【第一章 村人編】無能
僕の名前はセイル、辺境の村アイシアに生まれた。
小さい頃に母親が亡くなり、その後父親が亡くなり1人で暮らしている。
この村は、助け合いの精神が強く、子供一人でも生活に困らない位豊かな村だった。
僕には、幼馴染がいる。
彼女の名前はユリア、地味な何処にでも居る女の子..だがユリアと居ると凄く幸せな気持ちになる。
他にもっと綺麗な女の子は居るけど僕には一番大事な女の子だ。
小さい頃から一緒にいて、ユリアはまだ子供なのに僕と結婚したい、そう言っている。
ユリアと仲良くしながら、田んぼを手伝ったりしながら生活をしている。
僕も何時かはユリアと結婚する..そう思っている。
ユリアの両親も優しいし、一生をこの村で過ごすのも悪く無い心からそう思った。
この村では、15歳になったら、成人の儀式を行い、職業ジョブを貰う。
このジョブが重要でその後の人生を左右する。
僕とユリアは15歳、明日この成人の儀式をする。
そして成人の儀式の朝になった。
「どうしたのセイル、眠れなかったの?」
「うん、眠れなくて..」
「それで昨日の夜抜け出したんだね…お互い良いジョブが欲しいね」
「セイルは何のジョブが欲しいのかな?」
「そうだな、農夫でも良いし、猟師でも何でも良いよ..ユリアと一緒に暮らせるならね」
「そうかー、セイルらしいね、私もセイルと離れたくないからお針子とか機織り娘とかが良いな」
「お互い希望のジョブだと良いね」
「やったよセイル お針子のジョブだこれで一緒に居られるね」
「うん、あとは僕がどんなスキルかだな」
いよいよ僕の番だ。
ユリアの時と同じように近隣からきた5人と一緒に並んだ。
神官様から紙を貰い杖に合わせて祈りを捧げる。
すると、紙に自分のジョブが出てくる。
普通、それだけだが、僕の時は天使が降りて来た。
周りの人は嬉しさで興奮している。
天使が降りてきて…真っすぐに僕の方に向かってきた。
天使は僕の前に来ると、顔を伏せ..手を握った。
天使が現れると3大ジョブの可能性がある。
「聖者」「賢者」「剣聖」その可能性がある。
勇者の場合は女神が直に来る。
通常なら大当たりなのだ..だが、この状態から大外れが起きる事がある。
それは俗に「天使のお詫び」と言われている。
本来この世界に生まれた者は必ずジョブが貰える。
だが、ごく偶に貰えない者がいる..それが無能と言われる者だ。
理由は未だに解っていない..昔は女神に祝福されていないとされて「無能」は直ぐに殺された。
だが、天使が直に謝りに来るから、「違う」という意見が出て今では生かされるようになった。
こんな事はまず起きない..100年に一度あるかないかそういう確率だ。
実際に僕も話でしか聞いた事が無い。
そして僕にそれが起きた。
天使が顔を伏せ、「強く生きて下さい」そういう意味で手を握った。
そして天使は天界に帰っていった。
手には白紙のままの紙があった。
僕の無能が、ここに決まった。
全てを失う前の3日間
無能になったその日の夜、朝までユリアは傍に居てくれた。
何も言わずに一緒に添い寝してくれた。
勿論、変な事はしていない。
これがお別れである事を僕は知っていた。
「無能」である僕の価値は家畜みたいなものだ。
多分、これがユリアの家族からの最後の思いやりなのだろう。
本当なら、今日はご馳走を食べ、お酒を飲んで成人を祝う最高の日。
それなのにお祝いもせずユリアが此処に居る。 無能の僕の為に..申し訳ない。
他の人には最高の日、だが僕には最悪の日だった。
「僕が人間扱いされなくなる日」それが今日からなのだから。
次の日の朝、早速「無能」の扱いが始まった。
村長からいきなり家を出るように言われた。
この家は両親が建てた家で権利は本来は僕にある。
だが、「無能」は家や畑を持つ権利も無い、だから取り上げても誰も文句は言わない。
「すまない..だがこれは決まりだ、3日間だけ猶予をやる、もし村に居るなら儂の家の馬小屋を特別に使わせてやる」
すまなそうな顔をしているだけ村長はまだ良い人だ、そう思うしかない。
仕方ない事だ。
ジョブを貰うとそれがどんなジョブでも能力が底上げされる。
「農夫」や「お針子」のジョブですら、貰う前とは雲泥の差になる。
力で言うなら、毎日頑張って14歳まで木刀を振り続ければゴブリンなら倒せるようにはなる。
だが、「農夫」のジョブを貰えば、そんな修行をしなくても「鍬の一撃」という技で簡単に倒せてしまう。
そして、畑仕事にしても、能力が無い者と比べれば「農夫」のジョブ持ちは収穫量が倍になる。
つまり、無能力者がどれだけ努力してもジョブ持ちには勝てないのだ。
人から嫌われる「娼婦」というジョブや「街人」なんてジョブでも基礎の力が上がるだけ無能よりは良い。
いまの僕は15歳の年齢の中では「一番使えない」人間という事だ。
ユリアとの結婚? そんな話はもう無い、恐らく後で断りが来るだろう。
無能力の者に大切な子供を任せる親など居ない。
畑をユリア名義にしたって収穫量が減り、税金が納められなくなるに決まっている。
しかも、力もなく誰にも敵わない僕じゃ誰からもユリアは守れない。
諦めるしかない。
泣いても仕方ない..そんな事は解っている。
だが、僕にどうしろと言うんだ?
やれる事は何も無いんだ。
この村を出ても「生きていく方法」が何もない。
まだ、顔見知りだから、少しは扱いが良いだけ此処に居た方が良いに決まっている。
それが、もう人として見て貰えなくても..
良く見る野良犬ならエサ位はくれるだろう..知らない野良犬にはエサなどやらないだろう。
僕は現実を見つめ覚悟をしなくてはいけない。
「自分が家畜以下の価値しか無くなった」その現実を受け止め生きる覚悟を。
ユリアごめんよ…
この家に居られるのも後2日間だ。
僕にとっては両親との思い出の家。
家事道具や家具すら没収されるだろう..
さっき、ユリアの両親から結婚の断りが来た。
二人で来たのが誠意の現れだろう。
僕はただ謝るしか無かった。
「本当にすみませんでした..」
「良いんだ、君は悪く無い、だが君は無能だもう娘には近寄らないでくれ」
「本当にごめんなさい」
「いえ、良いんです..全部僕が悪い..」
二人は無言で立ち去った。
本当にユリアには悪い事をした。
ユリアは僕と結婚するつもりだったから相手が居ない。
15歳でジョブを貰って結婚する、そして子作りをしなくてはならない。
都会ならともかくアイシアみたいな田舎では20歳前に子供を作る夫婦が殆どだ。
農村部では小さい頃から仲良くなり結婚をするのが殆どだ。
僕と結婚する予定だったユリアは15歳なのに一から相手を探さなければならない。
近隣の真面な男はもう相手が決まっている。
最悪、どこかの中年の後添いになるか、素行が悪く縁談が無い様な男の嫁になる可能性が高い。
ユリアの家は土地持ちだ、その反面他に兄弟が居ないから将来両親の面倒を見なくてはならない。
だから、将来の家族として僕に優しかった。
全てを僕が壊してしまった。
女神は何で「無能」なんて人間を作るんだ..
僕が一体何をしたって言うんだ?
僕は、盗みもしないし、殺しもしてない、女性も犯していない。
女神様を信仰して「三禁」もしてない。
なのに、何で僕が無能なんだ。
王都の牢屋には沢山の犯罪者が居るじゃないか?
そんな犯罪者にもスキルは与えているじゃないか?
スラムで暮らす悪党だってスキルは貰えている。
何で、何で、僕にはくれないんだ..
「うわああああああああんっうわあああああああああああああっ」
幾ら叫んでも泣いても何も変わらない。
一通り泣いたら少しは気が腫れた。
顔がとんでもない事になっている。
井戸に行って水でも汲んでこよう..
井戸に行って水を汲もうとした。
僕が水を汲もうとしていたら、後ろにアサという近所の子供が並んだ。
だが、僕の顔を見るとアサはいきなり僕を突き飛ばした。
「おい、無能! なんでお前が水を汲むのを待たないといけないんだ? 他の人間が来たら譲るのが無能だろう?」
言っている事は正しい。
僕は甘えていた..アサは良くお腹を空かしていた、だから良くふかし芋をあげたり焼いた魚をあげたりしていた。
だから、桶一杯の水を汲む位待ってくれる、そう思った。
(本当に僕は甘いな..無能なのに)
「ごめん..」
「解れば良いんだよ」
殴って来ないだけアサはまだ優しいのかも知れない。
その日の夕方、トーマがユリアを連れてきた。
「おい無能..お前の女を俺が貰ってやるんだ! お礼を言えよ」
そうか、トーマがユリアと結婚するのか..
トーマの手はユリアの服の中に入っていて胸を揉んでいる。
トーマはガサツで暴力的な男で婚約の話が無い奴だった。
そりゃ当たり前だ、村の嫌われ者と結婚したい奴は居ない。
だが、この辺りには他に年頃の男は居ない..そしてジョブ農夫だ。
もう目ぼしい人間は相手が決まっている、後添いにでもならないなら此奴しか相手は居ない。
僕が黙っていると
「どうした無能! お前が貰えなくなった女を仕方なく俺が貰ってやるんだ..こんな面白くも無い奴をな! お礼位言えないのか..言えないなら、こんな女捨てて他の女探すぞ」
そんな事出来ないのは知っている。
此奴だって後は無い、もし今回の事がなければ村から追い出されていただろう。
夫が居ない女に価値が低いように、嫁の居ない男も価値は低い。
ユリアは泣きたいのを我慢しているのが解る。
ユリアは身持ちが固く清楚だ、それが胸を揉まれながら歩いているんだ..苦痛だろうな。
「ユリアを..貰ってくれて…ありがとうございました」
「言えるじゃないか? 仕方ねー可愛げの無い女だが、貰ってやるよ..ユリア、早速今日の夜から子作りするぞ! ちゃんと満足させるんだぞ」
僕よりきっとユリアは辛いだろうな。
ユリアはガサツなトーマが嫌いだった。
僕もトーマが嫌いだ。
女癖が悪く暴力的な男を好きになる人間は居ない。
だが、畑を耕して、ユリアの両親を将来面倒見るのはトーマだ。
どんなに嫌いでも拒むことは出来ないだろう。
今、相手が居ない人間は殆ど居ない…しかも貴重な「農夫」だ..ユリアが拒めるわけが無い。
ユリアは幸せになれない..だが、僕はそれ以上に不幸にしてしまう。
ユリア..ごめんよ..無能でごめんよ..
心の中で謝る事しか出来なかった。
ドラゴンビィ
僕は未練がましい男だった。
夜になり、気が付いたらユリアの家の前に居た。
中から声が聞こえてくる..その声はユリアの泣き声とトーマの不機嫌な声だ。
内容は解る..ユリアが女になった後だ。
その行為が満足できずに初めて経験したユリアを罵倒していた。
殴り掛かりたい..トーマを殺したい。
だが、出来ない..僕には力が無いから。
権利は僕にはある。
実際に僕は権利として「決闘許可」がある。
無能にある唯一の権利だ。
無能は王族を含み15歳以上の誰にでも決闘が申し込める。
正々堂々と正面から戦うなら、誰を殺しても許される。
例え相手が王族でもだ。
一見凄い権利に見えるが実は違う..それは無能に負ける人間が居ないからの権利だ。
この世に子供から死ぬ程努力した無能が居たとしよう..だがそんな奴でも15歳の剣も握った事の無い王女にすら勝てない。
一方的に蹂躙されるだけだ。
怒らせるだけ怒らせて..我慢できなくなった無能を殺す..いわば見せしめの為の決まりだ。
仕方が無い事だ..心は解っている..だが心の奥底が認めたくない。
大切にしてくれるならそれで良かった。
幸せにしてくれるなら、相手が僕じゃなくても良い..
だが….あんなのは聞きたくなかった。
僕にはどうにもできない。
1週間がたった..
ユリアはいつ見ても泣いていた。
嫌いな男の相手をして罵倒される日々、幸せなどある訳が無い。
そして僕は今日も家畜の様な扱いだ。
「あれが、セイルの末路なの? 私が結婚相手じゃなくて良かったわ」
「美少年も風呂にも入れないなら只の浮浪者だわ」
麻の服を着て、靴も無いそれがいまの僕だ。
後ろからいきなり蹴りが飛んできた。
「ミランダ..」
「なぁにその目は..ミランダ様じゃないの?」
「ミランダ様…」
「その反抗的な目が嫌いよ..」
いきなり、僕を殴りつける。
ミランダも昔、僕が好きだった筈だ..だが、子供の頃から一緒だったユリアを僕が選んだ。
だからなのか暇さえあれば僕に暴力を振るった。
「ごめんなさい」
「本当に良かったわ、貴方に選ばれていたらユリアになっていたんだから、本当に村長の息子と結婚できて幸せよ」
村長の息子は優しいし良い奴だ、トーマとは違う。
そして、ユリアが好きだった..僕とユリアがくっつかなければ..多分ユリアと結ばれた筈だ。
「良かったですね」
「ええ良かったわ..」
ミランダは僕に鎌を投げつけた..鎌が僕の足をかすめた。
「痛い」
「無能の癖に痛がるのね..本当になんでこんな家畜みたいな男を好きになっていたのか解らない」
僕がユリアを選ばなければ村長の息子と結婚して幸せだったんだ..僕がユリアを不幸にした.その事実が辛かった。
ユリアの顔に痣があった..多分、殴られたんだろう..目も腫れていた、泣いていたんだろうな..
「本当にお前は辛気臭い女だあれぐらいでメソメソしやがって..」
「ごめんなさい」
「原っぱで服脱がした位で暴れるんじゃねーよ..ただの冗談も解らねーのか..ばか女」
「ごめんなさい」
「それしかいえねーの..まぁ無能の女だったんだそんな物か」
「ごめんなさい」
ごめんねユリア..僕が君を好きになったから..
僕の仕事はまきを集める事と水を汲む事だけだ..無能だからそれ以外は何もさせて貰えない。
それと引きかえにささやかな食事を貰うだけだ。
見てられなかった..僕は走り出すと山に向った。
村の中には僕の居場所は無い..だから嫌な事があると僕は山に逃げ込んだ。
ここで花や虫、小動物を見るのが唯一の楽しみだった。
最近、珍しいハチの巣を見つけた。
ドラゴンビィー..頭がちょっと竜に似た蜂だ。
小さな体の癖に獰猛で小型の鳥すら倒すし..熊が襲ってきてもひるまない。
戦っている所は見た事は無いがまるで騎士か勇者だ。
(ドラゴンビィの様になりたい..)
そんな妄想を膨らましていた。
いや違う、ギルダーカマキリでも何でも良い..虫の様な勇気が欲しい。
無能に産まれる位なら..まだ虫の方が良かった。 本当にそう思った。
悲しい気分のまま僕はドラゴンビィの巣を見に来た。
悲しい時には此処を見に来た。
その勇ましい姿を見ると一時..嫌な事を忘れられる..
だが、この日は違っていた。
天敵のバグベアーに襲われていた。
ドラゴンビィは蜂にしては大きく6?ある。
だが、幾ら数が居ても蜂は熊には勝てない。
しかもバグベアーは天敵だ、その厚い皮は剣すら通らない..蜂じゃ勝てない。
みるみる数が減っていった。
ユリアも守れない..誰も守れない。
死んでも誰も困らない..無能だからだ。
僕は馬鹿な事を考えている..
僕が死ねば..バグベアーは僕を食べるだろう..そしたらハチミツや幼虫を取る事を辞めるだろう..それ以前に石をぶつけて走れば追いかけてくるかも知れない。 無能でも足は遅くない..逃げきれたら死なないかも知れない。
僕は石をぶつけた..よくやったもんだ。
そのまま走って逃げた、逃げて、逃げて逃げた..運よく逃げ切れた。
(良かった…僕でも頑張れば助ける事が出来たんだ..あれ..僕が逃げ切ったらバグベアーは..まさか)
ドラゴンビィの巣に戻ってきた..
「ああああああああああああああっ..僕は僕は..守れない..無能だから守れないんだ」
頭が割れそうな位痛み、悲しみが心からこみあげてきて、そのまま倒れた。
滅びの国の聖女と勇者..
目を覚ますとお城の中に居た。
此処は何処なのかな..お城?
「私のお城にようこそ」
見た事も無い美しい女性が居た。
周りには騎士の様な男たちが沢山いた。
その中にひときわ体格の良いイケメンが居た。
解らない、何故僕は城に居るんだ..
「不思議そうな顔をしていますね..最後のお客様に貴方を選んだのです」
「お客様?」
「はい、私はこの王国の女王にして聖女のビィナスホワイト」
「俺はこの国の勇者ケインビィだ」
「僕の名前はセイルです..あの僕の様な者が王城に招待して貰って良かったのでしょうか?」
「構いませんわ..貴方はわが国の..そう同盟者です..さぁ楽しみましょう」
しかし、この城は男ばっかりだな..女王以外女は居ない。
何をするのかと思いきや..ただご馳走を食べているだけだ。
美味しいご飯を共に食べ、ただ話すだけ、だがそれが凄く楽しい。
1人ボッチだからだ。
このまま楽しい時間が止まってくれればそう思った。
勇者ケインビィは勇ましく..イケメンだ。
ビィナスホワイトは..凄く綺麗で話してて楽しい。
騎士が剣の舞を見せてくれたりした。
全員が勇ましく僕とは違う..彼らは無能とは縁が無い者なんだろうな..
時間は止まらない、楽しい時間は過ぎていく..
「そろそろお開きのようですね..終わりの時間です」
これはきっと夢だ..目が覚めたらまた無能の生活が始まる。
「そうだ、セイル様は何か欲しい物がありますか?」
「宝石でも何でも構わんよ..そうだこの聖剣をやろうか」
これは夢..なら貰える筈だ。
「ジョブが欲しい」
「な..セイル様はジョブが無いのですか」
「マジかよ..」
「はい..」
「人の神は酷い事をしやがる..俺たちの神とは違う」
「なら、女神に問うてみましょう..」
「聖女ビィナスホワイト..今迄良く仕えてくれました」
「偉大なる女神様..私は最後の友人にお礼をしたいのです」
「お礼ですか?」
「はい、結局国は滅んでしまいましたが、私の国の同盟者でした..彼にはジョブがありません、授けて頂けないでしょうか?」
「人の子よ..私は人の神では無い..それでもジョブが欲しいのでしょうか?」
「はい、どのようなジョブでも構いません..頂けるなら何でもします」
「解りました..だが私は人の子にジョブを授けた事はありません..何が起きるかは解りません..覚悟はありますか」
「はい」
「ならば、ケインビィ..貴方のジョブをそちらに..如何でしょうか?」
「構わないぜ…どうせ..」
「解りました..ならケインビィの「勇者」のジョブを貴方に授けましょう」
頭が痛い…
夢に違いない…だけど、聞きたい..
「女神様、貴方のお名前は?」
「神虫と申します..」
この女神様も僕の夢..ケインビィもビィナスホワイトも夢。
だけど、人の女神は僕を救ってくれなかった..だが神虫様は僕を救ってくれた..
なら、夢の女神でも構わない..僕は…彼女を信仰する。
目が覚めた..沢山のドラゴンビィが死んでいた..大きな巣も全部壊されていた。
そのドラゴンビィの中に大きな個体があった..女王蜂だ。
そしてそれに寄り添うように..同じく大きな個体の蜂が居た。
多分、彼らのお陰で見れた夢だ..せめて、弔ってあげたかった。
手で穴を掘った..可笑しい、簡単に掘れてしまった。
まるで手がスコップにでもなったみたいだ。
全てのドラゴンビィを埋めて弔いの意味を込めて手を合わせた。
(夢でも嬉しかった..)
僕の持っているズタ袋から紙が落ちた..
僕の無能の証し..何も書いて無い紙。
もう要らない..そう思い拾った。
嘘だろう..
何も書いてなかった筈の紙に
インセクトブレイブ
「虫の勇者」と書かれていた。
虫の勇者VS農夫
直ぐに僕は村に帰った。
蔑む村人を無視して教会に行った。
「無能が此処に何の用ですかな..」
「決闘を申し込む」
決闘を申し込むには、その土地の権力者に伝えるのが当たり前だ。
最も、人の多い街なら「証人」が多くいるので必要も無い。
「貴方、死ぬ気ですか?」
「決闘相手はトーマだ..これは正当な権利だ」
「そうですね..国がいや世界が認めた権利..良いでしょう受理します」
「では、村の広場で待つ..トーマには伝えてくれ」
「まぁ立会人ですから..呼び出し位はしますよ..無能のくせに神官たる私に..まぁ死んでしまう貴方に文句は言いませんよ」
個人的には逃げて欲しかった..私は女神が何故貴方を無能にしたか解りません。
貴方は敬虔な使徒だったのに..死にたくもなりますよね..だが私は神官なのです。
同情は出来ても教義は曲げられません。
村の広場で僕が待っていると、村長をはじめとする村の人間の殆どが集まってきた。
「とうとう、セイルは死ぬのか?」
「あんな家畜みたいな生活..死にたくもなるよな」
こんな村では娯楽は無い..お祭り気分なのだろう。
「無能..村の片隅で生きていく訳にはいかなかったのか?」
「村長、人間には尊厳がある..無能には唯一認められた権利は..これだけだ」
「そうか」
神官のヨゼフがトーマを連れてきた。
横にはユリアが居た。
ユリアの顔は更に痣が増え、目は腫れていた。
今直ぐ、僕が助けてやる。
「何だ、無能..情けでお前の女を貰ってやったのに決闘だと..恩をあだで返しやがって、殺してやるよ」
「セイル、逃げて殺されちゃう…逃げて」
「無能、本当にやるのですか..今なら取りやめも..」
「やる..あと神官、いやヨゼフ..言っておく、この後この村の人間は誰も僕には逆らえなくなる」
「世迷言を神官の私を呼びすてるなど」
「トーマ、そのムカつく無能を殺せ」
「次期村長の妻が言うわ、殺しちゃいなさい」
「お前の味方は誰もいないな..無能」
「やめて、トーマ..逆らいません、何でもします..最後まで、最後まで今夜はちゃんと最後までしますから」
「うるせーよ、今更おせーよ、駄目だ此奴は殺す」
(最後まで..それじゃ最後の一線は越えてないのか)
「そうか、ユリアは純潔のままなんだな..」
「辛気臭くて殴っても言う事きかねーからな、セイル、セイル喚いて..暴れやがってよ..絶望させる為に一番最初はお前の前で犯してやろうと思ってたんだぜ! そうしたら何でも言う事聞くようになるだろう? まぁお前の死体の横で犯してやるよ! そうすりゃ此奴も俺の言いなりだ!」
純潔を奪って無いなら、命は助けてやろう..そう思ったが殺す。
「ユリア、もう泣かないで良い..遅くなってごめん、助けに来たよ」
「セイル..殺されちゃうよ…まさか死ぬ気なの!」
(セイルは死ぬ気であそこにたっているんだ..セイルが死んだら..私も後を追う..それしか結ばれる方法はもう無いよ….)
「大丈夫、すぐ終わる」
「人の嫁に色目使いやがって」
「無能、姦淫は罪だ..これは決闘が終わって、もし貴方が無事でも罪になりますよ、ユリアもね..トーマ準備は良いですか」
「おおう」
鍬まで持ち出して..殺す気満々だ。
「では、はじめ..」
「そらよ」
悪戯半分で鍬で殴ってきた。
無能なら、死にこそしないが大怪我だろう。
「セイルが死んじゃう..だれか止めて」
僕は軽く鍬を掴んだ、このまま腕ごと引き千切っても良いが..突き飛ばした。
「おい、おかしいぞ..無能が鍬をつかんだ」
「農夫のくせに鍬を止められる何て、トーマは弱いんじゃないか」
「まぁ彼奴は畑仕事をさぼっているから弱いんだろう」
「無能の癖に..殺す」
ユリアが心配して見ている..手にナイフまで持って..
ユリアが馬鹿な事する前に決着をつけよう..
「聖剣錬成」
赤く輝く大剣が僕の右手に現れた。
「「「「「「「「「剣が現れた..何故だ」」」」」」」」
「行くぞ」
「この決闘は..」
神官が止めに入る前に僕はトーマの両腕を切り落とした。
最後の一線を越えなかった..だから命はとらないこれで良い。
「俺の俺の腕がいてぇええええええええええっ」
無言のまま僕はトーマの方にゆっくりと歩いていく。
「せっセイル..辞めろ…殺さないでくれ、ななっ..そうだユリアは返す..」
僕は歩みを止めない。
「解った、別れる、別れる、最後までして無かった..彼奴は新品のままだ..それで許してくれ」
「許すよ..それで..」
「無能、いやセイルこれは無効だ、明らかにスキルを使った..無能でないなら決闘権はない..しかも他人の妻を奪おうとしたんだ姦淫罪だ」
「だが、無能として扱い、不当に財産や権利を奪われた..ユリアだって本来は僕の婚約者だ」
「それは認める、村長やユリアの両親の罪は教会から償わせる、だが決闘で妻を奪うのは姦淫だ..しかも両腕を切り落とすなど残酷極まりない」
「そうだ、俺は悪く無い..罪を償え..ユリアがどうなるか..俺の妻だ自由にできる..残酷に扱ってやるから覚えておけ!この腕の恨みは全部ユリアに行く」
「そこまでする事は無い、腕は農夫の命だ斬り落とすなんて..」
「やり過ぎだ」
良く言うな..やっぱり許さない。
「辞めた..許さない」
僕はトーマの首を跳ねた…首は鞠のように飛んでいった。
「セイル、神職である神官の前でなんて言う事を姦淫だけでなく殺人とは..死罪だ」
「黙れ..これを見てから言え..」
俺は「虫の勇者」と書かれた紙の「虫の」を指で隠し見せた。
「ゆ、勇者..様」
「ああっ、聖剣まで作って見せただろう?..無能なら「決闘法」勇者なら「勇者保護法」が適用だ..僕は誰を殺しても許される筈だ..勇者は法の外にある、他人の妻だろうが王女だろうが自由に出来る違うか?」
「セ..セイル様…いや勇者様..それは」
「ヨゼフどっちだ? 無能ならそれで良いんだ、その場合は此処に居る全員に決闘を申し込む..女もな、15歳以上の人間を皆殺しにして王都に行き教皇も決闘して殺す..そうしたら気が晴れる..僕は勇者なのか無能なのか早く言え」
私も悪い、村人も悪い..あの優しかった少年を此処まで変えてしまった。
今は平和な世の中だ..魔王も居ない、それでも勇者が生まれたのなら何か神の事情がある。
女神が来ず、天使しか来ない..だが平和な世界の時の勇者は力が弱い為、女神が来なかった..そういう実例だってあった。
1か月..その位は猶予を見るべきだった。
勇者が生まれた。
それは女神の御心だ..その使徒がどれ程歪んでしまっても神職の私は否定できない。
それがいかに容赦しなくても…
「セイル様はまごう事無き勇者です..すいませんでした..お許し下さい」
「そうか..ならまずは僕の家や財産を」
「直ぐに返すように言います」
「なぁヨゼフ..間違っている。今、お前は勇者と認めた..なら勇者の財産を奪った者はどうなるんだ、勇者に危害を加えた者はどうするんだ、正当な裁きをお願いする」
「セイル様..儂が悪かった許してくれ」
「村長、謝る必要は無い、貴方は法に従っただけだ..なら今度も法に従え..それだけだ」
「あの、セイル様.僕..ごめんなさい」
「アサ..謝らなくて良いんだ、悪い事はしてない」
「それじゃ..許してくれるの」
「うん許すよ..だけど、法は曲がらないからちゃんと罪を償えば良いだけだよ」
「セイル..私は」
「ミランダ、どうでも良いし謝らないで良い、法に従ってただ、裁きを受ければ良い」
「それじゃ、ユリア行こうか? 後は神官ヨゼフに任せた..良いよな?」
「はい、勇者セイル様」
「ユリアどうしたんだ..」
「私、もう汚れてしまったの..だから」
「一線を越えていないのなら気にしなくて良いんじゃないか? もしそれが気になるなら..知っている人間を皆殺しにすればそれで済むだけだ」
多分ユリアはこうでも言わなければ僕の前から居なくなる..こう言えばユリアは居なくならない..僕は卑怯者だ。
「それで良いの?..本当に良いの?..セイルなら私じゃなくても幾らでも相手が居るのに」
「ユリアが良い」
「だけど..本当に私で良いの..勇者ならそれこそ、貴族や王族だって」
「お針子のユリアが良い」
「そうか、うん、私もセイルが良い..傍にいたかった..助けてあげたかった..だけど」
「殴られて、酷い目にあっても、最後まで抵抗してくれた..僕が酷い目にあわないように庇ってくれていたそれで充分だ」
家族と僕の間に挟まっていた一番の被害者はユリアだ。
「ごめんね..セイル」
「僕こそ、ごめん..今迄助けてあげれなくて」
無能になってから初めて笑った。
こんな日が来るなんて思った事は無かった。
ユリアは痣だらけで、目も腫れている。
だが久々に間近で見た幼馴染はとても可愛かった。
【閑話】 裁き ある神官の憂鬱
今、私は教皇ヨハネス3世と国王ルドル4世に連絡をしている。
まさか、自分のような神官がまさかこの様に話す事になるとは思わなかった。
通信用の伝心のオーブ。
これは特別なオーブで普段は使えない。
しかも、普通の神官は一生使う事は無い。
緊急時にのみ使える大変高価なオーブなのだ。
それが、何故この様な田舎教会にあるのか?
それは、勇者が何処に現れるか解らないから、誕生した際の報告や魔族が進行してきた時の緊急連絡を取る為だけに存在する。
今は魔王が居ないし、魔族の進行等、魔領と隣接してない此処には関係ない。
最初は教皇様に連絡を入れた。
教皇の深刻な顔がオーブに映った。
「何が起きたのでしょう!」
「先日の成人の儀にて勇者様が誕生しました」
「勇者様ですか? 成人の儀から随分時間が経ちますね..何故すぐに報告しなかったのですか?」
話したくはない..これは大変な事になる、恐らく何人もの死人が出る。
だが、話さない訳にはいかない。
事情を詳しく話した。
「ああっ、女神の使徒たる勇者様に何て事を..良いですか? 今は魔王が居ません。だから勇者様に戦う理由はありません..ですが勇者様は使命を帯びています」
「それは解っています」
「解っていない! 解っていないのだ! たかが神官の癖に勇者様を無能扱い! 良いですか? 貴方は私を教皇様と呼ぶし聖教会にきたら私の前に膝磨づきますよね? その私が膝磨づくのが勇者様や聖女様なのです..国王よりも教皇よりも更に言うなら聖女様より尊い勇者を無能扱い! なんの為の信仰ですか? 勇者様が決闘? そうなる前に貴方が相手を殺しなさい..。勇者様が愛している方が奪われた..そんな男の家族ごと皆殺しにしなさい。勇者様は女神の次に偉い..その勇者様に害なす存在を許しちゃいけません。それで勇者様は何処にいるのですか? まさか粗末な家に居るなんて言いませんよね? 国王が来た以上にもてなしなさい..良いですか? 「勇者支援法」を越える扱いで接しなさい..解りましたね..本当に口惜しい..すぐにでも飛んでいきたい..傷ついた勇者様の心をいやす為に、シスターでも何でも差し上げたい..明日にでも再度連絡します..オーブは幾ら使っても構いません..何かあったらすぐに報告するのです、聖騎士も1小隊すぐ近くの街から行かせます..良いですね..」
何も言わせて貰えなかった。
村人の命乞いも出来なかった。
前の教皇ならもう少しどうにかなったかも知れない。
だが、ヨハネス3世は「女神至上主義、勇者至上主義」だ。
「勇者や聖女は尊い、勇者の為に働いてこその教会」そこまで言う方だ。
しかもヨハネス派の信者は..おかしい。
男女共に結婚相手に「貴方は私の2番の相手です」その様に宣言しそれが許されなければ、どれ程愛した相手でも結婚しない。
結婚していようが恋人がいようが..もし聖女や勇者が見染めたなら直ぐに捨てて仕えるだろう。
それが妻や側室ではなく奴隷としてでもだ。
勇者や聖女が、子供が邪魔だと言えば..実の子でも殺す。
ある意味狂信者だ。
あの教皇が来させるのだ、聖騎士もヨハネス派に違いない。
勇者の為なら喜んで人を殺す。
いや、勇者が望んで無くても勇者が喜ぶように殺す。
そして、勇者が死ねと言えば笑いながら胸にナイフを刺す..
そんなヨハネス派の聖騎士がくる。
次は国王に連絡しなければならない..頭が痛い。
「何じゃ? 辺境の村の神官が王たる儂に何かようか?」
「この地に勇者のジョブを授かった者が現れました」
「勇者..ああ勇者様が遂にこの地に現れたのだな、この国は勇者様が生まれなかった..帝国にも現れたのに儂の国には現れなかった..これでこの国も勇者輩出国の仲間入り..王子に肩身の狭い思いをさせないで済む..すぐに近くのリットン伯に行かせる..くれぐれも粗相のない様に頼みましたぞ、ヨゼフ殿」
頭が痛い..国王ルドル4世は名前を覚えないので有名だ。
王城で仕える者でも気に入らない者の名前は覚えない。
それが、ヨゼフ殿だ。
「それで何か問題は起きておらんか? 王権を発動させて構わないから、くれぐれも粗相のない様にな」
頭が本当に痛い..報告しないといけない。
仕方なく報告した。
「勇者様を無能扱い? まぁ知らなかったのだと言うなら情状しても良いが、「勇者支援法」に基づいて厳しく裁くのじゃ..勇者様がそれ以上を望むなら殺しても構わぬし、気に入ったのが居たなら奴隷にでもするんじゃな..その村の物は、全部人も含め勇者の物そう扱って構わん」
やっぱりそうなったか..
この国は勇者輩出国で無い。
その為、他国に下に見られる事が多かった。
勇者だけでなく、聖女も賢者も剣聖すら出た事は少ない。
待ちに待った勇者のジョブ持ち..あの国王が贔屓しないわけが無い。
何より、寵愛している第一王子が勇者に憧れている..
私の裁量では勇者支援法で裁くしかない..
来る前に全て終わらせる..それがギリギリの温情だ。
役人の居ない様な村で神官なんかするもんじゃない。
これから伝える事を考えると..幾ら女神の為、勇者の為とはいえ心が痛い..
だが、私は神官、女神の使徒..やらなければならない..
【閑話】 裁き 生き残る為に
「ヨゼフ神官様..これから私達はどうなるのでしょうか?」
私はこれから辛い事を言わなければならない。
「村長、お前の財産は全て勇者様の物だ..土地に畑、今持っているお金も銅貨1枚残らずにな」
「なっ、それは可笑しい..幾ら相手が勇者でも可笑しい..あの時セイルは無能と判断された筈だ」
それは私の判断だ..解っている。
「その責めは私にある..私は恐らく、教会か国に裁かれる多分死を持って償う事になるだろう..私と一緒にその裁きを受けても良い、その場合は財産は没収の上..一族郎党..死刑だ」
「なっ、そこ迄されなくてはならないのですか?」
何かと可笑しい「勇者支援法」の本を読ませた。
勇者支援法 第32条
勇者の財産を奪いし者はその財産の全てを奪われ勇者に返済される。
また、勇者が気に入った者がその一族に居た場合は奴隷として差し出す事とする。
それを最低限とし勇者の意向次第では最大では一族郎党拷問の末殺される。
「勇者支援法とは此処までの物なのですか?」
「そうなのだ..今は平和だが、魔王と戦っていた時には「光のオーブ」や「聖剣」を持っていた..勿論高価な事もあるが、それが無くなったら人類が滅ぶかも知れない..そこから生まれた法だ」
「だが私が奪ったのは法に則り、家や畑に家財だ..」
「村にある王国法を読むと良い..判断に猶予期間がある」
「猶予?」
「無能は判断が付きにくいので判定後..1か月経過観察の猶予を見る..そう書いてあった」
「そんな..そうだ、私がセイル..いや勇者様にお願いする..全部失ったら…息子が不憫だ、何とか私の命で..」
「無駄なのだよ..今は勇者様は恋人とお過ごしだ..何人たりともそう言った時間を奪えない、それに私に代行を頼まれてしまった..これが私の精一杯の慈悲なのだ..あと3日もすれば、リットン伯か聖騎士がくる、そしたら死罪だ、それを望むなら私はもう何も言わない」
「そうか、解った..私は家族を連れて、立ち去るとしよう..だがすまない、せめて後1日猶予をくれ」
「どちらかが来るまでなら私の権限だ、その位の猶予なら大丈夫だ」
「神官殿すまないな..」
「だが、ミランダはそのままでは駄目だ..」
「そんな、私はただ意地悪しただけだよ..何かされるの..」
「私の妻が一体どんな罪を犯したというのですか?」
「ミランダが告白しただろう..意地悪をした..さらに言うなら鎌で勇者を傷つけたのを見た」
「それはどういう罪にとられるのですか?」
勇者支援法 第2条
勇者を傷つけた者は二度と傷つけられぬ様に四肢の切断をする。
状況により死罪とする。
「そんな..」
「大丈夫だ、私の権限で腕1本で済ます..腕1本以下には出来ない..」
「国の決まりじゃ..諦めるしかないんだね..意地悪何かしなければ良かった..」
「済まぬな..アサお前もだ..」
「僕は、僕はまだ子供なのに..ただ突き飛ばしただけなのに..」
「すまない、勇者支援法に子供だからという法はない」
「僕の手、僕の手が無くなるの?」
「すまないな、ミランダもアサも明日は執行しない..1日だけ猶予は与えよう」
「さぁこれでどうにか裁きは済んだな、罪人は立ち去るが良い」
村長、村長の息子、ミランダ、アサは顔を青くしながら立ち去ろうとした。
「村長、明日はまだ出て行かなくても良いが、屋敷には勇者様が住むから..明日からは私の家に来てくれ」
「懐かしむ時間も満足に貰えぬのか..」
「すまないな」
4人が立ち去った後、神官は村人を残した。
村人達は自分が罰されなかったからホッとしているが、何かあるのか恐怖で一杯だ。
この中にはアサと同じ様に突き飛ばした人間もいる。
「ほっとしている間はありませんよ..先程の四人を明後日殺すのです」
「そんな、私達は村長にお世話になった」
「子供にまでそんな事は出来ない」
「良いですか? 勇者支援法を大きくとらえれば、村全体の責任になります..そうしたら村が滅びます」
「うちの子はまだ赤子です..そんな」
「うちだって倅がいるんだ..」
「だから、村長に罪を着せるしかありません..神官に裁かれたけど、勇者に対する狼藉が許せないので殺した..そう言えば良い」
「それしかないのか..」
「そうすれば心象も良くなる..あとその事は勇者様には悟られてはいけません..そうですね..勇者様には罪の意識から彼らは旅立った…そうしましょう」
「神官様はどうするのですか?」
「幸い私には家族は居ません..死を持って償うとします..良いですか? 私が判断を間違えた..そして勇者への迫害を指示したのは村長、それで納めるのが良いでしょう..聖騎士かリットン伯の軍がきましたら..話をして私一人の命で償うとします」
「そんな神官様..すまねー」
「良いですか? 明日は村長には普通に過ごさせなさい..せめて最後の一日は楽しく過ごさせてあげましょう」
「解りました」
「そして、明日からはセイル様は勇者、ユリアは勇者様の思い人..誠心誠意尽くしなさい..王や教皇以上に大切に扱うのです..良いですね」
「「「「「「「「「「解りました」」」」」」」」」
「あの、私達はどうすれば良いのでしょうか? セイルにいや..勇者様から娘を取り上げた.どうすれば..」
「それは勇者様次第..思い人の親なのです…勇者様も酷い事はしないでしょう」
「あの私たちは?」
「罪が無いのは解っています、ですが今回勇者様に1番害したトーマの家族です、リットン伯や聖騎士が来る前に逃げたほうが良いでしょう」
「解りました」
それぞれの思惑の中で時間は過ぎていく。
取り戻した時間。
今、あの日と同じ様にユリアが僕の横に居る。
あの日は悲しくて仕方なかった。
ユリアを見つめながら、諦める為に..心が葛藤して.胸が張り裂けそうだった。
好きで好きで仕方ない..だけど、諦めなければならない。
切なくて、悲しくて、だけど泣かない様に声を殺していた。
近くに居ても手が届かない..そんな思いだった。
あの日の僕は無能になり、別れなくてはならない..そんな思いでユリアを見ていた。
だが、今日は違う。
「どうしたのセイル、そんなに見つめて」
「昔を思い出したんだ」
「あの日は本当に悲しかった..もう二度とセイルと一緒に居られない..それしか頭に無かった」
「僕も同じだよ.本当に悲しくて、胸が張り裂けそうで..気を抜くと涙が出てきて..ユリアに涙を見せたくなかったから我慢して頭がぐるぐるだった」
「私もそうだよ..セイルはもっと辛いんだ、そう思って必死に我慢したんだよ」
「お互いが同じだったんだ」
「そうだね」
「私..本当はあの日セイルが連れだしてくれるのを期待していたんだ」
「うん、解っていたよ、付き合いが長いから」
「だったら、どうしてそうしてくれなかったの? と聞くのは意地悪かな?」
「ユリアの事を考えていたんだ..このまま連れ出したい、一緒に駆け落ちしたい…だけど、そうしたらユリアはどうなるか? 本当に考えたんだ..」
「そうなんだ? それで?」
「どうやっても幸せな未来が見えなかった..ユリアには幸せになって貰いたくて..だから」
「だから?」
「だから、諦めたんだ..」
「そうなんだ..だけど、私は気付いちゃった..」
「何に?」
「自分が冷たい女なんだって」
「どうして」
「私が凄い馬鹿だったんだよ..私はセイルが物凄く好き、世界で一番、ううん宇宙で一番かも知れない」
「それは僕も同じだよ」
「それでね、ようやく解ったの! あの時の正しい答えは、全て捨ててセイルと一緒に逃げれば良かったんだって」
「だけど、出来ないよね..お父さん、お母さんを捨てるなんて」
「あの時はそうだったよ…だけど、私にとっての一番はセイルだったんだ..それ以上大切な物はない、だったら親なんて捨てれば良かったんだよ..それにさっき気が付いたんだよ」
「そうなんだ」
「そう..セイルの居ない人生なんて考えられない、そう思ったの、そうしたら、さっき気が付いたらナイフ持っちゃってた..多分セイルが負けていたら死んでいたと思うの」
やっぱり、気が付いて良かった、ナイフを持っていたのは僕の思っていた理由と同じだ。
「気が付いていたよ..あのナイフが僕は一番怖かったんだ…だから急いだんだ」
「そうかセイルは気が付いてくれていたんだね…私は馬鹿だったんだよ、ああなるまで気が付かなかったの、無駄に生きる位ならセイルの横で死んだ方が遙かに幸せだという事にね..」
「僕はユリアには死んで貰いたくない」
「セイルはそう言うよね..解っているよ..だけど、セイルと居ない時間が凄く辛かったの..本当に死にたい位..多分あのままの生活が続くならセイルと一緒に死んだ方が幸せなんだって、それが解ったのよ」
「ユリア」
「さっき冷たい女だって言ったでしょう? 私はトーマが死んでも何とも思わなかった..寧ろ死んでくれて良かったとさえ思っているわ」
「ユリア..」
「今なら私、セイルの為なら親なんて簡単に捨てるわ..ううん邪魔になるなら殺せるわ」
「だけど、おじさんとおばさんは..」
「もうどうでも良いのよ! だって私が暴力を振るわれても、無理やり犯されそうになっても、畑や生活可愛さに見て見ぬ振りをする人なんて..本当にどうでも良いわ..」
「ユリア..」
「私ってこんな女なの! セイルが思っているような優しい女じゃないわ..だけどそれでもセイルが好き! セイルと一緒に居られるなら、セイルが幸せならそれで良い..その為ならもう何も要らない..軽蔑したかな」
「そんな事言い出したらキリが無いよ..僕なんてトーマの腕を切り落とした..いまの僕なら殴るだけで制圧出来たのに」
「うん、だけど私はそれを見て喜んでいたの..これでセイルは死なないって、嫌いな人とはいえ腕が切り落とされていたのに!」
「それを言うなら僕はトーマの首を跳ねた..殺す必要は無かったのに…」
「知っているわ..私を酷い目にあわす、それを聞いてやってくれたんだよね..人が死んでいるのに、私凄く愛して貰っているんだって嬉しかった」
「だったら同じだね..僕はユリア以外はどうなっても良い..そう思っているよ! ユリアに酷い事する奴なんて死んで良いって思う位にね」
「奇遇だね、私も同じ、セイル以外はどうなっても良い、そう思っているよ」
「僕たち」
「私達」
「「本当に冷たい人間だね」」
二人で思いっきり泣いて、思いっきり笑った。
いつしか顔が近くなり、どちらからともなくキスをした。
「ごめんね、私痣だらけだ..」
「僕だってよく考えたら汚いままだ」
「気にならないわ、セイルだもん」
「ユリアは可愛いままだよ」
「えへへっセイルにとって私は可愛いんだ..」
「前から言っていたと思うけど?」
「セイルに可愛いって言われるのは久しぶりなんだもん」
「そう? 言って欲しいなら何時だって何回だって言うよ」
「そう、だけどセイルは..本当に綺麗だよ」
(私と違って本当に、本当に綺麗なんだから..選んで貰えるように本当に私頑張っていたんだから)
「別にどっちでも良いんだ..ユリアが好きで居てくれるなら..それだけで充分」
「それずるいよ..私も一緒だよ」
あの日、普通にジョブが貰えたら..
2人が過ごすべき時間を2人は過ごした。
苦労したからこそ..回り道したからこそ..その時間の大切さが誰よりも解った。
幸せだから許せることもある
今は10時位だろうか?
僕とユリアは寝ていた。
村の朝は早い..こんな時間まで寝ていられる事はそうそうない。
横を見るとユリアが寝ている。
だらしなく涎を垂らしながら..こんなだらしないユリアは見たことが無い。
見続けているとユリアが目を覚ました。
「セイル..おはようって..嘘、私の寝顔見てたの? 変じゃなかったかな? 大丈夫..というか恥ずかしいから起こしてよ」
「見ていたかったんだから仕方ないよ、それに昨日はお互い、これでもかって位恥ずかしい事していたんだから今更じゃない?」
「そうだね…」
ユリアが考えるような顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや、不思議だなと思って..トーマには手を握られるのも嫌だったのに..セイルに触れると凄く嬉しい..あんな所やこんな所、多分セイルに触られていない場所何か私にはもう無いと思う..なのに何処を触られても嬉しくて仕方なかった」
「そうかな、その割には嫌がっていた所もあった気がするけど..」
「セイルはデリカシーが無さすぎ..誰だってあんな事されたら恥ずかしいに決まっているでしょう! 多分、他の人にされたら自殺しちゃうよ..だけどセイルにされるならそれだって恥ずかしいだけだよ」
「それを言うならユリアだってあんな所やこんな所迄、僕の体で頭の先からつま先までユリアが触っていない所なんて無いよ? それに僕は何日も水浴びもしてないから凄く臭かったんじゃないかな」
「うん、臭かったよ..だけどこれがセイルの匂いなんだそう思ったら気にならないかな..むしろ心地よい匂いだよ」
そういいながらユリアは僕の首筋を鼻を近づけてクンクン嗅いでいた。
「そうなのかな..」
綺麗好きなユリアの意外な一面を見た気がする。
「それより、セイルの方は大丈夫だった..私顔から体から痣だらけだったし..目だって何時も泣いていたから腫れていたでしょう? 酷くなかったかな?」
「全然、それでもユリアは可愛いし痣なんて気にならないよ」
「そう、今の私で可愛いなら、痣が消えて目の腫れが無くなったら..どうなるのかな? メロメロになっちゃう?」
ユリアが僕の顔を覗き込んできた..
