚えないといけない。

流石に外に出る事までは心配されない。

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい翼」

「行ってらっしゃいお兄ちゃん」

ただこれだけの事で2人とも嬉しそうだ。

天城翼は本当に酷い奴だったんだと心底思う。

多分、挨拶も真面にしない奴だったんだろう。

実際に近所で挨拶したら訝しむ人や小言をいう人ばかりだ。

「おはようございます」

「ああっおはよう、余りお母さんを悲しませちゃ駄目よ」

「はい、気をつけます…」

「そうそう、人間素直にならないと」

「はい」

「おはようございます」

「はい、おはよう…何だ天城の子倅か..今日は外に出るのな、あまり家族を泣かせちゃいかんよ」

「はい、気をつけます」

多分、これはまだ良い方だと思う。

本当に嫌いなら多分無視される筈だ。

ここから挽回するしかないな。

やる事は凄く多い。

その中で急務なのはやはり、頭だ。

昨日、早速楓に勉強を見て貰ったら落ち込むしか無かった。

楓は物持ちが良くて、小学生の教科書や中学生の教科書が揃っていた。

この世界の学問は前の世界とは比べ物にならない位難しい。

6年+3年+3年、小学校、中学校、高校とこの辺りまでは殆どの人間が勉強するそうだ。

本当に勉強をしない人間でも6年+3年、中学までは義務教育といい、どんな貧しくても受ける権利がある。

話を聞いて信じられなかった。

前の世界では貴族でもない限り学校なんて通わない。

しかも学校って事なら貴族や王族でも3年しか通わない。

12年なんて勉強はそれこそ、アカデミー等、一生学問につく事が無ければしない。

この世界の学問は凄く奥が深い。

貴族としてのマナーや、領地の勉強や、騎士になる為の法律…何も役に立たない。

楓に言われてしまった。

「お兄ちゃん、やっぱり、脳に障害があるのかも知れないよ? 小学生の低学年の問題も解らないし、首相の名前も解らない…徳川家康も解らないんじゃ、そうとしか考えられない」

「確かに、そうかもしれない、混乱しているんだ、ただこれは静流さんには内緒にしてくれないか?」

「どうして?」

「これ以上心配を掛けたくないんだ」

「それは解るけど…」

「それじゃ10日間、10日間だけ猶予をくれ」

「解ったよ」

楓を拝み倒して、10日間の猶予を貰った。

小学校の6年生までの教科書や参考書は楓が貸してくれたから死ぬ気で勉強するしかないだろう。

色々考えながら、歩いて15分。

目的のジムがあった。

本格的なジムではなく、トレーニング機器だけがあり、勝手に使って良いというシステムだった。

トレーナーも予約しないとつかないで、離れた事務所にいる。

説明書きが貼ってあり、読んで見たが何か物足りない。

余り、これじゃ体が鍛えられない気がしたので、簡単に一通り見た後に見送る事にした。

そのまま歩いているとビルを作っている工事現場があり「土木作業員募集」の看板があった。

少し見ていると、重い物の移動等、案外体を使う仕事みたいだ。

体を鍛えるならこちらの方が良いかも知れない。

少し話を聞いたら、募集をしているそうだ。

「まぁ、人手不足だから募集は何時もしているけど、学生なら親御さんの許可が必要だよ」

そう言うので、募集チラシを貰った。

買い物もして見たくて、コンビニでジュースと肉まんを試しに買ってみた。

お金を払う時に、店員をみたら…凄い美人だ。

あれっ…嘘だろう、この世界には【美人】しか居ないのか…

騎士の時の癖で顔を極力見ない癖がある。

貴族や目上の者を見ることを俺の世界では【尊顔】と言い余り行ってはいけない。

その為、家族以外は極力顔を見ないで胸元から上、喉辺りを見ていた。

だが、この世界では【しっかり顔を見て話すのが礼儀】と楓に言われたから、今日は普通に見ていたら…

男は普通に不細工な存在も居るのに…女性には美しくない女性は居なかった。

流石に年寄りは別だが、それでも品が漂っている。

目にした女性で、ジョセフィーナ姫より劣る様な女性は殆ど居なかった。

【これが、天城翼の世界】まるで女神の如き女性しか居ない世界。

前の世界で、この世の何処かにピーチ国という天女が住む場所があると言う伝承があるが、正に此処がそうだったのかも知れない。

公園で座りベンチに座り、肉まんを食べながらジュースを飲みながら辺りを見た。

やはり、そうなんだと痛感した。

子供を連れて歩くお母さん、仕事の途中なのか急ぎ足のお姉さん、掃除をしている女性…全てが美しかった。

これだけ居れば、もしかしたら一人位は俺の事を好きになってくれる…訳は無いな。

俺を見ると驚いた顔で足を止める位だ。

【通行人SIDE】

「あの子、凄い美形…うっ子供がいなければ」

「あれって、ハーフなのかな? 凄く綺麗…眼福だわ」

「きっとあれだけのイケメンだもん、彼女位いるよね」

そしてヒソヒソと何か話している。

多分悪口だろう。

暫く公園で休んでいると…楓が他の女の子と一緒に歩いていた。

声を掛けようと思ったが、嫌われている可能性もある…止めた方が良いだろう。

楓の他に三人いるがどうも様子がおかしい。

全員、凄く可愛いが…なんか様子が可笑しい。

「お前、何すましているんだよ?」

「なぁ、凄く迷惑かけている事が解らないのか?…あん?」

「そうそう、だから私達に税金納めてくれないかな?」

まさかトラブルなのか?

俺は木に隠れて様子を見ることにした。

「私、別に京子ちゃん達に迷惑かけたこと無いよ…」

「楓のお兄さんが迷惑かけているんだよ」

「お兄ちゃんは京子ちゃんには関係ないでしょう?」

「そうだけど? だけどクラスメイトが豚を飼って居るから凄く迷惑なんだよね」」

「あんたの知り合いだから、飼育係の友達って事で、妹が嫌な思いしているから、迷惑料頂戴」

「払えよなぁ」

これは明らかに虐めだ。

しかも俺が原因。

すぐに飛び出した。

「家の妹が何か迷惑掛けたのかな?」

「お兄ちゃん…」

「相変わらずキモイな、本当に豚みたいだ、ほら見ろ、こんな奴見せられたら凄く迷惑だってーの」

「…おい、此奴が、天城翼なのか?」

「そうですよ、本当にキモイですよね、茜さん」

《お前等…黙れよ、喋ったら殺すかんな?》

《姉ちゃん?》

《茜さん?》

困った、男ならぶん殴って黙らせれば良い。

だが、俺は犯罪者で無いなら女には手を出したくない【女には優しく】そう家族から教わったから。

「すみません、確かに俺は見苦しいかも知れません、腹が立つなら俺は幾ら文句言われても構いません、だが妹は関係ないので許して貰えませんか?」

「うふっ、なに言っているんですか? 貴方が見苦しい訳無いじゃ無いですか~凄く凛々しく見えますよ」

「茜さん、なに言っているんですか? 此奴は天城翼…オークマンですよ」

「豚みたいで性格まで悪いっ」

「京子、久美子、ちょっと黙れ! あっ 翼さん、私何時もは怒鳴ったりしないんですよ? 誤解しないで下さいね…だけどよそ様の子に手をだしたから怒っているだけですからね…楓ちゃんだっけ? もう大丈夫だから、もし京子や久美子に何かされたら言ってね、こいつ等どつくから」

「お姉ちゃん」

「茜さん」

《わたし…だ.ま.れって言ったよな?》

《…》

《…》

「うちの妹たちって、ちょっとやんちゃで困って居るんですよ? 姉として本当に困っちゃうんですよね、もう馬鹿させませんので安心して下さいね翼さんに楓ちゃん」

「何だかスミマセン、仲裁に入って貰って」

「いえ、良いんですよ、家の妹たちが馬鹿やってたのを止めただけですから」

「本当に困っていたんですよ、妹が困っていたから仲裁に入った物の、相手は女の子…どうして良いか解らなくて、本当に助かりました」

「女の子?」

《キメー》

《豚、マジキメー》

《黙れって言ったよな》

「相手が男だったら拳で語り合えば良い…だけど綺麗な女性にそんな事は出来ないから、本当に仲裁してくれて助かりました」

「綺麗って、俺..じゃない私の事ですか?」

「その金髪染めているのかな? 凄く長くて風になびいていてキラキラして凄く綺麗ですよね、それに凄く痩せていてスレンダーって言うんですか? スタイルも素晴らしくて、天使みたいですね」

《ぷっ、あたっているな、確かにお姉ちゃんは天使》

《うん、レディースの血みどろ天使》

《お前等…まじ殺す》

「そうですか? 翼さんみたいな人に、そんな事言われたら困っちゃいます…」

《これの何処がオークマン、豚野郎なんだよ、大方喧嘩にでも負けた男が腹いせに流した噂かなんかじゃねーのか? どう見ても王子様キャラだろうが…お前等のせいでマイナススタートじゃねーか…本当に使えねー、マジムカつくわ…まさか私の好み知っててやってんのかよ》

「それじゃ、これで妹と一緒に行って良いですか? 名残惜しいですが、そろそろ家に帰らないと」

「私も残念ですが…こいつ等にはキッチリ言っておきますから、安心して下さい」

「それじゃ、これで行きますね、有難うございました…ほら楓もお礼」

「ありがとう」

「あっそうだ、私、今泉茜って言います」

「茜さんですか、本当にありがとうございました」

茜さんか、一緒になって楓を虐めるのかと思ったけど仲裁に入ってくれるつもりだったんだ。

本当にかっこ良くて良い人だな。

【茜の家】

「おい、京子ふざけんなよ!何がオークマンだよ」

私は今無性に腹が立っている。

嘘をつかれるのが本当に嫌いなんだよ。

だから、妹の友達の久美子も家に連れて来た。

二人には事情を聞かないといけない。

京子の胸倉をつかんで軽くビンタした

「痛い、お姉ちゃん止めてよーーーっ」

「茜さん…なんで京子にビンタするんですか? 何も」

「うるせーよ、何で黙っていたんだよ? 私が男が欲しいって言っていたのに、あんな極上の男の存在をなんで黙っていたんだ、ふざけんなよ」

「「極上の男…?」」

「天城翼さん、言わなきゃわからねーのかよ!」

「お姉ちゃん、あんなのが良いの」

「オークマンですよ」

「誰がオークマンだ…あんっ、翼さんの事そんな風に呼ぶのは私が許さねーっ マジ、今度そんな事言ったら、木刀嫌って程背負わせるかんなーーっ」

「「わ、解りました」」

《まさか、お姉ちゃんがデブ専だったなんて》

《茜さん…マジっすか》

「今後、楓ちゃんを虐めるのも禁止なぁっ…もしやったらジッポで髪の毛焼くかんなっ」

「解りました」

「解りました」

「解れば良いんだ、解ればな」

あんなドストライクの男に出会っちまったらどんな顔していれば良いかわかんねーよ。

【勇者SIDE】お前が死んで困るのは俺だ
俺の名前は天城翼。

女神にこの世界に導かれてきた。

誰もが知っている言い方をすれば【異世界転生の勇者】これが解りやすいと思う。

元は引き籠りでニートだった俺が事故に遭いそうになった少女を助け、この世界に来た。

凄いだろう?

正にライトノベルやアニメの主人公だ。

話を聞くと、その通りの話だった。

ただ一つ違ったのはもう、この世界に戻れない事だけだ。

勇者になって帰って来る事が出来なくても、問題は無い。

家族はくそ婆とクソガキだけだし、学校でも虐められるだけ…こんな世界こっちから要らない。

しいて言えば復讐が出来ない、それだけだ。

俺は勇者として召喚され、チートと誰もが羨ましがる容姿を手に入れた訳だ。

だが、此処からが話は違っていた。

俺は魔王を倒し、この世界では美女と名高いジョセフィーナ姫や聖女に賢者をも手に入れた。

どうだ、羨ましいだろう?

本当に羨ましいならやろうか。うん本当にやるよ…チートもこの容姿も纏めて。

いや、真面目に貰って下さい…その世界に戻してくれくれるなら代わってやるよ…

この屋敷も女も名誉も全部あげるからさ…戻してくれないか?

無理だって、そうだよな、だってあんた神じゃないもんな..

だけど、ブスは3日で慣れるというけどさぁ…全ての女がブスだと慣れないぞ。

早く、10人子供を作って隠居生活したいんだが..無理..立たないんだ。

そればかりか、酷い時には吐いてしまうんだ..

此奴らが性格が悪ければまだ良かった…だけど、凄く性格が良いんだ..それがまた悲しい。

特に、ジョセフィーナ…此奴は相思相愛の婚約者から引き離した、恨まれても仕方ないのに、尽くそうとしてくれている。

一応はこの中では一番真面だ..それでも気持ち悪いけど、まだ真面。

世界で一番美しく綺麗なジョセフィーナ姫、それがどんなレベルか…

お前の周りで一番不細工な女を思い浮かべて、あっ流石にジョセフィーナ姫レベルなら人間な架空じゃなくて良いぞ。

そいつとどっこいどっこいだ。

俺は子供が出来たら婚約者のセレスに返してやるつもりだったよ。

彼奴は凄い美少年だったし、このブスが本当に好きそうだった。

わざわざ屋敷迄きたんだ、好きなのは解ったしな…ブスだけど。

だから何も罪に問わない様に頼んだ..なのに国を出ていく事になり、盗賊に殺されやがった。

ふざけんなよ! 勇者の俺が罪に問うなって言ったんだ、ちゃんと聞けよ。

死なれて困るのは..俺なんだぞ!

俺はさ、どうにか頑張って10人子供を作って、彼奴に詫びるつもりだったんだ。

当たり前だこんなブス達に一生付きまとわれたく無いよ…

どうにか子供を10人作ったら

「女神に頼まれ子を設ける必要があった」

「本当に済まないが俺は魔神を警戒しなくてはならぬ、から旅立たなくてはならぬ」

そんな事いって立ち去れば良い。

この世界で美人である聖女や女魔導士やメイドに少女..俺のブスハーレムを譲るつもりだったのに…何で死ぬんだよ..セレス。

それで、お前にとって美女ハーレムが手に入って俺はこのブス軍団とお別れWINWINだろうに..

押し付けるチャンスが無くなったじゃないか…皆に聞いたよ、お前凄い人気者じゃん、イケメンだし性格も良いんだってな。

案外こいつ等ブスなのに男の好みは煩いんだよ、何時も《傷物にしたんだから責任とれ》《一生添い遂げて貰います》《生涯愛しますわ》

普通に嫌なんですけど…

流石にセレスが死んだ日はジョセフィーナは泣いていたな..気持ち悪い女だが心が痛むんだよ。

初めて此奴を抱いた翌日にはセレス、セレスって泣いていた。

だけど、俺は悪くない「そう思う」だって俺が来なければこの世界は魔族に滅ぼされた。

だが、俺が来なければ、お前は恋人も失わなかったし死ななかった。

魅力のチートを俺が貰わなければお前は幸せだったのかも知れない。

このブス達も幸せに暮らしていたかもな。

この世界は本当に悪意に満ちている。

俺が嫌いなのか? あの女神は何を考えているんだ。

食事も旨いし気候も良い…なのに女だけが最低なんだ..

