中年オヤジは元勇者! 42歳から始まる勝ち組人生。

【一話】 最悪…
俺は泰章(やすあき)中堅所の会社で係長をしている。

まぁ、出世するでもなく、かといって落ちこぼれでもなく…まぁ到って平凡っていう所だ。

そんな、俺の自慢は、妻である陽子だ。

中学の時から憧れていた女性で凄く綺麗で優しい人だ。

中学の時に告白をして撃沈した。

その後は、結婚したと聞いて諦めていたが、30歳の時に同窓会で再びあった。

その時彼女はシングルマザーだったので再び告白し、1年の交際をえて結婚した。

当時6歳の連れ子も居たが…陽子の子なら愛せる自信があった。

俺にとって【他はどうでも良い】そう思える位大切な存在だった。

僅かな、おこずかいだけとり、後は給料もボーナスも全部渡していた。

バッグを買おうが、化粧品を買おうが文句は言わない。

家の家事だって喜んでやった。

何故なら、【綺麗な陽子】に【可愛い恵美】を見るのが好きなのだから、他はどうでも良かった。

だが、ある時から俺に可笑しな事が起き始めた。

妻の陽子が俺との【夜の営み】を拒み…何故か会社の残業が増えていた。

そして、何だか、恵美の様子も可笑しい。

そんな日々が長く続いた。

可笑しいと思いながらも神谷部長の「期待している」

その期待に応える為に頑張っていた。

家族との時間が減ったが…これは仕方ない。

だが、過労が溜まったのか、ある日体に力が入らなくなった。

「今井係長、顔色が悪いっすよ」

「あの…流石にこれ以上は倒れますよ」

仕事の途中だが、部下にそう言われ早退する事になった。

久々に早い時間に家に帰ってみると…

可笑しい、何で男物の靴があるんだ。

まさか…頭で否定しながら家に静かにあがると、リビングには誰もいなかった。

2階に上がると、夫婦の寝室から、声が聞こえてきた。

暫く聞いていると

「アン、ああああーーーん、あん」

「ハァハァハァ」

明かに行為をしている声だった。

勢いよくドアを開けると其処には一糸まとわない妻陽子と神谷部長がいた。

「なに…しているんだ?」

俺が声を出すと…

妻と部長がこちらに気がついたようだ。

「今井くん、これは違うんだ」

「貴方、これは違うの…」

二人して必死に弁明していたが、ベッドの近くには、使ったゴムが無造作にあり、恐らく足りなくなったのかその後は生でしたのだろう

立ち上がった妻の太腿からは精液が流れ落ちた。

「何が違うと言うんだ…この状況で、何が違うんだ」

俺がそう言うと、2人の形相が変わった。

「そうね、この現場を見られちゃ流石に無理ね…不倫よ不倫、だけど貴方甲斐性なしだから仕方ないじゃない?」

「お前なんか簡単にクビに出来るんだぞ」

頭の中が空っぽになった。

一瞬にして俺は愛する妻も上司も失ってしまった。

そのまま、ふらふらと廊下に出ようとしたら、恵美にぶつかった。

「恵美…」

こんな場面みたら娘もショックだろう…そう思ったら。

「あちゃぁ~お母さん、みつかっちゃたの?」

「恵美、それはどういう事だ?」

「だってお父さんよりも神谷さんの方がお金持ちで、お父さんにするならこっちが良いもん」

「それじゃ、俺は?」

恵美ではなく陽子が答えた。

「そうね、何時でもお金をくれる理想のATMかしら?」

「だけど…なんで神谷部長なんだ? 部長は妻帯者で、おしどり夫婦で有名…あははははっ、一生懸命頑張っても遊びの相手に負け…たのか…いいや」

「待って、神谷さんが結婚…嘘、今は独身じゃないの?」

「嘘、バツ1だって、言っていたのに…」

「お前ふざけんな!」

そんな声が後ろから聞こえて来たが…涙で前が見えなくなり、靴も履かずに外に飛び出した。

「あはははっ….あははははっ、もうどうでも良いや」

ドンッ…何か衝撃を受けた。

そのまま宙に舞い、地面に叩き付けられた。

痛いな…だけど、もうどうでも良いや。

「大丈夫ですか」

声が聞こえてきたが、体が動かなくなり目の前が暗くなった。

【二話】 難易度SSSの世界 デーモンズワールド

「目を覚ますのです…」

何処からか声が聞こえて来た。

「もう良い…このまま眠らせて欲しい、もう疲れたんだ」

「目を覚ますのです…今井泰章」

いい加減煩い…俺は…あれ?

「貴方は見事なまでに、トラックに轢かれましたね…うふふ、物語ではよくある事です」

そうか、あの時に家を飛び出して俺は、トラックに轢かれたのか?

確かに痛みと衝撃を味わった気がする、待てよ? それならば俺は死んでいるんじゃないのか?

なんで生きているんだ…それより、目の前の女性は【喋ってないのに会話が成り立つんだ】

「それは女神だからですよ」

「女神?」

確かに、目を凝らしてみたら、この世の者とは思えない、とんでもない美女がいた。

「はい、私は転生を司る神、イシュタスと申します」

「女神様ですか? だったら、あの憎き神谷に罰を与えて下さい」

「私は転生の女神です、裁きの神や復讐の神では無いので出来かねます」

「だったら、俺はどうすれば良いのですか…」

「女神としては、復讐など忘れて、新しい人生を歩んだ方が良いと思いますよ? 」

俺は女々しいのだろうか?

どうしても、あの時の3人の顔が忘れられない。

「それで、女神様は俺にどうして欲しいのですか?」

「異世界に行って、勇者として魔王を倒して欲しいのです」

「あの…普通は10代の若い子が勇者になるんじゃないですか?」

「その…実は10代の若い子の勇者パーティーが負けてしまったのですよ」

サラッと言っているが…その世界は勇者の能力を持ってしても敵わない相手がいる。

そういう事だ。

「勇者パーティーが全滅…だったらその子は死んでしまったという事ですか?」

「いえ、その世界で死ぬと、元の世界に戻ります、時間もそんな立たない状態でです、だから死んでも気にしないで良いのです」

「その話だと…気のせいか勇者に余り期待してないみたいですが?」

なんだか胡散臭い話に聞こえるが…大丈夫なのか?

「貴方は少年じゃないから、あまり喜ばないわね…良いわ教えてあげる、貴方が行く世界は、神で言う所の難易度SSSの世界、デーモンズワールド」

SSS? それは凄く恐ろしい世界なんじゃないか。

「それは一番厳しいと言う事ですね」

「はい、一番下は難易度Fから始まります。良くライトノベルの勇者がチートを貰って無双して活躍出来るレベルが、DEFですね」

「その上になるとどうなるのですか?」

「BCだと、小説やゲームの世界では勇者が命を犠牲にするか、ボロボロ、まぁ貴方の世界だと障害で歩けなくなる位の後遺症を残して、運が良ければ勝てる世界」

それじゃ、俺が知っている話はDEFの世界という事か?

「ちなみにAは勇者が勝てる可能性が僅かに残った世界よ」

「それじゃ、S以上の世界は….」

「そう、勇者が確実に死ぬ世界」

死ぬのが解っていけと言うのか?

「貴方が言いたい事は解るわ…だけど、これ以上若者を犠牲にしたく無い…それに私ももう、そう長くない」

よく見たら、この女神は体が少し透けている。

そうか、恐らくはその世界を救おうとしてきたけど、もう存在が維持できないのか?

「そうか、もう俺は世の中なんかどうでも良いと思っている、だから行くよ」

「そう、ありがとう…多分、もう世界は魔王の手に落ち、更に言うなら邪神すら召喚されていると思う…ごめんなさい、私みたいなレベルの女神じゃもう救えない…だから、私のこの存在を無くして…貴方に考えられるだけのジョブやスキルをあげる、貴方はきっと貴方が小説で読んだ、幼い頃憧れた勇者以上になれる…それでも」

「死しかない…」

「ええごめんなさい」

女神イシュタスは自分の存在を力に変え俺にあらゆるスキルをくれた。

さっき迄、白かった部屋が真っ暗になった。

恐らくこの世から、女神が消えたのだろう。

「行ってやるよ、SSSの世界デーモンズワールド」

※ 結構 シリアスですが、異世界での勇者の話はサラッと終わる予定です。

【三話】 最後の7日間
異世界にきたらしい。

「ようこそ、シュベルター王国へ 勇者様、私はこの国の王女マリアーヌと申します」

確かに若い頃小説で読んだ光景だ。

但し、王様もいないし、王女と神官と騎士6人のみ。

しかも、全員が窶れている。

「初めまして王女様、私は泰章と申します、頑張りますので宜しくお願い致します」

自分の容姿はわからないが、自分が凄く若返っているのが解る。

弛んでいたお腹が無くなり、軽くお腹をさすってみたら、完全にシックスパットだった。

「勇者泰章様…折角来て貰ったのですが」

王女はすまなそうに話し始めた。

もうこの世界は全て魔王軍に占領された状態。

一部の人間は奴隷として生かされているが…殆どの人間は殺された。

この王国が最後の人類の砦だったが、それも王都を除き全部占領され、今やこの城に居る300名弱の人間のみしかいない。

「そうなのか?」

ライトノベルの世界とはまるっきり違う。

魔族の数…軍隊だけで20億、生活している者を含めば100億を超える程だという。

確か、地球の総人口が80億満たないと考えたら…地球の全人類相手に戦うよりも難しいと言う事だ。

それに対して人類がたったの300名、防戦なんて出来る訳が無い。

恐らくは、もう向こうは遊び半分で戦っているに違いないな。

「はい、勇者様がどれ程、強くてももう此処からの挽回は無理だと思います…多分魔族は、猫がネズミで遊ぶように最後の人間をいたぶって遊んでいるのだと思います」

解っている、もう詰みだ。

「それで、どうしたい?」

「魔族は1週間、攻撃を休むと言いました、まぁ多分、最後に慈悲を与えたのだと思います、折角来て頂いたのですが、私達は、その期間の間に自決する事にしました…勇者様は、自由にして下さって結構です…お城にある物は自分の物だと思って自由にお使い下さい」

「解った、それなら、君達と最後まで過ごし、その後は…自由にさせて貰うよ」

「本当に申し訳ございません、勇者様が降臨してくれたのに、他の三職(聖女 賢者 剣聖)を揃えられず、騎士団すら用意できない、ううっ…すみません」

「もう良いですよ、気にしないで下さい」

その後は、宝物庫に案内されて好きな物を自由にして良いと言われた。

別に欲しい物はない、しいて言えば戦うのに必要な剣が欲しかったから1本貰った。

夕飯は歓迎会をしてくれると言う事なので、準備が終わるまで案内された部屋で過ごした。

鏡で見た姿は高校生くらいの年恰好だった。

しかも、かなりのイケメンで、体は鍛えぬいたような体になっていた。

ステータスを見ると、ジョブは勇者で、これでもかとスキルは物凄い数で埋まっていた。

幾ら凄い…とはいえ、世界がもう魔族に落ちた後ではどうにもできないだろう。

ライトノベルのどの勇者でも、特撮ヒーローでも多分どうする事も出来ないだろう。

まぁ良い…どうでも良い。

俺はあの時、もしかしたら【死にたかった】のかも知れない。

それとも、ただ茫然としていた、だけなのか解らない。

まぁ、それもどうでも良い。

自分の命もどうでも良い。

少なくとも、トラックで敷かれて死ぬより、自殺するよりは良い死に方だ。

暫くベッドで寝そべっているとドアがノックされた。

「勇者様、宴の準備が整いました」

メイドに案内されて大広間に通された。

席は空席だらけで、実に寂しい状態だった。

出て来た料理も、明かに食材が足りないのが素人目でも解る。

ほぼ兵糧攻めに近い生活から、これを出してくれたんだ、彼等の誠実さが解る。

助けてあげたい…本当にそう思った。

だが、どう考えても無理だ。

「勇者様…」

「ありがとう、久々に誰かの心が籠った料理を食べた」

「本当にすみません、今はこんな物しか用意出来なくて…」

「気にする必要はありませんよ、俺は毎日カップ麺、まぁ我々の世界の粗食ですね、そればかり食べていましたから」

「まぁ、そうなんですか?」

「はい、こうして、ちゃんとした食事は久々です、実にありがたい」

「そう言ってくれると助かりますわ」

よく見ると野菜が入っているスープは俺だけ…他の人のスープには具が入っていない。

話掛けてくれるのはマリアーヌ姫だけだ。

宴と言いながら、他に居るのは全部で10名に満たない。

会話など弾む訳が無い。

多分、王も王妃も有力貴族も死んでいるのだろう。

此処は一応は宴の席だ、魔族に対して聞くのは良くないだろう。

実質、マリアーヌ姫と俺の只の歓談だけで宴は終わった。

もう魔王が勝利して世界が征服された世界。

勇者等…只のお客様に過ぎないよな…

その後、マリアーヌと2曲ほど踊って宴は終わった。

塔に登ってみた。

この城は見渡す限りの魔族に囲まれていた。

俺は早速、貰ったジョブを使ってみた。

そのジョブは【強奪】

数ある、昔のライトノベルでは、このスキルで相手のスキルを盗みとり成り上がる少年の物語があった。

最も、余りに強力なスキルで、小説の中の主人公が無双する為、面白みに欠けると言われるようになり、使う主人公は減っていった、また使えても能力を制限されるようになった。

凄いな….結構距離はあるのに、簡単にスキルが奪えた。

多分、相手はスキルが奪われたのにも気がつかないだろう。

俺が若い頃に読んだ憧れの主人公が使う技、こんな最強スキルでも無理だな…この世界を救うのは。

そのまま、幾つものスキルを盗んでたら体が疲れた。

だから、俺は部屋に戻り眠った。

月がとてもきれいで見ているうちに..ウトウトし始めた。

「泰章様、まだ起きていらっしゃいますか?」

声が聞こえたのでドアを開けるとそこには薄着のマリアーヌ姫がいた。

「どうしたのですか、こんな夜更けに」

「とりあえず、部屋に入れてくれませんか?」

夜中に薄着で来たのだから、大体は想像がつく。

「どうぞ」

「有難うございます」

月明りの中で見るマリアーヌ姫は凄く幻想的で綺麗だった。

彼女は、服を脱ぐとそのまま俺の首に手を回してきた。

「抱いて下さい」

事情は兎も角、この状態から女性を拒むのは失礼だ。

だから、そのまま俺は体を合わせた。

久々に抱く女に俺は何回も体を求めた。

彼女はそれに答えるように相手をしてくれた。

シーツにはしっかりと赤い血がついている。

「初めてだったのか?」

「はい、これでも王女ですから」

「だが」

「そうですね、まだ夜は長いですから、お話しでもしましょうか?」

彼女は俺の胸の中で話し始めた。

20年前に、勇者結城がこの国に召喚された、その時は今の現状と違い、魔族と人類は拮抗していた。

今と違い、勇者が召喚された後に三職(聖女 賢者 剣聖)も召喚され、数々の魔族を倒していった。

正に人間の黄金期だ、そう人類側では当時思われていた。

だが、この時のやり方が問題であった。

本来、勇者と魔王の戦いには暗黙のルールがある。

魔王側は、戦わない者、人間でいうなら農民等に対しては命まで奪わない。

勇者側も同じ。

そうでもしなければ、境界に住む人間も魔族も真面な生活は送れなくなる。

そして、その暗黙の了解は実は人間側には凄く有利だった。

魔王は魔王城から出ない。

四天王は、2人以上で戦いを挑んで来ない。

その様な暗黙の了解もあった。

だが【結城たちは勝てばよい】そういう考えから約束を守らなかった。

欲しい物があれば、魔族の村を襲い、更に美しい魔族の女やダークエルフを犯したり、やりたい放題だった。

この時から、魔族はもルールを守らなくなった。

先に人間側がルールを破ったのだ、文句は言えない。

たった4人の勇者達に、四天王2人が率いる2万の軍勢が襲い掛かる。

あっけなく、結城たちは殺された。

4人に対して休まずに攻撃を仕掛けられてはどうする事も出来なかった。

結果、結城たちは命乞いするもあっさり殺される。

そして、世界は暗黒に包まれた。

「最初からこうすれば良かった」

そう魔王が人類に言い放つ。

なんでも有りのルールは魔族にこそ有利だった。

1人1人が強い魔族が徒党を組み人類に襲い掛かってきた。

人間側にも強い能力のある者も居たが、それらは魔族の四天王を含む幹部により殺された。

しかも、統率された魔族の軍団の前にはいかな英雄も無力だった。

更に最悪な事に、勇者結城達が犯した魔族の女から強力な魔族が生まれ、天秤は大きく魔族に傾いた。

このままでは【不味い】と思った人類も軍を率いて戦った。

特に帝国はその強力な兵団を率いて戦おうとしたが、その軍団6万に対して魔族は10万もの軍団で対処した。

しかも、その先頭に立ったのは魔王と四天王だった。

魔王自らが先頭に立つ事によって指揮があがった魔王軍にはひとたまりもなく、帝国は敗亡した。

そのまま帝国は蹂躙されて、滅ばされた。

それから、時間と共に聖教国が蹂躙され…人類の連敗につぐ連敗で今に至るらしい。

「勇者は、勇者はどうなったんだ? 結城の後にも居た筈だ」

「ええっ、勇者は10年周期で召喚出来ますので、結城と泰章様の前に1人いました」

結城、呼びつけと言う事はかなり嫌われているのだろう。

「その人はどうなったんですか?」

「実は、私の婚約者だったんですが…王国の門から出た所を魔族の大群に嬲り殺しにされました…当時、私は17歳だったんですが、勇者がいればどうにかなる、なんて思っていたんですけどね、現実は厳しいですね」

もう、なんて言って良いか解らないな。

だけど、婚約者が居たのに…処女って。

「だけど、初めて」

「ああっ、これでも王族ですからね婚姻までそういった行為は出来ません、まぁ今は父も母もいませんし、27歳の行き遅れですから」

確かに1週間で死ぬのであれば…【最後に】そういう考えもあるのかも知れない。

「それで、相手は俺で良かったのか?」

「泰章様は、凄く素敵ですし、まだ10代ですよね、寧ろ、歳食った私なんかで良かったのかと思いますよ」

確かに俺の体は17~18歳位、かなり美少年に見えるが…中身は42歳だ。

「いや、俺が知る中じゃ、マリアーヌ姫より綺麗な女性は女神様位しか見たことが無い」

「うふふ、そう言って貰えると助かります、泰章様はお優しいのですね」

そのまま、マリアーヌと共に朝まで過ごした。

そのまま5日間たった。

その間に沢山の人間が自殺していった。

恐らく、自分に見切りをつけた者から自殺していっているのだろう。

この状況じゃ、勇者なんてもう意味はないな。

そんな中で俺には皆が敬意を払ってくれた。

だからこそ【何かしたい】そういう思いが込み上げてきた。

「マリアーヌ、何かして欲しい事はないか?」

女神もマリアーヌも俺には誠実だった…役に立たない勇者だが何かしてあげたかった。

俺を馬鹿にした、上司の神谷。

俺の事をATM扱いした腐れ嫁に、腐れ娘。

あんな奴らとは全く違う。

だから、本当に何かしてあげたかった。

「そうですね、う~ん、恥ずかしいのですが、死ぬ前に結婚をしてみたかったですね」

「それは相手は俺でも良いのか?」

「もしかして泰章様が貰って下さるのですか?」

「マリアーヌ姫が良ければだが」

「はい、なら貰って下さい」

この世界の結婚はあっさりしていた。

女神の像の前で愛を誓いキスをするだけだった。

騎士6人が参列してくれた。

多分、この6人と俺たち2人がこの世界で最後の人間だ。

「おめでとうございます姫様、勇者様」

「おめでとう」

「「「「おめでとうございます」」」」

騎士達はその日の夜自害した。

残りの時間は、2人で新婚生活を送った。

一緒に食事をして無人の街を歩くだけ、それだけ。

「此処の噴水は前は恋人たちのデートスポットでした」

「確かに綺麗な場所ですね」

「うふふっ、王族だから来たくても来れなかったんですけどね」

それだけでも、楽しかった。

そして運命の7日目が来た。

「楽しかったですね、この7日間は、結婚までして、色々な体験までできました」

「そうだな」

「それで、お願いがあるのですが良いでしょうか?」

「ああっ、妻であるマリアーヌが俺になんの遠慮をしているんだ」

「大変、心苦しいのですが…殺して下さい」

ああっそうだよな…

「だが、俺は」

「生きていたら、恐らくはこの世の地獄になります…勇者のスキルに【光の翼】という美しい剣技があると聞いた事があります、しかも痛みも無く一瞬で相手を消し去るという話です…それで逝きたいのです」

「今からか?」

「はい、もう時間はありません」

それしか無い…解っている事だ。

「解った、これは勇者が誇る最強奥義…光の翼だぁーーーーーーっ」

俺は剣を抜き技を使った。

剣は光の翼を纏いマリアーヌを斬った、その瞬間マリアーヌはまるで消えるように霧散していった。

「ありがとう…勇者 泰章様」

「マリアーヌーーーーっ」

マリアーヌがいた場所には1個の指輪が転がっていた。

俺はその指輪を手にしたら…涙が止まらなくなった。

※次回で異世界篇は終わります。

【四話】これで世界は魔族の物

今迄の人生は何だったんだ。

そう思える程、この七日間は充実していた。

死ぬのは解っている。

その恐怖に耐えながらも、勇者として俺をもてなしてくれた人達。

誰1人守れなかった。

「先に報酬を貰ってしまったな」

普通の勇者は魔王を倒した後に、領地や爵位を貰い王女と結婚する、そう泰章は考えていた。

だから【先に貰ってしまった】そう、泰章は考えた。

「さぁ、死ぬには良い日だ」

【強奪】 目を合わせた相手からスキルを盗む

【ドレイン】敵からHP、MPを奪う

【オートヒール】自動的に回復魔法が常にかかる。

【反射】敵の攻撃を全て的に跳ね返す

【経験値10倍】

【毒攻撃無効】

【即死魔法無効】

【魔法攻撃無効】

【攻撃力50倍】

【防御力50倍】

【特殊毒】周りにいるもの全てが毒に犯される。

等を重ねがけしていく。

そして【スキル起動無詠唱】

戦った所で何かが変わる訳じゃない。

だが、命と引き換えにジョブやスキルをくれた女神イシュタス、そして俺を歓迎してくれて僅かな期間だが妻になってくれたマリアーヌ。

彼等の為…戦わない選択は無い。

今準備したスキルは【俺が憧れた勇者や主人公】のスキルだ。

俺は、全てのお金を腐れ嫁と腐れ娘に使っていた。

唯一の自由になる物…それはスマホだけだった。

だからこそ、ネットで小説を読んでいた。

ネットの小説は無料。

オフブックで100円の小説すら買えなかった、唯一の趣味。

これだけが、あの腐れどもに感謝出来る事かも知れない。

門を蹴破る、魔族の前に躍り出た。

【強奪】が良い具合に働き、次々に色々なスキルを奪っていく。

ただでさえ、元から無数のスキルがあったのに…次々と魔族のスキルを奪っていく。

「お前は何者だーーーっ」

1人の魔族が叫んだ…見渡す限りの魔物や魔族。

最早、この世界に人間は俺一人。

もう、この世界で人類は俺一人。

もう勝利する事は無い。

もし奇跡が起きて、俺が全ての魔族を駆逐しても…俺は1人ボッチ。

つまり、絶望しか無い。

「俺は勇者、そして人類最後の1人 泰章だーーーっ」

俺は一気に走り出す。

だが、相手は無数にいる…

「あはははったかが一人でこの魔族の大群に勝てると? 他の人間は? 死んだのか?」

「ああっ、七日間の時間をくれた事だけは感謝だ…悪いが死んで貰う」

「あはははっ、この人数相手に、ぐはっ」

「何が起きているんだ、体が」

【特殊毒】の効果だろう。

「それじゃ、行くぞ」

それだけ断り…斬って、斬って斬りまくる。

「なんだ、此奴、強いぞ」

「極大魔法」

「これが奥義光の翼だぁーーーっ」

魔族が叫んでいるが聞こえない。

今の俺は殺戮マシーンだ、耳を貸さない。

聞く必要もない。

ただひたすら剣を振るい。

魔法を放つ。

【周りは全て敵】ただただ、殺せば良い。

火矢も投擲された石も【反射】で全て相手に跳ね返る。

これも確か、無敵に近いスキルの一つだ。

ただ、魔法を放ち、スキルを載せて剣を振るえば…敵は死んでいく。

それを自分が死ぬまで繰り返すだけだ。

案外、この戦法は悪くない。

恐らく、今の俺を止める事は出来ない。

そのまま王城から外に出るように敵を斬り伏せながら進む。

凄いな俺、多分宮本武蔵でも、呂布でもこんな事は出来ないだろう。

まぁ、小説の中では出来そうな主人公は…いないな。

一騎当千、一騎当万、なんて存在がいても…一騎当億なんて奴は本の中にも居なかった。

斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る

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もうどれ位の敵を倒したか解らない。

だが、気がついてしまった。

此奴らは見た目は異形だが、ちゃんと話し意思疎通も出来る。

倒し続けてなんになる。

もう、人類は終わっている。

ただ、俺が戦うだけで、その命が失われていく。

戦う中には、耳の形とただ体の色が違うだけで殆ど人間にしかい見えない存在もいた。

「うげぇぇぇぇぇぇーーーっ」

盛大に吐いたが、止まっていられない。

もう何時間経ったのだろうか?

俺は叫んだ。

「魔王ーーーっ、もし居るなら此処まで来い、そうすれば全てが終わる」

「魔王様がお前の相手等、するかーーーっ」

「この人数相手に1人で何が出来るかーーーっ」

魔王が来るまで、戦闘は止めない。

そこから、どれ位経ったか解らない。

もう夜になり月が見えていた。

かなりの人数を倒した気がする。

少なくとも一騎当万はしただろう。

周りは死体だらけだ。

戦えば殺される。

そう考えたのだろう、魔族や魔物は50メートルほど離れた位置で取り囲んでいた。

その一方向をかき分け、明かに格上の相手が5人現れた。

その中心人物が手を挙げると4人が膝をおった。

「お前が勇者か? 余に用事があるようだな?」

「お前が魔王かだな、俺は勇者泰章、お前に決闘を申し込む」

「我が名は魔王ゾーディアック、これ以上犠牲を出されても困る、その決闘受ける」

沢山の魔族や魔物を殺して居れば来ると思った。

少なくとも強い人間相手には、マリアーヌの話では【四天王や幹部が戦った】そういっていた。

まさか、魔王が来るとは思っていなかったが。

「魔王よ、礼を言う、この戦いを最後の戦いとして、俺の人生の締めくくりとしよう」

「ほう、それは勝っても【死ぬ】そう取れるのだが」

「ああっ約束しても良い、俺が勝利を収めても…守る者も物も無い、終わりで良い」

「…行くぞ」

俺は、走りだし魔王に抱き着いた。

「ほう…そこから何をするのだ?」

多分、簡単に勝てる、そう思って余裕なんだろう…

だが、今の俺なら恐らく勝てる。

勝った後は?

多分嬲り殺しになる。

ならばこれだ….

