主人公?
彼を見た人間はどう思うのだろうか?
どう見ても浮浪者にしか見えない。
風呂など何時入ったのだろうか…そう思える程汚れ切った服を着ている。
しかも魔物の血がついてもお構い無しだから異臭すら放っている。
目はまるで世の中を全て恨んでいる様な濁った眼をしている。
その目は常に殺気を放っている。
髪も元はさぞかし綺麗な髪だったのだろう、だがその髪はとかす事すらされず後ろに縛ったままだ。
そして顔には大きく✕の斬り込みが入っている。
遙かにスラムで暮らす人間の方が真面な生活を送っている。
彼は洞窟に住み、まるで原人の様な生活を送っていた。
今の彼を見て誰が15年前の彼の姿を知る事ができるだろうか?
15年前まで彼が王族の婚約者で、誰もが認める美少年だったと解るだろうか。
30代前半の彼の姿が苦労したのだろうどう見ても老人の様にしか見えない。
誰も来ること無い洞窟で彼は一人寝ていた。
だが、この日は違った。
身なりの良い騎士達、それも10名が男の元に訪れた。
「何者だ…」
くすんだ目で彼は騎士達を睨んだ。
「貴方はセレナ殿で間違いないな?」
騎士達は訝し気にセレナを見ていた。
「だったら何だ!」
「王の使いで参りました、同行をお願いします」
「断る」
「王からの王命です」
「俺は市民で無い、更に此処は王国の領土で無い、故に聞かぬ」
「貴様、王の命令を聞かぬと申すか?」
「斬りたければ斬れば良い」
「なっ、そうだもし一緒に来てくれるなら金を払おう」
「要らぬ…消えよ」
セレナは腐った様な目で騎士を見ている。
もし、斬りかかったらそのまま斬られても構わない、目がそう言っていた。
だが、騎士は【王に頼まれてきている】だから引くに引けない。
しかも、今回の命令は丁重に迎える事が厳命されていた。
決して、この相手を傷つける事など出来ない。
王命に逆らえば、自分の首等簡単に飛んでしまう。
「何でも言う事を聞く、だから同行してくれぬか?」
「何でも聞くのだな? お前に家族は居るのか?」
騎士は同情してくれた、そう思った。
「ああっ、妻と子供がいる」
「ならば、その二人の首を持ってくるのだ、持ってきたら城まで行ってやろう」
「お前は狂っている」
「ああ、そうかも知れぬ、知っている…だからこそ何処の国の物でも無い此処で暮らしておる…私は人間が嫌いなのだ、故に王に等会いたくはない、放って置いてくれ…」
《この男に何が起きたか知っている、人間を憎みこそすれ、この男が人類を守るなんて事はしないだろう》
「解った、出直す」
「もう来る必要は無い…もしお前らが此処に来ると言うなら旅に出る」
「頼む…此処に居てくれ」
そう言うと騎士は鎧を脱ぎ、自分の右腕に剣を宛がった、そして利き腕である右腕を斬り落とした。
「ハァハァ…俺の利き腕だ、これで次に使いが来るまで待っていて欲しい」
「その右腕の代金として1週間だけ此処にいる約束をしてやろう」
セレナは腐った様に濁った眼で腕を見つめ…そのまま火にくべた。
「貴様、隊長の腕を」
「斬りたければ斬れば良い、俺は抵抗せぬよ」
「よせ…すまない、時間が無いのだ、これで失礼させてもらう」
腕を無くした騎士を含み10名は踵を返すとそのまま城へと帰っていった。
「何故今更、俺なのだ…狂わしい程の怒りを押さえ此処にいるのだ…放っておけ、そうすれば俺は静かにいられる」
セレナは一人呟いた。
勇者の死
「魔王が再び復活したと言うのか? ならば勇者ソランを呼べ」
先の魔王を倒してから約15年。
次の魔王が現れ再び世界は暗黒に飲まれようとしていた。
だが、この世界には勇者がいる。
魔王を倒した報酬に爵位に領地、そして王族でも無いのに沢山の妻を娶る権利を与えた。
女達は、ソランの甘いマスクに惹かれたのか婚約破棄をも何とも思わなかったようだが…
そこまでの権利を与えたのはこの時の為だ。
騎士が呼びに行くとソランは奴隷商にいた。
「何かあったのか? 俺は新しい奴隷が入ったと聞き見に来たのだが」
「魔王が復活しました、いまその軍勢が王国の門の前まできています」
「そうか、なら俺が行くしかないな? そこエルフとそこの貴族っぽい女、国につけておいてくれ、あとで屋敷に頼む」
不思議な事にこんな最低な事をしているのに、何故かソランを憎む者はいない。
充分なお金や財産を持つソランなら、態々国に買わせなくても奴隷なら幾らでも買える。
だが、そうしない…
それだけでこの男の底が知れるが、だれも咎めない。
「勇者ソラン様、おひとりで大丈夫ですか?」
「聖女も王女も最近相手にしてなかったから機嫌が悪いんだ、元王女も含んで、もうBBAだから、そんなに抱きたくないってーの!女のヤキモチって奴だな、全く30過ぎのBBAなんだから若い女にヤキモチ焼くなよな…仕方ないから俺が行くよ、今の俺なら魔王以外は相手にならないから、安心だ」
勇者ソランは城門を開かせ、たった一人で魔王軍に戦いを挑んだ。
聖剣を使い、沢山の魔族を葬るが…キリがない。
「嘘だろう…こんな数」
「貴様が勇者だな、だがどうだ、この数の暴力は…この人数で掛かれば例え魔王様であっても裁きキレぬわ、更に魔族四天王のうち二人も投入しているんだぜ? いかにお前が勇者でも…おい!」
「剛腕、貴方が話している間にもう討ち取ってしまったよ」
そこには勇者ソランの首を千切り高々と上にあげている魔族がいた。
他の魔族より強そうな彼女は恐らく、新四天王といった所だろう。
「何だ~俺の出番は無しか…なぁこれってこんな人数で来るような奴か?100人で充分じゃないか?」
「馬鹿だね~この人数だから人間が襲って来ないんだろうが、そんな人数で行ったら勇者以外の人間が出張って来るでしょう」
「そうか」
勇者を殺し満足したのか、魔族の軍勢はそのまま引き上げた。
勇者が魔王を倒した時は18歳…それから15年経ち、今は33歳。
この世界の寿命が50~60と考えれば充分ピークを過ぎている。
新しい魔族に勝てないのは当たり前なのかも知れない。
それと同時に何かが割れた様な気が人々を襲った。
何が起きたのかをこの後人々は思い知る事になる。
狂乱のマリア
勇者ソランが死ぬ事により、周りの人間への洗脳に近い魅了が解けた。
知らないうちに勇者の魅了にこの世界の人間はかかっていた。
それが勇者が死ぬ事で正常に戻っていった。
そして今、勇者の妻になった元王女マリアは狂った様に泣き喚き散らしている。
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーっハァハァ」
片っ端から物を投げつけ壊し、綺麗だった頃の部屋の面影はない。
手を見ると骨が剥き出しになっていた。
自分の手が壊れるのも気にしないで物を殴りつけていたのが良く解る。
だが、マリアはそんな事も気にしないで物を投げ、叩き泣いていた。
最初は侍女も諫めようとしていたが…
「今は私の傍にいないで…子供もこの部屋に絶対に入れないで頂戴」
ただならぬ形相のマリアに侍女はただ首を縦に振る事しか出来なかった。
なんで、なんでこんな事を神は許すのよ…
マリアは心からセレナを愛していた。
セレナがマリアを好きになる前からセレナを好きになり、慕い、王である父にお願いして婚約者にまでなったのだ、どれ程好きだったかが解るだろう。
それなのに…そんな気持ちが何者か、いや解っている。
勇者ソラン、勇者なんてつける必要は無いわ。
ソランにより書き換えられてしまった。
ソランの魅了を掛けられてからの自分は今考えると、醜悪な者にしか思えなかった。
大好きなセレナを罵り侮蔑し…
時には、そんなセレナに見せつける様に大嫌いなソランといちゃついて見せた。
それどころか、娼婦のように、セレナが見ているのが解っていながら、ソランに跨り腰まで振っていた事すらある。
恍惚の顔を浮かべる気持ち悪く笑う女。
私はそんな女じゃない、そんな淫らな女じゃないのよ…
幾ら否定しても思い浮かぶのは娼婦の様にニヤ付きながらソランに枝垂れかかる姿の自分。
どんなに考えてもセレナと過ごしたような清楚で優しい自分の姿は浮かび上がらない。
15年間の記憶にある、自分の姿は一番自分が軽蔑する様な淫乱で淫らな女だった。
どれだけ、あの優しいセレナを傷つけたのか解らない。
今でも愛おしいセレナ…あんな悪魔の様な男に出会わなければ、きっと今も此処で優しい笑顔を見ながら私は紅茶を飲んでいた筈だわ。
大切な初めても騙され奪われて、この齢まで何度あの男に体を差し出したか考えたらこの体さえ焼き捨ててしまいたい位のおぞまじさを感じる。
あまつさえ、あの男が私に飽きて他の女を抱いた時には泣いて縋った。
魅了が解けた今…本当に惨めでみっもなく、薄汚れて思える。
「何でもするから捨てないで」そう言う私に、女として汚らわしい事を沢山させられた。
最早、私があの男にしてないような淫乱な事は無い、そう思える程の汚らわしい記憶沢山がある。
そして、そこ迄汚らわしい事をした私を見下してあの男は笑っていた。
子供二人と共にいる私の前で他の女を抱き、そして行為にすら及んだ事すらある。
あの男…ソラン、殺してやりたい、地獄を味わせて、命乞いを無視して残酷に処刑してやりたい。
だが、ソランはもう死んでしまった…
私や仲間が出来た唯一の復讐は王に頼み、その遺体を野ざらしにする事だった。
それ以上は何も出来ない。
今でも、セレナの最後の言葉が突き刺さる。
「もう、僕は誰も女を愛さないし、人は信じない」 そう言い、自分の顔にナイフを突き立てると十字に引き裂いた。
今の私なら、そんな事させない、正気の私なら例え指が落ち血塗れになろうとナイフを取り上げるよ。
だが、あの時の私は…
「それがどうしたの、私には関係ないわ、そんな事で私とソラン様の逢瀬を邪魔しないで」
そう言って服を脱ぎ捨てていた。
あの美しいセレナの顔がこれでもかと悲しい顔をして傷迄つけているのに…私は残酷にも笑っていた。
あの傷は深い、きっともう一生消えない…そしてあの優しい笑顔はもう見る事は出来ない。
あそこ迄の事をしたんだ、きっと一生セレナは私を愛して等くれない。
それに、こんな汚らわしい体ではセレナに会えない。
15年も嫌いな男に弄ばれて、好き放題された体。
私の初めては最早なにも残っていない。
あまつさえ、2人もあの汚らわしい男の子供を産んだこの体でどうやってセレナに会いに行けば良いと言うの。
「会いたいよ…セレナ…だけど…会う資格もないよね」
そう言うとマリアは自分の顔の斜めにナイフを押し付け引いた。
《あと半分は、もしセレナに会う事があったら引こう》
「セレナ…もし許してくれるなら、ううん、赦してくれなくても、私はなんでもするからね」
顔に大きな怪我を負ったマリアは、泣きながら治療もせず、部屋を壊しまくっていた。
誰が見ても狂っている。
そうとしか思えない位に….
復讐相手は身近にいた
マリアは一しきり泣き落ち着くと侍女に頼んで部屋をかたずけさせた。
そしてテラスに行き、夜風にあたっていた。
「マリア様、体に障りますよ」
「そうね、心配かけたわ、ただ、もう暫く夜風にあたりたいから、紅茶と羽織る物をお願い」
「畏まりました」
どうして良いのか解らない。
手鏡でみた私の顔は、もう昔の様な若さは無い。
どう見てもおばさんだ。
(※ この世界の寿命はおおよそ50年~60年です)
もし、セレナと結婚していたら、あと5年もしたら仕事を引退して余生をどう生きるか考える頃だわ。
いま、セレナは何処にいるのだろうか?
少なくとも国外に追放されたからこの国にはいない筈だわ。
ソランに復讐したくても最早いない。
なら、誰に仕返しすれば良いのだろうか?
ソランには確か身内がいないのか…いたらそいつに仕返ししなければ腹が収まらなわね。
紅茶をすすりながらマリアは月を見ていた。
17歳の時の私はセレナと一緒に月を見ていたわ。
良く未来の話をしてたわね、それが正気に戻ったら33歳…理不尽だわ。
勇者って何を基準に選ぶのか解らない…少なくともあんなクズを選ぶなんて信じられない。
「お母さま、余り外にいると風邪をひきますよ」
「そうね、ソアラありがと…」
「どうかしましたか? お母さま、顔色が悪そうですが」
「そうね、そうだ、私が入れるから一杯付き合いなさい」
いるじゃない…こんな身近にソランの身内が…
「そうですね、お母さまの紅茶は美味しいですからね頂きます」
ソアラは笑顔で母親に微笑んだ。
だが、ソアラはソランにそっくりだった。
その為、マリアの殺意がぶり返した。
ドンッ…マリアがソアラに体当たりをした。
そのまま、ソアラはベランダから落ちていった。
結構な高さがあるから…助かる事は無いだろう。
「母さま…なんで」
驚いた顔でマリアを見ていた。
「あんたが、その顔だからいけないのよ…」
そう言うと憎しみを込めてソアラが落ちて行った先をマリアは見ていた。
その顔には親子の愛情など一切現れて無く、後悔の念も無い冷めた顔しか無かった。
もう一人の子供、マニアもその日の夜に心臓にナイフをつきたてられて殺された。
次の日に侍女が見た物は血に塗られたマリアの姿と二人の死体だった。
勇者選択の儀
勇者ソランが死んだ事で王であるアレフ六世は我に戻っていた。
そして、自分が如何に愚かな事をしていたのか気がついた。
沢山の貴族から、婚約者を寝取られたという陳情も受けていた。
話を聞くと殆どの者は【婚約者より勇者の方をとった】その為無視するしかなかった。
だが、その数は50名を下らない。
どう考えても可笑しい、嫌可笑しすぎる。
普通に考えて何か可笑しい事をしている、その位は考える筈じゃ。
だが、その時の儂は「当人が勇者ソランを愛している以上仕方ないじゃないか?」と言い取り合わなかった。
何だかの影響を受けている…そう考えない理由が普通に考えて無い。
そう考えたら、儂もきっと魅了の様な事をされていたのかも知れぬ。
ソランが死んで正常になった女性からは悲痛な声が聞こえてきた。
その数は今の段階で28名、子供がいたり平民で泣き寝入りしている者もいるかも知れない、それを除いてもこれからどれだけ数が増えるか解らない。
28名の女性は復讐したいと言ったが、もうソランは死んでおる。
だから、せめてもの想いを汲んで、ソランは英雄墓地には入れず、勇者の碑に名前も刻まず、そのまま遺体を城門前に野ざらしにした。
歴史書からも名前を消し、功績も全て無かった事にする。
そんな事しか出来なかった。
こんな事では話は終わらない。
ソランの我儘に付き合いきれない貴族は、貴族籍を返上して国を去った者もいる。
それも1人や2人じゃない。
国力もその為かなり低下していた。
そりゃ当たり前の事だ、自分の息子の婚約者を寝取られ面子を潰されたら、そうもなる。
今朝がた、マリアの話を聞いたが、今は謹慎だけに留めた。
無罪放免とはいかぬが心情を考えたら出来るだけ軽い物にするしかないだろう。
これから先は恐らく、正常に戻った者がどういう行動にでるのか解らぬ。
だが、それより先にしないとならない事がある。
【神託で勇者を決める事】だ。
この国は世界が認めた勇者輩出国、ソランが亡くなった今、新しい勇者を神託によって決めなければならぬ。
そして、勇者が決まったら、その後は隣の聖教国に送り【聖剣の儀】を受けさせなければならない。
この国の司祭と枢機卿に頼み、神託の儀式を至急行う必要があった。
問題を先送りにして、【勇者神託の儀】を行う事にした。
本来なら沢山の貴族が並ぶのだが、今はまばらだが仕方が無い。
我が娘、マインは今現在、精神が可笑しくなっているが出て貰うしかない。
マリアと違い、マインは聖女でもあるのだ。
もう一人の三職(勇者 聖女 賢者)の賢者はやんわりと辞退してきた。
四職(勇者 聖女 賢者 剣聖)の剣聖は行方不明になっている。
まぁ、最悪、聖女と司祭さえいれば、神託の儀は行える。
本当に寂しい状態だが、今は仕方ない。
今の状態じゃ勇者を招いた後のパレードすら危ういかも知れぬ。
そんな状態でも、行わないという選択はとれなかった。
「司祭、祈りを捧げてくれ」
「はい国王アレフ六世様、これより私は神の声を伝えます、故にこれには国王とて文句は言わせません」
「うむ、解っておる」
司祭が神の像に跪き祈りを捧げる。
その後ろに王に聖女であるマインが同じ様に跪きその後ろに同じ様に参列した者が跪いた。
祈りを捧げていると、光の球が神像の前に降りて来た。
光の球がはじけて、セレナという文字が空中に浮かんだ。
それと同時に澄んだ声が聞こえてきた。
これが、神の声なのだと誰もが解った。
【新たな勇者は セレナ である!】
その声が聞こえると王は動揺を隠せず声をあげてしまった。
「セセセ…セレナだとおーーーっどうすれば良いのじゃーああああっあーーーっ」
だが、それ以上にマインが取り乱していた。
「セレナくん..ハァハァ、どんな顔して私は、私は会えっていうのよーーーああああああーーーーっ、聖女として肩を並べろっていうのあああああああああっーーーー!ああああーーーっハァハァ」
「マイン様が倒れた、誰か、誰か、ああっ王も倒れた、だれか運ぶのを手伝って下され」
こうして、波乱の勇者神託の儀は終わった。
報奨会議
王国の重鎮を直ぐに招集した。
その中にはセレナの実家である、スマトリア家の当主、スマトリア伯爵も居た。
スマトリア伯爵は顔は老いてまるで老人の様に思える程憔悴していた。
国王は騎士を使い、セレナの場所を特定し使いを出していた。
重鎮を集めたのは、勇者セレナの待遇をどうするか決めなくてはならない。
恐らく、騎士が戻るまでそれ程の期日は無い。
召へいしました、待遇はまだ決まらないでは済まされない。
本来なら、僅かな金子(きんす)を渡して、手柄次第では爵位、姫との婚約、その辺りの条件で良い。
そこからは《手柄次第ではどんな願いも叶える》それで良いのだ。
だが、セレナの場合は【追放されるまで伯爵家】【商才にもたけ財産も既に持っていた】【王族であるマリアと婚姻が決まっていた】
しかも、マリアと結婚した後は新たな家を興し、そこの初代当主になる予定もあった。
その時には王族の婚姻相手だからと伯爵位の授与とユリにゆかりのある紋章を授ける事すら決まっていた。
つまり、取り上げなければ、元から全て手にしていたのだ。
「持っていた物を全て返すべきだ」
「待ちたまえ! セレナ殿は不当な扱いで全て失ったのだ、それらは元から彼が持っていた物だ、他にそれに追する恩賞を渡すべきだ」
「具体的に何を渡せば良いのというのだ?」
「元が伯爵なのだから、最低で侯爵、可能なら公爵の爵位は必要では無いのかね?」
「待て、待て幾ら何でも公爵は無いだろう、実質王族につぐ地位だ」
「だが、平民であっても勇者になれば爵位が貰えるのだ、元から伯爵なら2つ位があがっただけだ、平民のソランが勇者になり活躍したからと伯爵になったのだ当たり前の事では無いか?」
「待て、ソランの時は皆が可笑しかった、参考には出来ない」
結局、位についてはいったん保留となった。
続いてお金について話し合うもこれも難航していた。
「金貨1万枚(日本円で10億円くらい)、そんなふざけた事を言うな」
「ですが、セレナ殿は商会を持っていた、払っていた税金からして、既に年間金貨3千枚(約3億)の収入があった、そう考えるならあのまま王国に居れば、金貨4万枚以上稼いでいた可能性が高い、少ない位だ」
これについても決まらない。
この時点での方針では【爵位は侯爵以上】【金貨は1万枚以上】それは最低限必要と言う事だ。
だが、一番の問題は婚姻相手だ。
「それこそ、相思相愛だったマリア様を返してやれば良いのでは無いか?」
「コホン、無礼を承知で言わせれ貰う、元王族とはいえ子持ちの中年女では報奨ではなく【押し付けた】そう取られますぞ」
「ならば、他にもセレナ殿が好いていた、マイン様に、本来は決して結ばれる事が出来ない筈の妹ぎみアイナ殿をお付けすればどうかね?」
「貴殿の案が良いのは解る、聖女で元王族のマイン様、元王族で相思相愛だったマリア様…それに目に入れても可愛いとセレナ殿が愛していた妹ぎみのアイナ、更に、親友だった賢者のリオナ殿まで考えれば一見問題無い、だが無礼を承知で言うが、彼女達は全員30過ぎの子持ち女だ! しかも手を付けたのは、ソランなんだぞ、私が同じ立場なら【おさがり】を貰った気になるが他の方はどう思う?」
「ならば、どうだソランが婚姻していた者全部をそのまま渡すと言うのは?」
「それこそ、ギルダー卿がいう様なおさがりではないか?」
幾ら話し合っても話が進まない。
傍で護衛している騎士が手をあげた。
「何だね君は」
「私は一介の騎士です…ですから発言権は無いですが、意見が述べたいのです」
「本来は許されぬが、今回の話は先が見えぬ、意見があるなら聞こう」
国王が認めた。
「では、失礼ながら王族や貴族の婚姻は一般的に未通女、処女が前提の筈です、それ以外の場合は綺麗な女性で若くても【持参金つき】になるのが当たり前だと思います、皆さまそこをお忘れでは無いでしょうか?」
「ああっその通りだ、意見感謝する」
「いえ」
「ならば、マリア様達の事は一旦保留にして、不敬を承知で言わせて貰えば、セレナ殿が欲しいと言われるなら側室にでもすれば良い、別に若くて綺麗な正室になる女性を考えれば良い」
「おいっ」
「ああ、不味いな!」
王を含む貴族の全員が気がついてしまった。
この国の美形の女性の多くはソランのお手付きばかりだ。
お手付きでない、貴族の女性は幼い者も含み、ソランの子が多い。
特に、11歳~14歳までの器量の良い子の多くはソランの子が多い。
幾ら考えても美しいと言われる少女の多くはソランの関係した物が多く、更にあの鬼畜なソランは実の子にすら手を出していた。
そうこの国にはセレナに差し出せる様な美女や美少女は居ない事になる。
「最悪、儂が頭をさげて帝国か聖教国から養女を貰うしかない」
「国王様、御恐れながら、その辺りでもソランの血脈を考えねばなりません」
「そこ迄手を出していたのか?」
「流石に少ないですが、ゼロではありません」
「そうか…」
話が長引くなかロックワーク伯爵が言い出した。
「あのよ、恐ろしい事だし、不敬だが今考えてしまったんだ…そもそも、ソラン関係者を生かしておいて良いのか? 当人にその気は無くても、ソランの身内だ、ソランがやった事は国の乗っ取りとも考えられる」
「流石に今回の事で罰するのは酷じゃないかね」
「いや、それもあるが…重要なのはセレナ殿の気持ちだ、ソランを憎んでいない訳が無い、そしてこの国に来て目にするのは、ソランの女と化していた女達とその子供達なんだぜ、救おうなんて気無くなるんじゃないか? ならば、今ならソランの関係者として処罰する事ができる、死刑とは言わないが国外追放するべきなので無いか?」
最悪の考えだが…無いとは誰も言えなかった。
「息子を勇者等にしないで、我々だけで魔族と戦う、そういう考えは無理でしょうか?」
「スマトリア伯爵、それはどういう事だね」
「息子はこの国を去る際に顔に✕の斬り込みを入れ、誰も信じない、誰も愛さない、そう言っていました、それをマリア様に宣言し家族にも宣言して出て行きました…正常な今なら解る、全てに息子は裏切られ【人の社会と決別】したのです、噂では何処の国にも行かずに洞窟でまるで魔物の様な生活をしていると、様子見を頼んだ冒険者が言っていました」
「その様な事が…」
「はい、かって命より大切と言っていたアイナにすら敵意を向けていましたから、ソランへの憎しみは計り知れません」
「だが、我が国は勇者が必要なのだ」
「ですが、憎んでいる国を助ける…そんな事を誰が出来るのでしょうか」
会議は数日に渡るが結論は出なかった。
そんな折、使いに出した騎士が帰ってきた。
片手を無くし瀕死の状態で…
話は更に最悪の事態へと進む。
せめて騎士らしく
騎士隊の隊長リチャードは顔は青ざめた状態で立っていた。
本来なら、王や国の重鎮がいる部屋に入る為には帯剣は許されない。
だが、王や重鎮の前に帯剣で入る事を、王宮騎士団団長が許した。
「王の部屋に帯剣で入るなど、決して許されぬ」
「俺が許した、もしリチャードに咎があるなら、俺が受けるから許してやってくれないか?」
全ての騎士の統括を任されている、王宮騎士団団長のジェイクがそう言い切った。
しかもどう見ても、リチャードは片手を無くした状態で、簡単な治療だけを施したのだろう、傷口からは血が流れている。
その様子はどう見ても目に光を宿していない。
光も無く、何処までも暗い目をしていた。
「それで、セレナ殿は連れてこれたのか?」
誰もが失敗した事は解っていた。
此処にセレナがいない。
その事が任務の失敗を物語っている。
国王であるアレフ六世は話を経緯を聞いた。
「下がって良いぞ、腕の治療は王宮の治療師に頼むが良い、おって褒美をとらせよう」
だが、リチャードは下がらない、リチャードが目くばせすると樽を二つ、他の騎士が持ってきた。
その二人の騎士は暗い顔をしている。
その目には涙を流した後があった。
「もし、お許し頂けるなら、褒美を二つ頂きたく思います」
時は少し遡る。
リチャードは国に戻ると家族の元に帰った。
任務中の騎士が私用で家に帰る等許されない。
ましては今回は一時を争う様な事態だ…だが騎士達は誰も咎めない。
「貴方、その腕はどうされたのですか?」
「ああっ、任務中にちょっとな…」
「それで、いったい貴方どうしたの、何かあったんじゃないの?」
「ああっ」
リチャードの顔は青かった、腕を斬り落とし貧血になっているだけじゃない。
今迄の経緯を妻と子に話した。
「まったく、騎士の妻になんてなる物じゃありませんね、私も騎士の妻覚悟は出来ていますわ」
「僕もお父さんの子供に生まれた時から覚悟は出来ています、世界を救うために僕の首が必要ならどうぞ」
二人は真っすぐにリチャードの目を見て答えた。
リチャードは泣きながら家族の首を跳ねた。
少しでも苦痛が無い様にまさに神速のスピードで剣を振るった。
リチャードが剣を納めた時には二つの首が床に落ちた。
「許してくれとは言わない、もし死後の世界があるなら、死んだ後も償いの道を歩もう」
そう言うと部下に首を樽に詰めさせた。
「何と無礼な」
「良い、言ってみよ」
その声を聴くとリチャードは言った。
「この樽二つをお持ち頂ければ、セレナ殿を此処まで連れて来れる筈です、全てが終わった後にこの樽に入った家族と一緒に私も弔って下さい」
「おい、何をいっておるのだ…」
王が声を掛けた瞬間リチャードは剣を抜いた。
「王の御前で剣を抜いた事をお許し下さい」
そう言うと、リチャードは首に剣を宛がい力強く一気に引いた。
「ジェイク様、後は頼みました」
「ああっ」
首から一気に血が噴き出しそのままリチャードは冷たくなっていった。
その目は憎しみは何も見えず、見ようによっては笑顔に見えた。
「リチャード…済まない」
王はその服が血で汚れる事も厭わずにリチャードの遺体を抱きしめた。
「すまない、本当にすまぬ…そして最大の感謝をする」
そう言うとジェイクに声を掛けた。
「騎士が、その命を賭けて、セレナ殿を招いたのだ、必ずやこの場所にセレナ殿を連れてくるのだ」
「王よジェイク、この命に代えても連れて参ります」
「ああっ、この英雄の首も持参して必ずや頼む」
「はっ」
リチャードは死ぬ必要は無かった。
セレナが欲したのは【家族の命】だけなのだから…
リチャードは家族を愛していた。
だが、騎士として生きて来た彼には【世界の平和】と【家族】を天秤に掛け、家族を選ぶ事が出来なかった。
命より大切な家族…
それでも騎士として生きてきた彼には【家族】を選べなかった。
リチャードの行為はやがて物語になり、三人の首と体は役目を果たした後、騎士でありながら英雄墓地へと弔われた。
そしてやがて物語として語られるようになった。
マイン
私の名前はマイン。
聖女でこの国の第一王女、ソランが死んだ事で継承権は私に戻りこのままだと女王になるか、私と結婚した者が王になる可能性が高い。
否定したら私の息子の王子が王になる。
だが、私にはそんな事よりセレナが心配で仕方が無かった。
私が…私のせいでセレナが不幸になった。
セレナは私にとって弟の様な者だった。
ううん、多分今思えば、一番大事な男性だった。
だけど、【弟のような存在】と自分に言い聞かせた。
私は王家の第一王女に産まれたから婚姻の自由は無い。
もし私に自由があればマリアとセレナをとり合ったかも知れない。
だが、私にはその自由が無かった。
第一王女で聖女である私は、勇者ソランと結婚しなくちゃならなかった。
直ぐに婚約が決まったが…ソランは浮気三昧。
更に言うなら、最初に妊娠したのは私ではなく貴族の娘だった。
正室の私でなく、先に妊娠したのは男爵の娘、それなのに周りは文句も言わずにその男爵の娘のキャサリンは側室になった。
私はこの頃良く泣いていた記憶がある。
私はソランなんて好きでは無い。
なのに頭が可笑しくなったのかも知れない、嫌いな相手なのに浮気されると辛い。
何時も何故か泣いていた。
そんな私を見かねたセレナがソランを注意してくれた。
「将来の王で勇者の貴方が、聖女で第一王女のマイン様を愛さずにどうするのですか?」
大きく揉めない様に注意を促してくれていた。
だが、それが続くとソランは徐々にセレナが鬱陶しくなったようだった。
そして最初の事件が起きた。
いつもの様にセレナが注意をすると…
「そうか、俺がマインを抱かないのが悪い、お前はそう言うのだな」
そう言うとソランは私のドレスを破りそのまま犯した。
場所は社交界のパーティー会場、大勢の貴族の子息、子女がいるまで。
「やめて下さい、お願い、せめて人が居ない場所でいやぁーーーーっ」
セレナが助けに入ってくれたが
「なんで騎士が…」
騎士に押さえつけられて動けない。
「止めさせなさい」
命令を出しても騎士も貴族もだれも動かなかった。
だが、可笑しい…
無理やり抱かれていて、悍ましい行為をされているのに…数分もたつと私は自分から求める様にソランに口づけをし腰を振っていた。
多分、あれが勇者の魅了の力だったのかも知れない。
自分からソランの物を咥え…女としての尊厳は一瞬でなくなった。
王女で王位継承者の私がまるで娼婦のように振舞った。
あははははははーーーーっこれが私の大切な初めてだった。
大好きな人が無理やり押さえつけられているその前で…自分から喜んで腰を振る娼婦の様な私。
正気になった私は思い出すたびに吐き気がする。
セレナはさぞ絶望した…そう思う。
普通であれば、如何に婚約していようが婚姻前に王女を抱く事は出来ない。
それなのにソランはお咎め無し…
逆にセレナは第二王女の婚約者の癖に第一王女に手を出したとして厳罰を受けた。
周りの人間も全員がソランを支持しセレナを陥れていた。
自分でも狂っていたとしか思えない。
父である王に
「セレナに言い寄られて困っている」
「セレナに犯されそうになったのをソランに助けられた」
「万が一セレナに犯されたら困るから、自分からソランと契った」
嘘ばかり私は並べ立てていた。
うふふふふふふっーーあはははっ何をやっていたのよ私。
それからはソランは、ワザとセレナがいる時を狙って私を沢山の人間の前で犯していた。
私とソランは婚約者だ、セレナは止める事など出来ない。
最悪な事をしているし、正気に戻った今の私には穢らわしい記憶しか無い。
だが、王である父が何故か許してしまったから対外的には【勇者と聖女の愛の営み】【王女と未来の王の愛の営み】だ誰も文句は言えない。
貴族であるセレナにはただ見ている事しか出来ない。
今だからこそ解る…あの時のセレナは悲しそうに私を見ていた。
今の私ならあの顔のセレナに笑って貰えるなら…国すら捨てる覚悟はある。
だが、これだけでも最低なのに、私は、更に取り返しのつかない最低な事をした。
「なぁ、マイン、俺、マリアも抱きたいんだけど?」
本当に頭が可笑しかったんだと思う…
目に入れても痛くない程可愛かった妹マリア…
大事な最愛の弟のようなセレナの想い人。
それを私はソランに差し出した。
何故そこまでソランの言いなりになっていたか解らない。
夜中に話があるとマリアを自分の部屋に呼び出した。
部屋に来たマリアを私はソランと押さえつけた。
「いやいやーーーーっ姉さまやめてーーーっ」
マリアは涙ぐんでいた。
「不味い、舌を噛みそうだ」
私は毛布をマリアに噛ませた。
「ふうんぐっーーーいやーーっセレナ、セレナーー助けて」
「うるせい、もしお前が俺に抱かれないなら、そのセレナを殺すし、俺は魔族と戦うのを辞めて国から出て行くぞ」
マリアも王族だ…魔族の討伐を引き合いに出されたら拒めない。
ましてセレナまで大変な事になるとなれば諦めるしかなかったのだろう。
まるで人形の様に反応しないで抱かれていた。
「好きなだけ…だき..なさい」
そう言いながら泣いていた…
「何だ、人形のようでつまんねー」
そう言いながらソランは抱いていたが…
直ぐにマリアは自分から腰を振り、「んぐっ」唇を貪っていた。
多分、これが勇者のみが持つ「魅了」の力なのだろう…
殆ど洗脳に近い。
勇者ソランが死んで、私は正常になったのだろう。
とんでもない罪の意識が流れ込んできた。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっハァハァ、嫌いやいやーーーーーーっ」
頭の中に過去の記憶が走馬灯の様に流れ込んできた。
セレナの前で抱かれている自分の姿。
泣いていた妹を押さえつけソランに抱かせた私。
そして最悪なのは、マリアを巻き込んでソランと三人で如何わしい行為をセレナに見せつけていた私。
ガチャン…グラスを割って手にガラスが刺さった。
だがお構い無しに私は握り続ける。
そうしないと私は正気を失ってしまうかも知れない。
私は自分の息子に毒を盛るようにメイドに命じた。
ソランの間に産まれた子等要らない。
顔を見た途端、憎悪以外の感情は浮かばなった。
次期女王候補には、こういう事を簡単に行う闇メイドがいるから簡単だ。
私はセレナに何を返せば償いになるのだろうか?
美姫と呼ばれた私も今や37歳美貌も曇ってきている。
しかも子供まで産んだこの体…
幾度となく汚された体は捨てられる物なら捨ててしまいたい位で価値が無い。
いっそ死んでしまおうか?