絵画から彫刻まで醜い女しかいない..今までは前の世界の女で抜いてきたが最近では記憶が薄れてきた。

ボーイズラブに走れたらそう思ったが、俺には無理だった。

彼奴らと美少年…不細工でもまだ女の方が良いみたいだ..幾ら美少年でも無理だった。

だから、最近、勇者の権限でちょっとした奇習をバラまいた。

「勇者様の世界では男も乳首を隠すんですか」

「ああっこちらにしたら可笑しな風習だと思うがな」

これを地道に流行らせた結果、男が裸になっても女と同じ様にブラジャーのような物をつける風習をつくれた。

これで、風呂やプールに行って下さえ見なければ脳内変換して一部の男が貧乳美少女に見えなくもない。

虚しいな…

もう高望みはしない、普通でも良い、地味子でもいい、一人で良いんだ、平均的な女の子に会わせてくれ

そうしたら、俺の栄光なんて全部やるよ…

※ 勇者の話は大体後2話で終わる予定です。

  本編は続きます、次の勇者の話で勇者の転移した世界がある程度解る様にします。

【楓SIDE】 もう怖くないよね

お兄ちゃんは本当に元のお兄ちゃんに戻ってくれた。

それが本当に解った。

今泉京子に川村久美子は私の中学では知らない者はいない不良だ。

久美子ちゃんはまぁ腰巾着みたいなもんだけど、京子ちゃんは違う。

お姉さんに県下最強女ヤンキーと呼ばれている、今泉茜さんがいる。

鬼神姫という大きな暴走族の幹部をやっていて滅茶苦茶怖い。

噂では総長に成れるのに「あっメンドクサイ事は嫌いだから、お前が仕切れ」と自分から辞退。

それだけなら解るが、気に入らないと現総長を平気でボコる。

今の鬼神姫の総長の前歯が無いのは口答えした総長を茜さんがボコった際に折ったなんて話もある。

京子ちゃんはその妹って事もあって実質中学を牛耳っている感じだ。

私の中学に不良は京子ちゃんと久美子ちゃん以外は居ない。

何故なら、京子ちゃんと揉めた時に茜さんが出てきて全部血祭りにした。

だから、うちの中学には男子も含め、不良は京子ちゃんと久美子ちゃんしか居ない。

その為やりたい放題だ。

先生も、京子ちゃんが絡むと弱腰で何か相談しても相手にしてくれない。

茜さんは高校で体育教師を跳ねたという話もある。

それは冗談ではなく本当の事で、下半身不随で辞めた柔道の有段者の体育教師がいた。

しかも、警察に訴えたくても実家にまで大勢のヤンキーが毎晩来ていたから、被害届けも出していない。

その先生には奥さんも子供もいたから、諦めるしかなかったんだと思う。

そんな、京子ちゃんの白羽の矢が私に当たった。

多分、誰でも良かったんだと思う、お金を何時でも貰えるATMが欲しかった。

そんな所だ。

夏休みなのにいきなり公園に呼び出された。

しかも15分以内にこないとボコるっていう乱暴な電話だ。

今迄京子ちゃんや久美子ちゃんと接点は無い。

だけど、もし行かなかったら…夏休み明けから地獄が始まる。

私はお兄ちゃんが虐められていたのを見た。

ああなったらもうお仕舞だ。

絶対に耐えられない…

行かないという選択肢は無かった。

行ってからは最早恐怖しかなかった。

「お前、何すましているんだよ?」

「なぁ、凄く迷惑かけている事が解らないのか?…あん?」

「そうそう、だから私達に税金納めてくれないかな?」

京子ちゃんと久美子ちゃん以外に最も恐ろしい人がいた。

茜さんだ…

「私、別に京子ちゃん達に迷惑かけたこと無いよ…」

「楓のお兄さんが迷惑かけているんだよ」

「お兄ちゃんは京子ちゃんには関係ないでしょう?」

「そうだけど? だけどクラスメイトが豚を飼って居るから凄く迷惑なんだよね」」

「あんたの知り合いだから、飼育係の友達って事で、妹が嫌な思いしているから、迷惑料頂戴」

「払えよなぁ」

お兄ちゃんが走って来ている。

嘘、助けにきてくれたの?

だけど、不味いよ…お兄ちゃんが来たからってどうしようもないよ。

「家の妹が何か迷惑掛けたのかな?」

「お兄ちゃん…」

「相変わらずキモイな、本当に豚みたいだ、ほら見ろ、こんな奴見せられたら凄く迷惑だってーの」

「…おい、此奴が、天城翼なのか?」

「そうですよ、本当にキモイですよね、茜さん」

ほら、一緒に絡まれるだけだって。

「すみません、確かに俺は見苦しいかも知れません、腹が立つなら俺は幾ら文句言われても構いません、だが妹は関係ないので許して貰えませんか?」

お兄ちゃん、凄いな。

怖がらないで冷静に話しているよ。

茜さんが怖いのはお兄ちゃんだって知っているよね。

「うふっ、なに言っているんですか? 貴方が見苦しい訳無いじゃ無いですか~凄く凛々しく見えますよ」

「茜さん、なに言っているんですか? 此奴は天城翼…オークマンですよ」

「豚みたいで性格まで悪いっ」

「京子、久美子、ちょっと黙れ! あっ 翼さん、私何時もは怒鳴ったりしないんですよ? 誤解しないで下さいね…だけどよそ様の子に手をだしたから怒っているだけですからね…楓ちゃんだっけ? もう大丈夫だから、もし京子や久美子に何かされたら言ってね、こいつ等どつくから」

「お姉ちゃん」

「茜さん」

「うちの妹たちって、ちょっとやんちゃで困って居るんですよ? 姉として本当に困っちゃうんですよね、もう馬鹿させませんので安心して下さいね翼さんに楓ちゃん」

何だか私もお兄ちゃんそっちのけで何だか揉めている。

しかも可笑しな事に茜さんがまるで猫を被った様に笑みを浮かべながらお兄ちゃんに話している。

元の話を知らないお兄ちゃんは、茜さんに感謝の言葉を言っていた。

「何だかスミマセン、仲裁に入って貰って」

「いえ、良いんですよ、家の妹たちが馬鹿やってたのを止めただけですから」

「本当に困っていたんですよ、妹が困っていたから仲裁に入った物の、相手は女の子…どうして良いか解らなくて、本当に助かりました」

「女の子?」

「相手が男だったら拳で語り合えば良い…だけど綺麗な女性にそんな事は出来ないから、本当に仲裁してくれて助かりました」

「綺麗って、俺..じゃない私の事ですか?」

「その金髪染めているのかな? 凄く長くて風になびいていてキラキラして凄く綺麗ですよね、それに凄く痩せていてスレンダーって言うんですか? スタイルも素晴らしくて、天使みたいですね」

お兄ちゃん怖くないの?

しかも、昔ならいざ知らず、お兄ちゃんそんな事がなんで言えるの?

そんな気の利いた事…思えば最近は言えていたよね。

「そうですか? 翼さんみたいな人に、そんな事言われたら困っちゃいます…」

「それじゃ、これで妹と一緒に行って良いですか? 名残惜しいですが、そろそろ家に帰らないと」

「私も残念ですが…こいつ等にはキッチリ言っておきますから、安心して下さい」

「それじゃ、これで行きますね、有難うございました…ほら楓もお礼」

「ありがとう」

「あっそうだ、私、今泉茜って言います」

「茜さんですか、本当にありがとうございました」

正直何がなんだか解らない…茜さんが何だか優しそうに話している。

しかも、気のせいかお兄ちゃんに気がある様に見えるのは気のせいだろうか?

茜さんは面食いで有名だ。

間違ってもお兄ちゃんは対象にならないだろう。

だけど、もっと可笑しいのはお兄ちゃんだ。

紫の特攻服きて、バリバリのレディースの恰好をした茜さん相手に怖がらないで普通に話すなんて、信じられない。

これが、虐めで登校拒否したお兄ちゃん…変わり過ぎだと思うな。

茜さん見て怯えないなら…もう虐めなんて怖くないよね。

その日の夜、京子ちゃんと久美子ちゃんから連絡があり、どうしても逢いたいとりんねで連絡があった。

また何かされるのかと警戒して居たら..直ぐに電話が掛かってきて…

「お願いします、もう絶対に虐めないし、何かあったら逆に守るから助けて、そうじゃ無いと私、お姉ちゃんに殺されちゃう」

仕方ないから次の日に会う事にした。

「来てくれてありがとう、本当に今迄ごめんね」

「私もごめん」

今迄なんて何もされていないし、偶々同じクラスだっただけで付き合いなんて無かったよね?

だから、【京子さん】て呼ばなくちゃいけないのか【京子ちゃん】で良いのか悩んでた位だよ。

「余り、京子ちゃんとの付き合いは無かったじゃない? 酷い事もされていないから謝る必要もないと思う」

「そうだね、それじゃ取り敢えず、昨日の事はご免ね」

「私もごめん、ゆるしてね」

「それはもう良いよ、もう終わった事だし」

京子ちゃんも久美子ちゃんも頬っぺたが凄い腫れているから…

何か言えないよ、多分凄くビンタされたんだと思う。

「良かった、それじゃお願いがあるんだけど良い?」

「まさか、お金とか言わないよね?」

「そんな事言わないよ…あのオーク、じゃ無かった、翼さんは恋人とか居るのかな?」

一瞬お母さんって出そうになったけど、あれは違うよね、多分。

「居ないと思う」

「良かった…これからも又翼さんの事教えて」

「助かった、彼女が居たら茜さんまたブチ切れそうだし」

「何で」

「それは言えないけど、まぁ情報お願い」

「頼んます」

「別に良いけど…」

「「それじゃ、これから頼むね」」

二人は笑顔で去っていったけど…正直何がなんだか解らない。

お兄ちゃんを茜さんが好きになった…そんな訳無いよね。

茜さん、面食いだし。

俺の日常
天城翼は勇者だった。

この世界ではクズの様な人生を送っていたが、俺の世界では勇者だった。

彼奴は世界を救ってくれた。

彼奴が居なければ俺は死んでいたし、兄たちも何時かは死んだだろう。

それじゃ、彼奴の代わりに【此処に来た俺】はどうすれば良いのだろうか?

勇者にはこの世界では成れないが、せめて天城翼を…クズとは言わせない位にはしなくちゃいけない。

少なくとも《天城翼》は凄い奴だった。

そう言われる位にはなって見せる。

それが、世界を救ってくれた、天城翼への恩返しだ。

こうして元セレス.スタンピートの目標が決まった。

朝3時に起床する。

軽く体ならしに柔軟をして家の掃除を徹底的にする。

その際は隠密のごとく音を立てない。

それが終わったら買って貰った金棒を500回素振りする。

最初は素振り用の木刀を買って貰うつもりだったが、オールみたいな物でも2キロも無かった。

余りに軽くて意味が無さそうだったので、お店を見ていたら六角金棒という物があり、60?で4キロだった。

少しはましなのだがまだ軽い、更に重いのが欲しくて話したら、140?で幅が広くて35キロという物があった。

近くの道場主が特注で作ったのだが、お金も払わずに道場ごと居なくなってしまったらしい。

仕方なく飾り代わりに置いてあるとの事だ。

俺が欲しそうに見ていると…

「これは真面に振れないぞ、もし振れるなら譲ってやるけど…まぁ無理だな」

何だか昔を思い出した気がする。

俺はジョブやスキルが無いから…武器屋の親父に、お前には無理だとよく言われた。

この六角棒、金額を聞いたら高くて30万円もするらしい。

特注品で作ったのと、焼きもしっかり入れており、金属も良い物を使っているとの事だ、店主曰く。

「日本刀でも叩き折れる」と言っていた。

静流さんは買ってくれようとしていていたが悪すぎる。

だから、こう提案してみた。

「もし、この金棒を真面に300回振れたら、くれませんか?」

「面白い事いうな! 俺は商売しているんだ、無料は駄目だが、もし本当に振れたら、兄ちゃんは幾ら持っているだ!」

俺は財布を見てみたら1万8千円入っていたからその金額を伝えた。

「よし、もし300回振れたら、その金額で売ってやる」

「乗った」

多分、この金棒の重さは前に振っていた剣の半分位の重さだ。

俺はその剣を千回以上振っていた。

まぁ楽勝だ。

度肝を抜いてやる…目の前で振り始めた。

300回は簡単に振れて…終わった後にこの店の店主は俺に訪ねてきた。

「どんな流派の剣なんだ、それは」と聞いてきた。

「西洋の国、スタンピートという家系に伝わる技ですかね」

嘘と真実を交えて話した。

まぁこの世界には絶対に無い流派なんだけどね。

約束通り店主は1万8千円で譲ってくれた。

静流さんは5万円別に払おうとしたが、

「男の約束だから要らない」

と頑と受け取らなかった。

まるで、あの武器屋の親父みたいだ。

また何か買ってやりたいが、この世界では無理だな、討伐とかでこの金棒が折れる事も無いだろう。

金棒を振り終わり、軽くその辺を走ったら。

予習に入る。

俺は騎士で貴族だった。

実際の現場でも王宮でもメモなんて、とらしてくれない。

だから、暗記は得意だった、英語や国語、歴史は等は予想外に簡単に終わり、楓から教わる必要も直ぐになくなり、静流さんからも、教わって既に高校の段階に追いついた。

逆に数学や化学はちんぷんかんぷんだ。

数学は算数レベルは楽勝だったが【数学】に入った途端…お手上げだった。

「これ位出来ればまぁ良いんじゃない? 数学や化学は諦めて大学は文学部か法学部、経済学部に行けば良いだけだわ」

「私もそう思うよ、大学は文学部だね」

どうやらこれでもう終わりで良いみたいだ、ただ解らないのは嫌だからこれからも独学で頑張ろうと思う。

アルバイトは夏休み限定という約束でOKを貰った。

給料は日当で貰える。

朝から夕方までの仕事で2日間に1回という事で許して貰えた。

本来は日給8000円という約束だったのに、何故か1万3千円くれた。

「いやぁ、正直申し上げない、1人で5人分近く働いてくれるのにこれが上限なんだ」と責任者に言われた。

「いや、気にしないで下さい、体が鍛えられてお金が貰えるなんて、それだけで満足です」

「一回に25キロのコンクリート袋6つ運んでくれて、穴を掘らせりゃまるでシャベルだけで、重機使った様に素早く掘るんだからな…夏休みで終わるのが残念だ」

「もし高校が始まっても休みの日に母さんが手伝って良いと言うなら手伝いに来ますね」

「そうか、そうしてくれると助かる」

地味に評価されるのが嬉しい。

貰ったお金は自由にして良いと言われたので全額静流さんに渡し、その中から、3千円は楓にあげて貰う事にした。

本当は楓に5000円そう思っていたら、静流さんに怒られた。

「幾らなんでも中学生にお小遣い上げ過ぎ」だって。

だけど、勉強も教えて貰っているからって言ったら、話し合いの結果3000円になった。

楓は凄く喜んでいた。

俺もその中から楓と同じ様に3000円貰った。

要らないと断ったら…

「学校に行くようになったらお小遣いが必要でしょう」と楓さんが言うので貰う事にした。

勉強が落ち着いたから、ほぼ毎日体を鍛え、家事をしてバイトをしている。

その最中に、ネットを使いこの世界の情報収集をしている。

そんな毎日を繰り返していた。

偶に茜さんに会う事があり、何故かジュースを奢ってくれるのでベンチに座って話をした。

茜さん以外はやはり、余り俺とは話してくれない。

近所の人の話からすると【親や妹に暴力を振るう】最低な男だったみたいだから仕方無いな。

茜さんに相談したら…

「気がついたんなら、もう良いと思うよ! 過去は変えられないから、これから先返して行けば良いんだよ! 家族とは長い付き合い何だからさぁ!」

と真顔で言われた、思ったより熱いタイプだ。

性格も良いし…綺麗だしさぞかしモテるんだろうな、それに凄く親身になって話を聞いてくれる。

偶に妹の京子さんやその友人の久美子さんに手を挙げているが、女冒険者や女騎士が指導している様な物と考えたら仕方ないと思う。

今の所、俺相手に真面に相手してくれるのは、家族の静流さん、楓、茜さん位だ、多分京子さんや久美子さんは嫌々なのだと思う。

街を歩くとスマホで写真を撮られ、ヒソヒソ声で陰口を叩かれる。

ここから頑張って信頼を回復くしないといけない。

俺が写真を撮られると、茜さんが一緒に居る時は「てめー勝手に撮るんじゃねーっ!」と怒ってくれる時がある。

まだまだ、先は長いな… 夏休みもあと1週間で終わる。

そこから先、俺の高校生活が始まる。

考えると、今から不安で仕方ない。

初登校、反撃
夏休みが終わり、明日から高校生としての俺の生活が始まる。

その前に静流さんから今の俺の現状について教わった。

翼は高校に入学して直ぐに虐めに会い不登校になったらしい。

俺が知らない、天城翼の顔だ。

いつも自信に満ちて、王や教皇にさえ苦言を呈していた。

俺からしたらあの男が虐められた、それがどうしても信じられなかった。

魔族の大群に1人で突っ込み、竜のブレスも恐れない。

【人類最強】【ドラゴンスレイヤー】【王国の剣】そんな彼奴が虐められる。

例え力がなくとも負ける姿が思いつかない。

だが、この世界に来てからは…評価は下がりっぱなしだ。

なら俺はどうすれば良い…簡単だ。

俺の知っている翼は勇者…そして国を救った英雄。

それで良い…俺はこの世界で、翼の名前を輝かせる。

「静流さん、もう大丈夫だよ、その為に夏休み中に体を鍛えていたんだから」

「そうね、もう昔の翼じゃないわね」

「心配しないで大丈夫だよ…だけど、《やり返さないのが悪い》か仕方ないな」

「翼?」

「心配いらないよ」

静流は体を動かすのが苦手なタイプだった。

だからこそ、今の翼を凄いと思っていなかった。

《素振りをして体を鍛えている》その程度の認識しかない。

35キロの金棒を楽々素振りする様な人間…この世界の剣道家にもまず居ないだろう。

「お母さん、大丈夫だよお兄ちゃんは、今泉茜さんと友達だし平気だと思う」

「えーと、それ本当?」

「うん」

何故か少し静流さんの顔が曇ったが駄目押しした方が良いだろう。

「大丈夫だから安心して」

そう笑いながら、答えた。

騎士にも勿論【虐め】はある。

騎士の場合は一方的に【虐められる方が悪い】

そこに抗議など許されない。

何故なら騎士は集団戦で戦わなくちゃならない。

如何に正当な理由があろうと仲間に嫌われたら終わりだ。

騎士団に居たければ、実力を示して仲間に認められて信頼を得なければならない。

仲が良く無ければ背中等、預けられない。

俺はジョブにスキル無し…認めて貰うまで何人ぶちのめしたか解らない。

だからこそ【虐めは虐められる方が悪い】

騎士の世界では揉めたら余程の理由が無ければクビになるのは1人の方だ。

今日から高校での生活が始まる。

俺の通う高校は「私立 霞山学園」別名かす高と呼ばれている。

まぁこの近辺では一番偏差値の低い高校だ。

少し余裕を見て朝の日課の素振りと掃除をしてシャワーを浴びた。

一応は、楓からコロンを借りて香りにも気をつけた。

これで良いだろう。

高校への道はちゃんと調べてあるし、下駄箱の位置やクラスの場所は記憶にある。

問題はなさそうだ。

クラスメイトは、まだまばらだ。

高校に近づくにつれ、生徒が多くなっていく。

凄いな…男女の比率は半々位だろうか?