「自爆スキル【自己犠牲】」

「貴様、最初から死ぬつもりで…」

「これで終わりで良い…そういった筈だ」

「離せ、離せーーーーっ」

「もう遅い」

まるで小型の原爆が落ちた…そう思わせる程の爆発が起きた。

泰章が破裂し、それに巻き込まれゾーディアックは霧散するように肉片になった。

傍に居た四天王のうち1人も巻き込まれて死んだ。

たった1人の勇者によって 魔王が討伐され、四天王の1人も死に…魔族は2万人の死傷者をだした。

だが、これは…魔族にとっては勝利だった。

最早、この世界に人間は殆ど居ない。

犠牲はだしたが…世界は魔族の物になった。

【五話】異世界から帰った後
気がつくと俺はベッドで寝ていた。

周りをキョロキョロと見回してみるとどうやら病院の様だ。

自分の指を見たら、マリアーヌの指輪が嵌っていた。

てっきり、あれは夢だったのか、そう思ったが違った様だ。

《ステータスオープン》

こっちに戻ったから使えないだろう、そう思ったがしっかりとジョブは【勇者】しかもスキルも全部残っていた。

周りは暗いから今は夜なのだろう。

体は物凄く痛い…看護師を呼んだら、点滴が既に痛め止めで…

「本当に痛い時は点滴と繋がっているポンプを押して下さいね」

そう説明を聞いた。

なんでも、そのポンプを押すと余分に痛み止めが体に入る、そういう物らしい。

この痛め止めは針で脊髄に刺さっているそうだ。

詳しい事は明日説明をしてくれるらしい。

恐らくは再起不明な程の怪我なのだと思う。

まぁ【実際はトラックに跳ねられて死んだ】のだから、そこから少し回復しても重傷なのだろう。

そんなのはどうでも良い。

俺は近くにあったスマホに手を伸ばした。

着信履歴は無かった。

まぁ、神谷も部長ではあるから、事故の報告位はしているだろう。

多分かなり捏造されていると思うがな。

俺はスマホからまず友人の一人滝口に電話をした。

滝口は友人でありそして同僚でもあるからだ。

「夜分、遅くにすまないが」

「おい、今井大丈夫なのか? トラックに轢かれたと聞いたけど…死んでないよな?」

「まぁ、何とか生きているよ…それで会社は今どうなっている?」

「ああっ、神谷部長が事故にあったと上にあげて、とりあえず1か月の休暇扱いになっているぞ」

「そうか?」

俺は滝口にだけは真相を話した。

「そんな事があったのか、神谷の野郎ゆるせないな」

「まぁ、良いよ、お前の事じゃないんだからそんなに怒るなよ」

「だがよ、お前が愛妻家なのは会社でも有名だし、神谷の野郎だっておしどり夫婦って有名なのによ」

「そう、カリカリすんなよ、俺も正直頭には来ているが【普通】に法的対処して終わらせるよ」

「そうか」

「ああっ、体がまだ痛いから、またな」

「いいって事よ」

滝口との電話を切って、そのまま、仕事で知り合った笠井さんに電話した。

笠井さんは、まぁ平たく言えば弁護士だ。

ちいさな事務所で、お爺ちゃん弁護士。

大きな事なら兎も角、離婚やちょっとした慰謝料位なら別に問題ないだろう。

ことの経緯を説明して、今後の事をお願いいした。

そのあと、陽子の実家にも電話した。

陽子の両親は、俺が事故にあった話は聞いていたが【不倫】については初めて聞いたらしく驚いていた。

かなり電話で謝罪してきたが「お義父さんやお義母さんが悪いんじゃないですから」と伝え電話を切った。

俺の実家は両親は亡くなっており、妹は結婚して郊外で暮らしている。

だから、妹に事故の事は話さず「妻が不倫して離婚するかも知れない」とだけ伝えた。

「だから、あの女は辞めた方が良いって言ったのに」と言われてしまった。

腐れ嫁と妹は元から仲が悪いから…こんなもんだ。

「俺は女を見る目が本当に無かったよ」とそれを最後に伝え電話を終えた。

消灯のアナウンスが流れてきた。

窓から見える月は異世界でみた物と変わらない。

明日から忙しくなるだろうな…痛みを堪え俺は眠りについた。

【六話】逢いたくても逢えない地獄。
次の日、不味い病院食を食べていると、主治医が来た。

「目を覚まされましたね、良かったですね」

体が思うように動かない。

手が痺れていて力が入らず、体中が痛くて仕方ない…この状態が良かった。

何故そう言うのか、解らない。

「先生、この状態で【良かった】何故そう言えるのか」

「泰章さんからしたらそうでしょうね…ですが貴方はトラックに敷かれたんですよ、普通なら即死です、生きている事が奇跡です、そうは思いませんか?」

確かに言われて見ればそうかも知れない。

手は片手は動くがもう片方は動かない、無理に動かすと痺れたようになり動かない。

脊髄でも痛めたのか両足も動かない。

幾つかの点滴と尿袋が点滴棒についている。

「あの、社会復帰は出来ますか?」

「リハビリを続けたらあるいはと、そんな感じでしょうか? 車椅子生活しながら、少しは歩ける、その程度まで回復出来れば御の字ですね」

「そうですか」

俺は落ち込んだ振りをした。

別にこの程度で俺は落ち込まない。

それから暫くして、腐れ嫁に腐れ娘が病院にやってきた。

「貴方…その」

「お父さん」

神妙な顔をした二人がいた。

「どうかしたのか? お前達は俺より神谷部長が良いんだろう?」

「だけど、神谷部長はその既婚者だったから…やはり貴方が、貴方を私は愛しているわ」

「そうだよお父さん、私のお父さんはお父さんだけだよ」

今思えば、あの時の最後の話しは何やら揉めていた…恐らくは神谷部長が既婚者と知らなかったのだろう。

「その気持ちが本当だと言うなら全部話してくれ」

俺は気付かれない様にスマホの録音アプリを起動した。

不倫がスタートしたのは約3年前、会社開催のバーベキューパーティーで出会った時からだそうだ。

俺は精々が数回、数か月前からだと思っていたが、本当はもっと長かった。

今、考えてみれば神谷が俺に「期待している」といい、大きなプロジェクトを任して、残業が増えたのもその当時からだ。

考えてみれば、その当時から神谷は直帰が増えていた。

最初はただの食事から始まり、気がつくと今の関係になっていた。

体の関係もホテルから始まり、気がつくと場所は俺の家に移っていった。

つまり、俺が何時も寝ているベッドでしょっちゅう【やっていた】わけだ。

「それで、恵美はどうしていたんだ」

「それは、その…」

一瞬、言い淀んだが、簡単に言うと毎回お小遣いが貰えるから黙認した。

そういう事だ。

しかも、信じられない事に、最初は神谷がお金を出してくれていたが、途中からは陽子が金を出していた。

俺はこいつ等二人と神谷に財産を食いつぶされていた訳だ。

2000万位は貯金が出来ている筈が残高は30万しかない。

真実を説明するしかないだろう。

「恵美、お前はもう大学にはいけない、行くなら奨学金かバイトで行くしかないな」

「幾らなんでも酷いよ、謝るから、謝るから許して」

「違うんだ、お前の為に貯めてた筈のお金は全部母さんが浮気で使ってしまった…本来なら2000万近く貯まっていた筈なんだ、そのお金でお前の大学の学費と、マンションを買う頭金にする筈だったんだが…無い」

「そんな、お父さんどうにかして」

「俺さぁ、お金使ってないよな? ボロボロのくたびれたスーツに、安物の靴、真面に小遣いも無いから飯はほぼカップ麺…一部とはいえお前もお金を貰って贅沢したんだよな? ATMってさぁ…預けたお金以上には払い出されないんだぜ…恨むなら神谷と母さんを恨め、お前の将来の為のお金を使ったのはこいつ等だ、そして自分も恨め、俺を騙した結果が高卒だ」

「お母さん…ふざけないで、あんたが私のお金を使ったから、進学出来ないなんて」

恵美は頭がそこそこ良かった。

国立は流石に無理だが中堅所の大学なら余裕で受かる学力があった。

派手な事が好きな此奴はキャンパスライフを歩むのが夢だった筈だ。

「だけど、貴方が働いているから何とかなるわよ」

「お前、まだ俺の現状聞いて無いのか? 俺に関心が無い証拠だな、俺はもう再起不能だ、この後リハビリを受けても最早どうにもならない」

「そんな」

暫くして、腐れ嫁の両親が来た。

笠井さんにも連絡したら時間があるから来てくれると言う。

「本当に、娘が大変な事をしたすまない」

父親は土下座をして、母親は来るなり腐れ嫁にビンタした。

「あんたって子は、本当になんて事をするのよ」

「嘘、両親に話したの酷い」

「仕方ないだろう? 俺はもう終わりだからな、ついでに弁護士にも連絡したから、今後について話しあおう」

「「「「「弁護士」」」」

「ああっ、離婚して今後どうするか話す必要があるからな」

「あの、泰章さん、私が責任もって更生させますから、離婚だけは許して貰えないでしょうか?」

「離婚だけは許して貰えないか」

「お義母さん、お義父さん…離婚はそれだけが理由じゃ無いんですよ、もし俺の体に問題が無いなら再構築も考えます、ですがもう肉体的に無理なんです」

自分の体について話した。

再起不能に近い事。

リハビリしても元の様にはならない事。

「この体じゃもう、真面な働き口は無いでしょう…二人を養う事は金銭的にも肉体的にも無理です…こんな時の為の貯金も不倫で陽子に使われてしまったからどうする事もできません」

「そんな、この馬鹿者がーーーっ、あれだけ尽くしてくれた泰章くんに何て事したんだーーーっ」

お義父さんがグーで腐れ嫁を殴った。

「そう、怒らないで下さい、お義父さん」

「だが、此奴のした事は実の娘だが許せない、泰章くんがそんな体になったのも娘のせいじゃ無いか」

「そうよ、実の娘ながら…あんたって子は」

腐れ嫁も腐れ娘も黙っていた。

「もう良いですよ、二人は俺を愛して無かった、それで良いじゃ無いですか? それにこれ以上は一緒に暮らしてももう無駄でしょう? 今の俺はもう真面に働けない…だから二人を養う事が出来ない、正直、2人が凄く憎い。 二人にしたって働けない旦那がいたって困るだけだと思いますよ、本当に俺を愛してくれているなら働いて看病する生活も出来るかもしれないけど、それは出来ないだろう? どうだ陽子に恵美」

「それは…ごめんなさい出来ないわ」

「ごめん」

所詮はその程度だ…

「ねぇ、まずは離婚はする事、そこから考えなくちゃ駄目だと思います」

「それで泰章くんは良いのか? なんなら、この馬鹿に死ぬまで看病させても良いんだぞ」

「私もそう思うわ」

二人は黙っている。

「それは惨めだから止めて貰いたい」

暫くすると弁護士の笠井さんがやってきた。

話し合いの結果…

【慰謝料無し】

【元から俺の子で無いので養育費無し】

【遺産分与無し】と言っても残金30万と今住んでいるマンションの家具や家電と敷金に車位しか財産は無い。

まぁ2000万近いお金の大半を使ってしまったんだ当然だ。

これで手を打った。

その代り、スマホを含み【神谷との浮気】の証拠を全部出す事。

俺への接近禁止命令、一切の連絡なし勿論、メール電話も無し、これを破った時は【1回につき100万】支払う事も約束させた。

これで、今後の生活にこれでお互いに干渉する事は無いだろう。

お義父さんからは

「本当にそれで良いのか?」

そう言われたが…まぁこれで良い。

「仕方ないですよ、妻も娘も俺を愛していない、慰謝料を取らないのが、最後の情けです…二人ともこれで良いだろう?」

2人とも黙っていた。

だが、「納得しないなら、2人が働いて生涯俺を養ってくれてもいいんだ」そう伝えたらあっさりと納得してサインした。

義両親は何回も頭を下げ、2人を連れて行った。

このまま、俺の部屋から必要最低限の物を持って、腐れ嫁と腐れ娘は実家に引き取っていくそうだ。

信頼が出来ない相手なので、離婚届けは義両親と笠井弁護士が腐れ嫁と一緒に出しに行ってくれるそうだ。

俺はこっそりと【腐れ嫁】と【腐れ娘】に魅了を掛けた。

これで終わりで良い…俺への【魅了】が掛かった状態ではもう誰も愛せないだろう。

俺を好きになった状態なのに…俺には逢えない、気持ちを押さえられず、逢ってしまったら100万円。

そんな地獄の中で一生、生きていけば良い。

義両親は年金生活者だから、家から支援していた…働けない二人を抱えて仕送りが無い状態になったのは、少し申し訳ないと思うが仕方ないだろう。

まぁ腐れ二人が働けば良いだけだ。

【七話】俺も浮気したのかも知れない

午後からは、自動車事故について加害者の運転手とその会社の社長が来たいという話があった。

さっさと終わらせたい俺は、そのまま了承した。

笠井さんはそのまま暇だから居てくれるそうだ。

まぁ、実際には余り仕事を受けていないお爺ちゃん先生だし、ある意味半分友人だからの事だろう。

事故を起こした運転手とその雇い主の社長は俺を見るなり土下座をした。

凄く悪い気がする。

余り記憶に無いが…俺はふらふらと道路に飛び出した気がする。

その状態の人間をトラックが避けれるのだろうか?

俺も車も運転する人間だから解る、答えは無理だ。

「あの、飛び出したのは俺も悪い、気にしないでくれ」

「そう言って頂けると助かります、それでこれは些少ですが」

多分運転手の雇い主の社長が茶色い封筒を差し出した。

「これは?」

「すみません、この馬鹿、自動車保険の支払いをして無くて…1000万あります、これでなんとか許して貰えないでしょうか?」

「すみませんね、私は、弁護士として此処に立ち合いしている笠井と申しますが、今井さんはもう真面な人生を歩めません、多分桁が1つ上になりますよ」

自動車保険で払われなくって良かった。

俺はそう思った。

あれはどう考えても【俺が悪い】

「そんな、そんな金額、会社でも用意は難しいです…その場合は此奴に、ですが…ああどうしよう」

運転手はガタガタ震えている、億なんてお金一般人には無理だ。

俺は茶封筒から400万だけ取り出し、残りは返した。

「今井さん、それは?」

「笠井さん、困ってそうだからこれで良いよ…どうかな? 400万で示談OK」

俺は運転手と会社の社長に笑顔で答えた。

「あの…本当に良いんですか?」

「それで許してくれるんですか?」

あれは本当に俺が悪い…正直言えば、これすら貰うのはおこがましい。

だが、生活を考えたら、少しは金が欲しい。

正直申し訳ないが貰う事にした。

「ああっ構わない、その代わり今後何が起ころうと文句なしでお願い致します」

「それはどうしてでしょうか?」

「私はある宗教の女神を信仰しています、その神は祈れば難病や大怪我も治してくれるのです…だからこんな怪我きっと偉大なる女神様が治してくれますから…はははっ…勿論怪我が悪化しても文句言いません」

《症状を聞いたら、もう一生歩けない程で手も麻痺している…そう聞いた、それで良いのか?》

《一生許さない、そう言われると思っていたのに》

「本当にそれで良いのでしょうか? それならこちらは本当に助かりますが」

うん、それで良い…逆にトラック壊して悪いとさえ思えた。

「構わないよ」

「あの今井さん、かなりお人好しですよ、さっきの事といい…まぁそういう所が私も好きなんだがね」

笠井さんは400万円の示談書を作ってくれた。

それでお互いが合意してサインして話は終わった。

俺は生命保険も入っているが、申請するつもりがない。

俺は笠井さんに100万円報酬として払おうと思ったが「これからの生活を考えたら幾らあっても足りませんよ」と言われた。

だが、どうしても報酬を貰って欲しいと言ったら渋々50万円だけ受取ってくれた。

笠井さんが帰り、夕方になり食事が出て来た。

さてと…そろそろ良いかな?

「パーフェクトヒール」

繋がっている点滴に痛み止めにカテーテルを無理やり引き抜きぬいた。

結構な痛みがあったから今度はヒールを掛けた。

最初から体なんて簡単に治せた

だが、五体満足だったら、あの腐れ達は絶対に別れなかっただろう。

だからこれで良い。

これでもう問題は無い筈だ。

さて退院しようか…入院代金が勿体ない。

医局にいき「退院します」と伝えた。

これで病院ともお別れだ..

だが、病院側が退院を許してくれなかった。

仕方なくずうっと文句を言っていると、最後には自己責任都合で退院できた。

その際に【例えどの様な事が起きても病院は一切責任を負わないし意義申し立てはしない】そういう書面にサインして退院となった。

お金に関してはもう会計が閉まっているので明日持ってくる、そういう約束をして、そのまま家に帰った。

タクシーに乗って家に帰ると、何故か寂しさが込み上げたが、ベッドを見ると直ぐに嫌な気持ちに変わった…粗大ごみの回収業者に電話したら明日と言っていたが、見ているのも嫌なので割り増しを出すからと伝えると直ぐに回収していった。

イルゾンでネット調べしたら、明日に配送可能なベッドとマットがあったからポチッた。

毛布に包まるとマリアーヌの顔が頭に浮かんだ。

過ごした期間はたったの七日間…だがあの七日間は、腐れと過ごした12年より楽しかった。

そう考えたら…俺も浮気した…そう言えるかも知れない。

【八話】金は取り戻した

翌日、俺はベッドを受取ると笠井さんの事務所へ向かった。

こういう時は半分引退したような弁護士は便利だ。

時間をすぐに空けて貰える。

話は簡単だ、神谷への慰謝料請求だ。

請求内容は簡単だ。

【請求金額は2500万】

これは、使い込まれた金額約2000万に慰謝料500万を足した金額だ。

請求金額としてはまぁ、3年分の不倫としては500万は高額だが、請求するのは自由だ。

【会社でお互いに不利益になる事は一切しない】

簡単に言えばプライベートな事は会社では持ち出さないし追求しない。

そんな意味合いだ。

これで請求する事にした。

笠井さんに内容証明にして貰い【会社】と【自宅】に送るようにした。

内容には裁判も辞さないと一筆いれて貰った。

神谷は入り婿で、奥さんは社長の妹にあたる。

本来なら常務や専務になっても可笑しくないが、部長という事は何か事情があるのだろう。

会社で威張れるのは、社長の義理の弟、その事実があるからだ。

だから、こそ、家では妻に頭が上がらないし、会社では素行をしっかりしていなければならない。

社長の縁戚で部長の神谷は怖い。

だが、それは【会社に居たい】そう思えばの事だ。

会社を辞めても良い、そう考えれば、そんなのは通用しないし、まして【不倫】が関係していれば解雇されたら【不当解雇】で訴えれば良いと考えたら、彼奴の方が痛い筈だ。

さて、これでどういう風に出て来るか見物だな。

素直に払えば良いし、素直に払わなければ【本当の意味】での報復をすれば良い。

取り敢えず、内容証明郵便が届いてからの反応を見れば良いだろう。

3日間と掛からずに、神谷の嫁の裕子から電話があった。

神谷でなく、裕子から電話があったのがミソだ。

神谷より家庭では妻の裕子の方が力を持っている、そういう事だと思う。

「貴方がこちらを送ってきた、今井さんですか?」

「はいそうですが?」

「此処に書いてあるのは事実なのでしょうか?」

「証拠は沢山ありますよ、何だったらお見せしましょうか?」

「ええ、宜しくお願い致します」

わざわざ、向こうからこちらの方まで来てくれるそうだ。

家に入れるのもなんなんで、近くのファミレスで会う事にした。

ドリンクバーのアイスコーヒーを啜っていると、裕子らしき人物がこちらにきた。

多分、彼女であっているだろう。

「貴方が今井さんであっているのでしょうか?」

確かに歳をくっているが、上品そうなマダムだ。

「ええ、そうですが」

「そう、それなら、早速、証拠とやらを見せて貰えるかしらね?」

俺はあらかじめ用意した証拠を見せる事にした。

「これは確かに言い逃れは出来ない証拠ですね…解りました、この金額は私の方で直ぐに払います、ですがその場合は貴方の奥さんに対して私も慰謝料を請求しないといけなくなりますわね」

成程、それで相殺しよう…そういう風に持っていこうとしているんだな。

「俺の方はもう、離婚しましたから関係ありませんからどうぞ…ですが、それをやると困るのは貴方達になると思いますよ?」

「そうかしら?」

此奴もただの生兵法だな。

「はい、俺が浮気を発見したのは【早退】したからなんですよ? つまり、神谷、貴方の旦那さんは仕事をさぼって不倫をしていた事になりますよね、就業期間中に不倫、しかもそれをする為に、俺に時間外残業を強いた、つまり、会社ぐるみかも知れないと妻は追及しますよ? 会社のイメージはどうなりますかね? たかが数千万ですむ事を数億~数十億の損害が出るようにしたいんですか?」

「貴方、凄く汚い事を考えるのね」

どっちがだ…

「しかも、この内容見て下さいよ…ほら、あんたの旦那は未婚って言って近づいてますよ? 【結婚詐欺】もプラスになるかもね…まぁ裁判やればやる程、騒ぎは大きくなるな、それに汚い? まぁ妻は馬鹿ですが、【未婚者として近づいて】しかも俺の上司の立場を利用してますよね…この状況じゃ、最初の1回は断れないな、まぁそのまま付き合った時点で俺の元嫁も腐ってますが、あんたの旦那は俺より遙かに腐ってますよね」

「それは…」

「もう、良いですよ、裁判にしますから、可哀想に娘さんの婚約…どうなるのかな? 父親が結婚詐欺で裁判になったら、無罪でも流れるんじゃないかな? 少なくとも就業時間中に不倫をした、それが明るみにでるんだから」

「解ったわ…払いますから、もう止めて下さい、娘を傷つけないで下さい」

「良いですよ…ただ言わせて貰えば、俺たちはあんたのクズ旦那のせいで【家族はバラバラ】だ…離婚してるんだぞ! 少なくとも金を払えば何も失わない、あんた達の方がまだ幸せなんじゃないか?」

「そうね…解ったわ、払います」

「そうですか…それじゃ弁護士呼びますから書類にしましょう」

笠井さんに電話すると…俺が元気な事に驚いていた。

だが、そこはプロだ、てきぱきと仕事をしていった。

決めた内容は

【慰謝料プラス使い込んだお金あわせて2500万の一括払い】

【会社でお互いに不利益になる事は一切しない】

【神谷家側からは一切の慰謝料請求はしない】

【その代わり、今回の件で、会社を巻き込むような裁判を行わない】

こんな感じだ。

正直、腐れ嫁や腐れ娘は【どうでも良い】と思いたい、だが義両親には世話になったし、悔しいが楽しい思い出もある。

だから、今回一回だけは助ける事にした。

「これで良いわね…よくもまぁ、やってくれたわね」

「馬鹿な旦那持つと大変ですね(笑)」

「貴方、昔あった時はおとなしい感じがしたのに…」

「家族を奪われ、死に掛けたら人もかわりますよ」

「まぁ、良いわ」

そう言うと裕子は去っていった。

次の日には既に2500万は入金されていた。

これで一応、表向きはかたが付いた事になる。

これから何か仕掛けて来なければ…もうこれで終わりで良い。

明日一日休んで、明後日からは、会社に出社する事にしよう。

しかし、俺も随分変わった物だ。

死ぬ前の俺ならこんな事は何も出来なかっただろうな…

恐らくは腐れ嫁や腐れ娘と再構築して、また暫くしたら同じような目に逢うに違いない。

下手すれば神谷と腐れ嫁が関係を続けるのを無理やり黙認させられて悔しい思いをしたのかも知れない。

まぁ今となっては【どうでも良い】事だ。

【九話】土下座
会社に出社した。

会社の雰囲気は何時もと変わらない。

まぁ、自分から【部下の妻と不倫しました】そんな事を言う奴はいないだろう。

滝口の席に行き話を聞いたら、会社には【交通事故に遭った】それしか報告はしてない様だ。

タイムカードを打ってから席に座ると【社長室に来るように】そう書いてあった。

正直言えば、神谷絡みだと解るから行きたくない。

行きたくないが行くしかない。

社長室にノックして入った。

「失礼します」

「入り給え」

お辞儀をして中に入った。

その時に見た社長の顔は、到って冷静に見えた。

何を言い出すのか、様子を見る事にした。

「今回は義理の弟が迷惑を掛けてすまない」

軽く頭を下げているが余り良い感情は無いだろう。

「気にしてないと言えば嘘になりますが、もう解決した事ですから」

「そう言ってくれると助かる…それじゃ下がってくれて構わない」

そのまま一礼して下がろうとしたら…

「君にはかなり理不尽な事がこれから起こるかも知れない、だが儂から見て理不尽でも【身内】と他人なら【身内】を取らないとならない、だからその分も含めて今から先に謝る…この通りだ」

社長は頭を下げていた。

自分から言い出すだけ善人なのだろう。

実際に神谷を部長で止めて、専務や常務…しかも取締役にもしない事から真面な人だと解る。

恐らく、あの2500万も多分、社長が出したに違いない。

だが、何か仕掛けてくる、それが解っていて手を打たない馬鹿はいない。

俺は社長に【魅了】を掛けた。

魅了と言うのは女に掛けるだけじゃない。

男にも掛ける事が出来る…事実、俺が知っている、ライトノベルの悪役勇者は、王様に掛けて、一夫多妻制や王女との婚姻まで認めさせていた。

「今井くんは気にしないで良いぞ、なぁに儂が味方だ、儂が黒い目のうちは、妹にも彼奴にも手を出させない、安心したまえ」

凄いな【魅了】まぁ社長を押さえたんだ、会社内ではもう問題は起きないだろう。

そのまま自分のデスクに戻った。

さて神谷がどう出て来るか?

一応は彼奴の方が身分は上だし挨拶はするかな。

「神谷部長、おはようございます! 休暇届けと報告有難うございました」

「まぁ上司として当たり前の事だ気にしないで良いよ」

顔が引きつっている。

まぁ、自分が嫁を寝取った結果事故にあった男がピンピンしていたら不気味だろうな。

それに、2500万もとられたんだ、幾ら外面が良くても顔が引きつるだろう。

「そうですか? それじゃ俺は仕事に戻ります」

「待ちたまえ、話があるから、ちょっと会議室に来てくれるか?」

「良いですよ」

【会議室にて】

「お前、ふざけた事してくれたな! ふざけるんじゃないぞ、たかがあんなくたびれた女抱いた位で2500万だーーっあん」

多分、これが本性なのだろう、随分厳ついな。

「お前が俺の元嫁と一緒に2000万使ったんじゃねえか? その分取り返して500万の慰謝料なんだぜ!到って良心的としか言えねーな」

少し、怯んだようだ…まぁ昔の俺ならこんな事は言わない【私はそんな】とか言っていた人間がいきなり言葉使いが変わったんだ少しは驚くだろうな。

「俺のお陰で儲かったんだろう? 半分寄こせ」

「いいぜ、何だったら全額やろうか?」

「本当か?」

「だが、これを返すと言う事は、お前の奥さんとの約束は反故になるぞ? 【不倫していたのが、就業期間中だから会社ごと訴える】【未婚を装って元嫁に近づいたんだから結婚詐欺で訴える】それより困るのは…お前の娘の婚約者の御曹司に話すぞ、それで良いんだな? 俺としてはお前が地獄に落ちた方が楽しいからしれで良いんだ、あーあっ、折角お前の奥さんが話付けたのに…全部終わりだな..それじゃ銀行行ってくるわ」

「待て」

「待て? 金が欲しいんだろう? いいんじゃねーか?」

「解った、もうこの事で文句は言わない…それで良いんだろう」

「ああっ…ただ、もう少し言葉使いに気をつけた方が良いな、俺は嫁と離婚して娘を失った…お前のせいだ、それなのにお前の娘は結婚して今後も幸せな家族生活をお前達は送るんだろう? 正直言えば、頭の中でどうしたらお前達が不幸せになるのか、つい考えてしまうんだ!我慢しているのが解らないのか? お前の娘、真理ちゃんだっけ、もしレイプでもしたら俺と同じ様に不幸になるんじゃないかとかな」

「待ってくれ、娘は関係ない」

もう、腐れ嫁や腐れ娘の事はどうとも思っていない。

だが、最初の1回は嫌がる腐れ嫁をお酒で酔わせて半分無理やり連れ込んだ。

まぁ、そこから火がついた彼奴は此奴が好きになった訳だが…

「いや、あんたが俺の元嫁にしたように、案外一回関係を持っちまえばズルズルいけるかもな」

「頼むから止めてくれ」

「だったら、頼み方があるんじゃねーか?」

「頼み方だと」

「土下座だよ、ど.げ.ざーーーっ」

娘は可愛いらしいな…あははははっ土下座してやんの。

俺は土下座している、神谷の頭をそのまま踏みつけた。

「これで、許してくれるよなっ」

「ああっ、今はな、ただ、俺は家族を全部失った、お前が未婚で責任取るならまだしも、嘘をついて卑劣な手段で奪ったんだ、お前から見たら馬鹿女でも俺はあの時愛していた。だがもう取り戻せない…俺の前で幸せそうな顔をしていると、壊したくなっちまう…壊されたくないんなら、今度から言葉使いに気をつけろよ」

「解った…解ったから家族に手を出さないでくれ」

《此奴は本当にあの今井なのか? まるで別人じゃないか? 俺はヤバイ奴に手を出してしまったのか…だとしたら手を打たないと不味い》

俺は茫然と土下座をしている神谷を置いて会議室を後にした。

【十話】神谷の裏の顔

神谷浩二。

大手企業、プライムコーポレーションの部長。

今の社長の妹、裕子に見染められて婿になり入社。…そして、それを機に部長となる。

社長に子供はいないから、本来なら次の社長という話があっても可笑しくない筈だが…無能ゆえに部長どまり。

未だに専務の椅子は勿論、常務の椅子にも届かない。

だが、妻の裕子は【それを認めている】

無能に隠れたその奥に…実は隠れた顔を持っていた。

本来の仕事は無能だが、彼等には裏の顔があった。

広域暴力団竜ケ崎組の経営するフロント企業、場合によっては直接組とも繋がって、プライムコーポレーションを食い物にしている。

それが神谷浩二とその妻、裕子の本当の姿だった。

元々浩二じたいは、ホストで居た所を、竜ケ崎組のフロント企業にスカウトされ、風俗と水商売の責任者になっていた。

浩二のホスト時代の太客が裕子であった。

そこからズルズルと付き合い、浩二が危ない事しててもそのまま付き合いは終わらず、結婚して今に至る。

先代のプライムコーポレーションの社長である【要 良治】はこの結婚に反対するも…裏で殺されたと言うのは裏社会では有名な話だ。

ちなみに、戸籍上の名前は【要 浩二】【要 裕子】だが、先代が書いていた遺言で「要の苗字を名乗る事は許さない」という事から【神谷】の苗字を名乗っている。

恐らくは、神谷に取り込まれた裕子を斬り捨てる、そう考えていたのだろうが、先手を打たれ殺されたのだろう。

この事は…今の社長である【良一】は知らない。

精々が妹が役立たずと結婚した…その程度にしか思っていない。

今現在の浩二と裕子は利害関係だけで繋がっており、そこには愛情は無い。

浩二は不倫、裕子はホストにまた狂っていた。

「お前、俺に許可なくなんで2500万も使ってんだよ」

何時になく浩二は苛ついていた。

金をとられた挙句に土下座までさせられ、頭まで踏まれたのだ、プライドの高い浩二には耐えれない屈辱だっただろう。

「それは、あんたが馬鹿したからでしょう? 今は娘の真理が北条の御曹司との結婚が纏まるかどうかの瀬戸際なのよ? あんな端金ですむなら、さっさと終わらせた方が良いわ」