そう思うが…償いもしないで死ぬわけにはいかない。
そう、私がセレナに与えられるのは…この国を与える事、そんな事しか思い浮かばない。
何も食べたくない…この体が汚く思えて、何か食べても吐いてしまう。
そんななか【勇者神託の儀】を行う事になった。
勇者なんて…クズ。
私は信仰すらもう薄れている。
ソランを勇者に選んだ神も…クズ。
どうでも良いわ…そんな物。
だが、ソランが死んだ以上、行わなければならない。
誰が選ばれても構わない…なんなら死んでしまってももう良いわ。
私も勇者もね…
世界なんてどうでも良い。
司祭が神の像に跪き祈りを捧げる。
王の後ろに私は跪いた。
司祭が、祈りを捧げていると、光の球が神像の前に降りて来た。
光の球がはじけて、セレナという文字が空中に浮かんだ。
それと同時に澄んだ声が聞こえてきた。
【新たな勇者は セレナ である!】
「セレナくん..ハァハァ、どんな顔して私は、私は会えっていうのよーーーああああああーーーーっ、聖女として肩を並べろっていうのあああああああああっーーーー!ああああーーーっハァハァ」
私は彼を沢山傷つけてしまった。
そして彼の最愛の恋人のマリアを奪うのに力を貸した。
「ハァハァ」
苦しい…そんな私が…どうして彼の横で杖を振るえるというの…
「ハァハァハァ 苦しい」
私は苦しさから意識を手放した。
ジェイクの誤算
ジェイクは自分の部下10名と王族用の馬車を用意してセレナの元に向った。
リチャードが自分の命と家族の命を賭け手にしたチャンス逃す訳にはいかない。
リチャードが戻って来るのに要した時間は3日間。
王命を受けすぐに出たが時間としてはギリギリだ。
聞いた話では、世捨て人の様な生活をしていた様だから、必要と考えられる全ての物を馬車に詰め込んだ。
恐らく、その様な生活であれば、金子(きんす)より食べ物や衣服の方が価値があるだろう。
そう考え、豪華な食材などを中心に用意した。
部下であったリチャードについて考えた。
地味で目立たないが職務に忠実なある意味【一番騎士】らしい人物だった。
腕を無くすと言う事は【騎士でなくなる】という事だ。
両手剣を使えない時点で名ばかりの騎士になる可能性が高い。
片手でも強いなんて人物は、歴史上の剣豪にしかいない。
ましてリチャードはもう齢だ、此処から片手剣のみで強くなる事等叶わないだろう。
片手を失ったら、騎士でありながら戦えない騎士となる。
王は慈悲深いから、首にはならぬが残りの人生は事務方となる。
つまり、彼奴はあの短時間で、自分の未来を捨てた事になる。
そして、国に帰ってからは、家族を手に掛けた。
【非人道的】そういう奴もいるかも知れないが…
なら、どうすると言うのだ…それしか勇者を繋ぎとめる方法が無いのなら。
彼奴は結局、自分を捨て、家族を捨て国の為に生きた。
そんな人間からバトンを渡された俺は失敗等許される訳が無い。
だが、大丈夫なのだろうか?
リチャードが命を賭して手にしたのは【王国に来て貰う約束だ】
【勇者として戦う】約束では無い。
あくまで城まで来る約束だ。
どう考えても恨んでいる。
いや、俺がセレナの立場で恨まないか…そう言われれば必ず恨む。
そして、絶望して国を嫌うだろう。
もし、彼が帝国か聖教国にいき幸せにその後なっていたら違うかも知れない。
だが、報告を聞いた限りでは【世捨て人】になっていた。
恐らくは、人その物が嫌いになったのだろう。
そんな人間が果たして人を救うだろうか?
どう考えても無理だ。
俺はあくまで騎士の長にしか過ぎない。
連れ帰った後の事は王や貴族の考える事だ…俺の考える事じゃない。
セレナの住む洞窟についた。
「これが、セレナの住む洞窟なのか? どう見てもゴブリンの巣にしか見えないぞ…間違いでは無いのか?」
「ジェイク様、前の時は私も同行しました、此処で間違いはありません」
本当に只の洞窟だった。
外に焚火の跡があるが、ただそれだけだ。
冒険者の野営だって、もう少し何かあるだろう。
此処には何も無い、只の焚火の跡と獣の骨。
事前に情報が無く此処に来たなら間違いなく魔物の巣、そう判断するだろう。
俺が見ていると奥から、本当にみすぼらしい男が出て来た。
一番近い言葉は、人間がゴブリンになるとこうなる、そういう姿だった。
王都のスラムの住民だってもう少しましだ。
だが、この男からは更に腐臭に近い物が漂ってきた。
そして、目が腐った様に曇っている。
この様な目をした人間を見た事が無い…バスチール牢獄の囚人すらこんな目をしていない。
騎士である俺は目を見る癖がある。
光も無く、見ているとただただ鬱になり相手の技量すら解らない。
「約束の7日目だ…あの騎士の腕の駄賃だ、話を聞こう」
焚火の近くによく見ると人間の手の様な骨があった。
《まさか、此奴リチャードの腕を食ったのか》
「なんだ、その目は…流石に人は食わぬ、ただ火にくべた後に獲物をとるエサにした、それは残骸だ」
「貴様リチャードの手を、騎士の手を」
「貰った物をどうするかは自由の筈だ、その対価に此処にいる」
「貴様ーーーっ」
濁った眼でセレナは見つめていた。
「何度もいう…斬りたければ斬れ、構わぬと言っておる」
解ってしまった。
此奴は生きている事すら、もうどうでも良いんだ。
絶望し、愛する者に裏切られ、全てを失った。
もう、死ぬ事すら怖くない。
セレナ殿が王都に居た時は騎士をも上回る剣士だった。
勇者等とは流石に比べられないが一流の強者だった。
もし、俺と戦えば必ず俺が勝つとは言い切れない程の猛者だった。
逆を返せば、そこ迄の人物では無ければ王族の婚約者等に成れない。
そんな人物が無防備で立っている。
俺でなくても騎士であれば今のセレナなら楽に斬れそうにしか見えない。
昔し変なカードゲームで【王に勝てるのが貧民】そんなゲームがあった。
貧民は何も持たないから、王に勝てるという変なルールだった。
俺はあのゲームに違和感を感じていたが…今解った。
多分、あのゲームを作った人間は、今のセレナの様な状態の人間を見た事があるのだ。
貧民街やスラムの人間でなく、今のセレナなら、王に勝てる。
命すら要らない人間なら王の命令等怖くない。
まして市民でも無く、何処の国も領地にしないこんな森に住むのであれば、誰が彼に命令が出来よう。
そういう事だったのだ…俺は今本当の【何も持たない貧民】を見た。
リチャードが俺にチャンスをくれて良かった。
あれが無ければ、此奴を王国に連れていくだけでもう無理だろう。
「ああ、すまない、話を聞いてくれ」
「勝手に話すが良い…」
「まずはこれを見て欲しい」
俺は樽をあけ、三つの首を見せた。
「これがどうかしたのか?」
「セレナ殿は、リチャードが妻と子供を殺せば【城まで来る】そう言った筈だ」
「この首を持ってきたのはお前だな」
濁った眼が俺をただ見つめてきた。
闇に吸い込まれそうな程の恐怖が俺に走った。
恐らく、此奴は弱い、昔と違って手足が細くなっていてあばらも見える程やせ細っている。
だが不気味な怖さがある。
「そうだ、リチャードは約束を果たしたんだ、セレナ殿には城に来て貰う」
「誰が約束を守ったというのだ?」
「リチャードが守っただろう」
「そこの首の騎士か?」
「ああ、そうだ騎士が自分の死、家族の死を持って守った約束…たがえる事は許さん」
「守ってない」
「何を言い出すんだ、卑怯者」
「守って無いと言っておる」
「嘘つくんじゃねー、貴様殺すぞ」
事情は解らんでもないが、命を課した約束をたがえる事は許せなかった。
「殺すのは構わんが、そこの騎士、もし頭が鳥で無いなら、俺が言った事を思い出せ」
「何を思い出せというのだ」
騎士は怒りの目でセレナを見たが、セレナはその腐った様に濁った眼を逸らさない。
1人の騎士が手を挙げた。
彼は情報関係の仕事をしていた騎士だった。
その為、記録水晶を持っていた。
重要な話なので、あとでセレナに言ってないと言わせない為にこっそり記録をとっていたのだ。
「私がその時の会話を記録しております」
怯むことなくセレナは言い返す。
「ならば、その会話を聞かせてみよ」
騎士は記録水晶を掲げる。
すると水晶から声が聞こえてきた。
水晶には映像もあるが、小さく覗かないと見えない。
ジェイクは水晶を覗いているが…声は他の騎士にも聞こえている。
【記録水晶から】
「何でも言う事を聞く、だから同行してくれぬか?」
「何でも聞くのだな? お前に家族は居るのか?」
「ああっ、妻と子供がいる」
「ならば、その二人の首を持ってくるのだ、持ってきたら城まで行ってやろう」
「お前は狂っている」
「ああ、そうかも知れぬ、知っている…だからこそ何処の国の物でも無い此処で暮らしておる…私は人間が嫌いなのだ、故に王に等会いたくはない、放って置いてくれ…」
【終わり】
「これの何処が約束をたがえた事になるのだ」
周りの騎士は気がついてしまった。
【約束を守っていない事に】
「その三つの首を持ってきたのはだれだ?」
「俺だ…?」
「気がついたか? 私は【その二人の首を持ってくるのだ、持ってきたら城まで行ってやろう】そう約束した、その騎士は首を持って来るどころか死んでいるではないか?」
「だが、此奴は死を賭して…」
「そんなの解らんよ…私を城に来させる為に、誰かが殺して持ってきたともとれる」
「そんな事する訳が無い、此奴は俺の部下だ」
「人など信じぬよ、俺を裏切った奴が誰か考えろ、俺はだれも信じぬ」
駄目だ、セレナは誰も信じない、そんな人間に騎士の絆など幾ら語ろうが無駄だ。
だが、どうすれば良い、王はリチャードに心から感謝し【英雄墓地に祭る】そう言っていた。
貴族も美談として話していたから、もう噂はあちこちで広まっている。
俺も本来は王の前に帯剣させる等、無茶をした。
最早、リチャードの話は美談で終わらせるしかない…
それじゃ、その上でセレナを連れ帰れない俺は….どうすれば良いのだろう…
最早、絶望しかない。
リチャード、お前は…良い騎士だった、だが詰めが甘かった。
俺は…
「そちらの間違いだったのは明白、約束の7日間は待った、それじゃぁな」
「待て、何処に行かれると言うのだ!」
「約束の期間は待った、何処に行くのも勝手な筈だ」
「頼む、いや頼みます、今暫く此処に留まってくれませんか?」
「それで代償は」
「いや、少し考えさせてくれ」
「お前はあの馬鹿な騎士にも劣るようだな」
「貴様、ジェイク様を愚弄」
「良い、今考える…そうだ、この剣、魔剣エグゾーダス、これで1週間待ってくれ」
「ジェイク様、それは」
「我が家の家宝だ…それは三代前の王から祖父が下賜された物だ、今の俺にとっては命の次に大切な物だ」
「魔剣エグゾーダス、聖剣の次に強いとされる、人類が作った最強の剣…ならばまた7日間此処で待とう」
背に腹は変えられない、あとで屋敷でも奴隷でも何で差し出して買い戻せば良い。
勇者なのだから聖剣が手に入れば無用になる。
「助かる」
セレナは手渡されたエグゾーダスを抜き岩を中途まで斬った。
岩を斬るなんてやっぱり揉めなくて良かった。
昔の剣技は健在…そして勇者の力も間違いなく宿っている。
俺ではあそこ迄使いこなせない。
だが、何で岩の中途に刺さったままにするのだ。
嫌な予感がした。
セレナは軽く飛び上がり岩に刺さったエグゾーダスに蹴りを放った。
その瞬間にエグゾーダスは折れてしまった。
馬鹿な、エグゾーダスはミスリルにアドマンタイトを混ぜて作られた不破の剣だぞ。
破壊するには聖剣で斬るしかないとまで言われた物だ。
それを岩に刺して折るなど…化け物…いや流石は勇者という事だ。
だが…俺は。
「あああっ、俺のエグゾーダスが」
「お前はこれが命の次に大切だと言った、前の騎士は馬鹿だったが俺の気持ちを解って【自分の命と命より大切な物を差し出した】こんな物は対価にならない、だが特別に7日間待つ、これが最後のチャンスだと思え」
「あああああっ」
「時間が無い…早く出て行かなくて良いのか?」
最早どうする事も出来ない。
この大失態をどうすれば良いのだ…
俺にはもうどうして良いか解らない
ある子供の死
「お前、よくも今迄やってくれたな?」
複数の少年が一人の少年に暴力を振るっていた。
その少年は、見方によっては美男子かも知れない。
普通に考えれば、こうも一方的に嫌われる事は無い。
だが、今の彼に助けは来ない。
【何故、僕が虐められなくちゃいけないんだ】
彼はそう思っているだろう。
「止めろ、フォルダ」
「お前さぁ、なんで男爵の子供のお前が、俺に命令している訳」
「何だと! 俺に逆らうとどうなるか解っているのか」
「俺が許すから、此奴ひん剥いてボコれ!」
「フォルダ様がそう言うならやっちゃいましょう」
「俺も此奴ムカついていたんですよね…それじゃ足りないな」
「俺、ファイヤーボールを覚えたんで的にしていいすか?」
「今日から此奴は玩具にして良いぞ、なぁニール? おまえさぁ仕方ねーよな? 身分が低い癖に俺が頼んでも言う事聞かないで、俺の婚約者を傷物にしたんだからな」
まぁ、本当はそんな生優しい物じゃ済まさないがな。
「だが、それは話が付いた筈じゃないか」
「ついてねーよ! お前が終わったと思っただけだろうが、良いか貴族社会じゃ【婚約者には手を出さない】と言うちゃんとしたルールがあるんだぜ、王族だって守っている事だ、それでもどうしてもという事ならちゃんと家同士で話し合って婚約を解消してからだ、それを破ればどうなっても文句は言えねーんだよ」
「だが、それは彼女だって同意だ」
その言葉が余計に苛立たせた。
「無理やりだったそうじゃねーか…まぁ良い、お前等、気が変わった、謝らないんじゃ仕方ないな、ニールこれから俺たち全員と決闘だ」
そう言うとフォルダは手袋をニールに投げた。
「おい、まさか本当に決闘するのか?」
「もう手袋は投げたぞ..行くぞ」
「お前は上級生じゃないか…卑怯だぞ」
「関係ない、これは決闘だ」
決闘は貴族であれば騎士爵でも持っている権利だ。
勿論、子供ですら持っているが、普通はまずしない。
学園は貴族同士が将来揉める事なく、仲良くする為の土台としてある。
将来、貴族同士だから揉める事もある。
だが、一時であっても一緒に過ごしたことあれが争いは回避できるかも知れない。
そういう良好な関係を作る意味もある。
だから、こんな事は普通は起きない。
だが…いま現在は起きている。
フォルダは剣を抜き、素早く斬りかかると剣でニールの耳を削いだ。
「うわぁぁぁぁ痛い、やめてくれーっ」
「止めてじゃねーんだよ、やめて欲しければちゃんと言うんだ」
「ハァハァ…この決闘は僕の負け…です」
「それで? お前の命を幾らで払い戻すんだ?」
これは決闘法に則った正規のルールだ。
決闘に負けると言う事は【殺されても文句は言えない】。
だが、負けを認めて降参して、自分の命を買う事も出来る。
「金貨5枚…」
「足りないな、お前ふざけているのか? 俺は侯爵家でお前が傷物にしてくれたロザリアは伯爵家だぞ? そんなはした金で済ます訳?」
「お金は持ってないんだ」
「それじゃ終わらないな」
勿論、赦すかどうかは勝者が決める。
結局ニールは両耳を失い右目を失った所でこの決闘は終わった。
「ほら、ニール金貨5枚で良いぞ…ちゃんと言え」
「僕の負けですーーーーっ助けてーーーっ下さい」
「良いぜ、じゃぁな」
俺は金貨5枚を受取り終わりにした。
次が待っているからな。
「ハァハァ…医者を呼んでくれ、誰か助けてくれーーーーーーっ」
だが誰もニールには手を貸さない。
寧ろ周りの人間は冷たい目で彼を睨んでいる。
「悪いなニール君、今度は僕が君に決闘を申し込むよ」
「そんな、こんな状態の僕に決闘、ハァハァなんて卑怯だ」
「煩い」
そう言い、その少年も手袋を投げた。
結局ニールはその日12人の学生に決闘を挑まれ、最後には絶命した。
普通に考えたらどう見てもフォルダが悪役だだが…これにはこうなる理由があった。
【時は少し遡る】
「頼むから、ニール俺の婚約者に構わないでくれ」
「僕はお父様に似て美形だからね、女の子が放っておいてくれないのさぁ」
「そんな訳あるか..俺とロザリアは婚約者で、そこには家同士の付き合いもある、ただの恋愛だけの話じゃないんだ」
「モテない男は嫌だね…そんなの僕には関係ない」
「ふざけるな、婚約者には手を出さない、貴族としてのマナーだ」
「知らないな…だが良いのか? 僕は勇者ソランの息子だ、そして母様は男爵だが側室だぞ…お父様かお母さまに言いつけてもいいんだぜ…フォルダに虐められたってな」
「俺は、真面な事しか言ってない」
「世の中はどう判断するのだろうね」
結局、勇者であるソランから話がいき、勇者の子供に危害を加えようとしたとされ…俺は停学2週間となった。
幾ら俺が貴族法に則り話をしても教師は聞いてもくれなかった。
そして、俺が復学した時にはロザリアは居なかった。
俺の取り巻きやロザリアの親友に話を聞いた。
「すまない、俺じゃ助けられなかった」
「悔しい、本当に悔しい…だけど勇者と側室相手じゃ…親友があんな目にあったのに…ごめん」
俺が停学になって直ぐにニールは夜這いを掛けた。
そして無理やり…事に及んだ。
誰が見てもロザリアが拒んだのが解ったそうだ。
衣服は乱れ、体は痣だらけで顔は殴られたせいか腫れていたらしい。
こうなってはもう婚約は自動的に破棄になる。
俺がどんなにロザリアが好きで婚姻を求めても、侯爵家である以上無理だ。
そこを押して無理やり結婚しても社交界で「傷物で嫁いだ」と噂され一生笑い物の人生しかない。
だから、どんなに愛おしくても俺から身を引くしかない。
ニールの勝ちだ。
【俺から此処までして奪ったんだ、結婚して大切にしてくれ】
勇者ソランは嫌いだが、女にだらしないが責任をとり、そして傍に居る女は皆が幸せだと聞いた。
ニールも同じだろう…そう思った。
直ぐに俺の所に婚約破棄の手紙が来た。
そして、ロザリアは神の元シスターになるという話も書かれていた。
理由はもう解った…これは婚姻前に汚された女性で、その汚した相手が婚姻に相応しくない、もしくは婚姻を断った時の話に多い。
つまり、ロザリアはニールにとってその程度の人間、つまり遊び半分だった。
そう言う事だ…
勇者の息子のせいか、俺の実家やロザリアの実家が話しても王家は動かなかった。
貴族の権利、裁判すら認められなかった。
誰も復讐してくれないなら俺がやるしかない…そう思ったら、同じような目にあった奴が沢山いた。
何時か、同じ戦場であったら、もし研修でパーティーを組みチャンスがあったら、後ろから刺し殺そう、そう仲間と誓った。
だが、そんなに待つ事は無かった。
【勇者ソランの戦死】【過去の功績の剥奪】【側室の権利喪失】
ニールを守っていた物は全て無くなった。
ついてないなニール。
勇者の力は遺伝しない、そしてお前はまだ実戦すらしてないガキだ。
今のお前はただのガキなんだよ…
これからお前に貴族の怖さを教えてやる。
俺は侯爵家、今この学園には公爵家も王族もいない。
地獄を見せてから…皆でなぶり殺しだ。
もし、ニールが分をわきまえていたらこの悲劇は起きなかったかも知れない。
だが父親の勇者ソランを見ていたニールには、自分が何故酷い目にあうのか、それすら解らないだろう。
その結果は、死という形になって自分に帰ってきた。
ただ、それだけだ
ジェイクの大失態
俺はとんでもない失態をしてしまった。
魔剣エグゾーダスを失ってしまった。
確かにあれは【今は俺の物】だ。
だが、聖剣など特別な物を除けば最高の剣。
世界三大名剣の一つなのだ。
ゆえに有事の際には俺の手元を離れ、別の者に貸し出される。
先の戦争の時には、剣聖に貸し出された。
今までの歴史で考えると有事の際には剣聖に貸し出される事が多い。
剣聖がこの剣を振るう事で、その力を発揮する。
この剣の力を本気で引き出せる人間は恐らく、勇者と剣聖しかいない。
勇者は、中央教会で祈る事により、神から聖剣を授かるから、この剣は剣聖専門ともいえる。
騎士の名家の当時の当主の俺の祖父が大きな大きな手柄を立てた時に望み下賜された。
それを、今回破壊されてしまった。
もう取り戻せない。
つまり、勇者パーティーに加わるかもしれない剣聖の剣を壊されてしまった。
この失態は取り戻せないだろう。
更に勇者を連れて帰れない俺は今後どんな責任を負わされるのだろうか。
正直怖くて仕方ない。
だが、あの段階で壊すなんて誰が考え付くだろうか。
普通に考えてこれ程大切な剣を壊すなんて考え付かない。
だからこそ、セレナは狂っている、そう考えられる。
だが、不破と言われる魔剣をへし折るのだから、確実に勇者の力は宿っている…
そして、俺はこの失態をありのまま話さなければならない。
時間が無さすぎるのだ。
汚名返上どころか、次こそが最後のチャンス。
対策を考えて貰う時間を1分でも多くするために素早く帰らねばならない。
「ジェイク様…」
「すまないな、完全に失態だ、どう弁解して良いのか解らない、ただ責任は俺がとる、だから心配するな」
「…すみません」
副官は掛ける言葉が無かった。
他の部下も【責任は俺がとる】その言葉を聞いてほっと安心はしている物の王命の失敗だ、幾らジェイクが責任をとると言っても飛び火は覚悟しなくてはならない。
此処に来て本格的に騎士達の士気は下がっていた。
途中、ゴブリンに教われている商隊を見かけたが今は一時が惜しい、だから、見捨てるしかない。
だが、騎士の一人が俺を見る。
明かに【行かなくていいんですか?】顔が物語っていた。
どうするか?
「すまない、先を急ぐ、カル、2人を引き連れ助けに行ってくれ」
「了解」
カルは2人を引き連れゴブリンを狩りにいった。
「討伐が終わり次第、直ぐに追いかけて来い」
カルは俺に手を振ると商隊を助けに走り出した。
俺は何をしているんだ。
ゴブリン等騎士が行けば簡単に倒せる、それを見捨てるだと…
正気を取り戻せ、冷静に判断しろ。
自分で自分が情けなくなる、こんな事も判断できなくなっているのか。
そのまま急ぎ王国を目指す。
可笑しい…何が可笑しいと言われれば解らないが何かが可笑しく感じる。
不思議な違和感があった。
だが、こんな予感だけで引き返す訳にはいかない。
今は急がなくてはならないんだ。
そのまま予感を無視して馬を駆けさせた。
この時、ジェイクが予感に対して真剣に考えていたら…
もしくは、正常な判断を下せるような状態だったら、これから起こる不幸を回避できたかも知れない。
だが、任務に失敗して落ち込むジェイクには正常な判断が出来なかった。
そのつけは…大きく彼等にのしかかって来る事になる。
暫く、道を進むと何者かがこちらを見ている気配がした。
此処まで来ると最早違和感がではない。
完全に囲まれている。
「王家の馬車だ、しかも人数が少ないぞーーーーっ」
大きな声が聞こえてきた。
魔物では無く、盗賊だった。
ジェイクはほっと胸をなでおろした。
もし、オーガ等の魔物だったらどうしようかと思っていた。
だが、盗賊だ。
確かにみた感じ人数は多く、ざっと30はいる。
だが、ジェイクにとってはそんな数は大した物では無い。
自分は王宮騎士団団長だ…甘く見られた物だ。
この位の数なら、恐れる事は無い。
敵から大きな声が聞こえた。
「王家の馬車だーーーっ、勝てば暫くは生活に困らないぞーーっ抜かるなーー」
「「「「「「おーーーっ」」」」」
盗賊が襲ってきた。
「盗賊など恐れるに足らん、騎士の誇りを見せつけてやれ、抜剣っ…?」
「「「「「「「抜剣」」」」」」」
騎士が剣を抜き馬で突進していくなか、1人だけ馬を止めた者がいた。
それは…他ならぬジェイクであった。
腰に手をやったジェイクは驚きが隠せない。
け…剣が無い。
そうだ、俺の愛剣、魔剣エグゾーダスはセレナに差し出して折られてしまった。
7騎の騎士が盗賊団に突っ込むなか、ただ一人馬を止めざる負えなかった。
その結果、ジェイクは槍で馬を突かれ、馬を死なす事になった。
ジェイクの乗る馬は白馬で、この馬も王から下賜された物であった。
馬から落とされて我に返ったジェイクは我に返り、ナイフを抜いて応戦した。
例え剣が無くともジェイクは一流だった、たかが無名の盗賊など無傷で倒せる。
だが、部下の騎士はそこ迄では無い。
ジェイクがカバーする筈だった箇所からの攻撃を受け二人が死んだ。
だが、後から二人の騎士が駆けつけてきてカバーをし、流石は騎士30人の盗賊は簡単に蹴散らし倒す事ができた。
「すみません、ジェイク様、ゴブリンの中にゴブリンジェネラルとゴブリンアーチャーがいたのでコブルを失ってしまいました」
「上位種がいたのなら騎士であっても討ち取られても仕方ない…ご苦労だった、お前は馬車で休むが良い」
怪我をしたカルから馬を取り上げ自分は馬に乗り、何とか王都にたどり着いた。
ジェイクは今回の任務で
魔剣エグゾーダスと愛馬を失い、部下を三人失った。
確実に任務としては失敗と言わざる負えないだろう。
宰相 ローゼンの戦い
俺は今、王の前で、五体投地という形でいる。
良く一般的に最大の謝罪は土下座という話があるが、本当の謝罪という意味では更にその上がある。
その謝り方こそが【五体投地】だ。
許しを請うのではない…相手の好きなようにして良い。
そう言う意味では、殺されても体を切り刻まれても構わないという覚悟を決めた謝罪。
それが五体投地だ。
(※諸説あります。)
俺は今迄の経緯を全て王に跪き話した。
こんな失態は今迄に無い。
二つと無い魔剣を失しない、名馬を失い、あまつさえ部下迄失ったのに…目的は達成できない。
そんな俺に出来る事は【全てを受け入れる】それしか出来なかった。
王を始め名だたる貴族は冷ややかに俺を見ている。
実際には数分の事だろう。
だが、俺には数時間、いや数日間此処にいる様な錯覚すら感じた。
重い口で王は口を開き…一言だけ言った。
「赦す、下がれ」
聞き間違いに違いない。
だから、俺は動かなかった。
「下がれと言ったのだ…説明が必要か?」
「はっ、もし宜しければ」
王は不機嫌そうに口を開いた。
「直ぐに勇者を連れて来る為にどうするか考えなければならぬから時間が無い、お前は今回失敗をしたが、勇者を含む四職以外なら強い騎士だ、もし勇者抜きで戦うなら必要な戦力だ、故に赦す、もし本当に反省するというのなら、この先の魔族との戦いのなかで示せ、1人でも多くの魔族を殺して示せ…以上だ、今はお前に構っている時間が惜しい、下がれ」
「はっお赦し頂き」
「とっと去るが良い」
俺の言葉を遮り、王は立ち去った。
冷静に話してこそいたが、心の底からお怒りになっていた事は解る。
だが、最悪、貴族籍と騎士団長を解かれても致し方なかった。
それが許されただけでも感謝しなくてはならない。
だが、これで俺の人生は決まってしまった。
かの物語の【罪人騎士】の様に罪を償う様に、生涯を魔族の殺戮マシーンの様に過ごさなければならない。
もう、俺には魔族との戦いの末にしか栄光は無いだろう。
【国王SIDE】
まさか、2回目まで失敗をするとは思わなかった。
セレナが怒る気持ちは良く解る。
勇者の魅了に洗脳に近い位の状態で掛かっていた。
だから、誰にもどうする事も出来なかった。
あれ程、セレナを愛していたマリアすら可笑しくなっていたのだ、誰も多分あの魅了には勝てなかっただろう。
だが、これは加害者のこちらの言い訳だ。
被害者から考えたら言い訳がましいとしか思えないだろう。
仕方ない、次が無いとしたらもう儂が行くしかないだろうな。
「皆の者、こうなっては仕方ない、儂が行く」
だが、宰相のローゼンが土下座し、ひれ伏しながらそれを止めた。
「王よそれはなりません、お願いでございますから、その様な行動をお慎み下さい」
「だが、此処まで事態がこじれては儂が行くしかないだろう」
だが、ローゼンは頑なに反対する。
「無礼を承知で言わして貰います、王が死んでしまったら、この国の王位はマイン様が継ぐ事になります、今の精神の病んだマイン様にこの国を回せるとお思いですか?」
「儂は死なぬ」
「そうでしょうか? 人類を守護する貴重な魔剣を壊す程までに世界を恨んでいるのです、かっての明るく優しいセレナ殿と違います、場合によっては王の殺害、そこ迄の事をしても可笑しくありません」
確かに、その可能性が無いとは言えぬ、だがそれ以外に方法は無いだろう。
「その可能性は否定せぬ、では誰が行くと言うのだ」
「私が行って参ります」
「其方がか?」
「この話、命に代えても纏めて参ります」
「そこ迄言うのだ、ローゼン、お前に任せるとしよう、だが今度は失敗は許されぬ解っておるな」
「はい、もし纏める事が出来ぬ時は、この地を二度と踏まない、そのつもりで行って参ります」
「ローゼン、期待しておるぞ」
「はっ、お任せ下さい」
だが、今度が最後というのであれば、今迄の経緯からその場で報奨の話までしなければならないだろう。
そう考えたら早急に、話しを纏める必要がある。
話は難航したが、今度がジェイクの話では最後のチャンスだ。
ならば、最早出し惜しみ等していられない。
私は、最大限の条件を纏めあげた。
まずは地位であるが、他国も含み公爵以上の爵位があるのかどうか調べた。
これはセレナが過去に実家から独立して伯爵の地位が確定していた。
それでは王位継承権はどうだったか考えたら、もし問題が起きなければ、あの時点の継承権は1位ソラン2位マイン様、3位はマリア様だが、恐らくマリア様は問題無くセレナと結婚していた筈だ、そう考えたらマリア様の夫のセレナが王位継承権3位の可能性が高い、マイン様は政治事が嫌いだから恐らくは押し付け…ゲフン、譲られただろう、そう考えるなら王位継承権2位だ。
その事も加味しなければいけない。
わだかまりが無ければ、マイン様とマリア様を娶って貰って次の王の約束する…そこ迄勇者になったセレナなら手が届いても可笑しくない筈だ。
だが、お二人自体がセレナを傷つけた原因だ、地位とは切り離さないとならないだろう。
勇者にならなくても王位継承権すら持っていた事も考えれば、公爵でも足りない気がする。
そこで過去に遡って、王国、聖教国、帝国を調べたら、公爵以上の地位を貰った者が居た。
帝国に大公という地位を過去に貰った者がいた。
王家から分家して貰ったらしいが、今は【公爵より上があった】それだけで良い。
随分、反対の声も上がったが、無理やり決めさせて頂いた。
次にお金だが、国から出て行く前のセレナ殿は年間金貨3千枚稼いでいた。
それに15年をかけて金貨4万5千枚(約45億円)を支払う。
それプラス、王家が持っている王都近くの良い土地を与え領主とする約束も取り付けた。
そして女性についてはマリア様、マイン様 リオナにアイナを望むのであれば側室に出来る権利を与える事とする。
特に、今迄如何なる例外であっても許されなかったアイナとの近親婚も認める事とする。
これは反対が多く難しかったが彼女たちに奴隷紋を刻む権利もつけた。
これは反対を押し切り他ならぬ王が認めてくれた。
王族である二人に逆らえなくなる、奴隷紋を刻むなど前代未聞ではあるが裏切られ続けていたセレナには【絶対に裏切らない者】でなければ好いていても受け取らない可能性も高い、と考えてのことだ。
それプラス王妃以外の女性を当人や周りの意思に関係なく5名正室もしくは側室に出来る権利も与える。
この辺りはソランの様な規格外を除けば、あり得ない好待遇だと言えると思う。
かって此処までの待遇を正式に手に入れた人物はいない。
履かせられるだけの下駄は履かせた。
これは私の戦だ。
何としても、勇者としてセレナを国に迎え入れてみせる。
出来ないときには私には死より辛い人生しか無いだろう。
スマトリア家
何を言っても無駄だ。
もう息子の事は放っておいて欲しい。
俺は心からそう思う…【勇者にしない】それが唯一彼奴に対する謝罪になる。
そんな事も解らないのか。
誰も人の心が無いのか、本当にそう思う。
息子は心が傷つき壊れている。
それなのに、俺の考えでは必死に【人を憎まないでいよう】そう思っている筈だ。
セレナは凄く優秀だ。
幾ら王女に思われていたとしても、そう簡単に婚約者などにはなれない。
当家は伯爵家、確かに貴族としては上級貴族にはなる。
だが、上には公爵家、侯爵家がいる。
普通に考えて、この婚約は考えらえないだろう。
だが、王はあっけなく、マリア様の願いを聞き、息子を婚約者に選んだ。
それは、息子の商才やその能力に目を向けたからに違いない。
貴族の息子でありながら騎士と戦っても負けない程の剣を使い。
僅かなお金を短期間で流用して多額の利益をもたらす。
彼奴なら、帝国にいっても聖教国にいっても活躍は出来る、その位の能力があるんだ。
いや、それすらも嫌なら、もっと遠くの国に行けば良い…それだけだ。
遙か遠くには【勇者の存在】も知らない国すらあると聞いた事もある。
そこまで行き、自分の才能で勝負すれば、多分彼奴なら必ず幸せを手に出来る筈だ。
つまり、彼奴があの場所で、そんな生活をしている理由は無い。
それこそ、遠くに行くだけで幸せになれるのだ、あんな場所でゴブリンみたいな生活を送っている意味は全く無い。
きっと彼奴は戦っているんだと思う。
恐らくは自分の中の憎しみと…
彼奴が人を許せるまで、今は待つしかない。
今、彼奴に必要なのは謝罪だ。
利己的な理由で無く、心からの謝罪だ。
それを行い、あとは時間が解決してくれるのを待つだけだ。
それ以上の事は今はしてはいけない。
今は謝罪以外をしてはいけない。
多分、今回の話し合いは、最悪の事態を招くかも知れない。
そんな事に誰も気がつかない。
目の前の【魔族】という恐怖のせいで魅了がとけても頭が回ってないのだ。
その証拠に誰もが息子に【謝罪】をしてない。
最初の騎士もジェイクも謝罪を一切していない。
最初の騎士はただの使い走り感覚、ジェイクは条件さえ合えば来るだろう…そんな考えで使いにいった。
もし、ジェイクが息子の為に謝罪をしたら…
王にしたように五体投地をしたら、何かが起きたかも知れない。
だが、既にもう遅い。
ここまで謝罪をしなかったのだから。
恐らくローゼン殿の交渉は破綻する。
一番大事な物…【謝罪】が欠けているからだ。
勇者が死にました→貴方なら助けられますよね→お金や報奨は幾らでも払うから助けて
こんな話で虐げられた者が許す筈がないだろう。
俺だって許さない、そんな当たり前の事に【賢王】と呼ばれた王に知将と言われたジェイクも気がつかない。
多分、洗脳に近い魅了が解けても本調子でないのかも知れない。
それが解らない時点で交渉は無理だろう。
だが、それよりも問題はある。
娘のアイナだ。
アイナは正直いえばブラコンだった。
小さい頃は「兄さま」「兄さま」とセレナを追い回し。
大人になってからも「お兄様以上の人じゃ無いと結婚は考えられません」という位のブラコンだ。
だが、それもあのソランの魅了のせいだろう…ソランの側室になり、事もあろうに、自分の行為をセレナに見せつけ罵倒していた。
今思えば、アイナは「お兄様の件は納得いきません」と言い、何度もマリア姫に抗議しソランに文句を言いに言っていたから、そこから魅了されて【そういう関係になった】のだろう。
アイナにしては大好きな兄を裏切り、卑猥な行為を見せつけた挙句、子供まで妊娠して…結局は兄の居場所を奪った。
自分を許す事は出来ないだろう。
神を俺は恨む…どうせ魅了させるなら、その効力は死んだ後も続くようにするか、記憶を奪うべきだ。
記憶を持ったまま元に戻るのでは、その後は…ただの地獄だ。
「うううっうぐううううーーーっ」
本当にそう思う。
「ううううーーーっ」
私はね、そのせいで沢山の物を失ったよ。
妻がね、家に帰って来たら…だらしなく部屋でぶら下がっていたんだ。
「ううっうううん」
寝室の天井からね、貴族の家の使用人は敵から家主を守る。
そういう仕事を得意とする者も雇っている。
その為、毒をつかったり、あっさりと死ぬ方法をしようとしても蘇生されてしまう。
だから、妻は私が忙しくて夜帰って来ない時を狙って首吊り自殺をしたんだ。
「ううっうんぐううん」
それを見た時もショックだったが、さらにショックだったのは娘のアイナがね孫のリリの首を絞めていた事だ。
リリはもう死んでいた。
これも同じく寝室でだ。
使用人が周りに居なくなるのは夜の寝室しかない。
だから、妻と同じ様に、この時間を狙ったのだろうな。
リリはアイナに似ていた、ソランには全く似てない。
父親が幾ら憎い相手でも、孫は孫、可愛いのだ。
だが、もう既にこの世にいない。
アイナは…平然と死んだような目でただ死んだリリの首を絞め続けていた。
「アイナ、お前が辛いのは解る」
顔に十字の傷をつけ、憎悪の目で別れの挨拶に来た、セレナの顔は今でも私も忘れられない。
そして、その原因の一端は我々家族にもある。
婚約者を寝取られて、その姉に暴行を加えようとしたと無罪の罪を着せられ…あまつさえ妹はその罪を着せた男と愛し合う様になり自分を罵る。
本来は味方の筈の、父である俺や母親も、相手の男の味方。
この世界に味方は誰もいない。
王や貴族は勿論、嘘だらけの触書まで流されたら、市民からも蔑まされる生活。
此処までした人間に助けを請う事が間違いだ。
本来ならセレナに頼らず、魔王や魔族と自分達で戦い。
純粋に【許しを請う】それが人として当たり前の道だ。
勇者として戦って欲しいから【謝る】それは違う。
そんな見え透いた事をしていれば、謝罪など受け入れる筈はない。
多分、勇者にセレナがならなければ、マリア様やマイン様達は解らなぬが、他の王や貴族はセレナに謝罪等しなかった筈だ。
「ううぐうううっ」
「なぁ、死のうとするはよせ」
此処は寝室で、アイナには猿轡をして手足は鍵付きの鎖でベッドに繋いである。
こうでもしないとアイナは死のうとするのを止めない。
「うぐっうううううんふぐーーーーーーっ」
「アイナ、良く聞け、今もセレナは辛い日々を送っているんだぞ? 死に逃げてどうする? 今のセレナの生き方はまるでゴブリンの様な行き方をしているそうだ」
「うーーーっ?」
「死ぬ事は逃げだ、そんなセレナを見捨てていく事になるだけなんだ」
「ううっ」
「なぁ、もう彼奴の家族は、俺とお前しかいない、リリを殺した事も俺は許そう…だがなお前や俺が死んで逃げたら彼奴はどうなるんだ? 多分一生あのままだ」
俺は猿轡を外した。
「死にたければこれ以上は止めない、だがそれは償いをせず逃げただけだ…それで良いのか、よく考えろ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーん、兄さまーーーっセレナ兄さまーーっ」
悲痛な声がこだました。
だが、一しきりアイナは泣くとポツンと言い出した。
「こんな…わたし..でも出来る事はあるのかな…」
「それはこれから一緒に考えよう」
「お父様…」
だが、どうして良いのかは俺にも解らない。
マーニャ 愛しのお父様
私は勇者であるお父様と平民の母の間に産まれた。
マーニャという娘だ。
本来なら平民なのだから、普通に働く人生しかない。
だが、私は父親が勇者様だったから学園に通う事になった。
勇者である、ソラン様に私はまだ一度も会った事は無い。
だが、母さんに沢山のお金を国が払っているから割と裕福だった。
母さんは死んでしまったが国がお金を継続してくれたから生活には困らない。
だが、私は生きているのが辛い。
お金は貰えるから平民にしては裕福だ。
だが、私は辛いの。
それは…
「あーあ、また来たのか? 平民がなんで此処に来るんだよ」
「本当に気高い血も持たない人間が来るのよ、薄汚いんだ」
「お前もう学園に来るなよ」
平民が貴族や王族が通う学園に通うんだから、嫌がらせは当たり前だよね。
だけど、義務だというんだから仕方ないよね…
机は傷だらけで悪口が書いてある。
良く殴られたり、怒鳴られたり…本当に辛い。
だけど、親すらいない私が貴族の子に逆らえるわけないじゃない…
今迄は男爵や騎士爵の子が虐められていたらしいけど…
今は私がその代わり…
他にも平民の子も居るけど、皆怖くて縮こまっているしか出来ない。
何処からも助けは来ない…仕方ないよね。
だから、私は痣だらけ…
いつもの様にトボトボと街を歩いていると…見つけてしまった。
私のお父様…勇者ソラン様。
つい近くまで走っていってしまった。
「うん、どうしたガキンチョっ」
「わたわたわた…私」
どうしよう、緊張して話せない…
「なんだ、お前、女か…薄汚れていて解らなかったが、なかなかいい面しているな…良いぜ」
お父様は私を優しく抱きしめてくれた。
凄く良い香りがして頭がふわふわしてきた。
そのまま、私はお父様に連れられ近くのホテルに…
そこで気がついてしまった。
私は裸にされ…そのまま。
「やめ、やめて」
流石に親娘でこれは不味いと思ったが…
「大丈夫、優しくするから」
結局は行為に及んだ…しかも途中からは私は自分から腰を振っていた。
行為が終わったあと、お父様が優しく私の髪を撫でてくれていた。
そこで、私は自分が娘である事を告白した。
「うそ、お前がマーニャ、ロリアンの娘なのか?」
「はい」
「そうか、ロリアンは?」
「無くなりました」
その後、お父様は私の体見回すと…
「お前虐められているのか?」
「はい…平民ですから」
「馬鹿だな、お前は半分は平民だが、半分は勇者の血が入っているんだぜ…そうだちょっと待っていろ」
そう言うとお父様はネックレスに何かを言っている様だった。
「どうしたの? お父様」
「ああっ、これをやろうな…もし困ったらこれを握りしめて祈れ」
「綺麗なネックレス…ありがとう」
「良いんだ、お前は俺の娘で…まぁ愛人だからな」
愛人…少し引っかかったけど、お父様は綺麗だし。
いいや、何故かそう思ってしまった。
学園に翌日通うとまた同じ様に虐められた。
廊下で今日は豚の真似だそうだ…
教師も近くにいるのに見て見ぬふり….まぁ上級貴族の子もいるから当たり前ね。
私が四つん這いになって這いずり回っていたから、胸からペンダントが見えてしまった。
「良い物持ってますね、貰いますわね」
「いや」
「おや平民の癖に逆らいますの?」
「これだけは嫌..助けてーーっ」
「だれも貴方を助けなんてしませんわ」
教師までもが、「平民でしょうに、さっさとペンダントを献上なさい」
そう言っていたが…ペンダントが光り輝き、お父様が映し出された。
「ひっ ソラン様」
教師がしりもちをついた。
《神を恐れぬ愚か者よ…勇者の血を継ぐ我が娘を蔑ろにする者》
周りは何が起きたのか見ていた。
そして、学園の警護についていた騎士が騒がしさから駆けつけてきた。
「何事だ..ソラン様」
「騎士よ…そこの娘を今直ぐ斬り殺せ」
騎士は女生徒の顔を見た、その女生徒は侯爵家の令嬢ユリアーヌだった。
「私は貴族よ如何に勇者でも、そんな無体はできない…」
《勇者保護法、第32条、第一項 勇者の持ち物を盗もうとした者は例外なく死刑である》
これは勇者の持ち物は、聖剣を始め重要な物が多い事から出来た特例である。
「ですが、一体ユリアーヌ様が何を盗もうとしたのでしょうか?」
《マーニャが付けているネックレスは俺が貸した物だ、それを奪おうとした…教師も見ていた筈だ》
「本当ですか」
《そうだろう…よもや嘘はつかんよな!》
「…はい」
教師は恐怖で震え、逆らう事など出来なかった。
「こうなっては仕方ない、赦されよ」
「待って、謝りますわ…そうだ」
「煩い罪人が」
「たす」
騎士は剣を抜き、ユリアーヌを切り捨てた。
《マーニャは俺の娘だ、逆らう事は俺に逆らったと同罪だ、もし危害を加えたらその領主の土地には一切討伐には向かわないからな…また困った事があったら何時で言うんだぞ…》
光が消えて、お父様の映像は消えた。
その日から私の生活は変わった。
教師も、生徒も私を虐めなくなった。
それどころか、逆に何でもお願いを聞いてくれるようになった。
「そのブレスレット綺麗ね」
「どどうぞ…」
「ありがとう」
何でも皆がくれるし…教師もマーニャ様と言う様に変わった。
お父様は学園の隣の建物を買い上げると私をそこに住まわせた。
まるで貴族のお屋敷みたいで使用人までいる。
良くお父様は通ってきて…二人で愛し合っていた。
うん、幸せだ..