僕は多分、こういう仕草も含んでユリアの全てが好きなんだと思う。
「メロメロになっちゃうよ!」
「そう!嬉しいな」
二人で朝から水浴びをした..僕の髪をユリアが洗ってくれた。
お礼にユリアの髪を洗ってあげた。
溜まった垢が流れて臭い匂いが無くなっていく..それと同時にほんのりとついたユリアの匂いも無くなっていくようで寂しい。
「なに、変な顔しているのかな?」
「いや、ユリアの匂いが無くなっていくみたいで寂しいなって」
「なっ..セイルって本当にストレートだよね?いいよ今夜思いっきりまた私の匂いつけてあげる..その代わり私にも沢山セイルの匂いをつけて貰えたら嬉しいな!」
ユリアの顔がいたずらっぽく笑った。
「いまは少しだけ..」
そういってユリアが頭をぐりぐり押し付けてきた。ユリアの髪の良い匂いが僕の体についた。
僕はお返しとばかりにユリアを抱きしめた。
「セイルって独占欲が強かったんだね…」
「多分違うと思う、この数日間でものすごく強くなった気がする」
「そう? 確かに私もそうだよ! 私も凄く強くなっちゃった..同じだね」
「うん、同じだね」
今まで15年近く一緒に居てユリアの事なら何でも知っていると思っていた。
だけど、昨日のユリアも今日のユリアも知らない。
嫉妬って怖いな..こんなユリアが僕以外の男の横にいたら、相手がどんなにいい奴でも決闘していたと思う。
今のユリアは幸せそうに笑っている。
僕も凄く幸せだ..
もし、この幸せにたどり着いていなかったら..すべてが手遅れだったら、恐らくトーマを殺して村人を皆殺しにしたかも知れない。
そして、村の全ての金品を奪いユリアを連れて世界を逃げまくっていたかも知れない。
それでもユリアは横に居てくれる、そう確信はしているけど、そのユリアは多分笑顔で無いだろう。
だけど、今の僕は幸せだ..ユリアも横で笑っている。
だから、許せる..もういいじゃないか?
ユリアを虐めていた奴はもう死んで居ない..それで終わりで良いじゃないか?
もう恨みは忘れよう..それで良い。
僕が勇者だと連絡が入っているだろう..
だけど、僕は「虫の勇者」だ紙にも「虫の」としっかり出た、このままいれば勇者の扱いは受けれる。
だが、どこで綻びが出るか解らない。
認定だけ受けたら..さっさと村を出るのが良いかも知れない。
「ユリア暫くしたら、この村を出ないか?」
「急な話だね」
「うん、この村には良い思いが無い..だけど15年育てて貰った恩がある..だけど」
村長さんから焼き芋を貰ったり、小さい頃は魚釣りに連れて行ってもらった。
早くに親を亡くした僕を皆が育ててくれた。
神官さんは怖いけど、たまにこんな村じゃ食べられないお菓子をくれた。
仲が悪くなる前は、ミランダともよく遊んだし..昔には好きだって告白を受けた。
もし、ユリア以外で誰かを好きになるとしたら彼女だったのかもしれない。
アサは悪ガキだけど良く懐いてもくれていた。
楽しい思い出も沢山ある..だが不幸は怖い。
傍で見ているとその楽しかった思い出が嫌な思い出に上書きされる。
だから、嫌いにならないうちにここから出るのが良いと思う。
僕は自分の気持ちをユリアに伝えた。
「私も同じかもしれない..それに私言ったじゃない..もう離れないって、だからセイルがそうするなら着いていくだけだよ」
「ありがとう」
「それで出て行ってどうするの?」
「そうだね、僕は冒険者にでもなるかな? ジョブが勇者だから仕事には困らないよ」
「私もお針子のジョブだからどこでも仕事はある..良いかもしれないね」
「うん」
「そうと決まれば神官様の所に行ってくるよ」
「待って私も一緒にいくよ」
僕はユリアの手を握りドアを開けた。
二つの復讐の終わり
「神官さん!」
えーと何で神官さんがこんな所に居るんだろう?
「セイル様、お待ちしていました、さぁ行きましょう!」
ユリアと顔を見合わせる..何が何だか解らない。
そのまま、村長の家に連れられて行かれた。
「セイル様、今日から此処が貴方の家です、ゆっくりと寛ぎください」
何を言っているのか解らない。
「ちょっと待って下さい..何で此処が僕の家なんですか?」
「セイル様、貴方は勇者なのです、一番良い家に住むのは当たり前です」
「村長はどうしているのですか?」
「私の家に居ます」
この家は村長の自慢の家だった筈だ、池や庭石まで全て拘っていた。
他には一切贅沢しない村長の唯一の趣味だ。
「僕は元の家が一番寛げますから此処は要りません」
「そうですか..勇者であるセイル様がそう言うなら仕方ありませんが、それでは困った事になるのです」
「何故でしょうか?」
「教皇様や王様より、もてなすように言われております」
言わなくちゃいけないな…
「神官ヨゼフ..僕はもう怒っていない、この屋敷は村長に返してくれ、どうせ法に則って僕の物になったんだろう?」
「そうです..その他の財産も全て貴方の物です」
「なら、お金の半額だけは迷惑料で貰う、他は全部返してあげてくれないか?」
「宜しいのでしょうか?」
「充分だ..それにミランダもアサも、他にも何か罰が行くような相手が居るのならそれも辞めて欲しい」
「本当に宜しいのでしょうか? 私は判断を見誤り、村長をはじめ他の村人は貴方に酷い事をしていました..お許しになるのですか?」
「それで良いよ、何だったら一筆入れても構わない、もし手遅れになっていたなら村人全員殺していたかも知れない..本当のギリギリだけど間に合ったんだ、だからこれで終わりで良いよ」
「本当に..すまないとしかセイル様には言えない..本当に有難う」
「それで、後で構わないから、ジョブの認定証を用意して欲しいんだ」
「どうしてでしょうか?」
「何処かの街にでも行って冒険者にでもなろうと思ってさ、だから僕とユリアと二人分お願いします」
すっかり、優しい昔の彼に戻っていますね
最後の最後で彼女を守れたからでしょう..良かった。
それしか言えませんね。
だが、冒険者ですか..嫌な事があったから仕方無いですね..
村を出てしまう..彼は知らないのでしょうね..まぁ詳しい事は黙っておきましょう。
「それで何時、旅立とうというのですか?」
「出来るだけ早く旅立ちたい..そう思っているんだけど、何時からなら大丈夫かな?」
「セイル様、貴方は勇者なのですから自由に振舞って良いのですよ、そうですね今日の夕方までには作って置きますから取りに来て下さい」
「はい、あの教会や貴族の方に会わなくても大丈夫なのでしょうか?」
「そうですね..貴方は勇者、王や教皇よりも尊い、誰の事も考えず自分が思うように生きれば良いのです」
「有難うございます」
さてと私はこれから、皆を集めて説明しましょう..喜ぶ事でしょうね..今はですが!
今迄黙っていたユリアが話し掛けてきた。
「勇者って凄いんだね..だけど良かったの?」
「うん、大きな家に住んだら、ユリアと違う部屋で暮らさなくちゃならないでしょう?」
「ただ部屋が別になるだけじゃないのかな?」
「だけど、顔を見る時間が減るから1部屋か2部屋..それ以上の大きさは必要ないと思う」
「そうだね、確かに大きな家だと何時も顔を見れない物ね..うん私も大きな家は必要ないよ」
(顔がにやけちゃう..今迄だって凄く優しかったけど、今のセイルは信じられない位に優しいし愛してくれているのが解る..しかもあの天使の様な笑顔で言うんだから)
「どうしたのユリア? 顔が赤いよ」
(セイルのせいに決まっているじゃない)
「ううん、何でもない、何でもないんだよ..だけどこれからどうしようか?」
「そうだね、用事が済んじゃったから..そうだ散歩しない?」
「うん、散歩かぁ…久しぶりだね!何処でも付き合うよ!」
僕はユリアを連れ出して村の外まできた。
「村の外に出るんだ、セイルが居るから大丈夫だけど..それで何処に行くのかな?」
「僕の親友と言うのかな? 恩人と言えば良いのかな? その人達に会いに行くんだ」
「その人達はこんな辺鄙な所に住んでいるの?」
「うん、まぁね」
「着いたよ…」
「嘘..此処なの? まさかお墓..死んだのその人」
「正確にはその人..ああ違うよドラゴンビィという虫なんだ」
「えっ..虫」
「そう、蜂、だけど僕にとってはユリアの次に大切な人達だったんだ」
ユリアを此処に連れてきたかった。
此処は僕に未来をくれた大切な人達のお墓。
僕にとっての勇者、聖女のお墓。
「ケインビィ、ビィナスホワイト君達のお陰で僕は大切な人を守れたよ…有難う!」
僕は目を瞑り手を合わせた。
横でユリアも僕の真似をして手を合わせてくれていた。
何も聞かずに居てくれる。
困った時は何時もそうだった..母さんが死んだ時も父さんが死んだ時もいつも何も言わずに傍にいてくれた。
だから、此処に連れてきたかったんだ..ユリアを守れる力をくれた恩人たちのお墓に。
「さぁ行こうか?」
「もう良いの?」
「うん」
帰ろうとした所に奴の気配を感じた。
虫の勇者は凄い、意識すれば遠くの方に居る者まで感知できる。
この場所は魔獣が出る、だからユリアに何かあるといけないので意識しながら歩いていた。
(今は生かして置いてやる..だがお前は殺す)
あと一つ此処を出る前にやる事があった事を思い出した。
「どうかしたの?」
「何でもないよ? 勇者になったからかな動物の気配が何となく解ってね」
「そうなんだ..勇者のジョブって凄いんだね」
「まだ使いこなせて無いけどね」
「それは仕方ないよ、お針子や農夫と違って勇者の経験なんて普通は無いもんね」
「そうだよね」
村の入り口までユリアを送っていった。
「ユリア、さっき獣の気配を感じていたんだ、折角だから狩ってくるよ..今日のご飯はお肉にしようか?」
「獣が居たの? 狐かな? 狸かな?」
「そんな所だよ」
「そうか、それじゃ楽しみにしているね..お肉なんて久しぶりだから楽しみだよ」
「それじゃ行ってきます」
僕は走り出した。
居場所なら解っている。
さっきロックオンした..ドラゴンビィの敵だ。
(見つけたぞバグベアー、しかも毛並みから解るあの時と同じ奴だ)
「聖剣錬成」
「グワァァァァァァ」
バグベーアが唸りを上げこちらに向ってきた。
普通の人間なら死を覚悟する瞬間だ…バグベーア―は狂暴で冒険者でもベテランじゃなくちゃ相手にならない。
銀級でも油断すれば殺されてしまう。
だが、恐ろしくない..戦うと決めた瞬間に恐怖の気持ちが吹っ飛んだ。
手を振り上げた。
本当なら、これが振り下ろされれば人生が終わる。
だが、今の僕には止まって見える。
「遅いな、のろま..そんなんじゃ僕の相手は出来ないぞ」
簡単に躱し剣を突き刺した。
もう終わりだ..トーマ位なら使わなかったが..ドラゴンビィは毒を持っている。
神経毒で凄く痛い..この聖剣は多分、ケインビィがくれた物だ、どう見てもそっくりだ。
実際のドラゴンビィは剣、何か持っていない…そう考えたらこれは針なんだろう。
刺した瞬間に毒を流し込んだ..
断末魔の声を上げバグベアーは死んだ。
死んだバグベアーの首を跳ねて、お墓に備えた。
「仇はとったよ、安らかに眠って下さい..最も勇者と聖女だから虫神様の加護があるんだから祈る必要もないかな..」
(今度こそ、本当に行くよ..有難う)
僕は首の無いバグベアーを担ぎ上げ村に帰った。
ドラゴンビィの神経毒は理由は解らないが食べる分には問題無い。
ドラゴンビィをお酒に漬け込んで飲む人がいる位だから大丈夫だろう。
「勇者様..それバグベアーじゃないか」
「そうだよ」
「勇者って凄いんだな..」
こんなには食べきれないな。
「僕とユリアが食べる分以外は皆に分けるから、後で教会に行って下さい..他の人にも伝えて下さい」
「くれるのか?..流石セイル様、ありがとう!」
現金な者だ..無能の時には..いやそれは思うのは辞めよう..もう済んだ事だ。
そのまま教会に行き神官を呼び出した。
「神官様、皆にお裾分けを持ってきたから平等に別けて下さい」
もうわだかまりは無い..昔のように神官様とあえて呼んだ。
「勇者様、これはバグベアー..まさか討伐したのですか?」
「まぁね..よいしょと、倒したのは僕だから一番美味しい右手は貰っていくね」
これは当然の権利だから貰う、猟師が猪を分ける時でも獲物を狩った者が一番良い部分を持って行くんだから良いだろう。
「これを村人に分けるのですか?」
「そうだよ! 僕とユリアじゃ食べきれないから」
中には何故か沢山の村人が居た。
「丁度良いや…これ皆で別けて」
「待って下さい、勇者様…有難う…有難うございます」
「村長、もう水に流しましょう、確かに酷い事もされましたが、この村は孤児になった僕にも優しかった、だからもう良いですよ!」
「妻を許してくれてありがとう!」
「本当にごめんなさい」
「もう良いよ…謝らなくて、昔腹を空かした僕に茹でたタニシくれたでしょう、ミランダにはそれこそ数えきれない位沢山の物を貰ったからもう良いんだ」
「有難う..本当にありがとう」
「これで生きていけます..ごめんなさい..許してくれてありがとうございます」
「そうだ、村長お金を貰うだけじゃ申し訳ないから、僕が居なくなった後あの家は差し上げます..それじゃ」
村長の返事を待たずに僕はユリアの両親の前に来た。
「その、セイル、いやセイル様..」
「謝りますから許して下さい」
「良いですよ、その代わりユリアを連れて行きますから、それで許してあげますよ!」
顔色が青いな..そりゃそうだこれでユリアの家は終わってしまう..働けなくなったら終わりだ。
「それはもう..娘は差し上げます」
「ユリアはセイル様の物です」
震えているし怖がっている、だけどこれはどうする事も出来ない、そうだ。
「おい、アサ!」
「ゆっ勇者様、僕は許して貰えないの?」
泣きそうな顔だなこれは…
「ああ、アサはそのままじゃ許さないな罰を与える」
「そんな、他は全部..僕だけなんで..助けてよセイルお兄ちゃん」
此奴はいつもこれだ、困った時だけ「お兄ちゃん」って呼ぶんだ。
「それじゃ罰を与える」
「嫌だ、嫌だ手を斬らないで!」
周りの人間は僕を怖がっているから何も言わない。
同情の視線を向けているだけだ。
「お前はユリアの家の子になれ..それが罰だ」
「えっ..それが罰なの?」
「あのセイル様それはどういう事ですか?」
「おじさん、おばさんどうです此奴は? 僕と同じ孤児ですよ、遊んでばかりの悪ガキですが体は丈夫、畑を耕すのに丁度良いでしょう?」
「そうか..確かに丁度良い」
「ユリアは女の子だったから、男の子を育ててみるのも良いかもね」
「あの、セイルお兄ちゃんどういう事?」
「ユリアの家の子になれ..それが罰だ」
ユリアの家は大きな畑を持っているし裕福だが後継ぎが居ない、アサは孤児だから親が居ない、これで良いだろう?
後の事は知らない。
アサが何か言っているようだが無視だ。
そして、これから話す相手が一番僕に怯えているだろう。
「さてと」
「許して下さい..息子夫婦だけは許して下さい..この私ぁの命でお許し下さい」
「助けて、私は殺されても構いません、だから妻と子と母を助けて下さい」
「私が奴隷になります..だから、許して下さい」
「ばぁばと父ちゃんと母ちゃんを殺さないで」
「黙って話を聞いて、貴方達の家族が僕から奪ったのは今の貴方達が守ろうとしている者と同じだと思わないか?」
「それは..」
「良いから黙って聞いて、貴方達の家族に酷い事したら貴方達は許してくれるのか? そうだなその奥さんを奴隷として差し出させて僕が性処理奴隷として村の広場で毎日犯していたら許すのか? 答えてくれるかな?」
「許せません」
「だったら僕が許すとでも!」
「自分が許せない者を人に許せとは言えません」
「それなら、私が私が貴方の奴隷になれば同じです..それで許して下さい」
「教育を間違った私のせいです、儂の命で許して下さい」
「勘違いしないで下さい! 貴方達は僕には何もしてませんよ! 僕に対して大切な者を奪おうとしたゴミはトーマです」
「「「「….」」」」
「それを知っていて見逃した..それは許せないが、それだけだ、だから貴方達への罰はトーマを一切弔らわない事」
「それは一体どういう事ですか?」
「言った通りです、トーマのお墓に手を合わす事も、偲ぶ事も許さない..彼奴はゴミだった..そうですね元から居なかった、そう思って暮らす事それだけです」
「解りました、私には弟は居なかったんだ..それで良いですか?」
「私はトーマが嫌いでした、だから構いません」
「おじさんは居なかった..これで良いの?」
「それで良いですが..だけど一人だけまだ認めていませんね!」
「それはあんまりです、幾ら息子が悪人でもこの私が腹を痛めて産んだ子です」
「だったら今居る家族に責任を取って貰うしか無い、孫にするか息子にするかな、いやその奥さんにするか? 全員でも良いか?」
「母さん!弟は本当に酷い事をしていたんだ、俺も見ていた」
「私も知っています、お義母さん、庇わないで下さい、貴方の孫トモキの為にも」
「トーマは居なかった..産んでいない..これで助けてくれるのですか..」
「それで良い、この世にトーマなんて居なかった、だから恨みようが無い」
トーマの母親は泣いていた。
「居ない息子の為に泣く親はいない、早く泣きやめ」
「母さん、泣くのを辞めてくれ」
「お義母さん早く、泣き止んで」
「僕は確かに酷い事をしているのかも知れない..だが、あんたがちゃんと教育していればトーマは歪まなかったし僕を不幸にしなかった。子供の頃に悪さをしても叱らなかったあんたが悪いんだ、兄なら殴ってでも辞めさせる事も出来た筈だ違うか? 何をしていたか知らないとは言わせない、だから本当の意味で彼奴を殺したのは貴方達だ..自分がされそうになって初めて解ったんじゃないのか? 彼奴がどれだけ酷い奴か」
「俺は勇者様がされた事をされたら..多分復讐します」
「私は女だけど、もし夫を奪い去り苛め抜くような事をしたら許せません」
「あんたはどうだ? 僕が貴方の孫をいたぶり、息子の嫁をいたぶっても許してくれるのか?」
「許せない..です」
「他人だから、見捨てたんだろう? 貴方が自分の命を張って家族を守る気があったなら、命を懸けて息子の凶行を止めれば良かった、それだけだ」
「それを言われたら..もう返せません」
「だったら、息子は居なかった..それで良いでしょう? 言っておきますが自殺とかしたら貴方の家族に責任はとって貰います」
「トーマなんて息子は居ない..」
「神官様..トーマはこの世に居なかった、だからトーマの為に祈るのは許しません」
「解りました」
「これで今回の件は全て終わりで良いです..明日から、いや今からは笑って過ごしましょう」
「本当にこれで良いのですか?」
「はい、孤児の僕を助けてくれた恩がありますからこれで終わりで良いです」
「神官として私からもお礼を言わせて貰います..有難うございます」
「そう言えば、ジョブ証明は出来ていますか?」
「はいこれです」
「有難うございます」
僕はジョブ証明を受取りユリアの元へ帰った。
この村で肉は手に入りにくい。
ましてバグベアーは高級品だ..そんな物をくれる人間が恨んでいる訳は無い。
村人は安心した。
【閑話】トーマごめんよ..ばぁばの気持ち 【前書き】
トーマ…私はあの子が不憫でならない。
粗暴な子と言うが家族には優しかった。
何もかもが恵まれている兄と暮らしていれば捻くれもする。
兄は器量が良い..だから小さい頃から女に不自由はしてなかった。
何人もの幼馴染が居て、女に囲まれていた。
実際に嫁として娶った相手は村一番の器量良しじゃ、私が身内贔屓で言っている訳じゃないのは分かると思う。
それに対してトーマは不細工とまで言わぬがあまり器量が良くない。
こんな村には滅多に居ないインテリの兄と違い野山を走り回り、喧嘩ばかりしているまぁ、農家や猟師には良くいる子供だ。
15歳で成人になり普通ならもう嫁になる相手がいる時期にも関わらず相手が居なかった。
次男で畑も貰えぬのじゃから余計に難航するわ..親としては逆に生まれて欲しかった。
トーマでも畑があれば嫁は来たかも知れない。
「おふくろ、俺は生涯独り身なのか」
そういった時には涙が出てきた。
兄は嫁とイチャイチャしてアンアンしている。
それを毎日聞きながら生活しているのだから、さぞかしあっちの方も辛かろう。
だが兄がそれをするのは当たり前のことだ農家に生まれたからには子作りは重要じゃ、「跡取りが生まれなければ畑を耕す者が居なくなる」
だから兄にしても嫁にしても当たり前の行為ではあるのじゃ。
「女は沢山子供を産む女が偉い」農家じゃ当たり前の事じゃ。
此処が都会なら、金を渡し娼婦でも買ってこいといえるのじゃが、こんな田舎では娼婦すら居ない。
そんなある日猟師の旦那を失った未亡人、やい子が居た。
もう28歳になり婚期はもうとっくに過ぎておる。
だから、トーマは夜這いを掛けた。
夜這いはこの村にある風習で未亡人に限り掛けて良い事になっておる。
だが、これにはルールがある。
正しいルールは
「家の中に侵入し枕元に座る、女が起きるまで待つ、女が起きて、受け入れて貰えばその後は嫁にするも体だけの関係になるのも自由」
こんなルールだ。
だが、トーマは夜這いの事は知っていてもルールを知らなかった。
侵入して押さえつけ犯そうとした..その結果大きな声を上げられて、その悲鳴を聴いて駆けつけてきた村人に捕まった。
小さな村じゃから役人に訴えるのは許しては貰えたが..噂にはなった。
その時にやい子が口にしたのは
「私もこの歳です、作法通りにされたら受け入れました..ただあんな野蛮な事されたら物取りと勘違いしますよ..いきなり押さえつけてきたんですから」
そりゃそうだ、28歳の後家じゃから..受け入れるだろうよ、だが、「待つ」という女の唯一の自由選択を踏みにじってしまっては無理じゃ。
幾ら後家でも、もう受け入れる事はない..しかも夜這いのルールは駄目だったら二度と夜這いを掛られない。
そういう決まりがある..村人全員が知ってしまったのだから…もう無理じゃ。
「お袋、俺はもう生涯一人確定じゃな」
本当に死んだような眼をしておった。
兄はもう既に一人子供を作り、二人目を作る為に励んでいる。
それを聞きながら女を知らないトーマ..哀れじゃ。
そんな中、セイルが無能になった。
私は女神に感謝した..これで相手が居ない女が出来た。
直ぐに、ユリアの親に話をしに行った。
ユリアは対した器量ではない、それに小さい頃から無能とばかり居たから相手が居ない。
畑を沢山持っているが、将来は親たちの面倒を見て貰わなければ成らない。
うってつけじゃ。
話は簡単に纏まったトーマは「農夫」のジョブ持ち。
向こうにとっても良い縁談じゃろう。
その日のうちにユリアの家で暮らす事が決まった。
トーマはまぁ馬鹿じゃ、嫁を見せびらかしに連れまわした..たいした女でもあるまいに仕方無い奴じゃな、今まで女っけが無かったんじゃから余程嬉しかったのじゃろう。
だが、その日の夜に問題は起こった。
「嫌、やめていやぁぁぁぁぁっ」
ユリアが初夜の日にトーマを拒んだんじゃ。
トーマにして見れば、待ちに待っていた嫁じゃ、しかもあの歳まで女としたことが無い。
怒って当然じゃ、多分夢にまで見た初夜だ、怒るのは当たり前だ。
正当に嫁にした女が暴れてたのだ、暴力を振るうのは当たり前じゃ。
せっかくの初夜が台無しになったのだからな。
流石に先方の親も呆れておった..うちに謝りに来たくらいじゃ。
そこからはトーマにとって辛い毎日じゃった。
体に触れただけで大きな声を出し心が折れるような罵詈雑言を浴びせられる。
我慢できなくなって手を出すのも仕方ないじゃろう。
女に手を上げるトーマも悪いが、嫁になって更には、将来親の面倒を見る約束をしている男に何もさせない女も悪い。
都会じゃあるまいし、此処は田舎だ、好き合わなくても近くに近い歳の異性が居ないから我慢して結婚している者も多い。
私だってそうじゃった。
だが、今では爺さんの誠実さに本当に好きになった..そう言える。
初夜の時には顔を見たくなくて天井の染みを見ておった位嫌いじゃった。
嫁にしたのに毎日何もさせない女..しかも家事さえしない。
手も握らせないのじゃから..暴力的になるのも仕方ない筈じゃ。
無理やり抱き着いたら泣いて暴れて「死ぬ」とまで言い出した。
その矛先は「無能」にいくのは当たり前じゃ..
自分を蔑ろにして、暇さえああれば家事をさぼり昔の男を見ている。
息子が怒らない方が可笑しいじゃろ..
ユリアにかなりひどい暴力を振るっていたが仕方ないじゃろう..
結婚して未だに初夜の務めを怠り..昔の男を追いかけ、息子を蔑ろにしているんじゃからな。
それどころか、妥協して添い寝だけとか抱きしめさせてくれとまで落としても拒否じゃ呆れて物も言えん。
無理やり抱き着いたり体を触ったら泣きわめく..まったく、どこの聖女様じゃ。
そんなある日「無能」が決闘を申し込んできた。
正直ほっとした。
決闘なら、無能は殺しても構わない..正当な権利じゃ。
殺してしまえば流石にユリアも諦めがつくじゃろう、たいした女でも無いのに本当に面倒くさい女じゃ。
トーマも頭に来たんじゃろうな..殺す気満々じゃった。
「何だ、無能..情けでお前の女を貰ってやったのに決闘だと..恩をあだで返しやがって、殺してやるよ」
「セイル、逃げて殺されちゃう…逃げて」
この後に及んで昔の男の方に立つのか、呆れるわ。
「やめて、トーマ..逆らいません、何でもします..最後まで、最後まで今夜はちゃんと最後までしますから」
「うるせーよ、今更おせーよ、駄目だ此奴は殺す」
当たり前じゃ、昔の男の為に抱かせてやる..そうとしか聞こえん。
しかも、お互いが見つめあっている..怒るのは当たり前じゃ
「辛気臭くて殴っても言う事きかねーからな、セイル、セイル喚いて..暴れやがってよ..絶望させる為に一番最初はお前の前で犯してやろうと思ってたんだぜ! そうしたら何でも言う事聞くようになるだろう? まぁお前の死体の横で犯してやるよ! そうすりゃ此奴も俺の言いなりだ!」
此処まで大勢の前で恥かかされたんじゃトーマだって鬼にもなるわ。
「ユリア、もう泣かないで良い..遅くなってごめん、助けに来たよ」
「セイル..殺されちゃうよ…まさか死ぬ気なの!」
勝手に二人の世界を作りやがって..ユリアはトーマの嫁じゃ。
「人の嫁に色目使いやがって」
怒るのは当たり前じゃ。
「無能、姦淫は罪だ..これは決闘が終わって、もし貴方が無事でも罪になりますよ、ユリアもね..トーマ準備は良いですか」
人の妻に手を出せば当たり前の事じゃ、そんな事も解らんのか?
だから殺されても仕方ないじゃろう..
鍬まで持ち出したが、息子は冷静になったのじゃろう、あの時にはもう、殺す気は無かったはずじゃ..
ただいたぶって、命乞いでもしたら腕の1本も切り落として済ましたはずじゃ。
だが、残酷にも息子は腕が切り落とされた..
息子は命乞いをしているが明らかに違反じゃ。
「せっセイル..辞めろ…殺さないでくれ、ななっ..そうだユリアは返す..」
「解った、別れる、別れる、最後までして無かった..彼奴は新品のままだ..それで許してくれ」
「許すよ..それで..」
何が許すだ、スキルを使えるなら無能じゃない…
それなら、嫁を奪うために決闘を仕掛けた、犯罪じゃ。
神官様が間に入った
「無能、いやセイルこれは無効だ、明かにスキルを使った..無能でないなら決闘権はない..しかも他人の妻を奪おうとしたんだ姦淫罪だ」
「だが、無能として扱い、不当に財産や権利を奪われた..ユリアだって本来は僕の婚約者だ」
「それは認める、村長やユリアの両親の罪は教会から償わせる、だが決闘で妻を奪うのは姦淫だ..しかも両腕を切り落とすなど残酷極まりない」
当たり前の裁きじゃ、ちゃんとした手筈で嫁に貰っておる、間違いがあるとすれば、間違った判断をした神官様に村長、ユリアの両親じゃ、こちらに落ち度は無い。
気が付いた息子は反論した。
腕が無く、痛いのを我慢しながら、見てて涙が出てきた。
「そうだ、俺は悪く無い..罪を償え..ユリアがどうなるか..俺の妻だ自由にできる..残酷に扱ってやるから覚えておけ!この腕の恨みは全部ユリアに行く」
当然じゃ不当に嫁を奪おうとした挙句腕を切り落とされたんじゃからな、しかも未だに嫁に色目を使っておる。
「そこまでする事は無い、腕は農夫の命だ斬り落とすなんて..」
「やり過ぎだ」
村の皆もトーマに同情しておる..腕は農夫の命だ..もう息子はまともな人生を送れないのじゃ、下の世話まで必要じゃ。
「辞めた..許さない」
残酷にも息子の首ははねられた。
「セイル、神職である神官の前でなんて言う事を姦淫だけでなく殺人とは..死罪だ」
そうじゃ死罪じゃ当たり前じゃ..
だが、此奴は恐ろしい奴じゃった…
自分は勇者だと名乗ったのじゃ
「ああっ、聖剣まで作って見せただろう?..無能なら「決闘法」勇者なら「勇者保護法」が適用だ..僕は誰を殺しても許される筈だ..勇者は法の外にある、他人の妻だろうが王女だろうが自由に出来る違うか?」
「ヨゼフどっちだ? 無能ならそれで良いんだ、その場合は此処に居る全員に決闘を申し込む..女もな、15歳以上の人間を皆殺しにして王都に行き教皇も決闘して殺す..そうしたら気が晴れる..僕は勇者なのか無能なのか早く言え」
この状態で神官様を責めておった。
もう終わりじゃ..どっちに転んでも終わりじゃ..
「無能なら成人した村人が皆殺しにされ教皇様まで殺される」
「勇者なら、全て許される」
結局、勇者として認められた。
セイル..お前は器量良しじゃ、無能でなく勇者だったならこんな田舎の村人じゃなく、それこそ貴族のお姫様でも選び放題じゃないか?
どうしてもユリアじゃなくちゃいけないなら息子を半殺しにでもして、勇者と名乗れば良かったじゃないか?
そうしたら息子もユリアを返しただろうよ、勇者に逆らう馬鹿はおらぬ。
女に相手にされない可哀そうな息子の嫁を取り上げた上で殺す必要はあったのか?
バグベアーすら簡単に倒すお前なら..息子など簡単に気絶させられただろう..
バグベアーの肉をほおばる孫。
「ばぁば..お肉美味しいよ!」
「そうか、ばぁばの分までやる」
「ありがとう、ばぁば」
「うむ、良い子じゃ」
「セイル様は優しいな..許してくれたうえでバグベアーまでくれて」
「そうよね、あんな優しい方にひどい事をするなんて考えらえないわ」
弟が義弟が殺されたのにこれかよ..
ごめんよ..トーマ..仇は無理じゃ..私は孫や他の家族まで失いたくないんじゃ。
この日一人の女が「女神の聖書」を破り捨て、女神像を叩きつけた。
女神様、あんな奴を勇者に選んだあんたを恨みます。
もう二度と貴方を女神と称える事はないじゃろう。
【後書き】
【第一章 終わり】 旅立ち
「勇者セイル様、これがお約束のお金です」
「村長さん何だか悪いですね」
「気にしないで下さい..家と残った家財を貰いましたから..」
「そう、それなら良かった」
革袋の中には思った以上のお金が入っていた。
この村ならユリアと二人で2年は暮らせる。
だが、都心部に出たら半年持つかどうか位と考えた方が良いかも知れない。
村長とはいえこんな田舎ではそれ程財産など無い。
「アサ..どうだユリアの家は」
「優しくて最高だよ..ユリア姉ちゃんの部屋を貰ったし、井戸も家の中にあるから凄く楽だ」
「それじゃ、私の代わりにお父さんとお母さんを頼んだね!」
「うん」
ユリアの両親が
「勇者様、娘をお願いしますね!」
「娘をお願い致します」
「はい、命に代えても守ります」
「勇者様が命に代えてもとは凄く頼もしい」
「悪かったわね..勇者様」
「最後だからセイルでも良いのに..」
「そうはいきません..セイルはもう勇者様なのですから」
「そうです、けじめは大切ですからね」
「そうですか、色々ありましたが15年間有難うございました」
「こっちこそ最後はすまなかった」
「その話は辞めましょう」
「そうですね」
もうこの村に来る事は無いだろう..最後は笑って別れれば良い。
「おい、婆さん!」
「ゆ、ゆ勇者様..」
「トーマは許すよ..逆に婆さんは許してくれないかも知れないが…これからは普通に弔ってあげて良いよ..さっきトーマの墓には花を添えてきた」
「何故じゃ..」
「僕は小さい頃の親を亡くした..だから親の愛なんて知らない..しいて言うならユリアが全てだ、もしユリアがとんでもない悪女になっても殺されたら悲しい..親のあんたはもっと悲しいんだろうなと思った」
「…」
「さっき、お墓も拝んできたよ、トーマがあの世で女神様の傍に行けるようにって..まぁ償いにもならないけど」
「充分です..本当にすまなかったじゃ..そんな勿体ない、あんな息子の為に勇者様が女神様に口添えくれるなんて..充分ですじゃ」
「それじゃこれもあげるよ」
「これは..女神のペンダント..勇者様の持ち物では..」
「うん、お墓に掛けてあげても良いし、婆さんがそれを持って祈ってやっても良いんじゃないか?」
「ありがとう..勇者様ありがとう..本当にすまなんだ..本当にすまなんだ」
僕は悪人だ..僕はもう人の女神なんか信仰してない..だがこの国には生まれ変わりの信仰がある。
勇者や聖女が認めた者は女神の元に行ける、そして次の人生は幸せになれるという物だ。
そして、勇者や聖女が身に着けていた物..それを貰えるだけで罪が許されるという話もある
僕はもう勇者どころか女神の使徒じゃない..下手すりゃ敵だ。
僕が祈ったら女神は嫌うかも知れない..そして虫神を信仰する僕には女神のペンダントもガラクタだ。
そんな物で恨みが消えるなら..やっちまった方が良い。
「勇者様、あれで良かったのですか..あれは最高の名誉ですよ」
(昨日家族から聞いたんだ、女神の聖書を破り捨てて、女神像を壊したって)
(何と罰当たりな..その様な者に)
(そんな人間が居るなんてばれたら村が大変でしょう..これで息子を殺した事を許して貰えて恨みが無くなって村が助かるなら充分です)
「貴方は..まったく..本当に優しいのですね」
もう此処には二度と来ない…態々嫌われる事も無いだろう。
「まぁ、嫌な事もあったけど、孤児だった僕は此処で育てて貰った..感謝の気持ちもあるし..もう良いや」
「そうですか..」
「はい! ユリアはお別れは済んだ?」
「うん!」
「勇者様は何処にこれから行かれるのですか?」
「都に出て冒険者になるよ..貰ったジョブ認定証を出せば良いんだよね」
「王都ですか? まぁ勇者様なら確実に成功するでしょう…頑張って下さい」
「はい..それじゃ、そろそろ行きます..ユリア行こう!」
「うん!」
「さようなら!」
「さようなら」
「「「「「「「「「「「「「さようなら..勇者様」」」」」」」」」」
「「「「「「さようなら ユリア」」」」」」
「セイル、私村から出るの初めてなんだ、凄く楽しみ!」
「それは僕も一緒だよ!」
「そりゃそうだよね!何時も一緒だったんだから…それで道はこれで合っているのかな?」
「うん、サンダルサン帝国の帝都に行くのならこれで良い筈だよ..」
「ちょっと待って! 王都に行くんじゃないの?」
「行かないよ」
だって僕は「虫の勇者」だからバレたら不味いからね..
この国は女神を信仰する一神教、万が一ばれたら何かあるかも知れない。
それに比べてサンダルサン帝国は、色々な宗教があり統一されていない。
だから、悪魔教や邪神教以外は信仰の自由がある。
僕が行っても何も問題無い。
虫神様の信仰や、違う宗派の勇者だとばれた所で問題は無い可能性が高い。
その代り、力こそ全てという感じで..勇者特権は余りない。
「どうして? 王都なら勇者特権とかがあって良いんじゃないの?」
「確かにあるけど、勇者だと、聖女様と付き合うとか、貴族のお嬢様や場合によってはお姫様と付き合う事になるかも知れないんじゃないかな?」
「セイル..私..要らないのかな..」
「違うよ、僕はユリアの方が聖女よりも王女様よりもずうっと良いよ..だからユリアとの楽しい生活を邪魔されたくないから帝都に行くんだよ」
「セイル..私、凄く嬉しいし幸せだよ!」
「僕も!」
二人は帝都へと楽しく旅立って行った。
【閑話】 セイル病..私の王子様
私の名前はユリア..
セイルが知らない事があります。
それは..私はセイル病という病に侵されている事です。
いや、本当に病気なのかって言うと違うけど…殆どセイルの為だけに存在しているみたいな物なんだよ。
セイルと出会う前の私は、暗くて引き籠りに近かった。
トーマ程じゃ無いけど、性格も良くなかったと思う。
大体、こんな田舎の村に真面な男の子なんて居ないよ…虫とったり魚とったり、文字だって読めない子が殆どなんだから。
私はそんな男の子が大嫌いで話をするのも嫌だった。
幸い、自分で言うのも何だけど、私は容姿が優れていない…まぁ本当の真ん中中の真ん中だからこっちから冷たくしていれば言い寄って来ない。
これが多分、人気のあるミランダとかだったらしつこく言い寄られたのかも知れないけど..まぁそんな事は無かった。
そんな私の趣味は読書…本は貴重だから家には無いけど、教会で貸してくれるから読むことが出来る。
子供が文字が読めるのかって?
他に何もしないから、簡単に読めるようになったよ!
花摘みや編み物なんかしないで本読んでいたからかな、よくお母さんに女の子なんだからって怒られた。
別に女らしくする必要なんて無いと思うの..だって男の子なんて大嫌いだから。
大人になったらこんな村出て都会で暮らせば良いと思う。
まぁ、そんな事言ったら大変だから言わないけどね..
外に余り出ないから知らなかったんだよ..こんな近くに王子様みたいな男の子が居たなんて。
いや、本当に王子様みたいなんだって..セイルってプラチナブロンドに鳶色の瞳で..凄く肌が白いの。
普通は日焼けして真っ黒になるのに、セイルはね、ほんのりと赤くなるだけなの..本当に綺麗、そうとしか言えないの。
はっきり言えば一目惚れ。
だって本の中の王子様が目の前にいるんだから、こんな人絶対に王都に行っても居ないと思う。
私ってやっぱり現金だと思う。
セイルを見てから、毎日水浴びをして髪を整えるようになったの。
今迄、何もしなかった分、お母さんに編み物から料理まで全部教わった。
あいにく、才能は無かったけど..それはどうしようもない。
穿かなかったスカートも穿いたし…髪も切って貰ったし、臭くない様に水浴びもしたし。
これで準備OK。
子供なんだから気にしなくて良い..そういう妥協は一切しない。
そこまで準備したのに…
「セイルくん、おはよう!」
「うん、おはよう..」
セイルくんは行ってしまった。
そりゃそうだよね? 挨拶したら、挨拶をかえしてそのまま立ち去るよね? こっちが更に話さなければさぁ。
それからは暇さえあればセイルくんを見ていた。
セイルくんって勘が鋭いのかな、私が見ていると大体気が付いてくれるんだ。
「ユリアちゃん、もしかして今日も暇なの?」
「うん、家の仕事も終わったからもう暇だよ」
これは嘘..本当は畑仕事を放って此処に来ている、セイルくんと遊べるなら拳骨の5発なんて気にならない。
「ユリアちゃんって凄く料理が上手いんだね」
「この位は簡単に出来るよ? お母さんの手伝いをずうっとやってるんだから」
本当はお手伝いなんかしていない..この料理は朝4時に起きて頑張って作った..沢山の失敗作は今頃お父さんとお母さんが食べている。
「ユリアちゃんの部屋って凄く綺麗だよね?」
「そうかな?普通だと思うけど..」
本当は嘘..セイルくんが来るんだよ! 汚い部屋何て見せられないよ朝の5時から3時間かけて掃除した。
私の全ての時間はセイルくん中心で動いているんだ。
だって、何処にでもいるような女の子が王子様みたいな男の子の傍にいたいなら死ぬ程努力しなくちゃいけないんだ。
だから、私の全ての時間はセイルくんだけの為にあるんだ..
セイルくんは私を凄く優しい女の子だと思っているけど、本当は違う。
だけど、女の子ってそういうもんだと思うんだ、好きな人の為なら幾らでも優しくなれる。
私が優しいのはセイルくんにだけ..他に友達1人居ないのがその証拠。
だけど、それで良いと思っている、だってセイルくん以外は誰も要らないもん。
私の頭の中は
セイルくん>>>>>>>>>>自分>>親>>>>>>>>>>>>>>>他の人。
こんな感じかな?
その位差がある。
セイルくんのお母さんが死んだ時も「セイルくんのお母さんが死んだ」という事よりも「セイルくんが泣いているから可哀想」という気持ちが強かった。
セイルくんのお母さんには結構お世話になっていたのにそれ程は悲しく無かった。
「セイルくんが泣いている、悲しんでいる」それが悲しくて一緒に泣いた。
泣いた後は、そのままセイルくんを抱きしめていた。
私が抱きしめるとセイルくんは泣きながら私に抱き着いてきた。
どうしたらセイルくんが泣き止むのかな? どうしたら悲しくなくなるのかな? 頭の中で考えた。
「大丈夫だよ、セイルくん..私がママの代わりになるから..幾ら泣いても良いんだよ..」
そうしたら、凄く強くセイルくんが泣きながら抱きしめてくれた。
本当は喜んじゃいけない..私は顔では泣いていたけど..本当は喜んでいた。
だって、だって..大好きなセイルくんが私をこれでもかって位抱きしめてくれるんだもん。
それからは、私にとっては天国だった。
「ママになるから」そう言ったから公然とセイルくんの家に行ける。
明け方2時~夜の9時まで..それが私がセイルくんに使っている時間。
私は壊滅的に家事が苦手だ…普通の子が簡単に作るお弁当や食事も美味く作れない。
だから、時間を掛ける、例えばセイルくんに出しているシチューやスープは朝3時から作り始める。
コトコトとジャガイモやニンジンが簡単に崩れるまで煮込んで3時間かけて煮込む。
他の料理も幾つも作って、その中から一番出来の良い物を選んで持っていく。
失敗作は全部親や私が食べている。
「おいしいよ、ユリアちゃん」
その言葉を聞くために毎日不味いご飯を食べている親はさぞかし不幸だと思う。
毎日、食事を作って、セイルくんのお世話をした。
「私のセイルくん」、そう周りに思わせるように何時も傍にいた。
だってそうしないと、すぐにセイルくんに別の女がすり寄ってくるから。
セイルくんにすり寄ってくる女の子には凄く意地悪な事もした。
池に突き落とした事だってある..自分でも異常なのは自覚している。
だけど、好きで好きで好きで..しょうがないんだから仕方ない。
此処まで頑張っていたから..とうとう、とうとう..
「大きくなったらユリアちゃんみたいな女の子と結婚したいな!」
そう言って貰えるようになった。
嬉しくて、嬉しくて仕方ない..涙が止まらなくなった。
心配そうにセイルくんが私を見ている。
泣き止まなくちゃ..だけど涙が止まらない..嬉しくて、嬉しくて涙が止まらない。
「私は、セイルくんが好き..だったらお嫁さんに貰ってよ…」
勢いってのは怖い..言った途端に顔が真っ赤になった。
生まれて初めて、手足が震えた。
拒絶されたら生きていけない..
時間は全然経ってないのに..何時間も経っているような感覚になった。
「僕で良いなら..喜んで貰うよ..ユリアちゃんは良いの?」
良い、良いに決まっているよ..
「私もセイルくんが良い」
それを言うのが精一杯だった。
まだ、子供だけどこれはプロポーズだ..
セイルくんの全てを私が受けいれないわけが無い..
それからは私にとっては更に天国みたいな時間だった。
「セイルくん」が「セイル」になり、「ユリアちゃん」が「ユリア」になっていた。
そして何時も一緒に居た。
セイルのお父さんが亡くなった時には、親を死ぬ気で説得した。
その結果、家がセイルの面倒を見る、そう村長さんにお父さんが言ってくれた。
このまま、大人になりセイルと結婚して子供を産んで幸せになる。
本当の幸せが手に入った..そう思ったのに..何でセイルが「無能」なの..
親に噛みついた..「無能」でもセイルが良いって何度もお願いした。
村で一番下でも構わない…本当にそう思った。
だが、親から言われたのは「お前が無能の嫁になったらセイルも庇えなくなる」そう言われた。
セイルが..私がセイルの嫁になったら助けられない..
結婚しないで、死ぬ程働いて畑を耕して..そうすればセイルを助ける事が出来るかも知れない。
帝国は王国と違い..無能でも差別されないかも知れない。
私が頑張るしかない..
それなのに..何であんな奴の嫁にならなくちゃいけないの?
しかも、もう家に住んでいるし..
私なんて、セイルが居なければ価値なんてない、真面な男なら逃げだす筈だ。
私は「もとに戻る事にした」
住み着いたその日に無理やり私を犯そうとしたから本気で抵抗した。
殴られて口が切れたし、顔に痣が出来たけど..構わない。
怒鳴り散らしていたけど..こんな奴の声は怖くない..
此処に居たらセイルと結婚は出来ないかも知れない..連れて逃げるにしてもお金も必要だ。
どうして良いかも今はまだ解らない。
油断させるために普通に暫くは生活するしかないのかな?
朝食は、塩水と、キュウリで良いよね?
「何だ、お前嫌がらせか?」
「これが私の料理だけど? 嫌いだからって手は抜いて居ないよ」
いきなり殴られた、しかも此奴は私に抱き着こうとしていた。
大きな声で叫んだ..一応は親が来たら離れた..
親にも黙って塩水ときゅうりを出し..そのまま自分も食べた。
私はセイル病なんだ..セイルが関係ないならこんな物だ。
決して嘘じゃない..セイルと知り合わなければ、味噌をつけた野菜や塩水スープで充分なんだ..
髪の毛もとかす必要も無いし..風呂に入る必要も無い..
私の全てはセイルの物なのに…だけどこのままじゃ、私の全てが奪われてしまう。
嫌だ、それは絶対に嫌だ..
今日も喧嘩の末、拒めたけど、何時かは犯されてしまうかも知れない。
しかも、両親も見て見ぬふりだ。
私が拒んだせいか、トーマはむきになった。
よりによってセイルの前に連れていかれた。
「おい無能..お前の女を俺が貰ってやるんだ! お礼を言えよ」
「どうした無能! お前が貰えなくなった女を仕方なく俺が貰ってやるんだ..こんな面白くも無い奴をな! お礼位言えないのか..言えないなら、こんな女捨てて他の女探すぞ」
「ユリアを..貰ってくれて…ありがとうございました」
「言えるじゃないか? 仕方ねー可愛げの無い女だが、貰ってやるよ..ユリア、早速今日の夜から子作りするぞ! ちゃんと満足させるんだぞ」
最悪だ、だけど、此処で何か言ったら、怒りの矛先はセイルにいっちゃう..我慢するしかない。
こんな男に触られたくもない。
良い事を思いついた..ただ、お風呂に入らないだけじゃ駄目だ..