見れば見る程…綺麗か可愛い女の子しかいないな、嫌われている自分が辛い。

【学生目線】

「オークマン引き籠っていたんじゃないのかよ…マジキメーよ、もう来るなよ」

「あのさぁ、あんた目が腐ってんじゃないの? 噂で聞いてたけど、何かの虐めなのかな? あんな王子様みたいな人がオークマン?」

「何いっているの?ちずる、だったらあんた彼奴と付き合えるの?」

「彼女居ないなら、普通に付き合いたいよ、当たり前じゃない」

「あんたの方が目が腐っているよ」

「彼奴また通うの、最悪~」

「あれ、誰、転校生かな? あんな人ゼニーズにだって居ないよね? 本当に素敵」

「恵子ちゃん、頭がおかしいの? あれ豚みたいじゃない?」

「はぁ~何言っているのかな? 精悍な顔立ちであんな超イケメンが豚…もしかしてあの人虐められているの? そう言うのカッコ悪いよ」

「だって豚みたいじゃん、あだ名だってオークマンなんだよ!」

「あのさぁ…もしかして沢口さん、告白して玉砕でもして振られてたりして…止めなよ見苦しいから」

「誰が、あんな奴に…」

「あだ名をつけるなら、麗しのロミオとかじゃない、そうだ沢口さん、あの人と知り合い?」

「有名人じゃん、天城翼、オークマン、豚野郎」

「なら紹介して」

「知らないよ…あんなキモイの」

「な~んだ、沢口さんが、あんなイケメンと知り合いの訳無いよね」

「だから、あんたデブ専?…彼奴それだけじゃなくて性格も悪いらしいよ」

「あの外見なら、大概の事は許せるよ、頭からジュース掛けられても、ごめんねって謝れる自信があるよ」

「馬鹿じゃ無いの」

「オークマンだ」

「あれがオークマン? マジっすか?」

「凄く気持ち悪いだろう?」

「いやむしろ、あれはイケメンでしょ」

「はぁ~」

天城翼を見たことある人間には【豚男】見た事ない人間には【細マッチョの凄いイケメン】にしか見えない。

こうなるのは当たり前かもしれない。

クラスについた。

教室からは【クスクス声】と【ヒソヒソ声】が聞こえる。

今迄とは違い完全に悪意のある目つきに敵意しか感じられない。

「良くこれたわね、彼奴」

「また虐めてやればすぐに来なくなるっしょ」

「辞めるか転校すれば良いのに…」

確実にクラス全員が敵だ。

「多分、また鶴橋くんに殴られてこなくなるって」

《成程な、そいつが原因か》

机をみてみた…何だよこれ。

豚野郎 死ね!

キモイ!

ご丁寧にただ書いてあるだけでなく、彫ってある。

しかも瓶も置いてある。

此奴を恐らくやった奴は解る、鶴橋って奴だろう。

まだ来てないな。

俺は机を持っていき鶴橋の机と交換した。

これで良し…

周りはざわついているが、気にしない。

「あれ、不味いんじゃないか?」

「オークマン殺されるんじゃないか?」

「鶴橋キレそうだからな、まきぞいは嫌だな」

暫くして、問題の鶴橋がやってきた。

「何だよこれーーーっ、オークマンお前」

「よう、その机に傷つけたのはお前だろう? でこぼこして書きにくそうだから交換したぞ、お前がやったんだからいいだろう」

「お前、俺に殴られたの忘れたのか?」

「ああっ思い出した、ボクシングダンスって言うお遊びやっているんだっけ? 拳闘モドキの奴」

「お前、殺す」

何だこの動き、挑発の為にワザと馬鹿にしたけど…素人も良い所だな。

「あのさぁ、そんなんじゃ女子供にも敵わないんじゃねーか?」

俺はさらっとかわしてやった。

殴ってもいいが此処は敵だらけだ、ルールのある所でやった方が良いだろう。

「貴様ーーーっ」

「あのさぁ、こんな所でやらないで、お前が遊びでやっている、お遊びボクシングダンス部だっけ? そこで試合形式でやらない? おれが怖く無いなら受けろよ…あっ俺が怖いなら逃げてもいいぞ、さらに言うなら先輩に泣きついても良いからな」

「翼、てめー」

だから、あたらないよ、そんなの。

「受けないなら、お前の負け、此処で土下座して謝れ」

「解った受けてやんよ、お前、俺だけじゃ無くてボクシングを馬鹿にしたんだ、先輩もキレるからどうなっても知らないからな」

「解った、それまで暫定的にこの机は俺が使うわ」

「覚えていろよ」

「という訳でこれから俺はお前達にやり返す事にしたからな、俺は女には優しいから手は出すつもりは無い、だが男には容赦しない」

そう大きな声で叫んだ。

「天城くん、学校に来たんですか?」

担任は戸惑っている…まぁこの担任も《やり返さないお前が悪い、星人だ》

「はい、休んでいる間に先生が言っていた事が解りました、確かにやり返さない俺が間違っていました、これからはちゃんとやり返す様にしようと思います」

「そうですよ、男なんだから女々しく親に言いつけたりしないで、シャキッとしなさい、それで良いんですよ」

言質とったからな、逃がさないよ。

やり返す宣言が効いたせいか、誰も絡んで来ない。

だが、無視されるのも地味にきつい。

鶴橋と一緒に男子は遠巻きに睨みつけてくるし…女子も話し掛けて来ない。

まぁ、何かされないだけ良い。

授業には普通についていけた。

静流さんや楓に感謝だ。

そして無視はされるが、何も問題が起きない状態で放課後になった。

「翼、逃げるなよ」

鶴橋が脅してきたが気にならなかった。

「逃げる訳ないだろう」

そのまま、一緒にボクシング部についていった。

鶴橋はクラスを牛耳っているのかクラスの奴らも全員がついて来る。

このクラスも可愛い子ばかりだ…女子全員から嫌われるのはやっぱり辛いな。

ボクシング部についていくと何やら、鶴橋がボクシング部の先輩と話している。

このボクシング部の顧問は本橋…五所川原と同じ《やり返さないのが悪いんだ星人》だ。

「なんだ、お前、天城か? また文句言いに来たのか?」

「違います、休みの期間に考えたんですよ、先生が正しいと、だからボクシングで鶴橋にリベンジです」

「そうか、親の背中でコソコソしているんじゃなくて男なら、そうしなくちゃな、良し認めよう」

「はい、ついでにボクシングダンス部の先輩たちや顧問の本橋先生ともやってみたいですね」

「お前、ボクシングを馬鹿にしているのか?」

「いえ、別に、本橋先生の話なら《やり返さない》のが悪いんでしょう? なら鶴橋にボクシングを教えたこの部も俺には敵、しっかりやり返させて貰います」

「そうか、なら鶴橋に勝ったら、好きなだけやれば良いさ、リングの上でな」

「それは良いですね」

《馬鹿な奴だ、この部はインターハイの常連だぞ、更に言うなら俺は元国体の選手だプロには成らなかったが元オリンピック銅メダリストだ、その俺が手塩に育てた、今の部長の葛西はインターハイのライト級の優勝者、今はオリンピックが無いが、もし種目に有れば金メダル候補者は間違いない、もうジムに入っていてプロのライセンスを持っている、まぁ将来は世界を狙える器だ、馬鹿な奴…リングの上でルールに乗っ取ってなら親にも校長にも文句は言わせない》

えーと、拳闘なのにベアナックルじゃないのか?

あんな綿の入った物つけて殴るならまぁ、大怪我はしないな。

結局俺はグローブをつけてリングに上がった

持って無いから、上は裸で下は体育着の短パンだ。

まぁ鶴橋はしっかりと着替えていたが…

「ちょっと、良いか天城」

「何ですか? 先輩」

「お前、ボクシング部を馬鹿にしたって本当か?」

「確かに馬鹿にしましたよ、だけど、鶴橋はボクシングを知らない俺を殴って、虐めて金迄とっていたんだぜ、知らないとは言わせない…そんな奴に格闘技を教えるなんてクズだろう…そうだ、俺サイフに2万持っているからさぁ、負けたらやるから、買ったら俺に負けた奴の金くれない」

「貴様、クズだな」

「あのさぁ、俺は格闘技経験がない素人だった、それを殴って虐めて登校拒否になるまでやった…鶴橋が脅迫して金をとった証拠もあった、だがそこの先生は《やり返さない方が悪い》そう言って終わらせたんだぜ、何が違うんだ? 多分大事にしたらインターハイの出場資格がなくなるからとか、鶴橋が有望だったから握り潰したかったんじゃない?」

「それは…」

「知らなかったなんて言わせない…そんな事実を誤魔化して、インターハイに行ったんだから先輩も同罪じゃねーの…まぁ良いや、本橋先生このルールを受けてくれたら、もうこの話は蒸し返さない、それでどうです?」

「蒸し返さないんだな、なら良い、そのルール受けてやる」

とはいえ大怪我させる、つもりは無い。

此処で俺がボクシング部より強いと言う事が解ればもう俺に絡む奴はいないだろう。

「おい、鶴橋、お前がまいた種だ、自分で型をつけろ」

「解っていますよ、直ぐ終わらせてきますよ…翼、恥かかせやがって覚えていろよ」

「良いから始めないか?」

「それじゃもう良いんだな」

ゴングが鳴った。

先手必勝だ..防御しているようだが関係ないそのまま殴り掛かった。

こんな綿が詰まった物つけているんだ、大怪我にはならないだろう。

防御の上からただ、殴りつけたら案外脆くそのまま顎に当たった。

ミキッグシャバキバキバキ

「ぎゃぁぁぁぁぁっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ」

周りは青ざめている。

「おい、カウント」

「おい、鶴橋大丈夫か?…カウントは要らない、お前の勝ちだ」

「なら、此奴の財布を持って来いよ」

「鶴橋をさげて休ませろ」

「まぁ手加減したから大丈夫だろう?」

そのまま鶴橋は部室の隅っこに転がらされた。

「お前、ふざけんなよ! 負けるにしてもこれは無いぞ」

鶴橋は怒鳴られていた、いい気味だな。

「うぐぅうががががががッ」

「静かにしとけ、これが終わったら病院に連れていってやるから」

約束は守るようだった。

「ほら、鶴橋のサイフだ、鞄から持ってきた、これで良いんだな」

俺はサイフから金をとってサイフを返した。

「まぁな、だが足りないな? 俺が鶴橋から脅し取られた金額は10万を越えているんだ、たったの8千円、ぜんぜん足りない、そうか? 明日から鶴橋にATMになって貰えば良いのか?」

俺は大きな声で言った。

「お前等、鶴橋はこの程度のゴミだったんだぜ? それでどうする? 今度から俺が鶴橋がしたように俺がお前等を引き籠るまで虐めてもいいんだぜ?」

周りは静かだった。

「俺は格闘技をやっている、こんなちんけなボクシング部と違って本格的な物だ、だが今迄は手を出さなかった、弱い奴に手を出すのは卑怯だと思っていたからだ、だがこの学校は教師を含めて《やりかえさない奴が悪い》そういったんだぜ、だから今度から鶴橋がやった事と同じ事をお前らにもするつもりだ、良いんだよな?」

随分表情が暗くなったな。

「あの..」

可愛らしい女の子が手を挙げた。

「何だ」

「あの、天城くん、女の子には手を出さないって言っていたよね? もう無視したり、悪口言わないって約束したらもう終わりで良いのかな?」

正直こんな可愛い女の子に手をだせないな。

「ああっそれで良いよ、もしそう言うならこのまま立ち去ってくれ、男もサービスで、今ならそれで良いや」

「解った、悪かったな」

「僕は揉め事が嫌いなだけなんだ、だから今迄ごめんよ」

「私は暴力が嫌いだったけど、鶴橋くんが怖くて仕方なく加わっただけだから…ごめん」

結局、クラスの皆はそのまま立ち去った。

今、此処にはボクシング部の人間しか居ない。

「なぁ、もう少し平和的に解決できないのか?」

「あんた誰?」

「俺はこの部の部長で葛西、卑怯だと思わないか? 話を聞いていたら格闘技経験者なんだろう」

「だから、何だ、今迄使わなかったんだよ…だが金を脅し取られ《やり返さない奴が悪い》なんて言われたらやり返さない訳にはいかないだろう」

「ああ、それは謝る、そんな人間にボクシングを教えたのは俺だ、だが部活なんだ教えない訳にいかないんだ、解るだろう」

「それで俺が死んでいても、同じ事が言えるのか? 俺は引き籠った後自殺も考えたんだぜ!」

「….そうだな、言えないな。その件は謝る、だがボクシングは遊びじゃない、オリンピックの種目に無いからアマチュアで無く、ジムに所属した、俺はプロテストを受けて受かったプロだ、その前でお前はこれが遊びだと言うのか?」

「それで? 腹がたったら《やり返せばいい》それだけだろう? 顧問の本橋先生が言っているじゃん? それに俺が鶴橋から脅し取られた金額は10万を超えている、お前らがボクシングを鶴橋に教えたから出た損害なんだぜ」

「僕はプロだ、それでもそれを言うのかい?」

「戦っても良いけど、先輩幾ら持っているの?」

どうせ学生だから数千円だろうな。

「お前等、悪いがお金を貸してくれないか?」

「葛西、良い10万なら俺が持っている…それを出してやる、こんな茶番は終わりにしたい、葛西が勝ったらもう終わり《仕返しももう無しだ》お前はボクシング部と鶴橋に謝れ…」

「ならば、俺が勝ったらボクシング部は解散でどうですか?」

「おい、冗談は止めろ」

「いや、それで良い…先生僕が負けると思いますか?」

「そうだな、天城約束は守れよ」

「解りました、約束しますよ? そちらも守って下さいね!それで終わりにしましょう」

《まさか此処まで大事になるなんて思わなかった、いつの間にか賭け試合じゃないか? こんなのがバレたら活動停止だ。 しかもそれが部員が起こした虐めで金迄脅しとっていたなんてばれたら不味い…早く終わらせないと不味いな》

「最初に謝っておく、鶴橋が虐めをしていた事は後で知った」

「認めるんだな」

「ああっ、だが僕にはどうしても、仲間の夢を捨てさせることが出来なかった、それにあんな馬鹿でも可愛い後輩なんだ」

「なら、何故俺に謝りに来なかった」

「謝ったら罪を認めてしまったら」

「もう言い訳は良いよ…過ちも認めない、謝罪もしない、弁償もしないで《やり返さない奴が悪い》ですませたその事実はもう消えない、俺からしたらお前達は犯罪者予備軍に凶器を与えた..それだけだな、さぁやろうぜお遊びボクシング」

「貴様っ」

「負けたら、謝るよ土下座でも何でもしてやるよ」

「最早これで決着を付けるしかないな」

「ああっ」

二人で向き合い…コングがなった。

これでも一応はプロなんだよな。

葛西は警戒して防御していた。

防御して居るから大丈夫なんだと俺は殴った。

その防御を突き抜けて顎にパンチがヒットした。

ただ、それだけだ。

ミキッグバキバキ

「ぎゃぁぁぁぁぁっ」

葛西は蹲ってただ叫ぶだけだった。

「カウント」

「慌てて本橋がリングに上がった」

「おい」

「ああっ負けで良い…10万は渡す..おいっ葛西、葛西大丈夫か?おい、おーい」

《今、病院にいる生徒から連絡があった。鶴橋の両腕は折れ、顎も割れていた。粉砕骨折だった…手術も必要だし、リハビリも入れたら半年~1年治療に掛かる。しかも治っても後遺症が残る可能性があるとの事だった。だったら葛西も…見た感じから解る、顎が割れているのが解る。》

「先生、もう一つの約束も守ってくださいね」

「待ってくれ」

「先生、子供って可愛いですよね」

「なっ何を言っているんだ…天城」

「いや、あんな可愛い子が虐めにあって死んだら可哀想だなと…」

「解った…約束は守る」

あれっ何で此処まで怪我するんだ。

普通に子供を殴る程度の力で殴っただけなのに。

翼は考え違いしていた。

翼は騎士だった。

騎士であったセレスが殴っていた子供は異世界人だ。

そして日本と違い…ジョブやスキルがある。

それらを持たない人間は、セレスを除けば商人等安全な生活を送っている。

それじゃ異世界の子供はどの位なのか。

ジョブや肉体強化を持っていれば、今回位のセレスの攻撃は充分耐えられる。

皆さんも色々な物語で見ている筈だ。

ゴブリンを狩る子供冒険者。

酒場で馬鹿にされベテラン冒険者に胸を掴まれ思いっきり殴られ酒樽に突っ込む少年。

次の瞬間に立ち上がりトボトボ去っていく。

大剣やグレートソードを振るう様な冒険者に殴られても、軽症ですんでいる。

だが、普通の人間がその様な攻撃を受けたら…

大怪我をするのは当たり前だ。

この国では、一流の格闘家ですらオークどころか、熊にすら勝てない位なのだから…

虐め問題 始末記
【本橋SIDE】

俺は今、病院へ向かっている。

天城に来るように言ったが

「俺は、先生たちの指示通りにしただけ、約束通り勝ったから謝罪は必要ない筈だ、その証拠にあれだけの事をしたお前らは誰も謝罪しなかっただろう」

そう言い断られた。

どう考えても葛西の顎がただ事じゃないのが解る。

幸いなことに此処から総合病院まで車なら10分掛からない。

だから、救急車を呼ぶより俺が車を出した方が良い。

鶴橋も気を利かせた上級生がタクシーで運んだそうだ。

病院につき俺が葛西を抱き上げ運び込むと先に鶴橋を運び込んでいた部員がいた。

「先生、鶴橋が」

「すまない、今は聞いている時間が無い」

そう言い止めた。

「急患なんだ、助けてくれ」

そう言いながら、受付で叫んだ。

流石は総合病院、葛西を見た途端に緊急性があると思い、そのまま担架に載せて運び込んでいった。

「此処から先は、我々に任せて下さい」

そう言われたので、手術室の前の廊下で待つ事になった。

頭の中がグルグルと回りだす。

校長にどう報告するのか?