もう私に逆らえる者は学園にいない。
普通に授業を受けられる…本当に平和だ。
欲しい物はくれと言うだけで貰えるんだから…
だが、そんな幸せななか、お父様のソランが死んだ…
また惨めな生活に逆戻り、いやそれ以下の生活になった。
国からも支援はなくなり…皆からは【父と交わった】汚らわしい子と同じ平民からも蔑まられた。
私は父の子を妊娠していた。
「ごめんなさい、赤ちゃん産んであげれなくて」
私は部屋から追い出される前に首を吊って死ぬ事にした。
私は勇者の娘だから、神様がきっとあの世での生活を保障してくれる。
だけど、それ以上にお父様に逢いたい…待っててねお父様、いまマーニャが行きますから…
マーニャは勢いよく椅子を蹴った。
ローゼンの失敗とマインの謝罪
宰相のローゼンは自分の目を疑った。
これが、あのセレナなのかと…
今迄の人間と違って自分はセレナとは親交があった。
彼の父親のスマトリア伯爵とはチェス仲間だ。
その為、お互いの家を何回も行き来した事がある。
彼が小さい頃にはせがまれて本を読んであげた事すらある。
何より、自分はセレナの追放には荷担していない。
最悪、情に訴える事も可能なのでは無いか?
そう思っていた。
どんなに歪もうと、あの正義感に満ちて心優しい貴公子ならば、心の片隅に優しさがあるのでは無いか、そう考えていた。
だが、見た瞬間に解ってしまった。
【これは別人だ】と。
本当に別人では無い…その位変わり果てていた。
貧民や奴隷所で無い、そのみすぼらしさは、最早人でなくゴブリンのような生活をしていたのが良く解る。
服も良く見れば、布で無く何かの皮で出来ているように見える。
奴隷ですら衛生の為に水浴びをするのに、この男はそれすら滅多にしないのであろう、近くに寄ると血と腐った臭いがした。
「これはこれはローゼン様、お久しぶりでございます」
可笑しい…ジェイクの話とは違い、普通に対応してくれそうではないか。
「こちらこそ、ご無沙汰ですな、セレナ卿」
「今は貴族ではありません卿はおやめ下さい」
「そうか、ならセレナ殿と呼ばせて頂こう」
「父の友人だったローゼン様であれば、その辺りの呼び方が良いと思います」
話が違うでは無いか…しっかりと礼儀が出来ておるではないか。
「少し、お待ちください、茶でも入れますゆえに」
「これは、何ですかな?」
「ドクダミ茶です、この辺りに群生していますから」
本当に美味そうではない…だが茶を入れたという事はもてなしをしてくれた、そう言う事だ。
これで少なくとも【交渉という名のテーブル】にはつけた、そう言う事だ。
ローゼンは此処に来て初めて、ほっとした。
「それで、今日のご用向きは?」
「セレナ殿、それは意地が悪いと言う物だ、貴殿が勇者に選ばれたのだから、こうして足を運び迎えにきたのだ」
「宰相であるローゼン様自らが来られた、成程」
「なぁに、私が立場が上なのは今だけだ、貴殿が正式に勇者になれば遙かに上の存在になる」
「成程、それでローゼン様が来たという事はただの迎えではなく話があるのではないか?」
これの何処が、組みにくい人間なのだ…そうかセレナ殿は私に対して情があるのだ。
それが恐らくはその差なのだろう…これなら上手くいく。
「ああっ勿論だ、私が間に入ったのだ、勇者になって頂く為に莫大な報酬を約束させてきた、きっと気に入ると思われる」
「ほう、それはそれは」
何だ…急に雲行きが変わった気がする。
なんだこの目は…何も喜んでいない…
これがジェイクが言っていた腐ったような暗い闇に見えたという目か。
今迄沢山の交渉事をしてきたが、相手の心情が読めないのは初めてだ。
各国の王、凄腕の商人、それ以上に組みにくい。
「ああっ、それでだが…」
私は、国で詰めてきた話をそのまま話した。
「成程、それでは、此処までは、父の友人で小さい頃の私に優しく接してくれたローゼン様との会話だ、此処からは国から来た使いを相手にする会話に切り替えよう」
「あの…それでは?」
「ローゼン様、いやローゼンお前…舐めているのか?」
「そんな、私は友の息子の為に、国として最大の譲歩をとりつけてきたんだ」
なんでそんな顔されたのか解らない。
「まず大公の地位だが、これはどうなのだろうか? 勇者であれば神の使い、実質は教皇様や王様より実権は無いが、あくまで形上は教皇より上の筈だ、実際にソランはあそこ迄好き勝手が許されていた、勇者引退後は兎も角、今は寧ろ本来の役職の地位より下ともとれるが、どうお考んがえか?」
そうだ、勇者は神の使い…実際に政治に参加しないが、儀礼の場では教皇様すら跪いて挨拶をする。
ソランが【爵位】を欲しがり与えていたから、忘れてしまっていたが確かに【収入も無く、政治に参加できない】がこの世で一人、教皇様ですら跪かせる事が出来る最上級の地位ともいえる、しかも今の教皇様は《勇者至上主義》教皇様が目上と判断する人間を王の下に置くのが間違いともとれる。
「確かにそうですが、勇者を引退されたのちの生活の為には上位貴族になられた方が良いと思います、金銭面でも安定しますゆえ…」
「しない」
「えーと、それはどういう事でしょうか?」
「勇者の地位を仮に俺が手に入れたら、死ぬまで引退しないし…その地位をもとに政治にも参加する、これで大公の意味はなくなる」
「ですが、そんな事した勇者様はおりません」
「だが、してはいけないとは何処にも記載はない筈だ…教皇様より上なら全ての国に内政干渉ではなく政治に参加できる筈だ」
不味い、今迄の勇者でこんな事を言い出した人物はいない。
精々が王女と結婚して王となる位だった。
だが、確かに勇者が世界で一番偉いのなら、出来る可能性がある。
しかし、何故こうも話すのだ…情報では今のセレナは余り話が得意とは思えなかったが。
「確かに言われる通りです、だがソランは爵位を望まれた、もし望めば最高クラスの爵位を渡す…そうお思い下さい」
「成程、それで次だが、確かにマリア様、マイン様 リオナにアイナは、その国で親交のあった女性たちだし、今の俺の頭で考えるならそれ位しか考えられない、だが今の俺の年齢は既に33歳だし彼女達も30代前後で妊娠経験者だ」
※この世界の人族の寿命は50~60位です。
「ですが、その…」
「よく考えてくれ、今の俺はこんな状態で女性を愛する事はしない人生を歩んできた、ローゼン殿には妻がいるよな?」
「はい、おります」
何が言いたいのだ。
「どんな会話をする?」
「昔話や日常的な会話を良くしますなぁ~」
「よく考えてくれ、俺は33歳、あと7年もすれば40歳なのだよ、もう良い歳だ、この年代の夫婦や恋人がいたとしたら会話は昔話になり、性欲よりも茶を楽しみ趣味を一緒に楽しむそういう時間を楽しむパートナーになる筈だ」
※あくまで寿命が50~60なので…
確かにそういう年代だ。
「ですが、これから、それは」
「男として話す【昔の王ノブーナが言う人生50年、夢のごとし】として15年を彼女達は別の男性と過ごした、これから仮に、心底俺を愛してくれたとして、何を話せば良い? 俺と彼女達はこれから一から生活をスタートするにしても、彼女達には他の男と過ごした15年の記憶が殆どだろう、そして俺には憎しみ続けた15年しかない、人生の約1/3がそれなのだ」
確かに男としてはきついだろう。
如何に【愛した女】とはいえ他の男の女になって15年。
しかも、セレナ殿は、汚らわしい行為を何回も見せられ絶望すらしたのだ。
私が妻と15年引きはがされて、他の男に抱かれ子供を出産した後に返されたら…確かに愛せるか自信が無い。
だが、セレナ殿にとって親交があり好いていた女性は他には思いつかない。
「ですが」
「解っておるよ…確かに俺がもう一度誰かを愛するなら、その4人の可能性が高い、だが今の俺に愛する自信は無い…目にしなければ解らぬが【憎しみ】【悲しみ】【殺意】【愛情】どれが出るか解らない…女々しい事に【逢いたい】そういう気持ちもある、だが【憎らしい】その気持ちもあるし【汚らわしい】という気持ちもあるし【愛おしい】そんな気持ちもある…最悪は殺してしまうかも知れぬ」
「こちらが無神経でしたな、お詫びいたします」
「よい…確かに俺の頭の中にはその四人しか住んで無いのも事実だ」
「ならば、王妃以外の女性を当人や周りの意思に関係なく5名正室もしくは側室に出来る権利がありますぞ」
「ローゼン考えてくれ、今のお前は12歳~18歳の女と話て楽しいか? それに王国の美しい美貌を持つ者の多くは彼奴の血縁者では無いのか?」
ああっ確かに33歳なら、そう考える人間がいても可笑しくない。
私にとってはその年齢の人間は、子供や孫にしか思えない。
「たしかに、ならばこれは他国迄含ませます」
「ほ~う、それは帝王の赤髪の娘や教皇様が溺愛する娘、聖少女と言われる方も含むのだな」
「それは流石に..」
「出来ぬな、解って言ったんだ、気にしなくて良い、ここは交渉の場だ無意味な発言はよせ」
駄目だ、もう二つの条件が事実上却下された。
ならば…
「金貨4万5千枚(約45億円)も少なすぎる」
「確かセレナ殿、年間金貨3千枚の収入がだったはず、ならば15年で」
「余り、金の事は言いたくないが、前年日240%で我が商会は稼ぎが上がっていた、つまり翌年には倍以上に成長していた、その成長率が計算に加味されていない」
「ならば、それは、どの様な金額になるのでしょうか…」
「ざっと計算したら金貨9千万枚以上は、いっても可笑しくない」
「ななっ金貨9千万枚ですか」
「これはあくまで、順調にいってだ、実質はそこ迄たどり着けたかどうか解らない、だが啓示金額では少なすぎるのは商人なら誰でも解る事なのは確かだ、商業ギルドで俺が持っていた商会の価値が幾らか調べるがいい」
終わりだ、結局はセレナを満足させることは出来なかった。
「それじゃ、ローゼン達者で暮らせ」
「あの、最後に一つだけお聞きしてよろしいでしょうか?」
「ん..なんだ」
「何故今回は、色々とお話しくれたのですか?」
「それは、情だな…昔あんたは子供の俺に優しくしてくれた…それと」
「それと?」
「多分、無意志なんだろうが、あんたは俺に追手をかけなかった、最悪の環境とはいえ、まだ貴族だ職務放棄したと難癖をつけて、追ってを差し向け殺されても仕方ない…だがあんたは【捨て置け】といい放置してくれたと聞く、その礼だ」
「そうですか」
「だが、話してがっかりだ..これでもう」
「待って下さい!」
「なっ マイン様?」
「マイン様、馬車から出ぬ約束ですぞ」
「ですが、ですがもう会えないなら、二度と会えないなら…謝罪させて下さい、謝ります、斬り捨ててくれても構わない」
そう言いマインは座り込み首を垂れた。
「それは王家の王女としての謝罪か?」
「はい」
「間違い無いな?」
「間違いありません、私は貴方に殺されても仕方ない位酷い事をしました、国全部で取り返しのつかない事をしました、せめてお詫びをさせて頂きます」
「ならば、その謝罪はひとまず受け取る」
「本当ですか?」
「ああっこれで【城までは行ってやる】」
「有難うございます」
「いい」
何が違うと言うのだ…
何故マイン様だとこんなに簡単に…解らぬ。
この違いにローゼンが気がつくのはまだ先だった。
俺は憎む、だがお前らは感謝しろ。
そのまま、洞窟を後にした。
俺はもう此処に戻る必要は無い。
この場所はもう既に知っている人間が多すぎる。
だから、もしまた外で暮らすにしても此処に戻って来る事は無い。
俺は今迄、雨露から守ってくれていた洞窟を振り返り頭を下げた。
マインやローゼンは一緒の馬車に乗る様に勧めてきたが慣れ合うつもりは無い。
まだ心の整理も出来てないのだから、荷馬車の方に乗る事にした。
元々俺にくれるつもりだったのか食料やらなにやら乗っていた。
そのまま馬車の中で横になった。
ただの木の床だが、洞窟の地べたに比べて柔らかく感じた。
そのまま横になり、一緒に乗っていたアプルの実を齧った。
久々に食べた甘い物はそれなりに美味かった。
きちんと味のする物は久々だ…今迄は獣や草だからか2つ目につい手が伸びた。
馬車で揺られると何とも言えない眠気に誘われ、気がつくと俺は眠ってしまったようだ。
馬車からは既に王都の門が見えていた。
門から少し離れた所に見知った鎧が見える。
あの紋章は勇者ソランの紋章。
という事はあの屍はソランと言う事か?
多分、俺にとっては一番憎い相手だ…殺しても殺し足りない相手…まぁ死んでしまったのだがな。
この手で殺してやりたい、そう何度思ったか解らない。
だが、気がつくと俺は馬車を飛び降りていた。
「セレナ殿~」
「セレナ様ーーっ」
前を走っている馬車から二人の声が聞こてきたが無視した。
目の前にはムカつくガキが三人いた。
「お前は何をやっているんだ?」
「なんだ、お前汚いなーーっ」
「お前田舎者なんだろーーっ、罪人ソランに石を投げているんだ」
「お前はソランに恨みがあるのか?」
「別にねーよ、だけど悪人に石をぶつけて何が悪いんだ」
見た感じ只の子供だ。
だが、ソランは女とお金に汚かった…だから母親寝取った、姉を寝取ったとか一瞬考えたがそうではないらしい。
俺みたいな人間がソランをいたぶるのは良い…復讐だ。
ここに晒すように命じた奴…それも良い、酷い事されたから復讐したんだろう。
だが…この糞ガキは…なにしているんだ…
「お前にとっては悪人じゃないだろうが」
「バーカ、そ..ぶべばぁ」
俺はクソガキの胸倉を掴むと顔を殴った…勿論グーで。
まぁ流石に本気では殴らない。
「お前、なにしてふぉばっ」
「ふん、ふん、ふん、ふん」
ひたすらビンタを繰り返した。
「やめりょおーーーっ」
泣いているから、これ位で良いだろう…あと二人いるしな。
「やめろよ…グス、大人が」
「じじい、やめりょーーっ」
傍に王宮の馬車や騎士がいて止めないのだから…他の人間も遠巻きに見てはいるが、無視している。
誰も助けてくれないと解ると大泣きして逃げていった。
まぁ手加減はしたがあの顔は暫くは腫れているだろう。
ソランに恨みがあるなら、何をしても構わない。
だが、恨みが無いのに彼奴を馬鹿にしたり傷つけるのは間違っている。
彼奴は、世界を救ったのは確かだ…だからって俺は恨みを忘れない。
だが、恨みが無いのなら、助けて貰った事に感謝位してもいい筈だ。
最低最悪の人間だが【勇者】ではあったのだ。
クソガキ、お前は救ってもらったんじゃないのか?
しかし、汚くなったな、肉なんて殆ど無く、ほぼ骸骨だ。
誰も手なんて合わせてくれないのか…花一つ無い。
更に沢山の投げつけられた石がある。
俺は馬車の近くの騎士に頼み剣を貸して貰った。
ソランの死体を見ていると何ともいえない感情が込み上げてきた。
「この野郎ーーーーっ勝手に死ぬんじゃねーよ」
「馬鹿野郎ーーーっ、なにもかも奪いやがって、野垂れ死にしてんじゃねーーーってんだよ」
何度も何度も俺はソランの死体を剣で殴りつけた。
もう骸骨も粉々だ。
そのまま、剣で土を掘り、ソランだった骨を埋めてやった。
別に弔う訳じゃない、晒されてなければやがて皆から此処の埋葬場所の記憶も無くなるだろう。
此奴の存在を皆が忘れてしまうのが、俺の此奴への復讐だ。
ソランはクズでゴミみたいな奴だった。
だが、世界を救った奴なのは本当だ。
もし、ソランが戦わなかったら、世界はどうなったか解らない。
どんなにクズ野郎でも【そこだけは認めなくてはならない】俺やマリアやマインのように被害にあった奴が恨むなら当たり前だ。
だが、被害にあっていない者は【救って貰った】その感謝だけは持つべきだ。
俺はクズ野郎のソランは嫌いだ。
だが【世界を救ったから】石をぶつけられない様に土に埋めてやる…こっちは感謝だ。
俺から全てを奪ったのだから、ぶん殴り粉々にした…そして埋めてしまえばもうお前なんて何処に遺体があるのか解らないから、花を手向ける様な人が居たとしても祈りすら出来ない…こっちは復讐だ。
こんな事しても何もならない事は解っている…
散々、やる事だけやって去っていた男へのせめても意趣返しだ。
だが、被害にあってもいないのにソランに石を投げた奴、お前はソラン以上のゴミだ、【自分を救ってくれた者】に遺体とはいえ危害を加えたんだからな。
罪と罰
流石にこの姿での登城は憚られるのだろう。
俺はホテルに1泊して身綺麗にしてからの登城となった。
ご丁寧に服まで仕立てるのだろう、ホテルの受付の前なのに、採寸をしにやってきた。
最初、このホテルに入る時に、受付で少し揉めた。
「当ホテルはどんな方でも例外は無くドレスコードを守らない方はお泊めできません」
最初から、ちゃんと話位通しておけよ。
「それは宰相の私が頼んでも無駄…そういう事ですかな?」
「….(汗)左様でございます」
「それはこの国の王女である私が頼んでも駄目とおっしゃるのかしら?」
「さ….(汗)(汗)左様で..ございます」
確かに困るだろうな、俺は臭いし汚い…他に客もいる。
「俺なら結構だ、洞窟で暮らしていた位だ、スラムの片隅にでも泊まるさ…いっその事面倒だから、このまま登城しよう」
「ま、待って下さい!」
こんな面倒な事しなくても、城の施設を使わしてくれれば良いだけだ、貴賓室もあるのだからな。
まぁ、俺の今の姿を余り城の人間に見せたくない、そんな所だろう。
「幾ら言われても無理な物は無理でございます」
「ならば、解った、このホテルの三国の基準を、星5つから0に落とし、貴族階級には使用をしない様に触れを出す」
「なななな」
顔が青くなったな。
国同士で決めたホテルランク、皆がこの星1つ上げる為に死ぬ程努力している。
その最高級の証が5つ星、それが0になれば事実上ただの宿屋だ。
更に貴族階級が使わないと知れたら、どんな宿屋でも一流なんて名乗れない。
「仕方ないから、王に連絡をとり、聖教国の教皇様にも連絡し、帝国に連絡して帝王にも伝えて貰うしかない」
「待って下さい! 何故そこ迄されるのです、理不尽すぎます」
「それは、この方が勇者だからだ…勇者を断ったのだから、勇者保護法に合わせると…」
「ゆ、勇者様…ひぃ..直ぐに部屋を用意します」
「くれぐれも粗相のないように、ではセレナ様、明日お待ちしております」
そう言うとローゼンとマインは去っていった。
騎士5名残して….この5名は俺の護衛と言う事だが、実際は逃げない様に見張る為にいるのだろう。
部屋で寛いでいると、湯女(ゆめ)がやってきた。
湯女とは、高貴な身分は、主に王族は体を自分で洗わない。
こう言った専門の体を洗う人間がいる。
本来は伯爵位なら自分で洗うのだが【粗相のないように】頼まれたから来たのだろう。
ちなみに如何わしい事は一切しない。
あくまで綺麗に体をする、あるいみ美容の方のプロだ。
「失礼します」
見た瞬間、女性は目が点になった。
幾ら洗体のプロとはいえ、此処まで汚くなった体を見るのは初めてだろう。
専用のマットを敷き、湯を掛けていく。
それが終わると、専用の洗浄液を使い体を洗っていく。
俺は相当汚れていたらしく、体を洗う事23回、髪は18回洗ってようやく綺麗になった。
「ようやく綺麗になりました、まさかノミやシラミまでいるなんて思いませんでしたが、ぜぇぜぇ完璧です」
「ありがとう」
そう言い銀貨1枚を払った。
料金そのものは国が払っているから、これは純粋にチップだ。
恥をかかせないようにあらかじめローゼンが用意してくれた物だ。
「ありがとうございます」
彼女はよれよれしながら去っていった。
体を綺麗にして貰ったので久々に湯船に浸かった。
久々に浸かった湯は物凄く気持ちが良く…湯から出るとそのままベッドにダイブしたら眠気に襲われ眠ってしまった。
気がつくと朝になっていた。
ディナーは【寝てらっしゃったのでルームサービスを下げた】そんな内容の手紙があった。
暫く待つと朝食のルームサービスが届き、食事を堪能した。
正装が届いたので着替えた。
部屋の前の騎士に声を掛けると「馬車を用意します」との事。
王家の馬車に揺られて、そのまま登城した。
城につくと直ぐに謁見の間に通された。
王は玉座に座り、周りには名だたる貴族が並んでいた。
俺は直ぐに王であるアレフ6世に跪いた。
「久しいのう、セレナ殿」
「お久しぶりでございます国王、アレフ6世様」
王の周りにはの貴族の中にお目当ての人物がいた事にホッとし、また父やマイン、マリアがいた事に心が痛んだ。
「それで此処に来られたという事は、勇者になる事を引き受けてくれる、そう言う事で良いのだな!」
「王よ、それはやぶさかではありません、ですがその前にこれを」
俺は紙にしたためた、訴状を渡した。
「これは一体なんなのだ?」
「先日、ローゼン殿と一緒にマイン様が私の元に訪れて【謝罪】をして下さいました」
「そうなのか? まぁそれがどうしたというのだ」
「マイン様自ら謝罪をしたという事は【王族が非を認めた】という事でございます」
「セレナ殿、これは一体どういう事なのだ」
「王よ、王国は王族以外の存在は例え貴族であっても法を守る、法治国家である、間違いありませんか?」
「そうだ…確かにそうだ、それがどうした?」
「先程、王族であるマイン様が私に謝罪をした、という事は自らが【今回の不当な行為】を認めたということだ、罪を認めて謝罪をしたなら次は決まっている…法に基づく罰を下す事だ」
「セレナ殿、またれい…あの時は儂も含み、皆が可笑しかったのだ」
「可笑しな事を言われます、昔し同じ様に魅了にかかったフェルゼン伯が罪を犯したときは【その様な考慮】は無くギロチン送りになった記憶が御座います…どう思われますか? 法の番人と言われるファスナー卿」
法服貴族を束ねる、ファスナー卿なら俺の望む回答をくれるだろう。
「確かにその判例は生きている、魅了に掛かっていてもその責は無くならない」
「王よ、その様に判断されている…勇者の任を受けるのはやぶさかでない無い、だが先に私に起きた大きな陰謀ともとれる国絡みの事件を解決してからの話だ」
王は、訴状の中身を冒頭だけ読み青ざめていた。
「この内容は、流石に儂であっても直ぐには、答えられぬ」
「ならば、私はこの国に留まり、待つ事とします、執行され全てが片付いた時、もしくは出来ぬと判断が下った時に連絡を再び下さい」
真っ青な顔で王は震えていた。
「解った、その滞在費は国が負担する…今日はとりあえず下がって良いぞ」
「では国王様、これで失礼致します」
父とマイン、マリアと目があった。
マインにはちょっと罪悪感があったが、仕方ない。
裁くしかない
国王である、アレフ6世は、セレナが去った後に貴族も一部を除き下がらせた。
この場には、国王とマイン、宰相のローゼン、ファスナー、スマトリアしかいない。
「先程のセレナ殿から預かった訴状がこれなのだが、意見を聞きたい」
訴状と言いながら、最早それは紙を綴ったノートだった。
「すみません、先程の話であれば、私の分野の話だと思われます、先に目を通さして頂いても宜しいでしょうか?」
ファスナーは法解釈の話があると思い進言した。
「ああ、構わぬ、確かにこれが法と正しいかどうかの判断がまず必要だ、お願いする」
ファスナーはノートを見ながら頷いていた。
余りに多く、読み終わるまではかなりの時間を要した。
「これは、確かに残酷な話だが、法解釈から言えば正しい、しかも訴状として出された以上は行わない訳にはいかない」
他の者も見た瞬間凍り付いてしまった。
そこ迄の内容だった。
「これは、流石に…王よどうしましょうか?」
宰相のローゼンは顔を真っ青にしながら王に聞いた。
本来は刑を執行したくないなら王が恩赦を与えれば済む事だ。
王にはそこ迄の権限がある。
だが、それをしてしまえば、完全にセレナとは切れる。
「王よ、息子セレナの事はこのまま放置し、やはり勇者無しで魔族と事を構えては如何ですかな?」
「うむ、そう考えぬ事も無いが、魔族の中で四天王以上の存在は聖剣なくして止めが刺せぬらしい」
「その様な事があるのですか」
「ああ、しかもソランの時は四天王が存在しない魔王だったから、魔王のみ聖剣で倒せば良かったが、今回の魔王軍には先兵の中に最低2人はおった」
「すると…」
「最早、勇者無くしてどうする事も出来ぬ…しかも老いたとはいえソランがああも簡単に倒されたのだ、魔王の力は強大」
「ならば、息子が戦った所で敵う筈がない、息子はソランと同い年なんですからな」
暫く考えた後で王はいった。
「それが、勇者も魔王も相手に呼応して強くなる、ソランに敵わない魔王でも今世の勇者であれば勝てる可能性がある」
「ならば、何がなんでも息子に頼らなければならないそう言う事ですかな」
「そうだ…だがこの条件は余りに酷だ、スマトリア伯からもなんとか言って貰えぬか?」
スマトリアは黙って首を横に振った。
「以前のセレナなら、私の言う事も聞いたかも知れませんが無理でございます、それに私の言う事を聞く位であれば、マイン様やマリア様がいるのですからこの様な訴状を出す訳が御座いません」
周りが困っている中、一人すました顔でいた、ファスナーが声を上げた。
「ちょっと宜しいですか?」
周りが顔を向け、王が言った。
「申してみよ」
「事は単純で御座います、セレナ殿は不当な事をされて、それを訴えた、それは例えセレナ殿が勇者でなくても正しいのであれば法に基づき裁かねばなりません、今回はその数が多いのと相手に貴族が多いそれだけでございます、法を守る者として裁くのが当たり前、そう進言致します」
「確かにこの国は法治国家、仕方ない…だがこれは大きな問題になる」
「お父様、確かに断罪をやるしかないでしょう…確かに可哀想な者がいて同情は致しますが…やってしまった以上は仕方ないと思います」
「はぁ~気が重いがやるしかないのだな…凄く心が痛むが仕方ない」
王国に血の惨劇が降る…
売らなかったから…パン屋の運命
次の日から王国は大きく動き出した。
法治国家といっているが、此処は王国。
王国である以上王は除外。
それに、王に近い貴族には大きく譲歩した不完全な法律だった。
その為、王や宰相のローゼン、ファスナーは下から手を付けた。
「パン屋の主人、ジョセフだな、ちょっと詰め所にきて貰おう」
「騎士の旦那、今は商売中です、夜にでもお伺いします」
「そうか、なら、夜に妻と息子を連れて来るようにな」
「はい、必ずお伺いいたします」
夜まで待つ。
これがこの騎士の最後の慈悲だった。
《可哀想だが仕方ない…確かに犯罪だったのだ》
パン屋のジョセフが夜、詰め所に家族で伺うと、何時もと様子が違う。
普段とは違う様子にジョセフは驚いていた。
「ジョセフ、お前を貴族法違反で死刑とする、そしてその妻と息子は市民権を剥奪し死ぬまで鉱山送りだ」
「そんな、私が何をしたっていうんですか? こんな罰を受ける様な事はした覚えがありません」
「お前、セレナ様にパンを売らなかったそうだな」
「セレナ…ああっ、ですが勇者に嫌われ、最後には顔に十字の傷を作り国から出て行った様な奴ですよ」
「ちゃんと、お金を払う、そう言ったのにパンを売らなかった」
「当たり前じゃないですか、あの時は誰もが」
「もう、良い、だが、セレナ様は貴族だ、理由もなく貴族に物を売らないのは重罪で死刑、そして家族は性別年齢を問わずに鉱山送りそう決まっている」
「そんな、あんまりだ…あの時のセレナには同じ対応をとっていた筈だ」
「確かにそうだ、だから全ての者がこれから裁かれる」
「そんな、せめて妻と息子は助けて下さい」
「済まぬ」
貴族に理由もなく物を売らないのは重罪であり原則死刑。
そしてその家族も罰される。
これは王国の貴族法にしっかりと書かれている。
その理由は飢饉などに陥った時に食料や資材を農家や商人に囲い込みさせない為の法だ。
戦争等が起きれば勿論物資が不足する。
そんな時でも貴族であれば適正価格で物が手に入るその為の法だ。
あくまで全ては王が最優先、その下に貴族がくる。
どんなに物流が無くても王は飢えない、そしてその次に貴族は飢えない。
この法があるからこそ、貴族はいつでも商人や農民より裕福な生活が送れる。
その為の法だ
最も、最近では貴族が美術品を無理やり手に入れる為に使う事もある。
だが、一方的な物ではあくまで無い、貴族はその対価はしっかりと支払わなければならない。
金貨100枚の価値の絵画には金貨100枚払わなければならない、決して金貨50枚等価値より安く購入などは許されない。
本来はたかがパン如きで使う法律では無い。
こんな事で訴えた人間はセレナ位だろう。
いや、その前に、この法律は商人なら誰もが知っているから貴族にパンを売らないなんて馬鹿な事は誰もがしないだろう。
だが、ソランに逆らい罪人の様に国から扱われていたセレナには誰もがしていた。
【貴族は恐ろしい】そんな事も忘れ迫害していた。
その結果、普通にセレナに訴えられた…それだけだ。
彼等は、決して魅了をされていた訳では無い。
魅了した人間がセレナを迫害していたから【自分達も行って良い】そう思って同調していた。
そう考えるなら他の人間と違い【自分の考えで犯罪を犯した人間】そうとも言える。
完全に自業自得とも思えるが…たかが【パンを売らなかった】その行為がまさか命までもが奪われる事になるとは思わなかっただろう。
「そんな、俺はたかがパンを売らなかっただけなんだ」
「同情はする…俺の同僚でもこれから死罪になる者もいる、だが貴族相手に法を犯した、これは仕方無い事だ」
「そんな」
「あの時は誰もこんな事になるなんて思わなかった、俺もな、だがお前は誰かに【売るな】と命令されたのか?」
「されていません」
「だったら仕方ないだろう? 自ら犯罪を犯したんだ」
あの時、俺は見たはずだ…絶望して悲しそうな顔でうろついていたセレナを。
貴公子と呼ばれ美しかった者がドブネズミのように落ちぶれた姿を見て…いい気味だと思った。
美しい姫の婚約者でお金があって地位がある男が、落ちた姿を見てそう思った。
だが、俺の心の中には【可哀想】そういう気持ちもあった。
なら、ちゃんとパンの代金を持っていたのなら売るべきだった。
持っていなかったなら兎も角、セレナはパンの代金を差し出したのに売らなかった。
「パンを下さい」
震えるような声で言っていた。
「お前なんかにパンは売れねーな」
「何でですか、お金ならあります」
「セレナだから売らねーんだよ」
これは他の人間がやってたから同調しただけ…だが【そうしろ】と言われていない。
なら、【やらない】そういう選択肢もあった。
「あああああーーーーーーっ」
最早叫んでも無駄だ。
「あああああーーーーーーーーーっ」
馬鹿な事したせいで俺が死ぬのは構わない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ」
だが、俺のせいで家族の人生まで壊してしまった。
修行してお金を貯めて王都で店まで買ったのに全部…終わった。
俺は…大馬鹿だ。
騎士の剣が降り落とされた。
「お父さーーーーーん」
「貴方…」
ごめん…よ。
もう取り返しはつかない。
勇者ソラン、裁かれる
俺の名はソラン。
勇者として戦いこの世界を平和に導いた勇者だ。
だが、その後に、俺は多少の悪さをした。
その悪さについてはまた別の機会に話してやる。
俺は世界を魔王から救いはしたものの新たに現れた新しい魔王の先兵にあっさり殺されてしまった。
そして、俺は今死後の世界で裁きを受けている。
しかも裁くのは俺の知っている神とは全く縁のない神のようだ。
「ソランよ一歩前にでなさい」
俺の目の前には大きな天秤がある。
その前に女神みたいな者がいた。
「貴方は一体だれですか?」
「裁きの神、イシュタル、貴方がいた世界の神じゃないわ」
俺は女神の目を見つめた
「あはははっ無理ね、魅了なんて通用しない、更に言うなら貴方が得意の性的な魅了も効かないわ、力は貴方より遙かに上、ほらね」
音を立てて一瞬で俺の頭がはじけた、そして再び戻った。
「うわっ」
「こんな風に簡単に貴方なんて消滅できるのよ…良いわね、貴方が出来るのは黙って裁きを受け入れるだけだわ」
俺でも解る。
此奴は魔王なんて比べ物にならない化け物だ。
「俺は」
「貴方は黙ってこの裁きを受け入れなさい」
嘘だろう、ただ言われただけで話せなくなるなんて。
「なら、裁きを始めるわ、この秤は良い事、悪い事に振り分けて貴方の行いを載せていくの、それで貴方のこれからの運命が決まる訳ね、それじゃ始めるわね」
「他人の恋を踏みにじり、何人もの恋人達を引き離した」
大きく悪の方に天秤が傾いた。
「善人を傷つけ自殺に追い込んだ」
更に大きく傾いた。
不味い、不味い、不味い…大変な事になる。
「相手の意思を無視して女を犯した」
更に傾いた。
「魅了をつかって人の心を惑わした」
更に傾いた。
「他人の財産を奪い取った」
更に天秤は傾いた。
ああっもう終わりだ…これじゃもう破滅だ。
確かに俺は悪人だった…やりたい事を全部やったんだ仕方が無い。
確かに俺はクズだった。
「今度は善の方を載せていくわ」
「少女を虐めから救った」
天秤は動かない。
「あら、貴方本当に善の方は小さい物ばかりね」
もう終わりだ、俺はどうなるんだ。
幾つか女神は載せてくれたが天秤は動かない。
「これで最後…世界を魔王から救い平和をもたらした」
天秤は大きく【善】に傾いた。
俺は助かったのか?