「これしかないか..」
私は覚悟を決めた..柄杓を手に持ち肥溜めから肥えを頭からかけた。
体中に入念にまぶすように擦りつけた。
キスもされるのも嫌だから口にも擦り付けた。
特に股の間、胸には入念に擦りつけた。
余りの臭さに吐いたけど、良かった、更にゲロまみれだからキスもしないだろう..
そのまま家に帰った。
「ユリア、貴方いったい何をしているの..ふざけないで」
「臭い、臭い臭い..頭が可笑しくなったのか..」
「トーマ、私は死ぬまで肥を被り続けるわ..糞尿まみれの女が抱けるもんなら抱いてみれば? まだ豚を抱いた方がましだと思うわよ!」
「そこ迄、俺を拒むのか..」
今迄に比べらられない程殴られた。
周りから聞いたら喘ぎ声に聴こえるかも知れない。
流石に此処までしたんだ、今まで以上に怒鳴り、罵倒された。
けどどうでも良い、ただ痛めつけられるだけで済む。
家の中だからセイルには見られないから汚くても構わない..セイル以外の男に抱かれる位なら糞尿まみれの方がましだ。
これで安心だ..
だけど、流石に一日中糞尿まみれでは居られない..トーマが畑仕事に出たら水で洗い流して、夜になったら糞尿を被った。
だけど..油断した。
まさか昼間に襲ってくるなんて思わなかった。
セイルが遠くから見ている。
他にも人目がある..
泣けば良い..泣いていれば流石に世間体もあるから..犯したりできないだろう。
「本当にお前は辛気臭い女だあれぐらいでメソメソしやがって..」
「ごめんなさい」
「原っぱで服脱がした位で暴れるんじゃねーよ..ただの冗談も解らねーのか..ばか女」
「ごめんなさい」
「それしかいえねーの..まぁ無能の女だったんだそんな物か」
「ごめんなさい」
セイルの悪口を言われたのが凄く悔しかった。
言い返したい..だけどそんな事したら怒りがセイルに向く..私は何時までこんな事をしていればいいのかな..
もういいや..家族もこんな奴も死んでいいや..家のお金を全部持って逃げようかな..親は.気になるけど..セイルに比べたら..要らない。
トーマ、私は貴方に謝っているんじゃない..助けてあげられないセイルに謝っているんだよ..
セイルがトーマに決闘を申し込んだ。
多分、私のせいだ..嫌だ嫌だいやだ..セイルが死んじゃう..
セイルを助けたい..だから黙ってついていった。
「何だ、無能..情けでお前の女を貰ってやったのに決闘だと..恩をあだで返しやがって、殺してやるよ」
「セイル、逃げて殺されちゃう…逃げて」
セイルが殺されちゃう..セイルが死ぬ位なら離れ離れでも良い..生きて欲しい。
もうトーマからセイルを助けるにはこれしかない..
今迄守って来たけど..セイルが死んじゃう位なら..いい..
「やめて、トーマ..逆らいません、何でもします..最後まで、最後まで今夜はちゃんと最後までしますから」
「うるせーよ、今更おせーよ、駄目だ此奴は殺す」
嘘、嘘..セイルが殺されちゃうよ..殺されちゃう位なら..我慢すれば良かった..私が私が拒んだからセイルが死んじゃう。
「辛気臭くて殴っても言う事きかねーからな、セイル、セイル喚いて..暴れやがってよ..絶望させる為に一番最初はお前の前で犯してやろうと思ってたんだぜ! そうしたら何でも言う事聞くようになるだろう? まぁお前の死体の横で犯してやるよ! そうすりゃ此奴も俺の言いなりだ!」
誰が..セイルが死ぬならもう何も要らない..セイルが死んだら私も死ぬわ。
「ユリア、もう泣かないで良い..遅くなってごめん、助けに来たよ」
「セイル..殺されちゃうよ…まさか死ぬ気なの!」
セイルは死ぬ気であそこにたっているんだ..セイルが死んだら..私も後を追う..それしか結ばれる方法はもう無いよ….だけどセイルと一緒ならそれも良いわ..
命がけで好きになってくれたんだ..死んでも私幸せだよ。
「無能、姦淫は罪だ..これは決闘が終わって、もし貴方が無事でも罪になりますよ、ユリアもね..トーマ準備は良いですか」
何を見当違いな事を姦淫はトーマじゃない..だけど神官様、二人して死んじゃうから責任なんて負えないわ。
それでも、やっぱり死んで貰いたくない。
「セイルが死んじゃう..だれか止めて」
止まるわけが無い..
だけど..何が起きたの、セイルが鍬を掴んでいる。
「無能の癖に..殺す」
止められたのは奇跡だ..二回目は起きない..本気の攻撃じゃ..セイルは死んじゃう..すぐに後を追うからね..私はナイフを手にした。
「聖剣錬成」
聖剣? 赤くて綺麗な剣だ..何が起きたの? だけどもうセイルの負けは無い。
だって剣を出した時点で最低でも「上位剣士」だそうじゃなくちゃ..剣なんて出せない。
「俺の俺の腕がいてぇええええええええええっ」
いい気味だ..手が無くちゃ畑は耕せないわ..結婚も破棄だよね..残念ねトーマ
私は性格が悪い..セイルが居なければ笑っていたかも知れない。
「せっセイル..辞めろ…殺さないでくれ、ななっ..そうだユリアは返す..」
「解った、別れる、別れる、最後までして無かった..彼奴は新品のままだ..それで許してくれ」
「許すよ..それで..」
セイルは優しい..そんな奴殺しちゃえば良いのに..だけど優しいのがセイルだもんね..
「無能、いやセイルこれは無効だ、明らかにスキルを使った..無能でないなら決闘権はない..しかも他人の妻を奪おうとしたんだ姦淫罪だ」
「だが、無能として扱い、不当に財産や権利を奪われた..ユリアだって本来は僕の婚約者だ」
「それは認める、村長やユリアの両親の罪は教会から償わせる、だが決闘で妻を奪うのは姦淫だ..しかも両腕を切り落とすなど残酷極まりない」
「そうだ、俺は悪く無い..罪を償え..ユリアがどうなるか..俺の妻だ自由にできる..残酷に扱ってやるから覚えておけ!この腕の恨みは全部ユリアに行く」
「そこまでする事は無い、腕は農夫の命だ斬り落とすなんて..」
「やり過ぎだ」
何を言っているのか解らない..なんで皆でセイルを責めるの? 私はトーマの妻になった気はないのに、女神様にも誓っても無いのに..可笑しいよ。
トーマはセイルを殺そうとしたのにセイルは殺さなかった。
それだけでも優しいじゃない。
「辞めた..許さない」
最初から殺せば良かったんだよトーマなんて..だけど..不味くないかな..神官の前で..
私が殺してって言ったら..殺してくれるかな? 「上位剣士」なら村人なんて簡単だよね..神官と何人か殺せば追って来ないと思う。
殺して..二人で逃げれば..うん大丈夫だ..
あれっセイルが紙を見せている..嘘..勇者?
「ああっ、聖剣まで作って見せただろう?..無能なら「決闘法」勇者なら「勇者保護法」が適用だ..僕は誰を殺しても許される筈だ..勇者は法の外にある、他人の妻だろうが王女だろうが自由に出来る違うか?」
「セ..セイル様…いや勇者様..それは」
「ヨゼフどっちだ? 無能ならそれで良いんだ、その場合は此処に居る全員に決闘を申し込む..女もな、15歳以上の人間を皆殺しにして王都に行き教皇も決闘して殺す..そうしたら気が晴れる..僕は勇者なのか無能なのか早く言え」
「セイル様はまごう事無き勇者です..すいませんでした..お許し下さい」
セイルは..勇者様なんだね..お針子じゃ釣り合わないや..
「それじゃ、ユリア行こうか? 後は神官ヨゼフに任せた..良いよな?」
「ユリアどうしたんだ..」
「私、もう汚れてしまったの..だから」
「一線を越えていないのなら気にしなくて良いんじゃないか? もしそれが気になるなら..知っている人間を皆殺しにすればそれで済むだけだ」
セイルはズルいし、優しいな..多分私の為に言ってくれたんだ..私が傍にいる選択が出来るように。
「それで良いの?..本当に良いの?..セイルなら私じゃなくても幾らでも相手が居るのに」
勇者様だよ..貴族の娘から王女様…王都に居る聖女様だって選び放題..セイルはカッコいいから..誰だって好きになるよ。
「ユリアが良い」
「だけど..本当に私で良いの..勇者ならそれこそ、貴族や王族だって」
「お針子のユリアが良い」
本当に私で良いの? ただのお針子なのに..
「そうか、うん、私もセイルが良い..傍にいたかった..助けてあげたかった..だけど」
「殴られて、酷い目にあっても、最後まで抵抗してくれた..僕が酷い目にあわないように庇ってくれていたそれで充分だ」
頑張って良かった..本当に良かった..痛くて辛くて臭かったけど..本当に良かった。
「ごめんね..セイル」
「僕こそ、ごめん..今迄助けてあげれなくて」
久々に見たセイルはボロボロで汚かったけど..
そんなセイルが..どんな勇者や王子さまより綺麗に見えた。
【閑話】 頭が僕で一杯の女の子
僕の名前はセイル。
駆け落ちしてこの村にきた、お父さんとお母さんの間に生まれた。
お父さんは猟師でお母さんはお針子という事にしているが、本当のジョブは剣士とヒーラーだ。
お母さんは貴族でお父さんはそこに仕える衛士だったらしい、「お母さんに手を出した事に激怒したお母さんのお父さん」から逃げ出して流れ流れて此処の村に来たとか。
最も、僕の小さい頃にはお父さんも剣なんて持って無くて弓を持っていたし、お母さんは良く裁縫していたから本当の事は知らない。
だけど、僕が熱をだして苦しんでいた時に..「これは他の人には内緒」そう言うとお母さんは魔法を掛けてくれた。
この時初めて「嘘じゃなかったんだ」そう思ったくらい実は信じてなかった。
僕の両親は良く喧嘩していた。
「こんな女だなんて思わなった」
「貴方と一緒にならなければ、こんな苦労しなくて良かったのに..」
何時も、言い争っていた。
それでも、まだ最初の方は良かった。
だけど、歳を追うごとに酷くなり..最近では、僕に飛び火する。
「あんたさえ生まれなければ、俺は自由なのに..」
「セイルが居なければ、別れているわ」
2人が我慢しているのを僕のせいにする様になった。
ただ、この二人、凄く外面が良く、周りの人間には仲睦まじい夫婦に見えている。
そんなに嫌なら別れれば良いのに..本当にそう思う。
この村は割と孤児に優しい。
僕を置いて出て行っても恐らく誰かしらが面倒を見てくれる。
そうしてくれた方がよっぽど良い。
最近では家族で家の中で話す事は殆ど無い。
玄関から外に出ると途端に態度が変わるが基本家では無言に近かった。
まぁ暴力は一切ないから..そこだけは助かっている。
良く人は「愛」という事を口にするけど、「愛」って何だろう。
仲の良かった、父さんも母さんも今ではこんなだ…そんなに凄いもんじゃないだろう。
近くに地味な女の子がいた..服も汚いし、なんだか不潔に見える。
よく、座って本を読んでいるけど。わざわざ見る価値もないから声も掛ける必要も無い。
その日は偶々、偶然目が合った。
地味な女の子は本を落とすと顔を真っ赤にして行ってしまった。
まただ、何時もの事だ..そう思った。
次の日、その女の子は少しだけ綺麗になって僕に声を掛けてきた。
「セイルくん、おはよう!」
「うん、おはよう..」
挨拶されたから、挨拶だけして立ち去った。
僕は自分の容姿が良いのを知っている。
「貴族の令嬢のお母さん」
「その貴族の令嬢が駆け落ちしてまで恋した剣士」
その僕が外見が悪いわけが無い。
だが、外見が良いからって何が良いのだろうか?
僕からこの外見をとったら空っぽだ。
前の村では騒動になった。
この村は女の子が多く男の子が少なかった。
「セイルくん可愛いね」
「セイルくん綺麗だね..私セイルくんの為なら何でもするよ」
この時、家はその村に移り住んだばかりで貧しかった。
女の子の家の中に村で商売している女の子の家があった。
村では珍しい甘いお菓子を偶に仕入れて売っていた。
この子は何時も「セイルくんの為なら何でもする」なんて言っていたから..
「いいな、あのお菓子僕も食べたいな」そう言ってみた。
そうしたら「セイルくんが欲しいならあげる」そういって持ってきて来てくれた。
久々に食べた甘い物は凄く美味しかった。
だけど、後でその子の親がお菓子が1つ無くなっている事に気づき、盗まれたと騒ぎだした。
親がその子に問い詰めると「セイルくんにあげた」になって「セイルくんに言われたから持っていった」になって結局僕が脅し取った事にされた。
お母さんから小言をくらい..父さんには殴られた。
僕のせいにしたその子は結局最後まで僕のせいにし続けていた。
最後まで認めない僕に..その子のお父さんは村の役人に言いつけた。
「お前が脅して泥棒させたんだろう」
幾ら否定しても、僕が悪いという事のままだった。
幸い、見ていた別の男の子が「ミラはいつも、セイルくんの為なら何でもする」って言い寄っていた。
と話してくれて。
他の女の子が「セイルくんは食べたい」と言っていただけと話してくれて無罪になった。
本来なら、泥棒呼ばわりしたんだから、謝るのが当たり前だ。
なのに、役人もその子の親も「女の子を誑かすような奴は碌な奴じゃない」と捨て台詞を吐いた。
外見が良い? それを人は羨ましがるけど、僕はそのせいで嫌な思いをする事が多かった。
だから、「綺麗」「可愛い」なんて言ってくる人は信じられなくなった。
しかし、あの凄く地味な子..ユリアちゃんだっけ..本当に飽きないのかな..暇さえあれば僕を見ているよ。
そんなにこの外見が好きなのかな?
しかも、仕事さぼって良く怒られているし..馬鹿みたいだ。
「ユリアちゃん、もしかして今日も暇なの?」
「うん、家の仕事も終わったからもう暇だよ」
暇な訳ないでしょう..またさぼって此処にきて、後で拳骨落とされて泣くんだから..本当に馬鹿だ。
ある時、僕と遊んでいるのを親に見つかった。
此奴もまたあの時の女の子と同じで僕のせいするんだろうな..所詮女..えっ
「私はセイルくんが好きだから、さぼって遊びに来ました..これだけは幾ら言われても辞めません!」
あはははっ馬鹿だ耳引っ張られて連れていかれてやんの…..
ユリアは違うじゃん..仕事さぼって遊べば拳骨されるの解って来てたよな..
怒られても僕に会う為に来ていたんだ、それが僕のせいにする訳がないよ。
凄く、地味で可愛く無くて馬鹿だけど..凄く良い奴じゃないか…
「ユリアちゃんって凄く料理が上手いんだね」
「この位は簡単に出来るよ? お母さんの手伝いをずうっとやってるんだから」
家にある消し炭は何かな..凄く下手糞だよね?
いつも家の手伝いさぼって僕と遊んでいるのに何時手伝うのかな..
「ユリアちゃんの部屋って凄く綺麗だよね?」
「そうかな?普通だと思うけど..」
あははは..可笑しいな前に外から見た時はまるでゴミ屋敷だったよな。
だけどたかが僕が褒めただけでそこ迄してくれるのか..
今日僕のお母さんが死んだ。
お母さんもお父さんも好きじゃ無かった..だけど、何でこんなに悲しんだろう。
一緒にユリアが泣いてくれた。
何も言わずに後ろからユリアが抱きしめてくれた。
顔を見ると僕以上に辛そうだった..此奴はお母さんの為に泣いているんじゃない..僕が泣いているから泣いているんだ。
「大丈夫だよ、セイルくん..私がママの代わりになるから..幾ら泣いても良いんだよ..」
本当に馬鹿だ..家事があんなに下手なユリアが母さんの代わりなんて出来るかよ。
だけど..だけどさ..嬉しいよ。
つい抱きしめてしまった..何でかは解らないだけど抱きしめながら泣いているとなんだか落ち着く
多分、この時に僕の心はユリアに盗まれてしまったんだ。
完全に僕の負けだ..心の全部を僕で満たしている様な奴に僕が勝てるわけが無い。
他の奴が僕を好きって言っても心に響かない..だけど、此処まで僕の事しか考えないユリアが言うのならそれは別だ。
此奴は本当に母さんの代わりになる気なのか?
掃除に、食事に..何でもしてくれた。
流石に僕のパンツまで洗われるのは恥ずかしい、偶に僕のシャツの臭いを嗅いでいたけど..ユリアにされる分には嫌な気がしない。
お礼を言うだけで何でもしてくれた。
ユリアが愛している..そう言うなら信じられる。
だってユリアの頭の中は多分全部僕で出来ている..その位なんだから。
もう認めるしかないな..ユリアが僕を好きなのと同じ位僕もユリアが好きだ。
僕もユリアを喜ばせたい。
「大きくなったらユリアちゃんみたいな女の子と結婚したいな!」
この位で泣くなよ..困るから。
「私は、セイルくんが好き..だったらお嫁さんに貰ってよ…」
正直困る、まだ僕もユリアも子供だ..でも良いや、相手がユリアなら..
「僕で良いなら..喜んで貰うよ..ユリアちゃんは良いの?」
「私もセイルくんが良い」
お礼のつもりで言ったお世辞が..プロポーズになっているし..まぁ良いや、ユリアだから。
頭を全部僕で満たしている奴に寂しがりやの僕が勝てるわけ無い。
「セイルくん」が「セイル」になり、「ユリアちゃん」が「ユリア」になった。
そして何時も一緒に居た。
僕のお父さんが亡くなった時には、親を死ぬ気で説得していた。
その結果、僕はユリアの家で面倒をみて貰う事になった。
家はそのままでユリアが通ってくる..何も今迄と変わらない。
何時しかユリアで良いが…ユリアじゃなくちゃ駄目だ。
そう思える程に好きになった。
15歳になり成人してジョブを貰う..その後は女神様に誓いを立てて…結婚か。
ユリアが居るんだ..幸せな未来しかない。
なのに..何で僕は無能なんだ..
無能じゃユリアを幸せに出来ない..あんなに僕しか頭にないユリアじゃ..どうなるんだ。
僕は幸せに出来ない..どんなに泣いても喚いても仕方ない..
「おい無能..お前の女を俺が貰ってやるんだ! お礼を言えよ」
「どうした無能! お前が貰えなくなった女を仕方なく俺が貰ってやるんだ..こんな面白くも無い奴をな! お礼位言えないのか..言えないなら、こんな女捨てて他の女探すぞ」
「ユリアを..貰ってくれて…ありがとうございました」
「言えるじゃないか? 仕方ねー可愛げの無い女だが、貰ってやるよ..ユリア、早速今日の夜から子作りするぞ! ちゃんと満足させるんだぞ」
僕がユリアを不幸にした..
最低の男にユリアが..
だけど..いまの僕には..その最低男以上にユリアを幸せに出来ない…
「本当にお前は辛気臭い女だあれぐらいでメソメソしやがって..」
「ごめんなさい」
「原っぱで服脱がした位で暴れるんじゃねーよ..ただの冗談も解らねーのか..ばか女」
「ごめんなさい」
「それしかいえねーの..まぁ無能の女だったんだそんな物か」
「ごめんなさい」
ユリアが痣だらけで..泣いていた。
力が欲しい..勇者なんて高望みはしない..同じ農夫でいい守る力が欲しい
女神なんて信じない..僕が何をした..犯罪者やトーマにもジョブを与えたのに僕は…無能だ。
虫神様が..ケインビィがビィナスホワイトが僕に力をくれた。
待っててくれユリア..絶対に助けるから..
僕は少しでも早くユリアを苦痛から救うために走り出した。
【閑話】 女神の話、無能は..
「女神イシュタ様..久方ぶりに人間界に無能が生まれました」
「だけど今回もきっと殺されてしまうのでしょうね」
「恐らくはそうでしょう、無能には社会が厳しいですから、ですが何故イシュタ様は無能が気になるのですか?」
「私は一度、話してみたいのよ成長した素晴らしい無能と、まぁ叶わぬ夢だけど..」
「そこまで言われる無能とは何者なのでしょうか?」
「良いわ、教えてあげる..新しい神は知らないと思うから..無能とはね完璧な人間の事を言うの!」
「完璧な人間?」
「そうよ、完璧な人間なのよ..何で神がジョブをあげるかは解るわよね?」
「神無しでは生きられない弱い人間を助ける為と聞いておりますが」
「それじゃ、もし神なんて要らない凄い人間が居たらどうかしら?」
「そんな人間いる訳ありません」
「そうね普通は..でも居たらどう」
「ジョブなんてあげる必要は無いでしょうね」
「そうよ..ジョブをあげる必要の無い人間が無能なのよ」
「本当ですか?では、その成長した無能は勇者より強いのでしょうか?」
「弱いわ」
「聖女より回復魔法が使えるのですか?」
「使えない」
「攻撃魔法」
「使えない」
「それでは無力では無いですか?」
「無能のただ一つの武器は知能よ」
「ただ、頭が良いだけでは恐れる必要は無いのではないですか?」
「そうかしら、創造神が使う「破壊の雷」なんか比べ物にならない位の武器を作れたら? 空の神なんか一瞬で抜き去る飛行物を作れたら?」
「そんな夢物語あるわけありません」
聞いた話は夢物語だった。
空を飛ぶ鉄の塊..一瞬で小国を滅ぼす武器…どれもこれも信じられない物だった。
「神々が滅ぼされていく..」
「安心なさい..これは別世界の話、この世界じゃない..しかも一人の無能じゃこんな事は起きない..万単位で無ければね..それも長い年月を掛けての話よ」
「安心しました」
「だけど、無能にスキルは要らないわ、恐ろしく頭が良いんだから、何もあげなくても自分でどうにかしちゃうから」
「どうにかする?」
「そうよ、敵わないと思ったら工夫する..今ある銃という武器あるでしょう?」
「あります」
「あれは勇者を倒す為に無能が考えたのよ..勇者には敵わず殺されたけどね..今あるのはそれを模して後世の人が作った」
「あんな武器をですか」
「薬草や回復薬あるじゃない? 教会で祈れば治るし、ヒーラーが杖を使えば治るのになんで必要なのかしら?」
「確かに不思議です」
「魔法が使えない無能が考えたのよ…生きる為に」
「確かに、そんな頭がいいならそれ自体が「無能」という名のジョブですね」
「その通りだわ..これは人の神では禁忌だから出来ないけど、そんな無能にジョブを与えたらどうなるのかしら?」
「そんな物騒な事を」
「面白いと思わない? どれ程強い人間になるのか?」
「どうなるのでしょうか?」
「知識の神ペトロによるとね…」
「(ゴクリ)」
「多分、農夫とか街人みたいな低いジョブでも、最上級ジョブの勇者が負けるって言っていたわ..もし、剣士レベルを与えたら軍神でも危ないって」
「神に並ぶのですか?」
「2回戦えばの話..初見じゃ意味は無いわ..流石の無能も研究しなければ意味無いからね..まぁその前に人の神の全てが無能に絶対にジョブはあげないから、もしもの話だわ」
「そうですね..安心しました」
【閑話】 手に入らなかった物
セイルが旅立って神官ヨゼフは、ほっとしていた。
もし円満ならそのまま村に居て貰えるのが一番良い。
だが、セイルが大人だから、憎しみを押さえて許してくれたのだろう。
そして、何かあったらその怒りが噴き出る可能性があったから旅立った。
そんな所が正しい気がした。
特に、トーマの家族に対してはどれだけ怒りを抑えてくれたか解らない。
息子や兄弟はどれだけトーマが嫌われているかを頭で解っている筈だ。
実際に義姉は毛嫌いしていたし、兄にしたって伴侶に対して色目を使っている弟を嫌っていた。
ただ、あの家族の中で母親だけが不憫がっていたが..その割には兄に全て与えてトーマには何も与えていない。
だが、多分出来の良い兄に対して10の愛情があったとしたら、息子だからトーマにも5は愛情があったのだろう。
だから、殺されたら憎みもする..だが、その憎しみも「勇者の口添え」があったから今は感謝に変わった。
「勇者の敵として死んだ息子」が「勇者に悔やまれて死んだ栄誉ある息子」になった。
これで村の生活において支障なく暮らせるからか…今ではまた熱心に教会に来ている、セイル様のペンダントを持って。
この間もセイル様のペンダントを自慢してしたから、もう恨みはないだろう..やっぱり村の年寄り..そうとしか言えない。
ユリアの家庭も養子を迎えて幸せそうにやっている。
自分たちの娘の結婚相手が勇者なのだと自慢している。
結局、セイル様は村の中が一番うまく行くように纏めてくれた。
だが、これからが頭が痛い。
ヨハネス派の信者が来る..恐らく、セイル様以外の誰もがその待遇には不満はない。
いや、最高だと思うはずだ。
だが、セイル様には問題がありすぎる..恐らくあれを連れてくる。
ユリアを愛しているセイル様だとぶつかる可能性がある。
貴族からはリットン伯が来る。
温情ある優しい方と聞いているが今回は別と考えて良いだろう。
何しろ国王の肝入りでくるのだ、貴族である以上忠誠が掛かっている。
どちらが、先にくるか..いずれにしても頭が痛い。
先に来たのはヨハネス派のユダリア司祭達だった。
聖騎士と勇者奉仕部隊と共に。
勇者奉仕部隊とはその名の通り「勇者に奉仕する」部隊だ。
志願者で構成され..勇者の為なら何でもする部隊だ。
特に、女は美人が多く、その仕事には夜の相手も含まれるが、勇者至上主義の彼らにはそれは名誉な事だ。
「ヨゼフ殿、ご苦労様です、それで今世代の勇者セイル様はいずこに居られますか? 休んでいるなら起こしたりしません、お傍で起きるまでお待ちしています」
「勇者セイル様は王都へと旅だたれました、一から自分の力を鍛えたいそうです」
こうでも言わないと、納得しないだろう。
「そうですか、勇者様に拝謁出来ないのは残念ですが、勇者様の意向が一番です、旅立たれたなら今度は王都の信者に任せるとしましょう」
「それが宜しいかと思います..」
「それで、勇者様を蔑ろにした村人は今どうしているのですか? 丁度聖騎士の腕利きがおりますから粛清しましょう」
「待って下さい! その件につきましては勇者セイル様からお手紙を預かっております」
「手紙ですか..すぐにお見せなさい!」
手紙には今回の件は処罰しないよう書かれていた。
「これでは、罰せませんね..仕方ない我々はこのまま引き返すと致します」
「せっかくですので、お疲れでしょうから一晩お泊りになっては如何でしょうか?」
「はぁ..勇者様を無能扱いした背信者の村に私どもが泊ると思うのですか? 本来なら此処には診療所を作る予定でした。勇者様の村ですから凄腕のヒーラーを数人置いて…ですが勇者様が居ないのなら意味はない、罰さないのは勇者様の為です、恐らくこの村の者を人と見る信者は居ないでしょう、セイル様と勇者様をお慕いしたというユリアという少女を除いて教会はもう微笑む事はありません」
「微笑む事は無い」これは事実上、破門の一歩手前だ。
女神イシュタ様はいつも微笑んでいると言われている、その女神すら微笑まない、そういう意味で使われる。
つまり、破門とは違い隅にはおいてやるが、助けはしないそういう意味だ。
「それは教皇様の意思なのでしょうか?」
「ええっ教皇様は勇者様が居た場合は意向に沿うように処罰をと言われていました、居ない場合はこの様に..勇者様のお手紙は「処罰しない」でした、ですから本来は粛清する筈でしたが粛清はしません、ですが許すとは書いて居ないので、我々は今後この村の者を助けません」
「それはセイル様の意思とは違います」
「貴方の様な浅はかな人間の話は意味がありません!勇者様を無能と判断した貴方を神官として認めないそういう意見もあるのです、この村で私達が人間として認めるのは勇者様の寵愛を受けたユリアという少女だけです、本当に見上げた女性では無いですか! 純潔を守りながら勇者様を庇ったのですよ! しかも幼少期から勇者様を助けていたと聞きます、彼女には第一級シスターの地位が授けられるはずでした..まぁ王都に行ったってその功績は教会に知れ渡っていますから別の司祭がその地位を与えるでしょう」
「セイル様はその様な事は望んでいません!」
「本当にそうでしょうか? 本当に? この手紙には罰しない、そう書いていますよ!本当に恨んで無いなら「許す」そう書く筈です」
「ですが..」
「解りました、王都に行って冒険者になるなら王都の教会にも来るはずです、そこでもし勇者様が許すと言われたらこの話を撤回いたします。
「解りました」
セイル様なら、きっと「許す」そう言われる筈だ。
「まぁこれは態々村人に言う必要はありません、当然の報いですから」
「皆、無駄足でした帰りますよ」
「あの、司祭様勇者様は居らっしゃらないんでしょうか?」
「一目だけでもお会いして」
「心が傷ついておられるんですよね? 私の全てで癒してあげたいんです」
「司祭様、背信者は何処に居ますか? 粛清します」
「勇者様は王都に行かれたそうです、背信者には手をださないように、こんな村居るだけ無駄です帰りましょう!」
ユダリア達は1時間も居ないで村から出て行った。
村長にも会わずに…
最悪の事態は免れたが、はっきりと「背信」と言っていた..セイル様の許しが貰えるまでもうこの村に教会の救いは無い。
それから遅れる事6時間、その日の深夜にリットン伯が来た。
貴族の相手は本来は村長の役目だ。
だが、今回は勇者絡みなので二人であたる。
村長は震えていて話にならない、当事者なのだから仕方ない。
リットン伯の方から口を開いた。
「それで勇者様は何処に居られるのかな?」
「勇者セイル様は王都へと旅だたれました、一から自分の力を鍛えたいそうです」
「勇者様の意向を聞くのは当たり前の事、それで良い..まして行く先が王都であれば王が直接会う事も可能だ、更に良いかも知れぬな」
私はほっとした。
「私もそう思います」
「王子が勇者様に会いたがっていたから王都のギルドに指名依頼し1日護衛を頼めるだろうし喜ばれるであろう」
「王子の勇者好きは有名ですからね!」
「勇者の後ろ盾のチャンスを逃したが、王都で暮らして頂けるなら面子も建つ、それで、勇者様を「無能」と判断した神官と「村長」はお前達だな」
「はい、私達です」
駄目だ、村長は震えて話せない。
ちゃんと話さないと大変な事になるのに。
「王はご立腹だぞ..最悪極刑もありうる」
「お待ちください..これをお読みください」
私はセイル様から預かった手紙を渡した..
「ふむ、王からは勇者様の意向は何よりも優先、そう言われておるから我々は罰しない、だが」
「続きがあるのですか?」
「まず、もしこの村を拠点に活動するなら此処に冒険者ギルドを設置し勇者様の手伝いをする騎士を派遣する予定だったがそれは無くなる」
「致し方ない事です」
「更に言うなら近隣諸侯がお金を出し、此処に街をつくる計画もあったがこれも潰れる」
「そんな話もあったのですか?」
「そうだ、だが勇者様が此処に居るのが前提の話だ、居ないならこの話は無くなる」
「それは致し方ない事ですね」
「それと、王がこの村の者が勇者様をひどい扱いをしたと話していたから、貴族の殆どはこの村を嫌っておる、私も同じだこの村を助ける貴族は居ない、それは覚悟するんだな!」
「誤解です、セイル様は許されています」
「まぁ良い、王都に行かれたなら必ず王と謁見するはず、その際に真偽の程を王に直接訪ねて貰う事としよう」
「お父様..勇者様はいずこにおられるのですか?」
「もう旅立ってしまわれたそうだ..」
「そんな、会えるのを楽しみにしていましたのに」
あれは王国の薔薇と呼ばれるロザリー嬢..そうか引き合わせを考えていたのか。
「皆の者、無駄足だ..帰ろう」
リットン伯も休みもせず帰っていった。
教会、リットン伯どちらも休まず帰った事から怒りが解る。
もし、セイル様の手紙がなければ皆殺しになったのかも知れない。
「神官様..どういう事ですかこれは」
私は説明をした。
もし、セイル様が此処に居たら。
診療所が出来、冒険者ギルドが此処に出来た事。
村を整備して街になり、騎士達が駐留して守って貰えた事。
「そんな夢の様な話が..」
「無くなってしまったよ..我々がセイル様を酷く扱ったせいでね、それどころかもう、貴族も教会も王も我々を助けてくれないそうだ」
「それは事実上」
「その通り、人として扱われないそういう事だよ」
勇者を人として扱わなかったんだ、当然の報いと言えるかも知れませんね。
「終わりじゃないですか、流行り病になったり、飢饉になったら誰も助けてくれないで死ね、そういう事ですよね」
「だが大丈夫だ、セイル様が王都に行ったら教皇や王が事情を聞かれるそうだ、セイル様なら助けてくれる」
「それなら問題はありません、優しい子ですから安心できます」
もし、セイル様に優しくしていたら..村は拓けて街になったかも知れない。
診療所が出来、病気や怪我に困らない生活が待っていた。
騎士が駐留し魔獣や盗賊に怯える事も無くなる。
冒険者ギルドが出来生活がしやすくなった筈だ。
それこそ、村人にとって夢のような生活が手に入っただろう。
勇者輩出の村として観光地にすらなったかも知れないし「勇者の街」と呼ばれ間違いなく栄えた筈だ。
そして、通例なら税金の義務も免除されたかも知れない。
だが、それが、今や国中から嫌われている。
そして、それはもう覆る事は無い、セイルは王都ではなく国を出て行ってしまったのだから。
【第2章 冒険者編】 帝都へ
近くの街までユリアと歩いていた。
此処で僕は自分が「虫の勇者」である事を自覚した。
普通この時期に森を歩けば虫に刺される。
だが、虫に刺されないし、何となく周りの虫が避けているような気がする。
本来はジョブという物は自分の生活からの延長が多い。
例えばユリアの「お針子」は裁縫の延長線上にあるから知らなくても裁縫の腕があがる。
スキルについても教会が把握しているから聞けば問題無いし、同じスキルを持ったベテランに聞く事もできる。
だが、「虫の勇者」は違う。
教会にあるのは「勇者」だけであって「虫の勇者」ではない。
手探りで探すしかないのだ。
それにもう一つ気になる事がある。
何故「虫の勇者」なのか? ケインビィは「ドラゴンビィ」なのだから蜂だ。
蜂から貰い受けたのなら「蜂の勇者」が正しい筈だ。
「虫」という事は「蜂」だけじゃない可能性もある。
「蜂」だけでも強いのに、まぁそんな事は無いと思うけど。
「どうしたのセイル? 難しい顔をして、心配事?」
誤魔化そう。
「いや、さっきから虫に刺されないから、これも勇者の能力なのかなって考えていた」
「確かに、この時期に森を歩いたら刺されるけど、本当に刺されないね、多分加護なのかな?」
「うん、まぁ考えても仕方ないけど」
「勇者のジョブは特殊だから考えても仕方ないよ」
「そうだね!」
しかし、物の見事に虫が居ない..何時もなら煩く泣いている蝉も、気のせいか僕やユリアが歩いている道にも居ない気がする。
解らない物は解らない、そのうち解る日も来るだろう。
「ユリア疲れない?」
「まだまだ大丈夫だよ?」
そう言いながらどう見ても疲れている。
普段、村から出ないユリアに山歩きはきついと思う。
しかも、ユリアは気をつけてあげないと絶対に僕の為に無理をする。
「そう? じゃぁこれは僕の我儘! おんぶしてあげるよ」
「えっ、まだ歩けるよ」
「ほら、僕は勇者だからもしかしたら物凄く早く走れるかも知れないから試してみたいんだ」
「そう、それならお願いしちゃおうかな!」
(うわぁセイルの背中だ..えへへ良い匂いがする)
「それじゃ、少し走って見るね」
「うん」
速く走れるとは思っていたけど、桁違いだ。
絶対に馬何か比べ物にならない位速い。
「凄い、凄い、セイル景色がどんどん変わっていくよ、勇者って凄いんだね!」
多分、凄いの「勇者」じゃなくて「虫」だから..
「勇者って本当に凄いのかも..自分でも解らないや」
これでまだ本気を出していない。
本気を出したらどれだけ速いんだろう。
背中にしがみ付いて喜んでいるユリアを載せて走っていると草原で魔物に出会った。
ジャイアントキャタピー 大きな芋虫の魔物だ。
「嘘、魔物!」
ユリアを背中から降ろして聖剣を作り出す。
ユリアが怯えているのが解るけど..
「ユリア大丈夫だよ!」
「セイルは勇者だもんね、頭から抜けちゃってた…ゴメン」
だが、ジャイアントキャタピーは襲って来ない。
それどころか、こちらを見つめている..
これも「虫の勇者」の影響なのかな、可愛く感じる。
(今の勇者様は蜂が随分お好きなのね..)
(僕は蜂じゃないけど…殺したりしないよね?)
これはジャイアントキャタピーの声なのかな?
なんだか敵ではない気がする。
今はユリアが居るから、確かめたいけど我慢する。
僕が手をヒラヒラ振ると、ジャイアントキャタピーはそのまま行ってしまった。
「襲って来なかったね..」
「うん、勇者だからかな? まぁ解らないけど..」
本当に解らない..まぁこの辺りは帝都について冒険者になってから考えれば良いや。
一番近い街ヨルダについた。
本来は夕方か場合によっては夜に着くはずだったが、まだお昼前だ。
「着いちゃった..信じられない」
ユリアが驚くのも無理はない、此処に着く頃は早くて夕方の筈だった。
「どうしようか?」
「セイルは走るのは辛くないの?」
「全然大丈夫だよ」
結局、馬車より速いし時間もあるので、串焼きを買って食事にしてそのまま行く事にした。
「セイル..本当に速いね、大丈夫疲れていない?」
全然、疲れていない、寧ろ手はお尻に当てているし胸が当たっているのでご褒美感がある。
ユリアにその事を伝えると、逆の意味で大変な事になるので言わない。
「全然大丈夫だよ! 多分その気になればもっとスピードが上げれる気がする」
「そう、なんだ、だったら私セイルにしがみ付くから、スピード上げて良いよ」
「じゃぁ試してみようか?」
僕は思いっきり走ってみた。
「きゃああああああああああっ..思った以上だよ」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だからそのまま続けて」
なんか、生生しい声が聞こえるが気にしない事にした。
(これなら、しがみ付いても仕方ないよね..うん、思いっきり抱き着いちゃおう)
結局、走り続けたら帝都にはその日の夜に着いた。
確かに、アイシアは王国の端だがそれでも帝都までは歩いたら2週間、馬車を使っても4日間は掛る。
それが1日も掛からず着くなんて..
自分でもその能力に驚いた。
帝都のギルドと住まい
帝都には夜に着いた。
本来は夜には門が閉ざされ入れない。
門番が外に居た。
「遅かったな残念だけどもう門は閉めた後なんだ明日出直してきてくれ!」
僕は此処でジョブの認定証を出した。
幾ら帝国が実力主義で勇者の威光が弱いとは言えこの位は利くだろう。
「勇者なんですか!」
「一応はですよ..まだ15歳の認定受けたばかりですから、貴方にも負ける位弱いかも知れませんが」
「帝国は王国や他の国と違い、さほど勇者でも優遇されません..良く来ましたね」
「まぁ訳ありで」
門番はユリアをチラっと見た。
(勇者とお針子..もしかして駆け落ちか..)
「帝国は実力主義です..勇者だろうが特典は少ない、だが実力があればのしあがるのも簡単だ..頑張れよ」
門番は微笑みながらジョブ認定証を見せてくれた..そこには農夫と書いてある。
「農夫なのですか?」
「そうだ、この国では頑張れば農夫でも門番に成れるんだ..色々あるだろうが頑張れよ」
「はい、ユリア入れてくれるって」
「ありがとう門番さん」
「どういたしまして!サンダルサン帝国、帝都アドオンにようこそ!」
その日は、そのまま屋台でパンと果汁水を買って食べ、そのまま近くの宿屋に泊まった。
しかし、流石帝都だ、部屋の中にはシャワーも付いていたし、ベットもふかふかだった。
色々な人が泊るのだろう、使い方は解りやすい様に絵と文字で書いてある。
これなら、文字が解らない人でも苦労しない。
まぁユリアも僕も文字は読めるから関係ない。
「これからは2人きりだね、セイル」
「そうだね、毎日が楽しくなると良いね!」
「私はセイルが居るだけで幸せだもん」
「それは僕も一緒だよ」
僕の事で頭が一杯な女の子がいるのに楽しくない訳がない。
朝になった。
「「お世話になりました」」
偶々運が良かったのかも知れないが飛び込みで泊めてくれた宿屋の主人にお礼を言ってチェックアウトした。
今日の予定はまずギルドに行って登録をする。
その後、住む所を真剣に探す。
その二つだ。
ギルドに着きギルドの大きな扉を開いて中に入った
ヒソヒソ声が聞こえて来たが、特に絡まれるような事は起きなかった。
二人で、受付に向かった
「冒険者ギルドへようこそ! 本日はご依頼ですか?それとも登録でしょうか?」
「登録をお願いします。」
「登録には1人銅貨1枚掛かりますが宜しいでしょうか?」
僕は銅貨2枚を渡した。
「所でご説明は必要ですか?」
登録に来る人間の中には冒険者を目指して「お手伝い」をしている人間も多い。
そういう人間に説明は不要だ。
「何も解らないので細かくお願い致します」
「畏まりました」
説明内容は、
冒険者の階級は 上からオリハルコン級、ミスリル級、金級、銀級、銅級、鉄級、石級にわかれている。
そして、案外上に行くのは難しく、銀級まで上がれば一流と言われていて、この街には金級以上の冒険者は居ない。
殆どが、最高で銅級までだそうだ。
級を上げる方法は依頼をこなすか、大きな功績を上げるしか方法はない。
銀級以上になるとテストがあるそうだ。
ギルドは冒険者同士の揉め事には関わらない。
もし、揉めてしまったら自分で解決する事。
素材の買取はお金だけでなくポイントも付くので率先してやる方が良いらしい。
死んでしまった、冒険者のプレートを見つけて持ってくれば、そのプレートに応じたお金が貰える。
そんな感じだった。
「此処までが世界共通のルールです。」
「何か地方ルールみたいな物があるのですか?」
「はい、此処、帝都では強い人間を皇帝が好みます、その為、殆どの依頼には制限がありません」
「それはどういう事ですか?」
「掲示板に張り出されている依頼には横に推奨される級が書いてあります..例えば、そうですね、オーガの討伐は推奨が金級です」
「はい、そう書かれています」
「王国を含む殆ど各国では金級以下の級では受けれません、ですが此処帝国では石級でも受けられます」
「それはどういう事でしょうか?」
「皇帝曰く、帝国は本当の男を欲している、強いジョブではなく、真に強い男で無ければ尊敬しない..そこから来ています」
「つまりは?」
「命すら自己責任、真の男なら勝ち取れ..そういう事らしいです、まぁ皇帝は男と言っていますが女にも適応されます」
これは僕にとっては都合が良い..
「横の彼女は何か聞きたい事はありますか?」
「特にありません」
「後は大丈夫? 問題無いならこちらの書類にサインをお願いします、パーティを組むならパーティー名もお願いしますね」
「名前かどうしようか?」
「私が決めても良いの?」
「僕は苦手だから、ユリアは良いのある?」
「エターナルラブ..なんてどうかな?」
「エターナルラブ、永遠の愛か? 僕らにお似合いだね」
「うん」
「すいません、エターナルラブでお願い致します」
(見ているこっちが恥ずかしくなるわね)
「エターナルラブですね、それで登録します、リーダーはセイルと、それでは、冒険者証が出来たから渡します。 初めてだから石級からスタートです。頑張って下さいね!」
「「はい」」
「所でこの辺に何処か住むのに良い場所はありますか?」
「はいギルドでは住居の斡旋もしていますよ、ご希望はありますか?」
「そうですね、治安が良くて管理人が住んで居るような安全な場所が希望です、シャワーかお風呂が付いて居ればさらに良いです」
「大丈夫ですか? そんな良い場所高いですよ」
「セイル、普通の所で良いよ、無理しないで」
「いや、ユリアに何かあったら困るから、安全な場所は譲れないよ」
「そっ、それなら仕方ないか..な」
(そんな話にされたら文句なんか言えないじゃない)
「あの、いちゃつくのは後にしてくれませんか? その条件で良いんですね? 本当に高いですからね?」
紹介された物件に二人で歩いてきた。
成程..冒険者ギルドのすぐ傍で三軒先が衛兵の詰め所..最高じゃないか。
しかも、管理人もいる。
「すいません、ギルドからの紹介で見に来ました、見学させて下さい」
「君達が入居希望者なのかな? 此処は一番安い部屋で月に銀貨8枚からだけど大丈夫?」
「セイル、私達にはやっぱり場違いだよ」
「ユリア、さっきも同じ事言ったけど、ユリアの安全は一番譲れないんだ、僕にとってはそれが一番大事だから」
「だけど、凄く高いよ」
「お金は気にしなくて良いよ、僕が頑張るから、僕は二度とユリアを失いたくない」
私は何処にでもいる女の子なのに..普通の場所だってきっと襲われない…
本当に心配性だよ..だけどこれじゃ文句言えないよ…
「セイルに任せるわ」
「安全なら保証するよ! 此処より安全な場所は上級貴族様のお屋敷レベルじゃないと無い、管理人の私は元金級冒険者だし、此処には非常ボタンも設置している、私で対処出来ないなら直ぐに衛兵が呼べる、見ての通りすぐそこだ!」
「それじゃ部屋を見せて下さい!」
「解った! しかし、奥さんも幸せ者だね、こんな妻想いの冒険者なんてなかなか居ないよ、冒険者なんてガサツな男ばっかりだ」
「いえ、まだ結婚はしていないんです」
「これから、生活が安定したらするつもりです」
「そうかい、そうかい..じゃぁ頑張んな、あと此処は賃貸以外にも分譲している部屋もあるから頑張って稼いで買っておくれ、それじゃ見ておくれ!」
月に銀貨8枚の部屋から金貨2枚の部屋まであった。
だが、どの部屋も素晴らしくシャワー所かお風呂があった。
金額の違いは広さの差だった、僕は別に広さなんかどうでも良い、一番小さい部屋でも2部屋+キッチンがあるんだからこれで良いだろう。
「ユリアは気に入った部屋はあった?」
「私はセイルと余り離れるのは嫌だから狭い部屋で充分だよ!」
「それなら、銀貨8枚の部屋で充分か..すいませんこの銀貨8枚の部屋でお願いします」
「本当に? このレベルの部屋は普通は銀級冒険者~銅級冒険者が借りる部屋なんだけど」
「はい、明日から頑張ります」
「そうかい? 頑張ってね」
前金で3か月分のお金を払い二人で買い物に出かけた。
ベットを二つ買おうとしたらユリアに一つで良いと言われ大き目のベットを一つ買った。
その他、必要な物を家具から一式買って部屋に戻った。
明日には寝具も届くが今日は毛布しかない。
「セイル、明日から頑張ろうね!」
「えっ何を?」
「一緒に冒険するんだよね?」
「冒険するのは僕だけだよ..ユリアは美味しいご飯を作って家を守ってくれれば良いんだ」
「だってさっきパーティーを組んだじゃない?」
「ギルドはお金を預かってくれたり、もし何か問題が起きた場合は家族より先にパーティーメンバーに連絡がくるらしいから登録したんだ」
「そうなの?」
「うん、それじゃ私は何をすれば良いのかな? 私だってセイルの為に何かしたいよ..それじゃ私お荷物みたい」
「それじゃ、奥さんの仕事宜しく」
「おおおお奥さんの仕事?..なななな」
「さっき言ったじゃない? 生活が安定したら結婚するって話..だからそのつもりで此処を守ってくれれば良いんだよ」
「そういうことね?」
「うん、田舎と違って都会じゃ旦那が働いて奥さんが家事をするのが普通らしいから..そっちを頑張ってね」
「そうね、私は料理も得意だしそうさせて貰おうかな!」
ユリアはこうでもしないと体壊しちゃうから、本当は凄く不器用だもんね。
「うん、頑張ってね未来の奥さん」
今日は2人で毛布に包まって眠った。
明日には家具や生活に必要な物が届くこれはユリアに任せて僕は依頼を受けよう。
都会は何でもお金が掛かる。
貰ったお金の1/3が無くなってしまった、僕が頑張るしかない。
「頑張ってね未来の旦那様」
二人で顔を赤くしながら何もない部屋で毛布に包まって寝た。
初めての獲物..そして家を買う。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいセイル ちゅっ!家の事は任せておいて!」
ユリアのキスで送り出されて冒険者ギルドに向った。
実は、掲示板にある依頼をチラ見していた。
あれば受けるつもりだ。
お目当ての依頼はあった..しかも常時依頼。
これで生活は安定するだろう。
「貴方は馬鹿ですか? 確かに受ける事は出来ますけどね、初仕事がバグベアー! 死ぬ気ですか?」
勇者と名乗れば良いのかも知れないけど..せっかく身元をばらさないで済んでいるんだから出す必要は無い。
少なくとも「虫の勇者」が問題無さそうと解るまでは..