親御さんにどう謝るのか…

どうして良いか解らない。

「先生、先生..」

考え事していたから生徒が話し掛けて来ていたのに気がつかなかった。

「ああっすまないな…どうした」

「詳しい事は、責任者や保護者が来てから詳しく話すと言う事ですが、鶴橋の状態を説明した方が良いかと思いまして」

葛西もそうだが、状態は知ってないと不味い。

「教えてくれ」

「腕は電話で話した通りですが、腕の骨の折れ方が酷くて、完治は難しいそうです、もし治っても長期のリハビリが必要だそうです、それに顎なのですが、下顎が完全に骨折して歯の殆どが折れていたそうです」

マウスピースしていたんだぞ…何だそれ

「ああ」

「しかも下顎がぶつかり、上顎も押されて鼻や眼底にも問題があると言っていました」

不味い、不味い…どう考えても重傷としか思えない、聞いている限りだと、もう終わりの様な気がする。

今後、真面な生活を送れるのだろうか?

葛西は、葛西はどうなんだ。

見た感じからして同じ状態だ。

もう終わりだ、鶴橋と同じだとしたら、カムバックする為にはかなり時間が掛かる。

いや、まだ解らないが大きな後遺症が残るかも知れない。

もし、仮に治ったとしても、もう怖くて戦えないだろう。

目が死んでいた。

俺は…大きな失敗をした。

天城に対する鶴橋の虐めを見逃すべきでは無かった。

警察沙汰は困るが、土下座するなり、学校からお見舞いのお金を出すなど謝るべきだったんだ。

学校の処分位ならインターハイの出場には問題無い。

落としどころを間違えた、真摯に謝り許しを請うべきだったんだ。

そして目を光らせて鶴橋を監視していれば、何も起こらなかった。

だが最早、全てが遅い。

鶴橋の父親が来た。

「三郎が怪我をしたんだって、まぁ仕方ないさ、男なんだから」

鶴橋の家は離婚して母親が居ない。

普通は親権は母親がとるが、鶴橋家は父親が色々な事情でとったらしい。

「そう言ってくれると助かります」

「それで、相手の子は、謝る位はしてんだろう」

「その、謝るつもりは無いそうです」

「何でだ、人を怪我させておいて、そいつふざけているな」

「天城翼です…「やり返せと言ったからやり返しただけ」そう言ってました、確かに我々はそう言ってましたね…」

「はんっ、あの根暗なガキか、どうせ卑怯な事でもしたんだよな、先生」

リングの上でれっきとした試合、卑怯では無いな。

「一対一でリングの上で試合という形ですから、卑怯ではありません」

「良いね、男はそうで無いと、あのキャンキャン煩い母親に言いつけるんじゃなく、男はそうでなくちゃな、確かに俺はあの根暗に「男ならやり返せ」そう言った…うんうん、卑怯な事をしたんじゃないならしゃーないな」

「そうですね…それで納得いくならこちらも助かります」

絶対に後で文句が起きるだろうな…だが今はこれで済ませられるならそれで良い。

遅れて今度は葛西の母親が来た。

この家は逆に父親が居ない。

鶴橋の家とは違い、父親は若くして病気で死に母親が一人で育てていた。

「息子が怪我をしたんですか? 仕方ありませんよ、あの子はもうプロなんですから、そういう事もあるでしょうね」

多分軽く考えているんだと思う。

此処までの怪我だとは思っていない筈だ。

「そう言って頂けると助かります」

「私は本橋先生には本当に感謝しているんです、ボクシングを通してあの子は本当に良い子になりましたから、デビュー戦が終わったら、私に何か買ってくれるみたいなんですよ」

「そうですか」

此処までは問題が無かった。

もし、天城がちょっと強い位で、怪我を負わせたなら、ある意味此処で終わった。

だが、此処からかっての加害者たちは絶望に陥る事になる。

無惨な息子が病室で寝ている。

葛西には、顔に大きな金具が取り付けられていて顔を包帯で巻かれていた。

そして、鶴橋はそれにプラスして両腕にギブスを嵌めている。

「手術は成功しました…ですが普通に生活する為にはこれから長いリハビリが必要になります」

「長いってどれだけ掛かるんだよーーーっ」

「それは息子さん達の頑張り次第ですね、早ければ半年ですかね….場合によっては数年かもしれない」

「あの…そこ迄掛かるんですか、それで息子はボクシングが出来る様になるんでしょうか?」

「私がいう普通の生活っていうのは【日常生活が送れる】そういう事です、アスリートに戻るなんて無理だと思います、もし戻るとしたら、全ての治療が終わり一般人以下の体になってからのスタートになると思います」

手術が終わってからの2人は見る影もなかった。

喉にチューブが刺さっていた。

葛西の母親が気になり聞いたら

「口が開けられないから流動食を流し込む為に必要なので喉に穴をあけました」

そういう話だった。

「本橋先生、幾ら「やり返せ」って言ったからってこれは可笑しいだろうがーーーっ、もう息子はボクシングが出来ねーじゃねーか、なぁ! 確かに息子はやんちゃして虐めをしていたかもしんねー、だけど此処までされる事をしたんか」

正直に言った方が良いだろう。

「加害者の天城は、鶴橋さんの子供が原因で自殺未遂をしています…貴方の息子さんは影響力が強いから、クラスから嫌われ引き籠りになりました。確かに私もやり過ぎだと思いますが私も、貴方も《やり返さない方が悪い》と言った結果です。そう考えたら一方的に天城が悪いとも言えないと思います」

「だが、息子は、息子はスクラップみたいじゃないか? 兄貴二人の様な立派なボクサーになるんだ、そういう夢を持っていたんだぞ…チクショウ、絶対に問題にしてやる」

「あの、先生、うちの子は? 私が親馬鹿なのかも知れませんが、虐めなんてしない子だと思いますが」

「確かにその通りです、ただボクシングを私と一緒に鶴橋に教えた、それだけです」

これだけで恨まれたんだ…親としては泣くに泣けないだろう。

「それじゃ、本当に巻き込まれただけじゃないですか?」

「そうとも言えません」

「何故ですか..」

「ボクシング部の部員が天城に酷い虐めをしていました、もしあの時に大事になれば、恐らくインターハイには出れなかった、そしてそうなれば、恐らくジムの会長の目に止まらなかった筈です、葛西の活躍はある意味天城の犠牲のの上に成り立っています」

「それは詭弁です」

「間違いなくそうです、ですが…どちらを選択しても不幸だったとしか言えませんよ…あの時虐めを認めていたら、鶴橋は停学が退学、葛西はインターハイには出ていない、その代わり体は無事だった」

「おい、本橋先生ふざけるなよ」

「私は自分なりに責任を取る事を決意しました…ですが、鶴橋さん、余り大事にするとあなたの子供の虐めの話にまで言及されますよ、葛西さん、貴方も碌な事になりません」

「息子をこんな事されて黙って置けるか」

「私だって黙っていられない」

天城はとんでもない事をした。

だが、悪いが誰も彼奴を攻められない。

彼奴は悪魔みたいになっちまったんだ…その原因は俺たちだ。

【翼.静流SIDE】

翼は静流に学校であった事を話した。

「そう、やり返したのね、それがあの学校の方針なんだから良いんじゃない?」

強くなったものね、翼が私の目をみて話すなんて…本当に変わったわ。

「それで多分、近くに呼び出されると思う、だけどこれは俺が最後まで話をつけたい」

「どうして? 相手は大人が出て来るんでしょう?だったら母さんが」

「駄目だよ! 静流さんは女だから、俺が守る存在なんだ、今迄傷つけてばかりだったから、これからは守る方になりたい」

《おおおおお女って…何言い出すのよ…まままま守る、冷静にならないと、相手は息子、息子なのよ…だけど此処まで言うのだから翼の顔もたてないとね》

「そうね、なら母さんは顔を出さないわ、だけど大人は必要だから母さんの知り合いに頼むわよ、男性ならいいよね」

「確かにそうだね、静流さん迷惑かけてごめんね」

「それじゃ、先生が言った事は録音してあるわね」

「とってあるよ」

「それなら、コピーして返すから母さんに貸して」

「はい」

夜に電話があった。

結局、次の日、俺は授業に出ないで、鶴橋や葛西の親、本橋、担任の五所川原に校長と話す事になった。

「天城くん、あんたなんて事をしてくれたの!」

「五所川原先生の言いう通りにやり返しただけですが?」

「私はあそこ迄して良い、なんていっていない」

「言いましたよ? 《やり返せ》って、それに言わせて貰うと俺の方が遙かに酷い目にあってましたから」

「嘘」

「先生…もう明日で良いでしょう」

「待って」

俺は途中で電話を切った。

【話し合いの場にて】

俺は敢えてワザと時間ぎりぎりに行った。

静流さんが手配した【大人の人】は少し遅れるそうだ。

「失礼します」

ノックして校長室に入った。

もう既に全員集まっていてこちらを睨んでいる。

「まずは、掛けたまえ、だが座る前に皆に言う事は無いのか?」

白髪頭の男性が俺に言った。

多分これが校長だ…

敢えて挑発する事にした。

「俺からは言う事はありません、逆になんで呼び出されたのか解りません」

「人を傷つけちゃいけない、そんな事も解らないのかね?」

「ならこれを聞いて貰えますか?」

「何だねそれは」

俺はスマホで録音した音声を再生した。

「天城くん、学校に来たんですか?」

「はい、休んでいる間に先生が言っていた事が解りました、確かにやり返さない俺が間違っていました、これからはちゃんとやり返す様にしようと思います」

「そうですよ、男なんだから女々しく親に言いつけたりしないで、シャキッとしなさい、それで良いんですよ」

「なんだ、お前、天城か? また文句言いに来たのか?」

「違います、休みの期間に考えたんですよ、先生が正しいと、だからボクシングで鶴橋にリベンジです」

「そうか、親の背中でコソコソしているんじゃなくて男なら、そうしなくちゃな、良し認めよう」

「それは何だね?」

「多分、昨日僕が2人を怪我させた事に対する話だと思う気がしたので…先に証拠を出させて頂きました」

「これがどうかしたのか?」

「校長先生、内容聞いて下さいよ…ほら俺が《仕返しした方が良い》って五所川原先生も本橋先生も許可しているじゃないですか? 教師二人の許可を貰ったんですけど、何で問題になるんですか?」

「お前ふざけるなよ!男だからどつきあい位は当たり前だ、だが後遺症が起きる位やる必要はねーーーっだろうが」

「お前が鶴橋の親父か? なら言うが、無抵抗の者をサンドバックって、いい殴り続け、脅して金をむしり取る、それが男のする事か? しかもそれが発覚したらあんた俺になんて言った?《やり返せない奴が悪い》そう言ったんだぜ、ならやり返せないあのクソガキが悪いんじゃないの」

「だからって、だからってよーーっ!此処までする必要があるのかよ、三郎は、三郎はもう真面な生活が出来ないかも知れないんだぞ」

「そうですか?だったらリベンジお待ちしています、そう伝えて下さい」

「ふざけるな!お前、殺してやる」

「あっそ、試合なら受けるよ」

「ちょっと待って、そっちの事情は解るわ、だけど洋二は虐めとは無関係じゃない?なんでこんな事になるのよ!」

「違うぞ、鶴橋みたいな危ない人間にボクシングを教えていたんだぜ、キチガイに刃物持たせたようなもんじゃん」

「ただ、教えただけ..それで何で此処までされなくちゃいけないの? 貴方のせいであの子の人生は真っ暗よ? プロライセンスをとってレビュー戦も決まっていたのに…ジムの会長さんも新人王がとれるって言っていたのに…あの子の人生返して」

「知らない…なんだったらお母さん俺と試合しませんか? 息子の敵がとれるかも知れないよ?」

ああ、ムカつく、この世界の女性はなんでこんな綺麗に見えるんだ、葛西の母親も五所川原まで美人に見えるんだから凄くやりにくい。

「あんたね…私は此処までしろっていう意味で言ってない、そんな態度じゃ処罰するしかないわ」

俺は、無言で学生服を脱いだ。

認識阻害で翼の裸に見える筈だ、少なくとも葛西の母親以外。

静流さんが目を背ける様な傷が沢山ある。

「それは」

「俺が殴られたり蹴られたりした回数は数千に及ぶ、そして傷は一生消えない可能性もある(まぁ実際は違うが)あの時証拠を突き付けても《やり返さない方が悪い》って話でしたよね? しかも俺自殺未遂2回で1回は救急車まで呼んだから記録は消防署にありますよ? 運が悪けりゃ今頃死んで此処に居ないな」

葛西の母親だけは訳が解らないという顔をしているが他の人間は青ざめた。

「五所川原先生に、本橋先生、それは本当かね? なら一方的に天城くんが悪いとは言いきれないぞ」

校長も嘘ばかりだな…あの時の最終的な決断はお前がしたんだろうが。

「いえ、俺は何も悪く無くて、悪いのは先生方と鶴橋だけですよ」

「貴様言うに事欠いて此処までしておいてふざけるな」

「そうよ暴力を振るわれたのよ」

「俺、暴力を振るってませんよね? 本橋先生、違いますか?」

《此奴はやはり計算していたのか、もう駄目だ》

「そうだな、あれは暴力じゃない…」

「お前本橋、ふざけるな…息子の人生が終わる様な怪我が暴力じゃない」

「そんな訳無いでしょう、洋二のは二度とボクシングが出来ない体になったのよ、何で暴力じゃないの、そん訳無いわ」

スマホにメールが入った。

ようやくきた様だ。

「俺の保護者が来たみたいなので、連れてきて良いですか?」

「そうだな、大人が話し、しないと解決しない」

「お前、そんな態度なら、親にきつく文句言ってやるから覚えて置け」

「初めまして弁護士の北村です、天城静流さんの勤める会社の顧問弁護士をしています」

「「「「「えっ」」」」」

「あの、なんで弁護士が来るんでしょうか?」

「何でも、虐めだけに飽き足らず、今度は無実の人間を罪に陥れようとしているとか? 私が来るのが当たり前でしょう?」

「「「「「無実」」」」」

北村弁護士は話し始めた。

「まず、これは喧嘩じゃ無くてれっきとしたボクシングの試合です【顧問】が立ち合い、ちゃんとレフリー役までいました、そして部員を含む大勢の人の前での事ですよね? グローブまでつけていて何処が喧嘩なのですか?」

「だが、俺の息子は」

「法律的には悪意が無ければ、問題になりません」

「仕返しとか復讐は悪意じゃねーのか?」

「他のスポーツなら兎も角ボクシングですよ、良いですか?ボクシングは相手を殴るスポーツなんです、相手を殴る行為で暴行罪・傷害罪にしたら競技そのものが出来ません、ボクシングでもし罪に問われるなら、ルールを破った場合ですね…ボクシングのルールの中で行為が行われる限り違法性は否定され、犯罪は成立しないと考えられます…顧問の先生は知っていますよね?」

※あくまで一般論です、もしかしたら間違いがあるかも知れませんが小説なのでお許し下さい。

「ちょっと待て、それじゃ此奴は無罪って事かよ!」

「息子がこんな事になったのに無罪なんて」

「よーく考えて下さいね、普通に考えてボクシングの試合で怪我したからと言って相手なんて訴えられないでしょう。先生はどう思います?」

《こうなるのが最初から解っていたんだ、理不尽だが諦めるしかないんだ》

「知ってました、すみません」

「そうですよね、そうじゃなくちゃ世界チャンピオンは犯罪者になりますよ」

「本橋先生、知っていたなら何で言わないんですか?」

「校長、怪我した生徒の親御さんの気持ちを考えると言い出せませんでした、すみません」

「それじゃ、仕方ないですね、鶴橋さん、葛西さん、そう言う事なのでご納得下さい」

校長はさっさと話しを打ち切った。

「ふざけんな…だが本当に仕方ないのか?」

「洋二…」

「お話しはこれで終わりじゃありませんよ!…、今度は今迄の翼氏への暴行傷害、恐喝の問題です、一応学校側に3000万、鶴橋さんに1200万、そして本橋先生、と五所川原先生にはそれぞれ、600万請求予定です、嫌なら裁判を起こすつもりですが、条件を飲んでくれれば取り下げます」

「そんな幾ら何でも」

「私は担任として義務を果たしていました」

「俺は天城との約束を守って、ボクシング部を解散するつもりだ、あともう疲れたから退職もする、それだけじゃ駄目か」

「おい、此処まで追い込むのか? 息子の人生は半分終わったんだぞ」

「そうですね、本橋先生の意見は依頼主の意見に近い、葛西さんももう話は終わりましたから和解書を書いて終わりで良いですよ。他の方はこれから話し合いましょう? 証拠は山ほどあるから裁判になったらこんな簡単な裁判は無いですね」

結局、慰謝料を請求しない代わりに、五所川原先生は退職、鶴橋は退学し親子共々他県に引っ越し、そして今回の件は学校は翼に配慮し、今後この事で翼が不利になる事が無いようにする事、それぞれの条件で和解書を書き終わった。

学校からの帰り道、北村弁護士は「本当に裁判したら、あんな金額は絶対にとれないんですけどね、請求は自由ですから」と笑っていた。

こうして俺の虐め問題は終わった。

※今回の話はリクエストです…確かにあの話なら、その後どうなったか書かないと駄目ですね。

その為、少し騎士と離れていますがお許し下さい。

※ どちらかと言えば、平凡な主婦だった静流さんが会社の副社長になり精神的に強くなって、弁護士まで介入できる。
  彼女の精神的成長の話かも知れません。

【勇者SIDE】女神パラダイス
此処にきてようやく、この世界の事が解った。

美醜逆転でも何でもない。

前の世界に比べて、女性の美しさが著しく劣った世界だった。

逆に男性はこれでもかと美男子、美少年しか居ないのに非常に残念な世界だ。

ラノベに異世界に転移したら【その世界には美少女】しかいないそんな物語があったな。

確か、その理屈は元の世界より【女性の美しさが数段階レベルの上の世界】に転移したからそんな落ちだったような気がする。

だったら、逆もあるそう言う事も考えなければいけなかったんだ….