「おめでとう、貴方の裁きは終わったわ…本当にギリギリだけど【善】になったわね、あっ喋れるようにするわね」
「それで俺はどうなるんだ」
「そうね【善】だから人としての転生は約束されるわ、まぁ犬とかミジンコにはならないわね、ただギリギリ【善】だから、勇者とかは無理ね、今の能力を失い、貴族にもなれない、多分農民とか職人とかの子供に生まれる可能性は高いわね」
「そんな者になるのか?」
「人間に生まれるって言うのは凄く幸せよ、半分は弱肉強食から外れるんだから、まぁ魔物には殺されるかもだけど」
「そうだな」
「他の選択では天国に行く、かしらね、こちらも能力は奪われるわ」
能力も無く、只の弱者として生きるなら天国にいった方が良いだろう。
「解った、天国に送ってくれ」
「本当に良いのね」
「ああ」
こうして俺は天国に行く事になった。
【女神SIDE】
本当に良かったのかしら?
天国には【欲が無い】のよ?
性欲の塊の貴方にはそれが無い世界は辛い物になるのではないでしょうか?
多分、心に穴が空いた状態になる。
本当の愛を知らない者が天国に行っても、ただただ退屈なだけ。
貴方を恨む方が山ほどいる天国で、死ぬ事も出来ないまま永遠に生きる。
そして愛を知らない貴方は、愛される事もなく生きるだけ。
恐らくは孤立して寂しいまま死ぬ事も出来ない。
まだ地獄の方が幸せなのかも知れないわ。
勇者ソランの欲しかった者
俺の名はソラン。
中位の商会の商人と妾の間に産まれた。
俺の母親は綺麗な美貌であったが、元が娼婦だと言う事で本妻や他の家族から蔑まされていた。
父親と母親は愛し合っていたとは言うが俺は実質、二番目だったと思う。
なぜなら、クリスマスを始めとする大切な家族の行事の時は何時も家族と過ごしていて、俺や母の住んでいる小さな家には来た事が無い。
俺は母に「あんな奴とは別れた方が良い」と子供ながら言ったがいつも母は「あの人を愛しているから」と頑なに別れなかった。
確かにあの男は金はくれる。
だが、それは本当に微々たるものだ。
そんな金額なら女給やお針子になれば簡単に稼げる。
実際に俺は一応冒険者登録をして家の為に薬草採取をしているが、そのお金とトントンだ。
女一人を縛り付けるには安すぎる金だ。
母親にお娼婦など勧められないが、娼婦になって3人も客の相手をすれば、その方が多分は金は多いだろう。
まぁ、あの男は家に【ヤリに来る】だけだ。
あの男が来ると俺は僅かな小遣いを貰い外に出される。
それだけの関係だから、父親とは言えないだろう。
そして、やがてその男は病気で死んだのだが…母は葬儀にも参列させて貰えなかった。
俺にとっては、ざまぁ見ろだが、その男の家族は男の浮気を許せず、墓地に埋葬しないで湖に骨をまいた。
恐らくは母が墓をお参りするのも許せなかったのだろう。
遠巻きに男の家族がいた。
娘は凄く綺麗に着飾りまるで人形の様に綺麗だった。
多分、あれが腹違いの妹なんだろう…その横に居るのが母親だ。
俺や母がボロを着て生活に困っているのに、遺産をもらって悠々自適に暮らしている。
母は妾だから、何も貰えなかったし、お参りも出来なかった。
この時俺は「愛にも序列がある」そう思う様になった。
どんな綺麗ごとを言っても1番愛した者に2番目以下は敵わない。
あの男にとって家族が一番だった、そして母は2番以下だった。
そう言う事だ。
それから暫くして母が亡くなった。
最後まであんな奴を愛していた、病気になり苦しみながら死ぬなか、あの男の事ばかり言っていた。
幸せそうに話す母に腹がたった。
結局はあの男は死んでなにも残さなかった。
俺は、子供ながら苦労をして母親を食べさせていた。
病弱で働けない母の代わりに必死になって働いた。
薬が欲しいから俺は、男娼になり体すら売った。
男が男に体を売る行為は屈辱的で尚且つ、自分の体が汚く感じる様になった。
そこまでして、頑張ったんだ、だが、母親が…それでも愛していたのはあの男だった。
母が死んで一人になった。
愛と言う物は俺にとって残酷な物にしか過ぎない。
一番以外はなんの価値も無い。
一番愛されなければ2番以外は斬り捨てられてしまう。
俺は顔がそこそこ良かった。
子供の時は男に体を売っていたが…よく考えれば女に売れば良い。
多分、俺程女を抱いた人間は少ないだろう。
数をこなせば、こなす程、俺の技術は磨かれ、どんな女も感じさせる事が出来る様になった。
俺が欲しいのは愛だ…金じゃない。
綺麗な服も、大きな屋敷も要らない。
だが、どれ程の数の女を抱いても、俺は男娼、抱いた女の中で常に2番。
彼奴もこいつも、旦那や恋人に呼ばれれば行ってしまう。
そんな中でも俺を愛してくれた人も居た。
女冒険者のエイダだった。
決して美人ではない、スタイルは良いがおかっぱ頭に顔はそばかすだらけ、そして歯は味噌っ歯、そんな感じだ。
最初は俺の客だった。
だが、此奴は冒険者だ、何時も金があるとは限らない。
いつの間にか転がり込んできて、金が無いのに俺を抱くと言う、とんでもない奴になりやがった。
ある時叩き出そうとしたら「あたいは、お前が好きで愛しているんだ」そう真顔で言った。
何故だか俺は顔が真っ赤になった。
どうせ、男娼相手の戯言と思い、ギルドで調べたらエイダは俺以外の男を買ったり抱いたりしないのが判明した。
だから言ってやった。
「そんなに俺が好きなら嫁になってやるよ」
そうしたら此奴は照れ臭そうに
「凄く嬉しいが、逆だよそれっ」
と鼻を掻いていた。
まぁ、冒険者や男娼だから、事実婚を選び、ギルドの酒場で仲間内で祝ってもらった。
エイダも俺も13歳、お互いがヤリタイ盛りだ。
俺はこれを機に男娼をやめ、昔の様に冒険者に戻った。
二人で仕事をして、飯を食って、やりまくる。
そんな日々。
貧乏だがそれで充分だった。
エイダは性欲が強い女だった。
多分、俺は男娼をしていたからか、女を抱くのが一番になっていた。
簡単に言えば、服も財産も気にしない…ただ女だけがいれば良い。
そんな男だ。
良く、男で身を持ち崩す女がいるがそれの男版が俺だ。
だが、そんな関係も1年も続かなかった。
何時の様にラビスター(ウサギの獣)を狩っていたら突然オーガに出くわした。
「逃げろ、ソラン、私が食い止めるから…」そう言い俺を突き飛ばした。
俺は崖から落ちた。
そのおかげで助かった…崖をよじ登り上がったらオーガはいなかった。
その代り上下に引き裂かれたエイダが転がっていた。
俺は泣きながらエイダの上半身を背負い帰ってきた。
金がない俺はエイダを共同墓地の片隅に埋めた…すると涙が止まらなくなった。
エイダだけが、此奴だけが俺を1番にしてくれた。
暫く泣いて、涙が止まると、もう何もしたく無くなった。
そこから、立ち直るまで半年かかった。
そして、何の因果なのか俺は勇者に選ばれてしまった。
【正直どうでも良い】
だが、勇者に祭り上げられた俺は城に連れていかれあれよ、あれよと言う間に王にあわされた。
王よりもその横にいた二人の美女が気になった。
そのうちの一人がマインと言い、第一王女で聖女だと言う事だった。
多分、俺が平民だったせいなのか、今思えば随分と割愛されたもんだった。
報奨について聴いたら。
「魔王を倒せば思いのままにとらす」
そう王は言った。
それから聖剣の儀が終わり、俺たちは旅に出た。
この旅は最悪だった。
聖女のマインにしても賢者のリオナにしても意中の人が居た。
相手はセレナ、貴公子と名高い美少年だった。
リオナはまだ解る、だが、マインは聖女だ、聖女と勇者はかなりの率で婚姻を結ぶ。
そういう習わしがある。
二人は、聖女と賢者の義務は果たしていた。
だがそれだけだった。
魔王討伐の旅は長くかかる場合もある。
だがらこそ【仲良くならなければならない】と思う。
場合によっては10年掛る場合もあるのだ、そういう付き合いも必要だと思う。
だが、2人は【俺を見ようとしない】
ドラゴンのブレスから二人を守って俺が火傷しても手当はしっかりして看病はしてくれたが、俺が眠ると二人はセレナの話をしていた。
命懸けで彼女達を守り、魔王討伐の旅をしているのは俺だ。
それなのにセレナ、セレナ…安全な所で商売をして金を稼いでいる男の自慢。
それでも俺は、我慢して魔王討伐の旅をした。
もうどうなっても良い、俺を愛さない女等死んでも良い。
そう思い、旅をしていたら、魅了のスキルが身についた。
これは思ってもない位素晴らしい事だ。
俺はクズだ。
だが死んだ母の影響で【約束は守るクズ】になった。
だから、このスキルはまだ使わない。
約束を満たしてないからだ。
このスキルの使い方は頭で解った。
ただ、見つめるだけで相手から嫌われなくなる。
そして、肉体関係になれば【愛される】ようになる。
そのスキルを更に磨いた。
その結果、傍に居る者は全て俺に好意を寄せるようになるまでレベルを上げた。
無茶に無茶を重ねた結果、魔王討伐は終わりを告げた。
これで良い筈だ。
「魔王を倒せば思いのままにとらす」それが王と俺の約束だ。
【魔王を倒す】それをすれば【思いのまま】そう言う約束だ。
ならば、この世界の女全てを俺が貰って良い筈だ。
勿論口には出さない、だが、俺は魅了の封印を解いた。
この能力を使えば簡単だった。
目を見つめれば簡単に誘いに乗る。
そして犯せば俺を好きになる…
だが、俺は解ってしまった。
魅了で俺を好きになった女はただの人形だ。
意思も持たずにただ言う事ばかり聞く人形。
俺にとってはただのオモチャだ。
多分、普通の男ならこれで満足だろう。
どんな女も直ぐに股を開くんだ。
だが、俺には【違いが解ってしまった】
【本物のSEXは違う】
簡単に言えば、【見かけだけで愛が無い】
上手く言葉で言えないが、本物のSEXは【相手を喜ばせる、その対価として自分も気持ちよくして貰う、いわばキャッチボール】だ。
だが魅了ではそうはならない、只の肉人形…そこに相手の愛情や意思はない。
とはいえ、SEX依存症に近い俺はただの人形を使い続けるしかない。
俺が男娼をしてなければ、この違いに気がつかなかっただろう。
だが、俺は気がついてしまった。
俺が欲しいのは【愛のある本物のSEX】 それ以外は要らない。
約束はした、王が【思いのまま】と、ならばこの世の女は全ては俺の者だ。
本物のSEXに出会うまで、女とやりまくっても文句は無い筈だ。
俺を一番に愛し、本物のSEXをする女に出会えるまで俺は止めない。
ジョアンナとジュークサル
「すまんな、ジョアンナ、後で娘のポロンを連れて詰め所迄きてくれ」
「解ったわ、昼休みにお伺いします」
笑顔でジョアンナは答えた。
此処は冒険者ギルドに併設した酒場。
ジョアンナはそこの経営者だ。
とは言ってもギルドに併設した酒場であり、正式なギルド職員では無い。
その事が彼女の明暗を分けた。
もし彼女がギルド職員であったなら、国とておいそれとは手出しが出来ない。
だが、彼女はギルド職員でなかった。
冒険者に好かれ、一部の冒険者からは母親の様に慕われているが、実質は酒場のオーナーだ。
彼女はシングルマザーで1児の母。
貧乏だった彼女が冒険者でお金を貯めてこの酒場を買った。
その苦労話しも含み、彼女はギルドでは人気者である
更に娘のポロンは器量が良く、冒険者に人気がありマスコットの様に扱われている。
「何だい? 娘も連れて来いってどういう事? 私達なにかやっちゃったのかな?」
「ああっすまないがジョアンナ、ポロン、更迭させて貰う」
「流石にそこ迄の事される謂れは無いんだけど?」
ジョアンナは冗談だと思い笑っている。
「すまないが、ジョアンナ、これは冗談ではない」
何時になく顔が青い騎士の顔にジョアンナも顔色が変わった。
「なんでそうなるんだ! 教えて貰えるかな!」
「かなり昔の事だ、お前セレナ殿がお金を払い食事を求めた際に断っただろう?」
「ああ、それなら覚えているよ、だがあれは街中でやっていた事だろうが」
ジョアンナには記憶があった。
だが、それは自分だけでは無い王都の人間の殆どが彼を迫害していた。
それこそ、そんな事で罰されるなら恐らく数百、いや数千が罰されるだろう。
誰もが自分と同じ様にしていた筈だ。
「だがな、セレナ殿はあの時も今も、貴族籍を失っていない、不憫に思ったスマトリア伯爵は、そのまま席を抜かずに居た」
「何だって…そんな、今更…」
「これがどういう事か解るな」
「まさか、あたいを死刑にしようっていうのかよ!」
ジョアンナの顔が冒険者時代に戻った。
「すまないな…」
「ふぅ、仕方ない、あたいを舐めるな、あたいはこれでも元C級冒険者…風の…? ポロン」
スカートの下のナイフを取ろうとした瞬間、娘のポロンに他の騎士が剣を宛がった。
「あぶねーな、良いぜ、そのナイフ抜きな、そのかわりお前の娘は確実に死ぬ」
「騎士が女相手に人質を取るのかよ!」
「すまない、俺も、たかがこれだけでと、個人的には思う、だがこれも職務だ」
「はん、騎士は辛いね…なぁポロン、この先惨めに犯されながら生きる人生と、清らかに死ぬ人生どっちが良い?」
「そうね..清らかな死の方が良いわ」
震える唇でポロンはそう答えた。
「良く言った」
それをジョアンナは聞くと騎士の制止を無視してナイフを握った。
そしてそのナイフでポロンの首筋を一瞬で切り裂いた。
「お母さま…」
「そのまま目をつぶりな、楽に死ねる」
「はい…」
「なぁ、ジュークサル、少しは付き合いがあるんだ! 自分で死ぬ自由位くれるだろう?」
「ああっ、詰め所で大暴れをして、取り押さえる間もなく自殺した…そうしてやる」
「良いね、それ…セレナの糞野郎に言ってくれ、たかが食事を売らなかっただけで、娘とあたいを追い込みやがって、死んで会ったら、今度はあたいがおまえを殺すってな」
「ああっ調書にそう言って死んだ、そう書いてやる」
「そうかい、じゃーなジュークサル、あばよ」
そう言ってナイフを首に宛がい自殺した。
娘の死体の上にかぶさるようにジョアンナは死んだ。
「ジュークサル、これどうするんだ?」
「俺はありのままに調書に書くよ【たかが食事を売らなかっただけで、娘とあたいを追い込みやがって、死んで会ったら、今度はあたいがおまえを殺すってな】そう言っていたと」
「おい、それじゃ不味く無いか?」
「大丈夫だ! 責任は俺がとる、というか辞めた辞めた辞めた、この調書提出したら騎士なんて辞めてやる」
「おい、それは騎士爵を返上するって事か?」
「やってられるかよ! こんなのよ、幸い俺には家族がいねーから、帝国でも行って冒険者にでもなるさ」
「そうか…」
「ああっ、確かにセレナに酷い事はしたさぁ、俺も見たよ…だがな、彼奴は生きている、なら此処までする必要はねー、少なくとも此奴は飯を食わせなかったそれだけだ…なぁ、もしあの時に此奴がセレナを店に上がらせて飯食わせていたら、多分常連から非難されて店が潰れていたかもしんねーだろう?」
「そうかもな」
「娘を育てる為、そんな危ない事できねーよ」
「そうだな」
「だから俺はこの報告が終わったら、もう辞める」
「そうか、俺は…」
「お前は家族がいて入り婿だ、まぁ頑張れや」
「すまない」
「仕方ないさ」
そう言うと、騎士ジュークサルは死体の処理にかかった。
見逃した為に…
現場には出ないものの、ローゼン自らが指揮をとり市民の粛清を急いでいた。
本来なら、民衆の前でギロチンにかけるのだが、その際には罪状を読み上げなければいけない。
それを行えば【自分達も】そう考え逃げる者が多く出るだろう。
幸いな事に、法に【死罪】【鉱山送り】としか書かれていないから問題は無い筈だ。
とはいえ、人の口に戸は建てられない。
出来るだけ早急に事をかたずけなければならない。
しかもこれで終わりではない、これが始まりだと思うと頭が痛い。
「確実に国が傾くな」
ローゼンはそう言い溜息をついた。
だが、もう止める事は出来ない。
「パン屋と酒場の方は方がが付いたのだな」
「はっ」
ローゼンは上がってきた調書に目を通した。
「この酒場の方はなんだ! しかもこの内容は、これを持ってきた者を呼び出せ」
「それが、騎士爵を返上してこの国から出て行くと…」
「お前は、それを見逃したのか」
「騎士が責任をとり辞める、その行為に何か問題でも御座いましたか?」
ローゼンは顔を下に向け頭を抱えた。
「平和ボケしたのか? どこぞの物語と混同したのか? それともアホなのか?」
報告した騎士自体訳が解らず首をかしげていた。
「確かに数百年に渡り、騎士を自ら辞めた者などいない、だから混乱したのかも知れぬな、よく物語だとその様な話があるからな」
「ローゼン様?」
「お前、騎士を舐めているのか…良いか? この国は王国、そして騎士はちゃんとした騎士爵という爵位だ」
「あっ…」
「ちゃんと王に、剣を手に生涯の忠誠を誓った筈だ、その上で騎士になった、それが何故勝手に辞められるのだ? 王への報告なくして勝手に辞める事など出来ぬわ」
「ですが、責任を取り辞める話を聞いた事があります」
「それは他国の話しだ、騎士を辞めた者などこの国に居ないからな、昔話や帝国の話と混同したのだろう、基本生涯の忠誠を誓って爵位を貰った者が簡単に辞められる筈がなかろうに、仕方ない、ジェイクを呼んで、その騎士を粛清させるしかない」
「そんな…それじゃジュークサルは…」
「王の許可なく、任務に失敗して逃亡、死を持って償う重罪だ…この国始まって以来騎士を辞めた奴はおらんだろう、しいて言えばバーバリー殿だが、あの方は長年忠義を尽くし体を壊して騎士が勤まらなくなった、更に後継ぎも居ないから、正式に王に爵位を返された。そんな話しかない筈だ」
ローゼンはジェイクを呼び出し、ジュークサルに追手をかけた。
ただでさえやる事が多く、頭が痛いのに余計な手間をかけさせおって。
調書には、ジュークサルが責任を取る、そうも書かれていた。
「あと、ジュークサルと共に取り調べををした騎士は自害するように伝えよ」
「自害ですか…それはあんまりだと思いますが」
「任務に失敗した挙句、逃亡を計った騎士を逃がし、更にこんな人を怒らせるような書類をあげてきたんだ、この書類は王が見るんだぞ、自害ですませた方が良い、それで家族には咎が無く、騎士爵は子供に渡せるからな、こちらから処罰を提示した後は家族まで咎人だ」
「はっ急ぎ伝えます」
【騎士SIDE】
「騎士、ヌマーズ、悪い事は言わぬ、自害しろ」
「何ゆえ私が自害しなければ、ならぬのでしょうか? 心当たりは御座いません」
「お前、ジュークサルが騎士を辞めると言った時にそれを許したそうじゃないか?」
「責任を取って辞めると言う事でしたから、それが何か?」
やはり気がついていないか…確かにこの国で騎士を辞めた者は殆どいない。
訓練続きのこいつ等、脳筋が多いから下の方の騎士など、こんな者だろう。
「それが問題なのだ、任務に失敗して職務放棄した騎士を逃がすなど、言語道断だろうが」
「だから任務に失敗した責任を騎士を辞める事で…」
ここから説明しなければならんのかと、騎士隊長は頭を抱えた。
騎士ヌマーズが事の重大さを知り理解するまでに実に小一時間かかった。
「そんな…私は死なないとならんのですか?」
「まぁ、これが宰相であるローゼン様の温情だ、本来なら家族まで害がいくがお前一人の命で納めて下さる、そして騎士の地位はお前の子供に受け継がせて下さる」
「そうですか、ならば仕方ありません」
ドンッ
「やってられません、俺もこんな国逃げ出します」
騎士ヌマーズは騎士隊長を突き飛ばすとそのまま家族の元へ走り出した。
僅かな時間も惜しい。
家族の元に馬を走らせ、家に着くなり
「時間が無い、俺と共に来てくれ」
「どうしたのですか? 貴方、事情を教えて下さい」
「お父様、一体何が起きたのですか?」
ヌマーズは妻であるキャサリンと息子ヌマンに事態を掻い摘んで話した。
「解りました、それでは急ぎましょう、但しちょっと寄って貰いところがあります」
「解った、急いでくれ」
三人で一頭の馬に乗り走り出した。
「貴方、此処で降ろして…」
「お前、何をするんだ、此処は奴隷商じゃないか?」
「良いから黙って、これは生き残る為に必要な事なのよ」
訳が解らずにヌマーズはキャサリンについて奴隷商に入った。
「いらっしゃいませ、今日はどういった御用でしょうか?」
「奴隷として売るわ、売る人間は私と息子ヌマン、但し如何わしい者でなく、私は家事奴隷、息子は護衛奴隷、価格は安値で良い代わり二人を親子と認め引き取って貰う条件…お願いできる?」
「お前、何をいっているんだ」
「馬鹿ね、逃亡にはお金がいるのよ? 貴方が生き延びるには」
「そんな」
「訳ありですね、恐らくはソラン絡み…まぁ余計な詮索はしません、条件が厳しいので金貨10枚で如何でしょうか?」
「構わないわ」
「お前幾らなんでも」
「良いから、貴方は黙ってなさい…構わない契約する、その代わり契約を急いで下さる」
「それでは商談成立ですな」
そう言うと奴隷商は証文を書き、奴隷紋を二人に刻んだ。
間に合った、これは夫が罪人になったら成立しない。
今は、まだ罪人じゃない。
「貴方、サインを…」
「お前」
「いい、お金が無ければ逃げられない、更に言うなら馬一頭で三人は無理だわ、だからこのお金を持って逃げて」
「すまない、キャサリン」
「良いのよ、追手が来ると困るわ、早く」
「解った」
ヌマーズは急ぎ馬に跨り去っていった。
その目には涙が滲んでいた。
【キャサリンSIDE】
「店主様、それで私はこの子と一緒の檻でよいのでしょうか?」
「そういう約束だから構わない、しかも好条件の奴隷だから部屋タイプの檻に入れてやる」
「有難うございます、感謝します」
「しかし、馬鹿な旦那を持つと大変だな、まぁ良い、確かにこれしかないもんな」
「そうね」
「お母さま、僕は奴隷になったのですか?」
「そうよ…馬鹿なお父様の為に騎士になれなくてごめんね」
「お父様と僕は行きたかったです」
「駄目よ..お父様が向ったのは…地獄だからね、此処の方が遙かにましだから」
「お母さま?」
キャサリンは知っていた、逃亡者の末路を。
法に守られないと言うのは「何をされても仕方ない存在」女だったら犯そうが何をされても訴えられない。
面白半分に腕を斬られようが、どうする事も出来ないこの世の地獄。
実際にその状態の者を見た事は無いが…近い者は見た。
セレナだ。
あの美しく気高い【貴公子】と名高かったセレナ。
女なら、少なからず彼との恋や婚姻の夢をみた者も多いだろう。
だが、そんなセレナですら、誰も助けなかった。
乙女時代には彼と結婚出来るなら全て引き換えにしても良い…そこまで神に祈った私でさえ見捨てた。
そして貴族でありながらあの扱いだ。
本物の逃亡者になる位なら奴隷の方がマシだ。
家事奴隷や護衛奴隷なら性的な事も無い。
まぁ、こんな歳をくった女を今更抱こうなんて奇特な者はいないだろう。
後はどうにかお金を貯めれば自分を買い戻せる。
キャサリンは結婚するまで事務の仕事をしていた。
だから、こういう場合の対処を知っていた。
自分が罪を犯した場合は別だが、身内が犯罪を犯し、巻き込まれた場合はすぐに【奴隷】になれば良い。
嫌な話だが夫婦の繋がりよりも奴隷契約の方が強い。
罪が確定する前に奴隷になれば、家族ではなく所有者の奴隷という扱いになる。
売られてしまった後は最早私達はヌマーズの家族でなく、買った相手の財産だ。
つまり、他人の者なので…追及はされにくい。
「貴方、逃げ延びて下さいね」
無理なのは解っている。
だが、嫌いで別れた訳じゃない。
子供を守るためにこうしただけだ。
鉱山に行ったら、こんなおばさんでも女だ無理やり犯す人間もいるだろうし…息子だって何時まで生きれるか解らない。
それは叶わないそれは解っているが、元夫のヌマーズの幸せをキャサリンは祈った。
騎士二人の末路
ジェイク達が馬を走らせていると、ゆっくりと馬を走らせているジュークサルを見つけた
「ジュークサル、貴様何を考えている」
「ジェイク様、まさか見送りに来て下さったのですか?」
間違えてはいけない。
ここで真実を伝えたら、更に逃げる可能性もある。
「ああっ、急に辞めたと聞いてな、それで暇な騎士だけで追い駆けてきたんだ、騎士の統括は俺だ…俺に伝えないで去るのは頂けないな」
これで良い。
「そうでしたね、それではきちんと挨拶をさせて頂きます」
ジュークサルは馬を降りた。
俺は仲間と一緒にジュークサルを取り囲んだ。
「ジェイク様? 皆でどうしたんだ?」
「ジュークサル、お前は騎士だ、騎士は身分は低いが王国では貴族、それなのに、国から逃亡した」
「ちょっと待て、俺はちゃんと手紙を添えて調書を書いた」
本当に馬鹿な奴だ。
「お前、親から騎士の地位を受け継いだ時に剣を掲げて王に忠誠を誓っただろうが! 騎士は死ぬか年老いて引退して引き継ぐ以外基本は辞められない」
「なら、俺はどうなるんだ!」
ジュークサルは顔を青ざめながら怒鳴るように叫んだ。
「抜剣…王への忠誠を忘れ帝国に行くなど言語道断」
ジュークサルは剣を抜こうとしたがジェイクに敵う筈もなくあっさりと斬り殺された。
「後始末を頼む」
ジュークサルの遺体は首を斬り落とされ、体は茂みに捨てられた。
首は樽に入れられ塩漬けとなった。
この首は王へと届けられる。
「これで一人はすんだ、まだもう一人居る…行くぞ」
「「「はっ」」」
ここに来るまでにヌマーズに会わなかった。
時系列で言うなら、先にヌマーズに会う筈だ。
そう考えたなら、追い越してしまった可能性が高い。
そして、形跡が無かった事から獣道を逃げている可能性もある。
流石に、そこにをこの人数で探す事は出来ない。
「ちっ、仕方ないヌマーズは諦めて帰ろう」
「「「はっ」」」
【ヌマーズSIDE】
「旅の御方どうかされましたのかの?」
「ああっちょっと王都で揉めて帝国に行く所だ」
「この先は数日、休む場所はありませんぞ…良ければ村で休んでいきなされ」
ヌマーズは妻や息子を奴隷にした事等もあり精神的に疲れていた。
もし、通常の彼ならこの可笑しさに気がついた筈だ。
「それでは、お言葉に甘えるとしよう」
そう答えていた。
普通に考えればヌマーズに関わる訳は無い。
【王都でもめた】
この時点で犯罪者である可能性もあるのだ。
それを引き留める奇特な者等いる筈もない。
「着きました、此処が私どもの村ですじゃ」
「獣道から入るにしちゃ、しっかりとした村だな」
小さな家が6件程だが、一応村に見える。
「本当の小さな村で恥ずかしい」
「いや、お世話になる身だ気にしないでくれ」
此処なら、街道から外れている、追手が来る可能性は低い。
更に来たなら一本道だからすぐわかるし、そうなったら山へ逃げ込めば良い。
「それじゃ、そこの家は人が住んで居ないから使って下され、まぁ一応は掃除はしてあるでな、飯は後で届けさせる、まぁ銅貨2枚もくれればいいだ」
ヌマーズは袋から銅貨を2枚老人に渡した。
《金貨を持っているだ..これは》
暫くして、食事が運び込まれた。
「ほう、これで銅貨2枚は安いな…酒迄あるのか」
「はい、滅多にお客さんが来ないんで、その代わり明日で構わないんで王都の話とか聞かせて下さい」
「解った…それ位お安い御用だ」
村の少年に自分の息子を重ねたヌマーズは了承した。
それから暫くして..
「うぐっうがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ はぁはぁ」
ヌマーズは死んだ…
「長老、死んだようですぜ」
「さっき袋から金貨が見えたからの…大収穫じゃ」
「乗っていた馬も剣もなかなかですぜ」
「さてと、皆で集まって取り分を決めるかの」
「「「「「おーーーーーっ」」」」」
獣道にある様な場所の村に真面な人間が住んで居る訳が無い。
ここは、盗賊たちが偽装して住んでいる村だった。
串焼きと魔剣
ローゼンが指揮を執っていた市民の粛清は着々と進んでいた。
パン屋に酒場、それ以外では古着屋や食堂が既に粛清済みだ。
一言で言うと大した様に聞こえないが、古着屋は2件、食堂に至っては、セレナはかなり空腹を抱えていたのだろう18件が粛清された。
此処までの粛清で殺した市民は実に180名を越えていた。
それと同時に偽装工作もしなくてはならない。
各店は【都合により暫くの間休みます】【帝都の親せきに不幸があり暫く休みます】その様な張り紙を貼っていた。
まさか、貴族の詰め所で殺されているとは夢にも思っていないだろう。
「そろそろ、この樽も多くなってきたな」
「ああっ、新しい騎士のうちじゃノイローゼになる者もいるしな」
「そりゃそうだろう…戦場ならいざ知らず、普通の市民を殺しているんだぜ」
「ああっ、特にあの童貞小僧大丈夫かね?」
「女よりも先に殺しを経験でも悲惨なのに、初めて殺した相手が10歳の少女なんて病まないといいが…」
「それなら大丈夫だ…震えているからよ、俺が娼館に連れて行った」
「そうか…まぁ辞めるっていうなら、ちゃんと筋とうさせれば良いさ」
「そうだな、ただあんな臆病が王に言える訳無いから無理だな」
次の犠牲者が出ない様に【騎士を辞める作法】はしっかりと伝えられていた。
ただ、知らない騎士が多かった事を聞き、ジェイクは後日頭を抱えた。
今日は、宿屋黒猫亭の家族を呼んだ、勿論セレナを泊めなかった事により処刑する為である。
食べ物屋と服屋関係が終わり、これからは宿屋関係と薬屋、治療院関係の粛清が始まる…そう思うと皆が頭を痛めていた。
「話しは聞いた…ただ泊めなかっただけで、罰があるのか?」
「まぁな」
多分、死刑だなんて解っていないんだろな、取り調べの騎士はそう思った。
「はんっ、だけどよ、セレナを迫害したから罰を受けると言うならなんで、串焼き屋からじゃねーんだよ、あそこからじゃねーのか」
「まぁ奴らも後で罰するがお前もセレナ様を泊めなかったんだろうが」
「そうだな、それでどんな罰を受けるんだ」
「お前は、死刑で家族は鉱山送りだ」
急に宿屋は顔が真っ青になった。
「嘘だろう…冗談はやめてくれ!」
「嘘ではない」
「待ってくれ、俺や妻は良いが娘はまだ6歳なんだ鉱山なんかに送られたら死んでしまう」
「そうか、6歳かなら8歳以下だから鉱山送りではなく期間奴隷落ちですむな、良かったな」
この国の法律では子供の場合は若干罪が軽くなる事がある。
期間奴隷とは永久奴隷でなく期間限定の奴隷で5年、10年の限定が多くその期間を過ぎれば市民に戻れる。
「ふざけんなーーーっ」
騎士は慣れてきたのか家族の前で簡単に首を跳ねた。
家族は泣いていたが、毎日処刑をする様になった騎士は悪い意味で慣れ気にしなかった。
騎士ジャコブは宿屋の話が気になって、調べたら何故か屋台の串焼き屋と果物屋の名前が無い。
セレナに伺いの連絡をしたが..間違いないと報告を受けた。
【過去】
セレナはその時まだ王都にいた。
全てが敵に回り家族や恋人すらも助けてくれずただ王都をぶらついていた。
冒険者の登録も何故か抹消され、商業ギルドの登録も抹消されていた。
だが、セレナは財布には暫くの生活に困らないお金はあった。
だが誰も何も売ってくれない。
仕方なく噴水の傍の水飲み場で水を飲んでいると子供が石を投げてきた。
「あはははっ、落ちぶれたもんだ、貴公子なんて呼ばれてもこれだ…いいよぶつけたければ、ぶつければ良いさただ顔は覚えた、もし俺が貴族に戻ったら覚えていろよ」
セレナは父親が貴族籍を抜いて無い事を知らなかった。
家族から嫌われたから抜かれただろうと勝手にそう思っていた。
「ああっぶつけてやるよ、お前みたいな嫌われ者、石をぶつけても騎士もとめーねんだからな」
「そうそう、バーカ、バーカ」
彼等は孤児院の子だ…いつも馬鹿にされ迫害されたその鬱憤をセレナに向けた。
あはははっ助けなきゃよかった。
子供が可哀想だからって俺の商会から結構な金額を孤児院に寄付してやったのに。
シスターは良く感謝してたけど…金が欲しかっただけなんだな。
俺が困ったら助けてくれない….
借金で困っていて娼館行きが決まっていたのを助けたのに、落ちぶれたらこれか。
【神の御使い勇者の敵は私の敵】だって
まぁ良いや良く解った…お前も俺の敵なんだな…いいよ。
しかし、腹が減ったな。
近くから串焼きの良い臭いがしてきた…
チクショウ、多分俺は金があるけど食えない。
「何だ、嫌われ者のセレナじゃないか?これでも喰らいやがれ」
「いてーーっなっ」
串焼きが俺にあたり下に落ちた…
俺は串焼きを拾って串焼き屋の親父の顔を見た。
ウィンクしてやがる…そうか俺はお礼が言いたいが言ったら迷惑なんだろうな。
そのまま持って立ち去った。
次の日またつい顔を出すと親父がこっちを見た。
「あーあ俺も焼きが回っちまったな、焦がしちゃったよ、これは廃棄だ」
そう言いゴミ箱に串焼きを3本捨てた。
今の俺にはプライドは無いからゴミ箱を見た…屋台の後ろのゴミ箱は新品だった。
そして中にあった串焼きは焦げて等いなかった。
「….」
「何気持ち悪い目で見やがる、気持ち悪いからあっちにいけ」
ありがとう…涙が止まらなかった。
それだけじゃなかった…
「汚い体でうろつかないで頂戴、疫病神め腐ったトマトでも喰らいやがれ」
「やめ…」
腐ってないじゃないか…
俺がうろつく度に何かぶつけてくるが…それはちゃんとした食料だった。
俺は昔、屋台を荒らしまわる人間を懲らしめた事がる。
助けて良かったよ…ありがとうな。
落ちぶれたセレナにとって唯一受けた親切だった。
【現在】
セレナはこの国に戻ってきて久々に外に出た。
騎士の護衛付きだ。
まだ世間では勇者として発表されてないから歩いた所で貴族の散歩としか思われない。
15年もたっているからセレナだと解る人も少ないだろう。
串焼き屋の前に来た。
「美味そうだな」
「貴族の旦那、ああっ口に合うかどうかは解らないが有名だぜ」
「そうか、なら9本くれ」
流石に老けたな、もうこういう場所での商売は難しいんじゃないか。
「あーあ、そう言えば俺、剣折っちゃったんだ、此処に捨てて行くから、好きにしてくれ」
「剣?」
俺は魔剣エクゾーダスを捨てた…まぁ柄からしっかり折れているが。
護衛の騎士がギョッとしていた。
《セレナだ…その剣は有名な剣だから折れていても金にはなる、果物屋のババアと折半しな、礼だ礼》
「じゃあな」
セレナは手を振り去っていった。
まぁ、聖剣の次だなんていう剣だ金になるだろう、セレナはそう思った。
後日、串焼き屋と果物屋は武器屋に持ち込んだが買い取って貰えなく「これは王宮に持っていくしかない商品です」そう言われ仕方なく王城に持っていった。
王に会うだけでも恐れ多いのに、凄く感謝され、金貨2000枚ずつと何故か空いている王都のお店を1軒ずつ貰って腰を抜かした。
※ 過去のセレナの口調が少し変なのは、まだ絶望しきる前だからです。
S級冒険者 クラソス
セレナが宿で寝ていると3人の男が襲って来た。
凄いもんだ、勇者に選ばれてから、この体は急激に別の生物になった様に作り替えられている。
まだ、勇者になってから、魔族と戦ってもいないのに正に人間兵器だな。
昔、聞いた事がある。
勇者とは何かと…その時の俺は【正義を守り勇気がある者】
俺はそう答えたが、実際の回答は【勇者とは魔王すら葬り去る究極の兵器】だった。
ソランのあの行いを考えれば、今となっては正しかったと言わざる負えない。
「外に騎士がいたはずだが」
「ああっ眠って貰った」
騎士二人、それもそこそこ腕利きがついていた筈だ。
それを倒せるなら、強者なのだろう。
「強いんだな、それでなんのようだ?」
「ジョアンナとポロンの件だ、貴様のせいで二人は死んでしまった」
秘密裏に行われた筈だが、まぁかなり盛大だし、冒険者なら裏の情報源を持っていそうだから知っていても可笑しくない。
まぁ答え合わせは必要だ、ついでに状況を記録水晶に記録しておこう。
「ということは、あの二人に関係した冒険者と言う事か?」
「そうだ、まぁお前の環境を同情しないでもないが、命まで奪う事は納得できない…そら」
冒険者が何かを投げつけてきた。
「なんだそれは!」
「貴重なミノタウルスの燻製だ…ジョアンナの店にも無い高級品だ」
「それがどうした?」
「これが、お前に対する償いだ、いまお前はあの時手に入らなかった食料を手にした、ならば今度は二人の命をお前の命で償え」
冒険者は素早く剣を抜き襲い掛かってきた。
多分、勇者になる前の俺ならこれで腕一本失ったかもしれない。
だが、今の俺にはこんな物簡単によける事が出来る。
「冒険者なら名前位名乗れ」
「俺の名前はクラソスS級冒険者だ」
S級冒険者、ならば話が早い。
S級ともなれば冒険者ギルドの看板冒険者だ。
それが俺を殺そうとしたんだ、責任を冒険者ギルドに負わせる事が出来る。
冒険者ギルドも俺の敵だ。
だが、冒険者ギルドは国の管理を離れている。
ゆえに国に頼んでも罪を追及できない。
勝手に俺の登録を消し、預けてあったお金を奪われた事は忘れない。
丁度良い…これでギルドを責める大義名分が出来た。
「他の二人は名乗らないのか?」
「A級冒険者クラウ」
「同じくA級冒険者グランダール」
「そうか、なら行くぞ」
馬鹿な奴ら…まぁ俺が勇者だとは知らないからなんだろうな…
普通の人間が敵わないから【勇者】が必要なんだ。
俺にこいつらが勝てるなら、勇者など要らない。
勝負は簡単だった。
実際に俺は斬っていないが、剣を持っていたらドラゴンすら切り裂くのが勇者だ。
その力で斬りかかってきたクラウをただ殴った。
それだけで《グシャ》という音がたちクラウは立ち上がらなかった。
「貴様、良くもクラウを殺してやる」
多分、グランダールは気が付いていない、今の一撃でクラウは死んでしまった事に。
飛び込むようにかかってくるグランダールにただビンタした。
顔が一周回った気がする。
「クラウ、グランダール、傷は浅い立て、今度は俺もやる」
無理、もう二人とも死んでいる。
俺が笑顔で近づくと…
「楽に殺してやろう…斬岩剣」
スキルを使って攻撃してきた。
だが、今の俺にはそれすら止まって見えた。
剣をよけ蹴りを入れた。
多分これで3人とも死んでいる。
記録水晶をとめペンダントになっているタグを見た。
間違いなくS級冒険者だ。
これでギルドを責める口実ができた。
今から、ただ報告を聞くだけじゃつまらない。
早速行動しよう。
冒険者ギルドにて
騎士はまだのびていた。
国の騎士を襲い、命を狙ってきたんだ。
これなら、冒険者ギルドに手を出しても文句は言えないだろう。
時間はもう深夜。
だが、冒険者ギルドは24時間営業だ。
どうするか?
今から行くか?
それとも朝まで待って一番冒険者の多い時間帯に行動するか?
別に皆殺しにしたいわけじゃない。
今から行くことにしよう。
今のギルドマスターは冒険者ギルドの中に私室を持っていてそこで暮らしていたはずだ。
だからこの時間なら確実にいるだろう。
後は受付の人間もいるだろうから、まぁ丁度良い。
そのまま、冒険者ギルドに乗り込んでいった。
「冒険者ギルドへようこそ! 本日はご依頼でしょうか?」
まぁ、今の俺の姿じゃそう思うよな。
「ギルマスに会いたい、昨日ここの冒険者に殺されかけた」
受付の顔色が変わった。
「何を言っているんでしょうか? そんな事をやるはずはありません」
「何を根拠に?」
「当ギルドは、品位を重んじております、その様な事をする人間はいません」
此奴…馬鹿だ。
お金を払えば、犯罪していなければ誰でもなれる冒険者がそんなわけ無いだろうが。
「だったら、その言葉に責任が持てるのか?、命を懸けられるのか?」
「はいはい、命かけますよ! これで良いんですか?」
俺は記録水晶を取り出し、画像を浮かびあがらせた。
「やっているよな? しかもこの前に騎士二人に暴力を振るっているんだぜ」
「そんな」
受付嬢は真っ青になった。
「命かける約束だ…死ね」
「待って…うがやぁぁぁぁぁぁl-ーーーっ」
俺は受付嬢の頭を押さえ、そのまま机に顔面を打ち付けた。
流石に死にはしない…
だが、ギルドの机は石でできている。
鼻が折れて頬骨まで恐らく骨折しているだろうから、もう受付は出来ないだろう。
「命は助けてやる、早くギルマスを呼べ」
「ふううーーぅはい」
鼻が折れ、つぶれかかった顔でギルマスを呼びに行った。
横にもう一人職員がいるががたがた震えてなにもしていない。
すると、8人位の冒険者がこちらを睨み、文句を言ってきた。
「お前、何があったか知らないが受付嬢に手を出すのはご法度だ」
「そうだ、サニーちゃんに謝れ」
「俺は、此処のギルドに勝手に登録を抹消された挙句、財産を奪われた挙句、殺されかかったんだが…」
「嘘いうんじゃねー」
此奴も脳筋で話を聞かないタイプか。
「まぁ良い、これを見ろ」
「なんだこれは、S級冒険者のクラソスさんがこんな事するわけが無い」
此奴は本当に馬鹿だ。
記録水晶は改竄できないゆえに決定的な証拠になる。
「俺はこのギルドに喧嘩を売りに来たんだ、だったらやろうぜ…殺し合い」
冒険者の命は自己責任。
冒険者同士のもめごとは不介入。
それが冒険者のルール。
しかも、冒険者と一般人がもめたら、圧倒的に冒険者が振り。
冒険者が勝てば責任を取らされる。
逆に一般人が勝っても責任はない、例えそれが冒険者の死であっても。
これは冒険者には一般人は勝てない。
その理屈からそうなっている。
結局、此奴と7人の冒険者が加わり8人が俺を取り囲んできた。
「いいね…かかってこい」
S級とA級二人ですら相手にならないのに普通の冒険者が勝てるわけもなく、8人はあっさりと死んだ。
【冒険者の命は自己責任】相手が冒険者である以上責任は一切ない。
「お前が何者か解らないが、少々やりすぎでないかね」
髭もじゃの筋肉男、ギルマスのアイゼンが俺の前にきていた。
「ここのギルドの冒険者が俺を殺そうとしたんだ、普通に揉めるのは当たり前だ」
俺は記録水晶に映像を浮かび上がらせた。
「ああっ確かに、その様だな、そこの奴もクラソス達も冒険者だ文句はいわんよ、だが此奴はただの受付嬢、暴力振るってよい対象じゃない」
怒っている、怒っている。
「たしかに、今回の件ならそうだ、だが、冒険者ギルドで犯罪を犯し、俺を除名して功績、財産を取り上げた挙句、殺そうとしたんだぜ問題は【ギルド全部】の責任だ」
「お前、なに言っているんだ? 冗談も大概にしろ」
「俺はセレナだ、覚えているだろう?」
「セレナ…なんだお前なら勇者ソランに嫌われた犯罪者、仕方ないだろう」
「いや、犯罪者じゃない」
「だが、誰もがそう扱った、今更言われてもな」
「そうか、だがな、それは間違いだったと王族のマインが俺に謝り、いま国王が贖罪中だ、それに俺の父は貴族籍を抜いてなかった」
「だから?」
「つまり、罪人ははお前たちだ」
「はん、昔の事を言われてもね」
「そうだな、お前が冒険者で良かったよ」
俺はアイゼンの腕をもつとそのまま締め上げただ振った。
それだけでアイゼンの筋肉に覆われた太い腕が簡単にもげた。
「うわぁぁぁぁぁーーーーっ俺の腕がっ」
「冒険者の命は自己責任…良い言葉だな、冒険者ギルドには国も手を出せない…それは自己責任の世界で完結するからだ、だから俺はお前から暴力で財産を取り返す事にするよ! なぁーに幾ら俺が強くても一般人、悪いのはお前だ」
アイゼンは残った片手で剣を構えた。
確かに様になっているがそれだけだ。
めんどくさいから足を蹴った。
それだけでアイゼンの足は千切れた。
勇者とは此処まで恐ろしく強いのかと実感した。
だけど、記憶の中のソランは此処まで強くなかった気もするが。
「うわぁぁぁぁぁーーっ助けて、助けてくれーーーっ」
どうするか考えた…
「それなら、この冒険者ギルドをくれ!」
「確かに金も奪った、登録も抹消しただが、お前のお金の多くは商業ギルドだろうが…金貨500枚(約5000万)とじゃ釣り合わねー」
「もうそれは関係ない話だ、それにあの時の俺はそれが無い為に死にかけた、命とギルド、どっちが良い?」
「解った…ギルドを渡す」
ギルドの権利書をアイゼンから奪い取り、無事な受付嬢に頼み、承認官と騎士を呼びにいって貰った。
そのまま承認させ、騎士三人が保証人になった。
金は、もうここは俺の物だから、カウンターの内側の金から払った。
承認官に金貨5枚、騎士には金貨1枚ずつだ。
案外、承認は良い小遣い稼ぎになるから騎士は夜中でも嫌な顔しないで来てくれる。
まして、俺は特別だからな。
手続きが終わり、承認官や騎士は帰っていった。
「ううっううんひくひく」
さっきの受付嬢が蹲っていた。
俺は、カウンターの下から上級ポーションを取り出し、頭から顔にかけてやった。
これはS級クラスが死にかけた時につかうとっておきだ。
ドラゴンのブレスで焼けた顔ですら元に戻る逸品だ。
まぁ受付嬢じゃ絶対に買えないくらい高価だが。
昔、俺は此奴に会っていない…なら此奴に罪を問う必要は無い。
「お前、命賭けるなんて言葉使うなよ、殺されても仕方ないんだぞ、まして俺は本当に殺されかけたし、何年もの間地獄をみた」
「すいませんでした」
「なら、お前今日から俺の代理で【ギルマス代理】なちゃんと黒字にしておけ」
「あの…」
「出来るな」
「はい」
「それじゃ頼んだ、お前は給料を、そうだ今の三倍とって良いぞ」
「ありがとうございます」
此奴タフだな、さっき迄顔を潰されて泣いていたのに今は笑顔だ。
「待ってくれ、俺にもポーションをくれ」
「お前はこれからゴブリンの森に捨てに行く…」
「待ってくれ、この状態じゃ勝てねー」
「まぁ俺が味わった地獄を楽しんでくれ…【自己責任で】」
俺はアイゼンを担ぎ森に向かった。
煩いから途中みぞおちを殴り黙らせた。
まぁ、まだ解らないが…もし俺が魔族と戦う事になったら冒険者全部に【緊急クエスト】かましてぶつけてやるさ。
肉壁位にはなるだろう。
※冒険者ギルドは個人に所有権があり、その上に連合体がある。
そちらの設定をとっています。
復讐する必要もない
俺は場末の風俗に来ている。
風俗と言うのは、娼館より遙かに下の存在だ。
娼館と言うのは女に綺麗な部屋が宛がわれそれなりに衛生的だ。
高級店ならそれこそ貴族の部屋の様な物もある。
あくまで館、だからこそお風呂があったり、綺麗で衛生的だ。
此処に勤めている人間は落ちた人間では幸せな方だ。
歳をとり人気が無くなった者。
魅力が無い者。
値段が安く無ければ買う相手がいない者。
そう言った者は娼館から風俗街に流れる事が多い。
俺は別に女を買いに来た訳じゃない。
俺の知っている女ロザリアが此処にいる。
そう言う話しを聞いたから行こうと思ったそれだけだ。
風俗街の場末にその女はいた。
館には見えないボロ小屋みたいな店。
昔は綺麗だったのだろうが、今は見る影もない位な顔。
簡単に言えば美人を老けさせればこんな感じ…そういう女だった。
しかも、お客を拾う為にほぼ透けた下着状態で外で客引きをしている。
普通、女がこんな状態でいれば男の目はとまるが。
見る人間はまるで汚い者を見る様に見ている。
此処は本当の場末だ…病気持ちもいる。
この女は見た感じ問題無いが咳をしていた。
つまり、なんだかの病気持ちだ。
「お客さん、私を買ってくれませんか?」
すり寄ったその腕には痣があった。
恐らく借金持ちで金を払わないと暴力を受けるのだろう。
「それは構わないが幾らなんだ」
「ショートで銅貨3枚」
なんだそれ、安すぎるな…これが場末か。
「泊りで明日の朝までなら幾らだ」
「泊り、泊りで買ってくれるの? なら銀貨1枚で良いよ、思いっきりサービスもしちゃうよ」
「解った…ほら」
「ありがとう」
そのままロザリアに腕を組まれ部屋に入った。
一応はシャワーはあるが、あとはベッドと小物しかない。
殺風景な部屋だ。
「それじゃシャワーを浴びようか?」
ロザリアは下着を脱ごうとしたが、俺は止めた。
「俺は、そう言う行為より、貴方と話がしたいんだ」
「そう、しないの?…まぁ話なら楽で良いけど、そうか話をして気心知れてからしたい、そう言う事?」
「そうじゃ無くて、元シスターって聞いたので」
「ああっもしかして懺悔でもしたいのかな? まぁ一応はシスターだから良いよ聞いてあげる」
「まぁ、友人の昔話だ」
「そう、聞くだけなら楽だわ」
「俺の友人でね、そうだ仮にセレンと言う奴がいてね、結構な金持ちだったんだ」
「そうなの? 金持ちねあやかりたいわね」
「金持ちだから、あちこちにお金を寄付してた、そして何よりも子供が好きだから孤児院にも寄付をしていた」
「へぇー、孤児院ね、私も実は若い頃教会でなく、孤児院でシスターしてたんだよ、懐かしいな、あの頃は凄く貧乏だけど沢山の子供がいて楽しかったな…貴族の人が寄付を沢山くれて、うん生活に困らなかったよ」
「そうなんだ、それで、何でロザリアはその..」
「あはははっ気になるよね、その貴族、実は結構私に気があるのかな…孤児院が借金だらけで私が借金の為に売り飛ばされそうな時に助けてくれたんだよ」
「だったら何で今此処に居る訳」
「それがついてないんだよね、その後も、その人は孤児院に寄付を続けてくれていたんだけど、実は貴公子セレナだったんだよね、私シスターだから、直ぐに破たんして寄付をくれなくなってさぁ…子供達の為にお金が必要で、気がついたら借金まみれで結局、娼館に売られて、歳食ったら此処に来たんだ」
「その時の子供どうなったか知っている?」
「さぁ、どうなっているのか解んないや」
「男の子は鉱山奴隷、女の子は性処理奴隷として売られてさぁ…もう誰も生きて無いらしいよ」
「嘘…なんであんたがあの子達の事知っているの?」
「俺はその子達と顔見知りでね、気になったから調べたんだ」
「嘘だ」
「幼くして鉱山に行ったら、普通は助からないだろう? 女の子は性処理可能で売られたから幼女専門の娼館で客を取らされて自殺したり気が触れて死んだらしいな」
「そんな、なら私は…誰も助けられなかった…あはははっ体を汚して、恋を諦め…それでも」
「違うな、貴方が破滅したのは、たった1回人を見捨てたからだよ」
「何をいうの? 私は体まで売って人を救ったんだ、人なんか見捨てた事は無いわ」
「あのよ、こんな事が無かったか? 孤児院にあんた達を支援していた男が来たのに、子供たちは石を投げて、【神の御使いの勇者の敵は私の敵】って迫害しなかったか?」
「それはセレナの事かな…確かにしたかもしれない…だけどあの時は仕方なかったんだ、本当に…」
「あの時のセレナは可哀想だったよ、悪い事してないのに、国から勇者から恋人、家族から嫌われて敵しかいなかった、そんなセレナを貴方は見捨てたんじゃないのか? 寄付までしていたのに」
「セレナ…うん悪い事をしたのかも知れない」
顔が少し曇った。
「そこが、あんたの運命の分岐点だった」
「なに?」
「あの時、セレナは実は生活に困らない位のお金は持っていた、話によると金貨1000枚(約1億円)だが、嫌われてどんなにお金を積んでもだれも何も譲って貰えない状態だった」
「だから、なによ」
「あの時、セレナはお金を持っていても仕方ないから孤児院に全額寄付する為に行ったんだよ」
「嘘….本当に?」
「ああっ、あの時のセレナに粥かパンでもあげれば、きっと金貨1000枚は孤児院に置いていったはずだ」
「それなら…あっあああああああーーーーっ」
「そうだな、あの時、あんたが、セレナに親切にしていれば、貴方は今もシスターだった、そして子供たちは死ななかった」
「それじゃ…私が…私が…悪いの」
「更に言うなら、まだ解らないが噂では。次の勇者はセレナらしい、あんたなにやってんの?」
「嘘だ…いえ、嘘よ、それじゃ私のせいで子供が死んで、今がある、そう言う事じゃない…あああぁぁぁぁぁーーーーっ」
「本当だ..それじゃ俺行くわ」
「今の本当なの? お客さん…あの…まだ1時間しかたっていないよ」
「いいさ、それじゃ、またな【清らかなロザリア】
「?…嘘、貴方は」
「俺はもう名乗らない…もう会う事も無いだろう」
「せせ、セレナーーーーっ」
「さあね」
此奴の守りたかった奴は全員死んだ。
そして此奴も体を売り続け、性病に肺を患っているからもうすぐ死ぬだろう。
殺してやるのは寧ろ地獄からの解放だ。
シスターだった女が体を売り、死ぬまで穢れ続け性病で死ぬ。
俺が復讐なんてしなくて良い…そのまま死ぬまで地獄にいろ。
氷帝 ヒョウガ
王は困っていた。
各地で魔族が活性化して、聖教国の教皇から何時、勇者が来るのかとせっつかれている。
特に近隣の村や街からは助けを呼ぶ声が直に上がってきている。
四職のうち、賢者、剣聖は行方不明になっている。
恐らく、賢者は女だから身の危険を感じて逃げたのだろう。
剣聖は男だが、セレナの事で王宮に抗議をしにきた記録がある。
愛想をつかして何処かに言ってしまったに違いない。
今回の神託では四職(勇者 聖女 賢者 剣聖)でなく三職(勇者 聖女 賢者)で戦う神託だから剣聖はいなくても良い。
だが賢者だけは探さなければならない。
そして勇者のセレナは、今は戦って貰えない。
だから、今は聖女のマインに戦闘の指揮にたって貰っている。
マインはあくまで聖女。
攻撃魔法他、大きな攻撃手段を持たない。
その為、マインの部隊は死に物狂いで戦い、大怪我しても戦う、まるでゾンビの様な戦い方しかできない。
最も、【死んでいなければ大概の怪我を治す】聖女が居るからの戦い方だ。
これでは何時かは破られる。
その覚悟をしなくてはならないだろう。
そうなる前に、セレナ殿を説得して早目に【聖剣の儀】を行い戦って貰える体制を整えなければならない。
【別部隊 戦場にて】
「嘘だろう、かの有名な【氷帝】が相手にならないなんて」
時は少し遡る。
兵士は驚きを隠せない。
魔族軍に砦が囲まれていた。
幾ら王国に援軍を頼んでも、来る気配は無い。
「俺らは見捨てられたのか?」
「兵糧もどう切りつめても、あと数日分しかないな」
「終わりだ」
砦を任されていたネジマン伯爵は最早諦めていた。
「最早この砦は終わりだ…それでお前達どうする?」
「どうするとは、伯爵様」
「もうこの戦は負け戦だ、相手が人間なら降伏も可能だが魔族相手では無理だ、どうせ死ぬなら討って出て玉砕するか、それともこのまま籠城して死ぬかだ」
部隊全員が絶望に沈むなか、1人の騎士が挙手をした。
「どうした?」
「発言の許可を」
この男は騎士だがまだ新米、発言権を持っていない。
「緊急事態だ、何かあるなら言ってみろ」
「このロバルはたかが新人騎士ですが一つだけ誇る事が御座います」
「何が言いたいのだ」
「私が誇るのは友人、私の友人は【氷帝 ヒョウガ】様です」
周りが息を飲んだ。
ヒョウガとは戦を知る者なら知らない者は居ない。
先の勇者パーティーが魔王と戦うなか、一切加わる事はせず、他の戦場で一人戦っていた強者。
そんな我儘は本来は許されないが、ヒョウガは「俺は勇者達が救えない者を救うんだ」と言い一切周りの言う事を聞かなかった。
だが、ヒョウガは強い。
魔族の幹部ですら、時として瞬殺するほどに…だからこそ許された。
王や帝王ですら命令出来ない男。
それが氷帝ヒョウガ…誰も命令出来ないからこそ【帝】の名前を字にして呼ばれる。
彼の前では、全ては凍り付く。
そこ迄強くなっても、慢心せず、今尚自分を高める為に修行をしている。
それがヒョウガだ。
「それがどうした、確かにヒョウガ殿なら一人で此処を救えるだろう…だが此処にはいない」
「お恐れながら、ヒョウガ様は父の友人、何故か私も気に入れられその輪に加えて頂いております、何かあったらこれで呼べと通信水晶を頂き、今連絡した所【すぐに向かう】だそうです」
「ヒョウガ殿が来るのか?」
「はい」
「でかした…これでこの砦は救われる、これで籠城決定だ…この戦、勝ったも同然だ」
ネジマン伯爵や騎士達は砦の城塞部分から、外を見ている。
いつ、氷帝がくるのか? 来た瞬間からこの地獄が終わる。
そう思っていた…
そして待ちに待っていた時が来た。
季節外れの雪が降り始め…体に寒さを感じる。
これこそがヒョウガが来た証だ。
ヒョウガが誇る絶対零度の世界。
恐らく見えない所でヒョウガが戦っている。
この冷気が強くなれば、強くなるほど近づいてきた証拠だ。
おかしい…急に暖かくなった。
暫くして砦に何かが降ってきた。
恐らく魔族が投げ込んだ物だろう。
恐る恐る包みを開けると、そこにあったのはヒョウガの首だった。
一区切り
ローゼンが指揮を執っていた市民の粛清はようやく終わりが見えてきた。
。
結果的にはパン屋が4件 酒場3件 宿屋(ホテル含む)8件 古着屋5件 食堂18件 馬屋2件 乗合馬車2件 他には薬屋3件に治療院が2件。
此処までの粛清で処刑した人数は実に600人を超える。
これを少ないととるか多いととるか微妙な人数だ。
これからスラムの人間粛清に入り、これでようやく市民以下の粛清が終わったと言える。
スラムの人間の犯罪は様々だ。
セレナ殿が寝ていたら石をぶつけた者。
物をくすねた者。
【お前にはここに居る資格も無い】なんて馬鹿な事を言って追い出した者。
よくもまぁ、市民権を持たぬくせに言えた者だ。
この辺りの人間は元から、正式な人間として国は認めていない。
お情けで放置しておいた人間だ。
だから、人権は元から無い。
それが貴族に対して迫害を行ったのだ、殺しても問題はない。
その日の朝、騎士たちはスラムの周りを治安の維持という名目で取り囲んだ。
そして触書を出した。
大した触書ではない「炊き出しを行う」それだけだ。
炊き出しの内容は【オークのシチューに白パン】しかも器つき。
炊き出しとしては、最高級のメニューだ。
普通は黒パンに具の入ってないスープだが、今回はしっかりとしたシチューで具にはオークの肉が入っている。
これは宿舎に入った騎士や冒険者がお金をだして食堂で食べるメニューだ。
更に柔らかい白パンもつくのだ日頃から飢えている人間なら食べたいに決まっている。
しかも今回は器までつく。
スラムの人間の一部は、路上生活しており、食器も持っていない。
だから、炊き出しをしても食器が無いから食べられない者も多い。
実際に、スラム住まいの母親が子供にどうしてもスープを飲ませたくて、手で貰った例がある。
最初、そのままで良いと言ったが、絶対に火傷するので
【特別に冷めたスープ】を手に注いであげたという美談がある。
今回は食器まで貰える。
食器を手に入れれば次回からは器に困らない。
だからこそ、スラムの人間なら皆が並んでくるだろう。
そう考えていた。
「なぁ、本当にこれをするのか?」
「仕方無いだろう、上からの命令なんだ…」
「これを考えた奴、悪魔だ」
「おい、俺たち騎士は王の命令には絶対だ、この間裏切った奴がどうなったか解るだろう?」
「「「ああっ」」」
その日の朝、触書を出してから、行列ができていた。
「ちゃんと並んでください、食事は充分ありますから、ご安心下さい」
今回は出来るだけ多くの者に食べて貰う必要がある。
その為、考えらえない位大量のシチューを用意した。
「具合の悪い者や寝たきり、病に侵された者がいる家族やそういった存在がいたら教えて下さい、お届けしますから」
これは考えられない位の待遇だった。
行列に並び食料を貰った者は大喜び。
今までにこんな炊き出しは無かった。
「お母さん、このシチューおいしいね、こんな大きなお肉がはいっているんだよ」
「本当に美味しいわ…神様に感謝しなくちゃね..ううっ」
「お父さん、今日の炊き出しはシチューなんだ、お父さんが寝たきりだと言ったらお父さんの分も貰えたよ」
「ありがとう、何時も苦労かけてすまないな」
「良いんだ、さぁ食べようお父さん」
「おばあちゃん、今日の炊き出しはシチューなんだって、貰いにいこう」
「そうね、直ぐにいかなくちゃね」
いつもは食料なんて持ち歩いたら大変な事になるが、この日は全員にいきわたるのが約束されていたので誰もとったりしない。
欲しければ並べばいいだけだ。
多分、スラムの人間にとっては小さな幸せが訪れた瞬間だっただろう。
お金の為に人を殺す人間。
登録が無いから娼婦にすらなれないから陰で体を売っていた人間。
誰もが空腹を忘れられた一日だった。
…………これが最後の幸せな日だと知らずに。
スラムの人間は3日間のうちに全員死んだ。
シチューには遅効性の毒が仕込まれていた。
その為、食べた者は確実に死に至り、苦しんだ状態で街に助けが求められない様に騎士が取り囲んでいた。
毒は慈悲で余り苦しまないで死ねるような毒を選んだ。
もしこの毒を飲んで死ぬのなら苦しまないで眠る様に死ぬ、貴族階級が自害で使う毒だ。
それでも苦しみはある。
セレナが実際に訴えたスラムの人間は12名、だが元からスラムを好まないローゼン達はスラムの人間を治安維持の名目で皆殺しにした。
これ以降、確かにスラムは無くなった。
ローゼン達が殺したスラムの人間は480名にものぼる。
後の歴史でローゼンは残酷な人間として語られる事になる。
「ようやくひとしきりついた…此処からはファスナー殿と足並み揃えてやるしかない、まだまだ先は長い」
そうつぶやいたローゼンの顔は実年齢より10歳以上老けて見えたという…
半魔のミーシャ
スラムはそのまま閉鎖されたままだった。
死体は山積みにされ一般の市民は入れない。
市民や下級貴族には疫病が発生したと捏造した話を流したようだ。
そして、これ幸いと今迄に殺した他の市民もそのまま荼毘にふされた。
燃えてしまい灰になれば森に撒くらしい。
これで【市民の方は全てが終わる】
此処からは商会絡みだ、大変だな…。
それより、まさかスラムの人間を全員殺すとは思っていなかった。
まぁ、判断したのは俺じゃない。
文句言う気も別に無いが、酷い事するもんだ。
多分、俺の話から始まって、元々から貴族が目障りだと思っていたスラムをここぞとばかり無くしたのだろう。
まぁ、税金も納めずに王都では犯罪者扱いだから仕方ないと言えば仕方ない。
俺が恩を感じた奴は全部で三人、うち二人には恩を返した。
てっきり王都で店を続けると思っていたんだが、串屋の親父も果物屋のババアももう仕事はしないらしい。
「おら、食えよ、これが最後の串焼きだ」
「これが私が仕入れた最後のオーレンジよ」
何でも、魔剣を国王が高値で買ってくれて、かなりのお金が手に入り、更に貰った店が高値で売れたから湖の近くの別荘地で暮らすらしい。
まぁ、魔族の土地から遠いし貴族の別荘もある様な治安の良い場所だから大丈夫だろう。
「それでね私達結婚するのよ」
串屋の親父が横で照れている。
「その齢で出来るのかよ?」
「あははいやーね、もうそんな歳じゃ無いわ」
「余りからかうなよ」
二人して旅立っていった。
しかし120本の串焼きと100個のオーレンジどうするんだこれ。
まぁ、国から収納袋を借りているから持ち歩きに困らないが…
多分、店を手放すなら今が一番高く売れるだろう。
王都のお店がこの後に、沢山売りに出され暴落するかも知れないから、ある意味良かったかも知れないな。
最後の一人は何処にいるか解らない。
俺と同じでスラムにすら住む事が出来ない女の子だ。
そして、今現在、俺が唯一嫌悪感が湧かない女でもある。
今の俺なら助ける事も出来るしな。
【回想】
あの日は物凄い寒い夜だった。
スラム街にも入れて貰えない俺は街の外れで寝ていた。
塀の傍はスラム所じゃ無い位危ないので、夜詰め所の傍でなければ誰も近寄らない。
魔族や魔物が侵入してきたら確実に死ぬ場所。
そんな場所で好き好んで寝る人間は居ない。
だが、塀の外よりはまだ安全と思い此処を当時は寝床にしていた。
毛布も無く寝ていると夜中に背中に温かみを感じた。
横を見ると少女…の様な者がしがみ付いていた。
多分、齢の頃は10歳に満たないだろう。
「いひっ気がついちゃった?」
物凄く臭い…なんだ此奴
「お前、何しているんだ?」
「いひっひ、今日…みたいな…寒い日は暖め合わないと…ね」
孤児なのか?