「ああっ、解ってはいるが、あんな中年のババア抱いただけで2500万だぞ、まだ娘にも手をだして無いのに」

「まぁ、仕方ないじゃない? そのうち2000万近い金は貴方が貢がせてたんでしょう? 今は揉める訳にはいかないわ」

「糞っ…ムカつく、お前の方から今度は訴えて金をぶんどれよ..あの糞女抱いただけで2500万は割が合わねーよ」

「それも出来ないわね…ほら、こんな内容で和解しているんだから、下手に動けないわ」

裕子は、和解内容について説明した。

「ふざけんな! お前なんでこんな内容で和解したんだよ」

「貴方が馬鹿だからよ! こんなに不倫の証拠残して、しかも、未婚として近づいているじゃない?しかも最初に限って言えば【無理やり】ともとれる脅し文句、本当に馬鹿じゃ無いの? 相手は裁判も辞さない、結婚詐欺も含んで訴えるかも知れないのよ? まぁ優秀な弁護士が居るから、此方が勝つけど…そんな揉め事になったら、真理の婚姻の話は無くなるわよ、その方が余計に痛いわよ」

「だからって、俺は土下座までして頭を踏まれたんだ」

「それで終わりなら良いじゃない? 表に残るお金だから、私だって兄に土下座してお金を借りたのよ? 同じよ、同じ」

「糞、割が合わねーよ」

「確かにそうだけど、今井さんだっけ? 考えたら結構悲惨じゃない…10年以上連れ添った嫁さんや娘に不倫された挙句、離婚よ、そう考えたら土下座で足で踏まれた位で終わるなら良いんじゃない、それより、変に蒸し返さないでくれない? どうしても腹の虫がおさまらないのかしら?」

仕方ないわね、そんな顔で裕子は浩二を見た…浩二の形相は怒りに震えている。

「ああっ、収まらねーな」

「そう、どうしても手を出すなら、殺してしまう事ね、ただそんな事したら、また貴方、組に貸しを作る事になるわよ?」

「ああっ、そうだな【組からのお願い】を増やす原因になりかねない」

「まぁ、そのおかげでお金に困らないんだから、仕方ないわね、だけど、どうしても報復したいなら殺すしか無いわ…もし大事になったら、折角、北条コーポレーションに入り込めるチャンスが無くなるわ」

「ああっ、やるなら徹底的にやってやるさ」

浩二は口を釣り上げ笑った。

【十一話】揉め事
その日一日、神谷は俺に絡んで来なかった。

まぁ、夫婦共有の財産の2000万は返ってきたし、慰謝料として相場より少し高めの金は貰った。

これで良いのか? と言われれば【こんなんじゃ足りない】

そうは思う。

だが、これで形上は償いは終わった事になる。

もし向こうから何かしてこなければこれで終わりで良い。

神谷も大人なのか、別に何か仕掛けて来る事は今の所はなさそうだ。

まぁ、何かするにしても、精々が嫌がらせをして、退職か首にする位しか出来ないだろう。

もし、神谷が一線を越えて、何かして来たら、その時はこちらも対処すれば良い。

ただ、それだけの事だ。

だが、事態はあっさりと動き出した。

「あんたが、今井泰章さん?」

見知らぬ男が話し掛けてきた。

周りは6人、完全に囲まれている。

さてどうしたものか…

「確かに、そうだけど? 何かようでもあるのか」

「悪いけどちょっと事務所まで来て貰えるかな?」

相手の正体も解らないと困るからついて行く事にした。

「解った、ついて行けばいいんだな」

「素直にして貰えるとこちらも手間が減る」

男達ははニヤ付きながら俺を囲んだ。

そのまま、ついて行くとスモークガラスのバンがありその前に高級車が止まっている。

俺はバンに乗せられ横の男2二人に肩を押さえるように拘束された。

明かに、見た感じからして反社会組織、多分ヤクザだろう。

「それで、俺はどうして、こんな事になっているんだ?」

「お前、神谷さん怒らしただろう? 神谷さんはよう、うちと繋がっているんだよ? だから、これからあんたは大変な事になるんだぜ」

「まぁ、殺されるんだけどな」

どうやら、此奴らはヤクザで、俺を殺そうとしているらしい。

やはり【法の外】の話になったのか…まぁ【どうでも良い】

「それで、何処のチンピラが俺を殺そうとしているんですかね?」

「座間会だ、おっとお前が解る様に言うなら、竜ケ崎組の系列だ」

簡単に言うなら、日本有数の暴力団竜ケ崎組の系列の組…そういう事だ。

さて、どうしてやろうか?

「貴方達は、暴力のプロ、そして俺を殺そうとしている…そういう事でしょうか?」

俺は丁寧にワザと話した。

「まぁ、殺す殺さないはまだ解らないがな」

「銃を突き付けて良く言いますよね?」

相手は何を言っているのか解らない、そんな顔をしていた。

俺は一連の会話を録音していた。

もしかしたら、俺を本当に殺そうと思っているのかも知れない。

勿論、銃なんて突き付けてはいない。

だが、少しでも大袈裟にした方が面白い。

「お前、何を言っているんだ」

男達は少し声を荒げたが気にしないで、適当に会話を続けた。

途中までは話をしてくれていたが、最後にはまるで頭が可笑しい人間を扱う様な対応へと変わっていき、とうとう話をしなくなった。

暫く、時間が経過すると、人が居ない山道を走っていた、俺を殺す場所として山林を選んだのだろう…此処まで来ればもうカメラも何も無いな。

ならば、何をしても大丈夫だろう。

俺は横の男二人に肘鉄をぶち込んだ。

「うげっ」

「うごっ、ごふっ」

そのまま、ハンドルを掴み、思いっきり右へ引っ張る。

「おい、貴様なにやっているんだーーーーっ」

「うわぁぁぁぁぁーーーーーっ」

「うごっぃぃぃーーーー」

「あああああーーーーーーーっ」

いきなり車は崖にぶつかったんだ、流石のヤクザでも驚かないわけないだろう。

俺は激突寸前にドアを蹴破り飛び降りた。

前の車から三人の男が降りて来たが、銃も持って無いから完全に俺の餌食だ。

剣を振るう様に手刀で斬りつける。

この程度の相手にはスキルも必要ないが…無力化させる為に【強奪】だけは掛けた。

どうでも良いスキルが片っ端から盗れた。

相手が銃を持っていても、俺には【どうでも良い】この世界の人間なんてオークにも勝てない位弱いからな。

簡単に無効化出来た。

バンの前に乗っていた奴2人はエンジンが内部に押し出されて足に食い込んでいた。

ガラスは割れて恐らく頭を打ち付けていた。

「ううっ」

「ううう」

何だか呻いているが放置だ。

後ろの奴も酷く打ち付けたのか気絶している。

こちらも、多分駄々じゃ済まない。

無効化した三人の方に向った。

「さてと、俺を殺すんだっけ? そのざまで出来るのかな?」

「ふざけるな! こんな事をして只で済むと思うな、座間会が黙って無いぞ」

「あのさぁ、あんた達みたいな奴を簡単に無効化出来る俺が素人に見えるのかな?…多分殺した数【魔物】は俺の方が遙かに多いと思うぞ」

「ちょっと待て、お前は同業なのか?」

まぁ何時殺されるか解らない、この状況で話せるだけ凄いのか…まぁさっきからガタガタ震えているが。

「同業じゃぁねーよ! 俺は殺し専門、暴力は余り好きじゃないんだ」

スキル【威圧】を掛けて静かに反した。

「ここ殺し…殺し屋」

「そうだよ、一般人に混じって静かに暮らしていたのによー、変な事に巻き込んでくれてどうするんだ、これ?」

「待て…そうだ、もう手を引く、手を引くからな…それで良いだろう?」

「もう遅いと考えられないか? バンはもう事故っているから、火をつけたらそれで終わり、そうだアンタ達も車に載せて左の崖から落とそうか?」

「絶対にもう関わらない、この事は口を割らない、だから止めてくれ」

殺される覚悟も無い癖に、此奴は何をいっているんだ?

大体口を割らない…そんなの信用が出来ないな。

「まぁ、いいや、ほらスマホ貸せ」

「何するんだ…」

「今回は助けてやるよ…まぁバンの方も命は助かるだろう…まぁ一生歩けないかもしれんがな、救急車を呼んでやるから【ただの事故】それで済ませろよ、余計な事言ったら…殺すよ」

「解った…絶対に話さない」

「そうか? どうせお前には決定権が無いだろうからな、組に直接こっちから出向いてやるから、伝えておけ」

「解った…はぁはぁ」

まぁ、手足を折って転がしているから、此奴も結構きついだろう。

俺は慰謝料を兼ねて、全員の財布から札を全部貰うと119番を掛けその場を去った。

【十二話】 解らない
取り敢えず、会社をまた休む事にした。

いっその事、格闘家にでも成ろうとかと思ったら、ボクサーは37歳で引退なんだとか。

駄目じゃん…折角、多分最強に近い力が手に入ったのに…

それはさて置きこれからどうしようかな?

座間会なんかとぶつかっても意味がない。

どうせやるなら、竜ケ崎組だ。

俺は、昔水商売のバイトを短期間だけどした事がある。

その時常連にヤクザが居たから【弱い所】も知っている。

竜ケ崎組は新幹線に乗れば2時間位の距離だ。

思い切って行く事にした。

着いてからは簡単だ。

正面から乗り込んでいく。

ただ、それだけだ。

「うちに、何かようですか?」

入口の男が聞いて来た。

「座間会の事で組長さんに話し合いをしに来たんですよ」

「座間会だぁ~、話も聞いてねーよ、とっとと帰りな」

此処で話していても埒が明かない。

「座間会がね…俺を殺そうとしたんだ…だから責任取って此処の組長に死んで貰おうと思って」

「てめーーーーっふざけんな!」

はっきりいってオークの方がまだ怖い。

俺は軽く手刀で首を殴った…それだけで男は気絶した。

その様子を見ていた他の組員が俺の元に集まる。

幾ら来ても…問題無い。

魔族数万相手に戦った俺からしたら…ただのオモチャだ。

【強奪】だけ発動されて、ただひたすらぶん殴る。

銃やドスを使った人間は念入りに潰す。

はっきり言わして貰えば【いたわりながら倒す】のがメンドクサイ。

多分、3時間位はたったのだろうか?

多分2~300人居た組員は全員目の前に倒れていた。

そして、俺は組長室のドアを蹴破り、そのまま突入した。

「何者だ、お前…他の組員はどうしした?」

「いや、全員倒したから此処に居るんでしょうが?」

「ほう、かなり自信があるようだな? だがついていないな、辰、お前相手してやんな」

「へい」

「ちょっとは出来そうだな」

「そうかい?それじゃ殺さない程度に….えっ」

いや、誤解をしないで貰いたいな【ちょっとは出来るって】オーク位だからな。

大体、日本じゃ一流の武道家だって熊に勝てない。

まして、白熊なんて勝てる奴は世界にも居ないかも知れない。

その程度の人間の中で強くてもたかが知れている。

だから、この程度の人間なんて軽く倒せる。

「そんな、辰が倒されるなんて…馬鹿な、此奴は8人斬りの本当のイケイケなのに」

「それじゃ、今度はこっちの番だ」

俺はそう言いながら組長の顔面にパンチを叩き込んだ。

勿論、手加減して。

「貴様、儂にこんな事をして只で済むと思うのか?」

「しらねーよ、そっちが戦争仕掛けてきたんだろうが」

「まて、儂は抗争なんて仕掛けてない」

俺は座間会にバンに乗せられていた時にスマホで録音した会話を聞かせた。

【録音した音声】

「お前、神谷さん怒らしただろう? 神谷さんはよう、うちと繋がっているんだよ? だから、これからあんたは大変な事になるんだぜ」

「まぁ、殺されるんだけどな」

「それで、何処のチンピラが俺を殺そうとしているんですかね?」

「座間会だ、おっとお前が解る様に言うなら、竜ケ崎組の系列だ」

「貴方達は、暴力のプロ、そして俺を殺そうとしている…そういう事でしょうか?」

「まぁ、殺す殺さないはまだ解らないがな」

「銃を突き付けて良く言いますよね?」

「なぁ聞いたか? あんたの下の座間会が銃を突きつけて俺を殺そうとしたんだ…報復されても仕方ないだろう?」

「儂は知らん、そんなのは座間会が勝手にやった事だ」

「お前なぁ~ その座間会はお前の組織の末端だ…少なくとも座間会は、竜ケ崎組の名前を出したんだ、お前のせいだろうがーーーっ」

俺は、再び顔を殴った。

流石は、組長を張るだけあって、怯まずに俺を睨んでいる。

「儂にどうしろと言うんだ」

「ヤクザなりのけじめを貰う事にする…確か、組長クラスの女に手を出したら手を切断だったな」

俺はスキル【斬鉄】を発動して手刀で右腕の肘から先にに斬りかかる。

剣を握れば鉄すら斬れる、ならば手刀でも腕は…斬れないで千切れたな。

「おい…ややめろ、ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ、うわぁぁぁぁーーーーっ」

流石に腕を千切られれば、幾らヤクザでもこうなるな。

「俺はお前の所の座間会とそれと連なる神谷に嫁を奪われた、まぁ何もしてこなければ金を貰って終わりで良かったんだが…その上で殺しに掛かられちゃ、その分もけじめを貰わないとな…あっこれは女の分だから、今回、俺の命を狙った分として左手の小指と薬指を貰おうか」

「ハァハァ…うぐっっっ、や、やめろーっ、解った、金をやる、幾らでもやるから、なぁ、ハァハァ止めてくれ」

「だけど、これがお前達の正しいルールだろう? 女を寝取ったら手首、他の始末には指を詰める、違うのか?」

明かに顔色が悪い、まぁ別にもう良いか?

「ハァハァ…ああ、確かにそうだ、解った、指二本だな」

「やっぱりいいや…その代り、お前の所の座間組や神谷を俺に二度と俺に関わらないようにしてくれ」

そう言いながら【魅了】を掛けておいた。

「ハァハァ…お前の言う通りだ、約束しよう」

怖いな【魅了】隷属とどちらにしようか迷ったが、隷属にすると意思が弱くなるから此方を選んだ。

【座間組】

「組長、実は危ない奴と揉めまして」

「そうか…ならば組員の慰謝料と車代金上乗せしてひっぱれ、やられっぱなしで終わる訳に行かねーんだよ、解るな?」

「へい」

この数時間後…この世から座間組が無くなった。

何処に行ったのかは誰も知らない。

本家の組長が腕を無くした。

その原因になった…座間組は地獄を味わってから殺されたのは想像がつく。

今頃、東京湾に沈んでいるのか、燃やされて跡形も無くなくなったのか、何処かの山に埋まっているのか。

それは…解らない。

【十三話】魅了 神谷真理

これで神谷の裏の力は無くなった。

ついでに俺は白金女学院の前に来ている。

さっきから、周りの目が少し痛い。

一応、しっかりとスーツを着て怪しくない恰好をしているから問題ない筈だ。

その証拠に警備員の人にも怪しまれていない。

だが、気のせいか学生の女の子がこちらを見てヒソヒソしている。

まぁ、42歳のじじいが女子大の前に立っているんだ、陰口位は我慢だな。

【学生たち】

「あのおじ様、凄く素敵ですわね」

「私も思いますわ、誰かのお父様かしら」

「歳はかなり上ですが、渋くて素敵ですわね」

「あの位カッコ良ければ、年上もありですね」

泰章は気がついていなかった。

勇者とは決して嫌われない。

絶望に満ちた人間を照らす輝く光り。

その為、例え【魅了】を使わなくてもある程度の好意は寄せられる様になる。

自分のステータスには見えないが人間としての【魅力値】が凄く高いのだ。

ガードレールに寄りかかり、缶ジュースを片手に正門を見ていた。

お目当ては勿論、神谷真理だ。

神谷の裏の力は前回削いだ。

もう、二度と裏の力を使う事は出来ないだろう。

やり方は解らないが、竜ケ崎組の組長が約束した。

しかも、組長が、自分達が原因で片腕無くしたんだ、座間組はもう多分終わりだ。

神谷は…微妙だ。

フロント企業、企業舎弟…付き合い方は解らないが、完全にヤクザではない此奴は、案外見逃される可能性もある。

まぁ、もうヤクザの暴力という力は使えないし、お金という名の制裁はあるかも知れない。

それはさて置き、神谷が北条と繋がるのは不味い。

表の力という意味では北条は強い。

鉄道会社からデパートに自動車工場、通信会社に電気にガス、その全てにおいてシェアで1番。

つまり、北条がその気になれば人一人合法的にどうとでも出来る。

例えば、裏から手を回して【何処にも就職させない】位の事は簡単に出来る。

まぁ、これはあくまでも噂で、そんな事された人は実際には居ないだろう。

だが、本当にするしないは別にしても、そんな力を神谷が手に入れたら、俺に良い事は無い。

だから、それを阻止する必要がある。

しかし、神谷って何者なんだ?

裏で竜ケ崎組と繋がり、表で北条と繋がったら…ある意味日本をどうにか出来る力が、もうすぐ手に入ったそういう事じゃ無いか?

そんなやばい奴と…腐れ嫁が浮気したから関わる事になったのか?…ふざけるなよ!

これ、勇者の力が無ければ人生詰んでいたよな…多分負け犬のように生きるか、東京湾に浮かんだかも知れない。

そう考えたら、北条と神谷の間は裂いて置かなければならない。

その要となるのが【神谷真理】だ。

可哀想だが、この婚約は完全に壊す必要がある。

神谷はかなり娘を愛していた。

散々、自慢して会社でも写真を見せびらかしていたから、顔も解る。

暫く待っていると、問題の神谷真理が他の学生と共に出て来た。

別に声を掛けるだけだ。

特に問題になる訳じゃないだろう。

「神谷真理さんじゃないですか?」

「そうですが…貴方は誰ですか? 顔見知りではなさそうですが…」

「今井泰章と申します、随分前にバーベキューパーティーで会った」

「あっ…父の会社関係の方ですか?」

此処で俺は【魅了】の重ねがけをした。

女性に掛ける場合は、通常の【魅了】でも、麻薬に嵌った人間の様に、最愛の恋人や夫がいても裏切り好きになる。

それを重ねがけしたら…考えただけでも凄い事になるだろう。

「そうです、お父様にはお世話になっていますので…そうだ、良かったらこれプレゼントします」

俺はそう言ってポケットからギフトカードを渡した。

「そんな、頂けません」

「いや、お父様にお世話になっていますから、大した額では無いですので、お友達とファミレスに行く時でもお使い下さい」

「はぁ…それなら頂戴します、ありがとうございます」

「それじゃ、私は仕事がありますので、つい懐かしくて声を掛けてしまい、申し訳ございませんでした」

「こちらこそ、余り覚えて無くてすみません」

「いえ、良いんです、それじゃこれで失礼します」

俺はその場を後にした。

「あっ、あの良かったら連絡先を交換しませんか?」

「俺は余り、スマホとか詳しくなくてね、メールアドレスと電話番号の交換で良いなら構わないですよ」

「よ、宜しくお願い致します」

顔が少し赤くなっているな…もう効果が出始めている。

「それじゃ、これで失礼しますね」

「はい…」

【真理SIDE】

「あのおじさん、こっち見ているよ」

「ちょっと渋いよね、うんカッコ良い」

友達はこう言うけど…私には関係ないわ。

だって、私はもう婚約者がいるから、幾らカッコ良くても関係…ないわ。

どうしたのかな…確かにカッコ良く見える。

「真理~こっちに来るよ」

「多分、真理目当てだと思うよ~」

「まさか、道とか聞いて来るだけじゃないかな」

「神谷真理さんじゃないですか?」

なんで、私の名前を知っているんだろう?

「そうですが…貴方は誰ですか? 顔見知りではなさそうですが…」

誰なのでしょうか?

「今井泰章と申します、随分前にバーベキューパーティーで会った」

「あっ…父の会社関係の方ですか?」

私…どうしちゃったの、可笑しい。

体の芯から熱くなってくる。

どうしちゃったのかな…初めて会った人なのに【愛おしい】、そう思ってしまう。

「そうです、お父様にはお世話になっていますので…そうだ、良かったらこれプレゼントします」

これが【恋】とか【愛】だと言うなら今迄の私の感情は何だったんでしょう。

彼はポケットから何かを取り出し私に差し出してきた。

ギフトカード? 

「そんな、頂けません」

「いや、お父様にお世話になっていますから、大した額では無いですので、お友達とファミレスに行く時でもお使い下さい」

誰かに物を勝手に貰うとお母さまに怒られます。

ですが、どうしてでしょうか?

どうしてもこれを受取りたくて仕方なくなります。

この位ならまぁ…ちょっと怒られるだけで済みますね。

「はぁ…それなら頂戴します、ありがとうございます」

「それじゃ、私は仕事がありますので、つい懐かしくて声を掛けてしまい、申し訳ございませんでした」

どうしてでしょうか?

私はやっぱり可笑しくなってしまったのでしょうか?

さっきから顔が赤くなって…

愛おしい、そんな気持ちで満たされていきます。

平然と答えていますが、さっきから心臓のドキドキが止まらなくなります。

「こちらこそ、余り覚えて無くてすみません」

こんな方に前に出会っていたのに…なんで覚えて無いのでしょうか?

可笑しい。

「いえ、良いんです、それじゃこれで失礼します」

どうして…

どうして、彼が目の前から居なくなる。

接点が無くなる、そう思うだけで…それだけで心の中に穴があき、冷たくなっていく気がします

気がついたら私から彼を引き留めていました。

「あっ、あの良かったら連絡先を交換しませんか?」

「俺は余り、スマホとか詳しくなくてね、メールアドレスと電話番号の交換で良いなら構わないですよ」

連絡先を教えて貰えた…それだけで嬉しい。

そう思ってしまう…なんでなのかな。

「よ、宜しくお願い致します」

顔が本当に赤くなってしまう。

手なんか汗だらけだ。

「それじゃ、これで失礼しますね」

なんで、彼が離れるだけで…こんなに苦しいの、なんでこんなに寂しく感じるのかな。

「はい…」

それだけが絞りだされた。

「真理、貴方婚約者が居るのに…良かったの?」

「結構、真理って大胆だったんだね、逆ナンなんて」

「違うって、お父さんの部下だから…ほら、ギフトカード貰ったからね、お礼を改めて言おうと思っただけよ」

「そうだよね~ 冗談だから」

「そうそう、それに、お食事券貰ったんなら、何か奢ってよ」

「うん、見られちゃったから仕方ないか、良いよ奢ってあげる」

「真理、太っ腹」

駄目だ…さっきから他の事を考えようと思っても【今井泰章】さんの事ばかり思ってしまう。

こんなんで私…結婚なんて出来るのかな…

心の浸食は続く。

【第十四話】 何かが起こりつつある
おかしい、座間組の人間と連絡がつかなくなっている。

あんな、只の中年サラリーマンを殺すなんて彼奴らにとっては簡単な筈だ。

だが、昨日から連絡がつかなくなった。

何が起きているのか解らない。

自分の考えの外で何かが起こっていた。

そして会社の方もどうも様子が可笑しい。

妻の裕子が圧力をかけようとしたが、今井に対して圧力が掛からない。

「あの男が気に入らないからクビにしてくれないかしら?」

そう言った所…

「お前…今井係長は被害者なんだぞ! お前の夫が不倫みたいな馬鹿な事をしたから家族を失ったんだ、そんな非のない被害者である今井くんをクビに等出来ないな」

「そんな、私は貴方の妹です」

「妹…はぁ~、馬鹿な事ばかりやっているから、お前達は【要】の苗字を名乗る事も許されなかったんじゃないか? いい加減目を覚まさないか!」

「お兄様は実の妹よりも部下を取るのですか?」

「そういう問題じゃ無いだろう? どう考えても不倫して相手の家庭を壊した、しかもお前の旦那が有責者だ、被害者は今井くんじゃないか? 法律でそうなっている以上は処罰するならお前達になる、当たり前じゃ無いか」

「解ったわ、お兄様には頼みません」

つまり、今井には何かがある。

今迄、妹にあれ程甘かった社長が係長のクビ一つを飛ばさない訳が無い。

そこから考えられる事は…今井は今の会社もしくは社長にとって切れない関係にある。

そうに違いない。

だからこそ、彼奴が強気に出ていたのかも知れない。

ならば、やっぱり先手を打っていて良かった。

まぁ、座間組に任せておけばどうにかなるだろう。

今は連絡がつかないが…一般人がヤクザに勝てるわけが無いのだ。

ブランデーを片手にゆっくり過ごしていると、娘の真理が入ってきた。

「どうした、こんな時間に珍しいな」

「お父様、お願いがあります」

「どうしたんだ? お小遣いでも欲しいのか?」

「いえ、お父様、婚約を破棄して頂きたいのですが、お願いできないでしょうか?」

「おい、冗談だよな? お前は勇吾くんの何処が気にくわないんだ…この間も楽しそうに過ごしていただろう」

「確かに勇吾さんは良い人ですけど、ただそれだけなのです、心がときめかないのです」

「心がときめかない? 大丈夫だ、私と母さんもそうだったが今はお互いに支え合って生きているんだ、結婚なんてそんなもんだ」

「ですが、他に心惹かれる人がいるのです…その方を思うと胸が締め付けられて苦しいのです」

「ほう…その相手とは一体誰なんだ」

「その、お父様の部下で、今井泰章さんです」

まさか、此処でもまた彼奴なのか?