もし、異世界転移する様なことがあるなら絶対に詳しく聞いた方が良いぞ。

この世界の真実の姿は

日本の美女>日本で普通の女の子>日本のブス>日本でとんでも無いブス(学校一、会社一のブスクラス)=この世界の最高の美女>日本に居たら気持ち悪くて見たくないブス=この世界の美女>>最早モンスター=この世界の普通の女の子。

こんな感じだ。

つまり、この世界は【女性の美しさが数段階どころじゃない程下の世界】だった…そう言う事だ。

確かにあって可笑しくないよな。

日本の昔話しにもラノベにも迷い込んだり、転移したら美女しか居ない、そんな話も沢山ある。

だが、その逆もあるなんて考えないよな、だが普通に考えたらかなりの確率でこんな世界に来る確立があったんだ。

実際に元の世界の数値は解らないが女性の美しさのレベルをトランプの6にしよう。それより大きい数字が今より女のレベルが高い世界。

それより下が低い世界、俺は多分1~3を引いてしまった、そんな所だな。

この世界にはブスしか居ない、そして最高の美少女でも日本ならとんでもないブスレベルなんだ…地獄だよ。

まぁ割り切って、それだけ我慢すれば…後は最高なんだけどな、飯は上手いし、勇者だから地位も金もあるから贅沢も出来る。

虚しい、虚しすぎる。

しかも、ブスしか居ないのに…俺はこの世界で10人子供を作らなくちゃならないんだ。

そこで俺は考えたんだ。

「目が悪くなる魔法ですか? 良くなる魔法でなくてですか?」

流石に盲目にはなりたくないが…目が悪くなれば解決じゃないか?

ブスも見えなければどうにかなる。

ちなみに聖女にお面付けようとしたら、ビンタされた。

「そうだ、無い物か?」

俺は今日、宮廷魔術師 師団長の所に来ている。

魔法で敵の視力を奪う魔法があると聞いたから、そんなのもあるかも知れない。

勇者という立場は要人でも簡単に会えるのでこういう時は本当に都合が良い。

「ブラインドという魔法はありますが、これは相手の視力を奪う物なので何も見えなくなりますね」

「それじゃ駄目なんだ…あくまで視力が悪くなるだけの物が欲しい」

「理由をお聞きしても宜しいですか?」

俺は嘘をつく事にした…それが一番誰も傷つかない。

勇者の力を手に入れる為に大きな代償を払う必要があった事。

そして、その代償が「女性が醜く見える」そういう物だった。

これならどうだ? これなら今迄の俺の態度の悪さからも納得するだろう。

「そうだったのですね…凄く辛かったでしょうね、だから王女様や聖女様にも辛くあたっていたのですね」

彼は涙ぐんでいる、話は嘘だが、実際の俺の境遇は同じだ、これなら【本当は綺麗だけど、俺にはブスに見える】彼女達のプライドも保たれて問題は無いよな。

「ああっ、本当に尽くしてくれる..良い奴ばかりなのに顔がモンスターに見えるんだ..正直狂いそうだ」

「そこまでだったのですか…あの美しいジョセフィーナ姫がモンスターに見えるなんて、なんと憐れな」

「隠していた事だから、気にしないでいい」

「ですが、それなら女性の居ない人里離れた場所で暮らすという事ではいけないのでしょうか?」

「俺の力は..遺伝するらしい、この世界の為に、10人以上の子供を作ると女神と約束した」

「そうですか、勇者様の為です…ならば、私がどうにかしましょう…幾つかの方法はございます…いずれも禁呪ですが勇者様に使うなら誰も咎めないでしょう!」

「そうか、一生恩にきる」

「それでこれが勇者様に対して有効かと思える対処魔法です」

?「腐った目」

 この魔法に掛けられた人間は美醜が逆転する。
 この魔法は、異世界の書物を見た、偉大なるメイジが遊び半分で作ったとされる。
 だれが見ても気持ち悪い女に囲まれながら「俺は最高のハーレムを手に入れた」と言いながら死んでいった。

?「ホワイトマスク」

 この魔法に掛けられた人間は全ての人間が白い仮面をつけた状態に見える。
 男も女も全員。
 この魔法はその昔、勇者に仕えた魔術師の大規模魔法を封ずる為に、敵味方の区別が解りにくくする様に魔王が編み出したとされる。

?「障害フェイス」

 この魔法に掛けられた人間は人の区別がつかなくなる。
 顔にモザイクが掛かったように見え区別がつかない。 男女全員。
 この魔法はその昔し、勇者に仕えた 優秀な斥候の動きを封ずる為に 報告が出来ない様に魔神が作ったとされる。

?「女神パラダイス」

 全ての女性が女神ラクーアに見える。
 この魔法は、その昔、女神の美貌に対して暴言を吐いた美少年に女神が用いたとされる。
 女神ラクーアを愛する者には至高の魔法と言われるがつかわれたことは歴史上2人しかいない。
 
 ちなみに、用いられた1人は先の美少年…暫くしてから狂い自殺した。

 もう一人は、女神教徒。 女神を心から愛してやまない彼は勇者でもないのに、命を賭して先の魔王と戦い続けた、そして、自分の命と引き換えに魔王を倒した。

 その事に感銘を受けた女神はその教徒に二度目の命を与え、褒美をとらせようとした。
 だが、その教徒の望みは「女神その物であった」その使徒の美しさと自分を思う心に答えたい反面、自分が女神である以上答えられない。
 その時に過去に使った魔法を思い出した女神は「私は貴方の気持ちに答えられない..その代り貴方の世界を私で満たしてあげましょう」そう伝えこの魔法を用いた。

その教徒が亡くなった時は何とも言えない幸せそうな顔をしていたという。

?番は良さそうだが、実は意味は無い、この世界で美醜が逆転するだけだ…まぁ少しは和らぐがそれだけだ。

?番は駄目だ、幾らマスクをしているとは言え、元の顔が思い出されるだろう..

?番はこれを選んだら破滅だ、誰が誰だか解らなくなったら生活が真面に出来なくなる。

そう考えたら?番しかない。

この世界の女の醜さは顔だけだ..体に関しては普通に色々なタイプがいる。
幸い、女神は凄く美人だ..そう考えたら、これしか無いのかも知れない。
ただ、全ての女性が女神の顔に見える事に若不安を感じるが、今よりはずうっと良い..良くてブス、本当に不細工だとゴリラ以下..正直オークやゴブリンと変わらない位不細工な女もいる..これの方が遙かに良い筈だ。

「それでは女神パラダイスで」

「やはり、そうですよね、美しい女神様に全ての人間が見える..私は怖くて(げほん)出来ませんが最高の筈です では神託を使って魔法を行使する必要がありますので 神官を呼んできますね」

宮廷魔術師 師団長が 10人程の神官をつれて来た…皆不細工な女だ。

「それじゃ行いますよ..」

「頼む」

目を瞑り、そのまま居ると目に何か熱い物が入ってきた。

「終わりました、どうですか?」

俺は静かに目をあけて、不細工だった神官をみた。

エロイ、美しい女神の顔ではぁはぁ言いながら床に倒れている。

この世界に来てはじめて下半身がうずいた。

「成功だ..師団長どの..一生恩に着ます..これ使って下さい..」

「この様な物は頂けません..」

「良いんだ..」

俺は金貨の大量に入った袋を師団長に渡した。

今迄の苦労に比べたら遙かに良い、世の中の女性の顔は1つになってしまったが、ブスやモンスターに囲まれる様な生活とは比べ物にならない。

「解りました、これは今後の魔法研究資金と教会への寄付に致します」

「おう、じゃあな..困った事があったらいつでも相談してくれ、大抵の事はしてやる」

《勇者様は今迄さぞ辛かったんでしょうな…私が同じ状態だったら考えただけで、ぞっとします。勇者様が笑顔になったのを初めて見ましたよ…早く相談してくれれば良いのに、そうしたらもっと早くに対処して上げれた》

俺は走った..街の女が全部、女神の顔に見える..だが、やはり、最初に相手するのはあの5人だ。

あの5人は、本当に俺を愛してくれていた。

「どうしたのですか 翼様」

「皆んな、俺が悪かった…愛している!」

顔だけだったんだ..顔が真面ならそれぞれが独特の良いスタイルをしているし、性格も良い。

最高の女達だ。

「本当ですか? あの永遠の愛は、誓って頂けるのですか?」

「ああ、勿論だ..」

その日の翼は今迄の事が嘘だったように5人相手に愛し合った。

月日は流れ、子供も生まれた…だが生まれた子供のうち、女の子は全員母親と全く同じ顔だった。

30歳になって女性たちの体つきが変わっても顔は若くて美しい女神の顔だった。

美しき女神の顔に囲まれながら…翼は生きていく..

翼が死ぬ時には笑っているのだろうか? 悲しんでいるだろうか? 

その答えは 勇者 翼しか知らない…

※もう一話先にする予定でしたが、此処で謎解きをしました。

 セレスの場合はこの逆になります。ジョセフィーナ姫が元の世界で究極の美少女でしたが、日本にいたら〈とんでもないブスレベル〉 つまりセレスの方が美女しかいない世界に転移した事になります。

特攻服

「くそっ見逃した、そういう話があるならサボるんじゃなかった」

茜はその日、少し荒れていた。

実際はサボってばかりで通っていなかった高校に天城翼が通っている事をついさっき知ったからだ。

「お前、ふざけんなよ! そういう話知っていたら、先に教えろよな!」

「お姉ちゃん、流石に同じ学校に通っている事も知らないなんて思わないよ」

「あん! 京子お前、私に口答えする気なのかよ? 姉妹の血で自分の身が守れるなんて思ってねーよな?」

「うっ ごめんなさい」

「そうそう、謝れば良いんだよ」

普段の茜は此処まで理不尽な事はしない、我儘だがそれなりに筋は通す。

だが、籍だけおいて殆ど行っていない高校に翼が居るなんて思っていなかったし、しかも同じチームの仲間から翼の話を聞くなんて思わなかった。

時は少し遡る。

「茜さん、聞きました? 茜さんの高校、凄い事になってますよ」

「あん? 私の高校がどうかしたのか?」

「ボクシング部、無くなっちゃたらしいですよ」

「ボクシングだぁ~ 鶴橋のボケが傷害罪で捕まったとか?」

「違いますよ、何でも叩き潰された様ですよ?」

「マジ?」

「マジです」

「うちのボクシング部、まぁ鶴橋はまぁチンピラみたいな物だけど、葛西っていうプロライセンス持った奴がいたはずだけど、闇うちでもしたのかな?」

「それが、ちゃんとした試合で、その葛西もぶっ倒したらしいですよ?」

「無いな…あれ多分バケモンだもん、後ろから金属バットでボコる位しなくちゃ勝てねーよ」

まぁ私が彼奴とやるなら、車でもギって来て、後ろからはねて終わりだけどな。

「いや、本当ですよ」

「誰がやったって言うんだよ…そんな根性のある奴聞いた事ねーよ」

「信じられない事にオークマン、天城翼だって言うんですよ、笑っちゃいましよね」

翼さん..だと? 凄いな、それが本当なら外見だけじゃなくて中身まで好みなんですけど…

今この馬鹿…《信じられない》とか言ったな。

「おい」

「何ですか茜さん」

「今、翼さんの事馬鹿にしたよな?」

「何ですか、いきなり」

「翼さん、馬鹿にしたら、泣かすよ?」

「冗談ですよね?」

「俺が冗談嫌いなのは知っているよな?」

「ごめん」

「まぁ良いや、だけど次は無いからな、覚えておけよ?」

「すみません」

【京子SIDE】

「お姉ちゃん、あの…ついでに言わして貰って良い?」

「いいぜ」

「殴ったりしない?」

「しねーよ、ようがあるならとっとと話しやがれ」

「お姉ちゃん、服買った方が良いよ?」

「何でだよ!」

お姉ちゃん怒るから言いたくないな。

好きな男の子に特攻服来てサラシまいて会いに行く女子高生なんて漫画しか居ないよ。

今のお姉ちゃんはこれでも随分優しい。

それは、好きな男が出来たからだ。

これでもし、振られたら..また恐怖のお姉ちゃんに戻っちゃう。

だから、言うしかない。

「あの、それはそれで良いけど、翼さん、普通の子だよね…もっと普通の服の方が良いと思う…」

「うるせーな、お前はこの特攻服の意味がわかんねーつうのか?」

知ってはいる。

私だって不良だから…

お姉ちゃんのチームは 紫の特攻服の場合は「死ぬ気の特攻」を現す。

そして、今お姉ちゃんが着ているピンクの特攻服は「純情…好きな男がいる」そういう意味だ。

「解るけど、翼さんに嫌われるかもよ?」

言わなくちゃ、普通の高校生なら嫌うから、どうして家のお姉ちゃんは馬鹿なんだろう。

相手はヤンキーじゃ無いんだよ。

「嫌わねーよ…だって翼さん、ピンクで可愛いって褒めてくれたもん」

「くれたもんって…お姉ちゃん」

そう言えばここ暫く特攻服きて出て行ったよねお姉ちゃん。

まさか、あの時もそうなの…

毎回、こんな格好のお姉ちゃんと会っていたのかな?

案外大物なのかも知れないね。

ビッグマウスの末路
【鶴橋SIDE】

「親父、何だよこれ…」

「どうしたって言うんだよ、三郎」

二人の男が三郎を見て泣いている。

2人とも鋼の様な体に短髪の金髪。

甘いマスクをしており、知らない人間が見たら【ホスト】や夜の仕事をしている様にしか見えない。

父である五郎は2人に事のあらましについて伝えた。

「それで親父どうすんだよ! この県から出て行くって事は他県に行くと言う事だろう」

「それだけでもどうにかならないんかな、俺と兄ちゃん親父と三郎の為にこの家を建てたんだからな!」

「ああっだが、もうどうにもならない、弁護士立ち合いの元に書類を書いて、俺は退職届を書いた」

鶴橋三兄弟。

ボクシングが好きな人間なら誰しもが知っている。

長男の一郎は、ライト級の世界チャンピオン、派手なパフォーマンスから男女共に人気がある。

今現在は防衛を8回しており、自分ではキングオブキングスを名乗っている。

最もボクシングでそれを名乗って良いのはヘビー級だけなのだが、強気な一郎は「俺がやればヘビー級チャンピオンも秒殺だ」と言い張り、止めない。

最もこの強気な態度が、マスコミにも人気なのだが。

二郎。

現在は一郎が持っているチャンピオンとは別の団体のランキング6位。

少し前まで東洋チャンピオンだったが、返上して本格的に世界王座を目指し始めた。

近く、兄弟チャンピオンが出来るんじゃないかともっぱらの噂だ。

「だがよ、親父これ明かに反則じゃないのか?」

「兄ちゃん、確かに、俺も同感だぜ」

「ああっ確かに俺も疑ったが、グローブをつけたのはうちの部員だ、外した後もちゃんと確認した」

「親父、確かかか?」

「ああ、間違いない」

「いや、親父証拠がある」

「だから、証拠はない」

「いや、ある、世界チャンピオンの俺でもこれは出来ない、それが証拠だ、俺に出来ない事がガキに出来る訳が無い」

「そうだな、これは兄ちゃんも俺にも出来ないな…確実な証拠だ」

「いや、だが」

「親父は黙っていて良いよ、俺たちがどうにかしてやる」

「そうそう、後輩と弟の敵討ちはしてやんよ」

二人は頭に血が上っていた。

後輩の葛西に大切な弟がスクラップの様にただ病室で寝ていた。

《許さない》それしか考えていなかった。

では、どうすればこうなるのか?