「僕の親は腕の良い猟師でバグベアーなら倒した事があります」
「貴方のお父さんが倒したのは灰色熊だと思います..それを貴方に見栄はったんですよ、ただの猟師じゃ勝てません!」
だけど、バグベアーなら倒した事があるし、何しろ金貨15枚なんだ諦めきれない。
「ですが、此処は自由なのですよね」
「はぁ、仕方ないですね..一度失敗してみるのも良いでしょう? 鋼鉄の剣位は持っていますよね?」
「あるよ..」
(はぁ..これは持っていませんね!)
「本当にやるんですね..銀級なら3人、1人なら金級なのに..だったら、そうですね貴方が本当にバグベアーを狩ってきたら、本来は一部の優れた冒険者にしか貸し出さない収納袋を貸し出します。その代わりもし出来なかったら今度からはちゃんと受付の言う事を聞くという事で如何ですか?」
「解りました」
「まぁ己の器量を知るのも良いでしょう? 此処は帝国、死ぬも生きるも自己責任です」
「それで、何処に住んでいるか解りますか?」
「それなら、東の森に沢山居ますよ!」
「そうですか..では行ってきます」
あそこには無数のバグベアーが居ます。
きっとあれを見たら逃げ帰ってきます。
確かに、どんな依頼を受けるのも自由、それが帝国の考え、それで生き残れば強い男になれるでしょう。
ですが、そのせいで多くの若者が死んで行くのが私には忍びないのです。
言われた通り、東の森に来た。
虫系の魔物に会いたかったけどそう都合よく会えなかった。
「聖剣錬成」今の僕はこれしか使えない。
だが、この体力の上昇とこれで充分な気がする。
さてとバグベアーっと
相変わらずこの虫の勇者は凄い、すぐに気配が察知できた。
凄く、遠くの気配迄感知できる、恐らくこれは人間なら達人の領域か盗賊等のジョブ持ちの能力だ。
心を研ぎ澄ますとバグベアーが3体居るのが解る。
3体居た所で問題無い、この間のスピードなら此奴の攻撃は当たらない。
気が付かない様に少し離れた場所のバグベアーに近づく。
此奴らはドラゴンビィ達の敵だから一切可哀想とは思わない。
そのまま、剣を突き刺し毒を流した。
「うがあああああああああっ」
暴れまわっているが直ぐに死ぬだろう。
可笑しい、前の時より強くなっている気がする。
気のせいだろうか?
バグベアーと殴り合いをしても負けない..そんな気がしてならない。
気が付いたバグベアーの一体が僕に襲い掛かってきた。
鋭い爪がすぐ傍まできたが簡単に躱せる。
試しに剣を持ってない方の腕で殴ってみた。
「うがあああああああっ」
やっぱり…簡単に吹き飛んだ。
その隙にもう1体のバグベアーに剣を突き刺した。
心臓を一刺し、簡単に心臓に剣が刺さる。
こうすれば良かった..剣が体に通るならこれで一瞬で殺せる。
バグベアーのその怖さは力の強さと剣が通らない固い皮にある。
剣が通った時点で熊と変わらない。
もう一頭はまだ居た、そのまま走っていって殴る、殴る、殴る。
バグベアーの振り上げた手の攻撃を受け止めてみたが、完全に止められた。
この体は力でもバグベアーを上回っている。
それが解れば充分だ。
さっさと殺してしまおう..剣を心臓に突き刺し殺した。
可笑しいな..前はこんなに簡単じゃ無かった。
いまの僕ならこれなら何体でも倒せる。
僕は3体のバグベアーを担ぎながらギルドへと向った。
「こんにちは」
「それはバグベアー、それも3体もお前一人で倒したのか? 凄いな..そうだ大八車を貸してやる後で返しにくればよいぞ」
帝国は野蛮だと聞いたけど、門番さんを見る限り優しい気がするな。
「有難うございます」
(バグベアーを3体も、あの少年が狩ったのか?)
(まだ若いだろう、彼奴)
少し目立つが気にはしない、この獲物のお金がユリアの笑顔につながるんだから。
冒険者ギルドに入ると周りから更に注目が集まる。
(おい、あれバグベアーじゃないか?)
(一人で狩った..訳無いな)
バグベアーの依頼を受けたお姉さんのカウンターに並んだ。
まだ、僕の順番でも無いのに凝視しているのが解る。
「バグベアー、本当に狩ってきちゃったんですね..しかも3体も、そうか、私解っちゃいました、セイルさんは本当はエルフなんですね」
「違います、普通に人間ですよ」
「年齢は若く見えますが」
「はい15歳です」
「成人の儀式を終えたばかりの子供がこれを..信じられません」
「狩れたものは狩れたとしか言えません」
(可笑しい、可笑しすぎる、15歳なら「勇者」のジョブ持ちでもバグベアーなんて狩れない、彼のお父さんが何か秘伝でも伝えたのかも知れない..それを聞くのはマナー違反ですね)
「貴方のお父様を侮辱してすみませんでした、貴方がこの歳で狩って来たのなら、貴方のお父さんが狩れない道理はない謝らせて頂きます」
僕のお父さんは本当は狩れない、嘘なんだけどな。
「いえ、気にしないで下さい」
「それでは査定をしますので、暫くお待ちください、あと冒険者証もお願いします」
「はい」
何やら奥に引っ込んで話し合っていた。
奥からガタイの良い男と一緒に受付のお姉さんが帰ってきた。
「お待たせしてすみません、まずはこちらが報酬と買取を合わせた金額になります」
「えーとかなり多いと思うのですが」
「バグベアーの討伐が金貨15枚×3体 45枚 それと素材の買取が状態の良い物2体が15枚×2で30枚 残りの状態の悪い1体が金貨3枚 合計78枚です」
「78枚..金貨が78枚、もう僕じゃ解らない金額です」
「そうでしょうね、ほぼ無傷のバグベアーなんて殆ど出ませんからね、此処からはギルドマスターから話を聞いて下さい」
「本来ならバグベアーを倒せるなら金級だが 一度に2階級までしか上げられないんだ、だから銅級に昇格だ。ここからはただ強いだけじゃ簡単には上がれない、テストもあるからな、まぁ銅=1人前と言えるから15歳で1人前なんだから凄い事なんだぞ」
「ありがとうございます」
「あと、これが収納袋だ、これは大量の物資が入れられる貴重品だから無くさない様に 最も盗まれてもギルドに戻ってくる魔法があるから弁償は無い、その代わりそんな間抜けには二度と貸さない..以上だおめでとう」
「ほんとうに有難うございます」
「才能のある冒険者は貴重な財産だ頑張れよ」
金貨78枚か..初めてみた大金だ。
家に帰ってきた。
せっかくお金があるんだ聞いてみよう。
「マチルダさん、すいません」
「なんだい?」
ちなみにマチルダさんというのはこの住まいの管理人兼オーナーの名前だ。
「あの、分譲もあるって聞いたんですが、今住んでいる部屋で幾ら位ですか?」
「あの部屋か? 本来なら金貨100枚って言う所だが、小さ目の部屋だから、買う気があるなら50枚で譲ってあげるよ? 買う?」
買える訳無いでしょうが、夢を持つことは良い事だわ。
「あの、買ってしまえば後はお金は掛からないのですか?」
「水代と維持費で銅貨8枚は掛るが管理費込だ、凄くお得だよ」
その金額なら貧乏になっても払えるな..将来の為に買っておくか..
「なら譲って下さい! 即金で買います」
「冗談だよな?」
僕は袋から金貨50枚を出して渡した。
「解った..言っちまったんだから仕方ない、今書類を作るよ、名義は誰にする」
「ユリアでお願いします」
「本当に仲が良いんだな..ほら書類だ本当は作成料金をとるんだがサービスだ、持っていけ 1枚はギルドに提出するんだぞ..それでもうユリアの物だ」
「ありがとう」
「まぁな」
本当は普通部屋の代金は家賃10年分が相場だから、金貨96枚があの部屋の値段なんだけどな
軽口叩いちゃったら..買われちゃったよ。
まぁ良さそうな奴だから良いか?
ギルドにて
「へぇ、お金が入ったからあの部屋を恋人にですか..良いですねうらやましいですね」
「はい」
「書類は受け取りましたよ..これで301号室はユリアさんの物です..そちらの書類にもハンを押しますね..はいこれで終わりです」
「有難うございます」
「はい、さようなら」
何でだろう? 何かやさぐれていないか?
何時も此処に来るのはゴロツキばかり、期待の新人はイケメンだけどコブツキ、しかも何時もいちゃいちゃしている。
何処かに居ませんかね、ポンとマンションを買ってくれる男..まぁ居ませんよね。
専属
家に帰ってきた。
「セイルお帰りなさい!」
ユリアが胸に飛び込んできた。
髪から、石鹸の良い香りがする。
やっぱり、ユリアは凄い、1人で全部かたずけが済んでいた。
ベットの配置から家具の配置は勿論の事、床まで綺麗に磨き上げている。
こういう所が本当にユリアは凄い..本当に心から思う。
だって本当は不器用なんだから。
「ただいま!」
気持ちのせいか疲れが取れた気がする。
「それで冒険者初日はどうだった! 大丈夫だった?」
「うん、問題無くというか結構頑張れた!」
僕は此処の契約書と一緒に金貨28枚を渡した。
「凄すぎる! 金貨28枚!村にいた頃ならこれで10年下手したら20年生活出来るんじゃないかな?」
確かにあの村じゃ金貨なんてまず使わないし、本当に出来るかも知れないな。
「そうだね、だけど此処は帝都だからもっと頑張らないとね!」
《こんな金額普通じゃ稼げないのに…》
「そこの、お金の横にある紙はなんなの?」
「これはね、ユリアへのプレゼントだよ! 読んで見てくれる?」
「何かな?…嘘、此処の権利書じゃない、本物なの?」
「うん、此処は凄く治安が良いし、冒険者は何時稼げなくなるか解らないからね」
「そう? だけど、何でセイルじゃなくて私の名義なの?」
「あの村じゃ何も無かったからプレゼントをあげられなかったからね、今迄の分を併せたプレゼント」
「だけど、私こんな凄い物貰っても何も返せないよ!」
「もう、貰って居るから大丈夫!」
「私? 何かあげていたかな?」
「ユリアを貰って居るから…」
《こういう事をさらって言うから、本当にセイルは..もう》
「あのさぁ..そんな事を言うなら私だってもうセイルを貰っているんだけど」
「そうだね、ユリアが僕の物で僕はユリアの物..だから僕が頑張って手にした物はユリアの物、その代わりユリアが手にした物は僕の物で良いんじゃない? 僕はこれからユリアが頑張って作ってくれたご馳走を食べるんだから」
「まったく、もうセイルったらもう!」
《まったく、セイルったら自分の価値が全く解ってないよ..お金にしたら1セイルで3000ユリアと交換できる位の差額があるんだからね》
ギルドにて
「おはようございます、セイルさん!」
何だか昨日までと対応が少し違っているような気がする。
「おはようございます、今日は凄く元気が良いですね?」
「はい、私、正式にセイルさんの担当になりました」
「それって何か良い事があるの?」
「それはですね、セイルさんの方はですね、私が専属でつく事で待たないで依頼の受領や素材の査定が出来ます」
「お姉さんの方も何か特典があるんですか?」
「私の方は何と、セイルさんの獲得したお金の5%分がギルドから貰えるんです」
「良かったですね..でもこれはWINWINですね」
「はいどちらもWINWINです、受付の多くは専属を幾つも持っているんですが、私は余り人気が無くて専属が居なかったんです!金級や銀級の冒険者はもう誰かの専属になっていますし、それ以下だと流石に他の方より優遇なんて出来ません」
「ですが、僕はまだ銅級ですよ」
「はい、ですが期待の新人なので、今回は特別にギルマスから専属になって良いと言う許可がでました! 一緒に頑張りましょう!」
「はい」
「お姉さん、応援しちゃいますからね、今日もバグベアーいっちゃいますか?」
収納袋もあるし、沢山居そうだから今日も行くか?
「はい、それじゃお願いします」
「頑張って下さいね!」
現金なお姉さんの笑顔に送られギルドを後にした。
今日は一日バグベアー狩りに専念しよう..
力の解明は明後日からで良い。
東の森に来た。
何だか、昨日よりも凄く感知がしやすい。
直ぐに2体見つけた。
《昨日より旨くやる》
近く迄、近づき一気に剣で突きさし毒を送り込む..狙いは心臓。
吠える間もなく仕留められた。
2体目が気が付きこちらに襲い掛かってきた。
「うがあああああああああっ」
もう、バグベアーは相手にならない、攻撃を潜り抜けそのまま心臓に突き刺した。
《もうバグベアーは、普通の冒険者にとってのゴブリンみたいな物だな》
見つけ次第、狩りまくり、収納袋に放り込んでいった。
この袋凄いな、重みも感じないで幾らでも入っていく。
夕方まで狩り続けると収納袋に入らなくなった。
《嘘、もしかして壊してしまったのかな..もし、そうなら謝ろう》
入らなくなった一体を担いでギルドへ帰っていった。
「また今日もバグベアーを狩ったのか? 流石勇者だな!」
今日の門番の人は、初めて此処に来た時に門を開けてくれた人だった。
「はい、ジョブに助けられています」
「彼女の為にも頑張らないとな、だけど張り合いがあるだろう? 家族の為に頑張るのは!」
「凄く頑張りがいがあります」
「俺も嫁さんと娘の為に頑張っているんだ..お前も頑張れよ」
《家族の為に頑張るか..そうだ》
僕は見せかけように持っていたナイフでバグベアーの手を斬り落とした。
「どうしたんだ一体!」
「これお裾分けです」
「本当にくれるのか? 貴重な肉だぞ」
「前にお世話になったからそのお礼です」
「悪いな、素直に貰っておくよ」
今日もギルドでは注目されていた。
まぁバグベアーを担いでいるんだから仕方が無い。
お姉さんが僕を見つけると手招きしていた。
そう言えば..名前聞いてなかったな。
「今日もバグベアーを狩ってきたんですね! 流石です! 手が無いようですが食べられたのですか?」
「お裾分けしました」
「そうですか! ですが何で収納袋を使わないのですか?貸してあげたのに」
「それが入らなくなりまして」
「収納袋はそう簡単に壊れませんよ! ちょっと貸して下さい..あっ嘘でしょう! 裏に行きましょう、ギルマスも呼んできますね」
「はい..あのお姉さん僕名前聞いてませんでした」
僕はお姉さんについていった。
「そう言えば名乗り忘れていました、専属なのに申し訳ございません、私はセシルと申します..ちょっとお待ちくださいね」
暫く待つとセシルと一緒にギルマスが来た。
「おいセシル、どうかしたのか?」
「はい、私の担当のセイルさんがまた、凄いんです」
「どう凄いか説明してくれないか?」
「セイルさんの収納袋がバグベアーで埋め尽くされています」
「そんなことある物か、収納袋を埋め尽くすなんてパーティで遠征に行った時位しか起きないぞ」
「出して見ましょう」
セシルさんが収納袋を逆さに振るとバグベアーの山が出来た。
「…..これ全部か、信じられない、100近くあるんじゃないか?」
「凄い..目のあたりにしても信じられません」
「セイル、この数じゃ流石にすぐに査定できないから明日の午後またギルドに来てくれ」
「はい」
「セシルはまぁ徹夜で頑張れや」
「あの..誰か手伝って貰う訳には..」
「いかないな..セイルはセシルの専属だ、それに報酬の事を考えたら無理だろう」
「確かに」
「セイルは気にせず帰って良いぞ! 明日の午後待っているぞ」
「はい」
「あははははっ..嬉しい、嬉しいけど徹夜しないと」
僕は少し壊れ気味のセシルと微妙なギルマスの顔を後に家へと帰っていった。
【閑話】 虫の女神の衰退
私の名前は神虫、一応は虫の女神をしている。
だが、虫の女神と言われてこそはいるが私を信仰している虫は少ない。
その理由は虫の多くが「邪神」を信仰する事を覚えてしまったからだ。
私のあげる、ジョブは強力ではありません。
例えば、ケインビィが持っていた「勇者」であっても山犬にすら負けるでしょう。
所が魔族が信仰する邪神が彼らに与える物は強力です。
ただの芋虫が、邪神を信仰する事によってジャインアントキャタピーに進化しました。
僅か6?の芋虫が1.5mの大きさを手に入れたのです。
その凄さが解ると思います。
その大きさになれば、山犬はおろか、猪や熊に対抗できるのです。
私を信仰してくれる虫には、ジョブは必ず与えていますが、そのショボさから今現在は信仰する者は殆どおりません。
心から私を信仰する者は、ケインビィとビィナスホワイトが最後かも知れません。
私に祈り、私が勇者と聖女にした者が王国ごと潰されたんですから、更に信仰が無くなるのも無理はありません。
やはり、虫は小さいからどの様なジョブやスキルを与えても大きな者には勝てないのです。
邪神が彼らに与えたようにジョブではなく「巨大化」を与えなければいけなかったのです。
私はセイルさん、貴方に謝らなくてはいけないのかも知れない。
貴方には「勇者」のジョブの他に実は罪ぼろしを兼ねて「聖女(人)」のジョブも与えました。
それでも恐らく貴方が思っている「人の女神」が与えるジョブより遙かに低いと思うのです。
ビィナスホワイトの聖女の力があれば、鍛え上げれば、胴体が切断されようが、潰されようが、手足が無くなろうが一瞬で治す事が出来ます。
ですが、所詮は虫なので大きさの暴力には勝てないのです。
ケインビィの勇者の能力があれば、鍛え上げて行けば能力が500倍まで向上します。
ですが、僅か50gの虫がその力を手に入れても25キロの物が投げ飛ばせるだけです。
ケインビィ程に勇者のジョブを使いこなせても山犬と戦うのが限界で恐らく猪にも勝てないでしょう。
本当に自分が嫌になりました。
「巨大化」を与えられない時点で私は虫の女神失格です。
どうやっても強くしてあげられない。
だから、私は貴方にお詫びの意味で幾つかのスキルもあげました。
虫の魔物に遭った時に命乞いが出来るように「虫との意思疎通」
弱いジョブの貴方が少しでも生き残れるように「他の虫の能力を身につける事が出来る能力」
そして、ケインビィとビィナスホワイトの知識です。
「聖女ビィナスホワイト..今迄良く仕えてくれました」
「偉大なる女神様..私は最後の友人にお礼をしたいのです」
「お礼ですか?」
「はい、結局国は滅んでしまいましたが、私の国の同盟者でした..彼にはジョブがありません、授けて頂けないでしょうか?」
「人の子よ..私は人の神では無い..それでもジョブが欲しいのでしょうか?」
「はい、どのようなジョブでも構いません..頂けるなら何でもします」
「解りました..だが私は人の子にジョブを授けた事はありません..何が起きるかは解りません..覚悟はありますか」
「はい」
「ならば、ケインビィ..貴方のジョブをそちらに..如何でしょうか?」
「構わないぜ…どうせ..」
「解りました..ならケインビィの「勇者」のジョブを貴方に授けましょう」
セイル、貴方は「勇者」というジョブを聞いて喜んでいましたね?
ですが、私が与えたジョブは本当にクズなのです。
「女神様、貴方のお名前は?」
「神虫と申します..」
貴方が凄く私に感謝してくれた事が解りました。
ですが、私が与えたジョブは恐らく貴方の期待通りではありません。
私を最後まで信仰してくれた者の願いに、この程度の事しかしてあげられない私を許して欲しい。
私はこれから天界に帰り、この世界に関わる事を辞めます。
信者も救えない無能の女神なんて意味がありません。
だから、私がジョブをあげるのは貴方が最後です。
こんな弱い力では生き抜くのは辛いでしょう..それでも、それでもです。
貴方には強く生きて欲しいのです。
神虫
夢と消えた高額歩合
さぁ頑張ろう、死ぬ気で頑張ろう!
だって、どう考えても私の貰える報酬はとんでもない金額になる。
収納限界まで詰め込まれたバグベアーは106体も入っていた。
そして状態は胸に一突き、この状態を完璧と言わないなら何を完璧と言えば良いんだ、そんな状態だった。
106×30枚=3180 金貨3180枚、それに担いできた1体腕が無いので 15枚+4枚=19枚。
合計3199枚。
凄いなんて物じゃない、聖魔戦争の時ならいざ知らず平常時であれば間違いなくこのギルドでソロ歴代1位だ。
下手すれば、全ギルド1位かも知れない。
笑いが止まらない。
このうち、約金貨160枚が私の取り分、それが今月の給料と共に貰える。
しかも、これが私がセイルくん、じゃなかったセイル様の担当を続けるだけで貰えてしまう。
家が買える金額が手に入る。
しかも、これが今回だけでなくこれからも続くんだ..セイル様様だわ。
ここまでの成果をあげているんだから、サロンの使用申請をして、お茶とお菓子も用意しないと。
サロンとは上級冒険者が使える個室である、商談や寛ぐ場所として自由に使える。
《銅級とはいえ、此処までの成果を上げているんだから多分通るでしょう》
そして、その場所で食べるお菓子やお茶は担当の専属受付が用意するのが通例。
徹夜で査定を済まして、申請書を出して私は今茶葉を購入してクッキー屋に並んでいる。
此処のクッキーは評判が良く行列が出来ている。
流石に疲れた..時間は、まだ10時30分だ。
仮眠室で仮眠をとろう..
目が覚めた..時間は11時30分そろそろ起きて身だしなみを整えないと。
「あのよ、セシル、本当にすまない」
「ギルマス!いったいどうしたんですか? 急に謝るなんて、何があったんですか?」
「いや、セイルの専属の話だが、すまないがお前への歩合の支払いが1回金貨3枚になる」
「どういう事ですか? 納得がいきません」
「すまないがどうしようも無いんだ」
「何故ですか? 可笑しいです、誰かのやっかみですか?」
「それなんだが、凄い成果をあげているから少し身元を調べたんだ、次は銀級だからな」
「まさか犯罪者だったんですか?」
「いや違う、一度しか使われなかったが、セイルのジョブ証明がこの国に入る時に使われた」
「それで?」
「勇者だった」
「勇者?」
「門番が確認したそうだ」
「それなら優先的に査定しないといけないじゃないですか?」
「勿論そうだ、だが勇者を担当した者の歩合の支払いは金貨3枚と決まっているんだ」
「何故ですか?」
「良いか? 過去の勇者が手に入れた物を考えて見ろ、光のオーブに虹の雫、賢者の石だぞ勿論勇者は無報酬、だがお金に変えたら一番安い虹の雫で恐らく金貨にして30億枚以上の価値がある、光のオーブ等下手すれば国より価値があるんだ5%なんて払ったらギルドや国が破たんしてしまう」
「そうですか..それなら仕方ありませんね」
「一応、ギルドの職員全員にはセイルのジョブは伝えてあるが、良いか絶対に気が付かない振りしているんだぞ!」
「何故ですか?」
「これも聞いた話だが、恋人のジョブはただのお針子だそうだ..多分駆け落ちしてきたんじゃないか? そう言う事らしい」
「そうですか」
「それじゃ無ければ、勇者支援の少ない帝国に等来ないだろう、良いか? 勇者が帝国のギルドに居てくれる、こんなチャンスは二度とない、絶対に気づかれるなよ!」
こうして、私の高額報酬と家の夢は一日で終わりました。
だけど、金貨3枚って金貨60枚相当の査定をしているのと同じなのだから、文句は言えませんね。
「徹夜で査定したんだから今日は帰って寝て良いぞ! お金の引き渡しは俺がやってやる」
「それじゃ、お願いしますね」
流石につかれたな..今日は帰ったらすぐに寝よう。
デートの朝と動き出す者
「セイルお帰りなさい!」
昨日と同じ様にユリアは僕の胸に飛び込んできた。
今日のユリアはレモンの様な良い臭いがした。
多分、柑橘系の果物の皮を擦り付けていたんだと思う。
これもきっと僕を喜ばせる為だ。
「ただいま! ユリア今日も良い匂いがするね?」
「流石はセイルだね、今日はせっかくだからデザートに果物を用意したんだ..その皮をね絞った汁を塗ってみたの」
「だから、良い臭いがするんだね」
「うん、セイルって柑橘系の臭い好きでしょう?」
ユリアの頭の中には僕が好きな事が沢山入っている。
本当に凄い。
「まぁ、ユリアならどんな臭いをしてても好きだけどね!」
「まぁ、あの時は本当に二人とも臭かったよね?」
「うん、そうだったね」
部屋を見回すと本当に埃一つない。
料理は出来ていてデザートまである。
本当に出来た嫁、それ以外言えない。
本当は苦手なのに多分凄い時間を掛けて行っている事は良く解る。
だから息抜きさせてあげる事にした。
「今日は結構頑張ったんだ、沢山頑張ったから査定に時間が掛かるらしくてお金が貰えるのが明日の午後になるって」
「そうなんだ」
「だから、明日は仕事を入れられないから! 帝都見学でもしない?」
「そう言えば、まだゆっくり見て歩いた事が無かったよね! うん出かけよう!」
「そうしよう!」
「しかし、昨日はちゃんとお金が貰えたのに、今日は明日まで掛るって、また大物を仕留めたの?」
「うん、またバグベアーなんだけどね、ちょっと多く狩れたんだ!」
「やっぱり勇者って凄いんだね! 村じゃ誰も狩れなかったバグベアーを連日狩るなんて…流石セイルだよ!」
「家も買ったし、ユリアの為にも頑張らないとね!」
「セイル!」
「だけど、息抜きも大切だから明日は思いっきり楽しもう!」
「うん、そうだね!」
「ちなみに、こうやって男女で遊びに行く事をデートって言うらしいよ?」
「デート?」
「うん、仲の良い男女で楽しく一緒に過ごす事を言うんだって」
「それならデートだね」
二人で行きたい所を考えたけど、思いつかなかった。
よくよく考えれば村では遊ぶといってもただ一緒に居るだけで特に何もしていない。
初めての帝都見学だから、ただブラブラしようと言う事に決まった。
金貨28枚もそのままあるので、手元に置いておくのも何だか怖いので明日ギルドに18枚は預けてしまう事にした。
「もしかしてセイル眠れないの?」
「よく考えたら、こういうの初めてだったなと思って」
「村には娯楽は無かったしね、まぁお互いに気負いせず適当に見て回れば良いんじゃないかな?」
「そうだね」
「実はそういう私も眠れないんだけど…」
いつもしているように手を繋いで眠った。
気が付いたら眠っていた。
「おはよう、セイル」
僕がユリアの寝顔を見たのはトーマとの決闘した翌日1日だけだ。
一体何時に起きているのだろう。
僕が起きる頃には村にいる頃から水浴びを済まして服に着替えて食事が用意されている。
「おはよう!ユリア、いつ見ても可愛いね!」
「また、そんな事言って! セイルも恰好良いよ!」
僕はユリア以外の女の子に可愛いとか綺麗という言葉は使った事は無い。
また自分の容姿を褒められても嬉しくない。
だが、ユリアは僕の為にだけ可愛くする努力をしている。
そして、外見だけでなく僕の全てを愛して恰好良いと言ってくれるからユリアの声は心に響く。
「ありがとう」
「それじゃご飯を食べて暫くしたら出かけるんだよね?」
「うん」
きっと今日も楽しい日になる。
そう、僕は確信した。
【魔族領】にて
「今がチャンスなのでは無いか?」
「魔王様の復活まではまだ30年は掛るのだぞ?」
「だからこそなのですよ! 魔王様が復活さえしなければ強力な勇者は現れない、魔王様がいる時に生まれる勇者は恐ろしく強いわ!だけど魔王様が生まれていない時の勇者は別物よ..あれは勇者とは名ばかりの弱者だわ! 空の女王たる私なら簡単に倒せるわ」
「どうでも良い! 強かろうが弱かろうが勇者は全部俺が戦って殺す! この剛腕のアモンに掛れば簡単だ!」
「まぁ良い、こちらは四天王が既に揃っておる、1年も掛け軍勢を揃えれば良い、強い勇者が生まれない今こそがチャンスなのだ」
闇が動き出した。
デート..帝都で洋服を買った。
ユリアを連れて街に出た。
最初から僕は躓いていた。
ご飯を食べた後なのに、パンケーキという物を扱うお店に入った。
凄く柔らかい、パンケーキにトロトロのハチミツシロップにクリームが載ってくる。
これなら朝食が要らなかった。
だけどユリアは..すごく美味しそうに食べている。
「凄い、凄いよ! セイルこれ凄く甘くて美味しいよ!」
村じゃ砂糖を使ったお菓子ですら滅多に食べられない。
揚げパンに砂糖をまぶした物が普通は最高の物、偶に王都のお土産で神官や村長がお菓子をくれるのを除けばそんな物だ。
「うん、凄く美味しいね!」
こんな高級な物、村人じゃまず食べられないだろう。
二人で美味しく食べていると嫌な視線を感じた。
敵意では無い。
だけど、明かに嫌な視線だ。
目を併せると直ぐに目を反らす。
自分達が何か可笑しいのかな? そう考えて自分とユリアを見た。
ユリアも僕を見ているが、少し元気が無い。
そうか、解った。
服だ..よく考えて見たら僕らの服は村から着ていた物だ。
どう見ても質素で、周りから浮いている。
《最初に僕が気が付くべきだった》
折角の楽しい一日が最初から躓いた。
ユリアを連れてお店を出た。
ユリアが少し元気が無い気がする。
多分、服装に気が付かず食べていたのが恥ずかしかったのかも知れない。
僕はこういう所が凄く疎い。
自分に関して言うなら気にならないし、ユリアに関しては何を着ていても可愛いと思ってしまう。
だけど、此処は村じゃ無くて帝都だ、気を使うべきだった。
「まぁどんな服を着ていてもユリアが一番かわいいよ」
そう言うと急に明るい顔になった。
「セイルがそう思ってくれるならそれで良いや」
お金の受け取りにはまだ時間がある。
少しぶらつくのも良いかも知れない。
服か..しかし、凄いな村と違って色々な服を着ている人がいる。
「セイル..」
あの子の服なんてパンツが丸見えだし、あっちは胸が見えそうだ。
「セイル!」
あれなんて、殆ど下着、あれなんか裸に近いんじゃないかな?
「セイルってば!」
「痛っ!」
僕はユリアに足を踏まれていた。
「やっと気が付いた! 本当に信じられないよ、そんなに大きな胸やお尻が好きなのかな? じっと見たりして!」
「そんな事無いよ..ユリアより可愛い子なんて居ないよ」
「嘘! 私が話しかけても気が付かない位、女の子見てたじゃない? まぁセイルも男の子だから解らなくないけどさぁ、2人の時は辞めてよ」
「そんな事してないよ」
「嘘ばっかり、別に怒ってないから良いんだけど..」
と言いながら、ユリアは「私怒ってます」そうとしか見えない。
「本当に女の子なんて見てないから」
「まだ言うんだ、もう良いよ」
「信じてくれないの?」
「鼻の下伸ばしたセイルなんて信じられない!」
どうやら、ユリアのコンプレックスに触れてしまったみたいだ。
ユリアは胸が小さくお尻が小さい。
僕は大きな胸より本当にユリア位の大きさが好みなのに、大きな胸を見たりすると機嫌がちょっと悪くなる。
「だったら、嘘じゃないって証明出来たら、何かしてくれる?」
「良いよ? そうしたら、セイルの言う事なんでも一つ聞いてあげる!」
「絶対だからね!」
「良いよ!」
本当にユリアは学習しないな..これで何時も痛い目に遭っているのに。
僕はユリアの手を引っ張って洋服屋さんに来た。
「洋服屋さんがどうかしたの?」
「良いからさぁ」
王都あたりだと特注品が多いが、帝都だと大量生産品を置いているお店もある..実際にこうして触って見たり着たりしながら買えるお店も市民層には人気がある。
「ここに来たかったの?」
「うん、さっき見てたのは女の子のじゃなくて洋服だよ! 僕は余り服とか解らないから見ていたんだ!」
「そうか、服、洋服ね、あはははっそうか、ごめんねセイルまた誤解しちゃった」
「うん、良いよだけど約束は約束だからね! 一つ言う事はきいて貰うからね?」
「お手柔らかにお願いします!」
「だーめ! それはそうと洋服を買おうよ」
「だけど、私もずうっと村に居たからどんなの着れば良いのか解らないよ?」
二人で見ていたけど、どれを買えば良いのか解らない。
あっちで此方を睨んでいるお姉さんに声を掛けた。
「あの、すいません、服が欲しいんですが選んで頂けますか?」
「それは構いませんが、新品の服は高級品ですよ? 古着の方が良いと思いますが!」
《貴方達の様な田舎者に買えるような服は此処にあるわけ無いでしょう》
「そうですか..一人金貨1枚ずつの予算じゃ足りないですか?」
「金貨…充分足りますよ、嫌だなそんな予算頂けるなら充分すぎますよ、お嬢さんのは私が見るとして..おーいジョージこっちのお客様を見ておくれ、予算は金貨1枚で数着お願い」
「金貨1枚..解りました。腕によりを掛けて選ばせて頂きます!」
「うわぁ、セイル本当に王子様みたい!」
「そういうユリアも可愛いよ」
「当店の服は帝都では人気がありまして、貴族の方でも普段着に着る方もいらっしゃいます..これなら貴族の居住区を歩いても恥ずかしくありません」
「助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
「ついでに、服の追加もお願いしして良い?」
「他にもお求めですか? 喜んで!」
「それじゃ耳を貸して下さい..」
「はい、お嬢様の採寸は済んでいますから、大丈夫です..ご予算は、えっ同じく金貨1枚解りました用意します!」
「あの、セイル..何を買うの?」
「見てのお楽しみ」
「準備できました..これで如何でしょうか?」
凄いとしか言えない服だった。
パンツが絶対に見えるミニスカートのワンピース。
スケスケの生地で下着が丸見えの服。
胸元が大きく開いて胸が見えてしまうシャツ。
他にも下着があるけど..透けてしまってこんなの着たら大切な所が丸見えだよね。
しかも、可笑しな事に一番隠さなくていけない場所に穴が開いている。
もしくは凄く隠す面積が小さくて下着の意味がないような気がする。
「あの、セイルこれは何かな?」
「ほらっさっき、言う事一つきいて貰える約束をしたじゃない? 家にいる時だけで良いから..着て」
「セイル流石にこれは恥ずかしいよ?」
「だけど、約束したよね?」
「だけど、だけどね..これは流石に..ね!」
「さっき信じて貰えなくて悲しかったな..」
「はぁーっ解ったよ、約束しちゃったから仕方ないね..うん着てあげるよ!」
「ありがとう..それじゃ今夜から宜しく」
「うん..本当に恥ずかしいけど良いよ..約束だもんね..」
《セイルは本当に私が恥ずかしがるの見るの好きだよね..セイルがこの仕草が好きだから恥ずかしそうにしているけど..本当は違うんだよね..セイルがして欲しいなら、外は流石に嫌だけど「家では裸で過ごして」って言われても出来るよ..まぁ恥じらっている私を見るのが好きなセイルには内緒だけどね》
僕たちは金貨3枚を払うとギルドへと向かった。
洋服は今着替えた物を除き家に送って貰った。
ギルドにて
ギルドに来た。
何だか注目されている気がする。
《あの新人がバグベアーを連続狩った奴か?》
《線が細くて綺麗..どこかの騎士の家系の人かな》
「何だか凄く注目されているね!」
「ここ暫くバグベアーを狩っていたからじゃないかな?」
「確かに大物を狩ってればそうなるね!」
多分、それもあるけどセイルの外見も絡んでいると思うな。
受付に並ぼうとしたら、受付嬢が声を掛けてきた。
「セイル様は並ばないで大丈夫です! 奥でギルマスがお待ちですのでそのままお入り下さい!」
《あれが勇者様、やっぱり他の冒険者とは違うわね…だけどコブツキなのよね..はぁー》
カウンターから奥に入った..あれ、なんでセイル様なんだ。
まぁ良いか?
「よく来たなセイル! まずは報酬を渡そう、と言いたいが現金は流石に無いんだ、ギルドの口座扱いで良いか?」
「構いません、元から預けるつもりでしたから」
「流石に帝都のギルドでも金貨3199枚は厳しいからな!まぁバグベアーの素材は商会が買ってくれるから儲かるんだがお金が貰えるまで時間が掛かるんだ」
「追加でこの金貨18枚も預かって貰えますか?」
「勿論構わないぞ、一応スズメの涙だが年間1%の利子がつくからなこの位の金額を預けるとまぁ遊んで暮らせるな」
「それじゃ、僕とユリアの共同名義にして貰う事は可能ですか?」
「勿論、パーティーの共有財産として置けば大丈夫だぞ」
「それじゃ、それでお願い致します」
「あの..セイル、さっきから金貨3000枚とか何の事かな?」
「ユリア、昨日セイルはバグベアーを106体狩ってきたからそのお金だ」
「流石セイル、勇者..あっごめん」
「ユリア、セイルが勇者だって事はギルドの職員は全員知っている」
「知っているんですか?」
「まぁな..セイルも銅級、次は銀級だからそれなりに調査もする、だが安心して欲しいこの事は貴族も含んで口外する事は無い」
「それは助かるけど良いのでしょうか?」
「お針子と勇者、そして勇者の特権が殆ど無い帝国..そこから考えるなら訳ありしか考えられないな! 大方駆け落ちでもしてきたんだろう?」
「そんな所です」
「安心しろ! 此処帝国は勇者の特権は少ない、その代わり勇者の義務も無い、自由に生きて良いんだぜ! そして強ければ尊敬される!それだけの国だ、頑張れば只の街人でも貴族になれる国、それが帝国だ!」
「それは素晴らしい国ですね」
「まぁな..話は変わるが、セイルお前の実力なら本来はミスリル級だ、だがお前は1種類しか魔物を倒してない..だから今回は昇級は無しだ」
「帝国だと階級に関係なく仕事が受けられるから別に昇級しないでも構いませんよ」
「まぁ確かにそうなんだが、上に成れば沢山の特典があるんだぞ」
「その代わり義務もあるんでしょう?」
「まぁな」
「僕は2人で面白可笑しく暮らせれば良いんだ…危ない思いする位なら銅級で充分です」
「あのよ..バグベアーをあそこ迄、狩れる奴が危険な事なんかザラにはねぇよ」
「そりゃ安心ですね」
「そんな奴が危ないなんて事になったら全員が死んでしまうさ」
そりゃそうだ、僕も虫の勇者になる前ならバグベアーにあったら死しか無かった。
「セイル、俺はお前をセイル様とは呼ばない、勇者だからといって特別扱いしないで普通の冒険者として扱う..その代わり義務を果たせとも言わない..それがお前にとって過ごしやすいんじゃねぇか?」
「確かにその通りです」
「それじゃ、セイル頑張れよ!」
「はい」
「良い人だったね!」
「まさか勇者ってバレていると思わなかった」
「それでも普通に扱ってくれるって..だけどセイルはそれで良かったの?」
「うん、僕は何時も言うけど、ユリアと楽しく暮らせればそれで良い」
「だけど、勇者になれば何でも欲しい物が手に入るんだよ!」
「僕の欲しい物はユリアしか持ってないからな..」
「もう答えが解っているよ..私自身は確かに私しかもって無いもんね!」
「そうだよ、僕の欲しい物はユリアしか持って無いんだから他の誰からも貰えないんだよ」
《そんな物とっくに全部あげちゃっているんだけど》
「それじゃ、これからも沢山、沢山あげるからね」
「うん、楽しみにしている..特に今晩は凄く楽しみだ」
「あっ..そうだね..あれ着なくちゃいけないんだ」
「そうだよ」
「セイルも男の子だったんだね..」
「まさか幻滅した?」
「してないよ..セイルだもん」
結局、ギルドで時間が掛かったからもう夕方になっていた。
ギルマスから、ミノタウルスのステーキが絶品だって聞いたので帰りに二人して食べた。
初めて食べたミノタウルスのステーキは頬が落ちるほど美味かった。
夜の出来事!
家に帰ってきた。
ここからが私の勝負だ。
「今日はセイルがお風呂に先に入って」
「解った」
この後に「背中流してあげるね!」って何度入ろうと思ったか解らない。
だけど、セイルの私のイメージがあるから出来ない。
セイルの私のイメージは「清楚で身持ちの固い女の子」になっているけど、本当の私は違う「セイル限定のビッチな女の子」だ。
セイルって凄く良い臭いがするんだよ! 洗濯の前にセイルの服に包まれてみたり、色々臭いをかいだり思わずしちゃう。
セイルだったら何時押し倒されても良いし、嫌わないで貰えるなら自分から進んでそういう事もしても良い。
嫌わないで貰えるなら「押し倒したい」何時もそう思っている。
だけど、「清楚で身持ちの固い女の子」のイメージが邪魔をする。
「それを崩した時に嫌われるかも知れない」そう思ったら、出来ないよ。
それじゃ、最初からビッチだったら..多分今頃セイルはミランダの物になっていたかも知れない。
ミランダは胸も大きしいお尻も大きい..それなのに痩せている。
セクシー、ビッチ、そこでの勝負なら勝ち目は無かったと思う。
胸が小さく、お尻が小さい、ずん胴女の私は「清楚」で勝負するしか無かったんだ。
村でのあの日が忘れられない。
セイルが私をトーマから取り戻してくれた日は凄く盛り上がった。
なのに..それから進展が無い。
あの時一緒に水浴びまでしたんだから、そのまま習慣化してしまえば良かったのに、その後、躊躇したら元に戻ってしまった。
本当に私は馬鹿だ..
だけど、今日はこれがある。
セイルが自ら買ったこの服がある。
これはセイルが自ら買った物だ..つまり、着てても問題ないし、それ所か運が良ければセイルを悩殺出来るかも知れない。
久しぶりのチャンスだ。
《どれを着ようかな?》
一番破壊力のあるのは、スケスケの生地で下着が丸見えの服+スケスケで穴が空いた下着だ。
だけど、これは卑猥すぎるような気がする。
あくまでこの服を着るのは「本当は恥ずかしいけど、約束だから我慢して着る」そういう女の子だ。
そんな女の子がこの組み合わせを選ぶだろうか?
絶対に選ばないよね。
そう考えると、「パンツが絶対に見えるミニスカートのワンピース」か「胸元が大きく開いて胸が見えてしまうシャツ」のどちらかにスケスケの下着辺りが無難だ。
悩んだ末、私が選んだのは「パンツが絶対に見えるミニスカートのワンピース」とピンクのスケスケのパンツだ。
これなら「恥ずかしながら我慢した」そう見える組み合わせだと思う。
うん、これが良い。
「ユリア、お風呂空いたよ!」
私は他の服をかたずけると今夜の武器を手に持ってお風呂に向った。
何時もより念入りに髪を洗い、体も念入りに隅々まで洗った。
《これで完璧よね》
実際に穿いてみると..凄いわこれ..
「セイル、お待たせ!…って寝ているし」
人がこれだけ悩んだのに、呑気に寝ちゃって、全くもう!
引っ叩いて起こそうかと思ったけど、そうか、そうだよね…
セイルが疲れていない訳がないよね、帝都に来てから冒険者になって、私の為に頑張ってくれたんだ。
疲れてない訳無い。
この部屋に、服、村では食べれない、お菓子に凄く美味しいお肉。
セイルは物には執着しないから..これ全部私の為の物だ。
私の為だけに頑張ってくれたんだ..勇者のセイルが。
お姫様でもなく、聖女でもない、ただの村人でお針子の私の為に..
だったら、こっちに着替えよう..
私は「スケスケの生地で下着が丸見えの服+スケスケで穴が空いた下着」に着替えた。
多分、これがベストな筈だ。
そして、セイルの頭を胸に抱きしめるようにして眠った。
明日..セイルは驚くだろうな、うん楽しみだ。
…….眠れない..
……眠れない..
眠れるわけ無いじゃん! 思わず勢いでやっちゃったけど、スケスケの服を着て胸にセイルの頭押し付けちゃっているし..
そこにセイルの息が..胸にあたるんだよ!..ヤバイって..これ!
こんなんじゃ..不味いよ..鼻血が出てきた..だけど手はセイルの頭の下だし、嘘セイルに抱きしめられちゃったよ、逃げられない..
どうしよう? 凄く幸せだけど、眠れないし不味いよ..
まぁいいや、うん今は凄く幸せなんだから、後の事は後で考えよう…私は欲望のままセイルの頭を抱きしめた。
頭が冷たい..僕は頭に手をやった、手に着いた液体は..
血じゃないか、僕は怪我したのか何があったんだ!
あれっ、ユリア..僕を抱きしめてくれていたんだ。
せっかくセクシーな服着ているのにこれじゃ台無しだな。
僕はベッドから抜け出してタオルを濡らしユリアの顔を拭いてあげた。
しかし、一番凄いのを着てくれるとは思わなかったな..まぁ鼻血だして涎を垂らしてちゃ台無しだけど。
多分、ユリアは気が付いて無いと思うけど、僕の一番好きなユリアはこの間抜けな感じのユリアなんだ。
これは僕だけが見る事が出来るユリアだ..凄く可愛い。
「お休み、ユリア」
僕はユリアにキスをすると腕枕をして抱きしめるようにして寝た。
虫
あれっ?
嘘、私セイルに抱きしめられている..
可笑しいな? 私がセイルを抱きしめて寝た筈なのに。
凄く、嬉しいしこのままでいたいけど、朝ごはん作らないと..うーんどうしよう?
結局、私は誘惑に勝った。
《ハァハァ、ゼイゼイ…本当に僅差だけど》
そのまま起きて、今日は野菜と肉の入ったシチューとパン、果物を用意した。
失敗した物は..私のお昼だ。
そのまま、セイルのお弁当作りに入る。
せっかくなので、この間食べたパンケーキに果物にした。
勿論、水筒にはレモン水をいれた。
たった、これだけの用意に4時間も掛かる自分が恨めしい。
手際の良い人なら1時間、普通の人でも2時間とは掛からない。
《手際が良ければあと2時間はセイルに抱きしめて貰えていたのに…》
セイルには清潔感のある私を見て貰いたいから、軽くお風呂に入って..あっ!