俺の邪魔ばかりしやがって…うん、待てよ。

どうせ彼奴は殺されるんだ、此処で無理に反対するよりやり過ごした方が良い。

「今井くんか、まぁ齢をくっていなければ、そこそこ優秀な男だ、だが齢が20近く離れているんだ、よく考えなさい」

「私の気持ちは変わりません」

「そうか…じっくり考えるんだな」

「はい」

無理に反対する事は無い…どうせ彼奴は死ぬのだから

【第十五話】 指10本

「すみませんが、この度の婚約は無かった事にして頂きます」

北条家の執事がきて伝えてきた。

当人で無く執事がくると言う事はもう「此方の事などどうでも良い」そう思っているのだろう。

「理由は聞いても良いでしょうか?」

理由がさっぱり解らない。

北条家は日本有数の金持ちだが、その背景には【黒い部分】がある。

その黒い部分は地上げから始まり、暴利の金融など色々な物が存在する。

その部分の協力者として俺が必要な筈だった。

本来は家柄は決して釣り合わないが【黒い部分】を強化する為に俺が必要だった筈だ。

それゆえに今回のシンデレラストーリーが描かれた。

「はぁ~ 貴方はまだ気がついて無いのかも知れないが、もう貴方は終わったようですな! もはや貴方達は北条にとって只の犬程の価値もありません、そんな野良犬の娘を北条が貰う訳にはいかないのです」

「俺が犬だと!」

「はい…犬ですな…それでは私もこれで失礼します」

用件だけ伝えると北条家の第一執事は去っていった。

何が起こっているんだ…

しかも、これだけじゃない。

仕事でもそうだ。

「この土地は譲って頂ける約束だった筈ですが、事故が起きても知りませんよ」

「あはははっ事故なんて起きませんよ? それにそれは脅しですか?」

「ほう、そちらがその気なら」

「地回りのヤクザさんが教えてくれたんですよ? もう座間会は絡んで来ないから大丈夫だって、もし何か言われたら警察に駆け込んでも何も起きないってね」

「クソッ…本当にどうなっても知りませんからね」

「あんたの方が多分これから大変な事が起きるんじゃないですかね、とりあえずアンタの顔は見たく無いんだよ、しっしっし」

「覚えていろよ」

何が起きているんだ。

何からこれが始まったんだ。

今井泰章の妻を寝取った。

その事が彼奴に発覚してから【何かが狂い始めた】

今迄の人生で、此処まで可笑しくなった事は無い。

地位だってそうだ【部長】で留まっているのは目立ちたく無いからだ。

本気を出せば、常務だって専務だってなれた。

だが、その場所は目立ちすぎるから敢えて部長でいる。

そこで甘い汁を吸っていれば直ぐに億のお金が貯まる。

俺はエリートの道を捨ててこの道を選んだ。

エリートになっても所詮は生涯2億から3億稼げれば良い方だ。

だが、俺の生き方なら数年でそんな金は稼げる。

実を選んだ。

表より裏で生きる事を選んだ。

その俺の計画に…何が起きたと言うんだ。

連絡がつかないので、俺は座間組の事務所にきた。

可笑しい、本来なら事務所の前には3人以上の見張りがいる筈だ。

だが、誰もいない、そのまま進むと事務所には鍵も掛かっていない。

そのまま、中に入った。

本当に可笑しい、誰もいないなんて、事務所は荒らされ、散乱していた。

これが抗争による物なら…血や争った跡もある筈だが全く無い。

可笑しい…

「神谷よく来たな」

「なっ」

俺は何者かに頭を殴られ…気を失った。

此処は何処だ…

暗い、何も見えない。

ドアが開いた。

「神谷さんよぉ~よくもやってくれたな?」

「あっ、貴方は」

「あっ貴方はじゃねーんだよ、座間組と一緒によぉー、今井泰章ってやつ殺そうとしたそうだな」

この方は竜ケ崎組の確か幹部で田尻さん…の筈だ。

ならば、普通に伝えて良い筈だ。

「色々と邪魔になったので処分をお願いしたんだ」

「この野郎、あんな危ない奴に手を出しやがって、しかもあの狂犬みたいな奴の妻を寝取ったそうだな」

何でこんなに怒るんだ…解らない。

「確かに、しましたがそれが問題にでも」

「馬鹿野郎、組長クラスの女を寝取るとな、この世界では腕を取られちまうんだ」

「ですが、今井はヤクザじゃないですが…」

「そうだな、だが、この世界じゃ力が全てだ、竜ケ崎組に乗り込んで来て全員ぶったおした後に、ケジメだと言われたら【そうですね】しか言えねーんだよ! お前があの狂犬の妻を寝取ったからよー 組長が腕1本無くしたんだぞ…どう責任取るんだよ…あん、しかも機嫌が悪いから俺もこれもんだ」

そう言って口を開いた田尻の前歯は無かった。

「ひぃ…すいません」

「すいませんじゃねーよ…まぁ、お前は企業舎弟、しかも問題が起きるといけないから正式には盃を親父とかわしちゃいねー…だからよ、切らないでやるし、命も助けてやる…だがそれ以上は望むな」

そう言うと三人の男が神谷を押さえつけた。

「何をするんだ、止めて、あぁーーーーーーっ」

ボキッ、音を立てて神谷の指が折られた。

「お前は、ヤクザじゃ無いからエンコは詰めなくて良い、その代わり指を折らせて貰う、両手併せて10本だ」

「嫌だ、止めてくれーーーーっ」

「おい、誰か此奴を黙らせろ」

他の男が、お絞りを持ってきて神谷の口に詰め込んだ。

「うぐうぐうーーっ」

ボキッ

「うぐーーーーっ」

ボギッ

「ううううううーーーーーっ」

暗闇に神谷の悲鳴がこだまする。

10本の指を全部折り終わると、田尻は神谷を睨みつけた。

「お前、一応堅気で良かったな、組員なら座間組の様に死んで詫びなくちゃならんのだぞ! 指十本折って、3億で手打ちにしてやるってよ…本当にお前はついているぞ…3日以内に組の口座に3億、それで終わりだ…まぁお前は堅気だがこれは破門みたいな物だから、竜ケ崎の【り】も出したら、その時は殺すからな…良いな解ったか…警察に言っても殺すかんな」

「….はい」

神谷は折れた指を見つめながら出て行った。

顔は涙と鼻水でこれでもかと濡れていて…股間も濡れていた。

野望に満ちた男の姿はもう何処にも無かった。

【第十六話】閑話:陽子

私の名前は陽子。

少し前まで専業主婦をしていました。

今は実家に帰って仕事をしています。

長い事働いてないし、年齢も40歳を超えているから再就職なんて出来ません。

スーパーでパートをしながら、夜は清掃業で働く、そんな毎日です。

娘も転入試験に受かったから市立高校に入りましたが、大学へは行けません。

奨学金でも貰えば別ですが…まぁ多分無理でしょう。

これも、全部、私が不倫をしたから悪いのです。

最初の1回は…私には非はありません。

多分、お酒に睡眠薬を盛られたのだと思います。

この時に主人に相談するなり、警察に相談すれば、こんな人生にならなかったと思います。

ですが、あの時の私は多分刺激が欲しかったのでしょう。

その関係を自ら受け入れました。

私を犯した男と一緒に自分達の為に一生懸命働いていた夫を馬鹿にしていました。

しかも、最初は相手が奢ってくれましたが、気がつけば不倫の時のお金は、自分達の為に…主人が貯めていたお金を使って。

今思えば、あの人は自分の為には一切お金を使わずによれたスーツにボロボロのコートを着ながらいつも身を粉にして働いていました。

私が不倫で手を付けていたのは….自分の未来や娘の為に、主人が頑張り貯めていたお金です。

そんな貴重なお金を、私は馬鹿な事に使ってしまったのです。

離婚して実家に帰ってきてからは…針のむしろです。

当たり前の事ですね。

不倫をした挙句、その事が原因で主人は一生を失った。

あはははっ、父も母も冷たくなるのは当たり前ですね。

軽蔑され、冷たい扱いをされるのは当たり前です。

今の私には…自由な時間はありません、パートと清掃の仕事の時間以外は父か母が私を見張っています。

「俺はお前みたいな娘を持って悲しい、慰謝料は要らない、そう泰章くんは言っていたし、あんな体になっても情けまで掛けていた許したのだろう、だがな、俺はお前を許さない、お金を貯める苦しさを知れ、泰章くんが自分を犠牲にしてまで貯めた2000万、お前も死ぬ気になって貯めてみろ! それを貯めた時、自由をやる、そのお金を持って出て行くが良い」

「あんたは本当に馬鹿だわ、あんな良い人を騙して不倫するなんて、正直顔も見たく無いけど、母親の務めで真人間になるまで付き合うわ…あんたの為に頑張っていた旦那を騙して不倫迄して置いて…あそこで【一生面倒見るから】それも言えなかったクズ、それがあんたよ? そこから人間になるまで自由は無いと思いなさい」

今の私は、給料は取り上げられ、化粧も出来ないし、服も最低限しか買って貰えません。

ですが、その原因は自分にあるのだから仕方ないのです。

私は本当に馬鹿でした。

何故、不倫なんてしたのだろう…

何故、あんなに愛して尽くしてくれた主人を馬鹿にしたのだろう…

それに…なんであの時に【今度は私が頑張って面倒みるから】そう言えなかったのだろう…

あははははっ本当に馬鹿な女ですね…

今になって気がつきました。

あの人は中学~離婚する今迄、ずっと愛してくれていました。

多分、あの人ほど私を愛してくれた人は両親を含んで他にはいなかった。

私は…私は…ああああああああーーーっ。

今になって気がついてしまった。

いなくなって初めて気がついた。

私はあの人を愛していた。

愛していた…いや、愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している

傍に居なくなってから解った。

あれから、私の頭の中は泰章さんの事で一杯…寝ても覚めても、お風呂の時も仕事の時もずうっと【元主人】の事しか考えらえない。

何で気がつかなかったの?

もっと早くこの事に気がつけば、今みたいな惨めな人生になんてならなかった。

多分、マンションをローンで買って、娘は大学に進学して…私は2人の帰りを待つ…そんな幸せな人生があった筈なのに。

誰が悪いの…そう、私が悪い…

なんで離婚なんてしてしまったのかな…

なんであの時に「嫌だ」って泣いて縋りつかなかったのかな…

あの人にあわす顔が無いわ…

どんな顔してあの人に会えば良いのかな…

私も悪いけど、他にも【悪い人】は…いるじゃない。

神谷部長が全部悪いのよ。

私も悪いけど、神谷部長はもっと悪いわ。

私が泰章さんに認めて貰うには…

もう神谷部長を殺すしかないんじゃないかしら。

私を犯して不倫迄させた癖に、未婚と言っていたのに【既婚者】だったし、その結果私は泰章さんと別れる羽目になったんだから…

殺しても良いわよね….

【第十七話】閑話:娘
お母さんとお父さんが離婚した。

その時にお父さんが道路に飛び出して、車に敷かれた。

その結果、私は…田舎に引っ越す事になった。

仲の良い友達とも…もう遊べない。

お父さんが退院する前に引っ越す約束だから、この数日間が友達と過ごす最後の時間だ。

お母さんは泣いているけど…

今思えば、お母さんが不倫して貯金を使い切ったのが原因だ。

しかも、ふざけた事に【贅沢させて貰った】と思っていたのに、そのお金は神谷さんじゃなくてお父さんが貯めたお金だった。

玉の輿に乗る筈だったお母さんは…騙されて全部のお金を失った。

【学校にて】

「しかし、親父は汚いし…くどくど話もするし、凄くムカつくよね」

「本当に嫌だ、嫌だ、洗濯物も別にして欲しいわ」

「小遣いも碌にくれないし…本当にキモイわ」

「まぁ、だけど、こんな事は言えないのが辛いよね」

「働いて食わして貰っているからね」

あれっ…いま、なんて言ったのかな?

【まぁ、だけど、こんな事は言えないのが辛いよね】

「あのさぁ…もしかして皆って、お父さんに気持ち悪いとか言ってないの?」

「恵美さぁ…当たり前じゃない? うちの親父は禿でキモイけど、親父が働いているから生活出来るんだから、傷つく事当人に言う訳無いじゃん」

「そうだよ、うちのお父さんも足が臭いけど…態々言う事ないよ、と、言うか感謝しているよ」

「嘘、それじゃ、お父さんにATMとか、気持ち悪いとか、誰も言ってないの?」

「恵美、まさか貴方、そんな酷い事本当に言っているの? 考えてみてよ? 例えば、私は自他共に認める【貧乳】で【チビ】だよね? だけど、そんな事友達から言われたら傷つくから、影なら兎も角、当人の前では言わないよね?」

「恵美、あんたまさか、此処で言っているような事お父さんに言っているの? 当人に言えないから、お互いに話をして愚痴っているだけじゃん」

「って、言うかさぁ、私は恵美が私達に合わせる為に言っていたと思ったよ? 月にお小遣い3万円貰って、スマホの維持費は別なんだよね? しかも今恵美が持っているスマホは最新機種で約10万円するやつじゃん…それお小遣いとは別に買って貰ったんだよね?」

「…うん」

「恵美のお父さんって、外見だって悪くないじゃん? 上の下だよね? ギリイケメンとも言えると思う」

「そうだよ、夜遅くまで働いて、家族に尽くしているんじゃないの、それで何が不満な訳」

「私だったら、多分ファザコンになると思うよ? 恵美の待遇を私にしてくれるなら【パパぁ大好き】位言ってあげるよ」

「なんで?」

他のお父さんは違うの?

「はぁ~、月に3万円もおこづかいくれて、それとは別に高級な物買ってくれてさぁ…恵美結構ブランド物も持っているよね? 正直言えば【別の意味のパパ】でも良いパパだよね、実の父親にそんな貢いで貰って何が不満なの」

「悪い事言わないから、謝った方が良いよ」

「うん…そうする…」

私はお父さんに何か酷い事されたのかな…ううん、されていない。

お父さんは、穴の開いた靴下を縫って履いていた。

スーツも安物をヨレヨレになるまで着ていて。

靴は古い靴を自分で磨いて履いていた。

唯一のブランド品のコートも、おじさんから貰った物を10年着ている。

それなのに、お母さんや私にはいつも贅沢な服や、ブランド品を買ってくれた。

お父さんの趣味って何かな…多分、何も好きな事なんて出来なかった筈だ。

お父さんのお小遣いは月に1万円で昼食代込みだ。

私が逆の立場だったら…多分逃げ出すと思う。

友達から聞いてみて自分が如何に酷かったかわかった。

お父さん…だけどもう、お父さんには会えない。

私とお母さんには接近禁止命令が出されていて、罰金もある。

お母さんの実家に帰ってきてからは…地獄だった。

「大学なんて行けると思うなよ、お前達は泰章くんの一生を潰したんだ、高校だけは編入試験に受かったから通わせてやるが、在学中はバイトして金を稼ぐ苦労を知るんだな、卒業したらすぐに就職するんだ…どうしても大学に行きたいならバイトして奨学金で行くんだな、だれも援助はしない」

そうお爺ちゃんに言われた。

去年はお年玉をくれたお爺ちゃんが人が変わった様に鬼になった。

「たんとお食べ」が口癖でいつもご馳走を食べさせてくれたお婆ちゃんも何時も怒ってばかりだ。

「私が躾をちゃんとしなかったからだ」とよく怒鳴られる。

今となって解る…全部自分が悪い。

お母さんが不倫しているのに気がついた時に殴ってでも辞めさせるべきだった。

それが出来ないならお父さんやお爺ちゃんに相談するべきだった。

それをしなかったばかりか、私はお母さんとあの神谷という男の味方になっていた。

本当に馬鹿だ…

多分お父さんは寝たきりになっている筈だ…

学生の私がアルバイトしたって、お父さんを養えない。

どうしよう….? 【養う?】

嘘でしょう、私がお父さんを養うの….あれっ、可笑しいな。

あのクソ爺を…あれ、あれっ? 友達はお父さんの容姿を上の下と言っていたけど…お父さんってイケメンだよね?

多分、外見はドストライクじゃないかな…なんで嫌っていたのかな。

イケメンで性格が良くて…尽くしてくれる。

うん、理想の男性じゃないかな。

親子じゃ無いなら結婚したい…可笑しい、絶対に可笑しい。

いや、親子でも事実婚で良いんじゃないかな?

血が繋がっていないから親子でも実質他人だから良いよね、若い分お母さんより私の方が勝ちだ。

お父さんは何時も私を【可愛い】と言っていた。

そんな可愛い私がお嫁さんとして傍にいてあげるといえば…喜ぶんじゃないかな?

あははははっ、気がついちゃった…私お父さんの事が【大好き】ううん【愛している】って事に。

どうしようかな?

接近禁止で罰金を取られちゃうけど…多分お父さんはとらないと思う。

それに私はお母さんの若い頃に似ているらしいから、頑張ればお父さんを口説けるんじゃないかな?

それ以前に…お父さんの介護をする人が居ないなら私がすればいいじゃない。

うん…そうしよう。

だって私はお父さんを…こんなにも

愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している

いるんだから大丈夫だよね?

【泰章SIDE】

ピンポーン

誰だ、日曜日なのに、どうせ何かの勧誘だろう。

良いや無視だ無視。

ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。

煩いな…

仕方なく俺はインターフォンのモニターを除いた。

げっ、恵美、なんで此処に来たんだ。

迂闊だった、さっさと引っ越すべきだった。

だが…くそっ親子って言うのは簡単に切れないのか、チクショウ。

あんなに嫌いな娘なのに、俺の事を馬鹿にした腐れ娘の癖に。

なんでだよ【やつれたな】だと…なんでそんな事が頭に思い浮かぶんだよ。

「お父さんいるんでしょう? 此処を開けてよ…お願いだから」

「お前の顔なんて見たくない、俺には二度と会わない約束をした筈だ」

「そうだけど、どうしても、謝りたいだから、お願い此処を開けてよ」

「お前なぁ~ 此処を開けたら100万円、お前から貰う事になるんだぞ」

「それでも良いから、お願い」

仕方ない、急いで寝間着に着替えた。

結局、俺は根負けしてドアを開けた…まぁこれならどうにか、怪我人に見えるだろう。

俺を見るなり腐れ娘は玄関先で土下座をしだした。

「お父さん..グスッ..すん..本当にごめんなさい」

泣きながら謝っている。

親娘の絆とは怖いな…あれだけ腸が煮えくり返っていたのに【可哀想】そんな気持ちが込み上げてくる。

「もう良いから顔をあげなって」

「お父さん、許してくれるの?」

「許す訳ないだろうが」

「そうだよね…私、これからお父さんの面倒みるよ、上手くないけど、料理に掃除に頑張るからここに置いて」

「お前、俺の面倒を見ようっていうのか?」

「うん…一生お父さんの面倒みるからさぁ…許して」

そうだな、此処まで償うって言うんだ、許してやれば良いさぁ。

まぁ一緒に暮らすのは無理だが、少し位譲歩してもい良いんじゃないか?

俺は、タンスの中から100万円の束を5つ取り出して封筒に詰めた。

「仕方ないな、これをやるよ」

「お父さん、これって…なに」

「これは元はお前の学費にと思っていた金だ…最後の親の務めとしてお前にやるから、持っていきなさい、大学の学費にするとよいよ」

「お父さん…ありがとう、愛している」

最初からこう素直だったら…あっ。

腐れ娘はスカートを卸してそのまま抱き着いてきた。

「許してくれたお礼に…あたしをあげる、お父さん」

恵美は顔を赤くしてそのまま目をつぶった。

そうか…これはただの魅了の影響だ。

ただ、それだけの事だ。

本当の親娘として俺が好きな訳では無い…

まぁ、それでも、昔の楽しかった時の事を少しだけ思い出した。

俺は、お金を腐れ娘の鞄に放り込み。

そのまま腐れ娘をお姫様抱っこした。

「お父さん…愛している、世界で一番愛しているよ」

何を勘違いしたのかこんな事言いだした。

スカートも拾い…玄関まで行き外にそっと置いて、急いでドアを閉めた。

勿論、速攻で鍵も掛けた。

気がついた腐れ娘がドアを叩き始めた。

「お父さん、愛しているから、ほらドアを開けて」

「ねぇ…あけてよお願い、酷いよ」

「良い子になるから、いい子になるから此処開けてよ..ねぇ」

「なんでもするよ、恵美なんでもするから、此処をあけて…ねぇ」

暫くして管理人が警察に通報したのか、警察に腐れ娘は連れていかれた。

その際に警察官が事情を聞いて来たが【離婚した相手の子供】と説明して、弁護士の書類を見せたら納得して帰っていった。

よく考えたら【魅了】を掛けたのだから…俺を好きなのは当たり前だ。

俺は一体…何を勘違いしているんだ、馬鹿だな。

「うん…一生お父さんの面倒みるからさぁ…許して」か…あれが本心ならどれだけ嬉しかったか…

まぁ良い、元から【大学まで援助】はしてやろうそう思っていたから、これで良い。

全てが済んだら、此処を引き払って引っ越せば良い。

それでもう会う事も無いだろう。

【第十八話】 それぞれの居場所

【恵美SIDE】

恵美を警察から引き取った後。

家の中は揉めに揉めていた。

「この面汚しがぁーーーーーっ!」

お爺ちゃんに生まれて初めて殴られた。

今回の事が起きるまで、怒鳴られた事すら無い。

お母さんは、夜もパートにいっている、だから居ない。

お婆ちゃんは泣いていた。

「なんで、そんな事するのよーーーっ顔を出さない約束をしたでしょう、ねぇ、ねぇねぇーーーーーっ」

「だけど、わたしお父さんに償いをしたかったのよ、お父さんが動けないなら、私が…ハァハァ…私がお世話をしたいのよ」

「だからって、お前は何を考えているんだ? 血も繋がって無いんだぞ、そんな人間に面倒見られても迷惑なだけだ」

「そうよ、何を考えているのよ」

だけど、私は引き下がる訳にはいかない。

だってお父さんと一緒にいたいんだから…

「解っているの…私のせいでお父さんがあんなになって、全部私が悪いの、だから、だから、私は結婚なんてしない…傍に居て一生お父さんの面倒をみたいんです」

「だからと言って無理やり押しかけるのはどうかしているぞ」

「だけど…お父さんがこれ..こんな事までしてくれたんだから、絶対に私を愛しているよ、だから、だから…恩返しがしたいのよーーーっ」

私はお父さんから貰ったお金を取り出した。

お母さんがお金は使っちゃった筈だから…多分これはお父さんにとって貴重なお金なんだと思う。

下手すれば最後の貯金なのかも知れない。

「この大金を泰章さんが用意してくれたの?」

「うん、私の大学の学費だってお父さんが、私がキャンパスライフを送りたいって言っていたから、私、あんなに酷い事したのに貯めていてくれたんだと思う…お爺ちゃん、お婆ちゃん…私、お父さんを見捨てて自分だけ幸せなキャンパスライフなんて送れないよ」

「そうだな、それが人間として正しい姿だ」

「そうよね、少しは真面な考えが出来る様になったのね」

祖父や祖母は【泰章に冷たい】自分の娘と孫に怒っていた。

それ故に【責任を取りたい】そうともとれる恵美の話を聞き【応援したい】そう思う様になった。

「そうね、解ったわ反省しているなら、お婆ちゃんも話してあげるわ」

「そうだな、そういう言事なら儂からも打診しよう、だからもう勝手な事はするなよ…良いな」

「ごめんね、お爺ちゃん、お婆ちゃん」

「良いのよ、かわいい孫の為ですもの人肌脱ぎますよ、ねぇ貴方」

「そうだな、過ちを正し、罪を償うのならそれは良い事だ、儂からも言っておこう」

二人は孫が更生し反省から、変わった、そう思った。

だが、実際は…全く別、恋愛感情からだと言う事を…知らない。

【神谷SIDE】

指が明後日の方向を向いている。

ズボンは濡れていて、顔もぐしゃぐしゃだ…この手じゃ鞄は持てない。

その前に風にあたるだけで手が痛い。

組員が闇医者に行く事は許してくれたみたいだ…此処までは手が回っていなかった。

「こりゃ随分、酷い事になっているね、簡単には治らないぞ」

「…」

「とりあえず、骨を正常な位置に戻して置くけど大きな病院で手当てを受けないと真面に動かなくなるぞ」

「うがぁぁぁーーーー」

いきなり指を引っ張りやがった。

「あぁぁぁぁぁーーーーーーーっ」

「麻酔なんかうってやらんよ」

「痛ぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ」

「うちは闇医者だからな、あくまで応急処置だ…あとでちゃんとした病院に掛かってリハビリするんだな」

チクショウ…こんないい加減な治療で100万円もとりやがって…痛みだって全然引かない。

真面な病院に行く位なら闇医者なんかに行く必要なんてなかった。

その前にこの指治るのか?

それもあるが…これで竜ケ崎組とは完全に切れてしまった…

どうすれば良い?

俺の仕事は裏仕事だ…これではもう何も出来ない。

俺の後ろから竜ケ崎組が離れた今…抑えは効かないだろう。

終わったな…プライムコーポレーションに最早、俺の居場所は…無い。

【第十九話】 真理 幸せの第一歩

「お父様は、裏の病院に居るんですか?」

「はい、何でも大きな失敗をしたらしく…指を10本折られて治療しているそうです」

「まぁいい気味ですね…アレを父親だと思うと本当に嫌になります、いっそうの事、そのまま殺されれば良かったのに」

「そんな、幾ら何でもお父様ですよ?」

「女狂いの馬鹿男…まぁ才能は少しはありますが、女に見境が無く、しかも商売女で満足していれば良いのに【素人】が良いなんて本当にクズですよね」

「その点は同意しますね」

「そうですよ、私より年下の女から40代のおばさんまで本当に見境がない、この前は慰謝料までしっかりとられて馬鹿みたいですよ」

「それでお父様はどうしますか?」

「どうしようかしら? 私的にはこのまま死んでくれると助かるわ」

「それは【殺したい】そういう事でしょうか?」

「有り大抵に言えばそうよ…だけど、あれには関わる必要は無いわ、放って置いても、自滅すると思います」

全てを無くしたお父様はもう用なしですね。

「それでは手を出す必要が無いと言う事でしょうか?」

「そうね…1度くらいは手を汚すのも良いかも知れないわ、私の手で手に掛けるのも良いわ」

「それじゃ、確保をこちらで手配します」

「頼むわね」

「それで、裕子さまはどうしますか?」

お母さまね…

「一応、親は片親位は必要ね、まぁ【要】の苗字を貰うのに必要だから放っておいて良いでしょう」

「確かに…必要ですね」

「そう、殺すのは、叔父さんと一緒にです。 そうプライムコーポレーションを手に入れたい、その時ですね」

今はまだ利用価値はあるから生かして置いて良いでしょう。

ただ、痛い目にはあっては貰いましょう。

「そうね、お母さまの付き合いのあるホストは特定出来るわよね? もう男遊びを辞めさせる為に、少し痛い目にあって貰いましょう…私に必要なのは、要裕子の娘…それだけだから」

「ですが、そんな事をしたらもう、北条との繋がりが無くなりますよ?」

「それがね…私もう北条も要らないよ、本当なら、北条と竜ケ崎組をどうにか手にして、日本を牛耳るつもりだったけど…あははははっ、もっと欲しい者が出来ちゃったのよ」

《可笑しい、あのまるで悪魔の様な、真理様が…野望を捨てると言うのですか?、しかも何故か此処の所機嫌が良さそうに見える》

「日本を表と裏両方から完全に支配する…それ以上に欲しい者があるのでしょうか?」

「ええっ、私恋をしたのよ!」

《恋? 恋ですか?…嘘でしょう、真理様ですよ! 悪魔の方がまだ優しいとさえ思える存在の真理様が恋? なんの冗談でしょう》

「恋ですか…本気ですか? どんな男でも私の下僕にしか過ぎない、そう言ってましたよね」

「それは私が恋を知らなかっただけです、今の私には泰章さんしか居ません…北条の件は断られて正解でした」

「あの…本当にそれで良いのですか? 日本、しいては世界を手に入れる、それはもう良いのですか?」

「まぁね…それはもう良いわ、私はそうね、今井泰章様を夫にしてプライムコーポレーションでも手に入れて面白可笑しく暮らせれば、それで良いわよ」

《嘘ですよね…あれ程野望に燃えていて、人なんて虫けら以下、そう考えている真理様…それが恋なんて》

「そういう訳だからね」

【神谷SIDE】

此処は何処だ…家に帰ってくる途中でいきなり拉致された。

まさか、竜ケ崎組がまた俺を、攫ったのか、だが此処は見覚えがある。

うちの別荘だ…

「お父様、目が覚めましたか?」

可笑しい、俺の幻覚なのか? うちの娘真理が、裸で目の前に立っている、しかもナイフ迄持って。

体は…なんで縛られているんだ。

「お父様、今回は随分下手をうったみたいですね? 指は折られて3億ものお金迄失って、何をしているんでしょうかね?」

これが真理…娘なのか?

何か得体の知れない物に見える。

「ああ、確かにそうだが、まだお父さんは大丈夫だ…その前になんでお前が知っている」

「3億円はお父様の裏口座からキッチリ振り込んで置きました、残った5億円は私が頂きましたわ…良いですよね? まぁ嫌と言っても無駄ですよ~ お父様これから死んでしまうのですからね!」

「やめろ、お前は何がしたいだ? 父さんはお前に何かした事があったか? 俺はお前の幸せの為だけに…うぐっ」

「煩いですよ? お父様、今真理がしたいのは…殺人の経験ですわ、ほら【一回は人殺しの経験をしておかないといざという時出来ない】というじゃないですか? 私はお父様の大事な娘ですから…その経験をさせてくれますよね…うふふっ」

「やめろーーーーーーーっ」

神谷の声がこだまする。

「うふふ、お父様、此処は滅多にこの時期に人は来ない場所ですよ? だからお父様も良く、この場所を使うのじゃ無いですかぁ~」

「助けて…」

「嫌です」

「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーっ」

神谷の絶叫が聞こえてきたが…誰にも聞こえない。

此処はそういう場所だから….

「うふふっ、これでもうお金に不自由はしませんね、いっそうの事、叔父様に頼んで泰章さんとの仲を取り持って貰おうかしら? それとも直接アタックしましょうか? これで反対しそうなお父様もいないし…うん幸せへの第一歩ね」

「うふふふっ….あはははははっ」

真理の笑い声が森にこだました。

【第二十話】 裕子、転落の始まり

私は何時も様にお酒を飲んでいた。

本当に忌々しいわ、浩二は結局…使えなかったわ。

【表で活躍するより裏で暗躍した方が金になる】

そんな事言いながら、結局は…役立たずだった。

ヤクザとのつながりは終わった。

もう【神谷浩二】の看板は無い。

プライムコーポレーションにいる【渉外部長】どんな案件でもかたずけられる。

それが夫だった、暴力から地上げ、その汚い事の全てを全部解決してきた。

故に一番美味しい汁が吸える。

だが、それも裏に座間会、しいては竜ケ崎の力があればこそ。

その力があるから、北条の嫁に娘を押し込めた。

それが…簡単に瓦解した。

何が起こったのか解らない…

だが、その原因の中心に、今井泰章がいる。

あの男の妻に浩二が手を出してから、運命は転がりだした。

不倫の慰謝料に…2500万、そんな金額すら踏み倒せない。

退職金なしで解雇させようにも出来ない。

何かとんでもない力を持っているような気がする。

だが、それよりも驚くのは【あの真理が好意を持っている】

これは可笑しい、我が娘ながら、あの子を見ていると蛇に睨まれた様な気がする。

私や夫以上の化け物にしか思えない時がある。

しかも、あれ程までに欲していた…北条への執着も無くなった。

絶対に今井泰章には何かがある。

まぁ良いわ…あの子が何か考えがあり、お金に困らないのなら問題は無い。

多分、浩二は終わりだから、次は育てた恩があるから【真理】に寄生すれば良いわ。

「裕子さん、今日は元気なさそうですね、何かあったのですか?」

「うん、何でも無いわ、そうだ景気づけに、1番高いシャンパンでタワーでもやって貰おうかしら?」

シャンパンでなく、高級シャンパンでのタワー…まぁ1000万位はいっちゃうけど良いわよね?