それを考えなかった。

グローブの下に石を握り込もうが、鋼鉄製のナックルを入れてもこうはならない。

その事が後でとんでもない悲劇に見舞われるとはこの時二人は思っていなかった。

その日茜は浮かれていた。

天城翼が外見だけでなく、中身までもが自分の理想に近い事が解ったからだ。

《どう考えても、あそこ迄鍛えられた体をした翼さんが弱い訳ないだろう…でも此処までとはね》

茜はヤンキーなので1に外見….2に強さ、実にヤンキーらしい少女だった。

つまり、その二つがあれば、あとは馬鹿だろうがどうでも良い。

もし、他を加えるなら車がバイクが好きであれば尚よい、そんな感じだ。

いつもの様に翼が座るベンチで話を始める。

ピンクの特攻服に晒しを巻いて、自慢の長い金髪は風に流れる様にサラサラ。

彼女にとっては、恋愛の勝負服だ。

「翼さんは何時も此処にいるんですね」

「気がついたら習慣になってね」

「そうなんですか…まぁ私も最近はこの辺りを散歩するのが日課です」

こんなしおらしい茜を見たら京子は驚く事だろう。

完全に猫を100匹位被っている。

「だから、よく逢うんですね、何時も話し相手になって貰って助かっています」

「そうですか? 私、迷惑になってませんか?」

「はははっ、迷惑なんてそんな、茜さんみたいな美人で綺麗な人が話し相手になってくれるんですから嬉しくてしかたないですよ」

茜は外見は本当に綺麗だ。

実際に【特攻小町】【血みどろ天使】なんて呼ばれる事もあり、雑誌に写真も良く載る。

但し、ヤンキー雑誌、一番新しい写真は、お地蔵さんの首を叩きおり「仏上等!」と書いてある写真だ。

まぁ、こんな性格だから、彼氏は未だ出来た事は無い。

すべての女性が綺麗に見える翼から見ても、その中でも物凄い美女に見える。

「私って、そんなに綺麗ですか、だったら」

「兄ちゃん、ちょっと顔貸してくんない」

「あんっ、てめー今…あああっん!」

《ヤバイじゃん、此奴鶴橋の兄貴…じゃん》

「あのさぁ、今俺は、茜さんと楽しく話しているんだけど? あんた誰」

何だ此奴急に、敵意剥き出しで。

「知らねーわけ無いだろうが? ボクシングしていて俺知らない奴は居ないよな?」

「本当に知らないが」

「おい、二郎、挑発に乗るな、初めまして天城翼くん…俺の名前は鶴橋一郎、そいつは二郎だ、知らない訳無いんだろうがあえて名乗ってやるよ」

「それはご丁寧に」

「それで、お前さ、確かに弟はやんちゃだったよ! お前を虐めていたし、金もとったかもしれねー、そして親父は《やり返さないのが悪い》そういったんだろうな、だがな、一生をぶち壊す必要はないだろう」

「逆に言うが、試合で怪我しても文句言うのか? あんたら見た感じ格闘技やってそうだが」

「何処までも馬鹿にするのは止めたまえ、横にいる女を見れば解る、お前みたいな不良が虐められているわけ無いだろうが」

「私は関係ないだろうがーーーっ、お前の弟は最低の人間だって有名だ、嘘だと思うならその辺の学生に聞けばわかるよ」

「ああ、知っているさ…だがな俺は程度の事を言っているんだ、殴って怪我した、それ位なら文句は言わないがあれは無い」

「茜さん、有難いけど少し静かに、あのさぁ貴方達が鶴橋の関係者、多分兄弟なのは解った…だけど俺はあんた達の言う所のストレート1発しか出して無い、それで怪我してなんで文句言われる訳? しかもちゃんとした試合だ」

「一発だと!嘘いうな」

「もういいや、送って行くから、茜さん帰ろうか」

「待てよ! お前…そうだ試合ならリベンジ受けるとか言ったらしいな? それは俺ら相手でも言えるのか?」

「まぁな…だが、今は受けたくはない」

「逃げるのか?」

「それは無いな…受けるのは構わん、だが今は嫌なだけだ」

「もし、逃げるなら、お前の横の女がどうなるか解らないぞ」

「茜さんに手を出す気か?」

「お前も、その女も不良だろうがーーーっ喧嘩もしないで何が《喧嘩上等》なんだ」

「なっ…」

うん、確かに茜さんの服に書いてある…だけどこれファッションじゃ無いのか?

大人気ない、仕方ないな…やれやれだ。

「茜さんに手を出されちゃ困るから、聞くよ、俺はどうすれば良いんだ?」

「ジムにきて試合しろ…それで良い」

「解った、その代わり勝っても負けてもこれで終わりにしてくれ」

これは前にこいつ等の親父が言ったんだ、俺が同じ事言ってもよいだろう。

「勝てるつもり? いいぜ」

「それじゃ、茜さんまた明日」

「おい、翼さん、駄目だってこいつ等、ボクシングの」

「此処からは男の話しだ、いつも奢ってもらって悪いから、明日はそうだ、俺が飯でも奢るよ」

「本当?」

「約束だ」

「解った」

《しゃーないな、男って言われたら顔たてなきゃな、まぁ怪我していたら気遣ってあげればよいし…負けて悲しんでいたら慰めてやりぁ良いか…このガタイだから大怪我はしないだろう》

「それじゃ、また明日」

「女とのお別れもすんだみたいだな、行くぞ」

「解った」

【大橋ボクシングジム】

「会長、ちょっとリング借りるわ~」

「おい、相手はプロじゃ無いんだ、手加減しろよ」

「解った、解った、なぁ、兄貴、そんな事しないよな?」

「まぁちょっとこの子供に世間の厳しさを教えるだけだ」

大橋ボクシングジムはまっとうなジムだから本当はこんな事はしない。

だが、ジムの看板二人に《ならやめる》といわれりゃ許すしかなかった。

しかも、デビュー戦を控えた葛西まで潰されたから、心情的には大橋会長も腹はたっていた。

「まぁいいさ…兄ちゃん、まぁ、少し痛い目にあって反省するんだな」

「ああっ、この書類に、あんたと二人がサインしたら、ちゃんと受けてやるよ」

「何だ、この書類、兄ちゃんプロ気どりか? どれどれ、まぁ、真っ当な契約書だな」

これは北村弁護士が用意してくれた物だ。

もし次、同じような事があったら事前に書かせるように言われた。

たいした内容じゃない、簡単に言えば《ルールに則って試合したら、怪我しようがお互いにお金の請求はしないし、責任は無い》

そういう内容が法律的に書かれている。

流石の北村弁護士もまさかこうなるとは思っていない。

ただ鶴橋の父親が何かすると思い、用意した物だ。

この間の様に証言をする人が集められない可能への配慮らしい。

「会長、内容に問題は?」

「ねーな、ようは試合だから怪我しようがどうなろうが自己責任、弁済は一切しないってこった、此方もこれなら都合が良い」

グローブやトランクスは貸してくれるそうだ。

案外悪くない。

お互いにサインしたから、これで問題にされる事は無いだろう。

「お前、やっぱりプロ格闘家なんじゃないか?こんな物まで用意して」

「違う、お前の弟のやり方が酷いから弁護士が用意しただけだ」

「そうかよ、まぁ良いや、これでお互い問題無く戦えるな」

「ああっ、それでどっちからやるんだ?」

「兄貴はチャンピオンなんだぜ、俺からだ、というか、俺で終わりだ」

「大した自信だな」

そのまま、リングに立った。

いちゃもんが怖いので、鞄の隙間からスマホで録画もセットしておいた。

これも北村さんの指示だ。

プロだと言うのだからちょっと位は強いのかも知れない。

俺が前いた世界にも拳闘士というのが居た。

酒場でよく素手で殴り合って金をとる者から、ナックルをつけて冒険者として活躍する者まで色々だ。

この世界には冒険者になる者は居ないから…此奴は多分ショータイプの拳闘士なのだろう。

多分酒場にいたクルーガーみたいな奴だな…彼奴はよく「俺の拳はドラゴンすら殺す」と言っていたが眉唾だ。

精々がゴブリンを殴り殺せる位だ。

「俺のいるリングに上がるとは良い度胸だな兄ちゃん」

「何だ、その構えは」

明かに顔を防御しているが体はがら空きだった。

「兄ちゃんは知らんかもしれんが、俺はボディーの強さには定評があるんや」

「なら、良い」

「始めるぞ」

リングが鳴った。

自信があると言うのだからボディーを殴っても良いだろう。

そのまま腹を殴った。

「そんな物…うがっああああああああっ」

「おい、大丈夫か? 早くカウント」

様子を見て、タオルが投げ込まれた。

「うがぁぁぁ…痛てぇぇぇぇぇーーーっ」

そのままリングから二郎は運ばれていった。

「彼奴大丈夫か?」

「彼奴もボクサーだ、大丈夫な筈だ気にしないで良い、舐めていて力抜いた瞬間にラッキーパンチが当たったんだろう、だが誇って良いぞ、彼奴は世界ランカーだからな…まだやれるか?」

「まぁ一発殴っただけだからな」

「そうか、なら俺が相手してやろう、俺はやる気は無かったんだが、三郎、二郎とやられちゃやるしかないな」

「強いのか?」

「ああっ、俺はチャンピオンだからな、世界で一番強い」

「そうか、なら少しは楽しめそうだ」

「ほう…余裕だな」

そのまま一郎はリングに上がった。

「はぁ、まさか二郎が負けると思わなかった、それじゃいいな」

どう見ても強そうに思えないな、多分クルーガーみたいにショーの為にビッグマウスなだけだ。

そう言えば、まだ攻撃を受けた事は無かったな。

まぁ、喰らう価値も無いな、こうも遅くちゃ意味がない。

俺は軽くパンチを繰り出した。

びちゃっ  グローブが掠り顔が切れた。

そのまま手加減してがら空きの腹に手加減してパンチを繰り出した。

「ぐえぇぇぇぇぇぇっ」

盛大に吐きながら蹲っている。

大橋会長がタオルを投げ込んだ。

これで終わりって事だろう。

俺はそのまま近づいて「約束ですからもう俺に構わないで下さいね」そう伝えて俺はリングを降りた。

「おい、いや、天城君だったか? ボクシングに興味ないか?」

拳闘の事か?

戦う拳闘なら興味はあるが、ショービジネスにはうんざりだな。

こんなに弱いのに【世界一】を名乗るなんて痛すぎる。

多分、八百長でもしてカッコ良く見せるのかな…俺に役者みたいな事は出来ないだろう。

「余り、興味ないな…参考までですが、稼げるんですか?」

「ああっ君なら稼げる…その甘いマスクにその実力、直ぐにチャンピオンだ」

「どの位?」

「億万長者だ」

無理だな、俺にあのお芝居は出来ない。

八百長やりながら演技するなんて無理だ。

だが、無碍に断るのもな…

「考えておきます」そう伝えてジムを後にした。

【大橋ジムSIDE】

「しかし、凄い奴がいたもんだ…チャンピオンと世界ランカーがKOなんて」

「凄いですね」

事務員がけたたましく走ってきた。

「会長、今病院から連絡がありましてすぐ来るようにと」

「解った」

病院に向った大橋会長が見た物は、緊急手術中の2人だった。

「これは一体どうしたっていうんだ」

「貴方が責任者ですか?」

「はい…」

「一体どんな練習していたんですか? 二人とも内臓破裂を起こしています」

「内臓破裂…ボクシングは出来る様になりますよね」

「あんた、何言っているんだ? 一郎さんも二郎さんも歩行困難は確実です、場合によっては寝たきりの可能性もある、複数の臓器が破裂しているんです…特に二郎さんの方はペースメーカーの埋め込みも必要かも知れません…命の保証はしますが、それ以外は諦めて下さい」

「そんな…ああっ」

「此処に運ばれてきて良かった、小さな病院だったら死んでいましたよ、命が助かった事が奇跡です」

「そんな…それじゃボクシングは」

「諦めた方が良いでしょう、今うちの優秀な医者が手術していますが命の保証以外は…言われても無理です」

「あああああっーーーーーーっ」

一郎の世界タイトルの防衛線に、二郎の世界挑戦、二つの違約金。

そして二枚看板の2人の引退に、期待のルーキーを失った大橋ジムは…昔の様な弱小ジムに戻るしかなかった。

大きな怪我なので警察が事情聴取したが…書類があるので問題視されなくなった。

地上最強の男…かもしれない
セレス(今は翼)の実力はどんな物か、ちょっと考えてみよう。

一般的にフルプレートの鎧の重さは30キロ~60キロとそんなに重くない。

ただ、問題なのはこの重さのフルプレート…クロスボウで貫通するしモーニングスターで壊れる。

では、異世界で、盾になって守ってくれる騎士(モブ)でどの位強いのか?

大型の魔物の一撃を防いで

「ここは俺に任せて逃げろ」と叫んで1撃を防いだが、結果簡単に死ぬような一言セリフがあるだけのモブ騎士。

オーガの一撃を受けても鎧が壊れないで立ち上がるが結局は殺されてしまうモブ騎士。

その攻撃に耐える鎧があるとしたら、ミスリル等空想の金属で無いとして…おおよそ220キロ(140キロという専門家もいます)

刀は1キロ~3キロ 両手剣はは5キロ~6キロらしいが…これではあんなに大きな生き物は斬れない。

ではそれに耐える刃物の重さは最低30キロ、出来れば50キロは欲しいと言う事だ。

それにもし盾を持つなら+60キロ位は欲しい。

そこから考えるなら最大で盾無しで270キロ、盾有なら330キロになる。

※あくまで参考資料からの考え、間違いはあるかも知れませんが小説なのでお許し下さい。

異世界で戦っているモブ騎士はこんな装備で戦っている。

しかも様子を見ると歩いているのでなく、走り回るシーンもある。

セレスは、そんな中でジョブもスキルも無しに、それに追き、僅かに追い越した。

本来はそんな奴は筋肉ダルマだが…ルックスは美形で細マッチョ、まぁこれはご都合主義だが。

そのまま送り込まれたら…正に地上最強なのではないだろうか。

ヘビー級のボクサー…

地上最強を名乗る格闘家…

そんな者はこの男の前では只のオモチャだ。

地上最強の肉食獣?

地上最強の生物…そんな称号はこの男の為にある。

クマ…異世界なら子供の冒険者が余裕で狩っている。

牛…うん、只の食料だね、よく最弱の魔物のゴブリンに襲われているよね

トラ、ライオン….此奴なら瞬殺だーーっ

サイ、カバ….まだ大丈夫だ。

ゾウ…まだ勝てるな。

ティラノサウルス、トリケラトプス…もしかしたら勝てるかもしれない。

これが異世界で努力した男。

【オーガを狩る男】セレスの力だ…最早手を付けられない程の強者だ。

まぁ向こうなら、それでも英雄には手が届かないんだけどね…

何かが変わり始めたかも知れない?

鶴橋を倒した事で俺の日常は変わった。

「おはよう!」

「…天城くんおはよう」

「…天城くんおはよう」

クラスの皆が普通に挨拶してくれるようになった。

だが、凄くぎこちない。

最初は、俺に対して「様」をつけて呼び出したが止めて貰った。

だが、鶴橋の事で恐怖を覚えたのか、皆は勝手に「くん」をつけて呼んでくる。

これはこれで凄く寂しい。

五所川原は辞めてしまったので、代わりに上司という先生が担任になった。

まぁ副担任が担任に繰り上がった。

そんな感じだ。

上司先生は今は剣道部の顧問をしている。

実際は五所川原が顧問をしていたが、辞めてしまった(笑)からだ。

実は剣道に興味があり、話をしたのだが

「天城君、暴力的なのは先生はいけないと思います」

そう言われて見学を避けられてしまった。

いや、俺は元騎士だし、本当に興味があっただけなのに…

少し食い下がったら、

「お願いだから、お願いだから、やめて下さい…剣道部の誰かが虐めに荷担してたのかも知れませんが…先生暴力で解決するのはいけないと思います」

「いや、違うんだが、もういいや」

「そうですか、先生ほっとしました」

いや、俺そんな物騒な人間じゃないぞ。

ただ、自分の居場所を作りたくて頑張っただけなんだが…やり過ぎたのか?

まさかこの世界の人間が此処まで弱いなんて知らなかったんだ、仕方ないだろう。

このまま、真面な学校生活が送れない様な気がして仕方ない。

ただ、勉強は凄く楽しい。

こんな生活に必要ない事まで学べるなんて…こんな経験はこちらに来なければ無かっただろう。

退屈だな…

家族以外に挨拶以外で話してくれるのは、茜さん位だ。

後の人間は遠巻きに見る位しかしてこない。

正確には京子ちゃんと久美子ちゃんも居るが…これは茜さんに付き合っての事だ。

違う。

授業は楽しいが、それ以外は殆ど会話も無い。

このまま、俺は友人や恋人が作れるのだろうか?