着替えなくちゃ駄目じゃない…これ汗かいているから。
お風呂に入って汗が引いた後、私が着たのは「パンツが絶対に見えるミニスカートのワンピース+スケスケの下着」だった。
「セイル、おはよう!」
「うん、ユリアおはよう! 着替えちゃったんだ!」
「うん、流石に恥ずかしいからね..これでも結構恥ずかしいんだから」
「恥ずかしがっているユリアも可愛いよ!」
「全くもう! そういう事を言うのはセイルだけだよ」
「そんな事無いよ」
「だけど、セイル..寝ている間に見たでしょう?」
「うん、見たよ、凄く可愛かった」
「….」
《今、考えて見たら、私鼻血だらけだった筈、服にはしっかり鼻血が付いていた..嘘、私鼻血をセイルに拭かれちゃったの?》
「どうかしたの?」
「何でもない、何でもないよ!」
スカートから見える下着がなかなか可愛い。
ユリアの下半身に目が釘付けになりながら、ご飯を済まして出かけた。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
今日のユリアはモジモジしていてキスを忘れていた。
実はこのモジモジも作られた物だって知っている。
だけど、僕が喜ぶために頑張ってくれる…その事が凄く嬉しい。
今日からはお金に余裕が出来たので、自分の力の研究に時間を使おうと思う。
ギルドに入ると掲示板を見てみた。
「暫くの間バグベアーの買い取り額が金貨5枚になる」と書いてあった。
という事は討伐で15枚+5枚=20枚..100も狩れば金貨2000枚になるのか、もう一度位狩っても良いかも知れない。
「セイル様はこっちです」
中に入るとセシルさんが声を掛けてきた。
「セイル様は既にサロンの利用の許可がおりましたので、今度からはこちらにお越し下さい」
「サロンって何でしょう?」
「上級冒険者用の個室です、依頼表を剥がさなくても此処で閲覧しながらゆっくり選べます」
「凄いですね、紅茶にお菓子まであるんですか?」
「はい、有料ですが食事も可能です、それで今日はどういった依頼をご要望ですか?」
「虫以外の魔物でバグベアーより弱い魔物の討伐と、虫の魔物の分布が解る資料はありますか?」
「この辺りに居る魔物は塩漬けになっている物を除けば大体がバグベアーより弱いですよ..金貨15枚の魔物より強いのが沢山居たら怖いですよ」
「その割には東の森には沢山居ましたが」
「あそこは本来は未熟な冒険者は入らない場所です」
「そうですか?」
《まさか、本当に狩るとは思って無かったのですが》
「はい、ですからセイル様の実力なら龍種にでも遭わなければ大丈夫です..あと虫の魔物について書いた図鑑はありますが、手書きなので高いですよ?」
「どの位でしょうか?」
「金貨3枚位です」
「それ位なら、買わせて頂きます、僕の口座から引き落として下さい」
「はい畏まりました」
今日は依頼を受けずにギルドを出た。
案外、常時依頼も多いのでそれで充分な気がする。
今日は目当てが居ないので、虫の図鑑の分布図を見ながら森に入った。
まず、最初はただの虫だ。
ドラゴンビィーの他に好きな虫と言えばギルダーカマキリだ。
その辺りの虫が居たら見てみたい。
虫の勇者になってから虫を余り見かけなくなった気がする。
何だか避けられている気がするので、その辺りから知りたい。
森の中に居るのに何故か虫に出会わない。
少し歩いてようやく蜘蛛を見つける事が出来た。
イエロースパイダー、お腹の部分が黄色い良く居る蜘蛛だ。
暫く見ていると、なんだか相手の考えが浮かんできた。
《殺さないでくれ私は中立です》
何故か殺されると思っているらしい。
そして、中立とは何だろうか?
「殺したりしないから、少し教えてくれないか?」
《それなら..》
どうやら、僕は彼ら虫には大きなドラゴンビィに見えているらしい。
そして中立とは、邪神側にも虫神側にもついていない虫の事を言うという事だ。
「僕は虫神様から「虫の勇者」というジョブを貰ったんだ、だから攻撃されない限り虫は殺さないよ」
《それは助かる、だけど虫の勇者という割には随分、蜂よりな気がするな、そうだ、試しに蜘蛛の能力(スキル)も覚えてみてはどうだ》
「そんな事出来るのかな?」
《解らないが、「蜂」じゃなくて「虫」なんだろう? 見せてやるから、とりあえず見てみれば?》
「それじゃ、お願いしようかな?」
イエロースパイダーはお尻から糸を出して飛ばした。
そして、その糸を絡げて巣を作っていった。
そして、僕の目の前で巣を素早く走って見せた。
(頭の中で鐘がなった様な気がした)
《まぁ、こんなもんだ》
お尻から糸を出すのは嫌だな..考えて見ればドラゴンビィの針はお尻から出ていた、だけど僕は剣という形で出していた。
他から出す事も出来るんじゃないか?
結論から言うと出来た、指先から糸を出す事が出来たし、気のせいか素早くなった気がする。
「有難う」
《成程、「虫の勇者」とはよく言ったもんだ》
「どうかしたのか?」
《いや、今のお前..じゃなかった、勇者の姿は蜂の他に蜘蛛にも見えますよ》
「そう?」
《ああっ、蜂の為だけでなく、虫全体の勇者、そう言う事だと思う..まぁ、魔王が居ないから関係ないが》
「魔王? 虫の勇者にも魔王は関係しているのか?」
《ああっ虫神様は自分の信者を邪神に取られたから、倒す気では居ましたが…》
「何かあるのか?」
《いや、勇者のお前には言いにくいが、対抗できる者を作れなかったんだ..魔王も邪神も相手にして居なかったよ!》
「何故?」
《最強の勇者のジョブを貰っても、邪神にただ仕えた芋虫、ジャイアントキャタピーにすら勝てないんだ..相手にする必要も無い、そう思ったんだろうな》
「その割には前にジャイアントキャタピーと会った時には敵対されなかったけど!」
《邪神側の虫も普通は平和に暮らしてます、魔王が復活するか魔族と一緒じゃ無ければジャイアントキャタピーなら襲って来ないでしょう..我々蜘蛛と違って 草をむしゃむしゃ食べてれば幸せな奴らですからね》
「成程、「虫の勇者」の立場だと邪神側の虫は倒した方が良いのかな?」
《虫神様には悪いですが、同じ蜘蛛の中で邪神を信仰しているブラックスパイダーがおりますが、相手にしてないと言っていましたよ..》
確かに相手にはならないかも知れない..ケインビィを弔った時に大きさを見たけど10?位だった。
相手にはならない筈だ。
「それなら、こちらも相手にしないようにすれば良いのかな?」
《肉食の物もいますから、様子を見て決められたら如何でしょうか? 実際に私も蝶や羽虫を食べますからな》
「色々教えてくれてありがとう」
《いえ、私も貴方が蜂よりでなく、良かった》
話せるだけで、僕には「他のイエロースパイダー」との違いは解らない。
次会った時に他の虫と区別がつかない。
お礼は今返した方が良いだろう。
僕は、今教わった糸を小鳥に発射してみた。
運良く糸は絡まり小鳥が落ちてきた。
ナイフで小鳥を殺して、イエロースパイダーにあげた。
イエロースパイダーは肉食で小さな鳥も食べる。
「これはお礼です」
《おおっ、随分律儀なんだな、頂きます》
やっぱり虫には避けられていたのか。
その後、虫を探してみたが、蟻の仲間のグリーンアントしか見つからなかった。
イエロースパイダーの様に驚かすと申し訳ないので隠れて見ていた。
やはり、さっきと同じ様に頭の中で鐘が鳴ったような気がした。
気のせいか、体が力に満ちたような気がした。
これはグリーンアントの能力が身に着いた、そう言う事なのか?
グリーンアントは怪力と強力な顎を持っている事だ。
さっきの要領で手に集中すると手が顎のような形に変わった。
近くの木を挟んだらあっさり切断できた。
この姿なら、グリーンアントに話しかけても怖がれないだろう。
「ちょっと良いかな」
《すまない、俺は働き蟻なんだ、サボっているとどやされてしまう》
「それじゃ..これを上げるから少し休んで話をして欲しい」
僕はパンケーキの欠片をあげた。
グリーンアントは蟻の仲間だから甘い物は好物だろう。
「これだけ巣に持ち帰れば、問題無い..話を聞こうじゃないか?」
「虫の勇者について知っている事があったら教えて欲しい」
《成程、虫神の使いか? なら、蟻とカマキリの魔物にあったらすぐに戦う事だ..他にも好戦的な奴はいるがこの2種類は力に溺れている》
それ以外の情報は重複していて特に新しい事は無かった。
折角、新しい能力が手に入ったのだから試してみたい。
勿論、相手はバグベアーだ…
僕の命の恩人、ケインビィやビィナスホワイトを国を壊したのは此奴の仲間だ。
僕は此処からまた東の森に向った。
最早、バグベアーは敵では無かった。
バグベアーの攻撃をそのまま受けても少し痛いだけだった。
「ウガァァッァァ」
組み合ってみても力負け所か放り投げられる。
《何だ、これ、こんなの何体居ても負ける気がしない》
手を顎に変えてしまえば、その顎で腕は簡単に切断できる。
糸で絡めれば簡単に動きが止められる。
これじゃ一方的に蹂躙出来る。
ユリアとの楽しい生活の為に今日も詰め込めるだけ狩った。
報酬は下がってしまったが、それでも大金が手に入るんだ頑張ろう。
レベル
冒険者ギルドに帰ってきた。
サロンの利用が可能という事だったが、今回も数が多いので倉庫の方が良いかも知れない。
「セイル様、お帰りなさいませ!」
帰ってくるなり、セシルさんから声が掛かった。
今行っている仕事は横の受付の子に引き継いでいるのだろう、話し合っている。
それが終わると直ぐにこちらに来た。
「今日も討伐ですか? そうしましたらサロンの方に行きましょう」
「また数が多いので倉庫の方でお願いできたら」
「数が..多いのですか?」
「はい!」
「……どの位?」
「多分、また100近くあると思います」
「100ですか?」
「はい」
「すいません、ギルマスを呼んできますので、先に倉庫に行って貰えますか?」
「解りました」
来る前に出しておいた方が親切だ。
バグベアーを全部袋から出して置いた。
一応数も数えて置こうかな?
102体だ、まぁそんな物だろう。
暫く待っていると向こうからギルマスとセシルさんが歩いてきた。
「いや、幾らセイルが勇者でも100体となれば大変だ大方、ゴブリンや良くてオークだと思うぞ」
「ギルマス..あれっ!」
「また、バグベアーだと!」
《冷静に話さなければ..》
「セイル、凄いな、またバグベアーを狩ってきたんだな」
「はい、居場所も解るし簡単に倒せて実入りも良いので重宝しています」
《簡単に倒せるだと..》
「そうか、そうか、簡単か! それでそれはどの位の時間で狩ってきたんだ?」
「半日位ですね」
「凄いな」
《1体倒すのに 銀級冒険者が3人でも危ない、1人で倒すなら金級じゃ無いと危ないんだぞ》
「そうでも無いですよ? コツさえ掴めば簡単です」
《勇者だから強い..それだけじゃ説明がつかないな、セイルは15歳だ勇者になって間もない、幾ら勇者でもまだレベルも低いはずだ、天狗になった勇者が冒険者や騎士に倒される話は良く聞いた「しかも今は魔王が居ない」なら勇者でも低い能力の筈だ》
「多分、もうミスリル級の力はあるな! だが1種類の魔物を狩っただけじゃ昇級は出来ない、次は他の物を狩ってきてくれ」
「解りました」
「あとよ..もうセイルはバグベアー禁止だ」
「そんな..」
「セイル、東の森にバグベアーがどれ位居るか知っているか?」
「500位ですか?」
「半年前で250体だ、だがお前が200体も狩っちまったんだもう50体前後しかいねーよ」
「それじゃ、残りを狩ってお仕舞にしますか」
「それじゃ困るんだ、金級の昇級試験にバグベアーの単独討伐やパーティーの銀級昇級に4人以下でバグベアーを倒すという物があるんだ…悪いがこれ以上は辞めてくれ!」
「それじゃ仕方ないですね」
「すまないな! それで今回も査定に時間が掛かるからまた明日の午後にでも来てくれ、それで、セイルはどの位のレベルなんだ?」
「レベルって何でしょうか?」
「お前、レベルも知らないのか?」
「はい」
「レベルって言うのは自分の能力を数値化した物だ、オーブで調べられるぞ」
「それって記録に残るのですか」
「残らない、自分で見えるだけだ..そうだな本来は1回銀貨3枚だが今回は無料にしてやる..後で調べてみると良い..セシル頼んだぞ」
「解りました」
セシルに連れられてオーブの間に来た。
「私は外に出ていますから、そのオーブに手を触れて下さい、そうしたらオーブに今の貴方の能力が浮かび上がります」
「有難うございます」
僕は言われた通りオーブに触れてみた。
出てきた情報は。
セイル
レベル 6
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント
HP ????
MP ????
力 ????
耐久力 ????
器用 2200
俊敏 ????
魔力 ????
殆どが解らない、これはきっと「虫の勇者」だからかも知れない。
流石のオーブも「虫」までは網羅していなかったのだろう。
また、力や能力は人間と虫では計算が違うのかも知れない。
バグってしまうのも仕方ない。
まぁ基本情報が解っただけ良しとするしか無いな。
後は、自分の中で自分の能力を把握するしか無いな。
「どうでしたか? セイル様のレベルは?」
「6だったよ」
「レベル6バグベアーがあれ程狩れるのに6ですか?」
「他の人の能力って知る事は出来るんですか?」
「本来は秘匿ですが、元金級冒険者の方と元ミスリルの冒険者たちが公開した物を販売しています 銀貨1枚です」
「その方達はどうして販売しているのですか?」
「もう引退しましたので能力を知られても問題が無いのと、どの位の力が金級やミスリル級で必要になるのか指針を知る為に需要があるので..まぁ本音はお金ですね」
「それじゃ、それを買います」
「用意します」
「能力表」を受取ると僕は冒険者ギルドを後にした。
ステータス
ギルドを出て近くのカフェで能力表を見てみた。
書いてあるのは3名分だった。
これは上を目指す冒険者がどの位まで鍛えれば良いのかその一つの指針になる物だ。
ロードマン 金級
レベル 38
ジョブ 騎士
ギフト 剣の才能
固有スキル 無し
スキル 切断 なぎ倒し
HP 380
MP0
力 280
耐久力 300
器用 85
俊敏 180
魔力 0
ゴードン 金級
レベル 42
ジョブ 上級魔法使い
ギフト 黒魔法の才能 白魔法の才能
固有スキル 魔力軽減
スキル 無詠唱
HP 160
MP380
力 140
耐久力 80
器用 200
俊敏 85
魔力 280
呪文は秘匿させて頂きます。
ユーラシア ミスリル級
レベル 68
ジョブ 聖騎士
ギフト 剣の才能 聖魔法の才能 加護
固有スキル 聖なる裁き
スキル 詠唱省略 聖なるいぶき。
HP 740
MP600
力 630
耐久力 600
器用 165
俊敏 360
魔力 480
呪文は秘匿させて頂きます。
それに対して自分の能力は下のように表示される。
色々とおかしな点があるが、それも狂いなのかも知れない。
レベル 6
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント
HP ????
MP ????
力 ????
耐久力 ????
器用 2200
俊敏 ????
魔力 ????
まずHPだが?が4つある事から4ケタの可能性が高い。
ミスリル級のユーラシアが740と言う事は1000位の可能性が高い。
虫の勇者だけでなく虫の聖人とある、これはもしかしたら聖女の男版だと想像がつく、恐らくビィナスホワイトがその能力をくれた可能性が高い。
そう考えるとMPも聖騎士を基準に考えると?が4つあるから1000はある筈だ..
バグベアーを金級がようやく倒せるそう考えたら..数倍は強いのかも知れない。
良く解らないが、比較するとやはり1000以上で間違いないだろう。
レベル 6
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント
HP 1000
MP 1000
力 1000
耐久力 1000
器用 2200
俊敏 1000
魔力 1000
最低でもこの位はある筈だ、そう考えたら、レベル68のミスリル級の聖騎士を超えている時点でもう気にする必要は無いだろう。
しかも、僕はまだレベル6なんだまだまだ成長途中だ..まぁ合っているかどうかは全く解らないが知る方法が無い。
見るだけ無駄なので..
レベル 6
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント
だけを覚えて置き
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント
の追加だけして置けば充分だろう。
それ以外実際に知る方法は無いのだから仕方ない。
図鑑?
ドラゴンビィ
顔がドラゴンに似た蜂。
小さな体の癖に獰猛で小型の鳥すら捕食する。
熊や人が襲ってきてもひるまない。
この世界に生息するハチ類の中で最も強力な毒を持ち、かつ攻撃性も高い非常に危険な蜂である。
この蜂が持っている毒の半分で小型の哺乳類なら絶命する。
毒針のほか、強力な大顎で相手を噛むことで捕食対象を攻撃する。
時速約60kmで飛翔し、狩りをする時は1日につき約200kmもの距離を移動できる。
天敵はバグベアー等、針を通さない強靭な皮膚を持つ者。
セイルが一番好きな虫で、セイルは良く騎士に例え妄想している。
イエロースパイダー
成体の体長は雌で35~70mmなのに対して、雄は小さく雌の半分以下である。
形はほぼ同じで、腹部は幅の狭い楕円形で歩脚は細長い。
成熟した雌の腹部には幅広い黄色と黒の縞模様がある事が名前の由縁。
造網性のクモで、垂直円網を張るが、その構造は特殊で、通常のそれより複雑になっている。
また意外な事に巣を持つ蜘蛛の割には動きが素早い。
視覚はあまりよくないため、巣にかかった昆虫などの獲物は、主に糸を伝わる振動で察知する。
獲物は毒などで動けないよう処置をされたあと、糸で巻かれて巣の中央に持っていかれ吊り下げられ、数日間かけて随時捕食される。
獲物はドラゴンビィや小鳥迄その獲物は多岐に渡る。
グリーンアント
成体の体長は35~100mm (100?は女王アリ)
体はおおむね円筒形で細長く、頭部、胸部、腹部のそれぞれの間がくびれ、大きく動かす事ができる。
体色はその名の通りグリーンの綺麗な色をしている。
頭部には大顎が発達し、餌をくわえたり外敵に噛みついたりできる。
一番の特色はその力、自重の35倍もの大きさの物をくわえ巣まで運ぶ事が出来る。
ギルダーカマキリ
成体の体長は雌で150mm 雄は小型で80?。
緑色の姿は葉の間に良く擬態している事が多い。
昆虫界の暗殺者ともいえ、擬態した状態からの奇襲攻撃を得意としている。
その獲物にはドラゴンビィも含まれる。
但し、奇襲特化型であり、強い甲殻を持たない為奇襲に失敗すると逆に捕食されてしまう。
特徴は他のカマキリと同じ様に手が鎌のようになっている。
性格は獰猛で人間が手でつかむと鎌の様な腕で攻撃してきて噛みついてくる。
それを見た大昔の人は「蟷螂の斧」と虚しい事の例えとされているが、セイルは「カマキリから見た人間はドラゴン以上に大きく見える」だろうと考え、その姿を強大な敵に立ち向かう暗殺者のようでカッコ良いと思っていた。
【閑話】 狂った信仰
遅すぎます…何故勇者様はまだ王都に来られないのだ。
教皇ヨハネス3世は苛立っていた。
もうとっくに王都に到着しなければいけない勇者がまだ来ない。
しかも、何かあってはならないから、ユダリア司祭に連絡して後から聖騎士4名を追うように王都へ向かわせるように頼んだ。
普通であれば途中で聖騎士が見つけて保護してこちらに来る筈だ。
だが、先に王都にその聖騎士がついてしまった。
恐らく途中ですれ違ってしまわれたのだろうか?
だが、それにしても遅い。
これは緊急時だ「神託」をする必要があるかも知れない。
【女神サイド】
何が起こっているのでしょうか?
勇者誕生の喜びの祈りが届いてきます…私は勇者のジョブを今は誰にも与えていません。
このジョブは魔王が復活しない限り与えてはいけない事になっています。
例外としては大きな危機に瀕した場合に制限付きで与えます。
なのに、勇者誕生の祈りが届くのです。
《何が何だか解りませんね》
しかも、神託が来ています。
教皇をはじめ、凄い数の…
「女神イシュタ様、貴方が遣わせた勇者が行方不明になりました…何か解りませぬか」
私は勇者を遣わせてなど居ない..事情を聞く必要がありそうです。
《その勇者とは何者なのでしょうか?》
詳しく事情を聞いてみれば、何故か無能を勇者と勘違いしているようです。
ですが、これはチャンスです。
私は「成長した素晴らしい無能と話してみたい」そういう夢があります。
このまま彼が殺されず年老いて死ねばその夢が叶うかも知れません..
名前がセイル…ならば..
「イシュタ様?」
《その者は勇者ではありません?》
「勇者では無い? それは偽物という事でしょうか?」
《それも違います…正確には過去の勇者です!》
「過去の勇者? それはどういう事なのでしょうか?」
《その昔、同じセイルと言う名前で銀髪の勇者が居ました..その者は生まれ変わる度に世界を救いました》
知るも何も世界を何度も救った気高い方..魂をすり減らしながらも戦ったという聖人中の聖人じゃないですか?
「知っております、その御方を知らない者などおりません」
《その者は勇者として戦い、生まれ変わり何度も世界を救った、それなのに1度も幸せにはなっていません..しかも普通に生きて欲しいから猟師にしても魔族に戦いを挑み死んでしまった》
猟師になっても魔族に戦いを挑み..幹部に手傷を負わせた。
子供の頃に何度親にせがんで読んで貰ったか解らない。
「その伝説のセイル様と何か関係があるのでしょうか?」
《勇者として戦い、何度も世界を救った人間が幸せを得られていない..愛も知らなければ、悲しみしか知らない、それが悲しい、だから私は彼の魂を転生させました..普通の人間として転生させたのですが..元勇者だったので何か反応がでた物と思われます》
「それでは、今の勇者では無く..伝説のセイル様、そういう事で宜しいのでしょうか?」
《そういう事です、最も彼にはその記憶は無いでしょうが…》
これで、感謝の祈りが手に入り、成熟した無能と将来話せる..一石二鳥ですね。
本当は同名の容姿が似ただけの人間な筈ですが。
【教会サイド】
「教皇様、今の神託は..」
「セイル様は..伝説の方だったとは..」
「教皇様、この場合はいったい」
「勇者以上の扱いをせねばなりません..良いですか! 勇者は世界を救うから尊いのです!ですがあの御方はもう何回も世界を救われた方なのです!しかも、あの御方は一度も報酬を得ておりません! あああっ、もう何を差し上げて良いか解りません..物語になっているだけでも8回以上世界は救われています..これはまた王と話し合いに行かなくてはなりませんね」
「アイシア村はどう致しますか?」
「あの村ですか..女神様が次の幸せを祈り転生させた者を無能扱いした..許せませんが、今の話だと解りにくかったのかも知れません..そのままで」
「それでは昔とおりに」
「今のままで….と言いましたよ? 原因は解りましたが、やはり罰は受けるべきです..さぁ、銀嶺の勇者様には幸せになって貰いましょう! 教会の名前に置いて」
「私もあの物語の終わりは納得いきません」
「そうです、我々は悲しい物語を幸せにするチャンスを貰えたのです、悲しい物語を「生まれ変わり幸せに暮らしました」に書き換えましょう」
狂った信仰と狂った愛が再び動き始めた。
ギルダーカマキリ
セイルはカフェを出た後、近くの草原に来ていた。
目当ては「ギルダーカマキリ」虫の力が見ただけで手に入るなら是非とも欲しい。
何故なら、ドラゴンビィに続いて大好きな虫だからだ。
セイルが無能だった頃、もし生まれ変われるならドラゴンビィかギルダーカマキリになりたい。
もしくは彼らの様な生き方をしたい、そう考えていたからだ。
そして、今の自分はその力を手にする事が出来る。
だからこそ、此処に来た。
緑色に擬態する彼らは此処に住んでいる。
草原中を探しまくった。
「虫の勇者」になってから僕は虫に避けられている。
まぁ虫にとって僕は大きな虫に見えて、尚且つ蜂、蜘蛛、蟻が複合されて見える。
確かにキマイラみたいで不気味だ。
寄り付かないのも当たり前だ。
ただ、取り込まれた虫には味方に見えるらしい。
ギルダーカマキリを探すがなかなか見つからない。
暫く探すとようやく見つかったが死にかけていた。
更に良く見れば、小さな鳥に殺され掛かっている。
僕は素早く近づくと鳥を握り殺した。
「ギルダーカマキリ」は既に虫の息だ、ここで僕は「虫の聖人」「ビィナスホワイトの経験」がある事を思い出した。
恐らく、聖女と同じ事が出来ると確信した。
「ヒール…何も起こらない、やり方が違うのだろう」
考えていたら、頭の中にどうしたら癒せるかが浮かんできた。
掌に力を集中して治るように祈る…それだけで見る見るギルダーカマキリは治っていった。
《お前が助けてくれたのか?》
「まぁそんな所だよ」
《そうか、済まないな…だが、お前は蜂と蜘蛛と蟻なのだろう? 蟷螂は入って無さそうだが》
「まだ入っていないだけで、僕は蟷螂も好きなんだ…鎌を振る姿がカッコ良いからね」
《そうか、そうか》
多分、お礼の意味なのだろう? 鎌を振ってくれて、擬態まで見せてくれた。
頭の中で鐘が鳴り響いた..恐らくスキルが身に着いたのだと思う。
「やっぱり、ギルダーカマキリはカッコよいな..良い物を見せて貰いました、これはお礼です」
《助けて貰った上に獲物迄貰って悪いな..あっお前も一部カマキリになったみたいだぞ》
「そうですか..それは凄く嬉しいな」
僕はお礼を言い、草原を後にした。
ギルダーカマキリの能力は何だろうか?
手に集中すると、手が蟷螂の鎌のようになった。
巨大な鎌が出る事を期待したがそうはならなかった。
あの剣は、よく考えて見たら固有スキルに「聖剣錬成」があるから多分そっちの能力だろう。
聖剣を連想するのでなくドラゴンビィの針をイメージしたら、右手が針のようになった。
とりあえず、手をギルダーカマキリの鎌に変えて木を斬りつけてみた。
簡単に木は真っ二つに切断できた。
《これを人に使ったらヤバイだろう…多分真っ二つだ》
そしてまた更に強くなった気がする。
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント ギルダーカマキリ
解らなくなるといけないので、スキルについてメモ書きした。
結構遅くなったな..何かお土産を買って帰ろう。
今日はどんな格好でユリアが出迎えてくれるか楽しみだ。
狩りまくる
そろそろ、セイルが帰ってくる。
美味しいご飯も作ったし、しっかりとお風呂に入った。
そして今日は、「胸元が大きく開いて胸が見えてしまうシャツ」を着ている。
下着は普通の物…これ位が丁度良いと思う。
相手がセイルなら裸でも良いんだけどね..「清楚で恥ずかしがっている」
そのイメージは壊せないから…仕方無いよね。
「ただいまーユリア」
「お帰りーセイル…今日はどうだった?」
「今日もバグベアーを狩ったんだけど、狩りすぎてもう禁止されちゃった」
「狩りすぎたって、まさか今日も100近く狩ったの?」
「うん、その位は狩ったと思う」
《村で沢山の人で追い払うバグベアーを100…勇者って凄い..》
「セイル、もう充分なお金もあるから、少しは楽しても良いんじゃない?」
「僕もそう思うよ、今日ので充分お金も溜まったから明日からは少し楽をするつもり」
「暫く休んでも良いんじゃないかな?」
「それは駄目だよ、だけど明日からは早く帰るようにするよ」
「休まないと体壊しちゃうよ?」
「だけど、僕は休む癖をつけちゃうと働かなくなりそうで怖いんだ、だけどそうだね、週に2日間位は休もうかな」
「働き者のセイルが?」
「ユリア…それ勘違いだから、ユリアが居るから僕は頑張っているだけだよ? 多分自分1人なら食べれるだけ稼いでダラダラしている」
「そうなの? だけど村じゃ凄く働いていたじゃない?」
《可笑しいな?、私は働き者のセイルしか知らない》
「村に居る時は、将来農業しながらユリアとユリアの両親の面倒を見なくちゃならないんだからそりゃ頑張るよ」
《良く考えてみたら、セイルも余り外に出て遊ぶタイプの男の子じゃ無かったな》
「あの、もしかして私の為だったりするの?」
「それ以外に僕が頑張る意味はないよ!」
《セイルってよく考えたら、贅沢もしないし、服や物にもこだわりが無い..そうか全部、私の為!》
「あの、その..うん凄く嬉しい、ありがとう!」
《嫌だ、顔がついニヤけてしまう…多分私、顔が真っ赤になっていると思う》
「どういたしまして!」
よく考えて見れば、セイルって私以外の物で執着している物って無かった気がする。
自分の大好きな人が自分の事が大好きなんて..それ以上は無い..
折角、こんな服着ているんだから、わざと屈んだりしてセイルが喜びそうなポーズをとった。
ただ、私の二つの武器は小さく弱かった。
それでもセイルが偶に赤くなるのが凄く嬉しい。
「ねぇユリア、2人にはこれから永い時間があるんだからゆっくりしよう」
「そうだね、一生分の時間があるもんね」
《だけど、私は凄く贅沢なんだよ今日の愛が100なら明日は110欲しくなる、砂漠の中で水を飲んでいる、そんな感じなんだよ…好きになってくれたら更にもっと多くの愛が欲しくなる..多分この気持ちは満たされる事は無いのかも知れない》
セイルも同じなのかも知れない..そう思うと凄く嬉しくて仕方ない。
ご飯を食べてセイルの腕枕で寝た。
多分、今日は何時も以上に眠れない。
「おはよう、ユリア」
「おはよう..セイルって嘘、私寝過ごしちゃったの?」
「これからはゆっくり寝てて良いんじゃないかな? お金にも余裕が出来たから朝食はカフェで食べない?」
「だけど、それじゃ..」
「此処は村じゃないし、2人の時間を楽しみながら色々経験して行こうよ」
「そうだね..うんそれ凄く良いね」
こんな夢みたいな生活本当に信じられないよ。
セイルと一緒にパンケーキを食べに行った。
これも、村に居たらまず食べられない物だ..
セイルは自分は怠け者みたいな事を言っていたけど違うと思う。
だって、もう遊んで暮らせるだけのお金があるのに働くんだから。
「行ってきます! 今日は早く帰るよ!」
「行ってらっしゃい」
ユリアと別れて今日も直接森に向った。
お金については今日の討伐の査定の時に貰えば良いだろう。
今日は特に獲物は決めていない..ゴブリンでもオークでもオーガでも片っ端から狩って行くつもりだ。
そして、午後には帰ろうと思う。
感知した相手は片っ端から狩っていく。
最初に出会ったのはゴブリンの群れだった。
討伐部位は右耳..だけど面倒くさいから首を切り落とし片っ端から放り込む。
今回は、「ギルダーカマキリ」の能力を前面に出して戦う。
間違いなく、一番使い勝手が良い筈だ。
これは虫の勇者の影響かギルダーカマキリの影響か..凄く高揚する。
狩るのが楽しくてしようがない。
「あははははっ..簡単だ」
次に出会ったのはオーガだった。
大きさは2mを越える大きさ、ギルドでの賞金金額はバグベアーより低い。
筋肉が固くて斬りにくいと言うが..鎌であっさり斬れた。
素早さもバグベアーより遅い..相手にならないな。
これも簡単だった..20位の群れがあったが簡単に倒せた。
ゴブリンとの違いは、一旦足を斬り、その後首を跳ねるか、最初から懐に入り込み胴体を切断するか..少しだけ手間が掛る、それだけだ。
その後に感知した先で見つけたのはオークの群れだった。
オークはオーガより簡単だった。
オークの肉は結構買取が高いらしいので殺した先から全部放り込む。
ジャイアントキャタピーに出会った。
《何なんだ、あの虫は..見た事が無い》
相手が虫の魔物だから意思疎通が出来る。
「僕は虫の勇者だ、それで聞きたい..お前達、邪神を信仰する者は敵なのか?」
《いや..邪神様も魔王軍も虫神を相手にしていない、大した能力を持っていないからな、それに魔王様が復活しない限り自由にして良いと言われている》
「それじゃ、戦う必要は無いのか!」
《お前が何の虫かは解らない…だが禍々しい奴と俺達は戦う気はない》
ジャイアントキャタピーは怪力と糸を吐くだけだ、そう考えたら同じ能力を既に持っている。
「そうか、それじゃ行かして貰う」
虫の魔物から力を貰っても仕方ない気がする。
危険を冒す位なら同じ能力を持つ虫から貰った方が良い。
それに、邪神を信仰している以上仲間とも言い切れない。
結局、今日狩れたのはゴブリンとオークとオーガだった。
もう、収納袋一杯に詰め込んだから今日はこれで良いだろう。
次は、オークやゴブリンの巣を襲ってキング種を狩ってみても良いかも知れない。
何よりこの二種類は女の敵だからユリアの安全の為に滅ぼした方が良いかも知れない。
【閑話】 辛くて嬉しい仕事
ギルドに寄ると目の周りに凄い隈を作った、セシルさんが声を掛けてきた。
「セイル様、査定が済んでおりますのでサロンの方にお願いします」
よれよれと歩く姿が少し痛々しい。
「今回の査定金額ですが金貨1920枚になります」
「そうですか? それなら金貨5枚だけ頂いて残りは口座に入れて置いて下さい」
102体の討伐報酬が金貨1530枚に素材の買取が390枚、買取が1体金貨5枚計算になってないのは切り刻んでしまった為だ。
「畏まりました」
「それで、セシルさん、今日もまた狩ってきたのですが….」
「もしかして、また倉庫でしょうか?」
「はい、宜しくお願い致します」
お金が入るのは凄く嬉しいのですが..また帰れそうもないですね。
倉庫についてセイル様が収納袋から素材を取り出すと..
「うぷっ..」
流石の私も思わず吐き気を催す位に凄かった..としか言えません。
吐かなかった自分を褒めて欲しい位です。
だって..これは素材と言うより魔物とはいえ惨殺死体です。
首だけのゴブリンに首を跳ねられたオーク、オークって体だけ見ると太った人間に見えたりします。
そして、極めつけはオーガです、腸がはみ出ていたり、胴体から切断されています。
これは…騎士団が大規模討伐した後、まさにその状態です。
「ああ明日までにはまた査定しておきますので明日の午後に来て下さい」
セイルさんをどうにか笑顔で送り出しました。
流石にこれは誰かに手伝って貰いたい..ギルマスの部屋に相談にいきました。
「あの、セイル様がまた大量に素材を持ち込まれたのですが..」
「そうか、どれ見て見るか!」
ギルマスは一緒に倉庫に見に来てくれました。
「凄いなこれは、まるで一人で騎士団や小型のクランに匹敵するな..勇者とは凄いもんだ…頑張れよ」
「あの誰かに手伝って貰う訳にはいかないのでしょうか?」
「誰が手伝うかよ..お前は馬鹿か?」
「あのギルマス?」
「あのよ..一回お前が貰う報酬は金貨3枚なんだぞ! これはギルド職員の2か月分の収入だ、それがここ暫く毎日のようにお前に入ってきているんだ、正直皆が羨ましがっている」
「そうですね」
「今日で3回目、金貨9枚、このペースで行くなら2か月もしたらちょっとした家が帝都に買えてしまう…そんな恵まれた仕事をしている奴に誰が手を貸すんだ? なぁSランクパーティーの専属の収入所じゃ無いんだぜ? 1人で頑張るしか無いな、正直言えば俺だって羨ましい」
「そうですか..今日も帰れそうにないですね」
「仮眠室やシャワーがあるから良いだろう..まぁ、本当に無理だったら、専属を手放して「持ち回り」にすれば良いんじゃないか? そうしたら皆が手を貸してくれるぜ? それじゃ頑張れよ」
言われて見ればそうですよね..1日で2か月分の収入が入るのですから当たり前ですね。
金貨がたった1日で貰える仕事、羨ましいに決まっていますね。
その収入を得ている、私を手伝ってくれる人なんて居る訳が無いですね。
だけど…私このままじゃ一生家に帰れないんじゃないかな?
剛腕のマモン
剛腕のマモンとは
四天王で随一の力の持ち主で単純な戦闘力なら魔王すら凌いでいると言われている。
不死身の体を持ち、完全に消滅しても数百年後には生き返ってくる。
勇者殺しの異名を持ち、勇者ケインと聖女リリを殺した挙句その死体を城門に吊るした事もある。
マモンが負けた相手は、勇者ジェイクと銀嶺の勇者だが..マモンは負けたとは思っていない。
それは2人とも虚をついて倒しているからだ。
自他ともに「正面から戦うなら絶対に負けない」そう言われる程に強い。
強さに絶対的な自信がある為群れを嫌いいつも単独行動をしている。
過去には城塞都市メルギドを半日掛らず皆殺しにした事は物語にすらなっている。
大の戦闘好きで決闘をこよなく好む。
特に正々堂々と決闘を挑む者や強い者には敵であっても一定の尊敬の念を持っている。
実際に只の猟師がマモンに挑み、マモンの片目と角を奪った事があった。
結局はマモンには通じなく負けたが、その目と角が癒える迄の間、酔う度に仲間に語っていた。
「勇者以上に勇ましい奴が居たんだぜ? 女神の目は節穴だ! 彼奴を勇者にすれば俺と良い戦いが出来たんだ」
この話を聞いた魔族の中で、猟師は騎士よりも強い..そんな誤報が広まった事がある。
そんなマモンに噂が入ってきた。
「サンダルサン帝国という国があり、そこは強き者が尊敬される国で、帝王自身も凄く強い。」
強き敵を求めるマモンには恰好の獲物の情報だった。
《おもしれぇな、そんな国なら強い奴が居るかもしれねぇ..まぁ期待外れだったら皆殺しにすれば良いだけだ》
マモンは帝国へと旅立って行った。
【閑話】 呪われた村
辺境にアイシアという村があった。
あったと言うのは今は既に無くなってしまったからだ。
この村は少し前まで豊だった。
村にしては珍しく食うに困る事がない位に幸せだった。
だが、今はもう見る影もない..廃村になっている。
廃村になってから間もないからか、まだ家は新しい..人が住んで居た名残も残っている。
だが、この村に住もうという人間はいない..何故ならこの村が見捨てられた村だからだ。
この村に何が起こったか..それは少し前に遡る。
教会よりオーブの通信があった。
「セイル様が王都に来ていない..どういう事でしょうか?」
「だから、セイル様が王都に来ていないのだ、その責はその村にあるというのが教皇様のお考えだ、よってその村には未来永劫「微笑む事は無い」」
「そんな、それではこの村は..」
「何が起きても教会は助けない..そう思われよ」
いうだけ言うと弁明を聞かずに通信は切れてしまった。
もうこの村は終わりだ、疫病が起きようが怪我人が出ようが教会は助けてくれない。
つまり、不測の事態が起きたら黙って死ね..そういう事だ。
王城からもオーブの通信があった。
「王は非常に立腹である。 教皇様より王に連絡があり、セイル殿は只の勇者でなく「銀嶺の勇者様」の生まれ変わりであると判明した。世界を何度も救った方に対する無礼は許せない、これは王だけでなく、王妃、王子、王女も含む全員の総意である。また貴族も全てそれに同意した」
「そんな..」
「これからは「税金を納める必要は無い」との事だ」
これで終わってしまった。
もう、何があってもこの村は誰も助けない..そういう事だ。
セイル様の口添えが無ければ、粛清されていたかも知れない。
その事を村長に話した。
「そうですか? それで我々はどうすれば良いのでしょうか?」
「この村はもうおしまいです、これから酷い事になる前に解散した方が良いでしょう」
「解散ですか..ですが畑や田んぼが..」
「解りませんか? 国も教会も関わらないという事は、野党に襲われてもだれも助けてくれない、捕まって奴隷として売られても文句は言えない..もはや人として扱われなくなる」
「それでは困る事になりますな」
「だから、今が最後のチャンスなのです、税金が要らないという事はもう国民で居られなくなる一歩手前..今なら村を捨てて他の村や街に行けば問題が無い..今しか無いのです」
その日の夜、村長が村人全員を集め..村を解散する事を決めた。
祖先からの土地を手放したくない、そう言い張る者も居たが話を聞き事の重大さが解った。
「もう、此処から出て行くしか無いのですか..」
「仕方ない、人として扱われなくなるよりはマシじゃ..」
「時間が勝負です、出来るだけ早く村を出て行って下さい..良いですか? 私が村民で無くなった証明を出します。それを持っていけば他の村や街での身分証明になります..そこで新たな生活を始めて下さい」
それから数日で村人達は居なくなった。
全員を見送ると村長の家族と神官もこの村を出て行った。
こうしてアイシアという村は廃村になった。
本来は誰も住まない家や畑は開墾すれば自分の者に出来る。
だが、この村には誰も住む事は無い..
何故ならこの場所に住むと、教会や国から一切の支援が貰えないという噂が流れたからだ。
そしてその話は正しい..
そして、この村は魔族や悪魔には関係ないのに..
数十年後、「呪われた村」と言われるようになった。
その真相は..伝わっていない。
マモン襲来?
その日は朝から様子がおかしかった。
何故だか、門番も緊張している気がした。
「どうかしたのですか?」
「セイルには話しておいても良いかもな、剛腕のマモンが帝都に向ってきている..そういう噂があるんだ!」
「あの、魔族四天王のマモン..何故ですか?」
「剛腕のマモンは強い奴と常に戦いたがっている、ここ帝都は強い者が尊敬される、だからかも知れない」
「帝都には詳しくないのですが、戦って勝てますかね?」
剛腕のマモンは知っている。
子供の頃、悪い事をすると「マモンが来るよ」と良く大人が言っていた。
躾に使う程怖い、存在なのだ。
「帝王様が英雄クラスと言われるが、もう全盛期を越えている、流石にマモンの相手は無理だな、手練れの騎士でもまず無理だろう」
「それじゃ、誰も敵わないですね」
「….お前が居るじゃないか?」
「僕ですか?」
「勇者だろう?」
「無理です、無理です..それこそ、昔の勇者ケインみたいに殺されて吊るされちゃいます」
「冗談だ、いかに勇者のジョブがあっても15才じゃな、解っているさ..流石にそんな子供に期待はしてないよ」
剛腕のマモンか、恐ろしいな、帝都に来たら…逃げよう。
「それで、何時マモンは来るか検討はつきますか?」
「さぁ、そこまではまだ解らない、まだ向かってきている、それだけで来るかどうかも解らないんだ」
「来るとしても、直ぐでは無さそうですね」
「流石に今日、明日では無いだろう」
「安心しました」
保険の為に幾つかまた新しい虫の力を身に着けた方が、良いかも知れない。
もしマモンが来たら、そう考えたらユリアの事を考えると、今日は遠くまで行かない方が良いだろう。
街道沿いの一番近い森を今日の狩場にした。
この辺りじゃ小物が少数しか居ないけど仕方ない。
片っ端からゴブリンを狩りながら..虫を探した。
虫探しが7割で討伐が3割。
やはり、僕は虫に嫌われているのだろう!
1種類の虫しか見つからなかった。
見つけた虫は「アーマードシールドインセクト」だった。
特に挨拶とかはしていない、ただ様子を見てその能力を貰った。
その後見つかったが、恐らく僕の姿の中に彼らの特徴が混ざったからか、普通に挨拶して去っていった。
ユリアが心配だからそのまま帝都に戻った。
ギルドに帰ると、セシルさんが死んだような目でこちらを見て走ってきた。
「セイル様、査定が済んでおります」
そのままサロンに行った。
「ゴブリンが80で1体辺り銅貨5枚ですので金貨4枚 オークが40体で1体当たり銀貨2枚ですので金貨8枚 オーガが1体辺り金貨7枚で20体で金貨140枚 合計で金貨152枚 それに素材の買取でオークの肉が銀貨3枚×40で金貨12枚 オーガの角が金貨3枚で20体で金貨60枚 総合計金貨224枚になります」
「やっぱりバグベアー程実入りは良く無いのですね」
「バグベアーは狂暴ですから…オーガ―より数段上になります、本来はその間に幾つかの魔物が居ますが、この辺りには居ませんね、今日はこの後ギルマスから説明がありますから、暫くお待ちください」
「解りました、ですがその前に今日の分の買取をお願い致します」
「また、倉庫でしょうか?」
「いえ、今日は不穏な話を聞いていたので、近くの森に居ました、だから少ないです」
僕は収納袋から素材を取り出した。
ゴブリン..40で金貨2枚..
「あっ、この位なら簡単に査定させて頂きます..素材の買取は無いので金貨2枚ですね..お金のご用意とギルマスを呼んできます」
「はい」
「お待たせしました、まずは報酬の金貨2枚を受取って下さい」
「はい、確かに」
「おめでとう、セイルこれで金級に昇級だ、ミスリル級以上の者は帝都には居ないで点々としている者が多い..街に居ついている冒険者としては最高峰だ」
「金級だとどんな特典があるのですか?」
「貴族エリアの土地の購入権がある位だな、まぁ家を借りる時のお前の拘りから言えば良い特典じゃないかな?」
「他には?」
「本来なら、依頼の特典があるが此処帝国では誰でも自由に階級に関係なく受ける事が出来る、だから無い..だが他の国に行った時には必要となる」
「それで義務もあるんでしょう!」
「ギルドや王族からのお願いがあるな」
「それは断れるのですか?」
「….実質無理だ」
「すみません、昇級を断っては駄目でしょうか?」
「何を言っているんだ、特別昇級だぞ! しかも帝王様にまで話は上がっているんだ、断れないな」
「何故、帝王様まで話が」
「この国の帝王様は強い男が好きだ、だから強い冒険者の話は把握している」
「まさかと思いますが マモンに僕をぶつける気じゃ無いでしょうね?」
目が泳いだな..
「それは無い、お前一人で相手が勤まるとは思えない、大丈夫だ」
1人で..何か引っかかる。
「もしかしてマモンが来る事は確定したのですか?」
「すまない、確定した、だが大丈夫だ..帝王がミスリル級の冒険者や勇者のジョブ持ち数人に、依頼を出した、セイルは貴族エリアの門を守ってくれれば良い」
「何だか、騙された様な気がするな」
「時期が時期だ、そう思われても仕方ない、だが俺はお前が本当に金級に相応しいと思ったから推薦した、そして他の者も相応しいと思ったから決まった、それだけだ」
「解りました、その代わりもしマモンが来たらユリアの貴族エリアへの避難、その条件を飲んで頂けるなら..飲みましょう」
「解った、俺はこれでも爵位持ちだ、もしその時がきたら、家の屋敷へのユリアの避難を約束しよう、臨時の貴族エリアの通行証も出そう..これで良いか?」
「解りました、受けさせて頂きます」
「なあに、大丈夫だ、もしマモンが来ても、お前の前で方がつく..お前の所まで行くときはこの国の終わりだ」
「それなら..」
いきなりサロンのドアが開かれた、このサロンは「特別扱い」..話の途中でドアが開かれる事は無い。
「ギルマス、大変だ、マモンがマモンが現れました」
ギルマスやセシルの顔色が変わった。
図鑑?