こんなにうっとおしい事ばかりなんだから、こうでもしないとやってらんないわ。

「それ、じゃ冗談でなく…本気ですか?」

「本気よ! その代わり聖夜、今夜つきあいなさい」

「はい」

裕子はその日、いつも以上に羽目を外した。

何時もなら精々が200万円上限なのだが、このところの憂さ晴らしで思う存分遊んだ。

「それじゃ、はいこれで払って」

裕子が出したのはブラックカード、その中でも上限が3000万という物。

だが、店員がカードを通すがエラーがでる。

「裕子さま、使え無いようですが」

「そんな事は無い筈よ、だったらこっちを使って」

「はい…これも駄目ですね」

「嘘、じゃぁこっちは?」

「これも駄目です」

裕子の持っているカードは3枚とも使えなくなっていた。

「裕子さん、カードが全部使えないようなんだけど、現金で払ってくれないないかな」

「現金は持ってないわ」

「それじゃ、今日の支払いはどうするつもりですか?」

「解ったわ、明日にでも持ってくるわ」

「ハァ~本来はそういう訳にいかないんだけど…まぁ常連だから今回だけは待ちます…明日必ずお持ちください」

何があったのか解らない…

まぁ、仕方ないわ…旦那に頭を下げてお金を出して貰うしか無いわね。

だが、家に帰った後…浩二はいなかった。

娘の真理も知らないと言うし、会社に聞いても無断欠席している…

仕方なく、裕子は今迄に買った、ブランド品や宝石の1/3を手放してどうにか、ホストの代金を詰めた。

IF 短編で終わった場合のエンディング(ダイジェスト)

【元妻と元娘に魅了を使っていない】
【竜ケ崎本家に乗り込んでいっていない】
【神谷の方は不倫が元で離婚した為地方に飛ばされた】
【神谷が主人公の元嫁と再婚】

そんなIFの世界です。

その後も神谷の嫌がらせが続いた。

ヤクザは撃退したが、問題が起きるといけないから俺は引っ越す事にした。

会社にいても仕方ない。

会社にいても神谷が居るから面白くないし、まぁ慰謝料も貰って金もあるから良いだろう。

さっさと退職して他の仕事についた方が良いだろう。

結局俺は会社を辞めた。

社長への魅了がきいていたからか、退職金は2000万もあった。

恐らくは社長なりに迷惑賃も足してくれたのだろう。

俺は他の会社に就職して今地方の支社にいた。

今日は久々に近くのホームセンターに買い物にきた。

そこで嫌な奴にあった。

「貴方…」

「お父さん…」

顔も見たくなかったが、相手はお構いなしに話し始めた。

無視して立ち去ろうとしたが、後から神谷が来やがった。

「なんだ、今井じゃ無いか? お前のせいで裕子と別れる事なった、そのせいで左遷でこんな所に飛ばされたんだがな…まぁお前よりはマシか? 俺に家族をとられて悔しいだろう?」

そうか、こいつ等結婚したんだ。

まぁどうでも良いや…

「それはおめでとうございます…それじゃ」

「お前は孤独な生活を送っているんだろうな? 可哀想に」

「そうね、所詮貴方はその程度よ」

「まぁ、結婚していたのはショックだけど、神谷パパの方が私も良いわ」

何時までも俺が独り身だと思うのか…まぁ良いや。

「俺もお前達と別れた後、再婚したから別に孤独じゃないぞ」

「はぁ~お前が再婚しただと…どうせ碌な女じゃ無いだろう…えっ」

どうやら、俺の今の妻を見て驚いているんだろうな?

「あれっ、元お父さんと、泰章さんを振ってくれた元嫁さんですか?」

「真理…お前こんな所で何しているんだ!」

「なにって、私は旦那様の泰章さんと買い物に来ただけですよ! ねぇ貴方」

「神谷さん、俺も結婚していますから全然孤独じゃないでしょう?」

「お前…俺への嫌がらせで娘と結婚したのか? お前もなんでこんな奴と結婚したんだ、今直ぐ別れろ!」

「そんな事言う資格は、元おとうさんにあるんですか? 先に泰章さんの家族に手を出したのはあんたじゃない? まぁそのおかげで私は、こんなに素敵な旦那様を手に入れる事が出来ましたよ…まぁ、三人に感謝していますわ」

「今井、ふざけんな! 娘に手を出すなんて」

「先に手を出したのは神谷お前だろう? まぁ…くたびれた妻といけ好かない連れ子を引き取ってくれたんだ…今となっては感謝だな」

「元お父さん…口に気をつけた方が良いですよ? 貴方は離婚して神谷…私は要ですよ…そして泰章さんはうちに婿として入ったから【要】です、お母さんは会社経営したく無いから、やがては私が後をついで社長になりますよ、その時は夫の泰章さんは副社長ですよ? 今から媚の売り方を覚えて方が良いんじゃないですかね…まぁ、月給25万でトイレ清掃を朝から晩までして貰いましょうかね」

「ふざけるな…ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなーーーっ」

他の2人は俯いていて話さない。

「それじゃ義母を待たせても悪いから行こうか? 真理」

「そうね、貴方」

後ろから声がするが俺は無視して歩き出した。

※これは初期のプロット、今の物語には関係ありません。

【第二十一話】 腕を返したら…

俺はようやく、色々な事がかたずいたので会社に出社した。

親友の滝口からは「落ち着いたか?」と言われた。

まぁ、これで一段落ついたから「まぁな」と答えて置いた。

お昼は近くの中華屋で【満腹定食】を奢ってくれるそうだ。

金額は1500円とちょっと高いから、普段は2人とも敬遠している。

サラリーマンの懐は暖かくない…離婚する前はA定食の650円ですら食べられなかった。

そう考えたら…凄いご馳走だ。

何しろ、この間までは握り飯2個を握ってきて食べていたからな…

「ありがとう」

おれはそう返した…今の俺なら普通に居酒屋や焼き肉屋にもいける。

神谷は会社に来ていなかった。

社長がクビにでもしたのか? そう考えたがそうではないそうだ。

ならば…もう関係ない、放って置こう。

【どうでも良い】人物だ。

竜ケ崎組の話では、指は折ったがそれで終わりにしたそうだ。

何故、俺がそんな事を知っているのか?

それは、あれから再度俺は竜ケ崎組に訪れたからだ。

【竜ケ崎組にて】

「お前、何しにきたんだーーーっもうケジメは終わった筈だ」

まぁ、組長の腕を斬り落とした人物だ要注意人物だろうな。

「今日は別件でな、凄く良い話を持ってきた…組長に逢わせてくれ…さもないと」

「さもないと?」

「また暴れるよ」

顔を真っ青にして組員は答えた。

「直ぐに上にあげる…ま待ってくれ」

そのまま奥に引っ込むと直ぐに組長と会えることになった。

しかし、3人掛かりで銃を突きつけるなんて大袈裟でもないか…多分撃たれても「痛いじゃ無いか」で済む。

「貴様、よくも儂の前に顔を出せたな…なんの用だ」

腕を落とされたせいか、かなり老け込んでいる。

座間組は、居なくなったし…少しは情けを掛けても良いだろう。

それ以前に【敵に回した状態は俺には損だ】

「いや、可哀想だから腕を返しにきた」

俺は無詠唱でパーフェクトヒールを掛けてやった。

パーフェクトヒールは死んでなければ大体の怪我が治せる。

勿論、腕だって生えてくる…別名リバースヒールと言われる。

「儂の腕が…腕が」

「それじゃ…これで!」

俺はそのまま、立ち去ろうと思ったが…入口を塞がれた。

組長からは逃げられない…

「ああああ、貴方は一体何者ですかぁぁぁぁーーーっ」

無言のまま逃げ出そうとするが駄目だった。

仕方ない…

「女神イシュタスに仕える存在だ…」

勇者と異世界を隠して、少しだけ真実を伝えた。

「神の使い…だからこんな事が出来るのか…ならお金を出すから組員を治して下さい」

この組には抗争で傷ついた組員が沢山居るそうだ。

仕方ないから治してやった。

そうしたらジュラルミンのケースを2つ貰った。

一つ1億5千万だそうだ…3億円…もう何時会社を辞めても良いな。

ただ、これで話は終わらない。

組長は神棚をぶっ壊した。

そして、そこに筆でイシュタスと書いた紙を貼った。

「居もしない神より本当の神を祀った方が良いでしょう」

どういう事か聞いたら…今でこそ完全なヤクザだが…昔は神農…テキヤからスタートしたらしい。

その為「神の信仰」をしてきたそうだ…

さっきから止めて欲しい…どこぞのお婆ちゃんみたいに俺を拝まないでくれ。

「そうか…ならば俺は行くからな」

「はい、そうだこれを…」

何だか変なカードを渡してきた、カードには竜が印刷されている。

「これは何ですか?」

「これはドラゴンカードです…飲み食いから麻薬に銃器の購入に使えます、まぁデパートや居酒屋、お店じゃ使えませんが、キャバクラ、風俗から密売まで全部で使えます…これを出して手にした物の代金は全部組持ちになるので好きなだけお使い下さい」

これ不味く無いか?

「いや、そこ迄して貰う訳には」

「何をいうのですか? 神の使いなんですよ…そんな縁起が良い存在にお布施をするのは当たり前です、神社に寄進するよりよっぽど良い」

仕方ない貰っていこう。

「解った…それじゃ貰っていく」

俺はジュラルミンのケース2つとカードを貰って出て行った。

【後日】

この間、滝口から満腹定食を奢って貰ったから、お礼としてキャバクラに連れて行く事にした。

「今井~此処高そうだぞ」

「まぁ、今の俺は独身だし、少しは金もある、今日くらいパーッといこう」

受付でカードを見せた。

見せた瞬間、店員は驚いた顔になった。

「これ、使えるかな?」

「ももも、勿論です」

結構高いお酒を飲んで、女の子も可愛い子が付きっ切りだったのに…本当に無料だった。

【第二十二話】女難
駅前の占い師に占って貰ったら…女難の相が出ていた。

結婚してお金が無いからここ暫く占って貰わなかった。

独身の頃は、良く困ると此処で占って貰っていた。

1件1000円とリーズナブルでお人好しなのか、この1000円で1時間近く幾つも質問した事がある。

もはや1件1000円で無く…何件でも1000円だな。

うん、当たっているな。

感情的になるもんじゃないな、つい【魅了】を使ってしまったが、いま思えば使うべきじゃ無かった。

【魅了】の最大の問題は…一度掛けてしまったら解けない事だ。

スマホを見ると留守電にメッセージが入っていた。

義両親からだった。

メッセージを聞くと…やばいな。

簡単に言うなら…

孫の恵美は凄く反省している。

貰ったお金も手をつけず、一種懸命バイトをし始めた。

償いとして生涯結婚もしないで、【俺の介護をするつもりでいる】との事だ。

そして更に元嫁の陽子の事も入っていた。

今はパートだが事務職で働いているらしい。

日々頑張って正社員を目指している。

【泰章が体を壊したのは自分のせい】だから、自分が働いて食べさせていく【勿論介護も頑張る】だから復縁して欲しい。

そんな話だ。

そして、何より、義父に義母は二人を応援するようだ。

最後に「今直ぐとは言わない、本気で反省しているようだから、もう一度だけチャンスをあげて欲しい」

そう入っていた。

本当にヤバイ。

多分義父母が怒っていたのは2人が余りにも俺を蔑ろにしたせいだ。

今の2人は、【俺の為に頑張っている】対外的にも…いや本当にそうだ。

それは彼女達の本当の心じゃない…【魅了】により捻じ曲げられた心だ。

だが、【魅了】に掛かったと言う事は…あいつ等二人は【本当は誰も愛していなかった】魅了は本当に愛する者が居たら掛からない。

【真実の愛】それだけが魅了を防ぐ。

だが、これは後からでは意味が無い、後から本当に好きになる人間が出ようが、本気で愛してくれる人間に出会っても手遅れ。

魅了に掛けられた時に【本当に愛する者が居た】そういう場合のみ掛からない。

二人に魅了が掛かったと言う事は、結局、陽子は神谷を愛していなかったという事だ。

俺にはその確信があった…だからこそ魅了を使った。

俺に最初言い訳をしていた位だから、お金だけの薄っぺらい関係だった筈だ。

だが、魅了に掛かった事でもう一つの嫌な現実も解ってしまった。

それは【俺も愛して貰って無かった】そういう事だ。

もし、神谷との関係が過ちで、本当は俺が好きだった…そういう事なら魅了には掛からない。

魅了に掛かったという事は、腐れ嫁も腐れ娘も【俺を愛してくれていなかった】その証拠になる。

ただ、今現在は【魅了】に掛かっているから、ある意味【本当に愛されている】そういう状態になっている。

だが、それは…本当の愛じゃない。

多分、あの日トラックに轢かれる前の俺が本当に欲しかった物…それが今は目の前にある。

俺が一言「許してやる」そう言えば、あの時どんなに手を伸ばしても手に入らなかった物が手に入る。

だが、それは、違う物だ。

どうした物かな。

もし、俺がマリアーヌに逢わなければ【それで良かった】のかも知れない。

だが、たった数日だが【本気でを愛してくれた】その想いを知っているからこそ、駄目だ出来ない。

直ぐじゃないなら…何か考えよう。

俺はビールでも飲もうと冷蔵庫を開けた。

無いな…仕方ないから、コンビニに買いに行くか。

幸い、コンビニは歩いて5分と近い。

コンビニでビールと弁当を買っていると、見知った人物と目が合った。

「あっ、今井泰章さん…お久しぶりです」

「神谷真理さん、どうしたんですか? こんな所で」

「いえ、ちょっと買い物に、あと神谷は、その正確には違います…要真理が正しいです」

「あっそう言えばそうですね」

「はい、まぁ会社では叔父様が認めてくれないから、神谷ですがそれは姪の私には関係ないですから」

何故だろうか?

真理を見ていると…癒されるのは、まぁ気のせいだろう。

「そうですね、それじゃ俺はこれで」

「あっ、今井さん」

「どうかされましたか?」

「いえ、何でも無いです」

「それじゃ、失礼します」

《落ち着きなさい…なんで顔が赤くなるのよ、なんで離れるだけで悲しくなるの? あーっもう、恋をするという事は馬鹿になるそういう事なの? この私が、真面に話せなくなるなんて…馬鹿らしいわ》

「はい、それじゃまた」

はぁ~ 神谷が失踪するなら…これもやるべきじゃ無かった。

確かにこれは女難だ。

【第二十三話】 昇進

何だこれは…一体何がおきたんだ。

 辞令 今井泰章を、常務取締役に任ず。

 辞令 要真理を常務取締役の秘書に任ず。

可笑しいな?

確かに以前はそこそこ頑張っていたが、その功績は神谷にとられていた。

もし、その功績があったとしても、今の俺は係長だ。

良い所、課長、万が一でも次長の筈だ。

この会社には副社長が居ないから、実質、ナンバー3異常だ。

「今井、どんな魔法を使ったんだ? お前を嫌っていた神谷部長が居なくなって、異例の出世だな」

うん、俺にも解らない。

「いや、俺にも何がなんだか解らないんだが…」

「ちなみに、お前の仕事の殆どは俺が引き継ぐ事になった」

「すまんな…それで常務って何すれば良いんだ?」

「もう机も無いからな、とりあえず、社長の所に行くしか無いんじゃないか?」

「そうだな」

【社長室にて】

「よく来たな今井君」

「社長これは一体どういう事ですか?」

これが同性に魅了を使った結果なのか?

まぁ魅了を同性に使うと【信頼】もしくは【友情】が高まるから…その結果がこれか。

「いやぁな、実は専務の使い込みが発覚してクビにしたんだ、今の常務をそのままスライドして専務に昇進させた、その空位になった常務を君にしてみたんだ」

「凄く光栄ですが、流石にこれは…」

「確かに異例の出世ではある、だがこれは試金石でもあるんだ」

「試金石?」

「そうだ、実は神谷部長が失踪してな、都市開発計画が進んでいないんだ、その仕事を君に任せたい…それで失敗すればすぐに部長まで降格だ」

いや、既に可笑しい、係長だった俺からしたら【失敗しても部長】というのはかなり可笑しい。

幾ら魅了がきいているにしても…他にも何かある筈だ。

「それでも、凄く好待遇すぎます」

「はっはは、隠せないか、実はね、私の姪が君の事を凄く気に入ってね、今井君とお付き合いしたいそうなんだ」

要真理の事だ。

神谷が失踪…恐らくはヤクザ絡みで消された可能性が高い。

そうなるなら【真理に魅了を掛ける必要は無かった】

はぁ~ 自分で自分の首を絞めたな。

「ですが、真理さんは相当若いですよね、親子ほど年の離れた私が付き合うなんて」

「何を言っているんだ、君との交際を望んでいるのは他ならぬ真理だ、無論、儂も賛成だ」

「ですが、私は慰謝料の請求の時に会いましたが、真理さんの母親の裕子さんに嫌われていますよ」

「儂の妹の事は気にしないで良い…それに今直ぐと言う訳では無い…まぁとりあえず、今井君の秘書にして置いたから、まずは上司部下から付き合ってみたまえ」

「社長がそうおっしゃるなら、とりあえず上司部下という関係から見させて頂きます」

「そうだな、本当は見合いからそうも考えたが、流石に君が離婚したのは義理の弟の不始末からだ、幾ら姪とはいえそこ迄は出来ない、それじゃ頼んだぞ」

「はい」

しかし、どうすれば良いんだ…まぁ今日はやる事も無さそうだ。

常務室に行く事にした。

しかし…流石は役員の部屋、豪華さが半端ない。

凄いな…ドリンクバーにシャワールームに専用トイレ。

これにベッドがあったらホテルだ。

「今井さん、昇進おめでとうございます」

真理がいた。

まぁ当たり前と言えば当たり前だ…俺つきの秘書なのだから。

「ありがとう」

そう答えた。

「社長目指して二人で頑張りましょうね」

「そうだね」

社長を目指す? これで大体答えが出てしまった。

今回の人事では、恐らく社長だけでなく、真理の考えが大きいだろう。

神谷は社長に恐らく嫌われていた。

だが、社長は妹や姪の真理にはかなり甘い。

俺じたいが【魅了】を社長に掛けて高評価な所に、真理の想い人…そんな事が加わり…多分こうなったのだろう。

社長か?…余りなりたいとは思わないな…

「どうかされましたか?」

「そうだな、俺は何から仕事をすれば良いんだ?」

「父がやり残した、開発からしてみては如何でしょうか?」

「そうだな、どんな仕事か教えてくれるかな?」

「はい」

まずは出来る出来ないは別に…資料を見させて貰った。

【第二十四話】奇跡は簡単に起きた。

神谷から引き継いだ資料を見たら、つまずいているのは地上げだった。

しかも、その理由については…地元ヤクザとの衝突。

そう書かれていた。

だったら、竜ケ崎組にでも頼ってみるか。

「ははははっヤクザの情報網を舐めて貰っては困ります」

一体、何を知っているのだろうか?

「まだ、何も話していませんが…」

「いや、もう知っていますぞ、常務になられたと、そして初仕事は、都市開発の地上げでしょう」

敵に回さなくて良かった…そういう事だ。

此処まで調べられるなら、何時か虚を突かれても可笑しくない。

「その通りだが…凄いな」

「それは蛇の道は蛇ですからな、それでですね、以前、座間会がやっていた地上げはほぼ話がついています」

「それはありがたい」

「但し、1回、奇跡を起こして貰えればですが…」

「奇跡」

「はい、以前に私に行ったような奇跡を一度だけ起こして貰えれば、それで全部片付きます」

多分、これはパーフェクトヒールの事だ。

まぁ、あれだけ大々的にしていれば【それを使う】そういう考えにもなるだろう。

俺は話を聞く事にした。

話は実に簡単だった。

神谷が地上げをしようとしていた地域は山戸連合という昔からある組の縄張りだった。

此処のしのぎは、地元に密着した物であり、組長の小林は義理人情に熱い男だった。

その為、神谷が地上げを頼んだ座間会とも何回も衝突を繰り返していた。

最も人数が少ない組で、竜ケ崎組はおろか、座間会にすら歯が立たない規模だった。

だが、問題は、ある日突然座間会が無くなってしまったので…事実上の勝利を拾ってしまった。

その為、今やその地域の住民は…やたらと高圧的な態度をとる様になった。

「それではどうしようも無いんじゃ無いか?」

「ですが、小林には最大の弱点があるんですわ」

「ほう」

話を聞くと、小林には【大切な娘】がいる。

だが、その娘は、過去の小林のトラブルから、当時揉めていた敵の組員に、顔に酸を掛けられてしまって二目と見られない顔になっていた。

元は可愛らしい顔だったが、酸で火傷をし醜くなってから一切部屋から出ない引き籠りになってしまったらしい。

「それで小林の奴は、娘の顔を治せる医者を探していたが、何処からも断られていた、そこでこっちから持ち掛けたんでさぁ~もし、その顔を治してやったら、傘下にはいるかってね」

「成程な」

「二つ返事で【入る】と答えましたよ、これで今井様が娘の顔を治しちまえば、もうあの地域に住民を守るヤクザはおりません…そうしたら言いなりになるしかありません…住民の家に直接うちの組員にいかせて、思う存分買い叩けば良い…まぁ今井様の言い値で全部売らせますよ」

「その辺りも、蛇の道は蛇、そういう事だな」

「そういう事です」

神谷が強気だった訳だ。

ある意味、会社の一番汚い所を担っていたんだから、当たり前だろう。

その後、竜ケ崎組長は小林に電話を掛けていた。

竜ケ崎組長は「来い」と言っていたが小林が「娘が部屋から来れない」という話をしていた。

ヤクザとはいえ【親子】なんだなとつくづく思った。

「こっちから出向くと伝えてくれ」

「解りました」

パーフェクトヒール一発で、会社の悩みが全部吹き飛ぶなら安いもんだ。

【山戸連合にて】

態々、竜ケ崎組長がついてきた。

日本有数のヤクザの組長がこんな簡単に出歩いちゃまずいだろうが。

その事について言おうとしたら…「ははははっ、なにいっているんですかい、多分この場所が世界で一番安全な場所じゃないですかい」だと。

確かに否定も出来ないな…

「おい、そいつが娘の顔を治せるっていうのか?」

「そいつ? 言葉に気をつけろ…今井様、もしくは泰章様と呼べ、この方は神の使いだ」

「はんっ…日本有数の組織の長が奇跡を起こせるという奴が居るというから見て見れば、只のガキじゃ無いか?」

「お前、失礼だぞ」

俺がガキ? どう考えてもお前の方が俺より年下だよな。

「まぁ、良い…とりあえず娘を見させて欲しい」

「どうぞ….」

そのまま組に入っていく。

組事務所というよりは日本家屋だ。

後をついていき2階に上がると途端に洋風の作りになっていた。

「おい、茜ちょっと此処をあけてくれないか?」

「….」

声は帰ってこない。

「頼むから開けてくれ」

「…嫌だ」

居る事は居るんだな…なら簡単だ。

「ちょっと変わって…せぇーーの!」

俺はドアを蹴破る事にした、まぁ勇者の俺からしたら簡単。

「嫌ぁ嫌ぁーーーーーっ見ないで、見ないでよーーーっ」

茜は慌てて毛布を被った。

だが、そんな事は俺は許さない、そのまま毛布をはぎ取った。

ドアの外から小林の怒鳴り声が聞こえてきたが無視だ。

「これで満足した? どうせ治せないよね? 私の醜い顔みて満足したんなら帰って、帰ってよーーーっ」

多分、元は凄く可愛かったに違いない。

それがこんな顔になったんじゃ、こうなるのも当たり前だ。

俺から見ても凄い美少女だ、テレビで見ている子役より数段上だ。

「俺は泰章…君の顔を治しにきたんだ、安心して必ず治すから」

「お兄ちゃんは…お医者様なの?」

「違うよ」

「それじゃ駄目じゃん…こんな顔治せないよ」

多分、茜はこんな普通に話さない…恐らく普通なら泣き喚くし、他の人間が毛布を剥いだら殴り掛かるだろう。

だが…今井泰章は【勇者】だ…無条件で信頼される。

「大丈夫…俺は女神の使い、勇者だ、だからそんな傷、簡単に治せる」

俺は無詠唱で【パーフェクトヒール】を唱え、手を顔に当てた。

「勇者? そんなの居る訳ないよ…でもお兄ちゃんは私を化け物を見る様な目や、蔑む様な目で見ないんだね」

俺は顔にまいてある包帯を取ろうと手を伸ばした。

「嫌ぁぁぁぁぁーーーっ、嫌だ、包帯取らないでーーっ」

「顔ならもう治ったよ、だから大丈夫だよ」

「嘘だよ、そんな簡単に治る訳ない」

「治ったって…もし治って無かったら何でも言う事一つ聞くから、信じて」

「なんでも良いのよね?…もし治っていなかったら…この部屋で茜と暮らして貰うからね」

「あはははっ…良いよ、茜ちゃん可愛いし(娘みたいで)」

「そう、解ったよ…それじゃ鏡見て見る…嘘、治っている…本当に元の顔だ」

「うん、ちなみに体の火傷も全部直しました…それじゃね」

「ええっ、もう行っちゃうの?」

「うん、まだ仕事中だからね」

「そうなんだ…」

何だか寂しそうだな…俺の腐れ娘にもこんな時期があったな。

「また、暇な時に遊びに来るよ」

「そう、遊びに来てくれると嬉しい…私、いま10歳だから」

うん、確かに子供だよね。

「少し待ってて、大人になったらお嫁さんになってあげるから」

「あはははっ、そうだな大人になった時に茜ちゃんがまだ俺の事好きだったら貰ってあげるよ」

「絶対だからね」

子供って可愛いな…こんな子でも多分将来【じじい】【臭い】【ATM】なんて言う様にいつかなるんだろうな。

「うん、解った」

結局指切りする事になった。

様子を見ていた小林は顔が治った事が解ると茜に抱き着いて泣いていた。

ヤクザでも父親って事だ…一しきり終わると、俺にはこれでもかとお礼を言っていた。

また分厚い封筒を渡してきたがそのまま返した。

そして俺は山戸連合を後にした。

小林組長も茜もこれでもかと手を振っていた。

「しかし、子供って可愛いよな【お嫁さん】になってあげるってさぁ」

「あの…今井様」

「うん、どうした」

こう言う所は本当に鈍感だな…

相手は子供でも【顔が焼け爛れて化け物みたいな姿で引き籠っていたんですぜ】しかも小林の話じゃ何回も自殺をしようとしたらしい。

そんな相手に、まるで物語かアニメの主人公が現れ、その顔を奇跡の様に治したんだ…子供でも本気になるだろうよ。

しかも、今井様…流石は神の使いだよな、若返っているぞ、前見た時は中年だけど、今は25~26歳に見える。

どんなガキでも女は女【こんな本物】に出会っちまったら、本気になるんじゃないか?

神の使いのせいか、どうも無頓着だな。

気難しいうちの娘も「話しがしたいわ」なんて言っていた。

うちの組員だって、指を生やして貰ったり、無くなった腕を生やして貰ってからあんたにとんでもない恩義を感じている。

まぁ仕方ないのか、神の使いだから。

「罪作りだな」

「ん…なに言っているんだか、子供がいった事ですよ」

「そうだな」

本当に罪作りだな…多分あの子は一生他の男性なんか好きにならないんじゃないかな?