考えろ…俺…変わる事は出来ない。

なら、これからは騎士だった頃を思い出せ。

少なくとも縁談の話は幾つもきたんだ…嫌われているのは多分今だけだ。

挽回のチャンスはある筈だ。

学校が終わり何時もの様に公園に寄ると茜さんがいつも様にいた。

「翼さん、大丈夫だった…平気?」

「どうしたんだ、そんなに驚いた顔をして」

「いえ、昨日連れていかれて、大丈夫かなと思って」

《何で無傷何だろう…相手世界チャンピオンなんだよ》

う~むなんて言おうか?

弱かったとか言うとなんだかショービジネスを馬鹿にしたみたいだ。

クルーガーは強い、それは酒場では当たり前。

態々騎士や冒険者は否定はしない。

「いや、あんなグローブをつけて殴り合っても怪我なんてしないぞ」

《そうか、幾ら馬鹿でも怪我する様なことはしないよね、重いグローブならそんな大怪我しないよな》

「そうか、そうだよな、だけど今の話だと翼さん、素手の殴り合いの経験があるみたいですね」

「ああっ少しだがあるな」

《どこがオークマンだよ、ステゴロ経験まであるじゃねーか、寧ろ、紅の翼とかの方が似合うんじゃね?》

「うふっ凄いですね、昨日の喧嘩は…あっボクシングはどうでした?」

「二人とも結構強かったけど、どうにか勝てたよ」

夢を壊しちゃいけないよな…

《スゲーじゃん、ボクサー、それも世界チャンピオン相手に勝つなんて凄いな》

「凄いな、翼さんって、そう思うだろう、京子、久美子」

「…そうだね」

「うん」

《可笑しいな…今一瞬オークマンが…凄くカッコ良く見えた》

《あれ…なんでかな王子様…》

「どうしたんだ? 京子、久美子?」

「あはははっお姉ちゃん、何でもない」

「私も何でもない…です」

「変な奴だな」

「そうだ、昨日約束した通り飯でも食いに行かない?ただ、そんなに金は無いからファミレスで良ければだが」

「良いんですか?」

「ああ良いぞ」

「おい、お前等挨拶!」

「「御馳走になります」」

そうか…三人分、まぁ手持ちでどうにかなるだろう。

4人でファミレスにむかった。

相変わらず、皆の視線が俺に集まる。

「あの人、誰なのかな? 俳優なのかな?」

「カッコいいな? 握手とかしてくれるかな」

「まるで物語から飛び出て来た人見たい….」

「あのお姉ちゃん、ちょっと先に行ってくれない?」

「あっ、私も」

「あー別に良いけど、直ぐ来いよ! それじゃ翼さん行きましょう」

「そうだな」

【京子、久美子SIDE】

「なぁ、さっきオークマンが凄い美形に見えたんだだけど、気のせいじゃないよな?」

「京子ちゃんも見えたんだ、私も見えたよ…それでこれ」

何て事は無い、周りの女性が翼の事が美形に見える、そういう話が聞こえてきたからちょっと話を聞こうとしただけだ。

「あの…もう行って良いですか?」

「ああ、いい怖い思いさせて悪かったな」

どういう事なんだろう…あの子が見ていたオークマンの姿は、まるで王子様だったとの事だ。

さっきからチラチラ見えるオークマンの美形の姿こそがあの子達に普通に見えている姿だった。

「あの京子ちゃん、これって」

「恐らくは、翼様の本当の姿は、あの姿なのかも知れない…」

「もしかして、呪いとか掛けられているのかな」

「非科学的と言いたいけど、見ちゃったからね」

「そうだね」

「それで久美子はどうする?」

「どうするって」

「いや、あの姿が本当の姿なら、私は、お姉ちゃんと争っても欲しい」

「茜さんと…マジ」

「だってリアル王子だよ? あの見えた姿が本物なら、さっさと行きつく所までいって既成事実つくってヤンママって良くない?」

「あはははっ、そこ迄は考えないけど、私だって付き合ってみたいよ」

「なら、調べてみない」

「そうだね」

(続く)

何かが変わり始めたかも知れない?

遅れる事15分。

私と久美子はファミレスに到着した。

「京子、久美子、こっち、こっち」

お姉ちゃんがこっちを見て手を振っている。

翼様が美形だと考えて周りを見て見たら全ての矛盾が解決する。

明かに周りから注目を浴びている。

最初、お姉ちゃんが目立つから見ている、そう思っていたが、周りの女性が明らかに好意的な目で見ている。

今迄はお姉ちゃんが特攻服を着ているから面白半分に見ている…そう思っていたが、こうして違う目で見ると全然違う。

女の子は赤らかにお姉ちゃんではなく、翼様を見ている。

少なくとも、もう私はオークマンと呼ぶのを止めようと思う。

何か翼様には秘密がある、私はそう睨んだ。

翼様と呼んでいるのは、暫定だけど王子様に見える時があるからだ。

「お姉ちゃん、翼先輩お待たせしてすみません」

「お待たせしました」

「今迄待っていたんだから、翼さんは紅茶、私はオレンジジュースのお代わり持って来て」

「それじゃ、久美子私はコーラね」

「悪いから俺が行こうか?」

「「翼さん(先輩)は良いんですよ! 久美子宜しく」

「はい」

もう一回、王子様に見えないか…チャレンジしてみたら…不味い見えた。

目を暫く凝らして見つめていると、オークマンの姿に靄がかかり、王子様バージョンになる。

もしくは、何回も瞬きをしていると、20回に一回位、王子様の姿に見える。

これは、本当にヤバイ…カッコ良すぎる。

「あんた、何やっているの?」

「いえ、翼先輩って凄くカッコ良いですね~」

「何当たり前の事言ってるんだ、翼さんは凄くカッコ良いのが当たり前だろう?」

答え合わせが必要だわ。

「翼先輩って何かスポーツしてました? 凄く体が引き締まってますよね?」

「ああっ剣術や乗馬をしていたんだ」

剣術、乗馬…そんなのはオークマンがしている訳が無い。

「ドリンクバーが混んでいてすみません」

「久美子ちゃんありがとう」

「いえ、どういたしまして」

久美子も私がしていたからか、真似ている。

そして顔を赤らめている…という事は同じやり方なら、久美子にも同じ姿が見えると言う事だ。

可笑しいな…私達とお姉ちゃんや他の女の子達とは何が違うのかな….

「おい、京子翼さんを睨んでなにやっているんだよ! 遅れて来たんだから、早くメニューを決めろよ」

「あっごめん、マヨコーンピザで」

「私はチーズドリアでお願いします」

《なんで二人とも俺を睨んでいるんだ》

「あの、京子ちゃんに久美子ちゃん、俺何かしたのか?」

「いや…そんな事ないですよ?翼先輩、王子様みたいに見えたんで気になって、ねぇ久美子」

「はい、偶に王子様みたいに見えるんですよ?何でですかね」

「あはははっ 騎士みたいなら兎も角、王子様は無いな? 揶揄ったりしないで、ほら注文が来たから食べよう」

「そうですね」

「頂きます、翼先輩」

騎士みたいなら…もしかして翼様は騎士だったのかな…

「おい、さっきから何しているんだ? お前達様子がおかしいぞ」

「あっお姉ちゃん、何でもない」

「何でもありません」

目を凝らすのを止めると元の姿になってしまう。

私は、ヤンキーだからそんな物語はは信じていない。

そういうアホみたいな話は小説の中だけだと思っていた。

だが、翼様を見ていると…呪われた王子様、そんな言葉が頭に浮かぶ。

美しい王子様が、呪いで豚みたいになった。

そんなメルヘンな物語りが頭に浮かぶ。

さっき、さり気なく手を触ったら固かった。

今現在は翼様は自分が呪いに掛かっている事に気がついていない。

言葉の端々に自分の自信の無さや自分が嫌われていると思っている節がある。

多分、今ならライバルはお姉ちゃんだけだ。

お姉ちゃんのほうが可愛いかも知れないが、私には楓と同級生というアドバンテージがある。

今のうちに…行動…

「翼先輩」

笑顔で私は呼んだ。

友達の様子がおかしい。
「京子ちゃんに久美子ちゃん…なにこれ?」

また呼び出されたから仕方なく行ったら、京子ちゃんがスモッチの新品と植物の森のソフトを持っていた。

「楓ちゃん、欲しがっていたじゃない? だからあげるよ!」

「あっ、ソフトは私からね」

どう見ても新品にしか見えない…だって両方共封を切ってないんだもん。

本体は4万円以上するし、ソフトだって7000円位する。

なんでこんな物くれるか解らない。

しかも、京子ちゃんだから、きっと不味い方法で手に入れた気がする。

「こんな高価な物貰えないよ」

「いいから、受取ってよ? これは楓ちゃんの為に用意したんだからさぁ」

「そうそう、貰ってよ」

「だけど、なんでくれるの?」

「いやだな~楓ちゃんと私は親友でしょう? それにもしかしたら彼氏の妹になるかもしれないんだからさぁ~だからプレゼント」

「そうそう」

えーと、何が何だか解らない。

「それって、まさかお兄ちゃんと付き合いたいって事?」

「率直に言うと、そう言う事かな?」

京子ちゃんが可笑しいな、茜さんは何となくお兄ちゃんに好意があるのは解る。

恐らく、人の外見なんて気にしない人なんだと思った。

ヤンキーで怖いけど、真剣なんだな位には思った。

私は本気で人を好きになっているような人の邪魔はしたくない。

京子ちゃん…あれだけオークマンって馬鹿にしていたのに?

だけど、こんな物をくれるんだから、嘘とも言えない気もする。

「それで、私はなにをすれば良いのかな?」

「あの…そのね、お兄さんの情報とか教えて欲しいなと思って」

「私も同じ」

「それ位ならいいけど? なんで?」

「お姉ちゃんと翼様が話しているのを見て、良い人だなって思って」

「うんうん、私も同じ」

「えーと…本気で言っているの? 確かにお兄ちゃんは性格は良くなったけど、外見はあれだよ」

「「外見は関係ないから」」

「まぁ、お兄ちゃんが好かれるのは嫌じゃないから良いけど…真剣に付き合うなら大変だよ?」

「「そうなの?」」

「うん、多分不良は駄目だと思う」

「それは無いんじゃないかな? だってお姉ちゃんで大丈夫なんだよ?」

「そうそう」

「お兄ちゃんの言う定義は、外見じゃ無くて中身だと思うんだ」

「「中身」」

「そう、何だか最近凄く、古風な感じになっちゃってさぁ、多分虐めとか悪ぶっているのとかダメみたい、う~ん、正義感が強いって感じかな?」

「解る―っ、うん確かにそんな感じだよね」

「うんうん」

「それで、その位の情報で良いなら、聞いてくれれば幾らでも教えるからさぁ…これは要らないよ」

「「だけど」」

「友達なら、猶更こういう物は受け取れないよ」

「そうだね、うん確かにそうだね」

「うんうん」

結局、ゲーム機とソフトは私が要らないと言ったから次の日に中古のゲーム屋さんに売りに行ったそうだ。

そして、京子ちゃん達にクレープを奢って貰った。

流石に、万単位なんて貰う訳にはいかないよね。

しかし…京子ちゃんや久美子ちゃんはなんで、あんなにお兄ちゃんを気にするんだろう。

【勇者SIDE】 勇者の死
「楽しい人生だった」

異世界に来て勇者になった。

女性が醜いのには困惑したが、自分の周りの女性は全員が献身的に尽くしてくれた。

女神に見えるようになり、全員が同じに見えるようになってからは戸惑いもしたが、見分けがつかなくなるような事も最初だけだった。

誰もが憧れる勇者という名の地位。

使いきれない程の莫大な財産。

街を歩けば誰もが好意的に接してくれる。

前の人生ではどんなに頑張っても手に入らないだろうな。

全てに見送られながら…俺は死を迎えようとしている。

年齢86歳..よく生きたもんだ。

そして、妻たちは美しい女神ラク―ナの姿のまま近くにいる。

先に死ねて幸せだ。

この中の誰かが死んだら、俺は暫くは立ち直れない。

皆んなに囲まれて死ぬ…これは凄く幸せな事なんだ..

「皆んなありがとう..この世界全てに祝福を..」

「「「「「「勇者様」」」」」」

うん、幸せだ..

こうして異世界から来た勇者 翼は死んだ。

その後、勇者翼の遺体は 聖剣と聖なる盾と共に埋葬された。

その埋葬された場所には花が沢山置かれ。

毎日の様に誰かがお参りにきていた。

「戻って来られましたね」

「有難うございます、女神ラクーア」

「勇者として世界を救って貰って有難うございます..心から礼を言いますよ」

「お礼なんか要りません、寧ろお礼を言いたいのは私です、素晴らしい人生を有難うございました」

「そうですか..満ち足りた人生で良かったです」

「女神様にお聞きしたい事があるのですが?」

「何でしょうか?」

 「セレスという貴族の少年はその後どうしたのでしょうか?」

「気になりますか?」

「はい」

「詳しい事は伝えられませんが..それなりに償いはさせて貰いました、案外幸せになっているかも知れません」

「そうですか..それなら良かった」

「もう心残りはありませんか?」

「ありません」

「それでは天国迄私がいざないましょう」

こうして 勇者翼は天へと召された。

だが…

私がラクーア様に見えたのですね。

私はセルガ..ラクーア様に仕える女神の1柱..そして姿形はラクーア様に似ていません。

女神にはそれぞれが司る仕事があります。

私の仕事は功績のあった者を天国へいざなう事。

この仕事は上位の女神であってもする事は出来ません。

だからラクーア様でも導きは出来ないのです。

ラクーア様を信仰する者が行う「女神パラダイス」 死んでもその効力は消えないのですね..

信仰の力とは本当に凄い…本当にそう思いますよ。

ですが、死んでもその効力が消えないのなら、何時消えるのでしょうか?

まさかと思いますが、生まれ変わっても続くのだとしたら…

それは私が考える事ではありませんね。

楓のお兄ちゃん観察日記 ?

最近のお兄ちゃんは何だか可笑しい。

悪い意味じゃ無くて、いい意味で変わった気がする。

この間お兄ちゃんが公園にいるのを見かけた。

小さな女の子が転んで泣いていたら起こして土をはらってあげていた。

「お兄ちゃんありがとう」

「偉いね、泣かないなんて」

「うん、お兄ちゃん今一人なの?」

「そうだけど?」

「だったら、遊んで」

可笑しいな?

お兄ちゃんは子供に嫌われる容姿なのに…

昔のお兄ちゃんなら兎も角、小さな女の子とはいえ、女の子が今のお兄ちゃんを好むとは思えない。

気持ち悪いって石を投げられる位なのに。

「そうだな、なら肩車してあげようか?」

「うん」

お兄ちゃんは女の子を肩車すると走り出した。

「こんな感じでどうかな?」

「お兄ちゃん、高くて速い、速い~ すごーい」

あの子顔を赤らめている様にしか見えない。

ああいう顔している子供は、相手の男の子が好きになっている時だ。

「それは良かった? 今度はなにしようか?」

「それじゃ、ブランコに乗りたいな…あとお兄ちゃん、はいこれ」

ブランコって言っても箱型ブランコで向かい合って座っているし、飴まで貰っている。

小さな女の子って結構残酷だし、大人が知っているよりませている。

醜くて嫌いな男の子は平気で傷つける。

逆に好きな男の子には、大切なおもちゃやお菓子をあげて尽くす。

大人の女の子よりある意味質が悪い。

態々お菓子まであげて、ブランコで正面に座るって事は随分気に入られてたって事だよ…

だけど、なんでだろう?

多分、あの子の顔は好きな男の子を見る女の子の目だ。

身内の私なら兎も角、どう考えても可笑しい。

初めてあった、あの姿のお兄ちゃん相手にあんな顔するものだろうか?

しない筈だよ…

暫く私が見ていると、母親らしき人が声を掛けてきた。

【これは不味いのでは?】

そう思った。

だって、気持ち悪い不審者が自分の娘と遊んでいたら、最悪通報される。

そうなりそうなら出て行こう。

そう思っていたら…

「娘と遊んでくれていたんですね? 有難うございます」

「いえ、丁度暇していましたから」

「そうですか、ほら麻衣もお礼いいなさい」

「お兄ちゃん、遊んでくれてありがとう」

「どう致しまして」

「そうだ、麻衣がお世話になったから、ジュースをご馳走してあげる、今買って来るから待ってて」

あれは明らかに心を許している感じがする。

デブの気持ち悪いオタクが子供と遊んでいたら…あんな行動取らないよ。

「お待たせ、どれが良いかな?」

「先に麻衣ちゃんからどうぞ?」

「お兄ちゃんから選んで、麻衣は全部好きだから大丈夫」

「それじゃ、コーラ頂きます」

「どうぞ」

これも可笑しい…今あの子のお母さん、態々缶を開けてから渡していたよ。

しかも、お兄ちゃんとベンチに座って話し始めた。

会話が良く聞こえないけど…手を口にあてがって笑っている。

完全ににこやかだ…

確かにお兄ちゃんは変わろうとしている。

だけど、それは家族位しか解らない筈。

何が起こっているのかな?