アーマードシールドインセクト
体調が40?位の虫でその名前の通り、ともかく固い。
虫ピン等で標本にする際には通常の鉄製の虫ピンでは通らない、その為殆どの標本はこの虫だけテープで止めてある。
王立博物館にある標本のみピン止めされているが、そのピンにはオリハルコンが使われている。
見た目はダンゴムシに見えるが固さが違う。
この虫の固さは筋金入りで地龍に踏まれても死なないという話もある、だがこれは下が土ならと言うことであり、近年岩場でドラゴンに踏まれて潰れた物が見つかった。
大昔に「金翼の翼」というパーティーがあり、そこの選考でアーマードシールドインセクトを指で潰せたら入れるというのがあった。
だが潰せた人間は100人に1人位しか居なかったという。
デーモンホッパーレッドアイ
赤い目をした、バッタとコオロギの中間みたいな虫。
その特徴はともかく残酷、その顎で他の虫を噛り付くようにして捕食する。
そして長い脚を使い2メートル程ジャンプする。
大きさは60?、だがその大きさと関係なく大きな獲物を襲う。
その獲物には小型の鳥やトカゲも含む、その獰猛さから大昔、原人の強さの象徴とされ模した格好で戦う原人が居た。
バッタのつもりで捕まえようとした子供が噛みつかれて大怪我する事もある。
稀に大発生する事があり、農薬が開発されるまでは田んぼや畑を手放して逃げる事しか出来なかった。
もし大群に遭遇したら魔物や人間もただ殺されるだけだ。
現在のセイル(メモ書き)
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント ギルダーカマキリ アーマードシールドインセクト
マモン襲来?【ブレーブ砕かれた心】
「しかし、金貨5万枚とは帝王も張り込んだ物だな!」
「相手が、あのマモンですからな..そりゃ張り込むでしょう、だが案外したたかですぞ! 成功報酬制なのですからな」
「まぁ俺たちに掛れば、マモン等、楽勝だ!」
このパーティーは「ブレーブ」という。
アルス国の大昔に召喚された勇者パーティーの末裔である。
勇者の血を引くアーク。
聖女の血を引くマリカ。
賢者の血を引くコルダ―。
の三人パーティーだ。
剣聖と大魔法使いの血を引いた者はもう既に居ない。
何よりも血を重んじるこのパーティーは「勇者パーティーの血をひかない者」を仲間と見なさない。
だが、その過剰なまでの戦闘力は「3人で最強」そう言わしめるほどに評価されている。
その階級はミスリル、その理由はミスリルまでは国が認めたものだがオリハルコンは世界が認めなければならない。
アークは語る。
「魔王が復活すれば叩き殺してやる..そうすればオリハルコンに成れる」
アークは語る。
「英雄と俺たちを呼ぶが、ジョブが無いだけで俺は勇者だ」
マリカもコルダ―も自分達こそが勇者パーティーなのだと疑いはしない。
実際に、それぞれの上級職まで極めた彼らはアルスの国王に国内限定で「勇者」「聖女」「賢者」を名乗る事を許されている。
彼らは、今回の戦いで門の前で待ち構えていた。
先陣を切って戦いを挑み倒す為。
「貴様はマモンだな!」
「この俺を引き留めるとは、何者だ!」
「我こそはアーク、勇者の血を引く者だ」
「同じく、マリカ」
「同じくコルダ―..参る」
アークが走り、マリカが結界の呪文を唱え、コルダ―が極大呪文を唱える。
だが、アモンはそれでも動かない。
「ほう、そう来たか! 懐かしい物だ…面白い受けてやろう!」
マリカが結界を完成した。
この結界は自分達を守る為の物じゃない..コルダ―の極大呪文を閉じ込める物だ。
結界に閉じ込め、そこに極大呪文を放つ..それでも倒しきれない場合はアークの究極の一撃を放つ。
これこそがブレーブの必勝パターンだ。
龍種すらをも葬る必殺技だ。
「完成..行くぞエクスブロージョン!」
極大魔法が完成し、結界に閉じ込められたマモンに襲い掛かる。
マモンは微動だにしない。
「これぞ、勇者の血がなせるわざ、光剣だ!」
仁王立ちのマモンに勇者の持つ技光剣がさく裂した。
大地を砕くような大きな音が鳴り響いた。
だが、そこには無傷のマモンが立っていた。
「この程度か、お前らは勇者では無いな! 彼奴も、彼奴らもこんな威力では無かった..技は似ているが1/10の威力も無いわ!」
「俺は勇者だ!」
「その名前の重みが解らないのか? お前ら如きが名乗って良い名前じゃない…虫けらが死ぬが良い」
マモンはただ、拳でアークを殴ろうとした。
「させませんわ、プロテクション」
聖女が使う防御魔法..その力はオーガロードの一撃も防ぐ。
だが、パリンパリンパリン、ガラスが砕けるように割れた。
そして、そのまま拳はアークに当たり、アークは吹き飛ばされた。
「勇者も偽物なら、聖女も偽物、ハズレだ..手加減はした! お前が聖女が使う、フルヒールが使えるならあの男は助かるだろう..」
マモンが睨むとコルダ―もマリカも動けなくなった。
「「ひっ」」
マモンは力任せに彼らを殴った..他には何もしないただただ殴り続けた。
ただの暴力の前に、鍛え上げた技も魔法も何も通じなかった。
ブレーブのメンバーは命こそ助かったが..最早戦う事は出来なくなった。
戦う事に一番重要な、勇気 、ブレーブを失ってしまったのだから。
マモン襲来?【勇者と肩を並べる者】
「ブレーブが全く歯が立たないだと」
帝王、スルタン三世は驚きを隠せない。
自分がマモン対策に招へいしたパーティーは3組。
「勝てないまでもそれぞれが猛者だ、力を削ぐことは出来るだろう」
そう思っていた。
力を削ぎ上手くすれば王城に来る手前で片が付く。
もし「たどり着いても魔法大体と騎士団で迎え打てる」そう考えていた。
だが、無傷はあり得ない。
このまま、第二、第三のパーティーが成すすべも無く負ければこの国の終わりを意味する。
「やはり、偽物の勇者等、あてにはなりませんね!」
「その通りだわ」
「さっさとかたずけて、名誉とお金を手にするとしましょう」
このパーティーの名前は「ラック」という。
リーダの名前はアラン、フラン国の侯爵の息子に生まれる。
ジョブを貰う儀式で「探求家」という研究職のジョブを貰った。
ここまでは全てが順調だった。
だが、アランは此処から転落の人生を歩む。
身分もあり、優れたジョブも持っているのに、スキルが何も無かった。
それに比べて、弟には優れたジョブとスキルがあった。
1年位は様子を見て貰えたが、その後、無一文で侯爵家を追い出されるはめとなる。
その後冒険者になるもスキルも無い為、貧窮しどん底の人生を歩む。
女を知らなかったアランは、僅かなお金を貯めて、その日娼婦を買った。
ゴブリンすら狩れない彼が僅かなお金を貯めながらやっと買った娼婦はロザリー。
彼女は貧乏村の出身でお金が無い為に娼館に売られてきた女だった。
そこから、運命の歯車は再び動き出す。
ロザリーと交わり童貞を捨てたアランは今迄渇望しても、手に入らなかったスキルがとうとう手に入った。
手に入れたスキルは「スキル創造」このスキルは自分が望むスキルを作り出すという強力なスキルだった。
このスキルを手に入れたアランは次々と依頼をこなし、今ではミスリル級にまで登ってきた。
その時にお金を貯め、娼婦だったロザリーを身請けした。
アランは語る。
「俺にとっての女神や聖女はロザリーだった」
二人の出会いは「ラッキー」だった。
二人はそう考えて、パーティー名は「ラック」と決めた。
「娼婦が聖女を越える、落ちこぼれが勇者を越える」その日を目標に今日も彼らは戦う。
「あれがマモンですか?」
「思った以上に禍々しいわね..それでどうするの?」
「やるからには正々堂々正面からいく」
「勇者を目指す、私達が奇襲攻撃を掛ける訳にはいかないわね!」
「マモン、俺が相手だ!」
「ほう、我に正面から戦いを挑むとは流石は帝国という事か? 名乗りをあげよ!」
「落ちこぼれのアラン」
「元娼婦のロザリー」
「俺の聞き違いか? 落ちこぼれと元娼婦と聞こえたが?」
「間違いではない..そのままだ、だが、お前を倒し、落ちこぼれや元娼婦でも勇者や聖女を越える事が出来る事を証明する!」
「成程、面白い..掛って来るが良い」
「行くぞ!」
アランは「スキル創造」で沢山のスキルを身に着けていた。
【打撃耐性】【斬撃耐性】【物理無効】【剣術】【受け流し】【物理攻撃力上昇】【炎魔術】他にも全部で300種類のスキルを身に着けている。
特に、その中ででも特筆するのが【物理無効】だ、この世界には【物理耐性】はあっても【物理無効】は無い。
正にアランのオリジナルスキルだ。
これがあるからこそ、アランはこの依頼を受けた。
「来い」
剛腕のマモンの剛腕が襲い掛かる。
幾多の英雄、勇者がこの一撃で腕が千切れ、あるいはそのまま死んでいった。
だが、アランには他の者には唯一無二のスキルがあった。
【物理耐性】でも耐えきれない、アモンの一撃を無効にするスキルだ。
アモンは生まれて初めて、その拳を受けられた。
「ほう、俺の一撃を正面から受け止めた人間は初めてだ、今度はお前から仕掛けて来い」
「ならばこれを受けてみろ【必中】だ」
アランは知っていた。
大昔にアモンに傷を負わせた人間が居た。
それは勇者ではなく猟師だった。
その猟師が使ったスキルが正に【必中】。
そして、その時には銀の弾丸を神官(司祭クラス)が清めた物を使った。
だが、これは悪手だった。
弾丸は手で弾かれアモンには届かない。
あの時の猟師は「不意打ち」をした。
真正面からであれば、アモン程の者であれば弾丸等躱す事も受ける事も可能だった。
「わははは、愉快だ、お前は随分と詳しいのだな、まさか同じ手を使って来るとは思わなかったぞ..次は聖剣か? それとも聖剣を打ったハンマーか?」
「俺は勇者で無いから、それは持っていない! 持っているのはミスリルのソードだけだ」
「ならば終わりか?」
「いや..まだだ….光、聖、輝、そのすべてをこの剣に」
完璧な【魔術操作】を使い、聖魔法と光魔法を融合して【聖光魔法】を作り出した。
この世界にはこの魔法はまだ無い。
その魔法を剣に纏わせて斬りつける、これは流石のマモンも受けた事は無い。
マモンは「面白いな、受けてやろう、恐らくそれがお前の最高の技なのだろう」
マモンは両手を広げて構えた。
「これが、ただの落ちこぼれが勇者を越える為に身に着けた、光の翼改だ!」
ズガガガガガガガガガン、大地が震える大きな音が鳴り響いた。
だが、
「凄まじい威力だったな、同じ技を昔の勇者が使ったがそれ以上だ、その剣が聖剣であったなら俺でも怪我くらいはしたかも知れぬな!」
「ハァハァ..無傷だと?」
「種族の差だ、もし俺が人間でお前が魔族であったなら結果は逆であったろう」
そこには無傷のアモンと腕が折れたアランが居た。
アモンはアランの腕を掴んだ【物理無効】も直接引き千切れば意味は無い。
【痛覚軽減】が無ければ痛みで動けなかったかも知れない。
「うがあああああっ はぁはぁ..終わりだな!」
「まだ終わらないわ、アランまだ最後の手が残っているわ」
「それで良いのか..ロザリー!」
「ええっ..」
「アモン、俺の女はまだ、終わりにしてくれないらしい、悪いがもう少し付き合って貰おう、行くぞロザリー」
「一緒に行きましょう」
二人は手をとり、アモンに向っていく。
本来は魔法..だがスキル創造により、究極の魔法と同じ効果を無理やり生み出す。
その力は「自己犠牲」..聖女や聖人が自分の命と引き換えに放つ究極の力
「これが最後だわ.」
「これが最後だ」
ゴワワワワワワワワッ..ボガアアアアアアアアアン
閃光が起り大爆発が起きた。
だが、その中央にマモンは立っていた。
「これでも無傷なのか..」
「此処までしても…届かないの」
二人は虫の息だ、もう長くは無いだろう。
マモンはポツリと語り始める。
「お前らは勇者や聖女は超えていない..だが肩は間違いなく並べた」
「……そうか」
「..やった…」
二人の死体を鎖で縛り上げ近くの木に吊るした。
良く、マモンは見せしめにこれを行っていると思われるが実は違う。
マモンが殺し、鎖で吊るす者は「強敵」だった者だけだ。
これはマモンなりの強き者への敬意なのだ。
二人の戦いを見ていた少年が居た..例え身分が卑しくても勇者のように生きる事が出来る。
その生きざまに感動した少年は、己を鍛え上げ「盗賊」というジョブで初めてミスリル級の冒険者になった。
帝国の墓地には功績のあった者のみが祭られる墓域がある。
その片隅にはアランとロザリーの墓があり..物語として語り継がれていった。
マモン襲来?【それぞれの大切な者】
僕はギルマスから通行証を貰うと家に向っていた。
「ユリア!」
「どうしたのセイル..血相を変えて」
「直ぐに服を着替えて、移動するから」
「解った」
理由は解らない..だけどセイルが慌てている..直ぐに私は着替えた。
「それじゃ、すぐに貴族エリアに移動しよう..詳しい事は移動しながら話すよ」
セイルからマモンが来た事について聴いた。
「嘘、マモンが来たんだ..それで何で貴族エリアに逃げるの..裏から回って帝都から逃げ出した方が良いんじゃない」
「それが出来ないんだ」
更に詳しい事情を聞いた。
「そうか、金級になると逃げられないんだね..」
ユリアの手をとり走り出した。
貴族エリアの門にたどり着き、通行証をみせユリアを門の向こうに行かせた。
「セイル..セイルはどうするの?」
「僕はこの門を守るんだ!」
「セイルは此処を守らなくちゃいけなんだ..なら私はこの門の後ろから一歩も動かないわ」
「ユリア、ギルマスの家で匿って貰える、だから」
「行かない、セイルがこの門を守るんでしょう? ならその門が破られる時はセイルが死ぬ時..セイルが死んじゃうなら生きてても仕方ない..だから私は此処にいる..セイルが守ってくれるんでしょう!」
こういう時のユリアは絶対に意志を変えない。
なら、僕がやる事はただ一つ「この門を死ぬ気で守る事だ」
最もその前に強い人が戦うから、僕迄回って来ないだろう。
何だか、今更その話を伝えるのは恥ずかしいな..
アランとロザリーが鎖で吊るされるのを見ていた者達がいた。
正真正銘の勇者ホーリーのパーティーだ。
勇者と言えば1人しか居ない、そう考えるかも知れないが、この世界では違う。
女神以外にも神が居て、それぞれの宗派に一人勇者のジョブがある。
最も余程の事が無い限り殆どの神は「勇者」のジョブは与えない。
だが、そんな神々の中にも敷居が低く常に勇者のジョブを与える神が居る。
その神の名前はゾラン。
そして、この魔王が居ない時代にもゾランの勇者は存在した。
勇者の名前はホーリー、金髪が美しい女の勇者だ。
そして、そのパーティーは美しい者達で構成されていた。
それはゾランが司る物に「美」があるからかも知れない。
「マモンとはあれ程の者だったなんて..歯が立たないわ、逃げるわよ」
「ホーリー様、ですが貴方は勇者様、魔族を目の前にして逃げるなどとは」
「幸い、私はこの国の勇者じゃない! 命まで賭けて戦う理由は無いわ..無理をする必要は無いとイルタの国王にも言われている」
「しかし..」
「あれは無理、さっきの戦いを見ていたけど、悔しいけどあの、アランより私は弱い、逃げるわよ!」
「ですが..」
「ならば、貴方1人で戦いなさい..私は行くわ!」
「待って下さい! 私も行きます!」
「皆、撤退するわ..マモンがこっちに来る前に迂回して逃げるわよ..急いで」
忘れていたわ..マモンは「勇者殺し」
並みの勇者では敵わない..マモンに勝ったと言われる勇者の殆どは「魔王が居た」時の強い勇者のみだ。
魔王が居ない、今の時代の勇者の私に勝てる相手ではない。
本物の唯一の勇者は..戦う事より、逃げる事を選んだ。
その結果が何をもたらすのかはまだ誰も知らない。
マモン襲来?【VSマモン?】
マモンが歩いてくるのが見える。
身の丈4m近い大男だ見間違える訳が無い。
あの大きさで龍種ですら壊す化け物、恐怖しかない。
「此処に来るまでに決着が着く」そういう話では無かったのか?
しかも、門の内側にはユリアが居る。
だから逃げる選択は出来ない。
《死ぬ気でやるしか無い》
怖い、体が震えだす..何が起きたんだ、そうかこれは「あの日の恐怖」と一緒だ。
無能になり、全てを失った時と同じ、失う恐怖だ。
また、ユリアを失うのが怖い..だが戦わないなら確実に失う、それは2人の死という最も残酷な形で。
《ケインビィ、貴方の勇気を分けて下さい》
体の震えが止まった。
真正面から戦うのは悪手だ。
僕の中には一流の暗殺者が居るじゃないか..どんな強大な敵にも鎌を振り続けた「ギルダーカマキリ」という名の暗殺者が。
自分の手が鎌に変わった。
音を立てずにマモンの後ろに回り込む。
そのまま、一気に鎌でマモンの喉を切り裂きに掛かった。
だが、皮膚の表面で止まってしまった。
「この俺の背後を取るとはなかなかの物だ、だが俺の首は聖剣ですら、おいそれとは斬り落とせないんだぜ」
僕の鎌..腕を掴まれ力任せに投げられた。
だが、僕の中には最強の重歩兵と盾使いがいる..「アーマードシールドインセクト」だ、だからこんな攻撃など効かない。
だから、すぐに立つ事ができた。
「だけど、薄っすらとだけど血が滲んで見えるのは僕の気のせいか?」
「なんだと、そんな訳ないわっ」
マモンが首に手を当てると確かに少量だが血がついた。
《馬鹿な、ミスリルより固い俺の皮膚を僅かとはいえ斬ったというのか?》
僅か8?~15?のギルダーカマキリでさえ気をつけなければ人間の指を切り裂く。
そして、獲物には甲殻を持つ虫も含まれる。
そんなエルダーカマキリが1.7m(セイルの大きさ)になったら、「蟷螂の斧」は儚い物では無く強力な武器になる。
セイルは何も言わず。
戦いに話など必要ない、強靭なその鎌で斬って斬って斬りまくる。
マモンは腕で防御するがお構いなしだ、何故なら滅多切りしているんだから構わず斬れば良い。
だが、受けながらも笑っていた、目は喜びに満ちていた。
「此処まで、来たかいがあった、久々に斬られた、楽しい、楽しいぞ」
今度は防御を捨ててマモンが殴ってきた。
僕の体が吹き飛び、近くの塀に激突した。
そのまま強靭な筈のお城の塀が崩れた。
《不味い、あの中にはユリアがいる》
「もう終わっちまったか?」
「そんな物は効かないな? マモン一つお願いをして良いか?」
《此奴は武人ではあるんだ、だからこの願いは聞いてくれる筈だ》
「何だ言ってみろ! 命乞い以外なら聞いてやるぞ!」
「僕を倒すまで、この先には行かないという約束だ..それを聞いてくれるなら、僕は死ぬまで逃げない、約束しよう」
「ほうっ、良い提案だ! 乗った!」
マモンがその力で思いっきり殴ってきた。
大振りだから躱せる。
今度は僕の番だ、アモンの腕を掴んだ。
「それでどうしようというのだ? 俺の体は400キロあるんだぜ、非力な人間に投げる事等、出来ん」
虫の勇者のスキルは虫がベースだ。
僅か50gのケインビィが25キロの山犬を投げ飛ばす、ケインビィの体重からすれば500倍の物を投げ飛ばせる。
だが、これは虫の勇者を極めたケインビィの話。
だが、幾らセイルが未熟でもその1/20の能力は身に着けていた。つまり体重の25倍の物が投げ飛ばせる。
それに、虫の中でも怪力の「グリーンアント」の力が加算される、その力は35倍。
併せて60倍だ。
セイルの体重が58キロ..つまり今のセイルなら3480キロですら余裕で持ち上げ投げ飛ばせる。
セイルは暴れるアモンを余裕で持ち上げ放り投げた。
少しでも門から離れるように街の方へ。
「貴様、本当に人間か? 俺はその昔、力の勇者と呼ばれる男にも勝った。どう考えてもお前の方がその男より上だ..名乗りを聞こう」
「僕は勇者セイルだ!」
「やはり、お前が勇者か? どうりで手強い筈だ、お前がこの国の切り札、そう言う事だな..良いぜ、面白い..此処からは本気だ」
マモンの角が引っ込み、その代わりにマモンの体が黒銀に変わった。
「俺は魔法が使えない、だが魔族である以上魔力はあるんだ、その魔力を体に取り込み強化した、この状態の俺に勝った者は 勇者や魔王ですらいない」
「角は魔族の象徴と聞いた事がある」
「なぁに暫くしたらまた生えてくる、暫くは角無しと陰口を叩かれるだけだ」
《人間でいうなら、無能と同じように蔑まれるのか…》
「なら、僕も此処からは更に本気を出す」
「お前もまだ強くなるのか..良いぜ本気でやり合おうぜ!」
何故かこの時に僕は戦う、そう言う気がしなくなっていた。
マモン襲来?【VSマモン?】
僕は虫が好きだ。
その好きな虫の中でも一番好きな虫は「ドラゴンビィ」だ。
その戦い方は正に僕から見たら、騎士や勇者にしか見えない。
小さい体で大きな動物にも怯まない、その姿が好きだ。
他の虫はその能力だけを身につけた物。
だが、ドラゴンビィだけは違う。
勇者だった、ケインビィから全てを受取った物だ。
「勇者」「聖剣」そして「知識」だ。
僕はまだ、「ケインビィとビィナスホワイトの知識」を使った事は無い。
運命を変えてくれた。
「無能」から救ってくれた恩人の力を初めて全部使う。
「聖剣錬成」
赤く輝く大剣が僕の右手に現れた。
そして、自分の中にあるケインビィの知識とリンクした。
「やはり、聖剣を持っていたんだな! だが、もう遅い、この形態になった俺はさっきまでの能力の10倍の力がある、如何にお前でももう歯が立たない!」
マモンの声が聞こえるが驚きに値しない..僕はマモンより絶対に強い。
ケインビィの知識というより経験が流れ込んできた。
ケインビィから見た山犬や猪の大きさは、人間からしたら..城、場合によっては小さな村並みの大きさがある。
そんな巨大な怪物と何回も戦った経験等、流石のマモンにも無いだろう。
つまり、僕には「城より大きなドラゴン」と無数に戦ったのと同じ経験がある。
「此処から先は、本気の本気だ!」
心が人間で無くなっていく..それと同時に勇ましく狂暴なドラゴンビィの心で埋め尽くされていく。
ドラゴンビィの高速スピード..それが人間の大きさに反映される。
そのスピードで剣を持った人間が突きを放つ、こんな物は流石のマモンも受けた事は無いだろう。
再び、マモンは吹き飛ばされた。
強化した自分が吹き飛ばされるとはマモンも思っていなかっただろう。
「言うだけの事はあるわ、だがそんな物では俺は斬れぬし傷もつかん」
マモンの体は通常の状態で、ミスリルより固い、そこから強化されたマモンにはそれでも通用しない。
強化されたマモンが力で拳を振るってくるが、逆に高速状態のセイルには触れる事すら出来ない。
「幾ら強くても、当たらなければ意味が無い!」
「お前が疲れた時が終わりだ!」
だが、セイルに疲れは来ない。
小さなドラゴンビィが狩をする為に200キロの距離すら移動する。
そして、休む間もなく飛び続ける。
この持久力も、セイルの強さだ。
この状態なら何日でも戦い続ける事が可能だ。
スピードについて行けないマモンと決定打に欠けるセイル。
だが、遂に均衡が崩れた..マモンがむやみやたらに振るった拳が偶然セイルを捕らえた。
そのまま、マモンはセイルに馬乗りになり、セイルを殴りつけた。
一発、二発、動けないセイルは強力なマモンの拳を受け続ける。
あたる寸前にセイルは、アーマードシールドインセクトの力を展開した。
僅か40?のアーマードシ-ルドインセクトが地龍に踏まれても潰れない。
力自慢の男が潰す事が難しい..そんな能力が人間大の大きさに成ったら。
如何なる攻撃も跳ね返す、強力な盾となり鎧となる。
強化されたマモンの拳とはいえ、傷ついたのマモンの拳だった。
「お前のその鎧はなんだ、それも聖物なのか?」
マモンが殴りつけて壊れない鎧などは今までなかった。
ミスリルアーマーすら簡単に破壊するマモンが殴っても傷がつかない。
これでお互いに手が無くなった。
スピードで翻弄しようが、正面から殴りあいをしようがお互いに傷つかない。
だが、それでもお互いに攻撃を辞めない。
再び、セイルは距離をとり攻撃に転じた。
スルタン三世の元に壊れたブレーブのメンバーが運び込まれた。
全員が虫の息で生きているのが不思議なくらいだ。
教会に運び込み治療を受けさせても、もう戦う事は出来ないだろう。
「報告致します! ラックが自己犠牲の力を使いましたが、それすら通用せず、マモンはこちらへ」
マモンが一般人に手を出すのは「強き者」を滅ぼした後だ。
まだ、この後には、本物の勇者が居る、この世界で公式に認められる勇者ホーリーだ。
あのホーリーなら…
「報告致します、ホーリー様は戦わずに撤退..逃げました!」
「逃げた者に「様」等要らぬ..これでもうこの国も終わりだ、かくなる上は 俺が騎士と宮廷魔術師を率い戦い、マモンを満足させるしかない」
マモンは満足する戦いが出来れば滅ぼさずに出て行く事があると聞く。
最も、城塞都市メルギドですら満足せず、滅ぼしたのだから期待は出来ない。
だが、死を覚悟して戦う事が唯一この国が、いや民が助かる道なのだ。
最も、その時に助かるのは民だけであり、自分達は死体になっているだろう。
「報告します、金級冒険者 セイル殿がマモンと交戦中です」
「訳あり勇者」か? 冒険者ギルドから報告は来ている。
将来が楽しみな少年と聞く..だが、まだ15歳だ、幾ら勇者のジョブがあっても、幾ら才能があっても..時間が無さすぎる。
《逃げずに戦った..それだけで充分だ、無駄に死なせなくても良い》
「全軍で直ぐにマモン討伐に出る、指揮は俺がとる! 」
騎士団と魔術師団を率いて帝王が貴族門までくると少女が一人いた。
殆どの貴族が家に避難して此処には門番が一人いるだけだった。
「そこの少女はなんだ、見た所貴族では無いようだが..」
「はっ、門の外で戦っている少年の恋人のようです、ギルマスからの通行証を持っているのですが此処から離れようとしませんので困っています」
「娘、何故そこに居るのだ」
「いま、この門の外でセイルが戦って居ます」
「知っておる! 俺は何故そこに居るのか聞いておるのだ」
「私が此処にいるならセイルは死ぬ気で戦う、そしてそれでセイルが助かる可能性が少しでも高まります..そして彼が死んでしまったなら私は生きる必要が無いから此処に居ます」
《これはこれで戦いか!》
「ならば、そこを退くが良い! 我らが出る! そうすれば生きているなら、お前の恋人は助かるやも知れぬ!」
「はい」
《すまぬな! 恐らくそなたの想い人はもう手遅れだ》
門が開き、そこで帝王が見た物は..信じられないものだった。
マモン襲来?【ただの喧嘩】 戦いの終わり
マモンが馬乗りになって殴っている。
此処までは普通の話だ。
だが、可笑しいのは殴られている人間が無傷だという事だ。
鼻血一つ出ていない。
マモンが殴るという事はミスリルの鎧ですらへこむ、場合によっては貫通する。
それを真面に受けて..無傷、到底信じられない。
【物理無効】のスキルという究極のスキルがある..だが此処から更に可笑しいな事が起る。
馬乗りのマモンを跳ね付けて、今度は少年がマモンを殴りつけている。
そして、殴られているマモンは痛そうな顔をしているのだ..
「これは夢なのか? まるであのマモンと戦っているのに..ただの喧嘩にしか見えない」
「セイルッー」
少女の声を聞いた、セイルが答える。
「ユリア危ないから離れていて! 僕は大丈夫だから」
「解ったよ..セイルはやっぱり強いね!安心した」
「ユリアが巻き込まれて怪我するのが心配だから、お願い!」
「うん、美味しいご飯を作って待っているよ!」
そんな会話をすると少女は安心したかのように帰っていった..貴族街でなく、街の方にだ。
さっきまでの青ざめた顔で無く、何処にも悲壮感が無い。
ただ、幼馴染が喧嘩している、それを見たけど心配してない、そんな風にしか見えない。
「セイル、俺との戦いの最中に随分と余裕だな..死ぬかもしれないのに..」
殺し合い、戦い、いや戦争の最中にあんな話をすればそう言うのは当たり前だ。
可笑しい、俺は何を見ているのか解らない。
見回すと俺だけでなく騎士も魔術師もただただ困惑して見ている。
「マモン、僕はもう解ってしまったよ」
「何がだ..いったい何が解ったというんだ」
二人は平然と話しているが、この間にも殴り合いをしながら、セイルが剣で斬りつけている。
「これは殺し合いでも何でもない..喧嘩だ、マモンお前は誰かと喧嘩をしたかった、それだけなんだろう? ただ相手が居なかった、それだけだ」
「細かい理由はいらねー、俺は戦いがしたい、より強い奴とただただ戦いたい! それだけだ」
「やはり、それなら喧嘩だ、喧嘩に剣を使うのも可笑しい、だからもう剣も使わないよ」
「手を抜くのかふざけるな」
「いや、マモンお前は剣で勝っても、負けを認めない..なら真っ向から殴り合いで受けるよ」
「ほう、よく言った」
マモンが思いっきり下から殴ってきた。
僕の体はまるで鳥にでもなったように空を舞った。
だが、効かない、僕の体の固さはアーマードシールドインセクト、衝撃は感じるが痛くもかゆくもない。
そのまま、地面に叩き付けられた。
「よく、此処までやったものだ、後は..」
「帝王様、手出し無用です」
俺は何を見ているんだ..普通の人間が城より上空まで浮きがる攻撃を食らって地面に叩き付けられた。
その状態でまるで何事も無い顔で起き上がり戦っている。
騎士の一人が言った「勇者..」
それを口きりに見る目が変わった。
ある者は尊敬の目で、ある者は熱い目で見ていた。
応援は戦いの邪魔になる、それが解っているから声にこそ出さない。
「今度は僕の番だ!」
マモンがやったように、下から殴りつけた。
今度はマモンが宙に舞いそのまま落ちた。
いつの間にかルールが決まったように「片方が攻撃をして片方が受ける」それを繰り返していた。
「お前は何で笑っているんだ?」
「そういうマモンも笑っているぞ!」
「そうか? 確かに俺は楽しいから..笑っていても可笑しくねー」
もう、僕にはマモンがただの筋肉親父にしか見えない。
解ってしまった。
此奴はユリアと同じだ。
ユリアが恋に一生懸命で僕が好きなのと同じ様に、マモンは戦いが好きで一生懸命なだけだ。
ただ、その相手が居なかっただけだ。
そして、僕は此処まで一生懸命な奴はユリアしか知らない。
どの位殴り合っていたのか解らない。
気が付くと夜になっていた。
そして、ようやく互角の天秤が片側に傾いた。
「もう終わりのようだな」
「ああっ終わりだ」
マモンの黒銀の体が元に戻っていた。
恐らく角から取り込んだ、魔力が無くなったのだろう。
「俺の負けだ..さぁ殺せ」
「それじゃ、喧嘩はもう終わりだね..じゃあね」
「おい」
「次来るときは、帝都に入って迷惑かけるなよ! 門番にでも言ってくれれば出向くから、外でやろうぜ」
「….」
「おい、勝ったのは僕だ、一つ位は言う事を聞いてくれても良いだろう?」
「それで良いのか?」
「ああっ」
「俺は沢山の人間を殺した」
「僕の知り合いは1人も居ないから! 関係ないな..だけど、僕の大切な人に手を掛けたら..」
「…」
「魔族は皆殺しだ」
「それで良いのか? なら、次に来る時は入って来ないで門番にでも声を掛けよう..そうしたらまた戦ってくれるのだな?」
「別に良いよ..それじゃ僕は、ユリアが待っているから帰るよ」
「ああ..また来る」
マモンは嬉しそうに高笑いしながら帰っていった。
他の人間は知らないな..
だが、僕にとってはこれはただの喧嘩だ。
これで良いだろう!
その様子を帝王も騎士も宮廷魔術師もただただ黙って見ていた。
卑怯者の末路
勇者ホーリーは逃げた事を後悔していた。
それは勇者としてでは無い。
勇者である自分が逃げた事実、それが知れ渡るのが怖い。
最後の砦である自分が逃げたのだ、恐らくは帝国は大打撃を受ける。
場合によっては崩壊するかも知れない。
それは良い..だが自分が戦いもせずに「見捨てて逃げた」その事が世間に知れ渡ったら..
少なくとも自分の信頼は地に落ちるだろう。
さっきは直感で「逃げなくては死ぬ」そう思い逃げた。
だが、命が助かってみると「名誉を失う」事が怖くなった。
その為、ホーリーのパーティは帝国へと続く森に陣をとり様子を見ていた。
自分達が逃げたのだ、あの後、恐らく騎士や魔術師が帝王と戦い、殺されて終わる。
そう思っていた。
だが、パーティの「遠見」のスキルを持つ者が幾ら見ていても煙一つ上がらない。
近くに斥候を向かわせて様子を見に行かせた。門番から斥候が聞いた話では..「ブレーブ」は教会で治療中。
「ラック」は教会の者や騎士が鎖から降ろしている最中らしい。
そして、何より建物の一部は壊れていたがそれ以外はもう通常に戻っていたそうだ。
流石にそれ以上の事は中に入らないと解らないのでそこで帰ってきた。
《不味い、これは不味いわ..恐らくマモンは騎士や魔術師、帝王が死闘の上..追い払えたんだわ、このまま国に帰ったら、何らかの罰があるわ》
「ホーリー様! これは不味いのでは?」
「不味いわね、手ぶらで帰ったら、失墜するわ、何か考えないと」
「ホーリー様、あれっ」
パーティーの一人が指を指した..その先にはマモンが居た。
マモンが居る..しかもよく見ると自慢の角が両方無い。
角は魔族の力の象徴、それが二本とも無い。
しかも、体には無数の傷がある..
あれなら、「勝てる」
「皆、マモンを討伐する、倒せば、逃げた事はチャラになるわ、そしてお金も栄誉も思うがままよ」
「「「「「はっ」」」」」
「散開」
ホーリーのパーティー6人はマモンを取り囲むように陣を形成した。
「貴方がマモンね? 随分疲弊しているわね..その命貰うわ!」
「今、俺は凄く気分が良い! 見逃してやるから立ち去れ」
「よく言うわね? 角も無い今の貴方なら、殺すのは簡単だわ..ホーリーランス」
ホーリーの右手に神器「ホーリーランス」が現れた..聖槍が具現化する。
「ほう、それは聖なる槍のようだな..それではお前も勇者か!」
「お前も? この世に勇者は私だけ..偽物と一緒にしないで」
「そこ迄言うなら掛かって来るが良い!」
5人のうち3人が遠巻きに魔法の攻撃を仕掛ける。
そして、残り二人がホリーに支援魔法を掛けた。
「「ファイヤーランス」」
「ウィンドカッター」
「スピーディ(素早くなる魔法)」
「アタッカー(攻撃力アップ)」
「雑魚が、まずお前達から潰そう」
マモンはホーリーに構わず、周りから潰していった。
マモンは遅いと思われがちだが、それはセイルや素早い勇者と比べてだ。
魔法を避けもせず、近づきただ殴りつけた。
悲鳴も上げられずに5人は撲殺された。
「詰まらんな」
「馬鹿じゃないかしら、もう私に支援魔法が掛かったわ、貴方は終わり」
「仲間が殺されても何とも思わないのか?」
「入れ替えが聞くからね..国がまた違う者をくれるわ」
「そうか..なら掛かって来るが良い」
ホーリーがホーリーランスで突いてきた。
正に神速、そのスピードで聖槍が迫る。
だが、マモンはその槍を手で簡単に掴んだ。
そして力任せに振り回す。
「そんな、ホーリランスが掴まれるなんて」
「遅すぎる…その槍が随分と自慢のようだな..避けないから突いてみろ!」
「終わりよ! ホーリーランスはお前の胸を貫通するわ」
「やってみよ」
ホリーがホーリーランスに力を籠めると光り輝く。
そのまま全力で突進していった。
「あれっ..嘘、効かない」
「そんな物は効かんわ..俺の体はミスリルより固い」
マモンは槍を持ったホーリーの腕を掴むと力任せにホーリーを辺り構わず叩き付けた。
「ぐふっ」
「脆いわ..」
そのまま力任せに振りまわし、更に場所を選ばず叩き付けた。
掴まれた腕は千切り掛け、反対側の腕も両足も骨折しているのか方向が変な方に曲がっている。
自慢の顔は運が良い事にまだ無事だが、恐らく腰から下は大変な事になっているだろう。
「ゆ、許して下さい、助けて下さい..嫌嫌いやぁぁぁぁぁぁぁ…助けて」
もう勇者には見えない。
襲われている、只の女にしか見えない。
「お前はさっき、何て言ったんだ?」
「許して下さい、助けて」
「さっき言った事を思い出せ」
「何を言ったか解らないけど、謝ります、謝りますから…命だけは助けて..」
「何を言ったか覚えてないのか?」
「本当に解らない..」
「お前が何を言ったのか教えてやろう..こう言ったんだ「勇者は私だけ..偽物と一緒にしないで」とな!」
「そそそそれがどうかしたの..あわ、ああ」
怖い、今迄以上に怖い..
「今日、俺は命がけで戦った英雄二人を殺し、俺より強い勇者と出会った」
「あの..」
「その本物の勇者を、お前は偽物と罵った」
「たた助けて下さい..殺さないで下さい..おお願です..お願いです」
「お前は勇者どころか戦士にあらず、殺してやる価値も無い」
「助けてくれるの」
「死にたく無ければ黙れ」
そう言うとマモンはホーリーを担ぎ帝都の門の方に歩いて行く。
門番はマモンを見て再びパニックになり掛けていた。
「マモンが..帰ってきた」
「今日は用は無い、クズが襲ってきたから返り討ちにした、殺す価値も無いから此処に捨てに来た」
そう言うとマモンはホーリーを門の方に放り投げた。
「これは..勇者ホーリー」
「捨てた者をどうするかはお前達が決めれば良い」
そう言うとマモンは振り返らず立ち去った。
日常と帝王
「ユリア、これなぁに?」
見渡すばかりの野菜や果物が部屋にあった。
「さっき、食材を買いに行ったんだけど、今日は商売にならないし、勇者に食べさせるならお金要らないから持っていけって」
「確かにあれじゃ商売にならないよね..だけど凄いね!」
「うん、貰った中にミノタウルスの肉があったから、今晩はミノステーキにしたよ!」
「うん、凄く美味そうだ」
セイルってやっぱり凄いと思う。
さっきまで四天王のマモンと戦っていたのに、帰って来たらお風呂に入って何時もと同じ。
何も変わらないんだもん。
武勇伝でも言うかと思ったんだけど、一向に話さない。
仕方なく私から切出してみた。
「あの、マモンとの戦いはどうだったの?」
「うん、マモンって確かに喧嘩が好きみたいだね..だけど悪い奴じゃなさそうだよ」
確かにただ喧嘩している様にしか見えなかったけど..まるで「ガキ大将と喧嘩した」 その程度の事なの?
「危なく無かった?」
「うん、僕を倒すまで、門の内側には入らないって直ぐに約束してくれたし、喧嘩が終わった時に「僕の大切な人に手を掛けたら..魔族は皆殺しだ」って釘を刺したら..「次に来る時は入って来ないで門番にでも声を掛けよう」だって、結構良い人だと思うよ」
「それって、また戦うという事じゃない..危ないよ」
「ユリアはどう思った? 危なそうに見えた?」
不思議とそうは見えなかった..まるで男の子同士で遊んでいる..そうとしか見えなかった。
「確かにそうは見えなかったよ..だけど私はセイルが怪我しないか心配なんだよ」
「多分大丈夫だと思う..ただの喧嘩だから」
「そう、それなら安心だね」
まぁ、セイルからしたら喧嘩なんだろうけど..四天王と喧嘩って、何処まで勇者って凄いんだろう。
「うん..平気..」
セイルが船を漕ぎだした。
そりゃぁ疲れない訳がないよね。
そのまま、セイルは眠ってしまった。
私は、眠っているセイルをお姫様抱っこしてベットに運んだ。
「おやすみなさい、セイル」
セイルの寝顔を見ていると私も眠くなってきたので布団に潜り込んで寝る事にした。
余りに唐突に終わってしまったから頭が回っていない。
「もう終わりのようだな」
「ああっ終わりだ」
「俺の負けだ..さぁ殺せ」
「それじゃ、喧嘩はもう終わりだね..じゃあね」
「おい」
「次来るときは、帝都に入って迷惑かけるなよ! 門番にでも言ってくれれば出向くから、外でやろうぜ」
「….」
「おい、勝ったのは僕だ、一つ位は言う事を聞いてくれても良いだろう?」
「それで良いのか?」
「ああっ」
「俺は沢山の人間を殺した」
「僕の知り合いは1人も居ないから! 関係ないな..だけど、僕の大切な人に手を掛けたら..」
「…」
「魔族は皆殺しだ」
「それで良いのか? なら、次に来る時は入って来ないで門番にでも声を掛けよう..そうしたらまた戦ってくれるのだな?」
「別に良いよ..それじゃ僕は、ユリアが待っているから帰るよ」
「ああ..また来る」
帝国が滅ぶかどうかの戦いが..
死を覚悟した戦いが、2人の喧嘩に変わってしまい、いとも簡単に終わってしまったのだ。
頭がついていかなくても仕方ないだろう。
我に返った俺はまず、「ブレーブ」の救護と命を懸けて戦い死んでしまった「ラック」の遺体の回収を命令した。
セイル殿との謁見は明日で良いだろう。
被害が少ないとはいえ、街の損害の状況から全てを把握してある程度の保証も考えなければならない。
だが、それ以上に俺は楽しくて仕方ない。
あの、マモン相手に真正面から殴り合いを出来る人間がいた。
帝国には代々「本当に強い真の男」でなければ尊敬に値しない、そういう国是がある。
だから、勇者とて「真の男」でなければ尊敬等はしない。
実際に勇者や剣聖でもクズみたいな人間もいた。
約束を破り逃げたホーリー等その良い例だ。
そういう浅ましい人間が俺は嫌いだ。
曾祖父は家訓で「帝国は勇者などにはついて行かない、真の強き男で無ければ突き従わぬ」
そう残した位だ。
そんな人間は「勇者」等には居ない、そう思っていた。
むしろ鍛え上げた騎士や冒険者から生まれる..そう思い、「勇者特権を減らして」強い冒険者や騎士への優遇を厚くした。
だから、冒険者ギルドから、勇者のジョブ持ちが登録したと聞いた時も捨て置いた。
最も、この少年は「本物」だった。
登録してから、「何体ものバグベアーを狩っている」そう報告を受けた。
これはどう考えても「真の男」の様な気がした。
流石に未熟だろう..如何に勇者でもまだ15歳だ、だが未来が楽しみな少年だ。
金級の昇格の承認が来たので承認してやった。
俺は見誤っていた..自分が未熟だと思っていた少年は「本物」だった。
マモン相手に正面からの殴り合い。
そんな事はどんな勇者も出来ない。
伝説の中にも「不意打ち」で勝った勇者しかいない。
そう考えたら、本当の意味でマモンに勝った人間はセイル殿1人になる。
マモンの強さは魔法でも何でもない、只の恐ろしいまでの腕力だ。
マモンに勝つと言う事は、この腕力に腕力で上回り勝つと言う事だ。
それをやってのけたのだ..帝国が始まって以来の3人目の「勇者認定」それしか無いだろう。
騎士も魔術師も力を目のあたりにしていたんだ、問題無い。
騎士の指導のお願いをするのも良いかも知れないな。
「報告致します..勇者のホーリーが負傷して転がり込んできました」
さて、この逃亡勇者をどうするか?
偽物等、適当で良い..「真の勇者」で無い者に敬意は要らない。
【閑話】 彼女の為に必要だから
ブレーブのメンバーは、もう戦う事は出来ない。
体の治療は終わったが、日常生活は何とか出来る物の、もう戦う様な事は出来ないだろう。
もし、万が一治ったとしても、もう心が折れてしまっている..恐怖心は生涯ぬぐう事は出来ない。
だが、「マモン相手に戦った」その事から帝王からは無駄遣いしなければ一生生きていける程のお金を貰った。
彼らは国に帰り、商売を始めるそうだ。
「ラック」の2人は、彼らの宗門の大司教が弔いを行い、帝国では英雄達しか祭られない「英雄墓地」にその遺体は納められた。
これは、武人や冒険者にとっては最大の栄誉だ。
それに比べて私は..
「ほら、ホーリーとっとと出ていけ」
あの後、私は教会の救護院に運び込まれ治療を受けていた。
だが、帝都にあるゾラン教の司祭は物凄く冷たかった。
当たり前だと自分でも思う、自分達の神の神託で選ばれた「勇者」が見捨てて逃げたのだ。
もう信頼も無いだろう。
「治療中に教皇様に連絡を入れた所、帝王様からも抗議があり、ゾラン様にお祈りをしたそうです..その結果神の名の元に貴方の勇者の地位は剥奪されました」
「そんな、勇者のジョブは神であっても取り上げられない筈です」
「ジョブは残っていますが、神自らがもう「勇者」として扱う必要が無いと神託を降ろされたそうです..その前にそんな体で勇者の仕事はおろか冒険者の仕事も出来ないでしょう」
確かにもう終わりだ。
マモンに壊されてしまった体は杖無くして真面に歩けない。
こんな体ではもう真面に働く事も出来ないだろう。
顔は無事だが..体は見るも無残に傷だらけ..娼婦にもなれない..
もう顔しか「美しき勇者ホーリー」「薔薇の勇者」と言われた面影はない。
此処に居ても殺意と侮蔑の目しか無い、出て行くしかないわ。
私は無一文で教会から出て行った。
もう3日間位は食べてない。
偶に酔っ払いに絡まれたけど、服を脱がそうとして私の体を見たら「不憫な者を見る目」になった。
スラムの人間から見ても私の体は不憫なのだ..娼婦の価値すら無い…思い知らされた。
《このまま死ぬのかな》
大通り沿いの端で静かに眠っている。
ここで寝ていると稀に残飯や小銭が貰える。
だが私は面が割れている..「自分達を見捨てた人間」本気で助ける者はいない。
馬鹿にし嘲笑して、その結果惨めさを思い知らせる為に..最低な施しをするだけだ。
腐ったミカンに腐りかけの食べ物..だが、それでも生きる為に食べるしかない。
だが、この日は違っていた。
こちらの方に綺麗な美少年が近づいてきた。
プラチナブロンドに鳶色の瞳で..凄く肌が白い..まるで絵みたい。
昔の私でも、きっと好きになる。
《私が勇者だったら..絵になるんだろうな》
「良かったら食べない?」
彼は串焼きを差し出してきた。
《惨めだな..だけど背に腹は変えられないわ》
彼からひったくるようにして食べた。
「そんなにがっついて食べなくても大丈夫だよ…はい果実水」
「あの、何でこんなに親切にしてくれるの? 今の私には何も返せる物が無いわ、銅貨1枚無いし、体すらこれなのよ!」
「もし、僕がその体を治したら、大切な者を守る為に力を貸してくれるかな?」
「本気なの?」
私の体はもう治らないのかも知れない..治るにしても長期の治療とリハビリが必要だわ。
こんな美少年と暮らせるなら..治らなくても今より遙かに良いわ。
「もし、力を貸してくれるなら、責任を持ってその体を治すよ、約束する」
「本気なのね? だったらついて来て!」
「良いよ、解った」
あったわ「奴隷商」私はずっと一緒に居てくれる美少年が欲しくて此処に来た事がある。
最も、高額な奴隷の中にも、私の眼鏡に叶う者は居なかった。
もし、彼が居たら..借金しても買ったに違いない..
何故、此処に来たのか?
それは「私が彼の奴隷に成りたいからだ」
奴隷と言えば、聞こえは悪いが奴隷契約には主人の義務も含まれる。
つまり、主人になれば「私の衣食住の保証や身体の保証もしなければならない」
何かの気まぐれで私を拾っても多分直ぐに気が変わる。
醜く壊されてしまった体を見たら。
歩く事も杖が無ければ歩けない..排泄すら真面でない..そんな人間捨てるに決まっている。
だから、彼の温情に付け込む。
気が変わらないうちに「奴隷契約」で彼を縛る必要がある。
そうすればもう、彼は契約で縛られ逃げられない。
《最低だわ..ごめんね、生きる為なのよ、もう何も無いから、その代わり、望むなら何でもしてあげるわ》
「奴隷商? 何で!」
「さっき言った事が本当なら、契約をして欲しい..もし結んでくれるなら、約束するわ」
「本当に? 解った」
「いらっしゃいませ!」
あれは..セイル様だろう、なんでこんなボロ女連れているんだ。
「私はこの少年の奴隷になる為に来たのよ..契約をお願いするわ」
「あの、本当に宜しいのですか?」
こんな体の不自由な人間、奴隷にしても困るだけだろうに..まぁ面は良いけど、よく見たら下も垂れ流しじゃないか?