まぁ儂には関係ないが。

【第二十五話】 陽子 贖罪
生きるのが辛いわ…

少し前まで私は専業主婦だった。

給料を殆ど入れてくれて私を心から愛してくれた夫。

中学の頃から愛してくれていて、他の人と結婚して死別して…シングルマザーで困っていた所を助けてくれた人。

住む所に困り、真面に食事さいままらなかった、私を助けてくれた人…

私は、きっと頭が可笑しくなっていたんだと思う。

あの人は30歳で初婚だ、しかも中堅所とはいえ収入の良い会社で働いていた。

係長…馬鹿にしてたけど、それなりに仕事を頑張っていたんだと思う。

今思えば、本当に馬鹿だわ…だって私は30歳の子持ち、しかも手に職すら無い。

【釣り合う釣り合わない】って話なら私の方が釣り合わないわ。

なのに…私は、馬鹿にしてた。

馬鹿になんてしてはいけない、愛とか考える以前に【恩人】だったんだ。

もし、同窓会から後、泰章さんが助けてくれなかったら、きっと私は水商売をしなくちゃいけない位貧乏だった筈だ。

更に言うなら実家から助けて貰えずに、多分風俗で働いていたかも知れない。

前の旦那は本当にクズ…それと駆け落ち状態で出て行った私には行き場が無かった。

だが…今の私は実家に帰ってきている。

この居場所すら、彼が何回いや何十回も実家に足を運んでくれて、両親から許された場所だ。

最初は、泰章さんにも私の実家は冷たかった。

だが、彼は「結婚の挨拶は絶対に必要だよ」そう言いながら挨拶に行った。

最初は「もう家とは関係ない」そう言って塩迄まかれたらしい…

だが、学生時代から真面目だった性格の彼を私の両親は知っていた。

そんな泰章さんが、何回も通い、遊びに行った結果…私は許された。

昔と同じ様に【実家に顔を出せる】ようになった。

馬鹿な遊びから目覚めてみたら…解った。

自分の全てを救ってくれたのは泰章さんだった。

ボロボロの風呂すら無いアパートから救ってくれて、マンション住まわせて貰った。

お金が無く苦しい生活から救ってくれて専業主婦にしてくれたのは泰章さんだった。

愛…それ以前に、本当の恩人だ。

泰章さん程、私を愛してくれた人は居ない…

多分13歳から今迄、30年近く私を愛してくれていた。

私が他の人間と結婚して子供を作っていても、好きで居てくれた人。

失うまで気がつかなかった。

私にとってはかけがいのない存在だった。

居なくなってから気がついてしまった、私は彼を愛している。

自分でもどうしようもない位に愛している。

どうして良いか解らない位愛している。

そんな大切な彼を…私は傷つけた。

取り返しがつかない位馬鹿にして、傷つけて…馬鹿だった。

私はもう彼にあわせる顔が無い。

だから、せめて、原因を作った神谷を殺そうと思って探したら、失踪していた。

神谷を知る友人から聞いた話では「胡散臭い事をしていたから死んでても可笑しくない」という事だった。

今思えば、私は友達の声にも耳を傾けていなかった。

友人の話では神谷は女に飽きると、【他の男に抱かせたり】【輪姦してビデオをとり脅す】そういう最悪な男だった。

「恵美ちゃんに手を出されなくて良かった」とも言っていた。

会社まで放って失踪したなら…多分【死んでいる】かも知れないし、生きていても碌な人生送れないだろう。

こんなゴミに騙されて、私達の為に頑張って貯めてくれたお金迄全部失ってしまった。

本当に馬鹿な女だ…

両親と話した…

「悪いと思ったら、償えば良い」

「私はなにも言わないわ、悪いと気がついたら行動しなさい」

そう言われた。

【償い】

私がしないといけないのは【心からの謝罪】だ。

満足な生活を送れない彼の為の【介護】

そして…彼を養う為に必要な【仕事】だ。

女だから、償いで風俗に行こう、そうも考えた。

だが、父親から怒られ「そんな事したらもう二度と泰章くんはお前を見ないだろう」そう言われた。

その通りだ…

だから、スーツを着てちゃんとした会社の面接を受けた。

パートじゃ駄目だ、彼を養えない。

結局は、正社員にはなれないけど【正社員雇用の可能性のある】事務員に受かった。

給料は今現在は月17万円…全然足りない。

幸いまだパートだから副業可能だから、パートを増やそうかな…

泰章さんは許してくれるか解らない。

それを望むのは…駄目。

お金を稼ぐのは思った以上に大変なのが解った。

頑張って【彼を助けられる】位になれたら、謝りに行こう。

もし許してくれるなら…今度は私が彼の手助けをしたい。

本当にそう思った…

両親は….

「そうだな、少しはましになったな」

「償いから始めるのが当たり前なのよ、ようやく解ったのね」

今度こそ道を間違えない…そう心に誓った。

娘の恵美も、頑張っているようだ…私も負けられない。

【第二十六話】美味しい

「凄いな、前々からやる男だと思ったが正直此処までだとは思わなかったぞ」

「本当に凄いですね、まさか1週間で終わらせるとは私も思いませんでした」

俺は今、社長に地上げの結果報告を伝えにきている。

そりゃ驚くよな、年単位で取り込んできた都市開発を僅か2週間で終わらせてしまったのだから。

「偶々ですよ…本当に偶々です」

「そんな謙遜する事無いですよ? こんな事出来るのは今井常務位で他の人には絶対にできません」

「私もそう思うが…何かコツでもあるのか?」

【魔法を使ってヤクザの娘を治したら一発でした】なんて言えないしな…

「まぁ、社長は知らない方が良いでしょう」

これで良い筈だ、多分神谷と同じような事をした…そう考える筈だ。

「成程、君はただ仕事熱心な男だけでは無い、そういう事だな。解った、もう下がって良いぞ、これで常務の地位は完全に固まったな」

「有難うございます」

「凄いですね、こんな簡単に地上げを終わらせてしまうなんて」

街そのものの縄張りが竜ケ崎組の物になった住民は最早諦めムードになった。

今迄は山戸連合に泣きついて、どうにかして貰っていたが…その山戸連合が竜ケ崎組の参加に入ってしまった。

相談しようにも出来ない。

組長の小林に頼みに言ったが…

「幾ら頑張っても何時かは手放さないとならないんだ、それなら好条件を引き出してくれた今がチャンスだと思わないか」

そう言われて取りあって貰えない。

まして、今迄の座間会の時と違い、地回りが傘下に入った後だから、竜ケ崎組が事務所を構えた。

街中にヤクザの事務所が幾つもでき、しょっちゅう絡まれるような場所…地価が下がり治安が悪くなった。

しかも、嫌がらせは日々続き、何をされるか解らない。

だが、今井は決して買い叩きはしないで、通常より高値で買い取るよう指示した。

その結果、住民は簡単に土地を手放した。

「偶々上手くいっただけだ」

「そうですか、それでも凄いと思います、そうだ今井常務、今日は祝杯をあげませんか?」

「良いね、だが、俺はまだ常務の給料を貰って無いから居酒屋だぞ、それで良いならご馳走するよ」

「はい」

【真理SIDE】

どれだけ凄いのか計り知れません。

大体、殆どの男は底が浅くて話す気にすらなりません。

泰章さんは、最初に会った時から不思議な感覚にとらわれました。

一目惚れと言うのはこういう事を言うのかも知れません。

だけど、まさか此処までとは思いませんでした。

「本当ですか?」

「はい、既に、泰章さまは竜ケ崎組と手を組み、地上げは7割がた終わっています」

なに、それ?

竜ケ崎組? 直接手を組んだと言う事ですか…何処まで凄いのでしょうか。

その事が本当なら、もう日本の裏社会なら怖い物はまず無いでしょう。

少なくとも、死んでしまった父(笑)は本家との繋がりは持てず、座間組通してでしたよ。

私も昔は、世界をどうにかしようと思っていましたから解ります。

あの辺りと人脈を繋ぐのは凄く難しい筈です。

そんなパイプを既に持っていらしたなんて、私が手助けしなくても順調に階段を上がっていきますね。

最も、今の私には、日本も世界も必要はありません。

だって、日本や世界を牛耳るよりもただ一人、今井泰章さんに愛される方が何百倍も素晴らしいからです。

正直言えば、地位なんてどうでも良いのですが…それでも最低線の地位は持って欲しいという乙女心もあります。

此処までくれば、叔父様には子供が居ませんから、私の婿になってゆくゆくは社長…これはもう決まった様な物です。

ですが、その為には、母が邪魔ですね。

散財をして財産を食いつぶす害悪な女…あんなのが親だなんて信じられません。

泰章様は、離婚の時に交渉をした母を嫌っているかも知れませんね。

散々楽しい思いをしたのですから…そろそろ人生を終わらせても良いかも知れません。

しかし、好きな人と食べるとこう言う物でも美味しく感じますね。

こんな焼き鳥や煮込みが…フレンチより美味しく感じます。

「どう?結構いけるでしょう?」

「はい、本当に美味しです、このたれは継ぎ足しで使っているんです」

「あっ、だから美味しいんですね」

本当に美味いしく感じるんですから…不思議ですね。

【第二十七話】娘二人の思惑

しかし、我が姪ながら、凄いな。

今井くんの秘書になる条件に白金女学院の卒業を課したら、

「叔父様、大丈夫です! もう単位は全部取得済みですし、ゼミにも入っていないし白金女学院は卒論を義務でありませんから、実質遊びに行っている様なものですから」だと。

あの、名門白金女学院の単位を3年で全部取得、真理曰く後はただ遊んでいるだけだと言う。

なら、自由にさせて良いだろう。

まったく、もって本当に【トンビが鷹を産んだ】そういう事だ。

此処まで優秀なら、少し位融通をきかせてやっても良いだろう。

普通に恋愛に現を抜かすなら問題だが、相手はあの今井くんだ。

バツ一で齢をくっているが、それ以外は問題は無い。

儂が望む男が相手なのだ、応援位はしてやろう。

ならば、一緒に居る時間が多く作れるようにしてやるのが良いだろう。

「暇ですね~」

「暇だな」

「今は自由時間みたいですよ」

「そうか、それじゃそろそろお昼にするか?」

「はい、今日は何処に行きますか?」

「そうだな、蕎麦でも食いに行くか」

「良いですね、お供します」

俺は神谷がしていた仕事を受けついだ。

だが、この仕事は基本凄く暇だ。

どんな仕事かと言えば【会社が困った時のみする仕事だ】、今回の様な表からどうにもならない地上げや、総会屋やヤクザとの交渉。

完全な裏仕事だ。

俺は最初てっきり神谷がさぼっているのかと思っていたが【本当は違った】

この会社の社員は優秀だ困った事はなかなか起こらない。

その状態なら、俺は何もしないで良い。

その代り、困った事が起きたら、それこそ死ぬ気で仕事をしなければならない。

それが例え、ヤクザや場合によっては政治家相手でも…引けない。

よく考えたら、神谷は働き者だな、この仕事の他に表の仕事の手柄まで横取りしたり、していたのだから。

恐らくは【部長どまり】から脱出したかったのかも知れないな。

まぁ、どっちみち俺から妻を寝取った時点で同情の余地は無いが…

俺は、久々に兎屋に来た。

兎屋は、明治時代から続く蕎麦屋で、文豪に愛された事で有名だ。

「へぇ~ これはこれでお洒落ですね」

「まぁな、ただ結構高いからそうそうはこれない」

「ザルそば1枚で1800円、嫌ですね、常務なんですから、全然安いじゃ無いですか? この天ザル御前の4000円で良いんじゃ無いですか?」

「あのなぁ」

「あの、一言言わせて貰いますが、こう言うのは全部経費で落とせば良いんですよ」

いや、それは不味いんじゃないか?

「それは不味いだろう」

「あの、今井常務がついているのは裏の仕事です、だから領収書すら無くても問題はありません」

「本当に良いのか?」

「はい、だってヤクザに使う裏金、買収につかう裏金に領収書は貰えませんからね…前任者は使途不明金の山でしたよ」

神谷とか、父と言わないのは俺への気遣いからだな。

「はははっまさか」

「多分、ラブホテルから何から全部、会社のお金だった筈です」

そんな立場の奴が、俺の預金を嫁経由でなんで、奪う必要があったんだ。

まさか…本当に遊び半分だったのか…

「そんな奴が何で」

「何で俺の金や家族をですね…それは彼奴がクズだからです」

「真理さんは、その親の事は」

「我が親ながら、本当のクズだと思いますよ? まぁ私としては、赤の他人となんら変わりません、産んでくれたそれだけが唯一の感謝ですね」

それなら良い…俺がやった事で父親が酷い目に遭ったと【知ったら不味いのでは無いか?】と思ったが大丈夫そうだな。

いやその前に、魅了が掛かっているから、俺を責める事が出来ないのかも知れない。

「それで、いつ位から親の事が嫌いだったのかな」

「そうですね…多分高校生の時には大嫌いでしたね…何しろ私の友人にまで手を出すクズでしたから」

「そうなのか? だが、母親は違うだろう?」

「母親ですか? 大嫌いですね、父親が手を出した私の友人に何をしたと思いますか?」

顔が曇ったから多分、相当酷い事でもしたんだろうな?

「解らないな」

「妻子ある男性に手を出した、つまり不倫したと相手に訴えたんですよ! 相手は高校生で、無理やり関係を父が迫ったのに..」

やっぱりとんでもないクズだ。

「それでどうなったんだ?」

「相手は高校生ですが、私と同じ白金の付属高校です、退学を恐れて示談ですよ…少額ですが慰謝料をせしめて」

確かに、名門の大学付属高校の生徒が【不純異性交遊】をしたら退学になるかも知れない。

しかも、白金に通う位だからお嬢様なのだろうから、そんな事が明るみになったら将来に差し支える。

だから泣き寝入りしかなかった、そういう事か。

「凄い話だな」

「ええっ…その友人は、その時の事がショックで未だにカウンセリングに通って半分引き籠りです、ですから今井常務が両親にした事は気にしないで結構ですよ、まぁ死んでも良い様な人間ですから」

高校から恨んでいたなら【魅了】のせいじゃないな。

気に病む必要は無い。

「なら良かった」

「はい、話は戻りますが、そんな訳で、お蕎麦所かステーキだろうがフレンチだろうが全部経費で落としても問題ありません」

「まぁ、秘書が言うなら、大丈夫か?」

結局誘惑に負けて俺達は天ざる御前を堪能した。

【恵美SIDE】

私は、結局、進学を辞める事にした。

今現在の私は高校が終わったら、直ぐにアルバイトに通っている。

アルバイトは倉庫での事務作業にした。

このアルバイトは倉庫の在庫管理などがメインの仕事だ。

今からバイトしながら、そのまま卒業したら正社員として働くつもりだ。

これで良い…今の私はキャンパスライフよりお父さんが大切だ。

ここの仕事もお爺ちゃんの伝手できつい仕事にして貰った。

お母さんとは、普通に話しているが、私にとっては【敵だ】

だってお母さんが不倫をしなければ私はお父さんと暮らせていた。

だけど、それよりも、私が成りたいのはお父さんのお嫁さんだし。

今更、娘に戻りたい訳じゃない。

親子だったから、本当に結婚は出来ないけど、血は繋がっていないから【事実婚】で良いんじゃないかな。

うん、恋人みたいに一緒に暮らせれば良いと思うよ。

その為にはお母さんは邪魔だよね。

まぁお爺ちゃんやお婆ちゃんの手前仲良くしているけどね。

ここ暫く、お父さんを見ていない。

接近禁止命令が出ているから、会えないけど、こっそりと見に行った事がある。

お父さんは、思ったより軽傷だったのかも知れない。

もしかしたら後遺症があるのかな? 凄く心配だよ。

だけど、私が見たお父さんは、普通に歩いていた。

スーツ姿が凄く凛々しくカッコ良い。

ただ、普通のカッコしただけで、輝いて見える程のイケメンだ。

友達と話した事を思い出した、よく考えたら、ヨレヨレの服を着ていても、うんお父さんはイケメンだ。

そんなお父さんが【普通のカッコしたら】うん、凄くカッコ良いよ…お父さんを見ているだけで幸せな気分になる。

気のせいか凄く若返った気がする、すごいなぁ~ お父さん本当は42歳なのに、どう見ても20歳そこそこにしか見えない。

多分、大学生で充分通用しそう、うん今のお父さんならお母さんより絶対に私の方がお似合いだよ。

お父さんの部下なのかな? 若い女の子と一緒に居た。

若い子が良いなら…私の方が上だよね。

まだ、現役の女子高生だし、そして何よりも私は【若い頃のお母さんにそっくり】なんだから。

だから、お父さんの理想な筈だもん。

もう齢とっておばさんになってきたお母さんより絶対にいける筈だ。

お爺ちゃんに頼んで、お父さんと会うチャンスを作って貰う事に成功した。

本当は2人きりが良いんだけど…残念ながらお母さんとお爺ちゃん、お婆ちゃんも一緒だ。

此処で、何か…進展させないと私の未来は見えてこない…

どうしようか? 今から何か考えないといけないよね。

【第二十八話】義実家にて
ここ暫くの間に急に若返った気がする。

勇者になった事で超越した感覚があった。

万能感というか【今迄と違った存在になった】そう思っていた。

だから、今迄気がつかなかったんだ…まさか自分が若返っていた…なんて。

いや、薄々は勘付いてはいた、だが容姿が此処まで変わるとは思っていなかったな。

42歳のおっさんが20代になればな….

だが、今日鏡を見たら、これは可笑しすぎる、どう見ても10代。

恐らく15歳から18歳位の気がする。

中学のアルバムと高校のアルバムを見たから間違いはない。

昔の俺だ。

此処まで来ると何でもありだな。

ただ、問題なのは今日は、義両親を挟んで、陽子と恵美と会わなくてはならない日だ。

本来なら、大怪我した中年の親父の姿で会うのが正しい。

だが、この容姿はどうしようもない。

しかも、勇者だから、怪我しようとしても怪我しない。

今の俺はトラックはおろか、新幹線ですら敷き殺せない様な気がする。

まぁ、なってしまった物は仕方ない。

別に寄りを戻す気はないんだから【このままで別に良いだろう】

「泰章くん? なのか?」

「随分、若返った気がするのですが…気のせいかしら?」

義両親からしたらそう見えるだろうな。

まぁ、これから先会う事も無いのだから出鱈目で良いだろう。

「薬の副作用と、今迄のストレスが無くなったせいかも知れませんね」

陽子も恵美も同席しているが、俺からは一切話さない。

「ストレス?」

「そこの2人ですよ、一生懸命働いて、収入の大半を家にいれても感謝されない、しかも三人分の家事迄していたんですから、一人暮らししながら二人を養い、罵倒されていたんですから、老け込みもしますよね」

「貴方、そんな」

「お父さん…」

「まだお前達は黙っていなさい、話を聞こうじゃ無いか、泰章くん」

「そうね」

「多分【俺が怪我して働けない】あそこが最後の決断だったんです、【今度は私が支えるから】その一言があれば再構築もあったかも知れませんが…そうでは無かった」

「だが、それは泰章くんが断ったんだろうが…」

「それでもと言えなかったんですから【俺なんて愛して無いんでしょう】、そこで終わりです」

「それは余りに意地悪なんじゃないか?」

「そうよ、一度の過ち位許してあげなさいよ、男でしょう?」

「1回や2回じゃなくて3年ですよ? それならお義父さんに聞きます、敢えて口汚く言いますが許して下さいね【もしお義母さんが3年間、自分を相手にしないで、他の男に抱かれ続けて、この家と財産を相手の男に無断であげたら許せますか?】」

「…許せる自信は無い」

「お義母さんは、不倫の経験は今迄あったのですか?」

「無いわ」

「同じ女としてどうですか? お義母さんは旦那を裏切って、他の男に3年以上も抱かれ続けた挙句、財産を貢ぐ女や娘をどう思いますか?」

「それは…良い事じゃないわ」

「だが、娘も孫も反省しているんだ、どうにか考えて貰えないだろうか?」

「二人が居なくなってから、俺は凄く幸せなんです! 家事は自分の物だけすれば良いし、お昼だってカップ麺やおにぎり1個から、友達と1000円位の物は食べれる様になりました」

「待って下さい…今の話だと家事は泰章くんが殆ど全部行い、1000円の定食も食べられない、そんな生活を送っていた事になるぞ」

「その通りです、お金の大半を陽子と恵美に渡していましたし、俺は僅かな小遣いで生活していましたから、恵美にあげていた小遣いの半分以下でね」

「お前達、そんな事までしていたんだな?」

「それは…

「お父さんごめんなさい」

「更に言わせて貰えれば2人が俺の所に戻ろうと思ったのは【神谷部長が妻帯者だったから】です、もし神谷部長が独身で受け入れていたら、俺を捨てて今頃三人で仲良く暮らしていますよ? どうせ、今よりを戻しても、また金のある相手が見つかれば、乗り換えるに違い無いと思います」

まぁ、魅了に掛かっているから、それは無い。

「だが、2人とも反省をしている、もうそういう事はしない筈だ、もう少し考えてくれないか?」

「過去はもうどうでも良い、だが今の俺は、昔に戻りたいかと言われれば戻りたくない、500円のランチすら食べれない、ヨレヨレのスーツに穴の開いた靴下…そんな生活はしたくない…確かに体は不自由だけど、リハビリを頑張っているから日常生活は問題無く出来る」

「だけど、2人とも凄く反省しています、昔の娘や孫は確かに酷かったけど、母親の欲目ではなく今の2人は生まれ変わった様に貴方の筝を考えています、どうにか許してあげられないでしょうか?」

「俺は充分許していると思いますよ! 本来なら陽子の有責の筈だし、共有財産から約2000万円の使い込みです、本来なら半額の1000万の返金と慰謝料の請求が出来るし、今でもその資格はある、だが俺は請求していない、これだけでも本当は感謝して欲しい位です」

「確かにその通りだ、だが娘も孫も【償いたい】そう言っているんだ、どうにかならないか」

「そうよ、チャンス位あげても良い筈よ」

まぁ、義両親からしたら…そう見えるよな。

「それにプラスして、恵美には大学の学費として500万渡しましたし、本来は接近禁止なのに【無視して会いに来ても訴えていません】かなり譲歩していると思いますが、違いますか?」

「それでも儂はやり直して貰いたいと思っている…罪滅ぼしだから、今度は泰章くんが自由にする番だと思えば良いんじゃないか?」

「それは、浮気はし放題で、その浮気の経費は全部、陽子と恵美持ち、ATMと罵って稼ぎが悪いと馬鹿にして、俺が好きな相手が出来たら、2人を捨てて相手の女に行く…それで良いんですか?」

「何を考えているのよ、貴方可笑しいわ」

「いえ、それが私がされた事ですよ、同じ事して良いなら【これが同じ事】です」

「確かに、それを行っていた…そうだろう? 陽子に恵美、それでこれからどうやって泰章くんに償うつもりだ、儂も此処までとは思っていなかったぞ」

「私は泰章さんと一緒に居られるなら、もうお小遣いもいりません、女として最低限の化粧はしたいですが、それすら不要だと言うのならそれも要りません」

「私も同じ、アルバイト代は全部お父さんにあげるし、スマホもお小遣いも要らない…だから一緒に居させて下さい…お願いします」

土下座はズルいな…これじゃ完全に俺が悪人じゃ無いか?

だが…俺はやはり駄目だ。

今の俺ならどんな美人でも手に入る。

それこそハリウッドスターだろうが何処かの国の王族…テレビで見ているアイドルだって選び放題だ。

なのに、恵美に対しては12年、陽子に対してはそれこそ約30年、その期間が重くのしかかる。

幼馴染からの恋人~妻。

連れ子~俺の娘。

そんな奴は、世界中探しても他には居ない。

今になって思う…あそこで【魅了】をなんで掛けたのだろうか?

掛けなければ、もう縁が切れた筈だ。

こいつ等は俺なんか愛していない、所詮、腐れ嫁と腐れ娘だ。

今、俺を愛しているのは魅了を掛けたせいだ…

解っている…

知っている…

俺はまだ【家族】に未練があったようだ。

此奴らにまだ気持ちがあると言うのか?

認めなくちゃならないな。

俺は此奴らに未練があった。

だから、あそこで俺は【魅了】を使った。

マリアーヌが傍に居てくれたら、多分使わなかった筈だ。

多分…此奴らがマリアーヌを除くなら…数少ない愛した女だったんだ。

「だったらチャンスをやるよ…半年間、月に2回二人に時間をやる、1人1回にするも、2人で2回にするも自由だ、友人からスタート、それが最大限の譲歩だ、ただ、俺はデート代も何も出さないし、ゼロからスタートじゃない、マイナスからのスタートだ、それで良いなら時間をとってやる、それで良いか?」

「解ったわ、また出会った頃から始めれば良いのね」

「そういう事なんだね」

多分、俺の2人への気持ちは【未練】だ、多分【愛】というならもう無いと思う。

自分を嫌っている人間を振り向かせるのは、まず無理だ。

「まぁな…それじゃ元義父さん、元義母さんこれで良いか? これ以上は無理だ」

「ああっありがとう」

「有難うございます」

俺は義実家を後にした。

半年間…俺にとっても未練を払しょくする良い時間だ。

【第二十九話】動物園にて

しかし、元義両親は良く可笑しく感じなかったな。

多分、これ以上の若返りは無いと思うが、どう見ても高校生位にしか見えない。

まさかこの年齢で固定なんてあり得ないよな? 此処からちゃんと齢をとっていくんだよな。

そうじゃ無ければ問題だ。

会社でも、既に話が出始めている。

「今井常務…急に若返りましたが、何か秘訣でもあるんですか?」

「サプリとか飲んでいるからかな、あとそこそこ体は鍛えている」

正直言えば自分でも解らない。

これも勇者のせいなのか?

少なくとも勇者は歳をとらない、そんな事は無い筈だ。

だが、自身のスキルを見たら

【不老不死】

齢をとらない。

【若返り】

自分の一番輝いていた時期の体を維持できる。

こんなのがあった。

多分、いや絶対にこのせいだな。

此処までくると勇者と言うより、最早、異世界の能力保持者としか思えない。

「それだけですか? それだけでそんな若返るんですか? 何処かのエステに通ったとか? 整形とかじゃ無いんですか?」

「どう見ても、高校生位にしか見えません」

「しいて言えば、ストレスのない環境になって、病院に通院しているから健康的な生活になったからだと思う」

「そう言えば…すいませんでした」

「そうですね、気がつかなくてすみません」

悪いと思うが、元嫁と元娘と神谷のせいにした。

俺が悲惨な生活をしていたのは周知の事実。

他の人はホワイトなのに俺だけブラックだったのも知っている人間も多い。

この環境から抜け出したから…それで押し通そうと思う。

しかし…別人とか、甥っ子と誰も思わないのが不思議だが【都合が良い】から気にしないで良いだろう。

「それじゃ、俺は仕事に戻るから」

「あっすいません、今井常務お引止めしまして」

「別に構わないよ、それじゃあな」

そそくさと自分に与えられた部屋に戻った。

今の俺はホワイトどころか、クリアだ。

何しろ、部屋で遊んでいるだけで良いのだから。

「真理さん、本当に何もしないで良いのか?」

「はい、今井常務の仕事は【会社に困った事が起きた】その時以外はありませんから、スマホさえ繋がれば別に何していても構いませんよ、なんなら私とデートします? 多分、要社長も喜ぶと思います」

「本当にこんなに暇で良いのか?」

「はい、その代わり、問題が起きた時は本当に危ない仕事ばかりですからね」

確かにそうなのだろう?

ヤクザの力を借りなければどうにもならない…そんな仕事だ。

だが、俺には関係ない。

命のやりとり…それが成立しない。

拳銃やライフルで撃たれても【痛いじゃ無いか】ですみそうな体。

多分、バズーカーで撃たれても、大丈夫な気がする。

少なくとも、どんな存在も、魔族や魔王には匹敵しないだろう。

本当にそうなのか?

少し、試して見た方が良いだろう。

「そうだ、真理さんデートしないか?」

「デートですか?良いですね…何処に行きましょうか?」

生物的な強さを見たいなら…あそこが良いだろう。

「動物園と水族館ですか?…何故此処に?」

《案外、子供っぽい所も…ん? 今井常務、良く見たら私より若く見えるんだけど、何で気がつかなかったのかな~》

「まぁ子供の頃よく来たなって思ってな…久々に来たくなっただけだ、まぁ若い子には退屈だと思うけど」

「そんな事ないですよ? 私は今井常務と一緒なら何処に行っても楽しいです」

ガッツポーズまでとって若いって羨ましいな。

此処には、昔、陽子と恵美を連れてきたな、それより今日は実験だ。

【動物園にて】

【ライオンの場合】

俺はこの動物園で怖い者など存在しない、雌も全て俺の者だ。

【キングオブキングス】とは、正に俺の事だ。

最も、この檻の中にいる以上は【試す事】は出来ない。

また、他のオスライオンに会う事も無いだろう…

もし、俺が野生にいたら、全ての雌は俺の者だ。

どんな奴も俺には敵わない。

【何だ、彼奴は…怖い、怖すぎる】

あれは…人間なのか?

人間が、俺に恐怖を与える、馬鹿なそんな事はあり得ない。

だが…俺は死にたくないから…

「今井常務…ライオンってあんな風にお腹を見せるんですか?」

「俺も初めて見たが、猫みたいだな」

ただ睨んだだけでこれか…凄いな。

ちなみにトラも同じ行動をとった。

【白熊の場合】

俺は地上最強の肉食動物。

この世界に恐れる者は居ない。

沢山のエサを貢いで貰っているから、此処にいて大人しくしているだけだ。

今日も大きな肉の塊を頂いている。

しかし、どいつも此奴も人間は弱そうだな。

何時でも殺せ…殺せ…えっ…

嫌、止めろ…そんな目で俺を見るな、嫌だ死にたくない。

「あの白熊、急にエサを齧るの止めちゃいましたよ」

「そうだな…食欲がなくなったんだろう」

此奴もただ睨んだだけでこれか?