そう思って見た、見た感じはなかなか可愛い、こんなのが孤児なら直ぐに犯されたり売られたりするだろう。
だが、此奴は…そんな事にはならない。
何故なら、此奴は半魔だからだ。
目が暗闇で光る事と忌み嫌われる青い髪。
これじゃ、此奴がどれ程の美少女でも抱く奴はいないだろう。
半魔とは魔族と人間の混血だ…忌み嫌われていて誰もが嫌う。
王都の片隅とはいえ住んで居るのは珍しい。
俺はどうせ嫌われ者だ。
「確かにな」
そう伝えそのままにした。
確かに彼女がくっついている分暖かい。
「いひひっだけど、あんた、ちゃんとすれば凄く綺麗なんじゃない?」
「まぁな、落ちぶれる前は貴公子と呼ばれていたが、今はこの面だ」
奇妙な関係が続いた。
俺はあの事があり、女嫌いになっていた。
女に触れられるのも嫌だとさえ今は思っている。
半魔だからか此奴に触られるのが嫌いとは思わなかった。
この国で唯一俺が話せる相手が此奴だった。
名前を聞いたらミーシャという事だった。
本当の所は本人も解らないが、死んだ母親は冒険者で、魔族に犯されたらしい。
魔族は気まぐれに女を犯す事もある…まぁ凄く少ないし、妊娠もまずしない筈だが、何故か此奴の母親は妊娠したらしい。
その結果生まれたのがミーシャと言う事だった。
「確かに顔にバッテンが無くて、ちゃんとしてれば美少年だね」
俺は意趣返しとして答えた。
「お前も青髪じゃなくて目が普通なら…可愛いかもな…まぁ凄く臭いけど」
「いひひっ臭いのは仕方ないさぁ…」
まぁ半魔だから獣臭がする、それにこの街で暮らしている此奴が風呂になんて入れる訳が無い。
別に俺はロリコンじゃない10歳満たないガキに手なんて出さない。
ゴミを一緒に漁り食べて。
ただ夜が寒いから抱き合って寝て。
話す相手がいないから此奴と話す。
それだけだ。
だが、俺はただ街に居るだけで暴力を振るわれる様になり…此奴が巻き込まれない様に距離を置いた。
【半魔だから巻き込まれて殺されるかも知れない】そう思ったからだ。
相手は勇者、魔族の血が入った奴なんか平気で殺してくるかも知れない。
王都から出る時に連れて行こうか考えたが、外の世界は死と隣り合わせだ。
ゴミを漁る生活でも王都の方がまだましだ。
俺は1人で王都から逃げる様に去った。
俺が逢いたい奴は此奴が最後だ。
此奴は騎士や衛兵を見ると逃げだすから、俺自ら探さないといけない。
城壁や塀の周りを探してみた。
もう見つからない、そう思っていたが、ようやく見つけた。
「久しぶりだな、ミーシャ」
「あれ、もしかしてセレナかな?」
「ああっ」
ミーシャは魔族の血が入っているからか、あの時と殆ど変わらない姿をしていた。
「ミーシャ、良かったら俺の所にこないか?」
「それは此処で前みたいに暮らすって事かな?」
「違うぞ、今ならちゃんと部屋があるから、そこに行こう」
「ミーシャは入れない」
「大丈夫、ミーシャが入れない場所なんて無い、これからはな」
面白い、この先王城にでも連れていくか?
国のお金で貴族でも買えないドレスや宝石を買うか?
教皇にでも遭う時に【俺のパーティー】だとでも言ってやろうか?
勇者の俺のパーティーなら誰も文句は言えないな…
あははははっ、勇者の仲間が半魔…楽しくて仕方ない。
まぁ、今の俺にはゴミを漁り異臭を放つ此奴の方が、王よりよっぽど、価値があるんだがな…
「本当に? 大丈夫なのかな」
「ああ、大丈夫だ」
少しだけこの世界も悪くない、そう思った。
自由の翼
俺はミーシャを連れて冒険者ギルド
「よっサニーちゃん」
「サニーちゃんはやめなさい、今の私はギルマス代…あっギルマス」
「元気そうでなによりだ」
顔を潰したからトラウマになっているかと思ったら、普通に元気だな。
「おかげさまで、それで今日はどうされたのですか?」
「冒険者の登録と、パーティー登録をしようと思ってな」
サニーは少し驚いた顔をしていた。
「セレナギルマスの登録ならしておきましたよ? というか昔のデーターを復活させてB級からS級にしておきました」
「仕事早いな」
「勿論、代理ですから、それに経緯は兎も角、S級とA級を簡単に殺しちゃうんですから、ランクとして当たり前ですよ…そうだS級に昇進した所で軽く火竜でも狩ってみますか?」
「良い度胸しているな」
「それで、他にはなにかありますか? もしかして優秀な私の給料を更にアップしてくれるとか?」
俺はこの冗談を無視して話した。
「いや違う、此奴の冒険者の登録と俺とのパーティー申請だ」
「ひっ魔族…」
ミーシャは不安そうにこっちを見ている。
「セレナ、ミーシャは駄目だよ」
「気にすんな! サニーちゃん登録頼むよ」
「ですが、流石に魔族は…問題になりますよ」
「サニーちゃん、お前には俺の正体言ったよな? 問題ない! これに反対するなら王だって斬り捨てちゃうから(笑)」
にこりと笑いながら言ってみた。
「わわ解りました…すぐに登録しますから、まぁセレナギルマスなら、だーれも逆らわないでしょうから、ただ空欄にサインお願いしますね! 文句言われたらセレナギルマスの命令って言いますからね」
「ああ、解った」
「はいはい、それでパーティーの名前はどうしますか?」
「そうだな【自由の翼】か【ブラックウイング】で迷っている」
「ぶはっ…はぁはぁ、本気で言っています? 大昔にあった英雄パーティーと勇者パーティーの名前じゃないですか? 仕方ないそれじゃ【ブラックウイング】にせめて」
「やっぱり【自由の翼】で」
「あーあー、もう知りません、伝説のパーティーの名前を使うなんて、今まで恐れ多いと言われ、誰も名乗らなかったのに…まぁセレナ様だから仕方ありませんね」
《半魔の子の登録も頭が痛いのに、よりによって伝説のパーティーの名前で登録なんて…はぁはぁ、胃が痛い、本当に痛い》
顔色が悪いな。
「それじゃ、サニーちゃんに特別ボーナスで給料は3倍から4倍にアップ」
「だったら登録は5分で済ませます(キリッ)」
さっきから冒険者が静かだと思ったら、大きな俺の肖像画が飾られていて、その下に【セレナ.オーナーギルマス】というプレートがある。
掲示板には、新ギルマス誕生の号外が大きくはってある。
だからこそ、ギルマスとギルマス代理との会話だと思いだれも割り込んでこないのだろう。
《この間までの逆らえば殺す…その雰囲気が無くなっていますね、まるで化け物が人になったように穏やかです。ぜひこのまま穏やかにして頂きたいものです、あの状態のギルマスは怖くてたまりません》
ミーシャの冒険者プレートが出来てきた。
「ほら、ミーシャ、冒険者登録証だ、まぁFだけどな」
「嘘、ミーシャが冒険者になれたの? これミーシャにくれるの?」
「そうだ、これはミーシャのだ」
「ありがとう、セレナ」
「どういたしまして」
「あはははっ やってしまいました! 伝説の英雄パーティーと同じ名前でで登録しちゃいました、はいセレナギルマスのプレートです」
「そうだね、ありがとう」
セレナ達を見送った後サニーは胃薬を10錠口に放り込んだ。
その頃、ローゼンとファスナーはいよいよ、商業ギルドに手をつけようとしていた。
商業ギルドの最後
「ふっ、今度は我々が多分、粛清の対象なのでしょうな」
「しかし、国も甘いな、我々商業ギルドが気がついていないと」
「情報を制する事なく冨は得られない」
「そうだ、貴族にまで根強く張られた、我々を罰する事など王とて不可能」
「だが、どうする?」
「傀儡を用意すれば良い、誰か1人に罪を着せて…自殺させる、それだけで終わりだ」
暗闇の中で話し合いは進められていた。
この話は商業ギルドの中心人物、五大老とギルマスの6人の話だ。
今迄も追及されると、トカゲのしっぽ切りで終わらせてきた。
有力貴族を後ろ盾に持つ彼等にはそれで充分だった。
万が一可笑しな話があっても、握りつぶして貰える。
だが、今回は違った。
王が肝いりで行い、宰相が動いている以上【後ろ盾】は機能しなかった。
いきなり扉が蹴破られた。
「商業ギルド、ギルマス、ドルマン他幹部、横領及び貴族の財産に手を掛けた事で連行する」
ジェイク他騎士が一斉に雪崩れ込んできた。
「馬鹿な、何故我らの動きが解ったのだ」
「ふぅ、ドルマン、今回は超法規手段で動いている、ローゼン様が中心にな、だから【中間の手続き】を全部すっ飛ばしている、諦めるんだな」
「ふぅ、今回は我々の負けのようだな、仕方ないセレナ殿には多分な利息をつけて財産を返そう」
「商業ギルドが傾きますが仕方ありませんな」
「…」
「ふあははっ、所詮は騎士、我々が怖くて動けないのですか?、貴族ですら逆らえないんだからね」
騎士は溜息をついた。
「豚が騒ぐんじゃねーよ、もうお前らの家族は既に罰を受けている、そしてお前等はたった今、この時から【人として扱われない】」
「なっ、そんな口を叩いて良いのですか? 我々は貴族にも多数の金額を融資しているのですよ? 貴族すら我々は自由に操れるのですよ…」
本当に馬鹿だな。
「その貴族様達からの伝言だ【我々は人間なのだ、豚とは取引しない】だそうだ」
「何だね、それは」
「お前等、商業ギルドなら法律は解るだろう? 貴族の財産に手をつけた者は【市民権を含み全てを奪われ国外追放】だ」
「なっ、だがそれは適応された事は無い筈だ」
「お前等はついてなかったな、貸し付けたお金を理由に貴族を利用してきたんだろう? その借金をがチャラになると話したら頼みの侯爵様を含み全員協力してくれたよ」
「ななななっ、それで家族はどうなったのだ」
「はははっ、余程恨みがあったんだろうな? 全てを奪われるのだから【女子供は裸で何も持たない状態】でゴブリンの森に捨てて来た、運が悪ければ、ゴブリンの苗床、運が良ければ盗賊か冒険者に拾われ慰み者か奴隷じゃ無いか? まぁ王国に持ってきても入れないから王国にきた時点でまた捨てられるな」
「貴様ら、それでも人間か?」
「そんな事より、自分達のこれからを考えた方が良いだろう」
「ふっ、終わりだ…じたばたせんよ」
彼等は【女子供】の事しかしてなかった。
では男はどうなったのだろうか?
貴族としては是非死んで欲しいのだ…だから【ワイバーンの谷】に捨てられた。
裸でこんな所に捨てられたら、ただのエサだ。
生きて何処かにたどり着くなんて事は絶対に無いだろう。
洗う…そして疲れた。
ミーシャを連れてホテルに帰ってきた。
入ろうとした時に受付と目が合ったが、合った瞬間悲しそうに目を逸らされた。
此処は高級ホテルしかもランクは最高の五つ星。
そこに凄く汚い、しかも半魔のミーシャが入ってきたんだ、嫌な顔もするだろう。
だが、もう何も言わないな、というか怖がられている。
ローゼンとマインが脅したからだ。
そりゃそうだ…五つ星から星ゼロにされて王族、貴族全部が使わない。
そんな脅しをされれば怖いよな。
しかも、【俺が冒険者ギルドのギルマス】なんだからな。
まぁお陰でミーシャを連れ込んでも文句は言われない。
まぁ、さっきから泣きそうな目で睨んでいるけど。
知ったこっちゃない。
「あの、セレナ、此処本当に私がいて良い場所なの?」
「さっきも言ったけど、もうミーシャに入れない場所は無いよ」
ミーシャは驚いた顔でこちらを見ていたがそのまま手を引いて部屋に連れ込んだ。
一緒の部屋に入ったら…物凄く臭かった。
スラム街の浮浪者の何倍も臭い、ゴミ捨て場のゴミの方がまだ臭わない。
それは仕方ない…だって彼女は恐らく今迄風呂に入った事が無いんだから仕方ない。
「さてと、お風呂に入ろうか?」
流石に若い娘だからこれは嫌がるかと思ったら
「お風呂って…ミーシャが入っていい物なの?」
なんだかすごく不憫に思えた。
「むしろ、入らないと汚い…」
最早ただのボロキレにしか思えない服を脱がそうとしたら…
「セレナのエッチ…スケベ..」
「あのなぁ、俺はガキには欲情しない…ばっちいから洗うだけだ」
「セレナ、一つお話ししようか? わたしセレナより多分年上だよ?」
「はぁ~!」
そうだ、俺と此奴が出会ったのは15年以上前だ、今の此奴の姿は、あの頃と大差ない。
少し身長が伸びただけだ。
そう考えると…此奴は幾つなんだ。
「あの、ミーシャって幾つなんだ、俺は33歳なんだが」
「それなら、多分ミーシャの方が年上だよ…まぁ魔族って寿命が長いからね、半分その血が入っているから見た目はこんなだけど」
確かにそうだな。
「うん、納得したミーシャはロリ婆ちゃんなんだ」
「ロリばーちゃん? なんかその言われ方嫌だよ」
「はいはい、それじゃミーシャはミーシャって事で」
それでも見た目ガキなんだから欲情なんてするかよ…というか今の俺は女になんか欲情しない。
それどころか、今の俺が【触れる女は多分此奴だけだ】
実際にロザリアが服を脱ぎかけた時には嫌悪感が走った。
さっさと服を脱がせて湯船につからせた。
体中が垢まみれで先にふやかさないと取れないからだ。
まぁゴブリンとかは水浴びすらそうはしないらしい。
「ちゃんと肩まで浸かれよな」
「ふぃー、解ったよ、お湯に浸かるの初めてだけど気持ちよいね」
お湯が瞬く間にドブ水にように変わっていく。
一回抜いてまたお湯を入れ直した。
まるで粘土の様にこびり付いた垢がまた浮いてくる。
結局、此処まではした物の、余り綺麗にならず受け付けに頼んで【湯女】を呼んで貰った。
ミーシャを見た瞬間に目が泳いでいたが、
「勇者パーティーの大事な仲間だから」
そう言うと泣きそうな目で
「頑張ります」
と言った。
「だったら貴族令嬢以上に綺麗に磨き上げてくれたら別に金貨1枚弾むよ」
そう言ったら、目の色が変わっていた。
ついでに俺が貴族時代に使っていた服屋に連絡して【普段着】【ドレス】をそれぞれ5着注文の旨と直ぐに着れる吊る下げの服を5枚、下着を持って来させる様に手書きを書き騎士に頼んだ。
帰ってきた騎士に聞いたら、渋ろうとしたらしいが「王の名前をだしたら震えてました」との事だ。
ホテル付のメイドに冷たい物と新品のガウンを注文していたら、ローゼンが慌ててやってきた。
【ローゼン、ファスナーSIDE】
「商業ギルドの粛清が終わりました、これより法律的に商業ギルドはセレナ様の者になります」
どんな事をしたか報告を聞いたら…もしかして魅了の影響なのか、いや違うな、本当の馬鹿だ。
昔、シンゲンガーという知将が【人は城】という名言を残した位なのにな。
「話しは解ったが、俺は勇者じゃ無くて、これから商業ギルドのマスターになるのか?」
ローゼンとファスナーの顔色が曇った。
こいつら馬鹿すぎるな…
商業ギルドという、いわば箱だけ貰って俺にどうしろと言うんだ?
確かに彼らの財産まで全部貰ってギルドの金を貰えば充分だけど?
無くなしたら…この国終わるじゃん。
流通から何から止まりかねないだろうが…
「それはどういう事ですかな?」
そうじゃ無いだろうよ…
「いや、そこ迄ボロボロの商業ギルドを渡されたら再建するまで数年は掛かるからな、勇者なんてやれないな」
「いや、それでは困ります」
本当に馬鹿だな、スラムもそうだし、本当にこれが【切れ者】なんて呼ばれていたんだから可笑しいだろう。
「だったら、今直ぐ、全員回収して来い、そして…そうだな、全員に奴隷紋を打つ準備しろよ…はら急げよ」
「「はっはい」」
はぁ~、本当に溜息しか出ないな…
「どうしたのセレナ」
「なんでもねーよ」
なんか、取り返すより、このままミーシャつれて帝国でも行こうかな…なんてつい思っちまう。
疲れたな…
騎士に後でジェイクに来させるように頼んでそのままベッドにダイブした。
見えてきた最後
ホテルにはミーシャの採寸の為に服屋が来た。
今のミーシャはバスローブを着ている。
採寸が済むと、吊る下げと言われる服で寸法が合う物 5枚と下着をベッドに置いた。
「お久しぶりですセレナ様」
「久しいな」
「はい、たった今採寸が済みましたのでこれから制作に入ります、吊る下げから今見繕った所、そこの5枚が良いかと思います、ただあくまで吊る下げなので多少の寸法誤差はお許し下さい」
基本、殆どの服はオーダーメイドか古着だ。
高級店等では急な対応に迫られたときだけ、あらかじめ店に用意した試作品吊る下げと呼ばれる服を販売する。
5着も同じサイズを販売する事は普通はしない。
何故ならあくまで緊急用なので5着も渡してしまうと予備が無くなって困る事になる。
この扱いはセレナがあくまで特別な扱いになっているからに他ならない。
ミーシャは下着を身に着けて吊る下げの服を着ている。
オーダーメイドと違い少しブカブカだがこれは許容内だ。
今のミーシャは髪が青い事と目が光っている事以外は綺麗な少女に見えた。
うん…少し臭い、まぁワンコの臭いみたいな感じだ。
これなら香水でも振りかければ普通だな。
少し休んでいるとジェイクが訪ねてきた。
ミーシャを見て一瞬顔が歪んだ。
「此奴は俺のパーティーの仲間だ」
そう言うと驚いた顔になった。
そりゃそうだ、俺が居るのだからそこは【勇者パーティ】その最初の仲間が聖女でも賢者でも剣聖でも無い、半魔なのだから驚くのは当たり前だ。
「そうですか? それで今回はどういった御用でしょうか?」
「ジェイク、良かったら部署替えしてみないか?」
「どういう事でしょうか?」
ジェイクは訳が解らない、そんな顔をしている。
「そうだな、簡単に言うと商業ギルドに出向しないか? 給料は3倍、将来的には男爵か子爵の地位が貰えるかも知れない」
「それ、冗談では無いのですか?」
「冗談じゃない、ただ可能なら仲間として沢山の騎士がいる…お前の為に命を張る様な奴はどの位いる」
「忠誠なら20名、只の部下なら50名という感じですね」
「ならば、その20名を束ねられるな」
「勿論」
「それじゃ、多分後日呼び出すから、呼び出したら直ぐに来れる様にしてくれ」
「解りました」
【後日】
ローゼンとファスナーが急ぎ動いたせいか、男は約7割が救出された。
残念ながら女子供はほぼ全滅だったようだ。
そして、今現在助けられた男達は全裸で縛られて転がされている。
全員が怯えていて、目が死んでいた。
運が良い、ギルマスと五大老は生きていた。
「すまないな、俺は財産の取り返しと、直接関わった人間の粛清を頼んだんだが、まさかこれ程関わっていると思わなかった…ああっ猿轡を外してくれ…だからって喋るなよ」
「「「「「……」」」」」」
「よし、この中で貴族の弱みに精通している奴居るか? 居たらそうだな、首を少し浮かして見ろ」
思ったより多いな。
「その中で、見捨てた貴族に復讐したい奴は居るか?」
ほぼ全員か。
「お前等、命は助けてやる…但し奴隷になるならな? ただこれを信じる信じないは別だが、今迄と大して変わらない生活を保障してやる、どうだ」
ワイバーンに食われそうになったのが怖かったのか全員が奴隷になった。
ちなみに、第一主人は俺、第二主人はミーシャにした。
さぁ此処からが本題だ。
「全員が今迄通り働いてくれて構わない、ただ商業ギルドは俺の物になったからギルマスは俺、副ギルマスはミーシャだ」
ミーシャは解って無さそうにきょとんとしている。
「「「「「解りました」」」」」
「俺の取り分はミーシャと併せて今迄のギルマスと同じで良い」
二人で一人分なら安くなったと言える。
「それでだ、俺の財産の没収に絡んだ貴族を後で教えてくれ」
「我々としても見捨てられたような物、それで命が助かるなら幾らでも協力しよう」
「解った、それでローゼン悪いが、ジェイク達数名をこの商業ギルドに借りたいが良いでしょうか? それとちょっとした報奨を貰いたい」
「此処まで来たのですから、もう最後まで付き合いましょう…国王にはその許可をもらいます」
「そうか、頼むよ、報償はジェイク達騎士が粛清した貴族籍の幾つかをジェイクたちに渡す事、具体的には子爵1席と男爵20席」
黙って聞いていたジェイクと集められたその仲間は驚きを隠せない。
男爵という爵位はある意味【本物の貴族】といえた、そしてジェイクは王宮での立場は騎士を纏めているが低い。
そんなジェイクにとって【子爵】は喉から手が出る程欲しい物だった。
「流石にセレナ殿、それは難しい」
ローゼンを無視して話した。
「ジェイク、俺から財産を奪った関係者、ソランに組し俺を陥れた者を粛清してくれ、元ギルマス、五大老はそれが誰だか掴んでいるのだろう?」
「私が代表して答えましょう…全部存じてます、奴隷紋を刻まれた今、私は貴方に嘘は言えませんからな」
「家族を殺してしまった事は俺も謝ろう…そこまでの事は俺は考えてなかった」
「我々は罪人、気にしなくて良い…態々我々を呼び戻したのだ、今の言葉が真実だと解る」
「まぁな…ローゼン、これで俺を陥れた奴は全員解るな、今回の粛清が終わったら、俺は聖教国に行き【聖剣の儀】を受ける。これでも爵位の譲渡は難しいかな?」
「その条件なら、必ずや王に約束を取り付けましょう」
「私もご助力します」
ようやくだ、ようやく…ここ王国でやるべきことが終わる。
三人の女
マインが戦場から帰ってきた。
どうにか魔族の撃退に成功して帰ってきたものの、その心中は穏やかでない。
マインは聖女だから回復に徹した戦いをしていた。
本来は聖女は四職(勇者 聖女 賢者 剣聖)のなかでは一番戦いには向いてない。
だが、それはあくまで四職の中での話しだ。
騎士なんて遙かに凌駕する化け物の様な中で一番弱いそれだけだ。
だが【先代勇者】があっさり殺され【氷帝】も敵わない様な新しい魔王軍を恐れた国軍は一切戦場にマインを出さなかった。
後方でひたすら回復をしていた。
聖女の加護があるから、思ったよりは精神的なダメージは無い。
だが、幾ら歳を得たとはいえ、女性。
顔が焼かれて担ぎこまれてくる女騎士。
腕が千切れかかって運ばれてくる兵士。
それらを治療して直ぐに戦場に送り込む…心が痛くて仕方が無い。
死なないから良いという訳では無い、腕をもがれた兵士が【治りましたから戦えと直ぐに戦場に戻される】それを繰り返されたら心は確実に病むだろう。
【殆ど犠牲を生まずに魔王軍を撤退させた聖女】と称えられる一方【自分は戦わず、沢山の人間を非情に徹して戦場に送り込む悪魔のような女】という人間もいた。
マインの市民の評価は二つに分かれていた。
勇者や剣聖がいれば、2人と肩を並べて戦えば多分違った話になる筈だ。
これが先々どうなっていくのかはまだ誰も知らない。
それは別にして、マインは今王宮に帰ってきた。
そこにはマリアにアイナが待っていた。
「どうしたの?二人とも」
「お姉さま、お話があるの…」
「兄が大変なんです」
大変なのは解る、会った瞬間からもうセレナじゃ無かった。
貴公子と呼ばれた面影はひそめ、絶望に満ちた顔。
そしてキラキラと輝いていた目はまるで死人の様に濁っていた。
だけど、これはどうしようもない事だ、その原因を作ったのは意思は兎も角、自分たちなのだから。
「どう大変なのかな?」
マインは話を聞いて固まってしまった。
簡単に言うならセレナに女が出来た。
そう言う事なのだが…その内容が飛んでも無かった。
これは本当なのだろうか…信じられなかった。
「わたしが…ハァハァ私がいけないのです…私が兄さまを裏切ったから、私があんな事をしたから、兄さまは壊れてしまった」
「アイナ、貴方だけが悪い訳じゃない…私が、私が悪いのよーーーーーーーっセレナ、セレナごめんなさいーーーーっ」
ビシッ、ビシッ
「二人ともまずは落ち着きなさい」
多分、2人が叫ばなければ、私が叫んでいたかも知れない。
だが、第一王女のプライドと聖女の誇りがそれをとどめた。
別にセレナが誰を愛そうがもう誰も咎める事は出来ない。
私達は魅了されていたとはいえ、他の男の妻になって子供まで産んだのだから、いう資格も無い。
どれ程心からセレナを愛していても「愛して欲しい」そんな事いう資格は無い。
心を壊して【貴公子】とまで呼ばれたセレナにあそこ迄したんだから、当たり前だわ。
「多分、セレナ殿は凄く恨んでるんでしょうね? よりによって半魔ですか、話を聞いても信じられません」
「ですが、これはローゼンが報告してきた事ですから間違いないわ」
「私も心配だから調べさせたら、パーティーメンバーに加え、商業ギルドの副ギルマスにしたらしいです」
「それで、パーティーの名前が【自由の翼】なのよね」
「はい」
本当に頭が痛いわ。
まさか、此処に来て【自由の翼】なんて。
まだ【ブラックウイング】なら勇者パーティーだから良いけどね。
よりにとって【自由の翼】だなんて、今のセレナの気持ちが少しわかるわ。
「どうしたのですか?お姉さま」
「マイン様どうしたのですか?」
「セレナが元に戻ったのかも知れない…」
「「えっ」」
そう【自由の翼】なのね。
自由の翼とは、大昔に書かれた小説にでてくるパーティーの話だ。
当初、本当にあった話とされていたが、それにしては余りに可笑しすぎる。
何しろ、ケインというただの魔法戦士が勇者を飛び越え、強くなり伝説のロードになったり、ただのメイドが【戦メイド】と呼ばれて無双する。
どう考えても可笑しな話だ、後にこの本は、【ストーンヤツサン】という売れない小説家がしかけたフェイクだという事が証明され、いまは嘘の話と証明された。
だが、その話は今でも人気があり、一時期、ケインとアイシャ、アリス、シエスタという名前を子供につける親が増えた位だ。
そして【自由の翼】に【ブラックウイング】の名前は暗黙の了解で誰もつけない。
まぁ【ブラックウイング】は兎も角、【自由の翼】なんてつけたら貴族や王族に嫌われるから普通はつけないでしょうね。
【自分たちが幸せになる為のパーティー】なんて権力者は雇いたくないでしょうから。
だけど、面白いわ、本当に面白い。
気が付くと、この王国半分セレナの物じゃない?
商業ギルドに冒険者ギルドまで全部とられて、王都の店の権利だって下手すればセレナの物じゃないかな?
更にジェイク他強い騎士の忠誠を得て、商業ギルドの幹部たちの悪意はこちらに押し付け奴隷として手に入れる。
凄いわ、昔からセレナは優秀だったけど、今のセレナは容赦しない分前より凄い。
この国を償いからセレナに渡そう、そう思っていたけど…自分からとっていくじゃない。
必要ないわね…私がこれからする事は【ただ見ているだけ】で良いわ。
だって【天才は寝ているふり】をして多分起きているわ。
昔のお父様やローゼンなら多分どうにかしたかもしれないけど…今は何故かお花畑。
何がどうなったのかわからないけど昔ほど頭が回っていない。
しかし、大胆ですね。
誰もが憧れるS級冒険者で勇者のセレナ率いる【自由の翼】
そこに国中から嫌われる存在の半魔の女の子。
そして、その女の子のもう一つの顔は商業ギルドの副ギルマス。
簡単に言えば【勇者パーティー所属で、商業ギルドで副ギルマス】そんな地位に半魔の子がいる。
今までこの国の底辺でお情けで生きていた子が【指先一つで人が殺せる地位】についた。
その気になれば王宮にもこれるのよ…
何をするのかな、何を見せてくれるのかな、ドキドキするわ。
「あのお姉さま、なんで嬉しそうなのですか?」
「そうですよ…可笑しくなっているんですよ、お兄様は」
「そうね、だけど私が15年ぶりにあったセレナはね、まるで獣か魔物みたいだったのよ…私としては少しだけど人間ぽくなってくれて嬉しいわ」
「そこまでだったのですか….」
「お兄様はそんなに…」
15年の月日でも失われなかった、その頭脳で今後どうするのか、私は見てみたくなった。
小さな少女が起こした大きな奇跡
商業ギルドのギルマス ドルマンは衝撃を受けていた。
自分の立ち位置についての書類をセレナから貰った。
可笑しい、可笑しすぎる。
セレナ様は、自分の本来持っていた財産は個人口座に移してあったが。
自分達に罰が一切無いのだ。
確かに、代理となったから降格ではあるのだが、実際に自分の月当たりの収入は前より増えていた。
本来は【奴隷】なのだからタダ働きが当然なのだが、以前より待遇が良い。
まぁ、裏金は入らないが表だった収入は以前より格段に良い。
何もかもが可笑しい。
よくよく考えてみたら、自分達の命を救うよう指示したのはセレナ様だ。
その事から考えたら自分達を殺そうとしたのは誰だ…
推測だが多分貴族だ。
つまり、セレナ様は関係なく【借金を無くしたい】から我々を殺そうとしたのだ。
丁度良い…セレナ様の貴族粛清に乗っかり、今回我らを見捨てた貴族からもお金を【一括返済】させてやる。
ついでに、セレナ様に逆らいそうな貴族も潰しておこう。
今の我らの主はセレナ様なのだからな。
「五大老、貴族は我らを裏切った、ならば金の怖さを教えてくれようぞ」
「裏切りの代償は大きいぞ」
「死より辛い人生を味わせてやろう」
「豚と呼んだ事、後悔させてくれよう…」
罪人から市民に戻った事で【貴族の借金】は復活していた。
そしてジェイク達と共闘する事で貴族の暴力と戦う力を得た。
貴族に対して一番槍は【商業ギルド】が担うのだ、そういう気持ちが高まった。
「ジェイク様、早速貴族からお金と権力を取り上げようと思います、一緒に行動してくれますか?」
「ああっ解っている、取り上げた貴族籍は俺たちが貰えるのだ、幾らでも手を貸す、その代わり交渉は頼みます」
「ああっお任せください」
「バルドマン公爵様、よもや借金金貨1万枚(100億円)お忘れでは無いでしょうな?」
「はんっ、生き延びたか薄汚い平民が」
「期限を過ぎた借金を今迄散々お待ちしました、その私にその態度ですか? 法律的には」
「私は公爵だぞ、王の次に偉いのだぞ、そんな物儂には通じない」
「そうですか、なら代替で弁済して頂く」
通信水晶を取り出しジェイクを呼んだ。
「貴様、ジェイクか何だね、その騎士は何だ?此処を何処だと…」
「借金を払わないようなので、物品を差し押さえようと思います」
「残念だが我が家には金貨1万枚などない、更に言うなら此処を切り抜けたら、お前等をギロチンにかけてやる」
《ジェイクには敵わない、だが、あとで訴えればこいつ等は終わりだ》
「あはははっ、そんなのは解っていますよ…貰うのは爵位とこの屋敷と領地を貰いましょうか?」
「馬鹿な爵位の譲渡など出来ぬ」
本来は爵位の譲渡など出来ない。
だが、今回だけは違った。
先の話し合いで爵位の譲渡の話をローゼンとファスナーが王と協議した。
王としては流石にそんな数の爵位を新たに作る等出来なかった。
その為【セレナに危害を加えた貴族から取り上げて良い】というとんでもない書類を作り王印を押してしまった。
これで全てが終わると思った王は更に手続きをスムーズにする為に任命権までそのまま与えてしまっていた。
「それが出来るんですよね…それではお願いしますね」
「貴様此処は貴族の屋敷だぞ..」
「悪いなバルトマン公爵、これは国が許可したんだぜ、セレナ様の金に手を付けたのが運のつきだ」
「うっ、セレナ、何の事だ、知らんぞ」
「さぁ、俺は知りませんがね、貴方、手を出したんじゃ無いの?」
「知らん、知らん、知らん」
本当はバルトマンはセレナには絡んで無い。
だが、商業ギルドはバルトマンへの恨みとセレナに敵対する可能性を考え排除する為に捏造した。
しいて言うなら権力を使い、借金を踏み倒そうとした相手、それだけの存在。
「さてと借金の踏み倒しはもう出来ませんね、金が無いなら、黙って爵位及び領地と屋敷を差し出して貰いましょうか? 素直に出さないなら無理やり取り立てるまで」
このままでは命まで取られる、そう思ったバルトマンは爵位、屋敷、持っている領地の権利証を差し出した。
300年続いたバルトマン家が崩壊した瞬間だった。
商業ギルドで考えた事は、将来、自分を守る後ろ盾は【子爵】のジェイク【男爵】の騎士、それとセレナになる。
なら大きい所から潰して置いた方が良い。
しかも取り上げる屋敷も上位貴族の方が良い場所にあり、価値があるのだから商人としては当たり前だった。
王や権力が守らない貴族等、海千山千の商人達には敵わなかった。
しかも、今迄権力をかさに無理やり払わなかった利子を正規に計算するだけで殆どの貴族は破綻する状態となる。
何しろ、返すつもりが無いからと、年利250%でしかも滞ったら延滞遅延金100%に翌月に全額返済というとんでもない契約書なのだから簡単だ。
(※昔は実は凄く金利が低い国が多かったという話も多いですが、ここはあえて、利子の制限が無い、きつい方の国から引用しています)
いきなり義務を負わされた貴族に返す統べは無く、次々と爵位や財産を取り上げられ、見栄えの良い娘は奴隷にされ売られていった。
抵抗しようにも、商業ギルドにはジェイクを始めとする強い騎士がついている。
ジェイクは勇者や四職等規格外の存在を除けば、これでも王国最強ともいえる。
法でも、実力でも太刀打ちできず、王都の貴族はほぼ全部…貴族人生が終わってしまった。
流石に、領地を持ち王都に居を構えない貴族は無傷であったが、法衣貴族等王都中心に生活する貴族の多くが没落してしまった。
その数は約6割にも上る。
842家あった貴族のうち実に502の家がなくなり、その爵位の全てが、形上セレナの物になってしまった。
まさか王も此処までされているとは思っていなかっただろう。
【数日後】
俺は今回の一連の関係者を商業ギルドに集めた。
「えーと、ミーシャ殿、貴方をこれより自由侯爵の地位を与える」
「んっ!自由侯爵ってなあに?」
「まぁ偉くなったって事だ、黙って貰っておけ」
「まぁいいや、セレナ、ありがとう」
「どう致しまして」
《これはどういう意味だ》
《何が何だか解らない》
「えーとジェイク殿にドルマン殿にサニー殿にローゼン殿にファスナー殿全員、伯爵の地位を与える」
「はっ、有難き幸せ」
「あの、儂は奴隷なんですがこれは何の冗談ですか」
「あはははっセレナ様、これは流石に冗談ですよね…なんですか?」
「あの…セレナ殿、これはどういう事なのでしょうか?」
「本気ですか?」
「はぁ~ジェイク以外全員無礼だな、まぁ良いや、これは冗談では無い、今迄世話になったから、今回手に入った爵位を今迄の功績に応じて与えただけだ」
「あの、咄嗟に礼を言ってしまいましたが、私が頂くのは男爵だった筈では?」
「最低でもと言ったのだが不服なのか、なら男爵に」
ジェイクは跪くと剣を抜いて掲げた。
「生涯の忠誠を」
「それは嬉しいが、俺が持っているのは、只の任命権だけだ、今迄通り王に忠誠をつくせば良い」
「はっ、確かに…ですがこのご恩は生涯忘れません」
「なら、もしまた俺が困った時がきたら、返してくれ」
「【騎士として剣に掛けて】絶対に守ります」
「あの、儂はこの間命を助けて貰ったばかりですし…奴隷ですぞ」
「奴隷は解かないからな、だが商業ギルドの責任者が爵位を持てば権力者に媚びないで仕事ができるだろう? だからやる、もし恩に着るなら今度、俺が不幸になったら助けろ…それだけで良い」
「それだけで良いので」
「ああっ….だが【それだけ】と簡単に言うが、今回俺にそれをくれた人物は、誰も居なかったぞ」
「商人は約束はたがえません【商人の誇り】にかけて約束しましょう」
「えーと、冒険者ギルドの、ギルマス代理で今度は貴族ですか…もう頭がついていきません」
「まぁな、面白いだろう? 手に入る時は簡単に地位も名声も入るんだ」
「あのですね…これは、セレナ様が気まぐれでくれただけですよね」
「あんまり舐めるなよ! 俺は実力も無い人間に、そんな事はしない、いい加減自分を下に見るなよ、まぁ死なない程度に頑張れ」
「労わってはくれないのですね」
「あはははっ、死ぬ寸前まで忙しく頑張る奴だから、あげたのだ、まぁ頑張れ」
《嘘…私の仕事を本当に評価してくれての事だったの…》
「そんな事言われたら、死ぬ気で頑張るしか、返事できなくなるじゃないですか」
「まぁな」
「あのセレナ殿、これは一体」
「ローゼン殿にファスナー殿は肩書は最高の肩書でしょうが、2人とも貴族としての地位は低いでしょう、ならば今回世話になったから、地位を渡した、それだけですよ」
《そんなこと考えてくれた者は王も含み誰もいなかった》
《嫌われ役の私にも報いようと言うのか》
「そんな顔しないでくれ…貴方達から見たら俺はまだ若造です、この国を政治的に守るのは貴方達だ…まぁ今度困ったら助けてくれれば良い」
「解りました」
「約束します」
「さてと、次はジェイクの部下の騎士20名からは騎士爵を取り上げ、新たに子爵をあたえる、五大老にも全員新たに子爵を与える…まて跪くな、俺はあくまで任命権しか持ってない、忠誠は王に尽くす事だ」
「はははっ、信じられません、子爵だなんて」
「自分が貴族になれるとは、こんな爺になって初めて感動しました」
「私は商人として、貴方には生涯の友となる事を誓おう」
「まぁ良いよ、俺は自分とミーシャの取り分として湖周りの土地全部とそこにある小城を貰う、あとは自分に対して【自由大公】の地位を貰う 後の爵位の授与や報奨の分配はさっき爵位を授けた者で決めて良い…以上だ」
「自由大公の件は我らが責任を持ちましょう」
「まぁ、勇者であるセレナ様には誰も逆らえないでしょうからな…ミーシャ殿を含み忠誠を誓わない爵位、考えましたな」
「それより、セレナさまの取り分が少ないのではないですか?」
「余り多くはいらないよ…あそこには、知り合いのじいいとババアが居るからな、もし魔王討伐が終わったら、今度は洞窟で無くあそこに引き籠るとするよ」
「確かにあそこは別荘地になる位良い環境ですからな」
「それじゃ、あとは任せた」
「【貴公子セレナ】は変わっていなかった、そう言う事か」
「違いますぞ、会った時のセレナ様なら、多分我々は皆殺しにされていたと思いますぞ」
「確かに」
「多分、あの少女が居たから、元に戻ったのではないですかね…私セレナ様に顔を半分比喩じゃ無く、物理的に破壊されましたから」
「ああっ、確かに俺が迎えに行った時は、悪魔にしか見えなかったからな」
「あの少女に我々は救われた、そう言う事だな」
皆の視線の先にはミーシャがいた。
体が受け付けない(王国篇 終わり)
儂はなにをしていたのだろうか?