余計な事言わないでよ..気が変わったらどうするのよ!
「あの、本当に君はそれで良いの? 多分手に入れたら僕は君を開放しないよ!」
良いに決まっているじゃない? この少年は馬鹿なのかな? 凄いお人よしなの? 美少年に介護される生活なんだから。
「勿論良いわ..お願いするわ」
「お願いします」
「解りました..それで奴隷の種類はどうしますか?」
「生涯奴隷で死ぬまで解除できない契約でお願いするわ」
「お前は奴隷になる方だ、セイル様に聞いている」
《うん? セイル..あれ聞いた事がある》
「彼女が構わないなら構いません」
「そうですか? それなら奴隷紋を刻みますので銀貨5枚頂きます..あと血を一滴頂きますが宜しいですか?」
「はい構いません」
奴隷紋を刻み..すべての手続きが終わった。
もう大丈夫だわ..もう彼は私を捨てる事は出来ないわ。
しかし、こんなガラクタ女をどうするつもりなのかしら..まぁこれ以下になる事は無いから良いんだけどさ。
騙したみたいで良心が痛むわ..
彼女が「勇者」なのは知っている。
僕には君が必要なんだ..僕が居ない間にユリアに何かあったら..そう考えたら護衛が必要だ。
男は絶対に駄目だから..女で強い護衛が欲しかった。
「勇者」と「虫の勇者」の違いを調べるのにも役に立つ。
「ごめんね…」僕は君の立場につけこんだ。
【第二章終わり】王宮からの呼び出しと勇者探し。
マモンと戦った次の日、王宮から迎えが来た。
王宮かギルド、そのどちらかから何らかの連絡が来ると思っていた。
この国で暮らしている以上は行かなくては不味いだろうな。
騎士が8人に馬車で来ていた。
ユリアが慌てているし、少し他人に見させる訳に行かない状態なので外で待って貰い準備した。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ユリアに笑顔で挨拶したが、頭の中は恐怖で一杯だ。
だって、「勝手にマモンを逃がしてしまった。」のだから。
帝国が召喚した、冒険者たちを病院送りにしたり殺したマモンを倒すチャンスがあったのに倒さなかった。
それを帝王や騎士に見られていた。
しかも、その後僕は話もしないで帰ってしまった。
咎められる可能性もある。
もし、そうなったらギルマスに犠牲になって貰おう。
僕が依頼を受けたのは「門の守護」だから討伐は引き受けていない。
実はギリギリでもう「戦える状態で無かった」それで許して貰おう。
「勇者様、馬車にお乗りください」
騎士達は正装で来ているし、言葉遣いも丁寧だ、これなら大きな問題では無いだろう。
僕は、ほっとしてそのまま馬車に乗った。
馬車には余り乗った事が無いが、この馬車が普通じゃないのは良く解る。
馬車と言うよりは、豪華な室内にしか見えない。
一緒に執事の様な男性も乗っているが、落ち着かない。
農村育ちの僕には、この馬車ですら場違いだ。
そのまま揺られて王城に着いた。
門の前には大勢の騎士が居て、この馬車に儀礼のポーズをとっている。
「勇者様、もし宜しければ手など振って頂けますでしょうか?」
僕は、顔を引き吊るらせながら手を振った。
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ、勇者様万歳、セイル様万歳」」」」」」」」」」
沢山の声が上がった。
歓迎されている。
これなら罰と言う事は無いだろう。
更に進みお城の中に入ると、帝王が居た、そしてその周りに明らかに偉いんだぞ..そう見える貴族たちが居た。
僕は偉い人と言えば、徴税管の役人様やギルマス位しか知らない。
そんな者とは多分比べられない位の人ばかりだ。
「よくぞ参られました、勇者様、さぁこちらへ!」
生きた心地がしない。
帝王自らが案内しているのだから..
大きな広間に着いた、王様が座る立派な椅子がある、そして一段低い場所にも椅子がある。
「さぁ勇者セイル様こちらへ」
「帝王様、そちらの椅子は帝王様の椅子なのでは無いですか?」
「普段はそうだが、今は違う、今この場で一番偉いのはセイル様だ..どうぞお掛け下さい!」
断るのも悪いからそのまま座った。
一段低い椅子に帝王様が座り、他の者は全員が立っている。
王国ならいざ知らず、ここ帝国は「勇者特権」は殆ど無い筈だ。
「この度は、四天王マモンを撃退して頂き有難うございました、国を代表してお礼を言わせて頂きます」
「ただ、流されるように戦っただけです」
「ですが、ミスリルランクの冒険者が負傷して死に、勇者が逃げ出した..その状態で戦って頂いたのです..王としてお礼を言わせて頂こう」
「僕には守りたい者があった、それを守る為に戦った、それだけの事です」
「事情は見ていたので良く解ります、だが貴方には是非、帝国の勇者になって貰いたいのです」
「帝国には「勇者特権は無い」そう聞いております」
「それは一部間違っています、正確には「帝国が認めない勇者には一切特権を認めない」そういう事です」
「あの、それで帝国の勇者になるとどうなるのでしょうか?」
「私より偉くなります」
聞き間違いだよな…
「ここは王国じゃ無いですよね? そんな訳」
「あります、帝国はジョブでは無く「真の男」に膝磨づくのです! マモンと正面から殴り合うような貴方より優れた男はおりません」
「辞退したいのですが..」
「無理でしょう? 騎士から宮廷魔術士、果ては貴族迄全員が見ていました、貴方の戦いをですよ! これで認めなければ立場が無くなります」
「解りました..そういう事ならお受けしますが..「勇者特権」は普段は使わない、普段は普通に付き合って貰えないでしょうか?」
「そう言う事なら..その様に計らいますが、「勇者扱い」それはどうしようもありません」
「解りました」
「それじゃ、セイル、俺はお前を気に入った! それに国を救って貰ったんだ、礼位はさせろ! 欲しい物はあるか?」
「やはり、帝王様はそちらの方が良いです..それじゃ気兼ねなく、貴族街に小さな屋敷が欲しい」
「解った..すぐに用意しよう、確かスーベルト侯爵、使ってない屋敷があったな、提供は可能か?」
「勇者様がお使い頂けるなら喜んで献上致しましょう」
「それではセイル、そちらを恩賞として渡し、ささやかな報奨金とミスリル級への昇進、それを報奨とし、地位は上に立つのは嫌いなようだから普段は俺と同等、非常時には一段上の「勇者」として扱う…それでどうだ」
「それでは日常生活が」
「ここは帝国だ、案外普通に過ごせるぜ」
「それなら..そうだ、あの召喚した、勇者様は何処に行かれたのですか?」
会えるなら一度会って話を聞いてみたい。
「帝国の勇者はセイル殿だけだ..国を出たとは聞いて無いからその辺に転がっているんじゃないか?」
何だか機嫌が悪くなったな…今は聞くべきでは無いだろう。
謁見が終わり、その後会食があった。
僕は農村生まれの田舎者なんだ..場違いな気がしたが、流石王国から野蛮と言われるだけあって、「豪快な方」も多数いた。
帝王からして豪快だ..多分、礼儀知らずな僕を気遣ってくれての事だと思う。
馬車で送って貰う時に騎士から「勇者」の名前を聞き出した。
結局僕は次の日に、ギルドに勇者捜索依頼を出した。
「勇者様、多分子供に依頼しても半日もあれば解決です」
「セイル様、俺に指名依頼出してくれよ!」
「あっお前ずっこいぞ..俺にお願いします」
良く見ると周りに8人いる。
全員余り見栄えが良くない..少し前のユリアと僕だ。
「全員こっちに来て..」
「「「「「「「「えっ」」」」」」」」
「セシルさん、この子達10人に指名依頼します、金額は全員で金貨2枚」
「嘘、1人銀貨2枚..セイル様、ありがとう」
「勇者様、ありがとう」
「頑張ってね! 誰が達成しても全員が貰えるようにしておくね」
「うん、頑張るよ」
「僕も」
「「「「「「「「「「行ってきます」」」」」」」」」」
「セイル様、子供だからって甘やかしすぎです」
「だけど、少し前の自分みたいに見えるからね..この位はね..依頼料の金貨2枚ギルドの仲介銀貨4枚、預けて置くから宜しくね」
「はぁーただの人探しに金貨ですか..まぁ良いですが」
「お願いしますね」
こうして子供の冒険者の力を借りて僕は、勇者ホーリーを探し出した。
【閑話】 ごめんね..彼女を奴隷にしてしまった日
家に帰り、ユリアに事の顛末を説明した。
「えーと、貴族街にお屋敷を貰って、ミスリル級の認定と勇者の認定を受けたんだ..凄すぎる..としか言えない」
「僕もそう思うよ」
「それでね、人探しして貰おうと思っているんだ?」
「ふーん、もしかして女の子?」
「女の子..だね」
「その子は可愛いのかな?」
「噂通りだとしたら、可愛いと思う」
「セイルの浮気者..可愛いんだ、その子…へぇー凄く可愛いんだ」
「違うって..そんな事思っても居ないよ」
セイルが浮気する訳ない..それは解っているけど、困るセイルが見たいからつい意地悪をしちゃう。
それに、放っておくと遠くに行ってしまう気がするから..
「嘘だよ! 大丈夫信じているから..で、どんな子を探しているの?」
「勇者ホーリー…まぁ、見つかるかどうか解らないけどね」
「勇者様? 何で?」
「同じ勇者だから、何かアドバイスが貰えるかも知れないし、立場的に不味くなっているみたいだから、場合によってはユリアの護衛をお願いできるかな?と思ってさ」
「私の護衛?」
「うん、今回もそうだけど、僕が居ない間に、ユリアに何かあったら心配だからね」
今の家の時もそうだけど、セイルは心配性だと思う。
私は王女でも聖女でもなくただの「お針子」なのに。
だけど、これはセイルの愛情だから..嬉しいし..何も言えない。
「ありがとう」
今の私は顔を赤くしながらこう答えるので精いっぱい。
次の日、人探しの依頼を出すと、1時間もしないうちに見つけてきた。
「セイル様、探している人見つかったよ」
子供の冒険者は街での活動もしているので人探しはプロなのだ。
「ありがとう」
僕は見つけてくれた少年にチップとして銀貨1枚渡した。
「嘘、これもくれるの?」
「仕事が速くて助かったからチップだよ」
「ありがとう、俺はマルコって言います、何かあったらまた依頼して下さい」
「また頼むよ」
僕は場所を教えて貰い、ホーリーが居る場所にすぐに向かった。
《酷いな》
ボロボロの服を着て街の隅に寝ていた。
服は血がついて固まっているし、足の向きがおかしい気がする。
体を丸めているが、老人のように腰が曲がっているのかも知れない。
暫く様子を見ていた。
侮蔑の目と罵詈雑言の悪口..見てて凄く不愉快になる。
言いたくはない、言いたくは無いが、「お前はマモンを前にして逃げずに居られるのか?」そう言いたくなる。
僕だって怖かった。
逃げた人間が言って良い言葉じゃない..お前はあの時に居なかった。
家で震えていたんじゃないのか?
ホーリーの姿がまるで自分が「無能」になった時の姿に重なって見えた。
全てを失った喪失感は味わった者しか解らない…
多分、お腹を空かしているんだろう..僕も同じだった。
近くの屋台で串焼きを買ってきた。
「良かったら食べない?」
僕はは串焼きを差し出した。
「そんなにがっついて食べなくても大丈夫だよ…はい果実水」
気持ちは良く解るけどがっつきすぎだって。
「あの、何でこんなに親切にしてくれるの? 今の私には何も返せる物が無いわ、銅貨1枚無いし、体すらこれなのよ!」
この状況で何か返そうって考えるんだね..僕には多分出来ない。
なら、体を治したら恩に感じてくれるかな?
ユリアの護衛依頼..受けて貰らえるかな?
「もし、僕がその体を治したら、大切な者を守る為に力を貸してくれるかな?」
「本気なの?」
気が付いたら「奴隷商」に連れて来られた。
何となく、ホーリーの欲しい物が解った。
彼女は多分、人が信じられないんだ…僕の時と同じだ。
「助けてくれる」その信頼、絆が欲しいのが解った。
だから、好きにさせてあげようと思った。
「さっき言った事が本当なら、契約をして欲しい..もし結んでくれるなら、約束するわ」
「本当に? 解った」
「あの、本当に君はそれで良いの? 多分手に入れたら僕は君を開放しないよ!」
「勿論良いわ..お願いするわ」
これで良い筈だ..彼女が欲しいのは「自分から離れて行かない保証」なのだから。
「生涯奴隷で死ぬまで解除できない契約でお願いするわ」
おい…それは不味いだろう..今更言えないな。
「彼女が構わないなら構いません」
腹を括ろう..一生面倒はみるよ。
だけど、困っている君に僕はつけ込んだんだ。
「ごめんね…」
【第三章スタート】 勇者再生?
ホーリーを連れて家に帰ってきた。
緊張する…これならマモンを前にした方がまだましだ。
「結構良い場所に住んでいるのね?」
「結構、討伐頑張ったからね..」
《どう説明しようか…》
「どうかしたのかしら? 何故すぐに入らないの?」
「ちょっと待って! 腹を括るから」
僕は何回か深呼吸をすると恐る恐るドアを開けた。
「お帰りなさいセイル!」
「ただいま」
ユリアと目が合った。
「あの、セイル…その人がホーリーさん?」
「そうだよ」
ユリアはホーリーをじっくり見ると..
「駄目だよ、セイル、ちゃんと気を付けてあげないと」
「えっ」
「女の子をそんな恰好で歩かせちゃ可哀想だよ?」
何が何だか解らない。
てっきり二人で暮らすと思っていたのに彼女持ち? なにこれ?
「どういう事かしら?」
「そんなに驚かないでも良いよ..約束した通りだよ、僕は君の体を治す、その代わり君は僕が居ない間ユリアを守る..それだけだよ」
「そうね、そう言えばそういう約束だったわ」
二人きりで生活できる訳じゃ無かったわ..そう言えば
「もし、僕がその体を治したら、大切な者を守る為に力を貸してくれるかな?」
「本気なの?」
うん、そういう約束だった。
「所で、その子はどんな訳ありなの? 勇者の力が必要な程、何かに狙われているの?」
「私は只のお針子だよ..はははっ誰にも狙われていないよ..そうだちょっと女の子の話をするからセイルは席を外してくれる?」
「それじゃ、丁度良いから夜まで出かけてくる」
「そう..いってらっしゃい」
「行ってきます」
私は、セイルが凄く私に対して心配性な事を話した。
その理由も含んで。
「そうか、村でそんな事があったのね、だけどもう何も問題は無い筈よね?」
「そうなんだけど、それが元で凄く心配性になっちゃったのよ」
「だけど、それじゃ私は体を治して貰う対価に何をすれば良いのかしら?」
「そうね、もし体が治ったら、家事でも手伝って遊んでいれば良いんじゃない?」
「それで良いの?」
「その前に..その体大丈夫なのかな?」
「大丈夫じゃない..多分、私は殆ど寝たきり状態に近い..少し歩けるけど、見ての通り、下の事すら不自由なんだ」
「見ても良い!」
「どうぞ」
見ても気持ち悪いだけだ..だけどお世話になるんだ..見せない訳にいかないな。
ユリアが見た物は足は正しい方向からずれていて、腰も変な方向に曲がり、胸も片側が潰れている..生きているのが不思議な状態の体だった。
しかも、それに全身に傷があり、所々肉がえぐり取られていた。
「どう?驚いたでしょう」
「お風呂はは入れる?」
「傷に沁みるし..体が熱を持っているから無理だと思う..ごめんね、騙したみたいで..だけどもう自分一人じゃ生きられないの..だから私は貴方を守るなんて出来ないと思うわ…ううん、騙したの、ごめんなさい」
「多分、セイルはその位、知っていたと思うよ!私もセイルも人見知りで、結構寂しがりやだから、もう一人位仲間が居てもいいと思う」
「そう..ごめんね」
「良いって、治らなければ治らないで友達になってくれれば良いわ..まずは女の子なんだから綺麗にしなくちゃね」
お湯を沸かして体を拭いてくれた。
下の方まで全部..多分こんな世話なんて家族じゃ無くちゃしてくれない。
まぁ孤児だった私はその辺りは想像だけど…暖かい。
綺麗なお湯が汚い土色になると入れ替えて何回も拭いてくれた。
髪もぬれタオルで蒸すようにして拭き上げてくれた..凄く気持ちが良い。
服も自分の着ている物から貸してくれて..
「えっと、それは何?」
「オムツだよ…流石に垂れ流しはね..」
「そうね..ごめんなさい」
「良いって」
「あのさぁ…そう言えば、セイルて名前..聞いた事があるんだけど..」
「そりゃあると思うよ..勇者だもん」
《勇者、あのマモンを追い払っていうあの勇者の名前だ》
「そうだったんだ、勇者だったんだ..私とは違うね」
「そうでも無いよ..最初二人で逃げようかな? なんて言ってたんだから」
「そうなの?」
「うん、金級になってなければ逃げていたよ」
《怖くない、そういう訳じゃ無かったんだ》
「それでも凄いよ」
正直、最初見た時に「冴えない子」そう思ったわ..
だけど、この子真面目に天使だ。
もし、奇跡が起こって体が治ったら、約束は守るわ。
ちゃんと守ってあげる..本当に守ってあげたい、この子は本当にそう思える人だから
勇者再生?
さてどうしようか?
多分、僕なら治せそうな気がする。
何しろ、僕には
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
ジョブに聖人がある。
これは恐らく、聖女の男版だと思う、そしてビィナスホワイトの経験がある。
そう考えるなら、聖女のジョブがあり、経験がある。
これなら、充分に治療が可能な筈だ。
ただ、問題なのは「ジョブ」を知られる事だ。
二つのジョブを持つ者は稀には居る。
ただ、それは単純な物だけ、例えば「お針子」と「機織り」みたいな感じ。
少なくとも4大ジョブを2つも持った者は居ない。
勇者だけでも大変なのに、それに「聖女」に匹敵する聖人迄あったら問題があり過ぎる。
それに、普通は「聖女」は女..人間では男には絶対に現れないジョブだ。
こんなのがバレたら絶対に大変だ。
誤魔化す必要がある。
「それで今日はどういったご用件でしょうか?」
困った時のギルド頼みだ。
「あの、伝説のエリュクサーがある、と言うような場所はありませんか?」
「セイル様..そんな伝説級の物は流石にありませんよ…あっても全部眉唾ですって」
「眉唾でも構いません」
「それなら、近くにある薬草のダンジョンの奥に偶に出現するボスが落とす..なんてのがありますが…嘘ですよ」
「どうして?」
「だって、ボスがホブゴブリンなんですよ? そんな者が高価な物を落とす訳ありません」
《話があるだけで良いんだ..良かった》
「それじゃ、試しに行ってみるかな」
「まぁ遊び半分で良いんじゃないですか? ミスリル級なんですから散歩感覚ですね」
「そうかな」
「はい、所で王宮から金貨2万枚が振り込まれています..凄いですねー」
《それが..ささやかな報奨金? 流石にもう働かないで良いんじゃないかな?》
「それじゃ、そろそろ引退しようかな?」
「あの、冗談でもそういう事は言わないで下さい..大事になりますからね」
《半分本気なんだけどな》
「解った..ゴメン」
近くの薬屋で薬瓶を買った。
ついでにエリュクサーの特徴を聞いた。
「勇者様、もしエリュクサーの探索をするのであれば、見つかったら家にお願いしますじゃ..金貨10万枚で買います」
「10万枚?」
聞いてみたら、今この世の中に現存するエリュクサーは11本、そのうち9本は教会が持っている。
その他は帝国に1本、王国に1本しかない、その為、他国ではお金に糸目をつけない..そういう事になっている。
「1本はもう使い道が決まっているから2本見つかったらね..」
伏線を張って僕は店を後にした。
薬草のダンジョンに向う途中に「デーモンホッパーレッドアイ」を見つけた。
折角なのでスキルに加えた。
この虫は僕から見たら、凄く残酷に見える。
しいていうなら「非情な殺戮者」使い処が限られる気がする。
薬草のダンジョンまできた。
ダンジョンの入り口には管理している兵隊がいる。
ここで身分証明を出してから入るのがルールだ。
「勇者様は顔パスです..しかしこんな初心者用のダンジョンに珍しいですね」
「まぁ肩慣らしです」
そのまま、中に入り適当にゴブリンとホブゴブリンを狩る。
いつもの様に首チョンパして収納袋に放り込む。
途中の休憩スペースで水を瓶に汲み..苦い草をすり潰してまぜた。
この草は害は無いが、苦くて食べる者は居ない。
まぁ、色がエリュクサーに似ていたから混ぜただけだ。
これで完成..遠目で見れば見えなくもない。
そのまま休憩スペースで暫く休んでから家に帰った。
「ただいま」
「お帰りなさい、セイル」
「お帰り..なさいセイル様」
「あっユリアに着替えさせて貰ったんだ、見違えたよ」
「でしょう? セイル、あんな恰好で女の子を連れまわしたら可哀想だよ」
「ごめん、どうしても僕はその辺りは無頓着でね」
「それでね、ホーリー、今日目当ての物が入ったからこれから治療をするよ..ただかなり苦痛だから覚悟してね」
「解ったわ..だけど私の体は、教会すら匙を投げたのよ?」
「やってみる..後、この治療に僕は命を懸けるよ…その代り終わるまで泣き言は許さないから..そのつもりで」
「セイル..」
「悪いけど、ユリアは見ないで欲しい..」
「どうして?」
「人を残酷に切り刻む姿をユリアには見られたくない、それにユリアが見ていたら動揺してタイミングを間違うかも知れない」
マチルダさんに空き部屋を使わせて欲しいと言ったら。
銀貨1枚で貸してくれた。
そこに、ホーリーをお姫様抱っこで運ぶ。
「セイル、本当に大丈夫なのよね?」
「絶対とは言えない..だけど、これで治せないなら諦めるしかない」
《流石に聖人のジョブはバレる訳にいかないからこの位の前振りは必要だ》
「セイル様..」
「ホーリー絶対に治してあげるとは言い切れない..だけど治らなかったら責任はとるから」
「解ったわ..任せる」
ホーリーを別部屋に連れて行き床に寝かせる。
ちょっと気が引けるが服を脱がした。
「驚いたでしょう..こんな体、聖女でも無ければ治せないわ」
「まず、この薬を一口飲んで」
「これは、何?」
「まぁ、それは内緒」
「そう」
僕は、ドラゴンビィの神経毒を打ち込む。
「これは..体が痺れて動かないわ」
「手元を狂わすと大変だから、痺れさせたんだ..これから結構酷い事するから」
僕がやる事は簡単だ、
ビィナスホワイトの力を使い、死なない様にした状態で腰から下を切断、その状態で左肩から乳房を含み切断。
簡単に言うなら、体の3/4を死なない状態にして全部切断する。
そこまで行ってから体の3/4を復元する。
本物の聖女の力は解らない..だがビィナスホワイトの力は復元に特化している。
壊れた状態の血止めは出来ても正常な状態には出来ない。
だから、壊れた部分は全部一回取り除く必要がある。
「何するの?」
「体を切り刻む..さぁ」
僕は猿轡を噛ませた。
切断に関してはエキスパートが僕の中に居る「ギルダーカマキリ」だ。
手を鎌に変えて、腰の上から真っ二つにした。
既に無詠唱でビィナスホワイトの力を使っている..延命操作だ。
「うぐふぐううううううううぐううっ」
目から涙を流して、鼻水まで流している。
そりゃそうだ、体を骨から内臓から真っ二つにされたんだ、こんな痛み..普通は味合う事は無い。
「うぐうぐうぐっえぐひぐうぐっ」
可哀想だけど、まだ上半身を半分斬らなくちゃいけない。
「ふうむ、ふうむスンスンふううむ..むぐぐぐぐっ」
上半身を斬り落とした。
これでホーリーは首と上半身の半分しかない..普通なら死んでいる。
ここで僕は、さっき作った偽のエリュクサーを体に振りかける。
そして、切断した部位を復元した。
猿轡を外したが..どうやら気絶したようだ..
後は、この部屋を掃除して..あれっ..体に力が入らない..そのまま僕も気絶した。
「うーん、きゃぁぁぁぁ」
あれ? 体がちゃんと治っている。
さっき私は..殺された筈なのに、何で?
おかしいな? それに何で私の体、怪我してないの?
綺麗な元通りの体..可笑しいな?
私は周りを見渡した..嘘、あそこにあるのは私の下半身じゃない!
こっちには私の上半身の半分がある..もしかして私..死んでいるの?
頬っぺたをつねってみた。
「痛い」
生きている..「何で」
良く見るとセイル様が倒れている。
さっきまで私を切り刻んでいたのに..そう言えば薬を使っていたわ。
近くに瓶が転がっている。
私の体に緑の薬が掛かっている。
うん、緑色の薬? 身体の欠損も死んでなければ治る? うん?
そんな事を出来る薬はエリュクサーしか無いじゃない、世界に11本しか無くて、その価格はお城より高い。
売りさえすれば、各国の王がどんな願いも叶える。
解ってしまった..エリュクサーは欠損部位すら復元する。
だけど、壊れて繋がってしまった体はそのまま..だから私を切り刻む必要があったのね。
最初に一口飲ませたのは、私が死なない為。
これが、貴方の切り札だったのね..これなら治せるわ。
だけど、エリュクサーを使ってくれたんだ。
この薬があれば万の軍すら雇える。
それこそ、大きな屋敷や城を買って家臣すら持てる。
それなのに、私に使ってくれたんだ。
「ありがとう..約束は必ず守るわ」
しかし、これまるで拷問部屋だわ..セイル様を運んで..私の体は..どうすれば良いのかしら?
パーティ登録と過剰戦力
目を覚ますと僕はベッドで寝ていた。
何故か横にユリアも寝ている。
「お目覚めですか? セイル様」
「あれっ、僕はどうして…あっ治療中に倒れたのか?」
「はい、それでベッドまでお連れしましたの」
「所で何でユリアも寝ているの?」
「私が掃除している最中に様子を見られまして、気絶してしまいましたわ、まぁあの惨状ですから無理もありませんわね!」
確かに斬り落とされた下半身は腸から骨まで見えるし、上半身は臓器がこぼれ落ちた状態で放置だ、普通に考えたら気絶するよな。
僕は虫の勇者になってから、何故かこういう物に恐怖を感じなくなった。
「掃除してくれたんだ、有難う!」
「あれは私の治療でしたから当たり前です!」
「それで、体の処分ってどうすれば良いか解るかな?」
「流石にこんな経験私も初めてですから、ですが私は教会から勇者の権利を剥奪されましたので教会では無く冒険者ギルドの管轄になると思います!」
「それじゃ、後で冒険者ギルドに相談に行こうか? それで体の方は?」
「樽があったんで樽に詰めておきましたわ、部屋も綺麗にしてカギは大家さんに返しておきました」
「そう、ありがとう..それで樽は?」
「あれですわ」
部屋の入口に確かに樽がある。
「申し訳ございません、丁度樽詰めをしている時にユリアさんに見られまして、目をまわしてしまいました」
「確かに衝撃的だったから仕方ないよね!それじゃ起こして冒険者ギルドに行ってから、ご飯でも食べようか! ユリア、起きて!」
「ううん..あっセイル、さっき死体が…」
「ユリアあれは、ホーリーの元の体だから、安心して」
「えっ、そう言えばホーリーさん..治っている! 良かった..だけど、何が何だか解らないよ」
「簡単に言うとホーリーの体の悪い所を全部切り取って、エリュクサーを使って体を再生した、そんな感じかな?」
《嘘だけどね》
「そんな事、本当に出来るの? 体の殆どを斬り落として、再生なんて神様みたいな事」
「出来るわ! 伝説の秘薬エリュクサーなら死んでいなければどんな大怪我でも一瞬で治す事が可能なのよ」
「そんな物があったら誰も死なないんじゃないかな? だったら何で皆使わないの?」
「物凄く高いのよ..」
「高いって言っても薬だよね? 金貨1000枚位?」
「全然足らないわ..金貨にしたら、最低でも5万枚..タイミングによっては1000万枚以上の値段が付く場合もあるわ」
「冗談よね..」
「嘘じゃないわ」
「セイル..その薬どうしたの? もしかして借金したのかな?」
「大丈夫だよ、ダンジョンで手に入れた物だから、借金とかはしてないよ」
「そう、それなら良かった」
この二人は、本当に優しくて善人なんだわ。
お城より高いエリュクサーを使ってしまったのに、何も言わない。
私がもし、手に入れたとしても、きっと他人には使えない。
だって、一生どんな贅沢をしても使いきれないお金が手に入るんだから。
そんな高価な物を私の為に使ってくれたんだ…
「どうしたんだ! ホーリー」
「ホーリーさん、元気ないけど、まだ何処か調子悪いの?」
「大丈夫! 私は元気ですわ」
ギルドに着いた。
セシルさんが直ぐにやってきた。
「セイル様とユリアさん…それに、ホーリーさん」
流石に驚いているわね。
「サロンを使わせて貰えるかしら?」
「はい、ただ今、ご用意します」
教会と国の後ろ盾が無くなった野良勇者だからランクは下がっているかも?
それでも金級ではある筈だわ。
「今回のお話を聞く前にギルドから報告があります..ホーリーさん、貴方のランクは銀級になります」
「何でそうなるの?」
「ホーリーはミスリルだった筈だよ」
「ミスリルは国が認めた者のランクです、イルタの国から正式に後ろ盾を辞める届けが出ています、更にゾラン教からも今後は関係ない物と扱う様にと届も出ています」
「それは良かったわ」
「良かったですか?..説明をさせて頂きます。 後ろ盾が無くなったので金級になりました、更に依頼放棄で1ランクダウン、その結果銀級になります」
「それは正式な物なのね」
「はい、残念ながら」
「そう、それは良かったわ、今の私はセイル様の終身奴隷なのよ…丁度良いわ、これでセイル様のパーティーに正式に入れるわね」
「終身奴隷..そんな」
「勘違いしないで欲しいわ、これは私が望んだ事よ!」
「貴方はジョブが勇者でしょう? それが奴隷になってよいのですか」
「その前に、私を見て..気が付かない?」
あれっ..怪我しているように見えない、確か報告では二度と戦えないという筈だった。
「健康に見えます」
「はい、これ..」
「何ですか? この樽は..嘘、死体が入っている、一体何をしたのですか? まさか殺人」
「違うわよ..それは私の体よ」
「何が何だか解りません」
「それじゃ僕が説明します」
僕は、筋書き通りにホーリーに言った事と同じ事を説明した。
虫の聖人では無くエリュクサーで治したと嘘をついて。
「エリュクサー..手に入ったんですね、信じられませんが、それ以外考えられません」
「あの状態の私にエリュクサーを使ってまで治してくれたのよ? 一生仕えたくもなるわ」
「あははははっ、エリュクサー使っちゃったんですね! 国宝よりも高いのに」
「僕が手に入れたんだから自由ですよね?」
「確かにそうですよね..まぁ勇者だから問題は無いでしょう..それで今日の用件は何でしょうか?」
「この、体の処分と、パーティにホーリーを入れる手続きです」
「あっ「エターナルラブ」にですね..解り、ちょっと待って下さい..ギルマスを呼んできます」
これは、私の判断を越えてます。
「どうしたんだ、セシル」
「セイル様からパーティーの申請が出ています」
「勇者様、それで俺はどっちが良いか? 何時もの俺と、勇者扱いする俺と!好きな方で良いぞ!」
「いつもの方が良いです」
「そうか? それじゃセイルで良いな? お前ならそう言うと思ったぜ..問題無いOKだ」
「解りました、本当に良いんですね?」
「勇者だからって特別扱いするなよ? 普通に扱ってやれ」
「解りました、それでは手続きさせて頂きます、冒険者証を三人とも預けて下さい。」
《本当に良いのかな?》
それぞれの冒険者証にパーティメンバーの名前が加わり
僕の冒険者証に 奴隷ホーリーという項目が加わった。
ホーリーの冒険者証に 主人セイルと言う項目が加わった。
「これで手続きは終わります..ホーリさんはセイル様の奴隷なので報酬は一回セイル様の物になります、その後は話し合いで分けて貰って下さい」
「「「解りました」」」
ギルドを後にして三人で高級そうなお店に来た。
私は奴隷だから立っていたんだけど..
「早く座りなよ」
「えっと、私は奴隷ですわ」
「あっ、奴隷とは扱わないから安心して、しいて言うならユリアの終身護衛だから..食べ物も生活も基本は一緒だから」
「そうそう、友達みたいに思って良いよ!」
「本当に良いの?」
「別にそれで良いよ」
「それじゃ、同じ物で良いよね..ミノタウルスのステーキ セットで3つとエール3つ」
《それ高級肉だわ…勇者の時でもそんなに食べた事は無いのに…》
久々に食べたステーキは本当に美味しかった。
だけど、これ絶対に奴隷の扱いじゃないわ..こんな幸せなら、奴隷になりたく無い、何て人は居なくなるもの…
ギルドにて
「あの、ギルドマスター本当に良かったのですか?」
「何がだ?」
「勇者二人がパーティーを組む事ですよ! セイル様がマモンと互角だとしたら、そこにホーリーさんが加われば国相手に戦える戦力になりかねないのですが…良いのですか?」
「ホーリーだったのか!」
「まさか気が付いて無かったのですか?」
「ああ」
「どうするんですか!..問題になりますよ」
「多分、大丈夫だろう? 一応王城に報告をあげるが、セイルは帝国が認めた勇者だ、その勇者の仲間に勇者が加わる..喜ぶよな?」
「私に振られても知りませんよ!」
「あああ明日、俺は帝王様に謁見願いを出してくるわ」
「そうして下さいね」
帝王様なら大丈夫..今となってはそう思うしかない。
【閑話】教皇、帝都へ!
「セイル様が帝都で勇者になられているですって!」
「はい、帝都にある教会の司祭からオーブで知らせが入っております」
話を聞いたイシュタ教の教皇ヨハネス3世は感動していた。
「流石は伝説の中に生きる方、例え勇者の力が無くても、勇者らしく生きておられるのですね、素晴らしい」
「教皇様、しかもセイル様はあのマモンを退けたそうです!」
「何ですって…あのマモンを退けたってですって!」
「はい、しかも異教の勇者ホーリーを従えているそうですよ」
「ああっ、何て素晴らしい方なのでしょう? きっと記憶は無くしてもその歴戦の記憶は体に染みついているのですね…もう王都に居る意味はありません…私は帝都の教会に移ります」
「教皇様、王国の方はどういたしましょうか?」
「此処を本山にしておく意味はもうありません、ですが信者の数が多く維持しなくてはなりません、3/4はこのままでルニー司祭に任せて私を含む数人がまずは帝都に移ることにします。 帝都の教会にはすぐに連絡して早目にセイル様に接触するように連絡してください、良いですか? 私が行くまで絶対にセイル様に変な事しないように伝えて下さい」
教皇は聖騎士を引き連れ王都を出て行った。
彼の信仰は女神と勇者にある。
女神絶対主義、勇者絶対主義の彼にとってもう王国は何の価値も無い物だった。
帝王とギルマス
俺は冒険者ギルドのマスターと話している。
勇者セイル絡みだから直ぐに会う事にした。
「また随分急な話だな、一体何があったんだ?」
「簡単に言うなら、セイル様のパーティーに同じ勇者ホーリーが加わった!」
「別に良いんじゃないか? ホーリーはもう戦えないんだろう? 同情したセイルが引き取ったのか?」
「それが、戦えます!」
「報告は受けている、教会も治療の匙を投げた筈だ」
「エリュクサーを使ったんだぜ..セイル様は..流石の帝王様も驚くだろう」
「エリュクサー..そんな物持っていたのか? 知っていれば国庫のお金を叩いても買ったのだが..本当の事なのか?」
「ああっ、何しろホーリーの下半身と上半身の半分の体を廃棄してくれと持ってきた..受付が死体を持ってきたと勘違いした位だ、あれだけ切り刻んで治せる方法はエリュクサーしかない」
「よくもまぁ秘薬の中の秘薬を使ったもんだ」
「話では最初は治せる宛は無かったらしい、セイルを信じられなかったホーリーは世話をして貰う為に奴隷になった..そこからスタートして治しきったんだ」
「それじゃ..治せたのは偶然なのか?」
「多分な? まぁ懐の厚い男..そういう事じゃないか?」
「エリュクサーが手に入らなかったのは残念であるが、勇者二人を抱える事は大歓迎だ」
「最大戦力が2人、国相手に戦えるな!」
「まぁ、セイルは良い奴だから悪い事はしないから安心だ」
「まぁ彼奴の恋人に手を出さなければ穏やかだからな?」
「それはどういう事だ?」
「帝王よ、何故彼奴が帝国に来たのか、詳しくは知らないが訳ありらしいぞ、そうじゃなくちゃ勇者とお針子が此処に来るか?」
「ああっ、とりあえず気を付けるとする」
「それが良い」
「そろそろ屋敷の方の準備も整うから、一緒にホーリーも呼び出して正式に逃亡を許すとしよう」
「恩の一つも売っておくのも良いかもな」
「この後、お前は時間はあるのか?」
「あるぜ」
「それじゃ、久々に街に繰り出すとするか?」
「帝王が良いのかよ!」
「たまには昔の仲間と飲みたい夜もあるんだぜ」
「付き合うぜ」
この後、2人は抜け出して夜の街に繰り出した。
帝王の逃げ出す癖は何時もの事なので大きな問題にはならなかった。
守る気持ち
僕はここ暫く、色々あり真面に働いて無い気がするから働く事にした。
「それじゃ行ってきます!」
「セイル様。お伴します! こう見えても私元勇者ですからお役に立ちます!」
何か勘違いしている。
「やだなぁ、ホーリーの仕事はユリアの護衛でしょう! ホーリーが居なくなったら僕が居ない間、誰がユリアを守るの? だからユリアと一緒に居てね…そうだ一応お小遣いとして銀貨5枚あげるよ…足らなくなったら言ってね」
「あの、セイル様、私は仕事をしなくて良いのですか? 戦わなくて良いのでしょうか?」
「勿論戦って貰うよ、ユリアが危なくなったらね!」
「いってらっしゃいセイル!」
「….いってらっしゃいセイル様」
行ってしまわれた。
「あの、ユリアさん、私は何をすれば良いんでしょうか?」
「私の護衛らしいから、その辺で休んでいれば良いんじゃない? お茶でも入れるわね」
お菓子と紅茶を用意されてしまった。
私は終身奴隷の筈なのに。
私の服だが、恐ろしい事にミスリルアーマーを着ている。
セイル様が買ってきた。
正直言うと教会から支給されていた物より上質なんですのよ。
しかも収納袋(小)まで持たされて薬品が沢山入っている。
今の私を見て誰が奴隷だと思うのだろう。
上級騎士かミスリル級の冒険者にしか見えないと思う。
「気が引けるでしょう? だけど諦めてね! セイルはああいう人だからね!」
「本当にこんな生活してて良いのでしょうか?」
「それがセイルの望みなんだから良いのよ」
セイル様の心配性はもうユリアさんは諦めたそうだ。
それが全部自分への愛情なのだからと嬉しそうに話す..ちょっと可愛い気がする。
その後、惚気話が始まった。
「良いですね? 羨ましいですわ」
誰かに守って貰えるって良いな..私は勇者だから「助けて」「守って」そればかりだった。
そして、最後は無様に逃げ出して..捨てられた。
確かに最後は逃げ出したけど、教会には何回も助けてあげた人も居たのに、困っている私にパンもスープもくれなかったわね。
ギルドには私に言い寄って来ていた男も居たのに落ちぶれたら放置だった。
心底、ユリアさんが羨ましく思ったわ。
「何言っているのかな? ホーリさんは私やセイルの仲間なんだよ? 一緒に守って貰えるよ!」
勇者の私が守って貰えるの?
そうか、私は女の子だったんだ。
「勇者」より守って貰える「お姫様」になりたい、当たり前の事だわ。
だけど、守ってばかりで誰も守ってくれなかった。
私が欲しかったのは「守ってくれる人」だったんだわ。
本当の仲間ってこういう事なのね。
「そうね、うん、セイル様なら守ってくれそうだわ」
「どうしたの?ホリーさん急に泣き出して」
「大丈夫ですわ..これはうれし泣きですから」
「なら、良いけど? 具合が悪いなら言ってよね..それじゃ暫くしたら買い物に行こうか?」
「はい」
守って貰えるのか…よく考えたらもう守って貰ったでは無いか!
体を壊した私を城より高いエリュクサーを使って治してくれた。
多分、あのままだったら死んでいたわ。
ユリアさんだって嫌な顔しないであんなに汚い私を看病してくれた。
本当に守ってくれる人達なんだ。
臆病な私かも知れない..だけどこんな人達の為なら私は、マモン相手でも戦えるかも知れない。
本当にそう思った。
だけど、まさか再びマモン相手に戦う日が来るとはこの時の私は夢にも思っていなかった。
ドラゴンステーキ
狩を始める前に状況を整理しよう。
この間、デーモンホッパーレッドアイの能力を手に入れた。
正直言うとデーモンホッパーレッドアイは恐ろしい虫だと思う。
僕のイメージは「非情な殺戮者」、例えばドラゴンビィが勇者や騎士ならこの虫は、「魔王」なのかも知れない。
農薬や効果的な魔法薬が出来るまで大量発生した場合は人間は殺されるしか無かった。
まずはその脚力を試す、足に集中して跳ねてみた。
嘘だろう! 木々を越えて更に上空まで飛び上がった。
これなら、跳ねるだけで王城すら飛び越えられる。
まるで空を飛んでいるようだ。
よくよく考えればドラゴンビィの能力があるから空だって飛べそうだけど飛べない。
何かスキルを使うコツがあるのかも知れない。
今夜でもホーリーに聞いてみよう。
今の僕の能力は
現在のセイル(メモ書き)
ジョブ 虫の勇者 虫の聖人
ギフト ケインビィの経験 ビィナスホワイトの経験
固有スキル 意思疎通(虫限定)能力コピー(虫限定) 聖剣錬成
スキル ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント ギルダーカマキリ アーマードシールドインセクト デーモンホッパーレッドアイ
だ。
さて、僕は何を狩れば良いのかな?
この辺りで一番強いバグベアーは簡単に狩れる。
そう考えたら次は竜種辺り、一番下の亜竜を狩る事を検討するべきかも知れない。
マモンは亜竜どころか龍種すら倒せるのだからチャレンジするべきだ。
ワイバーンか地龍、どちらにするか?
どちらにするか考えて僕は地龍にする事にした。
地龍は固そうだけど、マモンにすら打撃が与えられる僕なら多分倒せる、もし通じなければ逃げれば良い。
ワイバーンは空だからもし勝てない場合は逃げきれないかも知れない。
通常なら3日間掛る場所だが僕なら半日で行ける。
結果から言うと簡単だった。
マモン程の固さは無く引き裂く事は簡単で体は大きいがただそれだけだった。
ギルドの収納袋は優秀で遭遇して倒した6体全部を収納出来た。
結局、今回はデーモンホッパーレッドアイの能力は使っていない。
この能力を実戦で使うのは次回に持ち越しだ。
さて今日はこの位で帰るとするかな。
「お帰りなさいセイル様..今日も倉庫ですか?」
「はい」
ここ暫くは来なかったせいかセシルさんの顔色が良いな。
「さぁどうぞ」
僕はホブゴブリン12体とホブゴブリン4体を出した。
「今日はそれだけですか?」
「いえ、それだけじゃ無いんです」
「えっ」
僕は地龍6体を取り出した。
見た瞬間にセシルさんの顔が凍り付いた。
「地龍ですね..しかも6体..1体でも騎士団が2小隊でやっとなのに6体..それでそれはどの位の期間で狩ったのですか?」
「半日ですね」
「またですか..まぁ勇者ですから..そう勇者ですからね、解りました..地龍はオークションに出すルールがあるので実際の落札額から2割ギルドが貰ってその残りがセイル様への支払いになります」
「解りました、また口座の方にお願い致します」
「はい、またギルマス呼んできます」
「はい、お願いします」
「今度は何だ? またセイルか?」
「私ばかり驚くのは嫌なのでご自分で見て下さい..」
「また何かあったのか?」
「見て下さいね」
「なっなっ地龍じゃないかしかも6体..まぁ勇者が2人なら当たり前か?」
「違います、これはセイル様1人で狩ってきたんですよ?」
「そうかやっぱりセイルは凄いな」
「余り驚きませんね?」
「だってよ..セイルはマモンと互角に戦えるんだぜ! そう考えたら亜竜なんて楽勝だろう」
「そう言われてしまえばそうですね!」
「しかし、亜竜とはいえドラゴンか、ステーキが食べたいな」
「あれは美味しいですよね」
「だったら1体の足を1本解体お願いします..それを三人で分けましょう?」
「良いのか? これ凄く高いんだぞ?」
「本当に私も良いんでしょうか? 私ドラゴンステーキなんて生れて2回しか食べてないんです、しかも2回とも一口だけです」
「はい、美味しいならユリアとホーリーにもご馳走したいですから」
「解りました、それじゃ足1本直ぐに解体しますね」
「あっ、俺がやってやるよ、高級品だからな」
今日の夕飯はドラゴンステーキだ、きっとユリアもホーリーも喜んでくれるよね。
呼び出し
朝起きると王城から呼び出しが掛かった。
「セイル様、ホーリーに帝王様から呼び出しが掛かっております。」
帝王様は短気なのかな?
王国だと、話で聞いた限り呼び出しは「何時こい」という感じで余裕があった。
だが、帝国ではいつも馬車が来る。
「直ぐに支度するから暫くお待ちください」
傍でホーリーが青ざめている。
そりゃそうだ、敵前逃亡したんだ、何だかの罰がある。
そう思っているに違いない。
「大丈夫だよホーリー、僕は帝国の勇者だから王と同じ権限を貰って居るから酷い様にならない様にするから安心して」
「何時も迷惑ばかり掛けて申し訳ございません」
「大丈夫だから、気にしないで」
馬車に揺られて再び王城まで..しかし態々迎えに来てくれなくても、連絡が貰えれば何時でも行くのに。
「それじゃ、ユリア行ってくるね!」
「行ってらっしゃい!」
折角、ユリアの護衛にホーリーが加わったのにこれじゃ台無しだよ。
王城に着くと直ぐに謁見の間に通された。
帝王と同じ扱いで良いという話のせいか同じ段に椅子があった。
帝王が座り、僕が座るとその後ろにホーリーが立った。
「それで、今日はいったいどういった事なのでしょうか?」
「まずは、ホーリー今回の敵前逃亡の事だが、不問に致す」
「宜しいのでしょうか?」
「もう良い、あのマモンじゃ仕方ない、ただ周りが何を言うか解らないから、自分から償いとしてセイル殿の奴隷になった、そういう纏め方でどうだ!」
「それで、纏めてくれるなら有難いな」
「有難うございます」
「良い、ついでにホーリーが今現在フリーになっておるから、帝国の所属,セイル殿の奴隷兼勇者と言う事で準勇者という扱いにする」
「それはどういう扱いなのでしょうか?」
「セイル殿の奴隷だが勇者の権利があるという事だ、つまりはセイルの言う事以外、俺の言う事もきかないで良い..そういう事だ」
「本当に宜しいのでしょうか?」
「まぁそうしないと、イルタの国とゾラン教と揉める可能性がある、最も「破門と支援打ち切り」を世界に発表しているからそうそうは文句も言えぬと思うが」
「その辺はお任せします」
「ああ任してくれ..それで王宮でも一体、地竜を購入する事にした、オークションに参加するから楽しみにしていると良い」
「はい、有難うございます」
しかし、地竜なら簡単に狩れるんだけど、こんな簡単にお金が手に入って良いのだろうか?