結局、像もサイもカバも…ただ睨んだだけで、戦意喪失したようだった。

水族館にて

【シャチの場合】

「今井常務、ショーが始まらないんですが」

「どうしたんだ」

【シャチの体の調子が悪く隅から動かないので中止となりました】

「折角、ショーを楽しみにしていたのに残念ですね」

「そうだな」

魔族と偏に言うが、ドラゴンみたいな奴やオーガもいた。

それに比べれば、この世界の獣は遙かに弱い。

海に潜って巨大なクジラとかと戦うなら解らないが、少なくとも動物園や水族館に居る様な生物に野生であっても恐れる必要は無いだろうな。

そう思った。

「しかし、今井常務、動物たちなんだか様子が可笑しくありませんでしたか?」

「気のせいじゃないかな?」

「そうですね」

まぁ理由は俺なんだけどね。

【第三十話】気になる

「それで泰章さんの情報は集まりましたか?」

私の心の中に飛び込んできた、あの人、全てを愛している。

今迄は、裏から日本、何時かは世界を牛耳るのを夢みていました。

それを捨てさせた、男性。

殆どの人間は卑屈で醜くて…禄でも無い人間ばかりだ。

いつしか、殆どの人間は【虫けら】にしか思えなくなった。

幾ら、クズでも親を殺せば、少しは涙を流すのか、そう思ったが【少しも悲しく思わなかった】

それなのに【泰章さんの事を考える】と胸が熱くなる。

あの人が【死ぬ】そう考えたら…もしかしたら生きていけない、そう思ってしまう。

ハァ~ 人を好きになると言う事は馬鹿になる事。

そう言った人が居ましたが、本当にそうみたいです。

「その、調べれば、調べる程…可笑しな事になりまして」

「良いわ、聞いた事をそのまま話しなさい」

聞けば、聞く程信じられない。

たった1人で竜ケ崎組に乗り込み戦い勝利した。

神の如き外科手術を行い、竜ケ崎組の組員の体を治してしまった。

そして、竜ケ崎組と山戸連合では、まるで神のように崇められている。

可笑しい、泰章さんは…法学部だ医学部ならまだしも、あり得ない。

「それを私に信じろと言うのですか?」

「そうは言っておりません、ただ、複数の人間がその様に言うのです、しかも、組関係にはかなりお金を積んで手に入れた情報です、しかも本来は絶対に言ってはいけないシークレットだそうです」

「そう、他には何かあるのかしら?」

「その…ますます可笑しいのですが、1人の組員の言う事には【医術】でなく【奇跡】【魔法】だと言うのです」

「まぁ、それはそれ位素晴らしい技術という事でしょうか? 闇医者の中にはその報酬と引き換えに治せない様な怪我や傷を治す者が居ると聞きます、そういう事なのかも知れませんね」

「私個人としても興味が出てきました…引き続き調査をさせて頂きます」

「お願いしますね」

何処までも私の興味を引き続けるのですね。

噂の半分でも本当なら、まるで物語の勇者じゃないですか?

この間の動物園…まるで動物が泰章さんに怯えていた様に見えました。

それは兎も角…本当に興味が尽きない…ですね泰章さんは…

「今井常務、今日も暇ですね」

「本当に、また何処か行くか?」

「それならお供しますね」

ただ一緒に居るだけでも、つい見入ってしまいます。

【第三十一話】 宗教法人

竜ケ崎組の組長から連絡があり、向かう事にした。

約束の場所に行ったら…なんだこれ。

寺だな…しかも何故か墓石が撤去されて、墓地だった場所にはお墓が建っていなかった。

「これは一体、どういう事ですか?」

「ははははっ、流石の今井様も驚きましたか? うちの傘下の金融関係が借金のかたに宗教法人の寺と墓所を取り上げたんです」

寺を取り上げてどうするんだ?

「それで、どうしろと言うんだ?」

「なにを言っているんですかい? 今井様は女神イシュタス様の使いじゃないですか? だからこれを差し上げます」

【差し上げます】って何を言っているんだ。

これ、くれるの? こんな都心の一等地にある寺だぞ…

「いや、差し上げますって、俺が…」

「何を言っているんですかい? 今迄儂はこういう仕事をしているから神社や寺には沢山の寄進をしてきたんだ、だが幾ら祈っても何も良い事なんてなかった…本物がいるんだから、今度からそっちに祈りますぜ」

ヤクザって凄い、いや竜ケ崎組が凄いのか。

この寺、何千坪あるんだ、それより、墓のがあった場所の持ち主はどうなったんだ。

「この、多分墓地だった場所は」

「ははははっ、儂たちの墓を作る為に立ち退かせました、儂を始め竜ケ崎の者全部と、山戸連合の小林を含む全員の墓石を作ります、まぁ全員仏教や神道を辞めて、イシュタス教に入信でさぁ…さぁ教主様、儂たちはこれから信者です、何をすれば良いのでしょう…」

「まぁ、とりあえず、イシュタス様に1日一回祈ってくれれば良いと思う」

俺は一方的に力を貰っただけだから、知らないな。

だが、あの女神に祈ってくれる、それは良い。

この世界のインチキな神や仏と違い、イシュタス様は居たのだ。

まぁ…滅んだんだけどな。

その能力は俺の中に宿っている。

「そうですか、ならそうしましょうぞ」

本堂にはしっかりと大きな、イシュタス様の像があった。

多分3メートルは超えると思う。

その斜め後ろに俺の像があるのがこそばよい。

しかもこの本堂、多分100人近くの人間は入れそうだ。

そして、庫裏だ、まぁ実際には家だな…鉄筋コンクリート作りの四階建てでエレベーターもある。

内装は実際には豪邸だ。

これは宗教者の為の物じゃなくて贅を凝らしたものだ。

俺が楽しめるように作り替えてある。

大きな風呂にシアタールーム…なんだこれ。

成功者が住むようなとんでもないもんだ。

「ああっそうしてくれ、そのうち教義みたいな物つくるさぁ」

「有難うございます、それではこれを受取り下さい」

宗教法人の戸籍…俺の名前になっている。

更に言うなら、この土地や建物も宗教法人の物=俺の物という事なのか?

「これ全部、俺の物…良いのかよ」

「本物の神の代行者が何を言うのですか? 余の中には偽物の宗教者がのさばっているんです、本物ならこれ位あっても当たり前です」

「なら、遠慮なく貰っておこう」

殆ど必要な物があるから身一つで此処にこれるな。

「そうして下さい、あの泰章様、それで一つお願いがあるんですが…」

やはり、何かあるのか?

「言ってくれ、まぁ出来る範囲ならやってやるから」

「それでは、代替の決闘をお願い出来ますでしょうか?」

「決闘?」

「はい」

なんでも関西の組と揉めていて、このままいくと抗争になる。

そうなるとお互いに大きな犠牲が出るし、警察も動く。

そうならない様にお互いの組が選んだ者が戦って、勝った方が意見を通す。

そういう事だ。

「俺を担ぎ出すと言う事は相手はそれなりに強い、そういう事か?」

「はい、相手は【死神】と言う二つ名があり、本名は戸沢蛇治、裏社会では凄く有名な男です」

「それって竜ケ崎組ではどうにかならない位強い…そういう事ですか?」

「まぁ飛び道具使えば別ですが、素手で戦ったら、恐らくはボクシングのヘビー級のチャンプでも敵わないという噂です」

「それは本当か?」

「まぁ尾ひれがついていますが、今迄、殺し合いで一度も負けなかった、それは事実です、その中には格闘技の名だたる相手もいました」

世話になっているしこの位は良いか。

「まぁ、その位の事はしてやるよ、決闘して勝てば良いんだろう」

「はい、ありがとうございます」

【代替決闘】

「なんだ、竜ケ崎の、戦ってくれる相手が見つかったのかい? まぁ死神相手じゃプロでも逃げ出すからな、戦うのは余程の馬鹿だ」

「死神?…わはははっこっちに本物の女神の使いだぜ、そんな奴が敵う訳がないわ」

「気が触れたのか? 裏の世界のナンバーワンなんだぜ死神は…例え、ボクシング、プロレスの世界チャンプでも勝てないな」

「そうかい、儂はそう思わないな…そこにいる方に勝てる人間いや生物はこの世に居ない」

「あーあ可哀想に、あのガキ、死んじまうぞ」

本当に好き勝手言ってくれる。

「お前、俺の事知らないのか? まぁ知らないなら仕方が無い、土下座して降参したら許してやる」

「そうですね、俺は余りこう言うのに慣れて無いから胸を借りるつもりでやらせて貰うよ」

「そうか…ならば死んでも文句言うなよ」

「これは相手を殺しても良いのか?」

「こういうのは殺しても、ヤクザが全てもみ消してくれるから問題は無い…まぁ死ぬのはお前だ」

親切なんだか、残酷なんだか解らない奴だな。

「そろそろ初めて良いか…ファイト」

事前に話をした限りでは、何でもありだ。

相手はプロだ、少しは本気にならないとな。

俺は殺気を込めて殴り掛かった、直撃をさせたら此奴は死ぬ。

だから【掠らせる】事にした。

余り大きく怪我しない様に腕を狙った。

「まぁハンデだ、先手はお前で良いぞ」

余裕ぶって、こんな事を言っているが、もう既にモーションに入っている。

右腕上腕筋を掠らせた。

ブチブチ….ビチャッ。

嘘だろう、これでも駄目なのか?

死神の腕の肉が削ぎ取られ、骨が見えていた上腕筋の肉の半分が千切れて地面に落ちた。

「痛ぇーーーーーーーっこの野郎、絶対に殺してやる」

何がやりたいんだか…首筋を狙って手刀が飛んできた。

そのまま、受けてやったら。

バキボキッ

「うわぁぁぁぁぁぁーーーーっ」

指が纏まって折れたな。

「どうした、もう止めるか?」

「うるせーーーーーっ、お前なんか一瞬で殺してやる」

仕方ないから相手の腕をとり一本背負いで投げ飛ばした。

そして、今度は肋骨を掠らすように蹴った。

ピシッ、ボキボキ。

肋骨の骨が折れて、さらに皮が裂け、骨が剥き出しになった。

「ぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーっ 負けだ、負けで良い」

あっさりと、負けを認めた。

普通のこの世界の人間じゃ、オーガ所か多分オークにも敵わない。

幾ら人間で強くてもこんな者だろう。

「俺は医療も得意だ、もしその怪我が気になるなら、あとで俺の控室に来い…じゃぁな、死神さん」

それだけ伝えると俺はリングを降りた。

【第三十二話】真理アーヌ
えーと、何が起こっているのかな?

消滅した筈の私の体が復活しているんだけど…

まさか、勇者泰章があの世界を救ったって事?

あり得ないわ…難易度SSS、誰もが救えない世界。

それを救ったの?

うん…違うみたい、私の子が誰もいない。

あの時の信者が誰もいない、しかも、怪しげな人物から毎日祈りが届く。

人数こそ少ないが…凄く質が良い。

何だか不純な物ばかりですが…

可笑しいわね、誰が私の信仰を伝えているのかしら?

えっ…【勇者泰章】

そうか~、元の世界に戻っても、信心していたのね。

私が消滅したからスキルもそのままなんだ~。

私は…あはははっ、この世界の神の一柱になった訳ね。

現況は、今井泰章が教主になるのね…

復活記念に、少しは女神らしく奇跡を起こしてあげようかしら?

彼が欲しそうな物と言えば…あれね。

こうして神の奇跡が彼に起ころうとしていた。

【イシュタス&真理SIDE】

この子は…なるほど。

お互いに惹かれる訳だ、真理は並行世界、この世界のマリーアーヌだ。

最も、魂の根源が同じと言うだけで世界が違うから全くの別者。

とはいえ、魂の根源が同じと言う事は同じ様に惹かれるのは無理もない。

多分、魅了なんて使わなくても、きっかけがあれば惹かれた存在だわ。

まぁ、【きっかけ】が無ければ惹かれないんだけどね。

まぁ良いや、折角だから完璧にしてしまおう。

「真理…真理、目を覚ますのです」

「う~ん、貴方誰ですか?」

「私は女神イシュタスです」

「女神イシュタス…そう言えば今井常務が信仰している様な事言っていた気がします」

《まさか、夢にまで出て来るとは….》

「そうです、私がそのイシュタルです、貴方は私の代行者である、今井泰章を愛していますね」

「ええっ」

「なら、もっと愛されたい、そう思いませんか?」

「思います、当然の事です」

「ならば、心の底から彼が愛した女性がいるのですが、その女性の記憶を引き継ぎませんか?」

「それは…私でなくなる、そういう事じゃ無いですか? 嫌です」

「それは違います、別の世界の貴方の存在を引き継ぐ、そういう事なのです」

「別の世界の私? 記憶? どういう事ですか?」

イシュタスは並行世界の真理の存在、マリアーヌの記憶を引き継ぐ事を提案した。

これにより、真理の中にマリアーヌの記憶が宿り、2人分の記憶を有する事になる。

ある意味、真理の中にマリアーヌが復活する事になる。

魂の根源が同じだからこそ、可能な事だ。

「どうかしら? 多分【今井泰章】が今現在心から愛している女性、その者を引き継げるのよ? こんなチャンスもう二度と無いわね」

「ですが、それでは、マリアーヌになり【私で無くなる】そういう事でしょう?」

「違うわ、2人が交わり、新たな一人になるという事なのよ、簡単に言えば【貴方の中にマリアーヌが宿る】と言事ね」

「それは…」

「此処で考えるようなら、別に良いわよ? まぁ色々問題はあるけど、時間を掛けてマリアーヌを復活させるから、その場合は彼と貴方の接点は無くなるわね」

「そんな事は」

「あるわね、だって彼女こそが彼が真に愛した存在なのだから、今の彼が貴方に好意を向けているのは【マリアーヌと魂の根源が同じ】だからよ? 本物が現れたら…多分終わるわね」

《これを受け入れれば【今井泰章さん】の気持ちが私に向く…ならば受け入れるわ》

「解りました、受け入れさせて下さい!」

「最初から素直に言えば良いのよ…それじゃいくわ、女神たるイシュタルが望む、マリアーヌの根源よ此処に顕現せよ!」

目の前に青白い炎の様な物が浮かんで来た。

「さぁ、これを飲み干しなさい、それで貴方はマリアーヌになれるわ」

「解ったわ」

真理は炎の様な物を手に取り一気に飲み干した。

「それで良いのよ」

「ああああああっああああーーー体が熱いわ、まるで燃やされている様に…熱いっーーーーーーっ」

実際に真理は傍目から見たら、炎に燃やされている様に見える。

それと同時に真理の姿が変わっていった。

綺麗なプラチナブランドに透き通る様なグリーンアイ、そして肌は綺麗な透き通るような白。

まるで物語の王女が絵本から飛び出た様な姿だ。

最も、他の容姿は元のままだが、元からお嬢様に見える真理に王女足るマリアーヌの魅力が重なった様な姿だ。

「まぁ、暫く我慢なさい、直ぐにその炎は消えるわ」

暫く真理は転げまわっていたが、落ち着いた様だ。

「ハァハァ…ようやく痛みは無くなったわ、聞いて無いわこんなの」

「言ってませんからね! だけど世の中そんなに甘く無いのよ、犠牲を伴わずに何かを得ようなんて都合が良すぎますよ」

「良く、解ったわ、貴方は最低の女神だ…うぐっ、いえイシュタル様、心の底から感謝いたします、もう一度この様な機会を頂けるなんて思いませんでした…私…私勇者様に、泰章様にまた会えるのですね」

《嘘でしょう…私の考えを遮られた》

「ええ、会えますとも、あの様な悲惨世界に産まれたのに、生まれてから死ぬまで私を信じた貴方だからこそ、奇跡は起きるのです、この世界はあの世界と違い凄く安全で平和な世界です…これから夫婦になり幸せに暮らすと良いでしょう」

「ちょっ…うぐううっ、ありがとうございます、イシュタス様、死ぬまで私は貴方を信仰し続けます」

「頑張りなさい、貴方と泰章ならきっとこの世界の信仰を私に塗り替える事が出来ると信じていますよ…それでは頑張りなさい、王女マリアーヌ」

「はい…待ちなさい」

「貴方は、まだ何かようですか?」

「私は…どうなるの?」

「大丈夫よ、マリアーヌと混ざり合いやがては1人の人格になるわ、今は分離していますがやがて一人になります、安心なさいな」

「そう、解ったわ」

「ただ一つ、私は女神だから心から信じなさい、さすれば貴方も幸せになれるわ」

「そうね…眠くなってきたわ」

「そのまま眠りなさい…起きた時には全ては終わっています」

確かに二人は混じり合い一人になります。

差し詰め【真理アーヌ】って所ですね…

魂の根源が一緒だから出来る事。

2人が似た者同士だから出来る事。

ですが…勇者泰章は、随分と気が強い女性に縁がありますね。

暫く様子を見て…あの二人もどうにかするとしますか。

今は神力を使ったから…今暫く眠るとしましょう。

【第三十三話】これから

【イシュタスSIDE】

眠ろうと思ったのに…眠る必要がないわ。

勇者泰章は何をしたのかしら?

朝からいきなり、祈りが届いてくる。

この世界は、なんなのかしら?

少なくとも私以外にも神はいる筈なのに…こんなに満ち足りた神力が満ちてくるなんて…信じられない。

それなら、勇者泰章、いえ今は教皇ともいえる泰章の汚点も消しておきましょう。

泰章が死ぬ原因になった二人、過去の妻と娘。

あれは要らないわね…【魅了】を掛けたみたいだけど、最早要らない存在としか思えない。

多分、彼は優しいから、突き放せないかも知れない。

ならば【魅了】を解いてしまいましょう…そうすれば…あぁ~不味いわね。

今の勇者泰章には、地位もお金もある、あのゴミみたいな人間が手放す訳ないわ。

仕方ない、どうするかは真理アーヌにでも任せますか…

マリアーヌ7割に真理が3割…あの程度の人間ならどうにかするでしょう。

マリアーヌも王族。

嫌いな人間の排除位簡単にするでしょうから。

私は、暫くは様子見でもしましょうか?

この世界について知る必要もあるしね…

他の神との関わり合いも必要かも知れない。

【泰章SIDE】

「今井常務、おはようございます」

「真理さん..どうしたの?」

プラチナブロンドにグリーンアイ、透き通るような肌。

これじゃ、まるでマリアーヌじゃないか?

「どうかされましたか? 勇者泰章…お久しぶりですね」

「マリアーヌ? 真理…俺は夢でも見ているのか? どっちなんだ?」

マリアーヌと真理、2人の容姿が合わさって見える。

「そのどちらでもありません! 私は真理アーヌですよ? マリアーヌと真理が合わさった、泰章さんが一番愛する女性…の筈です」

「本当に…マリアーヌでもあるのか?」

「はい、また会えました、もう会えないそう思っていたのに…勇者様」

「マリアーヌ」

「はい…勇者様…ちょっとマリアーヌばかりズルいわ、私だって…私は泰章様の妻ですし、久しぶりなんだから良いじゃないですか?」

何だか混線でもしているのか?

「どうしたんだ」

詳しい話を聞くと、マリアーヌと真理は根源が一緒と言う事だ。

良くは解らないが真理のパラレルワードでの存在がマリアーヌという認識に近いらしい。

よく考えてみれば、真理に何故か心惹かれる時があった…あれはそのせいなのかも知れない。

だけど、この後どうなるんだ?

「イシュタス様の話では、暫くしたら融合というのでしょうか? 完全に混ざり合って1人の人格になるそうです」

「それで良いのか?」

「はい」

俺はこれからどうすれば良いんだ。

マリアーヌと俺は短い間だが結婚していた。

勿論、体の関係も…

だが、真理は…部下だ。

確かに【魅了】も掛けたが、そういう関係になろうとは今は思ってなかった。

だが、確かに好ましいと思いはしたが…齢が離れすぎでも無いか、今の俺の見た目は凄く若い。

「あの、悩んでいるようですが? 私は妻ですよね? それに真理さんも泰章さんを愛しているみたいです、悩む事は無いと思います、そうよ私も泰章さんを愛しているわ」

「そうだな、そうだな…それじゃこっちの世界でも付き合おうか?」

「そうですよね、あっだけど付き合うじゃ無くて【結婚】ですわよね…私もそれで良い」

「解った…」

そろそろ、未練は忘れて、新しい道に踏み出す時が来た様だ。

だが…あの二人はどうしようか?

それにイシュタス様が復活したなら…お伺いを立てても良いかも知れない。

【第三十四話】天使化

俺はイシュタス様の像の前に膝磨づいて祈った。

何か神託が降りるかも知れない。

《お久しぶりですね…勇者泰章》

まだ、それ程の時は過ぎてはいないのに凄く懐かしく思える。

《久しぶりです、女神イシュタス様》

《本当に久しぶりだわ、またこうして会えるなんて思わなかったわ…まさか復活させてくれるなんてね、貴方は私の使徒と言っても過言ではないわ》

《使徒ですか?》

《そうよ? 教主でも良いんだけどね…まぁ【勇者】だし、神の代行者を名乗っているんだから【使徒】の方が良いわね…この世界は奇跡を振るえるような他の神の使いはいないから【使徒】で良いわ…まぁ頑張って【私の子】信者を増やして下さい、その代わりもっと沢山の力をあげるわ》

ただでさえ殆どチートなのに…良いのかな。

《良いわ…はい手を出して》

俺はイシュタス様の言う通りに手を出した。

その結果…

《何か変わったのですか?》

《実質は変わらないわね…そうね、天使化、そう言ってごらんなさい》

「天使化ーーーっ」

その途端に俺の背中に羽が生え…後ろから光が刺した。

「これは一体、何ですか?」

《何でも無いわ…貴方には【存在するスキル】を全てを与えたんですもん、もうこれ以上あげる物は無いわ、今のはそれに相応しい姿に変わるだけ…まぁ普通の人間からしたら神々しさが増したように思える…それだけ、まぁこの段階なら【天使長】を名乗って良いわ…他に天使はいないけどね》

《天使長…ですか?》

《そうよ…それじゃ頑張りなさい【天使長】そうそう、それで魅了を掛けたあの二人はどうするの?》

《二人って、陽子と恵美ですか?》

《それ…私の教えでは、勇者のみ一夫多妻を認めているから別に良いけど…抱く価値ある? 最愛のマリアーヌを貴方に返した今、必要ないんじゃない?》

俺は一体どうしたいんだ?

《…》

《まぁ、直ぐに考え無くても良いけど…抱きたいならさっさと抱いて、要らなくなったらポイしちゃえば良いわ…余り良い人物じゃないからね…まぁ貴方が好きにすればよいわ、あと魅了だけどね【天使長】になったから解除できる権限もあるから、要らないなら解除も出来るから、本当に自由にして良いわ》

確かに…もう要らないのかも知れない。

だが、あの状態にしてから解除して良いのだろうか?

《あはははっ、解除したら元に戻るだけよ? クズ状態に戻るだけだから気にしないで良いわよ》

それなら、考えてみても良いのかも知れない。

【第三十五話】魅了解けた後
色々考えていたら、魅了を外して見た方が良いかも知れないな.

俺は、三人への魅了を解除した。

天使長は凄いな…顔を見ないでも魅了が解除出来るなんて。

そして、月に2回の約束の元家族とのデートの時が来た。

まるで初めてデートした時の様に遊園地での待ち合わせだった。

ちなみにこの約束の時にはまだ【魅了】は解除してない。

約束の時間より15分前に来て待っていたが、一向に来ない。

約束の時間を10分過ぎた頃に義両親が来た。

「すまない泰章くん」

「本当に申し訳ないわ」

二人の顔は青かった。

まぁ大体解るさ…

「取りあえず、喫茶店にでも入りませんか?」

すぐ傍にあった喫茶店に場所を移した。

義両親から話を聞くと、2人はすっかり元通りだそうだ。

「儂ももう、あいつ等は知らん、何があったのか解らないが、恵美はアルバイト代金の積立を辞めて夜遊びしている」

「陽子も急に働くのに疲れたと言い会社を勝手に辞めてきてグーたらし始めたわ、私が様子を見ていたらマッチングアプリに登録していたわ」

所詮は魅了に掛かっていたから【真面だった】そういう事だ。

所詮は魅了で作られた愛情、無くなればこんな物だ。

「それで、自分達は今日も来ない、そういう事ですか」

「すまない」

「本当にごめんなさい」

本当に魅了が無ければ、心の底から腐れになってしまったんだな。

もう、俺が惚れた陽子は何処にもいない。

そう言う事だ。

中学の時は陽子は正義感が強く優しい女の子だった。

虐めにあっていた俺を助けてくれた、正義のヤンキー女、それが陽子だった。

俺はいつか彼奴に相応しい男になろうと、努力した。

柔道に剣道も学び、俺は勉強も頑張った。

勇者になる前の俺が頑張れたのは、彼奴のお陰といっても過言ではない。

人は長い間に変わる、いつから彼奴は、クズになったのだろうか?

最初の結婚で何があったのか…

俺と結婚した時にはもう【昔の陽子】じゃ無かったのか。

それとも神谷と会って変わってしまったのか?

今となってはそれも解らない。

だが、もう何処にも、あの頃の俺が愛した陽子はいない。

そう言う事だ。

恵美は…多分元からああだった可能性が高い。

もう、良い、これでもう未練はない。

「お義父さんにお義母さん、この前は貴方達に免じてチャンスを与えました、これで良いですね」

「それは」

「だけど、また気の病で」

「本来は弁護士により接近禁止命令が出ているんですよ? 会わないのが正しいんです、俺に近づいてきたらその都度慰謝料が貰える、だが此処までは我慢した…次はもう容赦しない、良いですね?」

「仕方ない、儂が本当に甘かった、儂の目の黒いうちには二度と泰章君には近づかせない、約束しよう」

「そうね、これ以上は迷惑は掛けれないわね…今迄すまなかったわ」

これで良い、元義両親には悪いが、もう二人と会う気はない。

今の俺の役職は神谷より上だ、魅了が切れても、今度は金の力で寄ってくる可能性があるだろう。

だから、お目付け役が必要だ。

「もう、貴方達も含んで、赤の他人だ、二度と俺には構わないでくれ、今日までの事は水に流してやる、だが次は無い、もう顔も見たくない」

二人は何回も頭を下げて去っていった。

【恵美SIDE】

あと暫くしたら、お父さんに会える。

バイトを頑張ったから、デート代に困らない。

私が頑張った証としてお母さんと三人でデートだけど、私が半分出す。

ううん、出してあげたいんんだよね。

だって、私はお父さんを愛しているんだもん。

親じゃ無くて異性としてさぁ~

だけど、いきなりは難しそうだから、頑張って【愛娘】を目指して、そこから…頑張らないと。

さてと、会うのが楽しみだなぁ~….はっ!私頭が可笑しいんじゃない?

あんな親父の為に何考えているんだか、何で態々おしゃれして新品の下着まで用意しているのよ。

私、頭が可笑しいんじゃないの?

あんな中年キメーっていうの…なんで私がデート代まで出して会わなきゃいけない訳?

ブランド物でも買ってくれなくちゃ会う価値なんて無いってーの。

彼奴は見た目じゃ解らないけど…体を壊して真面に働けない、壊れたATMに価値なんて無いよね。

デートしてもメリットなんて無いんだから…行くわけ無いよ、キャンセルだよ、キャンセル。

私はお爺ちゃんとお婆ちゃんに、デートのキャンセルを伝えた。

「お前は何を考えているんだ? 儂たちが頼んで貰った贖罪のチャンスだろうが! それを無碍にするのか? お前は泰章君を親として愛しているんだろう」

「お爺ちゃん、なに気持ち悪い事言っているのかな? 私あんな親父要らないよ」

「恵美ちゃん、何を言うの? 嘘よね」

「お婆ちゃん、なに気持ち悪い事言っているの?気持ち悪いって言うのーーーっ」

「ハァ~ もう泰章君の事は良いんだな? もう良い、お前の本性はもう解った性悪娘…もう孫とは思わない、その性根叩き直してやる」

「何で私がそこまで言われないといけないの?」

「あんたは、私の孫とも思わない、本当に情けないわ、何処で教育間違えたのか、もうこれで貴方は父親を完全に失ったのよ…それだけは忘れないで頂戴」

一体、何がなんだか…わけわからないよ。

【陽子SIDE】

もう何日かすると…あの人に会える。

私は本当に駄目な妻だった。

多分、これは最後のチャンスだ。

今の私は反省した…もう二度と浮気なんてしない、今度こそ泰章さんを大切に…なんで。

体を壊して真面に働けない男となんで付き合おうとしているの?

馬鹿みたい…折角、相手から身を引いてくれたのに復縁なんてありえない。

体が不自由で真面な生活が送れない男にようは無いわ。

本当に何血迷っていたのかしら?