ソランには大切な娘を二人とも汚されやられ放題。
大切な臣下の妻や娘も守れずじまいじゃ。
この15年可笑しかった状態が正常に戻った瞬間から話はもう取り戻せない方向に進んでいく。
あの優しく笑顔の眩しかった少年、セレナはすっかり変わりこの世界が憎いとばかりに訴えてくる。
それを突っぱねる事は儂には出来ない。
何故なら、セレナが言う事は正しいからだ。
行き過ぎと思うが…法に照らし合わせれば間違っていない。
なら、それは止められないし、止める権限もない。
だから、どれ程残忍な話でも仕方ない。
何が悪いのか? 簡単だ。
【ソラン】
【ソランに踊らされた馬鹿な民衆】
完全に黒はこの二つ。
貴族に対しての礼儀を忘れた馬鹿な奴ら。
【ソランの魅了で操られた者】
これがグレー。
意思がないとはいえ、馬鹿な事をしたんだ、罪はある。
勿論、儂も娘達もな…
その結果が、大量殺人に、沢山の人物の人生を終わらせた事になった。
そして今、国は…実質儂の物ではない。
商業ギルドも冒険者ギルドもセレナの物。
そして儂の周りに古くから仕えてくれていた貴族の顔も入れ替わった。
最早親しい間柄と言えるのはスマトリア伯爵位しかいない。
しかも、神をも恐れぬ所業で、半魔を貴族にしてしまった。
ローゼンに意見を聞いた所
「もし、ミーシャ殿に危害を加えるのなら、多分二度とセレナ殿とは和解は出来ないと思った方が良いでしょう」
と言いよる。
ハァ~
多分、今回の件で最大の被害者はセレナではなく儂なのではないだろうか?
だが、それも全部儂が招いた事だ仕方ない。
儂には王としての才能は全く無かった。
素直に認め、このまま傀儡の王としているしかないのだろうな。
何も気がつかない振りをして【無能な王】のままでいる。
それでこの国が、この世界が救われるなら安い物だ。
【謁見の間にて】
「よくぞ来られた、勇者セレナにミーシャ殿」
俺は跪き、ミーシャも真似をした。
勇者の方が偉いならこんな事する必要は無い、そう思うかもしれないが、勇者がこの世界で一番偉い存在と扱われるのは【聖剣を抜いたあと】だ。
それまでは、まぁ微妙な立場ではある。
「お久しぶりでございます、王よ、これより私は【聖剣の儀】を受ける為に聖教国に旅たちます」
「あい解った、これより馬車を出すゆえ、暫し寛がれるが良い」
「「はっ」」
此処には王とマイン、マリアが居るが、王はどうにか表情を繕っているが他の2人は微妙な顔をしている。
「出立まで時間はある暫し、久しぶりに娘二人と会話でもしてはどうだろうか?」
「そうですね…その必要もありますが、ぶしつけながら王もその会話に加わって貰えないでしょうか?」
「確かに気まずいと言うのなら、そうしよう」
二人の目が泳いでいるが仕方ないな。
少し、ミーシャには席を外して貰う事にした、ケーキやお菓子を出して貰える。
そう聞いて目が輝いていた。
「…お久しぶりですセレナ」
「セレナ」
まぁこんな状態で逢うんだ、こんな物だろうな。
「久しぶりですね、マリア姫、マイン姫様はこの国に来た時に逢いましたね」
「…」
「そうですね」
王は何も話さずにただただ見ていた。
一応此処にも紅茶とお茶菓子は置いてある。
誰も手を伸ばさないから俺が菓子に手を伸ばし紅茶をすすった。
このまま、話さないでいたら無言で終わってしまうな。
仕方ない、俺から話すしかないな。
「昔は良く遊びましたね、マイン姫様には良く本を読んで貰いました、マリア姫様に…よく虐められていましたね」
「そうね、そんな事もありましたね」
「私、そんな事してましたか?」
「はい、マリア姫様には小さい頃よく虐められて泣かされていましたよ」
「そんな昔の事は覚えてないわ」
少しは笑顔になる物の…話が続かない。
「誤解しているといけませんから、先に言いますが私は、もう恨んではいませんよ」
「本当に…ありがとう」
「ありがとう、ありがとうセレナ」
だが、言わなくちゃいけない事がある。
「恨んではいませんが、もう取り戻す事はできません、15年は長すぎました」
「大丈夫だよセレナ、大丈夫」
「まだ取り戻せるよ、大丈夫だよ」
残酷な事を言わなくちゃいけない。
「確かに長い月日だが、これから埋めていけば良いのでは無いか?」
王はそういうが無理だろう。
「私と姫たちが話す時に何を話せば良いのでしょうか? 懐かしい思い出話しが終わった時には…私は憎しみの15年、2人にはソランと過ごした15年間しか話す事は無いのじゃないでしょうか?」
「….そうですね」
「そうだわ…」
「だから、友達から、15年前から始めるしか無いのではないですかね…一旦関係をリセットして友人から始める、それしか無いと思います」
これで良い…彼女達は被害者だ、何もこれ以上傷つけなくても良い。
「そうね、うんそれが良いわ」
「あの…仕方ないのかな…」
何故マインが喜んでいるのか解らないが、マリアは不満そうだ。
「確かにそれしか無いのかもな」王は髭を触りながら答えた。
「二人ともこれじゃ駄目かな? 今の私にはこれで精一杯なんだ」
「仕方ありません…それで手を打ちます」
「そこから始めないといけないのですね」
「お二人には悪いですが、これからについて私は王と話さないといけません…席を外してくれませんか」
「…そうだな」
「「解りましたわ」」
【王と】
「何か訳ありなのか?」
「すみません、ああは言いましたが、もう私が彼女達と元のような関係になる事はありません」
「それは…王位を譲ると儂がいっても駄目か? 今迄の事は全て儂が悪い、2人は許して貰えぬか?」
「王よ、既に二人は許しています、好きかと言われれば【今でも未練がましく好意をもっています】」
「ならば、これからでも添い遂げれば良いじゃないか?」
「何故駄目なのか…その説明の為に、そうですね多少の無礼を許してくれそうなメイドを呼んでくれませんか?」
今の俺の現状を見せるしか無いだろう。
「理由は解らないが、解った」
王はベルを鳴らすと給仕役に声を掛け、下働きようのメイドを呼んだ。
王宮には行儀見習いで下級貴族の令嬢もメイドをしているから配慮が必要だ。
「お呼びでしょうか?」
「セレナ殿、これで良いか」
「はい、すみませんが金貨3枚お渡ししますから、キスをさせて頂けませんか?」
「えっ…あの何かご事情があるのならキス位でお金は要りません」
「これは慰謝料です…」
「慰謝料ってなんですか」
「セレナ殿、何かの冗談か」
「冗談ではありません、それじゃすみません…うんぐ..うえあぇぇぇぇぇぇぇげーーーーっ」
「お客様」
「セレナ殿…まさか毒」
「はぁはぁはぁ、違います、今の私は女を全て受け付けません…これは約束の金貨です、これは貴方を侮辱したのではない…今の私は女神とキスしても同じになる、恥になるからこれは他言無用でお願いします」
「はっはい」
「それはいったい、どうしたんだ」
「マイン様、マリア様、そして妹達がソラン相手にふしだらな事をして見せつけられてから…完全にこの体は女性を嫌悪する体になってしましました…キスだけでこれですから、多分私は子作りなど出来ませんし、どんなに心が欲しても体が拒むのです」
「すまない…まさかそこ迄とは」
「いえ、もうお二人も妹も許しています…多分今でも好きか嫌いかと言われれば好きなのかも知れません、ですが体が受け付けないのです」
「解った、王としてではなく一人の男として謝る、すまない」
「もう終わった事です」
それから数刻後、セレナたちは馬車で聖教国に旅立った。
王が気を利かせて、マインと違う馬車にしてくれた。
馬車に揺られながらセレナは眠っていた。
そして寄り添うようにミーシャが眠っている…この光景は多分マリア達にとっては手放してしまった夢の光景なのかも知れない。
(王国篇…完)
※ 最初はもっと残酷なはなしで王国篇は終わる予定でした。
ですが、読んでくれた皆さんの感想から、王様の話しや二人の王女の立ち位置を考え少しだけ救われる話になりました。
沢山の感想有難うございます。
もう少しししたら、聖教国篇がスタートします。
有難うございました。
勇者ソラン 天国と言う名の地獄
勇者をやっていて良かった。
本当にそう思った。
もし、俺が勇者でなく、魔王を倒し世界を救っていなければ、多分地獄に落ちていただろう。
転生してまた大変な思いするなら、天国にいって上がりで良いんじゃないか。
俺はそう思った。
そして、天国にはエイダがいる。
俺の唯一愛した女だ、会って再び生活が出来るかも知れない。
そう思うと今から胸が高まる。
天国行の階段を上り始めると、凄く高級な食料のある部屋があった。
「ここは、なんなんだ?」
「此処は【食を楽しむ場所】です、天国に上がる前におもてなしとして世界中のごちそうを食べる事が出来ます」
「これは凄いな」
そこにあった物は勇者である彼ですら食べたことが無い、素晴らしい食事だった。
その場にあった食事を死ぬほど食べた。
更に進むと今度は大量に金銀財宝がある部屋があった。
「此処は?」
「天国に行く前に【宝飾を楽しむ場所】です、金銀財宝を身に着け好きなだけ着飾って下さい、但しここを出るときには全て置いていかなければなりません」
ソランは、暫く、この部屋にとどまり、宝剣を身に着けたり、金銀財宝を眺めて過ごした。
それに飽きると、再び階段を上り始めた。
そのまま進むと今度はこの世の者とは思えない美女が沢山いる部屋があった。
「此処は」
「天国に行く前に【色を楽しむ場所】です、世界中の美女との生活を楽しみ下さい」
ソランは驚いた。
勇者としてあらゆる女と楽しんだ筈だが、これ程までの美女とは楽しんだ事はない。
SEXの方も思う存分楽しんだが、確かに【愛あるSEX】ではないが、信じられない程の快楽に襲われた。
ありとあらゆるSEXを楽しんだソランが、経験したことも無い経験だった。
ここにソランは籠り。
出ていく時には恐らく数年の時間がかかった。
夢のような時間を過ごしたソランだったが、ソランは再び天国を目指した。
途中他にも夢のような場所があり、その都度楽しんだ。
そして、とうとうソランは天国についた。
「ようこそ天国へ」
「此処が天国なのか?」
「はい…それではこちらにお着換え下さい」
そういわれ渡された白い服に着替えた。
「ソラン様は、会いたい存在は居ますか? 転生や地獄にいっている場合もあるのですが…天国にいる場合はお会いすることもできます」
「それなら、エイダという女性に会いたい」
「エイダ様ですね…いますよ? それなら、今からお呼びしますね」
エイダだ、これからエイダに会える。
そう思うと…涙すら出てきた。
暫く待っていると、エイダがきた。
間違いなく、エイダだ。
だが、雰囲気が違う。
昔あったエイダは野性的なのに今のエイダは理知的。
どちらかと言えばマインに近い。
「エイダ、なんだか変わったな」
「ソランは変わらないね」
何故か思ったような感動は無かった。
昔の様に体を重ねれば…そう思い押し倒した。
久々に抱いたエイダは昔以上に俺に快楽を与えてくれたがそこに【愛は感じなかった】
可笑しな事に今まで心の底から求めていたエイダに執着心が無くなった。
他の男がエイダと話したいというから、手を振って別れた。
可笑しい、俺がこんなに簡単にエイダを他の男に譲るなんて。
それからも不思議な事ばかり起こる。
エイダと一緒に居る時に、ブスな女が俺としたいと言い出した。
こんなブス、俺は相手にしたくない、しかも嫉妬深いエイダがそんなの許すわけない筈だ。
だが、結果は俺は一旦エイダと別れ、その女としていた。
しかも、気持ち悪いほどのブス相手なのに気遣って優しくしていた。
その事をエイダに話したら…
「あはははっ、解るわ、あの子もソランも、まだ天国にきたばかりだから欲が少しはあるのね…此処は天国、全ての欲が無い世界なの」
「欲が無い?」
「当り前じゃない? 天国なのだから、大体神は「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」を大罪としていたじゃない?」
「そうだな」
「だから、天国にはそれは無いわ…まぁまだ来たばかりだからソランにはあるみたいだけど、直ぐに無くなるわ」
「そういう物なのか?」
「そうよ、ちなみにソランに性欲があるなら、私だけじゃなく、天国の女性は誰でも誠意誠意相手してくれるわ、最も性欲なんて最初だけ直ぐに無くなっちゃうわよ」
それってどういう事なのか?
「実際に、天国に来る前に色々な部屋を通ってきたじゃない…本来はあれで全ての欲がなくなるらしいのよ、でも私やソランは余程性欲があったのね、ここにきて迄したい、なんて人間は滅多に居ないわね」
それは別の人間になるような者じゃないか?
「愛については神が与えてくれるから安心して良いわ…だからあなたは身をゆだねれば良いのよ」
エイダが別の者の様に思えた…なんだか気持ちが悪い。
言われた事が解った。
俺の中からすべての欲が無くなった気がする。
女を抱きたいという欲望も、美味しいものを食べたいとすら思わない。
欲しいものも何もない。
エイダが他の男と話していてもなんとも思わない。
借りたい、といえばどんなに仲良さそうな男女でも「どうぞ」といい恋人や妻、娘ですらかしてくれる。
これが「執着」という欲望が無い世界。
殴りたいといえば「それであなたが救われるなら」と頬を差し出す。
俺は欲望のままに生きていたのだろう…
それらの行為が勝手に悪の様に思えて「悔やまれる」
これは俺なのか…
気が付くと俺は
「貴方が私を殴りたければ殴るとよい…それで幸せになれるなら」
「貴方が喜ぶなら、幾らでも付き合いますよ」
そんな事を言うようになっていた。
俺の横でエイダが他の男とやるような事があっても…それは人を幸せにするために必要な事と笑いながら見ている。
多分、これが可笑しいと考える事も暫くしたら無くなるのだろうな…
だが、まだ正常なのか、考える事がある。
これなら、平民に転生した方が良かったのでは…
地獄に落ちて戦いの日々の方が良かったのでは…
今の自分は【家畜】 いやこれは間違いだろう。
神が間違うわけが無い…
神に愛され罪のない世界で暮らせる。
間違いなく幸せだ。
そう考えるソランは、ただ日向ぼっこして横になっていた。
彼の目から流れる涙は…多分気のせいだ。
聖教国篇スタート 聖教国にて
暫く眠っていたが、目が覚めた。
まだ、王国の領地内を馬車で移動している。
俺が勇者だと伝わり、皆が手を振ってくれていた。
王都での惨劇を考えたら【誰も俺を歓迎などしない】そう思っていたが、そうでもない様だ。
まぁ、此処にいる大多数は今回の件で利があった者が多い。
そりゃそうか?
そのまま馬車は進み、約2週間の時間を掛けて聖都に向っていく。
特に問題は無く、食事の時等はマインとも会話をした。
ただ、テーブルを挟んで会話する位なら問題はない。
「友達からという割には随分固いですわね」
「まぁ久々だから仕方ないだろうが」
「その割には、ミーシャさんとは近いと思うんですが…」
「まぁ、ミーシャは妹兼、湯たんぽだからな..」
「湯たんぽ…ですか」
「うん、ミーシャにとってもセレナは湯たんぽだからね、一緒に寝ているんだよ」
マインは何を顔を赤くしてんだか..
「マイン、お前が思っている様な関係じゃない、俺たちは居場所が無かったから寒空でお互い抱き合い暖め合って生活していた時期がある、王都では毛布すら手に入れにくかったからな…だからお互いが湯たんぽ兼毛布だった、そう言う事だ」
今度は悲しそうな顔をしてるな…
まぁ、マインが悪い訳じゃないが、どう話してもこの15年の過ごし方になればお互いに良い話は、今はできないだろう。
そう思い、世間話に話を変えた。
馬車は聖教国の領地に入り、護衛の騎士に聖教国の騎士が加わった。
あらかじめミーシャについては王から連絡していたから此処では特に問題は起きなかった。
此処では。
宿屋について馬車からミーシャが降りた時だ。
騎士が傍に居たにも関わらず、ミーシャに石を投げた者がいた。
石はミーシャにあたらなかった。
「石を投げちゃいかんぞ」
「だって、そいつは魔物だろう、魔物は人類の敵じゃ無いか」
「そうだ、そうだ」
子供が2人に大人が3人か?
「ミーシャ、馬車に戻って」
「うん」
騎士はその人間たちを追い払おうとしたが…
「何をしているんだ? 相手は貴族か」
「違います」
「ならばこうだ…」
俺は走っていき、5人の首を跳ねた。
「そんな、たかが半魔に石を投げただけで殺すなんて、あなたはそれでも勇者なのか?」
「お前も馬鹿だな」
俺はそのまま剣を騎士に向けた。
「セレス様、止めて下さい」
「勇者様幾ら何でも、止めろーーーーっ」
俺は無視して騎士の首を跳ねた。
「あああっ、何て事を、聖国騎士団の首を跳ねるなんて」
「何でこんな酷い事を」
こいつ等はアホなのか…腹が立つ。
全員殺してしまおうか?
「いちいち説明しなければ解らないのか? ミーシャは王国の侯爵なのだ、それにたかが平民が石を投げたんだ、殺して当たり前だろう?我が国の騎士なら、もし聖教国の貴族が同じような目に遭ったら、今の私の様にするが貴国では違うのか? もし平民が教皇や大司祭に石を投げてもただ追い払うだけで済ますのか?」
「ですが、此処までする事は無いと思います」
「解った、ならば王国にもし、教皇がきたら100人の子供に石を投げさせる…勿論、聖教国騎士団は笑って許してくれるのだな」
「詭弁だ」
「なら、良い、俺は帰る、魔王や魔族とは聖教国と聖教騎士団で戦えばよいさ…頑張れよ」
「待って下さい」
「待つ必要が無い」
どいつも此奴も聖教国には弱いんだな。
マインですら口を出さないで見ている。
「私が、代表して謝ります、ですからお赦し下さい」
「貴方は?」
「聖教国騎士団団長、ランディウスと申します」
「まぁ良い、仕方ないから行ってやるよ、その役立たずは他の騎士に変えてくれ」
「部下の」
「名前は良い、ただの役立たずのゴミ騎士の名前など記憶に留める価値もない」
「解りました」
険悪な雰囲気のまま、その日は宿に泊まった。
ここは聖教国だ、その事を思い知らされた。
ミーシャの傍を離れない方が良いだろう。
そのまま次の日までは何も問題も無く過ぎた。
良かった。
また何かしてくるようなら、ミーシャを連れて帝国にでも行こうかと思った。
昨夜のこともあるから朝食はそのまま宿屋でとった。
そのまま馬車に乗り込み聖教国の教会に…
此処でまた文句を言う奴がいた。
「此処は、聖教国の教会、半魔は流石に入れません」
ミーシャの身分についてはちゃんと話がいっている筈だ。
「ミーシャは王国の侯爵、そしてこの俺勇者パーティーのメンバーだ、勇者の仲間が入れない場所だと言うなら、俺も入りたくないな、良いよ聖剣は要らない、帰ろう、ミーシャ、良かったよ君は俺に魔王と戦わないという未来をくれて、ありがとうな」
「そんな待って下さい」
「教皇に言っておいてくれ、私が勇者とその仲間を叩きだしましたとな」
「セレナ様、まさか本当に帰るのですか?」
「マイン、そうだな…まぁ良いや…こんな馬鹿な奴の集まりにミーシャを連れて行くのもなんだな、この国の騎士は無能だから、そうだジェイクを呼んでくれ」
「解りました」
マインに頼んでジェイクを呼んだ。
もしもの為に来ていて貰って良かった。
「お呼びでございますか?」
「悪い、式典が終わるまでミーシャを守ってくれ、この国の騎士は宛にならない、頼む」
「はっ」
「ミーシャ悪いな、少しジェイクと一緒に居てくれ」
「うん、ミーシャなら大丈夫だよ」
「後で好きな物買ってやるからな」
「うん」
これで腹は決まった。
少しは自重しようと思ったが、もう辞めた。
【ちゃんと責任を取らせてやるからな】
「ほら、ミーシャは返した、ただミーシャは王国の侯爵で俺のパーティの仲間だ、お前の無礼は教皇に責任とって貰うから覚えておけ」
「教皇様に何をさせる気ですか?」
「【謝らせる】それだけだ、まぁ今の教皇は【勇者至上主義】だ話すだけで謝ってくれるだろうさ」
「そんな…そんなことされたら、私は…神に」
「お前さぁ、神が怖いの? 教皇が怖いの?、だけど、聖剣を抜いたあとの勇者は怖くないのかな?」
「ヒィ」
「めんどくせー奴、ほら言う通りにしてやった、早く案内しやがれ」
悲惨な顔で男はセレナを聖堂に案内した。
女神は居ない
「勇者殿、よくぞ参られた、こちらへ」
教皇ボルチーニ8世は上機嫌で迎えてくれた。
良くもまぁ、こうも掌が返るものだ…此奴がソランの後ろ盾になったから俺の人生はめちゃくちゃになった。
【此奴がソランを正義と肯定】したから俺は地獄を見た。
婚約者や親しい者を寝取られても【勇者様の子供を産むのは幸せ】【勇者様が欲しい者差し出すのは善】と言ったから何人の人間が不幸になったか。
まぁいいや【勇者に全てを差し出すのが当たり前】…今の俺にはなんとも都合の良い言葉だ。
「教皇様、お久しぶりでございます」
「勇者様にはどこかで会いましたかな?」
あれほどの事をした人間を忘れるのか?
俺を破門にまでした癖に…紙1枚で俺を人で無い存在にしたくせに。顔も覚えてないのか。
(※ 貴族籍、と破門はこの世界では連動していません、但し破門されると貴族や王族でも、その権力を行使できにくくなります)
「慈悲深い、貴方に昔にあった事がある、それだけでございます」
此処には聖教国の主だった権力者が集まっている。
教皇と五大司祭が囲み六芒星を作る。
その中央に俺は跪き、祈りをささげた。
教会の上に光が集まり剣の形をなしていった。
それは一本の黒く光り輝く剣になり、セレナの元に降りてきた。
教会全ての者に聞こえるように神の声が響き渡る。
「セレナを真の勇者と認め、神の権限の元に聖剣を送ろう、その剣の名はブラックソード、古の聖剣の中の聖剣である」
これを聞いた教会の者は歓喜した。
【古の聖剣】それは神話にも語られるような力を持つ聖剣で、余程の事が無いと神から送られない。
喜び、教皇と五大司祭はセレナの元に駆け寄った。
「流石はセレナ様、お見事でございます」
「歴代の勇者の中でも、古の聖剣を持った者など伝説にしかおりません」
この瞬間に俺は世界のトップだ。
誰も俺には逆らえない。
【聖剣を持った 勇者なのだから】
そのまま俺は聖剣を使い教皇の首を斬り落とした。
聖剣の切れ味はすさまじく、まるで紙でも斬るかのの様に教皇の首はずり落ち地面に落ちた。
「勇者が乱心した、聖騎士…」
「早く、早く儂を助け」
壇上に他の騎士が来る前に五大司祭を斬り殺す事に成功した。
だが、油断はならない此処は聖教国、つまり、ヒーラーが山程いる。
回復されないように全員首を斬り落とす必要がある。
結果から言えばそれは成功した。
俺は、はなから、こうするつもりだった。
【勇者であれば何しても良い】 ならば勇者に殺された教皇は幸せだろう。
此奴らが、常識をもってソランを諫めていれば俺は不幸にならなかった。
「事情を聞かせて貰えないかな? 」
ランディウスが怒りの表情で俺を見ている。
「ランディウスに他の者も何故跪かないんだ! 聖剣を抜いた瞬間から、この世に勇者より偉い者は存在しない、教皇が俺に言った事だ、実際に俺は地獄を味わったんだぜ、ならばこの世で一番偉い俺が、何をしようと自由だ」
「それは、だが教皇様はその信仰に全てを賭けていた、それを殺すなどとは幾ら勇者でも」
「お前たちはソランの非道を許した、その結果、俺を含み沢山の人間が不幸になった、ソランを許したように俺も許すのが筋だと思うが…まぁ、他にも意味はある」
俺は女神像に向かった。
そして聖剣で女神像を切り裂いた。
「貴様…勇者は神の使いだから気高い、それが女神イシュトリア様の像に手を掛けるなど言語道断だ」
「お前ら、教皇たちに騙されていたんだぞ…だからこそ、今回は神の声を皆が聞けるようにお願いをしたんだ」
「騙された…なにがだ」
「良く思い出せ、神の声は男ではなかったか?」
「….確かに女神の声には聞こえなかったな…どういう事?でしょうか?」
此処でようやく、ランディウスの怒りが消えた。
「簡単に言えば、イシュトリアは居ない…この世界を見捨てて逃げたのだ」
「まさか、女神が逃げるなど考えられない」
「逃げてないにしろ、この世界を見捨てた、だからこそあの様な、歪な勇者が誕生したのだよ」
「女神に選べていない…ならセレナ貴様は、勇者じゃないと言う事か、ならば重罪だ」
「俺は勇者だ、女神イシュトリアが見捨てた世界を救うために【偉大なる神 ホトス様】が遣わした存在だ」
「なっ..」
「まぁ、どうするかは聖教国で決めて良いぞ、よく聞け、イシュトリアが居ないと認めて、ホトス様を新たな神と認め俺を勇者として扱うか、それとも居もしない女神を信仰して認めないのも自由だ、その場合は俺は帝国や王国は助けても聖教国は助けない」
「それは俺には決められない」
「馬鹿か?お前に決めろなんて言わない、此処には聖教国の権力者が多くいる…全員で話し合い決めれば良い…好きにするが良いさ、だが、皆はホトス様の声を聴いたはずだ、信じる信じないは自分で決めろ、俺は宿屋で3日間待つ、それじゃあな」
俺はそれだけ伝えると…教会を後にした。
賢者と剣聖
俺の名前はソード、剣聖をしている。
王国が可笑しくなりつつあるのが解ったから、賢者のリオナを連れて帝国に逃げた。
大体の理由は解る。
勇者ソランが恐らく何かをしたのだろう。
賢かった王も可笑しくなり、俺の話を聞いてくれない。
慎み深い聖女のマインが、あんな破廉恥な事を平気でするのだ、勇者が恐らくは魅了でも使っているのだろう。
結局、俺はマインも王女マリアも救えなかった。
賢者リオナは、魅了を解除できる方法を探していたが、幾ら調べても見つからなかった。
唯一対抗できる手段は奴隷紋だが使う事は出来ないから諦める事しか出来ない。
王国は時間を掛けて腐っていく。
ソランというクズ勇者によって。
彼奴がセレナをどうしてあそこ迄、嫌っていたかは解らない。
何故なら俺は三職と共に戦う剣聖で無かったからだ。
賢者のリオナとこのまま取り込まれる位なら【関わらない方が良い】そう考え、俺たちは帝国に逃げた。
なるべく目立たない様に、偽名で冒険者登録して一般人の到達点であるC級冒険者で止めて生活していた。
一度、追放されたセレナが洞窟で暮らしているという噂を聞き、訪ねた。
リオナは一緒に冒険者をしようと勧めていたが…様子を見た瞬間解った。
セレナは、どう見ても世捨て人にしか見えない。
だから幾ら誘っても無駄だ、そう思った。
時間と言う物は…運命を変えてしまう。
リオナはセレナが好きだった。
そして俺はその恋を応援するつもりだった。
だが、一緒に何年も過ごすうちに共に惹かれ合って恋仲になり夫婦になった。
そして…やがて子供も出来た。
15年の月日が流れ、あのソランが死んだ事を知った。
そして、セレナが新たに勇者になった事を知った。
俺もリオナも王国からは逃げた存在だ、行きたくはない。
だが【聖剣の儀】でセレナが聖教国に来るのを聞いた。
俺もリオナも良い歳だ。
だが【剣聖】と【賢者】でもある。
ならば、もしセレナが魔王と戦うなら手伝うべきだ。
【聖女】マインとセレナだけで戦わせる訳にはいかない。
聖教国では俺たちの肩書は強い。
だから、教皇様にお願いして、こっそりと入れて貰った。
教皇様としては4職揃い踏みをサプライズにするつもりだったのだろう俺たちは顔を隠すローブを着ていた。
だが…聖剣をセレナが手にした瞬間..教皇様に手を掛けた。
止めなければ、そう思い剣に手を掛けたが、リオナは俺の手を握り、首を横に振った。
「私達は関わらない方が良い」
確かに、関わっても良い事は無い。
まして、俺たちにジョブを与えた【女神は居ない】らしい。
此処いても仕方ない。
「そうだな」
俺たちは混乱に乗じてそのまま帝国に戻る事にした。
聖教国の判断
聖教国内は今、大きく揺れていた。
【今迄、自分達を守ってくれていた女神イシュトリアが自分達を見捨てていなくなった】
どうして良いのか解らない。
この世界は今迄、少なくとも人間世界は一神教だった。
魔族に邪神が居るのだから、確かに他に神が居ても可笑しくない。
だが、そんな事は考えてもいなかった。
そして、先の魔王を倒した勇者ソランが簡単に倒された。
更に氷帝 ヒョウガも簡単に殺されてしまった。
先程、マイン様に話を聞いた限りでは、魔族の力はかなり増していて昔とは非にはならないらしい。
「私はあのような無礼な者を勇者と認めるのは反対だ」
「そういうのは簡単だが、それでこの国が滅びたらどうする? かのセレナ殿は、確かにソランに迫害されていた、多少無礼になるのも仕方ないのではないか?」
「まぁ、死んでしまった、教皇はその非道な行いを肯定していたんだ、当たり前だな」
「ですが、女神様の話はどうしますか? 流石に信仰の対象を変えるのは問題ではないか?」
「そこは、聖書を新しくすれば良い、今まではイシュトリアがこの地をおさめていたが、手に負えなくなった、その結果主神である、ホトス様に泣きつき降臨して貰った、幾らでも変えてしまえば良い」
「考えてもみたまえ、もし蹴ってしまえば、セレナ殿は、この国は守らないと言い切った、ならば我々には選択する余地はないだろう」
「聖教国が勇者に守ってもらえず憎まれた…崩壊しかない」
「幸い、教皇も五大司祭も死んでくれた、ソランの事をはじめ不味い事は全部、アイツらが勝手に行った事にすればよい、さしずめ次の教皇は【勇者絶対主義思想者】から選挙で選べばよい」
「セレナ殿は、女神イシュトリアが嫌いなようだから、直ぐにでも全教会から撤去させましょう…そして新しく、神、ホトス様の像を作らせなければ」
「それは良い、新しい神の像を作るのですから寄付が必要になる、また懐が潤いますな」
「これは良い、新たな財源も手に入る」
彼らにとって必要な者は【都合の良い神】【都合の良い勇者】だ。
結局、利益と信仰を秤にかけ【セレナを勇者】にして【神を変えた方がお金になる】と判断した。
3日とかからずに、セレナを聖教国が正式に勇者として認め、イシュトリアではなく今後ホトスを神として祭る事が決まった。
神託
「セレナくん、はいこれを食べて…」
どう見ても気持ち悪い生物にしか見えない。
一番近い物は【心臓】【胆】だ。
しかも、これどう見ても動いている。
「これは、いったいどういう物なのでしょうか?」
「その説明は今は内緒だよ? だけど君は人間だけどさぁ~ ただの勇者だけどさぁ~恩人だからね、友達だと思っているんだ、だから何も言わず、今はそれを食べて」
この話をしている相手は【神 ホトス様】だ。
神が顕現するなんて、神職者からしたら涙を流して喜ぶ事だろう。
とある事情から、神と人の垣根を越えて仲良くなった。
だから、まるで友人の様に話しかけてくる。
「解りました、ホトス様が言われるのであれば、喜んで頂きます」
そう言い、かぶりついた。
生臭くてまずいとしか思えないのにいざ口に入れてみると思ったほどではない。
多分、火を通せば普通に食べられる。
だが、生はやはりきつい。
「大丈夫かい? ただこれは本当に僕の君に対する感謝なんだ、勇者のジョブよりも更に価値がある信じられない褒美だよ、絶対に吐かないでね」
「解りました」
俺が信頼している神が言うのだ。
例えこれが汚物でも吐かないで食べる…
必死の形相でセレナは口を押えた。
「偉い、偉い、よく食べたね? その二つの食べ物を食べるとね、凄いんだよ!【不老不死】になるし【もてる】し【能力はとんでもなく跳ね上がる】さらに言うと凄く綺麗な女の子が君の前に現れちゃうんだ」
とんでもなく凄いが【もてる】女の子に出会えるは正直いらないな。
「神 ホトス様…私は女性はちょっと」
「あはははっ、確かに、だけど人生ミーシャちゃんだけじゃ寂しいでしょう? だから今のセレナくんでも嫌悪しない女の子との出会いを用意したんだ、まぁ僕が用意したんだ特別な存在だよ」
どんな存在なんだ?