「話はこれ迄じゃ、この後時間があるなら一緒に食事でもしないか?」
「いえ、家でユリア、すいません恋人が待っているので遠慮します」
「ほう、帝王である俺の食事より恋人か?」
「はい」
「はははははっ聞きしに勝る愛妻家だな!そう言えばそろそろ屋敷の方の引き渡しも2~3日で出来ると聞いた、俺の方から遊びに行かせて貰う」
「それならお待ちしております」
「成程、そう言えば、冒険者ギルドのマスターが「生活が安定したら結婚したい」と言っていたが誠か?」
「確かにそう言っておりました」
「勇者として国が決まり、大金も掴んだ、そして貴族街に屋敷を構えた…潮時なんじゃないか?」
そうか、確かにそうかも知れないな。
そろそろ、本当に考えて良いのかも知れない。
「確かにそうですね、屋敷に移って落ち着いたら真剣に考えます」
「セイル殿、家族って良いもんだぜ」
「僕には無かったもんです、その辺りも教えてくれませんか?」
「良いぜ、俺でも良いし、ギルマスでも、あれでも家族持ちだ..何でも聞くがいい」
「ギルマスが?」
「ああ、しっかり尻に敷かれているんだ」
そうか、結婚か、これは僕1人で考えないと..
マモン再び
結婚か..そろそろ考えても良い頃だけど、どこの教会で誓いを立てれば良いんだ?
この世界の結婚は事実婚に近い。
教会で誓いを立てて周囲に伝える、貴族等を除いて…あれっ、僕は勇者で冒険者だから帝王とギルマス辺りに伝えれば良いのかな?
勇者の結婚について今度聞いてみよう。
「確かに!セイル様もそろそろ、結婚しても良い時期ですね」
「そうだな..うん」
「…..」
「どうしたんだホーリー」
「ちょっと考え事していました」
「そう? しかし問題が無くて良かったね」
「本当にご迷惑を掛けました申し訳ございません」
「まぁ気にしなくて良いよ」
「このご恩は必ずお返しします」
それから数日後。
「無理です、無理です、本当に無理です..許して下さい、勘弁して下さい!」
笑いながら、セイル様とユリアさんが見ている。
私が死に掛けているのに..
私の目の前には..恐怖の象徴、マモンが拳を振り上げていた。
時間は少し遡る。
「今日はちょっとした訓練をしに街の外に行ってくる」
「訓練ですか? 良いですねお伴したいです!」
この時の私のこの一言が地獄の始まりだとこの時の私は知らなかった。
「私もセイルのカッコ良い所を見たいから、見学しても良いかな?」
「今日は危なくないから良いよ」
「それじゃ私もお伴して良いんですね?」
「そうだね、折角だから訓練に参加して」
「はい」
セイル様に訓練をして貰える。
淡い期待もあった。
恋人持ちとはいえ美少年と剣を交えられるのだ..楽しみ。
だが、可笑しい、兵隊が声大きく叫んでいる。
「今日は門の外には出ないで下さい! 門の中は安全です、安心して下さい」
「門から出ない事、それ以外は日常と同じで大丈夫です、その代わり、門から出たら命の保証はしません」
何が起きているんだ?
勇者としての直感が恐怖を告げる。
門から外に出ると、騎士や冒険者が沢山いた。
そしてその中央には帝王にギルマスが居る。
「セイル殿、本当に来たぞ..」
「セイル、これが終わったら話をしたい、会わせたい人も居る時間をあけてくれ」
「解りました、その代りこの二人をお願いしますね」
「ああ引き受けた」
そしてその先には..
四天王のうち「剛腕のマモン」「空の女王スカーレット」2人が来ていた。
「へぇー貴方がセイル、その弱々しい体でマモンに勝ったの? マモン冗談でしょう?」
「冗談ではない..」
「へぇーお姉さんと遊ばない?」
「遊ぶって何するんですか?」
「遊びは遊びよ、うぶね..遊びって言えば殺し合いよ!」
「おい、辞めて置け、お前じゃ勝てないぞ!」
「ふん、負け犬が、人間なんて虫けらよ! 空を飛べない時点で私が負ける要素は無いわ」
「虫けら? 虫を馬鹿にするな」
「なら、試してみる?」
僕はマモンの方を見た、やれやれという様にポーズをとっている。
「良いよ」
スカーレットが空に舞い上がる。
そこから僕めがけて突っ込んできた。
速いけど、威力が足りないな..これなら当たっても痛くもかゆくもない。
そのまま体当たりした。
アーマードシールドインセクトと同じ強度の僕の体だ、マモンでもない限り当たった方が怪我をする。
彼女は再び空に舞い上がった。
「なかなか強いわね、だけど空に逃げれば貴方には手が無い…此処から..えっ」
僕は空を飛べない、だが僕にはデーモンホッパーレッドアイの跳躍力がある。
あの倍の高さであっても余裕で跳ねられる。
そのままスカーレットを掴み地面にたたきつけた。
あくまで優しく。
多分掴んだ瞬間、彼女の体は柔らかった。
グリーンアントの力で殴ったら死んでしまうかも知れない。
そのまま、スカーレットに馬乗りになり、近くの地面を殴りつけた。
地面は音を立てて陥没した。
「まだやる?」
「ひぃ..」
「それじゃこれで僕の勝ちで良いよね?」
スカーレットは首を縦に振った。
「お前な、俺が負けた相手にお前が勝てる訳ないだろう」
「普通考えられる訳ないでしょう? マモンより強い人間が居るなんて」
「だが居たろうが」
「確かに..そうだ、セイル良かったら魔族に寝返らない? 今なら私もつけちゃうから」
「間に合っています」
ユリアがこっちを怖い目で見ている、何故かホーリーまでも。
「そう?魔族の女は良いわよ? 人間と違って何時までも若いままでいるわ」
ユリアの目が笑って居ない..
「遠慮します」
「そう解ったわ、残念ね」
「勇者様はまた強くなったようだぞ」
「四天王の一人をあんな簡単に倒すなんて」
「これで二人目、力でマモンに勝ち、スピードでスカーレットに勝つ何て」
「さてと、セイル次は俺だ、お前とやり合ってからな、他の相手じゃ満足できなくてな」
「相手になる約束だから仕方ないですね..良いでしょう」
再びマモンと戦う。
以前の戦いに今回はデーモンホッパーレッドアイの力を加える。
跳ねるのでなく蹴りがメインだ。
「ほう、以前の戦い方に足を加えたのだな、器用な物だ」
「そういうマモンも強くなったような気がするぞ」
今のマモンとこの前の僕が戦ったら負けていたかも知れない。
「わはははっ俺もこれ以上強くなれるなんて思って無かったぞ!..まだ底があったみたいだ、最もゾルバを半殺しにしてスカルの死の軍団の半分もぶっ壊してしまったが」
強いな温存なしでいけるかもしれない。
「やはりマモンは強いな..本気出してよいかな?」
「貴様手加減していたのか? 手など抜くな」
僕はデーモンホッパーレッドアイの力を本気で解放した。
この虫は本当に残酷に見える。
僕は魔王は本でしか見た事は無い、だがそれ以上に邪悪に見える。
「行くよ」
マモンに本気の蹴りを繰り出す。
マモンの巨体が空中迄蹴り上がった。
そのまま跳ねて蹴りを繰り出す。
なすすべも無くマモンが地面に突き刺さる。
そのマモンに対し、王城よりも巨木よりも高く飛び上がりそのまま蹴りをぶち込んだ。
マモンが気絶していた。
「今回も僕の勝ちかな」
「セイル、お前また強くなったな」
あれで数秒しか気絶しないのか..
お互いに決定打に欠けていた。
「結局、今回も引き分けだな」
「ああそうだ」
お互い殺す気ではやっていない。
マモンも角を無くして黒銀の体になっていない。
僕も虫の残酷な性格や聖剣を出していない。
だが、これはこれで本気だ。
さしづめ、本気で試合をしたそんな感じだろう。
「あれ、私がされたら死んじゃうな..手加減相当されていたんだ」
「だから言ったろうが、スカーレット」
「本当に強い」
「セイル殿は多分歴代最強の勇者かも知れないな」
「ああ、間違いなく強い」
「だが、人間残念ね、魔王様は200年は復活しないわ、200年後には人間は長生きしないからセイルは死んじゃうわよね」
「そうだね..その時には僕は居ないかな?」
「それじゃ魔族が本気で戦う必要は無いから安心ね」
「そう思う」
「おい、セイルお前は2人と戦っただろう? もう一人位強い奴は居ないのか?」
周りを見渡す。
騎士は全員僕から目を反らした。
高価な装備が泣くよ?
帝王もギルマスも目を反らす。
大丈夫だよ重要人物に戦いなんてさせないから。
仕方ない、此処で僕の次に強いのは彼女だ。
「仕方ない、僕以外に強いというと彼女しかいないな、ホーリー頑張って」
「ええっ、私ですか?、冗談は辞めて下さい、前に私はなすすべも無く死に掛けたんですよ!」
「大丈夫怪我したら僕が治すし、危なくなったら助けるから」
嘘でしょう、何で私がこんな目に..
「無理です、無理です、本当に無理です..許して下さい、勘弁して下さい!」
笑いながら、セイル様とユリアさんが見ている。
私が死に掛けているのに..
私の目の前には..恐怖の象徴、マモンが拳を振り上げていた。
振り下げられた拳をセイル様が掴んだ。
「まぁ、その女じゃスカーレットは兎も角俺の相手は無理だな」
「ですが、此処で2番目に強いのは彼女です..だから無理ですよ」
「そうか、なら今日はこれで終わりだな、娘良い師匠を見つけたな! ついでに卑怯な根性も叩き直して貰え、がはははははっ」
「うううっ」
笑いながらマモンたちは帰って行った。
多分、また来るんだろうな..まぁ周りに迷惑が掛からないから別に良いか..
僕もまた虫の力を強化しなくちゃな..今回も危なかった。
「ホーリー行こうか」
僕はホーリーと一緒にユリアの所まで帰ってきた。
「流石はセイル殿、疲れている所済まぬが少し時間を作ってくれないか?」
帝王とギルマス、その後ろには誰でも知っている顔の人物がいた。
【閑話】 何も解らないのに
「女神イシュタ、創造神様がお呼びです! 今直ぐ行くように」
可笑しいわ、滅多に女神になんて呼び出しは来ない。
しかも、創造神様、最上位の神じゃない。
そんな方から声が掛る..そんな事は普通は無い。
声が掛るという事は、良い事か悪い事かどちらかだ。
今の自分は、どう考えても手柄も無い、それじゃ何かやらかしたのか? そういう事も無さそうだ。
検討もつかないまま私は創造神様の所に出向いた。
「お前が違反をしていると邪神側から訴えがきておるぞ」
「何の事でしょうか?」
「お前は過去の勇者の魂を転生させて能力を与えたのではないか?」
「その様な事はしていません」
「そうかの? こちらでは既に過去の勇者セイルの魂が今現在存在している事は知っておるぞ!」
何、あれ、確かに似ていると思った。
瓜二つだったから咄嗟に言った嘘だったのに、まさか本当だったの?
「そうですか? 私はその様な者に接触をしておりません」
「それは解っておる、だが可笑しな事に感謝の祈りが届いているそうじゃないか?」
「それは」
「女神たるものが嘘はいかんの!」
「すみませんでした」
「まぁ謝って許される事ではない..だがもっと大きな問題がある」
「何があるのでしょうか?」
「他の神が知っているなか、お主は知らぬのか? 火中の女神が知らぬとはこれも由々しき問題じゃ」
「本当に何か解りません」
「セイルがマモンと互角に戦ったそうじゃ、あの規格外品にな」
「なっ、あのマモンにですか?」
「そうじゃ..そこが一番の問題なのじゃ..あの世界に関わっている神全員から話を聞いたが、今あの世界には勇者は1人、それもかなり能力を押さえたホーリーという者1人しかおらんのじゃ」
「私もそう聞いています..魔王が復活しない限り、私は勇者を誕生させる気はありません」
「だが、実際はどうかの? どう見ても、強力な勇者が存在しておる、しかもそれは過去に勇者だった者の魂を宿しておる..そしてその感謝は全てお前に入っておる、どう説明するんじゃ?」
「それは私にも解りません」
「まぁそうじゃな..だが邪神側の神々は、お前がズルをしたと思っておるよ」
「私は何もしていません」
「それは証明できるのかの? まぁ良い、3か月の期間をやろう、真相を突き止めるのじゃ」
「解りました、ですが出来なかったらどうなるのでしょうか?」
「さぁ、邪神側が納得いく説明が出来なかったら、最悪女神から落とされる可能性もある、そう思った方が良いな」
「解りました、必ずや真相を突き止めます」
とは言った物の創造神様や他の神が知らない事を私一人で調べられる宛などは無かった。
変る日常
「セイル殿、紹介する此方が、イシュタ教の教皇ヨハネス3世だ」
この辺りが実は微妙。
勇者は王や教皇より偉いという考えは意外に多い。
その反面、実権はある様な無い様な物なので対応に実に困る。
「教団を代表してお詫びします、アイシアでは本当に申し訳ない事をしました」
嘘だろう、この人が頭を下げるなんて、王国では1番の権力者の筈だ。
「いえ、もう気にしておりませんから頭を上げて下さい」
「それでは許して頂けるのでしょうか?」
「許すも何も、あの事はその場で終わった、僕はそう思っています」
「何と心が広い、流石は勇者様の魂を宿した方です、しかも先程の戦いも見させて頂きましたが、勇者以上に戦えるなんてすばらしい」
「あの、話が解らないのですが」
話を聞くと、教皇の話では僕は過去の勇者 銀髪のセイルの生まれ変わりだそうだ。
しかもそれは女神イシュタ様が神託でそう言われたのだそうだ。
「そうか、納得がいく、銀髪の勇者セイル様 それがセイル殿の正体、ならあのマモンとも戦える訳だ」
「つえ―筈だ」
「本当の所は今の僕には解りません、ですが今の僕は、普通の生活を送りたいのです」
「それがセイル様のお心なのですね? 解りました、では教会はその手助けをするとしましょう」
「それはどういう事なのでしょうか?」
「そのままですよ! 貴方に記憶が無くても貴方は世界をもう救われたお方です、もし必要なら国宝級というエリュクサーでもお渡しします」
「あの..」
「貴方が望むなら教会が何でも叶えます、ただただ望むだけで良いのです、逆に貴方の望まない事は一切させません、それだけです」
「僕の望みは愛する者とただ幸せに暮らしたい、それだけです」
「解りました、その願い、必ずや叶えましょう」
本当に欲望がありませんね、流石聖人様です。
望めば国王にでも何でもして差し上げるのに。
「それでは私はこれで失礼させて頂きます..そうそう、勇者はこの世で女神様の次に偉いのです、教皇や王如きに敬語は不要ですよ」
「はい..」
教皇ヨハネス三世は軽くお辞儀をすると去っていった。
何が何だか解らない、元農民の頭では理解できない。
「セイル様、御無礼を致しました」
「セイル様」
「何を言い出すんですか? 帝王様にギルマスともあろう人が」
「今のは冗談だが、悪いが正式の場では今後、そう呼ばせて貰うセイル殿」
「俺も公式の場ではそう言うぞ」
「そんな今迄通りでお願いいします」
「無理だ、イシュタ教の教皇ヨハネス3世様が「自分より上」と言われたのだ、流石の俺でも出来ない」
「ただのギルマスの俺がそんな事出来ません」
「それじゃせめて普段だけでもお願い致しますね」
「「善処する」」
僕だって知っているよ。
アイシアの村は敬虔なイシュタ教信者の村だからさぁ、そこのトップを知らない訳ないよね。
村人や農夫として生きていたら絶対に会わない人だ。
この世界の4割の人間が信仰するイシュタ教のトップを知らないわけが無い。
そして、この日から少しずつ日常が変わっていった。
これは違う。
今日は貴族街の屋敷の受け渡しの日だ。
侯爵という話を聞いて少し警戒していたんだけど、小さくない。
どう見ても豪邸。
しかも、貴族街の中央、王城の近くだ。
ユリアは口を開けて動かない。
貴族街の土地は王城に近いほど高い。
つまりこれは恐ろしく高いという事だ。
しかも、余程の事が無いと手放なさない。
お金があっても買えない可能性もある。
「どうでしょうか? お気に召して頂けましたでしょうか?」
スーベルト侯爵自らが引き渡しに来て、その後ろには帝王がいる。
正直、こんな大きな屋敷は要らない。
だけど、そんな事言える状態では無いな。
「有難うございます」
「気に入って頂けて光栄でございます、それではこちらの書類にサインを下さい」
サインをしたら、しまわないで大切そうに持っていた。
「あの、仕舞われないのですか?」
「これは当家が勇者様に家を提供した証、家宝にします」
それだけ言われると行ってしまわれた。
だが、何故か帝王は此処にいる。
「それじゃ、これから中を案内しよう」
「帝王自らですか?」
「ああっ、此処は俺が下賜じゃなかった、贈り物として差し上げた物だからな」
「そう言う事ですか」
「まあな」
ユリアもようやく元に戻った。
「このお屋敷なんだね、話だと小さいと聴いていたのに」
「勇者だから、ある程度はと思っていたけど想像以上ですね」
「そうかホーリーは勇者だから、やはり少しは慣れているんだ」
「はい」
だけど、ホーリーが余裕だったのは此処までだった。
「嘘でしょう? これどれだけ広いのよ!」
「大した事は無い、たかが16部屋にリビングが3つ後は倉庫が2つあるだけだ」
僕が頼んだのは小さな屋敷だ。
それなのにこれは全然違う。
「凄く大きいですね」
「言いたい事は少しは解る、だがセイルは勇者だ、もしお前が小さな屋敷に住んだら、貴族が困るのだ、本来なら俺の別邸でも可笑しくないんだぞ、これでもスーベルト侯爵が持っている屋敷2つのうち小さい方だ、スーベルト侯爵は最初大きい方を考えていたのだぞ、諦めてくれ」
「セイル、お掃除とか大変そうだね」
「それも気にする必要は無い、使用人も込みで考えていたのだが、どうしてもと教皇様が言うのでイシュタ教から住み込みで来るそうだ」
それじゃ二人きりの時間が減ってしまうじゃないか?
一通り話を聴いた。
帝王は帰っていったが、どうすんだこれ!
家具も全部用意されて、揃っている。
明日からは使用人も来る。
まぁ良いや、明日までに何か考えよう。
「とりあえず帰ろうか?」
「そうだね」
「はい」
「今日は何か精神的に疲れたから食べて帰ろうか?」
「そうだね」
「はい」
いつものお店でオーダーをした。
「すみません、ミノのステーキセット3つにエール3つ」
「はい、ただ今..すぐに用意します」
出て来た料理を食べてみた。
可笑しい..肉が口で溶けるように柔らかい。
こんな美味しい肉を食べた事は無い。
僕だけじゃない、ユリアもホーリーも違和感を感じたようだ。
ミノタウルスは確かに美味いけど、此処までじゃ無かった。
「まさか、これは幻の 黒ミノタウルスでは無いでしょうか?」
「何それ!」
聴いた事も無いよ..そんなのがあるんだ。
「えーとですね、私も食べた事は一度しかないんですが、ミノタウルスの中でも貴重で滅多にいないと聞きました」
「それって高いんじゃないの?」
「ユリアさん、お金もそうですが滅多に出回らないので、まず口には出来ません」
「まぁ良いや、折角だから美味しく食べようか?」
美味しい料理を堪能して支払いをして帰ろうとした。
「お代は要りません、聖人様に食べて貰える事が至上の喜びなのでございます! 申し遅れました、私はイシュタ教で2級信者で王都では3つ星レストランでシェフをしておりましたマルコーと申します、死ぬ気で頑張りますので今後とも御贔屓にして下さい」
お金が払えない。
だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。
【閑話】ヘンリー王子の旅立ち
「リットン伯爵、これはどういう事なのだ!」
国王ルドル4世は静かに話しているが、その顔は怒りで歪んでいる。
そして、リットン伯爵はその原因を既に知っていた。
「私は「「勇者セイル様は王都へと旅だたれました、一から自分の力を鍛えたいそうです」その様に報告を受けただけです」
「それは聴き間違いで「帝都に旅立たれた」の間違いであったのではないか?」
「いえ間違いなく私は王都と聞きました」
もう何と言い訳をしても無駄なのだ、表情を見た限り絶対に許しは無いだろう。
「だが、肝心のその報告をした相手は逃げ出して居ない、そして肝心の「銀嶺の勇者様の生まれ変わりのセイル様は帝都の勇者になり勇者を従えました!」 どう考えても王都でなく帝都では無いのか?」
「それは」
「無能!」
「私は無能ではありません」
「無能では無いのかね? 散々、無能扱いされ嫌な思いをされたセイル様の心を癒そうとさえしなかった..直ぐに馬で追いかければ途中の道で追いつけたのではないか? 恐らく王国と帝国の分かれ道の手前で追いついた筈じゃ」
「…..」
「しかも王国の薔薇と呼ばれるロザリー嬢が居たのじゃ、お主が誠心誠意謝り、ロザリー嬢を嫁にする話にでも持ち込めば取り込めた筈じゃ」
「それは..確かに私が浅はかでした」
「その浅はかさのせいで、この国は大切な勇者を失った..その責任は重い..男爵まで爵位を落とし領地も一部返して貰おう..立ち去れ」
「そんな慈悲を」
「これが儂の精一杯の慈悲だ..中には貴族籍を取り上げろそういう者も居るのだ..後な、王子もお前が嫌いだそうじゃ、もう王城に来る事も未来永劫無いかも知れぬな! 最後の登城じゃゆっくり見て帰られるが良かろう」
リットン伯の顔は青ざめていた。
これは、貴族として名前は残してやるが貴族とは扱わない。
そう言う事だ、しかも王が死んだ後も、王子がそういう扱いをする。
王の死の恩赦でも許されない、そういう事だ。
「銀嶺の勇者様は帝国に行ってしまわれたのですね」
「そうじゃ、済まぬな」
「勇者様はマモンを退けたと聞きましたが、本当でしょうか?」
「そう聞いておる」
「何時か私も勇者様に会えると良いな」
「そうじゃな」
済まぬな王子よ、この国で一番勇者を待っていたのはお前だ。
一緒に学園に通う様に勧める為に制服から鞄、教科書まで用意していたのは知っておる。
そして、自分の妹の婿にと考えていたのであろうな。
余も同じじゃ。
それを..本当に済まぬな。
余は王だ、だから、この国から動く訳には行かぬ。
だが、王子はまだ動けなくなるまで時間がある。
「王子よ! 帝国に行って勇者様と友達になってみぬか?」
「父王様宜しいのでしょうか?」
「お前もそろそろ外に出て見分を広げても良い歳じゃ」
「有難うございます、父王様!」
「気が変わった、リットン伯をもう一度呼べ!」
「はっ」
王はリットン伯に王子の話をした。
「リットン伯よ、先程の話挽回のチャンスをやろう、王子が帝都に行く、勇者と橋渡しの手伝いを致せ、あわよくば銀嶺勇者を王国に引き込むのだ、その働き次第じゃ罪を許すだけでなく、侯爵への陞爵も考えよう」
「挽回の機会を頂き有難うございます」
「では王子の準備ができ次第行かれるが良かろう」
「はっ」
その2週間後、ヘンリー王子とリットン伯は帝都に旅立った。
教皇襲来..結婚へのカウントダウン
ドアを開けた。
何となく気配を感じたから開けたのにそこに居たのは…
イシュタ教の教皇ヨハネス3世様だった。
思わず、目を疑った。
村人として生きていたら恐らく生涯会えない人だ。
会えて声を掛けて貰える事は生涯自慢になる、お年寄りはそれだけで死んでも良いなんて人も居る。
「教皇様で間違いないですよね? 良く似た別人という事は無いですよね?」
「はい、私は教皇ヨハネス3世です..ですが様は不要です..貴方様は銀嶺の勇者様の生まれ変わり、女神に最もお近い人なのです」
「ですが、僕には過去の記憶はありません、別人では無いでしょうか?」
「神託がおりましたから間違いはありません」
少しお待ちください..
「はい、お待ちしております」
僕はユリアを起こして直ぐに着替えて貰い、簡単に掃除をした。
お茶の用意をして教皇様とお付きの人に入って貰った。
「お待たせしてすみません」
「お茶の準備をされていたのですか?」
「普段僕が飲んでいる物で申し訳ないですが」
「有難うございます」
勇者といっても僕は元はただの村民、やはりこういうお偉い人と話すのは緊張する。
「村では本当に申し訳ございませんでしたね…私がもう少し目を光らせていればあの様な思いをさせずすみました」
「いや、もう済んだ事です、村の方々も謝ってくれたのでもう何も思っていません」
「許されたのですか..流石心がお広いのですね..」
この瞬間にアイシスの村民の運命は変わった。
村は既に無くなってしまったが、アイシスの村民の実質破門に近い扱いはこの日教皇の名の元に解かれた。
「そんな事は無いですよ、怒りに任せて殺してしまった者もいます」
「それは当たり前の事です、気になさる必要はありません..それはそうと何かお困りの事は御座いませんか?」
「特にありません、そう言えばこの間、信者のマルコーさんに凄く美味しいステーキを頂きました」
「そうですか! マルコーもきっと喜ぶでしょう、そう言えば、そろそろ結婚を考えている、その様に信者から聞きましたが本当でございますか?」
そう言えば、そう言う相談もしていたな。
「はい、生活も落ち着いてきたので考えています」
「なら、その結婚は私に行わせては貰えないでしょうか?」
そう言えば、ユリアに結婚の話はしていなかったな.顔を赤くして驚いている。
此処まで話してしまったら続けた方が良いだろう。
「ですが教皇様が式を執り行うのは王族のみで貴族ですら無理だと聞いた事があります」
「セイル様は勇者様の生まれ変わりなのです、王族より遙か上の存在! そんな事気になさる必要はございません」
「それならお願いします」
「それで、元異教の勇者ホーリーはどうしますか? イルタの国やゾラン教も体が回復したから又アプローチがあるかも知れません」
「あの、私の意見を言っても宜しいでしょうか?」
口を挟まず黙って聴いていたユリアが入ってきた。
「構いませんよ! 貴方は勇者様の妻になるのですから私より立場は上なのですよ..ヨハネスと呼びつけでも教皇と呼びつけでも構わないのです」
ユリアがアワアワしている、あっ元に戻った。
「ホーリーの気持ち次第ですが、第二夫人とか側室とかは可能なのでしょうか?」
「勇者様は何人でも妃を娶る事が出来ます..セイル様にも適用ですので可能でございます」
「セイルどうかな? 多分これからもきっとホーリーさんも一緒だし、結婚してしまえばもうイルタの国やゾラン教も手を出せないんじゃないかな?」
「僕はユリアが構わないなら良いけど、ホーリーの気持ちもあるからな..」
「それなら問題は無いのでは無いですか? ホーリー殿ならそこで顔を真っ赤にされていますよ」
「ホーリーはどうかな? それで良いの?」
「本当に宜しいんですか? ずうっとお二人と一緒に居て宜しいんですか?」
「「勿論」」
「それじゃお願いします」
「その場合はホーリー殿にもイシュタ教に入って貰う事になりますが宜しいですか?」
「構いません」
「それでは、セイル様、ユリア様、ホーリー様の結婚は私、ヨハネス3世が僭越ながら行わせて頂きます」
「「「宜しくお願い致します」」」
「はい、お引き受けしました..日程はまた時間のある時にでもお話しましょう」
「はい」
教皇ヨハネス3世は笑顔で帰って行った。
だけど、僕は虫の勇者なんだけど大丈夫なのかな?
しかも、僕が銀嶺の勇者の生まれ変わり..一体何なのかな?
今度、詳しく聴いてみよう。
【閑話】 虫らしく
余りにも、邪神側からの訴えが多かったので儂自身が直接調べる事になった。
まぁ創造神だから仕方ないの
見れば見る程..惚れ惚れする人物じゃな、銀嶺の勇者の生まれ変わりというのはうなづける。
そして、戦う姿は..あの様な加護を授けるような神は記憶していない..
だが、あの戦い方は..虫じゃ..虫に神は居たのかのう..記憶にない..だが、考えて見れば居ない訳は無い。
しかし、何故、虫の神が人間に加護を与えたのか解らぬ..下界を幾ら見渡しても虫の神はおらんし..何処にいるのじゃ。
見つからぬわけじゃ..虫の神、神虫は天界に帰ってきておった。
虫の姿になり生きていた、これではなかなか見つからぬ筈じゃ。
「お主は神虫じゃな?」
「創造神様..私のような下級な神、文字通り虫に何か御用でしょうか?」
「其方は、もしや人間に勇者の能力を与えたのではないか?」
「与えました…私を信仰する者は殆ど居なくなり、あの世界にはドラゴンビィーの2匹の虫が最後の信者だったのです..そして、その二人の最後をみとってくれた少年に私は二人の能力と僅かなスキルを与えたのです」
「それでお主は何故、天界にいるのじゃ..」
「私の信者はおりません..だからこれからは天界で細々と虫らしく生きようと思っての事です」
何とも不憫じゃな..
「お主が勇者のジョブを与えた少年だが..立派に育っておるよ..規格外と言われるマモンも倒し、恐らくあの世界で歴代で片手に収まる程の強い勇者になったのじゃ」
「私の与えた能力でそこ迄成られたのですね」
「見て見るかね?」
遠見の鏡で創造神はセイルを見せた。
「立派になって..あのマモンにも勝ったなんて..本当に凄いわ..幸せそうね、本当に良かった..加護を与えて本当に良かった」
「それでどうじゃ、もう一度下界と関わり女神らしく過ごしてはどうじゃ、何なら虫以外の神に変えても..」
「もう結構です..私はこれからも虫らしく天界で暮らします..女神として最後に彼のような人物にジョブを与えられて良かった..最後の最後で邪神に勝てる者を作れた…これで満足です」
「そうか..決意は変わらぬのだな」
「はい」
「それなら一つお願いをして良いかの?」
「なんなりと」
「能力やその他はそのままじゃが…「虫の勇者」の表記を「勇者」に変えて構わぬか?」
「確かに人の世で「虫」とついていたら生きづらいですよね、私には出来ませんでした..お願いします」
「あい解った…そうじゃな、強い勇者を作った、そのお礼としてイシュタの森を其方の地としてあげよう」
「あそこはイシュタ様の森ですが..」
「良い、イシュタは其方のお陰で助かっているのじゃ….森の一つ位譲っても良い筈じゃ、虫とはいえ女神なのじゃ土地位は持っても良い筈じゃあそこは花の蜜も上質だし、樹液も上質じゃ虫の其方には住みよいだろう」
「有難うございます」
「良いのじゃ、これ位させて貰わなければの」
神虫は、イシュタの森を貰い、未来永劫虫として幸せに暮らしましたとさ。
【閑話】 神の解決
「女神イシュタ、創造神様がお呼びです! 今直ぐ行くように」
不味い、本当に不味いわ..あの後神託を降ろしたが何も解らなかった。
こうなったら直接、当人を呼び出して話を聴こう、そう思っていたのに神託が時期的に行えなかった。
だが、まだ日時はある筈だわ。
「お呼びでしょうか?創造神様..」
「それで調査の方は進んでおるのかの?」
「それが..」
「もう、良い..儂の方で調査をした!」
「私の無罪は証明されたのでしょうか?」
「くだんの件は無罪じゃが、お主..二つもミスをしておるぞ」
一つ、実績があり世界を救った勇者の魂のケアをしなかった。
その為、無能という形で銀嶺の勇者の魂が苦しむ事になった。
二つ、信者に嘘をついた。
「それは..」
「一つ目は兎も角二つ目は重罪じゃな..女神が偽り嘘を広める等..だが今回は。結果的にその嘘が偶然本当だった、しかもその結果セイルは救われた」
「それでは..」
「勘違いするでないわ、それも偶然他の女神が力を貸してくれたから起きた事じゃ」
「それでは、私はどうすれば良いのでしょうか?」
「罰として、そなたの持つ森を今回其方に力を貸した女神に無償譲渡、その代わり誕生した勇者の所有は女神イシュタそちらの勇者とする、邪神側には、転生した勇者の魂にマモンの様なイレギュラーが起きた..それで纏めるしかないの」
「それで宜しいのでしょうか? その力を貸してくれた女神に申し訳ないと思うのですが」
「そのものはもう天界に帰り、もう下界に関わらないで生きるそうじゃ..だからその住処としてお主が森を譲渡すれば丁度良かろう」
「森の対価に勇者..私としては申し訳ない位です」
「これで、この話は終わりじゃ..まぁ黒ではなく灰色ではあるが、仕方無かろう! まぁくだんの勇者は魔族側とも仲が良いので邪神側の怒りも実は納まっておるでの」
「寛大な処置有難うございます」
これは偶然起きた奇跡だった。
セイルが銀嶺の勇者の転生した者だった。
そして虫の勇者になり、上手く「虫」の部分を隠せていた。
戦いのなかマモンと友情に近い物を結ぶようになった。
偶然のうちどれかが欠けていても..話は簡単に終わらなかっただろう。
もし、セイルが魔族に牙をむけていたら、邪神側は絶対に引き下がらなかった。
「これからは、セイルは女神イシュタの勇者じゃ..ちゃんとフォローもするのじゃな..あと、ホーリーという勇者もイシュタ教に入信したからそちらのフォローもするのじゃ..」
「創造神様..神とはいえ、一世代に二人の勇者を持つことは問題があるのでは無いでしょうか」
「あっ…まぁ良い、幸い魔王は誕生していないし、かの勇者達は魔族と仲が良い…儂から話そう」
創造神が間に入った結果、邪神側はあっさり特例を認めた..何故なら魔族に邪神が神託を降ろした結果、セイルは魔族にも人気があった。
そして魔王はセイルが生きている間には復活しない。
だから問題視されなかった。
こうして神々の間の話し合いは終わり..今度は創造神とイシュタの二柱で教皇に神託を降ろした。
これはイシュタがまたポカをやらないか創造神が恐れての事だ。
セイルが勇者の転生でありながら、勇者となったのは「銀嶺の勇者には創造神が特別な加護」を与えた為と説明した。
だが、創造神もイシュタも気が付いていなかった。
教皇は女神絶対主義で、ただでさえ勇者を大切に考えている..
普通は教皇ですら..女神の神託は滅多に貰えない..
それなのに..女神と一緒に、それ以上の存在、創造神が共に神託を降ろしてきた。
こんな事すれば..
「セイル様は、唯一無二の存在、命を捧げるのです..女神ばかりでなく、更なる至高の存在創造神様からの寵愛を受けた方、今現在だけでなく過去も含み、真の至高の存在…全て捧げるのです…いいですね?」
「「「はい」」」
「我らの命も心も体も勇者の者..全てを捧げるのです」
「「「はい」」」
ますます暴走させる事になった。
虫の勇者が勇者になった日。
貴族街屋敷に戻ったら、恐ろしい程の数の使用人が居た。
これじゃ、息が詰まって真面に生活が出来ない。
ヨハネス三世が機嫌よく、「この人数が居れば勇者様にご不便を掛けないと思います」
流石に、これじゃ困るので
「すいません、教皇様お願いですからせめて10人迄でお願いします」
「セイル様、教皇、もしくはヨハネスとお呼び下さい..様等はつけぬ様にお願いします..それがお望みなら解りました。ただ2~3日お時間下さい」
何故、2~3日掛かるのか聴いたら、ヨハネス派の信者のうち3万人以上が僕たちの世話係に立候補したのだそうだ..そこから此処まで絞ったのだそうだ、此処にいるのは優秀な者でしかも身分のある方の身内らしい。
「ゆっくりで大丈夫ですからね」
そう伝え、逃げ出すように街へ出かけた。
「ユリアごめん..」
「迫害されるよりよっぽど良いけど..大変だね勇者って」
「人生ほどほどが一番だと思うよ」
「セイル様」
「もうホーリも家族になるから、様は辞めて良いんじゃないかな」
「そうですね、少しづつ直すように致します」
街に出掛けても、もう以前とは違ってしまった。
仲良くなった串焼き屋のおじちゃんは居ない..だけど串焼きはちゃんと売っている。
「2本頂戴」
「勇者様暫くお待ちください」
前の様に「あいよ」という声が聴きたいのにな..
「はい、2本」
「ありがとう」
気が付いた? そう串焼き屋もイシュタ教の信者なんだ。
だから、お金は絶対に受け取ってくれない、それが解っているから極力笑顔でお礼を言う様にしている。
「どう致しまして」
凄く美味い..
「セイル、これ物凄く美味しい」
「はい、それはですね貴重な マツザカミノタウルスの肉にヒマリヤンの岩塩で焼いていますから旨いですよ」
「だから美味いんだ、ありがとう」
「勇者様の笑顔が見れるなら、こんな物、幾らでもご用意致します」
この調子で何でも特注品が出てくる。
八百屋の肉屋に魚屋まで全部信者に変わってしまった。
まぁ、破格値で教会が買い取っているから、売った方も喜んでいるから良いんだけど。
暫くしてホーリーの入信の儀式が行われた。
教皇のヨハネス三世は凄くニコニコしていた。
この世界に2人しか居ない勇者をイシュタ教で独占してしまうのだからそれは凄く嬉しいのだと思う。
そして、僕に対する扱いは今迄以上に過保護になっている気がする。
何でも神託で創造神様と話したとかで..更に可笑しくなっていた。
ヨハネス三世は孫を溺愛していると聴いているので冗談で聴いてみた。
「僕とお孫さん、どちらか一人しか助けられないならどちらを選びますか?」
「勇者様に決まってますよ! 孫などまた娘に生ませれば良い存在ですからな」
駄目だこれはもうつける薬は無い。
「神託だ、神託が降りてきている..」
「流石、勇者様達ですね..神託が降りてくるとは」
《今日は、私の勇者セイルへの神託です..他の者は立ち去りなさい》
流石は女神絶対主義、この言葉を聞いた途端に礼拝堂から立ち去った。
《勇者、セイル、貴方は正式に私の勇者となりました、今日はその話をしに来たのです》
「わたしのジョブをくれたのは別の女神様です」
《はい、ですが、神々の事情で私の所属になりました》
「あの、それで神虫様は如何お過ごしなのでしょうか? 幸せに暮らしていますか?」
《はい、もう人間界に来る事は無いですが、私から森をプレゼントしました、あそこは樹液も花の蜜も豊富ですからね、未来永劫虫として暮らしたい、その希望のお手伝いをさせて頂きました》
「それは良かったです」
《それで、貴方の称号は「虫の勇者」から「勇者」に変わりましたから、今後はどこでステータスを見せても問題はありません》
「それで宜しいのでしょうか?」
《勿論です、そうですね..貴方は私の勇者なのですから、私からも加護を一つ与える事にしましょう..これからは勇者の生まれ変わりではなく、勇者と名乗っても問題ありません》
「有難うございます」
《それでは、勇者セイル、またいずれ》
「セイル様、神託では何と女神様は言われたのですか!」
「はい、これからは勇者の生まれ変わりでなく、正式に勇者となった、そう言われました」
「そうですか? それではせっかくなのでオーブで確認してみましょう」
オーブに出てきたのは
セイル
レベル 52
ジョブ 勇者 聖人
ギフト 勇者の経験 聖女の経験
固有スキル 意思疎通 能力コピー 聖剣錬成 光魔法 聖魔法
スキル 虫使い
虫の能力 ドラゴンビィ イエロースパイダー グリーンアント ギルダーカマキリ アーマードシールドインセクト
加護:女神イシュタの加護 名も無き女神の最後の加護
HP …..
MP 4890
力 ……
耐久力…..
器用…..
俊敏…..
魔力 9000
「レベル52なんてたどり着いた者は居ない、しかも教会のオーブでも振り切ってしまい表記不可..素晴らしいなんて物じゃない」
「しかも加護持ちです」
「何か可笑しな事でもあるのでしょうか?」
「可笑しく何てありません、これならマモンとも戦える筈です..教会の文献にも此処までの方はおりませんでした」
「ホーリー、これそんなに凄いの?」
「わわ私が100人居ても勝てる気がしません..凄すぎです」
「セイルならそうかもね」
「まぁ僕は僕だね!」
「うん」
これで、何も恐れる事は無い..「本物の勇者」だから安心だ。
だけど、「虫」の名前がなくなったのは少し寂しく感じた..僕は勇者なのだろうか?
僕にとっての真の勇者はケインビィだ、心優しい聖女はビィナスホワイトだ..イシュタ様は女神で優しい方なのは知っている。
だけど、絶望から救ってくれたのは神虫様だ..
それが誰にも語れない..そしてステータスから名前が無くなってしまったのは凄く寂しかった。
逃げ出した
今日は、結婚式だ..
教皇が中心になり沢山の司祭やシスターが祝ってくれる。
ドレス姿のユリアは可愛いし、ホーリーは美人だ。
女神像の前で誓いをしキスをした。
無能になって、絶望していた僕が..
二度と抱きしめる事が出来ない、そう思っていたユリアが隣にいる。
そして、勇者のホーリーが僕の妻として反対側にいる。
あの時の僕じゃ考えられない事だ..
いまの僕は凄く幸せだ、世界中が僕たちの結婚を祝福している..
凄く幸せだ..
式が終わり、沢山の王族や貴族が挨拶に来た。
ただの村人だからつい恐縮してしまう..横に居る教皇から「様」等付けない様にと注意を受ける。
ようやく、解放された時は夜だった。
「ユリア、ホーリー、凄く楽しかったね」
「うん、まるで夢みたい」
「本当にそうですね..」
「村人だった僕が世界で一番偉いんだって」
「セイルは凄いよ、私までこんな扱いになっているんだから」
「勇者の私が守って貰えるなんて思いませんでした」
「だけど、此処は僕たちの過ごす場所じゃない? そういう気がしない?」
「私も、そう思うな」
「何考えているか解ります」
「それじゃ逃げちゃおうか?」
「「賛成」」
その日の夜、勇者セイル達は逃げ出した。
収納袋に必要な物を詰め込んで夜逃げ同然に。
「それで、何処に行くの?」
「アイシアに帰らない? ユリアが嫌じゃ無ければ、あの場所から始めないかな? 畑を耕してお金を稼いで、残りの時間はイチャイチャして暮らさない?」
「良いね、それ、私はセイルが傍に居てくれればそれで良い..寧ろそっちの方が楽しそう」
「二人の世界を作らないで下さいよ..私も混ぜて下さい」
三人は全てを捨てて逃げ出した。
【最終話】ここから始める。
アイシスの村についた。
畑は荒れ果てていたけど、問題は無い。
誰も居なかったのは寂しいが、仕方ない。
昔住んで居た家を直して住み始めた。
勇者の力って凄い..ちょっと頑張ったら直ぐに元の畑になった。
虫の勇者の力で、虫に畑に来ない様に言ったら来なくなったので虫食いは無い。
馬やドラゴンより速く走れるから、買い物に困らない。
ユリアが心配だが、僕かホーリーが付いていれば問題は無い。
畑を作りながら生活していた。
「あの、此処の村民に成りたいのですが、宜しいでしょうか?」
「別に僕は村長でも無いし、開拓しているだけだから自由ですよ」
「そうですか? それではあそこに住んでも良いですか?」
「問題無い筈です」
「それではそこに住まわせて頂きます、あっ私はヘンリーと申します、こっちはリットンと申します、これからはご近所同士仲良くして下さいね」
「はい、ですが親子では無いのですか?」
「遠縁です」
どう見ても村人に見えないんだけどな..
「あのヘンリーさん、何時も僕たちの傍に居ますが、開拓とかしないと生活が出来なくなりますよ」
「それは大丈夫です..私の実家は裕福なので、それに私は農民になるのではなく商人になるつもりです」
「商人ですか? それならこんな辺鄙な場所では何も勉強にならないんじゃないのかな」
「大丈夫です、今は事業より勉強の時間です」
「それなら良いのですが」
ヘンリーさん達は凄く打ち解けてくれた。
よくよく考えたら僕には男の友達は居なかった。
ユリアやホーリーにてを出すと困るから釘を刺したら..
「親友の妻に手なんて出しませんよ..」
「私は妻子持ちです」
これなら大丈夫だろう..
「確かに男の友達はヘンリーさん達しか居ないから親友ですね」
なんで、こんなに喜んでいるんだろう。
それから暫くして今度は..イシュタ教の教皇がきた。
「どうして此処に..」
「私は教皇です、女神様が遣わした勇者の傍でお仕えする義務があります..あっもうこの前の様に派手にはしませんからご安心を、此処にも20名しか連れてきていません..私は司祭にでもなったつもりで、優しい隣人のようにいたしますから逃げないで下さいね」
本当にまるでお爺ちゃんのように僕やユリアやホーリーに接してくれた。
ただのスープを一緒に飲む姿はただの村人にも見える。
「意外そうですな? 聖職者は慰問もしますし、案外質素なのです」
付き合って見ないと解らない事はある物だ。
暫くしてヘンリーさんのお父さんが来たが「息子を頼みます」と挨拶をして帰っていった。
そして、マモンとスカーレットが来た。
「帝国に行ったら居なくなっていたから探したんだぞ..まぁ魔族は人探しは得意だから気にするな」
「私も来ましたよ」
「まさかまだ戦いたいのかな?」
「がはははっ最早お前以外と戦っても面白くないのだ」
「だったら僕は此処に住むから、今度から此処にくれば良いよ」
「うむ、此処には随分と空き家があるんだ、住んでも良いのか?」
「ただの空き家だから住むのは自由ですよ」
「ならば、俺はこの村に住む事にしよう..そうすればいつでもセイルと戦えるしな」
「えーと」
「俺が此処に居れば、魔物は寄り付かんよ..魔族にも命令して悪さしない様に言えるぞ..そうすればお前の嬢ちゃんを守る事になるのだ」
「そうだね」
マモンが居れば、安全だな。
「解った、この村を守ってくれ..その代り、偶に相手すれば良いんだよな?」
「ああ、それで良い」
「それじゃ私も住んでよい」
「勿論」
ユリアとホーリーを連れてドラゴンビィの巣の前にきた。
あれっ、巣が復興している..
そうか、生き残りが居て頑張って復興したんだ…
《人間?..》
うん、正確にはケインビィとビィナスホワイトの友人だよ..
《そう、勇者の友達か..頑張ってまた大きな城を作るんだ》
頑張ってね応援している。
近くの村にマモンが居るから、ここにバグベアーは来ないだろう。
前よりももっと、もっと大きな巣を作ってね..
《うん、頑張るよ》
僕もドラゴンビィに負けない様に村を開拓しよう、心からそう思った。
やがて、村が復興し始めると、昔アイシスの村に住んで居た人たちも戻ってきた。
アイシスの村は元の何倍も大きくなっていった。
だけど、僕はそんなのはどうでも良い「ユリアが居て、ついでにホーリーが居れば」あとは全て只のおまけだから。
(FIN)
終わってない
終わってはいなかった..この村には教皇が居る。
そして、王子がいる..
気が付くと此処は村を越えて大きくなり裕福になっていく..
セイルやユリアに気がつかれないように住みよい環境を作る..
その方針で二人は固めていた..
帝都のように逃げ出さない様に..
どうなるかは..だれも知らない。
あとがき
最後まで読んで頂き有難うございます。
この作品は、久々に「ハイファンタジー」のジャンルで書いてみました。
ここはやはり王道です、ここのジャンルは実は苦手で、ここで書くとまずランキングはされません。
私はやっぱり10万文字を越えると内容がグタグタになる傾向があります。
この作品も凄く悩み、後半は更新が遅れました。
なんとか終わりまでたどり着けましたが..少しグタグタ感はでています。
私の書き方は今の人に比べると古くて読みにくい書き方です。
それでも最後まで読んで頂き有難うございました。
この作品も主人公は..勇者でも何でもない..そしてヒロインは何の能力も無いただの村娘。
なかなか無いと思います。
テンプレを外して書きたい..これからも隙間小説を目指しますので良かったらまたお目汚し下さい。
では
石のやっさん