あんな男を働いて養うなんて…馬鹿ね。

さてとりあえずは、デートなんてキャンセルしてしまいましょう。

「私、行かないわ」

「お前迄、何を考えているんだ? 謝ってようやく貰ったチャンスじゃないか?」

「そうよ、反省したってあれは嘘だったの?」

「もう離婚したんだし、赤の他人だわ、それによく考えたら【接近禁止命令】まで出ているのよ、会う方が不健全だわ」

「そうか…もう良い、儂はもうお前達に失望した」

「私も、娘とは思いたくないわ」

【義両親たちは出ていけ】そう言いたかったが【二度と近づけさせない】その約束の為に言葉を飲み込んだ。

泰章と約束した【二度と近づけない】その約束の為には手元に置く必要があったから。

【第三十六話】変わらない物 欲しかった物

「おはようございます、今井常務!」

魅了は解いた筈なのに真理さんの態度は変わらなかった。

これは真理さんなのかマリアーヌなのか?

どちらなのか解らない。

素直に聞いてみるか?

「今の君は真理さんなのか?それともマリアーヌなのか?」

「もうそのどちらでもありません! 二人の心が合わさり1人となりましたので真理アーヌというのが正しいと思いますわ」

二人の心が一つになる…大丈夫なのか?

「それって記憶とかはどうなっているのかな? 大丈夫なのか?」

「う~ん、マリアーヌの記憶も真理の記憶もありますね、思考やその他は2人の考えが統一されたような感じです、うふ、好きな女性を2人纏めてお嫁さんに出来るなんて最高ですね」

陽子や恵美と違って何も変わらない。

と言う事は、本当に愛してくれているという事か…全く違うじゃないか?

「どうかしましたか? さっきから私を見つめて…もしかしたら惚れ直しましたか?」

「ああっ完全に惚れ直した」

「そうですか、面と向かって言われると照れちゃいますね」

これが嘘でない事が解る。

本当に愛して貰っているのが伝わってくる。

ただ、見ているだけで幸せな気持ちになる。

多分、これが愛されるそういう事なのだろう。

今迄も俺の愛は一方通行だった。

ちゃんと俺の気持ちに答えてくれたのはマリアーヌだけだった。

それを自分の手で殺さなくてはならない時、どれだけ悲しんだか解らない。

そのマリアーヌを返してくれた女神。

そして、自分の中に受け入れてくれた真理。

どんなに感謝しても感謝しきれない。

「今になってみて解る、俺は君を2人を心の底から愛している」

「本当ですか? マリアーヌだけでなく、真理でもある真里アーヌを愛してくれるのですね」

「ああっ勿論だ」

「それじゃ結婚してお嫁さんにしてくれますか?」

「良いよ」

「そこは【良いよ】じゃなくてですね、愛しているとか一生離さないとか欲しいです」

「なら【愛している】【一生離さない】これで良いかな」

「もう、取り消しは利きませんからね! 直ぐに叔父様にも報告しますからね」

「ああっ、その位の覚悟はあるよ」

「嬉しい」

真理アーヌが俺に飛びつくように抱き着いてきた。

多分、俺が一番欲しかったのはお金でも権力でも無く【愛】だったのだろう。

今一番欲しかった物が手に入った…

その喜びは物凄く大きい。

これからは本当の意味で一人で無くなる…そう思ったら嬉しくて仕方ない。

「これからもずうっとお願いしますね」

この笑みを俺は一生忘れる事は無いだろう。

【第三十七話】逃がした魚は大きかった

「嘘でしょう!」

なんで彼奴が運転手つきの車になんて乗っているの?

彼奴はもう、体に大きな怪我を負って、真面に働けない筈。

それなのに…可笑しいわ、なんで若返っているの?

絶対に可笑しいわ。

私は、泰章について調べた。

幸いな事に、僅かだが、あの会社に連絡が取れる相手がいた。

「嘘でしょう….」

私がもう終わりだと捨ててしまった泰章が、今は【常務】にまで出世していた。

あの車に乗っていたのは見間違いじゃない。

常務にまで出世していたから乗っていたんだ。

しかも、横には若い女が居た。

あはははっ、私があそこでよりを戻せば、今頃は私は常務夫人になれたというの?

神谷なんて偽物じゃなくて、本当の意味での成功者になれたの。

憧れの海外旅行に、ブランド品を買って、タワマンに住めた。

私は父に相談する事にした。

「おまえ、ふざけるなよ! お前の為に何回頭を下げたと思っているんだ! しかもようやくこれから償いを始める、その時にあんな馬鹿な事言いだして」

「そうよ、どの面下げて言っているの?」

「でも、私は泰章さんとやり直したい…」

私や恵美に甘い二人だ、これで大丈夫だ…

「もう騙されんぞ、本当はお前達二人を追い出したい、だが、泰章君との約束だから此処に置いている、お前にはパートの時間以外一切外出は許さん、もし泰章君にあったら、今度は約束したようにするそうだ…慰謝料を請求されるから絶対に行くなよ」

「そうよ、もしそんな事になっても私もお父さんもお金は出さないから、絶対に泰章君には会わないで頂戴」

「そんな」

「身から出た錆だ、あんなに良い旦那を捨てて不倫に走り、その後も馬鹿してきたんだ、本当に嫌われた、当たり前の事だ」

「そうよ」

あと少し、私が…

私が、あの時にちゃんと反省して会いに行けば…常務夫人になれたかも知れない。

ううん、あの時に不倫なんてしなければ、実力で泰章は出世した。

返して…私の泰章を返して…

私には、それをいう権利は、あるのかどうかも解らない。

だけど…今の泰章には【私が欲しかった物が全部ある】

常務という肩書に、その給料…私が傍に居たら泰章は、多分タワマンに引っ越してくれて、ブランド物から何から買ってくれたと思う。

あそこに戻りたい…

あそこにこそ私が欲しい物が全部ある。

返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して。

「ふざけないで、泰章は私の者よ、邪魔…えっ」

気がつくと私の頬をお父さんが引っ叩いていた。

「お前って子はどれだけ俺に恥をかかせるんだーーっ! そんなに好きなら不倫なんてするな、しかも再構築のチャンスまでくれたのに壊すなーーーっ、お前が全部壊したんだーーーっ もう無理、絶対に無理なんだーーーっ いい加減解れ…とりあえず部屋で頭を冷やすんだな」

「部屋に戻りなさい」

そう、お父さんもお母さんも敵なのね…なら仕方ないわ。

本当に使えないわね…

私は渋々部屋に戻った。

【第三十八話】悪い娘

私は、両親が無駄だと解かったから、娘を取り込む事にした。

今の私には他に頼れるような人間は居ない。

「そんな、お母さん、お父さんが金持ちになっているの?」

「そうよ、なんと常務取締役になっていたのよ? しかも結構元気そうなの」

マジ?…あれれ、何でかな、自分で自分の心が解らない。

私はなんで、デートをキャンセルしたんだ?

いきなり【嫌い】という感情が飛び出してきたし断ったけど…確かにお金まで出してあげたいとまでは思わないけど、悪くないんじゃないかな。

最近、凄く、童顔というのかな? 凄く若返った気がする。

案外、私と一緒に歩いても、同い年位に見えるんじゃないかな?

よく考えたら、全然キメーくない。

中年オヤジと考えたら、割と真面…いや美形だよね。

あれれ、お父さんはキモイ筈なのに、嘘でしょう、私が振られた智也より…美形の様な気がしだした。

何で断っちゃったんだろう?

【美形で偉くて金がある大人】最高じゃん。

大学行ってキャンパスライフを楽しむより【お父さんの愛人】の方が楽しそうじゃん。

血は繋がって無いし…お母さん一筋だったから、女の経験も多分少ない。

なら、股でも開いてやれば…いけないかな?

一応処女だし…1回でも関係を持てば【傷物にしたんだから】と詰め寄れば

楽しい、働かない日々が待っている。

娘としても今思えば、結構貢いで貰っていた。

あはははっ、よく考えたらさぁ、お父さん、凄くお母さんを大切にしていたわ。

前はキモい中年に見えたけど…可笑しいな事に最後にあった時のお父さんは私と同じ齢に見える位若く見える

顔も悪く無くて、案外美形だった。

良くない? 私はお母さんの若い頃に似ているらしい。

それはお父さんの好み、そういう事じゃないかな。

その私が本気で迫れば…多分いける筈。

お父さんがお金を私に貢ぐ。

私はその代り、お父さんの性欲を始め、全部満たしてあげる。

処女から捧げて全部あげるんだから…タワマンに住んでブランド物を買って貰ってお小遣い弾んで貰っても良いよね。

【これは…うん、私なりに愛しているんじゃないかな?】

お金、権力、物品を対価に私をあげるんだから…愛だよね?

少なくとも、他の男に【股を開く】なんて思わないから愛だよ。

その代り、ATM代わりになって貢いで貰うのは当たり前だよね?

だって、私の体を自由にして良いんだし…若い女の子が自分の者になるんだから…お父さん最高じゃん。

そう考えたら…もう糞ババアは要らないじゃん。

此奴凄く邪魔。

何処かに居なくならないかな?

いっそ、死んでくれれば【お母さんが死んじゃった~】とか泣きながらワンチャンあるじゃん。

お爺ちゃんもお婆ちゃんも歳だから死んじゃうんだから…動き方一つでお父さんと暮らせるじゃん。

「お母さん、もう諦めなよ見苦しいよ」

「だって、あの人」

「もうお母さんは嫌われているから無理だよ、それより、もう40過ぎなんだから、急がないと次は無いよ」

「だからお父さんと」

「それはもう絶望的に無理だから、次探した方が良いと思うよ」

「そうだよね」

もう、良い歳してんだから、退場してくれないかな?

邪魔なんだよね…このババア。

何処かの金持ちと結婚しないなら…価値ないわ。

それに、私がお父さんを手に入れた時点で…要らない奴なんだから。

母親面しないで、死ぬか消えるかしてくれないかな?

【第三十九話】ある寺に起きた事。
「止めろ、やめてくれ!」

何故こんな事されているのか解らない…

私が何をしたっていうんだ、ただ仏を信仰して教えを…

「うるせーんだよ! 糞坊主、嘘ばかり言いやがってよーーーーっ、本当に仏がいるなら助けてくれるだろうよ」

これは悪夢だ…

何故、こんな事をされなければいけないんだ…

私は悪くない…

「嫌だよーーーっお父さん助けて、助けてよーーーっ」

目の前で娘が蹴り飛ばされている。

しかも、相手は一人じゃない、10人以上の男にだ。

「助けて下さい、娘は娘だけには手を出さないで下さい」

「あ~ん、お前が大好きなお釈迦様か大日如来に頼めば良いじゃ無いか、このペテン師野郎が」

「仏は…仏は」

頭が可笑しい、此奴らはキチガイだ。

私だって【仏】がこんな時に助けてくれないのなんて知っているさぁ。

だけど、私は僧侶だ。

代々受け継いだお寺を守る住職だ。

仏を否定なんて出来ない。

「貴方ぁ~貴方ぁ~ 助けて、このままじゃ里香が里香が~ああああああっーーー私は良いから里香は助けて、お願いします、私が私がーーーっ」

そう言っている妻はもう既に顔が解らないほど殴られ腫れていた。

娘に手を出さない様に娘にしがみついていた。

「止めて下さい!私が何をしたっていうんだ」

「お前は詐欺師だ…今迄俺達から幾ら金をだまし取ったんだ…あん!」

「多分、代々納めていた金を合わせたら…数十億、下手すれば百億近くになる、そこ迄の金をだまし取ったんだぜ? どう始末つけるんだ? お前が死んでも、お前の妻や娘…いや親族の女が全員死ぬまで泡姫になっても足りないぜ」

「私はちゃんと今迄貴方達の祖先の供養をしてきました…それがこの仕打ちかーーーっ地獄に落ちろ」

何で私がこんな目に逢うんだ…

住職の私が…

「あははははっ、皆笑ってやれ、此奴馬鹿だ」

「本当に馬鹿だな~ 地獄なんて無い」

「そうそう、もうそんなペテンに引っかからないな…お釈迦様? 如来さま…いねーよ、いい加減詐欺止めろや」

そう言うと、男たちは本堂に祭ってある大きなお釈迦様の像を倒した。

3メートルを超えるお釈迦様の像が大きな音を出して倒れた。

国宝級の仏像はあっけなく倒れた。

「糞坊主…いい加減居ないお釈迦様なんか使って詐欺すんじゃねーよ、なぁ? もしお釈迦様や仏が居ないって認めたら今日の所は止めてやるよ」

言えない…寺に生まれてから今迄信じていた【仏】を捨てるなんて私には出来ない。

「助けて、助けていやぁぁぁぁーーーーっ」

娘の悲痛な声が聞こえて来た。

「あーあ…強情はっているからお前の娘、歯が無くなっちまったな、お釈迦様は助けてくれなかったな」

娘が凄い暴力にさらせている。

その横で妻も殴られている。

「娘は、娘は…これ以上やめて」

「おかおかおかお母さん…助けて…助けてよ」

「ああああああっーーーあああああっ」

そんな…そんな、ただ私は信心していただけなのに。

「そうだ、奥さん、チャンスをやるよ..そうだな、お釈迦様の像をぶん殴ってーーー、嘘ついてごめんなさい、お釈迦様なんて居ないのに詐欺してごめんなさい…そう言えば娘は許してやる」

「お前、止めるんだーーーーっ」

「ううっ、それで、それで娘には酷い事しないでくれるの?」

「ああっ約束しよう」

「嘘ついてごめんなさい、お釈迦様なんて居ないのに詐欺してごめんなさいーーーっ」

「あはははっ、ようやく本当の事いったな、でお嬢ちゃんはどうする? お母さんと同じ事をすれば、終わるぞ」

「ハァハァ…やります、やりますからもう許してーーっ」」

《まぁ女は此処までやれば良い、しかし、この仏像血だらけだな》

「もう、女はこれで許してやれ…この後は風俗で死ぬまで働いて貰って終わりだ」

「止めてくれ、妻や娘を助けてくれ」

「はぁ~ 俺に頼む事ないじゃん? ほらそこに血のついたお釈迦様がいるから、それに頼めよ…他にも大日如来に毘沙門天、強そうな仏居るよな」

「そんな….」

「なぁ、これで解かったか? 俺たちが信心深いのを良い事に、お前は金をだまし取っていたんだぜ、俺の親父(組長)の葬儀の時には1億包んだよな? 今迄だって法事だなんだ金をいつも包んでいた…あれだけ信心していたのに、俺は下手打って指が無くなった」

「そんな事言われても、只の住職になんか何も出来ない、出来る住職などいるもんかーーっ」

何だ、更に怖くなったぞ。

「だよな…だがな違うんだよ…本物は違うんだよーーーっ、俺の為に女神に本当の救世主が祈ってくれたら…生えてきたんだよ、指がな..お前やそこの糞まみれの偽物じゃない…本物は奇跡を起こせるんだーーー そんな偽物じゃない本物の女神イシュタス様と教祖泰章様はお前と違い、本物なんだ」

「俺は娘の命を助けて貰ったよ…幾ら祈ってもそこの糞お釈迦様はよー助けて何てくれなかった…だがよ、泰章様が祈ってくれたら治ったんだよーー寝たきりだった娘が、今は笑いながら幼稚園だぜ、もしお釈迦様がいたなら、娘を見捨てた悪魔だ」

「そうだな…お前等は邪教徒だ…まだ数珠を持っているのか? おい誰か此奴の指10本斬り落として数珠なんて握れない様にしてやれ」

「へい」

「止めろーーーーっ」

私の指は一本一本斬り落とされた。

その指を笑いながらヤクザが潰した。

「おっ、母屋に色々な権利書がありました」

「それじゃ、それは全部貰うとして…本当は足りないがもう許してやるか」

「えっ..」

「勘違いするな、お前の妻と娘は死ぬまで風俗勤め…仕方ないだろう? お布施だなんだ、沢山の金を俺たちからだまし取ったんだからな? お前はもう可哀想だから殺してやるよ…この寺は、本物の神と神の使いに捧げるさぁ」

「本物の神?」

「ああっ、女神イシュタス様と救世主泰章様だ」

「そんな….本物なんて居る筈が無い」

私は…どうせ死ぬなら…最後まで【お釈迦様】に祈りながら死のう…そう思った。

【泰章SIDE】

竜ケ崎組の組長から話をきけば、下の組の者が【布教】に行ったと聞いた。

何をしているのか気になり真理と一緒に見に行ったら….

「おい、お前達何をしているんだ?」

「泰章様、今私は邪教を懲らしめている所です…待って下さい、この寺も泰章様に捧げさせて頂きます、俺も貴方に貢献したいんです」

「こんな残酷な事はイシュタス様は望んでいない…」

どうするか?

女二人が顔を腫らして転がっている。

坊さんが指が斬り落とされ殺され掛かっている。

【浄化…パーフェクトヒール】

「お二方…記憶はどうしようもありませんが、体の穢れと痛みは治しました…体は穢されて居ない状態になりました」

「嘘、綺麗になっている…痣が全部治っているなんて」

「私の歯も指も元に戻っている」

少なくとも肉体的には【解らない】状態にはなった筈だ。

「ああっ、治ったよ、だが記憶だけはすまないね、嫌な思いさせて」

「有難うございます、助けてくれて、娘を戻してくれてありがとうございます」

「本当にありがとう…ありがとう…」

さてと…

「誰だ、なんでそんな事が出来るんだ…うわぁぁぁぁーーーっ」

「大丈夫ですよ…すぐ治します…」

【パーフェクトヒール】

何時見ても凄いな…切断された指が繋がって元に戻った。

「これは…これは本当の奇跡だ、ああっああああーーーっ」

そう叫ぶと住職は奥に引っ込んでしまった」

直ぐに鉈を持って出て来た。

目が座っている…やばいなこれ。

「居ないよね? お釈迦様も大日如来も虚空菩薩も皆、皆いなよねーーーーっ」

そう叫びながら、仏像を鉈で壊し始めた。

これにはヤクザも驚いてみていた。

「そうよ、なにこいつ等、散々花を絶やさずあげてきた、お線香も欠かさずあげてきた…いつも磨いてあげたのに..娘を見捨てた…ふんクズ仏」

「お釈迦様…こんな仏像祈るなんて馬鹿みたい、」

足が怪我するのも構わず…踏みつけていた。

なんだ、この光景。

一際、それが終わると…

「私だってこんな偽物信仰したくなかった…本物が居るならそれを信仰したかった…今私は本物を見た、どうか私を貴方の仏弟子…いや弟子にして下さい」

「私もお願いします」

「私も…お願いします」

「あはははっ、泰章様の弟子になるなら…泡風呂行きもやめじゃ…この寺は泰章様の物にして終わりで良いぜ」

「良かったですね泰章様、これで2件目のイシュタス様の教会ですね」

「そうだね…」

イシュタス様を信仰する人が増えるのは嬉しいけど…これで本当に良いのだろうか?

だが、これがまだ始まりだったとは俺は思っていなかった。

【第四十話】嘱託になった。

私は娘と一緒にプライムコーポレーションに押しかけた。

自宅に行きたかったが、もし自宅に行ったのがバレたら両親は怒り狂って家を叩きだすに違いない。

だが、会社なら【偶然】という言い訳がつく。

「恵美、此処からが勝負よ」

「解ったよお母さん、上手くやるよ」

《本当にこの糞婆ァ、痛いよね…もう邪魔なんだけどけどなぁ…まぁお陰で【お母さんに無理やり付き合わされた】そういう言い訳で会えるから付き合ってきたけどさぁ、馬鹿じゃない、更に嫌われるってーの、バーカ》

私の考えた作戦は【娘の事で相談がある】とそこから話しをする方法だ。

多分、嫌がられるかも知れないが、此処なら人目もあるから、恐らくは場所を移して話位はして貰える筈だ。

泰章さんはお人好しだから…そこから真摯に話せば、とっかかり位は貰える筈だ。

「すみません、今井常務に会いたいのだけど?」

「アポイントはありますか?」

「無いけど、元家族だからどうにかなるでしょう?」

「元家族ですか?」

「はい」

「なら、何でご退社された事を知らないんですか?」

「「退社?」」

「はい、昨日づけで退社しました」

「あの今井常務、泰章さんはどうするか、聞きましたか?」

「体の調子がかなり悪いようで、これからは嘱託勤務になるそうですね…他は存じておりません」

「そうですか?」

ハァ~彼奴はいったい何なのかしら?

折角出世したから、よりを戻してやろうと思ったのに、会社を退職して…嘱託、それってバイトになったのと同じでしょう。

こんな所に来るだけ無駄だったわ。

「恵美帰るわよ! 本当バイトになるなんて最低だわ、もう彼奴にはようは無いわね帰るわよ」

「そうね…帰ろう(あーあっ勿体ない、常務のままだったら良かったのに、幾ら顔が少し良くても、バイトじゃ意味ねー…あれ)」

《よく考えれば…お父さん、若返ってイケメンになっているんだった、可笑しいなキモイ筈の親父が、なんで【智也】よりイケメンなんだろう? 頭が可笑しいのかな…私、智也よりイケメンなら充分な筈、頭が本当に可笑しい…そんな人間が何でキモイと思ったのかな…まぁ良いや出直そう、一度しっかり自分の目で見て見よう》

「本当に、あの馬鹿は何処まで私をイラつかせるのよ、もう此処に来る事も無いでしょう、ほら行くわよ」

「はーい」

【時は少し遡る】

「急に二人して退職届けを出すなんて、どうしたんだ」

俺はこの間の事で反省した。

確かに彼らは【俺たちには良い人だ】だが敵には容赦がない。

この間はさいわい、どうにか治まったが、同じような事がまた起きたら大変だ。

だから、目を光らせて見張らなければならない。

そう考えたら、もう会社勤めでは居られない。

「親類のお寺が住職不在で困ってまして、そこを引き継ぐ事になりました」

「それに真理もついて行く、そういう事か?」

「はい、泰章さんにプロポーズされまして、そのうち結婚もする予定ですので…」

「おい、それは初耳だぞ」

「すみません、まだプロポーズしたばかりで、これから婚約の挨拶に向おうと思っていました」

「そうか、それはおめでとう、だが会社を辞められたら困る、これから親類になるなら余計なんとかならんか?」

「それなら、本当に困った時には助けに入ります、そうですね嘱託勤務の相談役とかで如何でしょうか? 勿論給料は要りません」

これなら…大丈夫だろう。

「いや、それは悪い、そうだなら、取締役 顧問と言う事にしよう? 流石に常務と同じには出来ないが年収で2000万は保証しよう」

「すみません、何から何まで…ですが、会社外には【嘱託勤務】になった、そんな感じで伝えて貰えますか?」

「まぁ、実際に、君のお世話になるのは部長以上の筈だから構わない…まだ神谷がした事が尾をひいているんだな」

「はい」

「解った…それじゃ婚約おめでとう…二人とも幸せにな」

「「はい」」

さてと、これからは宗教者として活動しながら…偶にこの会社が困ったら行動する。

それで良い筈だ。

それはそうと、イシュタス様にお伺いを立てて見た方が良いだろう。

神託とか降ろしてくれるかも知れない。

この世界の神とイシュタス様の関わり合いも聞かなくては今後の活動も決められない…

やる事は多い。

【第四十一話】神は居なくなっていた…敵は宗教者、増上まん

私は女神イシュタス

異世界の女神でしたが、戦いに敗れ消滅した筈でした。

所が、勇者であった泰章の祈りによってこうして復活できました。

ですが、此処は私の世界ではありません。

他に神々や仏が居るとしたら…折り合いをつけなければいけません。

所が可笑しいのです…神界はあるのですが、何処の神界にも神はおろか天使さえもいないのです。

神が居た場所、仏の居た場所、何処にも誰もいません。

邪神にでも滅ぼされたのかと思いましたが…そう言った後もありません。

仕方なく、現状から何が起きたの書物などを読んだ結果…

この世界は、神や仏に見捨てられた世界だと解りました。

敵ではなく、神や仏の考えを湾曲して伝え、私欲を貪る者を嫌い、神や仏が見捨てた世界。

これがこの地球だったのです。

これは仏の世界の書物にあった【増上まん】の仕業です。

増上まんとは、宗教者を装い、善人の振りをしながら私欲を貪る者達です。

【末世】になると、この増上まんが増えていくそうですが…

これが神や仏を苦しめ…やがて神や仏が人間を嫌いになり…この世を去った。

そう言うことらしいのです。

神や仏がこの世を去った、そう簡単に言いますが、それは【死】を意味します。

神や仏が死を選ぶ位ですから、さぞかし苦痛だったに違いありません。

私は女神だから解ります。

神は世界を救うために存在します。

その自分の教えを、私欲を貪る為に改編して伝え…その結果不幸が起きる。

許せないし苦痛だったと思います。

邪神や魔族もいませんから、案外そちら側も、人間を見捨てたのかも知れません。

女神である私の本当の敵は、この世界で戦う相手は…増上まん、つまり…この世界の私欲を貪り、神や仏の正しい教えを改変して騙している存在です。

この世界にも昔は、救世主に英雄、神の力を振るう者がいましたが…神が居なくなったせいか、もうそんな存在は居ません。

能力が無いのは仕方ありませんが…【人を救いもしない宗教者】等、只の害悪です。

この世界で私がする事は…この宗教者…増上まんの手から正しい信仰を取り戻す事です。

この厄介な仕事が…恐らくは私がこの世界に来た理由かもしれません。

※ 間違ってアップして、本文を消してしまったので書き直しました。

【最終話】 教皇

俺はイシュタス様に祈った。

その結果、神託がおり…この世界には本当に神も仏もいない事が解った。

確かに言われて見れば、そうかも知れないと思う事はある。

信者と言う事なら数万を超える数を持つ宗教もあるのに…神にあった仏にあった。

そういう人物は少ない。

俺の友人が癌にかかった時にお見舞いに行った事があるが…信心深いお年寄りが普通に死んでいた。

この世界では奇跡なんて滅多に起こらない。

【神も仏もいない】そう言われたら、そうなのか…そう思ってしまう。

俺行った異世界も、よく聞く異世界の話しは…神が存在し、スキルやジョブを貰える。

今の世界はどうだ…昔であれば【救世主】としてそう言った力を貰った存在がいた。

だが、今は恐らく世界一の宗教者になっても、ヒールに近い能力も使えない。

よく怪我人を治療する事を【手当て】というが…もしかしたら昔はこの文字の様に【手を当てるだけでけがを治せる存在が居た】のかも知れない。

だが…今は居ない。

そう考えれば…本当に今の世の中には神も仏もいない事が解る。

つまり…今の地球こそが…幾つもの宗教で言われている、末世なのかも知れない。

【確か仏教だと弥勒菩薩が救ってくれるような話を昔きいたな】

だが…俺はまだ会った事は無い。

《それで、俺は一体何をすれば良いのでしょうか?》

《そうですね、私の教えでも広めてみては如何でしょうか? 神も仏も何処にも居ませんから….貴方にとって世界が平和になる様に自分で考え行動すれば良いと思います》

《そんな事は私に出来るのでしょうか?》

《救世主はこの世界に貴方しか居ません…ですが貴方がしなくても、世界は今のままです、気楽に考えて構いません》

《そうですか》

結局、俺は出来る事はする..そういうスタンスで活動する事にした。

【数年後】

この世界から、教会やお寺はなくなった。

俺はあの日を境に自分のスキルやジョブの恩恵を惜しみなく使った。

国立の癌センターに行っては…パーフェクトヒールで病人を片っ端から治してみせた。

病人は山ほどいる…死に掛けの人間は沢山いるから、能力の使い場は山ほどある。

500人位の治療をやってのけた後テレビの取材を受けた。

そこから火がついて、沢山の者が連日、俺たちの教会に来るようになった。

俺が治療する条件は【女神イシュタスを信仰する】そういう条件をつけた。

つまり…俺の治療を受けたければ…お寺の檀家や教会に通うのを辞めなければならない。

俺はイシュタス様の使いなんだから当たり前だ…

誰もが治せない病人や怪我人をどの位治したか解らない。

そして、イシュタス様を信心した者にはスキルを与える様に考えた。

ただ、このスキルは治療だけに留めた。

今では俺はイシュタス教の教皇となり…スキルが使える者は司祭を名乗る事を許した。

今の俺は勇者でなく【教皇】と皆が呼ぶ。

そして俺の横には、愛したマリアーヌが真理と重なり居る。

残りの人生は女神イシュタス様に感謝して生きていく…

何も考えず生きていた人生に比べれば…遙かに良い人生だ。

【完】

あとがき
最後まで読んで頂き有難うございます。

多分、最後の方の話を書く時に【批判はかなり受ける】その覚悟はしていました。

かなり過激に感じた方もいるようですが…末法、末世、世紀末についてかいた作品には商業誌にすらこれの数倍酷い作品もあります。

その中にはアニメ化された作品もあります…該当部分は削除されてますが。

実は、この作品は本来ならまだ長く続く予定でした。(神々との戦い篇を考えていました)

ですが、この話に進むと、多分今所じゃない位、神や仏を蔑ろにします…

今の話で嫌悪感がある人がいるなら止めた方が良いと思い…締めくくりました。

嫌な描写がある作品を最後まで読んで頂き有難うございました。