京子ちゃんに久美子ちゃんも様子が可笑しくなっちゃうし…

どうしちゃったのお兄ちゃん?

訳が解らないよ…

呪われた王子様

私は現実社会に王子様を見つけてしまった。

可笑しいとは思っていたんだよね。

お姉ちゃんは《凄い面食い》の筈なのに、オークマンが好きだって言うからさぁ。

大体、あの位の外見だったら、幾らでもまだマシな奴いるし。

態々、オークマンみたいな不細工に媚び売る訳が無いんだから。

正直久美子と一緒にお姉ちゃんがシンナーか麻薬にでも手を出したんじゃ無いかと疑った位だよ。

なんで私達がオークマンとお姉ちゃんのデートに付き合わなくちゃならなんだよ。

しかも、大体15分位話す為に場合によって3時間位ベンチで暇つぶし。

正直《やってらんねー》そう思ったよ。

まぁお兄ちゃん怖いから絶対に逆らわないけど。

ちなみに、姉貴って呼ぶと【お姉ちゃん】っていって蹴りいれてくるから、お姉ちゃんって呼んでいるんだ。

ヤンキーなのに締まんねーよな。

何時もの様に《またいちゃついてやがんの》そう思って見ていたらさぁ…なんだかオークマンが透けて来たんだ。

最近、スマホの見過ぎで目が可笑しくなったのかと思って見ていたらさぁ、オークマンがこの世の者とは思えないイケメンになったんだよ。

本当に信じられない。

たった一瞬だけど、引き締まった体に凄く上品な顔…まるで物語の主人公に見えた。

「綺麗」

素直に口をついて出た。

隣を見ると久美子も同じようだった。

もしかしたら、天城翼は呪いに掛けられているのじゃないか?

滑稽な事にそう思ってしまった。

ありえない…だけど今見えた姿は嘘じゃない、そんな気がする。

そういえば…やはりそうだ、翼を見ている女の話では、美形に見えている者も多い。

気弱そうな奴を無理やり足を止めさせて聞いたら、私が見ている姿が見えている様だった。

【だったら私がこの呪いを解く】

そう思った。

翼が呪われた王子様なら、呪いを解いた人は王女様になれる。

そう、思ったから…

ただ、今の私にはどうしたら良いのかは…解らない。

転がり始めた
相変わらず、俺の教室での扱いは変わらない。

挨拶はしてくれる。

嫌がらせはしてこない。

だが、それ以上でもそれ以下でもない。

《天城くん》《翼くん》男女問わず、俺にはくんをつける。

まぁ完全に腫れもの扱いだな。

上司先生も「天城くん、余り根に持つのも良くありませんよ」といい、話にならない。

最悪、クラス替えでも頼もうかと思う位だ。

まぁ、誓約書もあるから、それも可能なのだが…

だが、最近はクラスと違う所で友達が出来た。

茜さんが同じ学校だった。

それで良く、茜さんが顔を出しに来てくれる。

「翼さん、相も変わらず孤立しての? 」

こんな感じだ、それとは別の人も来る。

「このクラスの人達は頭が可笑しいのですわね」

最近遊びに来てくれる姉ケ崎麗美さん、何でも地元の実力者の娘さんらしい。

前の世界で言うなら、貴族の娘という訳でなく豪商の娘という感じかも知れない。

「あらっまた来てるの? 翼さんにようもないのに、全くもう」

この人は二条絵里香さん、大企業の娘さんらしい。

この三人が良く遊びに来てくれるから寂しく無い。

茜さんは金髪にスレンダーで何とも言えない位に綺麗だ。前の世界なら女冒険者みたいな感じ。

それに対して麗美さんは少し背が高く、目が吊り目で気が強そうな感じの悪役令嬢が似合いそうな美人。

絵里香さんは黒髪が綺麗なお姫様みたいな感じだ。

しかも、前の世界だけでなくこの世界でもここ迄の美人は余り見ない。

「いや、私は翼さんを学食に誘いにきたんだ」

「あら奇遇ですわね、私もお誘いしようと来たんですの?」

「私だって同じですわ」

こんな美女たちが誘ってくれているんだ、行かないという選択は無いな。

「それじゃご一緒させて貰おうかな」

こんな俺がただ食事に付き合うだけで笑顔になるんだから、凄く優しい人なのだろう。

しかし、なんで最近はこうも人に囲まれるんだ。

「お前等退きやがれ」

「すいません…退いてくれませんかねーーーっ」

「これだから庶民は…退きなさい」

三人が睨むと蜘蛛の子を散らすように居なくなる。

だけど、最近解った事だが、この散っていく子達も俺に興味があって来てくれているらしい。

【まさか、俺に好意を持っている】なんて事は無いな。

勘違いしちゃ不味い、あくまで同じ学生として好まれているだけだ。

それだけだ。

《しかし、何時みてもカッコ良いな、直ぐに結婚してローンで一軒家買って、エルグランド買って…良いな》

《まぁ小さな夢です事? うちなら直ぐに豪邸で一緒に暮らして貰いますわ?》

《たかが古い16LDKの家が豪邸ですって馬小屋よ、馬小屋》

「「「何ですって」」」

「急がないと席が埋まっちゃうぞ」

「そうですね」

「そうですわね」

「そうですね」

翼の姿が美しく見える者がいよいよ動き出した。

姉ケ崎麗美
私の名前は姉ケ崎麗美。

良く言えば、地元の実力者、悪く言えばヤクザの総長の娘ですわね。

まぁこの地域全部を牛耳る、姉ケ崎組の娘ですの。

ヤクザと言っても、地元では馬鹿に出来ないのですわ。

議員から警察署長、挙句は地元のゼネコンまで全部巻き込んでいますからね。

それなりの規模なのですわ。

良く裏で、この辺りで竜ケ崎組に逆らったら生きていけない。

そう言われてますわ…まぁ、最近はネットという怖い物がありますから、少しは静かにしているようですが。

私は当初、絵里香と一緒に、女子高のお嬢様高に行く予定でしたが…ちょっとした罰で此処に来る事になりましたわ。

まぁ、退屈なお嬢様高より楽しいから良いのですけど。

どんな事をしたのかって?

本当に大した事してませんのよ?

同級生の男子を海外旅行にご招待しただけですわ…多分死んでしまうかも知れませんが。

だってそれだけの事をしたんだから仕方ありませんわよ。

聞きたいですか?

仕方ありませんわね。

「麗美さん、僕と付き合って下さい!」

「まぁ、ですが、それは私の家と私がどういう女か知って言ってますの?」

「はい、知っています」

「それじゃ、なにかあった時には守って下さいますか?」

「はい」

《こんな簡単な物じゃ無いんだけどな》そうは思ったのですが、純真な目で真っすぐだったのでそのままお受けしましたの。

「そうですか? それならたった今から私は貴方の者ですわ」

「本当ですか、それじゃ」

「はい、お付き合いしますわ」

喜んでいますから良いのでしょう…放課後組員に頼んで倉庫に監禁しましたの。

たかだか20名の組員に襲われて捕まるようじゃ、もう結果は解っていましたが。

生爪剥がしたら泣きわめくし。

4人位でフルボッコしたら「助けて下さい」を連呼。

本当にムカつきましたわ。

倉庫内のプレハブからモニター越しに見ていましたが、吐き気がする程ですわ。

充分な報酬は渡し済みでしたので…これで済ます訳にはいきません。

吊る下げてサンドバックにさせたら、おしっこ漏らすわで最悪ですわ。

挙句の果てに「麗美さんは諦めます」ですって、ふざけていますわね。

それが組員に火をつけましたの。

動けなくなる程殴り蹴飛ばされたら…「警察に訴える」ですって、本当に馬鹿ですわね。

そもそも、この街では警察も私の味方ですのよ。

もう、こんなクズにようは無いので、お薬撃って、遠洋漁業漁船に載せました。

しかも、自ら年齢を偽った履歴書を書かせて、休暇はありますが連船契約でもう10年位は日本に帰って来ませんわね。

可哀想だから給料はちゃんと彼が貰える様にして、紹介料の300万だけ貰いましたわ。

(※このデーターは昭和なので今は此処まで貰えないと思います。)

ですが、これは当たり前の事ですし、凄くやさしいと思うのですわ。

【だって彼への報酬は私自身なのですから】

私はヤクザの娘ですから、私と付き合うと言う事は将来【姉ケ崎組】の総長になる必要があります。

そこから逃げるとしてもけじめは必要になりますわね。

私は地雷女なのは解ってますわよ。

確かに器量は自分で言うのもなんですが綺麗ですわね。

ですから、たった二つの条件だけ約束してくれれば、良いのです。

【私を裏切らない】

【私を守る】

この二つを守るなら、余程酷い相手でなければ、お付き合いしても良いのです。

私のいうお付き合いは【大人のお付き合い】も含みますわ。

まぁお父様が切れそうですが、そこはお父様と交渉してください。

ですが、私はそこ迄の覚悟を含んでお返事しますのよ

口先だけで嘘をつくなら、殺されても仕方ないと思いませんか?

だって誓いが嘘なら、私の命も脅かされるのですから。

まぁ、こんな話が3つ位あったせいか、お嬢様学校の話がなくなり…気がついたらこんな高校になりましたのよ。

最もそれが、凄く良かったのですわ…

だってこの学校には 天城翼様が居たんですからね。

外見が本当に好みでして、今迄のゴミとは此処から違いますわ。

そして、何より強いのですわ、組員に言って調べさせたら、世界チャンピオンをスクラップにしているんですから、あんなテスト要りませんわね。

だったら簡単ですわ【翼様が私を好きになる】それだけで充分という事ですわね。

勿論、こんなチャンス絶対に見逃せませんわよ。

逃がしたら、もう無い…そのレベルなのですから。

二条絵里香
私の名前は二条絵里香。

日本を代表する企業、二条グループの総帥が私の父親だわ。

本当はこんなカス高に来る気はありませんでした。

ですが、強制的に此処に来る事になりました。

本当に大した事はしていませんよ。

ただ、お父様の会社の孫請けの会社への私の推薦状を売っていただけですよ。

このご時世、就職に困っている様な人間は何処にでもいます。

だから、そういう人に私の推薦状を30万位で売ってました。

まぁ、私に傅く様な会社ですから、幾らでもいいなりです。

それなのか、もしくは中学生で、ちょっとした組織を作ろうとした事なのかも知れません。

これも大した事じゃありません。

ただ、沢山の中学生で仲間を組んでいっただけです。

面白いと思いませんか?

今、偉そうにしている大人がある時から何も出来なくなる。

中学の時から仲間を組んでいって、投票から何からその仲間で支配する。

今の中学生が大人になった時から徐々に政治家になる者は全部、私やその仲間が好きな人間だけになる。

そんな事を考えながら、日本中の中学生を支配していく。

こんな感じで動いておりました。

私と【姉ケ崎麗美】と他1人で裏で【三匹の蛇】とか呼ぶ無粋なジャーナリストを破滅に追いやり自殺に追い込んだ事なのか。

それとも、力が無い癖に私や麗美と肩を並べるとかいう女の親の会社を潰す為に、お父様の会社からの発注をあえて他に流すようにしたからか解りません。

「我が娘ながら酷い奴だ…何をしたか俺は知っているぞ」そうお父様に言われましたが、私にはどれの事か解りません。

気がつくと私の権力や収入源はお父様に削がれてしまいました。

その結果がこれです。

【悪の華はビニールハウスに居る】それが私のモットーですのよ。

お父様の考えは進学校に進めない事で私の野望を壊したつもりでしょうが…全く困ったお父様。

確かに此処はビニールハウスじゃないですが…此処には姉ケ崎麗美がいますのよ?

多分調査ミスですね。

まぁ二条財閥からみたら些細かもしれませんが…暴力にたけている彼女とならまた面白い絵が描けそうですね。

と思っていたんですが…

嘘でしょう、あの姉ケ崎麗美が恋をしているのです。

信じられませんでした。

だってあの蛇の様な性格の麗美がですよ。

私の調査では、正に悪役令嬢、そんな女が恋…あきれて物も言えません。

男が欲しいなら、薬漬けにして手元に置けばいいだけなのに…

なんて思っていた時期がありました。

私も本当に若かったですわね…本当。

見た瞬間から、心を鷲掴みされてしまったわ。

私が闇なら、あの人はきっと全てを照らす光り。

目があっただけで、全てを見透かされてしまう。

もう二条も世界も関係ないです…そんな物より、天城翼が欲しい。

あれが手に入る位なら、他は全て要らない…

まさか、お父様は天城翼様に会わせる為に此処に入れたのかも知れませんわね…

だとしたら、私の完敗ですわ。

【最終話】この素晴らしい世界に感謝!

認識阻害がとうとう無くなったのか…周りが全て変わってしまった。

流石に全員とは言わないが、かなり多くの人間から好印象を持たれるようになった。

これなら将来は伴侶を選ぶ時に困らないだろう。

俺も10代後半だからそろそろ【婚約者】を探しても可笑しくない。

姉ケ崎さんや二条さんとは、先方の家族とのお付き合いになった。

二人も魅力的だが、正直言えば、その父親が素晴らしい。

野心に実行力、言い方は悪いが、俺が生きて来た世界の貴族と同じ様な魅力がある。

姉ケ崎さんの親御さんは俺の前の世界で言う所の【犯罪ギルド】の長だった。

しかも、そんな稼業なのに【しっかりと法律スレスレで生きている】実に素晴らしい方だった。

最初、招待されて行った時には、行き違いから、数人に銃を突き付けられたが、まぁ犯罪ギルドなんだから当たり前の事だ。

麗美さんは「やめてーーーっ」と叫んでいたが「大丈夫だから」と笑顔で返した。

たかが三人、手が届く場所なら多分どうにかなる。

それに、本当に殺す気はないのが解る。

本当に殺す気なら、もう少し、殺気がある筈だ。

誤解がはれてからは、話が合うようになった。

特に、麗美さんの父親との話は凄く楽しかった。

昔の武勇伝から始まり、今後、この組織をどう運用するのか、凄く話していて楽しい。

今では、麗美さんそっちのけで話している事もある。

麗美さんに「いい加減にして」と怒られる事もしばしある。

「まぁ、いいじゃねーか、俺は息子も欲しかったんだし、将来はその可能性もあるんだからよ」

と麗美さんに言うと大抵静かになる。

二条さんの親御さんは前の世界で言うなら【豪商】と【経済ギルド】を兼ねている。

最初、学歴の事で凄く馬鹿にされたが、我慢して付き合っていると、何故かテーブルマナーで褒められ。

俺がダンスも踊れないと思っていたのか解らないが、ダンスパーティーに誘われ、絵里香さんのパートナーを務めた辺りから対応が良くなった。

二条さんの母親曰く「子供のレベルではない」と褒められる一方「何処で学んだのかしら?」と不思議がっていた。

その辺りから父親と話すようになり「子供の割には、なかなかだな」と言われた。

絵里香さん曰く、これは誉め言葉だそうだが…俺は悔しかった。

だから、二条グループについて調べ上げ、レポートを書いてみた。

【二条グループの海外に置ける今後の課題と対応策】

まぁこんな感じだ。

それを親御さんに提出してみた。

「子供なりに考えてみたのですが」と。

見た瞬間に顔色が変わり「悪いけど今日は、席を外させて貰う、絵里香とどっか出かけて楽しんでくれ」といい、カードを絵里香さんに渡してどっかに行ってしまった。

それからは不思議と優しく接してくれるようになった。

「高校卒業後は留学でもするといい、その後は、そうだな関連会社の部長の椅子を用意しよう」

とか、冗談だと思うが言い出した。

前の世界のギルマスレベルと話が出来るのが楽しく、第二段、第三段のレポートを書いて出したら。

気がつくとそこにお爺さんが加わり、まぁ冗談だと思うが「本社常務…年収2億6千万でどうじゃ」とか言い出す。

これは流石にリップサービスだろう。

この世界は凄く優しくて甘い。

女性は全て美しく天使か女神の様に美しい。

食べ物は美味しく、高価な調味料が駆け放題。

治安が良く街は凄く安全だ。

頑張れば幾らでもチャンスがある。

家の中も外も便利な物で溢れている。

この世界に来られた俺は凄く幸せだ。

翼…勇者になったお前でも満たされない気持ちは今なら良く解る。

こんな天国で暮らして居たら、幾ら良い待遇を受けても嬉しいとは思えないだろう。

こんな世界に連れて来てくれた女神に感謝…

そして、勇者 翼、悪かったな。

俺はこの素晴らしい世界で、天城翼を必ずや輝かせて見せるぞ。

それが、女神と勇者への感謝だ。

                                                 【FIN】

あとがき
最後まで読んで下さり有難うございます。

この作品のテーマは【異世界よりリアルな世界の方が良いんじゃないか】

これにつきます。

漫画や小説でも出て来ませんが、石鹸ひとつでもレベルが違いますし、化粧品ですら魔法を考えなければ現代の方が上でしょう。

そこから、異世界から来た人間が今の生活を見たら…と思い書いてみました。

もう暫く続く話を書こうと思ったら、アイデアが上手く浮かばなく、このまま放置する位ならと完結しました。

有難うございました。・

石のやっさん