「あの、どのような存在なんでしょうか?」
「ミーシャが可愛いと思うなら、もう一人美人の大人っぽいお姉さんが居た方が良いでしょう? それに勇者一人じゃかっこ悪いから【聖女】みたいな存在が必要じゃない?」
確かに、この先、魔族と戦うとしたら回復役は必要だ、まぁ戦うとしたらな。
「確かに、そうですね」
「でしょう?、まぁ使い者になるから安心してよ!」
ホトス様は神だから、俺の現状も知っている。
その人間が寄こす位だから問題ないだろう。
「解りました、それで、その相手はどんな方ですか?」
「ワイズって言うんだ、まぁ後は楽しみにしていて」
「ワイズさんですか?」
「そうだよ…それじゃ、また今度」
会話の様に思うかもしれないが…神託だ。
普通、神託という物は、敬虔な信者が信仰の果てに生涯で1回か2回貰えたら良い方だ。
ホトス様は会話のようにかなりの頻度で俺に語り掛けてくる。
まるで奇跡のオンパレードだ。
その次の日、約束より一日早くランディウスが顔を出した。
俺の顔を見るなりランディウスは騎士として跪いた。
これは騎士として最上級の忠誠を表す行為だ。
「ランディウス、お前が跪くと言う事は、聖教国は俺を勇者として認める、そういう事か?」
「仰せのままにございます」
まぁ、こうなるのは解っていた。
聖教国の強みは【信仰】だ。
そしてその最大の強みは魔王軍と戦う絶対的な存在【勇者とその仲間】に関する事だ。
俺を勇者として認めないなら、新しい勇者が必要だ。
だが、信仰する女神が居ないならそれは出来ない。
もし俺を受け入れなければ、ただのヒーラが多い医療しか取り柄のない国になり下がる。
「ならば良い、俺はお前みたいな実直な人間は嫌いじゃない、さぁ案内してくれ」
「はっ」
こうして俺は再び教会に行くことになった。
聖魔と神の愛し子
教会に向う馬車の中、街をみた、もうミーシャに変な目を向ける人間は居ないだろう。
しかし、ワイズさんか。
一体、どんな人なのだろうか?
俺の体質は半端じゃない。
同じ馬車に今はマインが乗っているが、正直同じ空気すら吸いたくない。
そんな俺が嫌悪しない相手ってどういう存在なんだ。
まぁ良い、それよりギフトのオンパレードだな【不老不死】に【もてる】【能力の跳ね上がり】どれ一つとっても破格だ。
不老不死など、勇者が望もうが神がくれるなんて事は無い。
アンデッドは死んでいるから、不死なのかも知れないが、不老では無い気がする。
しかも話によれば、徐々に今の体の老化も無くなり、俺の全盛期、18歳の姿にまで戻るらしい。
更に【もてる】は、あの忌々しい【魅了】かと思ったが全然違うらしい【本当に愛される】って言っていたが、俺には解らない。
【能力の跳ね上がり】は桁が違う。
今朝がた、本気でジャンプしてみたら、城より高く飛べた。
聖剣を使わないで、岩が手刀で切断できた。
割るのではなくスパっと斬れた。
何処まで強くなったのか解らないが…どう考えても魔族でも簡単に倒せる力はある。
そう思った。
確かに俺は【あの神】に感謝される事はした。
だが此処までの物をくれるとは思わなかった。
さっきから、マインやミーシャの様子が可笑しい。
元から確かにマインは気まずい関係だが、ミーシャ迄少し様子が可笑しい。
「どうかしたのか? ミーシャ?」
「どうしたのかな? なんだかセレナが凄くカッコ良く見えるの」
そこにマインも入り込んできた。
「正式な勇者になったせいでしょうか? 昨日までと違います、上手く言えませんがそう【光り輝いて見えます】」
これが【もてる】なのだろうか?
これがそうだとしたら確かに【魅了】とは違う。
まぁ俺には関係ない事だが。
今回は何も問題無く教会についた。
今回は祭典ではない。
この間の話の結果を聞く事にした。
まぁ結果は解っているが…
「この間は、申し訳ありませんでした、聖教国の司祭全員の一致で、セレナ様を勇者と認める事になりました、勿論今後崇める神も ホトス様に変える事も承認されました」
「それは良かった」
実際に教会を見たら、女神 イシュトリアの像は外にゴミの様に置かれていた。
修復もする気も無くそのまま運び出したのだろう。
「つきましては 神、様ホトスについてお教え頂けないでしょうか?」
「勿論構わない、当たり前の事だ…あと今迄の勇者を除く三職(聖女 賢者 剣聖)は解任して貰いたい」
それを聞いてマインは騒ぎ出した。
「私は聖女です、そしてまだ戦えます」
「無理だな、ソランがあんな簡単に殺される位、今の魔族は強い、それにお前が俺の横に立つと言うなら、居なくなった剣聖と賢者も探し出して仲間にしなくてはならない」
「それは彼らの義務です」
俺はあいつ等には悪い意味ではなく関わりたくない。
彼奴らは俺を助けようとはしてくれた。
事実、剣聖のソードはソランに注意もしてくれたし、賢者のリオナは魅了の解除をしようとしてくれていた。
だが、どうしようも無いと解ると【俺に危害を加えたくないから国外に逃げた】
リオナは女だからあのまま居たら、マインやマリアの様になっただろうし、逃げるしか方法は無かった筈だ。
ソードに到っては、そのまま国で暮らせば【剣聖】なのだからさぞかし幸せだっただろう。
それに、俺が洞窟で暮らしている時も「冒険者にならないか」と誘ってきた。
あのまま行けば【案外復讐など忘れた生活】もあったかも知れない。
確かに何も出来ていないだが【助けようとした思い】まで否定はしたくない。
だから【巻き込まない】それが彼奴へのお返しだ。
二人ともどうせロートルだかってのような力も無いだろう。
そのまま放って置いて、残りの人生を自由に生かしてやれば良い。
「言いたくないが、俺の傍で顔見知りに死なれたくない、どうせお前達じゃ死ぬ」
「ですが、私は聖女です、例え死ぬ運命があろうと貴方について行きます」
言った方が良いだろう…
「確かに今はまだ聖女だが、神が変わったんだ、今の神はイシュトリアではなく、ホトス様だ、恐らく今の魔族には通じない、だから俺は暫くは単独勇者になり、新たな仲間を探すつもりだ」
「ですが、貴方は今は一人です、なら新しい仲間が見つかるまで私は」
「仲間なら此処にいるよ? 酷いよセレナ…」
ミーシャが落ち込む様に俺をジト目で見つめている。
「そうだな、ミーシャは俺の仲間だ、忘れていたよ」
「そうだよ、ミーシャはセレナと戦う【聖魔(セイントデーモン)】のミーシャだもん」
ミーシャが何を言っているのか解らない。
「セイント…デーモン?」
「そうだよ! 魔物の力を使い魔物を狩る聖なる存在、それが私なんだよ」
「あの、ミーシャ、それ何時から?」
「うーんと3日前位に神様から貰った」
ホトス様は軽い…あの神ならあり得る。
「そういう冗談は好きではありません、本当ならば、その力を私に見せなさい」
マインが少し怒っている。
本当にミーシャが俺の仲間なのか?
「良いよ、指だして」
「指…ですか」
「少しチクってするね」
そう言うとミーシャは爪でマインの指先を軽く切った。
「痛い、なにするのですか?」
「それ治してみせて」
「こんな傷、ヒール…嘘治らない」
聖女に治せない傷等、普通ではありえない。
「これが私の能力の一つなんだ、聖魔が相手に負わせた傷は例え聖女でも悪魔でも治せない…信じてくれます? だから聖女なんて要らないんだよ?」
マインは愕然としていた。
聖女のマインが治せない傷などまず無い。
そう考えたら、否定など出来ない筈だ…まぁそうは言うが俺も驚いている。
「確かに、そうなのかも知れません、ですがパーティーには回復役が必要なのです、貴方には出来ないですわね」
「だけど、貴方は要らない、だってセレナを虐めていたんだよね」
「そんな、私は..」
2人が争うなか…後ろからも争う声が聞こえてきた。
「いいかげん離して、変態、勇者にいいつけるわよ!」
「いい加減にしろ、此処から先は一般人は入れないんだ」
「なにいってんのよ? 私は勇者の恋人兼、仲間なのよ?」
マインが苛立ちからそちらを見て、ミーシャが素早くそちらを見た。
2人が口を開く前に、その相手は口を開いた。
「あなたが勇者ね? 結構なイケメンじゃない、だけど、その顔の傷は良くないわよ? はい、パーフェクトヒールと…これで大丈夫だわ、私は【神の愛し子】のワイズ、勇者には特別にワイズって呼ぶ権利をあげるわ…他の人はワイズ様って呼ぶのよ? 良いわね」
俺が目にした者は…凄い美人なのに、何故か残念そうに見える女性だった。
聖女の終わりとワイズの実力
見た瞬間から違った。
なんとも言えない感覚に襲われる。
ミーシャは元からそういう感じに襲われないが、今の俺には女性に対して嫌悪感がある。
物凄く汚い存在というか、卑しい存在に思えてしまう。
だが、このワイズという存在に対してはその【嫌悪感】が無い。
それどころか、何故か心が惹かれる。
残念そうなのに。
「これで治ったわよ? ハイ、ミラージ」
ワイズは魔法で鏡を作ると俺に見せた。
「顔の傷が治っている…なんでそんな事ができるんだ」
「それはね、私が天才だからよ! 当たり前じゃない?」
会話を始めると、俺の知り合いだと勝手に理解したのか、止めていた男は関わり合いになりたくない。
そんな感じで「失礼しました」と詫びて去っていった。
普通は聖女レベルでも俺の傷は治せない。
【古傷】という物は、その状態が正常と体が認識している。
その為、魔法で治す事は簡単には出来ない。
マインは驚いた顔でワイズを見ている。
「その呪文は、パーフェクトヒール…歴代聖女の中でも覚えた人間は殆ど居なかったという最高のヒール」
「そうよ? 私は天才だから簡単に覚えたわ、もうおばさんの出る幕じゃ無いのよ?」
「そうですか?確かに私より貴方の方が魔法の才は上のようですね、ですが実戦経験のない、えっ…」
マインが会話の途中で光のサークルが飛び出し、マインの首を跳ねた。
聖女が使うホーリーサークルだ、無詠唱だと。
こんなのは見たことが無い。
それより、マインは聖女だ、流石に殺すのは不味い。
「ワイズさん、やり過ぎだ」
「あらっ セレナ様顔が真っ青ね? だけど大丈夫だわ、パーフェクトヒール…ほらね? 簡単に生き返らせられるの」
馬鹿な、パーフェクトヒールでも死んだ者は生き返らせない筈だ。
マインは自分の首のつけねを触っている。
「ねぇ、おばさん、もう貴方じゃ戦えないわ、勇者パーティーに居場所なんかない、王女様なんでしょう? お金をくれれば良いのよ、私達にお金で支援してくれるだけで大丈夫よ?」
いや、お金なら充分に俺が持っているから、それも必要ない。
どうせ一緒に戦えば、マインには死の運命しかない。
嫌な思い出も多く作られたが、昔は優しい姉の様な存在でもあったのだ。
無駄に命を失わす必要もない。
「マイン、もう解っただろう、足手纏いだ」
「その様ですね…解りました」
マインは涙を目に貯めながらその場を去った。
しかし、聖教国は怖いな。
こんなやり取りを俺たちがしているのに、誰も何も口を挟んで来ない。
曲がりなりにも王族で【聖女】の首を跳ねたのに誰1人止めもしなければ、何もしない。
話が終わり、ようやく落ち着いたと思っていると…
「新しい三職の誕生だーーーっ」
「素晴らしい…これで聖教国は安泰だーーっ」
「世界を救う、歴史的瞬間を私は見たのかも知れません」
周りから一斉に歓声があがった。
旅立ち
聖教国を今、数万に及ぶ魔族が囲っている。
空は空飛ぶ魔物が覆い尽くし、城から見える範囲を魔物が覆いつくしていた。
これを見たら誰もが、この世の終わりに思うだろう。
「勇者様…この世の終わりです、お逃げください」
「随分と優しい事を言うのだな…」
まさかランディウスがこんな事を言うとは思わなかった。
「多分、この国は終わります、ですが貴方がいれば希望は残ります、だから我らが道を切り開きますから…」
「そうか? 随分変わったな、そう言われたら、俺は勇者だ、守ってやらない訳にいかないな、なら行こうか?」
「そうですね? 勇者であるセレナ様に対する忠誠良いわね、まぁ過小評価は馬鹿なのかなと思うけどね」
「ミーシャも頑張ってみるかな」
「あの、それはどういう事でしょうか?」
「魔族の数万位、どうにかしてやるそう言う事だ」
そのまま俺たちは普通に街を歩き正門の方に歩いていった。
「勇者様…」
「おおっ勇者様だ」
「神の愛し子様に聖魔様もいるぞ」
現金な奴らだ、散々ミーシャを見下した癖に、勇者パーティーで三職だと解った途端にこれだ。
最早、ミーシャはこの世界で馬鹿に等されないだろう…だって聖魔は賢者と同等のジョブ。
そう教会が認めたのだから。
「おっちゃん、このリンゴくれるか?」
銀貨を渡そうと思ったら要らないそうだ。
「代金は要りませんから、好きなだけお持ちください」
「そうか? 悪いな」
俺はリンゴを3つ取って2つを放り投げた。
ミーシャとワイズはそれを受取り齧り始めた。
俺たちにとって魔王軍は怖くない。
笑顔で戦場に向った。
【門の外.戦場にて】
「見渡すばかりの魔族だな」
「まぁ、どうにかなると思うわ! 私天才ですから」
「これ本当に大丈夫かな?」
確かに凄そうだけど、まぁ大丈夫そうだ。
見た感じ、幹部まで居そうだけど問題無いな。
「初戦だから、試しに俺一人で戦って見ても良いかな?」
「構いませんわ、凛々しい姿を此処でみてるわね」
「それじゃ、ミーシャも見ているよ」
余り怖くない。
今の俺達は魔族なんて怖くない。
「貴様が新しい勇者か?」
「そうだ、今迄とは違う、神 ホトス様がこの世に遣わした勇者セレナだ」
「そうか? 神 ホトスが遣わした勇者かーーーーっ 面白い我が相手になろう、我が名は四天王が一人 マーモンである」
確かに強そうだが、今の俺は恐れる必要は無い。
「行くぞマーモン」
俺はブラックソードを抜き斬りかかる。
この剣は凄いな…抜いた瞬間から力が漲る。
「待て、その剣はブラックソード、ならばここは一旦引くとしよう…追撃を掛けないと約束するならこのまま何も襲わず帰るとする、どうだ」
「俺は平和が好きだ、そちらが襲って来ないと言うのであれば俺は手を出さない」
魔族の軍勢はそのまま数時間かけ去っていった。
魔族が立ち去ると俺たちは聖教国の教会に帰ってきた。
戦っても居ないのに凱旋ムードとなり…俺たちを称える声がこだました…
数日後
まだ教皇は決まっていない。
だが、聖教国で聖剣を手に入れ、祝賀会が行われた。
そして、俺たちは魔王討伐の旅に出る事になった。
勇者の俺
神の愛し子のワイズ
聖魔のミーシャ
人類の守護者で要だ。
今、俺たちの旅は始まったばかりだ。
俺たちは…魔族なんて恐れない。
魔王なんて怖くない。
伝説にあった【自由の翼】の様に自由気ままに生きる。
【FIN】…なんてね
※ 次回より数話 謎解き篇がスタートします。
回答編1 絶望が怒りに変わる時
俺の名はセレナ。
俺はこの世界が憎くて仕方ない。
俺は敬虔な女神信徒だった。
教会のミサには良く顔を出すし、何かあるたびに祈りを捧げた。
教会が運営する孤児院にも寄付をしたし、商会の利益からは教会に寄進迄していたんだ。
なのに…なのに…何故女神は俺から全てを取り上げたんだ…
クズ勇者のソラン等を遣わせて…恋人も姉の様な人も…妹も家族も失った。
それだけじゃない、勇者に嫌われた俺は…全てを失ってしまった。
教会は…俺の敵。
孤児院は…俺の敵。
市民は…俺の敵。
スラムの住民…俺の敵。
恋人のマリア…俺の敵。
姉の様だった聖女のマイン…俺の敵。
家族…死ねば良い。
俺から婚約者を奪った奴ソランの味方だ…死んじまえ。
王族も貴族もギルドも死んじまえ。
だったら、どうすれば良い…..
そうだ、魔王について勇者を殺せば良いのか…
駄目だ、それじゃ勇者ソランは殺せても女神は次の勇者を遣わす。
女神は困らない。
女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、女神は殺す、
どうすれば良い?
魔族が神とする邪神に頼むか?
いや魔王ですらない俺の頼みなんて聞いてくれないだろう。
それに、女神と邪神は戦い続けてきた。
恐らくな何かの力、もしくは何かの決まりで直接手を出せないのかも知れない。
だったら、どうすれば良い? どうすれば女神を殺せる。
何処かの物語みたいに神すら殺せる魔王が居たらいいのに…
ひたすら探した。
図書館に夜中に忍び込んだり、古本屋の主の店に夜中に押し入り殺し、貴重な本を奪った。
何人殺したか解らない…俺にとって人間は ミーシャに串屋の親父、にババア、それから何処かに行ってしまった賢者に剣聖だけだ。
後の人間は全員敵だから…うん殺して良いんだ。
俺は女神を信仰して三禁(奪わず、殺さず、犯さず)は絶対しないと誓っていた。
だが、女神が敵だったんだから…こんなの守る必要が無い。
どうせ使えないならと…金貨を渡そうとしたシスターが敵だといった…守ってやったのに。
生活出来ないクソガキを飢えない様に食べさせ、将来困らない様に手に職迄つけさせてやった…なのに石を投げやがった。
この世界は全てが敵なんだから殺して良いんだ。
セレナは狂ったように探した。
女神を殺せる存在を。
そして、めぐり着いた。
最悪の【魔神 ホトス=ヨグソート】魔神は邪神に近い神だ。
しかも、この【魔神】は世界が混乱するのを楽しむ神で、純粋な悪神だった。
更に言うなら、伝承では今の魔族の信仰する邪神を従えていた神という事だ。
やっと見つけた【俺の神様】
邪神を従えていたのだ、女神の敵は確定だろう。
何処に居るのか? どうすれば良い…
手掛かりはあった。
後は探すだけだ。
お陰で王国から離れられなくなった。
本が沢山あるのは王国、帝国は少なく、聖教国だと神の敵の情報など禁書庫に入らないと手に入らないだろう。
やっと見つけた【新たな本】そこには魔神が封印された場所が書かれていた。
どういう経緯で封印されたのか解らないがどうでも良い…
世界を女神を殺してくれるなら…俺すら殺してくれても構わない。
そして、俺は魔神が封印された洞窟を探し出した。
永かった、どれくらいかかったか自分でも解らない。
長い月日をかけ、ようやくだ…ようやく魔神ホトスの封印を解く事が出来た。
さぁこれから、この世界がどうなっていくか….楽しみだ。
回答編2 女神をあげよう
僕の名前は、ホトス=ヨグソート、魔神なんて呼ばれているね。
しかし、酷いもんだ。
数百年寝ている間に、手下の邪神が女神と手を組み俺を結界に封じ込めるとはね。
本当に下手うったわ。
しかし、この結界もそうだけど、あのイシュトリアは本当に忌々しい。
女神の名の元に…僕の可愛い信者を皆殺しなんて、本当にろくでなしだよ。
【やってくれるわ】
だけど、封じ込められた僕には何も出来ないんだ。
まぁ、無理やり壊す事も出来るかも知れないけどね、流石に星ごと壊したりしたら問題になりそうじゃん。
神だから死ぬ事は無いけどさぁ…
何もない暗い所で、何もしないで暮らすって地獄だよね。
もう何百年たったのか何千年たったのか解らない。
誰だ、彼は?
洞窟に閉じ込められた僕の結界を一生懸命壊そうとしているんだから、健気だね。
うんうん、頑張れ、見てて飽きないね。
目は死んだように濁っていて、世界その物を恨んでそうな目。
【ゾクゾク】する。
すごいなー、本当に凄い。
僕は魔神だから、こう言う子は凄く好きだ。
しかも、あの女神を殺したい位憎んでいるなんて、凄く良いよね。
ある時は生贄を捧げてみたり、何処から探してくるのか間違った呪文を唱えたり。
色々と頑張ってくれているみたいだ。
今の僕は、意識を集中しても見られる光景がすぐ傍の彼だけだから、ずうっと見ていたよ。
他に何も見れない状態から、彼だけが見れる状態になった。
沢山の試行錯誤をしている。
まぁ、神二人が施した封印だからそう簡単には壊れない。
悔しそうにしているセレナくん。
泣きそうにしているセレナくん。
人を殺す事を躊躇うセレナくん。
だが、確信したよ、きっと彼なら何時かこの忌まわしい封印を解いてくれるって。
さて、この封印が解けたら、彼には何をあげようかな。
未だかって、どんな神もあげた事が無い様な物をあげよう。
僕は魔神だし、性格はひねくれている。
他の神からしたら【弄んでいる】そう言われる。
人間なんて虫けら、神だって犬位にしか考えてない。
だけど…してくれた事にはしっかり返してあげる、その気持ちはある。
まぁ、遊んでしまうかも知れないけどね。
この世界で一番偉いのは勇者だからね…復活したら、さっさと今の四職は弱体化させて役立たずにしよう。
その上でセレナくんには勇者になって貰って、最高の聖剣をあげちゃうよ。
【残念だけど、僕、強いのよね、邪神も女神もただのオモチャにしか考えてないのよね】
そうだな、セレナくんはさぁ、馬鹿なイシュトリアのせいで女を拒絶するようになってるみたいだね。
これはイシュトリアに責任取らせなくちゃいけないと思うよね。
多分、セレナくんは嫌がると思うけど、イシュトリアを丸ごとあげちゃうよ。
あれでも女神だから【人間なら確実に好きになる】からね。
何故って言われても困るけど、神だからね…消滅も考えたけど、その方が面白そうだ。
処女神なのに、人間の男に恋して自分の命よりも大切になってしまう…面白いよね。
セレナくんにとっても…知らないうちに罪滅ぼしされているし、トラウマも少しは治まるんじゃないかな。
「この空間に入ってくるとは何者ですか、ここは女神…」
「うるさいんだよ! 馬鹿な手下を炊きつけてよくも封印してくれましたね」
「その姿は…ホトス=ヨグソート、一体誰が貴方を」
「本当に煩い…黙れ雌犬」
「うぐうう」
「あははははっ、お前如きがなんで僕と話そうとするかな? 良い所僕からみたら精々が犬だよね、下手したらネズミじゃないかな? お前なんて手も触れずに消滅できるってーーの、さぁ殺しちゃおうかな? それとも女神の力を封じてゴブリンの巣に放り込もうかな? 面白いよね?処女神の初めての相手がゴブリン、ゴブリンに処女を無理やり奪われ、おもちゃとして死なないで永遠に犯されて、子供を作る…どうかな?」
「ふぐううーーーっふーふーーーーうぐうううううっ」
「あっそうか? 話せないようにしたんだね、ほら話して良いよ」
「私は女神…貴方を封印した事は間違って無いわ」
「そう? だけど僕より神格が下の君が意見なんてして良い訳ないよね【上の神には逆らわないこれ残酷だけど神のルール】でしょう、その証拠にお前は、僕には本来は何も出来ないよね? まったく寝ている間に酷い事するね…」
僕が少し意思を強めただけで何も出来ない雌犬の癖に。
「はぁはぁ、確かにそうです..」
もう反抗も出来ないね。
「それでね、流石にゴブリンやオークは可哀想だから止めてあげるよ? 僕って慈悲深いよね?」
「ああああっありがとうございます..」
「その代わり、君のせいで僕の友人が傷ついているから、その子を癒して貰うよ…永遠にね」
僕は、イシュトリアの服を引き裂いた。
「嫌っ嫌ぁーーーーーっ止めて、止めて」
まぁ処女神だから、こんな経験ないんだろうな。
「雌犬を抱くような趣味は僕には無いよ? ただハート(心臓)を貰うだけだからね? それで許してあげるから」
「そんな、それだけは止めて下さい、他の事なら何でもしますから」
「そうだよね? 善神の殆どは心臓を取られると、相手のいいなりだもんね! どんなゲスな男やオークでも愛するようになってしまうからな」
女神や神の殆どが心臓を採られると、相手に逆らえなくなるし、愛するようになってしまう。
だが、取り返されたらそれは終わる。
ではどうすれば良いのか?
食ってしまえば良い…食ってしまえば血肉となってもう取り返す事は出来ない。
「知っているならおやめください…許して、赦して下…さい」
「駄ーー目」
僕はイシュトリアの胸を掴み引き千切った。
「嫌ぁぁぁぁぁーーーーーーーーっあああああああっ」
乳房を引き千切られたのだ女神とはいえ苦痛はあるだろう。
そこから手を突っ込み心臓を抉りだした。
「うぎゃぁぁぁぁl---ああっああああああーーーああああーー」
神だから心臓を抉られた位じゃ死にはしない。
どういう原理かわからないが、やがて塞がり別の臓器が出来る。
まぁ、それは心臓(ハート)ではないから、これは1回しか出来ないんだけどね。
「ハァハァ…私の心臓を抜き取り従属神にでもするつもりですか?」
「違うよ! 今は雌犬なんて飼う気はないからね、君は僕の友達に酷い事をしたから永遠に償って貰おうと思ってね」
自分の気持ちを取られるなんて恐怖だよね…ふははははっ良い顔。
「はぁはぁ、私の心臓をどうするつもりですか?」
「ふふふっ、イシュトリアはラッキーかもね? これをあげる人間は、結構な美少年だから…だけどイシュトリアを恨んでいるから、彼に会う時は偽名使わないと殺されちゃうよ…そうだワイズにしよう、君の名前はこれからワイズだ」
「女神の私に人間を愛せと言うのですか、はぁはぁ仕方ないです…ね」
「うふふふっ、人間の寿命50年で済むと思って今、安心したでしょう? だけどこれからセレスくんには永遠の命をあげちゃうからね、永遠に頑張ってね」
「そ、そんな…永遠に私に人間に懸想しろというのですか…そんな」
イシュトリアの顔は絶望に染まった。
回答編3 邪神や魔族は…
「お赦し下さい、ホトス様」
「馬鹿だな、ラゴラ、僕がこういう事で赦さない神だと知っているでしょう?」
僕は、邪神であるラゴラと話している。
馬鹿な奴だ、女神に唆されて僕と敵対するなんて。
本当なら消滅させても良いんだけどね、今回は此奴から欲しい物があるから、赦してやろうと思っている。
「ヒィ…消滅だけは」
「良いよ、赦してやろう?」
「本当ですか?」
「ああっ、だがお前の肝を貰うからな、それで今回は手打ちで良い」
「き、肝は…それは..」
肝には神としての力が宿っている。
更に神であればやがて再生されるが、使える能力が再生されるまでの年月弱くなる。
その反面、それを取り込んだ者は【神となる】
簡単に言えば【不老不死】【もてる】【能力がとんでもなく跳ね上がる】が最低手に入る。
不老不死…これが神になる最低条件
もてる…神は一部の神を除き自分を信仰する者に愛されるし美しく見える。魅了等と違い種の本能として愛されている。
能力がとんでもなく跳ね上がる…神の領域の力が手に入る、例外を除き勇者や魔王より遙かに強い。
「嫌なら消滅にするよ?」
「解かりました…邪神である私の肝をあげる価値のある男なのですか?」
「お前なに言っているの?お前が謀反を起こしたから俺は封印されたんだよな? それを解いてくれたのがセレナくんだ、お前なに上からみているのかな? 僕のなかで序列はお前より上だよ? あと、僕が特別に勇者にしちゃったよ」
「ゆゆゆ…勇者、魔神である貴方様が、勇者にした?」
「うん、面白いよね! しかもとっておきの用心棒つき、まぁあのパーティーで戦うなら、肝が無くても魔王じゃ無くお前も討伐されるかもな?」
「あのホトス様…私は魔族の神です、その私の天敵に、肝を渡せというのですか?」
「あはははっ、なにを言うのかな? 実際は守る事は無いと思うけどさぁ~ 人間側の神はこの僕だよ? 今からお前消滅させようかな?」
「肝は渡します…それで、その後はどうすれば良いのですか? このままじゃ、魔族も魔王も滅ぼされて終わりという事じゃないですよね」
「あはははっ、それでさぁ~めんどくさいから、皆で遊ばない?」
「遊びですか?」
「そう、遊び」
簡単にいうと人間だけ仲間外れにして遊ぶと言う事だった。
邪神側は 邪神、魔王や四天王にとって【都合の悪い者】を勇者に処分して貰う。
人類側は 僕やセレナに【都合の悪い者】を処分して貰う。
適当に戦いながら、【やらせ】の戦いを繰り広げる。
そして、魔王と勇者が戦う時は「世界の半分を勇者にやるから仲間にならんか?」そういう話で世界を半分こにして終わり。
「それで良いのですか?」
「今現在、この世界はもう僕のもんじゃない? 人間側の神は僕だし、魔族側の神は従属神のお前なんだから」
「そう、ですね」
「僕って手に入れた物に興味ないんだよね…お前の肝をあげてさぁ、暫くセレナくんに人間の人生楽しんでもらったら、お前連れて宇宙にでもいこうかと思っているくらいだ」
「またですか? 私は安定した生活が送りたいのですが…」
「お前は邪神だよね…一生ついて行く、そう言ったじゃない?」
「あっ…はい」
「そうだね、だから魔王を含む魔族全員に伝えておいて【今度の勇者は敵じゃ無く将来は邪神になるかも知れない存在】だって。
「解りました」
「それじゃ、早く肝を頂戴」
ラゴラは手に力を入れるとお腹に突き刺した、そしてそのまま押し込み肝を取り出した。
「ハァハァ~お持ちください」
【魔王.魔族SIDE、数日後】
邪神から神託を貰い、魔族は大きく揺れ動いていた。
「それは本当でございますか? ラゴラ様」
神託ではなく顕現で邪神様が現れた、そして横には謎の人物がいた。
「君が今の魔王かい? 僕はホトス、まぁ君達が仕えているラゴラを従えている存在だ」
「ホトス様…まさか魔神様ですか?」
「へぇー魔王だと流石に知っているんだね、なら話が早いね」
ホトスは邪神ラゴラと話していた計画を話した。
結果、魔族は全面的にこの計画に乗る事にした。
その結果、
「皆で、勇者見に行かない?」
「そうだな、そこ迄の存在なら俺も見たいわ」
「なら、折角だから軍団揃えて挨拶がてら見に行こう」
【数日後】
聖教国を今、数万に及ぶ魔族が囲っている。
空は空飛ぶ魔物が覆い尽くし、城から見える範囲を魔物が覆いつくしていた。
これを見たら誰もが、この世の終わりに思うだろう。
こんな事が起きたが…これはただ【セレナを見たい魔族が、遊びがてら出かけただけだ】
勿論、戦う気は元から無い….何故ならセレナこそがいずれ自分達が仕える相手なのだから。
【最終話】 旅は続く
セレナ達の旅は、ただの旅だった。
俺たちは…魔族なんて恐れない。
だって魔族は既に仲間だ。
魔王なんて怖くない。
もう仲良くなることが決まっている。
ただただ、自分達が楽しむ様に旅してまわれば良い。
魔物?
狩れない、狩れない…だって仲間だからな。
ゴブリンにあっても、オークに会っても人目があるから跪かないが、憧れに近い目でこちらを見てくる。
ゴブリンに集落に案内され接待された…貧しいなかからもご馳走を出してくる。
申し訳ないから【退治した盗賊の人肉】を収納袋から出してあげた。
ミーシャやワイズは俺を気遣って食べない。
多分、ゴブリンも俺が良い思いしないだろうな、そう思ったのか倉庫に運んでいった。
歓迎が終わると、ゴブリンの長老が俺の手を引っ張っていった。
その先には人間の女9人が苗床になっていた。
「た.す.け.て」
「冒険者ですよね、助けて」
長老の目は笑っていた。
たぶん言葉にしたら「良かったら使って下さい」そういう目だ。
助けないのかって?
助けられないよな…だって歓迎してくれた相手から財産なんて盗めない。
最も長老は、あとでミーシャとワイズにどつかれていたけど。
オーガもワイバーンも皆が仲間みたいに接してくる。
だから、俺たちの旅は、ただの旅だ。
だって魔物は全部仲間なのだから…
自由の翼が自由を求めたように俺たちは自由気ままに旅をする。
きっと魔王に会う時は…素晴らしい歓迎をしてくれるに違いない。
「セレナ、美味しい物が食べたい」
「セレナ様、さぁ参りましょうか?」
この旅も、これから先も…ただ旅を楽しむだけだ。
【FIN】
あとがき
最後まで読んで頂き有難うございます。
この物語は、勇者でもなく、主人公でも無く、悲惨な状況の人間を書いて行く。
それだけでした。
ですが、感想欄からのご意見で考えさせられて…後半は随分丸くなっていき、話は明後日に飛んでいきました。
そういう意味では皆さんのおかげで話が180度変わったと言っても過言ではありません。
最後まで読んで頂き有難うございました。